F.A.SS -
「鋼の錬金術師」の二次創作
【基本のエドロイSS】 -
原作をベースにした、エドロイSSです。
時系列順に並んでいます。
(下に行くほど後の出来事になります。)
誰がために - (まだロイの片想い)08.06.25up
- (両想いでもお互い気付かない)08.6.26up
水の中の月 - (告白)08.6.29up
- 08.6.30up
- (初めての触れ合い。大佐が咥えるのみ)08.7.1up
- (初体験)08.7.11up
蹟(しるし) - (大佐から初めてのキスマーク) 08.7.16up
シチュー - (大佐が熱を出さなくなったあたり)08.7.16up
- (大佐が壊れてます。ちょっとギャグ)08.7.22up
フソク - (豆がいないと闇がぶり返す大佐)08.7.22up
摂取 - (「フソク」の続き。相変わらず闇に囚われている大佐と帰ってきた豆)
08.7.22up
Turn R
Turn E
幕間 - (ごめんなさいなギャグ)
08.8.8up
- (ヤってるときのエドVer. 「虚」と対になってます。)
08.8.8up
- (ヤってるときのロイVer. 「彩」と対になってます。)
08.8.8up
- (「虚」の続き。どーしようもなくグダグダなロイ)
08.8.8up
- (兄さんと酔ってご機嫌の大佐。未然ジェラシー)08.10.25up
- (鬼畜い兄さん♪後、ヘタレ)08.10.25up
【遊 シリーズ】 -
パラレル。税務署長のロイと税理士のエド。

このSSは途中からRPG方式で、「遊」(ロイエドVer.)と「遊 脇道」(エドロイVer.)に枝分かれします。
但し、「遊 脇道」は「遊」本編と「遊 番外編」数本を包括した入れ籠構造になっておりますので、
「遊」→「遊 番外編」→「遊 脇道」の順に読まれることをお奨めします。
その順番にupして行きます。

「遊」vol.1〜vol.9 - 「遊」「遊 脇道」とも枝分かれするまで共通です。
「遊」vol.1 - 08.11.12up
「遊」vol.2 - 08.11.12up
「遊」vol.3 - 08.11.13up
「遊」vol.4 - 08.11.13up
「遊」vol.5 - 08.11.13up
「遊」vol.6 - 08.11.16up
「遊」vol.7 - 08.11.16up
「遊」vol.8 - 08.11.16up
「遊」vol.9 - 08.11.16up
「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) -
ロイエドがお嫌いな方も、これはこの後のエドロイver.がこの「遊」のロイエドバージョンを含んだものですので、お読み戴ければ幸いと存じます。

