F.A.SS -
「鋼の錬金術師」の二次創作
【基本のエドロイSS】 -
原作をベースにした、エドロイSSです。
時系列順に並んでいます。
(下に行くほど後の出来事になります。)
誰がために - (まだロイの片想い)08.06.25up
- (両想いでもお互い気付かない)08.6.26up
水の中の月 - (告白)08.6.29up
- 08.6.30up
- (初めての触れ合い。大佐が咥えるのみ)08.7.1up
- (初体験)08.7.11up
蹟(しるし) - (大佐から初めてのキスマーク) 08.7.16up
シチュー - (大佐が熱を出さなくなったあたり)08.7.16up
- (大佐が壊れてます。ちょっとギャグ)08.7.22up
フソク - (豆がいないと闇がぶり返す大佐)08.7.22up
摂取 - (「フソク」の続き。相変わらず闇に囚われている大佐と帰ってきた豆)
08.7.22up
Turn R
Turn E
幕間 - (ごめんなさいなギャグ)
08.8.8up
- (ヤってるときのエドVer. 「虚」と対になってます。)
08.8.8up
- (ヤってるときのロイVer. 「彩」と対になってます。)
08.8.8up
- (「虚」の続き。どーしようもなくグダグダなロイ)
08.8.8up
- (兄さんと酔ってご機嫌の大佐。未然ジェラシー)08.10.25up
- (鬼畜い兄さん♪後、ヘタレ)08.10.25up
【遊 シリーズ】 -
パラレル。税務署長のロイと税理士のエド。

このSSは途中からRPG方式で、「遊」(ロイエドVer.)と「遊 脇道」(エドロイVer.)に枝分かれします。
但し、「遊 脇道」は「遊」本編と「遊 番外編」数本を包括した入れ籠構造になっておりますので、
「遊」→「遊 番外編」→「遊 脇道」の順に読まれることをお奨めします。
その順番にupして行きます。

「遊」vol.1〜vol.9 - 「遊」「遊 脇道」とも枝分かれするまで共通です。
「遊」vol.1 - 08.11.12up
「遊」vol.2 - 08.11.12up
「遊」vol.3 - 08.11.13up
「遊」vol.4 - 08.11.13up
「遊」vol.5 - 08.11.13up
「遊」vol.6 - 08.11.16up
「遊」vol.7 - 08.11.16up
「遊」vol.8 - 08.11.16up
「遊」vol.9 - 08.11.16up
「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) -
ロイエドがお嫌いな方も、これはこの後のエドロイver.がこの「遊」のロイエドバージョンを含んだものですので、お読み戴ければ幸いと存じます。

「遊」vol.10 - 08.11.19up
「遊」vol.11 - 08.11.19up
「遊」vol.12 - 08.11.19up
「遊」vol.13 - 08.11.19up
「遊」vol.14 - 08.12.7up
「遊」vol.15 - 08.12.7up
「遊」vol.16 - 08.12.7up
「遊」vol.17 - 08.12.7up
「遊」vol.18 - 08.12.7up
「遊」vol.19 - 08.12.7up
「遊」vol.20 - 08.12.7up
「遊」vol.21 - 08.12.12up
「遊」vol.22 - 08.12.12up
「遊」vol.23 - 08.12.12up
「遊」vol.24 - 08.12.12up
「遊」vol.25 - 08.12.12up
「遊」vol.26 - 08.12.12up
「遊」vol.27 - 08.12.12up
「遊」vol.28 - 08.12.12up
「遊」vol.29 - 08.12.12up
「遊」vol.30 - 08.12.12up
「遊」vol.31 - 08.12.16up
「遊」vol.32 - 08.12.16up
「遊」vol.33 - 08.12.16up
「遊」vol.34 - 08.12.16up
「遊」vol.35 - 08.12.17up
「遊」vol.36 - 08.12.17up
「遊」vol.37 - 08.12.17up
「遊」vol.38 (これで完結です) - 08.12.17up
「幻」 (「遊」 番外編)(エドロイ) - 08.12.17up - (旧テレビアニメのラストから映画シャンバラのその後。ロイVer.)
「惑」 (「遊」 番外編)(エドロイ) - 08.12.17up - (旧テレビアニメのラストから映画シャンバラのその後。エドVer.)
「遊 脇道」(エドロイVer.) - 「遊」Vol.10以降
こちらはエドロイバージョンのうえ、ロイが精神的に壊れてしまっています。
しかも暗いです。
弱いロイが厭だという方はお読みならないで下さい。
「遊 脇道」Act.1 - 08.12.17up
「遊 脇道」Act.2 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.3 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.4 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.5 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.6 - 08.12.19up
「遊 脇道」Act.7 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.8 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.9 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.10 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.11 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.12 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.13 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.14 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.15 - 08.12.21up
「遊 脇道」Act.16 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.17 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.18 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.19 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.20 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.21 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.22 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.23 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.24 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.25 - 08.12.23up
「遊 脇道」Act.26 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.27 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.28 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.29 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.30 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.31 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.32 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.33 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.34 - 08.12.24up
「遊 脇道」Act.35 - 08.12.26up
「遊 脇道」Act.36 - 08.12.26up
「遊 脇道」Act.37 - 08.12.26up
「遊 脇道」Act.38(とりあえず完結ですが、「澱」へ続きます) - 08.12.26up
「澱」 (「遊 脇道」完結話) - 08.12.26up - (「脇道」のロイVer. これで「脇道」の本編は終わりになります)
「寥」 (「遊 脇道」 番外編 エドロイ) - 09.1.7up - (「幻」の割愛部分)
「仕」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ) - 09.1.7up - (駅前相談するセンセイ)
「誤」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ) - 09.1.7up - (ある日税務調査が…)
「加」 (「遊」番外編 エドロイでもどっちでも) - 09.1.7up - (本編に入れ忘れた生協の小ネタ)
「罪」 (「遊 脇道」番外編) - 09.1.7up - (そして今2人は)
「問」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ) - 09.1.7up - (そして今2人はその2)
「策」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ) - 16.12.29up - (あの夜の男は)
【その他 ロイ受】
「戯」 (ブラロイ) - 09.1.7up - (ロイにホムンクルスと知られ、別れを告げるブラッドレイ)
「蓮」 (キンロイ) - 09.1.7up - (イシュヴァールにて。意外にほのぼのかと…。)
「痴」 (エドロイ)(単発) - 09.1.7up - (淫乱ロイの純情)
「羞」 (エドロイ前提ハボロイ)(「痴」シリーズ?) - 09.1.7up - (「痴」の続編。エドを愛しているロイだが、ハボに…。いや、ハボは被害者なのですが。)
- 上下につながりはありません
「紅」 (エドロイ) - 09.1.7up - (久しぶりに司令部に来た兄さん)
【単発 ロイエド】 - (焦れたロイにレイプされるエド。18禁のレイプものですんで、ご注意下さい)
「赦」 Act.1 - 09.1.7up
「赦」 Act.2 - 09.1.7up
【単発 ハボロイ】
「憂」 - 14.10.16.up - (ロイとハボックの阿呆らしいすれ違い)
「今更」 - 09.1.7up - (自分の想いに気付くロイ)
「蜜」 - 09.1.7up - (恋人になった後。エロシーンばっか)
「背」 - 09.1.7up - (ハボの背中に惹かれるロイ)
【「錯」シリーズ】 - ハボロイオンリーです。
イシュヴァールでの経験がロイに与えたものは…。
- 今はなき某数字SNSで、2007年9月から書いていたものです。
「錯」 Act.1 - 09.1.7up
「錯」 Act.2 - 09.1.7up
「錯」 Act.3 - 09.1.11up
「錯」 Act.4 - 09.1.11up
「錯」 Act.5 - 09.1.12up
「錯」 Act.6 - 09.1.16up
「錯」 Act.7 - 09.1.16up
「錯」 Act.8 - 09.1.17up
「錯」 Act.9 - 09.1.17up
「錯」 Act.10 - 09.1.18up
「錯」 Act.11 - 09.1.20up
「錯」 Act.12 - 09.1.21up
「錯」 Act.13 - 09.1.24up
「錯」 Act.14 - 09.1.27up
「錯」 Act.15 - 09.1.29up
「錯」 Act.16 - 09.2.1up
「錯」 Act.17 - 09.2.6up
「錯」 Act.18 - 09.2.12up
「錯」 Act.19 - 09.2.15up
「錯」 Act.20 - 09.2.20up
「錯」 Act.21 - 09.2.26up
「錯」 Act.22 - 09.3.9up
「錯」 Act.23 - 09.3.13up
「錯」 Act.24 - 09.3.20up
「錯」 Act.25 - 09.3.26up
「錯」 Act.26 - 09.4.7up
「錯」 Act.27 - 09.4.21up
「錯」 Act.28 - 09.5.6up
「錯」 Act.29 - 13.5.21up
「錯」 Act.30 - 13.5.22up
「錯」 Act.31 - 13.5.23up
「錯」 Act.32 - 13.5.26up
「錯」 Act.33 - 13.5.31up
「錯」 Act.34 - 13.6.2up
「錯」 Act.35 - 13.6.17up
「錯」 Act.36 - 13.6.19up
「錯」 Act.37 - 13.6.26up
「錯」 Act.38 - 13.7.11up
「錯」 Act.39 - 13.7.14up
「錯」 Act.40 - 13.7.19up
「錯」 Act.41 - 13.7.27up
「錯」 Act.42 - 13.8.13up
「錯」 Act.43 - 13.11.22up
「錯」 Act.44 (完結) - 13.11.26up
「聴」 (『錯』番外編) - 最終話後、ツケを支払に行くロイ。
Vol.1 - 17.1.7up
Vol.2 - 17.1.7up
【瑠】シリーズ - 【注意書きです】
これはいつものロイエドロイと、また原作とも異なるパラレルのロイエドロイSSです。
(すみません!最初間違えて『ロイエド』と書いてましたが、ロイエドロイです。)
原作またはアニメ設定以外受け容れないと言う方はお読みにならないで下さい。
最初は「人魚」のタイトルでしたが、後に「瑠」にしました。
「瑠」 Act.1 - 16.12.30up
「瑠」 Act.2 - 17.1.1up
「瑠」 Act.3 - 17.1.3up
「瑠」 Act.4 - 17.1.11up
Gift - 頂き物など
取調室にて -
ヒューズ×ロイ from 志乃さま
give me more -
ヒューズ×ロイ from 志乃さま
> F.A.SS
F.A.SS
 
> 【基本のエドロイSS】
【基本のエドロイSS】
 
> 【基本のエドロイSS】 > 誰がために
誰がために
(まだロイの片想い)08.06.25up
「…ド。エド。」
あぁ、母さんの声だ。
「エド。すごいわ。」
母さんがオレを抱きしめながら言う。
「さすがは父さんの子ね。」
やさしい母さんの手がオレの頭をくしゃりとなでてくれた。
「でも…母さんのことはちゃんと作ってくれなかったのね。」
どろり
と『母さんだったモノ』から赤黒い液体が流れ出し、吹き出し『それ』は嗤いながらぐじゃり、と崩れ落ちる。
「!」
逃げ出そうとするが、『それ』の腕に抱かれたオレは逃げられない。
びしゅぅ、どぷり、ごぶり。
溢れる生暖かい液体がオレの頭からすべてを染め上げ、その中に囚われおぼれそうになる。
「助けて…誰か…。」
その脳裏に浮かんだのは黒髪の…。
「っ!ぅわぁぁぁあああ!!」

「鋼の!」
はっ!と飛び起きたオレの目の前には黒髪の黒い瞳。
「どうした?随分うなされていたな。」
オレは震えながら肩で荒い息をした。
「深くゆっくり息を吸って、ゆっくり吐くんだ。」
オレをまた横たえながら、心配そうな黒い瞳がオレを見つめている。
「大丈夫だ。」男はオレに断言する。
『大丈夫か?』ではないところがこの男らしい。
「何がおかしい?まぁ笑えるようになればよいがな。」
気付かぬうちに、オレは小さく微笑んでいたようだ。
「ん。大丈夫だ。あんたが言うんだからな。」
整い掛かった息で答えた。
「ほう。珍しく素直だ。」
おどけたような表情をしながらも、オレの頭をなでる手は限りなく優しい。
「手袋、外せよ。」
思わずキツイ言い方になる。その優しさが哀しくて。
「なぜだね?」
相変わらず軽い口調で男は答える。
「いきなり燃やされるのは御免だからな。」
素直になれない。こんな自分をもてあます。
小さく喉の奥で笑いながら、突っかかるオレには構わず、男はオレの頭をなで髪を梳き続けた。

こんな穏やかな顔をしていても、コイツだって狂気を抱えている。
『人間兵器』として戦場に駆り出され、女子供に至るまで全て殺し、焼き尽くした男の過去。
オレたちは普段、「人を殺してはならない。」ということを絶対の法として生きている。
その法も、自分の人生観すらも裏返して見ぬフリをして、なんの恨みもない人間達を殺す。
人間としての生皮を無理矢理引きちぎり、引き剥がし忌まわしい『何者か』になって行った凶行。

存外に子供の好きなこの男の苦しみはどんなモノだったのだろう。
平素なら、笑って抱き上げる少女を消し炭のように焼き尽くす所業を繰り返す苦悩。    
断末魔の泣き叫ぶ声に心のどこかが切り裂かれ、自らの血が自身を濡らしたことだろう。
そして得た『イシュヴァールの英雄』という称号。

それでもこの男は野望のために軍を去らない。
いつまた戦場に駆り出されるか解らなくとも。
はがれ落ちそうな生皮を、必死に自らの顔に貼り付け続ける。
オレには解らない。
この男には解るのだろうか。
男が、本当はその生皮を貼り付けていたいのか、はがしてしまいたいのか。

コイツの部下だってそうだ。
みんな、優しい顔をしながら内なる狂気を『目的』の為に押さえ込み続ける。
この男の野望の達成のために、『人間』の生皮を貼り付けて生きている。
オレと弟を本当にかわいがって、心配して。
同じ年頃の子供を数え切れないほど殺したその心で、時には声を上げて笑いさえして。
同じ年頃の子供を数え切れないほど殺したその手で、時にはオレたちを支えすらして。    

責めているんじゃない。責めたい訳じゃない。
責められるべきは、オレの方だ。
母さんを永遠の眠りから無理矢理引き離し、そしてまた死なせた。
弟の躰をも失わせた。
オレもまた、人間の生皮を貼り付けて生きている。
押さえても、押さえてもはがれ落ちそうな生皮を押さえつけて。

なぁ、大佐。
あんたはその生皮をどうしたいんだい?
オレはこの皮をまた自分のモノに戻すために生きていると思うんだよ。
弟の、アルの躰を取り戻すために生きていると。
でも、もしアルの躰を取り戻したとき。
解らないんだ。
本当にオレはこの生皮を自分のモノに戻したいのかって。
オレは本当にオレの狂気を受け入れたくないと思っているのかって。
この今自分が呼吸をしていることすら呪いそうな焦燥感。
解らないんだよ。大佐。

「大丈夫だ。」
男の声で我に返る。
「え?」
今オレは何を考えていたのだろう?
思う間もなく、男はいつの間にか手袋を外した指でオレの頬に触れる。
指はオレの涙をぬぐって。
あぁ、オレは今泣いていたのか。
男の仕草でそのことに気付いた。
「大丈夫だ。」
男は繰り返す。
「なにが?」
上手くおどけた軽い口調で言えただろうか。自信はない。
「なんでも。君は大丈夫だ。」
この男が、何を解っているのか、どこまで解っているのか知らない。
でも今、オレの思考はコイツに救われた。
くやしいが、『また』という装飾付きで。

そうだ。
今はくよくよ悩むときではない。
弟の躰とオレの手足を取り戻すために、とりあえず出来ることはなんでもやってみよう。
明日にはまた東部に発って、資料を集めよう。
それには…。


いつの間に金色の瞳を持つ少年はまた眠りに落ちていった。
起きているときの元気さと生意気さを忘れさせるほどの可愛らしい寝息。
愛らしくて、殺してしまいたくなるこの寝顔。
この喉を鋭利な刃でぱっくりと裂いたら、この子はどんな表情をして息絶えるのだろうか。
なんて
思うほど私は弱くはないのだよ。
鋼の。
君が心配しなくとも。

そして、君の弱さは私が引き受け、外れそうになれば引き戻してやろう。
そうして君は日の当たる道をいきたまえ。
古い物語にあった、竜巻に飛ばされてきた少女が『黄色いレンガの道』を歩むように、君は明るい『人』としての道をいきたまえ。
君には解らないだろう。
私のいくべき道が、かつての野望の為に有ったのに、今は君を守るために在ることを。


         fine




060506


最初に書いたSSです。
未だにどうして大佐の前でエドが寝てんのかが解りません。
まだロイの片想いです。


clear



 
> 【基本のエドロイSS】 >
(両想いでもお互い気付かない)08.6.26up
(少年は何が好きなのだろう。)
男は仕事を抜け出し、ぼんやりと街を歩いていた。
一昨日連絡があり、そろそろ報告に来るはずだ。
たまには報告を聞きながらなにか少年の好きそうなものでも、と買い物に出たのだった。

(やはり甘いものだろうか。
 ここの店のクッキーはいけるのだが。
 「こんなスカスカしたもん、食った気になんねぇ。」
 と言われそうだ。
 いや、実際は出されたものに不平を言うような子供ではないだろうが。)
ヌガー。
ボンボン。
チョコレート。
(だめだ。少年のイメージではないな。
 なにが好きなのだろう。
 せめて美味い紅茶でも買って帰ろうか。
 それとスコーン。
 ジャムとクリームも欲しいところだ。
 …少年はクリームもミルクティーも嫌がるかも知れない。
 ではスコーンは却下だな。
 うーむ。)

店の前で考え込んでいると
「あれ?大佐?」
少年の声が聞こえた。
「なにしてんだ?こんなところで。」
「やぁ。鋼の。」
「また仕事サボって、女のプレゼントでも探してんだ?」
「いや…。」
(似たようなものか。)
思わず苦笑してしまう。

「早かったのだな。アルフォンス君はどうした?」
「宿の手配に行ったよ。報告に行くのなんてオレだけでいいからな。」
「まるで苦行のように言ってくれるね。」
男の胸に少し苦い思いが広がる。
「そうだ。たまには外で報告としないか?」
「え?いいけど。大佐そんなにサボってるとまた中尉に怒られるんじゃないのか?」
「報告を聞くなら仕事の内だ。軍で味気ない茶をすするよりよかろう?」
「中尉にその言い訳が通じるといいけどな。」
軽口を聞きながらケーキが美味いと評判の店へ行った。

「なににするかね?」
「んー。ここって何が美味いの?」
「ケーキも美味いが、スコーンも人気だ。」
「ほんっとに女好みの店を知ってるんだなー。」
呆れたように少年が言った。
「仕事が立て込んでくると甘いものが食べたくなるのでね。」
少年の言うのも事実なのだがつい言い訳してしまう。
「ふーん。」
全く信用していない顔で少年が言い、オーダーを取りに来た店員に
「じゃオレ、アップルパイと紅茶。」
と告げた。
「私はミルクティーとスコーンを。」
「お客様はミルクとレモン、どちらになさいますか?」
聞かれた少年は
「ストレートで。」
と微妙な顔で答える。
男を横目で見ながら。
それを受けた男は表情に出さないつもりだったのだが、肩が震えるのを抑えられない。
「なんだよ!」
「いや、紅茶に入れるのも嫌がるのだなと思ってな。」
我慢しきれず笑ってしまった。

「あんなもん飲めるか!
 まぁ、シチューに入ってるのは平気なんだけどな。
 アレを考えた人は偉大だよな。」
うんうんと頷く少年は子供なのか大人びているのか分からない。
男にとって「愛しい」ということだけは分かるのだが。

簡単な報告も終わり、やがて来た紅茶とスコーンを食べながら
「君はクロテッド・クリームも嫌いかね?」
と男が聞く。
「なにそれ?」
「まぁ、濃い生クリームだな。ジャムとともにスコーンに付けると美味いのだが。
 食べてみるか?」
たっぷりのジャムと少しのクリームをつけたスコーンを少年の口元に差し出した。
瞳はこちらを向けたまま、無造作に少年がそれを口にする。
んがんがと租借しながら
「ん。これは美味い。」
笑いながら言う少年の口元に残るクリームを男は指で拭い、つい自分の口へ運んでしまった。
(うわ。この行動はマズかったか?)
内心焦ったが、少年は気にとめていないように思われた。

本当はその行為に少年の鼓動が跳ね上がったのだが、それは男には分からない。

口元に手をやった少年の手袋が綻びていることに男は気付いた。
「それはどうした?鋼の。」
「は?何?」
「手袋が綻びている。」
「あー。オレ色々暴れてるからな。どっかで引っかけたのかな?」
「では、換えを買いに行こう。」
「あ?別にいいよ。他にもまだ持ってるし。」
「君の旅には幾つあってもよかろう?」
「まぁそうだけど。」
鋼の手を隠す手袋は、この少年にとって必要なものだろうから。

カフェを後にして男は細々したものを扱う店へ強引に少年を連れて行った。
「なぁ大佐、こんなにサボってて本当に大丈夫なのか?」
「部下の備品を買うことも仕事の内だと思わないかね?鋼の。」
「いやだから、オレじゃなくて中尉がどう思うかって問題だと思うんだけど。」
ごもっともな正論には耳を貸さず。
「さ、ここだ。好きなものを選びたまえ。」
「いや、オレ手に合えばなんでもいいよ。」
細かいことにこだわらない少年を尻目に、なんだか一生懸命手袋を選んでしまう男であった。

「これはどうかね?」
「んー。ちょっと大きい。」
「そうか。普通サイズではだめなのだな。」
「手までちっさい言うなーーー!!!」
笑いながら少年を宥めていた男が、ふと一つの手袋に目を留めた。
「R」というブランドのロゴが入ったそれ。
「これのSSサイズはありますか?」
「はい。ございます。」
「それを。」
その手袋は少年の手にぴったり合った。
「あ、これいいな。」
「そうか。ではこれにしよう。」
財布を取り出し、会計を済ませようとする男に
「や。自分で買うから。ってかなんで大佐が買おうとする?」
「たまにはいいではないか。君に丁度良いものがあったのだし。」
「それ理由になってないし!そんな義理ないから!」
その言葉に寂しさを覚えながら
「私は部下思いと評判なのだよ?なにも君に限ったことではない。」
と苦しい言い訳を返す。
「…。じゃ、オレも大佐になんか買う。これのサイズ違いってないの?」
「私は手袋に不自由はしていない。発火布のものは別口で頼んであるしな。」
「R」の文字など欲しくない男は「E」の文字のものを頭の中で探すが、この店にそれが無いことは確認済みだった。
(なにせ今まで女に贈るものはこの店でほとんど済ませて来た。)
「じゃ、他の物。なんか必要なものない?」
「…。」
少年の言葉は嬉しいが、小物に不自由していない男は困ってしまう。

「あ!」
少年の声に
「どうした?鋼の?」
条件反射で答える。
「大佐、書類に沢山サインをしなくちゃならないだろ?」
「あぁ、そうだな。」
「じゃ、これ。オレから贈るよ。」
少年はショウウィンドウの万年筆を見つめている。
全体としてはシンプルだが、一番後ろに細かな細工の施されているそれ。
「…。それはこの手袋より高価なのではないか?」
「んなこと、どうでも良いよ。大佐がオレに手袋をくれる。
オレが大佐にこのペンを贈る。
それじゃだめか?」
「いや、嬉しいよ。鋼の。」
確かに国家錬金術師の少年は収入には困らない。
それはこの男も同じことなのだが。
お互いの買い物を終えて店を後にする。
(すこぶる上機嫌なのだろうな。今の私は。)
まるで他人事のように思う男の横にはやはり上機嫌な少年。

まだお互いの気持ちを知る前の二人であった。



           fine




060520

clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月
水の中の月
 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月 > Turn R
Turn R
 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月 > Turn R > Act.1
Act.1
初めは「護ってやりたい。」という単純な保護欲のつもりだった。
少年(とは知らず)に逢いに行ったとき、彼は酷い有様だった。
片腕と片足を無くし、物のように横たわる姿はかつてイシュヴァールで私たちが傷つけた子供のようで、この命も失われてしまうのではないかと思った。
泣き叫び、断末魔の悲鳴をあげながら息絶えていった子供達。
私の最も忌まわしい記憶が蘇り、煮え滾った。

しかし、目を覚まし私の話を聞く少年は食い散らかされることなど無い野生動物のように力強く、生命力に溢れていた。
内面の動揺を押し隠し、淡々と説明をしながら確信する。
彼はかならず私の元に来ると。
この少年は、もっと傷つくこととなっても必ず躰を取り返しに立ち上がる。

怒りに燃えているのかとすら思うほど強い意志に溢れた金色の瞳を、素直に『綺麗だ。』と思った。
こんな年若い少年だと知っていたら、彼に逢いには来なかっただろう。
私はその時初めて書類不備というものに感謝をした。
そして少年は私の心の深部に根付いた。

国家錬金術師の試験のため、久しぶりに逢った少年はやはり意志を秘めた力強い瞳でまっすぐに見据えて来た。
心配は無用だろうが、子供と分かれば利用しようとするようなヤツらに彼を任せたくはなかったので、彼を私の直属にするよう事前に申請を出しておいた。
別にかつて殺した子供達の代わりなどと思った訳ではない。
ただ、出来うる限り護ってやれたらよいと漠然と考えていただけだ。
(子供を護るのは大人の役目だ。)
この兄弟を見護りながら、少しでも傷つくことの少ないように、と。

いつからだろう。
彼が旅に出て、金色の瞳を見ない日が続くと物足りなくなったのは。
美しい女性達との逢瀬を重ねても満たされない日々。
あの生命力に溢れた瞳。
きびきびと動く、小柄な(と言うのはかなり婉曲表現だが。)バランスの取れた躰。
憎まれ口でありながらも、耳に心地よい声。
かつて私にはこの下を歩くことが許されないのではと思いもした、太陽の光に似た髪。
すべてが愛しくて。
すべてに焦がれて。
それでも、この想いは『保護欲』や『憧憬』だと思っていた。
まさかこの私が。と。

ショウ・タッカーの事件の時だった。
打ち拉がれた少年を見て、もう自分の想いを誤魔化せなくなった。
私はこの少年を愛している。
今となってはどうして『護りたい』と思ったのかが分かってしまう。
好きだったからだ。
愛してしまったからだ。
愛する人間を苦しみから護りたい。
そんな単純なことだったのだ。

それでも、自分の想いを告げるつもりはなかった。
なんと言っても同性同士。
年の離れた同性に愛など告げられても少年も困るだろう。
(私だったら御免だ。ハクロのおっさんあたりに言われたら問答無用で燃やす。)
ただ今まで通り見護るつもりでいた。
自分でも同性で愛し合うことを具体的に考えられなかったということもあったのだが。
(そう言った経験が全くなかったのだ。)



Act.2へ
 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月 > Turn R > Act.2
Act.2
それからどれくらい後だったのだろう。
いつものように旅から帰り、報告書を出して宿に行ったと思っていた少年が、その夜自宅を訪ねてきた。

「こんな遅くに悪い。もう寝てた?」
いつもの強い光が瞳に無く、それが私の心に哀しみを産んで。
いったい何があったのか。
「どうした?眠れなかったのか?」
招き入れながら尋ねた私に少年が答える。
「うん。オレが眠れないと、アルが心配するんだ。
あいつ、眠ることが必要ない躰だからさ、誤魔化せないんだよ。
だから…ここにいていい?」

迷い猫のような力無い姿。
あぁ。愛しさが溢れて抱きしめてしまいたくなる。
「あぁ。私も丁度仕事が終わらなくて眠るに眠れなかったところだ。」
誤魔化すために顔を背けて告げた。

他の部屋は既に火を落とした後だったため、書斎へ通す。
手渡した毛布にくるまり、ちんまりソファに座っている少年はいつもの力強さに欠ける分、更に小さく見える。
一度は机で書類に目を落としたが、こんな少年を前にして仕事なぞできるはずもない。
「ふーっ。」
心を落ち着かせようとため息をつき、机から離れ少年の左に座った。

「何があった?」
肩に手を置いても不自然ではないだろうか。
ぎこちない動作で、少年の右肩におそるおそる手を置く。
いっそ抱きしめて頭をなでてやりたいが、振り払われたら立ち直るのに時間がかかりそうだ。

「オレ…。」
消え入りそうな声で少年が話し出す。
「あんたオレの上官だよな。」
「あぁ、そうだが?」
何が言いたいのか分からないがとりあえず答えた。
「上官って簡単に替わったりしないよな。」
「? 今のところ人事異動の話は出ていないが。」
「…。」
それきり少年はなにか考え込むように黙ってしまった。

私が上官ではイヤだと言うことか?
他のヤツに変わって欲しいのか?
まさか私の気持ちに気付いてしまったのか!?
あ、動揺のあまり目眩がしてきた。
へたり込みそうだ。どうしよう。

「あのさ、」
少年が意を決したように話し始める。
「ん?」
声が掠れてしまった。
少年にばれなかっただろうか。
「約束して欲しいんだ。
 オレの話を聞いて、オレのこと嫌いになっても他のヤツのところへオレを回さないって。」

ん?とりあえず上官を変えて欲しいわけではないようだ。
しかし、私が嫌うほどの何を言い出すというのか。
もしや既に『ナニか』をしでかしたのか?
私にフォローしきれることならいいが。
大総統府をぶち壊したとか楽しいことになると、フォローの限界を超えているな。
いやいっそ…。

「だめか?」しおれたように少年が聞く。
「あ、すまん。今傾向と対策を考えていたのでな。」
なにを言っているのか私は。
「約束する。君が何を言っても、私は君を手放したりしないよ。」
あ、ちょっと本音が漏れてしまった。
うまく笑えなかったな。

「あのさ…。」
「うん?」
まるで体中が心臓になってしまったみたいな自分の激しい鼓動を聞きながら、少年の言葉を待つ。

心臓うるさい!
少年の声が良く聞こえないじゃないか。

「オレ、あんたが好きなんだ。」
あぁ、ほら。
聞こえないばかりか、幻聴まで…えぇっ!?

「鋼の。申し訳ないがもう一度言ってくれないか?」
うわ、声が掠れて聞き取りづらいだろう。これは。
あ、なんで泣きそうな顔をしているのだ?
あわてて言葉を続ける。
「いや、ちょっと聞き取れなかったんだ。今、私を好きだと言ったのか?」
本当に?
「オレ変なんだよ。男同士なのに、どう考えてみてもあんたのことが好きなんだ。」

少年は私の好きな金色の瞳を閉じてしまった。
それが今たまらなくイヤだった。
瞳をみたい。
その瞳に自分が映っていることを確かめたい。

少年の頬に手を回し、自分の方に向けさせる。
「鋼の。瞳を開けてくれないか?」
「いやだ。あんたの顔が見られない。」
「どうし…。あっ!」
金色のまつげを濡らして涙が頬を伝っている!

もうどうしていいのか。
心臓はうるさいし、少年は好きだと言ってくれているのにこちらを見てくれないし、泣いているし。
自分でもナニをしているのかもう分からない。

気が付くと、私は少年の涙を唇で吸い取っていた。
「たい…さ…?」
あぁ、やっと瞳を開けてくれた。
嬉しい。

「私も君が好きだ。鋼の。」
なんだ?その驚いた顔は。
「私も君のことがずっと好きだった。
 やはり君が嫌がると思って言い出せなかった。
 いや、言うつもりはなかったんだ。」
「…本当に…?」
信じられないと言った顔で少年が聞く。
「本当だ。私が信じられないか?」
「だってあんたは大人で。沢山の女と付き合ってて。だからオレなんかじゃなくても…。だから…だって…。」

なんて顔をするんだ。
また涙が溢れて来ているぞ。
頬に流れた涙から、目蓋まで遡ってそれを吸い取る。
くすぐったそうに身を捩るさまが愛おしい。

そして少年の瞳をみつめ、今まで言えなかった言葉を伝える。
「ご婦人方とデートをしていたのは事実だ。しかし誰も本当に心から好きだとは思えなかった。
鋼の。私は君だけを…。」
んんっ。
咳をして、絞り出す声が震えそうだ。
「君だけを愛している。」

あぁ、やっと告げられた。
隠して、封印してきたこの想いを告げられる日が来るとは思っても見なかった。
大きく見開いた金色の瞳には、今まで見たことのない笑顔の自分が映っている。
そのことが例えようもなく嬉しかった。

思わず、しかし自然に少年を抱き寄せる。
愛しい人を抱きしめると言うことがこんなに心を満たすものだったとは。
少年が控えめに回してきた腕にやがて力がこもる。
今、二人で同じ幸福感を抱きしめているのだな。
もう何もいらない。
この少年さえいれば。


Act.3へ
 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月 > Turn R > Act.3
Act.3
「今日はもう遅い。泊まっていきたまえ。」
どれくらい抱き合っていたのだろう。
もう寝かさなくては。
夜更かしをすると背が伸びなくなるというしな。

すると、びくっと少年の躰がこわばる。
「どうした?」
変なことを言ってしまったか?
「えと…、あのさ…。オレ、帰るよ!」
「え?今からでは遅すぎるだろう。」
こんな深夜に帰すわけにはいかない。
送るにしても宿にだって入れないのではないか?

「いや、あの…。」
「なにか心配事でもあるのか?」
今度は少年の顔が赤くなってきた。
熱でも出したか?
お? なぜこちらをにらむのだ?
「オレ、け…経験ないんだ!」
「あ?」
「だから、その…。」

あぁ、なんだ。
警戒していたのか。
なるほど。
「私も男同士での経験はない。しかしそんなに焦らなくてもいいだろう。今日はなにもしないよ。」
「え?いいの?」
「ゆっくり二人で考えて行こう。今日はもう寝た方がいい。」
言うなり、少年の躰から力が抜けるのが見て取れた。

そんなにあからさまに安堵されるのも複雑な気分だ。
しかし、私もどうしていいのかはよく分からないし、少年に対して激しい性欲を覚えるということもまだないしな。
ゆっくりでいいじゃないか。
まだ今始まったばかりなのだから。

「あぁ、鋼の。」
「ん?なに?」
「何もしないとは言ったが、口づけしてもいいかね。」
一瞬の間があき
「う…うん。」
真っ赤になった少年が俯いて答える。
いつにないその様が、年甲斐もなくのぼせてそうなほど可愛らしい。
そっとうなじに手を回し、上を向かせた。
「目を閉じたまえよ。」
君の金色の瞳が好きなのだがね。

「あ、うん。」
答えて慌てて瞳を瞑る様子がまた可愛い。
こんな顔をこれから見つめていくことができるのか。
『生まれてきてよかった』
生まれて初めて思いながら、ゆっくりと顔を近づける。
なるべく長く少年の顔を見られるように。

そっと重ねた唇が離れたとき
「へへ。大佐の唇、涙でしょっぱいや。」
くすぐったそうに少年が笑った。
「おやそうかね。君の唇は甘いが?」
聞くなり目を見開き、次の瞬間にらみつけてくる。

「この女ったらし!いつもそんなこと言ってんだ!?」
「おやおや、気を悪くしたかね。」
離れようとする少年を抱き寄せ、耳元に囁く。
「これからは君一人にしか言わないよ。」
言葉をなくした少年の瞳にはいつもの力強さが戻っていた。


          fine


二人が肌を合わせるのは、それからしばらく後のお話し。


060506


Turn.Eへ

clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月 > Turn E
Turn E
 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月 > Turn E > Act.1
Act.1
初めて大佐に逢ったときのことは、実は(どんなヤツだったとか)全く覚えていない。
母さんの錬成に失敗し、アルの躰を失い、オレも片腕と片足を取られた。
余計なことを思う余裕などなかった。
どうしていいのか。アルにどう償えばいいのか。
だからオレの前に軍人がいたときも、なぜ目の前にそいつがいるのか理解できなかった。
たが、その言葉には喰らい付いた。
アルとオレの躰を取り戻す為に有用な情報だったからだ。
オレはともかく、絶対にアルの躰を戻さなくては。
すでにオレの心は決まっていた。
軍属だって構いはしない。
利用できるモノは全て利用してやる。
だから、男だった。確か黒髪だった。なんか若造だった。
その程度を後から思い出したくらいの印象しかなかった。

国家錬金術師の試験を受けに行ったとき、大佐の顔を改めて見た。
うん。やっぱり若造だ。しかもイヤミなヤツで、何を考えているかわからない。
でもどこか軍人らしくないな。
大佐も、その部下も。
こいつがオレの直属の上官か。
軍って、スカウトした分は自分の部下にできるのかな。
マルチ商法みたいなシステムだ。
いけ好かないヤツだと思ったが、ただ黒い瞳が深い闇のように見えて、それがちょっと気になった。

旅に出て、報告書を持って軍に向かう。
そして大佐に報告する。
ロクに話すこともないし、時間がもったいない。
なんであいつはお茶だ話だと引き留めたがるんだ?
上官の質問とはいえないようなたわいのない質問や世間話。
軍での会話じゃないよな。
ホークアイ中尉やハボック少尉達とそんな話をすると、少尉は
「親戚のオッサンが若いモンの話を聞きたがるようなもんっスよ。」と言い、中尉は
「あなた方が心配なのよ。」と言った。
なんで大佐に心配されなきゃならないんだ。
ヘンなヤツ。
でもしばらくして気が付いた。
結構端正な顔をしているんだな。
時々話していると瞳の闇がなくなる時があって、なぜかそれが嬉しい気がした。

ニーナの事件の時、オレは自分の無力さが悔しかった。
慰めではなく、自分の非力さを誰かに責めて欲しかった。
そして大佐は甘やかすではなく子供扱いするでもなく、「前へ進め」と告げた。
それはオレが最も渇望した言葉だった。

スカーの襲撃の後、イシュヴァール殲滅戦の話を聞いた。
人間兵器として女子供の非戦闘員まで皆殺しにした、戦闘と言うよりは粛清。
そして大佐は「私もその一人だ。」と言った。
あぁ、こいつの瞳の闇はそれだったのか。
オレの知らない大佐の闇。
それが妙に悔しくて哀しくて。
護ってやりたい。
そんな想いが浮かんだ。
自分でもおかしいとは思うんだ。
大人で、軍人のしかも大佐で。
オレが守る必要などない。
それにオレにはもっとやるべきことがあって。
それでも。
護りたい。
そう思ったんだ。
今になればこの気持ちに付けられるべき名前が分かる。
でもその時のオレには分からなかった。

ヒューズ中佐が殺されていた。
オレが中佐について聞いたとき、大佐はウソをついた。
オレたちを傷つけないために。
オレにだって中佐があんたにとってどんなに大切な人間か知っている。
あんた、泣いたんだろう?
独りでか?
誰かの前でか?
そこまで思ったとき、全身の血が逆流するような感覚が生じた。
あんたが誰かの前で弱さを晒して泣く?
そんなのイヤだ。
そんなこと許せない!
オレがあんたの弱さを、あんたの全てを受け止める人間になりたい。
オレの前だけで泣いて欲しい。

オレっておかしいのかな?
アルだって、彼女が欲しいと言う。
それが普通だよな。
オレは男なんだから、女に恋するモンだよな。
いや、きっとこれは恋じゃない。
そんなハズあるわけがない。
オレが大佐を好きだなんて。
いや、人間として好きなんだ。
友人としてとか、意外とドジなヤツを見守りたいとか、そんな感情だよな。
うんうん。
オレは変態じゃない。
…と思う。
ほら!だいたい大佐って女ったらしなんだから、当然女好きだ。(男って程度の差こそあれ、女が好きだよな。)
オレみたいなその…、なんつぅか『ちょっと小柄…?』な男より女が好きだろう。
当たり前だ。

ロス少尉の殺害(と思わざるを得なかった。)の後で、あれが少尉を助ける為だったと知ったとき、オレは安堵するより怒りを感じたんだ。
確かにオレは単細胞で、あんたの計画を壊してしまうかも知れない。
でも、オレだってあんたが大切で…!
だからなんだってそんな酷いヤケドを負ってるんだよ!!
オレがリゼンブールに行ってる間に!

どうしてオレに何も託してくれないんだ?
そんなにオレは頼りにならないか?
オレがこんなにあんたを好きなのに。
好き。なんだ。
オレ、おかしいのかも知れない。
男なのに、男のあんたが好きなんだ。
あんたが好きで、あんたの瞳の闇を少しでも消したいんだよ!

でも、こんなの変だ。
男同士なのにこんな感情を抱くって。
オレはよく知らないけど、ホーエンハイムが変態だったのかなぁ?
その血を継いじゃったのかな?




Act.2へ
 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月 > Turn E > Act.2
Act.2
もう心は堂々巡りだった。
無くしてしまえばいい。
こんな想いなど。
オレはアルの為にだけ生きていけばいい。
でも、宿で眠るときに大佐の顔が思い出された。
瞳に暗い闇を浮かべて。
誰も救えないのか?その闇を。
オレではダメなのか?
あんたをこんなにも好きだと思っているのに。

昼間、軍に報告書を提出した。
その後アルと話をしていたが、もう限界だった。
「悪い。大佐んちに行ってくるわ。報告書の不備を思い出した。」
なにも疑うことなく、
「うん。いってらっしゃい。」
とアルが答えた。
「もしかしたら、今日帰らないかも知れないけど、心配すんな。」
「うん。分かったよ。兄さん。」

もう寝てしまったか?
しかし部屋の明かりがついていたので、呼び鈴を押す。
オレの顔を見て驚いた様子だ。
無理もないな。
「こんな遅くに悪い。もう寝てた?」
もし寝ていたなら出直そうと思った。
でも大佐はドアとオレの間に躰を入れ、家にオレを招き入れた。

「どうした?眠れなかったのか?」
眠れないよ。あんたのことばかり考えて。
「うん。オレが眠れないと、アルが心配するんだ。
 あいつ、眠ることが必要ない躰だからさ、誤魔化せないんだよ。
 だから…ここにいていい?」
不自然じゃなかったかな。
ごめん。アル。お前をダシに使っちゃった。
「あぁ。私も丁度仕事が終わらなくて眠るに眠れなかったところだ。」
仕事中だったのか。
どうしよう。

書斎に通され、毛布を手渡された。
なんて言えばいいんだろう。
大佐は机でまた書類に目を通している。
仕事中に来ちゃって迷惑だったよな。
きっとその仕事が終わらないとまた中尉に怒られるんだろう。
どうしよう。
オレ、今「迷惑」って思われるのがすごく怖い。
帰ろうか。
逃げ出したくなってきた。

「ふーっ。」
ため息をついて大佐が立ち上がる。
あぁ。ため息をつかれるほど、やっぱり迷惑だったんだ。
そのままオレの隣に座った。
だめだ。やっぱり帰ろう。
その前にあやまらなくちゃ。

「何があった?」
聞かれると同時に肩に手が置かれる。
そっと。とても優しく。
それはオレの背中を押すようで。
そうだ。
ここで逃げてもしかたがない。
ちゃんと自分の想いを伝えよう。
「オレ…。」

あ、でも何から話せばいいのか。
そうだ。こんなこと話して、上官が替わったら困るってまず言わなくちゃ。
「あんたオレの上官だよな。」
「あぁ、そうだが?」
「上官って簡単に替わったりしないよな。」
「? 今のところ人事異動の話は出ていないが。」
いや、そんなことは知ってるよ。
どう言えばいいのかな。
嫌われても、オレの上官でいて欲しいってのは。
「あのさ。」
「ん?」
あぁ、そんな優しい顔しないでくれよ。
ええい!真っ正面から言っちまえ。
「約束して欲しいんだ。オレの話を聞いて、オレのこと嫌いになっても他のヤツのところへオレを回さないって。」
オレのこと、見るのもイヤだって思わないでくれるって。

大佐はそれには答えず、なにやら考え込んでいる。
もしやオレの言いたいことがわかっちゃった?
それでオレを離したいと思ってる?
手放し方を考えている?
「だめか?」
上官としての繋がりすら持てなくなるのか?
「あ、すまん。今傾向と対策を考えていたのでな。」
え?傾向と対策?オレを離すための?
「約束する。君が何を言っても、私は君を手放したりしないよ。」
あ、違うみたいだ。よかった。
ここで気持ちを伝えても、逢えなくはならないみたいだ。
でも、なんでそんな微妙な顔してるんだ?

「あのさ…。」
「うん?」
いや、オレも男だ!
ここまで来て、引くわけには行かない!
大佐も約束してくれたんだし、よし!
言うぞ!

「オレ、あんたが好きなんだ。」
あれ?なんでオレの声、こんなに小さいんだ?
ちゃんと聞こえたかな?
恐る恐る大佐を見上げると、魂引っこ抜かれたみたいな顔してる。
あー。やっぱりダメか。
「鋼の。申し訳ないがもう一度言ってくれないか?」
酷い顔。酷い声!
やっぱりそんなに嫌がられたか。
しょうがないよな。男同士なんだし。
ダメだよな。やっぱり。
あ、涙が出そうだ。
泣くな!オレ!!

「いや、ちょっと聞き取れなかったんだ。今、私を好きだと言ったのか?」
そうだよ。
もういい。あんたがこれでオレを嫌ってももういい。
開き直ったぞ。思う存分想いを伝えてやる!
「オレ変なんだよ。男同士なのに、どう考えてみてもあんたのことが好きなんだ。」
なんでこんな情けない声しか出ないかな。
もしかしてオレってヘタレ?
もう大佐の顔が見られないよ。
ごめんよ。あんたの部下は変態だよ。

「鋼の。目を開けてくれないか?」
そんなこと、出来る訳無いだろ。
もうこれ以上拒否されたら…。
「いやだ。あんたの顔が見られない。」
拒否されたらオレ立ち直れないかも。うわ。マジで涙出てきた。
「どうし…。あっ!」
あ?
何に驚いているんだろう?

次の瞬間、頬にやわらかくて暖かい感触があった。
え?
涙を吸い取ってる?
溢れる涙に、頬に大佐が唇をあてている。んだよな?
「たい…さ…?」
あんた、何してるんだ?
思わず顔を見てしまう。なんか嬉しそうな顔だ。なんで?

「私も君が好きだ。鋼の。」
はぁ!?
何を言ってるんだ!?
もしかしてオレからかわれてる?
でなきゃ、オレのためにウソをついてくれてんのか?
「私も君のことがずっと好きだった。やはり君が嫌がると思って言い出せなかった。
いや、言うつもりはなかったんだ。」
「…本当に…?」
え?ダメだよ。オレ、信じちゃうから。頼むから。ここでウソは言わないでくれ。
「本当だ。私が信じられないか?」
信じられないどころか、いや、信じたいけど、信じちゃうから、その。
もう「冗談だよ。」なんて言われてもオレきっと笑えない。

「だってあんたは大人で。沢山の女と付き合ってて。だからオレなんかじゃなくても…。だから…だって…。」
オレ、何を言っているのか。
もう頭パニックだ。
本当に?ほんとに信じていいの?
オレ心底あんたが好きなんだよ?その想いをぶつけてもいいの?
あ、また涙が止まらなくなってきた。
溢れる涙を、また大佐が唇で受け止める。
顎から頬、目蓋まで唇がくるとちょっとくすぐったい。

それから大佐はオレの目を見つめて
「ご婦人方とデートをしていたのは事実だ。しかし誰も本当に心から好きだとは思えなかった。
鋼の。私は君だけを…。」
と。

あれ?すごく嬉しい言葉を言われてるのに、途中で終わり?咳払い?
「君だけを愛している。」
えぇぇぇえ!?
これ、マジ!?
え?ほんと、だよね!?
えぇ!?

今まで見たこと無い顔であんたが笑ってる。
こんな顔して笑えるんだ。
そうなんだ。知らなかった。
なんて幸せそうで、なんて満たされたような笑顔。
瞳から闇が消え去っていて。
あぁオレ、こんな大佐をずっと見たかったんだ。
優しくオレの躰に腕が回される。
オレも恐る恐る大佐の躰に腕を回す。
優しいのに力強く抱きしめられて。
この瞬間ですべてが終わってもいいと思えるほど幸せで。
オレも同じくらい力を込めて大佐を抱きしめた。

ねぇ。オレとあんた、今同じくらい幸せか?
オレはきっと人生で今が一番幸せだ。
もしオレとあんたが今同じ幸せを抱きしめあってたら、すごく嬉しいな。



Act.3へ

 
> 【基本のエドロイSS】 > 水の中の月 > Turn E > Act.3
Act.3
どの位抱き合っていたんだろう。
「今日はもう遅い。泊まっていきたまえ。」
大佐が言い出した。

泊まるってことは、その『アレ』をするんだよな。
うんうん、想いを伝えあったんだしな。
でも…!

「どうした?」
いや『どうした』より『どうする』の方がオレには問題で。
「えと…、あのさ…。オレ、帰るよ!」
やっぱまだ心の準備が!
「え?今からでは遅すぎるだろう。」
えぇ!?遅いですか?ソウデスカ?
「いや、あの…。」
「なにか心配事でもあるのか?」
心配っつーか不安だよ。

どうしよう。
このままやっぱり求められちゃったりするのか?
好きなら、自然だよな。そうだよな。
でも…!

「オレ、け…経験ないんだ!」
あ、思わず言ってしまった。
「あ?」
あ?ってアナタ、分かってます?
「だから、その…。」
分かってくれよぉ〜。
オレ、初めてなんだよぉ〜。
なに余裕の笑いこいてるんだよぉ。

しかし返ってきた言葉は意外なものだった。
「私も男同士での経験はない。しかしそんなに焦らなくてもいいだろう。
 今日はなにもしないよ。」
はぁ?
大佐も経験ないの?
軍人ってみんなホ○体験あるんじゃないの?←偏見
ていうか、この状態でなにもしなくても?
「え?いいの?」
「ゆっくり二人で考えて行こう。今日はもう寝た方がいい。」

そうなのか。
オレはあんたを本当に好きだと思ったから、色々調べたんだけど。
男同士の、あ…愛し方とか、こまかな方法とか。
好きな人に対する行為だ。抜かりがあってはならん。
オレが調べる限り、それは完璧でなければ。
そんな気概で『どっちがどっちになっても』と今日は宿で丁寧に躰を洗って、潤滑剤もポケットに入ってるんだけども。
そうか。今日しなくてもいいのか。

なんか、気が抜けた。
と思っていたら
「あぁ、鋼の。」
と声を掛けられる。
「ん?なに?」
気楽に返事を返した。

「何もしないとは言ったが、口づけしてもいいかね。」
え?
あれ?
なんで?
なんで「やっぱりヤろう」とか言われるより恥ずかしいんだ?
あぁ、頭部に血が集まってくるのが分かる。
今オレの顔、赤いよな。
でもオレもキスしたい。

「う…うん。」
うわ。ハズカシ。
思わず俯いてしまう。
そっとうなじに手が回され、上を向かされる。
「目を閉じたまえよ。」
「あ、うん。」

ゴメンナサイ。
にらみに近い状態でアナタを見てました。
そっと目を瞑り、暖かい口づけを受ける。
なんて優しいんだろう。
この男のキスは。

「へへ。大佐の唇、涙でしょっぱいや。」
恥ずかしくて、つい憎まれ口をたたいてしまう。
さっき、あんたがオレの涙を吸い取ってくれたから。
お礼も込めた言葉なんだぞ?
「おやそうかね。君の唇は甘いが?」
あ?甘いって…。

コイツこういう言葉で女を口説くのか?
こんな言葉で女は騙されて…、オレも騙される…?
なんか悔しい!!
「この女ったらし!いつもそんなこと言ってんだ!?」
オレ以外の女に。
愛情込めて言ってやがるんだ!
「おやおや、気を悪くしたかね。」
悪くもなるわ!
オレはあんただけが好きなのに。
あんたしか欲しくないのに。

無理矢理腕から離れようとしたけど抱き寄せられ、耳元で囁かれた。
「これからは君一人にしか言わないよ。」
うわ。なんて殺し文句。
オレの負けです。
もう言葉もゴザイマセン。

なぁ、本当に信じてもいいんだよな?
あんたがオレを受け容れてくれたこと。
あんたがオレを手放したくないって思ってること。
あんたがオレを好きだってこと。

       
           fine

おトーさん! 息子さんは既に「ヤり方」を知ってますよ!

しかし原作読み返してみると、意外に二人の接点て少なくて、告白がえらい遅い設定になってしまいました。
他のSSと矛盾しても、それはそれということで。←逃げ



060506

Turn.Rへ

clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > どうしようもなく不器用な男
どうしようもなく不器用な男
08.6.29up
ああ、これは心から笑っているだろうな。
そう思って顔を見ると、決まって一瞬瞳を閉じて次の瞬間には皮肉な嗤いを浮かべている男。
心底自分が笑い転げることを拒否しているこの男。

「なあ。他人の幸福を奪ってしまった人間が、一生笑っちゃいけないなんて法律は無いんだぜ?」
二人きりになったとき、苛立ちを隠しきれずに言ってしまう。
「鋼の?」
「あんたが全部の幸福を手放すことはないって言ってんだよ。」
さらさらと指の隙間から落ちる黒髪を弄んで告げた。

「君は…強いな。」
しばらく後に男が言う。
「強いんじゃねぇ。オレはまだ…ガキだし…。
 でもな、あんたが笑う権利を無くしたなんて思って欲しくねぇんだよ。
 …それだけだ。」
オレはオレの心情を上手く伝える術をまだ知らなかった。
ガキだから。
でも、それでもこいつに笑うことを忘れて欲しくなかったんだ。

「鋼の。君は優しいね。」
寂しげに、儚げに笑うのが哀しかった。
「オレはさ…。母さんを眠りから無理矢理覚まさせて…もう一度殺したよ…。
 アルの躰も無くさせた。」
声が震えてしまったのは失敗だった。
オレはこいつに憐れまれたい訳じゃない。

「…はが…」
ナニか言葉を告げようとしたその唇を左の人差し指で塞いだ。
生身の左手で。
「でもな!?
 オレは笑うよ?
 それがオレに出来ることだし、母さんもアルもオレが笑えなくなったら…」
『哀しむと思うから』と告げようとして言えなかった。
…オレにそんなことを言い切る自信は無かったから。
言える権利があるかどうかなんて解らなかったから。
それでも。
それでも。
こいつに笑うことを忘れて欲しくないんだ。

「なあ?生きている人間は、生きていることに感謝して笑おうぜ?
 オレ達にはそれしか出来ないんだよ?
 な…大佐。」
ああ…また言いたいことの半分も言えなかった。
今日も。

それでも、儚げでもこいつは笑ってくれる。
「ああ…そうだな。鋼の。
 私たちは咎人だが、まだ笑える。
 …笑っても良いんだな。」

こいつがオレの心情を汲み取ってくれたのは解る。
それでも納得をしていないのも解っている。
ただ、今こいつが笑うのはオレのためだけだ。
それも解っている。

いつか、こいつが心から笑ってくる日がくるのだろうか。
オレはそれを願っているのだけれど。
(ヒューズ准将ならばそれは可能だったんだろうか。
 彼の前でなら笑っていたんだろうか。
 彼がこいつの数少なく残った笑いさえも持っていっちまったんだろうか。
 …いや、違う。
 彼は枯れかけたこいつの笑いを取り残させた人なのだろう。
 オレには望めないその位置。)

なあ、人は『生きている』というだけで、「何か」を赦されているのだとオレは想うんだよ。
それはオレのためではなくて。
オレは赦されなくてもいいと何処かで思っている。
それはあんたも同じだとも解っている。
でもな、オレはあんたがなにかに赦されたと思って笑って欲しいんだ。
こんなこと、誰に願うでも叶えられるでもないと解ってるんだけれど。

ただ…あんたの安らかな眠りと屈託のない笑いを

オレが

願っていると知ったら

バカみたいに

真剣に

子供がカミサマに祈るように

願っていると知ったら


あんたは




…笑うかい?




         fine


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 >
08.6.30up
寂しい。
という言葉を私は実感したことがなかった。
望まなくても常に擦り寄ってくるご婦人方に囲まれていたし。(女性の躰の柔らかさは好きだ。抱きしめると幸福な気持ちになれる気がする。)
振り返ってみれば、幼少の頃は両親や年の離れた兄弟が可愛がってくれた。
士官学校に上がってからはヒューズが鬱陶しいくらい構ってきたし、境遇の割にいささか人付き合いが下手だった私だが、彼のお節介によって友人にも恵まれてきた。
軍に入ってからは、イシュヴァール内乱時もヒューズやホークアイが常にそばにいた。
不本意なことだが紅蓮の錬金術師すら、何くれと無く世話を焼いてくれていたのだと思うことが出来る。
あの当時は実感できなかったが。
今は心許した部下に囲まれて、仕事をサボるのかと監視されている次第で寂しさを感じるヒマもない。

そんな私が。


金色の瞳を持つ少年が旅だって、既に数週間になる。
想いを打ち明けあってからは少なくとも3週間以内には司令部に戻って報告書を置きに来ていたのに。
何か現状を打開する策に恵まれたのだろうか。
有力な文献が見付かったのだろうか。

私は彼が歩みを止めることなど願わない。
私にも目標がある。
それに向かって邁進しなければならない。
それは誰に与えられたものでもない、私が私に課した野望。
彼が彼の目的を目指すのと同様に、私も私の目標を目指して歩まなくてはならない。
お互いに恋情に溺れることのない人間だからこそ惹かれあったのだと今なら思えるし、想いを伝え合い、想いあってもそれによりお互いがその脚を引っぱることのない関係だと胸を張って言える。
それこそが私たちの関係なのだと。
それは私の誇りでもある。


「報告書!じゃな!」
私の執務机に書類を叩き付けて少年が言う。
「いつになったら上官に対する口の聞き方を覚えるのだね?」
恒例になってしまった溜め息と共に告げれば
「覚えたってオレ達の役に立たねーし?興味なし!」
挑戦的な瞳が煌めく。
ああ、君は自分の瞳がどれだけ私を捉えるのか知らないのだな。
「ほう。そうか。では君は第2資料室に新たに収められた文献にも興味がないと思って良いのだな?」
にやりと笑って言えば面白いように表情が変わる。
「たーいさ。」
その作り笑いは失笑を買うからやめたまえと言えば君は止めるかね?
そんな表情に鼓動が乱れるのは私くらいなモノだぞ?
(と信じたいのは、私が彼を美しすぎると思うからだろうか。)

「今回の旅は有用だったかね?」
彼の呼びかけには応えず問う。
「あ!?んー。今一つだったな。」
「旅の…間に何か思うことは有った…か?」
私は何を問いたいのだろう?
いつの間にか握りしめた指先が白い。
どうしたことだ。
「何か…って、ナニが?」
「眠る…時にとか…。」
ナニを言っているのだ?私は。
「あ?オレベッドに入るとコテンな人間だぜ?」
「そ…そうか。それはなによりだ。私は眠りにつくのが苦手でな。」
ナニを取り繕っているのだろう。自分に疑問だ。
「はぁ…。どした?なんかヘンだぞ?大佐。」
それは私にも解っている!
「いや…そうだな。…君は忙しいものな。」
「ああ…まぁ…。」

どうしよう。
この白けてしまった空気を。
ほら。少年もどうしていいのか解らなくなっているじゃないか。
そもそも私は何がしたいというのだ?

「その…なんだ…。何か旅行中困ったことでもあったら連絡したまえ。
 少しは私でも君の役に立てることがあるだろう。」
そうだ。私は大人で、大佐という地位にいるのだから。
彼を助けることも出来るだろう。
「や。これはオレ達の不始末だからな。あんたを頼るわけにはいかねぇよ?」
頼もしくはある返事だ。少年らしい。
しかしそれでは…
「そう…か…。」
なんだか面白くなくなってきたぞ?
「君にとって私は…不要か。」
あ?それを自分で言ってはおしまいだぞ?私!?

「は?あー…。ああ!」
ぽん、と手を打ち、執務机を回って少年が私の横へと歩いてきた。
「オレがいなくて寂しかったか?」
顔を覗き込んでにやりと笑っている。
「な…っ!そんな訳ないだろう!」
何を言って…。
「オレは寂しかったぜ?あんたに逢いたかった。」
椅子を少年へと回され、耳元に囁かれた。
耳から頬へと紅くなっていくのが解る。
「そ…そうか?」
「うん。あんたは?オレのこと全然考えなかった?」
腕を広げた少年にひちゃり、と抱きついた。
座っている私の頭は丁度少年の胸元へ抱き込まれる。
「君のことばかり考えていた。…寂しかったよ。」

そうだ。
寂しかったのだ。私は。
そして少年にもそう思って欲しかったのだ。
「ん。そか。可愛いな、あんた。」
「可愛いのは君の方だろう?」
ああ、少年の匂いだ。
「あんたんちに行ったら、どんだけオレが寂しかったか教えてやるよ。」
「んー…。」
少年が髪を撫でてくれる。
この上なく幸せな気分だ。
「でもな?」
「んん?」
「そろそろ仕事、しろな?さっきから中尉が青筋たてて睨んでるぜ?」
「!!!!!!!」

いたのかーーー!!!!
…いたな。そう言えば。

「じゃ、オレ資料室行ってっから。終わったら一緒に帰ろうなー♪」
スキップでもしそうなイキオイで少年が去っていった。
「は…ははは…。」
ぎぎぎぎ、と音がした気がする。
私の首はどうして軋むのだろう?
振り返るとそこにはブリザードを背負った中尉が…。

「よろしかったですね。」
「はィ!?」
国軍大佐であるはずの私は中尉に姿勢を正した。
「欲しかった言葉が貰えて。」
「あ…ああ。」
恥ずかしい。
我に返って会話を思い出すと顔から火が出そうだ。
…とても嬉しかったが。
「では、その喜びを勤労意欲に替えて戴けますね!?」
にっこりと微笑む中尉の瞳は、やはりブリザードのように凍り付いていた。
「はい…。」
すごすごとペンを握り、書類へと向かう。

『寂しい』
それは独りの夜には耐え難い感覚だった。
しかし少年を想う寂しさは幸福に繋がっている。

それは私の知らなかったことだった。



        fine


070917



ロイについて、原作で読む(書かれている)前だったので家族がいたという前提で書いています。
実際は養母だったのですが、放置プレイです。
申し訳ございません。


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 >
(初めての触れ合い。大佐が咥えるのみ)08.7.1up
「よ!文献が手に入ったんだって?」
ノックも無しに執務室にズカズカ入ってきた少年が、これまた挨拶もなしに言う。
「あぁ。だが上官に対する態度も知らんヤツに見せるものはない。」
男は顔を上げずに応えた。

男は今朝、昨日が提出期限の書類を今日中に仕上げないと帰宅させない、と中尉に告げられた。
「どうせ提出期限が過ぎているのなら、なにも今日作らずとも…。」
最後まで言いきることは出来なかった。
銃を手にした副官がそこにいた故に。
(あれでは命令だ…。)
原因を作ったのが自分だと言うことは棚に上げ、男は嘆く。

そして彼女は逃げ道すら残さなかった。
「エドワード君が今日報告に来るそうです。書類が終わらないと一緒に帰れませんよ。」
(以前よりは頻繁に報告に来るようになったが)今回はもう2ヶ月も帰らない少年に、彼からの電話で男が「有用そうな文献を手に入れた。」と伝えたのは4日前のことだった。

(なぜ私に連絡をしないのだろう?)
男が疑問に思うのと同時に
「昨日、大佐がサボっている間に連絡があったのです。」
上官の考えていることなどお見通しの副官が声の温度を1度下げて告げる。
そして更に
「もし大佐が書類を仕上げずにいらした時は、報告書を直接渡さないようエドワード君に頼むことにします。」
とダメ押しを忘れない。
有能な副官のアメとムチに男が敵うはずもなかった。
「わかった。今日中だな。」
(とにかくこれを終わらせよう。)

(これで今日は見張っていなくても大丈夫ね。)
中尉はホッとしながら執務室を後にした。
今日はどうしても任務で出かけなければならなかったのだ。
(エドワード君に感謝だわ。もう少しマメに来てくれると助かるんだけど。)
そして一瞬の思案の後、
(いえ、だめだわ。もっと仕事をしなくなる。)
かつてデートの度に仕事をサボって抜け出していた上官を思い出してしまった中尉はため息をつき、任務へと向かった。

お互いの想いを伝え合ってから、まだ数度目の再会だ。
早く年若くかわいい恋人と二人きりになりたい一心で、男はいつにない勢いでデスクワークをこなしていた。
二人きりといっても、まだキス止まりの関係なのだが。

そして夕刻、少年が(中尉の許可を得て)報告を兼ねて執務室に来たのであった。
「なーんだよー。いいじゃん、今更。だから文献。」
「なにが『だから』なんだね。」
しかし手を休める時間の惜しい男は文献を少年に渡す。
「お?やけにすんなりくれるんだ。どしたの?」
こんなに必死に仕事をしているところなど見たことがない。
「これが終わらないと帰れんのだ。」
「そりゃお気の毒様。サボってばっかりいるからだろ。」
(あぁ、これが中尉の言ってた仕事か。)
得心の行った少年は
「んじゃ、オレ早速読ませて貰うわ。」
ソファに座ると文献に目を通し始める。
部屋の中には、紙をめくる音とペンの音だけが響いていた。

数時間が経ち、少年は文献を読み終えた。
期待したほどの有用な情報はなかったが、幾つか希望の持てそうな記述を発見していた。
少年にはその文献の内容から、かなりの大金を積んで男がこの文献を探して手に入れたのだろうことが窺えた。
おそらくは正規でない類の方法まで用いて。
(へへっ。)
胸の奥が暖かくなる。
(そういえば大佐は?)
見ると仕事を終えたらしく、机の上が片付いている。
そして男は座ったまま腕を組んで眠っていた。

文献を読むときや研究をするとき、少年は恐ろしいほどの集中力を発揮する。
男が自分の仕事が終わっても邪魔をしたくなかったのか、声を掛けても少年の耳に届かなかったのか。

少年がソファから立ち上がり、そっと机に近づく。
一緒のベッドで眠ったときも、先に男が起きて朝食の用意をしていたため男の寝顔を見るのはこれが初めてだった。
初めて見る恋人の姿をまじまじと観察する。
(軍人のクセに色が白い。ロクに訓練に出やがらないんだな。きっと。
雨の日だって無能のクセに。)
男の切れ長の目が今は伏せられていて、その睫毛が意外に長いことに気づく。
すっと通った鼻筋や形の良い唇を机を乗り上げるようにして近づいて見てみる。

(そういえば唇が荒れているのを見たことがないな。
けっ!どうせそれを言えば、「荒れた唇ではキスの時に困るだろう?」とかヌかすんだろうな。
女ったらしだもんなー。
今でも…かな。
本当にオレだけなのかな。
でもオレ、いないときの方が多いしなー。
その間コイツが独りで過ごすとは思…いたい…けど。
この顔で女にキスしたりするのかな。
どんな表情をしているんだろう。
どんな風に女を抱くんだろう。)

「…!」
今まで知らなかった感覚が少年の躰を走った。
(なんかオレ、すごくコイツに触れたくなってきた。
なんかドキドキするっつーか、焦れったいような…なんだか熱くなってきたな。気温が上がったのか?)
部屋の鍵を掛けてから机を廻り、男の隣へ行く。
鋼の足が音を立てないように気を付けながら。
そして少年がそっと生身の手を男の頬に伸ばすと
「何をしているんだね。」
いきなりその手を掴まれた。

「! 起きてたのか!?」
「あのな。私は軍人だぞ?
 近くにいる人間の気配くらい眠っていても解る。」
「別に殺そうとした訳じゃないし!」
「そのくらい知っているさ。」
余裕の笑顔で男が少年の腰に腕を回し引き寄せながら言う。
「じゃ、オレが何考えてたかも?」
内心の動揺を隠そうとせせら笑いながら少年が聞いた。
「勿論。艶っぽいことを考えている人間の気配も解るよ。」
「!」

見透かされていたことが少年に羞恥心を生むが、同時に怒りも生んだ。
「経験豊富でいらっしゃるからな!大佐殿は!!」
少年は男から離れようともがくが、左手と腰を押さえられていて逃げられない。
「何度君だけだと言っても君は信じてくれないのだな。」
男の声がなんだか寂しそうに聞こえ、少年の抵抗が止まった。
「大佐?」
男は少年の躰に回した手を外す。
「私は嬉しかったのだよ。鋼の。
 君が触れようとしてくれたことが。」
「本当に?触ってもいい…のか?」
「あぁ。」

躊躇ったような少年の手が男の頬に触れる。
そっと触れるだけのキスをして、何度もキスをして、少年の手がおずおずと男の軍服の前をくつろがせた。
かつて男がその仕方を教えた深い口づけの後、少年は男の耳元へ移り耳朶に舌を這わせ軽く咬む。

「っ!」
男の口から声にならない声があがった。
同時に男の躰がぴくりと痙攣し、少年を興奮させる。
「なぁ、今感じた?」
かなり陽性に高揚した少年が聞くと、口元を手で覆い目尻と耳朶を赤く染めた男は目を逸らして答えない。
(え?照れてる!?)
あまりの意外さに少年は言葉をなくした。
(いっつも偉そうで余裕綽々のこの男が!?)

−この経験から、少年はそれ以後睦み始めに男の耳朶を咬み、その声を求めるようになるのであったが、それはまた別のお話。−

(声が漏れてしまった…。愛しい人間に触れられるというのはこんなに感じるモノなのだな。)
男もまた柄にもなく照れながら感慨に耽っていた。
少年の手は男の胸元に入り込み、舌は男の耳の下をなぞり首筋を舐め降りる。
一応軍服に隠れるところにと、気を遣って鎖骨に強く吸い付く。
時折息を詰め、ひくひくと自分の所作に反応を返す男がなんだかかわいい。

指先で胸の先を弄ぶと男の口から抑えきれない呻きがかすかに漏れる。
もっとその声を聞きたくてそこに舌を這わせ、吸い上げて歯を立てた。
「ぅあ…っ!」
男の背が反る。
その瞳は潤み、うっすらと口を開いて紅潮した顔からはいつもの鋭い表情がすっかり抜け落ちている。

その反応は少年にゾクゾクするほどの愉悦をもたらした。
すでに少年のモノは充血している。
「なぁ。た…ロイ。」
初めて階級でなく男を名で呼んでみた。
それを聞いた男が一瞬、何かに耐えるように目を閉じ小さく躰を震わせ
「ん…?なんだね…?」
掠れた声で応える。
(なんて声だ。あんたは感じるとそんな声を出すのか?)
少年は征服欲が満たされていることを自覚した。

「ロイもオレに触れて?」
それを受け、我慢していたかのように男が動き出した。
腕に抱いた少年の耳朶を咬み、舌を這わせ胸先を吸い上げ甘咬みして。
その快感を少年にそっくり返す。
そして少年の知らない快感を与えていく。
なんといっても経験が違う。
施される悦楽はやがてその後、それを教えた男に返されていくことになるのだが。

男が少年を机に座らせ、その手がベルトに掛かり、下着を外す。
「やっ!やめ…!」
人前に晒したことのない自身を見られることが恥ずかしい。
「このままにしてしまってはつらいだろう?」
男の手が少年のモノを握る。
まだ自分でする経験も少ない少年だった。

「っ!」
次に少年が感じたのは、やわらかく湿ったものに触れられる快感だった。
男の舌が少年のモノを舐めあげ、ねぶっている。
「ロイ!そんなこ…!あっ…!」
少年は男を引き離そうとするが、手に力が入らない。

「黙っていたまえ。」
(えーっと、どうされると気持ち良かったかな。)
実は試行錯誤をしている男だった。
なにしろこの少年と恋人同士になるまでは筋金入りの女好き。
今まで女性に奉仕し、奉仕されたことはあっても男を相手にしたことなぞ皆無である。
自分の経験を振り返り、少年に快感を与えてみる。
(ありがとう。ご婦人方。あなた方にご教授戴いたことが今役に立ってます。)
最早個人名であげることが不可能な多数の女性達に心の中で礼を言う。

少年自身を咥え込み、吸い上げながら舌を這わす。
時には舌を尖らせ、先端を刺激して。
少年の息があがり、やがて腰の痙攣が激しくなってきた。
「や…っ!もうダメだ…!…っ、ロイ!!」
男の口の中に少年が精を吐き出した。

口を離すタイミングが解らず、思わず飲み込んでしまった男はたまらず咳き込んだ。
「ぐっ!ごほっげほっ…。」
「うわ!ごめん。ロイ。」
「いや、…いいんだ。」
咳をしながら男が応える。
(話には聞いていたが、こんなにも喉に詰まるモノだったのか。
 …イガイガすると評したご婦人がいたが言い得て妙だな。)
またしても(無理に飲ませた経験など無いが)過去の女性達に礼と詫びを感じる男であった。

「ロイも…そのままじゃつらい?」
躊躇しながら少年が聞く。
しかし自分のモノなど咥えさせる気もなく、実のところ自分が男の精を飲み込んだことで萎えてしまった男は
「いや、私はいい。さぁ、そろそろ帰ろう。腹も減ったろう?」
と応えた。
「減った!でも…本当にいいのか?」
してもらったからには、自分も返さなくてはと律儀に思う少年をかわいいと思いながら男は笑った。
「私も腹が減った。最近うまいと評判の店があるんだ。この時間なら席があるだろう。さ、行こう。」
乱れた服を直してやりながら、少年の気を食欲に逸らして誤魔化した。


その後、男の家で2回戦があったとかなかったとか。
それでも、男が少年に自分のモノを咥えさせることは(その日は)ない。
後日更に研究を重ねた少年に強引にイかされることはあっても。



       fine


060506


そんで中尉はコトの途中で書類を取りに部屋の前に来て、アレな声を聞き取り(あと30分したらまた来ましょう。)とか(それにしてもちゃんと鍵かけてるのかしら?)などと思ったりしたと。
中尉に隠し事はできません。



clear
 
> 【基本のエドロイSS】 >
 
> 【基本のエドロイSS】 > 蝕 > Act.1
Act.1
【注意書きです】
これはエドロイの初体験SSなのですが、グロ、残酷表現が含まれております。
人が傷つくなどが苦手な方はご注意下さい。
不快になられましても、苦情は受け付けておりません。
ご判断の上、お読み下さいますようお願い致します。



「蝕」Act.1 


少年が弟とともに報告書を出しに来たとき、丁度帰宅時間だったので三人で食事に出かけた。
弟を宿まで送った後、そのまま少年がうちに来た。
(この状況をアルフォンスはどうとらえているのだろう?)

恋人となって7ヶ月が過ぎていた。
逢えない時間の方が当然多かったが、不満はなかった。
正直寂しくはあったのだが。
彼の足を止めさせるわけにはいかない。
ただ、受け止めて抱きしめてやれればいい。
それで満足だ。と思う。

ソファでたわいない話をしていると、少年が背中に腕を回してきた。
近づいてくる顔に掌をあて、軽い口づけを交わす。
少年の瞳には欲情の光があった。
もう一度、今度は深く口づける。
少年の舌が口腔をまさぐる。
舌を絡ませ、その後私の差し出した舌を甘咬みする。

いつの間に押し倒され、耳元で
「ロイ…。」
と囁かれた。
ぞくり…と背中を痺れが走る。
(少年は睦みごとの時だけ、私を名前で呼ぶ。)
「ん…っ!」
軽く耳朶を咬まれ、思わず声が漏れる。
それに煽られたように、少年の息が乱れた。
手が胸元に差し込まれ、唇が鎖骨を彷徨う。

少年は欲情を素直に表す。
私の躰に触れ、舐め、味わい尽くそうとする。
最後まで受け止めたことはまだない。
いつも私が彼を口で収めてきた。

別に少年を受け容れることをイヤだとか怖いなどとは思わなかった(まぁ、多少の不安はある。)が、彼自身も踏ん切りが付かないようだ。
やり方が解らないのでは?とも思うが、するもしないも少年に合わせるつもりでいた。
私から彼に決断させることもあるまい。

「ぁ…っ!」
(ベッドに移動するか。)
既に上半身は脱がされ、少年の手がベルトに掛かっている。
(しかし少年のを咥えるのならソファの方が彼が楽か?)
翳み掛かってきた頭でぼんやり考えていると、少年が私を見つめているのに気付いた。
「どう…した?」
もうイきたいのか?
「なぁ…。」
言いにくそうに少年が言う。
「なんだね?」
逡巡している様子が見て取れる。
なにを言いよどんでいるのか。

「あのさ…。ロイ。」
「ん…っ?」
そう言いながらも少年の手は脇腹のヤケド跡をなぞるので少し余裕の無い声になってしまった。
(ヤケドの跡に少年は固執する。私の『簡単にはくたばらない証』なのだそうだ。)

「オレ、あんたと繋がりたい。」
金色の瞳が私を見据えて言う。
「繋がる?」
意味が解らず聞き返してしまった。
もう既に繋がっているだろう。私たちは。
「だから…その…さ。」
あぁ、躰の繋がりを言っているのか。
やはり若いのだな。
その若さ故の性急さも熱さも、全てが愛おしいのだが。

「わかった。では寝室へ行こうか。」
少年がヤる気なら、私に異存はない。
「え?いいの?」
なぜそんなことを聞く?
「私が君の願いを聞かないことが有るとでも思っているのかね?」
「いや、だって…。」
何を躊躇っているのだろう?

寝室で少年の服を脱がせながら
「以前も言ったと思うが、私は同性同士の経験は無いのだ。
 無体なことはしないでくれると有難いのだが。」
と告げると少年は意外だという顔をする。
「やっぱりあんたが受け容れるつもりなんだ!?」
「他に誰がいるんだね。申し訳ないが、私は男に挿れる気はない。」
こんな小さな躰に。とは言えない。

そしておずおずと、やがては大胆に動き出した少年の手と唇と舌は今まで以上に私の全てを貪り尽くした。
おそらくかなり研究したのだろう、『男同士の性行為』マニュアルに乗っ取ったらしく。
少年の施しは無理の無いものだった。
内心欲しいと思っていた潤滑剤も用意されていて。
(いつから我慢をさせていたのだろう。)
そんなことを頭の隅で申し訳なく考えていた。

その時までは。
今思うと他人事のように。

「…ぐっ!」
少年に悟られたくない苦痛に、自分の口から噛み殺した声が漏れる。
(これはきつい…。)
内臓が押し上げられ、突き入れられている箇所の痛みと共に腹部の苦痛が増していく。
食いしばった歯が、厭な音を立てた。
握りしめすぎた掌には爪が食い込んで血が出ているのだろう。
指先にベタベタした感触が生じている。
そして止め処なく流れる涙。

(早い段階で背中を見せたのは正解だったな。)
苦痛に乱れるだろうと思ったので、始めに
「後ろ向きで受け容れていいかね。」
と告げておいた。
(こんな顔を見せるわけにはいかない。)

自分の腹を焼いたときのように気を失えればと思う。
「屈辱的」などとは思わない。
この愛しい少年を受け容れることを。
ただ、想像以上にきつかった。

「ぅ…っ!」
(ダメだ!苦痛の声を上げては!)
自戒すれどもそれが抑えられるわけもなく。
「ぁ…あっ!あっ…!!」
涙と共に声があがってしまう。
やがてそれは嗚咽に変わって行く。
「ぅあ!ぐ…っ!」
口に手の甲をあて、声を殺そうとするが止まらない。
「ロ…イ…。力…抜い…て…。」
少年の声が何かに隔てられたようにくぐもって聞こえてくる。
(悪いがそれはが無理だ…)



Act.2


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 蝕 > Act.2
Act.2
願い通り気を失っていたのだろうか。
気が付いたときは少年が隣に横たわり、心配そうに顔をのぞき込んでいた。

厭な汗が躰中にまとわりついている。
それよりも抗いがたい吐き気が全身を覆っていた。
トイレに駆け込みたかったが、歩くことは無理なようだ。
「すまない…が。」
吐き気を抑えて少年に乞う。
「洗面器を…持ってきてはもらえないか?」
弾かれたように少年が動き、浴室へと走って行った。

がくがくと震える自分の躰がうっとうしい。
手足が凍ったように冷たい。
ひくひくと腹筋が痙攣している。
吐き気とともに耐え難く嗚咽が込み上げてくる。
終わったというのになぜ涙が出てくるのだろう?
ダメだ!
少年に心配をかけてしまう!

「ありがとう。」
洗面器を受け取り、上半身をそれにかぶせるようにして答える。
これで顔が見えないだろう。
「他にして欲しいこと無い?」
絞り出すような細い声で少年が聞いてくる。
「あぁ。部屋を出て行ってくれないか?」

こんな姿を見せるわけにはいかない。
もう吐き気を抑えるのは限界だ。
しかし少年の足は動かなかった。
「鋼…の…?」
「…ごめん。もう二度としないから…。」
「え…?」
涙を拭い、腹に力を入れて少年の顔を見る。
なんて顔をしているんだ。私は死ぬ訳じゃないぞ?

「どうし…。」
途端に堪えきれなくなり、嘔吐してしまった。
「ロイ!?」
ごほごほと咳き込みながら、少年の左手が背中をさするのを感じる。
躰が震え、感覚がおかしい。

「ごめん!ごめんなさい!」
叫ぶように少年が言う言葉に合点がいった。
「ちが…う…。厭だった訳では…ない。」
誤解をしてくれるな!
「こ…んな姿を見られた…くないだけだ。
 すぐ慣れる。
 …ただ、今は部屋を出てくれ…ないか?」
嗚咽を抑えようとすると吐き気が増すようだ。
などとどこかで冷静に考えていた。
「イヤだ!こんなあんたを放っておけない!」
少年の目からも涙が溢れてくる。
「見られたくない…んだ。出て…いってくれ。」

自分でも想像したくない。
野郎二人が向かい合って泣いている姿など。
しかしみっともなかろうが自分の躰が思うようにならない。
ダメだ。もう抑えるのも限界だ。
少年に罪悪感を与えたくないのに!

「ぅあ!あああぁっ!」
タガが外れたように喉から声が溢れ出て、嘔吐しながら嗚咽していた。
吐くか泣くか声をあげるか、どれか1つにしたまえよ。自分。
などとはちらりとしか考えられず。
すまない。心配するな。あやまるな。厭ではなかったんだ。君は全く悪くないんだ。自分を責めてくれるな。
告げたい言葉の1つも口にできないのがもどかしい。
せめて髪でもなでてやりたいが、そんな余裕は全くなかった。


いい加減胃の中が空になり、胃液も尽きたようだ。
少し落ち着いてきた。
相変わらず躰が重いが、これ以上少年を放ってはおけない。
肩で息をしながら見あげると、濡れたタオルを手にぐじゃぐじゃに崩れた顔で突っ立っている。

「カ…ゼを…ひく。ベッドに入りなさい…。」
なんとか声が出せた。
おずおずと少年が隣に入ってくる。
丁寧な仕草で私を拭いてくれた。

「抱きしめてくれないか?」
本当は抱きしめてやりたいが、腕にあまり力が入らない。
そっと右手で腕枕がされ、生身の腕が右の脇に回される。
「…ごめん。…もうこんなことしないから…。」
消え入りそうな声が聞こえる。
「だから…嫌いにならないでくれ。」
ならない。
なれる訳がない。

「君は私を傷つけたかった訳ではないだろう?」
力無く、なのがもどかしいが泣きじゃくる少年の髪をなでる。
そのとき初めて爪の食い込んだ傷が手当てされていたことに気付いた。
「心配をかけてすまなかった。厭だったんじゃない。
 ただ躰が慣れていないだけだ。
 だから自分を責めないでくれ。」
「でも、こんなに…あんたにつらい思いをさせて…。」
「まぁ、初めてだったからな。仕方あるまい。
 君が悪い訳ではない。」
どう言えばこの少年の罪悪感を軽くできるのだろう?

「鋼の。女性であっても初めての時はつらくて、慣れるまでには経験が必要なんだ。
 最初から快感など得ることはできない。
 だからこれは普通のことなんだ。」
やっと躰の震えが収まってきた。
しかし鉛のように重くてだるい。
「な?もうしないなんて思わないでくれたまえよ。」
聞いているのだろうが、少年は耳元に顔を埋めたままだ。
どれだけ自分を責めているのだろう。

うーむ。気恥ずかしいが仕方がない。
「あのな、鋼の。」
そっと顔をあげさせた。
私の好きな金色の瞳が涙で烟ってしまっている。
「私は嬉しいよ。
 君と愛し合ったのだからな。」
同性にこんな言葉を告げる日が私にくるとは。
ちょっと感慨に耽ってしまうな。

少年は大きく目を瞠って、それから顔をゆがめた。
笑っているのか?
また泣き出すのか?
「どうしてあんたはそんなに優しいんだよ。」
あ、泣き出した。そっちだったか。

「優しいわけではない。
 ただ本当のことを伝えたかっただけだ。」
「ロイ。オレ、あんたが好きだ。」
ついばむような軽い口づけを一つ、私に落とし少年が言う。
少年の涙が私の肩にぱたぱたと落ちる。
「嬉しいよ。私も君を愛している。」
なんてかわいいんだろう。この少年は。
苦痛などささいなことだと本当に思える。

「だから、もうしないなんて言わないでくれたまえ。」
「本当に?あんたは大丈夫なのか?」
あぁ、その情けない顔もかわいくて愛おしい。
「あぁ、もちろんだ。」

もう少しだな。
しかし、私がこんな言葉を男に告げるとはなぁ。
本当に人生とは分からないものだ。
それでも抵抗はなかった。
少年の頭を抱き寄せ、額と額を合わせて告げる。
「だからまた…抱いてくれるな?」
いや、今日は無理だが。

「…うん!オレ、もっと研究してくる。あんたが気持ち良くなるように!」
研究って…。
顔を上げたと思ったらそんなことを。
「他の男なぞに試すんじゃないぞ。」
ちらり、と嫉妬の焔が灯る。
「オレはあんたとしかヤだよ。」
眉を寄せて少年が言う。
よかった。元気になったようだ。

「ふ…。それは嬉しいことだ。
 さぁ、そろそろ寝よう。夜更かしすると背が伸びないぞ。」
とたんに少年が頬を膨らませる。
よし、もう大丈夫だな。
躰がだるくて、話すのもつらくなっていた。
「おやすみ。」
そこで意識が途切れた。


翌朝、ぎくしゃくと風呂に入った時、やけに湯がぬるいと思ったらかなりの高熱を出していた。
『少年が帰った後でよかった。』
それしか考えはしなかった。



            fine


060502

clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 蹟(しるし)
蹟(しるし)
(大佐から初めてのキスマーク) 08.7.16up
明日には少年がまた旅立つ。
睦み合った後の気だるさの中で、囁くように会話を交わしていた。
「またしばらく逢えなくなるな。」
申し訳なさそうに少年が言う。
「仕方がないさ。取り戻すのだろう?君とアルフォンス君の躰を。」

引き留められるものなら、この腕のなかに閉じ込めておきたい。
しかしそれは少年の歩みを止めてしまうことだ。
私にも少年にも、それを望むことは許されない。
少年が恋情により、足を止めることは私も望まない。
それでも…。と幾分甘い感傷を抱いてしまうのは否めないが、思考の外に追い出すことは可能だ。
ただ愛に突っ走るだけの少年なら、きっとこんなに愛せないのだから。

さらさらと夜目にも輝く髪を指先で弄んでいると、何か思いついたように少年の目が輝く。
「なぁ、ロイ。なんかお互いのものを交換しないか?」
あぁ、なるほど。
「そうだな。何がいいかな。」
邪魔にならないもので、お互いを思い出せるもの。

思案していると、少年が口を開いた。
「お揃いのものとかあればいいのにな。あ…、銀時計?」
あ!?
「バカモノ!アレは国家錬金術師の身分証明だぞ!」
思わず声をあげてしまった。
「冗談だよ。それにアレは誰にも託せないしな。」
翳ってしまった金色の瞳が哀しかった。
そうか。旅の理由を刻み込んででもいるのだな。

ふと思いつき、
「鋼の。」
少年の胸元まで顔を下げる。
「ん?なに?ロイ。」
「ここに君の持っていくものをあげるよ。」
と少年の胸、心臓の上に花弁のような所有痕を刻み込む。

『この心臓が、私の知らないところで動きを止めたりしないように。』
祈りにも似た願いを込めて。(私は神など信じてはいない。)

「あんたがキスマーク付けるの、初めてだな。」
軽く躰を痙攣させながら受け容れていた少年が嬉しそうに云う。
「…君は思う存分付けてくれるがね。」
あ、今額に青筋が浮いていたかも知れない。
「だって軍服なら隠れて見えないだろ?」
「あぁ。おかげでどんなに暑くてもボタン一つゆるめられんがな!」
本当に軍服に隠れるところならどこへでもといった様子で、少年は私の躰中に所有痕を付けまくる。
もちろんそれが厭だなどと思ったことはないが。

「だってさ…。」
少し元気をなくした声が聞こえてくる。
「いっぱい跡が付いてたら、あんた他のヤツを抱けないだろう?」
「…。」
しまった。
嬉しさのあまり、絶句してしまった。
そんなかわいいことを考えていたのか?
単に私は結構露出度の高い服を着ている少年を困らせない為に、跡を付けないよう気を付けていただけなのだが。

「ふふ…。」
思わず笑いが込み上げてしまう。
「なにがおかしいんだよ!」
照れた少年がますますかわいい。
「それなら私ももっと付けるかな。君に浮気をされたら哀しい。」
「…!?そ…そんなことするわけないだろ!?ダメだ!オレ暑がりだから上着脱ぐとタンクトップになるし…!」

あー、もう。なんでこんなにかわいいのか。この少年は。
「わかった、わかった。この一つしか付けないよ。」
頭を抱き、髪を撫でながら告げる。
「この蹟が消える前にまた逢えることを願っているよ。」
そんなことは無理だと解っていながらも。
ここに君を求める『帰る場所』があるのだと伝えたくて。
私が君の『帰る場所』なのだと伝えたくて。
「愛しているよ。
 君が何を選ぼうとも。」

逢えない日が寂しい。
それでも君が生きている。
それだけで私は生きていくことが出来る。
だから君はその足を止めるな。
私を切り捨てても、前に進むんだ。
それが私の願いなんだ。
君を
愛しているから。

少年が規則正しい寝息を立てていることを確認して、そっとベッドを抜け出す。
ようやく抑えることが可能になってきた嘔吐感を解放するために。
あぁ、明日も熱を出すのだろうな。
たどり着いたバスルームで吐きながら考える。
それでも心に浮かぶのは満足感だけなのだが。



      fine


060502


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > シチュー
シチュー
(大佐が熱を出さなくなったあたり)08.7.16up
「報告書を出しに来た。」
金色の瞳の少年は、いつもの挑戦的な態度で私の前に紙の束を投げる。
「少しは上官に対する態度を改めようとは思わんのかね。」
軽くため息をついてそれを受け取る。
「そんなことしたら、あんたが気持ち悪いんじゃないの?」
どこまでも不遜な態度は改まらない。
更にため息をつき
「アルフォンス君はどうした?」
どっかりとソファに座った少年にさりげなく聞いた。
「あぁ。先に宿に行ってる。最近いつもの宿の子が猫を飼い始めたって聞いたらそわそわして行っちまったよ。」
そうか。ならばこの少年はやはりいつものように家に来ると言うことか。
今度は少年に解らないよう、静かにため息をつきながら考える。
今夜はこの少年に付き合うことになりそうだ。
明日は休みが取れるだろうか。
大きな事件は今のところない。
中尉の機嫌も損ねていないし、これから休暇届けを出せば間に合うか?

最近は遠慮なく責めてくるようになったこの少年に付き合うのは結構躰がキツいのだ。
女性との経験はハボックに売り捌けるほど持つ私だが、男の躰を持って同性を受け入れるのはこの少年とが初めてだった。
こんな小さい躰に自分を受け容れさせる訳にはいかない。(そう言ったら、この少年は怒り狂ったのだろうが。)
そう思って受け容れる側に廻ったのだが、まだこういう経験に躰が付いていかず、翌日には思うように動けなくなる。
少年に心配などさせたくはないので、「眠い。勝手に帰れ。」と言うようにしているが。
実のところ、翌日に熱を出さなくなったのは前々回からだった。
(初めての時には嘔吐と嗚咽が止まらず、少年に罪悪感を抱かせてしまった。あんな思いはもうさせたくない。)

「なに考えてんだよ。オレはもう宿に行くぜ。」
じっと考え込んでいると、焦れたように少年が言う。
まるで頑是無い子供が拗ねているようだ。
「そうか。残念だな。私は明日、休みをとる予定だったのだが。」
黄金の瞳を見つめながら応えると、途端にぱっと明るい表情になる。
こんな嬉しそうな顔をされて、ただ宿になど行かせられるものか。
「食事に付き合って貰えるかな?昨日シチューを作りすぎてしまってね。」
昨夜、連絡があってから慌てて作ったことなどこの賢い少年にはお見通しなのだろうか。
「大佐のシチューって、人参がでかいよな。」
こんな心底嬉しそうな顔が見られるのならば、自分の躰など粉々に砕け散ってもいいとさえ思ってしまう。
「牛乳を入れても君が食べるのだから、シチューとは偉大だな。」
イヤな顔をすることを承知で言ってみる。
あぁ、ふくれっ面も可愛らしくて。
今夜の少年の行為にも、またきっと耐えられる。
この可愛らしさを思えば。
いつか私の躰も慣れるのだろう。
思ったより常識に囚われているらしい自分の躰はまだ「快感を得る」段階にはなれないが、それでもいい。
少年が喜ぶのならば、幾らでもこの躰を差し出そう。
「帰りにパンを買って帰ろう。君は存外に大食らいだからな。」
頬を膨らましながらも、笑った金色の瞳に囚われながら思うともなく考える。
野菜も食べさせなくてはいけないな。
まだ成長期なのだし。
休暇届けを書きながら、今夜の献立を考える私がそこにいた。


          fine



(あ、書いた後から内容が矛盾していることに気が付いてしまいました。
でもま、いっか。
放置プレーしちゃいます。)


060506


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 >
(大佐が壊れてます。ちょっとギャグ)08.7.22up
1ヶ月ぶりだ。
少年が帰って来るのは。
最近は帰る前にきちんと連絡を寄越すようになったので、それに合わせて定時に帰れるよう必死に仕事を終わらせるようにしている。
(たまにホークアイ中尉が「エドワード君が来る…かも知れません。」と急ぎの仕事を押しつけることすらある。それにまで乗ってしまう自分が情けない。
しかし少年が来るかも知れないというワクワク感を持ちながら仕事をこなすのは結構楽しいものだ。)

しかし今日少年がそろそろ来る時分になって、先日のテロに関する報告書や稟議書やらが届いてしまった。
それは今日中に処理しないといけない、滅多にないもので。
それらの書類を両手に抱え、足りずハボックにまで抱えさせた中尉が
「申し訳ありませんが、こればかりは今日中に仕上げて戴きたいのですが…。」
と心底すまなそうに言うので愚痴をこぼすことは出来なかった。
彼女も私の気持ちをよく知っているからこそ。

「あぁ、わかっている。気にすることはない。
 鋼のが来たら、図書館にでも行くよう伝えてくれたまえ。
 なんなら報告書は明日でもかまわないと。」
事件の解決などどうでもいいから、犯人全員をその場でケシ炭にしてやればよかったと思いつつ。
さて、出来れば日付が変わるまでに夕食を食べたいものだ、と気合いを入れて書類を捌いて行く。

そっと執務室の扉が開き、いつになく静かに少年が入って来た。
「やあ。鋼の。久しぶりだね。」
書類から顔を上げて少年を見る。
少し痩せたようだ。
また寝食を忘れて情報を探し回っていたのだろう。
だから背が伸びないのではないか?
「ん。久しぶり。…大変そうだな。」
聞こえたら暴れ出すだろう私の心の声には気付かず、少年が気遣ってくれた。
「せっかく連絡をくれたのにすまないね。
 今日中に終わらせなくてはいけないのだよ。」
「ああ、中尉に聞いた。サボってたんじゃないんだってな。
 オレも本読んで終わるまで付き合うからさ。頑張れよ。」
「待たせてしまうから、報告書は明日でもいいのだが?」
少年の気持ちが嬉しかったが、夜更けまで付き合わせるのは申し訳なくて聞いてみる。
「や。これ今読みたいし。」
少し紅い顔を逸らして少年が言う。
照れている時の仕種だ。
「そうか。ありがとう。
 早めに終わらせるから何か美味いものでも食べに行こう。」
少年が好きそうな料理を出す店がまた出来た。
あの閉店時間までには意地でも終わらせよう。
処理のスピードが知らず上がっていった。

書類に眼を通しながらサインをする。
その繰り返し。
数十分経ったところでふと少年を見た。
ソファーに座り、文献を読んでいる。
いつもながら見事な集中力だ。
今声を掛けても気付かないのだろうな。

唐突に、離れているのがつまらない、と思った。
もちろんこの書類の山は片付けなくてはならない。
手を休める気はない。
しかし、机とソファーの距離がなんだか面白くないのだ。
久しぶりに逢ったというのに。
なぜ少年と離れていなければならないのか。

席を立ち、少年の前に立つ。
そっと両脇に手を入れ、抱き上げた。
「ぉわ!?大佐?」
さすがに文献から意識が離れたようだ。
そのまま少年を抱いて席に戻り、膝の上に少年を後ろから抱えるように座らせ
「おかえり。鋼の。」
何事かと首を回して私の顔を見る少年に告げた。
「…ただいま。つか、あんたナニしてんの?仕事は?」
「もちろん続けるさ。しかし君と離れているのがつまらなくてね。」
途端に少年の顔が真っ赤に染まる。
「なっ…!」
あんなに閨では私を翻弄するクセに、普段の少年は酷く照れ屋だ。
そんなギャップすらも私を魅了するのだが。

「読むのを中断させてすまなかった。続けたまえ。」
「お…おー。あれ?随分書類減ってんな。すげえじゃん。」
「本気になればデスクワークなど容易いことだよ。」
「ならいつもやれっての。中尉がかわいそうだぜ。」
耳が痛い言葉は聞かなかったことにしよう。
「さて、もう一頑張りする気力を戴けるかな?」
「はぁ?」
「姫に焦がれる騎士にどうか慈悲を。」
言うとともに少年に口づけを落とし、わざと音を立てて離れる。
「〜〜〜〜〜!!!」
更に紅く染まる頬をひと舐めする。
甘い甘い果実。

「なに恥ずいことしてんだーーー!!!」
耳まで紅く染まった少年が文献を持った手を振り回す。
それには知らんふりで
「仕事の邪魔をしないでくれたまえ。」
そっけなく告げて書類に眼を落とす。
「………後で覚えてろよ。」
呻るような声が聞こえた。
覚えているとも。楽しみに。

少年が頬を膨らませながらも文献に眼を落とし始める。
私の膝に収まっている少年の頭越しに書類を見る。
こんなにジャストサイズなのに大きくなりたいものかな。
また少年が聞いたら暴れるだろうことを思う。
こうして少年が本を読み、それを抱きながら仕事をする。
そんな丁度いい身長なのだがな。
久方ぶりの少年の温もりが嬉しい。
もっと味わいたいが、それはここではないところで。

「はぁー。終わった…。」
「おー。お疲れ!」
最後の書類を片付ける頃には既に文献を読み終わっていた少年がねぎらってくれた。
「待たせたね。さ、行こうか。」
自分でも驚くほど早く仕事が終わった。
これならまだ店も開いている。

「君がいてくれると仕事が早く片付くな。」
「オレがいなくてもなんとかしろよ。しょうがねぇ大人だな。」
「それは詮無いことだよ。
 君の温もりが無くて、どうして頑張れるというのかね?」
「はぁ!? あんた遂げなきゃならない野望があるんだろ?
 そんなんでどうするんだよ?」
「野望か。私の野望は君と幸せになることだよ。
 その為に大総統になってみせる。」
「大総統になるのと、オレと幸せになるのとなんの関係があるんだ?
 っつーか、あんたの野望ってもっと崇高だったような気がするのはオレの記憶違いか?」
「もちろん、大総統になったら法律を変えてみせるよ。」
「おい。ナニ嬉しそうに語ってんだ?オレの話を聞けよ!」
「同性での婚姻を認めるんだ。
 晴れて私たちは結婚するんだよ。」

うっとりと語った私に下されたのは、何故か少年の鉄拳だった。
鋼の…。鳩尾はやめてくれたまえよ…。


        fine



060705


大佐が壊れているのか、私が壊れているのか。
あ、報告書!
忘れてました。


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > フソク
フソク
(豆がいないと闇がぶり返す大佐)08.7.22up
【注意書きです】
グロ、残酷表現が含まれておりますので、苦手な方はお読みにならないで下さい。
不快になられましても、苦情は受け付けておりません。
ご判断の上、お読み下さいますようお願い致します。



   「フソク」

太陽色の髪を風に靡かせて少年が笑う。
金色の瞳がきらきらと輝いて。
どうして少年の表情はこんなに感情を素直に表すのか。
心の底からそっくり感情を面(おもて)に出してくる。
触れたくなって近寄ろうとしたとき、不意に音を立てて少年の腕に、足に、頭に、焔が生じた。

あっという間に焔に飲み込まれる少年の姿。
ミナレタコウケイ。

熱さにあがる悲鳴。
キキナレタダンマツマノコエ。

崩れ落ちる躰。

ソレデモマダコエガキコエル。
あぁ、焔の温度が低いと喉が焼けて血が噴き出すから、変にごぼごぼした悲鳴を出すのだった。
そんな声を聞くのが厭で、随分一瞬で頭が消し炭になる温度を実験したものだ。

モットオンドヲタカクシテヤラナイト。
少年が楽に死ねない。
でも骨も残らないなんて寂しいじゃないか。
子供の骨を残す焔の温度は何度だったか。
あんなにイシュヴァールで実験を繰り返したのに思い出せない。

マダテアシガケイレンシテイル。
あぁ、そうだ。
これは抵抗させずに、苦痛を長引かせる実験で得た温度だ。
確か成人男性が対象だったな。

ショウネンノホネハヤハリアマイノダロウカ。
少年の真珠色の骨を口に入れ、咀嚼できる温度は何度なんだろう。
そういった実験はしなかった。

ガシャリトオトヲタテテショウネンノホネガクズレル。
持ち歩くのはどれにしようか。

ナンテタノシイユメナンダロウ。



寝起きの気分は良くはなかった。
ふっ。と伸びをしてベッドから起きあがる。
バカバカしい。
こんな夢を見るなんて。
イシュヴァールで殺した人間にも、親がいて子供がいて愛する人間がいて。
そんな青臭いことを今更自分に反省せよとでも?
自分が愛するものを失うことで罪を自覚せよと?
軍を辞めて、巡礼の旅にでも出ればいいのか?
それとも傷の男の復讐に殉じろとでも?

