no.30 約束

Fatal injury(フェイタル・インジュリー/致命傷)

 
 平日の昼下がりの公園で
 待ち合わせるは堕天使。

 子ども達が噴水に憩い
 熟れごろの人妻が横目で秋波を投げかける。

 …ナンパをすれば女は遠ざかり
 黙って立ち尽くせば、女からの気をビシビシと受け取る。
 狩猟は、あくまで逃げるものを追う楽しみにあるが故に
 分かっていながら無視を決め込む。


 日は高く、青空に浮かぶ雲を見つめるが
 己が元々存在していた
 天空の暗闇に瞬く星を眺めるようには行かず
 何をみてよいものか分からず眼を閉じる。

 瞼にかすかに感じる、慣れ親しんだ気配。
 足音も立てずに背後に近寄られると
 無意識に懐に手が伸びる。


 「hey,ladies are waiting for us,don't you feel so?」
 (奥様方が待ってるぜ?)

 「…go and get some fresh for 2hours fun,dirty angel」
 (いって二時間楽しむ相手を見つけて来いよ)


 聞かれたくない事を
 自分たちにしか通じない言語で話すことが
 何時からか暗黙の二人のしきたりになって久しい。
 互いのナンパ師としての審美眼を照らし合わせ
 狩るに値しない女ばかりと判断した。

 馴れ馴れしく肩を組んでくる
 天使の腕を払いのけることはしない。
 それだけで勘の良い女は理解するだろう。


 「おまえの今度の仕事相手の情報は高価いぞ…
  手始めに内偵を入れたが、手強いと報告があった。」


 見せびらかす様に耳元に口を寄せ、静かに囁く。
 おおむね、大の男二人が陽光の元で見せる姿態ではない。
 チラリと天使を見る眼を細め、笑顔で言葉を返す。


 「いくらかかっても構わん。
  オレ個人で請けた仕事だからな。」


 首を傾げ、唇を触れさせん勢いで天使が迫る。


 「カオリはお前がしていることを断罪はしないのに
  お前はそれを隠し通せるのか?」


 後頭部に手を回し、
 流麗な光を放つ金髪を一瞬撫でた後
 身体をぴったりと密着させ
 ヘッドロックをかけた。
 さらに耳たぶを噛みながら言う。


 もはや人妻たちの視線は固定されたまま、
 動くことのない熱い凝視を体中に感じる。


 「オレのやる事に口出しするな、
  言われたことだけをやれ、お前でも容赦はせん。」

 天使はオレの胸板に軽く手刀を食らわせた。
 その拍子に出来た空間に腰を入れ、そのまま
 当て身の姿勢でオレを背中で回転させる。
 地面に着地した背中から覆いかぶさり、右手を捻り上げる。

 「利き手を取られても、そんな口がオレに聞けるのか。」

 「オレはオレのやり方で香を守る。」

 その言葉を聞きたかった、としたり顔で
 口元を歪めた天使に出来たスキを見逃しはしない。
 身体を回転させた勢いで出来た、
 腕の力の流れのまま、男の身体を地面に叩きつける。

 女たちの唇から、噛み殺した嬌声が漏れる。
 目前で広げられる
 睦み合いを模した男同士の格闘は、
 股間を濡らすに十分か。

 手を差し伸べて、天使を地面から救い上げる。
 向かい合い、首根っこを掴みこちらへ引き寄せる。

 「口出しは、するな。香にも、手を出すな。
  何度言ったら分かるんだ。お前でも、殺すぞ。」

 それでも堕天使のニヤニヤ笑いは止まらない。

 「凄んでも無駄だ。
  お前は口に出したことを破ることが出来ない男さ。
  ソレはお前自身を縛り付ける鎖になって
  お前を生かし続けているんだな。」

 天使の腕が背中に回るのを感じる。


 「生きろ、カオリのために」

 「うるせえよ」

 堕天使をひと時抱きしめて、そのまま突き放し
 茶番を演じた舞台を振り返ることなく歩き去る。

 おおかたアイツは
 一人フラれた男を演じ、
 背中に同情のスポットライトを浴びてご満悦だろう。 


 約束は誰に対してもしない。
 守れぬ確証の無い約束は口にも出さない。
 オレ自身がオレを痛めつける、
 唯一無二のこそばゆい致命傷になっている。
  










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060623

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