「動くなよ」


そう言われると同時に目隠しをされる。
サテン地は黒く、薄く柔らかい肌触り。
視界が遮られる。

 
自分を取り巻く空気すら鋭く感じられるような緊張。
方向感覚の消滅。
物体と生体の差を感じる第六感が研ぎ澄まされる。

 
次に何をされるか分からぬ恐怖と期待が
頭と身体を全方向に拡散させる。


自分の身体の境目が無くなり、
何倍も大きくなったような感覚と
一歩を踏み出すことも確証が持てなくなる
覚束無さに震えが走る。
 
 
彼の気配が後ろからやってくる。
感じ取ろうという意識を背中に向けたために
次の感覚を乳首に感じた瞬間、声が出た。


「あっ!」

 
「…ちょっと指先で触れただけなのにな、こんなに尖ってる」


触れよ、と両手を後ろに回される。
最初に触れたのは、腰だろうか。
よくわからないが、多分そうだ。
頭と自分の身体の感覚で認識している 
ただの位置情報に過ぎない。

 
指先の触覚で感じ取る情報は
ぬくもりだけではない。
肌のきめ、生えている毛、毛穴の凹凸…
普段意識しなかった感触を味わう。

 
爪を立てたり、
指先だけでなぞりあげたり、
掌全体で触れたり。


こんなに丹念に人を触ったのは初めてかもしれない。 

 
感じる部位だけを触るのが
おざなりの饗宴になっていた二人の関係。 


あたしは、彼の身体の何が分かっていたんだろう?


背中全体に暖かさを感じたと思った。
自分と彼のすき間に、熱く硬い突起を感じる。
その刹那、驚くほどの粘度の高いものが、
ぽたり、自分の足の間から流れ出る。

    

「…どこでオレを感じてる?」

「ふれあってる、ところ」

「入れてねーよ」

「分かってる」


 
もっといろんなところに触りたい。
視覚に頼らない記憶の中に、
彼の全てのかたちを刷り込みたい。


腕の中で身体を反転させ、
ぎゅっとしがみついた私の態度を
彼はいい意味で勘違いした。



「怖いか? 悪かった…はずそうか?…

 だけどお前、いま、多分、目で見てるよりずっと

 俺を、近くに、感じてるだろ?」


「…うん」



私の下腹部で、突起が硬度を増し、さらに大きくなる。
はっきりと触れていないのに分かる。

 
背中に手を回し、背骨のくぼみに指を這わせ、
更にぐいと抱きつく。
私の身体と彼の身体がぴったりと寄り添う。
鋭敏になる感覚、緊張感は霧散する。
気持ちよさに満ちて、彼の手の動きだけを感じる。

 
目隠しを取られても、固く閉じた瞼は開かない。
あたらしい世界を全身で感じる術を、忘れたくない。







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