最早無意識でも乱れずに着込める軍服に手を通し、ボタンを嵌めながらキッチンへ向かう。

そんなことはこの道を選んだときに分かっていたことだ。
女子供であろうが命令が下れば殺す。
無辜の死体を踏み歩く血塗られた道を自分で選んだのだ。
悪魔と言われようがどれだけ恨まれようが、全く構いはしない。
大体後悔したとて、私の殺した誰が浮かばれるというのか。

「フン、バカバカしい。」
コーヒーとトーストの簡単な朝食を摂る。
今更こんなことを考えることすらおかしなことだ。
一体今日はどうしたのだろう?

軍に着き、執務室へ向かう。
ホークアイ中尉が挨拶とともに仕事を持ってくる。
「おはようございます。大佐。よく眠れましたか?」
相変わらずスキのない姿勢だ。
「おはよう。中尉。あぁ、よく寝たよ。…良い夢を見た。」
ちらりと私の顔を見た。
「そうですか。気分が乗らないかも知れませんが、今日はこちらの書類を処理して戴きます。」
中尉に嘘はつけないな。
しかしすぐに取りかかる気にはなれない。
「今お茶をお持ちしますので、一服されてから始めてはいかがですか?」
完全に読まれているな。

相変わらずまずい茶を一口含み、ソーサーに戻す。
両肘を机に突き、手を組んで額にあてる。
頭痛がする訳ではない。
カゼもひいていない。
大体体調がすぐれないくらいで左右されるほど私の精神は弱くはない。
まったく今日はどうしたというのだろう。

大佐は今日中にきちんと片付けてくれるかしら。
怪しいものだわ。今日は一日私も動けないということね。
いつ逃げ出すのかわからない上官にため息をついていると
「大佐、なんか元気ないっスね。」
ハボック少尉が話しかけてくる。

「栄養素が不足してるのよ。」
苦笑して答えた。
「栄養?ちゃんと食べてないんですか?」
「そうね。ずっとエルリック兄弟が来ないでしょ?」
「はぁ。」
「豆不足なのよ。」
ぽかんとした顔の少尉を置いて、書類を取りに書庫へ向かう。
まさか今から逃げ出しはしないでしょうね。
まったく手の掛かる上官だこと。
今度エドワード君からも言って貰わなくちゃ。


一日机から離れずに済む量の書類を持って戻ると、既にそこに大佐の姿はなかった。



           fine


060503


原作でイシュヴァール戦が描かれる前に書いたモノですので、軍に入る前から理想があり、命令であれば無実の人々を殺すのも当たり前という覚悟があったという前提でのお話しになってしまっています。
が、書き直すとおかしくなるのでそのままにさせて戴いてます。


豆が不足してくると闇がまた深くなってしまう、自分が思うより脆い大佐。
中尉結構酷いこと言ってます。
そして読みがまだ浅いです。
しかし彼女は二人が恋人同士になる前から、二人の気持ちを知っていました。(私内設定。)
エドを勧誘に行った帰り、(この人、あの少年にホレたな。)と分かって、スカー襲撃の時は(おや、この二人両想いなんだ。まぁ。)と分かっていたわけです。
なので、スカーが国家錬金術師を襲っている時慌てて「車を出せ!手のあいてる者は…」と叫んだ大佐を見て、(おー、取り乱しちゃって。)とか心配しながらも思っちゃったりして。
勿論恋人同士になったのも、浮かれた大佐を見て翌朝には状況理解。な中尉でした♪

「摂取」turn.R


clear


 
> 【基本のエドロイSS】 > 摂取
摂取
 
> 【基本のエドロイSS】 > 摂取 > Turn R
Turn R
 
> 【基本のエドロイSS】 > 摂取 > Turn R > Act.1
Act.1
【注意書きです。】
「フソク」の続編です。
相変わらず痛い記述がありますので、人を殺す等の行為表現の苦手な方はお読みにならないで下さい。



   「摂取」


相変わらず少年が帰ってこない。
先日少年が焔に包まれる夢を見てから、なんとなく夜眠る気になれず、なんとなく気分が晴れず。
別に夢を見るのが怖いなどと思うわけではない。(当たり前だ。)
今更私が不安になるはずのないことだ。
関係はない。
最低限の睡眠は取っている。
食事も摂っている。
(軍人として自己管理は疾うに身に染みついている。)

ただ気分がすぐれない。
仕事から逃げる気力すらなく、執務室でただぼんやりと座っていた。

今頃どこで何をしているのか。
金色の瞳の少年は。

以前まだ東方司令部にいた頃、少年が入院していたことを後から知った。
なぜなのかと問いつめても「口止めされているから。」の一点張りで答えようとしなかった。
少年は自分が危険な目に遭っても、それを報告書に書かないことがあると知ったのはその時だ。
心配を掛けない為なのだろうが、それではなんのための報告書か。
問い詰める私を見て、それからはアルフォンスが少年の動向を後から教えてくれるようになった。(入院の原因については彼も教えてはくれなかったが。)
話を聞くたび手紙を読むたび、少年の旅が死と隣り合わせであることを思い知らされる。
まったくあの少年の無謀さと言ったら。
危険を顧みなさすぎる!

「…ド…ワード…」
決して少年の前では口に出来ない名を呼ぶ。
一度呼んでしまったら、その足を止めてしまいそうで。
抱きしめて、引き留めて、二度と放せなくなってしまいそうで。
「エド…」
こんなに遠く離れて、私に助けを求められないことのないように。
ずっとそばに置いて、せめて無事をいつも確かめられるように。
私がいつでも君を守れるように。
きっとそうしてしまうから。
だから彼の前では呼べない名前。
「エド…エドワード…!」
引き留めてはいけないのだと自分に言い聞かせるために決して口にすることのできない言葉。


無事でいるのか?
怪我をしていないか?
きちんと眠っているか?
食事は摂れているか?
寒くはないか?

…生きて…いるか…?

触れたい。
少年に。
その躰の熱を。
その躰の鼓動を。
感じたい。
確かめたい。
少年が生きていることを。

私のいないところで
ヒューズのように
イシュヴァールで私に殺された子供のように
あぁ
そうだ殺した。
あんな小さい子供も殺した。
母親も殺した。
父親も殺した。
年寄りも
赤ん坊も
男も
女も
殺したんだそうだ殺したんだ私が殺したんだ数え切れない人間を人間を人間を

 焼  き  殺  し  た  ん  だ  。


もう二度と歩くことが出来ないと思った太陽の光の下
それでも野望のため軍を去ることもなく。
ここで去るのならばなんのための犠牲だったか。
いや私が殺さずとも沢山の人は死んだのだけれど。
それでも殺したくないと思えば始めからこんな道を選ぶこともなく。
最初から分かって野望を実現するために選んだのだから殺して殺して殺して殺して殺したことを後悔なんて
できようはずもなく。

だから、なぜ、
少年は今ここにいないのか。

そう。こんな太陽のような金色の髪。
そう。こんな生命力の塊のような金色の瞳。
そう。こうやって感じる生きている証の体温。
それをこんなに求めているのに。

「…じょう…か?」
そう。こんな変声期中の声。

え?

「…さ!…大佐!大丈夫か!?」
「…あ?」
「『あ?』じゃねぇよ!なんて顔してんだ。あんた!」
状況がつかめない。
焦がれていた少年が私の頬に手をあて怒鳴っている。
「鋼…の…?」
「そーだよ!オレだよ!あんたどうしたんだよ!!」
語呂の良い発言だ。
妙なところで感心してしまう。

えーと。ここに少年がいるということは。
「おかえり。」
で、合っているはずだな。
私の言うべき言葉は。
「おかえりじゃねーよ!!」
あれ?
だって帰ってきたんだから。
「おかえりだろう?」
あぁ、やっぱりこの金色の瞳が好きだ。

「おい!大丈夫か!?大佐!!」
「なにを喚いているのだね。鋼の。」
いきなり現れたのには驚いたが、なにを怒っているのだ?
「なにをじゃないっつの!あんた今自分がどんな顔してたか分かってんのか!?」
「顔?」
「死んだような目ぇして!そんなに…闇い目ぇ…して…。」
激高していた少年が肩を落とす。
どうしたんだ?
なにがそんなに哀しいんだ?
大丈夫だ。私が守ってあげるよ。

「旅先で哀しいことでもあったのかね?」
とりあえずなぐさめようと少年の頭に手を置く。
少年が否定しないので、この行動は合っていたらしい。
「も、帰ろ?な?」
泣き出しそうな顔で少年が言う。
「あぁ。帰ろうか。もう食事は摂ったのかね?」
「いや、まだ。」
「ではなにか食べて帰ろう。」
「ん。」

あぁ、無事に帰ってきた。
この金色の瞳の生命力といったらどうだ。
鼻歌でも歌いたい気分で少年とともに執務室を後にした。


Act.2


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 摂取 > Turn R > Act.2
Act.2
少年が不在の間に幾つかの店が出来た。
そのなかでも美味い店を選んで食事を摂る。
私が問うままに珍しく旅の全容を話してくれる少年が愛しかった。
時々探るように私の表情を伺うのが少し気になったが。
「今日は泊まっていけるのだろう?」
「あぁ。あとあんたの明日の予定、中尉が休みを入れたぞ。」
「ほう。珍しいこともあるものだ。」
「…自覚がなかったみたいだな。」
ため息と共に少年が呟く。
「ん?なにがだね。」
よく聞こえなかったので聞き返したのだが
「なんでもない。ごちそうさまでした!」
と逸らされてしまった。
まぁいい。
少年が帰ってきたのだから。
今日の私は久方ぶりに気分が良い。

家の鍵を開けながら、躰が震えるほど少年に触れたいと思った。
今まで私から仕掛けたことはなかった。
少年が求めるときだけ応えてきたのだ。
(もう吐くことも翌日に熱を出すこともなくなった。)
その気にならない少年に、同性との行為を強要することなど出来はしない。
しかし家に入った途端、私が少年の躰を求めてしまった。
少年を抱き寄せ、きつく抱きしめ、口づけをし、両手が少年の背中を這い回り、更に深い口づけを求めて舌を絡め…。
「ん…ふっ!ぁ…!ロイ!!」
少年の声がやや遅れるような感覚で耳に届く。
「ん?どうした?」
「や、どうしたはあんたの方!やっぱなんかあったのか?」
「いいや。なにも。それより君に触れたい。厭か?」
「イヤなわけないだろ?」
すこし上気した顔で少年が言う。
「嬉しいよ。」
「ちょっ!ま!…とりあえず寝室に行こう。な?ロイ。」
今更なにを躊躇するのか分からないが、少年の言うとおり寝室へ向かう。

焦らされるようにお互いの服を脱がせあい、ベッドに倒れ込む。
いつもは私の上に来る少年を見下ろして触れることを求めた。
「あぁ…。鋼の…。」
うかされたような声が自分の口から漏れる。
愛しくて愛おしくてたまらないこの躰を感じたくて、この躰が欲しくて。
耳穴に舌をねじ込み、リンパ腺に沿って首筋を舐めあげながら下って、鎖骨に歯を立て、胸の先端を舐り、その間にも右の手は少年の内腿を彷徨いなで上げ。
鋼の脚と生身との際に舌を這わせ吸い上げると、少年の躰が大きく揺れる。

もっと感じたい。
この少年が生きていることを。
もっと実感したい。
この少年の生きる力が強いことを。
もっと信じたい。
この少年が私をおいて逝かないことを。

「…ぁっ…!ロ…イ…も…やめ…」
もう容赦など出来なかった。
少年の感じる箇所を攻めて責めて攻めて。
少年の懇願など聞き入れられなくて。
だってこんなに私は君に飢えていた。
欲していた。
君を欲しかった。
君が足りなかったのだ。

口で受け止めるのと躰で受け容れるのとどっちが感じるのだろう。少年は。
いざと言う時になって人間は迷うモノなのだと今知った。
聞いてみれば良いだけなのだが。
「なぁ。鋼の?」
「ん…ん?な…に…?ロ…イ。」
息も絶え絶えといった様子で彼は応える。
「教えて欲しいのだが。君は私の口と躰と、どちらが感じるのだね?」
「んあ?」
ややマヌケな声が返ってくる。
「君はどちらを好むのかと聞いているのだよ。」
「あ…。オレ…はロ…イを感…じたいよ…。」
「そうか。ありがとう。」
少年の上に跨り彼のモノを受け容れる。
「…!ロイ…!」

心のどこかで無茶をしているとは解っていた。
けれど私は彼を受け容れて壊れたかった。
壊れてしまいたかったのだ。
なぜなのかは解らないが。
「んっ…!」
「は…ぁ…っ!」
初めての時ほどではないが、きつい。
上で少年を受け容れるのは。
しかしやめることが出来なかった。
最奥まで少年を受け容れて感じるのは喜びのみだった。
躰の苦痛などささいなことだ。

「きつい…か?どうしたらい…い?」
少年に聞く。
「いや…。すごくあんたいい…。あっ!」
少年の言葉に感じた私の躰の痙攣が、少年に快感をもたらしたらしい。
「無理…を…するな…よ…。バカ…。」
少年がゆっくりと私に苦痛を与えないよう起きあがり、私の頭を抱く。
「どう…したんだ…よ。あん…た。らしくない…ぞ。」
少年の肩に額を乗せかすかに首を横に振る。

あぁ。幸せだ。
少年が今ここにいる。
生きている。
声が心地よい。
熱い吐息が、伝わる鼓動が、躰の熱が、
少年が生きているのだと私に教えて。
胸が詰まるほど幸せだ。

「…っ!ロイ!?」
「ん…っ?なんだね…?」
「なに…泣いてんだ?そんなに苦しいのか?」
「え…?」
泣いている?私が?
顔を上げてみると確かに少年の肩が濡れている。
少年が心配そうに私を見ていた。
「大丈夫か?…もうやめよう?」
「厭だ!」
厭だ。
もっと少年を感じていたい。
繋がった躰を離したくない。
「…厭だ…。やめない…。」
少年にしがみついて頭を横に振る。

ため息が聞こえた。
「わかったよ。ロイ。やめないから。だから姿勢を変えよう。な?」
「ぅ…。」
「ほら泣くなって。一遍抜くぞ。」
「…ヤだ。」
「無理。大体この姿勢だとあんた重いんだよ。ほら、腰あげて。」
少年の熱が去り、ゆっくりと後ろに倒される。

「…欲しい。」
とりあえずねだってみる。
「落ち着け!あんたさっき全然感じないまま入れたろ?」
少年がこめかみに流れかけた涙を唇で受け止めた。
「なぁ。オレだってロイが欲しかったんだよ。」
ちょっと照れたように笑って
「だからオレにも触れさせて?」
そしていつもより優しく、しかし性急な愛撫を受ける。

「は…っ。…ぁあっ!」
泣いているからなのか、声が抑えられない。
躰中が少年に触れられて、快感と愉悦の悲鳴をあげる。
少年が常に固執する私のヤケド跡に舌を這わせた。
「っ!そこは…っ!」
ダメだといつも言っているのに。
「オレは…好きなの。これが。」
理由になってないぞ。
「なにが有っても『ロイが簡単にはくたばんない証』だって言ってるだろ?」
「だがそ…こには触る…な…ぁぅ!」
「だからお礼言ってんの。」
なにを…?

「!」
少年が私のモノに舌を這わす。
「や!そんなことしなく…て…んっ!!」
少年の頭を上げさせようとしたが、結局手を添えるだけの形になってしまった。
「はっ…!ぁ…っ!も…ぉ離…。」
目蓋の裏がちかちかと光り始めて、これが閃光になったら困るので今度こそ少年の頭を引き離そうと手に力が入らないぞなんなんだこれは。

「離…せ…。鋼…の。」
いや受け止めるなよそれマズいから咳き込むしいや本当に美味くないから不味いからやめろって…。
「っ…う!」
なんだそのしてやったりというような嬉しそうな瞳は。
「は…吐き出せ…これに。」
少年にティッシュを渡す。
「ん…。」
「口を…ゆすいで来た方…が良い…。」

あぁ酸素が足りないでも少年がもっと足りないんだもっと欲しいんだ。
だって今躰が離れている。
ベッドに戻ってきた少年の手と唇は冷たくてもっとこれを熱くしたくてだって少年が足りなくて。
「鋼の…が欲しい…。」
「あーもう。泣きやんだと思ったのにな。」
それでも困ったというよりも優しい顔で少年が涙を拭う。

「ロイ、好きだ。」
耳元で囁かれぞくりと震えた躰に少年の熱が差し挿れられて
「は…ぁっ!」
「つら…くない?」
少年が心配そうに聞いてきて大丈夫だと応えようかなんだか初めて気持ちがいいとか思ってみたりうわこんな感じなのか男から受ける快感というのはあぁこれでもっと少年を喜ばせられたりするのかな挿れている方はどうなんだろう。
「ぁ…。」
勝手に躰が捩れるのは快感故だそうだかつてのご婦人方がそうだった。

「ロイ…あ…感じて…る…?」
少年が戸惑ったように私の顔を覗き込む。
声が返事になりそうにないのでとりあえず頷いてみせた。
「初めて…だな。挿れてる…ときにあんたが…感じるの。」
紅潮した顔が嬉しそうに言う。

突き上げられる度になんだかどこかにしがみつきたくなるような快感が波のように押し寄せてきて。
どうして良いのか分からなくて少年の右肩なら多少力が入っても大丈夫だろう右手はどうしよう。
握りしめていたら少年が指をからませてくれた。
「あっ…ぁ…いいよ…っ…ロイ…!」

熱くて熱くて少年が熱くて嬉しくて幸せで。
また溢れてきた涙までが熱くて。
「鋼…の…っ!」
少年が触れて来るままにまたイきそうだ。
あぁもう。
どうしてこんなに嬉しいのだろう。
こんなにも幸せなのだろう。
少年がいるだけで。

「ロイ…。」
果てたまましばらく私の上で息を乱していた少年が顔を上げて私を見つめる。
「オレ、約束するから。」
「やく…そく?」
「そう。約束。『オレは絶対あんたの知らないところで死んだりしない。』」
「え…?」
「それと、『絶対あんたのところに帰ってくる。』
 いつか躰を取り戻したら、ずっとあんたのそばにいる。」
「…。」
「あ、泣くなって。
 だからあんたも約束してくれ。
 オレの知らないところで死なないこと。」
「ん…。」
「ほら、ちゃんと約束して。」
「ん…。」
「ほら!」

所詮軍属の身だ。
明日をも知れないのはお互い厭というほど解っている。
そんな約束など私も少年にも出来はしないことも解っている。
それは
それでも
私をすくい上げるために
私が縋り付くためには
充分すぎて。
「ん…。約束する。」
それは少年の優しすぎる嘘。


「躰を取り戻したら、軍を去るのか?」
「んー。そうだな。」
バスルームで少年が躰を丁寧に洗ってくれる。
今までに無いことだった。
今日の少年はどうしてこんなに優しいのだろう。
「軍を辞めてただの錬金術師になるのもいいな。
 今度はそれこそ『大衆のため』にさ。」
「…。」
「でも、軍に残ってあんたを補佐するのもいいな。
 ま、そんときになんなきゃ分かんねーけど。」
「…。辞めたまえよ。軍など。」
「ん?」
「我慢するのは君が躰を取り戻すまでだ。」
「ロイ…?」
「君が取り戻したら、もう放さない。危険な目に遭わせない。遭わせたくないのだ…!」
「ロイ…。」
「ずっと…ずっと私のそばに…」
「ん。わかった。」

少年の生身の腕が頭に添えられ、唇が涙を受け止める。
「ずっとあんたのそばにいるから。」
「約束…だ…ぞ…。」
「あぁ。約束だ。必ず守るから。な?」
「鋼の…。愛している…。」
「ん。オレもあんたが大好きだよ。」


翌日、いつものように接していただけなのだが少年に
「あーあ。昨日のあんたは珍しくかわいかったのに。」
と言われた。
なんのことだ?


「無事に不足していた栄養は摂れたようね。」
翌々日中尉はうって変わってご機嫌な大佐を見、安堵のため息を漏らした。



           fine


060506


妙にヲンナノコな大佐になってしまいました。
甘やかされてるし。
とりあえず大佐は不安定になると言語能力が著しく乱れるようです。


Turn Eへ


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 摂取 > Turn E
Turn E
 
> 【基本のエドロイSS】 > 摂取 > Turn E > Act.1
Act.1
しばらくぶりの司令部だな。
最近はなるべく報告に来るようにしてたけど、今回は旅が長引いてしまった。
どうしてるかな…。あいつ。

旅をしているとき、昼は平気なんだけど(大体暴れてるしな。オレ。)
夜寝るときに思い出す。
どうしてるのかな。
怪我なんかしてねぇだろうな。
ま、仮にも軍人なんだ。
大丈夫だろうけど。
でも軍人なんだ。
今までだって酷い怪我をしてた。
大体佐官のクセに現場に出過ぎなんだよ!
自分に何かあったらどうすんだ!
腹の傷だって危なかったのに。

あぁ、また暗い瞳をしたりしてないだろうか。
ヒューズ中佐(今は准将か。)の傷もきっと癒えてない。
あいつの闇をそばにいて少しでも消してやりたい。
でもオレにもするべきコトが有って。
アルの為に生きることをやめるわけには行かなくて。

だからオレにはあいつに言えない言葉がある。
『愛してる』の一言だ。
言ってしまったらきっとオレはあいつにしがみついてしまう。
アルのこともオレの躰もほったらかして。
そんなことは出来ない。
そんなことは許されない。
アルの躰を失わせたのはオレだ。
オレは最悪このままでも、アルの躰だけは取り戻さなくては。
その為にオレは生きていかなければ。
だから言えない言葉。
「オレもあんたを『愛してる』。」
言ってしまえば全てを捨ててあいつのそばに留まってしまうから自分を戒めるために言えない言葉。


「久しぶりね。エドワード君。」
相変わらずきりりとしたホークアイ中尉に逢って挨拶をする。
ちょっと含みのある顔をして、中尉はオレに言った。
「申し訳ないのだけれど、大佐のことをお願い出来ないかしら?」
「え?なにを?」
中尉の方がよっぽど安心して大佐を任せられるのに?
「あなたも分かっていると思うけど、大佐には心の傷が有るわ。
そして最近ではヒューズ准将のことも。」
「あぁ。そうみたいだな。」
「それを癒せるのはあなただけなのよ。」
は?なんでオレ?
「あなたがそばにいれば、大佐の傷は…。
 いえ。本当に傷が無くなることはない。
 でも忘れられるのよ。」
オレの肩にぽん、と手を置き
「明日は休めるよう手続きをしておくわ。
 本当に申し訳ないのだけれど、大佐をお願いね。
 強いけれど優しすぎる分、本当は脆い人だから。」
疑問を抱いたオレをおいて中尉は去っていった。
なんだ?
大佐に何があったんだ?


いつものようにノックもしないで執務室に入って行った。
机に座って組んだ指を顎に当てたあんたは微動だにしなかった。
息をしているのかすら疑問に思うほど。
あ?
何を考えているんだ?
そんな暗い顔して。

そばに行って顔を覗き込む。
こんな闇の深い瞳は初めて見た。
背筋にぞっと寒気が走る。
これが
生きている
人間の
瞳?

生きて…。
いるんだよな?
こっちの躰が凍るほどの
闇い瞳。
こいつの
闇。
浸食。
こいつは今闇に浸食されている。
ひっぱりあげなきゃ
コイツを
どうすればいいのかは分からないけど
なんとかしなきゃ
こんなのダメだ
こんな瞳をしていたら

死んでしまいそうで。

そっと大佐の頬に手をあてる。
なんの反応もない。
こいつがこんなそばに来て触れてんのに、なんの反応もしないなんて!
いつの間にオレの膝がガクガクと震えていた。
こいつの闇はこんなにも深い。
その事がオレを竦ませた。

「…おい、大…佐。」
声が震えている。
反応はない。
おい。
帰ってきてくれよ。
オレはここにいるよ!
腹に力を入れ、直面した恐怖と戦いながら大きな声で呼ぶ。
「大佐。おいあんた、大丈夫か!」
一瞬の間をおいて、大佐の躰がぴくりと動いた。

「大佐!大佐!大丈夫か!?」
「…あ?」
やっとオレの方を見た。
「『あ?』じゃねぇよ!なんて顔してんだ。あんた!」
「鋼…の…?」
「そーだよ!俺だよ!あんたどうしたんだよ!!」
そんな瞳をして!

しかしこいつの口から出た言葉は
「おかえり。」
だった。
は!?
ナニ言ってんの?こいつ。
「おかえりじゃねーよ!!」
すると怪訝そうな顔で
「おかえりだろう?」
とヌかす。
今までの顔が嘘のようににっこりと笑って。

こいつ。
おかしい…。
本当におかしくなっちまったのか?
「おい!大丈夫か!?大佐!!」
「なにを喚いているのだね。鋼の。」
まるでいつもの大佐に戻ったように…。
それが却ってオレを不安にさせる。
「なにをじゃないっつの!あんた今自分がどんな顔してたか分かってんのか!?」
「顔?」
「死んだような目ぇして!そんなに…闇い目ぇ…して…。」

オレにこいつをどうにかできるのか?
こんな闇を負ってしまった大人を。
オレはこいつを守りたいのに。
闇を少しでも消してやりたいのに。
どうしようもない不安に包まれる。

「旅先で哀しいことでもあったのかね?」
まるで見当違いなことを言いながら、オレの頭をなでる。
その手の優しさが哀しくて、否定することが出来なかった。
なんだか目の前の人間が壊れてしまっているようで、でもそんなことを認めたくなくて。
ゆっくりと抱きしめてやりたい。
「も、帰ろ?な?」
抱きしめられたいのはオレの方かも知れない。
とにかくもう、
怖かった。

「あぁ。帰ろうか。もう食事は摂ったのかね?」
「いや、まだ。」
「ではなにか食べて帰ろう。」
「ん。」
まるで平素のに振る舞うこいつはいっそ上機嫌といった様子で。
とにかく今日はこいつをなんとかしてやらないと、とりあえずこいつのしたいようにさせようと思いながら軍を後にした。


オレがいない間に出来たらしい店に行く。
食事の間、いつものように旅の様子を聞いてくる。
今まで話すことは避けてきたけど、今日はとりあえずこいつの希望はなんでも叶えてやりたかった。
心配を掛けない程度にかいつまんで話す。
会話の端はしに、かすかな表情の変化にこいつの綻びを探しながら。
「今日は泊まっていけるのだろう?」
「あぁ。あとあんたの明日の予定、中尉が休みを入れたぞ。」
「ほう。珍しいこともあるものだ。」
意外だという顔で言う。
「…自覚がなかったみたいだな。」
思わずため息が出る。
自分で解っていなかったのか。
中尉が心配するはずだ。
「ん?なにがだね。」
「なんでもない。ごちそうさまでした!」
さてどうすればいいだろう。
この自覚のない大人を。


Act.2


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 摂取 > Turn E > Act.2
Act.2
大佐の家に入った途端、いきなり抱き寄せられた。
今までこいつの方から求めてきたことはない。
それがオレを不安にさせる一つでもあるんだけど。
いつもオレから求めるばかりで本当はこいつは厭々付き合ってるだけなんじゃないかと。
男が男にヤられるなんて、そりゃイヤだよな。
オレのために我慢させてんだろうといつも申し訳なく思ってた。
だからといって抱くのをやめることなんか出来なくて。

だからこいつの方からこんな風に求めてくれるのは嬉しい。
きつく抱きしめられて、キスを受けて、その間にもせわしなくこいつの両手が背中を這い回って、もっと深く舌を絡められ…っておい!
「ん…ふっ!ぁ…!ロイ!!」
どうしたんだろう?
やはり様子が変だ。
不安がよぎる。
「ん?どうした?」
自分がいつもと違うことに、きっとこいつは気が付いてない。
「や、どうしたはあんたの方!やっぱなんかあったのか?」
「いいや。なにも。それより君に触れたい。厭か?」
いや、うん。はっきり言われるとやっぱり嬉しいもんだな。
「イヤなわけないだろ?」
「嬉しいよ。」
また腕に力が入りキスしようとする。
「ちょっ!ま!…とりあえず寝室に行こう。な?ロイ。」
このままここで押し倒されそうで。
いや今日のこいつならやりかねない。
タガの外れた大人を諫めるように寝室へ向かった。

いつもより焦ったように服を脱がしてくる余裕のない顔が妙に色っぽい。
ベッドに倒れるように入ると、いつもはオレの下にいるこいつが上にのし掛かってくる。
「あぁ…。鋼の…。」
なんだよ?その欲しくてたまらないって声と顔!
今までにない激しい愛撫に戸惑う。
鋼の脚と生身との際に舌を這わせ吸い上げられ、逃げ出したいほどの快感に苛まれる。

「…ぁっ…!ロ…イ…も…やめ…」
もうダメだ、やめてくれと
どんなに懇願してもこいつは止めてくれない。
どうしよう。
オレ壊されそうだ。
こんなにオレを欲しがってるこいつは初めてで。
今までどれほど優しくオレに触れてくれてたのかが解ってしまって。

それでも逃げ出すことも出来なくて。
いや、こいつをおいて逃げ出すことなどオレには出来ないんだけど。
いやでもこの体勢って今日はオレが挿れられるってことか?
イヤじゃないけど。
でもオレこの躰にこいつを受け容れられるのかな?
出来るのかな?
ってか、男に挿れる方法知ってんのかな。こいつ。
無理矢理挿れられたらきついよなー。
(初めての時のこいつの様子を思い出してしまった。いや、アレだって充分手順を踏んだ上の行為だったんだけど。)
うん、こいつがヤりたいならそれでいいや。
オレの躰なんか。
死ぬわけじゃなし。

「なぁ。鋼の?」
霞んだ意識で思っていたら、声が聞こえた。
「ん…ん?な…に…?ロ…イ。」
やっとの思いで返事を返す。
「教えて欲しいのだが。君は私の口と躰と、どちらが感じるのだね?」
「んあ?」
なにを言ってんだ?
「君はどちらを好むのかと聞いているのだよ。」
「あ…。オレ…はロ…イを感…じたいよ…。」
だから今度はオレに触れさせて。
「そうか。ありがとう。」
そう言うとこいつはオレの上に跨って、いきなりオレを受け容れる。
「…!ロ…!」
無茶だ!
全然感じても解してもいないのに!

「んっ…!」
「は…ぁ…っ!」
おい!なにしてんだよ!
最後までオレを受け容れてしまった。
「きつい…か?どうしたらい…い?」
いや、どうしたらより、どうしたんだよ。
あ、でもすごく…。
「いや…。すごくあんたいい…。あっ!」
こいつのナカが痙攣してそれがオレに伝わる…。
「無理…を…するな…よ…。バカ…。」

まったくこいつは。
そっとこいつを傷つけないように気を付けながら上半身を起こす。
抱きしめてやらなきゃ。
そんな思いが浮かんで。
「どう…したんだ…よ。あん…た。らしくない…ぞ。」
オレの肩に額を乗せ、かすかに首を横に振るこいつが妙に力無くてかわいくて。

あれ?オレの肩に冷たい…涙!?
「…っ!ロイ!?」
「ん…っ?なんだね…?」
「なに…泣いてんだ?そんなに苦しいのか?」
「え…?」
うわ。そんなにきつかったのか?
いや、やっぱいきなり挿れたらそうだよな。

「大丈夫か?…もうやめよう?」
これ以上無理させるわけにはいかない。
とりあえず終わりにしよう。
と思ったら
「厭だ!」
オレにしがみついて頭を振る。
「…厭だ…。やめない…。」

まるで駄々っ子だ。
こんなこいつは見たことがなかった。
なんだかかわいくて、こいつの望むとおりにしたくて。
もしかしたら、こうやって泣くことで自分の脆さを自覚するのもいいかな、ともどこかで冷静に思った。

「わかったよ。ロイ。やめないから。だから姿勢を変えよう。な?」
でもこれ以上無理はさせたくない。
「ぅ…。」
「ほら泣くなって。一遍抜くぞ。」
「…ヤだ。」
なんだ!?このかわいいコドモは!
「無理。大体この姿勢だとあんた重いんだよ。ほら、腰あげて。」
傷つけないように抜いてゆっくり仰向けにさせる。

「…欲しい。」
あー。そんな顔して言うなよ。無理してたクセに。
「落ち着け!あんたさっき全然感じないまま入れたろ?」
涙流してオレを欲しがるなんて、あんたオレを悩殺する気か?
「なぁ。オレだってロイが欲しかったんだよ。」
正直に告げる。
「だからオレにも触れさせて?」

出来るだけ優しくしてやりたかったけど、どうしようもなくこいつが欲しくていつもより性急な求め方になってしまったかも知れない。
「は…っ。…ぁあっ!」
いつも悔しいくらい抑えられる声が聞こえる。
嬉しい。
こいつが感じてることがオレに伝わってきて。
オレの『お守り』のヤケド跡に舌を這わせる。
「っ!そこは…っ!」
いつものようにこいつが厭がる。
「オレは…好きなの。これが。」

今日は遠慮しない。
だってこれは
「なにが有っても『ロイが簡単にはくたばんない証』だって言ってるだろ?」
「だがそ…こには触る…な…ぁぅ!」
「だからお礼言ってんの。」
今度もこいつを守ってくれてありがとう。
次に逢うときまでもこいつを守ってくれ。
とっくに神になど祈りを捧げることをやめたオレの祈り。

それからもっと快感を与えたくて、今までしなかったことを試みる。
きっと感じるはず。
こいつの屹立したモノに手を添え、舌で舐めあげる。
「や!そんなことしなく…て…んっ!!」
手が伸びてきたけどそれは頭に添えられて。
あぁ、感じてくれてるんだな。と思うとすごく嬉しくて
「はっ…!ぁ…っ!も…ぉ離…。」
段々躰の痙攣が激しくなってきて。
あぁ、もう少しだな。と慣れない行為の終わりを感じる。
「離…せ…。鋼…の。」

ほら。イっちまえよ。
オレがいつもあんたに陥落するように。
「っ…う!」
口腔に精が吐き出される。
やったね。
オレの口でもあんたを感じさせられたことが嬉しい。

「は…吐き出せ…これに。」
ティッシュを渡される。
「ん…。」
飲み込んでもよかったんだけど。
こいつの優しさをムダにしたくなくて。
「口を…ゆすいで来た方…が良い…。」
あぁ、キスすると自分のがね。
どっかで納得。
あれ?今までこいつが口をゆすぎに行った覚えがない。
ま、いっか。

ベッドに戻ると
「鋼の…が欲しい…。」
涙を流しながら聞き慣れない声で言う。
「あーもう。泣きやんだと思ったのにな。」
あぁ、こうやって闇を流すのもいいかも知れない。
でもなんてかわいいんだ。
この男は。

「ロイ、好きだ。」
耳元で囁くと小さく躰を震わす。(こいつは言葉に弱い。)
それでもいつにないこいつが心配だったので、いつもよりゆっくりをオレを差し挿れた。
「は…ぁっ!」
白い喉を逸らしてこいつが喘ぐ。
「つら…くない?」
大丈夫だろうか。
さっき無理をさせたようだし。

「ぁ…。」
恍惚とした表情で身を捩る。
それはまるで
「ロイ…。」
快感に躰が反応しているみたいで
「あ…感じて…る…?」
思わず聞いてしまう。

今迄こいつが快感なんて感じてないのは知っていた。
いつもオレが欲しがるばかりで。
いつもオレの欲に応えさせていて申し訳ないと。
でも。この顔って、この反応って…。
と思っていたら無言で頷く。

やっぱり感じてくれてたんだ!
うわ。すごく嬉しい!
「初めて…だな。挿れてる…ときにあんたが…感じるの。」
あぁ、オレだけが感じてるんじゃないのがこんなにも嬉しい。
もう果てそうな快感を我慢して突き上げる。

震える手がオレの鋼の肩を掴む。
右手を見ると強く握りしめていた。
こんな時でもあんたはオレを傷つけないようにしてくれるんだな。
でもその手を見たとき、初めての時の血を流した手を思い出してしまった。
考えるより前にその手を開かせ指を絡ませる。
もう、二度とあんな傷は作らせたくない。

それにしても今日のこいつの中は熱くて。
あぁ、オレを受け容れながら涙を流す姿って、視覚的にもものすごく訴えるモノがある。
眉をひそめて、薄く開いた唇が震えていて…。
時折痙攣とともに首を反らし白い喉を晒す。
うわぁたまんない!
その顔は反則だ!

こう言うのを男の色気っていうのかな。
全然女っぽくなんかないのに、すごく艶っぽい。
おまけに耐えきれないと言ったその声。
「あっ…ぁ…いいよ…っ…ロイ…!」
「鋼…の…っ!」
もうイきそうで、もっと感じさせたくてまた勃ち上がったモノに左手で触れる。
ほら。もっとイけよ。
オレがあんたを幾らでも抱いてやるから。


Act.3



clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 摂取 > Turn E > Act.3
Act.3
「ロイ…。」
どうやら抱かれたのはオレの方か?
と、こいつの胸の上で荒い息を整えていたオレの疑問はともかく。
伝えたかった言葉を告げよう。
「オレ、約束するから。」
「やく…そく?」
「そう。約束。『オレは絶対あんたの知らないところで死んだりしない。』」
「え…?」
ちゃんと聞けよ。

「それと、『絶対あんたのところに帰ってくる。』
 いつか躰を取り戻したら、ずっとあんたのそばにいる。」
「…。」
またこいつの瞳から涙が溢れてきた。
本当にこの大人は。
「あーもう泣くなって。
 だからあんたも約束してくれ。
 オレの知らないところで死なないこと。」
「ん…。」
「ほら、ちゃんと約束して。」
「ん…。」
「ほら!」

本当はこんな約束が意味を成さないコトなんてオレもこいつも知っている。
それでも約束させたくて。
『オレはこいつの知らないところで死なない。』
だからオレを心配して、身動きが取れないことなど無いように。
『こいつはオレの知らないところで死んだりしない。』
本当はオレがこの約束を欲しいだけなのかも知れない。
なにせやたらと現場に出てきたがる、この野望がある割には身内に甘すぎるこいつの行動に。
いつも不安にさせられてしまうから。
「ん…。約束する。」
それは違う明日に歩き出すオレ達の懇願。


なんだか脆いこの大人がかわいくて愛しくて
躰を洗ってやろうかとか思ってしまって、初めて一緒にバスルームに来た。
今までは恥ずかしかったけど。
そっと出来るだけ丁寧に洗ってやる。
「躰を取り戻したら、軍を去るのか?」
こいつが聞いてきた。
「んー。そうだな。」
あんたのそばにいるとしか考えてなかったな。
「軍を辞めてただの錬金術師になるのもいいな。
 今度はそれこそ『大衆のために』さ。」
師匠のように。
「でも、軍に残ってあんたを補佐するのもいいな。
 ま、そんときになんなきゃ分かんねーけど。」
こいつの手助けが出来るならそれもいい。

「…。辞めたまえよ。軍など。」
なんか悲痛な声が聞こえた。
「ん?」
「我慢するのは君が躰を取り戻すまでだ。」
え?
「ロイ…?」
「君が取り戻したら、もう放さない。危険な目に遭わせない。遭わせたくないのだ…!」
あぁ、あんたはそこまで考えていてくれるのか。
また白い肌に涙が伝って。

「ロイ…。」
こんな男も好きだけど。
「ずっと…ずっと私のそばに…」
「ん。わかった。」
左腕を頭に添え、涙を唇で受け止める。
「ずっとあんたのそばにいるから。」
「約束…だ…ぞ…。」
「あぁ。約束だ。必ず守るから。な?」
「鋼の…。愛している…。」
「ん。オレもあんたが大好きだよ。」

ごめんな。
『愛してる。』って返せなくて。
胸に痛みが走る。
ごめんな。
あんたが好きだ。大好きだ。
それでも。
こんなときでも。
『愛してる。』とは言えないんだ。
あんたは言ってくれるのにな。
いつか必ず言うから。
きちんと
『愛してる。』って。
それまで待ってくれよな。

視線を誤魔化したくて、男の頭を抱きしめる。
オレの前で弱さを晒して泣くこいつが愛おしくて嬉しい。
こうやってこいつの弱さを受け止める人間にずっとなりたかったんだ。
いつか『愛してる。』って言える日が来たら、ずっと一緒にいような。


翌朝起きたらやっぱり男は起きて朝食を作っていた。
いっつも思うけど、なんでこんなに朝から作るんだ?
軍人ってのは随分重労働なんだな。(そうは見えないけど。)

かわいいあんたに朝のキスをと近づいて瞳を確かめる。
よかった。闇が消えている。
しかし同時にかわいさも消えていた。
なんだよ。そのいつものふてぶてしさは!

「ナニを考えているのだね?鋼の。」
思わずため息が出る。
「あーあ。昨日のあんたは珍しくかわいかったのに。」
訳わかんねぇって顔すんなよ。
覚えてないのか!?
あんなに。
あんなに。

いっか。
こいつが元気になったんなら。

それに感じるようになったと解れば、これからは何度でも抱けるわけだし。
今までは一夜に1回で我慢してきたからな。
今日はまだ一日が長い。
この大量のメシを食ったらバスルームへ誘ってみよう。


「無事に不足していた栄養はとれたようね。」
翌々日中尉はうって変わってご機嫌な大佐を見、安堵のため息を漏らした。



            fine


060509


こういうのを「誘い受け」っていうんですかね。
朝食は勿論、豆の来たときだけ品数多く作る大佐でありました。
沢山食って大きくなれよと。


Turn Rへ戻る


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 幕間
幕間
(ごめんなさいなギャグ)
08.8.8up
「はぁー。」
いきなり執務室のソファーに埋まっていた少年が溜め息をついた。
「どうしたのだね?」
ホークアイ中尉に厳命された書類に眼を通しながらも少年の様子が気に掛かって訊ねた。
「あぁ、他のサイトさんの大佐って、感じやすくていいよな。」
ばさばさ。
手に持った書類を思わず落としてしまった。
えっと、それって…?

「な…なにを根拠に言っているのだね?」
落ちた書類をかき集めながら訊ねてみる。
内心の動揺などもう分かっているのだろうが、ここは取り繕うことにしようと決めた。
「だってさー。他のサイトさんの大佐はもっとヤってるときに感じてるぜ?」
少年がどんなサイトさんを覗いているのかが分からない。
なにしろ私は少年を愛するだけで手一杯で、他のサイトさんを覗いたことはあまり無い。
少年はどのサイトさんを差しているのだ?複数なのか?
というか、そんなヒマが少年にあるのか?

「いや、私はよく知らないけれど、私が『受』というサイトさんは少ないと聞いているのだが?」
それがなんだと言われるとどうしようもないのだが。
「ん。そうなんだけどさー。でも、うちみたいに大佐が痛がるのって少ないみたいだぜ?」
こともなげに言われる。
たしかに自分でも常識に囚われているというか、苦痛が大きいと思うときがある。
しかし私はそれでも快感を感じているぞ?
「ふ…不満…かね?」
肯定されたら立ち直れない質問をぶつけてどうする!自分!!
とは思いつつも聞かずにはおれなかった。
「いや。ぅんなんじゃーねーけどさ。
 あんたがあんまり辛そうだから、もっと手早く気持ち良くなってくれればいいなって思ってさ。」
私の躰を想ってくれる少年の気持ちが嬉しかった。

「しかしなぁ。それは作者の趣味だと思うぞ。
 ヤツはなにしろ『てめぇが痛いのは大嫌い』なくせに『苦悩と狂気』をこよなく愛する変質者らしいから。」
「え!?そうなのか?
 じゃ、大佐がやたらと犠牲っぽいのも、苦しそうなのも作者の趣味なのか?」
「だろうな。しかも『りあるていを追求したいお年頃』などどヌかしているようだし。
 タダでさえ人が狂気に走る様を書きたいとかいう願望を持っているらしいぞ。」
「それでいて『自分の作品は[せつな系]』とか言いやがるタイプか?」
「そうかも知れんな。」
「はぁぁ〜。もっと痛がらずに大佐が感じるようになるには作者の趣味を治す必要があるのか。」
心底ぐったりしたように言う少年の様子に思わず笑みがこぼれてしまう。

「まぁ、それについては君が研究してくれるのではなかったのか?」
「え?」
少年が私を見る。
「以前言っていたではないか。私たちの初めての時(「蝕」参照です。)に『オレ、もっと研究してくる。あんたが気持ち良くなるように!』と。」
冗談でかつての少年の言葉を言ってみる。
しかしそれを受けた少年は当然のように言う。
「そうなんだよ。いっくらその辺の研究本を読んでもさ、今一つ実感できないし。
 いっそソレ用の人形でも使って研究しようかと思ってるんだけどさー。」
はいぃ!?
「鋼…の?」
「ん?なに?大佐。」
「それは本気で言っているのか?」
冗談だろう?という願いを込めて問うてみる。
「は?あったり前じゃん。オレ、あんたをもっと感じさせたいよ。」
「いや、その気持ちは嬉しいのだが『その辺の研究本』とか『ソレ用の人形』とは?」
「え?だってもっとあんたを感じさせたくてさー…」
「鋼の!!」
「え?」
「え? じゃない!君たちにはそんなムダな時間があるのか!?」
「は?」
「いやだから、『は?』ではなくて!
 それより君たちにはその前にすべきことがあるのではないか?」
「大佐…?」
「いつでも君たちの目的が達成されたら私の躰で研究でもなんでもすればいい。
 しかし今の君にはもっと大切な目的が有るのではないか?
 君たちの躰を取り戻すという!」
「あー。」
ぽん。と手を叩いて不抜けた声を少年が挙げる。
がっくり。と思わず肩を落としてしまった。

「とにかく、私のことはどうでもいいから、自分たちの躰をなんとかしたまえ!!!」
あらん限りの声で怒鳴ると、少年が脱兎の如く執務室を走り去って行った。
残されたのは私と、少年の後ろ姿を認めてから部屋に入ってきた副官。


「中尉…。」
「はい。なんでしょうか。」
いつもながら冷静な副官の受け答えが頼もしい。
「子供が間違った方向に行こうとしていたら…。」
「それを諭すのが大人の役目ですね。」
言いたかったことを見事にトレースしてくれる副官に改めて感謝と感嘆を覚えつつ
「その役目に今、妙なむなしさを感じて仕方が無いのだが…。」

しばしお互いの無言が続いたところで副官が口を開いた。
「それは大佐とエドワード君と大差が無いと言うことではないでしょうか?」
意外な言葉を告げられた。
「それはどういう?」
と問えば
「少しは私の大佐に対する『そんな時間があったら仕事を進めろ。』という気持ちを分かって下さいましたか?」
もっと耳の痛い言葉を貰ってしまった。
「…善処しよう。」

結局私は少年にも副官にも敵わない人間なのだと知った夕暮れであった。


         fine



060629


ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいいぃぃぃ〜。


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 >
(ヤってるときのエドVer. 「虚」と対になってます。)
08.8.8up
※ ロイVersion 「虚」と対になっています。



「彩」
先が触れる。
苦痛を前に閉じられた瞳。
安心させたくて指と指を絡める。
「ロイ…。」
耳元で囁くと震える躰。
少し力が抜けたところでオレを差し挿れる。
きつく寄せられる眉。
せっかく朱に染まっていた顔が彩(いろ)を失っていくのがいつもながらイヤだ。
少しでも痛みを紛らわせてやりたくて
「ロイ…好きだ…。」
胸に囁きとキスを落としてやる。

最奥までたどり着く。
引き結んだ唇までが彩を失っている。
「おい、息を止めんな。」
力を抜け。と言っても理解をしないこいつに、いつものように告げる。
キツ過ぎるのはオレもつらいんだって、知らないんだろうな。
思い出したようにそれでも細く呼吸を始める。
いつもイヤミで偉そうなこの男は変なところで従順だ。

寄せられたままの眉。
痛みに震え息を通すほどにしか開かれない唇。
食いしばったままの歯。
こめかみに一筋流れる涙。
ただ苦痛に耐えるだけの顔。
こんな顔も嫌いじゃない。
オレに抱かれているときの顔だから。

「動くぜ。」
小さく頷く仕草が可愛い。
そんなに苦しいくせに。
早く苦痛を和らげたくて、快感を引き出したくてオレは強引に動き出す。
苦痛の呻きをかすかに乗せて挙がる息。

「ふ…。」
苦痛に強張っていた躰が弛緩する。
蒼白だった耳朶が、それから目尻が頬がまた紅く染まり始める。
白い肌に朱が差してすげえ綺麗だ。といつも思う。
ようやく緩んだ歯の間から覗く舌がなまめかしい。
混じり始めた吐息までもオレのものにしたくて、深い口づけを交わす。
今度は快感に耐えるために寄せられる眉。
オレだけが知っている好きな顔。

ようやく眉がゆるまって
「はぁ…ぁ…っ」
押し殺しきれない微かな喘ぎがオレを更に煽る。
「もっと…声を出せよ…。」
まだダメなのを解っていながら言ってみる。
もう少し、感じさせて理性を剥ぎ取らないと。
でもそんなのは簡単で。
「あぁ…ロイ…。あんたの中、熱くて…。いいよ…オレすげえ感じる…。」
こいつは言葉に弱いから。
「…っ!あ…!」
ほら。もっと紅く染まって啼き出した。
なんて可愛いんだ。こいつは本当に。

シーツに押しつけるように横を向いていた顔を反対側へ向ける。
それを何度も繰り返して、
快感に躰を捩って、
時々大きく喉を晒して、
甘い声がオレを蕩かして。
もうすぐだ。
もうすぐ。
情欲に濡れた瞳がオレを見つめるのは。
感じるところを擦るように突き上げる。
横を向いていた顔がオレに向く。
ほら、ゆっくりと目蓋があがって。
まるで漆黒の宝石のようだ。
これがオレの一番好きな顔。
そしてオレを呼ぶんだ。
「…ぁ…鋼…の…。」
これがこいつの合図。

「も…イきたい…?」
解ってるけど、聞いてみる。
「ん…。」
オレの応えは状況によって変わる。
久しぶりに逢えばやっぱ余裕ないし。
もっとこいつを感じさせていたい時もあるし。
一度終わらせてもう一度、という選択肢も最近はアリになったし。
そんなオレに合わせるための優しい問いかけ。
そういう合図。

ほんっと、どこまでこいつはオレに甘いんだか。
オレはもっとこいつを悦楽に溺れさせてみたい。
こんなオレへの気遣いなんか出来ないほどに。

とりあえず今日はまだまだこいつを感じたいから
「ダメ…だ。オレまだ足りねぇ。」
「ん…」
「でも…とりあえずあんたイっとけ。」
「…!鋼…!の…」

いつも一緒にイくことはないんだよ。
と言ってもなんだか納得しないこいつをとりあえずイかせとこう。
こいつのモノに手を這わせながら、とりあえずイかせとこうと。
今日はそういう気分。
あぁ、そういう戸惑いを浮かべた顔も好きだ。
昼間は滅多に見られないからな。
ほら、なにも考えずに感じろよ。
オレの知らない顔をもっとオレに見せてくれ。


       fine


060622



ヤられっぱなしザンスね、大佐。
そしてエドは繋がっている時の涙を唇で受け止めたいんですが、哀しいかな身長差でそれができません。


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 >
(ヤってるときのロイVer. 「彩」と対になってます。)
08.8.8up
※ エドVersion 「彩」と対になっています。


「虚」


「なぁ…。咥えてるトコ、見せて?」
ベッドサイドの灯りを点けた少年が上気した顔で言う。

私を抱いているときに少年はそれらをよく見たがる。
言われたように少年のモノを口淫するのを見られるのも、快感に乱れる姿を見られるのも本当はかなり羞恥心をそそられて苦手だ。
少年はそれをよく知っている。
(抱いているときに言葉で私を煽るのもその現れだろう。)
しかし彼の願いは全て聞き入れたい。
むしろ彼が要望を口にしてくれることが嬉しい。
彼の思うとおりに出来るから。

少年に抱かれる。
それは愛されていることを躰でも感じられる至福の時であるが、同時に同性であることをまざまざと思い知らされる時でもある。

私にはやわらかく脹よかな胸もない。
彼を受け容れるべき本来の器官も持っていない。
少年の相手には似付かわしくない、鍛えられた傷だらけの軍人の躰。
それにいつも本当に欲情してくれているのか不安になる。
いつ彼に女性との正常な行為に目覚められてしまうのか。
いつ彼に飽きられてしまうのか。

女性のように自然に受け容れられる躰でないなら、せめて彼の望む通りにしたい。
だから少年の要求を受け、その通りの行動をしてみせることしか私には出来ない。

「ほんっと、あんたって…いつもは偉そうなクセにベッドじゃ従順だよな。」
その笑顔に嘲る色がないことをいつも確認してしまう。
言われた通り顔を向けて彼のモノを頬張る私の髪を優しく撫でてくれる。

最近は嘔吐(えづ)くことなく、咽の奥まで受け容れられるようになった。
ディープスロートと呼ばれるソレを女性から受けたことは、私もそれほど多くはない。
しかし強烈な快感を産み出すことを知っているからこそ体得したそれは、女性がするよりも男性が施す方が喉仏が刺激する分、余計に快感を与えられると聞く。
それが本当ならばこの男の躰であるからこそ、少年を悦ばせることが出来るのだろうか。
だとしたらそれはとても喜ばしいことだ。

咽深くまで咥えたために顔を見せられなくはなったが、不満の声は聞こえなかった。
「なあ?」
今度はどうしたのだろう?
口腔にまで少年のモノを戻して少し顔をあげた。
「顔に掛けてもイイ?」
いつもは飲み下していたが、そういうことをしたがる年頃か?
過去の自分を思い出し、少し可笑しかったが咥えたままで頷いた。
「ん。じゃ、も少し咥えてな?」
まだ少年が達せないことは触れている私にも解っている。
また咽の奥まで咥え込み、きつく咽を絞めて抜き差しする。

「あ…っ!ロイ!」
声が聞こえたと同時にそれを離し、射たれた液体を受ける。
生温いというよりも熱く感じるそれが勢い良く顔にあたり、垂れていく。
ああ、目を瞑らない方が少年はよかったのだろうか。
小さな後悔をしていると
「ごめんな。イヤだったか?」
気遣わしそうな声が聞こえた。
何を言っているのだろう?
少年が望むことで厭なことなど有りはしないのに。
「厭ではないが。
 これは…どうしよう?」
顔から垂れて落ちる液体を指で掬って舐め取った。
少年の放ったモノをただ拭き取ることなど惜しくて。

「そんなことしなくていいって!」
慌てて拭ってくれようとするが、もったいないじゃないか?
つい、と顔を少年の手から逸らす。
「いつもあんた、飲むと咳き込んでるからさ。
 だから…いや、見てみたかったってのも事実だけど…。」
私を思い遣って言ってくれていたのか。
少年の優しさに胸が暖かくなる。
「君のを飲むのは嬉しいが?
 で、ご覧になった感想はいかがかな?」
嬉しさを押し隠して笑って返すと、紅い顔をした少年が
「オレのなんか飲んで楽しいかよ?
 えー、すんげぇイヤらしくて堪能しました!
 ホント、凄く艶っぽくてイイぜ?
 あんたの顔。」
それでもにやりと笑って言う。
「精液にまみれた男の顔がか?
 ご婦人の方がそそるだろう?」
ああ、言わないようにしていたのについ口から零れてしまった。
なんだか情けなくなって、脱ぎ捨てた自分のワイシャツでそれを拭い取った。
顔を見られないように。
「あ?あんたの顔だからオレはそそられるんだけど?」
君はそう言ってくれるが。
自己嫌悪で言葉が紡げなかった。

「次はあんたな。」
少年が黙ってしまった私の躰を引き上げて仰向けに転がす。
小さくても(と言えば暴れ出すのだろうが)鍛えている少年の力は強い。
年に見合わない程の筋肉質な肉体も私が愛するものだ。
一番は金色の強い光を放つ瞳だが。
「君はそんなことをしなくていい!」
私のものを咥えようとした少年を慌てて引き剥がす。

何度か少年にもしてもらったことはあるが、なるべく断るようにしている。
男の身で咥えることなど屈辱的だろうから。
(私は愛する少年のモノを口淫するのはもちろん厭ではない。)
女性を抱くのであればしなくて済むことを、少年がする必要はない。

「なんで?」
不満そうに言われた。
「私はいいから。」
理由を誤魔化すために一つ呼吸をして(なにしろ恥ずかしいのだ)
「もう…欲しいから。」
やっとのことで告げる。
顔が熱い。
きっと真っ紅に染まっていることだろう。
それを本音の為と捉えた少年が上機嫌になる。
よかった。

「じゃあ俯せになってな。」
私の腕を引いてひょいとひっくり返す。
四つん這いになると
「腕はいいから。」
楽しそうな声とともに背中を押され、顔をシーツに埋めさせられた。
上半身をシーツに付け、腰だけを上げる姿勢は恥ずかしくて本当に厭なのに。
「…っ!」
思わず抗議の声をあげそうになる。
「なぁ…イヤ?」
知っていて少年がワザと問いかけてくる。
「…。…厭では…ない。」
少年に抱かれて初めて口にするようになった言葉だ。
今までの私には言う必要の無かった言葉。
厭なら厭とはっきり言ってきたし、いいのならいいと言えば良かっただけのことだったから。
ここで「好きにすればいい。」などと口にしたら、優しい少年はすぐにでもやめるだろう。
それは解っている。
だからこそつい
「厭ではない。」と答えてしまう。
彼の好きなようにして欲しいから。

「ホントにあんたって…。」
苦笑するような声が聞こえたが、シーツに頬をあて黙って瞳を瞑った。
ぬるつく粘液を絡めた指が後孔に触れてくる。
一番苦手で、最も少年に申し訳ないと思う時間だ。
女性のように感じれば濡れるということのない躰。
用意をしなければ受け容れることすら不可能な躰。
それを思い知らされてしまうから。
少年に手間を掛けさせるのが申し訳ないので、自分で済ませてくると言っても聞いてくれたことがない。
「オレがしたいんだからやらせろよ。」
いつも笑って言う。
それはやはり少年の優しさなのだろう。

「…ァ…ッ!」
胎内の感じる部分を少年の指が触れてくる。
話には聞いていたが、これを体感させたのも少年だ。
抑えようも無く躰が揺れ、それにつれ腰が猥らに動いているのを少年に見られている。
理性が壊れそうなほど感じているのは事実だが、それ以上に眩暈がするほど恥ずかしい。
こんないい年をした男が乱れているのを見て、呆れないのだろうか。
私だったら萎える。
少年以外の男なぞ裸を見るのもごめんだ。

「もう…鋼の…。」
見られたくない。
せめて挿れている時は背中を見られるだけで済むだろう。
そんなことは既に思考の片隅でしか考えられていないのだが。
少年に触れられれば触れられるほど生じる、この圧倒的な焦燥感と欠乏感はなんなのだろう。
少年が欲しくて堪らない。
貪欲なまでの欲望。
今まで知らなかった感情。
少年が私に植え付けたのか、もともと有ったその存在を知らしめたのか。

「もう…いい?」
少年の息も乱れている。
ああ、よかった。
今日も私に欲情を抱いてくれているようだ。
「ん…。」
小さく頷くとそっと熱を押し当てられる。
「挿れるぜ?息を止めるなよ?」
少年を受け容れるべく、覚えた呼吸で痛みと躰の強張りをなるべく逃していく。
抱かれる悦びに比べればささいなことだとは思うが、それでもこの時の苦痛が無くなることはない。
少しずつ挿れては動きを止め、少し戻してはまた私の強張りが緩むのをまって少し進めてくる。
最奥まで収めるのに焦れったいほどの時間を掛け、私に負担を与えないようにしてくれる。
少年に気を遣わせ、思うように欲望をぶつけることなく我慢させてしまうのがいつもながら申し訳なく、また厭だと思う。
私の躰など壊れても構わないから、いっそのこと自分の思う通りにしてくれればいいのに。
女性であったらさせないで済む苦労を強いているのだと再び思い知らされる時だ。

少年を受け容れる悦びと苦痛と申し訳なさで、いつも涙が零れるのを止めることが出来ない。

「もう…動いてもいいか?」
いつものように最後まで挿れてからしばらく時間を置き、私の内部が馴染むのを待った後で気遣わしげに聞いてくる。
泣き声を聞かれるのが厭で、黙って頷くと
「つらかったら言えよ?」
優しく背中を撫でてくれるのが嬉しいが哀しい。
女性だったらこんな気を遣わせることもないのに、と。

それでも少年が挿送を繰り返すと、すぐに増す苦痛は躰の奥から生じるより大きな愉悦に取って代わられる。
「…ァ!…ん…ぅ…」
押し殺しきれない声があがってしまう。
「ああ…ロイ。」
魘されたような声が更に私を煽り、躰の熱が上がる。

抜き差しされるまま揺れる躰の下腹にそっと手を添えた。
ここに少年のものが入っている。
少年を身に収めて心の底から感じる嬉しさ。
これはきっと受動の性を選んだときから、私の内に生まれたおんなの気持ちと同様のものなのだろう。
身を委ねる少しの怖さと、それを全て征服される悦び。
それは少年が私に与えたもの。
思えば私の躰に男を受け容れることを教えたのも、男に与えられる快感を教えたのも少年だった。

それでもこの行為に意味など存在しない。
今以上のものを育むことのできない関係。
これ以上のものをなにも少年に与えられない関係。
私の躰には少年が与えてくれるものに等価交換できるものが何もない。
彼が触れれば痺れるような快感を得る胸も、その存在に意味はない。
女性のように男性を惹きつけるなだらかな隆起もなく、授乳することも出来ない。
少年が精を放つ胎内にも、なんの存在意義もない。
ただの排泄器官だ。
少年の精を受けて子を成すことも出来ない。
意味のない器官。
意味のない躰。
意味のない私。
少年に愛される意義のない私。
それでも少年を欲しがるのは原則に反する私の我が侭でしかないのだ。

「あ、ほら。自分でするこたないって。」
私の手が自分の快楽を追っていると勘違いしたのだろう。
彼の手が来る前に下腹に充てていた手を慌てて自分のモノへと動かした。
少年を受け容れて悦びに浸っていたなどと女々しい自分を知られたくないから。
切ない虚しさに苛まれていたことなど、もっと知られる訳にいかないから。
別の意味で等価交換の原則に反して優しさを私に与えてくれるこの少年に。

そっと私の手を外して少年の手が私を更に追い上げていく。
幽かに残っていた理性を手放して、少年の与えてくれる悦楽に溺れることにした。
もう何も考えずに少年を感じたいから。
「ん…。ァ…ン…ッ…」
「声…抑えるなって…。」
滲んだ意識に聞こえて来る声。
ああ、少年が望んでいるんだ。
声を…。
それでも嗚咽に似た声をあげることに躊躇してしまう。
「イイよ。ロイ。すげえ感じるよ。あんたんナカ、熱くてすごくイイ…。」
最後の枷が少年の言葉で外される。

「ぁ…!ぁア…ッ!」
自分の耳を塞ぎたい程の淫らな声で啼いてしまうのを抑えられない。
くちゅぐちゅと、喩えようもない淫靡な濡音が少年を受け容れている箇所からあがる。
その音にさえ煽られて堪らない。
何度も快楽を産む箇所を擦られ突かれ、抑えられずに躰がひくつく。
その度にまた嗚咽に似た猥らな声を更に張り上げてしまう。
も…う…限界だ。
精神と違い、素直な躰が悲鳴をあげていた。
「ぁ…!ァ…鋼…の…!」
もう少年には解ってしまっている。
私が彼を呼ぶときは達したくなった時だと。
「ああ、イくぜ?」
一際激しく突き上げられて、押し留めることも出来ずあられもない声をあげ続けて背を反らす。
「ァ…!ぁ…くっ!鋼の!」
びくびくと躰を痙攣させて飛沫を迸らせた。
同時に内部を濡らされ、更に躰が震える。
躰の奥底から溢れ出る悦び。
彼の熱い精を受けて感じることはその一つだけだった。

「あ…ロイ…好きだ。」
達した後の荒い息の中、譫言のように告げられる言葉が性感帯に触れられる以上の快感を私にもたらす。
ああ、嬉しい。
今日も君が私で感じてくれたことが。

「私も君を…愛している。」
そう告げた後、まだ大丈夫だろうと思っていた私の躰が、つと意識を手放しそうになった。
「…?」
戸惑った視線を向けた私に返ってきた言葉は
「中尉が最近あんたがちゃんと休んでないって言ってたぜ。
 後始末はオレがするから、眠れ?」
いつの間に副官と交わされていたらしい内容だった。
甚だ不本意ではあったが、久しぶりの安堵とともに訪れた眠気に抗うことは難しい。
「明日も…まだ旅には出ないか?」
という問いかけに
「ああ。
 明日は休みを貰ったからゆっくり眠れよ。
 オレが側にいるからさ。」
私の愛する笑顔とともに返されてしまっては、私に嫌も応もない。
「ん。愛してるよ、鋼の。
 お休み。」
「ん。お休み。ロイ。」
優しい口づけを目蓋に受け、ついぞ覚えたことのない安らかな眠りに私は落ちていった。
少年の熱を躰に感じながら。

愛しているよ。
鋼の。
明日もまだ…君は私を愛してくれるかい?



          fine


061210


んな理由で大佐はベッドでは従順です。
って、どんだけあんた、自分に自信がないのよ?
んっとーにうちの大佐はヘタレで…。


「慈」へ


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 >
(「虚」の続き。どーしようもなくグダグダなロイ)
08.8.8up
「虚」の続きになります。


  「慈」


ロイ・マスタングという男は、彼が快楽を求めて女を抱く頻度と異なり『異性間の性行為=生殖行為』と捉える男であった。
しかし(ある意味、それ故にとも言えるが)彼は自身が粘液を分泌する前から避妊具を付け、女性の胎内に精を残すことはしなかった。
自分の子孫など残そうと希望することもなく、どちらかと言えばそれを嫌悪する傾向にあったからである。

むしろその観点で言えば、彼の志向には同性同士の性行為が適していたのかも知れない。
しかし(鋼の錬金術師ほどではないが)年若くして国家錬金術師となった彼に、性行為を強要できる男はいなかった。
イシュヴァール内乱では極端に女性兵士の足りない状況で、見目麗しい青年兵士は同性の慰み者になることも多かったが、彼自身の持つ能力とヒューズの尽力により彼がその対象とされることがなかったのだ。

それ故、彼は自分の躰に同性を受け容れるという経験のないままに年月を重ね、少年により初めて躰を開いたのだった。
それは今まで彼の知ることのなかった愛情に基づく行為であり、苦痛を伴うとはいえ彼自身をいたく満足させるものであった。
しかし同時に初めて自分の存在に関して自信を持てなくなるという事態を引き起こすこととなり、それは慣れ無さ故に彼にとってかなりの精神的負担となっていた。


   ****************************


「あんたって、どうしていつもそうなんだ?」
ようやく息が収まって来た頃に少年が言った。
休日をゆっくり少年と過ごし、戯れるように抱き合った後のことだった。
その呆れたような声色とは異なり、私の髪を撫でる少年の表情には優しさしかなく。
「?」
理解できない私に溜め息をついた。
何か少年の気に沿わないことが有ったのだろうか。
不安な顔になってしまったのだろう。
「そんな顔すんな。
 オレはあんたに満足してるぜ。
 もう少しあんたも我が侭になれよ。
 オレにして欲しいこと、少しは言えってこと。」
安心させるように微笑んで少年が言う。

少年にして欲しいこと。
それは私を愛して欲しいと言うこと。
私を捨てないで欲しいと言うこと。
「私は…君の好きなようにして欲しい。」
それしか私には無いから。
「あー、もう。
 それってすんげぇ嬉しいし、めちゃめちゃそそられるけどさ!
 って、そうじゃなくて!」
あーもう。と繰り返し、頭をガシガシと掻いている。
今日の少年はどうしたというのだろう?
今までこんなことを言われたことはなかった。
なにか彼の気に入らないことをしてしまったのだろうか。
「なにか…不満が?」
恐る恐る聞いた私に苦笑した少年が
「オレはあんたに不満なんかないって。
 や、もちょっと我が侭を言って欲しいっていう不満はあるけどな?」
腕を廻して優しく抱きしめてくれる。
ああ、少年に抱きしめられるのが好きだ。
一番落ち着ける、安心できるこの空間。
幸福な場所。

「あのさ、オレはあんたと、こ…恋人…同士だろ?」
若干の照れがあるのだろう。
上気した顔で少年が言う。
「オレはあんたと対等じゃないさ。」
対等ではないとも。
私は君には相応しくない。
「オレはあんたを護りたいと思ってるけど、結局護られてるだけだ。
 あんたは大人で、オレの後見人で、軍でも大佐って地位にいて。」
「…。」
「でさ、オレはまだガキで、禁忌を犯したせいで片手片足の役に立たない、あんたに釣り合わないホントの子供だ。」
「それは違う!君は…。」
言いかけた私を制して君が言葉を続ける。
「でもな?オレはあんたが好きだ。
 年が離れてて同性で。
 そんでも好きになった人間があんただったんだ。
 あんたもそう思ってくれてんだろ?
 ならオレにばっか合わせてないで、もっと要求しろよ。」
ああ、こんな時でも君の瞳の生命力は強いのだな。
そんな場にそぐわない感想を抱いた。

私はその瞳に恋い焦がれているだけの愚かな男だ。
いつ、君に捨てられるのかと怯えている。
「私は…今以上、君に望むことはない。
 できればもっと君が私に要求をしてくれると嬉しいが。」
そうすればもっと君の望むように出来るから。
そう思って正直に告げたのだが、これは少年にとっての正解ではなかったようだ。
「オレがして欲しいことじゃなくて、あんたがして欲しいことをもっとオレに言えって言ってんの!」
怒っているのだろうか。
どうしよう?

「私が…して欲しいことを言えばいいのか?」
問うた私に勢い良く少年が応える。
「そ!そうだよ!
 あんた、オレが何言っても黙って言う通りにして。
 ホントはイヤだって思ってもそれを言わないで。
 そんなん大佐らしくないぜ?
 イヤならイヤってちゃんと言えよ。
 もっとオレに要求をしろよ!」
少年に要求…。
有る。
有るには有る。
しかし、それで呆れられて捨てられたらどうしようとしか私には浮かばない。

「…呆れられたら厭だから言えない。」
ぽそり、言うと肩を掴まれぐらぐらと頭を揺すぶられた。
おい。脳貧血を起こすからやめたまえよ。
激しい運動の後に頭を振るのは良くないと君は知らないのかね。
「呆れねぇって!言ってみろよ!」
言う前から呆れるかどうかが解るものか?
それは科学者たる錬金術師らしくない発言だぞ?
「もし呆れたら、要求を無かったことにしてくれるか?」
少年は少し考えているようだ。
「あの…さ。ものすごく変態的な要求だったりしたら、無しにするかもな。オレ。」
正直な返事が好ましい。
「ああ。そうなら無しにして貰えると私も助かる。
 私の要求は…。」
「うん?」
「君が…私を捨てないことだよ。」

しばらく無言の時間が続いた。
…どうしよう。
やはり私には過ぎた願いだったのだろうか。
同性で、こんな14歳も年上の男が願ってはいけないことだったのだろう。
やはりなかったことに…と言おうとした時、いきなり頬に張り手を喰らった。
「な…!鋼の!?」
痛い。
呆れたにしても酷い仕打ちではないか?
そんなに怒らせてしまったのだろうか。
傷ができたようで口の中に鉄臭い味がじわじわと広がった。
「あ…!悪い!痛かったか!?」
痛いよ。鋼の。
君は自分の機械鎧の攻撃力をなんだと思っているのだね?

無言で睨み上げると面白いように取り乱す。
「ごめ…!ごめんな!
 あんま、くだんないことをあんたが言うからさ!
 ああ!血ぃ出てんな。冷やさないと!」
呆れているわけでも、怒っているわけでもなさそうだ。
わたわたと暴れ出す躰を抱き留めてベッドに組み敷き
「それで?君は私の願いを叶えてくれるのかね?」
内心の怯えを押し隠して問うてみる。
傷のせいで少し滑舌が悪くなってしまったが、意味は充分通じたろう。
「あ?ナニ当たり前のこと言って!?
 オレがあんたを捨てるわけないだろ?
 どうしてそんなコト考えるんだ?」
「君が愛おしいから。」
それだけでは勿論ないが。

「あー。あんたさぁ。元々発想が暗いんだから、なんか悩んだらオレに言えって言ってるだろ?
 まぁた、つまんねぇこと考えてんな?」
(私は『爽やか』だと自認しているのだが)少年が『胡散臭い』と評する笑顔の私に、呆れたような声が掛けられる。
つまらないことだろうか。
私が女性の躰を持っていないことで、少年にいらぬ気遣いと忍耐力を強いることが?
「ナニ考えてんだか、言えよ。」
私に押さえ込まれながらもその瞳の力は強い。
射抜かれそうなほどに。
「何も。」
「嘘付け。」
「何も考えてはいないよ?
 ただ君に愛されていたいだけだ。」
それはそれは大それた願い。
私にとって。

「…オレはあんたに愛されてるってことに、いつも自信を持てない。」
溜め息を一つ付いた後に、意外なことを少年は口にする。
「私に愛されていることを?どうして?」
「意外だろ?」
さらりと問われた言葉に
「ああ。」
素直に応える。
「あんたはどうだ?」
「…私も同様だ。
 君に愛されていることに自信が持てていない。
 私は…男だから。」
「な?でもあんたはオレを愛してるだろ?」
「ああ。勿論。君だけを私は愛している。」
「オレも同じだって。あんただけを…好きだ。
 同性で、あんたを受け容れて感じさせる躰がオレに無くてもな。
 そろそろ解れよ。
 オレはあんたしか好きじゃないし、あんたに満足してるってさ。」
少年の言葉は嬉しいが、それを受け容れて自得することは出来ない。

「しかし君は女性の躰を知らないではないか。
 私より自然に君を受け容れられる躰を。」
ああ、最後の言ってはいけないことを言ってしまった。
どうして少年の瞳は私の全てを曝け出してしまうのだろうか。
そんな私に、ふと少年が笑った。
「あんたは大人で、今までの常識とかしがらみがあるかも知んない。
 でもオレは子供だからさ。自分の価値観しかねぇとこがあんだ。
 オレは、あんたっていう人間が好きだ。
 んで、あんたがたまたま男だったってだけなんだよ。
 オレにとってはさ。」
その笑顔は全てを受け容れるように優しかった。
「同性…だ。こんな年上で…。
 君に、暖かい家庭も子供も与えることが出来ないのだぞ?」
ああ、もう。
どうして今まで秘めていたことをこんなところで暴露しなくてはならないんだ?
「それでも。オレはあんたを選んだし、あんたもオレを選んでくれたろ?
 それだけじゃ不満か?」
不満があるとすれば私ではなく、君の方だろう?
「不満などない。私は君を愛している。」
「ならさ。もう少しオレを信じてくんねぇか?
 オレはあんたしか好きじゃないし、あんたに満足してるってさ。」
先程告げられた言葉をもう一度繰り返される。

「私は…君に…君の血を継いだ子供を与えることも出来ない。」
視線を逸らして告げた言葉に
「オレだってそれは同じだろ?
 あんたの子供を作るコトが出来ないってのはさ。
 なあ。オレはアルとオレの躰を取り戻したら、ずっとあんたと一緒にいるって言ったろ?
 その後で子供が欲しくなったら養子でももらえばいい。
 …あんた、そんなに子供が欲しいのか?」
違う。
「私が子供を欲しい訳ではない。
 自分の血を継いだ子供など…欲しくはない。
 ただ…私では君の子を成すことは出来ないと…」
私の言葉にまた溜め息が聞こえる。
しかしそれは苦いものとは聞こえなかった。
「オレはあんたが好きなの。
 子供が欲しいなんて、オレ自身がガキだからまだ考えたこともないけどさ。
 それでも『子供が欲しいからあんたと別れる』なんてことは絶対選ばないって自信があるぜ?」
生身の指が優しく髪を撫でてそのまま頬に滑らされる。

「オレはあんたが好きなんだ。
 どうして頭のいいあんたがそんなことだけは解んないのかな。」
解っているとも。
私が君に相応しくないと言うことなら。
「で、ナニをぐちゃぐちゃ考えてんだ?」
「は?」
「だからさー。まだなんかつまんないこと考えてんだろ?
 あんた余計なコト、考え過ぎなんだよ。」
「…。」
両腕が私に廻され引き寄せられる。
少年に加重を掛けないように彼の隣に横たわるとそのまま抱きしめられた。
私の頭を胸元にそっと抱いて髪を、背中を撫でてくれるその腕は優しい。
少年そのもののように優しい。

「まさかさ、自分がオレに相応しくないとか考えてんのか?」
「…。」
「え?アタリ?マジで!?」
「…。」
盛大な溜め息が聞こえた。
「あんたってばいっつも不遜なくらい自信家で尊大なクセに。
 なんでオレのことになるとそんなに自信がないの?」
どうして自信が持てよう?
こんな穢れた自分が君に相応しいなどと自惚れられよう?
「さっきも言ったけどさ、オレはガキで男で五体満足でもない咎人だ。
 そんであんたは大人で国軍大佐でオレの後見人だ。
 どっちがどっちに相応しくないんだ?
 まあ、そんでもオレはあんたが好きだから『相応しくない』なんて理由であんたから身を引こうなんて思わないけどな。」
その潔さが羨ましい。
「君は…」
潔く、眩しいほど強い。
強くて優しい。
私が勇気のないまま為せなかった人体錬成を行いて尚、生命を取り留めた才能を持っている。
君は…人を殺してはいない。
これから妻となる女性と君の子供と暖かい家庭を築いていく、そんな幸福に相応しい人間だ。
ほら。相応しくないのは私の方ではないか。

くしゃ、と髪が混ぜられた。
「さて、エドワード君はロイ君が大好きです。」
いきなり何を言い出すのだろう?
「ロイ君もエドワード君が好きですね?」
促すように私の顔を覗き込まれ、思わず頷いてしまう。
「エドワード君とロイ君では、子供を作ることはできません。
 でも、エドワード君もロイ君も別に自分たちの子供を欲しいと思っているわけではありません。
 ここになんの問題もありませんね?」
「それでも君には…」
「エドワード君は子供が欲しいなんて思ってません。
 なにか問題が?」
私の言葉を遮って、ゆっくりと力強い口調で繰り返される。
「将来には欲しくなるかも知れないじゃないか。」
それでも反論した私にまた言葉を続ける。
「ロイ君はいつか子供が欲しくなるかも知れません。」
「私はならない!君しかいらない!」
思わず顔を上げた私に少年がにっこりと笑った。
「そう。エドワード君もそう思っているんです。
 ロイ君しかいらない。子供なんて別に欲しくない。
 もし子供がいないと寂しいなぁと思うときが来たら、親に捨てられた子供でも養子にすればいいじゃないか。
 2人でその子をかわいがって育てればいいじゃないかと。」
「…。」
「男女の夫婦でも子供がいないことはめずらしくありません。
 だからエドワード君とロイ君に子供が出来なくても、なんの問題もないんです。」

「…。」
「一番大切なのはなんだと思いますか?」
子供に諭すような優しい口調で問いかけてくる。
「一番大切なこと?」
「そう。エドワード君とロイ君にとって一番大切なこと。」
「…私にとっては…君だ。君の…幸福だ。」
「残念!半分だけあたりだ。」
ようやくいつもの口調に戻ったな。
「…半分…は?」

見上げたままの私の髪をまた優しく混ぜながら答えをくれる。
「オレ達にとって一番大切なのはさ、2人で幸福になることだろ?
 特にあんたはオレ達がお互いを好きなんだって自覚することだ。
 あんただけがオレを好きな訳じゃない。
 あんたがオレを大切に想ってくれてるように、オレだってあんたを大切に想ってる。
 先ずはそれを知って、信じることだ。」
解るな?と囁いた言葉は今までと同じなのに、静かに精神に染み込んでいった。
「ん…。」
ひたり、と少年の胸にまた額を付けて顔を埋める。
それはそれは幸福で。
でも胸に満ちた暖かい想いのままに紅く染まった顔を見られたくなくて。
「だからもう余計なことは考えんな。
 オレにもあんたにもやらなきゃならないことがあんだから。
 2人でいる時くらいはお互いのことだけ考えようぜ?」
髪を撫でていた指がゆるりと背中に落ちてくる。
その指先が辿ったところから熱があがるようで、洩れた息が震えてしまった。
「もっとあんたをオレでいっぱいにするよ?
 ほら、キスしようぜ。」
もう片方の手が頬に触れて上向かされた。
そして与えられる熱に私の拘りごと飲み込まれていく。


なあ。鋼の?
どうして君は私をこんなに幸福にさせるのだろう。
だからこそまた私はこの幸福を、君を失うの怖さに不安になるのだけれど。
それでもこの連鎖に溺れることをやめられなくなる。
そしてまた思ってしまうのだ。
こんな自分は君には相応しくないと。
それでもそれを否定し続けてくれる君に、また溺れていく。
なんて甘い連鎖。
自分にそれが赦されるのかとまた不安になる、甘い連鎖。

救いようのない無限ループを脳内に構成してしまうのが私の常だ。
しかし彼はこのループにこともなく割り込んでくるのだ。
それは私にとって幸福でしかなく。
そしてまた更に彼に溺れていくのだ。

鋼の。
君は解っているのか?
こんなに君に溺れる醜い男を、君自身がのさばらせていると言うこと。
益々私が君に溺れて、どうしようもない人間に成り下がっていると言うことを。

君しかいらない。
私には君しかない。
そんな重い荷物を背負うよりも大切なことが君にはあるのだろう?
君と弟の躰を取り戻すと言うことが。
そんな君に負わせることの叶わぬ私の醜い願い。

いつか。
君が
躰を取り戻したら
その時こそ
君に願おう

私だけを
愛して
くれることを

いつか
「いつか」
そんな言葉に縋ってしまうんだ。
私は。
いつか
君を
呼びたい。
君が
君のご両親に与えられた名前で
その
掛け替えのない名前で
「エドワード」

そう
呼べる日を
願う私は
きっと
もう
どうしようもなく
君に…
君に…。

愛している
エドワード
君を。
君だけを。
掛け替えもなく。


         fine



070204



以前からupしては削除し、しばらくすると(酔いたまさんが)またupを繰り返す、納得のいかない駄文です。
それでも捨てる気にはなれない貧乏性な私…。


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 >
(兄さんと酔ってご機嫌の大佐。未然ジェラシー)08.10.25up
「ホークアイ中尉にハボック少尉…。」
「んー?」
オレの呟きに、酒で紅く染まった笑顔が向けられた。
「あんたってホント金髪好きだよな?」
「ああ…好きだな。綺麗じゃないか?明るくてキラキラして…。」
にこにこと笑いながら、半ばうっとりとした返事が返ってくる。

どんなお偉いサンと飲んでも顔色一つ変えないらしいが、こいつは腹心の部下やオレの前では結構簡単に酔っぱらう。
あと…きっとヒューズ准将の前でもそうだったんだろう。
オレはこいつが酔うといつも以上に可愛く素直になることを発見してから、一緒にいるときには酒を勧めることが多くなった。

初めは未成年の前だし、などと言ってはいたが自分の家ならいいだろうと何度か言うと(結局オレが上機嫌になるのが一番の理由だろうが)薦めるままにオレの前ではよく飲むようになった。
可愛いし、素直だし。というよりも本当は紅く染まったこいつがいつもより美味そうで…と考えているのはナイショだが、解ってしまっているのかも知れない。
実際、酔いで痛みと羞恥心が軽減されるのか、飲んだ後に抱くとこいつは面白いように乱れる。
翌朝(乱れた自分を思い出して)不器用に恥じらうこいつをからかうのも、それで拗ねちまったこいつを宥めるのも楽しいしな。←オヤジくさい
(オレは未成年のうちは酒を飲まないと決めている。…なんか背が伸びなくなりそうな気がして。)

「国軍大佐殿は金髪フェチか。」
「…人を変態のように言うのはやめたまえよ。」
それでも猫が甘えるように笑っている。
…可愛い。
こんな上機嫌なこいつを見るとオレも嬉しい。
「なんで金髪?」
「だから綺麗だろう?明るくて陽の光のようじゃないか。」
いつもより幾分体温の高い掌が頬にあてられる。
「ふーん。じゃ、金髪で金色の瞳は?」
「もちろん大好きだ。だから君の瞳も好きだ。きんいろで…。」
生命力が強くて、と囁く声が艶に満ちてくる。

金髪で金色の瞳はこいつの好みにクリーンヒットか。
母さん、有り難う。
…待て。
「そんであんたより錬金術に詳しかったりしたら?」
「…堪らんな。時間を忘れて語り合いそうだ。」
「更に包容力とかあったりしたら?ぐっとクる?」
「クるな。うん、クる。」
ご機嫌なのはいいが…。
「と…年上…とか…?」
「ああ…。大人の魅力というのも…たまにはいいかもな。」
君の若さ故の暴走も愛しいがね?
なんて睦言は悪ぃがオレの脳まで届かなかった。
「なあ!」
「んー?どうした?鋼の。」


「あんたナニがあってもホーエンハイムには逢うな!!!!!」


「…………?」
酔っぱらった思考はいつもより回転が遅いようだ。
「絶対ヤツには逢うんじゃねぇぞ!?」
「ホーエンハイム氏は…君のお父上だよな?」
「あんなヤツ、父親でも何でもねぇっ!って、そうじゃなくて!!」
「鋼の?」
「…金髪金瞳ならオレがいるだろ!?オレ以外…!」
言葉にならなくなったオレに吹き出す声が聞こえた。
「君は…」
笑いを堪えきれずに肩が震えているのが見える。
「な…なんだよ!?」
「君の…私が逢ったこともないお父上に嫉妬か?」
「し…っ!」

ああ、そうだよ。
あんたの好みにまるっと合いそうなヤツに逢わせたくないんだよ!
飲んでもいないのに頬が熱い。
「あ…あんたはオレのモンだ!」
「ああ、そうだとも。私は君のものだ。
 …それにしても…」
くっくっと喉を鳴らして楽しそうに笑い続けてやがる。
こいつ。
思い知らせちゃる。

「大佐殿は飲み過ぎたようで。そろそろおネムの時間ですよぉ。」
「鋼の?」
疑問符と共に向けられた瞳は瞠られていた。
「はい。大佐殿。ここで押し倒されるのとベッドに運ばれるのとどちらが宜しいですか?」
「待て!鋼の!」
慌てて逃れようとする躰を押さえ込んで耳元で囁く。
「あんたがオレのモンだって、躰にも教えてやるよ。
 なあ。ここで抱かれんのと寝室で抱かれんの、どっちがいい?」

それでもやがてオレに向けられた表情は婀娜っぽい艶に満ちていて。
「では鋼の錬金術師殿。ベッドまで運んで戴けるかな?」
「あんたがオレ以外の男に靡かないと約束できるんならな。」
んしょ、と男を横抱きにしたオレの首にしなやかな両腕が回される。
「もちろんだよ。鋼の。私は君だけのものだ。」
「なんか、いつもよりご機嫌じゃねぇか?あんた。」
「当たり前だろう?君の滅多にない嫉妬心を見せて貰ったのだからな。
 今夜は朝まで放さないよ?」
「それはオレのセリフだってーの!」
腕の中でくすくすと笑う男を運びながらオレは気付いた。


ホーエンハイムより、生身に戻ったアルの方が強力なライバルになるかも知れない、と…。


         fine



071220




や、兄さん。
ボクはノンケですんで…。







clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 嫉
 
> 【基本のエドロイSS】 > 嫉 > 嫉 Act.1
嫉 Act.1
【Turn R】

「ん…っ!…ぅ…ン…。」
もうどれだけ時間を掛けられているのか。
受け容れるために解すというだけではない、長時間差し込まれたままの少年の指が私の内を嬲るように蠢いている。

「…んっ!も…ゃ…ぁっ!」
意識してではなく、躰が快感から捩れてしまう。
「イヤ? なぁ?イヤなのか?」
厭な訳がない。
少年が指で弄る度に、抑えようもなく躰が痙攣を起こすように揺れてしまっている。
いつもならとうに彼自身が私を貫いているはずなのに。
「ぅ…んンッ!」
少年が欲しくて後孔がひくついているのが自分にも感じられた。
それでも少年はそこから先へ進もうとはしない。

「も…もぅ…。ぃや…だ。はが……」
「うん。そんな言葉もオレを煽るんだけどさ。
 あんた、本当にイヤか?オレの指が。」
なぜそんなことを聞くのだろう?
指が厭なのでは無いことくらい解っているだろうに。
そしてその冷静な声が私を竦ませる。
「やっ…ぁああ…っ!」
少年が最も感じるところを指で強く擦りあげた。
「ほら。イけよ。あんた、ここだけでイケる淫乱な躰だろ?」

その言葉が私を凍り付かせた。

いったい今日の少年はどうしたというのだろう?
確か今日、報告書を出しに来た時は上機嫌だった。
その時は私の勤務時間が終わっていなかったので、数時間を資料室で過ごしていたはずだ。
その後現れた少年はとても不機嫌だった。
夕食を店で摂っているときも、その後私の家に来たときも。
ただ押し黙って、笑顔の一つも見せてくれなかった。

今日は…遡って記憶を探ってみる。
私は少年が帰ってくると聞いて、この上なく上機嫌だった。
午後一番にハクロ将軍が見えたときも、あまりに私の愛想が良かったので将軍が帰った後、背後に控えていたハボックが
「あんたがあんな顔を見せると、マズいんじゃないスかね?
 いつもむっつりと対応してる大佐があんなに笑顔で対応したから、あのオッサン、きっと片恋が報われる日が近いなんて勘違いしましたよ?」
などと言ったくらいだ。
それに私は
「愚かな勘違いだ。
 私が鋼のの他に愛する男がいるとでも思うのかね?」
と笑って。

それから旅から帰ってきた少年の報告を受けながらにこやかに会話をして、資料室の鍵を渡した。
その時はあの私の好きな眩しい笑顔を浮かべていたはずだ。
しかし夕刻、執務室へ戻ってきた少年は今まで見たこともないほど機嫌を損ねていた。
夕食後私の家へ帰るなり、寝室へ、ベッドへと引きずり込まれて。

そして今に至る。
これまで申し訳ないと思うほど優しく接してくれていた少年が、今夜はロクな言葉もなく最低限の接触だけをしていた。

少年にも私にも、私が既に後ろの刺激だけで達することが出来るようになったことは解っている。
だが、少年は私の男としてのプライドを傷つけない為なのか、私をイかせる時には私のモノに触れてくれていた。
私はそんな気遣いなど無用だと思っていたのだが。

『あんた、ここだけでイケる淫乱な躰だろ?』

吐かれたその言葉は私を酷く傷つけた。
私は君にそんな言葉を言わせるほどの何をしたというのだろう?
いつも優しく触れてくれる君を、こんな風にさせるほどの。

少年は、もう私に飽きたのだろうか。
…無理もない。
こんな年上の、同性の躰だ。
いつ飽きられても仕方のないことだとは思っていた。
それでも…
私がそれに耐えられるのか、自分でも解らな……
「指がイヤなら、これにするか?」
霞み掛かった思考の途中で、今まで聞いたこともない冷たい声が聞こえた。

「な…鋼の…!?」
それはなんだ!?

少年の手に握られていたソレは…
その…男性器を模したモノ…
それを私に挿れようと言うのか?
もう君は…君自身を私に挿入する気もないほど…私を嫌っていると言うことか?

「待てよ。」
思わず後退った私の腕を掴んで両手を合わせ、少年が枕元の布を使って手枷を錬成した。
「は…鋼の!?
 厭だ!鋼の!これを外してくれ!」
信じられなかった。
少年が私を拘束するなど。
私が彼から本気で逃げることなど有り得ないのに。
半ば悲鳴のような声をあげる私を見下ろしたその表情は冷たく
「黙れよ。もっと気持ち良くしてやるからさ。」
その声は更に冷たかった。


「や…厭だ!やめてくれ!」
懇願する私の言葉など聞こえぬように、少年はその道具を私の後孔に押しつけた。
今までは私が『厭だ』と一言でも言おうものなら、すぐに留まってくれていたのに。
「ぃ…厭なんだ…やめ…っっ!」
散々に弛められた躰はソレを拒むことなく受け容れた。
「ひ…っ!…ぁぁ…っ!」

冷たい。
なんの熱も感じられないその道具。
ソレは肉襞を掻き分けて私の内部に沈み込んで来た。
その冷たさが私を苛んで苦しめる。
躰と異なり、精神はソレを受け容れることは出来なかった。
「やめ…っ!鋼…の…。
 ……抜け…っ!抜いてくれ!」
厭だ。
厭だった。
私の躰を侵すのは少年だけだった。
この時まで。
しかし今、私を侵蝕しているのは無機物の機械だ。
そこに心は存在しない。

「ふ…。…っ!」
情けないとか、女々しいとか…そんなことは思いつかなかった。
ただ哀しくて涙が零れた。
少年に愛されないと言うことがこれほど私を苦しめ、哀しませるのかと。
そのことが却って私を驚愕させた。
しかしそのことに耽溺する間もなく
「ぁ…?ぁああ…っ!」
少年がスイッチを入れた瞬間、躰が強張った。
その生身の人間では有り得ない動きが私の内部を蝕む。
「やぁぁぁっ!
 はが…っ!も…ぅ…ゃめ…っ…!」

厭 だ 厭 だ 厭 だ ! !