「遊」vol.10 - 08.11.19up
「遊」vol.11 - 08.11.19up
「遊」vol.12 - 08.11.19up
「遊」vol.13 - 08.11.19up
「遊」vol.14 - 08.12.7up
「遊」vol.15 - 08.12.7up
「遊」vol.16 - 08.12.7up
「遊」vol.17 - 08.12.7up
「遊」vol.18 - 08.12.7up
「遊」vol.19 - 08.12.7up
「遊」vol.20 - 08.12.7up
「遊」vol.21 - 08.12.12up
「遊」vol.22 - 08.12.12up
「遊」vol.23 - 08.12.12up
「遊」vol.24 - 08.12.12up
「遊」vol.25 - 08.12.12up
「遊」vol.26 - 08.12.12up
「遊」vol.27 - 08.12.12up
「遊」vol.28 - 08.12.12up
「遊」vol.29 - 08.12.12up
「遊」vol.30 - 08.12.12up
「遊」vol.31 - 08.12.16up
「遊」vol.32 - 08.12.16up
「遊」vol.33 - 08.12.16up
「遊」vol.34 - 08.12.16up
「遊」vol.35 - 08.12.17up
「遊」vol.36 - 08.12.17up
「遊」vol.37 - 08.12.17up
「遊」vol.38 (これで完結です) - 08.12.17up
「幻」 (「遊」 番外編)(エドロイ) - 08.12.17up - (旧テレビアニメのラストから映画シャンバラのその後。ロイVer.)
「惑」 (「遊」 番外編)(エドロイ) - 08.12.17up - (旧テレビアニメのラストから映画シャンバラのその後。エドVer.)
「遊 脇道」(エドロイVer.) - 「遊」Vol.10以降
こちらはエドロイバージョンのうえ、ロイが精神的に壊れてしまっています。
しかも暗いです。
弱いロイが厭だという方はお読みならないで下さい。
「遊 脇道」Act.1 - 08.12.17up
「遊 脇道」Act.2 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.3 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.4 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.5 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.6 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.7 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.8 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.9 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.10 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.11 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.12 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.13 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.14 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.15 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.16 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.17 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.18 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.19 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.20 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.21 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.22 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.23 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.24 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.25 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.26 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.27 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.28 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.29 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.30 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.31 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.32 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.33 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.34 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.35 - 08.12.26up
「遊 脇道」Act.36 - 08.12.26up
「遊 脇道」Act.37 - 08.12.26up
「遊 脇道」Act.38(とりあえず完結ですが、「澱」へ続きます) - 08.12.26up
「澱」 (「遊 脇道」完結話) - 08.12.26up - (「脇道」のロイVer. これで「脇道」の本編は終わりになります)
「寥」 (「遊 脇道」 番外編 エドロイ) - 09.1.7up - (「幻」の割愛部分)
「仕」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ) - 09.1.7up - (駅前相談するセンセイ)
「誤」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ) - 09.1.7up - (ある日税務調査が…)
「加」 (「遊」番外編 エドロイでもどっちでも) - 09.1.7up - (本編に入れ忘れた生協の小ネタ)
「罪」 (「遊 脇道」番外編) - 09.1.7up - (そして今2人は)
「問」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ) - 09.1.7up - (そして今2人はその2)
「策」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ) - 16.12.29up - (あの夜の男は)
【その他 ロイ受】
「戯」 (ブラロイ) - 09.1.7up - (ロイにホムンクルスと知られ、別れを告げるブラッドレイ)
「蓮」 (キンロイ) - 09.1.7up - (イシュヴァールにて。意外にほのぼのかと…。)
「痴」 (エドロイ)(単発) - 09.1.7up - (淫乱ロイの純情)
「羞」 (エドロイ前提ハボロイ)(「痴」シリーズ?) - 09.1.7up - (「痴」の続編。エドを愛しているロイだが、ハボに…。いや、ハボは被害者なのですが。)
- 上下につながりはありません
「紅」 (エドロイ) - 09.1.7up - (久しぶりに司令部に来た兄さん)
【単発 ロイエド】 - (焦れたロイにレイプされるエド。18禁のレイプものですんで、ご注意下さい)
「赦」 Act.1 - 09.1.7up
「赦」 Act.2 - 09.1.7up
【単発 ハボロイ】
「憂」 - 14.10.16.up - (ロイとハボックの阿呆らしいすれ違い)
「今更」 - 09.1.7up - (自分の想いに気付くロイ)
「蜜」 - 09.1.7up - (恋人になった後。エロシーンばっか)
「背」 - 09.1.7up - (ハボの背中に惹かれるロイ)
【「錯」シリーズ】 - ハボロイオンリーです。
イシュヴァールでの経験がロイに与えたものは…。
- 今はなき某数字SNSで、2007年9月から書いていたものです。
「錯」 Act.1 - 09.1.7up
「錯」 Act.2 - 09.1.7up
「錯」 Act.3 - 09.1.11up
「錯」 Act.4 - 09.1.11up
「錯」 Act.5 - 09.1.12up
「錯」 Act.6 - 09.1.16up
「錯」 Act.7 - 09.1.16up
「錯」 Act.8 - 09.1.17up
「錯」 Act.9 - 09.1.17up
「錯」 Act.10 - 09.1.18up
「錯」 Act.11 - 09.1.20up
「錯」 Act.12 - 09.1.21up
「錯」 Act.13 - 09.1.24up
「錯」 Act.14 - 09.1.27up
「錯」 Act.15 - 09.1.29up
「錯」 Act.16 - 09.2.1up
「錯」 Act.17 - 09.2.6up
「錯」 Act.18 - 09.2.12up
「錯」 Act.19 - 09.2.15up
「錯」 Act.20 - 09.2.20up
「錯」 Act.21 - 09.2.26up
「錯」 Act.22 - 09.3.9up
「錯」 Act.23 - 09.3.13up
「錯」 Act.24 - 09.3.20up
「錯」 Act.25 - 09.3.26up
「錯」 Act.26 - 09.4.7up
「錯」 Act.27 - 09.4.21up
「錯」 Act.28 - 09.5.6up
「錯」 Act.29 - 13.5.21up
「錯」 Act.30 - 13.5.22up
「錯」 Act.31 - 13.5.23up
「錯」 Act.32 - 13.5.26up
「錯」 Act.33 - 13.5.31up
「錯」 Act.34 - 13.6.2up
「錯」 Act.35 - 13.6.17up
「錯」 Act.36 - 13.6.19up
「錯」 Act.37 - 13.6.26up
「錯」 Act.38 - 13.7.11up
「錯」 Act.39 - 13.7.14up
「錯」 Act.40 - 13.7.19up
「錯」 Act.41 - 13.7.27up
「錯」 Act.42 - 13.8.13up
「錯」 Act.43 - 13.11.22up
「錯」 Act.44 (完結) - 13.11.26up
「聴」 (『錯』番外編) - 最終話後、ツケを支払に行くロイ。
Vol.1 - 17.1.7up
Vol.2 - 17.1.7up
【瑠】シリーズ - 【注意書きです】
これはいつものロイエドロイと、また原作とも異なるパラレルのロイエドロイSSです。
(すみません!最初間違えて『ロイエド』と書いてましたが、ロイエドロイです。)
原作またはアニメ設定以外受け容れないと言う方はお読みにならないで下さい。
最初は「人魚」のタイトルでしたが、後に「瑠」にしました。
「瑠」 Act.1 - 16.12.30up
「瑠」 Act.2 - 17.1.1up
「瑠」 Act.3 - 17.1.3up
「瑠」 Act.4 - 17.1.11up
Gift - 頂き物など
取調室にて -
ヒューズ×ロイ from 志乃さま
give me more -
ヒューズ×ロイ from 志乃さま
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.29
「遊 脇道」Act.29
08.12.24up
ああ。綺麗だ。
オレの目の前には一面の紅蓮の焔。
そして紅い稲妻。
全てを焼き尽くす。
美しい焔。

