映画が大好きだ。
一日一本を観る事を日課にしている。


学友から薦められた
白黒の世界、小津安二郎作品で知った
女優、原節子が一番の僕の憧れ。

 
それから田中絹代、山田五十鈴、若尾久美子、
高嶺三枝子、淡路恵子、八千草薫、富士純子、
吉永小百合、夏目雅子…
僕が生まれた時には
既に鬼籍に入っていた女性も少なくない。
フイルムの上に現存する彼女たちの美しさを、
今の女の子たちに見出したくてたまらなかった。
 
 
綺麗で、清純無垢で、しとやかさと慎ましさを兼ね備え
楚々とした佇まいの中に凛とした筋がある。
賢さと嗜みを持ち、常に家長たる男を立てる…
映画の中の「女性像」は、失われてしまったのかと思っていた。 
 
 
だけどさ、いたんだよ、学内に。
一目惚れさ。
お近づきになるために、そりゃあもう頑張った。
情報収集、彼女の友人リサーチ、好きな男のタイプや外見、
読んでいる本、好きな歌手、
聞けば出来る限りの範囲で対応した。


周りにも僕の惚れっぷりはバレバレだった。
努力と猪突猛進一直線、念願の彼女と付き合うことになった時
「”恋愛代ゼミ日々是決戦”男サクラサク」と万歳三唱を
飲み会でカマされるほどだった。


うれしかった。
でも。
ひとつだけ誤算があったとしたら
彼女が外見やその性格とは
かけ離れた性欲の持ち主だったということ。

 
ロマンポルノや資料室にあった昔のフィルムは、
行為そのものを叙情的に見せるが
それらに清純派として名を馳せた
大女優たちは出演するはずも無く。
 

僕は僕の頭の中で、しとやかな女性は、
常に受身で恥らうもので、
こちら側の思うとおりになる、と
なぜだか決め付けていた。

 
彼女は決してセックス依存症ではない。
好きな相手として定めた僕に“だけ”に
可愛らしく獰猛に要求する。


それは身に余る光栄なのだと思う。
好きな男の前でだけ、変貌する女の子なんて、
秘密っぽくて最高だよね。 


でも彼女の閨の要求が激しすぎて、
僕には対応できません、などと言おうものなら、
万年床で自慰がデフォルトになっているバンザイ男どもに
ぶっ殺されかねない。
 

だから誰にも言えない。
  

僕はさほど消極的な人間ではないと思うし
その手のことは大好きだ。
だが、甘美な嗜好物も度を過ぎれば毒となって全身に回る。
 
  
二人きりの閉鎖空間では、
彼女はすぐに僕に抱きついてくる。
可愛らしいし、とてもいとしい。
見上げられた期待のまなざしに、何としても応えたいと思う。
濡れた唇をついばみ、舌を差し込めば積極的に絡ませてくる。



それで終わりでも、僕は満足しているときがあるんだ。
だけど、彼女はそれが始まりで、
僕から与えられることが当たり前、だと思っている。



体の密着具合とぬくもりが絶妙で、股間が突っ張ってくる。
そりゃ好きな女の子とペタペタしているんだ、
立たないほうがおかしいだろ?


必死に彼女の感じるところを探してノックする。
探究心と義務感がせめぎあう。
僕の体力の続く限り、彼女の快楽を持続させたいと思う。

 
本当に、頑張っているんだ。
それでも彼女は満たされず、「もっと…」と喘ぐ。
抱きついてくる熱に嘘は微塵も無い。
僕だけを求めてくれるその気持ちに、応えたい。 


だけど
何回も、何回も、何回も身体を重ねることに
どんどん彼女が分からなくなりつつある。



映画の中の女優の身体自体が
綺麗にカバーコーティングされているように
女の性欲の形は男のそれと比較できないくらい、黒く重い。


コールタールに似た清純な彼女の貪欲さに、
僕は首元まで浸かっている。
受身の君が得られる快楽の深さと同じくらい、
僕は今、身体的に疲れている。


映画ではそんな時のことなど、教えてくれなかった。
ささやかな交わりのシーンの先にあるのは
深くまで知り合ってしまった男女の倦怠だけで、
僕の心にそれはまだ生まれない。

 
 
    

                    −monochrome,blue