どうして私の内に挿るモノが少年ではない?
そんなのは厭だ。
しかしそんな想いとはうらはらに悦楽に蝕まれるこの淫蕩な躰。
「や…っ!や…ぅ…っ!ン…ぁ…」
厭だと思う心とそれを悦ぶ躰。

悦楽に耐えきれず、なにかに縋りたかった。
出来ることなら、少年の背中に。
そう思った時、気付いてしまった。
少年が腕を拘束したのは、もう触れて欲しくないほど私を疎ましく思っているからだということに。

「なあ…イヤか?」
少年の声が落ちてきた。
厭だ。
厭だ…が…少年が望むのなら…。
私には少年が与えてくれるものなら痛みでも受け止めたいと、誰にも渡さずに自分のものにしたいと思う貪欲さがあった。
疎ましく思われていると解っていながらも、それでも少年の望むようにしたい。
「君…は…」
しゃくりあげる間に声を絞り出す。
「ん?」
「これ…で…私がイケば満足す…るのか?」
そうすれば…今までのように愛してくれるのか?
私を捨てないでいてくれるか?
「は…満足…?
 オレがあんたの淫乱さを見て?」
初めて見た私を嘲るような少年の表情。
ならばどうしろと言うのだ?
「私を…こんな躰にし…たのは君だろう?」
「はは…。」
楽しさからではないと解る少年の笑顔。
それでもそこに精悍さと愛おしさを感じる私は既にどこかが狂っているのだろう。

「これ…も君が私に与えたものだ。」
ゆっくりと両膝を開き、少年の眼前に陰部を開いて見せる。
「ン…ぁあ…」
もう体温と同じ暖かさになった道具の与える刺激のままに腰を揺らめかせた。
「ぁ…あ…っ!は…ぁん…っ!」
これは少年だ。
これは少年なんだ。
私の内で暴れているコレは少年…なんだ。
少年が…私に与えたものなのだから…。
自分に思い込ませて、ただ達するためだけに意識を集中させた。

「あ…ぁぁあっ!ん…っあ…っ!…ぁっ!あっ!」
びくびくと水上に引き上げられた魚のように躰を痙攣させながら、猥らな声をあげる。
それは少年が望んでいるからなのか、自分が抑えようもなくしてしまうのかも、もう判断が出来なかった。

くちゅぐちゅと猥らな音をあげて収縮を繰り返す自分の後孔。
こんな淫猥な躰だから嫌われたのか?
確か少年はそう言っていた。
私をこんな風に変えた少年自身が…。

快感かと言われれば快感なのだろう。
この道具が与えてくる刺激は。
しかし私が欲しいのは少年だけなのだ。
こんな無機質なモノではなく。
「ぁ…鋼の…これで…なく…君が欲しい…。」
無意識のうちに私はねだっていた。
もう嫌われているのだから与えてくれることはないだろう。
それでも請わずにはいられなかった。
「鋼の…欲し…っ!」

「はは…は…。ホンットあんたって、反則。」
ぐちゅ、と音がするほどのいきおいで道具が抜かれ、同時に少年が私を貫いた。
「ぁぁぁぁああっっ!!!」
「んんっ!なんであんた、こんなきつ…っ!?」
最早私には少年の言っていることもこの状況も解ってはいなかった。
ただ…少年に与えられた少年自身の熱に耽溺していた。

これが最後かも知れない。
…きっと最後なのだろう。
少年に愛されて、抱いて貰えるのは。
泣きながら、啼きながら、少年に抱かれる幸せを洩らすことなく躰に刻み込もうと…。
ただそれだけを思っていた。



「ん?…ああ、手ぇ縛ったまんまだったな。」
私の内に最後の精を与えた後で、ふと気付いたように拘束をはずしてくれた。
「わり…オレ夢中になっちまってさ…。」
「…。」
少年に触れたい。抱きつきたい。
しかし怖くてそれが出来なかった。
もし…振り払われたらと思うと…。
「やっぱ…怒ってるよな?」
窺うような少年の声はもう冷たくはなかった。
「怒っては…いないが…。」
ただ怖い。
別れを告げる言葉が。
私を拒絶する態度を取られるのが。

「? 怒ってないの?」
怒ってはいない。私にそんな権利はない。
「ああ…ただ…哀しい…。」
「あー。ごめん。ホント悪かった。」
少年が今日初めて優しく抱きしめてくれた。
…抱きしめ返してもいいのだろうか?
「触れても…良いか?」
おずおずと聞いた私に苦笑して
「いいに決まってんだろ?あんたこそ、オレが触れんのヤじゃないか?」
少年が腕をはずそうとする。
「厭なハズがないだろう?」
離されまいとしがみついた私をまたそっと抱きしめ、髪を撫でてくれた。
いつものように。
まるでまだ私を愛してくれているかのように。

「ごめんな。イヤだったろ?」
「厭…ではなかった…。」
聞きたいが問えない。
いったい今日はどうしたのかと。
その答えが怖い。
「嘘付け。あんなイヤがってたクセに。あのさ…。」
「……。」
聞きたくない。
別れの言葉など。
このまま耳を塞いでしまおうか?

「ごめんなさい!八つ当たりしましたっ!」
…………………。
「…………は?」




act.2

clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 嫉 > 嫉 Act.2
嫉 Act.2
【Turn E】

「ん…っ!…ぅ…ン…。」
躰を捩って、それでも恥ずかしがって声を押し殺す様子が可愛すぎる。
後孔に潜り込ませている指を更に捻ると面白いように躰が跳ねる。

「ぅ……んっ!も…ゃ…ぁっ!」
「イヤ?
なぁ?イヤなのか?オレの指がさ。」
解っているけれど、聞いてみたくなる。
煽られてどうしようもなくなっているあんたのことが見たくて。
「ぅ…んンッ!」
目尻に涙を滲ませて、欲に溺れながらも脚を開ききれないほどの羞恥心にあんたは苛まれていて。
それでもオレが欲しくて後孔をひくつかせる、猥らなあんたはオレを試しているのかと聞きたいほど淫蕩で蠱惑的だ。

「も…もぅ…。ぃや…だ。はが……!」
「うん。そんな言葉もオレを煽るんだけどさ。
あんた、本当にイヤか?オレの指が。」
殊更に冷静な声で言うと、こいつは無意識なんだろうが躰を捩ってそれに応えてくる。
本当に面白いほどオレの思惑通りに動く男。
それを含めて本当はオレがこいつの思惑通りに動いているかも知れないけどな。
まぁ、それはそれだ。
オレはこいつの思惑通りに自分が動くことなど、どうとも思わない。
こいつが『幸せ』と思ってくれるなら、どんな状況でもそれにこしたことはない。


こんな風に男が望む以上にこいつを貪っているのはオレの単なる嫉妬心に過ぎない。
今日、久しぶりにセントラル司令部に行ったオレに聞こえた下卑た声。
「見たか? あのハクロ将軍の満足そうな顔。
 やっとマスタング大佐をモノに出来たってことか?」
「結局、将軍にはマスタング大佐も逆らえなかったってことだよな。」
「無理もないだろ?あの将軍の汚い欲は有名だし、マスタング大佐の色香は他の将軍達にも狙われていることだしな。」
「出世の為には誰にでも脚を開く大佐には渡りに船だったってことだろ?」
報告書を出しに行った後、資料室へと向かっていたオレに聞こえたこの会話がオレを狂わせた。

あんたがオレ以外の男に抱かれた?

そんなハズはないと解っていながらも、オレはその事に囚われた。
あんたはオレのモノだ。
オレだけのモノだ。
その躰を誰かが抱いたなんて赦せない。
まして「出世の為には誰にでも脚を開く」って、なんだ?
どうしてそう思われているんだ?
それはそう言われるだけのナニかがあるってことか?


再び後孔に捻り込んだ指を踊らせた。
条件反射で跳ねる躰を押さえつけ、一番感じるところを指先で音が聞こえそうなほど擦りあげると
「やっ…ぁああ…っ!」
オレを蕩かす甘い悲鳴があがる。
「ほら。イけよ。あんた、ここだけでイケる淫乱な躰だろ?」

それでも首を振りながら厭がる素振りが更にオレを苛つかせた。
「指がイヤなら、これにするか?」
「な…?鋼の…!?」
錬成しておいた道具を見せつけると、今まで言葉でしか厭がっていなかった躰が逃げ出そうとする。
「待てよ。」
その腕を掴んで錬成した手枷で縛り付けた。
「は…鋼の!?」
今までのオレの行動が本気だとは思っていなかったようだ。
「厭だ!鋼の!これを外してくれ!」
困惑する大佐をオレは見下ろした。
「黙れよ。もっと気持ち良くしてやるからさ。」

この男を女扱いするつもりはない。
…なかった。
オレに躰を開いてくれていても、こいつは立派な男だ。
誰にも目指せない野望を持っている、沢山の人間を引っ張っていく男だ。
オレも(オレには無条件に躰を差し出してくれていると知っていても)それを大切にしたいと思ってきた。
…今だってそう思っている。
ただ…。


「ぁ…?ぁああ…っ!」
捻り込んだバイブのスイッチを無造作に入れると声と躰が跳ね上がった。
「やぁぁぁっ!
 はが…っ!も…ぅ…ゃめ…っ…!」
オレではないモノに犯されて、涙を零しながらも感じているその姿が悔しかった。
自分でしたってのは解っているけど。
オレ以外の男にもこんな猥らな姿を見せているのかと思うと躰が震えるほど苛立たしかった。

そんなハズはない。
こいつはオレだけだ。
オレだけのモノだといつも言ってくれてるじゃないか。
疑う方がおかしい。
こいつの気持ちを。
オレを想ってくれるこいつ自身を。
そう、解っているのに…。

「君…は…」
泣きすぎてしゃくりあげているのを無理に抑えた声が聞こえた。
「ん?」
「これ…で…私がイケば満足す…るのか?」
ナニを言ってんだ?
「は…満足…?
 オレがあんたの淫乱さを見て?」
むしろ逆だっつーの。
「私を…こんな躰にし…たのは君だろう?」
「はは…。」
そう。こいつをこんな躰にしたのはオレ。
こいつの躰を拓いたのも、男に挿れられて悦ぶようにしたのも。
オレが時間を掛けて熟れさせた綺麗なこの男。
綺麗で淫らなオレの黒猫。

「これ…も君が私に与えたものだ。」
ナニを思ったのかこいつはゆっくりと脚を開いてその間をオレに見せつけてきた。
いつもベッドでは羞恥心に苛まれているこいつがどうしたんだろう?
「ン…ぁあ…」
感じるままに腰を揺らして…感じ入ってる?
おい!
今まで感じてるトコを見せることすら恥じらってたあんたが!?
「ぁ…あ…っ!は…ぁん…っ!」
オレを悩殺するその姿と声。

こんな恥ずかしがり屋のあんたが…。
それは…オレが…与えたモノだから?
天まで聳えそうなプライドを持つこの男が、バイブを咥え込んで乱れる姿をオレに晒している。
それは…相手がオレだから。
こいつが唯一抱くことを許してくれているオレだから。

「あ…ぁぁあっ!ん…っあ…っ!…ぁっ!あっ!」
無防備にただ悦楽に溺れているのをオレに見せて。
は!
こんなに不器用でオレだけしか見てないこいつが、出世の為なんかで他人に脚を開く訳がないのに。
そんなこと解っていたのに。
オレ…こいつに八つ当たりしちまったんだよな?


……どうしよう…。
コレはかなりマズい状況だよな?
こいつ、ぜっっっったい怒ってるよな?
ヤケになってのこの姿なんだろう。多分。
いや、きっと。
んにゃ、絶対。
どう謝ったら…

「ぁ…鋼の…これで…なく…君が欲しい…。」
うわ。
お得意の下半身直撃爆弾投下だぜ。
ガッデーム!
これは…美味しく戴いてもよろしいのだろうか?
それともこいつの罠なのか?

「鋼の…欲し…っ!」
もうつらいからじゃないだろう、涙を流して紅潮した顔でオレをねだるその姿は…
「はは…は…。ホンットあんたって、反則。」
ダメだ。
後でナニがあろうと、今こいつを抱かない選択肢はオレにはない。
イッキに道具を抜き去ると同時にオレ自身を突き立てた。

「ぁぁぁぁああっっ!!!」
「んんっ!なんであんた、こんなきつ…っ!?」
今まで結構太めのバイブを突っ込んで掻き回してたってのに、こいつの躰はオレを締め上げてくる。
軟らかくて暖かいのに、きついその内部。
愛おしいオレの男。
オレだけの…ロイ。




Act.3


clear
 
> 【基本のエドロイSS】 > 嫉 > 嫉 Act.3
嫉 Act.3
【Turn R】

「と…言う訳で…。その…ごめん!ごめんなさい!!」
少年の必死な声は聞こえていたが、私の脳には染み通っていなかった。

飽きられた訳ではない?
嫌われた訳では…ない?
捨てられる訳では…?

「はぁぁぁ…」
溜め息が洩れた。
安堵のあまりの。

「ご…ごめん!ホントにオレが悪かった!!」
力強く抱きしめてくれるこの腕を放さなくても良いのだ。
この強い生命力を秘めた金色の瞳で、まだ見つめて貰えるのだ。

「鋼の…?」
力無く問いかけた私に
「ん!?なに?なんでも言ってくれよ?」
私の顔を覗き込んで返す少年の顔は、それはそれは余裕のない表情で。
「君は…」
「んん!?」
なんて可愛らしいのだろう。
先程までは私を喰らう獣のような精悍さだったというのに。
「私を嫌った訳ではないのだよな?」
「な…」
ああ、その気の抜けた顔も愛おしい。
「ったり前だろ!?
 オレがあんたを嫌いになる訳ないじゃないか!
 あんたこそ…オレに呆れた…か?」
なあ。鋼の。あの冷たかった声はどこから引き出していたんだい?
いつもの優しい君の声。
いや、いつもより情けないその声が優しく耳に注ぎ込まれて。

ふ、と笑ったつもりだったのに
「ああ…!ホント悪かったよ!オレが悪かった!泣かないでくれ!!」
叫ばれて気付いた。
無くさないで済んだのだという想いが
涙となって現れて
瘧のように躰が震えていた。

「ぁ…ぁぁあああ…」
酷く聞き取りづらい音が、自分の泣き声だと解るまでに時間が掛かった。
がくがくと震える躰が抑えられない。
安堵しているはずなのに、どこがベッドなのかいったいどちらが上なのかも解らなくなるほど困惑しきった精神。
自分の躰の境界線すら曖昧で、ただ必死に少年に縋り付いた。
「鋼…の…!鋼のォ……」
好きだ。
愛しているんだ。
誰よりも。
私自身よりも。
「はが…ぁ…」
「ん!ごめん!ごめんな!?」

怒っている訳ではない。
どうしていつも私の精神を私以上に解る君なのに解ってくれないんだ?
ただ…私は君を失わないで良いのだということに感謝しているだけなんだ。
何にかは解らない。
ただ…良かったと…君を放さなくても良いのだと…。
「は…」
「うん。ごめんな?」
「抱きしめて…」
「ん。放さないから。」
「絶対だ…絶対だぞ?」
「ん。絶対放さないから。オレはあんただけが好きだ。絶対放さないから。な?」
「ん…。鋼の…。」
「ん?どした?」
「愛している…」
「解ってるよ。解ってるんだ。…なのに、ごめんな?」
私が泣きながら眠りにつくまで、ずっと少年は抱きしめていてくれた。




翌朝、瞳を覚ますと少年が朝食を作ってくれていた。
向かい合ってそれを穏やかに食していると、ふいに少年が口を開いた。
「なぁ?」
「ん?なんだね?」
「や…。コーヒー、もっと飲むか?」
何か言い難いことでもあるのだろうか?
「ああ、戴こう。」
「ん。ほれ。」
マグを受け取ってにっこりと笑いかけると、少年が顔を逸らした。
「? どうかしたのかね?」

「あのさ…。」
言いにくそうに少年が話し出す。
「ん?」
「昨日のオレ達ってさ…。」
勿論私は忘れてはいないぞ?
君に捨てられないと解った時のあの安堵と幸福感。
「昨日の私たちが?」


「うん。
 …… バ カ み た い だ っ た よ な ? 」


鋼の…。
それは言わない約束だろう?



fin


071213


うん。豆よ、それは言わない約束だよ。
バカみたいなのは、私だからな。

ナニが言いたいのよー!? 私ぃ!!

結局、シラたまさんがプロットを昼間に作らないでムリヤリ酔いたまが文を書こうとしてもなんにもならないと言うことが、今回よくワカリマシタ。
シラたまさん、エドロイに戻って来て下さい。


clear
 
> 【遊 シリーズ】
【遊 シリーズ】
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9
「遊」vol.1〜vol.9
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.1
「遊」vol.1
08.11.12up
 
パラレル。税務署長のロイと税理士のエド。

このSSは途中からRPG方式で、「遊」(ロイエドVer.)と「遊 脇道」(エドロイVer.)に枝分かれします。
但し、「遊 脇道」は「遊」本編と「遊 番外編」数本を包括した入れ籠構造になっておりますので、
「遊」→「遊 番外編」→「遊 脇道」の順に読まれることをお奨めします。
(その順番にupしてあります。)


【言い訳です】
えと、アメストリスにも税金はきっと存在するわけで。
そうなると税金を徴収する機関=税務署と、それに対して一般国民に払うべき税金を計算して差し上げる職種=税理士もいるだろうと。
その辺に二人を当てはめてしまいました。
すみません。パラレルですので、原作以外受け付けないという方はお読みにならないで下さい。

アメストリスが舞台なのですが、こちらでは
エド=19歳 税理士 
    アルの分の負担がないので「豆」じゃないです。(身長170pです。)
アル=まだ税理士の登録はしていないけれど、科目合格者。
    エドと会計事務所を経営。
ロイ=エルリック事務所の管轄区域の税務署長
リザ=ロイの秘書官
となっております。


「遊」vol.1


その日税務署から事務所に送られてきた書類を見て、オレは叫んだ。
「なんだよーー!この日程!!」
それは確定申告の無料相談の日程表。
オレの名前が3回も入っている。

オレは税理士だ。
国家資格(ということは身分を国に保証される代わりに、国からの要請があればいつでも仕事に引っ張り出される。)である為、税理士には確定申告時期(1月〜3月)に納税者(一般の人)に対する無料相談に行く義務がある。
しかしそれは特に希望を出さなければ一度で済むハズで。
なにしろ確定申告時期は税理士にとって最も忙しいので出来ればやりたくないと言うのが本音だ。
(まれに仕事に慣れたい新人とか、顧客のすくない事務所とか、単に無料相談の方が気が楽だという変わり者とかがいて、そう言うヤツらは希望をすれば無料相談の回数を増やせるのだ。ま、国から謝礼は出るしな。)
オレはそんな希望は出していない。断じて。

最早忌々しくもソラで覚えてしまった直通の番号を電話に叩き込む。
「はい。署長室です。」
ホークアイさんの声だ。
税務職員名簿など配布されても必要がなければ見ることもないが、このホークアイさんの名前だけは貰うと同時に探してしまう。
金髪の素敵な女性だ。
常に『あの』マスタングの秘書官というのが気に入らないが。
しかし、今は秘書官といえど、調査官であった頃のホークアイさんの腕前は凄かったらしい。
『まるで銃で脅されたように』調査対象が自ら脱税を認めたというのは今でも有名な話だ。

そんなことを思いつつ、オレは言葉を続ける。
「マスタング署長をお願いします。」
「失礼ですが、お名前は?」
「エルリックと申します。」
「あぁ。ちょっと声が低くなったのかしら。判らなくてごめんなさい。少々お待ち下さいね。」
ホークアイさんはオレたち兄弟のことを可愛がってくれる。
そのことがこの言葉の砕けように出ているんだろう。
ちょっとホークアイさんの声を聞いたことで怒りが抑えられた。

しかしそこへ聞こえてきたヤツの声がまたオレを苛つかせる。
「はい。お電話代わりました。マスタングです。」
職場の電話ではさすがにいつもの様子ではなく、役人に相応しい口調で話してやがる。
「おい!なんだよ!この無料相談の日程!!」
「これはエルリックセンセイ。いつもお世話になっております。
 今回も無料相談へのご協力ありがとうございます。」
うっわ。前言撤回。役人じゃねぇな。この慇懃無礼さ。
「なんで希望も出してないのに、オレが3回も入ってんだよ!」
「…あれ?」
「あ!?」
「…もし…もしもし…?」
「はぁ!? なに遊んでんだよ!あんた!!」
「申し訳ございません。ちょっと電話の調子が悪いようですので、すぐにこちらから掛け直し致します。それでは。」
ツーッ、ツーッ、ツーッ…。
はい!?

一方的に切られた電話に唖然としながらも、握っていても仕方がないので受話器を戻す。
すると同時に着信音が鳴った。
「はい。エルリック事務所です。」
「やぁ。元気だったかい?」
いつものスカした声が聞こえる。
廊下にでも出て携帯から掛けているのだろう。
「元気じゃねぇよ!なんだよ、この日程!
 オレは希望なんか出してねぇぞ!!」
「ああ、無料相談希望者の名簿に君の名前を書いておいたんだよ。
 3回とは少なかったね。もっと君に逢えると思ったのだが。」
「なに勝手なことしてんだよ!このクソ忙しい時期に!」
「だって君、年末調整の説明会に参加しなかっただろう?
 折角逢えると思って楽しみにしていたのに。」
「なにヌかしてんだよ!大体あんなのにまでフツー署長がくるか!?」
「ずっと待っていたのに、私が席を外した隙に年末調整の手引きだけ持って行くとは汚いと思わないのかね?
 戻ったとき君の事務所の引き取り票を見てガッカリした私の気持ちが解るかい?」
「汚いも綺麗もねぇ!あんたがいようといまいとオレには関係ないし。」
「今回はCGを使った説明だったのに見なかっただろう?
 国税庁にもIT化が進んでいるのだよ。」
誇らしげな声がバカバカしい。

かつて行った説明会では、税務職員が
「イット化です。」と言いやがって、笑うところなのかどうかみんな悩んでたぞ。
「あんな初心者向けの説明会に行く必要なんかねぇよ。
 あれ、おかしいぜ。会計事務所の人間に『年末調整とは?』なんてスライドから入るの、意味が無い。時間のムダ。」
「おや、嬉しいね。」
「あ?」
「君が説明会の向上に協力してくれるなんて嬉しいよ。
 これも私への愛ゆえかね。」
「なっ!バカ言ってんじゃねぇ!
 そうじゃない、オレが言いたいのはこの無料相談だ!
 取り消せよ!これ!」
「それは無理だな。
 すでに日程が組まれて区内の全税理士事務所に配布済みだ。」
「んなの知るか!あんたが勝手にやったことだろう!
 オレは行かないぞ!」
「欠員が出ては他の先生方に迷惑がかかるぞ。いいのか?」
「オレが悪いみたいに言うなーーーー!!」

一般の納税者の方はご存じないと思うが、いや、常識的に考えればお解りかも知れないが、『無料相談』や『説明会』などに税務署長(支店長みたいなものかな?子会社の社長?)は来ない。決して。
つか、そんなヒマなのか?署長って?
毎回毎回オレが行く無料相談や説明会にヤツはいる。
ヤツと知り合ってしまった人生最大の汚点はオレが9歳の頃に遡る。


オレの親父も税理士で、税務署の調査は普段顧客の会社や事務所でなされるのだが、たまたまオレの親父自体に調査が入ったため税務職員が家に来た。
その時はまだ統括だったロイ・マスタングが担当官の一人だった。
(「まだ統括」と言っても役所としては異例の年齢に合わない出世だったそうだ。興味がないのでよくわからないが。普通の会社で言えば部長くらいの地位か?)
オレは母さんに頼まれて、ヤツらに茶を出しに行った。
「お…お茶、ドウゾ。」
ヤツは親父の差し出した帳面や資料を見ていたが、オレの言葉に顔を上げ
「おや、かわいらしい息子さんですね。」
と言った。
常日頃親バカだとは思っていたが、親父がその言葉に飛びついた。
「ありがとうございます!自慢の息子なんですよ。
 器量もいいが、頭も良くてね。」
にこにこ語る親父とそれに笑顔で応える税務職員。
親父にとって『ゼイムショ』は敵だ。と吹き込まれていたオレにとって、無論ヤツは『敵』だった。
警戒心を丸出しにしていたオレに
「きっと美人になるよ。楽しみだね。」
と(胡散臭い)微笑みを浮かべた顔が今でも忘れたいのに忘れられない。
いや、本当に忘れたいんだってば!


その後、「税理士は一生に2回調査を受けることはまず無い。」の常識を覆し、親父は調査を数年ごとに受け続けた。
その度にヤツがあまりにオレを褒めるから、調子に乗った親父が必ずオレを同室させていた。
それがある年からなくなったのは、『マスタング統括が個人課税部門から出世したから』と気付いたのは随分後のことだった。(いつも調査担当官が同じで、これもあり得ないことだった。親父、疑問を持てよ!とオレは思う。そんな親父は今半引退状態だ。)


「だーかーらー!オレは忙しいの!
 3回も無料相談なんて行ってらんねぇ!」
「でも君。今回は3回とも対面式の相談だよ。
 君は『お客さんの相談は最後まで責任を持ちたい。』と言っていただろう?」
「う…。」
男は更にイヤなことを思い出させる。


アレはオレが税理士に登録して初めての無料相談だった。
たまたまその年、初めての試みとして国税庁は『年金生活者のみを対象とする確定申告の無料相談』というものをブチ立てた。
それは試験的なモノで。
だから仕方がなかったのだが、結論として言えば
『軍医や衛生兵までも傷をおった野戦病院』状態だった。
一部屋に数百人の年金生活者。
それに対して数人の税務署員と税理士。

「聞きたいことや分からないことが有ったら、手を挙げて呼んで下さい。」
のアナウンスと共に上がり続ける手、手、手。
「おーい、こっち!」
「はい!どこが分からないのでしょう?」
「はいはいはい!!!」
「はい!今行きますから、ちょっと待って下さい!」
「すみませ〜ん」
「あ、すみません。こちらが済んだらすぐ行きますから。」
「あ、ここにこの数字を書いておいて下さいね。また来ますから。」
ゆっくり一人一人と向かい合うことなど不可能で。
あの人はきっとこの後の記入につまずくだろうから、また後で見てあげたいと思っていたのに他の人に呼ばれてソレが出来ず。
そんなことの繰り返しでちょっと哀しくなってしまった。

「午前の納税者が終わりましたので、税理士の先生方は昼食をどうぞ。」
税務署側の言葉に、ふらふらと出口を目指したオレの腕をヤツが掴んだ。
「…放せよ。」
「どうした?」
「んでもねぇよ。放せったら。」
「この辺はあまり店がないんだ。一緒に昼食を摂ろう。」
もう、逆らう気力もなかった。

「つかれたのか?元気がないな。納税者には笑顔で接していたのに。」
近くのファミリーレストランに落ち着いて、男が話しかけてくる。
「笑顔は怖がらせたくないからムリヤリ浮かべてただけだ。
 んかさぁ。この企画、人員足りてねぇよ。」
出された水を飲みながら、オレは喉が渇いていたという事実にその時気付いた。
「初めての企画だからな。」
同じように水を飲みながら男が言う。
なにしろ二人とも耳の遠いお年寄り相手に大声で説明をし続けていたのだ。
「オレ、もっと相談してきた人には責任持ちたいよ。
 こんな中途半端な説明じゃ分からない人も、その後困る人もいるだろ?」
まだ新人のオレだった。
拙いけれど、知識も足りないけれど、とにかく人の役に立ちたかった。
でもそれが出来ないのが悔しかった。(若かったからな。)

食事の後、会場へと歩いていたら路地裏にひっぱり込まれた。
「なっ!なにす…!」
言葉は最後まで言えなかった。
ヤツに口を塞がれたから。
唇で。
「んっ!んーーー!」
オレの腰と首の後ろに手が回され、離れることも出来ない。
無理矢理入り込んできた舌を噛みちぎってやろうかとも思ったが、その温度になんだかささくれ立っていた気持ちがなだめられて。(いやいや、そんなことはない!間違ってるぞ。あの時のオレ!)

しばらくして、自由に息が出来るようになってから
「ん…にすんだよ?」
自分にしては弱いと思う声が出た。
「君がかわいいから。」
理由にもならない言葉を言われた。
「あんた変態?オレは男で、あんたも男で。」
「それは失礼な。いや、私もそういった性癖は無いのだが、あまりに君がかわいくてね。
 これは最早君のせいだと私は思うのだが。」
「はぁ!?ナニぬかす?この変態オヤジが!」
「君がお年寄りに優しいのは知っていたが。これほどとは。」
オレの言葉など知らぬように男が言う。
「は?なんで知って」
「君はおばあさまをとても大切にしていたそうだな。
 お父上から聞いたよ。」
「…。別にトラウマとかじゃないぜ?オレがばあちゃんを好きだっただけで。」
「ああ。わかってるよ。」
本当にわかってんだかどうだか。
男の腕に込められた力は変わらない。

「君は責任を取りたいのだよな。こんな慌ただしい環境ではなくて。
 来年からはシフトを変えるようにするよ。」
耳元で囁かれ、耳たぶを舐められて身体が震えたのは嫌悪感からだ。
絶対そうだ。


その翌年、対面式の無料相談で知識の足り無さから大嘘を教えかけていたオレに後ろからヤツが
「センセイ、この方の場合はこちらの規定の適用が可能かも知れません。」
と適用もナニもハナっから間違えていたオレの立場を悪くしないような訂正をされた。
もちろん納税者の方には
「ちょっとお待ち下さい。
 あー、そうですね。条件に当て嵌まりますからもう少し税金が安くなります。」
とにっこり笑って説明したが。

その帰りに「新人センセイ、お礼は?」と言ったヤツの笑顔の胡散臭さは絶対忘れねぇ。
あれはどんな兵器より細菌よりタチが悪い。
まだ仕事が山積みだってのにヤツの家(オレの事務所のすぐ近くなのは偶然か?)に連れ込まれてしまったのはオレが悪かったのだろうか。
そうだろうか。
オレは否定したいのだけど。
つか、間違えたくらい(と言うのはマズいが本心だ。)でなんであそこまで要求されなきゃ…。

それからずっとヤツとの腐れ縁が続いている。
なぜ異動もナシにオレの事務所の地域税務署に居続けられるのか。
それも大いにナゾなのだが、一介の税理士に分かることではない。


「とにかく!今回は仕方ねぇから3回とも行くけど、来年は絶対こんなマネすんじゃねーぞ!」
「君の事務所は11月は顧問先の決算が無かったな。」
「はぁ!? なんで知って…。つか、オレの話を聞けよ!」
「私も君に迷惑を掛けるのは心苦しいからね。
 11月には『税を知る週間』があるから今年はそちらの無料相談を頼むことにしよう。」
「あ!?」
「そうだな。6月には資産税の無料相談も入るから、資産税を勉強しておきたまえ。
 君、資産税苦手だろう。」

実のところ無料相談が入る度に勉強のし直しをするので、結構知識が付いてくるのは事実だ。
絶対ヤツには言わないが。
「んなに呼び出されてたまるか!
 オレはオレの事務所の仕事があんの!」
「新会社法の研修にはちゃんと出たまえよ。まだ調べてないのだろう?」
「う…。」
改正が入る度にこうして指摘されるのはオレ、プロとしてマズいよな。
日々の仕事に没頭しやすいオレをこうしていつも気遣われる。
悔しいが。

その時、事務所のインターフォンが鳴った。
「わりぃ。お客が来た。」
「あぁ。切るよ。」
ヤツにしては珍しくあっさりと電話を切った。

「はい。」
ドアを開けた先にいたのはヤツ。
「やあ。君のことだから昼食まだだろう?食べに行こう。
 それとも家にくるかね?」
無言でドアを閉めようとしたが、ヤツがドアの間に靴を挟み込んできた。
マルサ(国税局査察部査察官。普通の税務職員と違って強制捜査権を持つヤツら。)ご愛用の鉄板入り安全靴だ。
なんで署長が履いてんだよ。そんなモン。

「帰れ!」
「つれないねぇ。君、また家に帰らずに事務所に泊まり込んでいるんだろう?
 ご母堂が心配されていたよ。
 なぜ私の家に来ない?
 君には鍵を渡してあるというのに。」
「あぁ!? なんであんたの家にオレが行かなくちゃならないんだ?」
「君がゆっくり休んで気力を取り戻すためだよ。
 君の家より私の家の方が近いだろう?」
「いらねぇって!オレは元気だ!オレ…他人がいたら眠れないし。」
「そんな心配は無用だよ。君の眠りが浅いのは知っているが、意識を飛ばすほど責めれば朝までぐっすり眠れるだろう。」
「あんたナニするつもりだ?
 それじゃ翌朝動けないだろう!」
「ほう。艶っぽい想像をできるようになったものだ。」
「いらねーーーーーー!オレは変態じゃない!あんたなんかいらねぇ!」
「聞き捨てならない言葉を吐くね。君。」


「あ!署長さん、こんにちは。」
昼食に出ていた弟のアルの声が聞こえた。
アルはまだ税理士ではないが、科目合格をしていて仕事を一緒にやっている。
「やあ。アルフォンス君、こんにちは。昼食は済んだのかね?」
「はい。今食べてきました。」
「それはよかった。ところで君たちの事務所は今日も仕事が忙しいのかい?」
答えるな!弟よ!!
弟に必死に伸ばそうとした腕を男に掴まれた。
「アルっ!余計な…」
今度は別の手で口を塞がれる。
「ふんがーー!!」
「いいえ。今日はお客さんからの資料待ちで、やれる作業がないんですよ。
 忙しいのに、こうしてぽっかり数日仕事がなくなったりするんです。」
「では明日も仕事がない?」
「えぇ。このまま資料が来なければいっそ休みにしようかと思っていたんです。」
逃げ出そうとしても掴まれた腕がふりほどけない。
「そうか。お兄さんがお疲れのようだ。
 私の家で休ませるから、ご両親にそう伝えて貰えるかな?
 明後日にはここへ出勤させるよ。」
「いつも気を遣って戴いてすみません。
 兄さん、仲々休もうとしないからそうして貰えると助かります。」

なぜお前等が決める?オレの意見はどうした?
やっと男の手が覆っていた口から離れた。
「お前等勝手に決めんな!アル!オレはオレのうちに帰る!
 なんでコイツんとこ行く話になってんだよ!」
「だって兄さん、家にいても全然休もうとしないじゃない?
 仕事のことばかり考えて。もっと気分転換した方がいいよ。」
「だからってなんでコイツの家って発想になんだ!?」
「そりゃ…。」
アルと男が視線を合わせた後、二人してオレを見て
「愛し合ってるから「だろう?」「でしょ?」」
同時に言いやがった。
「〜〜〜〜!!!!違ぇよ!!」
怒りで頭に血が昇りすぎたようだ。
めまいがしてきた。
腕を放されたまま、その場にへたり込む。

「はいはい。照れないの。ロイさん、これが兄さんの荷物です。」
「ああ、ありがとう。ではもうこのまま帰宅と言うことでいいかな?」
「ええ。どうぞ宜しくお願いしますね。」
「君はいつも礼儀正しいね。」
なぜ和やかな会話なんだ?
アル、お前はなぜこの男をファーストネームで呼ぶ?
いつからだ?
おま、ホークアイさんのこともファーストネームで呼んだりするのか?
それはずるいぞ。
オレも今度ホークアイさんにファーストネームで呼んでもいいか聞いてみようかな。
そしたらオレのことも『エドワード君』とか呼んでくれたりするかな。

最早オレの思考は完全に現実逃避していた。




Vol.2


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.2
「遊」vol.2
08.11.12up
「さて、もう帰り支度はできたかね。」
嬉しそうに言う男の顔は、いつにも増して胡散臭い。
「だからオレはあんたの家には行かねぇって…」
「あーーー!!」
オレの言葉を遮り、アルの声が響いた。
「どした?アル!?」
驚いて振り返ると
「えと…なんでもない。」
誤魔化すように笑っている。
「なんでもなくないだろ?どうしたんだよ?」
怒っていないことを示したくて笑って言う。

「いやー、ごめん!兄さん。さっき銀行行くの忘れちゃった。」
「え…あ!振込か!2行(「こう」。銀行の単位。)あったな。あれか。」
それは今日中に振り込まなきゃいけないもので、振込先の希望によりこちらとしては二つの銀行から振り込む必要があった。
「これ、ナカニ(営業日中二日=振り込んでから処理されるまで、その銀行の営業する日の2日は掛かると言うこと。この言葉は他の事務所では使わないかも知れないな。)で行くかな?」
そっと伺うようにアルが言う。
「ダメだろ。ナカサンは見ないと。オレ行くからいいよ。」
振込が遅れてオレ達の事務所が困るんならいいけど、これはお客さんに掛かることだったからなんとしても今日中に振り込む必要があった。

「や!兄さん、僕が行くからいいよ。」
男を気にした様子でアルが言う。
こんなヤツにアルが気を遣うことがオレにはなんだかイヤだった。
「オレが帰ったらお前一人になっちまう。事務所カラにするわけに行かないだろ?
 どうやって銀行に行くんだよ。大体もう銀行閉まるぜ?」
時計を見ると午後2時35分。
普通に行ったら2行回れない。
「オレが両方行くから。振込票はもう書いてあるんだよな?」
「うん…。ごめん。お願いするね。兄さん、明日はゆっくり休んでね。」
「お前がオレを変なところに突っ込まなきゃ、ゆっくり休めたんだよ!」
それでも笑って事務所を出る。
アルにだけは心配を掛けたくないから。

「それでどうするのだね。2行で振込をするのだろう?両方窓口で。二手に分かれるか?」
「んー。1行は何とかなるから大丈夫だろ?」
先ずは近くの銀行を目指す。
入るや否や受付票を取り、窓口へ向かう。
他の人の処理をしている窓口のメガネの受付嬢(実は内心気に入っている人で、いつかデートを申し込もうと思っている。)に
「すみません。後で通帳取りに来ますので、これ、お願いします。」
と言って受付票と通帳と振込票を渡す。
「あ…!エルリック様…!いつもありがとうございます。はい。お預かりします。」
いつ見てもこの銀行の女性は顔色がいいな、と思う。
「それじゃ、よろしく。」
にっこり笑って窓口を後にした。

「次行くぞ。」
ソファに座ってこっちを見ていた男に言い、次の銀行へ向かった。
「順番を待たないで処理して貰うのかね?」
驚いたように男が言う。
「飛ばして貰うんじゃない。処理は順番通りだ。ただ受付を早くして貰うだけだ。」
自分でも本当は使いたくない手なので、ついつっけんどんに答えてしまう。
「こういう方法があるのか。」
感心したように言った後で
「それにしても随分人気があるのだな。」
さっきまでやたらと機嫌の良かった男がなぜか不機嫌そうに言う。
「なにが?」
こっちはその前から不機嫌だ。この男のおかげで。
「行員のお嬢さんに人気のようだ。」
「あ?なんのことだ?」
男の前を歩きながら答える。
「さっきの受付の女性、君を見て頬を染めていた。その他の受付嬢も君をちらちらと見ていたし。」
「はぁ?そうか?」
全然気が付かなかったけど、ならちょっとは脈が有るかな?
少し嬉しくなった。
「…。」
「おら、さっさと歩けよ。次に間に合わないだろ?」

次の銀行では普通に受付票を取って、順番を待つ。
「この銀行ではさっきの方法を使わないのかね?」
待つと解ったのか、鞄から出した本を手に男が言う。
「あれは他の銀行では使えないってか、使いたくない手なんだ。
 他の人はちゃんと順番を待つんだしな。
 お客さんの為だったらどんな手でも使うけど、でもできるだけ使いたくない。
 あの銀行は親父とオレのメイン・バンクだから多少の我が儘が効くんだ。
 なにしろ、オレはガキの時からあの銀行には通っていたしな。」
「付き合いの度合いが違うということか。」
「ま、そういうこと。」

その銀行の振込を済ませてから先程の銀行へ戻る。
もう3時をとっくに過ぎている。
「どうするんだ?もう銀行は閉まっているが?」
「こうすればいいんだよ。」
最早通い慣れた銀行の通用口へ向かう。
インターフォンを鳴らして
「エルリックです。通帳の受け取りに来ました。」
と告げた。
インターフォンの向こうから
「きゃー!」
「ええ?エルリック様?」
「私も♪」
「私もぉ!」
と言う声が聞こえるがいつものことなのでナニを思うでもない。
なぜかまた憮然とし出した男に
「仮にも銀行の裏口だ。心配させるといけないからあんたは下がっていろ。」
と指示した。
いや、この銀行の受付嬢(特にメガネの彼女)にまでいらん状況を知られたくないし。

やがて銀行の裏口が開き、
「きゃあ〜♪エルリック様、いつもありがとうございます♪」
いつもながらなんで通帳を渡すだけのことにこんなに人員を割くかなぁ、というくらいの女性達が目の前に現れる。
強盗でも警戒してるのかな。
「いつもお世話になっております。先程の通帳をお願いします。」
とりあえず営業用の笑顔で告げる。
「はい。エルリック様。こちらでございます♪」
「ありがとう。」
にっこりと通帳を受け取った。
「先日はお歳暮をありがとうございました♪いつも美味しいお菓子を戴いて、みんな喜んでおります♪」
「いや、アレはアルが選んでるんですよ。アイツの方がセンスがいいんで。」

口々に華やかな女性達が話し出した。
「えぇ〜♪エルリック様だっていつも素敵ですよ♪」
「そうそう。いつかダイテ(代金取立手形)下さいね♪」
「ずるい!私だってヤッテ(約束手形)欲しい!」
「いや、オレんとこ手形やってないし。」
「じゃあ、タメテ(為替手形)から?」
「や、外国と取引ないから。」
なぜオレの事務所の手形をそんなに欲しがるのかよく解らない。
ま、銀行に手数料が入るからかな。
営業熱心な人達だ。
オレはそういう仕事熱心な人間が好きなので、いつもより愛想が良くなる。

にこにこと雑談をしているといきなり後ろから手が伸びてきた。
「いつまで恋人を待たせるのだね?デートの時間が短くなるぞ。」
「ぬあ!?」
背後から抱きしめられて、頬にキスされる。
「ぁにすんだよ!?」
オレが叫ぶのと
「えぇ〜〜〜!」
「きゃぁあ〜〜!!」
黄色い声が挙がるのとは同時だった。
ヤヴァイ!これではここにまで誤解が広がってしまう!
「いや、これは…。」
男の腕を振り解こうと焦りながら言い訳を考える。
放せったら!こら!

オレの好きな受付嬢がメガネの奥の眼を見開いて、無言でこちらを凝視している。
あぁ、もう。
もっと時間を掛けて口説きたかったが、仕方がない。
誤解をされるよりはマシだ。
今告白してしまおう!
黒髪の彼女に手を伸ばしながら
「違うんだ!オレは君が…」

ぐきっ!
すんげぇ音がした。

オレの首が無理矢理上に向けさせられる音だった。
男の手がオレの顎を上に向け、キスをする。
痛い!痛い!痛いっつの!
つか、なんで青筋を立ててキスしてんだよ!?
うわ。舌を入れんな!
オレの恋路を邪魔すんなーーーー!!!
男の屈強な腕に絡み取られて、声を出すことも出来ないオレ。

やっとのことで男を振り解いたが、オレの息はあがったままだった。
ふと受付嬢達を見ると、ほとんどの女性が肩を落としたり、酷い顔をしている中でオレのお目当ての受付嬢だけが嬉しそうだ。
なんでだ?
「素敵ぃ〜!」
彼女は満面の笑顔でうっとりと言った。
「やっぱりエルリック様って、そっちの方だったんですね!」
「は?そっちって、どっちですか?」
思わず狼狽えてしまう。
「わぁ〜♪お似合いの方ですね♪エルリック様、倒錯的で素敵!」
「え?いや、オレはノーマルですけど?」
オレが誰とお似合いなんだ?誰と!
てか、オレはアナタとお似合いになりたかったんですが?
「創作意欲が掻き立てられるわ〜♪」
「え?創作?あの、すみません。ナニか誤解が…。」
うわ。ここにまで誤解が広がる…いや、既に広がってる?なんで?

「今度のコミケでエルリック様をモデルにしたオリジナルを書いてよろしいですか?」
「はいぃ!?」
オレの知らない世界!?
「ええ。どうぞ。是非相手は私で。」
ずいっと顔を差し出した、にっこりと営業用スマイルの男が言う。
おい!役人に営業用スマイルはいらないだろ!?
「わぁ♪ありがとうございます♪出来上がったらエルリック様にお送りしますね♪是非読んで下さい♪」
「ええ。喜んで。ディープな作品を期待してますよ。」
「きゃ♪18禁でお許しがでちゃった♪」
なんの話だ?なんの。
「では、失礼します。それでは。」
男は挨拶をすると、オレをずるずる引きずり出す。
「え!あ!あのっ!お…お世話様でしたぁ〜!」
とりあえず受付嬢達に挨拶をしておく。
オレは礼儀正しいんだ。
「おい!放せよ!」
暴れるが男の手は離れない。
お…オレはあの娘に失恋したのか…?
いや、なんかもっと複雑な心境だ…。


「先程の言葉は本気かね?」
抵抗空しく男の家まで連れ込まれて、ここはリビングのソファの上。
「あ?なにが?」
オレはものすごく不機嫌だ。
何しろ失恋したのだ。
この目の前の男のせいで。
深くどうなりたいとまでは思っていなかったが、それでも気に入っていてデートしたいと思っていた女性に「この男とお似合い」と言われてしまったのだから。
「君は本気であの女性を好きだったのかね?」
「本気っていうか…。でも気に入ってたんだよ!今度デートに誘おうと思ってたのに。
 あんたのせいで台無しだ!どうしてくれる!?」
不機嫌だった男が更に機嫌を損ねたように見えた。
機嫌が悪いのはオレだっつーの!

「彼女のどこがよかったのだね?」
「え?えと…黒い目にあのメガネがかわいいな、とか思ってたんだよな。
 なんか知的で。いつも笑顔だったし。あとは…色白なとこもよかったな。
 黒い髪もこの国じゃ珍しいけど、オレ好きなんだよ。」
今更ナニになるんだろうと思いつつ、オレは彼女の気に入っていたところを並べてみる。
「もしや今まで君は女性と付き合ったことが?」
あ?真面目なツラしてなにを言い出すかと思えば。
「あるよ。当たり前だろ?オレは正常な男だ。女性が好きだし、セックスだってしたいし。」
「ほう。それはすべてが黒髪、黒い目の女性だったと?」
「あ!?なんで知って…。」
「それは何歳の頃から?」
「えと…。12歳くらいか…?」
オレの初恋って言われてみると遅いかもな。

しまった!
ナニがしまったのか分からないが、男の機嫌が回復したようでそれはきっとオレにとって芳しくないことで。
嬉しそうに溜め息をついて男が言う。
「バカだな。君は。私に似た人間に惹かれていたんだろう。私がそばにいるというのに。」
「や。それ、なんか根本から間違ってるから。発想が。」
なんでどいつもこいつもオレを変態の道に引きずり込もうとする?
オレはノーマルだっつぅのに!




Vol.3


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.3
「遊」vol.3
08.11.13up
「あ!オレが好きなのは黒髪黒目だけじゃないぜ!」
とにかく誤解をこいつから解いていこう。
すべての元凶はこいつなんだから。
オレはノーマルでノンケだと思い知らせてやる!
「ほう。どんな好みがあるのかね?」
余裕な顔がムカツクぜ。
「金髪でチョコレート色の瞳!優しくて大人な女性。」
ちょっと意外だという顔をする。ザマァミロ。
「それは?」
「ホークアイさん!オレとアルの憧れの女性だ!」
「…。」
あれ?なに考え込んでんだ?

「それは…。恋愛感情ではないだろう?」
「あ!?なんでそう思うんだよ?」
「君は…彼女に欲情できるか?」
「え?」
なんてこと言うんだ!?この男!
あんな素敵な、あんな大人の女性に欲情…。
欲情…しないな。いや、出来ないな。
つかなんか怖いな。なんでだ?
うん。違うな。これは恋愛感情ではない。
って、納得してどうする!?オレ!
この男よりはずっと好きなヒトなのに!
しかし『恋人』と言うよりは『姉』への思慕に近いのは確かだった。

「ホークアイさんはあんたの恋人?」
それでもはじき出した感情を素直に伝えるのは悔しくて聞いてみる。
「いや。彼女は優秀な秘書官だ。私は公私混同はしないよ。」
ちょっとホッとしつつも聞き捨てならない言葉に引っかかる。
「ほぉぉ。『公私混同はしない。』デスカ。ソウデスカ。
 なら、オレがいつもされていることはなんなのか、簡潔に説明して戴けますかね?
 ショチョウ!?」
「それは君が一人前の税理士になるべく尽力しているだけなのだが?」
「あ!?オレの恋路を邪魔することがか!?」
「落ち着きたまえよ。センセイ。
 私が君に無料相談や研修会の案内を多く入れるのは優秀な税理士になって欲しいからだ。
 いわばこれは『公』だな。
 そして、受付嬢への告白をさせなかったのは『私』だよ。
 私は君を愛しているからね。
 なにか疑問が?」
どうしてこの男のツラの皮はこんなに厚いかなぁ。

呆れ果てて言葉も告げられなくなったオレに
「そうだ。これを読んでおきたまえ。」
男が傍らに有った2冊の本を渡す。
「新会社法の解説本だ。一つは定款と登記関係。こちらは税務関係だ。必要だろう?」
「あ…。うん。」
既に施行されている法律を調べていないのは、プロとして失格とは解っている。
「定款や登記関係は他にも本が出てるんだけど、税法に絡むモノが見つからなかったんだ。
 誰も手が出しにくかったのかな。………あ…ありがと…。」
いや、探したんだよ。探したけど見つからなかったんだよ。
でもそんな言い訳は通じないんだ。本当は。

こうして必要な解説本や手引きを男に貰うのは初めてじゃない。
どちらかというと、適確な文書をこの男から貰う方が多いと言える。
この本もオレのために用意してあったんだと解った。
この男は全ての税法に精通しているようだ。
現職の調査官にだってこんなに詳しいヤツはいないだろう。
その点だけはオレはこの男を尊敬している。

「それと…。君にこれをプレゼントするよ。」
男の手から渡されたのは銀色の懐中時計。
それを渡す男の視線が何故かオレの表情を凝視している。
「これ?なんでオレに?」
「…以前、法人決算の講習を君にお願いした時、時計を持っていなくて苦労していただろう?」
あぁ、そんなこともあったな。
『法人の決算処理と手続き』という中小企業の社長や経理担当者相手の講習を引き受けたことが有った。
決算に当たってどういう仕訳をするかとか、消費税の関係を話したんだった。
掛け時計がオレの背後に有ったから、講習を受けている人は見えただろうが、オレからは見えなくて。
最近は携帯電話で時間を見ていたから(でも卓上に携帯を置くわけにも行かなくて)時間が解らなくて困ったのだった。

ぴんっ
音を立てて時計の蓋を開けてみる。
外側は結構古そうだったのに、中のガラスは綺麗だ。
「実はアンティークでね。
 そのままでは動かなかったので、時計自体は最近のものを入れているんだよ。」
「そうなんだ…。あのさ。」
「ん?なんだね?」
男が更にいい気になったら嫌だなと思いつつ、正直な気持ちを伝える。
「オレさ、これ気に入った。でも、あんたから貰う謂われはないから代金を払いたいんだけど!」
その言葉を聞いた男が意外なほど哀しそうな顔をした。
「それは私からのプレゼントと言ったろう?」
「でも、タダ貰うのは悪いし。」
「なら『等価交換』と行こうか。」
溜め息を付いて男が言う。
「おう。それなら願ってもないことだぜ。」
今まで物欲など無かったオレだが、この懐中時計は本当に気に入った。
これをくれた男にちょっとでもお礼がしたいと思ったんだ。

「ならば、君から口づけをくれるかね?センセイ?」
しれっと、男の口から言葉が告げられた。
えと、オレはノーマルです。
ノンケなんです。
なんだか今日一日で随分否定されておるようですが。
お礼がしたいとは思ったが、それはそういう意味ではなくて。
「どうした?」
「いや、オレが言いたかったのはこの時計の代金を支払いたいと言うことなんだけど。」
「私は時計だけではなく、私の気持ちも贈ったんだ。それに値する対価が君に計算できるのかね?」

税理士は計算が得意と思われるかも知れないが、実のところ『金銭が動かないモノ』は金額が確定しにくいんだ。
もし金額を計算するんだったら、それに対する法や定められた計算式が必要になる。
逆に言えば、法や計算式の存在しないモノの金額の算定は出来ないと言うことだ。
当てずっぽうの金額を口にすることが不可能なんだ。
それが普段から染みついているので、男の指摘にオレは反論できなかった。
『気持ち』なんてものの計算式をオレは知らないから。

「えー。あの。『ソレ』が等価交換かはオレには解らないんだけど、なんか違う対価ってないの?」
とにかくオレはノーマルを貫き通したい。
こんなところで人生を誤りたくない!
「では仕方がない。君からして欲しかったが。」
男の手がうなじに回される。
「やめろーー!」
近づいてくる男の顔を押し返す。
が、その手をまとめてもう片方の手で押さえられてしまった。
ソファに押し倒されてたまるか!
力を入れたためにそのまま近づいてきた男と顔が触れる。
「んー!」
だから舌を入れんなって!

オレ、なんでこんなヤツと知り合ってしまったんだろう。
美人で優しい奥さんとかわいい子供との家庭がオレの夢なのに。
しかも男のキスに心からの嫌悪感を感じることが出来なくて。
そのことがオレにはとても不安だ。
満足げに顔を放す男が悪魔に見える。

おい!髪を梳くな!
「触るなよ。」
「どうして?寂しいことを言う。」
「や。普通のことだから。野郎に触られても嬉しくないし。」
本当は気持ちがいいなんで口が裂けても言えない。
「でも髪に触られるの好きだろう?」
「! なんで知って…!」
慌てて口を押さえる。

「綺麗な髪だ。陽の光のようだな。」
「今まで疑問に思ってたんだけどさ。
 あんたなんでそんなにオレのこと知ってんの?
 眠りが浅いとか、食事を忘れんのとか。
 大体家に帰ってないの、どうして解ったんだよ?」
「愛しい君のことならなんでも解るよ?」
「誤魔化すなって!」
「実はご両親やアルフォンス君に聞いたからと言うだけなんだけどね。」
「なんでアイツ等あんたにんなことぺらぺらしゃべってんだよ!?」
「それはもうご家族に挨拶が済んでいるからだろうな。」
「はぁ!?」
なんだそれ!?オレ聞いてないぞ!?
つかなんの挨拶が済んでるって?
「『一生の伴侶として君を選びました。必ず幸せにします。』と伝えてあるよ?
 いや、最初は驚かれたようだけど、すぐにお許しを戴いたよ。
 理解あるご家族で、私たちは幸せだな。」

オレは『敵』とも言うべき人間に囲まれてものすんげぇ不幸だよ!!!!




Vol.4


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.4
「遊」vol.4
08.11.13up
男がした挨拶とやらにオレは激高し、親父達を問い詰めに帰るのだと頑張ったが男が放すわけもなく。
ソファに押し倒されて、凍るような声で
「帰るというのなら今ここで私に抱かれてからにしたまえよ。」
と告げられては、
「か…帰りません。是非泊めてクダサイ。」
と言わざるを得なかった。
オレ、どんどん間違った方向へ行ってねぇか?
でもあの眼はマジだったよ!オレ犯られるかと思ったよ!
こ…怖かった…。


「そういえば忘れていたが、君昼食まだだろう?」
逃げずに泊まると宣言してからはうって変わって上機嫌だった男が突然言う。
「あ、そういえば。オレも忘れてたよ。」
貰ったばかりの懐中時計で時間を見ると、既に早めの夕飯という時間。
それにしても手にしっくり馴染んでいい感じだ。
「食事をきちんと摂らないと大きくなれないぞ。」
「うーん。仕事が忙しいとつい忘れちまうんだよなー。」
時計を弄びながら答える。

「…。」
「あ?なに?」
視線を時計から黙ってしまった男に移す。
「いや…。」
なに人の顔見てんだよ?
「大きくなったな。」
今までオレの髪を梳いていた手がぽんぽんと頭に乗せられる。
触んなっつってもムダなのはよく解った。
頭くらいなら譲歩しよう。(こうして人は誤った方向へ歩み続けるのだ。)
「あ?嫌味か?あんたより低いし、平均的に言ってもでかくはないぜ?」
「でも170はあるのだろう?」
「ああ。170pぴったりだけどな。まだ伸びると期待はしてんだ。」
「本当に…大きくなった。」
「なんかあんた、久しぶりに逢った親戚のオバチャンみたいだぜ?
 そりゃ初めて逢った時は9歳だったからな。でかくもなるさ。」
「うん…。そうだな…。」
頭に手を乗せたまま、男が頷く。

「んで、どうすんだ?メシ。」
そういえば腹が減った。
「デリバリーでも取るか?たしかメニューが先日郵便受けに入っていた。」
「んー?ピザとか?あんたそんなの食べんの?」
ちょっと意外だ。
「いや食べたことはないな。」
なんだ。やっぱり。
「嫌味にグルメそうだもんなー。」
「何を根拠に?」
心外だという顔をして男が聞く。

「前に調査でさ。領収証を調べてた統括(税務署の割と偉い人)が『この「ぎょみん」という店なんですが…。』って言ってんの聞いて、あぁこういう人達はやっすい居酒屋なんて行かないんだなって思ったんだよ。
 ま、下っ端の人達は知らないけどさ。」
「『ぎょみん』…?よく駅前にある?」
得心の行かない顔で男が呟く。
「うん。今あんたこの話、理解してないだろ?」
「え?いや確かに私は行ったことがないが…それが?」
「これ読める?」
とオレは内ポケットから手帳を出すと
『魚民』『和民』『笑笑』『村さ来』と書いて男に差し出した。
「『ぎょみん』。『わみん』?『ショウショウ』?『むらさ…』あ!『ムラサキ』か?」
「うん。やっぱイヤミだよ。あんたたち。」
「え?間違っていたか?」
「一生知らなくても困らないだろうけど、オレは調査で言われる度に笑いものにはさせて貰うぜ。」
「それは厭だな。どう読むのかね?」
「教えてやんない。それよかなんか食べに行かないか?」

男の手から手帳を取り上げると、またポケットにしまう。
その年の税法の載った大切な税務手帳だ。これをなくすとシャレにならない。
「そんなこと言わずに教えてくれないか?
 あと、出掛けるのは厭だな。
 君を独り占めしていたい。」
肩に腕が廻され、引き寄せられる。
「はぁ!?ナニ言って…。や!触んなって!」
近い!近い!顔近いって!
だからもう引き寄せるなぁ!!頬に手を当てんなぁーーー!!!
「で?なんと読むのかな?」
「え…と、『うおたみ』と『わたみ』と『わらわら』だよ。最後のは合ってる。」
オレ今気付いたけど、いや今まで気が付きたくなかっただけだけど、コイツのいいなり?
オレなんでこんなに立場が弱いの?
オレが悪いのか?
オレがナニをしたって言うんだ?
「ほう。面白い読み方をするものだ。
 で、外食は無しだ。君を誰にも見せたくない。」
「ちょっ!ま!待て!そんなに耳に口を近づけなくても充分聞こえるから!」
うわ。息を耳に吹きかけるなぁ!
「外ではこうして君に触れられないだろう?
 いや、私は一向に構わないがね。」
「わかった!出掛けなくていいから!」
ああ。オレの選択間違ってないか?
出掛けた方がマシ?
いや、コイツのことだからすると決めたらこのくらい、人前できっとやりやがる。
「君はなにが食べたい?」
耳たぶを舐めるな!
「おおおオレはなんでもいいよ!ピザでも中華でもソバでも!とにかく離れろ!」

デリバリーのピザを男は珍しそうに食べ、
「結構いけるものだな。」
と感心していたが。
オレにはなんの味もしなかったよ。

男の膝に乗せられたまま食わされちゃぁな!!

神様、オレになんの罰を与えてるんですか?
オレ、本当に何かしましたか?
オレの幸せを潰しまくるこの悪魔はどうしてオレの前にいるんですか?




Vol.5


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.5
「遊」vol.5
08.11.13up
「風呂を入れてくるよ。」
食事が終わり、やっとオレを膝から下ろした男がにこやかに言う。
風呂…風呂…。
それはこの状況からしたら、オレも一緒に入ると言うことか?
オレのノーマルな日常は、またもオレを置き去りにしてツー・ステップで走り去っていくのか?
いや、親父やアルと一緒に風呂に入ることに躊躇はない。
しかし、この状況で男と風呂にはいるのはオレの貞操の危機が迫っているよな。
(男でも「貞操」っていうのかな?)

だらだらとイヤな汗をかいていると、男が風呂場から戻ってきた。
「一緒に入るかね?」
そんな気軽にオレの貞操に係わることを聞いて欲しくない。
「出来れば別々に入ることを希望。」
とりあえず希望は伝えておこう。
人生、なるべく悔いのないように。
なんてな。
ムダと言われようと。

「そうか。」
にこやかなままの男の様子。
これはもしや願いが聞き届けられる?
微かな希望に縋りかけたオレに男の腕が落ちてきた。
それは背中に廻され、オレの真っ正面に男の顔が迫ってくる。
「君は私と風呂に一緒に入りたくないのか。それは残念だ。」
顔は笑っているが、眼が笑ってない。
その笑ってない眼が持つ温度は絶対零度(えっと、確か-273.15℃だったか?)を軽く下回っていて。

「一人暮らしだと、背中に上手く手が回らなくてね。出来ればお互いに背中を洗えればいいと思ったのだが。」
いや、あんたが繰り出す言い訳よりなにより、あんたの眼がオレを脅してますがな。
「オ…オレも最近一人でシカ入ってないかラさ…。せ…背中洗って貰えルかナ?」
声をひっくり返してまで男の要望に従うオレの人権って、きっとかつてのイシュヴァール人たちより侵害されてる。

ぱぁぁ!
という音でも聞こえそうなくらい、嬉しそうになる男の顔。
「君から一緒に風呂に入りたいと言われるなんて。とても嬉しいよ!」
言ってません!言ってませんから!
あんたに脅されて一緒に風呂に入るだけですから!
オレとこの男の心はきっと『ねじれの関係』だ。
平行ではないが、決して交わることのない関係。
それにより一方的にオレに負担が掛かるのが納得できないが。

嬉しそうに着替えを取りに行った男に取り残されて改めて自分の状況を確認する。
ざぁぁぁーーー。
聞いたことのない音が冷たくなっていく顔から聞こえる。
血が引くときって、結構大きな音がするんだな。
知らなかったよ。
今、オレは本当に貧血を起こした青い顔をしているんだろうな。
なぁ、本当にオレは今までどんな罪を犯してこの状況にいるんだ?
「キリエ・エレイソン。」
そんな言葉がオレを救わないことは分かっているんだけれども。
「主よ。憐れみ給え。」
お…オレがナニをしたんだぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!

「さて、そろそろ風呂が入るが。
 どうした?顔色が悪いな。」
それは間違いなくあんたのせいだよ。とは言えず。
「や…。ダイジョウブ。ひとっ風呂浴びるかぁ!」
動きがぎくしゃくしてしまうのは許して欲しい。
オレの心情を斟酌して貰えるのなら。

脱衣所でさっさと服を脱いだ男の躰に見とれたのは、致し方の無いことだと思う。
ムダな肉の一切無い、筋肉質な躰。しかしそれは不自然なモノではなくて。
(下半身は見ないようにしてしまう。同性なのに。弱いオレ。)
「あんた…なんか運動してるのか?」
「いや、特にしているスポーツは無いが、昔から躰を鍛えてはいるな。」
それほど危険に満ちた日常とは思えないけど。
「それにしても凄いな。あんたの躰。驚いたよ。」
素直な感想が口に出る。
「それは光栄だな。いつでも君を護れるように鍛えてあったと言ったら信じてくれるか?」
それは軽口に聞こえるが、真摯な響きを持っていて。
「なんでオレなんかを?」
まともに言葉を受け取ってしまう。
「君が大切だからさ。」
男もまともに答えてくる。

ヤヴァイ!
顔が紅く染まっていくのが分かる。
「ま…護られるほどオレは弱くはないぜ?」
「それは知っているよ。アルフォンス君と鍛えている体術もたいしたものだと聞いている。
 …脱がないのか?」
言われて自分がスーツも脱いでいないことに気付いた。
「あ…。ごめん。」
なにが『ごめん』なんだか。
背広とズボンを脱ぎ、ネクタイをほどいてワイシャツと靴下を脱ぎ、タンクトップとパンツだけになった。
ふぅーっと一息ついて気合いを入れ、残った下着を脱ごうとしたとき
「もういいよ。」
男の声が聞こえた。

あ?なにが『もう』?
「すまなかったね。怯えていたのだろう?」
男がオレの躰を舐めるような視線で見ている。
「実を言えば、このまま素肌の君を見たら私の理性が保たないのだよ。
 君に私を受け容れる気持ちが有るなら、このまま一緒に入りたいのだが。
 どうかね?」
「あ?」
裸の男がオレに一歩近づく。

「君は男を抱く気はないだろう?」
「ない!」
一歩下がりながら、きっぱりと答える。
そういう欲求すら抱いたことはない。
「それなら私は君を抱きたいと思うが、無理強いはしたくない。どうする?」
どうするって、答えは一つだ。
「す…すみません!去らせて戴きまっす!」
オレはマッハのスピードで風呂場を後にした。
ドップラー効果すら生めそうなイキオイだった。

オレ、ノーマルでオンナノコが好きで、幸せな家庭を築きたくて。
どうしてこんな状況になるんだ?
いや、最も危機的な状況は免れたようだが。
しかし『無理強いはしたくない。』って、オレは抱きしめられるのもキスされんのも髪に触れるのも耳たぶを舐められんのもイヤだと言ったハズなんだが、その辺の『無理強い』はどうなんだ?
いや、恐ろしくて聞けないが。
「これから夜が長いよな…。」
オレの貞操の危機は続くのだろうか?
男の理性に賭けるしかない。
オレの人生ってそんな綱渡りなものなのか?
不幸だ…。
しみじみと自分の人生を振り返ってしまう。
どこから間違えたのかな…。
やっぱアイツと出会ったところからだよな…。
神様、恨みます。


バスローブを着た男が、ばさばさと濡れた髪をタオルで拭きながら出てきた。
そのままキッチンへ行き、氷とグラスを持ってくる。
「先にやらせて貰うよ。君の着替えは風呂場に置いておいた。」
「あ…。サンキュ。じゃ入ってくるわ。」
そういえば着替えのことを考えてなかったな。

脱衣所からオレのスーツは消えていた。
ハンガーにでも掛けてくれたんだろう。
意外とマメなヤツだ。
ふとカゴを見ると、オレの下着とパジャマが入っている。
「…。」
なぜこれがここに?
これは間違いなく普段オレが着ている下着と、そういえば見かけていなかった去年だったかに買ったパジャマ。
「…。」
この分では最近見かけない2,3着のスーツもこの家に来ているんだろう。
それはきっと事実で。
「クリーニングに出てるんだと思ってた…。」
オレの日常はどこまで浸食されているんだろう?
アルか?母さんか?いや、親父が一番怪しい。

風呂場にはいると二種類のシャンプーとリンスが目に入った。
おそらく一つは男が使っているものだろう。
もう一つはオレが使っている銘柄だ。
「…これも家から来たんじゃないだろうな。」
持ってみると新品だった。
さすがにオレんちの風呂場から来たわけではないらしい。
しかし…。
「個人情報保護法って、家族にも適用できないかな。」
オレの情報はどこまで男に握られているんだろう?
もう考えたくもなくなってきた。
明日オレがいつも食べてるシリアルが出てきても、もうオレは驚かない。


「あちー。」
まだパジャマなんぞ着込みたくはなかったが、男の前で素肌を去らす危険に比べればなんてこたぁない。
しっかり一番上までボタンを留めてリビングへ向かう。
もちろんパジャマの上はスボンの中にたくし込んだ。(つまりツナギ状態だ。)
スキを見せたらヤられる。
見せなくたって危ないんだが。

「冷蔵庫にビールも入ってるから、勝手にやってくれ。」
男の言葉に頷いてキッチンへと入る。
冷蔵庫には酒しか入ってない。
オレの好きなビールが当然のようにそこにはあった。
予想していたことなので、もう何も思わず手に取る。
ふとシンクを見ると、生ゴミなんか受け取ったこともありませんという様だ。
「料理とか全くしないんだろうな。」
男の一人暮らしなんて、そんなもんかもな。

「よっ…と。あんたナニ飲んでんの?」
男からなるべく離れてソファに座る。
ゆったりとした豪奢な造りのものだ。
これなら急場にはベッド代わりになりそうだな。
そこまで考えてオレはその思考を頭から追い出した。

「コニャックだ。氷を入れるのはもったいないのだろうが、この飲み方が好きでね。」
「ふーん。」
ビールをグラスに注ぎながら見ていると、男は大振りなグラスにロックアイスをごろりと入れ、上から酒をがっぱがっぱ注ぐ。グラスのフチまで。
「それ、もったいないとか言うレベルじゃない飲み方なんじゃないか?」
「ん?ゆっくり飲んでいると氷が溶けてきて丁度いい飲み口になるのだよ。」
言いながらも男は一度に三分の一は飲んでしまう。
どうせこの男が飲むんだ。高い酒なんだろうに。
どうしてもったいないオバケはこういうヤツのところに化けて出ないのか。
ま、酔いつぶれて寝てくれれば嬉しいんだけどな。

「あんた酒強いの?」
答は予想できたが聞いてみたくなる。
「うーん。どうだろう。酔っても記憶は失わないな。どこから酔っているのかが分からないのだが。」
あれ?なんか曖昧だ。
「強いんだか弱いんだか分からないな。今まで一番飲んだのってどの位?」
「一人で開けているのでは無かったから正確ではないが、友人と二人でコニャックを6本開けたことがある。
 眠くなったので、そこで寝てしまった。それが最高記録かな?」

『コニャック:上質ブランデー。白ぶどう酒を蒸留し、樫(かし)材の樽に詰めて熟成させ、香りと味をつける。
 ブランデー:果実酒、ぶどう酒を蒸留し、貯蔵熟成した洋酒。アルコール分40〜45パーセント。』
酒税は専門ではないが、その度数の強さは分かる。

それを二人で6本か。そうか。
…こいつを酔い潰すのは不可能と判定しましたぁ!!!

「つ…強いんだな。」
もちつけ!オレ!
まだ逃げ道はある!
きっと…。たぶん…。
「いや、そうでもないと思うのだが。」
「はぁ?」
「さっきも言った通り、どこから自分が酔っているのかが分からないんだ。」
「えと…それは?」
「うん。私は酔っていないつもりだったのだが、翌朝まだ物が二つに見えたりしていたから、まだ酔っているのだなと自覚して。
 でも眠るまでの記憶もしっかりあるから、果たしてどの辺から酔っていたのだろうかと思うのだが分からなくてな。」
すんげぇ始末におえねぇぇぇぇえええ!!!
酔ってない自覚があって、そんでも酔っぱらってて。

「そろそろ寝るとするか。」
軽く口にする男。
オレはそれどころじゃないってのに。
「君はビールだけで酔えるのか?」
オレは既に数本のビールを空けていた。
「や…。あんた程じゃないだろうけど、オレも酒には弱くないんだ。
 ビールだけじゃ酔えねぇ。」
「では、私は先に眠るから、君はもっと酔ってからベッドに来ると良い。」
でないと何をするかわからないからね。
と、恐ろしい言葉を吐いて男は立ち上がる。
「あんた、この酒量で眠れるのか?」
尋常ではない量を飲んだ男に聞く。
「うん。今日はもうこれで眠れると思う。君を襲うことは無いから安心して来たまえ。」
ホントに安心していいのか。
しかしオレはこの男の言葉に従うしかなくて。

しょうがないので、寝室に向かう前に男がしたようにコニャックを氷で割って飲む。
「うわ。美味い。でもこんな強い酒をあれだけ飲めるのは人間じゃねぇな。」
オレが風呂を出たときに男が飲んでいたコニャックのビンは既にカラだ。
もう一本も男が半分以上空けていた。
オレ、今日の貞操は安心していいかも知れない。
淡くてもなんでも、人間は希望を捨てたらいけないと思う。
そんなことを考えるオレはきっと酔っていて。
「も…。寝よ…。」
オレは寝室へと向かった。




Vol.6


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.6
「遊」vol.6
08.11.16up
ベッドサイドの棚に置かれたライトがぼんやりした光を放っている。
真っ暗じゃないと眠れないオレはそれを消して、だだっ広いダブルベッドに潜り込んだ。
男はもう眠っているようだ。
なるべく離れたところで寝よう。

今日は感情の起伏が激しかったせいか疲れた。
昨日まで年末調整と法定調書の合計表作りで忙しかったしな。
酔っぱらったことだし、朝までぐっすり眠れるといいな。

小さい頃からオレは眠りが浅かった。
人の気配がするだけで起きてしまうくらいに。
「兄さんはなんでそんなに用心深いかなぁ?」
アルによく苦笑されたものだ。
「命の心配がある日常でもないのにね。」と。
そして普段眠れない分、眠ることに貪欲なオレは常に起きる可能性は減らしておくクセがある。
今日も夜中に喉が渇くだろうとベッドサイドに水を置いておいた。

人と眠るのは苦手だけれど、それでもかすかに感じる他人の体温は心地よくて。
いつしか眠りに落ちていた。


「…だ……てはくれないのかい…?」
ん?
囁く声。
そっと髪を撫でられる。
「…たら…してくれるのかな?」
あ?なんて?
「…寂しいよ…。」
泣きそうな声…?
「ん…。なに?」
気になって瞳を開ける。
「起こしてしまったか?」
気のせいだったのかな?
男は囁いてはいるがいつもの声だ。

「や…いいよ。」
男の手が髪から離れる。
「すまなかった。また眠れるか?」
オレは(眠りが浅い上に)一度眼を覚ましてしまうと仲々眠れない。
仕方がないので、唯一の眠れる方法を言おう。
とにかくオレにとっては眠ることが第一なのだ。

「…前髪。」
「前髪?」
「触られると深く眠れるんだ。」
「触っても?」
「ん。学生ん時さ…。」
「?」
男の手がオレの前髪に触れる。
額や頬からそっと退けるように。
「授業中にうとうとしてたら隣のヤツがオレの前髪で遊びだして…。」
「うん。」
「気が付いたら誰もいなくて…教室の電気消されてた…。」
小さく笑う声が聞こえる。
「酔っていると君は素直なのだな。」
「んー。そうかな。うん。」

確かに酔っている。
身体を動かすのもダルいくらいだ。
ここの所の疲れも有るんだろうけど。
でもすごく気分がいい。
男が触れている前髪の感触も気持ちいいし。
「コニャックって後から来るのな…。」
眠る前より酔っているようだ。

「なんか…暑…。」
このままじゃ寝汗をかくな。
それで眼を覚ますかも知れない。
とにかく眠りを妨げる事象は全て遠ざけておきたい。
上を脱ごう。
んー、酔ってるせいかボタンが上手く外せない。
とりあえずズボンにたくし込んでいた裾を引き出そう。

「は…!」
息を飲む声が聞こえたような気がしたがどうしたんだろう?
やっとボタンが外せた。
肩を出したところで襟を掴まれた。
「なにをしている?」
「ん?暑いから脱ぐんだよ。オレ、パジャマの上は着ないことの方が多いし。」
「本当に酔っているんだな。こら。しっかりしたまえ。」
「んー?ムリムリ〜。酔っぱらいにしっかりしろったってムダ〜。」
あはははー。と笑いかける。
「…せめてタンクトップでも着なさい。今持ってくるから。」
「や…めんど…。つか悪いからいいよ。」

立ち上がり掛けた男の腕を掴んで引き寄せる。
服より眠る方がオレには重要だ。
「それより前髪…。」
掴んだ腕を伝って手を握り、前髪に触れさせる。
「あんたが触ると気持ちいい。」
だから眠らせてな。

「君は…。」
閉じた目蓋に男の唇が触れてきた。
「ん…?なに?」
「いやか?」
次いで頬や顎、額に唇が落とされる。
「や、気持ちいい。けど寝にくいかも。」
「人を眠らせなくしておいて何を言う。」
「え?」
「全く君は煽るのが上手いな。」
耳元で囁かれて耳殻に舌を匍わされる。
「んっ!なに言ってんだ?」
おい!眠らせろよ!
「ぁっ!」
耳たぶに軽く歯を立てられた。
背骨に沿って震えが走る。
寝かせろっつってんのに!

「何してんだよ!オレは寝たいの!」
「眠れるようならそのまま寝てしまっていいから。」
「眠れるかっ!」
男の顔がオレの目の前に来る。
フテキな笑いって、こういう顔をいうのか?
「眠れるようにしてあげるよ。大丈夫。最後まではしないから。」
最後までって…。
遥か遠くで貞操の危機が迫っていることを思い出し掛ける。
しかしそれは酔った頭には遠すぎたのだろう。
どうしても眠ることだけに執着してしまう。

「なっ!やめ…!んっ!」
口づけられて、男の手はオレの胸元を匍う。
今日何度目になるのか分からないキス。
もう男の舌の動きを覚えていることがショックだ。
それを「気持ちいい」と思ってしまうことも。
それでも酔いは全てを遠く感じさせる。
コニャックって、媚薬だったのかな?
アルは酒税を持っているので明日聞いてみよう。
……聞けるかぁっ!

「は…ぁ…。イヤ…だ…。やめ…。」
耳朶から首筋に舌を匍わせていた男の口は、今オレの胸を舐っている。
力の入らない身体が痙攣を起こして震える。
「大丈夫だ。痛いことも辛いこともしないから。
 …ただ感じていたまえ。」
『テイソウノキキ』は今どの辺にいるんだろう?
遠いのか?目の前なのか?
そんなことをぼんやり考えるが現実味が無い。
飲むんじゃなかったのかも知れないな。
今更遅いんだけど。

「あっ!ヤダっ!」
男の手が下着の中に入り込みオレのモノに触れる。
イヤなのに。オレ、ノーマルなのに。
でもソレは既に立ち上がっていて、男の手を快感としか認知できない。
「ふ…っ!」
唇を噛んで声を抑えていると、男が顔を上げてきた。
「傷が出来てしまう。」
舌がオレの前歯と下唇の間に入り込む。
「声が…。」
イヤだ。
男に感じさせられて声を挙げるなんて。

「眠りたいのだろう?素直に声を挙げたまえ。」
ついばむようなキスの後
「もっと気持ち良くさせて、眠らせるから。」
と告げられる。
腰に腕が回されたと感じた時には既にパジャマのズボンと下着を落とされていた。
「え…?ぅあ…!」
オレのモノを男の舌が舐め上げる。
「や!まっ!待て!」
つかやめろ!
先を尖った舌が刺激した次の瞬間、男が全てを咥え込んだ。
「んっ!…ぁあっ!…やっ…ぁ!」
脳髄まで突き上げる快感。
それは今までに感じたことの無いほど強烈だった。

今まで付き合った娘にして貰ったことはあった。
でもそれはこんな快感を伴ってはいなくて。
いや、拙いながらもその気持ちが嬉しくはあったが。
もしプロのお姉様にして貰ったらきっと気持ちがいいのだろう。
そうは思ったことがあるが、それほど執着することもなく今まで来た。
口でして貰うよりもナカに挿れる方が気持ち良かったし。
でもこの男のもたらす快感は想像以上のもので。

「う…ぁ…。ん…。ん!」
くちゅくちゅと恥ずかしい音を立てていた男の口が、じゅるっと音を立ててオレから離れる。
あんたわざとやってやがるな。
男が上目遣いにオレの顔を見る。
「声を出すように言っただろう?我慢するんじゃない。」
「や…!」
だってイヤじゃないか!?
喘ぎ声を挙げるなんて。
と、思う以上に男の舌が離れたことがイヤだったなんて言えない。
「なにがイヤなのかね?こうされることが?それとも…。」
顔を近づけながら、男の手がオレのモノを扱く。
「私の口が離れていることがかね?」
オレの耳に注ぎ込むように男が囁く。
「う…。」

この男はどこまでオレを知り尽くしたいのだろう?
どうしてそこまでオレに執着するのか。
いや、そんなことを考えるのは自分を誤魔化しているんだという自覚はある。
オレは…。
「や…。もっと…!」
「もっと?」
「咥えて…!イかせてくれ!」
オレは快感とその先の安眠に屈した。
男の口中にオレのモノが捕らえられ、舐められ吸い上げられる。
「んぁ!…あっあっ…!あ…もう…!」
びくびくと腰が痙攣する。
も…イっちゃう…。
聞けばきっと「イきたまえよ。」と言うのが分かってる。
それに今は甘えたい。
「ん…!ショチョウ!イ…く…ぅっ!」
男の口腔に精を放った。
ソレをこの男は咳き込みながらも飲み込んで。
けほけほ、と喉をする男がかわいいとか思ってしまって。

「おい、大丈夫か?ごめんな。」
自分の気持ちを伝える。
「いや、私は嬉しいよ。」
男の嬉しそうな顔を見て思う。
あー。あのー。すみませーん。
オレが快感を感じたのは事実ですが、オレがこの男を受け容れるかというと別問題でー。
つか、オレはノーマルだっつぅの!
最早無意味かと思いつつも自分に思い聞かせる。




Vol.7


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.7
「遊」vol.7
08.11.16up
「ウソつき…。」
まだ息が整わない。
「? 何がだね?」
男は時折咳き込みながらも涼しい顔だ。
「前に『そういう性癖はない。』って言ってたクセに。」
「ん?」
「あんた上手すぎ。初めてじゃないだろ?男にすんの。」
こんな風にあっという間に登り詰めさせられる快感をオレは知らなかった。
「妬いてくれるのか?
 他の男になんてしたことはないよ。
 君を気持ち良くさせたくて研究しただけだ。」
けんきゅうううぅ!?
「どやって?」
「それは企業秘密だ。
 今タオルを持ってくるから。眠れるようなら寝ていたまえ。後は私がしておく。」
ん?身体を拭いてくれんのかな?
それほどベタベタはしてないけど。
…でもないか。
ほとんど身体中舐めまわされたコトをぼんやり思い出す。
確かに気怠くてよく眠れそうだ。
気持ち良かったし。まだ余韻が残っている。
…深く考えたくはないが。


帰ってこねぇなぁ。
…うん。
アイツ今ヌいてる。
きっとヌいてる。
…。
ま、オレでなんかをされるよりは平和だ。
寝ちまおう。
おやすみなさい。
珍しく深い眠りに再び落ちていった。


朝、か。
深く眠れたことが妙に気恥ずかしい。
男と同様、オレも酔っても記憶をなくさない。
そんな自分が恨めしい。
こんなことは初めてだ。
男のキス攻撃で眼を覚ますのもな!
「おはよう。」
額や頬にキスを落としていた男は妙に楽しそうだ。
朝から必要以上に爽やかな顔してんじゃねぇーーー!
「ん。はよ。……やめろ。」
男のキスが顔から逸れ始めてオレは再び貞操の危機が近づいてくるのを感じる。
あー。
今日は家に帰りたい。
「腹減った!起きるぞ!」
男の頭を鷲掴みにして引きはがし、ベッドを出る。
パジャマのままキッチンへ向かった。
コイツの前で今肌を晒せるか!

「なぁ。あんた今日、仕事は?」
もう9時すぎだ。役所は始まっている。
「今日は私も休みだよ。」
「ズル休みじゃないだろうな!」
オレのせいでこいつがサボったりしたら、ホークアイさんに殺されそうな気がする。
や、そんなコトする人じゃないと思うんだけど、どうしても恐怖心がぬぐえない。
「公休がこなせていなくてね。休めと言われていたんだ。丁度いい。もう連絡はしたよ。」
「本当かぁ?」
なんか信用できねぇ。

「これしかなくて申し訳ないのだが。本当にこれでいいのか?」
コーヒーとオレのいつも食べてるシリアルが出された。
いや、オレいつも朝食をこれだけで済ましてる訳じゃないんだけど。
情報源はやはり親父か?
今オレの前にあるのはシリアルの牛乳無し、コーヒー添え。
仕方がないのでそれを食う。
「喉につかえないかね?」
「あんな牛の分泌した白濁したもん掛けるよりマシ。」
コーヒーでシリアルを流し込む。
ここんちに現在ある食糧は、酒とシリアルとコーヒー豆。
あとはミネラルウォーターとロックアイス。
以上。
調味料すらありゃしねぇ。

「あんた食事はいつもどうしてんの?」
ダイニングテーブルの向かいに座った男に聞く。
男はシリアルすら食わないようで、ただコーヒーだけをブラックで飲んでいる。
「ん?朝はコーヒーだけだな。昼食と夕食はほとんど外で済ませている。」
そりゃ接待とか多そうだけど。
「あんたさぁ。身体壊すぜ?
 昨日だってツマミも無しに酒だけ飲んでただろ?」
スプーンを廻しながら男に向ける。
「君に食事の注意をされるとはね。いつも弟に注意されているのだろう?」
苦笑しながら男が切り返す。
「オレはいいの。朝と夜は母さんがちゃんと作ってくれるし。
 仕事で抜くこと有るけど、少なくとも週に4日はまともなモン食ってる。」
「一応サプリメントを飲んでいるから不足するものは無いと思うのだが?」
「あのさー。サプリなんて添加した栄養素しか入ってないだろ?
 自然の物から摂取しなきゃ食事はダメだ。」
「君が心配してくれるなんて嬉しいな。」
テーブル越しに男の手が伸びてくる。
「だぁーーー!触んな!着替えようぜ。食糧の買い出しに行くぞ。」
男の手をはたき落として宣言する。

あれ?
オレ家に帰ろうと思ってたのに?
しかしここのキッチンはどうにも見過ごせなかった。

「君が作ってくれるのかね?」
「あんた出来ないんだろ?しょうがねぇから今日は作ってやるよ。」
驚いた顔を見て、ちょっと照れ臭くなっちまった。
もしかしたらロクに食器や鍋すらないのかと、オレは食器棚を覗く。
「うわ。見事に統一感のない食器だな。」
あるにはあったが、全部6個セットの食器が詰まっている。
妙にカレー皿が多い。そしてほとんどが花柄だ。
オレがシリアルを食べていたのもその一つだった。
「引き出物ばかりだからな。全部捨てて、君の好みのもので揃えようか?」
にこにこと気持ちが悪いほどの笑顔で男が言う。
もったいないオバケさ〜ん!
出番で〜す!

「鍋とフライパンもある…と。よし。」
うわー。花柄のホーロー鍋なんてまだ売ってるんだ。
使っていた皿とマグカップを洗って着替えに寝室へ戻る。

「オレの着替えって、パジャマ以外ナニが来てんの?」
どうせ一揃い来ていることは分かってるが。
「ああ、君の着替えはここに入ってる。」
寝室の壁一面を埋めるクローゼットの一番左側を男が指す。
開けてみるとハンガーレールにオレのスーツが5着とワイシャツとネクタイが幾つか。
それと普段着ているカジュアルなシャツとジャケットとパーカー。
あ!気に入ってたコートはここに有ったのか!
クリーニングから帰ってこないと店に苦情を言うところだった。

左側のスペースはチェストになっている。
下着、靴下、Tシャツ、スウェット、ジーンズ、セーター。トレーナー…。
お…オレんちのクローゼット、今カラか!?
うわ!海パンまで来てるよ!
「…。」
オレ、家族に愛されてないのかな。
家から追い出そうとしてんのかなぁ。
「どうした?足りないのかね?」
「いや…。家庭における自分の存在についてちょっと考察していた…。」
ちょっと泣きたい。
最後に開けた引き出しに、ハンカチと一緒にエプロンを見付けたときは本当に目が潤んだ。
これ、オレんじゃないぞ。
どこで誰が買ったんだよ…。
つか、なんでピンクのフリフリエプロンなんだよ…。
「これ…。」
「ん?ああ、それか。それは君用に私が買っておいた。」
「ハナっから料理させる気だったのかよ!?」
「いや、そういうコトも有ったらいいなと…。」
違う。
コイツは絶対違う使い道を考えてた!
…変態。
いや、男のロマンっちゃーロマンか。
オレも昔彼女にやってもらったな。
しかしソレをオレに求めるのはやっぱり変態だと思う!



Vol.8


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.8
「遊」vol.8
08.11.16up
ジーンズとシャツ、セーターを着て身支度をする。
コートに袖を通しながら、自宅用のコートをもう一着買わなくちゃな。と思った。
…理不尽な出費だ。
「んで、どこ行く?この辺はロクな店が無いぜ?」
「車でショッピングセンターに行けば揃うだろう。」

男がどんな車に乗っているのかちょっと興味があった。
生活レベルからすればベンツやBMに乗っていても不思議じゃない。
そしてマンションの駐車場で見た男の車はローバーだった。
ダークグリーンのセダンタイプ。
BMなんて成金車じゃなく、毛並みの良さを感じさせる品性。
重厚すぎないスマートさ。
特に高級車というわけではないが、確かにコイツに似合ってる。
似合ってはいる。
けど…。

「ん?運転するかね。」
この車は…。
「や、いい。」
「したまえよ。君、この車好きだろう?」
あぁぁあああ!
やっぱり!?
これオレが昔からずっと好きな車なんだ!
そうだよ。色も型もこれだよ!
アル!?アルだな!コイツにオレの情報を流しているのは!

「あんたさぁ!シャンプーやビールはともかく、車までオレの好みにしてどうすんの!?」
「?」
不思議そうな顔をされた。
「あんたの好みはどうなんだよ!」
「私は車に興味はない。走ればいい。」
「だってこれ壊れやすいだろ?部品だって仲々届かないし。
 だからオレ、仕事で困るから乗ってないんだぜ?」
「それなら丁度いいじゃないか。」
「はぁ?」
「仕事以外ではこれに乗るといい。」
「だからっ!あんたはなんでそんなにオレに合わせんの?あんたのアイデンティティはどうなんの!?」
「私の?」
「そうだよ!」
「愛しい人が好きなものに囲まれてそばにいてくれたら、私も嬉しいじゃないか。」
「…。」

来たキタ。ねじれの関係が。
「私は君がいてくれれば他のことはどうでもいい。」
「どうでもって…。」
「どうでもいいんだよ。君しか要らないんだ。だから他はすべて君の好きにすればいい。
 部屋も好きに変えてかまわないよ。なんなら引っ越してもいい。君の気に入る家があるのなら。」
「待て待て!オレの気に入った家に引っ越しって、それ一緒に住むこと前提じゃねぇか!?」
「私はそれを望んでいるのだが?」
「オレは全然望んでねぇ!」
ダメだ。こいつとは同じ言語を話してるという気になれない。
会話が成り立っているようで、意思の疎通が全く無い。
「とにかく…あんたが運転してくれ。オレ朝からなんか疲れた。」
やっぱり家に帰ればよかったなー。


最近出来たショッピングセンターでいろいろと買い込んだ。
食糧は確かにオレが大量に買い込んだよ。
それは認める。
コイツはこんなとこ、来たこともないんだろう。
食料品のフロアーで目を見開いている。
「随分沢山の食品を売っているのだな。」
出来合いの総菜に足を止めがちな男を引きずり、生鮮食品売り場に向かった。

「あんた、食べモンで好きなのと嫌いなのは?」
「ん? 嫌いな物はないな。好きな物は肉だ。」
「野菜も嫌いなモンはないのか?ピーマンとか人参とかセロリとか。」
「…。」
「あんだな? 嫌いなのが。なんだ?」
「…。」
男は口に手をあてたまま黙っている。
「言わないと、今日の食事は生のピーマンと人参とセロリになるぞ。完食しないと席を立たせねぇ。」
「……セロリだけはちょっと…。」
「よっしゃ。セロリ買い!」
「は…?」
焦った顔なんて初めて見た。
それが嬉しいなんて。
嬉しいなんて…。
つ…次行こうか…。

「あんたミネストローネ、好きか?」
顔が火照っているのは店内の空調が強いからだ。きっとそうだ。
「野菜とマカロニの入っているスープか?あれは好きだぞ。ベーコンが効いているな。」
うんうん、と頷いている。かなり好きなんだな。
「なら大丈夫。食えるよ。あれ、セロリが欠かせないんだぜ。」
「そうだったのか?アレにセロリが…。生で食べるものだと思っていたが。」
「ん。生じゃちょっと臭いがキツイよな。オレはアレ、好きだけど。」
肉類と野菜、パンとチーズと卵とパスタ、調味料を買って冷蔵ロッカーに預ける。
あー、食糧は後にするんだったな。

「なんかまだ買う物があんのか?」
「うん?シーツやカバーが最低限しかないんだ。あと君の好む食器も買いたい。」
「食器はいいって。あれだけ有れば上等だ。」
「ではシーツを選んでくれたまえ。他にも必要なものが有ったら何でも買うといい。」
「最低限あればいいんじゃねぇの?シーツなんて。」
「…。あと一枚しかない。」
「うん。で?」
「昨日のシーツが戻ってくるまでどうするんだ?」
「昨日のシーツ…。」

ぼっ!
音が聞こえた。
オレの顔が一瞬で真っ紅に染まった音が。
「さて、寝具売り場はどこかな?」
フロア案内へと男が歩いていく。
オレの頭には昨夜のあの乱れたシーツが浮かんで離れない。
オレ…この男に昨日何をされた?
改めてまざまざと思い出す。
「5階のようだ。センセイ?」
エレベーターのボタンを押した男がこちらを見ている。
どうして平気な顔をしていられるんだろう?
オレは今、声も出せないのに。

エレベーターに乗ったとたん抱き寄せられた。
「昨日のことでも思い出したか?」
耳…耳元で囁くな!
動けなくなるだろ…。
「可愛かったよ。とてもね。」
「ゃ…。…はな…せ…。」
掠れた声しか出ねぇ。
「早く家に帰ろう?」
顎に手を添えられて。
「ゆっくり君に触れたい。…またシーツを乱すといい。存分に。」
唇が近づいてくる。
「や…。」
『チーン♪ 寝具、ファブリックのフロア、5階でございます♪』
アナウンスとともにエレベーターが停止した。

「ちっ!」
めずらしいな。コイツの舌打ちなんて。
オレは金縛りが解けて脱力した。
「このまま続けてしまおうか?」
ドアが開く。
「やややや!降りる降りる!」
転びそうなイキオイで箱を後にする。
エレベーター恐怖症になりそうだ。
オレにトラウマを作るのはやめてくれ!

「どんなものがお好みかな?」
別にシーツの好みなんかない。
それより早くこの場を離れたい。
オレの顔は真っ紅なままだ。
昨日のこともそうだけど、シーツを買うのはこれを乱すことが決まってるって言われてるみたいで。
「な…何枚買えばいいんだよ?」
特売のワゴンで言われた枚数だけ買おう。
そう思ってたのに
「そうだな。…一晩で君がイける回数分にしようか。」
耳元で囁かれて、首筋に指先を滑らされて。

「…っ!」
膝から力が抜けてしまった。
ガクっと落ちかけた身体を男の腕が支える。
男の吐く息が耳元に掛かって、足に入れようとした力が更に抜けてしまう。
「や…。ごめん。」
男一人の体重を支えるのは大変だろうと思って言う。
「なにを謝る?」
「重いだろ?オレ。」
「君の重さは『幸せの重み』だな。」
だーかーらー。
この状態で甘言を吐くな。
足に力が戻らねぇから。
ガクガクと震える膝が情けねぇ。

「ごめ…。ちょっと立ってらんねぇ。…どうしよ?」
「とりあえず車に戻ろう。」
がしっと力強く身体を抱かれる。
うん。この状態なら具合の悪くなった人間を持っているように思えるよな。
そんなことを思いながら、赤面して立てない人間ってどうなのよ?とも思う。
いや…思うな!
思ったら負けだ!
なんに負けるのかは解らないけど。
引きずられるように車に戻る。

「ほんと…ごめ…。」
冷蔵ロッカーから食糧も持ってこなくちゃならないのに。
言いかけたオレに男の唇が落ちる。
「んっ!んぅー!」
待て待て待て!
ここは駐車場で、他人が来ることも多いにあって。
「ぅ…ん…。」
この高くてキモい声を挙げているのは本当にオレか?
こんなところで抵抗できないのも。
「…や…!」

唇が離れた隙に明確な意思表示をしておこう。
「ま…待て!こんな人の来るところじゃマズいだろ?」
「私はかまわないが?」
「オレがかまうんだってば!」
もしここにオレのお客さんが来たらどうしてくれる?
つか、あんただってこの店もお客さんも自分の管轄だろ?
いや、きっとみんな税務署長の顔なんか知らないだろうけど。
だから手を匍わすなって!

「な…。シーツ、買うんなら買って来いよ。オレなんでもいいから。
 あと、すまないけど食品頼む。持ってきてくれ。」
とにかくちょっと離れてくれぇーー!
「む…。」
つまんなそうな顔しないで!いいから離れろってば!
「仕方がないな。では私のお願いも聞いてくれるかね?」
「『等価交換』…か?」
「そうだ。」
「…なんだよ。」
変なお願いなら聞けないぞ。
オレの貞操に係わるような。

「家に帰ったらでいい。君からの口づけが欲しい。」
「…。」
「だめかね?」
キス…。
こいつの家に帰ったらどうせされるんだろう。
オレからしてもしなくても変わらないか?
しかしなんか違う気もする。
でも減るモンじゃないしなー。
「…わかった。」

うわぁ。
オレ判断間違ったかも。
こんな嬉しそうな顔をされるとは!
ぬかったか!?
しかし今更取り消すことなど許されないだろう。
今更ながら、オレの人権ってどうなっているのかが知りたくなる。
そもそもキスされんのが当たり前と思うことから間違ってるよな。
そんなことを思っている間にウキウキと(しか見えない)男が車を降りて行った。
「家に帰りたい…。」
しみじみと今、平和が欲しいと思った。



Vol.9


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」vol.1〜vol.9 > 「遊」vol.9
「遊」vol.9
08.11.16up
まだ男は戻って来ない。
シーツを買って、食料品を持って戻るにはまだ時間が掛かるだろう。
オレよ!今こそ傾向と対策を考えるんだ!

