no.39 ふたり

Sand Castle(砂の城)


闇は群青色。
明け星が瞬きだす頃、隣に眠る男の気配が消える。
苛烈を極めた熱帯夜が重なった日々。
私たちは双方とも僅かな熟睡しか得る事無く、毎日を過ごしていた。

遠雷のように耳に届くシャワーの音。
彼の巨躯を滴る水滴が瞼の裏に浮かんでくる。
ぽう、と臍の下に火が点る。
わたしはそれを我慢できない。
足音も立てずベッドより降り立ち、
ナイトウエアを肩からすべり落とせば、
白みだす部屋に自分の輪郭が浮かび上がる。 

ざあざあと音が反響するバスルームは、
遠い国のスコールの記憶を呼び覚ますか。
視覚を持たない彼の身体に降り注ぐ水滴の色は、
朱に染まっているのか。

肩甲骨の辺りに緊張が浮かぶ男の背を、
私は一糸纏わずにただ凝視する。
発達した上腕二頭筋が、
ぐい、と拳を握るにしたがって隆起する。

彼は語らない。
何も言わない。
そして私に何も求めない。



気づいて。

貴方がいまどこに居るのか。

わたしに触れて。わたしの実体をあなたの指で確定して。

でないと、わたしの輪郭と気持ちが
ばらばらになってしまうような、不安に満ちているの。

わたしの本質は獣。
殺戮の喜びを知って居る咎人。
だけどわたしはそれを受け入れている。

だから繋ぎとめて。
わたしがただの女で居られるように。





叫ぶのはただ心。
年を重ねれば、言の葉は鎖のように重くなる。

それがどのように私たちを繋ぎとめているのかを
表現してしまうのが怖いから。
表さない方が良い関係の中でうずもれるのは、
とても心地よいものだから。
そして、自分がこの世に居なくなったときに、
相手を自分に縛り付けないための、優しさだから。



否。



優しさなんかじゃない。
確かめ合わないのなら、
何時まで経とうとも相手の真意は永遠に謎のまま。
そして喪うことは、縛られるより残酷な
外しようのない枷を自分ではめてしまうようなもの。

たった数mのこの距離を、水音が阻む。
急激に冷えてゆくからだのほてり。
遠すぎる彼の身体。
分からない彼の心。
届いているのかどうかも定かではない、私の思い。
抱きついてしまえばいいのに、
足一歩を踏み出すことがおぼつかない。

…結局は拒否されるのを、
心底から恐れているんだわ、わたし。
なら、最初からはじめない方がいいのよね。

聞こえぬようにもらした嘆息ひとつ。
朝鳥の歌声が聞こえるまでは床に居ようと決め、
そっと踵を返そうとしたとき。



「美樹、来ないのか」



隼人の声が聞こえる。
福音のように身体を包み込む、
深いバリトンのおだやかな誘い。
彼の境界線を踏み越える許し。

ただひとつ欲しかった温もりが、私を一気に焔に変える。
背中を撫でる手が下降し、
私の下肢にある双丘の渓谷に分け入ってゆく。
彼の首筋に自分の手を回せば、ぐいと身体が密着する。
言葉を発さない唇は互いを吸っている。
熱く。強く。呼吸を忘れるほどに。

シャワーの水滴に混じりながら、
太ももを滑り落ちてゆく私の潤いは、彼の足へと流れを作る。
泉の中で踊る指先は私の吐息を呼び起こす。
加減をつけながら叩かれる敏感な芽は尖り、
彼の指先を更に求めている。
もっと、もっと、と。

反り上がる上半身をただ腰にまわした腕で支え、
私が倒れこむことも、伸び上がることも許さない
彼の腕の力が愛おしい。
唇を強く吸い、話すより雄弁に舌を使えば、
彼の下半身が太く熱く私に存在を伝えてくる。

片足を上げ、私を貫く矢の先端を入り口に合わせれば、
ただそれだけで私の意識が温度を持つ。
自分の身体の中に、隼人がゆっくりと入り、奥を目指してゆく。
私にも容易に触れることの出来ない、
彼だけが届く私の内奥に。

深く揺らされながらも、リズムは一定。
こんなときでも彼は私のことを気遣う。
そしてそれに気がついてしまう私も
まだどこかに覚醒した部分を持っている。



「は、や、と…」

「なんだ、美樹」

「もっと、うごい て わたしを つれて いって」

「ああ…」



抑制した力の開放を、私は身体の芯で受け止める。
引き絞られた私のわだかまりを粉砕する、清らかな奔流。
乳房に浮かぶ汗も水滴も顔に当たるシャワーの流れも
何も気にならない、ただ私を引き上げてゆく彼本位のペース。
抱きしめながら二人、駆け上がってゆく。


でも何処へ?
急速にせり上がってくる快楽の頂点に、思考は白へと転換した。



冷えた鋼のように硬かった身体が熱を増し、
形を伴わない熱い溶解物となって、己と一体となった後、
そのままゆうるりと解けた美樹の身体を抱きかかえ、
ファルコンはベッドへと戻る。
彼女が花開く過程を自分が享受できることを、彼は幸福に思う。
言葉が出せないのは、それでいいのかと思う逡巡のせい。
愛を口に出せないのは己の凝り固まった矜持のせい。



脆く壊れやすい城に住まう王と妃にとって、
互いに満ち足りたこの瞬間を重ねることもまた、礎。







fin.



070911


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