多幸感は最も簡単に地獄への片道切符に変わる。


 
女性が好きな女性が集まるバーで
知り合った子との毎日のメール。
二人きりでデートを数回し、
明日は彼女が泊まりに来ると思っていた矢先。


「ごめんね、やっぱりあたし、男とじゃないと、
 肌を合わせられない気がする…
 うそつきビアンでごめん…好きだけど、もう会えない」 

 
女性同士のセックスをしようなどと、
私はその子に一言も言わなかった。


ただ、泊まりにくるだけで、
ナニを勘違いされたのだろう、とひとしきり考え込み、
その後で「付き合う=体の関係を持つ」ことが 
同性愛の中でも立派に成立するひとつの公式なのだと
気がつくのには多量の酒と涙が必要だった。
  


誰もが誰かの関心を得たいと
思っているわけじゃない、と思う。
「人とは違う自分」を誇示したがる人間も居れば、
なるべく目立たないようにして
毎日を淡々と暮らすことに大事な重点を置く人間も居る。

 

新宿二丁目へと向かう雑踏の中でふと立ち止まる。


 
誰も私を知るものはおらず、
学生時代の友人も仕事関係の知己も居ない。
ましてや身内ははるか地方。
適齢期をはるかに過ぎ、嫁ぎ遅れた娘は東京で一人暮らし。
見合い相手の紹介も
大台を超えた時点から目に見えて激減した。



ひとつ息をつき、再び歩き出す。


 
そのほうが楽でいい。
そのほうが自分を偽らなくて済む。


小さいころから自分につながる
性的体験の一切に興味がもてなかった。
書籍や漫画や映画や友人の恋愛話に
嫌悪があるわけではなく
むしろ、それらは素直に受け取れる。

 
自分と、かかわりが無ければ無いほど、
その世界に没頭できた。
 
 
父親とも兄とも暮らしていたし、
子ども時代のトラウマとなりうる
悲惨な出来事があったわけでもない。

 
処女ではないし、男根恐怖というわけではない。
自分の本当の願望を押し殺し、
男性と付き合いをしたこともある。
”お互い好きなんだから”と身体を求めてくる彼を、
断る理由が見つからないまま受け入れた。


尖った肉の熱さと硬さは、想像していたものよりも
刃のごとく、自分の身体に侵入してきた。
自分の内部を擦り上げられ、
臓器を突き上げられる感覚に
快感を感じることも無く、
その男とは自然に関係が終わってしまった。

 
 
膣だろうがクリトリスだろうが触られれば濡れる。
 
しかし、肉体を繋げる感覚に慣れない。
 


だから、ゲイバーは私にとって心が落ち着く場所だ。
ノーマル、などという言葉を口に出そうものなら
笑って蹴り出されかねないその賑やかな世界は、
私を性的対象としない。 
自らのいびつさを自覚して勝ち取った人間の、
強さの盾の中に私は隠れる。
 

 
わたしは生まれながらにどこかが欠落しているのだろうか?


それとも、まだ、
「本当」の快感を知らないから、こんな風に冷めているのか?


 
いっそ男に生まれたかった、と
馴染みのホステスちゃんに言う。


「あんた、それ、あたしに喧嘩売ってるわけ?
 チンポ持ってるからって快感があるかどうかなんて、
 女のあんたの快感わかんないあたしに
 何もいえないのとおんなじで、
 あんただって男の何がわかんのよ!?」


射精は快楽の最終形態じゃないのか、と切り返す。

 
「ばっかじゃない?あんた浅過ぎ!
 ロクな恋愛してないのね!」


そりゃそうだ、男経験は1人しかないんだし、
それに意味を感じないから、
誘いがあっても寝たいと思わないからね。

 
「じゃ、あんた、あたしと寝てみる?
 まだ機能的には男だしね。でも心は女よぉ♪」


冗談交じりに言われた台詞に硬直する。
提示された可能性の広がりに、
一瞬セールストークだということを忘れる。

 
「あ、だめだわ。あたし男にしか興味なくて、
 あんたは根暗女だしね!
 無理無理、あたしが願い下げよぉ!」


言われた台詞の内容の厳しさとうらはらの、優しい口調に
さらに絶句し、乾いたと思ったはずの涙がまた眦に浮かぶ。


 
孤独を選択しているわけではない。



むしろ、こんな自分を理解してくれる人間を
男だろうが女だろうが、問わず心から求めている。


少しでも光明が差せば
過度な期待と執着を、一生懸命隠すのに精一杯だ。
希望が見えればそれにすがりつき、
心をさらけ出して相手にぶつかりたい気持ちを
留めるのに集中しなくてはならない。
 

肌のぬくもりは、抱きしめるだけでは通じないのか?
その先の粘膜の交換を共有しなければ、
たどり着けると皆がいう
幸福の絶頂に上る権利は無いのか?
 

伸ばす手の先に暗闇しかない人間には
知り合いが何百人居ても、心を埋めうる充足に
どうやってたどり着けるのか、道筋すら、見えない。


    


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