出来れば、つかマジで今日は家に帰りたい。
あいつの家に泊まったら何をされるか解ったモンじゃない。
しかし、あのすっからかんのキッチンは何とかしてやりたい。
食は大切だ。
あの食生活はなんとかしなくちゃ。

…。
オレ、頭鈍ってたな。
夕食を作ったら帰ればいいんじゃないか。
そうだ。
明日の弁当も仕込んでおこう。
それなら文句は有るまい。
夕食を食べたら帰る。
うん。自然な流れだ。
よっしゃ!これで行こう。
…男に知られないように。

とりあえず、男の家に帰る時間を遅らせよう。
二人きりの時間は危険だ。
食料の一部は今日の昼食分だったけど、昼は外食にしよう。
この辺で男が満足しそうな店は…。
いや、「オレこの店のメシが好き。」と言えばヤツは何も文句は言わないだろう。
なんか複雑だけど。
更に時間を潰すには…。
本屋かなんかに寄ってもいいな。
最近忙しくて行ってなかったし。

男が戻ってきた。
あぁ。両手いっぱい荷物を抱えて。
ホント、悪いことしちゃったな。
いや、そもそもの原因はあいつなんだけど。
車を降りて荷物をいくつか受け取る。
「わり…。重かっただろ?」
「いや。」
「なぁ。昼メシなんだけど、オレの行きつけの店に行ってもいい?」
外食すんなっつっといて説得力無いかな?
「かまわないよ。君のよく行く店なら私も行ってみたい。」
ほっ。とりあえず直帰はまぬがれたみたいだ。
食品も冬だし、トランクなら大丈夫だろう。

「店に駐車場ないから、オレの事務所の駐車場に止めて歩こう。」
「わかった。」
お客さんの資料、来てるといいな。
そしたらこのまま仕事できるし。
家にも帰れる。
「ちょっと事務所に寄ってきたいんだけど、いいか?」
「ああ。」
事務所にアルがいないと言うことは、昨日あの後資料が来なかったってことか。
郵便受けもカラだったし。

オレの事務所は普通のマンションの一室を買って、リフォームしてある。
やったのは親父だけどな。
引退して母さんと毎日ベタベタいちゃついて余生を過ごすと宣言して、本当にほとんど仕事には顔を出さなくなった。
羨ましい話だ。
今オレ、正常な家庭が一番欲しい。
切実に。

ドアの郵便受けにも資料はない。
「はぁ。」
ダメか。今できる仕事はないようだ。
「資料は来ていないようだな。」
ホッとしたような声が聞こえる。
オレは残念なんだよ!
「ん。そうみたいだ。じゃ、行こうか。」

事務所のそばの定食屋へ向かう。
安くて美味い上に、奥さんのレベッカさんがさっぱりしていて気持ちのいい人なんだ。
えと、彼女が黒髪で黒い目なのは関係ない。
全然!

「おや、この店は…。」
男が呟く。
こんな店(と言っては失礼だけど。)を男が知ってるなんて意外だ。
だって定食屋だぜ?
「ぎょみん」な男が来るとは思えない。
以前調査にでも来たのかな?
「なに?来たことあんの?」
聞きながらドアを開ける。

「いらっしゃいませ!あら?」
レベッカさんがこっちを見ている。
「やあ。レベッカ。久しぶりだね。」
にこやかに男が挨拶する。
「え!?」
「お久しぶり。マスタング署長。エルリック先生、いらっしゃいませ。」
「あ、こんにちは。レベッカさん、こいつと知り合いなの?」
「レベッカはホークアイ君の友人だよ?」
「そうなのよ。あ、席はここでいいかしら?」
「えー!そうだったんだ。」

「公務員試験と国税専門官の専門課程の同期でね。気が合ってずっと付き合いが続いているのよ。
 私も以前は税務署の職員だったの。結婚するまでね。」
「知らなかった。」
「先生が登録する前じゃないかしら?」
「最近もよく逢っているのかね?」
「そぉねぇ。よく愚痴をこぼされるわよ。『無能な上司が働かない。』ってね。」
悪戯な表情で笑うレベッカさんと苦虫をかみつぶしたような顔の男。
思わず笑ってしまう。
「やっぱロクでもない上司なんだ。あんた。」
それにしても仮にも上司に向かって「無能」呼ばわりとは。
やっぱりちょっと怖い人かも。ホークアイさん。

「リザが言ってた『無能の金色の恋人』って、エルリック先生だったんだ。
 全然気が付かなかったわ。」
「ぶっ!」
飲みかけた水を吹き出してしまった。
「君ね…。」
飛んできた水をハンカチで拭きながら男が次いでオレにそれを手渡す。
気管に水が入った!
受け取ったハンカチを口に押し当てるが咳が止まらない。
「あらあら、先生大丈夫?」
「や…だい…じょ…」
ごほごほ、げほげほ。
うー。やっと治まってきた。

「レベッカさん、さっきのナニ?」
まだ咳が出るがどうしても聞きたい。
「は?ああ。リザがいつも言うのよ。
『無能は金色の恋人の話ばかりする。』ってね。」
「ナニソレ!?」
「とりあえずご注文は?先に決めてからの方がいいわ。」
「あ、えとオレはチキンとマカロニのグラタンセットで。」
「今日のランチは?」
男が聞く。
「今日のランチは子牛肉のピカタよ。」
「では私はそれを。」
「はい。ちょっと待っててね。キッチンに言ってくるから。」
レベッカさんが注文を伝えに行った。

「おい!あんたいつも職場でなんの話してんだよ!?
 つか、ホークアイさんにそんな余計な話してんのか!?」
ああ。ホークアイさんの中じゃ、オレも変態の一人なのか?
いつも微笑んでくれると思っていたあの笑顔は憐れみだったのか?
オレのマトモな人生を返せ〜〜〜〜!!!
「愛しい君の話をしていると楽しくてね。」
「だぁああ!しかもなんだよ!『金色の恋人』って!」

そこへレベッカさんが戻ってきた。
今日は時間がずれたせいか、他に客はいない。
「『金色の瞳と金色の髪が本当に美しいんだ。
 まるで陽の光のように輝いていてね。
 またあの生命力の強い瞳と言ったら!』
 だっけ?
 リザも知ってる人だっていうのに。」
芝居がかった動作でレベッカさんが歌い上げる。
「なななナニ!?」
「いつもね。うっとりと言うんですって。ムノウが。仕事もせずに。」
「仕事を全くしない訳ではないぞ。」
そりゃそうだ。あんたそれでも署長だろう?

「それにしても、その恋人が先生だったなんて。言われてみると先生そのものなのにね。」
「違!違うから!オレはこいつの恋人なんかじゃないから!」
どこまで誤解が広まるんだ?
冗談じゃない!
「あら。だって先生なんでしょ?」
男に聞く。
「ああ。そうだよ。私の愛しい『金色の恋人』だ。」
「違う!オレはノーマルだ!」
「振られてるの?」
冷静にレベッカさんが男に言う。
「いや。照れているんだよ。」
ぬけぬけと男が答える。
冗談じゃねぇええ!!!

「本当に違うから!オレの夢は妻と子供と暖かい家庭を築くことなんだ!」
信じてください!せめてレベッカさんだけは!
「まぁ。どっちが妻とか夫とか、最近は関係ないしね。養子って手もあるし。」
レベッカさん、レベッカさん?
ナニを仰います?
「そうだな。君が欲しいというのなら、養子を何人引き取ってもいいよ。
 あまり子供にばかり愛情を注ぐのはやめて欲しいがね。」
誰が誰と家庭を築くんだって?
「あ、注文があがったわ。今持ってくるわね。」
オレ、レベッカさんの中でも変態決定?
いつも美味いハズのチキングラタンもやっぱり味がしなかった。

「ごちそうさま。美味しかったよ。」
さっきの買い物は男が出したんだから、ここはオレが出すと行っても男は聞き入れなかった。
「ありがとうございましたぁ!先生、またいらしてね。お幸せに!」
「ごちそうさまでした。…違いますから。本当に…。」
オレの声に力は無かった。
オレの生活のほとんどが浸食されている。
こいつは生物兵器か?
オレに味方はいないのか?

「さて。帰るとしようか。」
事務所の駐車場へ戻りながら男が言う。
「んー。本屋行かねぇ?オレ最近本屋行く時間なくてさ。」
少しでも時間を稼がなくちゃ。
「買いたい本でもあるのかね?」
「うん。久しぶりに見てみたい。」
「わかった。」
この辺りに本屋は無い。
それがオレには不満なんだが、今ばかりはありがたい。
遠出すればそれだけ帰る時間が遅くなる。
車で20分ほどの本屋へ向かう。

「ここに専門書は置いてないだろう?」
レンタル屋を兼ねた大手チェーン店。
「ああ。専門書は税理士会館の書店で買うからいいんだよ。
 あそこなら1割引の上、年間3,000センズの割引券が税理士には送られてくるから。」
「そうなのか。」
「ん。ちょっと遠いのが難点だけどな。
 たまに買い出しに行って、本はそのまま重いから宅配で事務所に送っちまうんだ。」
なんと言っても専門書は厚くて重い。
それを10冊くらい一遍に買うから、とてもじゃないが持って帰れない。
そういうサービスも会館は行っている。
「これから買いに行くときは私に言いたまえ。車で送るから。」
「いや。いい。」
絶対言わない。
アルにも口止めしておこう。
…裏切られるかも知れないけどな。

「あ、新刊出てたんだ。」
オレが買っているマンガの新刊を見付けた。
続き気になってたんだよな。
来て良かった。
「ほう。続きが出ていたのか。」
男がオレの手に持ったマンガを見て言う。
「え?あんたもマンガなんか読むの?」
「いや。あまり読まないが、それは面白いと思った。
 先日初めて読んだのだが。」
「へぇ。意外だ。こんなの全然読まないと思った。」
「君こそ顧客に言われないか?」
「うん。言われた。『先生でもマンガなんか読むんですね。』って。
 オレ好きだけどな。職業のせいかな。」
「そうだろうな。」
あ。
こういう優しい顔を男は時々見せる。
いつもの皮肉な笑顔じゃなくて。
こんなふとした表情を見るのは嫌いじゃない。
ん?
待て!オレ!

「ほ…他もとりあえず見たいんだけど。」
男にかまわず歩き出す。
文庫の棚から単行本の棚まで本の背表紙を見て歩く。
面白い本は人を呼ぶ。
なにか引っかかりを感じた本は大抵面白い。
ムリにこちらから探し出して、面白いかな?と思う本は大抵ハズレだ。
オレはそういう自分のカンに割と自信がある。
本屋に来る度に3回くらい引っかかった本は大当たりで、でもそういう本は滅多にない。

「!」
目にナニか引っかかった。
えっと、どれだ?
流し見をしているので、目当ての本がどれかはすぐに解らない。
一冊ずつその辺りのタイトルを確認していると
「これだろう。」
男が一冊の本を引き出す。
「?なんで解った?」
「面白いから引っかかったんじゃないよ。ほら。」
その本のタイトルは『税所裕子の事件簿』だった。
「『税』の字に引っかかったんだろう。他にも『所』と『簿』が入っているし。」
確かに手に取ってみるとつまらなさそうな本だ。
「そうだな。…オレが面白い本だと引っかかりを感じるってなんで解ったんだ?」
それはアルにも言ってないことだ。
「君はカンがいいから。そんな気がしたんだ。でも他の言葉にも引っかかって探しにくいだろう?」
「うん。『会計』とか『基準』とか『税』とかな。あんたもそうだろう?」
「ああ。君が一番大量の文字から探せるのは『非課税』じゃないか?」
「はは。当たり。電話帳くらい厚い帳簿からその言葉だけ探すのが得意だ。」

転じてナニをしていても、目の端に『非課税』の文字が入ると引っかかって確認せずにはいられなくなってしまっている。(『会計』とか『基準』とか『税』も同様だ。)
この男も同様だろう。多少引っかかる言葉は違うだろうが。
ま、そういう職業病はどの職種でもあるんだろうけどな。

さて一時間近く本屋で時間を潰したが、そろそろ限界か?
「ふーっ。」
息を吐いて覚悟を決める。
気を引き締めて掛からなければ喰われる。
絶対今日は家に帰るぞ!
本棚から目を離したオレに
「そろそろ帰るか?」
待ちかねたように男が言う。
「ん。そうするか。」
だからいい大人がそんな無防備に嬉しそうな顔をするな!
近づいてくる男のマンションが魔の巣窟に思えて仕方がない。
もう何度も見放されてるけど、神様。オレを護って下さい。





【ご案内】

ここからはRPG形式で道が二つに別れます。

とりあえず、「遊」をお読みでない方は
「遊 脇道」は「遊」と「遊」の番外編を包括した入れ籠構造になっておりますので、
「遊」vol.10へ進まれることをお奨めします。

「遊」Vol.10

「遊 脇道」Act.1

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.)
「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.)
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.10
「遊」vol.10
08.11.19up
男の家に帰ってきた。
オレはこの新刊を是非読みたい。
そう思っていたら男が言った。
「君の部屋の棚にその漫画本を置くといい。」
あ?ナニ言ってんだ?
「オレの部屋って?」
「君の部屋を用意してあるんだよ。昨日は案内出来なかったな。」
こっちだ。と男はオレを開けていなかった扉に案内する。
「オレ、悪いけど自分の集めてるマンガはひとまとめにしておきたいんだ。」
だから持って帰るって。
「だからここの棚に置くといい。」

男が開いた扉の先にはパソコンの乗った机と両方の壁にそびえた本棚。
その片方の本棚を見て、オレは絶望とはこう言うことを指すのかと実感する。
そこにあったのは、オレが今集めているマンガで。
この新刊はその続きで。
『先日初めて読んだのだが。』
あの言葉はオレんちからこのマンガが来てっていうことか。
ア〜ル〜〜!!!
オレのマンガコレクションをここに送ったのはお前だな!?

もう片方の本棚には今まで男に貰った専門書や解説本、それとオレの買ったそれらが収まっている。
オレにこれからここで暮らせと!?
これがオレんちから無くなったら、オレマジで困るぞ!?
調べ物の度に事務所かここんちに来なきゃならないってことだろ?
自分の周りは敵に囲まれている…。
そんなビジュアルが頭に浮かんだ。
四面楚〜歌〜♪(安達祐実ちゃんの「アライグ〜マ〜♪」のメロディで。)
だってオレの味方、どこにもいないじゃないか!
神様、どうしてこんなにオレを嫌うんですか?
オレがナニをしたって言うんですか!?

とにかく料理を作ってさっさと家に帰ろう。
既にカラッポかも知れないオレの部屋へ。
少なくともベッドは残されているはずだ。
この部屋にベッドはないから。
「メシ…作るぞ。」
あ、ちょっと涙がこぼれてしまった。

男が嬉々として手渡したエプロンをさらりと無視したのは言うまでもない。
キッチンに材料を並べて作り始めてすぐ、オレは自分の迂闊さを悟った。
この家、『包丁とまな板』がない!
そうだよなー。
引き出物で成り立ってんだもんなー。
包丁とまな板は引き出物にはしないよな。

「どうした?」
「うん。ぬかったよ。ここんち包丁とまな板がない。」
「そういえば見たことがないな。買ってくるか?」
「いや、キッチンセットはあるからピーラーとキッチンばさみはあるし。ペティナイフもある。
 なんとかなるだろう。」
母さんはどこでもオレ達が生きていかれるようにと、料理を含めた家事一般の他に道具がなくても工夫することを教えてくれた。
無人島にナイフ一つで一ヶ月は大変だったけど。
それに比べれば楽勝だ。

「あんたピーラー使えよ。ジャガイモの皮むきを頼む。」
「…。」
男はジャガイモを握ったまま黙ってキッチンセットを見下ろしている。
「どした?」
「ピーラー…。」
「ああ。これだよ。ちゃんと芽を取ってな。」
「メ…?」
おいおいおい!どこのぼっちゃんだぁ!?
「あのさ!家庭科で習っただろ?
 ジャガイモの芽にはソラニンが含まれてるから取るんだって。
 調理実習だってあっただろ?」
「ソラニン?覚えていないな。
 調理実習ではたしか女生徒に『ナニもしなくていいから座ってて。』といわれたので、包丁に触ったことがない。
 いつも味見係だったな。」
それは男がモテたということなのか、男の調理が不安だったということなのか。
オレは後者だと思う。

「しかたがないな。覚えろよ?
 ジャガイモはまず水で洗ってドロを落とす。
 芽って言うのはこの引っ込んでる部分だ。
 それをこうやって取って、それから皮を剥くんだ。
 ピーラー使えば安全だろ?」
説明しながらやってみせる。
「ほら。」
剥きかけのジャガイモとピーラーを手渡す。
受け取った男は真剣な顔でジャガイモに取り組んでいる。

「ピーラーの動きと反対側に手を置け…。」
言いかけたのと男が指を切ったのは同時だった。
「うわ!大丈夫か?」
「ああ。大したことはない。」
ドロを落とさないと細菌が入るかも知れない。
オレは慌てて男の指を咥えた。
「は…っ!大丈夫だから。センセイ。」
舌先で傷の度合いを確認する。
うん。ピーラーだしな。傷は深くない。
ティッシュと消毒液はどこだろう。

男に聞こうと指を離した途端、男の顔が近づいてきた。
「サカるな!」
がしっと男の顔を鷲掴みにして離す。
「消毒液と絆創膏とティッシュはどこだ?」
「ティッシュはそこの棚に、消毒液は…リビングのスピーカーの右側の棚に救急箱がある。」
オレの手を通してくぐもった声が聞こえる。
「ん。シンクに指を出しとけよ。血が垂れるからな。」
言い捨てて取りに行く。
全く役に立たない男だ。
リザさん(心の中だけでもファーストネームで呼んでみた。)が『無能』呼ばわりする気持ちがよく解った。

それからはオレが一つ一つ説明しながら料理をするのを男が熱心に見ていた。
ベーコンを切るのはキッチンばさみで代用して、野菜は手に持ったまま、削るようにペティナイフで刻んだ。
今度まな板を使ったやり方も教えないとな。
セロリを刻んでいると、
「もうそのくらいでいいのではないか?」
と何度も聞いてきてうるさい。
いつもより多めに入れてやった。
今度場所にかまわずサカってきたら、これを口に突っ込んでやろう。
オレのニンニクと十字架はセロリというわけだ。

ミネストローネとサラダとパン、あとは肉をソテーしただけの簡単な夕食だけど、男は恥ずかしくなるほどの賞賛を贈ってくる。
いや、作ったモンを美味いって言われるとオレも嬉しいけどさ。
「明日の弁当。」とサンドイッチの具を用意するときは感激のあまりと抱きついて来やがったので、もちろん生のセロリを口に突っ込んで離れさせた。
作業が進まねぇんだよ。


風呂を入れ、後片付けを済ませて食後のコーヒーをリビングのソファで飲む。
「本当に美味しかったよ。ありがとう。センセイ。」
「や、もういいよ。充分礼は聞いた。」
「弁当か…。初めてだな。」
それは意外だ。
「あんたなら、学校とか職場とかで女から貰ったんじゃないの?」
「いや。好きな人が作ってくれるのは初めてなんだよ。」
んな恥ずかしいセリフをしみじみ言うなっ!
つか、貰ってんじゃねぇか!

「センセイ。この等価交換はどうしようか?」
楽しそうに男が身を乗り出して来る。
「なんの?」
しまった。セロリがない!
「この夕食と弁当のお礼だよ。なにか欲しいものはないのかい?」
「んー?いつもあんたには解説本とか専門書とか貰ってるからな。これはそのお礼でいいよ。
 それより、これから少しは自分で作れよ。わかんなかったらやり方は教えてやるからさ。」
「また君が教えてくれるのか?」
「あんた本を読んでわかるっていうレベルじゃないからな。」
「それは嬉しいな。…センセイ?」
「ん?」
「欲のない君と違って私は欲深いんだ。」
あ、嫌な予感。

「昼間の等価交換を果たしてもらえるかな?」
忘れたふりをしたらどうなるんだろう。
おそらくもっと怖いことになるだろうけど。
オレ、セロリをこれから常備することにしよう。
「オレちょっとキッチンに…。」
立ち上がり掛けた腕を掴まれて引き寄せられた。
「君からの口づけが欲しいんだ。」
耳元で囁かれる。
どうして男の囁き声はオレから力を抜き去ってしまうんだろう。
横抱きに膝の上に乗せられ、じっと瞳を覗き込まれる。

「…。」
しなくて済むものならしないで済ませたい。
しかし済まされる訳もないのは明白で。
ええい!しかたがない!
この紅く染まった顔を見られる方が恥ずかしい。
「ちゅ。」
男の唇にキスを落とす。
これだけでもオレの心臓はバクバクだ。
「したぞ!」

男に自分からキスか。
オレの人生、どこまでノーマルな日常からかけ離れれば気が済むんだろう。
もういい加減、気を済ませて欲しい。
しかし男は不満げな顔だ。
「駐車場であんな媚態を見せる君から離れること。
 シーツを一人で買うこと。
 食料品を運ぶこと。
 その等価交換がこれかね?」

『ビタイ』てナンだ!?
『ヒタイ』の方言か!?
「えと、ダメデスカ?」
「ダメだね。」
「ドウスレバイイデショウカ。」
いや、答はいらねぇ。いらねぇよ!
「さあ、君からの口づけを。」
しかたがない。
オレからくっつけりゃいいんだよな。
今までだって何度もされてるんだし。

「わかった。…目をつぶれよ!」
男が黙って目を閉じる。
覚悟を決めてオレから唇を合わせる。
「…。」
「…。」
あれ?唇を合わせているだけで、男の舌が入ってこない。
どうしたんだ?これでいいのか?
「…。」
「センセイ?」
男から口を離す。
「ん?」
「君からと言っているのだが?」
「だからオレから合わせに行ったじゃないか。」
「いや、合わせるだけじゃなくて君から…。」
いいながら男の手がオレの頬に当てられ、親指がオレの唇に入り込んで舌に触れる。
「え!?舌もオレから出すの!?」
「そういうものだろう?」
ソウイウモノデスカ。ソウデスカ。
…イヤデス。
「…。」
ヤダデス!
「どうしてもできない?」
それは…いやだ。
オレ、本当にノーマルなんだよ。ノンケなんだよ。
男の口にオレから舌を入れるなんてイヤだ。
受け容れるのだってイヤなんだ。
いや、気持ちいいと思うのは事実だけど。

男のため息が聞こえた。
「センセイ。舌を出して?」
「え?」
「舌を、ほら出して。」
言われたとおりオレはあっかんべーをするように舌を出す。
「そのまま出しておくんだ。」
言うなりオレの舌に同じように出した男の舌が触れてきた。
「っ!」
思わず舌を引っ込めてしまう。
「こら。そのままと言っただろう?さぁ出して。」

なに?なんだ今の感覚。
すんげえ…気持ち良かった…。
舌って神経が多いのかな。
おずおずと出したオレの舌に、また男が舌を摺り合わせて来る。

お互いに舌を差し出した触れ合い。
それは知らず背中が反るほどの快感で。
今まで男の舌を受け容れていたのとは全く違う、直接神経を刺激するような快感。
「は…!ぅ…ん…っ」
息が乱れて声が漏れてしまう。
吸われることのない唾液が二人の間に幾筋も落ちていく。
それが腿に落ちる感覚すらオレを乱して。

「ぁ…。」
躰の奥から熱が込み上げてくる。
もっと欲しい。
ナニが欲しいのは分からない。
だけどもっと欲しくなる。
そんな熱を産む、オレの知らなかったキス。
いつの間に縋るようにオレの両手は男の首に回っていた。
躰を擦りつけるように自分から寄せている。

そのことに気付いたとき、オレは躰を離して舌を引いた。
「もう…終わり?」
男も息を乱している。
その瞳には明らかに欲情が宿っていて。
オレはここで引かなければもう逃げられなくなると知った。

「あの…さ。風呂、入って来いよ。」
その間に逃げよう。
それしかもうオレが日常に帰る手はない。
「ん。そうだな。一緒に入るか?」
「や、遠慮しとく。」
上機嫌で風呂に向かった男を確認してオレは荷物を調える。
男に貰った新会社法の本2冊も忘れずに持つ。
もうここへは来たくない。
オレの荷物は平日にでも引っ越し屋に頼もう。
鍵は持っているんだから。
逃げるように男の家を後にした。

事務所に行こう。
まだ電車はあるが、ここで家に帰ってアルになにか聞かれるのもイヤだ。
今夜は事務所に泊まろう。
仕事が忙しくなると帰るのが面倒でオレはよく事務所に泊まる。
アルはマメに帰っているが。


事務所に着いて自分の席に座り込む。
思わず大きなため息が漏れる。
どうして。どうして。こんな。
躰が震えていることに気付いた。
いつからだろう。
きっと男の欲情に濡れた瞳を見た時から。
いや、舌を摺り合わせた時から?
わからない。
どうしてあの男がこんなに怖いのかも。
頭を両手で抱え込んだまま、オレは混乱した頭を整理しようと試みていた。
どこかでムダだと解っていながらも。


どの位時間が経ったのか解らなかった。
突然事務所のインターフォンが鳴った。
こんな時間だ。
あの男に違いない。

居留守を使おう。
そう思ってからそれがムダなことに気付いた。
部屋の電気はドアの横の窓から漏れている。
ここにいることは解ってしまっているだろう。
それでも、ドアを開けるまい。
そう思った。
開けたらきっと、オレの日常は二度と戻ってこないから。
オレは居留守を使い続けようと決めた。

「開けたまえ!いるのだろう!?センセイ!」
今度はガンガンとドアを叩かれる。
マンションの金属ドアだ。
すごい音がする。
うわ。今度は蹴り始めた。
ドアがぼこぼこになっちまうな。
耳を覆いたいほどのデカい音が響く。

これでは居留守を使い続ける訳には行かない。
このマンションのほとんどは人が住んでいるんだから。
迷惑をかけてしまう。
きっとソコまで計算してやがるんだろうな。
しかたがない。
日常が手の届かない所へ去るのを惜しみながら、大きく息を吐いてドアの鍵を開ける。

ドアノブを掴む前に勢いよくドアが開いた。
と同時に男が飛び込んできて、オレの腕を掴む。
「…っ!」
いきなり殴られるかと身構えたが、意外にも男は動かずオレを凝視している。
濡れたままの髪、かろうじてジーンズを履いてはいるが上半身はワイシャツにカーディガンを引っかけただけでボタンもとまっていない。
こんな乱れた格好の男は初めて見た。
そして風呂上がりなのに、こんなに息を乱すほど走ってきたんだろうに。
汗をかいているのに。
男の顔は真っ青だった。
それは安堵したような、でも泣きそうな歪んだ顔。

男が強くオレを抱きしめた。
あ!?
震えてる?
オレを抱きしめる腕も耳元に掛かる息も震えている。
なんで?
そんなに怒ってんのか?
…これはかなりマズいかも。

「…黙って…」
「はイ!?」
ビビって声がひっくり返ってしまった。
ここは一つ穏便に収めて戴きたい。
「黙っていなくなるなんて…。」
「あ…あの、悪かったよ。言ったら帰して…」
「許さない!」
最後まで言わせてもくれない。つかオレの言葉なんか聞いちゃいねぇな。
「どこにも君がいないなんて!」

震えるほどの怒りに囚われている男に抱きしめられて、おそらく逃げられないこの状況。
冷静に分析してみても状況は変わらないんだろうが…。
ヤヴァイ!
ヤヴァ過ぎる!
「ごめん!オレが悪…」
「どれだけ私が見守ろうと…我慢して…。」
「だからオレが…」
「なのに黙って逃げるなんて…。」
「話を聞いてクダサ…」
「もう離さない。」
「だから悪かっ…」
「君を抱くぞ!」
それだけはカンベンして下さい!
その時オレの躰は固まり、恐怖のあまり声も出せなかった。

引きずられるように男の家へ連れ戻される。
逃げなくちゃと思考が空回りしていた。
躰が言うことを聞かなかった。
オレの人生最大の危機。
精神の弱さが躰に出ている模様です。
掴まれた腕が痛い。
おそらくアザになるだろう。
そんな埒もないことしか考えられなかった。

男は寝室に入ると無言のままオレの服を剥ぎ取る。
その顔は一切の表情が無くて、それが更にオレの恐怖心を煽り、抵抗を無くさせる。
逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。
それは分かっているんだけど。
それにしても、ただ家に帰るだけのことでこんなに怒るなんて。
それが不思議だった。
その疑問がもしかしたらオレから抵抗を奪っていたのかも知れない。

「選ばせてやろう。」
男の声で我に返る。
気が付くとベッドに押し倒されていた。
どうも現実逃避をしていたらしい。
「…なに…を?」
掠れた声だ。オレの声か?
「私に抱かれるか、私を抱くかだ。」
スミマセン。
選択肢が足りません。
などとは言えるハズもなく。
「ど…どっちもイヤなんですが…?」
それでも正直に答える。

「選びたまえ。」
絶対零度の声ってこういうのを指すんだろうな。
凍り付いてるモン。オレ。
オレの思考はとうに止まっていて、えっと選べってどれも嫌な場合はどうすればいいんだ?
「あの…さ?」
「決めたのかね?」
「いや…なんでこんなに怒ってるんだ?」
急に男の顔が歪む。
まるでどこかが痛むみたいに。
「君が黙っていなくなるからだ。」
「そんなことで!?」
オレは最大の危機に陥るのか!?
「そんなこと…?」
あ、剣呑な顔付きに…。
オレ、更に危機を呼んだ!?

「部屋に戻ったら君がいなかった。家のどこにもだ!
 いるはずの人間がどこにもいなくて!
 探してもいなくて。
 君が本当に存在しているのか…不安になって…。」
声が段々弱くなる。
「あのさ…いなきゃ、家に逃げ帰ったんだろうくらい考えないか?」
「考えなかった…。怖かった…。」
怖い!?
この男が!?
オレがいないくらいで?
どうしちゃったんだ?

「君の存在をもっと感じたい。」
あの…それはもっと違う方法でもよろしいのでは…?
「まっ…!」
「聞くのは最後だ。どちらを選ぶ?」
「選べないよ…。どっちもイヤだ!」
「ならば抱かれたまえ。」
「やっ!イヤだ!!」
「もう私だって厭なんだよ。センセイ。」
もう涙で男の顔がよく見えない。
耳元に男の口が寄せられる。
「君が悪い。抱き潰してやる。」
その言葉は熱くて、それでもオレを凍り付かせた。



Vol.11


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.11
「遊」vol.11
08.11.19up
くちゅ。
男とオレの舌が触れ合う音が響く。
怯えて舌を差し出せないオレの口中に男の舌が差し込まれ、歯列を辿った後に上あごを舐めてオレの舌に絡んでくる。
もう、これは口腔を犯されているのだと実感する。
全てを男は侵蝕するつもりなんだろう。
それから逃げる手だてはもう無い。
「ん…ふ…。」
イヤなのにどうしてこんなに感じるのだろう?
自分の躰が自分を裏切っていく。
この男のせいで。

オレはこの男をどう思っているんだろう?
今まで逃げるばかりで考えたことがなかった。
忘れることを許されない人間だとは思う。
どんな知り合いより、心の深いところにいる。
今ならそう思える。
今までは解らなかったけど。

それでもこの想いが恋愛感情だとは思えない。
思いたくない。
オレは…。
オレは正常な男なんだから。
心のどんな奥深くに男が根付いているのだとしても。

「や…っ!」
耳たぶを甘咬みされて息が挙がる。
こんな女みたいな反応はイヤだ。
それでも気持ちいいと思ってしまう自分はもっとイヤだ。

男の舌が耳から首筋を伝って鎖骨へと降りていく。
それに伴ってびくびくと震える躰が疎ましい。
オレはこの男を好きなんじゃないのに。
なのに感じる自分はなんなのか?

胸の先に男の舌が触れる。
「あっ!い…やだ…!」
止め処もなく突き抜ける悦楽。
男の舌が触れることで既に硬く立ち上がっていたことが自分で解ってしまう。
ねっとりと舐め上げられて、息を飲んだ次の瞬間に歯を立てられた。
「んぁ…ぁ!」
脳髄に響く快感。

仰け反った腰が男のモノに触れてしまう。
それは恐ろしいほど屹立していて。
「あ…ゃ…!」
これをオレの中に挿れられる!?
氷を背筋に押し当てられたような恐怖を感じた。
「や…も…やめ…!」
「やめないよ。ずっと…ずっとこうしたかった。君に触れたかったんだ。」
譫言のような男の声。
声すらもオレを震わせる艶を持っていて。
男の唇の触れているところが熱くなる。

イヤだ。
もう放して欲しい。
もう。
終わりにして欲しい。
こんな思いをするほどの罪を、ナニをオレは犯したと言うんだ?
どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないのか?
それでもひくひくと全身が戦慄く。

オレのモノが男の舌を受け止める。
全身がその濡れた感覚に震えた。
「や…っ!…ぁ…んっ!」

その時、快感以外の感覚がオレを襲った。
オレの奥の排泄にしか使わない器官。
そこに男の指を感じた。
「いや!やぁぁあ!止め…っ!」
男の指に粘性の液体が付けられているのは解った。
それでもその感覚はオレを怯えさせた。
「や…だ!やめ…やめてくれ…!」
ぬるりと男の指がオレの中に入り込む。
と同時にオレのモノが男の口に咥え込まれる。

そこまではどこか遠い感覚だったのに、男の指が蠢いた途端、オレの意識はムリヤリ覚醒させられた。
さっきまではまだ自分を誤魔化した感覚でいられたのに。

「ごめ…。悪かっ…あ…っ!
 オレ…イヤだ…。ヤなんだよ…!」
往生際が悪いと言われてもしかたがない。
でもイヤなモノはイヤなんだ。
もう留めることの出来ない涙が溢れて零れる。
「ごめんなさい…。お願い…やめて…っ!」

オレは男なんて受け止めたことなくて。
そうしたいと思ったこともなくて。
男の口腔が快感をもたらして、男の指がオレの中で蠢くことに嫌悪感はなくても怖くて。
怖い。
そうだ。怖いんだ。
この感覚が。
だって今までこんな最奥に触れられたことも、躰を開かれたこともない。

「や…いやだ!ごめんなさい!許して…お…お願いだ…!」
「…聞けないね。そんな願いは。」
オレのモノから口を離した男の冷徹な言葉が聞こえる。
「君が欲しい。君を感じたい。」
再びオレのモノが咥えられ、オレの中に入る指が増やされる。
悲鳴をあげるほどの痛みではないが、恐怖心が煽られる。
「許して…ぇ…っ!あっ!や…!」

みっともなくてもなんでもとにかく怖いんだ!
涙に翳んだ目で男の顔を見る。
懇願したくて。
しかし男の瞳に焔のような欲望を見付けてしまって…。
逃げられない自分を確認するだけに終わる。
更に指が増やされた。
「や!ムリ…!お願いだ…。もうやめて…」
「…。」
「嫌…だってば。…ぁ…っ!?」

男の指先が触れたところから思ってもみなかった快感を感じた。
知らず躰が反ったオレの様子に口を離して薄く男が笑った。
「ここか。」
「あっ!や…っ!」
重点的にソコを男の指が探る。
「あっ!な…なに?」
「君の感じる所だよ。」

男の指が触れる度にオレの躰はびくびくと痙攣する。
こんな快感があったなんて。
恐怖からではない涙がこめかみに伝うのを感じた。
「っぁあ!いや…いやぁ…!」
止めようとしても躰の動きが止められない。
「素直に感じたまえ。」
べろりとオレのモノを舐め上げられ、また吸い上げられる。
オレどうなっちゃうんだ!?
「ふ…ぁ!」
イく…。イっちゃう!
こんなの、こんなのヤダ!
「あ…っ…くっ!」
男の口腔に精を放ってしまった。

差し込まれていた指が抜かれ、まだ痙攣するオレの躰に男がのし掛かる。
「センセイ。もうそろそろ私も限界だ。」
「っ!いやだ!」
「君に拒否権はないよ。…もう我慢できない。」
今まで指を受け容れていたところに熱を感じた。
思わずずり上がって逃げようとするが、腰に腕を回されて逃げられない。
「やっ!いやだ!ぁああっ!」
指とは比較にならない質量が無理矢理オレを押し広げて差し込まれる。

「ぁ…やぁぁああ!!!」
痛い痛い痛い!!!
引き裂かれそうな痛みに躰が強張った。
涙があふれ嗚咽で引きつって喉も痛い。
「…っ!」
男の息を飲む音が聞こえた。
なんでつらそう?
つらいのはオレだって言うのに。
見上げると、蒼白な顔に汗が浮かんでる。
こいつもつらいのか?

気を失いたい。
こんなに痛いのに、こんなにつらいのに、男は更に奥まで捩じ込んでくる。
「ぅぁぁああああ!!!」
オレの口から自分でも知らない声があがる。
内臓にムリヤリ押し込まれて、きっとオレの腹ん中、今ぐちゃぐちゃだ。
「っ…!力を抜けない…か?」
相変わらず辛そうな顔で男が聞いてくる。
「む…ムリ…。」
泣いてしゃくり上げる合間に答えた。

「そうか…。息をしたまえ。ゆっくりでいいから深呼吸を。」
息?そういえばあんまり痛いから詰めていた。
ゆっくりと細くだけど息をする。
時折痛みと嗚咽の痙攣で止まってしまうけど。
少し躰から力が抜けてきた。
男もそれで少し楽になったのか、ホッとしたように溜め息を付いている。
「…んたも…つらいの…?」
オレは今、頭が割れそうなほどつらいけどな!
「ああ。君の中がキツくてね。…実はつらい。」
「…なぁ。なら…やめないか?お願いだから…抜いて…」
「やめないよ。」

そうか。やっぱりな。
聞くだけムダだとは分かってたけど。
裂かれるような痛みは変わらないが、ようやく力が抜けてくる。
息。息だ。とにかく息を止めないようにしよう。
そういえば痛みを逃すためには息を止めないのが必要だとかつて聞いた。
あれ?それは出産の時のラマーズ法か?
ウィンリィに聞いたからそうかもな。
幼なじみとはいえ、男にラマーズ法を教える女ってどうなのよ?
現実逃避もそこまでだった。

「動くぞ。つらいだろうが我慢してくれ。」
「え…?は…ぁ…っ!!…ぁあっ!」
男のモノが抜けるギリギリまで引き抜かれ、また奥に突き込まれる。
あまりの痛みに
『これなら気を失えるかも。』と
逆に希望が持てるくらいの衝撃が襲って来た。

オレ絶対壊れる。
この男に壊される。
こんなこと、耐えられる訳がない。
「あっ…!はぁっ!」
突き上げられる度に強制的に声が吐き出される。
どうしてこんなことになったんだろう。
オレがナニをしたという理由でこんなに神様に嫌われてるんだろう。
そう思いながらオレは意識をようやく手放した。



「ん…。」
眠りから覚めた。
オレにはよくあることだ。
夜中に目を覚ますのは当たり前のことで。
ふと、横を見ると男が目に入った。
じっとオレの顔を見ている。

「ん?どうかしたのか?」
問いかけると
「大丈夫か?」
心配そうな声が聞こえた。
「あ?なにが?」
男の方に寝返りを打とうとして
「ってぇー!」
腰が痛くて声を挙げた。

その瞬間、男にされたことを思い出した。
オレの日常はもはや手の届かないものになっていた。
それに気付いた時、オレの目から涙が溢れてきた。
オレ、幸せになりたかったな。
溢れた涙を男が唇で受け止める。
男の手はオレの髪をそっと梳いている。
こんなに優しい仕種のこいつは、本当にさっきまでの男と同じ人間なんだろうか。

「具合は…どうだ?」
声までが違う人間のようだ。
暖かい声。
「腰とケツが痛てぇ。」
「他には?」
「あ?」
他?他にもなんかされたのか?
「頭痛や腹痛、吐き気はないか?」
「ん?特にないな。」
「寒気や悪寒は?」
「ない。大丈夫だ。…問診かよ?」
ちょっと笑ってしまった。
心配してくれんのかな。
そりゃ、すんげぇつらかったけど。

「ああ。まだ続けられるかどうか知りたいからね。」
「!」
躰が強張った。
まだ!?まだ終わりじゃないのか?
あんなことをまたされる!?
「…ゃ…いやだ…!」
声が震えた。
男がオレを抱きしめる。
逃げたいのに、躰が動かない。
「抱き潰すと言っただろう?」
低い声が耳元で聞こえた。

「やっ!ヤダ!放せ…。も…やめて…。お願い…!」
オレの躰はがくがくと震えていた。
「頼むから…お願いだから…!もう…許して…。」
嗚咽しながら懇願する。
あんなことまたされたら本当にオレは壊れてしまう。
躰もきっと心も。
あんな暴力には耐えられない。

「お願い…。もう放して…。」
男は抱きしめたままなにもせず、ただオレの髪をそっと撫でている。
「こんなに怯えさせてしまったか。」
ため息と共に呟きが聞こえた。
当たり前だ。
怯えずにいられるか?

「お願…」
「すまなかった。嘘だよ。」
「…え?」
嘘ってなにが?もうやめてくれるのか?
オレの頬に男の両手が添えられ、真っ直ぐに見つめられる。
「つらい思いをさせてすまなかった。痛かっただろう?
 どうしても不安で、君を求めることを抑えられなかったんだ。
 本当にすまなかった。
 もう最後まではしないよ。ただね。」
ただ?ただなんだ?本当にもうしない?
「私はまだ足りないんだ。君にもっと触れたい。それに…。」
「…それに?」
オレにとってはヤられんのかヤられないのかが重要だ。
オレの進退が掛かってるんだ!
さっさと言え!

「君の初めての夜を痛みと怖さだけで終わらせたくない。
 つらいことはもうしないから、もっと君に触れさせて欲しい。
 君に気持ち良くなって欲しいんだ。」
オレの額に一つキスを落とし、オレの瞳を見つめて
「君を愛している。」
と告げた。

今まで何度も聞いた言葉だけれど、マトモに受け止めたことはなかった。
それはきっと男も知っていて。
「それを感じて、受け止めて欲しい。」
もう一度額に、そして唇にそっと触れるだけのキスを受ける。
うん。あんた順番間違えてるから。
さっきの行為の前にこういうのは持って来いよ。
順番を狂わせたのはオレかもしれないけどさ。


ちゅく、と音を立てて男がオレの人差し指を咥える。
本当に一番神経が集まっているところなんだな、とぼんやり考える。
指の腹を舐め、軽く歯を立てられてぞくりと背筋に震えが走った。
そのまま根元まで咥えられて付け根にやわやわと舌を匍わされる。
継いで中指、薬指と男の舌が舐め上げ咥えて行く。
指を舐めているだけなのに、男の陶然とした表情はとてもいやらしくて。
指に与えられる快感と男の表情になにも考えられなくなる。

小指まで咥え終わって、男が手の甲に軽くキスをする。
そのまま手を返し、手の平にキスをしたかと思うといきなり手首に歯を立てられた。
「っ!」
ナイフで切り裂けば死ねる急所。
それは危うい快感を産み出すところでもあるんだと知った。
軽く跡が付くくらい歯を立てたあとを尖った舌先が舐める。
ふる、と躰が震えた。
そのまま強く吸い上げられる。
「っ…ぁあ!」
びくびくと躰が痙攣した。
なんだ?手首なんかでどうしてこんなに感じるんだ?

「ああ。綺麗だな。君の白い肌に映えるよ。」
男が刻んだ花片のような所有痕がそこには有った。
「おい…。」
どうして付けるに事欠いてそんな見えそうなところに付けるかな
このバカ!!!
っつうか、キスマークなんかつけんじゃねぇえええ!!!

「うん?ほら綺麗だろう?」
「いやだからさ。つけんなよ。んなモン。
 特に見えるところに付けるたぁどういう了見だ?」
ナニを言われているのか解らないという表情で男が
「だって見える所じゃなきゃ意味がないだろう?
 君は私のものだという証(しるし)だ。」
「誰があんたのモンだって!?冗談じゃねぇ!もう離れろ!」


あれから男はオレが泣きやむまで、ずっと抱きしめて髪を撫でていた。
精神が回復しても躰の強張りが抜けなくて、オレが不思議に思ったほどだったが、男はずっとオレに謝罪しながらただ抱きしめていてくれた。

男はまだオレの右手を掴んだままだ。
「まだ始めたばかりじゃないか。
 眠れるようならいつでも寝てしまってかまわないから。」
「だぁあ!眠れるかっ!」
うん。昨日も同じ会話をしたな。進歩の無いヤツ。
「見えないところならいいのか?」
男はオレの右肩の付け根を巡るように舌を匍わす。
「っ!」
そんなところが感じるとは自分でも知らなかった。
鎖骨の少し下を強く吸われて、躰が痙攣する。

どうしてこの男はオレが知らない、オレの感じるところを知っているんだ?
それとも誰しも似たようなところが感じるのだろうか?
そんな疑問が顔に浮かんでいたのだろう。
男がオレを見て、
「君のことならなんでも解るんだよ。」
胡散臭い笑顔で言った。

足もとに下がったかと思ったら、爪先に湿ったモノが。
「うわ!汚いからやめろよ!」
足の指に舌を匍わされていた。
左足首を持ち上げられ、指の付け根を舐められ、指が咥えられている。
その舌の紅さが今更なのに扇情的で。
指の後は甲に舌を匍わせ、踵に歯を立てる。
段々に臑を経て、脹ら脛に手を匍わせ膝にも歯を立てる。
内ももの真ん中にまた証を付けられて声を挙げた。

もうゆったりと受ける愛撫と愛情に包まれて気持ちがよくて。
オレは眠りが近づいてくるのを感じた。
オレの様子に気付いたのか、男がオレの隣まで上がってくる。
「眠れそうか?」
「ん…。今日はいろいろ有ったしな。」
ふわふわと気持ちがいい。
「君も私を愛してくれるかな?センセイ。」
このまま眠れたらきっともっと気持ちがいい。
「前髪…触ってくれたら。」
きっと今なら深く眠れる。
そっと優しく前髪に触れてくる手が気持ちいい。
オレは初めて他人が躰に触れているままで眠りに落ちた。

翌朝、オレは眠る直前までの記憶を失わないことをやはり初めて呪った。




Vol.12


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.12
「遊」vol.12
08.11.19up
そっと額に落ちる唇を感じて眠りから覚めた。
「…はよ。なにしてんの?」
今日もキス攻撃でオレを起こすつもりだったのか?
「おはよう。いや、熱が出ていないかと確認していた。身体は大丈夫か?」
「…。」

そうかアレはやはり夢じゃなくて現実か。
横たわったまま、身体を少し動かしてみる。
うん。少しだるくて腰は痛いが、なんとかなりそうだ。
「大丈夫だ。仕事には行ける。」
「無理をしないで休んだ方がいい。」
「いや、そろそろ資料も届いてるだろうし。さて、朝メシ作るか。」

よっと起きあがったオレに慌てて男が身体を支える。
「? なにしてんの?オレ大丈夫だって。」
そのままベッドを降りた。
「歩けるのか!?」
なにをそんなに驚いているんだ?
あ、でも腰痛てぇ。身体のあちこちも少し強張っているようだ。
「うん。腰が結構痛いけどな。
 オレ、昔キャンプで骨折っても遊び回ってたくらいだから。大したことねぇよ。」
「…。若いと順応性が高いんだな。」
感心したように男が言う。
おい!順応なんかしたくねぇぞ!

「オレシャワー浴びてくる。…絶対入ってくんじゃないぞ!」
パジャマを来ているということは夜中に男が身体を拭いてくれたんだろうけど、ちょっと気分をすっきりさせたい。
脱衣場でふと鏡を見ると紅い痕が目に入った。

うわ!なんだこれ!?
鎖骨の下…は覚えてる。
胸に幾つ付いてんだ?
これは心臓の辺りか?
首!首筋!これは服から出るだろう!
二の腕にまで付けてやがる。
そうだ手首! これ絶対シャツから出る。
右手だから字を書くとき横向きになるよなー。
あー、腿のは当分消えないな。こりゃ。
…。
どうしてくれよう。あの痴れ者。


確かに男に対する恐怖心はもうない。
しかしだからといって受け容れるとは言い切れない。
それはあの行為をこれからも受けるということで。
まだあの暴力に対する恐怖感は拭えていない。
熱めのシャワーを頭から被り、栓をしたバスタブに座り込む。
強張った身体のあちこちにシャワーを当て、ほぐしていく。


寝室へ戻り、着替えを済ませてからキッチンへ向かう。
コーヒーの香りが漂っている。
男はコーヒーを煎れることにだけは有能なようだ。
昨日のミネストローネに火(こいつんちはIHクッキングヒーターだけど)を通しながら、ベーコンエッグ、トースト、シリアルとサラダの簡単な朝食を調える。
それらをオレの席に置いて、向かいに座った男には皿に載せた生のセロリを一本置いた。

「等価交換だ。」
きっぱりと言い放ってやる。
「昨日のあんたの行為の代償がそれだ。喰え。」
「セ…センセイ…?」
情けない顔は罪悪感なのかセロリに対するものなのか。
どっちにしろ、みっともない顔だ。
「オレは昨日のあんたの行為をまだ許せてない。」
ま、一口でも食べたらちゃんとした食事を作ってやろう。
その程度のイジワルだった。

「これを…食べれば許されるのか?」
「ん。済んだことだ。許してやる。」
「…最初に聞いておきたいのだが。」
「あ?なんだ?」
「一度飲み下せば、その後吐いてもいいだろうか?」
「あー。かまわないけど一度飲んだセロリの味と匂いがまた口に戻ってくるんだぜ?
 セロリ・リターンズって感じ?」
男が考え込んでいる。

「コーヒーは飲んでもいい。マヨネーズを付けるか?」
本当に喰うとは思えないが、一応ルールを決めてやろう。
お?セロリを手に取った。
悲壮な顔で一口…うわ。すげぇ。丸呑みしたよ。こいつ。
セロリって結構固いよな。
喉につっかえねぇか?
続けて齧っちゃぁ丸呑みしている。
「おい。もういいよ。」
オレが言うのと男が立ち上がるのとは同時だった。
口を押さえた男の顔は真っ青だ。

「大丈夫か?」
涙目の男はオレを一目見て、トイレへと走り去った。
うーん。これは許してやらないとな。
男が残したのは、セロリの葉の部分だけだった。
よほど悪いと思ったんだろうな。
まぁ、オレのあのつらさとセロリを喰うのとどっちが大変よ?
とは思うが、男の努力は認めてやろう。

しばらくして、まだ涙目の男が戻ってきて席に座った。
「これで昨日のことは許してもらえるのか?
 昨日のことは無かったことに?」
「ああ。許してやる。
 …あんたは『無かったこと』にして欲しいのか?」
無かったことにされても腹が立つが、男はそれを望むんだろうか?
疑問に思った。

「いや。して欲しくない。
 許される行為だったとも思っていない。
 それでも、君のすべてを奪ったことを無かったことにしないで欲しい。」
「オレはっ!あんたのものになった訳じゃない!」
男が立ち上がって近づいてくる。
「わかっている。君は君のものだ。
 そうではなく、私が君のものなんだ。」
足もとに跪いてオレを見上げる。

「オレはあんたを愛せる訳じゃない。
 オレはもうあんなことされるのはイヤだ。」
「もう無理にはしない。
 厭だというのなら、君に挿れることはしなくてもいい。
 それでも私を愛せない?
 もう…触れられるのも厭か?」
オレだって解ってる。
あの暴力的な行為がイヤなだけで、この男には惹かれているってこと。
それはこの男も解っているんだ。
その上で許しを乞うなんてずるい。

「それであんたは我慢できんのか?」
視線を逸らしてぶっきらぼうに問う。
「君を泣かせるくらいなら、もう二度としないと誓うよ。
 君が望まない限りは。」
オレの右手を取り、甲にキスをする。
昨日のように手を返して、手のひらにももう一つキスを落とす。
「誓いの口づけと、懇願の口づけだ。
 もう私は君のものだ。好きにしてくれていい。
 どうか私を愛してはもらえないだろうか?」

こんな芝居がかったセリフ、こいつじゃなかったら吹き出すのに。
笑い飛ばすのに。
どうしてオレの顔は今紅いんだろう。
「メシ!作ってやるからちゃんと喰え。
 朝メシは大事なんだぞ。」

同じメニューの朝食を作るオレの背後に立って
「答をもらえないか?」
耳元で男が囁く。
「火を使ってんのに力が抜けるようなマネをすんな!」
「どうか答を。君に愛されたい。」
焦げるんだよ!今手を離すと!
もういい。どうせ喰うのはこいつだ。

「答は『浮気は許さねぇ』だ!」
ああ。まだ見ぬオレの妻と子供。
オレ、きっと愛して幸せにできたと思うのに。
もう逢うことはないんだな。
ごめんよ。
オレだって本当は逢いたかったんだよーーー!!


オレはいいと言ったのに、こいつは事務所まで送ると言って聞かなかった。
「もういいからあんたも仕事に行けよ。」
さっさと男を追い払いたくて言うが、男は
「アルフォンス君にきちんと君を手渡さなくては、私の役目は終わらないよ。」
と事務所を去ろうとしない。
そういうアルは電話中でオレ達に気が付かない。

電話が終わった。
アルが受話器を置いて、ふとこちらを見た。
「あ、兄さん!来てたんだ。
 ロイさん、おはようございます。
 今ブラッドレイ社さんから電話が有って、急ぎで試算表(合計残高試算表の略称。その時点でのどれだけ儲かってるかとか、どの位資産や負債があるのかを示す表のことだ。銀行からの借入なんかに必要とされる。)が欲しいって言われたんだけど。」
「あ?帳面来てるか?オレは受け取ってないぞ。」
「僕は知らないけど?」
オレは自分の机に向かい、受け取りをした資料の箱をひっくり返してみる。
ない。
そもそも受け取った記憶も記録もない。
しかたがないので、ブラッドレイ社に電話を入れる。

「いつもお世話になっております。
 先程お電話を戴きましたエルリック事務所でございます。
 試算表が必要と伺ったのですが、帳面はお送りいただいたのでしょうか?」
「…。」
「はい。それでは試算表は作れませんので、至急帳面をお送り戴けますか?
 ええ。はい。届き次第、ただ申し訳ございませんが、年末調整の時期ですので若干のお時間を戴くことになるかと思います。」
「…。」
「はい。なるべく急いでお送りできるように致しますので。
 ええ。申し訳ございません。
 どうぞ宜しくお願い致します。」
丁寧に挨拶をして電話を切る。

「…。ったくよぉ!」
うって変わってと言われても仕方がないだろう。
吐き出すように言ってしまう。
オレは外面はいいんだよ。そうだよ。
お客さんの我が儘にだって怒ったことはないさ。
面と向かってはな!

「やっぱりまだ帳面来てなかったんだ。」
苦笑をしながらアルが言う。
「帳面も無しに試算表が作れるかってぇの!
 オレ達を錬金術師かなにかと勘違いしてるんじゃないか?」
「ははは。錬金術師だって、材料が無ければ錬成出来なかったそうだから、同じようなもんじゃないの?
 等価交換っていうんでしょ?」
他のお客さんの資料を入力していた途中なんだろう。
アルがオフコンに向かいながら答える。


錬金術。
それは今の科学の元だとされているが。
オレ達にとっては昔々のお伽話。
荒唐無稽な魔法のようなもの。
「そうだな。顧客のよこした材料を理解、分解、つまり仕訳をして会計ソフトに入力して、出来上がった元帳から財務諸表や申告書を錬成する。
 まさに君たちが行っていることは錬金術だな。」
黙っていた男がオレ達に言う。
あんた、まだいたのか。
とは口に出さない。
オレって優しーなー。

「うーん。まどろっこしーな。こうやってさぁ。」
両手をぱんっと合わせる。
「錬成が完了したら、オレ達も楽だよな。」
ははっ。とアルと男に言う。
あれ?軽口だったのに、男が動かなくなってしまった。
「ショチョウ、どした?」
気になっちまうじゃないか。

「いや…。
 昔…錬金術師の中には、錬成陣を書かなくても両手を合わせるだけで錬成をした人々がいたそうだよ。」
「へぇー。それって便利でいいな。」
そりゃホントにお伽話の範疇だわ。
「…それは禁忌を犯した咎人だったらしいがね。」
「禁忌?金の錬成でもしたのかな。
 そりゃ禁忌だな。経済が成り立たなくなっちまう。」
最近の価格破壊だって経済を成り立たなくさせているんだ。
このうえ、金の違法製造なんてあったらこの国の経済は破綻してしまう。

「な、もうアルへの引き渡しは終わっただろ?
 あんたも仕事に行けよ。」
いくら出来たホークアイさんでも、早退と遅刻ばっかの上司の尻ぬぐいはイヤだろう。
その原因にもなりたくないし。
うーん。憧れの人なのに。好きなのに、恐怖心がぬぐい去れないのは何故なんだろう?
なにかぐずぐず(例えば「いってらっしゃいのキスは?」とか)言われるかと思ったが、男はあっさり
「それでは失礼するよ。」
と事務所を後にした。
あまりのあっけなさにこっちが違和感を覚えるくらいだ。

「ロイさん、どうかしたのかな?」
ほら。アルにまで不審がられてる。
「さぁ。あいつの考えてることなんて分かんねぇよ。
 それよりアル、あいつのオレを伴侶とする挨拶を簡単に受け容れたって本当か?」
オレは愛する弟の良識を疑いたくは無かった。
しかしコトと次第によっては思いっきり疑いたい。

「え?ナニを今更?ロイさんと兄さんは愛し合ってるんでしょ?」
「は?その誤解はどこから生まれたんだ?
 兄ちゃんに分かるように説明してくんないか?」
オレがあいつを受け容れたのは今朝初めてのことだ。

んー。と考え込むような仕種の後でアルが言った。
「だって兄さん、普段はあまり他人に対して自分の感情をぶつけないのに、ロイさんにはそうじゃないでしょ?」
「う…そうか?」
「うん。それにロイさんって兄さんが見ていないとき、兄さんのことをすごく切ないくらい優しく見ているんだよ。
 いつもはイジワルそうな顔を兄さんに向けてるけどさ。
 あの顔を見ると、本当に兄さんを大切にしてるんだなぁって分かるんだ。
 あと、兄さんって、ロイさんがいると必ず意識を向けてるでしょ?
 ロイさんをいつも意識から外さないようにしてる。
 以前調査に来たときからずっとそうだったよ。」
「そう…なのか。」

「相思相愛っていいよね。羨ましいよ。」
おい。それが同性同士でもか?
アル、お前はナニか悩んだりしないというのか?
オレは充分悩んでいるんだが。

「アル、お前オレのことあいつに色々バラしたろ?
 マンガも渡したし、車やビールの好みとか。」
「え?ビール?それは母さんだよ。
 父さんも母さんもいろいろロイさんに兄さんのこと話してたよ?
 まぁマンガを渡したのは僕だけどさ。
 だって新刊出てまとめられなかったら兄さんイヤでしょ?」
それは確かにイヤだ。
流石にオレの弟。オレを分かっている。
じゃなくて!

「じゃあ、オレのいつも食べてるシリアルだけを教えたのは誰だ?
 あいつ、朝食に水もスープも無しにシリアルだけ出したぞ?」
「あー、シリアルね。
 アレは僕がロイさんにそれしか教えなかったんだ。
 キッチンに何もないと面倒見のいい兄さんのことだから、ほっておけなくなってご飯作ったりすると思ったんだよね。
 でなきゃ、さっさと帰って来ちゃったでしょ?
 僕の計画はやっぱり成功だったね。」
「アル…お前はオレがアブノーマルな道に進むことを願っていたのか?」
「イヤだなぁ。兄さん。僕が願っているのは兄さんの幸せだよ♪」

ごめん。アル。
オレ今、お前の良識をものすごく疑ってるよ。



Vol.13

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.13
「遊」vol.13
08.11.19up
オレ達は来年始めの確定申告に向けて、ひたすら帳面を計算して仕訳して入力をする。
この時期の仕事はその繰り返しと残った年末調整だ。
「アル、合計表(『給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表』の略称)はできたか?」
オフコンで年末調整の入力と出力をしているアルに聞く。
「うん。これが最後の一社。兄さん、署名お願い。」
「おっしゃ。」

署名をできるのは税理士だけだから、今のところオレが全ての署名をしなくちゃならない。
出来上がった合計表にオレが署名をしてアルに渡す。
アルは控え用には控印を捺し、オレの署名の後に税理士印を捺す。
流れ作業であっと言う間に終わった。
提出用の合計表に源泉徴収票や支払調書をくっつければ一丁上がりだ。

それを提出税務署別に分けて提出するか、遠いところは郵送する。
「これで年調(年末調整の略。ちなみに源泉徴収票は『源ビラ』もしくは『ビラ』と呼ぶ。)は終わったな。」
年末の一仕事が終わった。
「うん。次は確定申告だね。」
郵送するものを送り先別に封筒に入れる作業もすぐ終わった。


「兄さん、はい。」
いきなりアルが何か差し出してくる。
ん?切手はもう貼ったぞ?
見るとソレは絆創膏だった。
「…。」
2枚。
やっぱそれって…。

「アル…?」
「貼りづらいでしょ?やってあげようか?」
「あの。それは…?」
アルが自分の首と手首を指差した。
「見えてるよ。自慢したいならほっとくけど、どうする?」
「スミマセン。貼ってクダサイ!」
朝のばたばたですっかり忘れていた。
あの痴れ者!許さん!

「随分しっかりついてるねー。」
弟よ!黙って貼ってくれ。
「なんか寂しいな。」
どうした!?
寂しいなんて言わないでくれ!
オレはアルとずっと一緒だぞ!?
「兄さん、大人になっちゃったんだね。」
「やめろーーーー!!!」
清くないとか言うなよ!?な!?頼むよ!

「ま、しょうがないよね。」
しょうがなくなんてない!
「お…オレは好きで…!」
『好きで』? んでなんて言えばいいんだ?
『好きで犯られたんじゃない』?
…言えない。言えねぇよ…。
「うん。好きなんだから当たり前だよね。」
違ーーーーーーう!!!
もうオレは何も言えなかった。

「ボク郵便局に行って、ついでにお昼ご飯食べてくるよ。
 兄さんもちゃんと食べなきゃダメだからね。」
オレ達は二人で仕事をしているので、いつも交代に食事をとる。
事務所をカラにする訳にはいかないから。
「ああ、今日弁当作ってきたんだ。
 お前の分もあるから喰ってから郵便局行けよ。」
「お弁当作ったんだ。ヒューヒュー♪
 新妻さんしてるねっ!」
「なっ!ナニ言ってんだ!」
誰が新妻だ!?

「なに作ってきたの?」
「あ?ただのサンドイッチだ。自分で挟むヤツ。
 具は卵とツナとハムと野菜。」
「兄さんのツナペースト、セロリがアクセントになってて美味しいんだよね。
 ボクあれが一番好きだな。」
セロリ…。
「あー…。今日はセロリはナシだ。」
「え?買い忘れたの?」
きょとんとした顔でアルが言う。
「いや…。」

「兄さん顔が紅いよ。…あ、そういうことかぁ。」
くすくすとアルが笑う。
「兄さん、コトバ、間違えてるよ。
 『今日は』じゃなくて『これからは』でしょ?」
「…。」
「ロイさん、セロリ嫌いなんだ。
 なんかかわいいね。あんな大人なのに。」
「生じゃなきゃ食べるんだけどな。」
あ、生でも食べてたか。

「旦那さんの好き嫌いを把握する、か。いいね。新婚さんは♪」
アル、アル、それ違うから。
「新婚じゃねぇよ!ついでにオレは新妻でもねぇし!」
「あ、そうだ。母さんからの伝言。」
人の話を聞け!
「え?どうかしたのか?」
用があれば携帯に掛ければいいのに。

「えっとね。『たまにはロイさんも連れて、実家にいらっしゃい。』ってさ。
 兄さんの部屋にベッドも残ってるし。
 『残ったスーツは後で送るわね。』って。」
「…。」
母さん、オレもう家を出された身?
いつの間に?
オレ、三界に家無し?

「『仕事忙しくてご飯作れないようなら、二人で食べにいらっしゃい。』とも言ってたよ。」
「そう…か。」
『いらっしゃい』なんだ。
『帰る』じゃないんだ。
あの家、オレの『実家』なんだ…。
オレ今まで、あれは『オレんち』だと思ってたよ。
それに『残った』スーツなんだ。
オレのクローゼットに『入ってる』んじゃないんだ。
違ってたんだ…。
なあ。いったいどういう根回しをすれば、こういうことが出来るんだ?

「なぁ、アル。あいつ、いつ家に来てたんだ?
 何回も来たのか?」
「ロイさん?よく来てるけど?」
「へ?よく?オレ知らないぞ?」
「兄さん、すぐ事務所に泊まるから。
 そうだなぁ、2週に1回は来てるんじゃない?」
おおおオレんちまで侵蝕されてる!?

「な…なにしに来てんだ!?そんな頻繁に?」
「うーん。父さんにとっちゃ兄さんをお嫁に出すようなもんだから、お許しを貰いにって感じかな。
 今はすっかり仲良くお酒飲んだりしてるけどね。
 母さんともよく話してるし。」
オレの知らない間にオレの家族に溶け込んでいたのか…。
つか、『お嫁に出す』ってナニ?

「それでもね、絶対泊まらないんだよ。
 今日は兄さんが家に来てくれるかもって、必ず帰ってた。」
いや、普通泊まらないから。
他人が泊まる方がヘンだから。
「それなのに全然行ってなかったんだって?」
行く義理がゴザイマセンから。
…今までは。だけど。
「オレいつ家を出たことになってんだ?
 オレの荷物は、いつあいつんちに送られたんだ?」
「んー。年調が忙しくなった当たりだったから、先々週くらいかな?
 兄さんこの2週間帰ってこなかったでしょ?」
そういえば。そうかも。
「少しずつあいつが荷物運んでたのか?」
「ううん。
 母さんがちょっとずつでも専門書が減ると気が付くから、一遍に送っちゃえって引っ越し屋さんに頼んでたよ。」
母さん。母さん。
オレのこと愛してる!?
オレは母さんを愛してるんだよ?

「なんでみんなオレをあいつに差し出すんだ?」
「ロイさん、兄さんのこと大切にしてくれるでしょ?」
「大切ぅ!?」
「そうだなー。
 兄さん、昨日仕事のこと考えた?」
「…。考えなかった。」
そういえば、それどころじゃなくて仕事のことなんか考えなかったな。
「兄さんは根を詰めすぎるんだよ。
 忙しくなると家にいたって仕事のことばかり考えてる。
 気分転換とかしようとしないじゃない。
 でも昨日は兄さんが仕事のこと、全然考えなかったんでしょ?
 それはロイさんがそうしてくれたんじゃないの?
 いつもあの人は兄さんにとって一番いいようにって考えてくれるんじゃない?」
いいようにどころか凄く大変な目に遭わされたんだけど。
とてもじゃないが、それはアルに言えない。

「ロイさんね。最初に挨拶に来たとき、父さんと母さんに土下座して頭下げたんだよ。
 『絶対幸せにします。どうしても一緒に暮らして幸せにしたいんです。どうかお願いします。』って。
 凄く真剣だった。
 だからボク達、そりゃ驚いたけどきっと兄さんは幸せになるって、そう思ったんだ。」
思うな!
もっと常識的にモノは考えろ!
オレの不幸は家族の非常識さに有ったのか…。


インターフォンが鳴った。
「ん?バイク便かな?」
ドアを開けると朝持たせた弁当を手に、男が立っていた。
「センセイ。昼食がまだだろう。一緒に食べよう。」
あのな。携帯して職場で喰えるから弁当なんだよ。
なんでここに持ち寄って喰うんだよ。
「…なにしてんだ?」
っていうより、なんでそんな上機嫌なの?
「センセイが初めて作ってくれたのだから、顔を見て食べたいと思ってな。」
「…。」
「あ、じゃぁボクは郵便局に行きますんで。」
アルが封筒を持って出ようとする。
「あ、おい。お前の分もあるんだから…。」
「ボクは外で食べてくるよ。ボクの分も食べてね。
 ロイさん、ごゆっくり。」
「気を遣わせて悪いね。」
「いいえ〜。」
「おいアルっ!」
アルが出て行ってしまった。

「ここでいいのかな?」
応接テーブル兼作業場はまだ書類が広がっている。
「あ、ちょっと待て。」
順番が狂わないように片付けた。
「もう合計表まで終わったのかね。これは年明けでも間に合うのに。」
「うちは法人より個人が多いからな。
 早めに片付けないと確定申告が間に合わなくなるんだ。
 今からもう帳面の入力を進めないと。」
「なるほど。」

「飲むものはナニがいい?っつってもコーヒーとティーパックの紅茶しかないけど。」
「ではコーヒーを。あ、いや、私がやろう。」
男が立ち上がる。
「いいって。一応客なんだから座ってろ。」
コーヒーメーカーのポットから注いでいると背後に立った男が
「身体は大丈夫か?」
腕を腰に回してくる。
「おい。コーヒーがこぼれるからやめろ。」
空いた手でオレからポットを取るとコーヒーメーカーに戻す。
「具合は悪くないかね?」
どうして身体が震えるんだろう。
男の右手が顎に添えられ後ろ側に向けられた。
「大丈夫だ。離せ。」
「本当に?」
「大丈夫だって言ってんだろ?」
仕方がない。
恥ずかしくて堪らなかったが、オレは軽く触れるだけのキスをする。
それで満足したのか、男がようやくオレから手を離し席に戻った。

「ブラックでいいな。」
「ああ。」
うちの事務所に牛乳などない。
オレは自分用のマグと来客用のカップをテーブルに置いた。
「ではいただきます♪」
いい年して「ます♪」はねぇだろ!?
こんなことならひとまとめにしても同じだったなと思いながら弁当を広げった。
バターを塗って合わせただけのパンの他に、パックに詰めたペーストと野菜。

「適当に自分で好きなモン乗せて喰え。」
「面白いな。こういうのは初めてだ。」
見ると男はツナペーストのみを乗せている。
「ちょっと待て。野菜も乗せろ。」
「? ツナサンドは普通ツナペーストだけじゃないのか?」
「あんた外食ばっかで野菜足りてないんだよ。ちょっと貸せ。」
男のパンを取り上げた。

「全くもう少し健康に気を付けろっての。玉ネギは食えるな?」
「ああ。セロリ以外なら、なんでも平気だ。」
玉ネギとレタス、トマトを男のパンに乗せ
「トマトは汁がこぼれるから気を付けて食べろよ。」
ほい。と男に手渡した。
「…。」
男は黙ってパンを見ている。
「あ?どした?」
「いや。いいものだと思ってな。こうして君に世話を焼いて貰うのは。」
頭に『ヒューヒュー♪新妻さんしてるねっ!』とアルの言葉が浮かんでしまった。
「お…オレは長男気質なんだよ!」
ああ。顔が熱い。
とにかく喰おう。

「センセイ?」
「ん?」
「付いてる。」
オレの口端に付いたペーストを男の指が拭う。
そのまま口元に寄せられたので指を咥えてしまったぁぁああ!!!
にっこり胡散臭い表情を浮かべるな!
サカるな!
絶対サカるなよ!?
今度から弁当の端にはセロリを入れておこう。

「とても美味しいよ。」
あ?普通の発言だ。よかった。
「こんなに美味しいサンドイッチは初めてだ。」
「そうか。よかったな。」
「センセイが作ってくれるモノはなんでも美味しいな。」
うん。作ったモノを美味いと食べて貰うのはやはり嬉しいな。
「あー。アリガト。なぁ。今晩は何喰いたい?」
「ん?センセイは何が食べたい?私はそれがいい。」
「あ?」
「君の食べたいものが食べたいんだ。何がいい?」
聞いてんのはオレなんだけど。

「あんたが好きな料理ってなんなんだ?
 ただ『肉』って言われてもな。」
食べ終わって片付けを済ませた。
「そうだな。あまり食事には興味がないんだ。
 腹が満たせればそれでいい。」
新しく注いだコーヒーを飲みながら男が言う。
「それってつまらなくないか?
 美味いモン喰うとそれだけで嬉しいし。
 身体のためにもバランスよく喰わないとダメだぞ?」
「それはこれから君が私に教えてくれないか?」
「しょうがねぇな。喰いたいモンとかあんたにはないのか?」
「…デザートが食べたい。」
「あ?今日は果物がなかったからデザートはない。ここに菓子とか残ってたかな?」

テーブルの端には間食用の菓子が入った箱がある。
アルがチョコやクッキーを時々補充しているものだ。
立ち上がって菓子箱を見ていると、いつの間に近づいた男が
「その菓子より美味しいデザートがいい。」
オレの身体を抱き寄せ、膝の上に向かい合わせに座らせた。
「っ!おい!」
男に跨る形になったのが妙に恥ずかしい。
いや、膝に乗ること自体恥ずかしいんだけど。

「美味しい食事をありがとう。」
あまりに素直な声が却って不思議だ。
「ああ。いや。お粗末様でした。」
オレも素直に答えてしまう。
「とても嬉しかったよ。」
どうかしちゃったのか?
この姿勢はいつもの男らしいが、発言がヘンだ。
素直すぎる。

「あー。それは良かった。で、降りてもいいか?」
「ダメだ。」
なんでオレがいつも指示されるかな?
「やっと腕のなかに来てくれたんだ。放せないな。」
「やっと?」
「そう。やっと。努力もしたよ?」
「?どんな?」

「私は色々な部署に行ったが、君と出会ったのは個人課税部門だった。」
「ああ。そうだな。親父の調査に来たんだから。」
「それから他の税法も勉強したんだ。」
「なんで?」
「君は最初に調査に行ったとき、『父さんみたいな税理士になる。』て言っただろう?」
…言ったかな? 言ったかも。
「だから私は君を支えられればと思って、それから法人税や消費税をしっかり学んだんだ。
 その他の税法や会計学もね。」
「その前は?」
「それまでは仕事がこなせればいいと思っていた。
 適当でもなんとかこなせていたから。
 しかし君に逢って、君を支えたいと思って学んだんだ。
 今回の新会社法も同様にね。」

「…あんたさ、オレのこといつ好きだって思ったの?」
初めて無料相談に行ったときかな?
あんとき初めてキスされたんだよな。
「初めて逢った時からだよ。」
「はぁ!?初めてって?」
オレ9歳だったぞ!?
「君に初めて逢ったときから、君を好きだと思った。」
「それって犯罪じゃ…」
「だから待ったんだ。ずっと待ったよ。
 君といつ愛し合えるのかと長いこと心待ちにしていた。」
「あのー。そこにオレの意志は?」
待ったって、オレが好きにならなきゃしょうがないだろ?

「君も私のことが好きだっただろう?」
はぃい!?
「初めて逢ったときから、君は私の一挙一動に集中していた。
 私を見ていないときにもね。」
「それは警戒していたんだよ!
 ゼイムショは敵って言われてたからな!」
「ならば調査に行った、もう一人の調査官を覚えているかね?
 いつの時でもいい。」
調査官は大概二人一組で来る。
えーっと。なんか背の高い金髪の兄ちゃんがいたような。
…いなかったような。

「…。」
当てずっぽうで言って外れたらなにをされるか解らない。
「初回と三回目はホークアイ君だった。」
「え!?」
あ、そうだ。
それでホークアイさんって素敵だねってアルと言ったんじゃないか。
どうして忘れてたんだろう。
「な? 君は私しか見ていなかった。君も私を好きだっただろう?」

もうどんなロジックかなんて、どうでもいいのかも知れない。
オレはこの男に捕まってしまった。
それだけなのかも知れない。
「解んねぇ。…忘れた。」
「デザートを戴けるかな?」
抱き寄せられて深く口づけられる。
もう慣れてしまった行為。
慣れない快感。


この姿勢はいくない。いや、よくない。
その…興奮したお互いのモノが触れ合ってお互いに解ってしまって。
男のモノを感じたとき、知らず身体が強張ってしまった。
この聡い男がそれに気付かない訳がなかった。
「すまなかった。」
膝から降ろされる。

ホッとしながらも男に申し訳ないと思って
「マグ。」
なんでもいいから、オレが男を拒否していないことを伝えたかった。
「ん?センセイ?」
「ショチョウ用のマグ、今度ここにも置いておこうな。
 ここにはうっすいコーヒーとまずい茶しかないけどさ。
 どうせこれからはオレの仕事が終わるまで、あんたここで待つつもりだろ?」
ぎゅっと抱きしめられた。
「嬉しいよ。センセイ。」
気持ちが伝わってよかった。

「うん。でももう見えるところに証をつけるのはやめろな。」
「ああ、この絆創膏はやはりそうか。」
「ん。アルに貼って貰ったんだ。これからこんな思いをオレにさせるな。」
ドスの利いた声で告げる。
オレは恥ずかしかったんだ。
「しかし、首筋の絆創膏は『キスマークを付けてます』という表示なのだが、そんなに喜んで貰えたかね。」
「あ!?」
なんだそれ?
オレ知らねぇぞ?
やっぱ前言取り消し!
オレ、断固こいつを拒否させてもらう!!


Vol.14


clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.14
「遊」vol.14
08.12.7up
「あんたもう帰れよ。昼休みは終わりだろう?」
ここからセントラル税務署までは歩いて10分ちょっとだ。
あんまり税務署長が不在ではマズいだろう。
只でさえホークアイさんに『無能の金色の恋人』と呼ばわれているのだから、オレ絡みで彼女に迷惑は掛けたくない。
怖いし。

それにしても『金色の恋人』ってナニよ?
『オレなら1枚、銀なら5枚』か!?
おもちゃのカンヅメ当たるのか!?(←古!)
うーむ。恥ずいヤツ。
男の顔をしみじみ眺めてしまう。

「もう帰りまで逢えないのか。」
おい。フツー朝出たら帰るまで逢えないから。
職場が違う限りそれが当たり前だから。
「あとで合計表の提出に行く。
 運が良ければ逢えるかもな。」
ま、税務署長が総務課(一般の納税者とは違い、会計事務所は申告書などを総務課に提出する。)にいることはないけどな。

「提出なら私が持って行こうか?
 手間が省けるだろう?」
「それはダメだ。
 ショチョウが会計事務所の提出分を持って行ったらおかしいだろう?
 第一控えはどうする?
 それもあんたが受け取ってオレに渡すつもりか?
 そういう馴れ合いはダメだ。」
「…そうだな。」

「ああ。あんたは公私混同はしないと言ったな。オレもそうだ。
 これからあんたとやっていくのなら、これははっきりさせておきたい。
 オレ達はお互い、守秘義務を背負っているんだ。
 オレはあんたの仕事の内容は聞かない。踏み込まない。
 だからあんたもそうしてくれ。」
「ああ。私が悪かった。考え無しだったよ。」
「いや、考えてなかったからこそオレのために言ってくれたのは解ってる。
 でも、これはオレ達のルールだ。
 ずっと…ずっと二人がやっていけるように、今決めよう。」
「承知した。」

もう一度抱き寄せられ、耳元で囁かれる。
「嬉しいよ。
 ずっと将来まで私と過ごしてくれるのだね?」
その声に吐息が漏れる。
もう膝から力が抜けてしまっても、オレにはこいつが抱き留めてくれると解っている。
「ああ。だからもう帰れ。オレはホークアイさんに殺されたくない。」


結局オレがアルと入れ替えに合計表の提出に行ったときには男に逢えなかった。(当たり前だ。)
まだ仕事が残っているのでさっさと帰ろうとしたとき、廊下を歩いて来るホークアイさんに逢った。
「あら。こんにちは。エルリック先生。」
「あ、こんにちは。」
「なにか届出書でも取りに?」
こうして穏やかに微笑むホークアイさんは今まで通り全然怖くないのに。
「いえ、合計表の提出に。」
「あら。早いのね。他の会計事務所さんにも見習って欲しいものだわ。」
「いや。その代わり確定申告の提出はいつもギリギリですから。」
「アルフォンス君と二人でやっているんですものね。」
「はぁ。」
おい。アル。なんでお前、名前で呼んで貰えるんだ?

「猫の手よりマシかどうか知らないけど、使えるものならあの無能も使ってやって頂戴。」
うわぁ。オレにまで上司を無能呼ばわりですか。
容赦ないデスね。
「あの…。」
「どうせここにいてもロクに役に立たないんだから、少しでもエドワード君の役に立てば本望でしょう。」
あ、オレのことも名前で呼んでくれた♪
もうホークアイさんがやつをどう呼ぼうがどうでも良くなってしまった。
冷静に考えたら、やつはそうとう酷い言われようだったが。
つか、やっぱホークアイさん、怖いです。

「本当なら逢ってやってと言いたいところだけれど、書類を溜められていてね。
 あなたに逢わせるわけにはいかないのよ。
 申し訳ないのだけれど。」
「いや、帰ればいやでも、本当にイヤでも逢うんですし。
 今逢わなくても全然かまいません!」
本心です。撃たないでクダサイ。
いや、今のアメストリスで銃の保持は禁じられているけれど。
「そう?定時までには仕事を上げると思うの。あなた逢いたさにね。
 必要な届出書があったら、いつでもあの無能に言って頂戴。
 事務所まで届けさせるから。」
アメストリス税務署のボスはホークアイさんだな。
きっとそれに気付いたオレは遅い方なんだろうな。
税務署内では周知の事実に違いない。


ホークアイさんと別れて歩いていると、折れた廊下の先から声が聞こえた。
無能の声だ。(あれ?呼び名が自然に変わってる?)
こっちに歩いてくるようだ。
思わず柱に身を隠してしまう。
もっと仕事中の声を聞いてみたくて。

「それは署内通達で知らされていることだろう!?」
オレがあまり聞かない荒い声。
「しかし、この時期の法人の調査は以前から行われておりますし。」
あれ?聞いたことの無い声だ。異動してきた人なのかな?
「君たちは適正な納税を手助けしたいのかね? 邪魔をしたいのかね?」
「それは…適正な納税をさせるのが税務署の仕事です。」
「『させる』のではないだろう!」

や、『させる』んだろうよ。
オレにはその人の言い分の方が解る気がする。
それが正しいとは思わないけどな。
しかし、ちらっと覗いた男の顔はいつもとは全く違っていた。
引き締まって威圧感さえ感じさせる大人の顔。
こんな顔は見たことが無かった。
仕事中のこいつはこんな顔をしているんだ。
ちょっとカッコイイかも。…いやいや。

「数年前からこの時期の法人調査は控えるよう言われているはずだ。
 この確定申告時期、こちらにどんなメリットが有るというのだね?
 言ってみたまえ!」
うんうん。
無能、ガンバレ。
オレもこの時期に法人(会社のこと。)の調査が入って困ったことが何回かある。
んなヒマねぇっつうの。

「法人課税部門には確定申告は関係有りませんから。
 調査を入れることにとやかく言うことは…。」
その人が言いかけたところに男がかぶせるように言う。
「それを担当しているのは税理士だろう!?
 彼らは確定申告で忙しいのだから、調査に対して芳しくない返事が多かった結果、法人の調査を減らすよう署内通達が来ているのを君は確認していないのかね!?」
「…申し訳ありませんでした。」

男に食い下がっていた人が離れてからだったからヤツには聞こえなかっただろうが、隠れていたオレにはその人が舌打ちをしたのが聞こえた。
無能は本当は敵が多いのではないか?
ふと思った。
オレの担当区域の税務署長をずっと続けていることも本当は不自然だ。
もしかしたらこいつは敵が多いのかも知れない。

そのことは後になって、イヤと言うほど思い知らされるのだが。


午後5時半に無能、いや男は事務所に来た。
公務員は残業が無くていいよな。
ま、確定申告の提出時期になれば個人課税部門はそういう訳にも行かないんだろうけど。
「あ、ロイさん。いらっしゃい。」
「やあ。アルフォンス君。お邪魔するよ。」
「マグ、持ってきたか?」
当然のように迎え入れるのはアルに対して照れ臭くて、ぶっきらぼうに聞いてしまう。
「いや、それは君に一緒に選んで欲しくてね。」
ああもう。
そんな嬉しそうに恥ずかしいことを言うな!
「適当にその辺座ってろ。オレはまだ仕事が終わらないから。
 飲むモンも自分でやれよ。」
「ああ。かまわないでくれたまえ。」
「お菓子もよかったら自由に食べて下さいね。」
「ありがとう。」
テーブルについた男に背を向けてアルとオレはオフコンに向かって入力を続ける。

「あれ?兄さん。このお客さん、861使ってたっけ?」
「ん?いや。869だろ?854も使ってないハズだ。」
オレ達は勘定科目を入力する時に使う科目番号で呼ぶ。
ハチロクイチは「新聞図書費」ハチロクキュウは「雑費」ハチゴウヨンは「荷造運搬費」という具合だ。
日常生活やお客さんへの説明にも、つい科目番号で言ってしまうことがよくある。
高じて自動車のナンバーを見て「852」(消耗品費の科目番号)だったりすると
「うわ。消耗品なんだこの車。10万センズ未満か?」と無意識に考えてしまう。

ふと背後が気になった。
振り向きながら
「それは見るな!」
男に言う。
やっぱり。
男が手にしていたのはオレ達が『開始』と呼んでる、申告書を作った時の資料をまとめたモノだ。
「これかね?いや、表紙に大きく『開始』とあるからなんだろうと思ってな。」
「それは事務所の内部資料だ。他人が見ていいものじゃない。」
「ほう。税務署に見られてはまずいものか?」
にやり。と笑った顔にムカついた。

一息ついて、オレもにっこり笑ってやる。
「お客さんから戴いた資料やワタクシドモの覚え書きなどが綴ってあるモノです。
 顧客の個人情報ですから、お見せするわけには参りません。
 正式な調査、もしくはアナタが査察官と言うことであれば話は別ですが。
 どうなさいますか?
 そのままお読みになると言うことであれば、個人情報保護法に抵触致しますが?」
男は更に笑みを深めて『開始』を棚に戻す。
「仲々言うね。君の調査に私も立ち会ってみたいものだ。」
オレの理詰めで攻める慇懃無礼な態度は実は男のマネだ。
若いとナメられがちなので色々試した結果だった。
「そりゃ遠慮しとく。」

ふむ。と顎に手をやり男が言う。
「ホーエンハイム氏とは随分違うな。」
「あー。あれはオレには無理。」
「うむ。あの説得力は並ではないからな。」
「父さん、すごいよね。
 自分が間違ってるって解ってるくせに、ニコニコと言葉を並べて相手を納得させちゃうもんね。」
アルが入力を続けながら言う。
オレもオフコンに向き直った。

そうなんだ。
親父は絶対間違っていることでも平気で相手に言いくるめるワザを持っている。
オレ達も見ていて『それは違うだろう。』と突っ込みたくなるのだが(いや、お客さんの不利になるので言わないが。)やつは温和な顔と声をしながら見事な論理展開を繰り広げる。
調査官も『どこか違う…よな?』と思いながらも論理に隙がないので、つい頷かされてしまうのだ。
あれは、百年経ってもオレには出来ないマネだと思う。

くすくすと笑いながらアルが言う。
「それにしても、兄さんはやっぱり後ろを向いていてもロイさんのことを意識してるんだね。」
「あ!?ナニ言ってんだ!?」
「だってボクはロイさんが開始みてるのなんて全然解らなかったよ。」
「それだけ愛されているのだから嬉しいよ。」
しれっと言うな!
「あーもう。仕事の邪魔だ。黙ってろ!」


「じゃあ今日はこの辺で切り上げるね。お疲れ様〜。」
アルが区切りのいいところで仕事を終わらせる。
「お疲れ様。気を付けて帰りたまえ。」
「はーい♪ロイさんもお疲れ様でしたぁ。」
「おー。おつかれー。…母さんによろしくな。」
オレがなんでこんなことを言わなくちゃ…。
「君はまだ終わらないのかね?」
「んー。」

7時半か。
まだ年も明けていないし、まだそれほど仕事は立て込んでいない。
「そろそろ帰るか。晩メシの買い物もしなくちゃな。」
「疲れているのなら外食でもかまわないが?」
「いや。まだ全然忙しい方じゃないからな。大丈夫だ。」
こんな程度でいちいち外食なんてしてらんない。
だから不健康だっつんだよ!
「この辺の小さい店じゃ包丁はないから、またショッピングセンター行くか。」
「…車で迎えにくればよかったな。」
「いや、駐車場にアルの車が駐めてあったから無理だろ。
 『路駐でゼイムショチョウ捕まる!』なんて恥ずかしいぜ。
 それはそれで、オレは楽しいけどな。」
「それもそうか。」
「あんたんちまで、歩いたってすぐなんだし。」


ショッピングセンターで包丁とまな板、その他昨日買い足りなかったものを買う。
「あんたのマグ、どれにする?」
食器売り場で男に聞いた。
こいつのことだからと、高価なカップが並んでいる専門店だ。
「君が選んで…いや、君と揃いのものがいいのだが、ここにあるのか?」
「え?オレと揃いでいいのか?」
「うん。それがいい。」
「なら百センズショップ行こう。あそこで買ったんだ。オレのもアルのも。」
「百センズショップ…。」
こいつ行ったことないんだろうな。

思った通り男は百センズショップに来たことがなかった。
「こんなものまで売っているのか。」
感心したように色々見て回っている。
「ほら。マグはここだ。まだ同じモノが売っていてよかった。
 どの色にする?」
「?すぐ売らなくなるものなのか?」
「うん。商品の回転が結構早くてな。同じモノがずっとあるとは限らないんだ。」
「そういうものなのか。色は…なにがいい?」
「いちいちオレに聞くな!」
「君の好きな色にしたいじゃないか。」
「マグの色なんざどうでもいい。
 …。ん…と黒なんかあんたに似合うんじゃないか?」
「君がそう言ってくれるなら黒にする。」
あー、オレ達今バカップルってヤツだな。
嬉しそうにマグを選ぶスーツ男二人。
やっぱ人生誤ったかな?

「しかしこれが百センズか。」
しみじみと店を見渡して男が言う。
ま、言いたいことはわかる。
「景気回復の足枷になると思ってるんだろ?」
「そうだな。」
「結構手作りのものがあるからな。
 おそらく原価を考えると海外で作っているか、下請けは10個や100個作って1センズって単位だろうな。
 内職のレベルだ。」
「海外で作れば金はそちらへ流れて終わりだ。
 国内でもそれだけ作る者への賃金が安ければ経済は動かなくなる。
 センセイにも解っているだろう?」
「ああ。それでも消費者は安い方に流れる。
 悪循環で不景気は続く。ってね。」
「高いものを買えと言ってもムダだろうしな。」
「いくら金利を安くしても将来への不安がこれだけあると人間は消費を抑える。
 自然な考えだろ?」
金が動かなければ景気は回復しない。
こういう安い店や価格破壊は一見消費者の味方のようでいて、実際は不景気を産むんだ。

「それでも政府はデカい企業が残れば、中小企業や個人商店なんてつぶれればいいと思ってるんだろ?
 そういう政策しか採られていない。」
「…センセイ。」
「税法ですら、老人や低所得者から金を取ることしか考えていないじゃないか。
 老年者控除の廃止や、相続時精算課税ってなんだよ!
 老人の必死に貯めた金を、バカ息子どもがさっさ取り上げて使えって言ってんだろ!?」
「センセイ。君がお年寄りを大切にする気持ちは解るが、私が税法を作っているわけではないよ。」
背中を軽く叩かれて気が付く。

「…ごめん。そうだよな。」
「まあ国税徴収法を作ったのは私の祖父なんだがね。」
「え!? プロフェッサー・カサルって、あんたのジイさん!?」
「おやよく知っているね。母方の祖父なんだ。」
「オレ、講義受けたことがある。
 国徴(国税徴収法の略)受験する気なかったから1回だけだけど。」
「そうだったのか。言ってたろう?
 『この法律は私が作ったんです。』と。」
「うん。アメストリス大戦後の税法大改正で活躍したって。
 『だからどんな解釈が出ようが、私の解釈が最も正しいんです。』だよな。
 数年前に亡くなったって聞いた。
 あー。ゴシュウショウサマデス。」
「これはご丁寧にどうも。
 いや、老衰だったし、ロクに逢ったことはないんだ。
 あまり交流がなくてね。」
「それでも似たような仕事に就いたんだ。」
「まぁ、なんとなくな。」
「ふうん。」
「ところで今日の夕食はなにかな?」
「ああ。シチューにしようかと思ってる。肉多めな。」
「それは楽しみだ。早く帰ろう。」

そしてまな板を使った切り方を教えたのだが、やはり男は手を切ったのだった。



Vol.15

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.15
「遊」vol.15
08.12.7up
「冬はやはり煮込みやシチューがうまいな。」
オレが皿を洗って男が拭いて棚にしまう。
作ってもらったんだから片付けは自分がやると男は言ったが、どうにも不安で任せられない。
米を洗えと言ったら洗剤で洗いかねないタイプだ。
ま、二人でやった方が早いしな。

「シチューは明日の夜まで残るだろう。
 無くなったら今度はすね肉の煮込みでも作ろうか。
 年末の休みに入るし。」
「それは楽しみだ。
 センセイの事務所は何日が仕事納めだね?」
「んー。別に何日と決めてる訳じゃないんだ。
 仕事があれば年末年始関係なく仕事するし。
 今年は明日あたりで終わろうかと思ってる。
 そろそろ仕事のケリが付きそうなんだ。」
「そうか。こちらは29日が仕事納めだ。」
「ふーん。明後日か。
 じゃ30日は年末年始の買い出しだな。
 大掃除もしなきゃなんないし。」
「大掃除…。自分でやるのか?」
「当たり前…って、今まではどうしてたんだ?」

片付けも終わり、リビングに移動した。
「年末だからと言って特には何もしなかったな。
 普段はクリーンサービスに頼んでいる。」
「もしかしてあんた、ゴミ出しの曜日も知らない?」
「ゴミもクリーンサービスが持って行ってくれるから、自分で捨てたことはないな。」
「今までは生ゴミもなかった訳だしな。」
「そうだ。ああ、風呂を入れてくるよ。」
「ん。頼むわ。」

ほんっとうにこいつ、仕事以外じゃ無能なんだな。
男ができる家事は、風呂とコーヒーを煎れることくらいだ。
どういうお坊ちゃんなんだ?
オレはワイシャツだって自分でアイロンを掛けるぞ?
まあ、忙しい時期は母さんに頼んでたから、これからはクリーニングに出すことになるだろう。
この辺で安いクリーニング屋を探さなくちゃな。

それにしてもいきなり攫われるようにこの家に連れてこられて、そのまま暮らすことになってしまった。
改めてこの3日間を思い返す。
いや、準備はもっと前から出来ていたようだけど。
オレ、今朝まであいつのこと好きとか考えたこともなかったよなぁ。
なんでオレの進退、勝手に決められてたのかな。
なんか騙された感が否めない。
それでももう全部を無かったことにする気になれないのが不思議だ。

「どうした?」
ソファの背に頭を乗せて考えていたら男が帰ってきた。
「いや。この3日間で色々なことがあったな、と思ってさ。」
男が隣に座ってオレの顔を覗き込む。
「後悔しているのか?」
余裕に見せかけながら、不安を押し隠せない表情が妙におかしい。
あんたはそんな余裕のない人間じゃないハズだろ?
「んー。いや。オレは反省はしても後悔はしない主義だ。
 あんたは後悔してんのか?」
笑って否定されることを予測しながら聞く。
ほら、らしくない顔はよせよ。

「後悔しているよ。」
「!?」
え!?
今更オレ、家無き子になるの?
きっと母さん、もう家に入れてくれないぜ?
そもそもはあんたが言い出したことじゃないのか!?
「なにを後悔…してるんだ?」
えっと、年末の引っ越しってまだ間に合うかな?
とりあえず専門書だけは事務所にでも移動させないと。
オレ仕事になんない。

「君の精神が私を受け容れるのを待てずに身体を開いてしまったこと。
 君を怯えさせてしまったこと。
 君につらい思いをさせたこと。
 君に…私にもう抱かれたくないと思わせてしまったこと。
 後悔することばかりだ。」
端正な顔が歪んで、深い溜め息をつく。
「や!…えと、それはもう済んだことだ。朝許すって言ったろ?
 あんたセロリ1本無理して喰ったじゃないか。
 等価交換だ!
 オレはもう気にしてないぞ?」
男は自分の額に手をあててオレを見ている。
「それでも君はもう私に抱かれたくはないのだろう?」
「う…。それは…。」
どうしてもあの行為だけはもうイヤだ。
耐える自信がない。

「いいんだ。私が悪いのだから。
 いや、すまなかった。
 言っても詮無い愚痴をこぼしてしまったな。
 気にしないでくれたまえ。」
そろそろ風呂が入る、と男が立ち上がり掛ける。
「あ!…のさ。」
「うん?」
「オレ、あんたが…!」
男がソファに座り直す。

「センセイ?」
「オレさ…。」
男の両腕を掴む。
きっとここで言わないと、オレ後悔する。
後悔はしない主義だ。
ならここで言わないと。
「オレ、あんたが…好きだ。
 時間、掛かるかも知れないけど。
 きっとまたあんたに…抱かれることがきっと出来る。
 だから待ってくんないか?」
こんな不確定な約束などするのは初めてだ。
でもどうしても伝えたかった。
「いつになるか解んない。
 凄く怖くて本当は耐える自信はまだない。
 でもきっと。…きっと。
 だからあんたも後悔なんてすんな。
 な?」

オレの気持ちはちゃんと男に伝わっただろうか?
どんな言葉を用いればこの想いが伝えられるのだろう。
「大切に…想ってる。オレ、あんたのこと。」
きつくきつく抱きしめられた。
「センセイ。嬉しいよ。とても嬉しい。
 実のところどうして待てなかったのかと、自分を責めたくなる気持ちは誤魔化せないのだがね。
 でも嬉しいよ。
 ありがとう。」
ちゃんと伝わったのかな?
不安は残るけれど。
「センセイ。君を愛している。誰よりも。」
やさしいキスを受けて、これでよかったのかな。と安心する。
もうオレはこの男を受け容れたのだから。
出来る限りこの男を幸せにしたい。
一緒に幸せになりたい。


男の後に風呂に入って、ベッドに潜り込んだ。
酒に酔ってからの方がいいんじゃないかと男には言われたけれど。
いつまでも誤魔化せるものじゃないから。
「センセイ。君に…触れても?」
暗闇の中で躊躇したような男の声が聞こえる。
「ん…。」
「もし、厭だと思ったらすぐに言ってくれ。」
「…わかった。」
「絶対、君の厭がることはしない。
 つらい思いもさせないから。
 それだけは覚えていてくれ。」
「ん…。解ってる。」

そっと男がキスをしてくる。
オレの口腔に入ってきた舌はゆっくりと、まるで怯えたようにオレの舌に触れて絡む。
男の手も壊れ物に触れるように、そっとオレに触れてくる。
きっともう少しでも激しく触れられたらオレの身体は強張ってしまうのだろう。
オレを安心させる為の優しい仕種になぜだか泣きたくなる。
それでもゆるやかにオレの身体は快感を感じて昇り詰めて行った。

「はぁ…っ!あ…っ!」
男の舌がオレのモノを舐る。
「んんっ!は…!」
「大丈夫か?」
口を離して男が問う。
「大丈夫…。」
いや、ある意味大丈夫じゃない。
すごく感じる。
どうしてこの男はこんなに口淫が上手いのか。
「ん…!イく…っ!」
男の口腔に精を放つ。

荒い息を吐くオレに
「タオルを持ってくるから。眠れるようなら寝ていたまえ。」
男が部屋を出て行く。
きっとこの後自分でヌくんだろう。
最初の日もそうだった。
なんとかしてやりたい。とは思う。
こういう行為は一方的ではいけない。
けど、どうすればいいのかまだ解らない。
オレには男のモノを咥えてイかせる決意も自信も今はない。
怖いんだ。
まだ。
オレは男のあの行為が。
早く早く忘れてやりたい。
忘れてもう一度受け容れてやりたいのに。
そんなことを考えながらオレは眠りに落ちていった。



Vol.16

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.16
「遊」vol.16
08.12.7up
アルと相談の結果、オレ達は28日の今日を仕事納めにした。
事務所の大掃除をすませ、いつもよりずっと早い時間に引き上げることにする。
「兄さん、このままロイさんちに帰るの?」
「いや、オレも一緒に家に帰る。
 他に持ってくるモンがあるかも知んないし。」
なんか追い出されたっぽいとはいえ、いきなり家を出ちまったからな。
「久しぶりだね。兄さんが『実家』に帰ってくるの♪」
「『実家』言うなぁぁあ!!」
とりあえず男の携帯に
「アルと家に帰ってる。」と、メールを送っておく。

「ただいまー。」
なんか本当に久しぶりに家に帰ってきたな。
「お帰りなさい。あら。エドも来たの。」
「や。母さん。オレ『来た』んじゃなくて『帰ってきた』から。」
オレの声を聞きつけたのか、親父まで玄関に来る。
「なんだ、エド来たのか。」
「親父、だからさ…。」
「家を出たら、『ただいま』じゃなくて『こんにちは』って言うモンだぞ。」
「おい!いつオレが家を出るって言ったよ!?
 どいつもこいつもオレを追い出しやがって!」
「あらぁ。実家に帰されちゃったの?ケンカでもした?」
のんきにそんなことを言わないで欲しい。
オレの家族ってこんなにヘンだったか?
いや、元々親父はヘンだけど。
「いや。ケンカはしてないし、別に帰されてきたわけでもねぇ。」
も。いい。
きっと何を聞いてもムダな気がする。

「それで新婚生活はどう?」
「いや、新婚違うから。」
リビングで久々に家族全員がそろって茶を飲む。
せめてもの救いは、オレの分が客用のティーカップで出されなかったことか?
親父が心配そうな顔をしたと思ったら
「ちゃんと大切にされてるか?」
とほざきやがった。
「なんだよそれ。オレは嫁じゃねぇ。」
大切…にされているとは思う。
大変な目にも遭わされたけど。
マズい。顔が紅くなってきた。

「夫婦生活って、最初が肝心なのよ?
 家事の分担とか、きちんと躾けなきゃだめよ?」
「だから母さん、夫婦じゃないから。」
夫婦生活って…。
うわ。顔が火照ってる!
「幸せそうだね。兄さん。」
アル、余計なこと言うな!
「そうね。幸せそうで安心したわ。」
「いつでもイヤになったら帰ってきていいんだぞ。
 父さん待ってるからな。」
「あら。簡単に逃げ出すようじゃだめよ。」
「〜〜〜!」
絶対ヘンだ!オレの家族!