ああ、ダメだ。
あいつは焔が苦手だ。
ここから離してやらないと怖がってしまう。

この美しい焔を指先で産み出すクセに。

違う。
…はもっと苛烈な瞳でオレを導いてくれる。
でも振り向いた顔はオレの…で。
そうだ。
この自信に満ちた不遜な笑顔。
この美しい焔を産むのはオレの愛しい…。


ぴーぴーぴー…。
電子音で瞳が覚めた。
イカンイカン。
いつの間にうたた寝していたらしい。
オレはダイニングキッチンの椅子から立ち上がった。
電子レンジがミートパイを焼き上げた。
うん、やっぱオーブン機能付きにしたのは正解だったな。

あれ?
オレ、今夢を見てた?
んー?
どんな内容だったっけな。
大切な愛しい人がいたような…。
じゃ、きっとオレ、ショチョウの夢を見てたんだな。
愛だなー。愛。

既にマロンケーキもスコーンも焼けている。
サンドイッチは冷蔵庫で冷えている。
キューカンバーではあの肉好き男が納得しないだろうから、ハムとトマトとレタスのサンドにした。
野菜だけだと食べようとしない男のためにミートパイにはたっぷりの野菜を刻んでまぜてある。
混ぜ込むパン粉を浸すのももちろん牛乳ではなく、野菜ジュースだ。
後はポテトサラダを作ったからまあいいだろ。

カスタードクリームが冷えたな。
上下に切ったマロンケーキにカスタードクリームを挟んで上から生クリームを掛ける。
飾りで上から栗を散らせば完成だ。
うん。相変わらずいい腕してるぜ。オレ。
そうだ。そろそろ次の薬の時間になるな。
ケーキを冷蔵庫に入れて薬と水を持ち、男の様子を見に行く。

男が眠っている間に洗濯と簡単な掃除を済ませた。
もう外は夕闇だ。
少し開いた寝室のカーテンをぴっちり閉め、ベッドに腰を降ろす。
男の寝顔は穏やかだ。
よかった。
急に起こさないよう、そっと髪を撫でる。

ゆっくりオレのところに来い。
額にキスを落とすと目蓋があがる。
オレの顔を認めると嬉しそうに笑った。
「センセ…。…ん?」
訝しげな顔をする。
「あ?どうした?」
具合でも悪いのか?

