「いつも一緒に居たい」

 
この気持ちに偽りは無い。
口に出す前に、
自分の言葉がどう相手に伝わるかを考えるから
オレは無口だと言われがちだ。


違うんだ。


大事だから
失いたくないから
悲しむ顔や辛い顔や泣き顔を見たくないから。

 
おまえの望むままに
すべてをしてやりたいと思う気持ちに偽りは無い。


それを愛だと言うなら
そう思ってくれても構わない。
そんな気持ちを持ったのは初めてだから。

 

だけど、
オレにはオレのすべきことがある。
食っていかなくちゃならない。
恋愛以前に夢もある。
幸か不幸か、好きなことを職業に出来た自分の境遇に
感謝しながら毎日を過ごしている。



だから、おまえの仕事の愚痴も
「結婚しても平等だから役割は半分にしよう」という
その要望にも可能な限り応えるように努力できた。


聞くだけで安心するのなら
いくらでも受け取るし、おまえを全部認める。
世界が敵に回っても、おまえだけは守ろうと決めている。
 

だが


そんな甘いことを考えられるのも
おまえが関わらない
オレの日常に余裕と感謝があればこそだ。
 

先日、部署内のチェックミスから発生したトラブルは
想像以上の損害を会社にもたらした。
自分が関わった範囲がどうであれ、
見逃したものに関しての責任は部署全員にある。
その暗雲処理は思ったよりも時間がかかり、
何よりオレ自身の自信を揺らがせるくらいの
精神的なダメージがあった。


 
生活を共にすれば
言わぬ部分での鬱積が自分の中に篭る。
小さなことが堤防の決壊を招く。
おまえが多分覚えてもいないような一言が
オレの脳天をカチ割った。



ある週末の夜に
オレは横に眠るおまえに手を伸ばした。


まどろみから深い眠りの入り口にいるおまえは
おそらく無意識で言ったんだろう。
手をひどい勢いで振り払い、


「…私も疲れてるんだから…さわらないで。
 めんどくさいから、寝かせて…」
   
 
…おまえには絶対にオレの愚痴は言わない!


おまえにも仕事がある。
苦労を聞けば聞くほど、自分のことを言い出せない。

 
モノに当たる事も出来ず
酒にも煙草にも昇華する術を持たないオレ。
居心地良い女性との一時の快楽を、続けることも出来たけれど、
結局は守りたいものを優先したオレ。


腹の底に溜まる苛立ちと後悔と不安を
薄いゴムをまとった自分自身にぶつける。


こんな気持ちにさせたおまえを
いまは慰撫することなど出来ない。
そして、強引にでも自分を押し付けられない
「優しい」己に孤独が押し寄せる。
  

いつからおまえにとって
セックスは面倒くさいものになったんだ?
一緒に暮らしてしまえば、それは安寧な土台なのか?

 
しごき上げる速度の速さでせりあがる快楽。
答えの見えない疑問符が、
無垢な白い液体になり目の前に留まる。
独特の臭いが眉根を潜めさせる前に、ゴミ箱に放り投げる。


  
それを見つけられた夜から
オレはどこかが壊れている。


だが


大事なのには変わりが無いんだ 
どうしたら以前のように戻れるのか、
ただ、それが分からない。


すぐ近くにあるけたたましい騒音を紡ぎ出す口に
ほのかな欲情の香りをぶつけてくるその身体に
どうやって触れたらいいか忘れてしまった。


たった半年しか経っていないのに
体温を共有せずとも、存在を共にすることで 
自分も無自覚に安心していたのだろうと思う。


 
0.1mmを超えるべきタイミングは何時訪れるのだろう。


 
残務処理を終え、すべての謝罪が終わった日。
打ち上げをすることもなく、
トボトボと帰路に向かうオレの目に
暖色に満ちた花屋の灯りが映る。









                     0.1mm reverse