「ところで、家財道具は足りてるの?」
「え?」
「洗濯機とかアイロンとか電子レンジとか。ちゃんとあるの?」
有った…かな?
「えっと、洗濯機はあった。電子レンジはなかったな。
 包丁とまな板も無かったくらいだ。
 アイロンは…分からない。」
「やっぱり嫁入り道具は用意しなきゃダメだったわね。
 ロイさんは自分が用意するからいいって言ってたけど。」
そんな話まであいつとしたのか!?
つか『嫁入り道具』って…。

「あのさ…。」
1つだけ聞いておきたいことがあった。
「オレ、長男なのに家を出ちゃっていいのか?
 子供だって作れないんだぜ? あいつといちゃ。
 それで親父や母さんはいいのか? 本当に。」
男を受け容れるまでは色々考えたけど、オレは長男気質だ。
一度受け容れた人間は護るし、大切にする。
でも、本当にそれで母さんたちはいいんだろうか?
孫の顔も見せられなくて。

「エドは父さんの仕事を継いでくれたじゃないか。
 もちろんアルもだが。
 長男としての努めは充分果たしてくれたと父さんは思ってる。
 それで充分だ。」
「エドはロイさんが好きでしょう?
 一緒にいて幸せなんでしょう?」
「う…うん。」
「それで充分よ。
 エドが幸せなら、それが親孝行よ。」
「孫ならボクが沢山母さん達に見せてあげるよ。
 結婚しても子供を作らない夫婦だっているんだから、兄さんが気にすることはないよ。」
うん。なんか根本的に全員間違っているような気がするけど、やっぱり気持ちは嬉しかった。
「うん。…ごめんな。」
「兄さんが謝ることないってば。」
うん。
そもそもは男の口車にこいつらが乗せられなければオレが謝る必要も無かったと言うことは、この際置いておこう。
もうオレがノーマルだったことなど、なんの意味も持たないのだから。

その時携帯が鳴った。
「悪い。メールが来たみたいだ。」
開けてみると男からだ。メッセージは
「家ってどちらのだね?」
の一言だった。
「なに?ロイさんから?」
好奇心に充ち満ちた顔で母さんが聞く。
「うん…。」
「え?なんて来たの?早く帰ってこい?」
なんで嬉しそうなんだ?アル。
あいつはまだ仕事中のハズだぞ。

黙って携帯をアルに渡す。
アルから母さん、親父へと携帯が廻される。
「兄さんはなんて送ったの? その返事だよね?」
「『アルと家に帰ってる。』って送った。」
「あら、ちゃんと『家』と『実家』は使い分けなきゃだめよ。
 それじゃロイさんもどっちにいるか解らないわ。」
あー。解りました。
今日からここは『オレんち』じゃなくて『実家』デスネ!
男に「実家。」と返事を返す。

「エド。」
黙っていた親父が口を開く。
「あ?」
「いつもの銀行のな、受付の子から
 『今、鋭意制作中なんですけど、どちらが「セメ」なんですかぁ?』と聞かれた。
 今度聞いておくと言っておいたんだが、なんと答えればいいんだ?」
「…!」
あのメガネの娘か!
どちらが攻って…。
「あのな。『ご想像にお任せします。』と伝えてくれ。」
まさか怖くて抱かれてませんとは言えない…。
つか、ナニを制作してるんだ?
男は解っていたようだけど。
オレの知らない世界だ…。

「オレ、そろそろ帰るよ。」
しばらく雑談をした後で告げる。
オレの部屋にはもう送られた後らしく、スーツすら残されていなかった。
空の本棚とベッドが残されているだけで。
ちょっと寂しかったな。

「ロイさんによろしくね。兄さん。」
「また飲みに来るよう伝えてくれ。」
「仕事が忙しくなったら食事しに二人でいらっしゃいね。」
『帰る』という言葉が自然に出たのに自分でちょっと驚いたが、それにはなんの疑問も抱いていない見送りの言葉を受ける。
「ああ。じゃ、また。正月に来るよ。」
次に『来た』ときは『こんにちは』と言わなきゃいけないんだな。
そんなことを思った。
うん。なんか違うと思うけど。


『オレんち』はもうここなのか。
ドアの鍵を開けながら考える。
ちょっと感慨深い。
まだ5時前だ。
『新しい家族』が帰ってくるまでに掃除でもするか。
雑巾を探しにランドリーに行く。
そうだ。ここんちは乾燥機が備え付けてある。
ついでに洗濯もしちまおう。
と、洗い物を洗濯機に入れた時点で気が付いた。
「洗剤がない…。」
もしかしてあの男、パンツまでクリーニングに出してるのか!?

洗剤(オレの『実家』は洗濯石けんを愛用している。)は食料品をのついでに買えばいいか。
あ、アイロンは?
しばらく探したが無いようだ。
アイロン台も買うとなるとやつと二人で行った方がいいかな。
電子レンジも欲しいな。
裁縫道具も必要だ。

ふと、オレが来てから増えるものを思い浮かべた。
包丁、まな板、アイロン、アイロン台、電子レンジ、裁縫箱…。
『嫁入り道具』
という言葉が頭に浮かんで、思わずへたり込んでしまった。
オレ、やっぱ『嫁』?
『嫁』なの?
つか、『新婚さん』なのか?オレ達。
いやいや。落ち着け。
オレまで常識を失ってどうする!

「何をしているのかね?」
「なぁ!?」
いきなり降ってきた声にびっくりする。
「どうした?センセイ。
 座り込んでいるかと思ったらいきなり頭を振り出すし。
 …そんなに驚いたか?」
「あ…。おかえり。」
「ただいま。で、どうしたのだね?」
「や。えと、洗剤が無かった。
 あと、アイロンとか電子レンジとか買おうかなと。」
「それで座り込んでいたのか?」
「ああ…。まあ。」

釈然としない表情ながらも男がオレをリビングへと連れて行き、ソファに落ち着いた。
「ただいま。センセイ。」
「? さっきも言ったぞ? おかえり。」
「いや、いいものだな。
 仕事から帰ると灯りがついていて『おかえり』と言ってくれる人がいるのは。」
ああ。大抵オレの方が仕事が終わるのが遅いからな。

「明日も言ってやれるぜ。オレは今日で仕事納めだ。」
「それは嬉しいな。
 君のいる家に帰るのはとても幸せな気分だ。
 もう実家から帰っていたのだね。
 遅くなるようなら迎えに行こうと思っていた。」
「ああ。なんか意思の疎通が図れないような気がして帰ってきた。」
「?」
「いや、いいんだ。それより買い物に行かないか?」
「アイロンや電子レンジを買いに?
 すまなかった。君が来る前に用意をしたかったのだが、なにが必要か私には解らなくてな。」
「や、気にすんな。オレ、あんたと1つ1つ買い揃えて行くのもいいなって思う。
 オレ達の生活を作るって感じがするから。」
思った以上に嬉しそうな顔が見られた。
「センセイ!早く行こう!」
腕を引っ張るな!
コドモか!?あんたは。


なんだか上得意になってしまった気がするショッピングセンターで、ふと思いついて聞いてみる。
「なぁ。これからオレ忙しくなるから生協やらないか?」
「生協?」
「うん。個人宅配もしてるから買い物に出なくて済むんだ。オレんちも共同購入だけどやってる。」
「センセイがいいと思うなら私はかまわないが?」
「じゃあ申し込んでおくよ。出資配当も1%近く付くしな。
 今時どの預金でも1%は付かないぞ。」
「それがメリットなのか?」
「いや、そういう訳じゃないけど。
 遅い時はオレ、日をまたいで帰るかも知れないから。」
洗濯石けんも見付けて買っておく。
やはり男はすべての洗濯物をクリーニングに出していたようだ。
本当にもったいないオバケを常駐させたいやつだ。

そういえば正月のプレゼントをまだ用意していなかった。
丁度いいから買ってしまおう。
「なあ。プレゼント選ぶの付き合ってくんないか?」
「プレゼント?かまわないが。
 どんなものがいいんだね?」
「女性が好きそうなもの。
 あんた選んでくれないか?」
「女性に?」
あれ?男の声が低くなった?
「うん。貰って喜ぶようなもんって何かな?」
毎年選ぶのに苦労している。
今年からは悩まなくて済むな。

「相手によるな。どんなタイプの女性だね?」
タイプ…。タイプで言うと…。
「…大人なんだけど、いつまでも少女みたいなタイプ…かな。
 優しくて、かわいい感じ?」
「ほぉ。そのかわいい女性に贈るものを私に選べと?」
なんで青筋立ててんだ?
「ああ。あんたの方が女性へのプレゼントに詳しそうだからな。
 オレよくわかんないんだ。」
「女性など花でも贈っておけばいいだろう。これはどうだ?
 フランス原産の花だぞ。」
「おい。それ仏花だろう。なにウソこいてんだよ。
 つかなんでそんな不機嫌なの?」
「なぜ私がその女性に贈るものを喜んで選ばなくてはならないんだ?
 君は私の恋人としての自覚があるのかね?」

「あのさー。たまの親孝行くらい、もちょっと広い心で受け止めらんねぇの?」
「親孝行?」
「そうだよ。オレ働きだしてから、お年玉代わりに毎年母さんにプレゼントしてんの。」
「…ショールなんかどうだ? ご母堂に合うと思うのだが。
 それともカシミヤのカーディガンとか。
 綺麗な色合いがきっとお似合いだな。
 婦人用品のフロアへ行こう。」
うわ。いきなり上機嫌かよ。
しかもいやに熱心だ。
なんなんだよ。一体?

男が選んだのは淡い色合いのパシュミナ?とかいう薄地のショールだった。
これは母さんが喜びそうだ。
「やっぱあんたに選んで貰ってよかった。これからもよろしくな?」
「君のご家族は私にとっても大切な人だ。
 喜んで貰えると私も嬉しいよ。
 ところでお父上にはなにか贈らないのかね?」
「親父はいいんだ。まだ稼げんのに勝手に引退してんだから。
 母さんだけで充分。」
「ではお父上には私から酒でも贈るか。
 いつも御馳走になっているからな。」
「ああ。喜ぶんじゃねぇ?」
アルはあまり酒を飲まないし、オレは事務所に泊まりがちだったからゆっくり酒を飲む相手ができて嬉しいんだろう。
母さんもこいつに対しては満更でもないようだし。
いつの間にオレんちに馴染んでたのかは謎だけど、正月に帰ったらきっとみんなで楽しく過ごせる。
それがオレには嬉しかった。


晩メシは昨日のシチューが残っているから特にすることはない。
サラダでも作ればいいだろう。
やっぱり洗濯をしておこう。
「なぁ。」
ここは一つ、家事分担は最初に躾けるという母さんの言葉に従おう。
「ん?どうした。センセイ。」
「あのさ、オレも仕事が有るから家事全部はこなせない。
 あんたも簡単なモンでいいから、これから家事を覚えてくんないか?」
「もちろん。君が教えてくれるなら。
 私は何を担当すればいいのかな?」
厭がるかと思ったら嬉しそうだ。
これは上手く行くかも知れないな。

「とりあえず洗濯を覚えてくれ。ここんちは乾燥機があるから干さなくて済むし。」
ランドリーに連れて行き、洗濯機の使い方を説明する。
このくらいは出来るだろう。
「これでスーツも洗えるのか?」
うーん。
常識のあるヤツはオレの周りにいないのか?
「スーツは無理だ。クリーニングに出す。コートも無理だ。」
「シーツは?」
「糊が利いてなくてもいいんなら洗える。
 ここで洗ってアイロンだけクリーニングに頼むって手もあるしな。」
「ワイシャツは?」
「オレがアイロンを掛けられるときは洗濯してもいいけど、当分は忙しいからクリーニングだな。」
男がオレの手を握ってくる。

「ワイシャツはずっとクリーニングにしよう。
 センセイがアイロンを掛けている間、私がつまらない。」
「つまるとかつまらないって問題か?」
手にキスすんな。
「君はクリーンサービスも断るつもりだろう?」
「ああ。金のムダ。贅沢だ。」
「君が家事に時間を取られるくらいなら、頼んだ方がいいんじゃないか?」
「掃除くらい、週一でもいいから自分ですればいいだろう?」
「その間君に触れられない。」
「日がな一日いちゃつくつもりか?
 掃除くらいこなせなくてどうするんだ。」

こらこら。
腰に手を廻すな。
必要以上に近づくな!
耳にキスするな!!
「仕事の間離れているのだから、家にいるときくらい君に触れていたい。」
オレは家にいるときくらい身の危険を感じないでいたい。
別に仕事中に危険を覚えるわけではないが。

「も…。放せよ。
 家事の話が済んでない。」
「このままでも聞こえる。」
「ん…っ!」
耳たぶに歯を立てるな!
「それで…?
 他に私はなにをすればいいのかな?」
おま!それ、聞いてる意味が違わないか!?

言葉と共に男の息が耳に吹き込まれて。
うわ。膝が堕ちた。
腰に廻されていた腕に力が込められて、ゆっくりと床に降ろされる。
オレに覆い被さるように男も腰を降ろす。
「おい。こんなとこでサカんな。」
「そんな艶っぽい顔で言っても効果がないよ?」
オレのすぐ後ろは洗濯機だ。
逃げ場がない。

とにかく家事の話だ!
「あとあんたに任せられるものといったら風呂入れとゴミ出しくらいか?
 掃除を覚えてくれると助かるんだけどな。」
「掃除はサービスに頼もう。他は引き受けた。
 …話は終わったな。」
「まっ…!」

それでも言葉の強引さとは裏腹に、そっと確かめるような優しいキスをされた。
ここでオレがイヤと言えばきっと男は引き下がるのだろう。
……多分。
舌を入れんな。
ネクタイを弛めるな!
ワイシャツのボタンを外すな!

ふと男が顔を上げる。
「なあセンセイ?」
「…ん?」
オレ息が荒いよ。マズいよ。
この隙に逃げたいが無理だ。
男がゆっくりとオレのネクタイを外す。
「ネクタイは洗えるのか?」
「…汚れたらクリーニングに出す。」
「そうか。」
「もうや…」
続行するなーーー!!!


「ふ…。」
男がオレの鎖骨を舐める水音がランドリーに響いている。
こんな明るいところで男に肌を晒すのは初めてだった。
それが恥ずかしいのに。
「んんっ!」
右の胸の先を舐められ、左は男の指で撫でられ、弄られる。
「は…ぁ…」

オレを怯えさせない為なんだろうけど。
ひどく優しい触れ方が、かえってオレに強く拒むことをさせてくれなくて。
激しくない分ゆっくりと時間を掛けて、意識が翳むほどの快感に蝕まれていく。
とっくに身体から力が抜け、洗濯機に背中を預けている。
その冷たさが始めは気持ち良かったのに、もうオレの体温と同じになってしまった。
どの位こうしているんだろう?
もうここが何処かもどうでも良くなってしまっている。

「ん…も…。」
オレの内腿に舌を匍わせている男の髪に指を差し入れる。
「イきたいか?」
「ん…。」
男の手がオレのモノに添えられ、舌で舐られる。
「は…ぁ。」
咥えた男が上目遣いにオレと視線を合わせる。
「っ!」

視覚でヤられた!
今まで何度かされたが、それを見たことはなかった。
暗かったし、オレは仰向けのままだったから。
オレの様子に気付いたのだろう。
一度口から離し、オレを見据えたまま大きく舐め上げる。
「…ぁ!」
そのまま先を突くように舐め、舌を全体に匍わせる。
その陶然とした表情と直接与えられる快感に脳がとろけそうだ。

「くわ…て?」
ああ。声が掠れて出ない。
「ん?」
どうしてそんないやらしい顔ができるんだろう。この男は。
「咥えて?も…イっちゃう。」
荒い息の合間に伝える。
男の口の端があがる。
その表情だけでもイけそうだ。
ゆっくりとオレのモノが男の口に咥えられている。
ゆるやかで激しさはなくて。
それでもあっと言う間にオレは達してしまった。



Vol.17

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.17
「遊」vol.17
08.12.7up
こくり、と音を立てて男が飲み込む。
相変わらず咳き込んでいるな。
そんなに飲み難いものなんだろうか。
オレはまだ息が整わない。

「センセイ。大丈夫か?」
心配そうな顔が哀しい。
「ん。」
ああもう。
礼とか気持ち良かったとか言えばいいのに。オレ。
ほら。男が不安そうに覗き込んでる。

「んと、」
でも恥ずかしくて思わず男を引き寄せて顔を見せないようにする。
「すげぇ気持ち良かった。」
きゅ、と優しく抱きしめられる。
「それはよかった。」
あれ?オレがここで押し倒されるのを望んだのか?
そうだったか?
…ま、いいか。

「あ、メシ…喰う?」
身体を離して聞いてみる。
「ああ。後から行くから、先に行っていてくれないか?」
男がちょっとオレから目を逸らして言う。
ああ。
これから自分でヌくんだな。
やっぱなんとかしてやりたいな。
「ん。シチュー温めておくな。」
服を直してキッチンへ向かう。
ちょっとベタつくのが気になったが、どうせ後でシャワーを浴びるんだからいいや。

男が全く服を乱していなかったことに後から気付いた。
オレばっかり気を遣われているんだな。
今更ながら男に甘やかされているんだと自覚する。
いつかは男に抱かれると宣言したんだから、前向きに行動することにしよう。
お玉を片手に考える。
そうだ。オレは前向きな人間だ。
とりあえず男にもちょっとは気持ち良くなって欲しい。
つか、独りでヌかせるのは申し訳ない。

あ、温野菜のサラダも作るんだった。
鍋に水を張り、火に掛ける。
オレが口でってのは、ちょっとムリだな。
男ほど上手くないのは確実だし、まだその勇気はない。
ブロッコリーとカリフラワーの下処理をしながら更に考える。
手でってのもどうだろう?
おそらくそれも男の方が上手いだろう。
いや、ヘタでもいいんだろうか?
気持ちが大事なのか?
…でもオレ下手なヤツにヤられるんなら、自分でヤる方選ぶかも。
玉ネギは軽く晒せばいいかな?いや、大きめに切って茹でた方がいいか。

鍋の湯が沸くまでにバーニャカウダソースを作る。
とにかくちゃんと野菜を食わせないとな。
えーっと、どこまで考えたんだっけ?
あ、ヘタなら自分でヤる方がいいか、だった。
しかし独りでヌかせるのはやっぱ悪いよな。
ああ、ヘタにオレが手を出して理性ぶち切れられても困るかな。
いや、でも…。
あ、湯が沸いた。
塩、塩。
うん。結論は『料理をしながら性欲処理の方法を考えるのは向かない。』ってことだな。
喰ってから考えることにしよう。

「いい香りだな。なんの匂いだね?」
男がキッチンに来た。
「ああ。バーニャカウダソースだろう。
 アンチョビとニンニクとオリーブオイルで作るんだ。
 本当は生クリームを使って時間を掛けるんだけどな。
 これはオレ流の略式。ほら。」
 茹で上がった野菜をフォークで刺し、ソースを付けて男に向ける。
一瞬動きを止めた男が、嬉しそうに口を開ける。
「熱いから気を付けろよ?」
「ん。」

もごもごと咀嚼する様子が妙にかわいい。
…かわいい!?
「うん。とても美味いよ。センセイは本当に料理が上手だな。」
こいつに?えっとオレ今なにを考えて…。
「あ…ああ。いい嫁だろ?」
動揺のあまり、なーんも考えず言葉が口からこぼれた。
「…センセイ?」
そういえば前にもこいつをかわいいとか思ったことが有ったよな。
こんな大人なのに。
オレ、ノーマルやめたら感覚もヘンになったのか?
「嫁って…。」
「は?」
「嬉しいよ!そう思っていてくれたのか!」
いきなり抱きしめられる。

「あ?なに?」
なにを『そう』思って?
どうしたんだ?
男がなにをそんなに喜んでいるのか解らない。
「君は私に『嫁いで』来てくれたんだな。
 私たちは『新婚さん』なんだな!?」
はい?
オレの家族に次いでこいつの脳みそも沸いたのか?

「なんのことだ?」
「君が自分を『嫁』と言ったじゃないか。なぁセンセイ?
 3月15日を過ぎたら、新婚旅行に行こう!
 どこに行きたい?」
「あー。オレ5月も決算で忙しいし。」
いや、そういう返答をしている場合じゃないような。
「だから4月に行こう。
 どこへでも君の行きたいところへ新婚旅行に!」
うん。
ちょっとノーマルな世界へもう一度行ってみたいかも。

つか、本当にオレが口走ったのか!?
「オレ、自分のこと『嫁』って言った?」
今日は『嫁』について確かに考えた。そのせいか?
「ああ。今言っていたよ。」
そうか。申し訳ないが、それについてはオレ自身まだ深い考察をしたいから、発言を無かったことにしてもらえないか?
そう言おうと思った矢先
「私は君が『恋人』としての自覚を持っていることすら確信が持てなかったんだ。
 少し不安だった。
 そんな風に思って貰えていたなんてとても嬉しいし、安心したよ。
 ありがとう。センセイ。本当に嬉しいよ。」
あのー。『取消しの届出』と『更正の請求』を受理してクダサーイ。
ゼイムショチョウさーん!

しかし男の心底嬉しそうな顔を見て、二枚の書類はオレの中で破棄されていった。
もうオレはこいつと暮らしていくと決めたんだから。
「うん。大事にしろよ?浮気したら許さねぇぞ?」
「もちろんだよ。君を大切にする。必ず幸せにするよ。」
きつく抱きしめられながら考える。
そうか。オレ、『嫁』決定か。
…オレ、男なのに『嫁』なんだ。

メガネの君。
オレは今、『受』決定の模様です。
『攻』はこの男だそうです。
なにかお役に立てますか?
君は幸せになって下さい。
オレはそれを祈っています。




Vol.18

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.18
「遊」vol.18
08.12.7up
「あ、そうだ。」
食事の片付けも終わり、オレはビール、男はコニャックを飲んでいた。
相変わらずもったいない飲み方だ。
「ん?なんだね?センセイ。」
「明日オレ、ここんち掃除するからさ。
 触って欲しくないモンとか有ったら言ってくんないか?」
「別にそんなものは無いな。
 そうだ。センセイにまだ家を案内していなかったな。
 まあ後は私の書斎と書庫だけだが。」

男のマンションは4LDKらしい。
独り暮らしで贅沢なモンだ。
そういえば、寝室とオレの部屋とされたところしか見てない。
「書庫!?オレ見たい!」
すげえ。オレの一番欲しいモノだ。
「おいで。」

最初に男の書斎を見る。
パソコンの乗った重厚な机を挟んで、オレの部屋と同様に両壁に本棚がそびえている。
「引き出しの中と机の上の書類さえ動かさなければ、後はセンセイの好きにしていい。」
「ん。わかった。」
この部屋にも随分本があるけど、これ以外にも沢山?
ワクワクしてきた。
オレは本が大好きだ。
出来ることなら蔵書の多い図書館にでも住みたいと思っている。

「ここが書庫だ。」
案内されたのは、全ての壁と更に部屋の真ん中に2列の本棚があり、入り口近くに小さなテーブルと座りやすそうなソファのある部屋だった。
「うわあ。すげぇな。」
小説や図録も有ったが、やはり一番多いのは税法や会計の本だった。
「これでも古いモノは処分するようにしているのだがね。
 どうしても増えてしまう。」
古い税法の本なんか取っておいても仕方がないからな。
それでも書棚には魅力的な本が詰まっていた。

「あ、『自己金融の話』だ!」
深いブルーの本を手に取る。
「ああ。減価償却を中心としたものだな。興味深かった。」
「うん。オレ前に途中までしか読めなくて、ずっと読みたかったんだ。
 本を一冊書いちゃうなんて、減価償却に対する愛情に溢れてるよな。」
「それは面白い解釈だ。」
その本を男が受け取り、テーブルに置く。
オレがすぐに読めるようにだろう。

「あー!イノー先生の『最新財務諸表論』!懐かしい!
 オレこの先生の考え方大好きだ!」
先程のものよりかなり厚い本をオレは手にする。
「ほう。センセイの取得原価主義に偏った考え方はイノー先生の影響か。
 そういえば似ているな。」
「うん。オレにとって先生の意見は極当たり前に思えるんだ。
 これがオレの通説だな。」
「今や時価主義やキャッシュフローの時代だぞ?」
「それでも。取得原価主義の方が理論的に整合性があるだろ?
 投下資本の回収余剰は男のロマンだ!」
「男のロマンねぇ。」
先程の本と同様にテーブルに置く。
明日絶対これ読もう。

「しかし意外だな。
 センセイは実務の方を重視するのかと思っていた。
 こういう会計理論も好むのか。」
次々と気になる本を抜き出していくオレに男が言う。
どうしても好みは税法より会計関係になる。
「うん。お客さんに迷惑掛けたくないから、仕事は早くこなしたいだろ?
 だからいつもは仕事を進めるだけで手一杯なんだけど、オレ本当は会計理論を突き詰めて行くのが好きなんだ。
 ま、机上の理論だけどな。」
「最近の会計理論も学んだかね?」
「あー。それはしてない。
 オレ、まだ企業会計原則と商法が仲悪かった頃の知識しかないんだ。
 学生の頃は資本の理論が一番好きだったけど、もう変わっちゃったんだよな。」

所詮会計理論など、実務には関係ないのでどうしても後回しになる。
「だから新会社法の勉強をしなさいと言っているだろう?
 顧客の手続きも大きく変わったぞ。」
「うん。実務として必要なのは解ってる。
 でも、オレは今の的はずれな政策は納得できないな。
 純資産を減らしすぎてる。」
「資本金ゼロの会社設立や自己株の保有のことか?」
「ん。資本の空洞化を進めて、会社を弱体化してるだけだ。
 オレならそんな会社には金貸さねぇ。」
「政府はIT産業を基準にしているからな。資本の確保は足枷になる。
 ま、私も君と同意見だがね。」

こういう話が思う存分できて、尚かつオレよりも今現在の知識を持っている。
オレのための努力なんて言ってたけど、そうでなくても男の知識はすごかったに違いない。
そんな男の存在はすごく嬉しい。
アルはどちらかというと実務重視で、机上の理論を嫌いがちだ。
親父の会計理論は古すぎて話にならない。

「本にラインとか引いてもいいか?」
人によっては本を汚すのを嫌がる。
オレも本は大切だから、持ち主の意見を聞いておく。
「ああ。かまわないよ。
 私も既に書き込みをしている。気にせず好きにしたまえ。」
ああ。この家、宝の山だな。
冬休みは好きなだけ本を読もう。

満足気なオレに男が言う。
「どの本でもセンセイの好きに読んでかまわないし、君の部屋に持って行ってもいい。
 ただ、寝室に持ち込むのだけはやめて欲しいな。」
「ああ。」
「それから。」
「まだなんかあるのか?」
「放っておかれるのは哀しいからね。
 君が本を読んでいる間、私に触れさせること。
 これが条件だ。」

ああ? この痴れ者、今なんつった!?
「それじゃ落ち着いて読めねぇだろ!?
 あんた何考えてんだ!?」
オレはゆっくりこの宝を堪能したい。
邪魔されるのはイヤだ。
「別に君が読む邪魔をする気はないよ。
 ただ、私の膝の上で読んだりしてくれたら嬉しいなと思ったんだ。」
ああ。こいつ酔ってんな。
そんでも記憶はなくさないんだよな。

「オレが読むのを邪魔しないならいい。
 でも気を散らすようなことはすんな。
 解るか?」
「ああ。承知した。」
約束は取り付けた。
これで充実した休みが送れそうだ。
オレは上機嫌だった。

「じゃ、オレ風呂に入ってくるから。」
男は夕方風呂をすませたらしい。
「ん。私はもう寝るよ。」
寝室に消えていった。


ブクブクと鼻まで風呂に浸かりながら考える。
料理中には結論の出なかった男の性欲処理についてだ。
口…はムリ。
手…かな?
きっとあいつは「ヘタだから自分でヤる。」とは言わないだろう。
問題はヘンにオレが手を出してあいつの理性がぷっつん来ることだよな。
もう無体なことはしないと思うけど。
…思いたいけど。

しかし女の人は初めての時は痛いけど、次からは気持ち良くなくてもつらくはないっていうよな。
男もそうかな。
そしたら、次はもちょっと苦しくないかな。
つか、段々に慣らすこととか出来ないのかな。
風呂から上がり、再びビールを飲みながら考察を続ける。
もし時間を掛けてオレの躰を慣らして行くことが出来るんなら男に相談してみよう。
自分では難しそうだから。


男が眠っているかも知れないので、そっとベッドに入る。
「ん…。センセイ…?」
「あ、起こしちゃったか?ごめん。」
「いや…。」
そのまま寝てくれればいいと思う。
確かに男がイかせてくれた後はゆっくり朝まで眠れるけど(それでも2,3回は瞳を覚ますが、そんなのオレにとっては起きた内に入らない)。
「おやすみ。」
男の額に軽いキスを落とす。
こいつは明日も仕事なんだから。
オレは休みだから眠れなくてもかまわない。
でも男はオレの頬にキスをして、手を匍わせてきた。

「なぁ。あんた明日も仕事だろ?もう寝ろよ。」
「ん…。でもセンセイに触れたい…。」
「明日の夜に好きなだけ触れよ。今日は寝ろ。」
仕事納めに寝不足はマズいだろ?
そう思ったオレの考えは甘かったようだ。
「明日は仕事納めで、つまらない会議があるんだ。
 せめて会議の間、センセイのことを思い出していたい。」
ちゃんと仕事しろよ。
つか、署内でトップの男が会議中、妄想に耽るつもりか?
オレはセントラル税務署の組織全体に不安を覚えた。

相変わらずオレを怯えさせないようにそっと触れてくる。
こいつの忍耐力ってすげえよな。
オレばっか感じさせても満足できる訳ないのに。
本当にオレのこと大切にしてくれてんだな。
男の気持ちは嬉しいけど哀しい。
こんな一方通行じゃオレだってイヤだ。

「ん…っ!…なあ。」
上がってしまった息を抑えて話しかける。
「どうした?センセイ。いやだったか?」
すぐに手を止められ、気遣わしげな表情を向けられる。
ああもう。そうじゃなくて。
「違…。オレばっかじゃなくて…あんたも感じて欲しいなって。」
「センセイ!?」
男が目を瞠る。
「や!あのっ!まだ!まだ無理だけどっ!
 その…。オレばっかりしてもらうのはイヤだ。」

そっとそっと抱きしめられる。
「気持ちは嬉しいよ。でも無理をしないで欲しい。」
「無理はしてない。
 んと…口でするのはまだちょっと怖いんだ。
 オレ、どうしたらいい?
 却って我慢させちゃって、あんたがつらくなるか?」
理性を抑えにくくしてしまうのはやっぱり怖い。
「…本当に無理をしていないか?
 私のことは気にしなくていいのだよ?」
「してない。無理だと思ったらすぐ言うから。」
言う前に躰が強張ったらこいつ傷付くんだろうな。
それがちょっと不安だ。

男はなにか考えているようだ。
「センセイ。私のに触れられるか?」
心配そうに聞いてくる。
うん。触るくらいなら大丈夫だと思う。
オレにも同じモン付いてんだし。
そっと男のモノに触れて握ってみる。
その堅さとサイズにちょっと躰が硬くなりかかった。

いや。大丈夫だ。
ほら。オレ!
合い言葉は『オレにも同じモン付いてんだから!』だ!
却って初めて手で触れることが良かったのかも知れない。
手で感じるのとあの行為とは、直接結びつかなかった。
「大丈夫だ。ほら。」
調子に乗って両手で包み込んだ。
「っ!」
あ、強く握りすぎたか?
力を抜いて右手で扱いてみる。
まだ乾いた状態だから、痛くないようにそっと。

しばらく手を動かしていたが、ロクに先走りも出てない。
うん。解ってたけどさ。
オレあんま上手くないよな。
いや、オレが下手なんじゃなくて男が上手すぎるんだと思う。
最初に手でされたとき、すごく感じたモンな。オレ。
男の息もあまり乱れてない。
いや、萎えてるって訳じゃないんだけど。

えーっと。
どうしよう。
「あの…さ。」
なんかいい方法知らねぇか!?あんた。
教えてくれよぅ!
「センセイ。膝に乗れるか?
 私のが触れるが、大丈夫そうか?」
お。先方も局面の打開に出た模様だ。
オレはあんたの戦法にかけるぜ。
「膝に乗るってどうやって?」
起きあがって胡座を掻くように脚を開いた男がオレを引き寄せる。
「足を開いて、跨って…そう。」
向かい合って男に跨った。

腹と腹が触れて…っていうよりは、互いのモノが触れ合う。
男の屹立したものを自分のモノで感じて、
「…っ!」
思わず躰が強張ってしまう。
「! やはり…」
「大丈夫だ!」
オレを離そうとした男にかぶせるように言う。
ここで負けちゃダメだ。
ずっと我慢させるなんてイヤだ。
ゆっくりと深呼吸する。
大丈夫だ。
大丈夫だ。

あ、そうだ。
「なあ。ショチョウ。舌、出して?」
「センセイ?」
「いいから。舌出せよ。」
かつてのオレのように男が舌を出す。
それにオレも舌を出して触れ、摺り合わせる。
直接神経に響くような快感。
あの時感じたじゃないか。
もっともっと何かが欲しくなるキスだって。

あの時男とオレを戻らせなくしたキス。
それならきっとこれは先へ進ませるキス。
吸われないままの唾液を触れ合ったお互いのモノに垂らして。

「ん…。」
やがて自然にオレの腕は男の首に廻り、以前のように躰を擦り寄せていた。
もうそれに気付いても離れる必要はない。
唾液はオレの胸に落ちるけど。
男の腕もオレの腰とうなじに廻され、強く抱きしめられる。
オレの躰の強張りはすっかり取れていた。

今度は男が先に離れた。
「は…もうこれ以上はダメだ。」
息を乱した男は耐えるように目をきつく閉じている。
理性と欲望が戦っているんだろう。
オレは余計にこの男を苦しめてしまったんだろうか?
とにかくイかせてやりたい。

「この姿勢になってどうするんだ?」
乱れた息を抑えて、殊更事務的に聞く。
少しは男の理性が有利になるように。
「…。…ああ。二人で感じられればと思ってな。
 なにしろセンセイだけにご奉仕戴くのは申し訳ない。」
不自然な間が空いたが、男も平素のような声で返してくる。
きっと無理をしているんだろうけど。
それはお互い触れてはいけないことだ。
今は。

男がベッドサイドチェストの引き出しから小さいビンを取り出した。
「なにそれ?」
中身はどろりとした液体のようだ。
「…増粘多糖類の類だ。ゲル化剤とも言う。」
「あ!?食品?」
な訳ないか。
「いや、天然由来の成分だが、食用ではないな。」
「や、ごめん。で、それをどうすんだ?」
先日男の指に付けられ、オレに塗り込められた潤滑剤だと解った。
それを誤魔化そうとする優しさが嬉しいけど、ちょっとマヌケだとも思う。

男はビンの蓋を開けると、未だ触れ合っているオレ達のモノに垂らしていく。
「! つめて!」
「すぐに熱くなる。」
とろり、と垂れていく薄桃色した粘性の液体は酷く扇情的だ。
「センセイ。手を出してくれたまえ。」
オレの手で男のとオレのとをまとめて握らせた。
その上から男の手が更に握り込む。
その手をゆるゆると上下に動かされて。

「! ぁあっ!」
背が反り返った。
男のモノとオレの手との湿った摩擦が突き抜けるような快感を生む。
くちゅくちゅと上がる音が耳を犯し、触れている手が脳を犯す。
思わず腰が動いてしまう。
まるで女のナカに突き入れるように。
その行為が更にオレのモノへ刺激を与える。
「ぅあ…は…ぁ!」
男の手が握り込む力に強弱を付けて、それがもっとオレを感じさせる。

いつの間にかオレは腰を激しく動かしながら、手の動きも早めていった。
「っ…くっ!」
目の前が真っ白になってオレは精を放った。
しばらくその後もオレのをも握り込んだまま手を動かしていた男が
「ぁ…!っ!」
オレに遅れてようやくイった。

お互いが息を整えるまで、座ったまま抱き合っていた。
何度もキスを繰り返しながら。
男が感じてイったのが嬉しい。
「センセイ?」
オレの髪を梳きながら男が言う。
「ん?」
気怠い感覚が気持ちいい。
「ありがとう。」
その言葉に少し笑いがこぼれた。
「礼をいうようなモンじゃねぇだろ?
 こういう行為はお互い様だ。」
「それでも。ありがとう。嬉しかったよ。」
少し抱きしめる腕に力が込められる。
いつかまた男に抱かれて、もっと喜ばせたいとその時思った。

「あのさ。女の人って2度目からはつらくないって言うじゃないか。
 男もそうなのか?」
それならきっと、また男を受け容れられるだろう。
今日のコトでオレはちょっと自信を持った。
「…センセイ。申し訳ないが、男は毎回つらい。」
はい。
『一言で落ち込ませろ!』コミュが有ったら、初登場第一位のコメントデスネ。

「いや。それでも快感を感じ始めれば、最初はつらくてもかなり気持ちがいいモノらしいぞ!?」
もうタマシイが抜けてますから何を言ってもムダでーす。
「センセイ!? 大丈夫か?」
だめデース。
「ん…。寝よう。明日のことは明日考えようぜ。」
かつて観た映画の主人公のような台詞を吐いて、オレは眠ることにした。




Vol.19

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.19
「遊」vol.19
08.12.7up
そっとベッドを離れる男の気配で目が覚めた。
「ん…。はよ。」
くしゃり、と頭を撫でられる。
「休みなのだから、もっと寝ていたまえ。」
「んー。朝メシと弁当いるだろ?」
この男の不健康な食生活はなんとかしなくちゃ。
『嫁』の努めだ。なんつってな。

上機嫌で出掛ける男を見送った後、掃除をしようと雑巾を探した。
うん。ちょっと考えれば有る訳無いと解ったよ。
仕方がないのでタオルを一つ雑巾代わりにする。
しかしクリーンサービスは仲々優秀なようで、電灯の笠にすらホコリは無かった。
冷蔵庫は元々なんにも入ってなかったから綺麗なもんだし。
かろうじて有った掃除機を掛けて、窓を拭いたらもう掃除は終わってしまった。
年末の買い出しは男と明日行くことになっているし、もうすることはない。
オレはマグにコーヒーを入れるとそれを持って書庫へ向かった。

エアコンが効くまで時間が掛かるので、寝室から毛布を持ってきてくるまる。
あああああ。嬉しい。
ここは読みたい本で溢れてるぜ。
早速テーブルに乗せておいたイノー先生の本を手に取る。
イノー先生、学生ん時にファンレター書いたらちゃんと返事下さったんだよなぁ。
忙しいだろうに、オレみたいな若造に丁寧な手紙だったなぁ。
至福の時間を楽しむように、オレは本を開いた。


「…セイ!」
いきなり読んでいた本が目の前から去り、同時に声が聞こえた。
あ!?
男が本を取り上げたのだと理解するまでちょっと時間が掛かった。
「いきなり何すんだよ!?」
つかいつ帰ってきたんだよ?
「いきなりではないだろう!?」
あ…。そうか。
オレは本を読み出すと集中してしまって呼びかけられても反応しなくなる。

「あー。悪りぃ。またやっちまったか。」
見上げた男はものすごく不機嫌そうだ。
「何度呼んでも返事をしないし。
 そもそも迎えに出てもくれない!」
迎えに出る?
はい?
「あー。おかえり。」
「違う!」
あ?なにエキサイトしてる?
「違うってなにが?」
なんで本に集中してたくらいでそんなに怒るんだ?

「君が『おかえり』と迎えに出てくれるのを楽しみに帰って来たのに!
 今年最初で最後なんだぞ!?
 いや、私の人生で初めてのことなんだ!」
えーっと。
バカ?
オレの目の前に立ってるやつって。
「もう一度、やり直し!」
ドカドカと足音荒く、家から出て行く。
うーん。
アレは紛う方無きバカ。
まったきバカ。

玄関からインターフォンの音が聞こえたが、オレは書庫に座ったままだった。
いや、悪いとは思ったよ。
『おかえり』という言葉を「明日も言ってやれるぜ。」と言ったのは確かに自分だ。
それを楽しみにしていたのなら悪いことをしたと。
けど、『やり直し』って…。
バカバカしくてオレは乗ってやれなかった。
…照れくささもちょっとは有って。
オレの一言なんかがそんなに欲しかったのかと思うと。
じっと固まっていたら玄関のドアが開く音がした。

書庫に入ってきた男を見て、オレは後悔した。
今更ながら猛烈に。
青筋が立ってる〜〜〜!!
ヤヴァイ!
これはヤヴァイぞ!
マジで怒ってる?
「…センセイ…。」
「あー。悪かった。オレが悪かったよ。」

オレの言葉なんか最早聞いちゃいない男が、恐れていた言葉を放つ。
「君が本を読むのは私を放って置かないのが条件だっただろう?
 これはお仕置きが必要だな。」
ざぁーーー!
うん。知ってる。この音。
頭から血が引いてく音だよな。
つい先日知ったよ。
つか、ホントヤヴァイ!
これはナニをされるか解らない!

「あの…さ…。」
「選ばせてやろう。」
あ、その台詞も先日聞きマシタ。
「お仕置きを受けるか、もう本を読まないかだ。」
本を読まない選択は出来ない。
この宝を目の前にしてお預けを喰うのは耐えられない。
けど『お仕置き』ってナニをされるんだ?
そっちもマジで怖い。

ここは一つ、男の怒りを鎮めておこう。
オレはソファから立ち上がると、両腕を男の首に廻した。
少し背伸びをして、ちゅ、と男にキスをする。
頭を横に傾げながら
「悪かったよ。ごめんな?」
と眉をちょっとへの字にして告げる。
今まで付き合った娘はこれで大抵のことは許してくれたんだけどなー。
男にも効くのかな。これ。
あ、ダメ?
と思ったら男の青筋は消えて、溜め息を付かれた。
「仕方ないな。」
おお!
『ごめんな』攻撃バンザイ!
「お仕置きで許してやろう。」
不発だったかぁああああ!!!

「『おかえり』を百回言ってもダメ?」
「ダメだな。」
腕を掴んだ男がオレをソファに向かってうつ伏せにさせる。
座る部分に顔を乗せる形になると、もう男が見えない。
なにをされるんだ!?
セーターとシャツを同時に捲り上げられ、背中をあらわにされた。
「っ!や…!」
恐怖に身体が強張りかけたオレの耳元で男が囁く。
「背中に触れるだけだ。後は何もしない。」
背中に触るだけ?
それがお仕置き?
もう無理にオレの身体を開くことはない男の言葉に少し安心する。

「今日会議中に、そういえばまだ君の背中に触れていないと気が付いてな。」
だからさ。
会議中に妄想に耽るなよ。
組織のトップが。
「あんた、会議中ナニ考えてたんだ?」
「ん?そうだな。
 会議の前半は昨日の君の感じている姿と声を最初から最後まで思い出していた。
 そこで新たな資料が配られて、そこからはこれから君に何をしようかと考えていた。
 そこで触れていないところがあると気付いたんだ。」
納税者のみなさーん!
あなた方の税金を持ってく組織のトップはバカでーーす!!
「ちゃんと仕事しろよ!バカ!!」
「後今年私に残された仕事は君を感じさせることだけだよ?」
痴れ者がナニをっ!

つ、と男の指が背中に滑らされる。
ある一点でオレの身体が反応してしまう。
「ここか。」
男は呟くとそこに唇をあて、強く吸い上げる。
「あーーーッ!」
思わずオレの口から高い声が挙がる。
ナニ!? 今の?
また男の指が同様にオレの背中を滑り、オレが反応したところを吸われる。
「や…あーーーっ!」
男が吸い上げている間中、声が挙がってしまう。
まるで焼きごてを捺される人のように。
それを何度も繰り返される。

「も…やめ…。」
「これはお仕置きだと言ったろう?君の希望は聞けないな。」
オレは自分の高くて細い声が長く挙がるのが恥ずかしくて、口に手をあてる。
次に男が見付けたポイントはかなりのオレの弱点だったらしい。
「ん゛っん゛ーーーー!!」
身体が大きく痙攣した。
「声を抑えず挙げたまえ。君の甘い声がもっと聞きたい。」
口に当てていた手を外される。
「や…やだっ!」
「そんなに声を挙げたくないか?」
「ん!…こんなのヤだ。」
「ならば私が塞いでやろう。」
オレの口に男の指が差し込まれる。
と同時にまた反応したところを強く吸い上げられて、思わずオレは男の指を根元まで強く咥え込んだ。

縋るモノのない状態で与えられる快感。
それがオレの感覚を痺れさせる。
いつの間に2本に増やされてオレの口腔で暴れる指にオレは舌を絡ませ、指の間に舌を差し入れその根元にも匍わせる。
男が産み出す快感が無意識のうちにオレにそうさせていた。
ちゅくちゅぷとオレの男の指を舐める音が書庫に響く。
男がオレの背中を吸い上げる微かな音も。
その度に身体は痙攣し、びくびくと跳ね上がる。
『背中に触れるだけ』
確かにそうだ。
後は指を口に入れられているだけ。
なのにどうしてこんな淫靡で淫蕩な時間になるのか。
オレはこの男にどうされてしまうんだろう?


「は…。出来たよ。センセイ。」
肩口から始まった行為はオレの腰骨まで辿り着いて終わった。
「な…にが…?」
乱れた息の中で問う。
男の息もかなり挙がっている。
「センセイの地図。」
おそらく付けた跡を辿っているのだろう。
所々で男の指は止まり、そこを軽く押される。
「っ!」
その度にオレの身体に力が入る。

「綺麗だ。こんなに美しい地図を見るのは初めてだな。」
「なにを…」
「ああ。これが消える前にずっと付け続けよう。
 いつでも君の感じるところが解るように。」
うっとりと告げる口調がオレには怖い。
「…銭湯、行けないじゃないか。」
大晦日には一年の垢落としに広い銭湯に行こうと思ってたのに。
こんな痕が沢山あっちゃ、恥ずかしくて行かれない。

「いいじゃないか。銭湯なんて行かなくても。
 私と一緒に風呂に入ってくれないクセに、他人とは入るなんて許さないよ?」
男のオレに対する執着に、今更ながら驚く。
どうしてこいつはこんなにオレに固執するんだ?
オレだってこいつには惹かれている。
一緒に暮らして行こうと受け容れたんだし、大切にしたいと思っている。
けれど、オレの気持ちと男の気持ちとには少し差があるみたいだ。

「さあ、やり直そうか。」
男が嬉しそうに玄関へ歩き去る。
オレは仕方無く、力の抜けた身体を叱咤して玄関へ向かう。
「ただいま。」
少しは棒読みになれよ。
力無く突っ込みを入れる。
「オカエリィ。」
思いっきり棒読みで応えてやる。
「センセイ。年末はずっと離れず過ごそうな!」
抱きしめられて宣言される。

もう慣れたよ。
オレに拒否権がないことはさ。

「あのさ。今日は外食かデリバリーにしないか?
オレ、ちょっと疲れた。
今日、休みだったハズなんだけどな。」
少しイヤミを込めて男に言う。
「ああ。私はかまわないよ。またピザでも取るか?
あれは仲々イケた。」
「…落ち着いて自分の椅子で食べられるなら。」
今日の男の食生活の改善はおやすみだ。
だって仕方ないだろう!?



Vol.20

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.20
「遊」vol.20
08.12.7up
食事を終えて男が自分の担当の風呂入れに行く。
オレはさっきの男の言葉が気になっていた。
『私と一緒に風呂に入ってくれないクセに、他人とは入るなんて許さないよ?』
やっぱり一緒に入りたいのかな。
でも、最初に理性が持たないって言ったの、あいつの方だよな。
でも、もうオレの裸は見てるんだし。
でも、やっぱ色々されそうでちょっとそれは遠慮したい。
でも、風呂で済ませてしまえばそこで身体とか洗えるな。
いや、浴室でしてもベッドでもう一回されるな。
んー。どうしたもんか。

「結論は出たかね?」
「ぉあ!?」
ソファから少し離れたところに男が立ってオレを見ていた。
なんで解ったんだ?
「いや、戻ってきたらセンセイが面白い表情をしていたのでな。
 楽しいから見ていた。
 なにか悩んでいるようだったから、結論は出たのかと聞いたんだ。」
「あー。出てない。」
「そうか。」

んー。とソファに座った男が右肩を上げて首をほぐす仕種をした。
「肩凝ってんの?」
「退屈な会議だったのでね。首と肩が少し凝った。
 いや、私としては充実した会議だったのだがね。」
そりゃあんたの脳内会議だろ?
『これから君に何をしようかと考えていた。』って…。
年末の会議なんだから、重要な連絡事項もあったろうに。

「いつもそんなに不真面目に会議に出てるのか?」
ホークアイさんがよく許しておくな。
「今日は全部起きていたとホークアイ君に褒められたよ。」
自慢そうに男が言う。
「なぁ!?あんたいつもは寝てるのか!?」
会議中に税務署長が!?
しめしがつかねぇ!!
「意識を失い掛かるといつも脚を踏まれたり蹴られたり、酷いときは腿にペン先を突き立てられたりするな。
 あれは痛い。」
酷いと思わないかね。とオレに訴える。
被害者面をするな!
「ホークアイさんが『無能』って呼びたい気持ちがよく解ったよ。」
来年からお中元とお歳暮を贈ることにしよう。
なんか『付け届け』っぽいけど。
いや、『上納金』?

「そうだ。風呂上がったら肩揉んでやるよ。オレ得意なんだ。」
「それは嬉しいな!ありがとう。センセイ。」
ああ。その無防備な笑顔はやめろってば。
心臓に悪い。
「まだやってないだろ?礼を言うとこじゃねぇ。」
照れくさくてぷい、と顔を逸らす。
「センセイが私を気遣ってくれるのが嬉しいんだ。
 肩を揉んで貰えるなんて思っても見なかったよ。」
「肩もみくらいならいつでもしてやる。」
「嬉しいよ。
 あとは新婚さんイベントとしては、『耳掃除』だな♪
 センセイは耳掃除は得意かね?」
誰が新婚さんか!
誰が膝枕で耳掃除かぁ!!
「さっさと風呂入って来ーーーーい!!!!」
肩で笑いながら男が浴室へ向かった。

しかしそう言われてみるとオレ、メシ作るくらいしかあいつにしてやってないな。
肩もみくらいであんなに喜ぶんなら、なんかしてやりたいな。
そうだ!
背中流して欲しいって前言ってたな。
裸でなけりゃ男の理性も持つだろう。

オレは脱衣所でタンクトップとトランクス姿になり、浴室のドアを叩く。
「なあ。」
「どうした?センセイ?」
声が聞こえる。
「背中流してやるよ。入るぜ?」
ばしゃ!と大きな水音がした。
次いでごぼごぼとくぐもった音が聞こえて。
あれ?なんか咳き込んでる?

「おい。大丈夫か?」
ドアを開けると、バスタブに浸かった男が髪までびしょびしょになって咳き込んでる。
「驚いて…立とうと…足を…」
「解った解った。無理にしゃべるな。」
どうやら立ち上がろうとして足を滑らせ、頭まで湯に潜ったらしい。
あのごぼごぼした音は男が水の中で出した声だったんだ。
そんなに驚いたのか?
オレはタオルで男の髪と顔を拭いてやった。

「そうだ。濡らしたついでだ。髪洗ってやるよ。」
「センセ…!?」
「オレ、アルの髪よく洗ってやったんだ。ちょっと待ってろ。」
脱衣所からタオルを取ってくる。
男の咳も収まったようだ。
いつもスカしてる大人のクセに、妙にかわいいところの有るヤツだ。
うん。
かわいい…よな。
時々だけどな。
極たまーにだけどな!

「縁に頭乗せて?」
この贅沢なマンションはバスタブが広いので、横でも縦でも浸かることができる。
ファミリータイプというのか、3人くらいは一遍に入れそうだ。
これで独り暮らしだったんだから、ホント贅沢な話だよな。
男が大人しくバスタブの縁を首に当てるように乗せた。

「顔にタオル乗せるぜ。」
「いや、それではセンセイの顔が見えない。」
どこまで痴れ者なのか。こいつは。
「泡とか水とか飛ぶぜ?いいのか?」
「かまわない。…見ていたい。」
「目ぇつぶれって言ったらそん時はつぶれよ?」
「わかった。」
本当に嬉しそうな顔するよな。
いつもの胡散臭い顔とは全然違う。
この数日でやたら目にするようになった表情にいつも少し息苦しくなる。

オレは洗い場の椅子に座ってシャワーヘッドを取った。
「湯掛けるから目ぇつぶってろよ。」
「ん。」
普段石けんシャンプーを使っているオレは、最初によく汚れを落とす。
『最初のお湯で濡らすときにしっかり洗うと、汚れの半分は落ちるのよ。』
母さんの石けんライフの指導によるものだ。
ちなみに歯磨き粉も『石けんハミガキ』だ。
もちろん男の家に用意されていた。

顔に掛からないように気を付けながら、指で丁寧に頭皮を洗っていく。
アルはこの時とゆすぐ時が好きだったな。
小さい頃、『兄さん、もっとして。』とねだってた。
オレは体育会系的にガシガシ洗われるのが好きだけど。
「ん。いいぞ。」
少し飛沫が飛んでしまった男の顔を拭きながら言う。
瞳を開けてオレを見上げる顔はとても嬉しそうで。
顔を逸らすついでにシャンプーを取る。

まんべんなく行き渡ったところで、指の腹を使ってマッサージするように泡を立てて行く。
「ああ。気持ちがいいな。」
前髪を洗うときだけ目をつぶらせた。
「オキャクサマ、かゆいところはございませんか?」
お約束の言葉だ。
ここでいつもオレは
「背中〜♪」
と答えてみたくなる。
しないけど。

「ん。こめかみの所をお願いできるかな?あと口づけを一つ。」
…新しい答え方だ。
こめかみを指で強めに洗いながら、男の鼻の頭にキスを落とす。
逆さの状態だから、オレの顎が男の額にあたるかと思った。
「センセイ。場所が違う。」
オレにしたら精一杯のサービスだったのに。
少し腰を上げて、男の唇に軽いキスをする。

「この等価交換は高くつくぜ?」
ああもう。風呂に浸かってるわけでもないのに、のぼせそうなほど顔が熱い。
「ああ。お礼に今夜は誠心誠意奉仕させて貰うよ。」
なんてこといいやがる!
「すすぐから、目ぇつぶれ!」
顔を見られたくないから丁度いい。
泡を残さないように時間を掛けてすすいでいく。
ゆっくりと、またマッサージをするように。
男が満足げな溜め息を付く。
うん。気持ち良くなってくれたんなら嬉しいな。

コンディショナーを毛先まで伸ばして、軽くすすぐ。
「首の後ろすすぐから、頭上げて。」
最後の仕上げに首から肩口まで洗えば終わりだ。
「オツカレサマデシター。」
男の顔を拭きながら告げる。
「ああ。とても気持ちがよかったよ。すっきりした。ありがとう。」
「ん。よかった。」
男がバスタブから上がる。
そういえば、ずっと浸かったままで大丈夫だったのか?

縁に座った男がオレを見て、目を逸らす。
「? 背中も洗ってやるよ。」
「いや、いい。もう洗った。」
「背中がよく洗えないって言ってなかったか?」
ちら、とオレの身体に視線を戻して男が手で片眼を覆う。
「気持ちは嬉しいのだが、その…。」
「ん?」
男はまた視線を逸らす。
「濡れた布が…あまりに扇情的でな。」
あ!?
自分の身体を見下ろすと、確かにタンクトップもトランクスも濡れて身体に張り付いている。
「!」
「脱がせてもいいかね?」
そう言う男の瞳にははっきりと欲情が表れていて。
「お…お邪魔しましたぁーー!!」
オレは脱兎の如く浴室を後にした。




Vol.21

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.21
「遊」vol.21
08.12.12up
脱衣所で慌ただしく服を脱いで洗濯機に放り込む。
寝室へと走り、着替えをそろえてようやく落ち着いた。
裸はダメ、着ててもダメって…。
大体いい年して、なんであの男はすぐサカるかなー?
裸のままでは逢いたくないので、男がリビングへと移動する音を確認してから風呂に入る。

ファンは回しているが、まだ浴室には男のシャンプーの香りが残っている。
いつも風呂に入ってるとき嗅いでるはずなのに、今日は妙に気になってしまう。
それは夜に嗅ぐ香り。
オレに触れながら、昂ぶって体温の上がった男から香る…。
「っ!」
男に躰を触れられて舌を匍わされる感覚と夜の空気を思い出してしまった。
まるで幻覚のようにリアルに再現され、包まれていく錯覚。
くらくらする。

嗅覚。
それは一番本能に近いのだと聞いたことがある。
東から伝わってきた『ブッキョー』という宗教の僧は、瞑想に入るときに香を必ず焚くらしい。
それは、瞑想というトランス状態やトリップ状態から帰れなくなったときに、その香の香りを辿って現実世界に帰るための道しるべになるんだそうだ。
また、記憶の再構築からなる夢で、味や痛みが存在しても匂いだけはないらしい。
それは記憶よりも本能に蓄積されているため、夢で再現できないと。

などと冷静に考えてみてもダメだった。
うー。
マズい。
のぼせとは違う熱さ。
吐く息も熱い。
このままじゃマズいよな。
うわ。消えろ!
頭の中の男!

このままじゃリビングに行けない。
こんな顔してったら、速攻喰われる。
しかたない。一発ヌくか。
オレは下肢に手を匍わせる。

…待て。
バスタブの中じゃマズい。
風呂掃除はあいつの担当だ。
オレはバスタブから上がり、洗い場の椅子に座る。
なんか自分ですんの久しぶりだな。
元々オレは淡泊な方だ。
しかしオンナノコとヤっていたから久々ってんならめでたいけどな。
思わず溜め息が出る。
「ん…。」

さっさとヌいちまおう。
最後に付き合っていた彼女を思い浮かべる。
結構胸が有ったよな。
色が白くてあの肌が好きだった。
オレを見つめる黒い瞳と。
「ふ…っ」
抱いていると汗に濡れた黒髪が額に張り付くのが色っぽかったな。
「ぅ…ん…」

濡れた黒髪…。
おい。いつの間にオレの想像の中にいるんだ。あんた。
そんでもって、男に舌を匍わされている想像にすり替わってんのに、なんでオレ萎えないんだ?
オレ、真性の変態?
もういい。
さっさと済ませよう。
さくさく手を動かし始めた。

「センセイ?」
いきなり声を掛けられる。
「をわ!?」
いつの間に浴室のドアが開いて男がそこにいた。
「なっなんで!?」
思わず自分のモノから手を離す。
「いや、礼に私も頭を洗おうかと来たら具合の悪そうな声がしたので覗いたんだが。」
覗くなーー!!
「や。大丈夫。頭も自分で洗うから…!」
だから消えてくれ!
脱ぐなー!
入ってくるなーー!!

「いけないな。センセイ。私がいるのに独りで済ませるなんて。」
やっぱり誤魔化せないよな。
「いや、ほら。お手を煩わせずに…。」
苦しい。
オレ自身にも苦しいと解るぜ。
「寂しいことを言う。」
「や、いいから。出ていって…」
「さあ。髪を洗おうか。」
へ?洗髪?

「センセイ。縁に頭を乗せてくれたまえ。」
「あ…ハイ。」
バスタブに浸かり、縁に首をかける。
「タオルを顔に乗せるか?」
「あ、お願いシマス。」
バレてない?
ハズはないけど。

まあ、これで誤魔化されてくれれば万々歳か。
そっと顔にタオルが乗せられる。
「濡らすぞ。」
「ん。」
ざ、とシャワーの音が聞こえる。
男の太いのにしなやかな指が髪の間に入って心地よく掻き分けていく。
気持ちいい。

丁寧に洗った後でオレのシャンプーを付けて頭全体をマッサージするように指が動く。
「すげえ気持ちいい。」
「センセイはどうされるのが好きかね?」
「んー。体育会系にガシガシとされんのが好きだな。」
「ほう。こんなに繊細で綺麗な髪なのに意外だな。」
言葉とは裏腹に納得しているような、まるで確認をしただけのような声が返ってくる。
頭皮をオレの好みに強めに洗った後、髪の先の方へと泡が立てられていく。
髪の先の方までゆるゆると洗っていく仕種で気付いた。

  これは女の長い髪を洗い慣れている手つきだ。

なんか面白くなかった。
別にこいつはいい年した男なんだし、女性と付き合ったことも沢山有っただろう。
オレ以外にはノーマルだったと自分で言ってるんだし。
オレだって今まで何人かの女性と付き合ってきたんだから、文句を言う筋合いなんて無い。
それは解ってる。
解ってるけど、面白くないのは事実だった。
髪を洗わせるほどこいつに甘えて、任せられると信用した女性がいたことに。

いつの間に泡を洗い流されていた。
リンスを地肌から髪の先までゆるやかに延ばされ、指が馴染ませていく。
決して痛いと感じさせない馴染ませ方。
やがて一房の髪が指で挟まれ、指で擦られるかすかな感触が地肌に伝わる。
くすぐったいような焦れるような感覚。
髪を弄ぶ手と別の手が、こめかみを撫でたかと思うと耳へ、耳たぶを伝って首筋からうなじへと滑る。
「っ! そこに髪はねぇだろ!?」
息を詰めてしまったのを誤魔化したくて強く言う。
「リンスが流れてしまってね。」
しれっと言うが、ウソだ。絶対ウソだ。

その間にも指が耳の後ろや鎖骨まで匍わされる。
「ざけんじゃ…」
「リンスが足りないかな。」
人の話を聞けよ!
「なあ。センセイ。リンスのこの感触。」
といって、男はオレの前髪の生え際にリンスを垂らす。
「似ていると思わないかね。」
とろり、と垂れるその感触に痺れが走った。
「ほら。音も。」
指にリンスを付けて動かしているのだろう。
くちゅくちゅとした音が耳元で聞こえる。
視覚が閉ざされている分、触覚と聴覚が研ぎ澄まされている。

「な…。」
オレの脳裏にあの薄桃色の液体が垂れる様子が浮かぶ。
オレと男の触れ合ったモノに垂らされたぬらりとした液体。
知らず躰が捩れてしまった。
「どうした?センセイ?」
「…。」
こいつ…。
くすりと男が笑った声が聞こえた。
「センセイは、これが何に似ていると思ったのだね?」
「…。」
「なあ。このとろりとした液体が。」

答えたくない。
でもここで黙っていると、またお仕置きだの言われかねない。
オレは男の望む答を口にした。
「…つざい…。」
「聞こえないよ?センセイ。」
どうしてオレ、こいつと暮らそうなんて思ったんだろう。
「…潤滑剤。」
男に触れられている感覚にまた包まれる。
明るい浴室のハズなのに、オレの廻りは何故か暗い空間だ。

「ほう。センセイはそう思ったのか。」
え!?
違うの!?
オレ、恥ずかしいこと言った!?
つか、騙された!?
うわ。恥ずかしい!
真っ紅に染まっているだろうオレの耳に男が囁く。
「私は君の精液を思い出していたよ。」
「っ!」
躰がびくっと揺れ、湯が撥ねる音が聞こえた。

だめだ!
今すぐここを離れないと。
そう解っているのに、動けない。
「…かゆくなるから、リンス落としてくれ。」
精一杯平静な声で伝える。
震えていたけど。
とりあえずここから逃げられるように。

シャワーの音が聞こえ、生え際からあてられていく。
ただのシャワーだ。
ただの湯なんだ。
いいきかせないと、シャワーの湯すらさっきまでと違う感覚で。
すべてが男の愛撫に感じてしまって。
「は…。」
タオルで解らないだろう。
少し荒れてしまった息を吐く。
髪を洗い流した後も、指が耳や首筋に触れてリンスを落としていく。
その度に小さく躰が痙攣を起こす。
バレてる。
それは解ってる。
でもどうしようもない。

「終わりだ。」
その声を聞いて躰を起こす。
そのまま逃げようとして、まだ男が髪を一房握っていることに気付いた。
起こし掛けた躰を引っ張るように髪が引かれる。
決して強い力ではなく。
それでも逆らえない。
今度はうなじに手が回され引き寄せられる。
深く貪るようなキスをされた。

唇が離れたときにはオレはすっかり息が挙がっていた。
肩で息をするオレに
「のぼせたかね?バスタブから上がった方が良い。」
解ってるクセに男が言う。
腕を引かれてバスタブの縁に座る。
息を整えるのに気を取られていた間に男にオレのモノを握られた。

「なっ!」
「さっきも言っただろう?私がいるのに独りで済ませるなんて、いけないよ?」
やっぱバレてんじゃん!
いや、解ってたけどさ。
「や!こんなとこじゃなんだし!いいって。」
「妻を悦ばせるのは夫の役目だろう?」
誰が妻だ?
誰が夫だ!?
舌を匍わすな!
咥えるなーー!!
「んっ…!」
も、逆らえるわけ無いんだよな。
わかってるけど。

「は…ぁ…」
痺れるような快感に背を反らしながらも頭は違うことを考える。
こいつに髪を洗わせた女性を、やはりこいつはこうして愛したのだろうか?
こんな風に感じさせて。
でもその人は、こいつを満足させられたんだ。
当たり前にこいつを受け容れたんだろうから。
オレみたいに怖がることも拒否することもなく。
オレじゃ、その人みたいにこいつを満足させられない。
それが悔しい。
オレだってこいつが好きで、受け容れたいと思ってるのに。

「ぁ…っ!イ…くっ!」
荒い息をついて男を見ると、いつものように飲み込もうとしている。
「やめろよ!浴室なんだから流せばいいだろ!?」
しばらく咳き込むくせに。
それを聞かず、こくり、と飲み下して男が咳をする。
「ほら。飲みにくいんだったら吐き出せばいいんだよ。」
「飲みにくくはないよ。センセイのものだ。」
「そんなに咳をするクセに。」
「口にも喉にもセンセイの存在を感じるのは嬉しいよ?」
だぁぁあ!
「よくそんな恥ずい台詞が吐けるな。」
「君を愛しているから言えるのだよ。」
オレは恥ずかしくて顔を逸らす。

「あの…さ…。」
「ん?」
仲々次の一言が言えない。
言い淀んでいると
「躰が冷えた。浸かろう。」
男がバスタブに身を沈ませる。
まだオレの躰は熱いままだ。
でも
「おいで。」
男に言われるまま、後ろから抱かれる形で湯に浸かる。

「何を考えていた?」
オレの肩と腹に腕を廻した男が耳元で囁く。
「なに?」
「イく前に。他のことを考えていただろう?」
なんで解るんだ?
「私が触れているのに、誰のことを考えていたんだね?」
声が低くなり、その温度も低くなっていた。
抱きしめる腕に力が込められる。

「違! …あんたのこと、考えてた。」
「私の?」
「ん。あんたのこと。」
あんたが今まで抱いた女のこと。
あんたを苦もなく受け容れて満足させた女性達のこと。
「本当に?」
「本当だ。」
ふ、と男が息を吐き、腕からも力が抜けるのが解った。

「なあ。センセイ。」
「ん?」
「こうしていれば君の顔は見えない。
 …さっき何を言い掛けたんだね?」
どうしてこいつはこんなにオレのことが解るんだろう?
オレはこいつの考えていることなんて解らないのに。

顔を見たら言えない。
でも、どうしても伝えたい。
それが醜い嫉妬心に背を押されているとしても。
「あのさ…。」
でも次の言葉が出てこない。
勇気が足りない。
「ん?…焦らなくて良い。待っているから。」
男の手がオレの頭を撫でる。
耳に掛かる髪を後ろに撫で付け、あらわになった耳にキスをする。
「あ…。」
ふる、と躰が震えた。
「何を言っても怒らないから。」

言葉の通り、後はなにも言わず、オレの言葉を待ってくれる。
いつまでも待たせたくない。
言葉も。躰も。
「オレのっ…オレの躰を慣らすことって出来るのかな?」
一瞬男の躰が固まったのが解った。

「…センセイ?」
「この前はいきなりだったからつらかったのかな、とか怖がってたから余計に痛かったのかなとか考えてさ。
 オレ、いつかあんたに抱かれたいって思ってる。
 だから、それに躰を慣らしていくことって出来ないのかなって思ったんだ。」
一度溢れた言葉は止まらない。
「男はいつもつらいけど、感じるようになれば結構いいって言ってただろ?」

きゅ、と抱きしめられた。
「センセイ、無理をすることはないんだ。」
「無理じゃねぇよ。
 昨日だってあんたのに触れでも平気だったじゃないか。
 オレ、きっと大丈夫だと思う。
 それとも、躰を慣らすことって出来ないのか?ダメなのか?」

男の躰が震えたように感じたのは気のせいか?
「センセイ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫…だと思う。方法があるのか?」
「…受け容れるところを慣らしていくしかないが。」
慣れるモンなら御の字だぜ。
「それ採用!いこうぜ!」
「君、そんな短絡的な。」
男が何を躊躇しているのかが解らない。
「あんたは反対なのか?」

しばらく考えて男が言う。
「反対ではないが、怖いんだ。」
「あ?なにが?」
オレの耳たぶにキスを落として男が
「それでも怖いと、どうしてもイヤだと君が思うことが。」
痛みにでも耐えているような声で言う。
んー。その可能性はあるよな。
でも、このまま我慢させることの方がオレはイヤだ。

「あのさ、もしここで怖いとか思ったとしても、オレがあんたに抱かれたいって思ってることは変わんないぜ?
 うん。正直に言えば抱かれたいって思ってる訳じゃない。
 あんたに我慢させたくないんだ。
 あんたに満足して貰いたい。」
きっとこの気持ちが有れば大丈夫だとオレは思う。
「それはまた今度にしないか?」
こいつはオレを抱きたいんじゃないのか?

「なあ。ダメなら別の機会に考えよう?
 とにかく出来るモノならオレ、試してみたい。」
オレの勢いに負けたように、男がバスタブから立ち上がる。
「? どうした?」
「…では寝室へ行こう。」
昨日のことで付いた自信と、半分以上は男に抱かれてきた女性達に対する嫉妬心でオレはやる気満々だった。
そういう方向性は自分でもどうかとは思ったけど。
だから自分がどれだけ怖かったのかを忘れていたのかも知れない。


「いいか。少しでもイヤだと思ったらすぐに言うんだ。いいね?」
ベッドの上で、くどいほど何度も男は言う。
「わかったって。さ、やろうぜ。」
慣らすだけではなくて、出来ることならこのまま男を受け容れられたらいいな、と軽く考えていた。
あれからどれだけ男が優しく触れていてくれたかも忘れて。

優しいキスを受けて、男の指と舌がオレの躰に触れて。
オレは感じながら男のモノに手で触れて。
幸せな心持ちだった。
やがて男の舌がオレのモノを舐めて、同時に奥に指を感じて。
咥えられながら、あの液体を塗した指がオレの中に入った途端、躰が硬直した。

なんだ、これ!?
「は…」
息が上手く出来ない。
強張ったオレの躰と肺が連動することを拒否していて。
…苦しい!
「ぐ…。」
かは…、と喉が鳴ったのが聞こえた。
息が吸えない。
吐けない。

「センセイ!」
叫ぶ声が聞こえた。
ごめんな。
思うと同時に息の出来ない苦しさと、その先に有るモノに心底恐怖した。
オレ…。
躰が痙攣を起こしたまでは覚えている。


気が付いた時には息が出来ていた。
生きてる。
それが最初に思ったことだった。
大げさな。と自分でも次の瞬間に思ったけど。
本当に怖かったんだ。
行為が、ではなく息が吸えないそのままの状態が続くことが。

開いた目が傍らに座っていた男を捉える。
オレをじっと見つめて哀しそうな男を。
「ごめんな。」
一番言いたかったことを告げる。
「君が謝ることではない。…すまなかった。」
こいつが泣いているのではないかと思った。
「あんたが謝ることでもねぇよ。
 ごめんな。あんたにつらい思いをさせた。」
こいつにオレが拒否していると言う事実を改めて突き付けてしまったようなものだ。
オレにそんなつもりはなくても。

「すまなかった。」
「あんたが悪いんじゃないって。」
「…すまなかった。」
壊れた懐古趣味のレコードのように男が繰り返す。
「おい!オレを見ろよ!」
まるで男が壊れてしまったかのような感覚に恐怖心を持った。
「…センセイ。すまなかった。」
「それはもういい!謝るな!」
いつかのようにあちこち強張った躰を起こして男を抱きしめる。

「謝るなよ。オレこそごめん。」
「君は悪くない。」
呟くように男が言う。
「なら、あんただって悪くない。」
男の髪を撫でる。
いつもこいつがしてくれるように。
「君につらい思いを…」
「そりゃあんただって同じだろ?」
どうしたらこの男を哀しませないですむんだろう?
それはオレが今一番欲しい解答だった。

「オレ、言ったろ?
 もしここで怖いとか思ったとしても、オレがあんたに抱かれたいって思ってることは変わんないって。
 ダメなら別の機会に考えようって。
 オレ、今もそう思ってる。
 ただ、ごめん。
 今はあんたを哀しませてしまった。
 ごめんな。」
オレがどう言おうと、こいつは自分のせいだと思ってしまうんだろう。
そんなこいつを喜ばせたかったのに。

「ごめんな。オレ、あんたが好きだよ。ごめんな。」
涙が溢れてきた。
自分が情けなくて。
こいつを哀しませた自分が許せなくて。
ごめん。
「あのさ…。オレに触れてくんないか?」
「センセイ!?」
「オレ、あんたに触れられると安心する。
 オレにもっとあんたを教えて欲しい。
 怖いんじゃない。
 愛されて気持ちがいいんだって。」
 思い詰めたような顔で男が言う。
「今度こそ、イヤだと思う前に私に言えるか?
 もう…人工呼吸などさせないでくれるか?」
ああ。
そんなにオレの息って止まってたのか。
あの苦しさから救ってくれたのはやっぱりこいつだったんだ。

「ん。きっと言えるから。」
きっと言わないで済むと思うのは、同じようなオレの驕りなのか?
そうではないと思いたい。
ゆっくりと息を吐いて男に告げる。
オレがいなくなることに異常な恐怖心を持っている男に。
「オレ、あんたが好きだ。
 ごめんな。怖い思いをさせて。
 あんた、怖かっただろう?」
くしゃり、と顔を歪めて男が言う。
「怖かった。…怖かったよ。
 君が息をしていなくて。
 私の前から消えてしまうのではないかと思って。
 ……怖かった。」
オレは男を抱きしめたまま、ベッドに倒れ込む。
「ん。ごめん。オレ、消えたりしないから。
 ずっとあんたといるから。
 な?」

それから今まで以上にそっと触れてくる男が哀しくて、オレの涙は止まらなかった。
オレはこの男に抱かれたいと思っているのに、それを受け容れない躰が許せなくて。
男に申し訳ないと思った。
ゆるやかな仕種ながら男はオレを昂ぶらせて。
一緒にイきたいと思ったけれどそれをやんわり拒まれて。
男にイかされるまま。
行き場のない焦りにオレは動揺していた。




Vol.22

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.22
「遊」vol.22
08.12.12up
男がベッドを離れる気配で目が覚めた。
「ん…。はよ。」
「おはよう。」
起きあがろうとするのをそっと止められた。
「そのまま横になっていたまえ。すぐに戻ってくる。」
「?」
とりあえず男の言う通りベッドに横たわっていた。

頭が少し痛む。
昨日泣きすぎたせいだろう。
躰のあちこちが強張っているし、節々も軋んでいた。
「掃除も終わってるし、いっか。」
今日は予定もない。
のんびり過ごせばいいや。

そんなことを思っていると男が戻ってきた。
「目を瞑って。」
言われるまま仰向けに目を瞑ると冷たいタオルを瞼に乗せられた。
「腫れている。しばらくそうしていたまえ。」
額にかかる髪をそっと退けるようにして、優しく梳いている。
「ん。サンキュ。…気持ちいい。」
オレ、ひっでぇ顔してんだろうな。
こいつに今更カッコつける必要もないから構わないけど。
それでもちょっと申し訳ない。
今朝くらいはもっと元気な顔を見せたかったな。

「センセイ。明日温泉に行かないか?」
「は!?」
いきなりなヤツ。
「近場だが評判のいい宿があってな。年越しにと取っておいたんだ。」
年越し温泉。
すごいジジむさいけど。
「いいな。それ。オレそんなの初めてだ。」

いつもは終わりきらない仕事に追われるか、母さんの正月の準備を手伝うかくらいで大晦日は終わる。
だいたい気が付いたら年を越してることが多いしな。
酷いときには事務所で入力しながら
「あ゛ー。兄さん明けましておめでとう。」
「あ゛ー。オメデト。」
とお互い目の下にクマを育成しながらアルと言い合う時すらあった。

そうだ。あんときゃ年末のクソ忙しい時に法人の調査が入ったんだ。
ったく、常識で考えろっての。
それに比べりゃ今年は大分余裕があるしな。
うん。楽しみだ。

もう暖まってしまったタオルを外す。
「もう一度冷やしてくるか?」
それを受け取って男が言う。
「いや。も、大丈夫。あんがとな。」
だいぶ目もすっきりした。
「さてと、今日はどうする?
 昨日掃除は済んでるし。
 つってもこの家綺麗だったからロクにやることなかったけどな。」
「そうだな。…今日から休みだし、一日君とベッドで抱き合って過ごそうか。」
「だぁぁあ!ふざけんな!時間がもったいねぇ!」

抱きついてきた男を押し除けた瞬間、オレは気付いてしまった。
その瞬間に瞬きでもしていたら気が付かなかった、ほんの一瞬。
男がホッとした表情を見せたこと。
それはきっと、オレがいつもと同じ反応をしたから。
男の言葉に怯えることも、これまで見せなかったような拒否反応を示すこともなかったから。
それはこいつの確認だったんだろう。
どこまでも気を使わせちまってるな。

「オレ、風呂に入ってくる。腹減ってたら先にメシ作るけど?」
「いや。ゆっくり入ってきたまえ。」
くったりとベッドに倒れ込んで男が言う。
そんなに心配だったのか。
なんかホントに申し訳ないな。
少しでも喜ぶこと、してやりたいな。

「…肉。」
「は?センセイ?」
「すね肉の煮込み、作るって言ったろ?買い物に行こうぜ。」
確か楽しみだと言っていた。
好物なんだろう。嬉しそうな男にオレもホッとする。
正月は読書三昧で過ごしたい。
ついでに今日のうちに保存食を用意しよう。
風呂場で躰の強張りをほぐしながら考えた。


世間様から見たら、親子…はこいつが童顔だから無理だとして、兄弟とかに見えないかなー。
買い物をしながらオレは考える。
オレの腰に手を廻して商品を選ぶ男と並んで。
いや、兄弟だってこんなにくっつきゃあしないよな。
オレとアルだってしないもんな。
や、いいんだけどな。
今更さ。

ただ、あんまお客さんに見られたくないなー。なんて。
つか、やっぱ離れろ。
世間体とか、まだ捨てたらイカンと思うモノは有る。
せめて手を繋ぐくらいにしてくれ。
それもかなりヤだけど。
そんなオレの葛藤をよそに、男は随分嬉しそうだ。
休みなのが嬉しいのか、オレと過ごせるのが嬉しいのか、明日の旅行が嬉しいのか。
どれだか知らないけど、それでも嬉しそうな顔を見るのはオレも嬉しいな。やっぱ。
そんなこと思ってたから、男の腕を外し損ねたってのは内緒だ。


「センセイ、帳面はもう締めたのか?」
家に帰って買った物を整理していたら男に聞かれた。
「あ?」
「年末で君は締めだろう?」
個人事業者のオレは1月から12月が課税期間だ。
当然オレも確定申告をする。
お客さんの後だけどな。
金にならねぇ仕事は後回しだ。
「あー。まだ締めてないや。」

オレは帳面を付けるのが苦手だ。
『ちゃんと付けなよね。兄さん。
 お客さんが帳面をくれないと文句をいうくせに。』
と、よくアルに叱られる。
「いつから付けていないのかね?」
「ん…と。11月くらい?」
聞いてどうする、と自分でも思うけど。

「ならばほら。」
男が寄越したのは領収書の束。
宛先は全部『エルリック事務所』だ。
「これ?」
受け取って男の顔を見る。
「使えるだろう?」
そりゃ使えるけどさ。
こいつのことだ。
税務署に突っ込まれるような危ない領収書は渡さないだろう。

「いいのかよ。税務署長がこんな節税対策の片棒担いで。」
エルリック事務所宛の領収書があればその分、経費が増えるけど。
「誰しもやっていることだろう。
 それに、君の仕事に使う物だけだよ。その領収書は。」
「?」
「君の部屋のパソコンや専門書の領収書だ。後は雑貨だな。
 電子機器に掛かる一括償却の時限後に購入したから、きちんと固定資産税台帳に載せたまえよ。」

パソコンの領収書を改めて見る。
「ぬあ?82万センズ?
 どんなオフコン買ったんだよ?」
いや、オフコンは100万単位だけど。
「パソコン一式だからな。
 レーザープリンタが意外に値が張った。
 君は試算表をB4で出す必要があるだろう?
 相続ではA3も使うだろうし。
 A3のレーザープリンタは高かったんだ。」

うん。
オレ達の仕事に使えるレーザープリンタは確かに高い。
一昔前なら100万センズを軽く超えた。
「ま。そうだよな。サンキュ。
 でもこれ、オレ払うよ。オレが使うんだから。」
「それはいい。私も使うから気にしないでくれたまえ。」
「そういう訳にいかないだろ?払うって。」
問答の結果押し切られてしまった。
後日こいつの預金口座に振り込んでおこう。

あ゛ー。帳面付けなきゃ。めんど。
「今日、本を読む前に帳面を終わらせたまえよ。」
「へぇへぇ。」
金にならない帳面は付けたくないけど、こればかりはしょうがない。
なんとかすっか。
「あ。出金伝票と振伝(振替伝票のこと)、事務所だ。」
「机の引き出しに入っている。」
「…そか。」
至れり尽くせりだな。
嬉しくないけど。

肉を煮込みながら、オレの部屋(と与えられた所)でイヤイヤ帳面を付ける。
お客さんからの収入金は別に付けてあるから写せばいい。
後は費用を日付残高に気を付けて出納帳入力していく。
預金…は面倒だから通帳から直接入力しよう。
(こういうときにプロ用会計ソフトは便利だ。ホントはちゃんと金銭出納帳を書かなきゃいけないんだけどな。)


「ぐぁー!タルい!」
「センセイ。コーヒーが入ったぞ。」
「あー。あんがと。」
「まだ掛かりそうか?」
「んにゃ。もう少し。鍋吹いてないか?」
「大丈夫だ。」

ガリガリと頑張って付け終わった。
後はこれを3月にでも申告書にまとめればOKだ。
「ふぃ〜。これで一年の仕事、終わりだな。」
ウソです。
ちょっとそんな気になっただけデス。death!
でもそのくらいの達成感はあるんだって!
いや、お客さんにはもっとマメに付けて欲しいけど!


午後は鍋に野菜を足しながらすね肉を煮込んでいた。
リビングのソファに座って、お預けをくらっていた会計の本を読んで。
男はオレとお互いにもたれかかりながら本を読んでいたが、そのうち眠そうにしたので
「眠いんならベッド行けよ。」
と言ったら
「センセイと離れるのは嫌だ。」
とヌかしやがった。

「なら膝で寝ろよ。ほら。」
本を上げると半分うつ伏せになってオレの膝に頭を乗せ、両腕でオレの腹を抱え込んで眠りだした。
昨日あの後、眠れなかったんだろうな。
どんな思いで一夜をずっと過ごしていたんだろう。
申し訳なくて、しばらく男の頭を撫でていた。
…そのうち本に集中しちゃったけどな。

「あ、肉。」
鍋がそろそろ危なそうだ。
ソファを立とうとすると男の腕に力が入る。
「すぐ戻ってくるから。」
と言うと放すから、起きているのかと思うとどうも眠っているらしい。
寝たままで仕事が出来そうなヤツだ。
(実際は起きててもしてないようだが。)

アクを取ったり、玉ネギを切ったりしてたら少し時間が掛かってしまった。
ふと気配を感じて振り返ると、入り口に男が目を擦りながら立っていた。
「もうすぐ戻るから寝てろよ。」
言っても男はふらふらと近づいてくる。
「火ぃ使ってんだから危ないぞ。」
(こいつんちはIHクッキングヒーターだけど)鍋は煮立っているから危ない。

「ん…。」
あー。こいつ寝てるな。
椅子を引いて座らせると、黙ってオレの胴に抱きついて来た。
うーん、かわいい…かも。
しかし、こういうヤツだったか?
寝てると性格が変わるタイプっつうか、ホントはこういう甘えたさんなんだろうか?
目を覚ましたらからかって遊ぼう。
ちょっと報復が怖い気もするけど。
動けないので手に持った玉ネギを鍋に放り込む。

「ほら。立て。」
そのまま寝室に放り込んだが、男はすぐに戻って来た。
どこまでオレにくっ付いてれば気が済むんだ?
オレは諦めてダイニングテーブルに腰を落ち着けた。
すぐに鍋の様子を見られるように。
膝に、床に座り込んでオレの胴に抱きついて眠る男の頭を乗せたまま。
このマンション、ダイニングキッチンにも床暖房が入っててよかったよ。
心配だから毛布を肩から掛けておいたけど。

しばらくするとようやく男は目を覚ましたようだ。
「あ?起きたか?」
「ん…。」
オレは読んでいた本をダイニングテーブルに置いた。続きは後にしよう。
男はまだ完全には眠気が醒めていないのか、頭を振って伸びをしている。
唐突にオレの頭に黒のラブラドール・レトリバーが浮かんだ。
次の瞬間、いやいやあの犬はもっと飼い主に従順だ。と思い直したが。

「はよ。こんな体勢で眠れたのか?」
「ん。よく寝たよ。君の夢を見ていた。」
起き抜けから飛ばしやがるな。
「ほぉ。どんな夢だ?」
「君の金色の瞳が私を救い出す…少し違うな。どうだっただろう?」
んー。と床に座り込んだまま考え込む姿にまたかわいいな。とか思ってしまったオレの美意識って既に壊れているかも。もうダメかも。

「とにかく、君が夢にいてくれて幸せだったよ。」
「そうか。よかったな。」
少し紅くなってしまった顔を逸らして
「悪い。鍋見たいからどいてくれ。」
またオレの膝に凭れ掛かった男の頭を押し退けながら言う。
「ああ。良い香りだな。」

手抜きして缶詰のデミグラスソースを入れて味を調えれば完成だ。
オレも結構本に夢中になっていたらしい。
もう夕飯に相応しい時間になっていた。
出来上がった煮込みを嬉しそうに食べる男を見て、オレも嬉しくなって明日の予定なんか話しながら過ごした。

その後は正月の保存食を仕込んでいたが、男は珍しいのか色々聞いてくるので一つ一つ説明しながら作っていたら結構時間が掛かってしまった。
いや、オレも楽しかったし、これで少しでも料理を覚えてくれればいいんだけどさ。

その夜は遅くまで色々な話をしていた。
男はオレのことをきり無く聞きたがった。
オレとアルの小さかったときのことや学生の時の話。
面白かった本や映画の話。
思いつく限りの話をして二人で笑いながら、そういえばこいつとこんなに沢山の話をしたのは初めてだと気が付いた。
そして優しいキスを何度も交わし、そっといたわるようにお互いに触れ合って眠った。
幸せなのか哀しいのか解らない夜だった。


翌日、一泊だからとたいした荷物もなく、車で宿に向かう。
煮込みは冬だから大丈夫だと思ったが、念のため冷蔵庫に入れてきた。
「宿って、どんなんだ?」
エアコンが効いて快適な車内でオレは聞いた。
「東の様式の宿らしいぞ。
 私も泊まったことはないのだが、評判が良かったのでな。」
「ふうん。」
東って、シン国より東のかな。
その国については一枚の布で服を作る、というくらいしかオレには知識がない。
車で走っていると、都税事務所が目に入った。
地方にしちゃ結構大きい建物だな。合同庁舎か?