「ん…吐いてもいないのに…喉が痛い。」
そういえば声が掠れている。
思い当たりオレはくす、と笑った。
「あんた、啼きすぎたんだよ。」
「?」
「憶えてないのか?」
「…!」
思い出したのか途端に顔が紅く染まる。

時間を掛けて焦らしたせいか、男はめずらしく乱れた。
『もっと』とオレをねだって、いつもは抑えようとする甘い悲鳴をあげ続けていた。
それだけ感じるようになったのはオレも嬉しい。

しかし初めて聞いたな。
あの涙を零しながらの『センセイ…いい…ッ!』はマジで燃えたね。
「まだ耳に残ってるよ?」
囁くと更に耳朶まで紅く染め、瞳を逸らす。
これ以上いじめるとまた拗ねちまうだろう。

「なあ。起きたらのお楽しみ、憶えてるか?」
話題が逸れてホッとしたのか、視線がオレに戻った。
「…口づけを。」
「そうだ。」
触れるだけのキスをそれでも丁寧に落とす。

「それから?」
「センセイと風呂に入る。」
「そうだ。もう沸いてるぞ。すぐ行くか?」
「ああ。」
「じゃあほら。薬飲んで。」
「ん。」
「歩けるか?抱いていこうか?」
「大丈夫だ。歩ける。」

薬を飲み終わって、立ちあがろうとする。
「わかった。じゃ、抱いていこうな。」
オレは布団を捲って抱き上げた。
「歩けると言っている!」
また顔が紅くなる。
「暴れると落ちるぞ?」
オレは取り合わない。
もうめちゃくちゃに甘やかしたいから。
「…。」
男はオレの首に腕を廻した。

「なあ?」
躰を洗い、膝の上というよりは間に男を横抱きにして湯に浸かっていた。
ここんちのバスタブが贅沢に広いからできるワザだな。
なぜ後ろから抱きしめないかというと、オレの方が背が低いからだ。
男はこの体勢に最初は少し抵抗したが、今は大人しくオレの肩に頭を凭れ掛けている。
「ん?なんだね?」
その声は満ち足りているようで嬉しい。

「こうやってさ。毎日あんたが目覚める度に楽しみなことを用意したいな。」
「…。」
少し驚いたようだが、やがてくすくす笑い出した。
「ん?ナニ笑ってんだよ?」
「いや。嬉しいよ。
 私にとって、瞳が覚めればセンセイがいてずっと一緒にいられるなら。
 それが目覚めるに値する楽しみなのだがな。」

男の肩に廻した腕を少し緩め、顔を覗き込む。
「そんなことよりも、もっと楽しみなことだよ。」
今日みたいにさ、と言うと
「一番楽しみなのは、君がいること。
 私が一番欲しいものは君と過ごす時間だ。
 だから今は幸福だ。他に何もいらない。
 もっと楽しいことなんて無い。」
儚げに笑う。

「あんたもっと欲を持てよ。もっと欲張れ。」
「私が欲深いことは君がよく知っているだろう?
 底なしに君が欲しい。これから先の全ての時間を君にいて欲しい。」
「そんなんじゃなくてさ。
 オレはずっとあんたと一緒にいるよ。
 それ以外にオレになんか要求しろって言ってんの。」
「だってもう与えてくれてるじゃないか。
 君は私に触れてくれる。私を抱いて一緒に眠ってくれる。
 君は私に笑いかけてくれる。同じ話題で会話をしてくれる。
 君は食事を作ってくれる。それを一緒に食べてくれる。
 君は私にいろいろな景色を見せてくれる。一緒に同じものを見てくれる。
 なによりも私の前に存在してくれている。
 これ以上望むものなど無いが?」
どうしてこんなに欲がないんだ?

