no.23 自由

a love letter, nobody read(誰も読まない恋文(from saeko))

 
 退職の日。
 ぱさり、と何の感慨も未練も無い音がした。
 警察手帳とニューナンブと手錠が表す威厳と権利を
 槇村秀幸はさらり、と手放した。


 仕事の縁で始まった関係は
 黒孩子(ヘイハイズ)として
 密航してきた男が加わることで複雑になった。

 戸籍が無ければ、
 彼の犯す逸脱行為を咎める事はできない。
 そして彼の持つ能力と経歴は
 日本では表向きそれを発揮することが不可能な
 突出した「異才」であった。


 樹齢を長く重ねた木の根のひとつひとつ、
 細かく緻密に多数のものが絡み合うように
 現代日本社会の犯罪は、
 抜本的な解決を目指すことが難しい。


 流れる髪の毛が絡まずに美しく保つのも
 ほんのひと時でしかない。
 私の「女」を盛る時が同じように…。
 ある時期、外見と能力と身分、
 すべてを兼ね揃えた女として
 私は申し分の無い人間として釣書を整えることが出来た。

 人は残酷よね
 そのタイミングで「選択」を下さなかった人間に対して
 孤独という自由を授けるのよ。

 
    
 女盛りの臭気に惹かれる男たちでは無かった。
 槇村も冴羽も。
 だからこそ、私が愛せたのかもしれない。


 煩雑な手続きに膨大な書類の数をこなさなければ
 悪を”悪”と認定することも出来ない桜の楼閣。
 気の遠くなるような地道な聞き込み張り込み、
 資料検索や物的資料の洗い出しをする。
 それでも”上”からの認証の
 血に模した印鑑が無ければ
 私たちは動くことすら叶わない。


 槇村は冴羽を得て、形骸を脱ぎ捨てた。
 冴羽がこなす仕事の完璧さは、槇村や私を
 影で手助けこそすれ、一度足りとて足を引く事は無かった。
 それに私たち、甘えているのかしら?
 違法行為の裏側にある、ひとつの事件の解決と
 どちらを私たちは重要視すればよかったのかしら?
 

 「アイツはひとりだから、誰かが傍にいてやらないと」


 何かを乗り越えたような風情で彼を語った槇村の
 その笑顔に今でも私は嫉妬する。
 

 ねえ槇村?
 あなたは、確実な収入と身分を天秤にかける時
 そこには最愛の妹さんは居なかったの?

 ねえ槇村?
 私はあなたにとって仕事上のパートナー以上では
 無かったの?

 ねえ槇村?
 きっとあなたは冴羽のパートナーとして死んだことを
 後悔しているわよね。
 それは、永劫続く悔恨を冴羽に植え付けたから。
 死に急ぐ男を生に縛り付けたから。

 
 あなたはそれで、良かったの?
 簡単に人生の呪縛から解き放たれて
 ひとり、飛び立ってしまった。

  
 私は今も、見えぬ鎖を自ら巻き付けて生きている。
 けれど自由を満喫しているわ。


 後悔などしていない
 愛など、見えぬものに疑問を差し挟む時間があったら
 アイツを骨の髄まで利用して
 私自身の正義を貫くことにするわ。


 ねえ槇村?
 それが私のあなたへの恋文よ。
 だから、天上で笑って。私のためにも。






  
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060628

さえこのゆめはよるひらく
artemis様へ献上させていただきました




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