車を宿に止めて、チェックインまで時間が余ったので散歩に出た。
近場とはいえ、セントラルからはかなり離れている。
いつもとは違う景色が新鮮だ。
あたりに漂う温泉の香りが情緒を醸してる。
湿ったような寒い空気だ。
もしかしたら雪でも降るかも知れない。
温泉に雪か。
いいな。

男と歩いていると、旅人らしい人に道を聞かれた。
オレ達だって旅行者だってのに。
「あの…歴史資料館に行きたいのですが、ご存じですか?」
「ああ。この道を真っ直ぐに行って税務署に行き当たったら…。」
男とオレは同時に答えていた。
その人は税務署を知らないらしく、しばらく黙っていた。

「えと、この道を真っ直ぐに行くと税務署が有りますから、そこで左に曲がって下さい。
 しばらく行くと『都税事務所』という看板の出ている建物が出てきますから、その角を右に曲がって下さい。
 えーと。後は解らなかったらその辺の人に聞いて下さいね。」
オレの説明で解ったんだか解らなかったんだか、その人が去った後に男が耐えきれないように笑い出した。
「センセイも同じなんだな。」
「あんたこそ。」

なんだかんだ言って、オレ達はどこに行っても『税務署』や『都税事務所』などの位置を無意識に把握してしまう。
「センセイは他に何を確認してしまうんだ?」
まだ笑いで肩を震わせている男が問う。
「んー。公証人役場と法務局かな。
 あ、あとハローワーク。意外と区役所は確認外なんだ。
 あんたは?」
「私か?私は税務署と都税事務所と区役所の他は裁判所だな。」
「ふうん。裁判所か。オレはそこには関心がないな。」
似ているようで非なるところが面白い。
オレ達は笑いながら宿に戻った。


「これが『タタミ』ってヤツか?」
オレは好奇心丸出しで聞く。
「そうらしいな。気に入ったかね?」
「ん。いい香りだ。」
『イグサ』というらしい『タタミ』の材料にオレは惹かれた。
こんな自然な香りは素敵だと思う。
以前『タケ』という素材にお客さんのところで触れたときもいいと思った。

しばらく畳でなごんでいると男が
「センセイ。温泉に入らないかね?」
と聞いてきた。
「んあ?入るよ。その為に来たんだし。」
軽く答えた。
温泉まで来て、風呂に入らないバカがいるか?
ここの風呂は広いのかなー。
楽しみだ。

「そうか。では入ろう。」
服を脱ぎ始めた男に
「は?なんでここで脱いでんの?」
着替えるのかな?
「部屋に露天風呂が付いているんだ。」
「へえ。そうなんだ。」
それは豪華な。と思ってから気が付いた。
オレ、他人と一緒に風呂なんか入れないんじゃん。
こいつに付けられた痕のせいで。

「もしかして部屋付きの風呂があるからここにしたのか?」
「そうだが?言っただろう?
 君が他人と風呂に入るなんて許さないよ。
 誰にも見せたくない。」
当然のような顔をして、んなこと言うな。
「あんた入って来いよ。」
オレはタタミに倒れ込んだ。
「それではつまらない。ほら。一緒に入ろう。」
「ヤだ。」
旅行中くらいのんびりしたい。
男はしばらくグズグズ言っていたが放っておいた。

部屋が少し暑かったので窓を開けると、温泉独特の香りの混じった冷たい風が気持ちいい。
窓から見た露天風呂は、小さめだけど木に囲まれて感じがよかった。
「湯加減はどうだ?」
オレは窓枠に掛けた腕に顎を乗せて、風呂に浸かる男に話しかける。
「ああ。丁度良い。
 気持ちが良いぞ。センセイも来ないか?」
「風呂は一人で入りたい。」
立ちこめた湯気の向こうに見える顔はそれでも上機嫌だ。

綺麗な顔だと思った。
うん。ソフトフォーカスがかかってるからかな。
男の顔に綺麗もないよな。
でも端正な顔してるとは思う。
白い肌に切れ長の黒曜石の瞳、鼻筋が通ってて闇夜のような髪。
本当にオレの好みなんだよな。
…女だったらな。

風呂から上がった男が着たバスローブが民族衣装らしい。
「これが一枚の布になるキモノってヤツか?」
「いやこれはユカタという簡易な服らしいぞ。」
「ふうん。」
思ったよりかっこいい。
しかしボタンも無しにヒモ一本で留めるのには感心したけど、なんか心もとなさそうに見える。

「そのジャケットは?」
白地に藍色の模様がついたユカタの上に、ゆったりとした濃紺の上着を羽織っている。
それにもボタンはなく、左右に付いた短いヒモで結ぶようになっていた。
「ハオリという上着らしい。仲々快適だぞ。」
「結構かっこいいぜ。よく似合ってる。」
こいつは姿勢がいいから余計に映えるのかも知れないな。
「そうか?センセイも着てみたらどうだ。」
「んじゃオレも風呂入ってくるわ。」

流石に裸に師走の夕暮れは寒かった。
オレは走り込むように湯に入る。
「ふーっ。気持ちいー。」
露天風呂ってなんだかのんびりした気分になれるよな。
「あ!ショチョウ!」
部屋でいつのまに酒を飲んでいる男を呼ぶ。
「ん?どうした?」
窓から男がこちらを見た。

「雪!雪が降ってきた!」
「ほう。冷えると思ったら雪か。」
「んー。雪の露天風呂とは情緒有るよな。」
こんなにのんびりした年末なんて何年ぶりだろう。
多分子供のころ以来だ。
アルは今頃どうしてんのかな。
仕事に追われちゃあいないハズだけど。

「雪の積もった温泉は、何時間入っていてものぼせないと聞くが。
 センセイ、そろそろ食事だそうだ。適当に上がってきたまえ。」
食堂に食べに行くのかと思ったら、部屋に運ばれてくるらしい。
のんびり風呂に浸かりながら、食事が整うのをガラス越しに見ていた。
「食事の用意と後片付けをして貰えるのって、嬉しいモンだな。」
呟いてから自分で
「主婦くせぇ。」と思った。
オレって嫁で主婦かぁ。
や、も、いいけどさ。
なら旦那さんをもっと悦ばせたいな。と。
自嘲気味に考えながら風呂から上がった。
着てみたけど、やっぱりユカタって心許ないな。
ロングの巻きスカートみたいだ。

食事は「山海の御馳走」らしい。
アメストリスには海がないから、魚は川魚くらいしか普段見かけない。
貝は初めて見た。
酒は東の国のものだ。
少し甘みがあって、香りが強い。
ワインともウィスキーともまったく違う味わいだった。

「魚はやっぱ冷凍でくるのかな?」
「まあそうだろうな。
 別に島国から持ってこなくても、シン国の海から持ってくればいいのだし。」
昨今は冷凍技術も輸送システムも発達したから、世界中のモノが流通している。
コストと生活習慣の違いから、アメストリスにはあまり東方の食物が入ってきていないだけだ。

「あまり使われない輸送ルートって、やっぱコスト高いよな。
 生ものを運ぶにはスピードも必要だし。」
「センセイ。原価を計算しなくていいから食べたまえよ。」
なにかを目にすると、ついそれにかかったコストを考えてしまうのは職業病なんだろうな。

「ん。美味いよ。このアサリ?のサカムシ?すごく美味い。」
「うん。魚も美味しいぞ。ほら。」
フォークを使うオレとは違って、男は器用に『chopsticks=ハシ』で魚の肉をつまんでオレに差し出す。
「ん。美味い。」

どちらかというと前菜ばかりが並んでいるような食事だったが、それでも全部食べると結構な量だった。
「はー。腹いっぱい。ゴチソウサマ。」
「しかしさっぱりしたものばかりだったな。
 私にはセンセイの作ってくれる食事の方が美味しいよ。」
「はは。あんたの好きな肉は無かったしな。
 オレもあんたがいつかメシ作ってくれんの、楽しみにしてる。」
こいつもそろそろ年だし、こういう脂の少ない食事も考えなきゃなと実は思っていた。
正月に母さんと相談してみよう。

食事を片付けた女性(ナカイさんと言うそうだ。ヘンな名前。)が
「隣の部屋にお床が用意してございますから。」
と言って去っていった。
『オトコが用意』?
疑問符を浮かべていたんだろうオレに
「寝る用意が出来ていると言うことだよ。」
と男が言う。

フスマを開けて覗くと、タタミの上にベッドマットの柔らかいようなモノがベッドなしに直接敷かれ、その上に掛け布団が掛かっていた。
「???」
「東の国の寝具のようだな。」
「床に直接寝るのか!?」

新鮮だがちょっと心配だ。
オレはベッドが変わるだけでも眠れなくなる。
慣れた自分のベッドでも眠り難いくらいだ。
こいつんちのベッドに移ったときも、なんだか強引に寝かせられている内に慣れたから眠れただけで。
…まあ眠れなくてもいいか。
明日予定があるわけでもなし。

「眠れないようならもっと酒を頼もうか?」
心配そうに聞いてくる。
「んにゃ。オレはもういいよ。」
あれからこいつは必要以上にはオレに触れようとしない。
オレが眠れるようにオレを最低限の接触でイかせるだけだ。
意気地のない自分の躰がイヤで
「も、オレ寝る。」
さっさとフトンに潜り込む。
ふかふかなのに、タタミの堅さを直接感じてヘンな感覚だ。
慣れればこういう方が躰にいいと聞いた気もするけど。

「センセイ。」
オレのフトンに入ってきた男がオレの耳元で囁く。
「ん…?」
その声に躰が震えたのが解ってしまったか?
「触れても…いいか?」
いちいち聞くな!
本当はそう言いたい。
でもそれを言わせないのはオレの躰だ。
申し訳ないと思う。

「ん…。」
せめてオレから腕を伸ばして男を抱きしめる。
ホッと緊張を解いて抱き返す男が哀しい。
「センセイ。愛している。」
そう囁いてからオレの躰に指と舌が匍わされる。
本当にオレが怯えないように、オレを感じさせるようにそっと少なく。
ゆるやかに時間を掛けて感じさせられて登り詰めて。
それでもイく瞬間も、オレばかり感じることが寂しかった。




Vol.23

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.23
「遊」vol.23
08.12.12up
どのくらい眠っていたんだろう。
やはり慣れない寝具で目が覚めてしまった。
しばらく横になったまま時間を潰していたが、眠れないと解って起きあがる。
枕元の銀時計を見るとまだ23:40だ。
年も越していない。
曇ってしまった窓を擦ると、随分雪が積もっている。
これはちょっと楽しい。
オレは風呂に入ることにした。

「うー。さぶさぶ。」
雪が降る中、このまま裸でいたら死ねるんだろうな。なんて考えながら暖かい湯に浸かる。
あー。極楽極楽。
じじむさいことを思ってしまった。
庭園灯の光に雪が照らされて綺麗だ。

ぼーっと木に囲まれた庭を眺めていると背後に気配を感じた。
「起こしちゃったか?」
振り向かないまま男に聞く。
「いや。」
そう言いながらもこいつのことだ。
オレが寝床からいなくなって目を覚ましたんだろう。
どんなセンサーが付いてんだかな。

男が湯に入ってくる音が聞こえた。
後ろからオレを抱きしめるように腕が回される。
「眠れなかったのか?」
男の膝の間に座る形で落ち着いた。
「いや。さっき起きたんだ。」
「そうか…。」
沈黙が落ちる。
オレは何も言う必要を感じない。
こいつもそうなのかな。
オレはただ雪が降り積もっていくのを眺めていた。

かなりの時間が経ったと思う。
「センセイ。」
男が言った。
「ん?」
オレに廻された腕にゆっくり力が込められる。
「愛しているよ。」
いきなりそんなこと真剣に言われてもな。
顔が見えないのを幸いに
「そりゃ、ご丁寧にドウモ。」
照れ隠しに返す。

「…センセイも焦らないでくれないか?」
オレの言葉は流されて、予想外のことを言われた。
「あ?」
「私は君を愛している。
 ただ抱きたい訳ではない。
 君の存在を感じて、こうして触れられれば満足なんだ。
 無理に私に抱かれようとしなくていい。」
きっと数日前から考えていたことなんだろう。
オレと同じように。

「あんたはそれでいいのか?」
オレだったらイヤだ。
好きだと思った人間と一緒にいるのにセックス出来ないなんて。
「君がいてくれるだけで充分だ。」
「それだけで?」
「ああ。それで充分だ。
 目の前にいても触れられない幻に絶望するのではなく、この熱に触れて存在を確かめられれば。
 それで私はいいんだ。」

かすかな違和感を覚えた。
まるで以前、触れられない誰かが存在していたような口ぶりに。
「目の前に君が存在してくれている。
 こうして触れて、そのことが確認できる。
 私はそれだけで満足だ。
 …だから焦らなくていい。
 愛しているよ。センセイ。」

言葉を返そうとした瞬間、空が明るく染まって爆発音がした。
「年を越したんだな。」
ニューイヤーの花火か。
びっくりした。
「センセイ。明けましておめでとう。」
オレは男に向き直って答える。
「ああ。オメデト。…今年もよろしく。」
なんか照れくさい。
そっと抱き寄せられてキスをする。
今年初めてのキス。
その時にはオレはさっきの違和感を忘れていた。

「それにな。センセイ。」
「ん?」
「君が私を抱くという選択肢もあるぞ。」
いいアイディアみたいに言うなよ。んなこと。
しかし逆になるのか。
それは思いつかなかったな。
オレがこいつに…。

「や。ムリ。」
うわ。傷ついた顔すんな!
「別にあんたを抱きたくない訳じゃない。」
泣きそうになるな!
「あのさ。オレ、すげぇつらかっただろ?
 あんたにあんな思いをさせたくないんだよ。」
いや。
想像してみたが、正直言って勃ちません。
スミマセン。

男は涙目になって口元に手をあてている。
そんな傷ついたのか?
「いや、その…。」
どうしよう!?
と思ったらその瞬間、男が吹き出した。
「なっ…!」
肩を震わせて笑っている。
「からかったな!?」
オレは真剣に考えて、こいつのことを心配したのに!
「いや…すまない…。」
まだ笑いが止まらないようだ。
涙まで流して笑ってやがる。

しばらくして、ようやく治まったのか大きく息を吐いてオレを見た。
「からかった訳ではないのだよ。センセイ。」
男は風呂の縁に寄り掛かっていた背中を起こし、オレを引き寄せるとそのまま縁にもたれ掛けさせる。
「?」
縁に腕を乗せていると、背中に男の舌を感じた。
「やっ!」
一昨日付けた跡をたどっているのだろう。
男の舌が背中を舐る度に躰が痙攣を起こす。
「なにし…」
いきなり強く吸われた。
「んーーー!」
どうしてこんな高い声が出るのか。
自分でもキモいぜ。

息を乱しているとオレの耳元で男が囁く。
「哀しかったよ。とてもね。だから仕返しさせて貰おう。」
言いながら指がオレの背中を軽く押す。
「あっ!」
それも背中に付けられた跡だったんだろう。
思わず背が反って、オレの手は風呂の縁を強く握る。

「花火を観るために、他の部屋の客も庭に出ているかも知れないな。
 私は君の甘い声を他人に聞かせたくはないのだが、君はどうかね?」
どうって…イヤに決まっているだろう!
この阿呆が、痴れ者が、馬鹿野郎が!
「聞…かせたくな…いんならやめろよ…。」
舌を匍わすのをよ。

「地図が薄くなってしまったようだ。」
人の話を聞けぇっ!
「ん…んんっ!」
口を手で塞ぐけど、きつく吸い上げられる度にどうしても声が漏れてしまう。

なんかさっきは随分殊勝なことを言われたような気がしたんだが、気のせいだったのか?
それとも笑ってはいたが、本当はオレの言葉に怒ってるのか?
でもさぁ。悪いけど、オレ男に突っ込む趣味はねぇよ。
いや、突っ込まれる趣味があるのかと聞かれると『ない!』と本当はきっぱり答えたいんだけど。
それでもなぁ。
こいつに我慢させたくないしなぁ。
それだけなんだよな。
こいつに我慢して欲しくない。
満足して欲しい。
そう思っ…。
「あっ!…や…っ!」

口に当てていた手を外され、男のもう片方の手がオレのモノを握り込む。
オレの背中に男の胸が重なる。
「センセイ。…かわいいよ。」
声を聞かせたくないって言ってたくせに。
こいつ、心底イジワルだ。
これでどうやってオレに声を抑えろって言うんだ?

その時、オレのどこかが『ぷちっ』と音を立てて切れた。
不公平だ。
こいつにも声を我慢させちゃる。
後から思ったけど、こんときゃあ酒が残っていたんだよな。

オレは男に向き直った。
「おい。ここに座れ。」
風呂の縁を手で叩く。
「センセイ?」
意外そうな顔で男が聞く。
「いいから座れ。」
ぐいっ、と男の腕を引いて風呂の縁に座らせる。

オレは湯に浸かったまま、男のモノを握るとそれに舌を匍わせた。
「センセイ!?」
慌てた声が聞こえたが構うもんか。
根元から先までべろりと舌で舐め上げて、先を舌で舐る。
「やめたまえ!」
オレの頭を掴んで放そうとする男を睨み上げて言う。
「黙ってろ。」

こいつの余裕を奪ってみせたい。
本当はそれだけだったんだけど。
先を口に含んで舌を匍わせた時、男が息を詰まらせたことにオレは興奮した。
こいつ、感じてる!
はい。
正直に言いマス。
半分以上好奇心だったんデス。
それもかなり楽しんでいマシタ。

男のモノから口を離して告げる。
「声、抑えんなよ。誰に聞こえても。」
この男はオレの言葉に逆らえない。
今までそんなハズはなかったんだけど、それでもこの時そう思った。

男のモノに舌を前後から匍わして咥える。
恐怖心はどこかに去っていた。
オレの好奇心の方が勝っていただけかも知れないけど。
同じモノを持ってるんだ。
どうすれば感じるかは何となく解る。
今まで男にして貰っていた経験も手伝っていたしな。

「は…ぁ…センセイ…!」
いつの間にかオレの頭に添えられていた手はオレを退けるのではなく、こいつを感じさせるように動いている。
オレはその動きに合わせて口と舌を動かしていた。
オレの所作に感じる男の様子が愛しくてかわいい。
うん。かわいい。

だってこいつはオレのモノだから。
そう、こいつがオレに言った。
だからオレは口を離して男に言った。
「あんた、かわいいよ。
 あんたはオレのモンだろう?
 オレを感じてイけよ。
 …受け止めてやるから。」

うん。東の酒は強いらしいです。
オレ、こんときマジで酔ってました。
それでもこいつはオレの言葉に逆らわなかった。
ただ、見たこともないような紅い顔をして頷いていた。
うーん。かわいい。
しみじみ思ったあたりに酔いの度合いが解るな。

また男のモノを口に含んで、舌を匍わせながら吸い上げて唇を上下する。
咥えきれないところは指で扱き上げて。
「…ぁ!…センセイ…もぅ…!」
イけよ。
そう思って更に強く男のモノを吸い上げた。
「…ぁっ!」
男の声が聞こえたと同時に、口ん中に勢い良く液体が放出された。

マズっ!
苦ぁ!!
ぐへぇ!!!

本当に不味いです。
こんなん飲み込んでいた男はエラいです。
「ごめ…。吐いてもいいか?」
男の精液を口中に残したままオレは聞いた。
きっと滑舌は悪かったですdeath!
「吐き出したまえ!
 すまなかった!センセイ。」
いや、謝って貰うほどのことじゃないけど。
オレは積もった雪の上に男の精を吐き捨てマシタ。
ごめんな。
とはちょっと思ったけど。
ムリーー。
んなモン、飲めねぇ。
激マズっ!

いつかこいつの全てを受け止められたらいいな。
と思ったけど、今日はムリのようデシタ。




Vol.24

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.24
「遊」vol.24
08.12.12up
夕べしこたま酔っぱらっていたオレは、朝になって記憶を無くしてないことに今更ながら嫌悪する。
寝やすいんだか寝にくいんだか解らない(それでも朝まで軽い目覚めしかなかったんだから寝やすかったんだろう)フトンの中でオレは頭を抱えた。

いや。
男のモノを咥えることに恐怖心を持たなかったのはかなりの前進だ。
それについてはまた自信を持てた。
こいつを我慢させるだけじゃなかったことをよかったと思う所もあるし。
確かに。
でもなぁ。オレのアイデンティティがどこか許してない。

そんでもこの時目覚めた男が
「おはよう。センセイ。」
と言った後に嬉しそうに笑って
「昨日はありがとう。」
と言っただけで、すべてがどうでもよくなってしまったのが嬉しいんだか嬉しくないんだか。
でもホントにどうでもよくなってしまったんだ。
「はよ。そりゃよかったな。」
照れくさくて顔を背けてしまったけれど。
うー。
我慢させずにイかせられたんだから、いいよな。よかったんだよな。

ユカタはヒモだけ胴に残っているが、前が全部はだけてほとんど羽織っているだけの状態になっている。
これでしっかり乱れず眠れる人っているのかな?
そんなことを考えながらふと視線の先のもう一組敷かれたフトンを見て、オレは立ち上がった。
まったく乱れていないこれって、マズいよな。
ただでさえどう見られるのか解らない男2人組が一組のフトンしか使わないってのは…。
オレは隣の掛け布団をはがしてごろりとフトンに転がった。

「なにをしているのかね?」
ごろごろとイモムシのように転がるオレに聞いてくる。
「んー?フトン乱してんの。綺麗なまんまじゃマズいだろ?」
男がくすくすと笑いながら
「そんなことを気にするのか。」
こちらに来たかと思うとそのまま組み敷かれた。

「朝からサカってんじゃねぇよ。」
「君に協力をするのだよ。」
「いらねぇ…んっ。」
それでもやはり優しいキス。
ほどいた髪に差し込まれる指が気持ちいい。
「ふ…。」
耳殻に舌を匍わされて息が挙がる。

「ぁっ!」
耳たぶに歯を立てられて声を挙げるのと同時に
「おはようございます。お食事の用意に参りました。」
隣から声が聞こえた。
宿の人が勝手に入ってくるのか!?
固まったオレに手を匍わせたまま男が
「着替えたら行くので用意をお願いします。」
隣へ声を掛ける。

またオレの耳元にキスをする男に
「やめろよ!人が…。」
隣に聞こえないよう囁き声で言ってるのに
「そうだな。口を塞いでいないと聞こえてしまうね。」
しれっと答えやがる。
「離れろよ。」
「…フスマは紙を貼っただけのものだそうだ。
 こんな会話も聞こえているかも知れないよ。」
暗に話すなっつってんのか?

押し戻そうとしても男の躰は動かない。
せめて声を挙げたくなくてオレは手で口を塞いだ。
それでもきっと抑えきれないだろうから、もうやめて欲しいのに。
そんなオレの気持ちなんか全く考えもしない男はオレの鎖骨に舌を匍わせてその指はオレの胸元を彷徨っている。
「っ!」
胸の先を抓まれ、躰が震えた。
指で弄んでいるのと反対の胸を男の舌が舐る。
「…!」

これはマズい。
オレは男を離そうと左手で頭に触れた途端
「〜〜っ!!」
先を甘咬みされて、躰が跳ねる。
思わず両手で口を押さえた。

フスマを隔てただけの隣からはかちゃかちゃと食器の音が聞こえる。
早く出ていって欲しい。
いや、それよりこいつにやめて欲しい!
蹴ってやろうと男の腹の下に爪先を差し込んだら、そのまま膝裏に手を入れられて上へ持ち上げられてしまった。
このままではオレのモノを握られるか咥えられるかだ。

オレは口を両手で押さえたまま躰を半回転させ、うつ伏せになった。
これで手を出せまい。
しかし男はオレのユカタに手を掛けるとそれを引き下ろして肩から背中までを露わにする。
「は…婀娜っぽい姿だな。」
背後から耳元に囁かれる声にも躰が震えてしまう。

そしてオレは背中を向けたことが逆効果だったと気が付く。
だってマズいじゃん。
背中強く吸われたらまた声が抑えられなくなる。
あの高い声が挙がるんだよな。
背に男の指と舌を感じて躰が反り返る。
ダメだ!
うつ伏せ、不採用!
こいつの頭をつぶしてしまえたらと期待しつつ、ごろりと仰向けになった。
ちっ!よけられたか。

いっそ部屋中転がって逃げ回ろうか。
そう思ったのが解った訳でもあるまいに、男はオレの両方の脇の下に腕を入れて来た。
…逃げられん。
オレは両手で口を押さえたまま男を睨む。
「かわいいな。センセイ。」
全く堪えない笑顔で囁かれた。
オレの意志って…?

そのまま男の手がオレのモノに触れてくる。
「〜〜!!」
頭を振ってやめろと伝えてるのになんだ!?
その陶然とした嬉しそうなツラは!?
男の手の動きに合わせて躰が反応してしまう。
どうしてこんなのイヤなのに、いつもより感じてしまうんだろう。

オレの目から生理的な涙が流れた。
それを舐め取りながら
「人がすぐ側にいるのに。それで感じるのか?
 淫らな躰だ。」
耳にいつもより低い声が落とされ、躰が大きく跳ねた。
こいつ!
オレが厭がると知ってて言ってやがる。
「そんなところも愛しいよ。」
フォローになってねぇよ!
も、やだ。
ナカイさん、早く出ていって下さい。

ぴちゃ、と男の舌がオレのモノを舐める音が響いて心配になる。
隣に聞こえはしないだろうか?
オレは上がりそうになる声を必死に手で塞いで抑える。
恥ずかしさと不安と快感に追いつめられて、いつも以上に感じてしまう。
すぐに煽り立てられ、イきそうになる。
その時には声を抑えることは出来ないだろう。
片手で口を塞いだまま、もう片方の手で男の髪に指を差し入れた。

オレの躰の反応でもイきそうだと解っていたのだろう。
オレの耳元に口を寄せてくる。
「イきたくないのか?」
オレは無言のまま頷いた。
当たり前だ。
他人にイくときの声なんて聞かれたくない。
だからもうやめろと伝えたつもりだった。

「解った。」
ホッとしたのもつかの間、また男に咥えられて思わず声が上がりそうになる。
やめろっつってんのに!
もうイく!
大きく腰が動いた瞬間、根元を強く握り込まれた。
「…っ!?」
襲ってくるはずの射精感を抑えられ、それでもまだ咥えられていたオレのモノに舌を匍わされてちょっと意識が飛んだ。
…いや、確かにイきたいくないとは言ったよ。言ったさ。無言でだけど。
でもそれってこういうことじゃ…。
躰はもうイきたいのに、抑えられてイけないなんて初めてだった。
もどかしくて、つらくてまた涙が溢れてくる。

もう限界…。
声を上げそうになったとき
「それでは失礼致します。」
ようやく隣から人が消えた。
「は…。」
口から手を外して体側に投げ出した。
気が抜けるかと思ったが苛まれた躰がそれを許してくれない。
まだ男の指は根元を強く握ったままだ。

「なあ。も…」
男が顔を上げてかぶせるように言う。
「どうして欲しい?きちんと強請ってくれないと解らないよ?」
…今まではイきたいと、普通に言っていた気がする。
しかし改めて『ねだれ』と言われると急に恥ずかしくなる。
オレが快楽を男に乞うているようで。
「…。」

イかせて欲しい。
指を放して欲しい。
もっと咥えて感じさせて欲しい。
…ダメだ。言えねぇ。
どうしてだ?
今までは言えてたよな?
それでも躰はイきたくて焦れている。
せめて指を放して欲しい。
「〜〜!」
イけないつらさで涙がとまらない。

なにも言えないオレに男が顔を近づけてくる。
「どうして欲しい?言わないとこのままだよ?」
それとも、とオレの唇の輪郭に舌を匍わせて
「このままにして欲しいのかな?」
うっとりとした笑顔で酷いことを言う。
「…んなわけ…。」
ひくひくとしゃくり上げで喉が鳴る。
躰は別の意味で痙攣起こしてるけど。
「ん?ちゃんと言ってごらん?」
こいつはオレが言わないと本当にこのままにするだろう。
そういうヤツだ。

「や…もぉ…。」
涙声なのが情けない。
「もう?」
涙でぐじゃぐじゃになったオレの顔を見た男の躰が震えるのがわかった。
「ああ…。かわいいよ。センセイ。」
オレはそれどころじゃないよ。
「さあ。私にどうして欲しいのかおねだりしてみたまえ。」
脚の間にまた下がってまたオレのモノに舌が匍わされる。
「やっ!もぉ…もうイかせて…!」
オレは恥を捨てた。
だってもう耐えられない。

「きちんと言えたね。いい子だ。」
ご褒美だよ、と指が弛められ奥まで咥えられた。
「は…ぁっ!ぁあ…っ!」
背中から脳髄まで何かが走り抜けて、あっと言う間に達してしまった。
オレがイったあともすべてを飲み尽くすように根元から先まで何度も唇で扱かれる。
その度にオレはびくびくと躰が痙攣するのを抑えられない。
しゃくり上げるせいで、うまく空気が吸えなくて苦しい。
息を整えるまでにいつもより時間を食ってしまった。


「センセイ。まだ怒っているのか?」
オレは何も応えず朝メシをぱくつく。
怒ってるに決まってるだろう?
あんな…あんなこと…。
思い出して紅くなってしまった顔を見られたくない。
オレは最後まで無言でメシを食い終わると風呂へ向かった。

昨日のうちに積もった雪に、晴れ上がった陽の光が反射して眩しい。
でもすごく綺麗だ。
風呂の縁に腕を掛けて雪に埋もれた庭を見るとも無しに眺めていた。

…昨日だって。
他の客がいるかも知れないのに触れてきた。
オレを誰にも見せたくないとか言うクセに。
声は聞かれてもいいのか?
いや、聞かせたくないって言ってたよな。
だいたい確かあいつ、自分はオレのモンだとかオレの好きにしていいとか言ってなかったか?
好き勝手されてんのはオレの方だと思うんだけど。
いや、決定的にオレが嫌がることはしないでくれてるけども。

男が近づいてくる気配がする。
絶対無視してやる。
オレは怒ってるんだ。
また後ろから手を回してきたら払い除けてやる。

「センセイ?」
「…。」
オレは振り向かないし応えもしない。
男は湯に浸かりながらもオレに触れては来ない。
「私は謝る気はないよ。」
はぁ!?
なんですと!?
反省ナシですか!?

「機嫌を直してはくれないか?」
無茶言うな!
あんなことをフツーのこととして受け止めろってか!?
きっとオレの顔には今青筋が浮かんでる。
「ただ…もっと私を欲しがってもらいたかったんだ。」
あ!?
「いつも無理に付き合わせているから。
 君が望まないのに私の欲で君に触れているだけだから。」
え?
オレいつもすげぇ感じてるけど?
つか、オレばっかり感じててあんたにすまないとか思ってるけど?

「だからもっと感じて、私に触れて欲しいと思ってくれたらと…。」
声が震えてる。
こいつ、泣いてんのか!?
オレは思わず振り向いてしまった。
俯いた男の表情は見えない。
「おい。顔上げろ。」
男は泣いてはいなかったがどこか痛むような顔をしている。
「ああ。こっちを向いてくれたのか。」
無理に笑う表情が痛々しい。
ふとオレの肩から力が抜けた。

「オレ…いつもオレばっか感じて、あんたにすまないと思ってる。」
「センセイ? そんなことはない。私が君に触れたいだけなんだ。」
「いや。オレ、あんたに触れられるのは好きだ。安心する。」
男の表情からも力が抜けたようだ。
「もう…怒ってない?」
「ん。許してやるよ。
 でももう、人のいるとこですんな。」
「…。」
あれ?なんで応えないんだ?
「だいたいさぁ。
 あんたを欲しがんのと、人がいるのに触んのと何の関係があるんだよ?」
疑問に思ったのはそこだった。

男はちょっと言い淀んだが
「…君は恥ずかしいと余計に感じるから…。」
ぶちっ!
昨日よりも太い何かが切れた。
「そんな理由であんなこと!?
 オレ声抑えんのに必死だったんだぞ!?」
「声を抑えると君は感覚が私に集中して、更に感じるしな。」
おい!

「も…!二度とオレに触んな!」
「センセイ!?」
今更焦った顔したって遅い!
「絶対許さねぇ!」
「センセイ!
 さっき許すと言ってくれたじゃないか。」
「オレは怒ってんの!」
持続しない怒りだけどな。
焦る男の額にキスを一つ落として
「今度人のいるとこでやったら、おもきし声をそいつ等に聞かせるぞ。いいのか?」
でことでこを合わせて言う。

ふ、と男が笑い
「それは困るな。わかった。
 もう人のいるところでは触れないから。
 …許してもらえるかな?」
「しょーがねぇな。今度だけだぞ。」
ああ。
ホントにオレ、こいつに甘いよな。

男は安心したのか大きく溜め息をついて、風呂の縁に背中を預けた。
両手で前髪を後ろに撫で付け、目を閉じている。
「センセイ?」
目を閉じたまま男が言う。
「んー?」
オレものんびり応える。
「愛しているよ。」

幸せそうな顔にオレも嬉しくなって男の腕にオレの腕を絡めた。
「…そか。」
素っ気ないなと自分でも思ったが男は気にしていないようだ。
「うん。君を愛している。」
「ん。」

ばさり、と雪の落ちる音が聞こえた。






Vol.25

clear



 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.25
「遊」vol.25
08.12.12up
「年始のご挨拶には今日行くのか?」
男が聞いてくる。
「うん。よく解んないけど今日行こうかと思ってる。」
オレだって『実家』へ新年の挨拶に行くのは初めてだよ。

チェックアウトを済ませて土産でも買おうかとあたりをぶらつく。
『温泉まんじゅう』ってなんだろう。
試食してみると甘くて美味い。
「これ美味い。中身は何なんだろう?」
真っ黒だけどゴマ…じゃないよな。
「餡というらしいぞ。
 材料はアズキという…赤くて小さい豆だ。」
「へえ。赤いんだ。このアンってのは真っ黒なのにな。
 豆なら躰に良さそうだ。これ買っていこう。」
アルが喜ぶだろう。
東の食べ物は躰にいいモノが多そうだ。
帰ったら少し調べてみよう。

「明けましておめでとうございます。」
『実家』で挨拶をする。
男は親父へ酒のプレゼントを渡し、早速アルも含めて3人で飲み始めた。
ふーん。ホントに気が合ってるみたいだ。
ま、調査に来てる頃から雰囲気は悪くなかったけどな。

オレは母さんのいるキッチンへ行く。
「なんか手伝うことある?」
「大丈夫よ。みんな年末に作っておいたから。ありがとう。」
ダイニングテーブルに着くと、母さんがオレ用のマグに紅茶を煎れてくれた。
「手伝いに来なくてごめんな。」
一人のんびりした年越ししちゃったな。
「あら。もう違う家庭なんだから、エドはエドの家のことをすればいいのよ。」
うん。やっぱオレ三界に家無しっぽいな。

「あのさ。これ。」
プレゼントを渡す。
「まあ。いつもありがとう。」
嬉しそうに笑う母さんは、やっぱり若くてかわいいなと思う。
いや、オレはマザコンじゃないけど。
丁寧に包装を解いてショールを広げた母さんが
「きれいね。とても素敵。」
いつものように喜んでくれる。

「オレ、いつもなにがいいかよくわかんなくて。
 今年はあいつに選んで貰ったんだ。」
オレのセンスには問題があると常々アルに言われてるしな。
「そうなの。
 でもお母さんはエドがプレゼントしてくれることがやっぱり嬉しいわ。
 どうもありがとう。大切に使うわね。」
「ん。喜んで貰えて嬉しいよ。」
「早速明日の挨拶回りに使わせてもらおっと。」
本当に嬉しそうにふふ、と笑ってくれる。
ああ。
オレこういう可愛い嫁さんが欲しかったな。
今更言っても仕方のないことだけどさ。

「それで新婚生活はどう?」
「うん、新婚じゃないけど。
 あ、そうだ。食事のことなんだけどさ。」
「どうかしたの?」
母さんも自分の紅茶を煎れて向かいに座る。

「あいつ半端なく酒を飲むんだ。
 いい年だしさ、脳梗塞とか怖いからあまり脂とか摂らない料理の方がいいのかなと思って。
 野菜もあまり食わないし。」
「あら。ロイさんお野菜が嫌いなの?」
「いや、セロリ以外は食べるんだけど、オレに野菜料理のレパートリーがあんまない。」
「そうね。野菜料理はお肉より手間が掛かるものね。」
「サラダか茹でるかしか、してるヒマもアイディアもなくてさ。
 母さんの常備菜とかレシピある?」
「あらためてレシピとかは…。
 昔使ってたお料理の本を探しておくわね。」
「ん。頼む。」

「それにしてもいいお嫁さんしてるのね。
 お母さん感心しちゃったわ。」
「や、母さん、オレ嫁じゃないから。」
「旦那さんの健康管理が出来れば立派なお嫁さんよ。」
なんか根本が間違ってるよ。母さん。

「でもこれから忙しくなるんだから、無理をせずに二人でこっちに食べに来なさいね。」
「うん。…なんだよ?」
後ろに男の気配がしたので振り向かずに声を掛ける。
「センセイが帰ってこないから、どこにいるのかと探しに来た。」
「ここにいるよ。
 気にしないであっちで飲んでろ。」
「寂しいじゃないか。」
「なにヌかす…やめろって!」
後ろから抱きついて来やがった!

「母さんがいんだろ!放せよ!」
恥ずかしいからやめろ!
「あらあら。新婚さんはアツアツねぇ♪」
母さーん!
にこにこしてないで止めて下さーい!
「ええ。センセイがいないと寂しくて仕方がないんです。」
「うるせぇ!
 たまの親子の語らいくらい、邪魔すんな!」
必死に男を引きはがす。

「では私も混ぜて戴こうかな。」
オレの隣に座って手を握ってきやがる。
「放せって!あんたはあっちで飲んでろよ。親父が待ってるぞ。」
「君がいないとつまらないじゃないか。」
「だからオレは母さんと話してんの!」
「それで、なんのお話しですか?」
にっこり母さんに話しかけんな!話題に混ざるな!

「そうそう。
 エドの仕事が忙しいときには二人で食事に来なさいね。って話していたの。
 ロイさんは残業があまりないんでしょう?」
「ええ。
 センセイの仕事が遅くなるときには私が3人分の食事を戴いて帰りましょうか。」
「そうして貰えると助かるわ。
 エドはすぐに食事を抜くから。」

「おい!二人で話を進めんな!」
「あら。だってそうすればロイさんにもバランスのいい食事をさせてあげられるわよ?」
「う…。」
確かにオレが作れないときに母さんの食事があると助かるし躰にいい。
「本当にいいお嫁さんしてるわね。ロイさん、お幸せね♪」
「ええ。私には過ぎた妻だと思っています。」
しれっと言うなぁ!

「マスタングくーん!」
リビングから親父の声がする。
「ほら。親父が呼んでるぞ。行けよ。」
「お母さんも行くからエドも行きましょう。
 ロイさんを放っておいちゃだめよ。」
なんで四六時中くっついてなきゃならないんだよ!?

「へぇへぇ。…氷とか足りてるか?」
「そういえばそろそろ無いかも知れないな。
 器を持ってくる。」
「あら。私がするからロイさんは座ってて。」
「いいえ。お義母さんこそあちらで座っていて下さい。」
いつの間にオレの母さんがあんたの『おカアさん』になってんだよ!?

オレが氷を用意してる間に男がリビングから氷入れを持ってきた。
「ん。よこせ。」
氷を入れていると後ろから抱きしめてくる。
「放せよ。」
「センセイ。口づけしてもいいか?」
「人のいるトコですんなって言ったろ?」
「今誰もいない。さっき君と離れていたからしたいんだ。」

も、なんなの?こいつ。
万年発情期?
オレと離れてたって、何時間もじゃなし。それが理由になんのか?
思わずため息が出た。
「キスだけだぞ。すぐ終わらせろよ?」
「ん。」
オレの手から氷入れを取るとシンク台に置く。
振り向いたオレの腰とうなじに手が廻される。
ゆっくりと触れた男の唇に慣れてしまった自分がどうもなー。
口ん中に入ってきて絡む男の舌に、気持ちいいとか思っちゃう自分はもっとどうかと思う。

「ぅ…ん…!」
ちょ、長い。長いって!
いつまで舌を絡めてんだよ!?
脚の間に膝を入れんな!
「兄さん、水も。…お邪魔しましたぁ!」
え!?
アルっ!?
「放せよ!アルに見られたじゃねぇか!」

ああああ。リビングに行けねぇよぉ!
「そんなに恥ずかしがらなくても。」
「恥ずかしいに決まってんだろ!バカ!」
「しかし行った方が良いと思うぞ。」
「…なんで?」
「アルフォンス君が楽しそうに報告している声が聞こえる。」
「アルーーーー!!!」
オレはリビングに向かってダッシュした。

それからは散々だった。
母さんとアルにからかわれ、親父に泣かれ。
(なんで泣くんだよ?バカ親父。)
もうイヤになって早々に帰ろうとしたとき、男が思い出したように
「そういえばセンセイ。
 税理士証とバッジを家に持ってきているかね?」
と聞いてきた。
「あー。ここんちの金庫に入ったままだ。
 持って行かなきゃな。」
「レプリカは使っていないのか?」
「使ってねぇ。あんな高いモン。
 つうか、オレ普段持ち歩いてないもん。」

本来税理士は仕事をする時、税理士証とバッジ(税理士徽章のこと。)の携帯を義務づけられている。
ま、弁護士なんかと一緒だ。
このバッジがクセモノで、これを無くすとマジでシャレにならない。
(噂ではこれを無くすと税理士会幹部から散々怒られた挙げ句、新しいバッジは20万センズするとも言われている。)
だから多くの税理士は無くすの怖さに、このバッジを持ち歩くことを嫌がる。

それでも付けていなくてはいけないと思う真面目な人のために『バッジのレプリカ』が存在している。
これを付けていれば本物を付けているのと同等と認められる、税理士が税理士会だけで購入できるモノだ。
『レプリカ』と言ってもそれは2万センズだったか4万センズだったか、えっらい高い。
無くして困るくらいなら、これを買おう。と思う人がいるんだろうけど。
残りの不真面目な人はオレのように(違法だけど)普段持ち歩かなくなることが多い。
オレがマジメにバッジを持つなんて、バッジ検査と無料相談の時くらいだ。

ちなみに税理士証の方は一生書き換えがないので、無くさない限りは登録時の写真が使われ続けることになる。
以前、税理士業40年というご婦人に税理士証を見せてもらったことがあったが、本人だか他人だかオレには判別が付かなかった。


「じゃ、また来るから。」
「御馳走様でした。また参ります。」
挨拶を済ませて実家を後にする。
帰る車の中でふと思って聞いた。
「なあ。あんたの実家って?
 挨拶に行かなくていいのか?」
「ん?私は両親がもう亡くなっている。
 その必要はないよ。」
知らなかった。そうだったんだ。

「親戚もいないのか?」
オレ、こいつのこと全然知らないんだと気が付いた。
一緒にずっと暮らして行こうと思ったのに。
「…。」
ん?なんだ?この沈黙。
「なあ。親戚っていないの?兄弟とか。」
「…姉が…」
「お姉さんがいるんだ。
 じゃ、挨拶に行かなきゃな。」
ちょっと気が重いけど。

だってうちのネジの外れたヤツらとは違うだろう。
自分の弟が同性と暮らしていると知ったら戸惑うだろうし。
でも新年の挨拶にも行かないのはマズいよな。
なんだったら、こいつだけでも行かせればいいか。

「いや。何年も逢ってないし。
 行かなくてもいいだろう。」
なんか顔色悪くねぇか?
「は?お姉さんなんだろ?
 挨拶くらい行けよ。」
「…センセイも一緒に行ってくれるか?」
「あ?ああ。
 あんたなんでそんなイヤがんの?」
「…姉に逢えば解る。
 ああ。姉は偏見を持っていないから、私たちのことは解ってくれている。」
なんだ。ちゃんと連絡は取ってんじゃん。
へえ。弟の異常な性癖も理解するとはおっとこ前なお姉さんだな。
ちょっと感心した。

「じゃあ明日お姉さんが家にいるんなら、挨拶に行こうぜ。
 ショチョウから連絡しといてくれよ。」
「…本当に行かなきゃダメか?」
「だからさ。なんでそんなに厭がるかな。
 苦手なの?」
「苦手…そうだな。苦手だ。」
いつも余裕のこいつが苦手な人というのに興味を持った。
「あんたが本当に不快な思いをするってんなら無理強いはしない。
 けど、オレはお姉さんがいるんなら、年始の挨拶くらいはするべきだと思う。」
もしかしたら好き放題しやがるこいつの弱点を掴めるかも知れない。と思ったのはこいつにはナイショだ。



「明けましておめでとうゴザイマス。
 初めまして。エドワード・エルリックと申します。
 あの、弟さんとは…。」
実はその後の言葉が思いつかなかったんだけど、それは杞憂のようだった。
「ああ、センセイ。初めまして!
 私はイズミ・カーティス。お噂は弟からかねがね。」
がはは。と豪快に笑う女性にオレは好感を持った。
うーん。この髪型はドレッド?とは思ったが。

「よく似ていらっしゃるんですね。」
オレは第一印象を口にした。
だって、男とお姉さんはそっくりだった。
「ああ、姉弟だからね。
 でも性格は似て無くて。
 情けない弟で申し訳ないね。」
情けない?
オレはそう思ったことは無かった。

「姉さん、とりあえずその辺で。
 …義兄さんは?」
なんで男がビクビクしているのかと思ったが、こんな豪快なお姉さんじゃ仕方がないかな。
「新年だってのに急な配達が入ってね。
 お得意さんだから仕方ないけど。
 ま、入んなさい。」
お姉さんの嫁ぎ先はお肉屋さんだった。
こいつは肉好きだから連絡を取っていたのかな。
(んな訳ないか。)

「最近もちゃんと躰を鍛えているのかい?」
お姉さんが男に聞いた。
「ええ。なまらない程度には。
 そうだ。エルリックセンセイも組み手が得意なんです。
 手合わせしてはどうですか?」
おい!
オレに相手をさせて、あんた逃げようとしてないか?
「ふーん。そうか。
 ところで東側の壁が壊れかけていてね。
 ロイ、あんた手合わせの間に直しておきな。」
「ハイ。」
うーん。力関係が如実に解る姉弟だ。


オレはアルに勝ったことは無いけれど、体術にはそれなりの自信が有った。
それでも全くレベルが違う。
お姉さん、強すぎます!
乱れた息を直す間もなく地面に倒れ込んでしまった。

「スミマセン。完敗です。」
「あー、いや。仲々やるね。センセイ。愚弟とは比べものにならないよ。」
「え?やつ、そんなに弱くはないでしょう?
オレはあいつに敵うと思ったことはありませんよ?」
いや、体術で組み手をしたことはないけども。
「そんなことはないと思うけど。
 ああ、アレは昔からハッタリが強くてね。」
はは、と笑いながらオレの傍らに座る。

「昔からあの子は無表情で無関心な子でね。
 親も私も心配したモンだ。」
それは意外な言葉だった。
あいつの表情豊かな所や、オレへの異常な固執を知っているオレには。
「そんな子供だったんですか?」
「子供時代だけじゃなく、大人になってもそうだったよ。
 本当に何が楽しいのかと思うくらいまわりに無関心で。
 それでも妙な迫力が有ったらしくて周りからは一目置かれていたようだ。
 私はあいつが心配で色々躰を鍛えようとさせたんだけどね。」
あの…お姉さん、それがあいつのトラウマになってやしませんか?
オレにはどうもそんな気がしてならないんですが。

「そんな私の心配を余所に、ヤツは私に反抗して『ホワイト・カラーになる』とほざいて税務署なんかに勤務しやがった。」
お姉さん、その握り絞めた拳が怖いです。
「でもあの子がある日、とても嬉しそうに帰ってきたんだ。
 それがセンセイに逢った日だったらしい。
 ま、かるい運動の後、あの子に聞いたんだけどね。」
それは所謂セッカンというヤツでは?
あ?
それってオレが9歳の時ですか?

「なんて言ってたんですか?その…元気に帰ってきた日に。」
思い違いかと確認をしたかった。
「うん?『金色の天使に逢った。』とヌかしていたよ。
 探し求めていた恋人にやっと逢えたと。」
はあ。そうですか。
ここんちでも立派な変態でしたか。ヤツは。

「それが男で、お姉さんはどう思われました?」
オレはやっぱり自分をやつの親戚には認めて貰いたいと思った。
特にこの人には。
「ん?性別なんて問題がないと思ったよ。
 たまたまあの子が人間として好きになった人が男だっただけだろう?
 その程度のことだと思ったし、それよりもあの子が他の人間に執着を持ったことが嬉しかった。
 …センセイにとっては迷惑だったかな?」
オレはあいつのお姉さんがイズミさんで心底よかったと思った。

「いいえ。迷惑なんかじゃありません。
 オレはあいつのお姉さんがあなたで嬉しいです。
 ただ…ごめんなさい。
 オレじゃ、あいつの子供が作れません。
 それでもいいですか?
 …オレでもいいですか?」
いつの間にオレは泣いていた。
こんないい人を、もしかしたらオレの存在は哀しませるかも知れなくて。
それが申し訳なくて。

「ごめんなさい。
 オレ、あいつが好きです。
 …ごめんなさい。」
「センセイ。謝らなくていい。
 私はセンセイに感謝しているんだから。」
「…でも、…オレじゃ…。」
「センセイ、あの子を頼めるのはセンセイだけだ。
 どうかお願いしますね。」
オレの頭をずっと撫でてくれたイズミさんの手は優しかった。
それは男の手の優しさに似ていて。

「ごめんなさい。」
オレはバカみたいにその言葉を繰り返して。
イズミさんは呆れずにその言葉を否定してくれて。
オレの意識が掠れる頃
「エルリックセンセイ、あなたも私の大切な弟だ。」
その言葉が嬉しくてオレはもっと泣いてしまった。

オレにとっても、イズミさんはアルと同様オレの大切な姉弟です。
泣きすぎておかしくなっていたのかも知れない。
男はオレを抱きしめて家に帰ったらしい。
そんなことすらオレには解らなくなっていた。




Vol.26

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.26
「遊」vol.26
08.12.12up
喉が渇いた。
目を覚ますとベッドの脇の椅子に男が座っていた。
「センセイ。大丈夫か?」
不安気な声が聞こえる。
あ?
最近色々な理由で気を失っていたので、今の状況が掴めない。
今度はオレ、何を心配されてるんだ?
「すまなかった。」
まさかまたこいつに犯られたとかじゃないよな。

顔を動かしたとき、額にタオルが乗せられていることに気付いた。
「?」
それを掴んで考えてみたが解らない。
「熱が有るんだ。具合はどうだ?」
熱?ああ。この怠さは熱を出しているせいか。
「センセイが疲れているのに無理をさせてしまった。
 組み手などさせたから、風邪をひかせてしまったらしい。
 すまなかった。」

ああ、風邪か。
イズミさんの家でずっと庭に寝転がってたからな。
そういえば最後の方の記憶が曖昧だ。
あの辺から熱が出ていたのかも知れないな。
道理で意識が掠れていたハズだ。

「どこか痛いところはないか?
 苦しくないか?
 どうすればいい?」
あまりにおろおろした様子が少しおかしい。
「喉…乾いた。」
起きあがろうとしたら止められた。
「すぐ持ってくるから寝ていたまえ。」
ベッドサイドの灯りを付けてばたばたと男が寝室を出て行った。

風邪かぁ。
久しぶりにひいたな。
ここ数日、いろんなことが有ったから躰も驚いたのかも知れないな。
そんなことを思っていると男が氷水を持ってきてくれた。
「あんがと。」
上半身を起こしたオレの躰を男が支えてくれる。
そんなことしなくても大丈夫なのに。
あー。冷たい水が美味い。

飲み終わったグラスを男に返した時、その顔を見て驚いた。
口の端が切れていて、少し腫れてるようだ。
「顔、どうしたんだ?」
男は苦笑いをしながら口の端に指をあてる。
「…センセイが泣いているのを見て、驚いてしまってな。
 姉が酷くしてしまったのかと詰め寄ろうとしたら
 …蹴られた。」
「蹴られた? 顔を? 殴られたんじゃなくて?」
「ああ。とっさによけたつもりだったんだが。」
痛むのか少し顔を歪めている。
「ごめん。オレのせいで…。」
「いや、姉の暴力には慣れている。
 幼い頃から投げられたり蹴られたり殴られたり殴られたり殴られたりしていたからな。」

お姉さん、どんだけ弟を痛めつけて来たんですか?
それは『鍛える』とはちょっと違うとオレは思うんですが。
「さ。横になりたまえ。
 今タオルを冷やしてくる。」
あ?いちいちキッチンでタオルを冷やしてはオレに乗せてたのか?
なんて効率の悪い。
そんなことさせてたらこいつが眠れないだろう。

「あのさ。悪いんだけど、ビニール袋に幾つか氷を入れて口をしばって、それを二重にしてきてくれるか?
 あと、タオルを一枚持ってきてくれ。
 それで氷枕の代わりになるから。」
この育ちのいい坊ちゃんは、看病をされたことがあってもしたことはなかったんだろう。
そんなところもかわいいと思うのは、きっとオレのひいた風邪がタチの悪いものだからに違いない。
即席の氷枕を敷いて貰って、オレは一息ついた。
きっと明日には治る。
オレは元々躰が丈夫だ。

「センセイ。腹は減っていないか?
 スープがあるのだが。」
「あ?あんたが作ったのか?」
それは食品としての安全基準を満たしているモノなのだろうか?
瞬間、ちょっと疑問に思ってしまった。
「いや、姉が作っていってくれた。」
「え?イズミさん、ここに来てくれたのか?」
なんで?
こいつの車でイズミさんの家に行ったんだから、そのまま帰ってきたのかと思っていた。

男はちょっと言い淀んでいた。
「私が運転出来なかったので、姉が運転してきてくれた。
 姉は先程義兄の車で家に帰った。」
「運転出来なかった? 
 なんで?
 そんなに傷が痛かったのか?」
お姉さんには『手加減』というモノが欠けているのかも知れないと思った。
「いや…。」
言いたくないのか、しばらく沈黙が落ちた。

「…姉が運転をさせないほど私は取り乱していたらしい。
 君を抱きしめたまま…。」
溜め息をついて言葉を続けようとする。
「あのさ…イヤだったら無理に言わなくてもいいんだぜ?」
男が心配になってしまった。
「…うん。…申し訳ない。」
そのまま沈黙が続いた。
ナニがあったんだろう。
そんなにこいつが取り乱すなんて。
オレが泣いていたからだろうか。
それともイズミさんになにか言われたのか?

オレは熱のせいかうとうとし始めた。
「センセイ。眠れるか?」
そっと前髪に触れてくる手が気持ちいい。
「ん…。あんたも寝ろよ。」
「私はいい。」
「一晩中看ているつもりか?
 オレは大丈夫だから寝ろ。」
「いいからセンセイは寝たまえ。」
まったく自分のことも考えろよな。

「…オレが眠りづらいの。
 あんたがいないと。」
「センセイ?」
「ここんとこ、ショチョウが抱きしめて寝てくれてたろ?
 …そしたらよく眠れた。」
ここ数日夜中にあまり酷く目を覚まさなかったのは事実だ。
「ああ、でも風邪うつしちゃうといけないか。
 ソファで寝た方がいいかな。」
「いや。そばに付いていたい。」
「じゃあ寝ろ。ほら。」
腕をひっぱる。

男は大人しくベッドに入ってきた。
「なにかあったらすぐ起こしてくれたまえよ?」
「ああ。わかった。…おやすみ。」
「おやすみ。センセイ。」
そっと躰を抱きしめられ、男の肩に額をくっつけて安心する。
男の冷たく感じられる体温が気持ちいい。
規則正しい息を聞きながらオレは眠った。

夜中に熱が高くなったのか、息苦しくなって時々目を覚ました。
その度に着ているシャツが違っていたのは、男が何度も汗を拭いて着替えさせてくれたのだろう。
明日は昼間寝かさなきゃな、とぼんやり思った。


ひやり、と額に触れる手が気持ちいい。
男の手じゃない。
母さんかと思って目を開けるとそこにはイズミさんがいた。
「あ…。来てくれたんですか。」
躰を起こそうとしたが、止められた。

「うん。熱は随分下がったようだ。
 具合は?」
「大分いいです。
 すみません。また来てもらっちゃって。」
頭には氷枕があてられ、シャツと肌の間にはタオルが挟まっているようだ。
これはイズミさんがしてくれたんだろう。

「気にすることはないよ。ロイじゃアテにならないからね。
 アイスクリームやプリンを買ってきた。
 食欲は?」
昨日の昼からロクに食べてないハズなのに、食べたくは無かった。
「すみません。あまりないみたいです。」
「じゃあこれを飲みなさい。
 水分をなるべく多く摂った方がいい。」
一緒に買ってきてくれたんだろう。
枕元にはスポーツドリンクが並べられていた。
喉が渇いていたのか、躰が欲しがっていたのか。
それはとても美味しく感じた。

あいつがいないけど、どうしているんだろう?
「あの…すみません。
 冷蔵庫に保存用の食事を作ってあるんで、ショチョウに食べさせて貰えますか?
 まだ電子レンジの使い方とか教えてないんで。」
イズミさんが溜め息を付いた。
「センセイ。あんなヤツの心配はいいから、自分の躰のことを考えなさい。
 あの子には今食事をさせてるから大丈夫だ。」
それを聞いて安心した。
「すみません。ちゃんと食べてるか気になって。
 ありがとうございます。」

きっとオレに付きっきりでいたあいつは食事なんてしなかったんだろう。
イズミさんはオレの頭を撫でてくれた。
「センセイが礼を言うことはないよ。
 …あの子のことを本当に大切にしてくれているんだね。
 ありがとう。」
礼を言われるほど大切にはしてないよな。
食事のこと以外、オレはあいつになにもしてやれてない。
受け容れることすら出来ずにいて、それが哀しいんだ。

黙ってしまったオレに
「センセイはあの子といて幸せになれるのかな?」
いきなり聞かれた。
「え?」
どういう意味なのか解らなかった。
イズミさんがまた溜め息を付いたが、それはさっきとは違う感じだった。
重苦しい溜め息。

「あの子にはセンセイが必要で、一緒にいないと幸せになれないようだ。
 でもセンセイはどうなんだろうと思ってね。」
確かに男にはオレが必要なようだ。
それはあいつのオレを無くすことへの異常な恐怖心から解っている。
でも、オレだってあいつが好きで一緒に暮らすことを選んだ。

「オレ…あいつが好きです。一緒にいたいと思っています。
 …でも…もしこの公には出来ない関係が、ショチョウやイズミさんを苦しめるんなら…。」
オレにはこの人を哀しませることなんて出来ない。
オレを受け容れてくれた、この大切な人を。
「もしそうなら。センセイはどうする?」
どうする?
オレの存在があいつやこの人を苦しめるのなら。

「オレ、あいつと離れます。」
くしゃ、と前髪をかき回された。
「センセイはそう思うんだね。
 …あの子はそうは言えなかった。
 昨日、同じことを聞いた私に、あの子はセンセイを抱きしめて
 『絶対放さない。センセイがいなければ生きていけない。』と泣き叫んだんだ。
 センセイの様子がおかしかったから見せろと言っても全然聞かなくてね。
 殴っても蹴ってもセンセイを放そうとしなかったんだ。」
殴っても蹴ってもって。
お姉さん、顔を蹴った以外にもそんな暴行を加えたんですか。
あいつの躰、もしかしてアザだらけですか?

「そんなに取り乱してたんですか?」
泣き叫ぶ男ってのはオレには想像できなかった。
「うん。詳しいことはセンセイが元気になってから、あの子に聞いた方がいいだろう。
 もう少しセンセイとあの子は話をする必要があると私は思う。
 センセイ。
 あの子の幸せばかり考えてはダメだ。
 センセイの幸せも考えなくては。
 私はそう感じた。」
オレの幸せ?
オレはあいつといたいと思ってる。

「オレはあいつと一緒にいて、二人で幸せになりたいと思ってます。」
「うん。でもセンセイはあの子が幸せになることばかり考えていないか?
 センセイ自身が幸せになることをちゃんと考えているか?
 あの子はどうも自分の幸せしか考えていないような気がしてね。
 杞憂に終わればいいとは思っているんだけど。」
「そんなことはありません!
 あいつはオレのことばかり考えて、いつも我慢してます!」

ふ、と今度イズミさんが付いた溜め息は優しかった。
「私もセンセイとあの子が幸せになってくれればいいと思ってる。
 でも、あの子だけが幸せでセンセイが哀しむことがあったら、私はアレを許さない。」
オレはなんとしても自分が幸せになろうと、この時強く思った。
イズミさんが許さないと言うことは、男の生存が危ぶまれると言うことだと悟ったからだ。

「大丈夫です。
 オレ、あいつと幸せになります。
 イズミさんがオレのことを認めてくれたんですから。
 オレ、あいつを好きでいいんですよね?
 オレの存在が、あなたを苦しめたりしませんよね?」
「もちろんだ。私はセンセイに感謝していると言ったろう?」
その確認だけ出来ればオレは充分だった。

「なら大丈夫です。オレとあいつの二人で幸せになって見せます。」
本当に男のお姉さんがイズミさんでよかったと思った。
「うん。本当にそうなって欲しい。
 でも、なにか有ったら私に相談しなさい。
 いつでも私はセンセイの味方だから。
 センセイ、あの子をお願いしますね。
 あの、バランスの悪い脆い子を。」
オレにはとてもあいつがそうとは思えなかったが、イズミさんを安心させたくて
「はい。オレでいいのなら。
 でも、ヤツが暴走したらイズミさんが止めて下さいね。」
笑顔で告げた。




Vol.27

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.27
「遊」vol.27
08.12.12up
「センセイ?」
手に何かを持って男が入ってきた。
「ん?ちゃんとメシ喰ったか?」
ホントにイズミさんが来てくれてよかった。
「ああ。センセイも少しは食べた方が良い。
 アイスを姉が買ってきてくれた。
 食べないか?」

折角心配して持ってきてくれたんだ。
食欲は無かったが、ちょっとでも食べればこいつが安心するだろう。
「うん。じゃあ少し貰おうかな。」
「バニラでも大丈夫か?
 君は牛乳が嫌いだから。」
「ああ。アイスは食える。」

ベッドサイドの椅子に座った男がホッとしたように蓋を取ってスプーンですくう。
「センセイ。はい。」
それをオレの口に差し出してきた。
「…自分で食えるよ。」
つかイズミさんが見てんだから、恥ずかしいって。
「横になっていた方がいい。
 ほら、あーん。」
あーん。って。どこのバカップルだよ!?

イズミさんが溜め息を付いた。
「ああ、センセイ。横になっていた方がいいぞ。私は後片付けをしてくる。
 ま、ごゆっくり。
 ロイ、枕元に薬があるから、センセイが食べたら飲ませるようにな。」
「わかった。センセイ、さあ口開けて?」
「ん。」
オレは諦めて口を開いた。
うん。冷たくて気持ちがいい。
半分くらいしか食べられなかったけど、それでも男は安心したようだった。

薬を飲んでまた横になった。
(さすがに躰を起こさないと薬は飲めなかった。
 口移しで飲ませると言った男に、オレは思わず鉄拳を喰らわしてしまった。)
イズミさんが氷枕の中身を替えて持ってきてくれた。
「ありがとうございます。」
「いや、気にしないで元気になることだけ考えなさい。」
「はい。」
イズミさんがまた頭を撫でてくれる。
オレには兄や姉がいないから、これはとても嬉しい。
いや、男もよく撫でてくれるけどそれとはちょっと違うんだ。

「なにかして欲しいことはないか?」
アイスを仕舞って戻ってきた男が言う。
うーん。
正直言ってして欲しいことはない。
枕元に飲み物はあるし、頻繁に着替えをしないで済むようにイズミさんがタオルをシャツの前後に入れてくれたし。
氷枕は替えて貰ったばかりだ。
「…本を読んでくれないか?
 なんでもいいから。
 オレ、途中で寝ちゃうかも知れないけど。」
嬉しそうに男が書庫へ向かった。

「いつもそんな気を遣ってるのか?」
イズミさんがオレに聞く。
「気を遣ってる訳じゃありません。
 …だってあんな、まるで命令を待つイヌのような顔をされて、イズミさんなら『何もない』って言えますか?」
二人で吹き出して笑ってしまった。
「ああ。センセイはあの子よりずっと精神が強いんだね。
 安心したよ。
 …消化のいいものを作っておくから。
 少しでも食べるようにな。」
そういってイズミさんは部屋を出て行った。

入れ違いに入ってきた男が持ってきたのは、意外にもイシュヴァール人作家のファンタジー小説だった。
伝説の石を求めて旅をする少女とその友人の少年の話。
かつてこの国がもっと荒れていた時代のおとぎ話。
ベッドに入って座った男が読み始める。
ゆっくりと響く低い声が心地いい。
オレは男の膝に頭を乗せた。
男は片手で本を持ち、もう片方の手でオレの髪を撫でてくれる。
気持ちいい。
幸せだな、とふと思った。


気が付くとオレは見知らぬ街にいた。
たった独りで。
男がそばにいない。
どうしていないんだろう?
探しに行こうと歩き出した。

沢山人のいるところに行けば見つかるかも知れない。
オレは街の中心らしき方向へ向かう。
市が立っているようだ。
これだけ人がいれば、きっとあいつも見つかる。
オレは人混みのなかへ分け入っていった。

沢山見える顔顔かお。
どれを見ても違う顔だ。
こんなに沢山顔があるんだから、似てる顔くらい有るだろうに。
沢山聞こえる声声こえ。
どれを聞いても違う声だ。
こんなに沢山声が聞こえるんだから、似てる声くらい有るだろうに。
どれだけ探しても男が見つからない。

そうして閉じていた扉が開く。
知っていたんだ。
オレは。
解っていたんだ。

  こ こ に 男 が 存 在 し て い な い こ と を。

ぽっかりと胸に空いた穴。
それはオレが思っていたよりもずっと大きくて。
どれだけ男がオレの精神を占めていたのかがそれで解る。
無くせないモノ。
欠けてしまったら立ち上がれないモノ。

『でも、この世界に男の存在はない。』

喪失感と哀しみがこんなに沢山あるんだから、それでこの穴すら埋められそうなものなのに。
オレは地面に膝をついて泣いた。
泣いても泣いても溢れてくる涙を土の上に落として。

あの男をオレに返して。
あの躰を。
あの精神を。
あの魂を。
それをオレに引き寄せる為ならなんでもするから。
その為ならなんでも差し出すから。
あいつがいる為なら、オレなんかいなくなってもいいから。
オレの全部を無くしてもいいから。

どれだけ声を上げても
どれだけ涙を流しても
あの男はオレの前には現れてくれない。
だってこの世界に男はいないのだから。


「は…!」
目を開けた先に見えたのは見慣れた天井。
まるで金縛りのように固まっていた躰から力が抜ける。
頬に手をやると涙を流していた。
震える躰を抱きしめて欲しくて男の温もりを探す。

いない。
いない!?
あいつがオレから離れている!?
オレはベッドを抜け出して探しに行った。

リビングにもキッチンにも風呂にもいない。
書斎にも書庫にも。
オレの部屋にも。
どこにも男がいない。

いない。
どこにもいない。
あの男の存在がない。
これは夢の続きか?
この世界に本当に男は存在しているのか?
オレは本当はあの男の存在を無くしてしまったんじゃないのか?
だって今あいつがいない。

あいつがいないとオレは生きていかれないのに。

「あ…あああ…ぁああ!!!」
躰が震える。
声が止められない。
嗚咽が、涙が、止められない。
オレは夢の中のように廊下に膝をついて泣いた。

誰かオレにあいつを返して!

「ぅあああ…!!!」
自分の躰を抱きしめながら額を床に付けて哭いた。


「センセイ!?」
男の声が聞こえた。
一番聞きたかった声。
その存在を確かめたかったモノ。

「ああああ…!」
オレの声は止まらなかった。
躰を起こして男を見たい。
でもそこにいなかったら?
オレの脳が声だけを再現しているんだったら?

「センセイ!?どうしたんだ!?」
オレの躰に腕が廻される。
その腕の存在を感じる。
抱き起こされて男の顔を見た。
その表情で存在を知る。

「あ…ショチョウ?」
「どうした!?」
「本当に?ショチョウ?ここにいる?」
「どうしたんだ?センセイ。
 怖い夢でも見たのか?」
「だってあんたがいなくて。
 どこにもいなくて。
 本当に存在してるのかが解らなくなって…。」

ああ、唐突にかつての男の気持ちが解った。
オレがいなくなったとき、こいつはこんな恐怖に襲われたのか。
こんな酷いことをオレはしてたのか。
「ごめん…ごめんなさい!
 オレ、怖くて。
 ショチョウがいなくて。
 あの世界にはあんたがいないってオレ、解ってて…知らない街で…でもそれがイヤで…でもあんたはいなくて…。」
「センセイ!落ち着きたまえ!」

男の声がどこか遠くで聞こえる。
ああ、遠いんだ。
本当に存在してる訳じゃ無いのかも知れない。
「だっていなくて…。知ってたんだ。知ってたんだよ!あんたがいないって。
 でもそれでもあんたが…いないのがイヤで、耐えられなくて…でもいなく…
 んっ!」
強い力で引き寄せられてキスをされた。
ずっと今まで優しく触れてきていた舌が貪るようにオレの中で暴れて。

ああ。
ここにいるんだ。
いてくれているんだ。
実感できた。
ああ、よかった。
両手を男の躰に廻して強く抱きしめた。
ああ。
ここにいる。
ここに存在してくれている。

「センセイ?大丈夫か?」
オレを強く抱きしめたまま、心配そうに男が覗き込んでくる。
「ん…。よかった…。
 本当に存在してくれて。」
「…とりあえずベッドに戻ろう。」
抱きかかえられるようにして寝室に戻った。

「すまなかった。姉の見送りをしていたんだ。」
そうだったのか。
だからいなかったんだ。
考えてみれば解りそうなものなのに。
どうしてあんなに取り乱したんだろう?
やっぱ風邪のせいかな。

「それで…なんの話だったんだ?」
ベッドでオレを抱きしめて見つめながら男が問う。
「え?」
「私が存在していない世界とは?」
「あ…。ごめん。夢を見たんだ。
 夢で…ショチョウがいなくて…」
今更ながらオレは恥ずかしくなった。
夢にうなされて本当にこいつがいなくなった気になったなんて。

「それは…どんな街で?
 セントラルで?」
「え…と、知らない街だった。」
「そこにはどんな人達がいたんだ?」
「え?知らない人ばっかりだった。」
「そこで…君はどんな格好でいた?」
「は?解んない。自分の格好なんて見なかった。
 …夢の話だぞ?なんでそんなことを聞くんだ?」

オレを凝視していた男がふと笑う。
「いや、そんなにセンセイを苦しめた夢を知りたくてね。
 寂しかっただろう。可哀想に。
 大丈夫だ。私はここにいるよ。
センセイから離れたりしないから安心してくれたまえ。」
抱きしめる腕に力が込められた。
オレも男を抱く腕に力を込める。

「ああ…。よかった。ショチョウいてくれて。」
「怖かっただろう。もう大丈夫だから。」
「うん。怖かった。すごく怖くて哀しかった。」
「さ。抱いているからもう少し眠りたまえ。
 起きたら食事にしよう。」
ああ。本当に夢でよかった。
オレはまだ心の何処かが強張っているのを感じながらも
男のぬくもりにつつまれて
眠りに落ちていった。



Vol.28

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.28
「遊」vol.28
08.12.12up
「ん…。」
何時だ?
日はまだ高いようだ。
ベッドサイドに置いた懐中時計を見ると3時過ぎだった。
男はよく眠っている。
昨日ロクに寝ていないようだから丁度いい。
こいつは明日から仕事だろう。

体調はよくなったみたいだ。
オレはめったに風邪をかないし、長引く方でもない。

それにしてもさっきは何であんな取り乱したんだろう?
こいつがいなくなる訳ないのに。
あんなに怖いと思うなんて。
風邪ひいてるときにヘンな夢を見たせいかな。
まるでこいつの恐怖心が感染したみたいだった。

『男がいなければ生きていけない。』
って夢で思ったけど、そんなことないよな。オレ。
別にこいつが別れたいって言ったら、多分またノーマルに戻るし。
…でも今オレはこいつがそんなこと言い出さないって前提で考えてる。
あの夢は、自分でも知らなかった想いをオレに気付かせた。
オレは自分で思っていたよりも、ずっとこいつが好きだったんだな。

イズミさんが言うのが正しいのかも知れない。
オレは今までこいつが男だと言うことに、どこかこだわっていたけど。
人間として好きになったこいつが、たまたま男だっただけなんだよな。
うん。
オレはこいつが好きで、これはやっぱり恋愛感情だ。
だって今までにないくらい、こいつの顔を見ているだけでドキドキする。
ただ眠っているだけの顔なのに。

好きだ。
この顔が好きだ。
この男が好きだ。
あー。胸がちょっと苦しい。
どうして今耳にオレの心臓移動してるんだ?
自分の鼓動がうるさくて、男が起きてしまわないか心配になる。
それでも男から視線をはずせない。

吸い寄せられるようにオレは唇を重ねた。
そっと触れるだけのキス。
男なのにやわらかい唇だ。
そりゃ、オンナノコの方がやわらかいけど。
口紅だ、リップだとぺたぺたするんだよな。アレ。
それよりも自然なさらりとした感覚が気持ちいい。
もっと触れたくなったけど、こいつを起こしたくない。

離れようとしたら男の舌が入ってきた。
「!」
起きてたのか!?
男の手が頭の後ろに廻される。
ゆっくりとオレの口腔を舐めて舌に絡んできた。
「んっ…ん…。」
喉の奥が鳴る。
もう気持ちがいいと思うことに疑問を抱かなくていいんだな。
開放感と焦燥感が同居してヘンな感じだ。
このまま触れてくるのかと思っていたら、男から力が抜けた。
あ!?寝ぼけてたのか?
そのまままた寝息を立て始めた。
オレはそっと男の肩に額をあてる。
もれた溜め息は今までのどれよりも吐息に近かった。


その後しばらくしてから目覚めた男は、オレがもう大丈夫だというのにベッドから出してくれなかった。
食事も寝室に運ばれた。
さすがに照れくさくて自分で食べはしたけれど。
後はまた本を読んでもらった。
まるで小さい頃風邪をひいたときのようだ。


「もうこんな時間か。そろそろ寝よう。」
「ん。あんた明日仕事だろ。」
男が本を置いてオレの隣に横たわる。
「ああ。センセイは?」
「オレは明後日から。」
男がオレを抱きしめて髪を撫でる。
「ああ。私も明日休みにしてセンセイと過ごしたいな。」
溜め息をついて言うことか?

「あのな。仕事始めの会議もあんだろ?
 しょっぱなからバカ言ってんなよ。」
「だってセンセイと離れるのは寂しいじゃないか。」
「仕事なんだからしょうがないだろ?」
「…センセイ。国税専門官にならないか?」
「ならねぇよ!」
まったくもう。
「ずっとセンセイと過ごしたいのに。」
だからしみじみ言うなっての!

「明日は帰ってきたら迎えに出てやるから。
 休むと『おかえり』って言ってやれないぞ?」
「それは困るな。仕方がない。
 明日は出勤しよう。」
いや。行けよ。フツーに。
「おやすみ。センセイ。」
ベッドサイドの灯りを消した男が、ぽんぽんとオレの頭をあやすように撫でた。
「…おやすみ。」
今日は触れてこないのか?
昨日もオレが熱を出していたから触れてない。
どうしたんだ?
オレ、元気になったけどな。

自分から言い出すのはさすがに恥ずかしい。
でも物足りない。
オレは躊躇ったけど躰を寄せて頬にキスした。
「ん。センセイ。今日はダメだ。」
「? なんで? オレ元気になったぞ?」
「いや。私がな。」
「どうしたんだ?具合が悪いのか!?」
風邪、感染しちゃったかな?
「いや。そうではなくて。」
「ならどうして?」

黙ってる。
なんだ?どうしたんだ?
「…熱を出しているセンセイがあまりにかわいくてな。」
「はあ?」
「熱で潤んだ瞳がいつもより力無くて、頬は紅くて。
 ああ。唇も紅く艶めいていたな。
 物凄くそそるものがあった。」
「…。」
「さすがに昨日、具合の悪いセンセイに触れる訳にはいかないので我慢したんだが。」

「…なら今日はいいんじゃねぇの?」
「先程あの顔を思い出してしまってな。
 我慢が出来そうにないんだ。
 優しくする自信がない。」
「…別に優しくしなくても…。」
や、激しいのとか最後までとかは無理だけど。

「ダメだよ。」
「なん…」
かぶせるように男が低い声で耳元に囁く。
「昨日から君に煽られているんだ。
 …壊してしまう。」
ぞくり、と躰が震えた。
それを怯えと取ったのだろう。
耳元から離れて、また頭をぽんぽんと撫で
「さあ。もう寝るとしよう。おやすみ。センセイ。」
平素の声で言う。
「…オヤスミ。」
違うのに。
オレは男の声に…。

それでも何も言えなかった。
今受け容れられるのかと聞かれたらそれは出来ないから。
こいつにこれ以上つらい思いをさせたくないから。
男が黙ってオレの前髪に触れてくれる。
どれだけ自分を抑えているんだろう。
その優しさに申し訳なくなる。
躰が少し熱を持ってしまったけれど、それでも薬のせいか思ったよりは早く眠ることができた。


今朝は初めて男より早く目が覚めた。
朝メシと弁当を作って男を見送る。
「じゃあ行ってくるよ。」
「ん。気を付けてな。」
男の首に両手を廻してキスをする。
男は驚いて目を見開いたままだ。
「…『いってらっしゃいのキス』だ。」
照れくさくて顔を逸らす。
「嬉しいよ。センセイ。もう一度して欲しいな。」
オレの背中に手が廻された。

「ん…。」
今度は男から深いキスをされる。
「ああ。仕事に行きたくなくなったな。
 何時間もセンセイと離れるのは寂しい。」
しょんぼり。というト書きが見え、耳が折れている錯覚を覚える。
「おい!『おかえり』!『おかえり』が待ってるから!
 な!」
「『おかえりのキス』も付けてくれるか?」
ちらり、と顎を引いてオレを上目遣いに見てくるこいつがオレにはシッポを振っているように見える。
「わかった。付けるから。な。」
「それなら行こう。」
最早犬にエサを与える約束と躾をしている気分だった。
…オレ、本当にこいつが好き?
なあ。答えてくれよ!オレ!
なんとか男を仕事に出すことができた時にはオレの方が疲れてしまった。

キッチンの片付けと家の掃除を軽く済ませるとすることは無くなった。
オレは男が帰ってくるだろう5時半に携帯のアラームをセットして書庫で本を開いた。
今日は忘れずに迎えに出てやらなきゃな。


目で文字を追いながらふと思い出した。
ああ、そうだ。
あの夢は温泉で男が教えてくれた東の国のマンヨウ…なんとかいう歌集のなかの歌の内容だ。
なんつったっけ?
アマトブヤカルノミチ…?
あんな長い歌覚えられるかっつぅの。
なんか、人目を忍んで愛し合ってた人が亡くなるんだよな。
そんでもその人を探しに行くんだ。
沢山人がいるところに行けば見つかるんじゃないかって。
でも見つからなくて哀しむって歌だった。
そのせいか。
あんな夢を見たのは。
温泉と言えばアル、やっぱりマンジュウ気に入ってたな。
あいつ甘いモン好きだからな。
やっぱ酒をあまり飲まないからかな。
それにしても嬉しそうに
「旅行?新婚旅行行ったの?」
って聞いてきたな。
まった男も
「いや、ただの年越し旅行だ。新婚旅行は改めて4月に行くよ。」
しれっと言いやがるし。
まったく。

…さっきから本に集中できない。
今までこんなことなかったのにな。
そばにうっとうしいほどくっついていた男がいない。
ただそれだけなのに。

オレは読むことを諦めた。
買い物に行って、夕メシを作る。
最近煮込みが続いたから今日は肉のピカタにした。
肉と野菜の下ごしらえをするとアラームが鳴る。
ああ。そろそろ帰ってくるな。


…帰ってこねぇ。
どうしたんだ?
リビングのソファで、膝を抱えて座っているとメールが来た。
あわてて見ると
『すまない。仕事で遅くなる。』
時間がないのか、元々メールは短いのか。
そっけないメッセージだった。

仕事始めだっていうのに。
何かのトラブルがあったんだろうか。
まさか会議で寝ちゃってホークアイさんに説教されて居残りってことはないよな。
トラブって困ってるのかな。
またあんな威圧感のある顔で仕事をしているのかな。
あれはかっこよかったな。
お互いの仕事には踏み込まないルールだけど、帰ってきたらねぎらってやらなきゃな。
…腹減ってないかな。
そういえば肩をマッサージしてやるって言ったまましてやってないな。
今日は風呂上がりにしてやろう。
何時に帰れるか解ったらまたメール来るかな。
それともそんな時間が惜しいと思うんだろうか。
いつ帰ってくるんだろう。
……早く逢いたい…。

考えるのはあいつのことばかりだった。
どうしちゃったんだろう。オレ。
いや、心配だからだよな。
まあ仕事って言ってるんだからそれほどの心配はないんだけど。
でも休み明けにいきなり残業じゃ大変だよな。
今なにやってんのかな。
いつ帰って来られんのかな。
…早く顔が見たい。
触れたい。
抱きしめて欲しい。

「?」
玄関のドアが開く音?
気のせいか?
だってそれじゃ迎えに出られない。
でも人の入ってきた気配がする。
…泥棒か?
でもオレ鍵掛けたよな。

ソファからそっと立ち上がるのと同時に男がリビングに入ってきた。
「ああ。ここにいたのか。」
「…なんで?」
「え?」
「なんでインターフォン鳴らさないで入ってきちゃうんだよ!
 迎えに出られなかっただろ?」
「あ!」
男は自分に驚いているようだ。
忘れてたのか?
この前はあんなに怒ったクセに。
オレはずっとこいつのことだけ考えていたのに。
いや、仕事中にそれはマズいからやめて欲しいけど。

「すまなかった。
 え…と、やり直してもいいかな?」
「…別に、あんたがしなくていいならオレはどうでもいい。」
あんなに楽しみだって言ってたクセに。
ホントはそれほどでもないのかな。
「いや。是非お願いしたいのだが。
 …怒ってるか?」
「! 別に! オレはどうでもいいんだよ!あんたが…!
 …メシの支度があんだから早くしろよ。」
ホッとしたように男が出ていく。
オレはどうでもいいし、別に怒ってなんかない!

ご丁寧に鍵を掛け直してやがる。
『やり直し』に自分の機嫌が直ったのがちょっと悔しい。
いや、別に機嫌なんて悪くなかったけどな!
「ただいま。センセイ。」
入ってきた男に腕を廻す。
「おかえり。」
ちゅ、と『おかえりのキス』をする。
「仕事、お疲れ。大変だったな。」
男の頭を撫でた。
サービスだ。
「いや。センセイに疲れも吹き飛んだよ。」
オレの前髪を一房つまんでそれにキスをする。
こういうキザな仕種が似合うよな。
「さ、メシにしようぜ!」
恥ずかしくなってオレは男から離れた。
…もっと触れていたかったと思ったのはナイショだ。



Vol.29

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.29
「遊」vol.29
08.12.12up
遅い食事を終えて、男の後に風呂に入った。
湯に浸かりながらオレは自分を持て余していた。
食事の間も、向かいに座った男と目が合わせられなかった。
気が付くと整った顔やしなやかな指に視線が引き寄せられるのに、男がこっちを見るとつい視線を逸らしてしまう。
息苦しくて視線を合わせることができない。
そのくせまた男を見つめてしまうんだ。
そんなオレに男は特に訝しんだような疑問も言わず、ただ静かに食事をしてたけど。

オレ、初恋んときだってこんなんじゃなかったよな。
どうしちゃったんだろう?
こんなに胸が苦しいほどの動悸…。
オレ、病気?
あー。『恋の病』とはよく言ったもんだぁな。
自分を茶化しでもしないと向き合っていられない。
こんなに男に『触れて欲しい』と思っていることと。

風呂から上がって髪を拭きながらリビングへ向かった。
そのまま通り抜けてキッチンへ入ってから違和感に気付いた。
ん?なんだ?
ビールを持ってリビングへ戻った。
「? なんでここに毛布があんだ?寒いのか?」
ソファの背に毛布が置いてある。
「いや。今日はここで寝ようと思って。」
「なんで?」

ちょっと間を置いて男が言った。
「今日、ちょっとトラブルがあってな。
 少し苛ついているんだ。
 センセイにあまりみっともないところを見せたくない。」
ああ。やっぱり仕事がトラブってたんだ。
「別に寝るだけならみっともないもなにもないだろ?
 こんなとこで寝たら風邪ひいちまうぞ?」
そんなにイライラするほど大変だったのか。
オレ達はお互いの仕事について聞かないことをルールにしているけど、それでもねぎらってやりたい。

「大変だったんだな。大丈夫か?」
抱き寄せて頭を撫でようとしたら、その手を外された。
「あ…ごめ…」
イヤだったのかな?
「いや。すまない。気持ちは嬉しいよ。」
「別に…愚痴くらいこぼしたっていいんだぜ?」
「…違うんだ。今センセイに触れると苛立ちまでぶつけてしまいそうでな。
 それが自分で許せないから…。」
「え?」
「…触れたい。それでも優しく出来ないなら…。君に触れられない。」
「…。」
「だから今日はここで寝ることにするよ。」
それでもオレに向けられた男の微笑みは優しかった。

どうすればいいんだろう?
どこまでオレはこいつを苦しめてしまうんだろう?
どうしてこんなに自分を抑えさせなきゃならないんだろう?
「ごめん…。」
「センセイが悪いんじゃない。謝らないでくれ。」
「でも…ごめん。」
「悪いのは私だ。
 それより眠れないと困るだろう?
 もう少し酔った方が良い。」
男は自分のグラスに氷とコニャックを注いでオレに渡す。

「明日は仕事始めだと言っていただろう?」
「ん。」
オレは受け取り、そのやわらかな液体を飲み下した。
「ならば明日は私が『おかえり』と言ってやれるな。」
「は?」
いきなり休むつもりか?
トラブってんだろ?

「センセイ。明日は土曜日だが?」
あ?そうだったのか?←元々曜日で動かない職種。お客さんの都合によっては土日に仕事が多い。
「あれ?じゃ、オレも休みか?」
「ああ。やはりそうなのか。
 まだ仕事も忙しくないだろうし、どうなのかとは思っていたのだが。」
すっかり明日は仕事のつもりでいた。
お客さんの予定が入っていないから、あと二日休みがあるのか。

「それでも病み上がりなのだから、それを飲んだらもう眠りたまえ。」
もう元気になったって言ってるのに。
…オレだって触れて欲しいと思ってるのに。
いや、イカン。
これ以上こいつに我慢させてどうする。
「ん。もう寝る。」

立ち上がり掛けたオレの腕を男が掴んだ。
そのまま引き寄せられて、優しいけれど深いキスを受ける。
「ん…。」
前髪を退けただけなのだろう男の指が偶然耳たぶに触れて躰が震えた。
「『おやすみのキス』だ。よい夢を。おやすみ。」
「…ん。おやすみ。」


ベッドに転がって溜め息をつく。
さっきのキスに、掴まれた腕に、耳に触れた指先に…。
躰に熱が灯る。
触れて欲しい。
…それだけじゃない。
触れたい。
あの男に触れて、もっと。
…あいつが欲しい。

そう思ったとき、今まであいつを受け容れられなかった理由がすとんと腑に落ちた。
受け容れられる訳がないじゃないか。
だってオレがあいつを欲しがってなかったんだから。
我慢させたくない。受け容れてやりたい。満足させたい。と思うだけで。
元々自然じゃない同性同士だ。
オレが欲しがってもいないのに、オレの躰が受け容れるハズがなかったんだ。
同時にあの男が焦るなと言った理由も理解できた。
あいつは解っていたんだ。
オレがあいつを欲しがっていないということを。
そう思ったとき、オレはサイドチェストに手を伸ばした。


リビングのドアを開けた音で気付いたのだろう。
「ん?どうした?眠れなかったのか?」
灯りを落とした室内から声がした。
「うん。眠れない。」
廊下から洩れる灯りを頼りにソファへ近づく。
「そうか。困ったな。」
男が起きあがったのが見えた。

オレは男の首に両手を廻して抱きついた。
「ん。だから眠らせて?」
「…センセイ!?」
言葉を続けようとする口をキスで塞いで、初めて自分から舌を差し入れた。
この男が欲しかったから。
上顎を舐めて奥まで差し込んで男の舌に絡ませる。
男は絡ませたままのオレの舌を吸い上げた。
「んっ…ぅ…ん!」
オレは首に廻していた手を男の頬から顎を伝って首筋にすべらせ、男のシャツのボタンをはずす。
全部外したところで唇を離した。

「センセイ?」
「オレ、あんたに触れたいんだ。いや?」
「大丈夫なのか?
 …これ以上怯えさせたくはないのだが?」
「大丈夫。オレがあんたを欲しいの。」
言うと同時に男の耳殻に舌を匍わす。
耳穴に舌を差し込み、耳たぶに軽く歯を立てる。
「ふ…!」
男の息が乱れた。
それがオレを興奮させる。

もっと男に触れたいと胸元に手を匍わせたとき、オレに廻された腕に力が込められソファに押し倒された。
かすかな灯りでも、男の瞳に宿った欲情が見て取れる。
「そんなに煽るな!
 …本当にいいのか?
 もう抑えられなくなるぞ?」
欲の滲んだ低い声に背筋が痺れる。
「ん…。いいんだ。これ。」
オレはパジャマのポケットから小瓶を出して男に渡す。
薄桃色の液体の小瓶。
「オレ、あんたに抱かれたい。」

男の躰が震えたのが解った。
「本当に? 本当に大丈夫か?
 …俺が欲しいか?」
変化した一人称に男の余裕の無さと強い想いを知り、ぞくりと痺れが走る。
男の視線に射抜かれて、オレは自分の魂が吸い込まれていくような感覚に陥った。
オレ自身がこいつに飲み込まれるほどすべてを奪って欲しい。

「ん。あんたが欲しい。
 …オレをあんたのモノにして欲しい。」
強く強く抱きしめられた。
息が出来ないほど。
「愛してる。愛している。お前は俺のものだ。」
言葉と同時に貪るようなキスを受ける。
それでも怖さはなく、陶然とする悦びが湧くだけだった。

躰中に今までに受けたことのない激しい愛撫を受けて、それだけでオレは達しそうだった。
それでも何度も大丈夫かと聞かれることが哀しくて
「オレの息が止まるまでもう聞くな!」
と言い放つ。

やがてオレのモノに舌を匍わせながら男の指が奥に触れる。
少し躰が強張ってしまったことに言葉を言い募ろうとしたとき、オレのモノから舌が離れた。
両足を大きく開かれて羞恥心が煽られる。
「ショチョ…っ!?ぁっ!」
指の触れていたところに、もっとやわらかく湿ったものを感じて腰が跳ねる。
舌…!?
「っ!そん…なとこ!やめ…っ!」
「ん?お前の息が止まるまでやめなくていいのだろう?」

さっきから変化した二人称すらオレを煽る。
『お前』と呼ばれるだけでも、オレはこの男のものになった気がして。
もっと酷くされてしまいたくなる。
それでも羞恥心は誤魔化せることもなく。
しかしかつて男が言った通り、恥ずかしいと思うことが更にオレを煽る。
「や…ぁ!」
くちくちとオレの最奥で生じる音がオレを苛む。
こんなに恥ずかしくて、それでもそれにすら感じて。
「ぁ…ぁ…!」
やがて男の指がオレの中に入ってももう躰が強張ることはなかった。

2本に増やされた指がオレの感じるところにあたってオレの躰が跳ねる。
ただ一度のことだったのに、男の指はオレの躰を覚えているようだ。
オレのモノは男に咥えられ舐られている。
「ぁ…や!」
いつの間に指は3本に増やされている。
それすら気付かないほどオレの躰は溶かされていた。
「あ…!イ…くっ!」
男の口腔に精を放った。

指が抜かれ、まだ痙攣を続ける躰を優しく抱きしめられた。
「センセイ?大丈夫か?」
「ぁ…んん。大丈夫。
 な、あんたも…。」
オレの中に来て。とは流石に言えなかった。
「…私はいい。寝室に運ぶからもう眠りなさい。」
優しく髪を撫でられる。
「え!? なんで?」
ふ、と男が笑った。

「まだ君の躰は私を受け容れられないよ。
もう少し慣らさなくては。」
「! オレ、またあんたに我慢させるのか?
 またあんたを苦しめたのか!?」
そんなのはイヤだ!
「いや、充分だよ。センセイ。
 嬉しかった。」
ひょい、と抱き上げられる。
所謂『お姫様抱っこ』ってヤツか?
「や、自分で歩けるから!」
「こら。暴れるな。私がしたいんだ。愛しい妻にね。」
そう言われて抵抗できなくなる。
黙って男の首に腕を廻した。

ベッドに寝かされて額にキスを受ける。
「なあ。一緒に寝てくんないの?」
男を見上げて聞く。
「寝て欲しいのなら、ねだってご覧?」
言葉と裏腹の優しい笑顔。
「…もっとあんたが欲しいから、一緒に寝て?」
くくっと男が笑った。
「そう来たか。
 今日は最後まではしないよ?
 それでよければ君が眠れるまで触れてあげよう。」
胸の奥がくすぐったくなった。
「ん。じゃあ旦那様。
 いつかオレを抱いてくれる?」
目を瞠った男がおどけて言う。
「これは煽り上手の奥様だ。
 出来ることならば近日中に。」

それから耳元で囁かれた。
「その時は泣いても喚いてもお前を俺のものにするよ。」
躰が震えてしまったのはきっと男に解っただろう。
それが恐怖心からでは無いと言うことも。
そしてオレは幾度もイかされ、意識を手放した。




Vol.30

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.30
「遊」vol.30
08.12.12up
それからの2日間はほとんど触れたまま過ごした。
男が放してくれない。
料理してようが喰ってようが本読んでようが。
もちろん風呂も一緒だ。
とにかく、ずっとどこかしらが触れているような状態だった。
いや、並んでなにか作業をするとかは有るんだけど。
マトモに離れてたのはトイレくらいだ。
それも最初ついてきやがって、蹴り飛ばしてドアを閉めた。
も、なんなの。
最後は諦めたけどさ。

それでも最後まではしようとしないのは何故なんだろう?
もう怖くもないし、大丈夫だって言ってるのに。
(ちなみにヌくのにも付き合わされた。
 酔ってもいないのに口でするのには大分抵抗があったけど。
 イヤではなかった自分がちょっとイヤ。)

仕事が始まるとようやく数時間は離れて過ごせるようになった。
思わず開放感を覚えてしまったぜ。
昼には男が弁当を食いに事務所にくるのが日課になったけど。

「なあ。オレ、住所どうしよ?」
仕事が始まって3日目の夜、メシが終わって明日の弁当の仕込みをしながらオレの腰に手を廻した男に聞いた。
「ん?住民票か?」
「うん。ここに書類が届かないだろ?」
オレ自身も確定申告をするので、税務署から申告用紙が届く。
その他の手紙もみんな実家に行くから、忙しくなると取りに行くのも面倒だ。

「ここに動かせばいいじゃないか。書類の上だけでも別居は嫌だな。」
いや、そういう痴れ者なご意見を戴きたい訳じゃなくて。
「んじゃ明日区役所で届け出てくる。
 郵便局にも転入と転送届けを出す必要があるか。
 税務署には納税地の異動の届出が必要だよな?」
「ああ。」
「他にすることってあったっけ?」
青色の届出とかも出し直すのかな?
「婚姻届も出したいところだがな。」
「いや、そういうんじゃなくて。いいからもう放せ。」

仕込みも終わったし、ネットで届出用紙を出そうとオレの部屋に行く。
当然男もついてくる。
PCの電源を入れたところでインターフォンが鳴った。
オレの部屋は玄関から入ってすぐだ。
リビングのインターフォンに戻るより、出た方が早い。
男はネットで国税局のHPを開いている。
オレは玄関に向かった。

「はい。」
ドアを開けるとスーツのオッサンが立っていた。
営業かな?
それとも男の知り合いだろうか。
そいつはオレを見て
「すみません。間違えました。」
と言って去っていった。

はあ!?
電話じゃあるまいし。
ピンポンダッシュ失敗の言い訳か?
表札が出ていないのかと玄関を出て確認するが、きちんと『マスタング』とある。
あれ?いつのまに『エルリック』が加わってる!?

「どうした?」
男もオレの部屋から出てきた。
「ん。間違い訪問。」
ドアに鍵を掛けながら答える。
「なんだそれは。」
「よく解んない。開けたら『間違えました。』っていなくなった。
 間違い電話じゃあるまいしな。」

部屋に戻って届出用紙を検索していると、後ろから腕を廻される。
「じゃまだよ。あ、プリンタの電源入れてくれ。」
該当する届出用紙をプリントアウトしていると、椅子を回転されて男に向けられた。
「センセイ。誰か来てももう出なくていい。」
オレの背中に手を廻して顔を見ながら男が言う。

「は?宅配の荷物とかだったら出ないと困るだろ?」
男が立っているので、随分上を見なきゃ視線が合わせられない。
「不在票を置いていくのだから、後から私が連絡すればいいだろう。」
「オレはお留守番の小学生か?
 電話はどうすんだよ?」
「電話は留守電にしておいて、メッセージの声を聞いてから出たまえ。
 アルフォンス君やご家族が掛けてくることもあるだろう。
 知らない人間だったら電話も出なくて良い。」

なんで?
オレそんなに用心しないといけないの?
つか、オレもう立派に働いてる社会人なんですけど?
「オレが出ると都合悪いとか?」
そういうことなら解る。
「いや、誰にもセンセイを見せたくないし、声も聞かせたくないんだ。」
オレ働きに出てるんですけどー?

「仕事に行くなとまでは言わないよな?」
「それは我慢するよ。」
我慢なんだ。そうなんだ。
オレ、絶対事務所を潰さないようにしよう。
でないときっとここから出して貰えなくなる。


翌日アルに遅れると連絡して区役所に住民票の異動届を出し、その足で税務署と郵便局にも届けをしてから事務所へ向かった。
アルと話ながら仕事をしていると電話が鳴った。
「兄さん。セントラル税務署、個人課税6部門だって。」
電話に出たアルが受話器を渡す。
個人課税部門?
確定申告も始まってないのに、何だ?

「はい。お電話替わりました。エルリックです。」
「個人課税第6部門のキンブリーといいますが、先生の調査のことでご連絡しました。」
あ?
「調査?オレのですか?」
「ええ。エルリック先生ご自身の調査です。」
「あの、確定申告時期ですよ!?
 この時期に税理士の調査って…」
なんかの冗談か?

「1月15日はご都合いかがでしょうか?」
「ちょっと待って下さい!
 ムリです。3月15日以降にして下さい。」
「1月15日ではまだ確定申告は始まっていませんから。
 では10時頃お伺いすると言うことでお願いできますでしょうか。」
「ちょ…!」
「ご協力、宜しくお願いします。」
…切れてしまった。

「どうしたの?兄さん。」
呆然と受話器を置いたオレにアルが聞く。
「オレの調査だって。
 …1月15日に。」
「はぁ!? この時期に!?
 それおかしいよ。兄さん、受けたの?」

税務調査は(査察官の強制調査以外は)事前に本人とその顧問税理士に連絡が来る。
よほどの理由がないとその時期をずらしてもらうのは難しいが、この時期の税理士に調査というのは聞いたことがない。
そもそも税理士は調査をほとんど受けないモノだ。
「やっぱおかしいよな。…強引に日時を言われて電話切られた。」

いままで確定申告期間に法人の調査が入ったことは何度か有ったが、それも先日聞いた男の話では控えるよう通達が出ているはずだ。
「ロイさんに聞いてみたら?」
「いや。あいつが個人の調査に首を突っ込むことは今更無いだろ?」
「兄さん、ボクはロイさんを疑ってるんじゃなくて、おかしいから聞いてみたらって言ったんだけど?」
ああ。そうか。
オレはあいつならオレ逢いたさに調査に来るってのもやりかねないと思ったよ。
「いや、お互い仕事については踏み込まない約束なんだ。
 オレの調査なら、それもオレの仕事の内容だ。あいつになにか言う気はない。」


昼に男が来たときもオレは調査のことを話さなかった。
男はいつものように上機嫌で弁当を食べては褒めていたが、ふと
「センセイ。すまないが今日は遅くなるかも知れない。」
と真面目な顔をして言った。
「またトラブルか?大変だな。」
こないだもトラブってたな。
「ああ。帰る時間が解ったら連絡する。」
「ん。気を付けてな。」
オレと離れがたいとグズつく男を事務所から追い出した。


「兄さん、ロイさんに聞かなかったの?」
昼飯から帰ってきたアルに聞かれた。
「ああ。」
「せめて今度の調査官について聞いたらどう?」
心配してくれるのは解るけどさ。
「アル。お前、税理士が調査官について事前に調べられると思うか?
 オレだけ特別じゃマズいんだよ。
 逆に慎重にならなきゃ、オレ達はただの癒着になっちまう。」
同性同士という以上に、仕事の立場上オレ達の関係は公にし難い。
いや、オレは構わないんだけどあいつが困るだろ。
…あんまり気にしなさそうにも思うけどな。

しばらく仕事を続けていたが、アルが突然言い出した。
「ねえ、兄さん。今思い出したんだけど、父さんの調査の時って事務所じゃなくて家にロイさん達来てたよね。」
「ああ。そうだっ…マズいじゃん!」
税務署長の自宅でオレの調査というのはかなりマズいだろう。
「だよね。どうするの?実家に帰ってくる?」
オレ、今日住所変更出しちゃったよ!