「なにかオレにして欲しいこととか他にないのかよ?」
聞いたオレの肩に頭を凭れ掛けて男はしばらく黙っていた。
オレも男の言葉を待って沈黙していた。

「君にでないなら、願い事はある。」
しばらくして、ぽつり、と男は言った。
「願い事?オレへの要求じゃなくて?」
「ああ。もうセンセイに要求など無い。
 私の側にいてくれれば。
 ただ、願い事なら一つだけある。」
「…なんだよ?」
少しは欲が出てきたのだろうか。
それは嬉しい兆候だ。

「君に願う訳ではないぞ?」
念を押すような声が聞こえた。
「ああ。解ってる。それでも聞きたい。」
少しの間、躊躇うように小さく息をしてから男が口を開く。

「君の猫でいられなくなる日が来るのなら、私は人魚姫になりたい。
 …それだけだ。」
その願いの哀しさにオレは一瞬押し潰されそうになった。
オレしかいらないという男の、オレがいなくなってしまった時の願い。
それはかつて語られたように救いとして男の口から零れて。

「オレはっ!こんな綺麗な人魚姫が側に来てくれたから、押し倒してモノにした!
 他の女になんか目もくれねぇ!
 だからオレの人魚姫はずっとオレの側にいるんだ。
 いいな!?」
きつく肩を抱きしめて宣言する。
もう二度とこんな哀しいことを男が口にしないように。
「ああ。」
それでも答えた男の声に力はなくて、それが本当に哀しかった。

「他に考えろよ!オレになんか要求しろ!」
我ながら子供じみているとは思った。
それでもさっきみたいな哀しいことなど、もう願わせたくない。
そんなオレの気持ちが解ったのだろうか。
少し思案した後に
「じゃあ…。」
男が切り出す。

「あ?なんだ?何をして欲しい?」
「…腹が減った。もう風呂を出たい。」
ああ。
男はもう今は心情を明かす気をなくしたということか。
今はそれでよしとしよう。
無理に精神を暴きたくはない。

「次のお楽しみだったもんな。
 ではアフタヌーンティーにご招待しましょう。」
「あ、センセイ?」
「ん?なんか思いついたか?」
「ケーキを焼いてくれるのも嬉しい。また作ってくれたまえよ。」
なんかがっくりきちゃったな。
炊事だってケーキ作りだって洗濯だって掃除だって望まなくたってやってやるっつの。

少し頭に来たので男の抵抗を無視して、躰を拭くのから服を着せボタンを填めドライヤーを掛けるのまで全部やってやった。
ついでにダイニングまで抱いて運ぶ頃には男も苦笑していた。

「これは…すごいな!」
並べた料理に男が感歎の声をあげる。
「まあこの時間だ。晩メシも兼ねてるからな。」
男の嬉しそうな顔を見るとオレも嬉しい。

「紅茶はダージリンでよろしいですか?」
コーヒー党かと思っていたが、意外に紅茶も好きなようだ。
オレが幾つかの種類を買うと、その時によりリクエストをしてくる。
「今日はキーマンがいいな。スコーンにはミルクティが合う。」
「かしこまりました。」
オレもキーマンが結構好きだ。
ぜってぇミルクは入れねぇけどな。
男の前にミルクを入れたポットを置く。

「ジャムはいかがなさいますか?」
クロテッドクリーム代わりの手作りバタークリームをテーブルに置いて聞く。
「アプリコットと…そうだな。コケモモのジャムはまだ残っているかね?」
食事に拘らない割に、甘いものには結構凝るヤツだ。
「まだございます。」
ホークアイさんが弁当袋のお礼としてこの前くれたんだ。
めずらしいし、美味いからオレも男も気に入っている。