「うー。事務所で受ける訳には行かないかな。」
「どうなんだろう。それこそロイさんに聞いてみたら?」
「それは…ホークアイさんに聞こう。」
「あ!ずる!なにどさくさにホークアイさんの声を聞こうとしてるのさ!
 ボクが聞いてあげるよ!」
「うるさい!調査受けるのはオレだ!」

受話器の取り合いの結果、アルが権利を勝ち取った。
「…ありがとうございました。はい。失礼します。」
お前随分嬉しそうだな。アル。
「仕事の書類が全部事務所にあるって言うことなら自宅に行かなくてもいいそうだよ。
 自宅の通帳とかを見たいときは電話しないでいきなり行くから、事前に連絡が来たんなら大丈夫だろうってさ。」
オレの調査と解っては困るので、個人事業のお客さんに調査が入るという名目でホークアイさんに聞いた。
「連絡なしでいきなりってのは税理士法違反なんだけど、そういや今までそういうことも有ったな。
 ま、とりあえず一安心だ。過去3年の書類を揃えるのは面倒だけどな。
 実家に行って持ってこなきゃな。領収書とかは置きっぱなしだ。」
男も遅くなるって言うし、今日取ってきちまおう。

この時、今までにない出来事になにか嫌なモノは感じた。
けどそれがなんなのか、ナニが起こっているのかは想像できなかった。



Vol.31

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.31
「遊」vol.31
08.12.16up
家に帰り、男の車を借りて実家から過去3年分の帳面や領収書などの資料をオレの部屋に運んだ。
ついでに実家でオレの夕メシも喰わせて貰った。
あいつは遅くなると言っていたから、軽めの夜食の方がいいだろう。
野菜たっぷりのスイギョーザを作っておいた。
スープにも野菜を入れたシン風の料理だ。
消化が良くて躰にもいい、と母さんがよく夜食に作ってくれた。
『遅くなるから先に寝ているように。』とメールが来たけど、どうせ独りじゃ仲々眠れない。
起きて待っていようとリビングでビールを飲みながら考えていた。
(もう電子レンジの使い方は教えたけどな。)

やっぱり調査のことは相談した方がいいだろうか。
でもオレの仕事のことだしな。
でもちょっと、いやかなりおかしいよな。こんな時期に税理士に調査なんて。
でもオレが相談して男からなんか言って貰うわけにもいかないし。
でももし、男が指示したモノだったら?
いやそれはないよな。
調査をしないように指示していたくらいだ。
やっぱり言わない方がいいのかな。
でも…。

玄関から鍵を差し込む音が聞こえた。
オレは慌てて迎えに出る。
「おかえり。お疲れ。」
男はちょっと驚いたようだ。
「ああ。ただいま。起きていたのかね。」
「ん。どうせ眠れないからな。メシは?」
着替えに行くのだろう、寝室へ向かいながら男が答える。
「ああ。軽くは夕方に食べたのだが。小腹が空いたな。」
オレは男の腕を掴んだ。
「センセイ?」
男が立ち止まって振り向く。
オレは腕を引いて、軽いキスをした。
「『おかえりのキス』だ。夜食が出来てるぞ。」
ふ、と男が笑う。
「それは嬉しいな。」
そっと抱きしめられた。
「待っていてくれてありがとう。疲れが吹き飛んだよ。」
うー。照れくさい。
あれ?
「着替えてくるよ。」
覚えた違和感の理由が解らないまま男が寝室へ消えた。
オレはキッチンへ向かい、スイギョーザを温め直した。


夜食を済ませた男の後に風呂に入る。
めずらしく一緒に入ろうと言わなかった。
先に済ませたと思ったのかな?
いや、先に入っていても良かったんだけど、どうも長いこと追い炊きにするのがもったいない気がしてつい待ってしまった。
オレは省エネ推奨だ。

風呂から上がると男が廊下にいた。
「びっくりした。どしたの?」
「ん?洗濯機にタオルを入れて戻るところだ。」
「そか。」
ん?なんでじっとオレの顔を見てるんだ?
「センセイ。」
抱き寄せられてキスをする。
男の舌が絡んできて…。
!? 苦! そいえば匂いが違う。
「…ショチョウ、タバコ吸ってたっけ?」
いや、吸ってないだろう。
だから違和感があったんだ。

「ああ。嫌だったか?すまない。
 普段は吸わないのだが、時々気が落ち着かないときなどに吸ってしまうな。」
そんなにイライラすることが有ったんだろうか?
リビングに戻った。
うわ。ここもタバコくさ。
「センセイはタバコが嫌いか?」
気にしたように男が言う。
「いや。ピナコばっちゃんが吸うしな。別に気にならねぇよ。」
「ああ。君の幼なじみのおばあさんだね。」
「ん。すげえヘビースモーカーでさ。タバコ税の高額納税者だぜ。
 あんたの上得意だな。」
「センセイ。残念ながらタバコ税は市の収入だ。
 …君が嫌ではないのならよかった。」
そんなに気を遣うことないのに。

「でも口ん中苦いから、キスしてやんない。」
オレはワザとおどけて言った。
「それは寂しいな。…歯を磨いてくる。」
立ち上がろうとするのを慌てて止める。
「ウソ。ウソだよ!気にならないって!」
引き寄せられて深くキスをされた。
うーん。やっぱ嫌じゃないけど苦いし、いつものこいつじゃないみたいだ、と思う。

「なあ。そんなに苛つくようなことがあったのか?」
オレは男の頭を抱いて髪を撫でる。
先日はかわされたけれど、今は大人しくオレに抱かれている。
「ん。しかし仕事のことだからセンセイには言えない。
 …約束だろう?」
オレの胸に額をあてて男が答えた。
男の腕はオレの背に廻されている。
こんな甘えた姿勢はめずらしい。(昼寝をしているとき以外はな。)

「そか。わかった。内容は聞かない。
 …すごくイヤな思いをしたのか?」
「いや…。うん。そうだな。楽しくはなかった。」
こんな組織のトップに立ってもイヤな思いをするモノなんだろうか。
それとも、もっと上の国税庁からのイヤミとかだったのかな?
「そか。大変だったな。よしよし。」
男の髪を撫で続ける。
こいつがいつもしてくれるように。

「…センセイ?」
躊躇ったような声が聞こえる。
「ん?どした?」
「…。」
オレはゆっくり男の言葉を待った。
「…いや、なんでもない。」
「…そか。」
ムリに言葉を引き出すこともないだろう。
こいつは大人だ。
話すかどうかは自分で決めればいい。
しかしこの時、オレは結局調査の件を言い出せなくなってしまった。


その後も気を遣いながらも男はタバコを吸っていた。
「なあ。そろそろ寝よう?あんたも明日仕事があんだから。」
寝室へ男を促す。
どんだけイヤな思いをしたのかな。
それはきっと解決していないんだろうな。
オレはそれが心配だった。
ちょっとタバコを吸っている姿も格好いいと思ったのは口に出さなかった。
躰に悪いしな。

「センセイ。触れてもいいか?」
ベッドに入ると男が聞いてきた。
ここ数日聞くことはなかったのに。
「ああ。いちいち聞くなよ。」
ようやくこう言えるようになったのが嬉しい。
「…もし厭だと思ったらすぐに言ってくれ。」
どうしたんだ?
「解った。」
こないだ苛立ちをぶつけたくないって言ってたから、また気にしてんのかな?
オレは平気なのに。

「センセイ。愛している。」
告げられてから受けたキスはいつもより激しかった。
貪るように何度もオレの口腔を辿り、舌に絡んで差し出したオレの舌を吸い上げる。
「は…っ…!」
オレの躰を匍い撫でる腕もいつもより力が強く込められていた。
「センセイ…愛している…放さない…」
譫言のように繰り返す。
いったいどうしたんだろう。
オレは快感に意識が途切れそうになりながらも考えていた。
そんなにこいつが不安になるようなことが有ったんだろうか。
「オ…レはどこにも…いかないから…。」
精一杯男を抱きしめる。
「ああ…。…誰にも渡さない…。」
執拗なまでの愛撫を受けてオレは何度も達した。
それでも男はオレを放そうとしない。


「は…!も…う…」
オレの中には男の指が差し込まれとっくに解されている。
オレのモノは男に咥えられているが、これ以上イったら明日仕事にならないかも。
「ん…なあ。」
男の髪に指を差し込んで注意を向ける。
「ん?どうした?センセイ?」
オレから口を離して男が聞く。
「…抱いたら…少しは不安が消えるか?」
オレはもう怖くないしきっと平気だ。
こいつをもっと欲しいと思うんだし。
いや、入れて欲しいと強く願ってるとは言い難いけど。

「…いや。今日はやめておくよ。」
オレの頭の所まで上がってきて抱きしめる。
「…すまなかった。厭ではなかったか?
 センセイに触れて、センセイを感じたくて抑えられなかった。」
「んにゃ。全然。…いいのか?」
しなくて。
いつになったら抱くつもりなんだろう?

「ああ。もう今日は寝ようか。」
また一方通行か?
オレは男の腕をほどいて起きあがる。
「センセイ?」
「ここ、座れ。」
ベッドの端を叩く。
「いや、いいから。」
「座れ。」
オレは床に座り込んで男を引っ張る。
諦めたように男はベッドの端に腰を降ろした。

男のモノを咥えようとしたオレに
「灯りを付けてもいいか?」
伺うように聞いてくる。
うーん。それは恥ずかしい。
今までしているところを見られたことはない。
あ、あるか。温泉で。
「う…。見たいのか?」
「ああ。」
でもオレも視覚でヤられたことあるしな。
「…いいよ。」
こいつがそれで感じるんならいいか。

ベッドサイドのライトが灯される。
オレは男のモノに舌を匍わせてゆっくりと口に含んでいった。
「は…!」
男の息が詰まるのが嬉しい。
もっと感じさせたくて、強く吸い上げながら舌を匍わせる。
男はオレの前髪を後ろへ撫で付ける。
顔を見られるのはやっぱり恥ずかしい。

「…センセイ…上手くなったな…。」
乱れた息で言われた。
恥ずかしいけどもっと感じさせたい。
オレは口から離すとまた大きく舌で舐め上げて先を突く。
「ぅ…ん…!」
オレから視線は外さないまま男の背が反る。
びくびくと痙攣を起こす躰が愛しくてかわいい。
口に入りきらない根元を指で扱きながら咥えた口を激しく上下する。
「は…ぁっ!もう…!」
オレの頭に添えられた手が強く、もっと深く咥えるように動かされた。

正直喉の奥まで突き上げられる度に、喉が伸縮して吐きそうになる。
でもそれが男を余計に刺激するらしい。
ひときわ強く突き上げられて喉の奥に精が放たれた。
最後の突き上げで本当に吐きそうになって男の精を飲み込めず、口から吐き出してしまった。
「…っごめ…」
「すまなかった!つい…!」
咳き込みながら言おうとするオレにティッシュを渡して男が言う。
「や…いい…ん…」
咳が止まらない。
気管に入ったのかな。
とりあえずうがいをして、ついでにシャワーを浴びよう。
ああ。ベッドを汚しちゃったな。
…今更か。


濡らしたタオルを持ってベッドに戻り、男の躰を拭く。
男は自分でやると言い張ったけど、いつもやって貰ってるからな。
拭き終わってタオルを持って行こうとすると抱きしめられた。
「ありがとう。
 …すまなかった。苦しかっただろう?」
「や、平気。あんたが気持ちよかったんならそれがいい。」
更に強く抱きしめられて男の溜め息を耳元に感じる。
「とても感じたよ。ありがとう。」
「ん。ならよかった。…もう寝ようぜ。」
オレはタオルをベッドサイドの棚に放った。
「ああ。…おやすみ。センセイ。」
「ん。おやすみ。」
オレは額を定位置の男の肩につけて目を閉じる。
明日には少しはこいつ、元気になるといいな。と思いながら。



Vol.32

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.32
「遊」vol.32
08.12.16up
結局、調査のことを男に言わないまま数日が過ぎた。
その間も男の仕事はトラブルが続いているらしく、男の酒とタバコの量は増えるばかりだった。
お互いの約束でその内容を聞くことは叶わないが、男がその苛立ちをムリに隠そうとすることがつらかった。
もっとオレにぶつけてくれてもいいのに。

明後日はいよいよ調査の日だ。
段々にお客さんからの資料も揃い始めて、アルとオレは仕訳や入力に追われていた。
それでも遅くまで残業する程には至ってなかったが。
大体1月後半と2月後半に仕事は忙しくなる。
ヘンに2月前半とかがヒマになったりするんだよな。


そろそろ昼時だ。
男がもう来るかな。と思うともなく考えながら入力をしていた。
電話が鳴り、オレは片手で入力をしながらそれを取る。
「はい。エルリック事務所です。」
「エルリック先生?ホークアイです。
 あのね。落ち着いて聞いて欲しいの。
 署長が今事故に遭って…。」
オレは立ち上がった。
ハデな音を立てて椅子が転がったが知るもんか。

「病院!病院はどこですか!?」
「だから先生、落ち着いて…」
「いいから!病院はどこなんですか!」
ホークアイさんの溜め息が聞こえた。
んなヒマに教えてくれ!
「いい?セントラル第一病院だけど…」
オレは受話器をアルに放り投げた。
「ヤツが事故に遭った。病院に行ってくる!」
コートを掴むと事務所を飛び出した。
通りに出てタクシーを拾う。
アルの車を借りようかとも思ったが、きっと冷静に運転が出来ないだろう。
そう判断できる程度には落ち着いているつもりだった。


事故ってどの程度なんだ?
怪我で済んでいるんだろうか。
なんの事故なんだろう。
やっぱ交通事故か?
事務所に来る途中に遭ったのか?
大丈夫なのか?
…どうしよう。
どうしよう。
どうしよう…。

座席で握りしめた手が震えている。
どうしよう。
…あいつがいなくなってしまったら?
考えたくないのにそればかりが頭を巡る。
あいつがいなくなったら。
あいつの存在がなくなってしまったら。
オレはどうすればいいんだ!?


病院に着いた。
運転手に言われた金額が理解できず、財布の中の札を全部渡して車を飛び出す。
なにか後ろから声が聞こえたが、無視して病院に駆け込んだ。
受付に走って叫ぶように
「急患で運ばれたマスタングは、ロイ・マスタングはどこに?
 今どこにいますか!?」
聞いたオレに
「センセイ?」
幻聴のように男の声が聞こえた。

「え…?」
声の方を振り向くと男が立っている。
右のこめかみに絆創膏が貼られているのが見えた。
「…ショチョウ?」
他に怪我はと見ると右手に包帯が巻かれている。
「どうしたんだ?ホークアイ君から連絡が行かなかったか?」
「来た…。あんたが事故に遭ったって…。」
無事?
無事なのか?
「そんな連絡が?」
男も訝しげだ。

その時携帯が鳴っていることに気付いた。
そういえばさっきから鳴っていたようだ。
「あ、悪りぃ。電話…。」
オレは慌てて病院を出て電話に出る。
『兄さん!さっきから鳴らしてるのに!
 もう。しっかりしてよ!
 ロイさんは事故に遭ったけど大きな怪我もなくて、念のため脳波の検査をするからお昼を食べに来られないってことだって。』
「ああ…アル…」
『落ち着いてってば。それで、ロイさんに逢えたの?』
「ああ。今逢った。」
『結果は聞いた?』
「いや、まだ。」
『兄さん、慌てすぎだよ。
 ロイさんにホークアイさんから伝言で今日はもう帰って良いからって。
 兄さんも帰って良いからね。』
「あ…ああ。」
『ロイさんの検査の結果が解ったらボクにも教えてよね。』
「ん。解った。」
通話を切ってオレはその場にへたり込んだ。

「センセイ!?」
見上げると男の顔が見えた。
生きている顔が。
「ああ。生きているんだよな?」
「驚かせてしまったようだな。すまなかった。
 事故に遭って、たいしたことはなかったのだが念のため脳波の検査をするように言われてな。
 昼に事務所に行けないとホークアイ君に伝言を頼んだのだが。」
「ああ。今聞いた。」
男がオレの腕を掴んで立ち上がらせる。
オレはそのまま男にしがみついた。
「で?検査の結果はどうなんだ?」
「ああ。異常なしだそうだ。」
躰中の力が抜けた。
「センセイ!?」
男の腕がオレを支える。
「ごめ…。も、立ってらんねぇや。」

力の入らない躰をタクシーに押し込められて家に帰る。
引きずるようにリビングのソファに連れて行かれた。
ああ。こいつ怪我してんのに悪いな。と何処か遠くで思った。

「大丈夫か?」
それはオレのセリフだろう。
男に聞かれて可笑しくなる。
「あんたこそ大丈夫なのか?」
躰を支えられて言うセリフじゃないと解っていたけど。
「たいしたことはない。
 税務署を出たときにいきなり車が突っ込んできてな。
 よけた先に電柱があって軽く頭を打った。
 すぐに立ち上がって大丈夫だと言ったんだが周りが救急車を呼んでしまって、念のためと病院に連れて行かれたんだ。」

よかった。
本当によかった。
ようやく安心したオレの頬に男の指が触れる。
「泣かないでくれたまえ。」
その仕種と言葉でオレは自分が泣いていたことに気付いた。
「ああ。…よかった。あんたが無事で。
 …あんたが生き…て…てく…れ…」
声にならなくなってしまった。
嗚咽がもれるのを止められない。

「心配掛けてすまなかった。」
「な…オレ…を置…て逝かな…で…?」
「逝かない。センセイを置いてなど逝かないと約束するから。」
「絶対…?ぜ…たい…?」
「私は君を残して逝ったりはしない。
 もし約束を違えるくらいなら、私は未来永劫煉獄に入れられても良い。
 だから。だからもう泣かないでくれたまえよ。」
「う…。」

オレにあんたを欠けさせないで。
オレにあんたの全部を与えて。
「な…抱いて…?オレにもっと…あんたを感じさせて?」
オレは男にすがって懇願した。
もっとこの男の存在を感じたい。
こいつがここにいることを躰で感じたい。

浮遊感を覚えて、オレは抱き上げられたのだと知る。
いつの間にベッドに横たえられて服を脱がされていた。
「本当にいいんだな?
 お前を俺のものにしても。」
どうしてそんなことを聞くのか解らない。
オレがそれを望んでいるのに。
「ん。オレを全部あんたのものにして。
 もっとあんたの存在をオレに教えて。」

抑えたような愛撫がやがて激しくオレを貪る。
オレも男が欲しくて目の前の肌を強く吸い上げる。
もっと触れたくて。
もっと触れて欲しくて。
もうどこまでが自分なのか解らないくらいに溶け合うほどお互いを求め合い触れ合った。

長い時間を掛けて舌と指で慣らされたところに熱を感じる。
「挿れても…いいか?
 …大丈夫か?」
背筋がひくついたのは隠せない恐怖心ではあったけれど。
「ん。…挿れて?
 オレ、あんたが欲しい。」

お願いだ。
オレがどんなに強張っても。
オレがどんなに怖がってもやめないで。
オレからあんたを奪わないで。
たとえそれがあんたでも。

強く深く男がオレのすべてを侵して奪った。
それは気を失うほどの躰の苦痛だったけれど、脳が犯されるほどの悦びを伴っていた。
「っ!…ぁ…」
最後に意識を失う瞬間
「…愛してる…。」
聞こえた言葉にオレはまた泣いた。






Vol.33

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.33
「遊」vol.33
08.12.16up
「ん…。」
躰が軋んだ感覚で目が覚めた。
ふと見ると、隣にいるとばかり思っていた男がいない。
シャワーでも浴びてるのかな?
寝ていたあたりに触れるとまだ暖かい。
どこにいるんだろう?

ぁ痛ててて!
腰痛ぇ。
さすりながら起きあがり寝室を出る。
…シャワーじゃねぇな。音がしない。
リビングに行くとまぁたタバコ吸ってやがる。
「ん?どうした?」
そりゃオレのセリフだっつの。
こいつは寝てなかったのかな。
「あんた眠れないのか?」
男の隣にそっと座る。
うーん。痛ぇ。
「いや、もう寝るよ。起こしてしまってすまなかった。
 躰は大丈夫か?」
「ん。平気だ。」

オレは男のタバコを取り上げた。
「センセイ?」
それを灰皿で消して
「これからタバコ吸いたくなったらオレにキスしろよ。
 その方が躰にいいぜ。」
ニヤリと笑いながら言う。
ふ、と男も笑い
「では一日中、一緒にいて貰わなくてはならないな。」
オレを抱き寄せてキスをする。
やっぱり舌が苦いな。
「は…。」
息が乱れて少しめまいがする。

「センセイ…。」
男は向かい合ってオレの髪を撫でている。
「ん?」
「…。」
しばらく男は言葉を紡がない。
そういえば昨日?だっけ?もこんなこと有ったな。
オレも黙って男の言葉を待つ。
言いたくなきゃ言わなくてもいい。
言いたいなら言えばいい。

「センセイ…。」
今度は返事をしなかった。
ただ無言で言葉を促したかったら。
「私は…。」
じっとオレの目を見つめている。
つらそうな顔で。
ここ数日の苛立ちの理由を言いたいんだろうか。
でも仕事のことだと聞いているから、言えないのだろうか。
いや、こいつがつらくて相談したいならオレ達の約束を破っても構わない、とオレは思っているんだけど。
そう伝えた方がいいのかな?

「私は君と一緒にいたい。」
「…うん。」
んなこたぁ知ってる。
「何があっても君を放したくない。
 しかしそれが君を不幸にするとしたら…私はどうすればいいのだろう?」
…なんのことを言っているんだろう。
見当がつかなかった。

「あ?オレがあんたと一緒にいると不幸になんの?」
オレはあんたと幸せになりたいと思ってるんだけど?
「いや、どう言えばいいのか。
 私は君と一緒にいたい。
 …しかしその為に君を不幸にしてしまうとしたら。
 …君は私に愛想を尽かすだろうか?」
うーん?

「私は君と居られさえすれば幸せなんだ。
 …どうやら私は、私の幸せしか考えていない自分勝手な人間のようだ。」
「…あんたの幸せはオレといること?」
「ああ。君が居てくれれば私は他に何もいらない。」
「じゃあオレの幸せって?」

少しの間を置いて男が言う。
「…君が君らしく生きることだろう?」
「? あんたと一緒にいることじゃないの?」
オレの幸せと男の幸せはイコールじゃないのか?
「君の幸せが私といることなら、私はここに君を閉じ込めてしまうよ?
 誰にも見せず、君のご家族にも誰にも逢わせず。
 誰の目にも触れさせず、ここに囚えて。
 君の瞳に私しか映させずにいさせてしまう。
 …それでは君は幸せになれないだろう?」
うん。そりゃ幸福とは言い難いかもな。

「…な?君の幸せは私といることではないんだ。
 しかし君のために…今どうしていいのか解らない。」
「そんな難しい問題なのか?」
「…ああ。」

頭にイズミさんの言葉が浮かんだ。
『あの子はどうも自分の幸せしか考えていないような気がしてね。』
あれはこの我が儘に見えてその実、オレに対して優しすぎる男の心情を言っていたのだろうか?
ふと、こいつはオレのことを想うあまり単純な迷路にハマっているのではないかと思った。
それは閃きとも言えるモノで。
オレのそういうときのカンは大抵間違っていない。
オレの中には根拠はないが自信が生まれていた。

「バカだな。ショチョウ。オレを放さないで二人で幸せになればいいだけだろ?
 オレは簡単に不幸になるほどヤワじゃないぜ?」
「でも私は君と居る為に、君の望まないことをしてしまうかも知れないんだ。
 …ダメだな。
 私は君を守らなくてはいけないのに。
 自分のためにそんなことすら出来そうにない。」
途方に暮れた顔をすんなよ。

「オレはオレが幸せかどうかはオレ自身で決める。
 なあ。オレはあんたと居るだけじゃ幸せになれないかも知んない。
 でもな、オレはショチョウといなきゃ幸せにはなれないんだよ。
 それを忘れてないか?」
笑いながら告げたんだけど、男の表情は晴れない。
「君は…私を嫌わないだろうか?
 君を失ったら私は生きていけない…。」
なにをいつまでもぐだぐだヌカしてんだか。
「だーかーら!
 オレもあんたを失ったら生きていけないし、幸せにもなれないの!」
ダメだ。目的語がないと堂々巡りになっちまう。

「いいか?オレはあんたが好きで、あんたと一緒にいたいと思ってる。
 その為にあんたがする行動を絶対オレは拒んだりしない。
 それを覚えておけ。
 以上!
 寝るぞ!」
強引に言葉を投げたオレに黙って男がついてくる。

「…センセイ、躰はつらくないか?」
ベッドに横たわってから男が改めて聞いてきた。
「大丈夫だ。さっきも歩いて行ったろ?」
オレは大体痛みに強いし、何に付けても順応性が高い。
出来るようになればこっちのモンだ。
あの行為にもすぐに慣れるだろう。

「オレ、あんたの存在を凄く強く感じて幸せだった。
 あんたに抱かれて嬉しかった。
 また抱いてくれよな?」
こんな言葉、恥ずかしくて抱きついて顔を隠して言う。
少しでもこいつを悦ばせたくて。
なんつーか、いつも強気なこいつに弱気な顔は似合わなくて。
もっと余裕な顔をカマしてくれないとオレが安心できないんだ。

「君が望んでくれるのなら。」
だから、そんな弱気な言葉じゃなくて。
「あんたらしくないぜ。
 もっとオレを余裕で欲しがれよ。」
くす、とオレの口から笑いが洩れた。
「オレがあんたを欲しがる以上にさ。」
軽口だったんだけど、男の腕に込められた力は強かった。

「センセイ。ありがとう。
 …すまない。」
なにを謝っているのかは解らなかったがオレは男を安心させたかった。
「謝るこたぁねぇよ。
 …あんたがオレを好きでいてくれんならな。」
照れかくしに男の前髪をガシガシ乱して言う。
「あー、もう。オヤスミ!」
「ん。おやすみ。センセイ。」
男がオレの髪を撫でて答える。
オレはいつものように、定位置となっている男の肩に額を押し当てて眠りについた。


なんだか焦げ臭い。
というか、煙い。
…火事か!?
慌てて起きあがる。
うわ。痛ててて! 腰痛ぇ!!
でもそんな場合じゃない。
あいつはどこだ?

どうやら煙はキッチンから溢れているようだ。
口にパジャマの袖をあてて飛び込んでみると、煙のわき上がるフライパンを手にして男が咳き込んでいる。
「何してんだ!?」
慌ててコンロのスイッチを切ってファンを付ける。
「センセ…。卵を…。」
咳の合間に男が説明しようとしている。
「ああ。しゃべるな。とりあえずうがいしてこい。
 あ、ついでに匂いがついてるからシャワーも浴びて来いよ。」
追い出してフライパンの中を見るとケシ炭と化した物体がそこにはあった。
これは…元卵?と…なんだろう?これ。
ホークアイさん、やつは炭焼き職人としては有能そうですよ。

リビングの窓も玄関のドアも全開にして、しばらくするとようやく煙がおさまった。
まだそこここが煙臭いけど。
ケシ炭を処分して新たに朝メシを作ることにする。
冷蔵庫を開けると、残りのケシ炭の正体がわかった。
アレはきっとベーコンだ。
そうか。
ベーコンエッグを作ろうとしてたんだな。

人心地ついて周りを見ると、トースターからは機械任せなのできちんと焼けているトーストが出ていて、コーヒーはいつも通りうまく煎れてあった。

男が浴室から上がってきた。
「センセイ。すまなかった。」
しょんぼりした様子がなんだかかわいい。
「疲れているだろうから、もう少し寝かせたくて。
 起きて食事が出来ていたらいいかと…。」
俯き加減で呟くように言う。
「アリガトな。嬉しいよ。」
笑って言うとホッとした顔になる。
オレに怒られるとでも思ったのか?
…それもかわいすぎるぜ。

男に近づき、軽いキスをする。
「でも今度から火を使うときはファンを付けろな?」
いや、こいつんちは火は使ってないけど、つい言っちゃうよな。
ん、と頷く姿に溜め息をつきながらも笑いが抑えきれない。
いつもの偉そうで嫌味なこいつはどこに行っちゃったんだか。
「作り方教えるから見てろよ?」
まさかベーコンエッグを作れない人間がいるとは思わなかった。
朝は忙しいから今まで説明してなかったんだよな。
でも気持ちは嬉しい。
「わかった!これで明日から私も作れるぞ!」
ああ。そんな嬉しそうな顔して。
でも明日からオレはちゃんと起きるよ。
悪いけどあんたにはまかせらんねぇ。


事務所に着くとアルに責められた。
「兄さん、検査の結果を教えてって言ったのに!
 どうだったの?
 みんな心配してたんだよ?」
ああ、そう言えば忘れてた。
「ごめん。異常なしだって言ってた。」
「もう!
 まあ、連絡がないってことは大丈夫だろうとは思ったけどさ。
 母さん達にも連絡してよね。」
慌てて実家に連絡を入れる。
母さんのホッとしたような声に、申し訳なかったなと反省した。
「結婚って、二人だけの問題じゃないのよ?
 二人の親戚も関係してくるの。
 これからは気を付けてね。」
もっともだと思う以上に何か違うと思うオレは間違っているのだろうか?


調査は明日に迫っていた。





Vol.34

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.34
「遊」vol.34
08.12.16up
「でさ、兄さん。調査の資料はいつここに持ってくるの?」
アルが聞いてきた。
「ああ。昼にヤツが来るからその後だな。隣の部屋に置いときゃ気が付かないだろ。」
「まだ調査のこと話してないんだ。」
「んー。仕事のことだからな。」
二人ともだかだかと会計データを入力しながら話している。
仕訳したモノをただ入力するだけなら、たいして注意力もいらない。

「ところで新妻さんに質問です♪」
「いきなりなんだよ?」
新妻じゃねぇっての。
マウスをマイク代わりにするのはやめろ。
カーソルが踊ってるぞ。

「旦那様とどう呼び合ってるんですかぁ?」
楽しそうだな。アル。
「あ?別に。『ショチョウ』と『センセイ』だ。」
「えー?新婚さんなのに?」
いや、関係ないだろ。
オレ達ぁ別に新婚さんじゃないし。
「なんとなくな。
 …そういや名前で呼んだこと無いな。呼ばれたこともない。」
「それ、寂しくない?」
いや別に寂しかないけど。
…ヘンかな?

「…ベッドでもぉ?」
なんだそのニヤニヤしたツラはよ!
「おら!さっさと入力しろ!手が止まってるぞ!」
ああ。兄ちゃんお前の育て方間違えたよ。
入力に戻りながらもニヤけて
「兄さんから名前で呼んでみたら?きっと喜ぶよ♪」
余計なことを言う。
…そうかな?


昼になっていつものように男が弁当を持って来る。
それに合わせてアルが昼を喰いに出た。
男のマグを出して、とりあえずコーヒーでいいだろうとは思いつつ聞いてみることにした。
「なあ。…ロイ。」
ま、名前を呼んでみたかっただけなんだけどさ。
あれ?固まって目を見開いている。
「…ロイ?」
あ、金縛りが解けたようだ。
「…ああ。君が…ね…。名前で呼ぶのは初めてだったから。驚いた。」
「イヤ…だったか?」
「いや。嬉しいよ。」
にっこりと笑う。
「そか。コーヒーでいいか?」
ホッとして聞く。
「ああ。頼む。」
ふい、と男がオレから顔を背けて、弁当を開く手が震えているように見えたのは気のせいだろうか。

「で、今日も仕事遅いのか?」
食後にまたコーヒーを飲みながら男に聞いた。
「そうだな。センセイも遅いのか?」
あれ?名前で呼ばないんだ。
「んー。8時頃にはキリが良ければ帰れるかな。」
急ぎの仕事が入るとそう言うわけにも行かないけど。
「そうか。終わったらここに寄ってみるよ。」
「ん。解った。」


「もう一時になるぞ。そろそろ帰れよ。」
オレが言い出さない限りいつもこいつはここに居ようとする。
「君はつれないな。センセイ。」
「だぁあ!仕事しろっつってんの!
 トラブってんだろ?こんなとこで油売ってねぇで!」
男の腕を掴んで玄関に連れて行く。
「だからこそ少しでも君と居たいのに。」
情けない顔してもダメだ。
ホークアイさんに殺される。

「ロイ。今日なに食べたい?」
それでも抱き寄せられるまま軽いキスをして聞く。
大概甘いなー。オレも。
「センセイの食べたいものならなんでも。…セロリ以外なら。」
またキスを受ける。
「少しは希望を言えよ。
 …遅いならあんまり負担にならないようにナベブギョーにでもするか?
 野菜が摂れるし、躰にいいらしいから。」
東の国の料理で、油を使わずに野菜を沢山摂れると聞いた。
母さんに言わせれば用意も楽なんだそうだ。
どういうネーミングなのかは母さんにも解らないらしい。
「それは楽しみだ。なるべく早く帰れるようにするよ。」
「ん。でも手を抜かないようにな。」

最後にと、きつく抱きしめられて深いキスをされた。
まだ抱きしめられて髪を撫でられているときに勢い良くドアが開いてアルが入ってきた。
「あ、ごめんなさい。」
うわぁと慌てるオレを余所に男は余裕で
「いや、こちらこそすまないね。」
笑いながら言いやがった。
「もうお帰りですか?ボクも源泉の納付書を取りに行きたいんで、ご一緒させて下さい。」
アルも全く慌てていない。
なんで?
オレがおかしいの?
いや、お前等ちょっとおかしくねぇか?

「そんなもの、あとで私が届けるよ。
 毎月のかね?納特かね?何部欲しいのかな?」
「いえ、提出先が複数有るのでボクが行きます。」
「言ってくれれば用意をするが?」

源泉所得税は納める先がお客さんの所在地によって変わるんだけど、こちらが言わない限りセントラル税務署ではセントラル税務署宛の納付書しか貰えない。
申し出をすればどこのでも印字して貰えるが、印字がなくてどこにでも使える白紙のモノは貰えないんだ。
おかしな話だと前々から思っていた。
「なんで納付書に税務署番号や年度を印字するんだよ?それじゃムダになるだろ?」
男に疑問をぶつけてみた。

「予算の関係でね。毎年同じだけの用紙の仕入が必要だと言うことだ。
 土木関係の工事が年度末に多いのと同じだよ。」
「そこで使われんのは税金だろ?結局ムダになってんじゃねぇか。」
「慎ましい君に許せないのは分かるが、お役所とはそういうモノなのだよ。」
解らないでもない。
でもそれを納得しちゃいけないんだとオレは思う。
お客さん達が少ない儲けから納めた税金だ。
ムダに使われると腹が立つ。
ぽんぽんと頭を軽く叩かれる。
こいつに文句を言っても仕方がないのは解ってるから黙ったけど。
今度正式に税理士会から抗議してやる。


しばらくして税務署からアルが帰ってきたので車を借りて(つか、オレとアルの共有なんだけどな。)男の家から調査のための資料を持って来た。
全くこのクソ忙しい時期に。
いったいなんの調査なんだか。
段ボール3つを置いて溜め息をついたオレにアルが
「なーんか陰謀を感じるよねぇ。」
くっくっと喉の奥で笑っている。
オレは背筋に冷たいモノを感じた。

「なあ。アル、普通の調査かも知れないからさ。あんまり酷いこと考えるなよ?」
するとうって変わって無邪気な笑顔を向けられる。
「何をさ?ボクはなにも企んでなんかいないよ?」
その笑顔が却って怖いよ。
つか、『企む』って。
「いや、とにかく調査の様子を見ような。」
だって昔からお前ちょっと怖いトコあるじゃないか。
同じ兄弟だというのになんでこんなに性格が違うんだろう?
オレは明日の調査が普通のモノであるように、調査官のためにも祈った。


翌朝、アルと相談をして用意を終えたところに調査官が現れた。
通常通り調査官は二人だ。
一人は『アーチャー』という統括官でもう一人は連絡を寄越した『キンブリー』という調査官だ。
アーチャーというヤツはこないだ税務署でショチョウと話していたヤツだった。
法人課税部門かと思ってたら個人課税部門だったのか。
調査のことでもめていたな。

調査に慣れている調査官でも喜ばれないことはよく知っているので、結構構えてくる。
オレは親父と同様、始めに何気ない言葉を掛けるように心がけている。
今回も同様に自分から口を開いた。
「今日は晴れているのに冷えますね。これからもっと寒くなるんでしょうが。」
当たり障りの無い言葉だ。
(これは同時に自分のペースで調査を進めるという利点も伴う。)
しかし今回の調査官はそれで和む雰囲気は見せなかった。

「初めまして。エルリック先生。噂に違わぬ美貌ですな。」
アーチャーというヤツが口を開く。
あ?
なに言ってやがるんだ?
言葉を継げずにいると
「これでは男性でも惑わされることでしょうね。」
キンブリーと名乗ったヤツもニヤニヤと笑いながら言う。
ふーん。そういうことか。
少しこの調査の実態が解った気がした。

「なんのことか解りかねますが、こちらが私の過去3年間の資料です。」
調査官の前に置かれた段ボール箱を指し示す。
それには手を触れず、アーチャー(もう呼び捨てでいいだろう。)が
「マスタング署長と懇意になさっているようですね。」
キンブリーに負けずニヤつきながら言う。
「さあ?無料相談などで何度かお逢いしましたが?」
こいつらが何を言いたいのか解るまではかわしておく必要がある。
「隠さなくてもいいでしょう。先生が署長といい仲なのは解っているんですよ。
 こんな風にね。」

キンブリーが胸ポケットから数枚の写真を出してオレの前に投げる。
ショッピングセンターのスーパーだろう。
オレの腰に腕を廻した男とオレの写真。
次のはオレを抱きかかえた男の写真。
それとこれはヤツの家の玄関だろう。
オレがドアから顔を出している写真。
ご丁寧に表札に『マスタング』と『エルリック』の名前が並んでるところまで撮ってやがる。
ああ。あのピンポンダッシュ失敗はこの為だったのか。
オレは溜め息をついた。

「その足を開く度にどれだけの調査をまぬがれているんですかね?先生。」
下卑た言葉が聞こえた。
オレは何も言わなかった。
ただこいつらの要求がなんなのか解るまでは下手なことは言えない。
黙って顔を見つめているとアーチャーが口を開いた。
「先生はご存じですかね。
 マスタング署長が今度国税庁に引き上げられることになったのですよ。
 しかし、こんなスキャンダルがあってはどうなのでしょうね。
 むしろ降格すら有り得るでしょう。」
オレは確認のために口を開いた。
「…スキャンダルとは?」
「税務署長が男の、それも税理士を愛人としていることですよ。
これは癒着と言われてもしかたがないでしょう?」
ふ、とオレは笑った。
それにこいつらは過剰に反応した。

オレはそれに気付いてもなんの気後れもしなかった。
そもそもこいつらは3つ間違いを犯した。
1つは『仕事の場』でオレにこんな話を持ちかけたことだ。
オレは確かに直情型だが、仕事となれば話は別だ。
冷静に対応する自信がある。
でなきゃ調査などこなすことはできない。

「それで?」
オレは足を組み、両肘をテーブルに突いて指を組んだ手を顎の高さまで上げる。
余裕と威圧感を与えるポーズだ。
この時、背筋は伸ばし、手を顔に付けないで少し前に離しておくのがポイントだ。
顎を引き気味にして口元を見えなくするのもいい。
「それが今回の調査内容ですか?
 先程から拝見していると、あなた方は私の帳面や元帳には興味がおありでは無いようだ。
 こちらは信用商売です。税務署長と癒着しているなどと言われては営業妨害に当たりますね。
 しかも私の個人的なことに触れるばかりか、男の愛人呼ばわりですか。」
ニヤリ、と笑ってやる。
さあ、お前等の要求を言えよ。

「いや…。先生はこのことが知れても困らないと?」
キンブリーが少し狼狽えたのが解った。
「このこととはなんなのでしょうね。
 キンブリーさん、でしたか。
 あなたは何を仰りたいのですか?」
ぐ、と怯んだキンブリーとは対照的に余裕の笑顔でアーチャーが言う。
「税理士と癒着していると知れたら署長はどうなりますかね。
 それに、今回の調査により先生の顧問先すべてに我々が調査を入れるとしたら、先生もお困りになるのではありませんか?」
オレのお客さん全員に調査を?

「…それはカイーヅ事件をもう一度おこすと言うことですか?」
カイーヅ事件とは、今や大手の会計システムを作ったカイーヅさんという税理士の顧問先全てに、税務署が嫌がらせで調査を入れた事件のことだ。
それにより、カイーヅ先生の顧問先はほとんど去っていった。
しかし全部の顧客の追徴税を合わせても2万センズにしかならず、時の大蔵大臣が謝罪のため辞任し、カイーズ先生は冤罪を晴らした。
オレ達はその会計システムを採用していなくてもカイーズ先生を尊敬している。

「先生の調査により、と申し上げているんですよ。」
アーチャーのイヤったらしい言い方に、オレはワザと怯んだ様子を見せてやる。
「どんな調査結果なら、そちらのお気に召すのですかね?」
じっと見つめ合う。
「…署長に国税庁への出世を諦めて戴けるよう、助力戴けますかな?」
「その代わりに貴方が国税庁へ行かれると?」
そんな簡単に行くモノなのかはオレには解らないが、こいつは根回しをしているのかも知れないな。と思った。
「それは先生のご心配の及ぶ範囲ではありません。」
「…そうですか。」

オレは俯いて肩を落としてみせる。
「オレが言って変わるモノかは解りませんが、とにかく国税庁への招聘を断らせればいいのですね?」
くっ、とキンブリーが笑ったのが解った。
「それで、私の顧客への調査はしないで戴けると?」
すがるように言ってみる。
エサに食い付いたように。
「ええ。先生がご協力戴けるのなら。」
嘲るようなアーチャーに、オレは念を押す。

「解りました。協力します。ですから、どうかよろしくお願いします。」
「それでは今日はこれで失礼しますよ。」
「お疲れ様でした。」
勝ち誇ったように言う二人にオレは深々と頭を下げる。
舌を出しながら。


調査官を送り出すと隣の部屋からアルが出てきた。
「なんだ。結局自分の出世の為だったんだ。」
つまらなそうだな。アル。
お前が望んでる事件ってどんなだ?
家政婦が暗躍するようなヤツか?

「まあ、ここんとこあいつが悩んでた理由は解ったよ。」
オレとオレのお客さん全員の調査を人質にされて動けなかったんだろう。
「兄さん、本当にロイさんに国税庁に行かないように説得する気?」
「…他になにが出来る?っていうかさ、あいつ元々国税庁なんか行く気ないぜ?」
そう。
あいつ等の間違いの二つめは男の『出世に対する考え方』だ。
オレは男が出世に興味が無いことなど解っている。
それを知らなかったことだな。

「なんで?ロイさんにとって出世でしょ?」
ああ、アル。お前でも解らないか?
「なあ。アル。国税庁とセントラル税務署、どっちがこの事務所に近いよ?」
少し思案顔になった後、ぷ、とアルが吹き出した。
「そおかぁ。ロイさん、国税庁なんか行く気ないよね?」
「だろ?オレの事務所から遠い職場なんてあいつが選ぶはずないんだよ。」
オレも笑って言う。

「でもさ、兄さんはあれでいいの?あいつらのいいなりになって。」
「あのな。アル。
 あいつらがカイーヅ事件の再現を狙うとしたらどうなる?」
「あの時はほとんどのお客さんが居なくなったって聞いてるけど。
 ボク達は信頼関係を築いてきたんだから、お客さんはいなくならないかも知れないよ?
 追徴税額だってそんなに出ないはずだし。」
「そうしたら、どうなる?
 事件の時、税務署、いや国税庁側はどうなった?」
「大蔵大臣が辞職した。…今回はロイさんが!?」
「ああ、そうだ。カイーヅ事件ほど公にならなくても税務署長は辞任せざるを得ないだろ?
 ついでにオレの事務所もつぶせてヤツらは一挙両得ってことだ。」

そうだ。
ヤツらが描いたシナリオはオレの事務所から顧客を去らせ潰させて、ついでに男を辞職に追い込むと言うところだろう。
あいつの為ならオレがここで我慢するなんてどうってことない。
「もしお客さん全員に調査が入ることになったら、アル、お前税理士の登録をして事務所を開け。
 もうお前は登録が出来るんだから。
 オレの事務所をやめるっていうお客さんを、お前の事務所で引き取ればいい。」
「兄さんはどうするのさ?」
「ん?お前の事務所をパートで手伝うかな。
 いいじゃないか。パート勤めの主夫ってのもさ。」
へら、と笑ってみせる。

「兄さん、今回はまだボクが被害に遭った訳じゃないから、兄さんが放っておけというならそうするよ。
 でもね。この間のロイさんの事故、運転手は金で動くチンピラだったそうだよ?」
ぴく、と眉が動いたのが解った。
「あ?アル?どういうことだ?」
「ロイさんを轢こうとしたヤツは、雇われていた可能性が高いってことだよ。
 ホークアイさんに言わせると、どうもそれはキンブリーが怪しいって。」
ほお。
オレからあいつを金で奪おうとしたヤツが?

「…それは本当か?」
「うん。それとね。興信所の調査によるとキンブリーは随分金に困っているようだから、その金はアーチャーから出ていそうだよ。
 キンブリーのマチ金の借入明細、見る?」
いつの間に、という疑問はこの際おいておこう。
オレがこの手のことでアルに敵うわけがないんだから。
「アル、あの二人、お前の好きなように叩きのめしていいぞ。
 オレが許す。」
「うん。どこまでやってもいいよね♪
 社会的生命を絶ちきるまでやっても♪」
どうしてそんなに嬉しそうなんだろう。
オレはちょっと、ちょっとだけあいつらに同情した。

「とりあえず、今回の調査内容で税理士会から抗議をしようぜ。
 税務署全体でなく、あの二人に。」
もうオレ達は攻撃モードだった。
「そうだね。兄さん。キンブリーは女のセンでもかなり叩けばホコリが出そうだしね。
 アーチャーは出世街道を来たけど、ちょっと人に言えない趣味があるから、そこで叩こうか?」
「…。」
いや、オレも勿論攻撃モードだけど。
でも…。
アル、お前オレと一緒に育ってきたよな。
どうしてそんなに怖いんだ?
お前の前世はなんなんだ?
つくづくこいつは敵に回したくないと思った。


昼時にいつものように男が来た。
「あんたが最近悩んでたのって、アーチャーとキンブリーってヤツのこと?」
食べながら聞くと男は驚いた。
「なぜセンセイがそれを?」
オレは写真を取り出し
「センセイ!これは!?」
驚く男に笑って見せた。
「ん?今日そいつらがオレの調査に来てさ。
 記念に貰った。
 仲々映りがいいよな。これ、写真立てに入れて飾っておこうぜ。」
中の一枚、男がオレの腰に手を廻して買い物をしている写真をひらひら振った。

「しかしこのままでは…」
「いいじゃん。
 オレのお客さんは、調査を入れ続けられてもそうそうやめたりしないと思う。
 もしお客さんが誰もいなくなってオレの事務所がつぶれたら、専業主夫してやるよ。
 あんた公務員だから生活は保障されるしな。
 ショチョウがクビになったら、その時は訴訟でもなんでも起こしてやろうぜ。
 オレは勝つ自信がある。
 …オレ以上にアルがあいつらに落とし前を付けてくれるだろうし。」
へへっと笑ってやる。
なんてこたぁないんだよ。
オレ達が二人でいるんならな。
「は…。センセイには敵わない。」
男が苦笑する。
うん。
きっとこいつよりオレの方が強い。
こいつの弱点はオレだけど、オレの弱点はこいつじゃないから。

そしてあいつらの最後の間違い。
それはオレ達が用心深いと知らなかったことだ。
オレは男にMDとDVDを渡す。
アルがDVDハンディカムとMDレコーダーを仕掛けて、隣の部屋で操作していた。
「これにあいつらが事務所に来てからの映像と音声が入ってる。
 どんな調査内容だったか、証明できるぜ。
 まぁ、これじゃ裁判の証拠書類には該当しないけどな。
 あいつらを追い込むことはできるんじゃないの?
 これのマスターはアルが持ってる。」
男は絶句している。

考えて見りゃ、男が仕事なんかで落ち込むはずはなかったんだよな。
こいつがあんなに沈んでたら、それはオレ絡みの他はなかったんだ。
もう少し早く気付いてやればよかった。

「もうあんたにハンディはないぜ?
 さあ。反撃ののろしをあげろよ。」
オレは男に笑って見せた。




Vol.35

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.35
「遊」vol.35
08.12.17up
アルが昼メシを喰って帰ってきた。
「ロイさん、今日お仕事は定時で上がれますか?」
自分の分のコーヒーを煎れて男に聞いている。
「ああ。大丈夫だと思うが?」
「じゃあ打ち合わせを兼ねて家に来ませんか?
 父さんとも相談したいですし。」
早速反撃の筋書きがアルの頭の中には出来上がっているようだ。
うーん。我が弟ながら恐ろしいヤツ。
「了解だ。では5時過ぎに来よう。」


実家に帰って食事を済ませると、親父が男を書斎へ呼んだ。
税理士会からの抗議は親父に任せることにした。
引退したと言ってもオレ達よりずっと発言権がある。
何度か会長にと乞われたらしいが
「ボク、メンドクサイも〜ん。」
とかヌかして逃げ回っていた。
何が『ボク』だ。
母さんといちゃつく時間が無くなるから。と後で舌を出してたの知ってるぞ。

オレとアルは、母さんとダイニングでコーヒーを飲んでいた。
「それにしてもロイさん、怪我が酷く無くてよかったわね。」
ホッとしたように母さんが言う。
「あー。連絡が遅れてごめんな。脳波の検査も異常なかったってさ。」
男もさっき、心配掛けて申し訳なかったと親父と母さんに謝っていた。

「あら。無事ならいいのよ。
 ああ、お母さん心配したわ。
 交通事故で記憶を失ったりしたらどうしようかって。」
あ?なんでそんな限定の後遺症なんだ?
「事故で不治の大怪我をするとかね。」
アル?それどういう可能性だ?
「そうそう。それを苦にロイさんは身を引いて。」
「でも他の国に渡って手術が成功して。」
どこの国に行くんだよ?
アメストリスの脳外科技術は最高峰だぞ?

「そして幸せになれるかと言うところに、ロイさんとエドが異母兄弟の可能性が出てきたりしてね!」
おいおい。どこの国のドラマだ?オレ達は。
つか、母さん。
自分の不貞を妄想してどうすんだよ?
「…二人とも、あいつの事故を楽しんでないか?」
思わず声が低くなってしまった。
「あら。無事だったから安心して言えるのよ?」
「そ…そうそう。今だから楽しめるんだよ。」
「楽しんでんじゃねーかよ!」
二人ともペコちゃん顔でコーヒーすすって誤魔化すんじゃねぇ!

家に帰ってその話をすると男は腹を抱えて笑った。
「笑い事かよ?一歩間違えば大変なところだったんだぞ?」
「いや、お義母さんの言うとおり、無事だったから言える話だ。
 それにしても君と異母兄弟か。」
まだくすくすと笑ってる。
まあオレだって笑えるってことが嬉しいけどな。
それでも…と考えると背筋がぞっとする。
キンブリーのヤツ、許さん。
もちろんアーチャーもな!

ふと笑いを止めた男がオレを見つめて言う。
「もし私が記憶を失ったら、センセイはどうする?」
あ?まだ某国のドラマごっこか?
「あんたが? 記憶喪失になったら?」
「ああ。私が君の記憶を失ってしまったら。」
んー。こいつがオレの記憶をなくす…。
考えにくいな。

「オレの前にはいるんだよな?」
まるでクイズの条件を確認するようにオレは聞く。
「そうだ。私が君の前にいて、それでも『君を知らない。君なんていらない。』と言ったら?」
ちょっと想像してみた。
オレに笑いかけもせず、オレを必要としないこいつ。
オレがいなくても平気で日常を生きていくこいつ。
「…寂しいな。」
思わず本音がもれた。
「ああ。寂しいよ。とても。
 …きっとね。」
ふ、と哀しそうに笑うからどっちが寂しいのか解らなくなる。

「…でも、ロイなんだよな。」
「…そうだが?」
少し間を置いて男が応える。
オレは答を見付けた。
「なら、オレはロイのそばにいる。
 記憶がなくても、あんたはきっとオレを好きになるから。」
男は目を見開いて黙っている。
「オレは記憶のないあんたでも、ロイがロイでいる限りやっぱり好きだと思う。
 そんで、あんたはきっと記憶がなくてもまたオレに惚れる。
 だからオレはロイのそばにいる。」

一瞬の間を置いて男が笑い出す。
「なんだよ!そんなにヘンかよ!?」
オレ、間違ったかな?
でも、本当にそう思うんだけど。
「いや。…愛しているよ。センセイ。」
笑いながらオレをきつく抱きしめた。

「うん。私も同意見だ。
 私が君をまた愛するまで、ずっとそばにいて欲しいな。
 私は君しか愛せないのだから。」
笑いすぎて乱れた息を整えるように、大きく息を吐いて男が続ける。
「そして私の記憶を取り戻してくれたまえ。」
オレも力が抜けて笑えた。
「ああ。あんたの記憶が戻るように努力してやるよ。
 髪を洗ったり、コニャックに氷入れたり。
 そうだな、あと朝メシにケシ炭になったベーコンエッグ作ったりしてやる。」
男の髪を撫でながら告げた。

「うん。ずっと…ずっとそばにいてくれたまえよ?」
ただの言葉遊びなのにそんなに真剣に言うなよ。
「ん。そばにいてやる。だからあんたもオレを放すなよ。」
男がオレを見つめて言った。
「ずっと私は君を放さないよ。誰にも渡さない。
 …今日、抱いてもいいか?」
最後の言葉は耳に注ぎ込むように囁かれた。
オレは男にキスをして
「ん…。」
でもやっぱり恥ずかしくて俯いて返事をする。
力強い腕がオレを抱き上げた。


ベッドにそっと横たえられる。
男が見下ろすように被さってきた。
男のキスにオレから舌を差し入れ、男の舌を突いて舌裏を摺り合わせる。
「…ん…。」
ひくり、と男の躰が反応するのが嬉しい。
舌を絡めて躰を抱き寄せると強く抱きしめられ、舌を吸われた。
指を男の背に滑らせて足を絡ませる。

「は…。」
乱れた息をそのまま男の耳に注いで耳殻を舐める。
軽く耳たぶに歯を立てて男の声が洩れるのを楽しんでいると
「こら。そんなに煽るんじゃない。」
腕を掴まれ、躰を離された。
「なんで?」
黒い瞳を覗き込む。
こんなに、こんなにも欲情して濡れているクセに。

「我慢できなくなるだろう?」
なにをだ?
オレの疑問が解ったのだろう。
「…優しく出来なくなる。」
そう言いながらも貪るようにキスをされた。
「ぁ…。」
食らい付くように躰を唇で吸い上げられ、舌で舐められ指を匍わされる。
オレはこいつがこんなに欲しがってくれていることに悦びを感じた。
「ああ…センセイ…。」
譫言のような声までもオレを感じさせる。

オレのモノが男の暖かい濡れた口中に深く咥えられ、腰が震える。
指がオレの奥に触れ、段々に指が増やされた。
「つらくないか?」
心配そうな声。
「…平気だ。」
乱れきった息の合間に応えた。
それでもまだ男は時間を掛けて解そうとする。

「なあ。もう…来て?」
男を見つめて言うと
「そんなかわいい顔でねだるのはダメだよ。センセイ。」
上がってきた男が囁く。
「酷くしてしまいそうになるだろう?」
その言葉でこの前のもオレにはすごくつらかったけど、こいつは我慢して優しくしてくれてたんだな。と解った。
「…力を抜いて。」
「ん…。」
つい構えて躰に力が入りそうになるのを深呼吸して流す。

ぎゅっと瞑っていたが、男を見たいと思って開けたら瞳が合ってしまった。
えと、こういう時ってどうすれば?
笑う…必要はないよな。
「怖いか?」
心配そうな顔をされてしまった。
やっぱり笑っとこう。
「いや。…な、来て?」
あれ?こいつの顔が紅くなった。
「そんな顔をして…。」
溜め息つくことないだろ?

次の瞬間、躰をこじ開けられて捻込まれる感触に思わずきつく瞳を閉じた。
「煽るなと言っているだろう。まったくお前は。」
愛おしい、と低い声で囁かれた。
「ぅあ…!」
やっぱきつい。
でも最初よりは痛くない…気がする。

男は挿れたまま動かない。
躰が慣れるのを待ってくれてるのかな?
そっと瞳を開けると、眉を顰めている顔が見えた。
なにかに耐えているような。
「…つらいの?」
まだオレの躰、きついのかな。
「いや…。センセイは大丈夫か?」
「ああ。こないだよりずっと痛くない。…動いてもいいぜ?」
「だから何度言えば…。
 …すまない。つらくなったら言ってくれ。」
そう言うとゆっくりと動き始めた。
男の動きに合わせて躰が揺れる。

男の上気した顔が色っぽい。
オレに掛かる乱れた息が熱くて、それがなんだか嬉しい。
相変わらず顰めた眉はもしかして気持ちいいからなのかな。
それとももっと激しくしたいのを我慢してくれてるのかな。

男に突き上げられる度に声が息と一緒に吐き出される。
それ以上に男の息は上がっている。
「は…センセイ。愛している…。」
何度も囁かれる言葉がなんだかくすぐったいようで胸の奥が暖かくなる。
「愛している。…もう放さない…」
その間に繰り返されるキス。
こんなにも激しく求められていることが躰の苦痛を紛らわせてオレを幸せにする。

男の手がオレのモノを扱き始めた。
「ん…!」
オレの感じるところを知り尽くしている手。
快感で息を詰める度にオレの躰に力が入り、中に居る男の存在を強く感じてしまう。
男もその度に刺激されるのか抑えきれないように声を洩らす。
あ、もっと声が聞きたい。
そう思った。
オレの中でオレを感じている声を聞きたい。

「な…。こ…え、抑えない…で?」
「え…?」
男が瞳を開いた。
「声…抑えな…いで。…聞かせて。…ぁっ!」
「は…。ああ。センセイ…いいよ。とても…。」
うわ。声ってそうじゃなくて。
そんなこと言われたら…
あっと言う間にイきそうになる。
ホントに言葉でも感じるんだなー。

「すまない。もう…。」
男の動きが激しくなる。
それにあわせてオレのに触れている手も激しく動いて。
「ぁ…っ!も…イく…!」
「…ぁあ…。センセイ…っ!」
男の言葉を最後にオレの頭は真っ白になった。




Vol.36

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.36
「遊」vol.36
08.12.17up
それから昼はアルの分も弁当を作って、作戦会議&報告会の時間と化していた。
まあ、オレは一応ヤツらに協力するという建前になっているので直接手を下すことは出来なかったから、もっぱらアルとヤツの報告を聞くだけだったけど。
チクショウ。
オレだってこいつを苦しめたヤツらにガツンとなにかしてやりたいのに。

「で、あんたの方はどうなんだ?」
パストラミとレタスとトマトを挟んだパニーニを齧りながら聞く。
付け合わせはシーザーサラダだ。
どうも野菜だけだと食の進まない男のために、今日はカリカリに焼いたベーコンとゆで卵を和えてある。
「表向きは先日の税理士会からの苦情を受けて、地方へ左遷となっているがね。」
それでもベーコンだけをフォークに刺す男の口元に、オレは野菜を突き出す。
「ん。」

それを咀嚼してから男がまた口を開いた。
「キンブリーはともかく、アーチャーは優秀な男だ。
 数年すればセントラルに戻ってくるだろう。
 その前に辞職をしてもらいたいものだな。」
ニヤリ、と笑う顔が思い切り胡散臭い。
「んで?」
続きを促す。

「とりあえずキンブリーについてはアルフォンス君の情報を使って、彼の借金を別の業者に買い取らせた。
 所謂闇金の、取り立てが特に厳しくて職場にもくる所にな。」
そりゃ、フツーの会社員でもキツイだろうな。
とくに税務署員には致命傷だ。
「あ、でもアーチャーのヤツが金を都合するんじゃねぇの?」
確かこいつを狙ったときも金はアーチャーから出ていたと聞いた。

今度はアルが楽しそうに言う。
「アーチャーは今、預金を凍結されてるからお金を出すことは出来ないんだよ。」
預金の凍結ぅ!?
「アル、お前が通報したのか?」
にっこり、と笑う顔が無邪気に見えるのが却って怖いよ。
「電話一本で預金が凍結できるんだから。
 便利な世の中になったよねぇ。」
便利じゃねぇだろ!?それ。

今は振り込め詐欺が横行しているせいで、うっかり振り込んでしまった人が銀行に預金の凍結を依頼すると、その預金は持ち主でさえも動かせなくなる。
調査が終わるまでだが。

「待てよ。アーチャーくらい身の保証がしっかりされるヤツなら、凍結はすぐに解除されるだろ?」
オレの疑問に二人が視線を合わせて笑う。
なんなんだ? お前等。
「その辺は随分と融通のきく銀行で助かったよ。」
誤魔化すように男が言う。
どんな融通の利かせ方だよ。
あり得ねぇだろ?そんなの。

「でね。兄さん。アーチャーの方なんだけど、もう一押し何かしたいんだ。
 いいアイディアない?」
いいアイディアもなにも。
「今までは何をしたんだ?」

男が楽しそうに身を乗り出す。
「先日、国税庁のホームページにハッカーが侵入してな。
 アーチャー『らしき』男が女装して、嬉しそうにムチで打たれている写真がトップページに載ってしまっているんだ。
 これには我々も困っていてね。」
全然困ってねぇだろ。その顔。
オレは無言でアルを見つめた。
笑い返す顔が怖いってば。
「削除しようにも管理プログラムを書き換えられていて、今情報管理課が外部SEを招いて修復しているそうだよ。」
アル…。
とうとうオレの弟は犯罪者か?

「アル、お前シッポを掴まれるようなマネはしてないだろうな?」
「イヤだなぁ。兄さん。ボクがそんなヘマをすると思う?
 アクセスには世界中を経由して、しかも席の移動自由のネットカフェから繋いだにきまってるじゃない。」
やっぱりお前か。
いや、解ってたけどさ。

「よくそんな写真が手に入ったな。」
そもそもアーチャーの写真が手に入らなければ出来ないことだったろう。
「それもアルフォンス君の情報でな。
 店は特定出来たからご協力戴いたのだよ。」
ご協力なんて言うけど、アレだろ?
税務署の権限でその日の売上金をすべて『調査資料』として回収するヤツ。
オレのお客さんにはなかったけど、話には聞いたことがある。
店のオンナノコに日払いの給料が払えなくなるから、実質店を潰すための汚い手段だ。
それをちらつかせられたら、どんな業者でも協力せざるを得ないだろう。

「…ずるいヤツら…。」
思わず口から洩れてしまった。
オレとこいつを護るためと解ってるけど。
解ってはいるけど。

…オレ、今アーチャーとキンブリーにちょっと同情してるかも。

「でさ。兄さん。もっといいアイディアない?」
目をきらきらと輝かせている弟を心底怖い、と思ったオレは間違っていないはず。
「アル…。充分じゃないか?これで。」
「ええ!?だってこれじゃアーチャーが辞職するとは限らないよ?」
不満か?不満なのか?アル。
オレは不満じゃなくてお前の精神に不穏なモノを感じるよ。

「あ!あんたを襲わせたとき、キンブリーに依頼の金を渡してたんなら、その事実が残ってんじゃないか?」
いきなり閃いたことをそのまま告げた。
「ああ、そうか。その手があったな。」
多額の金なら銀行口座から直接振り込んでいた可能性が高い。
それなら誰にアーチャーが金を振り込んだか証拠が残っている。

まあ。相手も腐っても金の専門家だ。
足がつかないよう一度現金で引き出して、それから振り込んだ可能性もあるけど。
それを言うと
「いや、現金引出をしていたにしても、ATMのカメラに写っているはずだ。
 振込先はそれと時間を合わせれば銀行のデータに残っている。」

あのー…。
ATMのカメラ画像とか、振込データとかはいくら税務署と言えど簡単には見せて貰えないのでは?
いや、調査相手の貸金庫の利用状況まで調査できるんだから、それもアリかとは思うけど。

そんなオレの疑問を余所に男が席を立った。
「そのセンで探ってみるとしよう。
 上手く行けば私の殺人未遂で懲戒免職に出来るだろう。」
嬉々として去っていく男も、ワクワクした顔の弟もどうしても怖い。
オレが間違ってる?
いや、きっとそんなことはない。…ハズ。

「なあ、アル?」
先程の疑問をぶつけてみる。
「何?兄さん。」
お互いだかだかと入力する手は休めない。
「なんで銀行がそんなに協力してくれるんだ?」
凍結の延長にしても、ATMのカメラ画像や振込データにしても、普通は望めないことだ。
「ああ。タダの都市銀は国銀(アメストリス国有銀行の略。日本で言うところの日銀。←すげえ捏造。)を敵に回したくはないだろうからねぇ。」
当然のようにアルが言う。
「あ?なんで国銀が出てくるんだ?」
ふ、とアルが笑った。
だから怖いって。

「兄さん、問題です。今の国銀の総裁、だーれだ?」
「? グラマン氏だろ?」
経済新聞で時折ヒゲ面を見る。
「あの人ね。ホークアイさんのおじいさんなんだよ。」
「いっ!?」
国銀総裁の孫娘!?
「まあ、副総裁はマスタング氏なんだけどね。」
「あ!?あいつのジイサン!?」
「そう。やっぱり知らなかったんだ。」
知らねぇよ。
副総裁までは。
母方のジイサンがプロフェッサー・カサルっつぅことしか。
するとあの二人のジイサン達はアメストリス経済の立役者!?
うわぁ。
やっぱオレ、ヤツらに同情するわ。
相手が悪すぎたな。

…特にアルを敵に回したことには同情するよ。

後日オレの聞いたニュースはアーチャーが懲戒免職になったことと、キンブリーの行方が掴めなくなったということだった。
にこやかにアルが
「もう内臓を売っ払い過ぎて生きてないかもね♪」
と言ったときには心底ぞっとした。

オレは何があってもアルだけは敵に回さない。
絶対。

しっかりと心に刻んだある冬の日だった。




Vol.37

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.37
「遊」vol.37
08.12.17up
いよいよ仕事が忙しくなってきた。
最近は男が仕事の後、オレの実家に行って3人分の夕メシを貰ってきてくれる。
それを食べて深夜まで仕事をする毎日が続いていた。
「ねえ。兄さん。お弁当作るのが大変だったらまた用意しようかって母さんが言ってたよ。」
元々昼食は二人とも外食をしていたが、この時期は躰が資本なので以前は母さんが弁当を作ってくれていた。
その時間も仕事をしながら食べるというせいもあるんだが。

「いや、今日からあいつが弁当作ってくれることになったんだ。」
うんうん。色々教えた甲斐があったってもんだな。
「へえ!? じゃ、今日はロイさんの手作り弁当なの?」
「そうだ。楽しみにしてろよ?」

昼時になり、男が現れた。
(弁当はオレの事務所に置いてある。)
「今日のお弁当、ロイさんのお手製なんだそうですね?」
ワクワクした顔でアルが言う。
「ああ。味は保証できないがね。」
男も嬉しそうだ。
うん。オレも嬉しい。
今日のメニューはサンドイッチだ。
最初にオレが作ったのと同じセルフオープンサンド。

「いただきま〜す♪」
銘々が好きな具材を乗せてほおばる。
「…。」
「…。」
「…初めてにしちゃ、上等だ!なあ。アル!」
「ええ。とても初めて作ったとは思えませんよ。」
ナイスフォロー!アル!

…はっきり言って微妙な味だ。
不味くはない。
不味くは。
…美味くもないんだが。
「…時間があるのなら…外に食べに行こうか?」
咀嚼するのも忘れた様子で男が言う。
「や!それほど不味くないから!」
あっ!しまった!つい正直に…。
「すぐに上手に出来るようになりますよ!」
ああ。アル。それもかなり酷いかも。

おかしい。
作るところはオレも見ていた。
つか、もう一度教えながらだったんだから。
…このナニかが足りなくて、ナニかが余計な感じはどっから来てるんだろう?
「塩…が足りなかったかな?」
いや。そんな単純な問題ではない。(しかし入れている調味料は塩とコショウだけのハズなんだが。)
「いや。美味いよ。充分だって!」
ごめん。兄ちゃん今ウソつきました。
でもアル、お前それを責められるのか?
「ええ。とても美味しいですよ。」
共犯者バンザイ!

だ か ら 落 ち 込 む の は や め て く れ 。

うっとうしいから。
途中からはフォローで忙しくて、味わうヒマがなかったのは不幸中のサイワイというヤツかも知れない。
とりあえず気を取り直した男をやっとのことで追い出した。

「…兄さん。」
「ん?」
心なしか二人とも入力する手に力がない。
「明日からお弁当は母さんに頼むって言ったら…」
「言う勇気があるならお前がヤツに言えよ?」
ばっさり言い捨ててやる。
「でもな、アル。ヘタだろうがマズかろうが(あ、今オレ正直に酷いこと言ってる。)
 作ってくれる気持ちが嬉しいよな? な!?」
はい。
半分以上オレは自分に言い聞かせてました。
…だって朝早く起きて弁当を作る男は本当に嬉しそうだったから。


申請しておいた確定申告の用紙が用意できたと税務署から連絡が来た。
丁度仕事のキリがよかったので息抜きがてら取りに行くことにした。
「なんか買ってくるもんあるか?」
途中にコンビニがあるのでアルに聞く。
「んとね。お菓子を買ってきてくれる?そろそろ底をついてきたでしょ?」
テーブルの菓子箱がそう言えば寂しそうだ。
「ん。欲しい種類とかあるか?」
「『冬季限定ブリッグズのかまくら』は外さないでね。
 あとクッキーかなにかお願い。」
「ん。じゃ、行ってくらぁ。」
「行ってらっしゃ〜い。」

寒い。
今年は雪がどの位降るだろう?
それによってお客さんに行く日程も変わってくる。
車でないと行けないお客さんは先に予定を入れておかないと、雪による日延べの余裕が必要なんだ。
ほてほてと歩いていると突然後頭部に衝撃が走った。

「ってー。」
意識がはっきりする。
ってことは気を失ってたってことか?
状況が解らない。
ふと見上げると見覚えのある顔がオレを見下ろしていた。
えーと。
アー…じゃない。キンブリー?
「あ、こんにちは。」
とりあえず挨拶をするところがオレの好青年たる所以だ。
「こんにちは。エルリック先生。」
にっこり、という形容が相応しいのだろうが目が笑っていない。

ここはどこでどうしてこいつが目の前にいてそもそもなんでオレは気を失っていてこれはどういう状況なのか?
思考が『?』で満たされていたがその答はまだどこにもない。
「あのー?」
「はい?」
こいつが答をくれるのだろうか?
どうも頭の痛みのせいか思考がはっきりしない。
「ここはどこなんでしょうか?
 なんでオレ、ここにいるんでしょう?」
キンブリーって、今どういう…?
あら?マチ金ならぬ、闇金に追われている人だったっけ?
内臓売っぱらうとかなんとか…。

がば! とオレは起きあがった。
ヤヴァい!マズい!
こいつはオレを逆恨みしているハズ!
「ああ。そんなに急に動いては躰に悪いですよ。先生。」
言葉も態度もやんわりとしてはいるがオレの肩を掴む手には力が込められている。
「後頭部をかなり強く打ってますからね。…私が。」
途中までは事故にでもあったオレを運んでくれたのかと勘違いしそうになったがそんなハズもない。

「あの?何かご用ですか?」
すぐに立ち上がれるように足の位置を変えながら聞く。
「ええ。私をこんな目に遭わせてくれた先生にお礼を伝えたくてね。」
オレを掴んでいるのと違う手にはナイフが握られている。
「…なんの話でしょうか?」
言葉を終える直前にオレは肩の手を払い、立ち上がる。
同時に立ち上がった男がナイフをオレに向けて振り下ろす。

チクショウ。こいつ背が高いな。
全然関係ないことを考えていたが、それでも反射的にそれをよける。
キンブリーの攻撃を受けながらも
(イケる!こいつはアルやイズミさんより強くない。)
と判断する。

母さんには『人を殴る痛みを知らない人間は怖い。』という信念が有るらしく、オレ達は小さい頃から体術を習い、組み手を繰り返してきた。
しかし今オレの前にいるのは『組み手の相手』ではなく、もしかしたらオレを殺したいとまで思っている人間で。
そんでもってオレは現代っ子で。
つまりそれはアメストリス大戦以後の平和ボケをしていると言われるこの国で生まれて育ったノンポリ青年だということで。
…こんな命のやりとりをする状況に置かれたことはない。

なのに、オレは目の前にいる人間に殺されるかも知れないというこの非日常な状況で焦ることも萎縮することもなくキンブリーに対峙していた。
まるでこんな経験は初めてではないような。
むしろ慣れ親しんだ感覚に囚われていた。
ヘンに余裕が有るわけではない。
しかし、適度な緊張感がオレの思考と躰を自在に動かしている。

何度も繰り出されるナイフや蹴り。
それをよけたり流したりしながらオレも攻撃を繰り出す。
その時のオレは誰かが来てくれることや、誰かに助けて貰うことなどは考えなかった。
自然に俺一人で何とかするものという気持ちしかなかったんだ。
(略取誘拐罪、監禁罪に傷害罪、言質が取れれば殺人未遂罪。ああ。この刃渡りなら銃刀法違反も取れるな。)
そんなことを考えながら。

とにかくこのナイフをなんとかしよう。
そう思考したと同時にオレは『素手の』右手をキンブリーのナイフの刃に当てて上に流した。
その途端、一瞬だったのだろうが全ての感覚がスローモーションのように脳に流れ込んできた。
スーツとワイシャツが切り裂かれ、皮膚をぷつりと突き破られ体内に異物が入り込んできた感触に全身の毛がぞわり、と逆立つ。
「ってぇぇぇぇえええ!!!」
オレ、なにしてんだ?

しかしキンブリーもオレの行動が意外だったようでナイフをその手から取り落としていた。
オレの躰はその隙を見逃さず、左足がキンブリーを思い切り蹴り上げた。
それはオレの脳を通さず、躰が直接反応したとしか言えないモノだった。

なんの手加減もなく蹴り上げたせいで倒れ込んだキンブリーをうつ伏せにして、その腕を捻り上げる。
そのまま腰に馬乗りになり、さて、縛るモノもないしどうしようと考えていると今まで意識していなかったドアが開いて数人が飛び込んできた。

「センセイ!無事か!?」
どでかい声は男のモノだ。
ドアの向こうの方は明るかったので、男はシルエットでしか解らなかった。
オレの前まで来た男に
「あれ?あんた今日着てた服、それだっけ?」
最初に感じた疑問を言ってみた。
「…そんな場合じゃないだろう?
は…!怪我をしているのか!?」

ああ。
そう言えば右手が切れたんだった。
「なあ。悪いけどこいつを抑えてくんない?」
言われてみたら手が痛いわ。
「貴様…センセイになにを…!」
今にもキンブリーに飛びかかりそうな男に
「あんたは手を出すな!傷害罪がついちまう!
 このままこいつを法廷に送るんだから!」
必死で声を掛ける。

オレを失うことに異常な恐怖心を抱いているヤツだ。
この状況じゃキンブリーになにをするか解らない。
オレが掛けた声のせいか、男の躰が止まり
「ハボック。こいつを取り押さえろ。」
押し殺したような声で言う。
あ、この人前に親父の調査に来た人だ。
背の高い金髪の兄ちゃんには見覚えがあった。
自分でもこんな状況でこの冷静さはどうなのかと疑問だったが、キンブリーもこれでおしまいだしな。と安心していた。

男は携帯でどこかにキンブリー捕獲の連絡をしていたようだ。
通話を切ってキンブリーに顔を寄せる。
「まだ生きていたのだな。キンブリー。」
こんな冷たい男の声は聞いたことがない。
オレを犯した時も『絶対零度の声』と思ったけど、それ以上の冷たさだ。
「貴様の借金はどこまで払えば帳消しになるのだろうな?」
男の声にキンブリーが顔を逸らす。
「腎臓は片方だけなら生きられるそうだが。」
半ば楽しそうとも言える口調で男が言う。
「ああ。角膜を失っても生きては行けるな。」

いや、楽しそうではない。
酷く酷く暗い声なんだ。
なのに楽しそうに聞こえるのはなぜだ?
…聞きたくない。
こいつのこんな声。
「では肝臓は? 心臓は?
 なあ、キンブリー。お前はどこまで取られるのだろうな?
 …麻酔も無しにお前の内臓が切り取られればいい。
 お前が私の大切な人を苦しめた以上に苦しめばいい。」

男がキンブリーの喉元に手を伸ばしたのを見て、オレはそれを止めた。
「待て!こいつを傷つけるな!」
この状況でオレの正当防衛は認められないが、まず実刑を喰らうこともない。
「ああ、センセイ。大丈夫だ。私はこいつを傷つけも殺しもしないよ。
 ただ申し訳ない。
 君がこいつを法廷に送るよう考えてくれたようだが、こいつはもうそこへは行けないんだ。
 すぐに必要な内臓を無くしてしまうからね。」
楽しそうに笑う男にオレは縋り付いた。
「おい!しっかりしろよ!ロイ!
 オレは無事だ!
 あんたが罪を重ねる必要はない!」

ロイが罪を?
あれ?
オレ、なにを言ってるんだ?
違うな。
オレを思って罪を負うことはない。だ。
言いたいのは…。

緊張が途切れたせいなのか、オレは言いたいこと半ばに意識を失った。





Vol.38

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「遊」vol.38 (これで完結です)
「遊」vol.38 (これで完結です)
08.12.17up
「ぁあああああ!!! 兄さん、大丈夫なの!?」
病院で治療を受けて男に送られてきたオレを見て、アルは逆上した。
「ああ。4針縫っただけだから大したことねぇよ。」
余裕で返したんたが。
「手に怪我をするなんて!
 もう!足だったら何本怪我しても仕事に差し支えないのに!」
おい。アル。
オレの足は2本しかねぇよ。
つか、お前の心配は仕事のことだけか?
まぁ、この時期だから仕方がないが、兄ちゃんちょっと寂しいよ。

「大丈夫だ。元々電卓は左手だし、字も左手で書ける。」
「兄さん!テンキーは右手で打つんだよ!」
そう。オレは両利きで左手でも字が書ける。(汚ねぇけどな。)
ま、右利きでも税理士は電卓を左手で打つ人が多い。
電卓の結果を(ペンに持ち替えずに)そのまま書けるからだ。
不思議なことに電卓を右手に持ち替えると数字の『4』と『6』を打ち間違えるのだが、PCのテンキーを右手で打っても打ち間違えることは無い。

…テンキーが打ち込めないのは確かに今時期は痛手だな。
いや、でも手首を固定すれば指は動くから大丈夫だろう。
「すまん。アル。でも入力はできると思う。…たぶん。」
オレの手を見て、アルが溜め息をつく。
「兄さん、いっそ右手、機械鎧にする?」
「アホウ。手術とリハビリの間に確定申告終わっちま…」
ばちん!
でかい音が聞こえた。
男がアルを叩いた音だった。

「なっ!?」
オレもアルも驚いて声にならない。
「バカなことを言うんじゃない!
 機械鎧がどれだけ躰の負担になるか、君たちはよく知っているだろう!?」
ナニを本気で怒ってるんだ?
「おい!アルだって冗談で言ってんだよ。解るだろ?」
頬を抑えたアルの肩に手を回して言う。

「それでも…君が兄の腕をなくそうなんて…。」
こいつのこの異常な恐怖心ってどっから来てんだ?
俯いてしまった男の方が傷ついて見える。
確かにオレ達はウィンリィやピナコばっちゃんの仕事を見てるから、他の人よりは機械鎧の大変さを知っている。
けど、ちょっとした冗談じゃないかよ。

「…ごめんなさい。」
ああ、ほら。アルまでマジになっちまった。
「いや。…私こそすまなかった。」
男が顔を上げた。
うわ。なんだよ!その酷い顔!
男はアルに手を伸ばそうとしてそれを躊躇って降ろす。

「おい。気にすんなよ。二人とも。」
オレは男がしたかったんだろう通りに、アルの頭をがしがしとかき回した。
「あー!兄さん!ナニすんのさ?
 折角セットしてあるのに!」
「なーにがセットだ!こんな短い髪なんざほっとけ!」
「あのねー。短い方が整えるの大変なの!
 兄さんみたいに伸ばしっぱなしの無精もんとは違うんだからね!」
ほら。オレ達は平気だから。
あんたも気分直せよ?
「私はそろそろ戻るよ。…アルフォンス君、すまなかったね。痛かっただろう?」
そっと男がアルの髪に触れて整える。
「いえ。ボクこそ本当にすみませんでした。」
「私が言えたことではないが、気にしないでくれたまえ。」
どこか痛むような顔で微笑んで男が去っていった。

「あんなに怒ったロイさん、初めて見たよ。
本当に兄さんのこと大切に想ってくれてるんだね。」
オレにも改めて謝ってからアルが言う。
そうか。
アルはいつもの穏やかなアイツしか見たことないんだ。
「ん…。あいつ、怒るとすげぇ怖いんだぜ。
 さっきキンブリーのこと、殺しちまうんじゃないかと思ったくらいだ。」

いや、実際キンブリーの命は近々無くなるかも知れない。
男が連絡していたのは例の闇金で、すぐにその筋の者と解る連中がヤツを連れ去った。
利息法なんか『へ』とも思わない連中だ。
きっと借りた金額の数百倍に借金は膨れ上がっているだろう。
1万センズ借りて、それが数週間後には100万センズになるのが闇金の世界だ。
そこに平気で人を送り込める精神がオレには恐ろしい。
オレに対するそれほどの執着心はどこから来るんだろう?


それからはなんとかオレも入力が出来て毎日仕事に追われた。
今日は確定申告の説明会だ。(一般の納税者ではなく、会計事務所に対して税務署が毎年行うものだ。)
「あー。タルい。手引きだけ貰って来ちゃダメか?」
2時間も3時間も会場に座ってるのがメンドい。
「ダメだよ。兄さんに逢えるのを楽しみにしてるんだから。」
去年年末調整の説明会をブッチしたら今度の無料相談増やされたんだよな。
「でもよぉ。もう一緒に暮らしてんだぜ?どうせ帰れば逢えるのに。」
「それでも兄さんと少しでも一緒にいたいと思うのがロイさんでしょ?」
そうなんだよな。

去年の確定申告の説明会んときは
「君の好きそうな席を取っておいたよ。」
と最後列の席が取ってあった。
『税務署長』の権限で。(んなもんアリか?)
確かに一番後ろの方が寝ててもバレなくていいけどさ。
と思って座ってたら、隣に座ってきやがってずっと手を握られてたんだ。
あんときゃあどうしてやろうかと思ったな。
まさか一年後に一緒に暮らしているとは思っても見なかったぜ。
…今年は手を握り返してやれるな。

そろそろ出ようかとコートを羽織ってマグを運んでたらつまづいた。
誰だよ!
こんなとこに元帳積んどいたの!
…オレか。
コーヒーをもろに被ってしまった。
「兄さん!大丈夫!?」
「ああ。冷めてっからな。しかしどうしよ?」
コートもスーツの上着もコーヒーで濡れてしまった。
「ま、会場は暑いから上着はいらねぇな。」
ベストとズボンで過ごすことにする。

「じゃあコートはボクのを着てってよ。」
アルがコートを渡す。
「あ!?この女物みたいなの?」
襟が丸くて大きくて、母さんのかと思ったくらいだ。
「兄さん似合うよ。」
オレにコートを着せてアルが言う。
似合うかなぁ。
「うん。今日の兄さんの焦げ茶のスーツによく映える。
 これおニューなんだ。よかったら貰ってよ。結婚祝いに。」
「これ貰っちゃったらお前どうすんだよ?」
つか『結婚祝い』って。

「ボクは車だから寒くないし。去年までのもまだ使えるから。」
「や。明日返す。クリーニング出せばいいんだから。」
「じゃあ、兄さんのコートがクリーニングから返ってくるまで使ってよ。
 あ、兄さん。ネクタイにもコーヒーのシミ出来てるよ。」
オレもアルも普段、お客さんに行かない限りノーネクタイだ。
今日は別にあいつに逢うからネクタイをしてきた訳じゃ…ない。
オレはネクタイも外して汚れた服の上に乗せた。
「ん。じゃコート、それまで借りとくわ。行ってくる。」

「行ってらっしゃい。今度こそ『冬季限定ブリッグズのかまくら』、忘れないで買ってきてね。」
こないだ怪我をして買ってこなかったことを根に持ってたのか。
そういえばあん時、
「ごめんなさい。兄さんが無事だったら他のことなんかどうでもいいんだけどさ。」
そう言いながらもオレの包帯を巻かれた右手を見たアルの舌打ちを忘れられない。
アル。お前もしかしてまだ怒ってる?


少し早めに会場に着いた。
受付で出席票と引き替えに確定申告の手引きと説明書を貰って周りを見回す。
少し離れたところで税務職員か税理士会の幹部だろう人達と話している男をすぐに見付けた。
端正な顔と真っ直ぐ伸ばされた姿勢はよく目立つ。
なんとなく会場に入る前に話を出来ればと、その場に立って男がオレに気付くのを待っていた。
焦らなくても最後列の席は取ってあるんだろうから。

ふと男がこっちを見てオレに気付いた。
オレは右手を挙げて笑いかける。
同じように笑い返してくるだろうと思った男の顔が引きつった。
あ?と思っている間にみるみる顔が青ざめて…。
その場で倒れていくのがスローモーションのようにゆっくりとオレの目に映った。

「…長!署長!」
男の周りにいた人達の声がしばらく経ってからオレの耳に届いた。
オレは男に向かって駆け出した。
「署長!大丈夫ですか?」
オレと同様駆けつけてきた人が言ってる。
ああ。ハボックと呼ばれていた兄ちゃんだ。
「ああ。先生。署長はどうしたんですか?」
状況を見ていなかったんだろう。
ハボックさんがオレに聞く。

「いや。オレにも解らない。いきなり倒れたんだ。」
周りの声に気が付いた男が目を開ける。
「おい!大丈夫か?」
話しかけたオレを見た男が、震える手で左目を押さえた。
「は…センセイ?」
「ああ。オレだ。どうした?気分でも悪いのか?」
もう外聞なんかどうでもいい。
オレは男を抱きしめた。
「…大丈夫…だ。」
顔色が悪い。
貧血だろうか。
オレは男のネクタイを弛め、ワイシャツのボタンを外した。

「とりあえず病院に運んだ方がいいっすかね。」
ハボックさんが言う。
「大丈夫だ。うちに…帰る。ハボック、後を頼む。」
頼むもナニも、本来税務署長なんかこの場に必要ない。
「ハボックさん。オレも一緒に帰りますから。」
オレのことをきっとこの人は解っているんだろう。
「解りました。車を回してきます。」
と言って走って行った。
オレは携帯でアルに状況を連絡して、また菓子を買って帰れないことを詫びた。
すぐに車が用意されオレ達は帰宅する。
その間もずっと男は左目を押さえていた。


家について男を寝室で寝かせる。
ここまではハボックさんが男を運んでくれた。
ベッドに横たわって左目を押さえたまま男が言う。
「センセイ。…服を…脱いでくれないか?」
「あ?具合の悪いときに何考えてんだよ!?大人しく寝ろよ!」
「違う…。その服が厭なんだ。」
「は?服?」
いや、確かにちょっと女物っぽいけど、イヤって…。

「コートを脱げばいいのか?」
コートを脱いでベッドサイドに置かれた椅子の背に掛ける。
仕方がない。具合の悪い人間の言うことは聞いてやらないとな。
いや、いつもこいつの言うことは聞いてやってるような気がするが、まあいい。
「ベストも…。」
「はいはい。まさかパンツまで脱げとは言わないよな?」
気に入っている襟付きのベストも脱いで、同じように椅子に引っかける。
「ん…。それはいい。」

相変わらず左目を押さえたままだ。
「眼、どうした?痛めたのか?」
「いや…。違う。でも痛いんだ。」
「痛むんならやっぱどうかしたんじゃないか?見せてみろよ。」
普段我慢強いこいつがどこか「痛い」なんて言うのを初めて聞いた。
「どうもしてない。大丈夫だ。原因は分かってる。
 …君の服がいけない。」
「は?オレの服が気に入らなくて眼が痛むのか?
 そんなに酷い格好だったか?」
もしかして、全部こいつの冗談か?
あり得る。←信用無し

なんだ…と肩の力が抜けたオレにいきなり男が縋ってくる。
「違う!あんな服だった。
 君が去っていった時に着ていたのは。
 …君は私を置いて…行ってしまった。」
「え…?」
なにを言ってるんだ?
酔ってるのか?
「また…また君が私を置いてどこかへ行ってしまうようで…。
 私は…。もう耐えられない。耐えられないんだ!
 …眼が痛い…!」
「どうしたんだよ。オレ、どこにも行かないよ。
 税理士は地域でしか働けないの、知ってるだろ?
 顧客を置いてどこへ行けるんだよ?
 あんたどうしたんだ?」

こんなに取り乱した男を見るのは初めてだ。
いったいどうしたんだ?
誰かと間違えているのか?

ふと突然、以前なんの気無しに男の脇腹に触ったときのことを思い出した。
オレに背を向けてベッドに座っていた男の脇腹に急に触れたくなって(驚くかなともどこかで思っていたんだが)、つっと左手の指を滑らせた。
途端に「ぅあっ!」
と大仰に反応した男が振り向き様
「だからそこは触るなと…!」
と叫んで『しまった!』とでも言いたげな顔をしたんだった。

『だから』なんて言われても、オレはやったこと無かったから
「へぇ。あんた誰にいつも言ってんだよ?前の恋人か?」
ここぞとばかりからかってやろうと思って…。
そして言葉が続かなくなった。
あまりに哀しそうな、まるで泣き出しそうな顔をされたから。

でもそれはほんの一瞬で、すぐにいつものスカした顔で
「おや、妬いてくれるのかね?」
と切り替えされた。
そのままその会話はうやむやになったんだけど。
その時、オレはこいつに忘れられない人がいることを知ったんだ。
きっとその人はもういなくて。
でもこいつはまだその人を忘れてなくて。

そんなことを考えたのを思い出した。
そしていつかの違和感も。
幻になってこいつを哀しませた人がいたこと。
その人だ。
今こいつを取り乱させているのは。
こいつの中にいるのは誰だ?

左目を押さえたまま、もう片方の手でオレに縋り付いている男を見下ろした。
不思議と気持ちは妙に落ち着いていて。
男のうなじに手を回すと、力を入れて引き上げて。
オレはこいつにキスした。
深く深く。
全部奪ってやりたくなったから。
全部忘れさせてやりたかったから。
オレのことだけ考えさせたかったから。

「は…センセイ?」
少し潤んだ瞳で男が言う。
「忘れちまえよ。
 あんた、オレが好きなんだろ?
 オレのことだけ考えろよ!
 オレが全部忘れさせてやる!!」
男に乗り上げて服を脱がす。

戸惑う男にムリヤリのようにオレを抱かせる。
オレだけを感じさせたくて。
「あんたはオレだけ見ていればいいんだ。
 オレ以外の人間なんて考えるな!」
「どうしてそんなことを?
 私が愛しているのは君だけなのに。」

オレを攻めているはずなのに、まるでオレに責められているような男の顔に余計煽られる。
苦痛なんてどうでもいい。
今こいつを感じているのはオレだ。
この男はオレのモンだ。
誰にも渡さない。
今まで感じたことのない独占欲ときっと間違ってない征服欲。
そして…初めての快感。

「っ!」
「つらいのか?センセイ、やめるか?」
男の動きが止まる。
「ちが…。」
男の首に手を回し、顔を近づける。
「やめんな。…もっと。」
深くキスをしながらオレは誘うように腰を揺らす。
「ん…。」
舌を絡めたまま男がまた動き出す。

そうか。
男同士の快感ってこういうのなんだ。
段々感じ始めた嬉しさと興奮でもっと激しく舌を絡めて、飲みきれなかった唾液が首筋に垂れて行く感覚にまた煽られる。
「は…!ぁ…んっ…ぁ!」
意識が翳んでいく。


その朝方見たのは酷い悪夢だった。
「でも…。お母さんはちゃんと作ってくれなかったのね。」
人間ではない造形と血の海。
もぎ取られたように痛む足。
軋む右腕。
なんなんだ!?これは?

「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
目を覚まし、隣に眠る男を抱きしめた。
暖かな体温に心が落ち着いてきて。
そしていつも知っているはずなのに、もっと懐かしいこの男の匂い。
オレの頭の中には今まで疑問にも思わなかった事柄が渦巻いて、それでもぴったりと一つの答えに全てが還っていた。
この夢はかつてのオレの記憶。
いつも隣にいたのは鎧姿の愛しい弟。
そして欠けていたオレの右手と左足。

「どうした?嫌な夢でも見たか?」
オレの仕種に眼を覚ましてオレを抱きしめ、髪を撫でる男に疑問が浮かんだ。
こいつはそもそも始めから知っていたのではないか?
それは最早確信に近かった。
「今、何年だ?」
オレは男に聞く。
「なにを寝ぼけて…。大陸歴2253年だが?」
「くっ!くく…っ!そうか…。もうそんなに経ったんだ。
 機械も発達するよな。それに伴って錬金術は廃れた…か。」
がば!と男が身を起こした。
「思い出したのか!?」
あぁ、やっぱり。
この男は全て知っていたんだ。
覚えていたんだ。

「ああ。思い出したよ。大佐。」
『大佐』
それはオレがかつてこの男に呼びかけた言葉。
「そうか。…大丈夫か?」
なにを心配しているんだ?
「ん…。なにがダイジョウブなのか、わからねぇけどな。」
「つらいとか、痛いとかどこか異常はないか?
 右腕は…左足は痛まないか!?」
相変わらず心配性だな。

そうだ。『相変わらず』だ。
『あの頃』もオレの心配ばかりして。
道理で黒髪で黒い目の人にばかり惹かれていたハズだ。
恋人の面影を追っていたんだもんな。
「オレ、あんたが好きだったんだな。
 オレが…あんたの恋人だったんだな。」
「全部…全部思い出したのかね?
 私と君の…全てを…?」
「いや、すまないけど全部かどうかはわからねぇ。
 でも思い出したよ。あんたの恋人がオレだったって言うこと。
 オレが本当にあんたを好きだったっていうこと。」

うわ。
初めて見た。
この男が泣くトコなんて。
いや…。初めてじゃない。
こいつは結構泣き虫だったじゃないか。
…あの頃も。

「おかえり。『鋼の』。」
震える声で男が言う。
『鋼の』
そうだ。その銘でオレはこいつに呼ばれていたんだ。
なんて懐かしくて哀しい言葉。
「ただいま。なあ、おい。」
男に告げよう。
随分遅くなってしまったけど、今こそ。
「大佐。オレ、あんたを『愛してる』。
 今までも、これからも。
 なぁ、これからずっと一緒にいような。」
「ん…ん。はが…『エドワード』。
 私も君を愛している。昔も…今も…。
 君が帰るのを待ちわびていたよ…。本当に…。」

この男の今までの強気な姿勢が酷く脆いバランスで成り立っていたことを痛切に思い知らされる。
「ごめんな。待たせて。
 これからオレはずっとあんたと一緒にいる。
 昔守れなかった約束の通り。だから泣くなよ。
 オレ、あんたを愛してるからさ。」
「エド…エドワード!」
強く強く抱きしめられる。
限りなく愛しい男に。
あぁ。幸せだ。
随分待たせてしまったけれど、やっとこの腕のなかに還って来られたのだから。




           fine





あー。
やっと終わったぁ。
ああ。まだ『RPG エドロイ』バージョンがありますが。


パラレルのハズでしたが、私の書いておりますエドロイSS本編にリンクです。
いや、もう皆様には途中でお解りでしたでしょうが、ここにひっぱりたかったんです。
しかし『遊』は旧アニメ&映画シャンバラが前提でして、本編のヘタレ大佐受けエドロイSSは原作を元にしておりますのでやはりパラレルと言うことで。


ショチョウが『エドワード』と呼ばないことと、センセイが『愛してる』と言わない理由はエドロイSS本編の
『フソク』

『摂取 Turn R』
『摂取 Turn E』
に書いてございます。
(実は途中からはこれが書きたかっただけなんです。)

ちなみに『遊』話中でショチョウがよく言っていた
「は…」は
『鋼の』と言いそうになって言い直しているつもりでした。

センセイの服は、シャンバラのアレです。



【おまけ】

「オレの記憶がないのをいいことに、ナニ突っ込んでんだよ!?あんた!」
「何を言う!君が厭がったのではないか。」
「…そだっけ?」
「『抱く気はない。』と即答されたり、『ムリ』と言われたり。傷ついたんだぞ!?私は。」
「あー。わりぃわりぃ。そういやそだったな。
 …なぁ、寂しかった?」
「もちろんだ。寂しくて耐え難かったよ。」
「ごめんな。仲々思い出せなくて。あんた、色々努力してくれてたんだよな。
 時計、よく見つかったな。あれオレんだよな?」
「ああ。あれは偶然骨董品屋で見付けたんだ。君に逢う前にね。
 その時きっと君にも逢えると確信したよ。」
「そうだったんだ。…なぁ。」
「ん?」
「久々にあんたを抱きたい。」
「ああ。ただしこの躰では初めてだからな。手加減してくれよ?」
「また熱出すのか?」
「…知っていたのか。」
「ん。…やっぱやめようか。思い出しちまった。初めてんときのあんた。」
「いや、大丈夫だろう。あの時とは状況も違うしな。」
「まぁオレもあんたの感じるところ解るし。じゃ、優しくするからさ。」
「ああ。……待った!」
「あ?」
「やっぱりやめよう!」
「どしたの?」
「あの時とは君のサイズも違うんだ!」
「あ!? オレのアレ?」
「そうだ。最初驚いた。」
「はあ!? あんた自分の挿れといてナニヌカしてんの!?」
「このまま君が抱かれていいじゃないか。なぁ奥様。」
「ふざけんな!」
「ちょ、やめてくれ!頼む!…ぁっ!」
「ここ弱いんだよな。ほら、力抜けよ。手加減してやるから。」
「ぅ…。」
「ほら。愛してるよ。ロイ。」
「…ん…っ!」
「…あんた相変わらずかわいいな。」


どっちに転んでもらぶらぶ〜♪


そして最後に

こんな予想外に長くなってしまった駄文を最後までお読み戴き、本当にありがとうございました。
これからお付き合いのほど、どうぞ宜しくお願い致します。

     たまごっつ拝


060915



「幻」(「遊」番外編)へ進む

clear




 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「幻」 (「遊」 番外編)(エドロイ)
「幻」 (「遊」 番外編)(エドロイ)
08.12.17up
(旧テレビアニメのラストから映画シャンバラのその後。ロイVer.)
君が消えて後、私はもう焔を使うことが出来なくなった。
そうしようとする度に己の罪に囚われて、正気を保つことが出来なくなってしまっていたのだ。

国家錬金術師の資格を返上するのは簡単だった。
査定の時に一言
「焔を使えなくなりました。」
と言えば済んだのだ。

そして私は反乱の罪により准将の地位を剥奪され(それでも国家錬金術師だったことで免職は免れた)伍長へと自ら望み降格した。
少しでも君の情報が手に入るところにいたかったから。


  ***************************


すぐに近しい部下と引き離され、東方へと異動命令が下った。
軍は上下関係ですべてが決まる。
准将から伍長へと降格した私は、年若くして出世しすぎた反動で周囲の嫉みを一身に受けていた為だろう。
焔を使えない、地位もない私は格好の獲物だったようで、君にしか開かなかった躰を無理矢理に犯された。
夜勤の度に、いや、ことあるごとに佐官から下士官までを相手にさせられたのだった。

ある日、夜勤明けでいつものように数人を相手にさせられた痛む躰を引きずり、帰宅しようとしていた。
そこへグラマン大総統がいらして、私に北方の交代要員のない部署へ異動するようにと仰った。
「左遷だよ。」
と笑って。
以前から彼は目を掛けて下さっていた。
「今でも私は君が孫を貰ってくれないかと思っているんだがね。」
と付け加えられたが私は返事が出来なかった。
雪の中へ私を護るようにと送って下さった恩は忘れられない。


  ***************************


吹き荒ぶ吹雪の中で私は何度も君の幻を見た。
紅いコートを翻して笑いながら私の元へと走ってくる君。
その度に直立不動の姿勢を崩さずに見張りを続けながら
「ああ。またいつものように君は私に飛びついてくるのだろう。
 いくら小さい君とはいえ、よろけずに受け止めることはできないな。」
嬉しく思いながらその瞬間を待ち

そして触れてくる君に重さが無いことに絶望するのだ。

私をすり抜ける君の幻。
それはゆっくりと私の心を蝕んでいく。


もう…どのくらいの間、笑っていないのだろう。


先日ハボックとブレダが訊ねてきた。
だがそれもどこか夢のような翳んだ意識で受け止めていた気がする。
私はもうここから離れることはない。
贖罪の意識と残された自分の職務を全うすることだけを考えて生きて行くのだろう。


 ***************************


リオールとセントラルで同時に起きた地震について、レポートを送ってきたのはホークアイ中尉だ。
それを何度も読み返して私は一つの結論に達した。
…鋼のにまた逢えるかも知れない。
君が…帰ってくるのかも知れない。
そう思ったら自分を止められなくなっていた。

久しぶりに填めた発火布の手袋は私の心を引き締め、かつてのような高揚感を産み出した。
鋼の。
君に逢えるなら。
そう思うだけでもう焔を使うことへの恐怖心は消えていた。

セントラルへ。

もう迷わない。
君をもう放さない。
抱きしめて、二度とこの身から離すものか。


 ***************************


数年ぶりに見た君はやはり美しかった。
少しは背が伸びたようだな。
かつてと変わらない軽口の応酬。
その唇に私が心奪われていたことに君は気付いただろうか?
抱きしめたい。
口づけたい。

そんな時間は無かったのだけれど。
それでもこれからまた二人で時間過ごし、思い出を作っていけるのだろうと私の躰は歓びで打ち震えていた。


 ***************************


そして君が告げた言葉を、アルフォンスを抑えながら私は笑って受け止めた。
私を置いて、違う世界へ行ってしまうことを。
この惨状を二度と起こさないように。
この門を崩すために。
君がまた私を置き去りにしてしまうことを。

私を振り切って
私にこの後始末を押しつけて
君へと走っていくアルフォンスに


  心  底  嫉  妬  し  た  よ  。


私だって君を放したくない。
君ともう離れたくない。
それでも。
それでも。
…それでも。
このまま『門』という存在を放っておく訳にはいかないから。
私以外の人間に、この君と君の弟の罪を知らせるわけにはいかないから。


残るしかなかった。
残されるしかなかった。



なあ。鋼の?
君も私くらいには苦しんでくれただろうか?