「あれ、結構探してんだけど売ってないんだよな。」
おっと、つい執事口調で言うのを忘れちまった。
「ホークアイ君も旅行先で見付けて買ったそうだ。」
「直接製造元に通販してもらうか。」
「ああ。その手があったな。ネットで販売しているといいのだがね。」
「探してみよう。」
(後日、ネットで買ったコケモモジャムを食べ、オレ達はホークアイさんがくれた店の手作りらしいジャムが一番うまいという結論を導き出し、それからは直接店から買うことにした。)

話をしながらゆったりと何杯もの紅茶を飲み、少々重めの茶菓子を平らげていく。
オレの小さかったときから今までの話を男は事細かに聞きたがった。
乞われるまま、思いつくままにオレも次々と話した。

「聞いてばっかで、あんたはどうなんだよ?」
オレの失敗談に破顔している男に聞く。
オレだってこいつのことも知りたい。
「ん?私か?たいした思い出などないよ。」
まだおかしそうに目尻の涙を拭いている。
「あんただって学生時代とかあったんだろ?
 なんか話せよ。」
まあ失敗談はなさそうだけどな。

「よく…憶えていないな。楽しいなどと思った覚えもない。」
そういえばなんのために生きているのか解らなかったって言ってたよな。
そんな人生ってあるのかな。

「小さい頃なりたかったものとかはないのか?」
少し考えているようだった。
「さあ。どうだろう。
 いつも目の前に置かれた課題をただ片付けていただけだったな。
 自分からなにかしたいと思ったこともない。」
そう話す男の顔は少し寂しそうに見えた。

「楽しいとか嬉しいとか思ったことが一度もないのか?」
今、不安を抱えながらでもこんなに幸福そうなのに。
すると何か思い出したのか急に明るい顔になった。
「ああ!センセイに初めて逢ったときは嬉しかった。
 世界はこんなに様々な色彩に溢れているのだと知ったよ。
 それと光があるのだと初めて認識した。
 あれはとても嬉しかったな。」
男は本当に嬉しそうだ。
こいつの人生ってホントにオレだけしかないのか?

「その前はなんかないのかよ?」
「その前?…それ以前に楽しい…嬉しい…。」
困ったような顔で顎に手を当てて考え込んでいる。
さすがに自分もナニか思い出を話さないと悪いと思ったらしい。
「いや、無理しなくてもいいんだぜ?」
オレの方が心配になる。

「あ!」
何か思い出したようだ。
「あ?」
オレは言葉を待つ。
「あの時計を見付けた後だ。」
「これか?」
オレはいつの間にすっかり自分に馴染んだ銀時計を取り出す。

「そうだ。それまでも別に色盲という訳ではなかったんだが、色というものを意識できていなかったんだ。
 それに慣れてしまっていたんだが、ある日両親と買い物に行った先で宝飾品店に入ってな。
 おそらく父が母か姉に何かプレゼントでもしようとしたんだろう。」
ようやく思い出らしい思い出が聞けるようだ。
ちょっと安心した。

「それで?」
「うん。そこは貴金属をその日のレートで売り買いする店で、デザイン済みの商品も地金の重さが表示されていて、値段はその日のレートで決まるというシステムだったんだ。」
「デザイン料や加工料はどうなってるんだ?」
どうしてもその辺が気になってしまうのは職業病だな。
「ああ、それは別表示になっていて地金代をプラスするんだ。」
「なるほど。」
それはちょっと面白いシステムだ。
レートによる売買が頻繁に行われないと安定した利益は得られないけどな。
仕入と売上に相対関係がなくなってしまうから。

「そこで当然興味もないのでロクに商品を見ていなかったんだが、ふと自分が金色を認識していることに気付いたんだ。」
そういえば前にもそんなことを言ってたな。
「金色とはとても美しい色なんだと思って、つい『綺麗だな。』と呟いたのを両親に聞かれてな。」
はあ。
「それまで何にも興味を示さなかった私が『綺麗』などと言ったモノだから喜ばれてしまって。」
「なにか不都合でも?」
「私がたまたま見ていた商品が『金塊』だったんだが、その場で買われてしまった。」
「…金塊?」
「ああ。金塊。」
「よく…アニメとかに出てくるあの台形っつーか、あんな形の?」
「そう。地金も扱う店だったので商品ではあったのだが、まさか店側もそれをぽんと客が買うとは思っていなかったらしく随分親に確認をしていた。」
それは…こいつにしては最大級に面白い話かも。

「で、それはどうしたんだ?その『金塊』は。」
「ああ。私も姉も高価なものだから貸金庫なりに預けた方がいいと言ったんだが、両親は『お前が綺麗と思うものを側に置いていつも見られる方がいい。』と言ってな。」
「うん。」
「ずっと私の部屋の机の上にあった。」
「金塊が?」
「ああ。金塊が。」
だめだ。我慢仕切れねぇ!
オレは盛大に笑った。
男も楽しそうに笑っている。

「それ…幾つんときだよ?」
「ああ。確か16…いや、17歳の時だ。」
「金塊を机に乗せてる17歳…!」
あー。まだ腹筋がひくついてるぜ。
「ああ。それでも確かに効果はあったな。」
男もまだ息が乱れている。
「なんの?」
はー、と息を吐いて男に聞く。

「安心、したんだ。その彩を見ていると。
 だからいつも机にそれがあったのは良かったかも知れない。
 それにそこから金相場へ興味が湧いて、そこから経済へと興味が波及して現在の職に繋がったんだ。
 まあ、それも所詮父に与えられた課題でしかなかったかも知れないがな。
 なんにしてもそのおかげで君にも出会えた訳だし。
 私にとってその『金塊』とは運命の出会いだったと言えるだろう。」
結局オレに結び付くのかよ!
あー。腹イテェ。

「安心って?」
さっきちょっと引っかかった。
「ん?金色を見ているとなんだか安心できたんだ。」
「そんなに昔から不安があったのか?」

いつからこの男はこんなに不安定なんだろう。
それはずっと聞きたかったことだ。
今、聞いてもいいだろうか。
「…。」
「言いたくなかったら言わなくていいんだ。
 いつからあんたは安定剤を?」

しばらく男は黙っていた。
オレも返事は急かしたくなかったけど、どうしてももう一度念を押したかった。
「なあ。言いたくなるまでオレは待つよ。
 だから無理には言わなくていい。」

またしばらくの沈黙の後、男が口を開いた。
「幼い頃から厭な夢に魘されていた。
 色々な悪夢ばかり見る子供でね。」
オレは黙って聞いていた。

「ああ、紅茶のお代わりを貰えるかな?」
差し出されたカップに紅茶を注ぐ。
「それはともかく、私の無気力というか何にも興味を示さないことに両親は悩んだらしい。
 随分幼い頃から神経科や精神科へ行かされたよ。
 それでも成績にも行動にも問題がないので特に安定剤を飲むということは無かった。
 人前で不安定になることもなかったからな。」
「…。」

それは一人の時には不安定だったってことか。
こいつが素直に人前でそれを晒す訳がない。
例え両親の前でも。

「14歳くらいの時だったか、友人からタバコを吸うと精神が安定すると言われてな。
 試してみようかと一本貰って吸おうとしたんだが。」
少し間を置いている。
「で?」
「ああ。友人が親切で火を付けてくれようとした、そのライターの火がどうも厭で。
 どうしても咥えたタバコを近づけられなかった。
 …そこで私は一生喫煙者にはならないと決まった訳だ。」
戯けて言うが違うだろう。
そこで決定的になったんだ。
こいつの不安定さが。

「それからは…どうやって抑えたんだ?」
「…やはり君は聡い人間だな。
 ああ。15歳まではなんとか誤魔化して日常を送っていた。
 16歳になると親の承諾無しに安定剤が貰えたのでな。
 …それからだ。薬で平静を保つようになったのは。
 随分楽なものだと…ああ、思えばこれが君に出逢う前、最初に嬉しいと思ったことだったかも知れないな。」
自嘲気味に笑う。

「…そうか。」
そんな頃からなのか。
こいつが薬で自分を保っていたのは。
やはり躰が心配だ。

まだ、『どうして安定剤を飲むのか』は聞いていない。
それでもとりあえず『いつから飲んでいるか』は話してくれたんだ。
これから少しずつ聞いていかれればいい。
オレはこいつをきっと支えていける。
その時はそう信じていた。





Act.30

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