…今日も眠れない。

君を想う夜は

こんなに

寂しい。


鋼の。

…エドワード




逢いたいよ。




       fine


060918


そーゆー理由で北方に独り。
あんなにおとなしくなっちゃって。


「惑」(「遊」番外編)へ

clear




 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊」 Vol.10以降(ロイエドVer.) > 「惑」 (「遊」 番外編)(エドロイ)
「惑」 (「遊」 番外編)(エドロイ)
08.12.17up
(旧テレビアニメのラストから映画シャンバラのその後。エドVer.)
アルとこっちの世界に来て、3度目の冬が来た。

グレイシアさんはヒューズじゅ…じゃなかった。ヒューズさんでいいか。
彼と結婚をして、かわいい女の子が生まれた。
もちろん名前はエリシア。
思えばオレとアルはエリシアが生まれるのを二度体験した訳だ。
これにはオレもアルも笑った。
暗い世情の中での嬉しい出来事だった。


  **************************


オレ達が下宿をしていたヒューズ夫妻の家に住人が増えると聞いたのは、ある日のささやかな夕食の時だった。
(もう食糧事情も悪くなりかけていたが、グレイシアさんの努力とそれなりの力を持つようになったヒューズさんのおかげでオレ達は食べることには苦労しなかった。)

「オレの学生ん時からの友人だ。
 3月に編成された第1SS戦車師団に所属していたんだが、まあアーリア人の特徴を持っていなくてな。
 優秀なヤツだから冷遇されたって訳じゃないんだろうが。
 本人も色々考えたんだろう。
 今度オレと同じく警官になるということなんだ。」

話を聞くと、どうやら選民主義のドイツ労働者党員とは違うらしい。
元々身元のはっきりしない立場のオレ達は初め警戒していたが、大丈夫そうだと解った。

そしてその人が来たとき
一目見ただけで心臓を鷲掴みにされたような苦しさに襲われた。

「兄さん、あの人!」
「そら似だ!この世界ではよくあるって知ってるだろ?」
なるべく視線を合わせないままそっけなく挨拶をしてオレは自分の部屋に隠った。


  **************************


それからは当たり障りのない会話をなるべく少なく交わし、オレはできるだけその人との接触を避けていた。
黒髪に切れ長の黒い目、鼻筋の通った端正な顔。
白い肌。
オレに何度も愛していると囁いた声がオレを苛むから。

可能性はあると思っていた。
ヒューズさんの側にいれば尚更。
それでもここにいたのは、最初は自分のため。
アルにそっくりだったハイデリヒに寂しさを癒されたから。
アルが来てからは、少しでも見知った人達に囲まれることでいきなり違う世界に放り込まれたアルの不安を少しでも減らせたらと思ったから。

本当にそれだけか?
オレは本当は…。
そう思いかける自分を、オレは頭を振って何度も誤魔化していた。


  **************************


オレが避けているにもかかわらずその人、ロイ・マスタング(ご丁寧にファミリーネームまで同じだった。)はよく話しかけてきた。
その度にアルを引き込んで相手をさせていたが。
アルもオレの気持ちを解っていたから、その人が気分を害さないように気を遣って相手を引き受けてくれていた。

オレはその人を見ないように、声を聞かないようにしていたけれど、それでも意識が集中してしまうのを止められなかった。
何をしていても、その動向に意識が向いてしまう。
本を読んでいても背後でアルと話す男の様子をオレはすべて感じ取っていた。

今食事に向かって階段を下りている。
今ヒューズさんと笑いながら話している。
今…オレを見つめている。
「…なに?」
アルと座りながらオレの方を見ているその人に背を向けたまま聞く。
「え?なにが?兄さん。」
「…いや。なんでもねぇ。」
自分に話しかけられたことが解ったくせに、何も言わない。
そんな訳のわかんないトコまでそっくりだぜ。

うんざりしていた。
オレがいくら避けようとしても近づいてくるその人に。
近づきたくないのにそいつを意識してしまう自分に。


  **************************


風呂から上がって部屋に行こうとすると、階段の上にその人が立っていた。
脇をすり抜けて部屋に入ると一緒に入って来る。
「なんか用かよ?」
できるだけ会話が続かないように祈る。
「君は私が嫌いかね?」
その顔でその声で聞かれて…。
瞬間思考が止まってしまった。

「…んで?」
かろうじて絞り出した声は掠れていた。
「避けられているようだから。」
嫌いだと、もう話しかけるなと言っちまえ!
「そ…か?」
オレに近づくなと、顔も見たくないんだと。
「ああ。気のせいならいいのだが。」
どうして?
そう思うんだ?
ああ。違う!
気のせいでは無いと…嫌いなんだと言わなくちゃ。

「気のせい…ならどうだって言うんだ?」
その人はオレの好きなあいつの笑みを浮かべた。
嫌味じゃない、あいつがオレにしか向けなかった笑顔。
「ん?嬉しいと思うな。私は君を好ましいと思っているから。」
好ましい。
そんな言葉に鼓動が跳ねる。
…ダメだ!

「…は! そりゃオレに恋してるってことか?
 そんな意味じゃないよな?
 同性愛は御法度だろ?」
この年ヒトラーの政権が樹立され、ワイマール共和国は事実上消滅した。
ナチスドイツにおいては同性愛は赦されざる罪だ。
元SSで今も警察官のこの男が、そんな罪を犯すはずもない。

オレは内心ホッとした。
ほら。
この人はやっぱりあいつとは違うんだ。
別人だよ。

「それでも…君に愛情を抱いてしまったと言ったら?」

息が止まった。

心臓が耳に移動してきたみたいだ。鼓動が聴覚を蝕む。
「…冗談!オレはそんな趣味は持ち合わせてないぜ。」
ちゃんと言えただろうか?
自分の声すらよく聞こえなくて自信を持てない。
「そうかな…?」
かろうじて聞こえた声。
否定するな!
頼むから否定しないでくれ。

「ああ。オレは男だし女の方が好きだ。『健全』にな。」
男がオレに近づく。
その歩数に合わせてオレも下がるが、広くない部屋だ。
すぐに背中が壁に行き当たってしまう。
「ならばなぜ、君は常に私を意識している?」
「は…はあ!?なんだよそりゃ。」
気付かれていたのか。
「いつも私に意識を向けているだろう?
 私に背を向けているときも。
 もしかして同じ部屋にいないときですらそうなのではないか?」
そうだよ。
「…気のせいだろ?」

ああもう。部屋を出て行って欲しい。
ずっと離れているあの男と匂いすら同じで。
抱きしめたくて触れたくて…渇いているんだから。
「君は私が嫌いか?」
「…悪いけど。考えたこと…もない。」
ウソだ。
解ってしまってるだろう。
オレは自分でも解るほど動揺している。
オレの気持ちはこの人に知られてしまった。
ふ、と笑って
「そうか。このご時世だ。君に迷惑を掛けたいと思っているわけでは無いが、私は君に惹かれている。
 …それだけを伝えたかった。」
そう言い残して男は部屋を出て行った。

オレはその場に座り込んだ。

早く。早く旅に出ようとその時思った。
もうここを離れよう。
あの人から離れよう。と。


  **************************


ヒューズさんとグレイシアさんには、オレ達のことを話していた。
オレ達の居た世界のことを。
ヒューズさんはエッカルトのことも目の当たりにしているし、なによりその場にいたのだからすぐに信用してくれた。
オレ達にとってもヒューズ夫妻は信頼できる人達だった。

ウラニウム爆弾を探しに行くと告げた後、ヒューズさんは出来るだけの情報を集めてくれた。
アルと旅に出る。
それはオレ達にとってなじみの行動に戻ると言うことだった。
探すモノが『賢者の石』から『ウラニウム爆弾』に変わっただけで。


  **************************
 

それぞれの部屋に戻って旅の準備をしていた。
ふと廊下に気配を感じた。
「…どうぞ。」
その人は静かに入ってきた。
「旅に出るそうだね。」
オレのベッドに座って言う。

ヒューズさんからオレ達のことをこの人に話していいのかと訊ねられたが、特に口止めはしなかった。
この人なら大丈夫だろうと。(ヒューズさんもその辺は太鼓判を押すと言っていた。)
「ああ。やっかいなモンだから探して消滅させないとな。」
未だに顔を直視できず、背を向けて荷物を調えながら応える。
「そうか。では私は君が帰るのを待っていることにしよう。
 君が無事に帰るのを。」

オレの帰りをを待つ!?
「やめてくれ!」
オレは知らず叫んでいた。
「エドワード?」
オレを待つ男なんてまるであいつみたいでそこまでこの人があいつと同じになられたらオレは…。

「エドワード!」
耳を押さえて膝を付いたオレを後ろから男が抱きしめてくる。
ああこの腕だこの胸だこの体温だオレを愛してオレが好きででも愛してるって言えなくていつかずっと一緒にいられるようになったら愛してるって言おうと思っていたのになんでオレの名前を呼んでくれなかったのかなオレを愛してくれたのに愛してくれた男はあいつでこの人じゃなくてこの人じゃないんだから……。

「エド!エドワード!落ち着くんだ!」
背後からの抱擁は強くて優しくて。
男の指がオレの涙を拭っていて、それでオレは自分が泣いていることに気付いて。
ああ。以前もこんなことが有ったなでもそれはこの人じゃなくてそうだまだオレがあいつを好きと自覚してなかったときのそれでもあいつに救われていて。

「放せ…。」
この人の存在はこの人の腕は暖かさはオレを苛んで狂わせる。
「大丈夫…だ…。離してくれ。」
震えるほど抱きたいんだよ。
あいつを。
それはあんたじゃなくて。
「放してくれ。」
伝わっているはずなのにオレを抱きしめる腕の力は変わらない。

「おい!」
「放したくない。エドワード。私は君を愛している。」
「…オレは…あんたを愛してない。」
「…それはウソだろう?」
「ウソ…じゃ…ない。オレが好きなのはあんたじゃない。」
ぱたぱたとオレの膝に涙が落ちる。

「私によく似た男だそうだな。」
ひくり、と躰が揺れる。
「誰に…聞いた?」
「やはりそうだったのか。」
その言葉で謀られていたことが解った。

「っ!」
振り払おうとした腕を掴まれてもっと強く抱きしめられた。
「それでもいいと言ったら?
 君が愛する男の代わりに、私が君を愛すると言ったら!?」
この人がオレを?
無くしてしまったあいつと同じ顔の男がオレを愛して?
アルが躰を取り戻して側にいて。
グレイシアさんもヒューズさんもエリシアも元気で側にいてくれて。
旅から戻ればこの人が『おかえり』と迎えてくれて。
きっとウィンリィさえ見つかるだろう。
ピナコばっちゃんとともに。
オレの望んだ世界。
なんて甘美な誘惑。

「ああ。それはオレの理想だな。」
男の肩に頭をもたれ掛ける。
涙が耳を伝って首筋に流れていく。
「そうだ。エドワード。私を受け容れてくれないか。」
この腕を受け容れたらどんなに幸せだろう。
この躰の熱さえ、快感とともに冷ましてもらえるだろう。
この男を受け容れればきっと幸せになれる。
オレの幸せはこの腕にある。

このままこの人を抱きしめて、愛されるままに愛し返して。
好きだと愛していると焦がれているんだとこの気持ちをそっくり伝えたい。
縋り付いて抱きしめてキスをしてその躰に触れて思うまま貪ってしまいたい。

しかしそれは赦されないことだ。
この人はあいつじゃない。
オレが置き去りにして独りにさせたあいつじゃないんだから。

オレだけが満たされる訳にはいかない。

「…ごめん。」
だから受け容れることは出来ない。
「エド…ワード…?」
「あいつさ…たった独りなんだよ。
 あの世界に…もうオレはいなくてさ…。」
嗚咽が込み上げてくる。
「オレだけ…幸せになるなんて…出来…ないだろ…?
 あい…つ…独り…な…に…。」
今どうしているんだろう?
オレの居ない世界で。
オレだけ幸せになる訳にいかない。

どんなにこの男に惹かれているとしても。

「ごめ…。オレ…あ…たに言え…な…。」
どうしても『好き』とは言えないんだよ。
それは赦されないことだから。

「解った。
 …すまなかった。」
後ろから抱きしめたまま髪を撫でられた。
『いつも』のように。
あいつのように。
「ごめん…。」
「いや。」
ふ、と笑いが耳に落ちる。
「そんな君だから…惹かれたのだろう。」
このまま堕としてしまいたいのだがね、という囁きにめまいがするほどの欲情が込み上げてオレは男から無理矢理離れた。

「も!もう…!二度と触れないでくれ。
 お願いだ。約束して欲しい。
 でなければオレは…もうここには戻らない。」
ミュンヘンは今最先端の文化都市だ。
人間が集まってくる分、情報も集まりやすい。
このままオレ達の拠点にする方が、探索に都合がいい。
旅の間にヒューズさんが情報を集めてくれると約束もしてくれている。

「…解った。もう君に触れない。
 だからここへ帰って来てくれたまえ。」
オレに伸ばしかけた手を下ろしてこの人が言う。
「ああ…。」
これが最後だ。
最後にこの顔を忘れないように見つめておこう。
オレは想いを隠さないままの瞳でこの人を見つめた。
「ああ。『ここ』に帰ってくるから。」
この人のところに。


  **************************
 

それからウラニウム爆弾を探す旅が始まった。
笑っちまうほどそれは以前の旅とよく似ていた。
探して、アテが外れて『ここ』へ戻って。
ヒューズさんとあの人が情報を集めておいてくれて、時には旅の愚痴をこぼして。

やがてオレは自分のことに集中しながらあの人に意識を向け続けることを体得した。
それはオレにとって自然なことになった。
決して触れない躰、絡まない視線。
それでも意識は寄り添っていた。
その事がオレに罪悪感を持たせ続けた。


  **************************


ナチスが台頭してくるとオレ達『アーリア人』とは遠い外観を持つ人間(特にオレとアルは戸籍すら存在していない。)には危険が迫ってきた。
ヒューズさんの口利きでオレとアル、そしてあの人は戦争中のどさくさに紛れてドイツの同盟国だった日本へと移った。
黒髪に黒い目の人間ばかりの国だ。
あの人は巧みに国の機関に入り込み、順調な出世をしオレ達を保護しながら情報を流してくれた。


  **************************
 

やがて戦後数年してオレ達はウラニウム爆弾の処理に成功した。
もう原子爆弾が投下されてこの世界でも開発されるのは目に見えていたけど。
それはオレ達のけじめだったから。
そしてオレ達は完全に向こうの世界と決別した。

アルはウィンリィによく似た女性と家庭を持ち、子供と孫に恵まれた。
それはオレにとっても大きな歓びだった。
時折オレの家にも遊びに来てくれるのが唯一の楽しみになっていた。

そしてあの人はずっとオレと暮らし、穏やかにこの世を去った。
オレは何回あの男を失うんだろうな。
でもあの人を残して先に逝く訳には行かなかったから。
もうあいつじゃなくても置き去りにするのは嫌だったから。
オレは静かにあの人の死を受け容れた。


  **************************


なあ。大佐?
あんたにそっくりだったあの人が年老いて
しわくちゃになって
ヨボヨボんなって
あんたと違う人なんだと実感できたら
「好きだ。」と
言おうかなんて思ったことがある。
でも、
あんたが年を取ったら
こうなるのかなんて
考えてたら
やっぱ
言えなかったよ。

そして
言えるはずもなかったと気付いたんだ。

そんなこと
赦されるわけないじゃないか。

あの人とオレに有ったのは
たった一度の
オレを惑わせた抱擁。

後は指先にすら触れることはなかった。

ただ
どこにいても
なにをしていても
あの人に向けていたオレの意識。

それでも
それらは

オレの罪。

あんたには
残せなかったものだから

赦されない
オレの罪。

いくらあの人が違うと言ってくれても
オレが赦されることはない。
オレが
オレを
赦さない。



ああするしかなかったと解ってはいても
あんたを置いてきたこと
後悔しなかった日なんて
一度も無い。


あんなに愛してくれたのに
オレはなんにも残せなかった。

あんなに愛してくれたのに
とうとう
『愛してる。』って
言えなかった。


今あんたは
なにをしているんだろう。
どんな気持ちでいるんだろう。

いっそ憎んでくれないだろうか。
そしてオレを忘れて
幸せに…。

…イヤだ!

忘れないで。

オレを
嫌いになって
憎んで
怨んで

それでも
それでも
覚えていて

殺意を持つほどにオレに精神を注いで
その精神に切り傷のように
オレを刻んで

オレを忘れないで。

オレを赦さないで。



こんな日は
腕よりも脚よりも
精神が痛む。


大佐。

…ロイ



逢いたいよ。



        fine


060918  


完結編に書き損ねたのですが、「遊」本編 vol.6の

「…だ……てはくれないのかい…?」
「…たら…してくれるのかな?」
「…寂しいよ…。」

「まだ…還ってきてはくれないのかい…?」
「いつになったら思い出してくれるのかな?」
「…寂しいよ…。」

でした。
自分で書いて忘れてました。
うわ。解いてない伏線あったらどうしましょう。



「遊 脇道」Act.1

clear



 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.)
「遊 脇道」(エドロイVer.)
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.1
「遊 脇道」Act.1
08.12.17up
【注意書きです】
こちらはエドロイバージョンのうえ、ロイが精神的に壊れてしまっています。
しかも暗いです。
弱いロイが厭だという方はお読みならないで下さい。

「遊」vol.9から続いております。
「遊」本編を最後までお読みでない方はそちらをご覧になることをお奨めします。
(こちらは「遊」を包括した入れ籠構造になっております。)
「遊」vol.1
「遊」vol.9
「遊」vol.10
また、
『遊』の最終話
『幻』
『惑』
をお読みでない方は、訳が解らないと思いますので、そちらを先にお読み下さい。
お手数をお掛け致しますがどうぞ宜しくお願い致します。

【言い訳です】
すみません。パラレルですので、原作以外受け付けないという方はお読みにならないで下さい。
アメストリスが舞台なのですが、こちらでは
エド=19歳 税理士 
    アルの分の負担がないので「豆」じゃないです。(身長170pです。)
アル=まだ税理士の登録はしていないけれど、科目合格者。
    エドと会計事務所を経営。
ロイ=エルリック事務所の管轄区域の税務署長
リザ=ロイの秘書官
となっております。



    「遊 脇道」act.1

男の家に帰ってきた。
オレはこの新刊を是非読みたい。
そう思っていたら男が言った。
「君の部屋の棚にその漫画本を置くといい。」
あ?ナニ言ってんだ?
「オレの部屋って?」
「君の部屋を用意してあるんだよ。昨日は案内出来なかったな。」
こっちだ。と男はオレを開けていなかった扉に案内する。
「オレ、悪いけど自分の集めてるマンガはひとまとめにしておきたいんだ。」
だから持って帰るって。
「だからここの棚に置くといい。」

男が開いた扉の先にはパソコンの乗った机と両方の壁にそびえた本棚。
その片方の本棚を見て、オレは絶望とはこう言うことを指すのかと実感する。
そこにあったのは、オレが今集めているマンガで。
この新刊はその続きで。
『先日初めて読んだのだが。』
あの言葉はオレんちからこのマンガが来てっていうことか。
ア〜ル〜〜!!!
オレのマンガコレクションをここに送ったのはお前だな!?

もう片方の本棚には今まで男に貰った専門書や解説本、それとオレの買ったそれらが収まっている。
オレにこれからここで暮らせと!?
これがオレんちから無くなったら、オレマジで困るぞ!?
調べ物の度に事務所かここんちに来なきゃならないってことだろ?
自分の周りは敵に囲まれている…。
そんなビジュアルが頭に浮かんだ。
四面楚〜歌〜♪(安達祐実ちゃんの「アライグ〜マ〜♪」のメロディで。)
だってオレの味方、どこにもいないじゃないか!
神様、どうしてこんなにオレを嫌うんですか?
オレがナニをしたって言うんですか!?

とにかく料理を作ってさっさと家に帰ろう。
既にカラッポかも知れないオレの部屋へ。
少なくともベッドは残されているはずだ。
この部屋にベッドはないから。
「メシ…作るぞ。」
あ、ちょっと涙がこぼれてしまった。

男が嬉々として手渡したエプロンをさらりと無視したのは言うまでもない。
キッチンに材料を並べて作り始めてすぐ、オレは自分の迂闊さを悟った。
この家、『包丁とまな板』がない!
そうだよなー。
引き出物で成り立ってんだもんなー。
包丁とまな板は引き出物にはしないよな。

「どうした?」
「うん。ぬかったよ。ここんち包丁とまな板がない。」
「そういえば見たことがないな。買ってくるか?」
「いや、キッチンセットはあるからピーラーとキッチンばさみはあるし。ペティナイフもある。
 なんとかなるだろう。」
母さんはどこでもオレ達が生きていかれるようにと、料理を含めた家事一般の他に道具がなくても工夫することを教えてくれた。
無人島にナイフ一つで一ヶ月は大変だったけど。
それに比べれば楽勝だ。

「あんたピーラー使えよ。ジャガイモの皮むきを頼む。」
「…。」
男はジャガイモを握ったまま黙ってキッチンセットを見下ろしている。
「どした?」
「ピーラー…。」
「ああ。これだよ。ちゃんと芽を取ってな。」
「メ…?」
おいおいおい!どこのぼっちゃんだぁ!?
「あのさ!家庭科で習っただろ?
 ジャガイモの芽にはソラニンが含まれてるから取るんだって。
 調理実習だってあっただろ?」
「ソラニン?覚えていないな。
 調理実習ではたしか女生徒に『ナニもしなくていいから座ってて。』といわれたので、包丁に触ったことがない。
 いつも味見係だったな。」
それは男がモテたということなのか、男の調理が不安だったということなのか。
オレは後者だと思う。

「しかたがないな。覚えろよ?
 ジャガイモはまず水で洗ってドロを落とす。
 芽って言うのはこの引っ込んでる部分だ。
 それをこうやって取って、それから皮を剥くんだ。
 ピーラー使えば安全だろ?」
説明しながらやってみせる。
「ほら。」
剥きかけのジャガイモとピーラーを手渡す。
受け取った男は真剣な顔でジャガイモに取り組んでいる。

「ピーラーの動きと反対側に手を置け…。」
言いかけたのと男が指を切ったのは同時だった。
「うわ!大丈夫か?」
「ああ。大したことはない。」
ドロを落とさないと細菌が入るかも知れない。
オレは慌てて男の指を咥えた。
「は…っ!大丈夫だから。センセイ。」
舌先で傷の度合いを確認する。
うん。ピーラーだしな。傷は深くない。
ティッシュと消毒液はどこだろう。

男に聞こうと指を離した途端、男の顔が近づいてきた。
「サカるな!」
がしっと男の顔を鷲掴みにして離す。
「消毒液と絆創膏とティッシュはどこだ?」
「ティッシュはそこの棚に、消毒液は…リビングのスピーカーの右側の棚に救急箱がある。」
オレの手を通してくぐもった声が聞こえる。
「ん。シンクに指を出しとけよ。血が垂れるからな。」
言い捨てて取りに行く。
全く役に立たない男だ。
リザさん(心の中だけでもファーストネームで呼んでみた。)が『無能』呼ばわりする気持ちがよく解った。

それからはオレが一つ一つ説明しながら料理をするのを男が熱心に見ていた。
ベーコンを切るのはキッチンばさみで代用して、野菜は手に持ったまま、削るようにペティナイフで刻んだ。
今度まな板を使ったやり方も教えないとな。
セロリを刻んでいると、
「もうそのくらいでいいのではないか?」
と何度も聞いてきてうるさい。
いつもより多めに入れてやった。
今度場所にかまわずサカってきたら、これを口に突っ込んでやろう。
オレのニンニクと十字架はセロリというわけだ。

ミネストローネとサラダとパン、あとは肉をソテーしただけの簡単な夕食だけど、男は恥ずかしくなるほどの賞賛を贈ってくる。
いや、作ったモンを美味いって言われるとオレも嬉しいけどさ。
「明日の弁当。」とサンドイッチの具を用意するときは感激のあまりと抱きついて来やがったので、もちろん生のセロリを口に突っ込んで離れさせた。
作業が進まねぇんだよ。


風呂を入れ、後片付けを済ませて食後のコーヒーをリビングのソファで飲む。
「本当に美味しかったよ。ありがとう。センセイ。」
「や、もういいよ。充分礼は聞いた。」
「弁当か…。初めてだな。」
それは意外だ。
「あんたなら、学校とか職場とかで女から貰ったんじゃないの?」
「いや。好きな人が作ってくれるのは初めてなんだよ。」
んな恥ずかしいセリフをしみじみ言うなっ!
つか、貰ってんじゃねぇか!

「センセイ。この等価交換はどうしようか?」
楽しそうに男が身を乗り出して来る。
「なんの?」
しまった。セロリがない!
「この夕食と弁当のお礼だよ。なにか欲しいものはないのかい?」
「んー?いつもあんたには解説本とか専門書とか貰ってるからな。これはそのお礼でいいよ。
 それより、これから少しは自分で作れよ。わかんなかったらやり方は教えてやるからさ。」
「また君が教えてくれるのか?」
「あんた本を読んでわかるっていうレベルじゃないからな。」
「それは嬉しいな。…センセイ?」
「ん?」
「欲のない君と違って私は欲深いんだ。」
あ、嫌な予感。

「昼間の等価交換を果たしてもらえるかな?」
忘れたふりをしたらどうなるんだろう。
おそらくもっと怖いことになるだろうけど。
オレ、セロリをこれから常備することにしよう。
「オレちょっとキッチンに…。」
立ち上がり掛けた腕を掴まれて引き寄せられた。
「君からの口づけが欲しいんだ。」
耳元で囁かれる。
どうして男の囁き声はオレから力を抜き去ってしまうんだろう。
横抱きに膝の上に乗せられ、じっと瞳を覗き込まれる。

「…。」
しなくて済むものならしないで済ませたい。
しかし済まされる訳もないのは明白で。
ええい!しかたがない!
この紅く染まった顔を見られる方が恥ずかしい。
「ちゅ。」
男の唇にキスを落とす。
これだけでもオレの心臓はバクバクだ。
「したぞ!」

男に自分からキスか。
オレの人生、どこまでノーマルな日常からかけ離れれば気が済むんだろう。
もういい加減、気を済ませて欲しい。
しかし男は不満げな顔だ。
「駐車場であんな媚態を見せる君から離れること。
 シーツを一人で買うこと。
 食料品を運ぶこと。
 その等価交換がこれかね?」

『ビタイ』てナンだ!?
『ヒタイ』の方言か!?
「えと、ダメデスカ?」
「ダメだね。」
「ドウスレバイイデショウカ。」
いや、答はいらねぇ。いらねぇよ!
「さあ、君からの口づけを。」
しかたがない。
オレからくっつけりゃいいんだよな。
今までだって何度もされてるんだし。

「わかった。…目をつぶれよ!」
男が黙って目を閉じる。
覚悟を決めてオレから唇を合わせる。
「…。」
「…。」
あれ?唇を合わせているだけで、男の舌が入ってこない。
どうしたんだ?これでいいのか?
「…。」
「センセイ?」
男から口を離す。
「ん?」
「君からと言っているのだが?」
「だからオレから合わせに行ったじゃないか。」
「いや、合わせるだけじゃなくて君から…。」
いいながら男の手がオレの頬に当てられ、親指がオレの唇に入り込んで舌に触れる。
「え!?舌もオレから出すの!?」
「そういうものだろう?」
ソウイウモノデスカ。ソウデスカ。
…イヤデス。
「…。」
ヤダデス!
「どうしてもできない?」
それは…いやだ。
オレ、本当にノーマルなんだよ。ノンケなんだよ。
男の口にオレから舌を入れるなんてイヤだ。
受け容れるのだってイヤなんだ。
いや、気持ちいいと思うのは事実だけど。

男のため息が聞こえた。
「センセイ。舌を出して?」
「え?」
「舌を、ほら出して。」
言われたとおりオレはあっかんべーをするように舌を出す。
「そのまま出しておくんだ。」
言うなりオレの舌に同じように出した男の舌が触れてきた。
「っ!」
思わず舌を引っ込めてしまう。
「こら。そのままと言っただろう?さぁ出して。」

なに?なんだ今の感覚。
すんげえ…気持ち良かった…。
舌って神経が多いのかな。
おずおずと出したオレの舌に、また男が舌を摺り合わせて来る。

お互いに舌を差し出した触れ合い。
それは知らず背中が反るほどの快感で。
今まで男の舌を受け容れていたのとは全く違う、直接神経を刺激するような快感。
「は…!ぅ…ん…っ」
息が乱れて声が漏れてしまう。
吸われることのない唾液が二人の間に幾筋も落ちていく。
それが腿に落ちる感覚すらオレを乱して。

「ぁ…。」
躰の奥から熱が込み上げてくる。
もっと欲しい。
ナニが欲しいのは分からない。
だけどもっと欲しくなる。
そんな熱を産む、オレの知らなかったキス。
いつの間に縋るようにオレの両手は男の首に回っていた。
躰を擦りつけるように自分から寄せている。

そのことに気付いたとき、オレは躰を離して舌を引いた。
「もう…終わり?」
男も息を乱している。
その瞳には明らかに欲情が宿っていて。
オレはここで引かなければもう逃げられなくなると知った。

「あの…さ。風呂、入って来いよ。」
その間に逃げよう。
それしかもうオレが日常に帰る手はない。
「ん。そうだな。一緒に入るか?」
「や、遠慮しとく。」
上機嫌で風呂に向かった男を確認してオレは荷物を調える。
男に貰った新会社法の本2冊も忘れずに持つ。
もうここへは来たくない。
オレの荷物は平日にでも引っ越し屋に頼もう。
鍵は持っているんだから。
逃げるように男の家を後にした。

事務所に行こう。
まだ電車はあるが、ここで家に帰ってアルになにか聞かれるのもイヤだ。
今夜は事務所に泊まろう。
仕事が忙しくなると帰るのが面倒でオレはよく事務所に泊まる。
アルはマメに帰っているが。


事務所に着いて自分の席に座り込む。
思わず大きなため息が漏れる。
どうして。どうして。こんな。
躰が震えていることに気付いた。
いつからだろう。
きっと男の欲情に濡れた瞳を見た時から。
いや、舌を摺り合わせた時から?
わからない。
どうしてあの男がこんなに怖いのかも。
頭を両手で抱え込んだまま、オレは混乱した頭を整理しようと試みていた。
どこかでムダだと解っていながらも。


どの位時間が経ったのか解らなかった。
突然事務所のインターフォンが鳴った。
こんな時間だ。
あの男に違いない。

居留守を使おう。
そう思ってからそれがムダなことに気付いた。
部屋の電気はドアの横の窓から漏れている。
ここにいることは解ってしまっているだろう。
それでも、ドアを開けるまい。
そう思った。
開けたらきっと、オレの日常は二度と戻ってこないから。
オレは居留守を使い続けようと決めた。

「開けたまえ!いるのだろう!?センセイ!」
今度はガンガンとドアを叩かれる。
マンションの金属ドアだ。
すごい音がする。
うわ。今度は蹴り始めた。
ドアがぼこぼこになっちまうな。
耳を覆いたいほどのデカい音が響く。

これでは居留守を使い続ける訳には行かない。
このマンションのほとんどは人が住んでいるんだから。
迷惑をかけてしまう。
きっとソコまで計算してやがるんだろうな。
しかたがない。
日常が手の届かない所へ去るのを惜しみながら、大きく息を吐いてドアの鍵を開ける。

ドアノブを掴む前に勢いよくドアが開いた。
と同時に男が飛び込んできて、オレの腕を掴む。
「…っ!」
いきなり殴られるかと身構えたが、意外にも男は動かずオレを凝視している。
濡れたままの髪、かろうじてジーンズを履いてはいるが上半身はワイシャツにカーディガンを引っかけただけでボタンもとまっていない。
こんな乱れた格好の男は初めて見た。
そして風呂上がりなのに、こんなに息を乱すほど走ってきたんだろうに。
汗をかいているのに。
男の顔は真っ青だった。
それは安堵したような、でも泣きそうな歪んだ顔。

男が強くオレを抱きしめた。
あ!?
震えてる?
オレを抱きしめる腕も耳元に掛かる息も震えている。
なんで?
そんなに怒ってんのか?
…これはかなりマズいかも。

「…黙って…」
「はイ!?」
ビビって声がひっくり返ってしまった。
ここは一つ穏便に収めて戴きたい。
「黙っていなくなるなんて…。」
「あ…あの、悪かったよ。言ったら帰して…」
「許さない!」
最後まで言わせてもくれない。つかオレの言葉なんか聞いちゃいねぇな。
「どこにも君がいないなんて!」

震えるほどの怒りに囚われている男に抱きしめられて、おそらく逃げられないこの状況。
冷静に分析してみても状況は変わらないんだろうが…。
ヤヴァイ!
ヤヴァ過ぎる!
「ごめん!オレが悪…」
「どれだけ私が見守ろうと…我慢して…。」
「だからオレが…」
「なのに黙って逃げるなんて…。」
「話を聞いてクダサ…」
「もう離さない。」
「だから悪かっ…」
「君を抱くぞ!」
それだけはカンベンして下さい!
その時オレの躰は固まり、恐怖のあまり声も出せなかった。

引きずられるように男の家へ連れ戻される。
逃げなくちゃと思考が空回りしていた。
躰が言うことを聞かなかった。
オレの人生最大の危機。
精神の弱さが躰に出ている模様です。
掴まれた腕が痛い。
おそらくアザになるだろう。
そんな埒もないことしか考えられなかった。

男は寝室に入ると無言のままオレの服を剥ぎ取る。
その顔は一切の表情が無くて、それが更にオレの恐怖心を煽り、抵抗を無くさせる。
逃げなくちゃ。逃げなくちゃ。
それは分かっているんだけど。
それにしても、ただ家に帰るだけのことでこんなに怒るなんて。
それが不思議だった。
その疑問がもしかしたらオレから抵抗を奪っていたのかも知れない。

「選ばせてやろう。」
男の声で我に返る。
気が付くとベッドに押し倒されていた。
どうも現実逃避をしていたらしい。
「…なに…を?」
掠れた声だ。オレの声か?
「私に抱かれるか、私を抱くかだ。」
スミマセン。
選択肢が足りません。
などとは言えるハズもなく。
「ど…どっちもイヤなんですが…?」
それでも正直に答える。

「選びたまえ。」
絶対零度の声ってこういうのを指すんだろうな。
凍り付いてるモン。オレ。
オレの思考はとうに止まっていて、えっと選べってどれも嫌な場合はどうすればいいんだ?
「あの…さ?」
「決めたのかね?」
「いや…なんでこんなに怒ってるんだ?」
急に男の顔が歪む。
まるでどこかが痛むみたいに。
「君が黙っていなくなるからだ。」
「そんなことで!?」
オレは最大の危機に陥るのか!?
「そんなこと…?」
あ、剣呑な顔付きに…。
オレ、更に危機を呼んだ!?

「部屋に戻ったら君がいなかった。家のどこにもだ!
 いるはずの人間がどこにもいなくて!
 探してもいなくて。
 君が本当に存在しているのか…不安になって…。」
声が段々弱くなる。
「あのさ…いなきゃ、家に逃げ帰ったんだろうくらい考えないか?」
「考えなかった…。怖かった…。」
怖い!?
この男が!?
オレがいないくらいで?
どうしちゃったんだ?

「君の存在をもっと感じたい。」
あの…それはもっと違う方法でもよろしいのでは…?
「まっ…!」
「聞くのは最後だ。どちらを選ぶ?」
「ちょ!ちょい待ち!今考えるから!」
どちらかというなら答は一つだ。
オレはカマなんぞ掘られたくない。
つか、絶対痛いって。
ならこいつを抱くか?
男を抱くって…。
話には聞いたこと有るけどやっぱ挿れるんだよな。
オレ、勃つかなー。
でも絶対ヤられんのだけはイヤだ。
「わ…解った!オレがあんたを抱く!」

オレ、人生でこれほどトホホな宣言なんざしたことないぜ。



Act.2

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.2
「遊 脇道」Act.2
08.12.19up
男が嬉しそうな顔をするのが不思議だ。
男に挿れられんだぜ?
マジでヤじゃないのか?
オレだったら絶対ヤダ。
痛そうだもん。いや、ぜーーーったい痛いだろ。

「ではしばらく待っていてくれたまえ。」
男がベッドから立ち上がった。
「あ?」
どこに行くんだ?
男はオレの顔を見つめて
「君は男の躰を慣らす方法を知らないだろう?」
知るかっつーの。
オレは頷いた。
知るわけねぇじゃん。んなもん。
「慣らしてくるから、待っていてくれたまえ。
 その間に逃げようだなんて考えるのではないよ。
 今度は君の希望を聞かずに抱き潰すぞ。」
こくこくとオレは頷くしかなかった。
はい。逃げませんとも。
満足そうに笑って男は寝室を出て行った。

躰を慣らすって、やっぱ挿れるトコ軟らかくっつぅか挿入るようにするんだよな。
どうやんだ?
指とか突っ込むのかな。
うーん。やれと言われなくてよかった。
んなことオレにはできねぇ。

オレ、男を抱くなんて出来んのかな。
女の子になら欲情できるけど。
あいつに欲情…。
ホークアイさんとは別な意味で出来ない。
つかフツーしねぇだろ?
相手は男だぜ?
でもここでヤらなきゃ、オレがヤられんだよな。
それだけは勘弁だ。
なんとしてもあいつを抱かなきゃならねぇ。
…オレの人生ってどこからこんな…。
カミサマ、怨んでも怨みきれないこの気持ちをどうぶつけたらいいのか教えて下さい。

しばらくして男が戻ってきた。
「待たせたね。センセイ。」
「で、どうすりゃいいんだ?」
ベッドに入ってくる男に聞く。
しかしこいつ、どこで男のを咥える研究やら躰慣らすことやら覚えて来たんだ?
オレ以外にはノーマルだって言ってたよな?
「とりあえず抱きしめて欲しいな。」
男がオレに腕を伸ばしてくる。
まぁ、そのくらいならお安いご用だ。
オレは男の躰に腕を廻して抱きしめた。
素肌が触れ合うのは男同士でも気持ちがいいもんだなんて思ったりして。

「ああ…センセイだ…。」
うっとりと男が呟く。
そうだよ。オレだよ。他に誰が居るんだよ?
うーん。髪くらい撫でてやった方がいいのかな?
オレは胸に男の頭を抱いて髪を撫でた。
…このまま寝てくんねぇかな、とか思いながら。

「…センセイ?」
あ、起きてる。
当たり前か。
「ん?」
次はどうすればいいんだ?
「や。ナニすりゃぁいいのかなぁと。
 ほら、オレ萎えてるし。」
だから今日はやめないか?
と言外に匂わしたんだけど。
「ああ。そうだな。」
男の手がオレのモノに触れたかと思ったら、上半身を起こしてそれに舌を匍わせる。

うわ!
こいつがこいつが!
オレのモノを!
いや、昨日もされたけど。
昨日は見てなかったからちょっと衝撃的な絵ヅラだ。
男がオレのモノを舐りながら上目遣いでオレを見る。
なんか、妖艶?っつぅの?
陶然とした顔でオレのを舐めているその表情が、男なんだけどすごい色っぽくて…。
ぞくぞくする感覚が腰から背中を駆け抜けて、オレはその表情で勃った。
これならイケる。

オレは男の躰を引き上げて脚を開かせ、突っ勃ったモノを男の後孔に押し当てた。
「うわ!いきなりか!?」
男が躰を捩って逃げようとするのを押さえ込む。

早く済ませたいんだよ!←心の叫び

硬度を保っているうちに挿れよう。
躰を慣らしてあるというのなら挿れても大丈夫なんだろう。
…多分。
半分パニックに陥っているオレはオレのモノを無理矢理に捻込む。
「や…!うぁああ!」
男の口から引き絞るような叫び声があがった。
? やっぱ痛いのか?
顔を上げてみると男は歯を食い縛って引きつった顔をしている。

「おい。」
大丈夫かと聞こうと躰を近づけたら
「ぅあ!っ…や…!」
と言ったきり声も出せないようだ。
顔は真っ青で躰が震えてる。
そんなにつらいのか?
うわ!涙!?
頬から耳元へ伝ってる透明な…。
こいつが泣いてる!

つか、オレも痛い!
これホントに慣らしてあんのかよ?
ちぎれそうに痛いぞ!?
…とりあえず抜こう。

なるべくそっと抜いたつもりだったけど、それもきつかったのか男の躰が強張る。
男はゆっくりと躰を横向きに変えて丸めた。
小刻みに浅い呼吸をするその躰はまだ震えていて。
よほどつらかったんだろうということが解る。

「なあ…大丈夫か?」
男の肩に手を置く。
それにすらびくっと躰が強張るのが解って。
それでも
「だ…丈夫だ…。」
ムリしてんのがアリアリの震える声で応えてくる。
「じゃないだろ?そんなに震えて。…抱きしめるぞ。」
怯えさせないように言葉で伝えて、そっと後ろから抱きしめた。

「…大丈夫だ。」
オレは男のこめかみに残る涙を指で拭った。
「そんなにつらいんなら抱けとか言うなよ。
 な、もうやめようぜ?」
出来るだけ優しい声で言ったオレに
「厭だ!やめない!」
勢い良く振り返って男が言う。
その言葉にも勢いが有って。
オレは呆気にとられた。

「…そんなにオレに抱いて欲しいのか?」
本当に?
そんなにつらそうなのに?
なぜ?
「…ああ。そうだ。」
ふい、と目を逸らして言うのは照れているからか?

オレは溜め息をついて男に告げる。
「わかった。抱いてやる。
 今度はもっと感じさせてやるよ。」
喩え男からでも、そこまで言われたら抱かなきゃ男がすたるぜ。
オレは覚悟を決めた。
優しく感じさせて抱いてやる!

まだ強張りの解けない男の躰を、そっと仰向けにさせた。
髪を撫でながらキスをする。
オレから舌を差し入れて。
男が瞳を見開く。
瞳で笑いかけると男は嬉しそうに瞳を細め、躰から力を抜いてやがて目蓋を伏せた。
差し込んだ舌で男の歯裏をなぞり、上顎を突くように舐め上げる。
震える男の舌を舌先でゆっくりと舐めて根元まで絡ませた。

「んッ…ン…。」
鼻に掛かったような甘えた声が男の喉から漏れ、長い黒い睫毛が震える。
それだけでも感じるのか躰を捩る様にオレは嬉しくなって
…そんな自分に不安を覚えた。



Act.3

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.3
「遊 脇道」Act.3
08.12.19up
男の舌に自分のそれを絡ませ、時折オレの口中まで吸い上げながら左手を男の胸元に滑らせていった。
右の指は男の黒い髪に絡ませて。
(思ったよりそれが気持ち良かったのはナイショだ。)
つ、と指で胸の先を弄ればひくりと男の躰が揺れる。
唇を離すと名残惜しそうに舌先が唇に残るのが見えた。

男の紅い舌はとてもなまめかしい。
オレと男の舌の間に銀糸が伸びて、それは男の顎に落ちていった。
「…なあ。」
それを舐め取りながら、幾分惚けた顔の男に告げる。
「オレさ…女しか抱いたことないんだ。
 だから…それは違うとかもっとこうしろとかあったら、言えよな。」

なんたって男を抱くことなんざ初めてで、まさかこんな体験をすることになろうとは思っても見なかった。
しかし今、保身の為(オレは絶対男にヤられるなんて御免だ。)にもこいつを抱かなきゃならなくて。
まぁ、痛みで泣きながらもオレに抱かれたいと言い張る男にちょっと絆されてしまったのも事実で。
それなら少しでも気持ち良くさせてやりたいなんて思っちゃって。

オレも男だ。
抱いて後悔されるなんてことのないように、こうなったら全身全霊で励ませてもらうぜ。
(後悔されたら相手が男でも落ち込むしな。)
…まだちょっとイヤだと思う気持ちは否めないけど。
ただ…こいつが健気とか思っちゃったんだよな。
そうまでしてオレが欲しいのかって。

「いや。君の好きにしてくれればいい。」
漆黒の瞳を潤ませて、甘い声で男が言う。
どうしてそんなにオレに躰を投げ出せるんだ?
怖くないのか?
あんなに痛がってたクセに。

「ん。…解った。」
再び男に深いキスを落としながらまた胸を弄る。
先を摘んで押し潰すように転がして。
んー。女の子のと違って小さいモンだな。
(オレにも同じモンは付いてるけどさ。)
これで感じるのかな。
そんなのは杞憂だったらしく、男の躰はオレの指の動きにひくひくと反応する。
…これは面白いかも。
強めに先を摘むと大きく背を反らせた。

男の耳殻に舌を匍わせて耳朶に軽く歯を立てると
「…んっ!」
洩れる声が、思ってみなかったほどオレを煽る。
感じてる…。
それが妙に嬉しくて。
「ショチョ…ロイ…。」
初めて名前を耳に注ぎ込むように囁くと、一瞬躰を震わせ息を乱して
「ぁ…。は…センセ…。」
応える様子がかわいい。
…かわいい?
オレは自分の感覚を疑った。
しかしそんなことで中断するわけにも行かない。
自分の感覚に疑問を持ちながらもオレは愛撫を続けた。

耳元から首筋へ舌を匍わせて鎖骨に強く吸い付く。
スーツから見えないとこじゃないとヤバいだろうと思って。
そんなことにも躰を痙攣させるその反応が嬉しい。
そのまま舌を胸の先へと移動させ、指の愛撫で尖った胸の先を舌先で突くとひくりと大きく反応した。
もっと感じさせたくて吸い上げた先を歯で甘咬みする。
「…ぅあ!」
面白いように躰が跳ねた。
そこを更に宥めるように舐めると
「ん…っ!…ぃ…っ!」
更に躰をびくびくと揺らし、感じ入っている様を晒す。
それはオレにもゾクゾクするような愉悦を与えた。

オレはいつの間にか夢中になっていた。
そんなことにも冷静には気付かなかったけど。
指と舌で男の胸を弄りながら逆の手で男の内腿を撫で上げ、男のモノに手を匍わせた。
「…っ!?は…ぁ…っ!」
こんなに挙げられる声が嬉しいと思ったことはない。
いや、今までこいつに限らず男の喘ぎ声なんて聞いたこともないけど。
こいつの感じてる声はオレを悦ばせる。
くちゅり、と扱くオレの指が音を立てた。
男のモノから溢れる液体。
既にそそり勃ったそれから漏れるものが男の快感を表していて。

「…なあ。…感じてる?」
自分でも意地が悪いとは解っていながらも聞いてみる。
どんな反応を示すのか見てみたくて。
「…あ…あ。感じるよ…センセイ…。」
悪びれもせず応えられる言葉にオレが赤面する。
「…そか。良かった。」
消え入るような声で応えるのが精一杯だった。
まだまだオレはこいつには敵わず、余裕を奪えないのか?
それはオレを更に煽ることとなった。
(その時男がわずかに瞳を逸らしていたことに、オレは気付かなかった。
 それが本当は恥ずかしがってると言う証拠だったのに。)

感じさせたい。
もっとオレに溺れさせたい。
最早当初の目的はオレの頭から抜け落ちていた。

くちゅくちゅと音を立てて扱いているが、オレの手淫はきっと拙い。
それは昨日の男の手淫がオレを感じさせたことから解る。
アレは自分でするよりもずっと気持ち良かった。
ならどうしよう。
オレは迷うことなく男の腰に頭を埋め、舌を匍わせた。
もちろんこんなことをするのは初めてだ。
こんなこと、したいと思ったこともない。
しかし、昨日されたそれはオレにとってものすごい快感だった。
拙くてもこいつにそれを返したい。
もっと感じさせたい。

大きく痙攣する男に構わずそれを口に含むと
「あ!はが…!!」
驚いたように男が上半身を起こす。
今『歯が』って言ったよな? あれ?
「あ…悪い。歯ぁ、立てちまったか?気を付けるから安心しろよ。」
男のモノから口を離して告げる。
「ああ…。いや、大丈夫だ。」
まるで『マズいことを言ってしまった。』とでも言いたげな表情で男が再び躰を横たえる。
オレ、歯を立てたかな?
そんな覚えもなかったが、今度は慎重にオレは男のモノを口に咥えた。

昨日、どうされると気持ち良かったかな。
そう思ったとき、今まで付き合った女の子じゃなくて、昨日の男の口淫を思い出している自分にちょっと哀しくなった。
そうか。アレがオレの一番感じた口淫か。
オレの人生はきっともうオレの希望からは離れてしまったんだろう。
哀しくも実感してしまった。


ずちゅぐちゅと、男に比べれば拙いのだろうが舌を匍わせて男のモノを咥え込んでいたオレに
「あ…っ!センセイ…!も…離…!」
切羽詰まった声が聞こえたがどこで離していいのやら解らず、そのまま放たれた男のモノを口の中に受け容れてしまった。
ぐへぇ!
マズぅ!
しかし喉奥に吐き出されたものをどうすることもできずに、思わず飲み込んでしまった。
ごく、と喉奥から聞こえた音に自分でもぞくりと背中に痺れが走った。
それはきっと、これがこの男のモノだから…。

ぐはっ!詰まる!引っかかる!喉に!
ってか、マジ不味ぅ!
咳が止まらねぇ!

咳き込んでいると男が
「センセイ。…すまない。大丈夫か?」
焦ったような声が聞こえて、思わず
「ああ。大丈夫だ。…気持ち良かったか?」
こんなとこで、無駄に余裕を見せてどうすんだか。
自己突っ込みをしてしまう。
「とても…気持ち良かった…。」
そんな素直な言葉にこっちが照れてしまい
「そか…。そりゃ良かった。」
視線を合わせられずにそっけなく返した。

さて。
これからどうすりゃいいんだ?
これで満足してくれたのか?
「なあ。…どうして欲しい?」
解らないことは聞けばいい。
それはオレの税務署に対する態度と同じだ。
解んなきゃ、聞く。
それがオレの姿勢だ。
「…センセイが欲しい。」
つと同じく視線をそらしたままで男が応える。
欲しい…っつうのは、やっぱオレのをこいつに挿れるってことだよな。
でも…さっき、こいつはすんげえ痛がってて。
慣らしてるって言ってもオレのを挿れるのとは、やっぱ訳が違うんだろう。
…オレを受け容れさせるには…。

オレは自分の指を咥えてそれに唾液を絡ませた。
男の片足を肩に掛け、後孔に指をあててゆるゆると周辺を馴染ませる。
うーん。粘度と湿度が足りないかな。
と思ったところにオレのしたいことが解ったんだろう。
男が
「センセイ。これを使ってくれたまえ。」
ベッドサイドチェストから小瓶を取り出して、オレに渡した。
その桃色の液体はどろりとしていて、ナニに使うものかがオレにも解った。

こんなもんがここにあるっつぅのは、こういうことを以前からこいつは期待していたってことだよな。
……オレに使われるんじゃなくて良かった。
先程の自分の選択に、我ながら深く感謝した。

小瓶の中身を自分の指に絡ませて、ゆっくりと男の蕾に差し入れた。
男の躰が戦慄き、それが快感からではないことがオレにも解る。
「大丈夫か?」
こいつの躰が心配になって聞いた。
「…大…丈夫だ。」
「イヤになったら言えよ?いつでもやめるから。」
気遣って言ったんだが
「厭じゃない!最後まで…。」
震える声で、それでも強く返されて。

もう戻れないんだな。
と、どこかで思う。
「きついぞ?さっきだってあんた泣いたろ?」
そう言いながらもさっき慣らしたという言葉の通りオレの指は簡単に挿り、もう一本指を増やす。
「つらくないか?」
「大丈夫だと…言っている。」
気丈に返すがさっきより顔色が悪い。

このまま続けて大丈夫なのかと心配になるが、きっとこいつはそんなことを否定するのだろう。
続けて指を増やしていく。
ゆるゆると男の中で動く指が、ある一点を探していることにオレは気付いた。
もっと奥だ。
もう少し左。
そこが…。
あ?
そこが…?

「ぁあ…っ!」
男の躰が跳ねた。
そうだ。
ここだ。

「ココだろ?」
オレは自分でも解らず男に問いかけていた。
オレの指は『ソコ』を掠めたり軽く押したりして。
「ん…っ!ふ…ぁ!」
びくびくと跳ねる躰にオレは満足して笑みを浮かべる。
「ココが感じるんだろ?
 これがあんたのイイトコロだよな?」
一瞬、どうしてそんなことを自分が知っているのかと思ったが次の瞬間、
「…ぁあっ!…は…センセ…ぁ…っ!」
生理的なものなんだろうが涙を流して達する男に、オレは抑えがたい愛情を感じてさっきの疑問は忘れ去っていた。

「気持ち良かったか?」
まだイったばかりで荒い息を吐く男に聞いた。
掠れ声で男が
「…ん…。」
と力無く返すのが本当にかわいいと思う。
んで、同時に自分の感覚を疑問に思った。
こんな大人の、いつも嫌味なこの男をかわいいと思うなんて。
…でもかわいい…よな?
うん。かわいい。

「な? 2回もイって。
 あんた、まだオレが欲しい?」
答えを解ってるのに聞いてしまう。
その答えが欲しくて。
…オレはどうしてしまったんだろう?
こいつがかわいくて堪らない。
欲しがって貰いたくて堪らないんだ。
「ん…。センセイ…が…欲し…。」
最後まで言葉を待たずにオレはこいつにキスした。
こいつが欲しくて。
もっともっと感じさせたくて。

かなり荒いキスになっちまったけど、それでもこいつが
「…ンッ…ん…。ぁ…センセ…。」
躰を震わせてオレを求めてくれて、その甘い声がオレを更に煽った。
「な…。ホントにいいのか?
 あんなに痛い思いしても?」
それでもさっきのつらそうな様子が頭から離れない。
オレは…こいつが好き…みたいだ。
さっき気付いたばかりだけど。
だからこいつにつらい思いはさせたくない。




Act.4

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.4
「遊 脇道」Act.4
08.12.19up
「ん…。」
かすかに耳に届いた声がオレへの返答だったのかどうか。
実のところオレには解らなかった。

それでもこいつに突き入れたい欲望を我慢できなくて。
「ロイ…。挿れるぞ?」
事後承諾と同様とは解っていたが、もう止められるもんじゃねぇ。
オレのモノをこいつの後孔に押し当て、少しずつ差し入れていった。
「…ぁぁあ!」
悲鳴とともに男の目尻から涙が零れる。

びくびくと躰が揺れ、強張って痙攣する後孔がオレを苛む。
痛ぇ!
痛ぇよ!
食い千切るつもりか!?
っつぅほどこいつの躰はオレのモノを締め上げる。

「おい…力を抜け!」
声を掛けるが聞こえていないようだ。
「っ!ロイ!おい!」
大きな声を出すとようやく
「ぁ…。センセ…?」
薄く瞳を開く。
「あんた、力抜けないか?」
聞いてみるが
「…すまな…。無理…。」
息も絶え絶えに言われては強要できないな。
仕方がない。
「なあ。息をしろよ。あんた息止めてるだろ?」
できることからしてもらおう。
痛みと苦しさからなんだろう、眉を顰めながらも男が細く息をし始める。

顰めた眉。
息をするだけに薄く開かれた唇。
蒼白になった顔と躰。
その全てがオレを煽る。
なんで?
なんでだ?
こんなにつらそうなのに。

少しずつでも息をした男の躰はわずかながら弛緩し、オレはその隙にオレのモノを最後まで男の躰に捻込んだ。
「ひ…ぁあ!!」
背を反らして悲鳴を挙げる男にキスを落として、戦慄く腰を優しく撫でて
「あんたん中、熱い…。」
譫言のようにオレは告げた。
こいつは言葉に弱い。
そう、オレには解る。

少しでも痛みを忘れさせたくて、男のモノに指を匍わせて扱いた。
「ぅ…っ!…ぁ…!」
きつく寄せられた眉と血の気を失った顔が哀しい。
無理とは解っていながらも腰を動かしたいと思った。
そうでないとこいつは感じられないから。

「動くぞ。」
宣言をして、オレのモノを少し引き抜いてそれを奥まで捻込む。
「ま…っ!…ゃ…めっ!ぁ…ぐ…」
苦痛に挙がる声を抑えようというのか、男は涙を流しながら自分の指を噛んだ。
それと反対の手を握りしめているのを見た途端、血を流す様がフラッシュバックのように脳裏に浮かんだ。
思わずそれを開かせてオレの指を絡ませた。

反り返る男の背に反対の腕を廻して抱き込んで、胸の先に舌を匍わす。
「んっ…ぁ…!」
それに少しは反応が返ってくるが躰は強張ったままだ。
…痛いんだろうな。
さっきだって泣いていたもんな。
今も涙がこめかみに流れているし。

それでもここでやめるより、男の快感を引き出す方法をオレは知っている。

そう思って腰を動かしていたが、急にキツさが無くなって楽に動けるようになった。
と同時に男は人形のようにガクガクとオレの動きに合わせて揺れるだけになった。

…意識を手放した?
つらさのあまり気を失ったようだ。
あり?
これから気持ち良くさせようと思ったのに。
そう思いつつも、無理はないとどこかで納得していた。
女の子だって初めての時は痛みしかないと聞いている。
まして本来受け容れる側ではない男の躰であればつらいだけだろう。

…さっきまでのオレの感覚ってなんだったんだろう?
まるでこいつを感じさせられると思っていたアノ感覚は。
こいつの感じるところを知っていると思った。
こいつがどうすれば感じるか解ると思った。
その勘違いはどっから生まれたんだ?

そんなことを思いながらも差し入れたままのオレはこいつの躰に今まで感じたこともない強烈な快感を得ていて、限界を迎えようとしていた。
このままこいつの中に。
と思ったが、次の瞬間それはどうなのかと疑問が湧いた。
本来、排泄器官だよな。
そこに異物を挿れるってどうなんだ?
悪いがオレは○モ世界についてはなんの知識もない。
(だって今まで必要なかったもんよ。)

オレは女性相手でさえ『ナマ』はイカンと思ってる。
もしかしたらこいつが躰を壊すかも知れない。
喩え気持ちが良くても、このまま体内にオレの精を放つのはマズいだろう。
イきそうになる瞬間、自分のモノを抜いて男の腹に欲を吐き出した。

タオルを湯で濡らして男の躰を拭く。
ぐったりと血の気を失っている男が哀しいと、どうもオレは感じているようだ。
こいつを感じさせることなく意識を手放させたことが。

パジャマを着せ、男の隣に横たわって顔を眺める。
苦しそうなその寝顔(と言えるのか?気を失っていても)になんだか申し訳なくなって、どうすればいいのかと思ってしまう。

どの位の時間が経ったんだろう。
ふいにこいつが目を覚ました。
「おい。大丈夫か?」
問いかけると男はひくり、と躰を震わせ
「センセ…すまな…が…洗面器…を…」
切れ切れに言葉を紡ぐ。
吐きそうなのか!?
オレは夢中で風呂場へ走り、洗面器を持ってきた。
それを手渡すと、咳き込みながら嘔吐し始めた。
…そんなにつらかったんだ。
オレは改めて哀しくなった。

男から求められていたことを忘れた訳じゃない。
でも、オレを受け容れて吐くほどの苦痛を感じさせたことに。
どうしても自己嫌悪を抑えられなかった。

男の背中をさすって、楽になれるよう嘔吐感を煽りながらしばらく過ごしていた。
そろそろ落ち着いてきたようだ。
オレは新たに濡らしてきたタオルで男の顔を拭いて、冷たい水を差しだした。
「うがいしろよ。ここに出せばいいから。」
男は大人しく口をゆすいで洗面器に吐き出した。

大きく息をついて男がベッドに横たわる。
オレもまたその隣に横たわった。
「なあ。大丈夫か?そんなにつらかったか?」
オレは問うてみる。
その中にも、奇妙なデ・ジャ・ヴュを棄てきれなかったんだが。

「! …ちが…!つらくなん…て!
 私は嬉しかった!
 センセ…を受け容れて…。」
痛む躰を無理に起こそうとしながら男が言う。
それを押しとどめて、また横たわらせながら
「や、無理すんな。
 ごめん。オレの言い方が悪かった。
 初めてなんだし、男なんだからつらくないわけないよな。
 そうじゃなくて…。」
どう言えば良かったのかちょっと考え込んでしまったオレに、不安そうな顔を向けてくる。

「んと…さ、あんた後悔してないかなって。
 感じないのは解ってんだよ。
 女だって初めてん時は痛いだけだし、仲々感じるようになんてならないだろ?」
どうもうまい言葉がみつからない。
「私は後悔なんてしていない。
 私がセンセイに望んだことだ。」
「ん…。そか。よかった。」
なんか凄くホッとして力が抜けた。
オレはそんなにこいつに後悔されるのがイヤだったのか。
たった今それを知ったよ。

「君こそ…君は…私で…その…」
躰に力がまだ入らないのか、ゆっくりとオレに手を伸ばしてくる男が言い淀む。
「あ? あんたで感じたかどうかってか?」
その手を取りながら男の躰を抱き寄せ、聞いてみるとこくりと頷く。
うん。やっぱこいつかわいいな。
「オレは感じたよ。女より男の方がイイのかな。」
ははは。と笑ったオレに男は真剣に言った。
「感じてくれたかね!?女性の躰を知っている君…が…?」

言うなり、また涙がこぼれ落ちるのが見えた。
「泣くなよ。バカ。
 オレはあんたの躰に感じた…。
 すんげぇいいんだな。男同士って。
 知らなかったよ。」
「よか…っ。
 すぐ…慣れるから。だからまた…。」
んな悲壮な声、出すなよな。

すげえつらかったクセに、次に抱かれることを望むこいつが本当にいじらしくて可愛いと思った。
いいよ。
もうオレ、ノーマルに戻れなくて。
「ん。また。
 今度はもっと優しくしてやるからな。」
髪を撫でながら告げると、ようやく安心したように微笑む。
断られるかと思ったんだろう。
まあそれが普通の発想かもな。

「オレさ、オレが初めてって娘を抱いたことがないんだ。
 話には痛がるだけで全然良くないし、責任とか言われてありがたいモンじゃねぇって聞いてるけど。」
ナニを言いだしたのかという顔でオレを見つめている。
「でもさ。痛くてつらいだけなのにそれでも求められるって、嬉しいもんだな。
 あんた抱いて、そう思ったよ。
 えと…た…大切にしたいな…って。」
うあ。照れくせぇ。女に言うんでも照れくさいのに、男でしかも14歳も年上のヤツにオレがこんなこと言うなんて。
ま、でも本音だ。

ふ、と息を洩らすのが聞こえた。
「…よかった。君がもう離れてしまうかと…。
 無理に私が望んだことだから…。」
ああ。そういや、これって逆レイプとも言える状況だったな。
忘れてたよ。

「オレ、初めて『違う』って思わなかった。」
今まで付き合ってきた女の子達とこいつは違ってた。
「…センセイ?」
「オレさ、昨日言った通り黒髪黒目の娘としか付き合ったことないんだ。
 いつも『やっと見付けた。この娘だ。』と思って付き合い始めるんだけど、段々『違う』って思っちゃってたんだ。
 それでも、その娘を大切にしたいと思ったんだけどさ。
 『アナタは私じゃない、誰を見ているの?』って聞かれても応えられなくて。」
ああ、あの胸の豊満で優しかった娘も。
長い黒髪でオレの首を締め付けるようだった娘も。(『こころ』By ソウセキ・ナツメ)
「だけど…あんたには『ソレ』を思わなかった。」
まあ、男なんだから、今までの女の子と違って当然なんだけど。

しばらくの沈黙の後で
「君が…私を本当に『違う』と思うまで、私のそばにいてくれないかね?」
戸惑いがちな声が聞こえた。
「君が…望むモノと…私が違うと思うまで…。」
上目遣いに見てくるその顔がどれだけ他人を煽るかなんて知らないんだろうな。
「ん…。解った。オレがホントに欲しいのが誰か解るまで…。
 あんたの側にいりゃいいんだな?」
本当はオレはこいつを欲しくてしょうがないけど。
優位を保ちたいから言ってみる。

こいつに翻弄されているということに目を背けたいから。
なんてな(笑)




Act.5

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.5
「遊 脇道」Act.5
08.12.19up
今度は安心したように深い寝息を立てて男が眠った。
オレは男の寝顔を眺めていた。
色白な肌理の細かい肌に、艶やかな闇い髪。
同じ彩の睫毛は意外と長い。
さっき、この長い睫毛が涙を含んで重たそうにそれを手放す様は艶っぽくて、ソレを思い出すと今でも煽られるようだ。
通った鼻筋と形のいい唇。
そこに今は隠されている舌とともにやわらかくて甘やかだった。
うん。全く持ってオレ好みの美人だ。
オレって果報者かも。
カミサマありがとう。
初めてそう思ったぜ。

出逢ってもう10年…か。
それでもまだこいつのことを良く知っている訳じゃない。
今まで逢った回数はそんなに多くはないんだ。
親父の調査に来たのが…何回だったかな。
5〜6回?もっとあるか。
年末調整と確定申告の説明会がそれぞれ年1回ずつ。
無料相談が年に数回。
オレは税理士会の研修はほとんど出てないけど、それでも行く度にいたな。
後は事務所に『メシを喰おう。』と訊ねてくることが時折あった。
事務所を出るとやたらと行き会っていたがアレは今思うと待ち伏せてたんだろう。
…ストーカー?

「そんなにオレが好きかよ?」
寝ていると解ってるから吐ける言葉。
シーツに散らばっている髪に指を通すとさらりと滑り落ちる。
ほとんど初めてのはずなのに、なぜか懐かしい感触。
指で男の頬に触れる。
懐かしい滑らかな肌。
懐かしい匂い。
懐かしい…。

いきなり躰の関係から始まったようなオレ達だけど。
オレの精神や脳ではなく、魂がこいつをよく知っている気がする。
オレはさっき、魂でこいつを愛しいと感じた。そんな気がするんだ。
「なあ。オレがずっと探してたのは、あんた?」
額にキスを落としながら呟く。

いつも好きになるのは、『見付けた』と思ったのは黒髪黒目の女の子で。
強くてキレイで姿勢のいい娘ばかりだった。
ずっとオレの魂が探していた恋人。
それはこいつなんだろうか。
しかし…男…だった…のか?
どうなのよ。
オレの魂さんや。

うーん。
でも、ま。オレはこいつのそばに居ると決めたんだ。
もう性別に拘るのはやめよう。
オレは前向きな人間だ。
こいつを抱いて、こいつを受け容れると決めたんだから。
二人で幸福になることを考えよう。
もう家を追い出されて、ここにいるしか無いようだしな。

そんなことをつらつら考えているとようやく眠気を感じてきた。
色々あったからな。
オレも疲れた。
そっともう一度額にキスを落としてオレも眠ることにした。



んー。
暑い…。
あ?何時だ?
サイドチェストに置いた懐中時計を取って見ると7時半過ぎだ。
こっからなら数分で事務所に行かれる。
まだ起きることもないか?
しかし真冬だってのに暑いな。
オレ汗かいてるよ。
なんで…。
って、こいつ、熱(あつ)!
抱きしめてるこいつが熱いんだ。
熱を出してるのか!?
まだ眠っている顔を覗くと、うっすらと紅い顔はすんごく色っぽくて…じゃなくて!
ヤヴァイぞ!
熱出してんじゃん!
…やっぱ昨日のせいかな。

男を起こさないようにそっとベッドを出て、昨日よく洗っておいた洗面器に氷水を張る。
ついでにビニール袋で簡易氷枕を作って寝室に戻った。
タオルを氷水で濡らして男の額に置き、氷枕をタオルで包んで頭の下に敷く。
「…どうしよう…。」
いや。どうしようもこうしようもないんだが。
躰に傷…は作ってないよな。
昨日躰を拭く時に一応確認した。
(ティッシュで拭き取ったオレのモノにも血液は付いていなかった。)
つぅことは、傷から細菌が入っての発熱じゃないだろう。
なら抗生物質は必要ないな。

…無理…させたかなぁ。…させた…よな。
きっと感じると思って、結構無理にオレ動いた。
初めてだったんだから、もっと慎重にやらなきゃマズかったのに。
「…ごめんな。」
熱のせいか少し荒めの呼吸をしながら眠る男に告げる。

これじゃ今日も仕事に行けないな。
携帯からアルへメールを送る。
税務署には9時過ぎに連絡を入れればいいかな。
…オレから連絡してもホークアイさんは訝しまないだろうか?
でもホークアイさんの中でオレはこいつと恋人同士らしいから大丈夫か。
まだちょっと虚しさが残るのは否めないが…。
それでも。ま、しょうがないよな。

暖まってしまったタオルを替えて額に置き直した。
「…て…」
男が寝言を呟いた。
「手?」
オレは男の掛け布団からはみ出した手を入れ直しながら握る。
と、いきなりそれを振り払われた。

うわー。オレ様、ちょっとショック。
と思っていると
「やめ…て下さ…。」
うなされているのか?
「やめ…厭です!い…」
起こした方がいいのかな?
でも無理に起こすのもどうなんだ?
「…すけ…」
すけ?いきなり寝言で『スケベ』?
「助け…エド…エドワード!」
オレ?だよな?
苦しそうな顔をしている。
やっぱ起こそう。

「おい!ショチョウ!…ロイ!」
肩を揺するが起きない。
「や…厭だ…!エド!助け…て…!」
オレに助けを求める夢?
「ロイ!起きろ!」
強めに揺さぶるとやっと瞳を覚ましたようだ。

「あ…エド…?」
焦点の合わない瞳がそれでもオレを見つめている。
「ああ。オレだ。どうした?」
「あ…エド!エドワード!
 逢いたかった!逢いたかったんだ!」
言うなりオレに縋り付いてくる。
「も…放さな…くれ…。愛して…い…」
囁きに近い声で言ったかと思うと、またこいつは眠りに落ちていった。
でもその顔はさっきと違って満たされたような表情だったから、もうオレは起こそうと思わなかった。

『逢いたかった』
『もう放さないでくれ』
その言葉の意味が解らなかった。
オレに助けを求めるような言葉も。
今までこいつはオレを名前で呼んだことはない。
いつもスカした顔で『センセイ』と呼んでいた。
オレが資格を取る前は親父を通しての『息子さん』としか呼ばれてなかったしな。
でも、アレはオレのことだよな?
どんな夢を見ていたんだろう?

『助けて』と言った時の男の表情は苦しそうで。
夢の中でどんな目に遭っていたんだろう。
「も…つらい夢、見てないよな?」
微笑んでいるようにすら見える男の顔に、安心しながらも呟く。
「オレ、ずっとそばに居てやるから。
 …ナニが有ってもオレが助けてやる。
 だから安心して眠れよ?」
無駄だと解ってはいたが、どうしても伝えたくて耳元に囁いた。
「ん…ド…ァド…愛し…て…」
溜め息のように溢された言葉が愛おしい。
「ん。オレもあんたが好きだよ。
 …ずっと一緒にいような。」




Act.6

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.6
「遊 脇道」Act.6
08.12.19up
なんかこいつの腹に入れた方がいいよな。
消化のいいモノ。
しばらく男の寝顔を眺めていたが、こうしてばかりもいられない。
オレも腹減ったし。

立ち上がってからふと、オレがいないことでこいつが不安になったら困るなと思った。
男の携帯をサイドの棚に置いて、メモをつけた。
『メシ作ってる。起きたらオレの携帯を鳴らせ。
 オレはちゃんと居るから大丈夫だ。
 エドワード』
「と、こんなもんでいいかな。」
目が覚めてオレがいなかったらこいつはまた泣いてしまいそうな気がしたから。
こいつが泣くのなんて昨日初めて見たな。
驚いた。
いや、物理的に痛いからっつぅのは解るけど、その後も泣いてたよな。
うーん。

あ、こいつ携帯の番号知ってんのかな?
アルが教えてそうだけど、確認しとくか。
なかったらアドレス帳に登録しないとな。
男の携帯を開くと待ち受け画面はオレの写真だった。
「おい…。これ職場で開けんのか?」
開けるんだろうな。こいつは。
ホークアイさんに見せたりとかしてそうだ。
しかも嬉しそうに。

つか、こんな写真いつ撮ったんだよ?
嬉しそうに笑ってるオレ。
これ…この前家族でレストラン行った時だな。
豪華なメシを前にした笑顔に違いない。
あの時向かいに座ってたのは…親父だ。
そういや、携帯で写真撮ってたような気がする。
料理を撮ってるんだと思ってたよ。
「あのバカ親父…。」
それをこいつに写メしてたのか。

なんかがっくりと力が抜けた。
「とりあえず…オレの番号…。」
アドレス帳を開いてみる。
「エドワード…で登録はないな。センセイ…もない。
 エルリック…これは事務所の番号だ。番号検索してみるか。」
オレの携帯番号で検索してみると
登録名は『私の愛しい天使』!?
「『わ』かよ!?探しにくいったらありゃしねぇ!」
(あ、英語だと『m』ですね。)
つかこっ恥ずかしいヤツ。なんだよこの登録名。
後で替えさせよう。
今替えると掛けてこらんなくなるからな。

キッチンで昨日のミネストローネを温め直して卵を落とす。
これにパンを千切って入れればいいか。
野菜も摂れるしな。
鍋をかき混ぜていると携帯が鳴った。
ヤツからだ。(さっきオレの携帯に男の番号を登録しておいた。)
「起きたか?」
「ん…」
「今行くから待ってろ。」
コンロ(ここんち同様、最近の高級マンションはIHクッキングヒーターを使っているが、停電の時はどうするのか常々オレは疑問に思っている)のスイッチを切って、湯で濡らしたタオルを手に寝室へ行く。

「具合はどうだ?」
ベッド脇の椅子に座って額に手をあててみる。
まだ少し熱があるようだ。
「喉…が痛い…。」
掠れた声だ。
「ああ、昨日盛大に吐いてたからな。
 胃液で喉を焼いちまったんだろ。
 今甘い飲みもん作ってきてやるから。」
頭を撫でていたオレの手を握って
「私も…行く。」
オレを見つめながら言う。
「熱があんだから寝てろって。」
「厭だ…離れたくない。」
うわ。泣く?泣くのか!?

「解った。じゃあソファに寝てろ。それならいいだろ?」
聞くとこくりと頷く。
よかった。泣かれなかった。
「汗かいただろ?着替えような。」
オレ、すげえちっちぇえ子を相手にしてる気分だ。
持っていたタオルで躰を拭いて、ベッドサイドチェストに積んでおいた乾いたタオルを着替えたパジャマの中に入れる。
「手慣れているな。」
感心したように言う。
「オレ、兄ちゃんだからな。アルが熱出すとこうやって着替えさせたりしたんだよ。」
小さい頃のアルは可愛かったなー。
なんか思い出しちゃったぜ。

「歩けるか?」
「ん…大丈夫だと思う。」
躰を支えて男をおこす。
途端に顰めた顔が痛々しい。
つらいんだろうな。
「掛け布団を持ってろ。」
「? センセイ?」
「いいから布団持って。横になれ。」
言う通りに掛け布団をまとめて男がまた横たわる。
「せーのっ…と!」
オレは男の脇と膝の下に腕を差し入れて抱き上げた。
いわゆる『お姫様抱っこ』ってヤツだ。
「うわ!センセイ、大丈夫か?」
「ああ。普段鍛えてるからな。力には自信がある。」

実はウィンリィにガキの頃
『結婚式で花嫁を抱き上げられない男なんて男じゃない!』
と言われ、昔からアルと必死にお互いを抱き上げあってたんだが、それはこいつには内緒だ。
こいつの体重がアルとたいして変わらなくてよかった。
人生ナニが役に立つか解らないモンだな。

リビングのソファに男を降ろし
「ここで大人しく寝てろよ?」
男が持っていた布団を掛けてやりながら言う。
こいつんちは羽布団だ。
この軽さと暖かさはきっと高級品なんだろうな。

「ここからではキッチンが見えない。」
やっぱ熱のせいか、いつものこいつじゃない。
こんな子供のような駄々をこねるなんて。
(それもかわいいとか、ちょっと思っちまったけどな。)
「解ったよ。待ってろ。」
しょうがない。
オレは男を乗せたままソファをガガガとキッチンの近くへ移動させた。
これはちょっと重い。
フローリングでよかった。カーペットだったら不可能だったな。
「ほら!これでいいだろ?」
あー。床に傷がついたかも。
よく見えるようにと頭の下にクッションを入れて支えにしてやるとようやく納得したようだ。
全くこの手間のかかる甘えたさんは誰なんだ?

とりあえず先に喉をなんとかしてやらなきゃな。
ショウガを摺り下ろして鍋に入れ、水を入れてコンロに掛ける。
はちみつでも有るとよかったんだが、無いから砂糖を多めに入れた。
最後に少しコーンスターチを入れてとろみを付ければ出来上がりだ。
これはアルが好きで冬になると母さんがよく作っていた。

マグに入れるより、横になったままスプーンで飲める方がいいだろう。
引き出物の山の中から小さめのサラダボウルを出して注ぎ、ソファに戻るとその前の床に直接座った。
「これ喉にいいんだ。きっとすぐ治る。」
スプーンで混ぜてみるが、あまりに熱そうだ。
「ちょっと冷ますか。あ!」
そうだ。税務署に欠勤の連絡!
時計を見ると九時近い。
ホークアイさんならもう出勤しているだろう。
「あんたの欠勤の連絡入れないと。自分で…は喉が痛いか。
 オレが入れて大丈夫か?」
黙って男が頷く。
そうか。やっぱりな。
まあいいけど。

「はい。署長室です。」
いつものようにホークアイさんが出る。
「おはようございます。エルリックです。」
やっぱりきびきびとした話し方はいつ聞いても気持ちがいいな。
「エルリック先生? おはようございます。
 ごめんなさい。無能はまだ来てないのよ。」
いきなり上司を『無能』呼ばわりですか!?
仮にも公用の回線ですよ?

「いや、あの。違うんです。今日ショチョウが熱を出してまして欠勤の連絡です。」
「あら。風邪かしら。
 バカは風邪ひかないって言うけど、無能はひくのねぇ。
 解りました。届けを出しておきます。」
酷いことをさらりという人だ。
やっぱ怖いかも。
「では宜しくお願いします。」
「了解しました。…全くエルリック先生だってお仕事があるのに、困った無能ね。
 申し訳ないのだけれど、よろしくね。」
「はは…。了解です。失礼します。」
乾いた笑いしか出ねぇや。
「はい。ご連絡有り難うございました。失礼致します。」

なんかこいつ可哀想…。
黙って横たわっている男に、ちょっと同情してしまった。
まあそれだけ普段ホークアイさんに手間を掛けさせているんだろう。
自業自得と言えばそれまでなんだが。
「あんた、部下に恵まれてんなぁ。」
自分で連絡したくなかった理由も解った気がした。

いい具合に冷めたショウガ湯をスプーンで掬うと黙って口を開ける。
同性同士で『あーん』ってヤツか…。
いいけどさ。
負担を掛けたくないからそのつもりだったし。

掬ったものに息を吹きかけて冷まし、温度を見るために唇にあててみる。
このくらい冷ませばいいか。
「熱かったら言えよ?」
一口含ませると
「熱い…。」
涙目になって言う。
あれ?
「熱かったか。ごめんな。」
喉が痛いんだもんな。ぬるめにしないとな。
少し多めに吹きかけてまた唇で温度を見る。
こんなもんかな。

「ほれ、口開けて。」
男の顔が紅いようだ。
「どうした?顔が紅いぞ。熱があがったか?」
スプーンを男の口に入れてからボウルに戻し、額に手をあててみる。
そうでもないか。
いや、少し熱があがってるかな?
「熱はあがっていない。
 美味しい…けどこれ、喉にしみる。」
拗ねたような声と表情で言う。
「それが喉に効くんだよ。ワガママ言わないで飲め。」
ホントに甘えたさんだな。
いつもと全然違う様子がおかしくて…ちょっと嬉しい。

その後も一匙毎に温度を確認してから男の口に運んだ。
「こんなもんでどうだ?喉の調子は。」
小振りなボウルはほとんどカラだ。
やっぱり顔が紅い。
大丈夫かな。

「ん。センセイが口づけしてから飲ませてくれたんだ。
 余計に効きそうな気がするな。」
はぁ!?
あ、口にあててたことか?
「なっ…バカか!? ありゃ温度見てただけだ!」
小さかったアルに飲ませるときのクセが出てたんだな。
「一匙ごとに祈ってもらっていた気がしたよ。
 まじないのように見えたんだ。」
くすくすと笑うその顔は、やっぱりいつもよりも素直で甘えている。

「ま…あ。早く治るといいなっつぅのは事実だ。
 でもそんな風に見てたのか。
 あ!だから顔が紅かったのか?」
つ、と目を逸らすから図星だったようだ。
余計に顔が紅く染まっている。
「…嬉しかったよ。」
視線を逸らしたまま男が呟く。
「そか。…よかった。」
くッ!この甘えたさんが!
かわいいじゃねぇか。チクショウ!

「腹は減ってるか?
 我慢できるようならすぐに塩辛いモン喰うより、少しそのまま置いた方が喉にはいいんだけど。」
もうこいつがかわいくて、ついオレの手はこいつの髪や頬を撫でてしまっている。
できることなら抱きしめてしまいたいが、躰に無理が掛かりそうなのでそれは我慢する。
男はオレの撫でる手に気持ちよさそうに目を細めて、時折頬を擦り寄せる。
猫みたいなヤツだ。
豪奢で艶麗な黒猫。

「ん…。まだいらない。
 センセイが先に食べてくれたまえ。」
安心しきったような声が聞こえる。
喉は大分良くなったみたいだ。
「そうだな。あんたと同時には食べられないから。
 じゃ、オレ先に食べるわ。」
立ち上がるとそれでも不安そうに見上げてくる。
「すぐ戻るから。」
笑いかけると黙ったままこくりと頷いた。

うっ!
普段能弁なヤツの無言で頷く様は下半身に来るな。
昨日の夜もそう思ったけど、今日も何度か見たその仕種は確実にオレの体温を上げる。
元気になったらしなくなるかな。
その方が平常心は保ちやすいが、もったいない気もする。
って、オレなに考えてんだ?
昨日あんなにつらい思いをさせたばかりなのに。

自分を鎮めようとキッチンでミネストローネの鍋を温める。
トーストとベーコンエッグを焼いて。
後はシリアルと簡単なサラダでいいか。
熱いスープは喉にキツイだろうから、男の分も今作っておこう。
パンを千切って大きめのカレー皿に置き、上から卵入りのミネストローネを注ぐ。
それよりも小さめの皿に自分のミネストローネを入れた。
トレイ…。
引き出物にはきっと有るはずだからと探すと、シンク下の棚に有った。
(やっぱ引き出物の王道、花柄かー。ま、いいけど。)

「待たせたな。あんたの分も作ったから、冷めたら喰わせてやるぞ。」
ソファの前にトレイを置いて、オレは食べ始めた。
さっさと喰って、こいつにも喰わせなきゃな。
んがんがと咀嚼しているとオレの携帯が鳴った。
アルだ。
「んもー。」
まだ口にベーコンエッグとトーストが入ってる。

「おはよう、兄さん。
 ロイさん大丈夫?」
やっと口ん中のモノを飲み下した。
「ああ。熱が出てるんだ。…風邪…かな?」
ははは。と応えたオレに
「ふーん。風邪ねぇ。」
含みを持たせたようなアルの声。
何だよ。その態度は。

「ああ。ここんとこ寒かったしな。」
「事務所の方はまだ資料が来てないから、大丈夫。
 なにか買ってきて欲しいモノとかある?」
色々ある。
オレが買いに行こうと思ってたんだけど。
「ごめん。アル、ちょっと待ってくれ。」
言ってから男に向かって
「あのさ。あんた、オレが買い物に行くって言ったら…」
「私も行く。」
間髪入れず答えが来た。
「だよな。
 アル、コンビニでいいからスポーツドリンクとプリンとかアイスとかヨーグルトとか消化の良さそうなモン、買ってきてくんねぇか?
 あ、あと蜂蜜。」

「それだけでいいの?
 他に要るものはない?」
「お前、時間あんのか?」
「だから資料が来てないんだってば。休みにしてもいいくらいだよ。」
「なら、悪いけどまな板と包丁、それと氷枕と食糧を適当に頼む。
 消化の良さそうなもん。
 お前なら解るだろ?」
「解熱剤はいらないの?」
「無理に熱を下げたくはないんだ。
 でも、一応それも頼む。
 あ、電子レンジ欲しいわ。頼んでいいか?」
濡れタオルを作るのに便利だ。
「電子レンジの機能とかメーカーに希望有る?」
「あんまない。あ、オーブン機能がついてると嬉しいかも。」
「了解。じゃ、後で行くから。」
「すまねぇな。よろしく。」
「うん。兄さん、ボクは賭けに勝たせて貰ったから今日のこの買い物はボクの奢りでいいよ。じゃね。」
意味不明の言葉を残して愛しい弟は電話を切った。
賭けって…ナニ?

自分の食事が終わって、男にミネストローネとそれに浸したパンを食べさせ終わったところにアルが来てくれた。
「おお!悪いな。」
二人でアルの車(っつってもオレと共有なんだけど。)から荷物を運んだ。
「すまないね。アルフォンス君。君にも迷惑を掛けてしまった。」
さっきまでの甘えた態度をどこに隠したんだか、いつもの調子で男が言う。
ソファに横たわったままだったけど。
「いいえ。お加減はいかがですか?」
「ああ。一日寝ていれば治る。
 少し気持ちが弛んでいたようだ。」
きっと傍目からは『爽やか』とも言える笑顔で返す男は限りなく胡散臭い。
そうだ。
オレも今までこういう顔しか知らなかったんだよな。
「お大事になさって下さいね。
 じゃ、ボクはこの辺で失礼します。」
うん。
アルの『爽やか笑顔』もかなーり胡散臭いけどな。
ま、その辺は身内の欲目で見なかったことにしよう。

「オレ、アルを送ってくるから。」
だから泣くなよ? と思いながら男に言う。
「ああ。見送れなくて申し訳ない。
 アルフォンス君、どうも有り難う。」
助かったよと言う男に、いえいえ、ボクでお役に立つならと返す弟。
こいつら…。
キツネとタヌキ?
いや、そんなことを考えてしまうオレの心が穢れているのか?
もっと人を信じなきゃいけないな。オレ。

そんなことを考えながら車庫まで送るオレに
「ボクはそっちに賭けたけど、正直意外だったよ。」
アルが言いだした。
「あ?そういやさっきもそんなこと言ってたな。
 賭けって、なんのことだ?」
「兄さんとロイさん、どっちが抱かれる方かって賭けだよ。
 母さんと父さんは、兄さんが抱かれる方に賭けたんだ。
 ボクは意外性もあるけど、まあ二人に賭けられちゃったからね。
 兄さんが抱く方に賭けたんだ。」
なななななんですと!?
オレとロイの…!?
そんなんが賭けの対象に!?

「ば…バカか!?お前等!」
「母さんと父さんにとっては重要だったみたいだよ。
 自分の息子が『受け』か『攻め』かっていうのはさ。
 ボクから見ると、どっちにしたって子供が出来るわけでもなし、と思うんだけどね。」
『受け』?『攻め』?
なんだ?ソレ。
「で…お前の出した結論は…?」
なんで賭けの終了が解るんだよ!?
「ロイさんの発熱、兄さんが抱いたせいでしょ?」
「う…。」

昔からこの人の心の機微に聡い弟になにか誤魔化せたコトがない。
「全く、無茶して躰を壊させないようにね。
 こう言っちゃなんだけど、ロイさん若くないんだから。
 兄さん鈍いから解ってなかっただろうけど、ロイさんはずっと兄さんだけを愛してくれてたよ。」
「ああ。…そうみたいだな。」
「その想いに応える気になった?」
この弟にナニを隠しても意味はないだろう。
「ああ。オレ、アイツが好きだ。
 気が付いたのは昨日だけどな。
 …大切にしたいと思ってる。」

ふぅ、と溜め息をついてアルが言う。
「そっか。良かった。
 ボクも兄さんとロイさんのこと、応援してるよ。
 ま、道ならぬ日陰の関係でも愛を育んでね!」
オレは心がねじ曲がっているのだろうか。
愛しい弟の言葉にどうしても微かなトゲを感じてしまうのだが。
「有り難うよ。」

ああ。
本当に小さい頃のアルは可愛かったなー。
…小さい頃は本当に
…かわいかった…のになぁ…。




Act.7

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.7
「遊 脇道」Act.7
08.12.21up
「たらいま〜。」
アルを送って戻ると、ソファの上の男は拗ねた声で
「遅い。」
文句を言う。
オレは可笑しくて笑ってしまった。
「何を笑っているのだね。」
益々拗ねた顔になる。
「なんだよ。
 さっき『アルを送ってくる。』っつった時は平気な顔で『ああ。見送れなくて申し訳ない。』とか笑ってたクセに。」
からかい気味に言いながら男の髪を撫でると
「それは…。」
戸惑った瞳が揺れる。
「うっそ♪ そんなかわいい顔はオレにしか見せちゃだめだ。
 オレ以外には、いつものスカした顔を見せてろよ?」
男は言葉に詰まったようだ。
顔がまた紅くなっている。
ほんっと、かわいいヤツ。

くしゃくしゃと黒い髪をまぜながらオレは告げる。
「あの…さ。ずっと言わなきゃと思ってたんだけど。」
逸らしていた視線をオレに戻したその顔は、とても不安そうだった。
「…なに…を?」
「あー、ごめんな? 昨日無理させちゃって。」
男の躰から安堵したように力が抜けたのが解った。

「私が望んだことだ。」
「や。でもあんた初めてだったんだから、もっと優しくしなきゃいけなかったのに。
 熱まで出させちゃってさ。
 ホント…悪かったな。」
「一日寝ていれば熱は引く。もうそろそろ大丈夫だ。
 それより君は…厭ではなかったか?」
イヤ? ナニがだ?
「あ?」
「その…君の倍ほども生きている男を抱くなど…。
 厭では無かったかと…」
ああ。そういうことか。
「オレ、昨日も言ったけどすげえ感じたよ?
 女の人よりイイんだなって思った。」
こいつを愛しいと思ったからなのかも知れないけどな。
他の男を抱けって言われたらイヤかも。

「君は…まだ若い。
 君が他の誰かを…女性を好きになったと言われたら。
 …私は君を繋ぎ止めることなど…できない。」
つらそうな顔が哀しい。
「オレ、あんたが好きだよ?
 これからずっと一緒に暮らして、大切にしたいと思ってる。」
「それでも。
 君は…正常に女性と家庭を築いて、子供を持つことも出来るんだ。
 だから…君が誰か女性を好きになったら…私に言って欲しい。」
こいつは、オレの気持ちを一過性のモノだとでも思ってるのか?
「へえ。オレがそう言ったらあんたはどうするの?」
自分の気持ちを否定されたような気分だ。
おもしろくない。
それをこいつにぶつけてしまう。

「さっきも言っただろう?
 私は君を繋ぎ止めることなど…出来はしないよ。」
「物わかりのいい顔してオレと別れるって?」
つらそうにオレから瞳をそらして
「仕方がないだろう!?」
小さいけれど叫ぶように言う。
「で、あんたはどうすんだよ!?」
オレも声を荒げてしまう。
つ、と男の視線がオレに戻ってまた逸らされた。
「どう…するのだろうな…。私は。
 君のいない人生など何の意味もない。」
はぁ!?
オレとのことって、こいつの人生掛かってんの?

「今の私には実現したい理想もない。
 したいことも欲しいモノも、君以外にはない。
 君が私から去っていったら…生きている意味が…ない。」
待て待て。
オレが生まれるまでの14年間、こいつは生きていた訳で。
「あんたオレの他に欲しいモンとかしたいこととか無いの?」
生まれたからには人間、ナニかがないか?

「センセイの他には私には何もない。
 ずっと私にとって、世界も人生も意味の無いものだった。
 何のために生きているのかすら解らなかった。
 …センセイに逢う前にあの時計を骨董品店で見付けた。
 その時、ずっとモノクロだった私の世界に一つだけ彩が産まれた。」
まだ熱があるのか。
いつものこいつじゃない。
そう解っていたけど、精神(こころ)に抱えているモノを少しでも吐き出させたいと思った。

「『時計』って、これだよな?
 それでなんの…いろが?」
オレはジーンズの腰に付けた銀時計を持って男に見せた。
「金…いろだ…。モノクロだった世界に、金色だけが彩として認識出来るようになった。」
金色。
親父に似たのか嬉しくないけどオレの髪も瞳も金色だ。
「ふうん。オレの色素の薄い髪や瞳みたいだな。」
出来るだけ軽い調子で言おう。
どうもこいつは今、不安定みたいだ。

「数年後…君に出会えたとき、初めて世界が様々な彩に満ちていると知ったんだ。」
躰を小さく震わせているクセにうっとりと語る男に初めて不安になった。
「あ!?オレに逢って?」
それでも出来るだけ軽く言ったオレに
「そうだ。君に出逢って初めて世界に彩が鮮やかについたんだ。
 は…センセイ!君以外に私が生きている意味なんて無い。」
どうしてこいつはこんなにもオレを求めるんだろう?
オレにとってそれは歓びだったけれど。
同時に不安になるものでもあった。

「オレがいないとあんたはどうなるんだよ?」
オレはずっとあんたと居たいと思ってるのに。
「センセイが居ないと私の人生などなんの意味もないと言っただろう?」
それはオレが居ないと死んでも構わないってことか?
そんなことがあり得るのか?
「ああ。すまない。こんな重いと感じさせることを言うつもりはなかったのに。」
自分の手を額にあてて呟くこいつが哀しい。

「オレ、あんたが好きだ。
 ずっと一緒にいようと思った。
 …あんたを苦しめることから守りたいと思った。
 オレは確かにまだあんたに比べれば若くて頼りになんないかも知んない。
 でも!でも…少しはオレを信じてくんないか?
 オレがあんたを好き…ってこと。」
つと男が顔を上げた。
「センセイは…私と一緒にいたいと思ってくれているのか?」
「さっきも言ったろ?
 オレはあんたと一緒にいたいって。
 ずっと…一緒にいたいって思ってる…んだよ!」
「センセイ…嬉しいよ。
 それでも約束をしてくれないか?
 私以上に大切に思う女性が出来たら私に伝えると。」

オレはこいつ以上に大切に思える人が現れるとは思えなかったけど。
それでもこいつを安心させたくて。
「解った。万が一あんた以外の人を好きだと思ったら、あんたに言う。
 でもな、覚えてろよ?
 オレがあんたを大切に想って、一緒にいたいって思ってること。」
ふ、と男が笑った。
安堵したように。
甘えたように。
「センセイ。君を愛している。
 私の全てをかけて。」
「ん。あんたはまだ信じてないみたいだけど、オレはあんたが好きだ。
 覚悟しとけよ?」

どうしたらこいつを心の底から安心させられるのか。
ま、それがオレに与えられた試練と思えばクリアする為に燃え上がれるというモンだ。
ショチョウ、本当に覚悟しとけよ?
オレは本気だぞ。



Act.8

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.8
「遊 脇道」Act.8
08.12.21up
男が起きあがろうとした。
「どうした!?」
躰を支えながら聞く。
「トイレに行ってくる。」
ああ。そうか。
「歩けるか?抱いて行こうか?」
支えた方がいいのかな。
「いや。もう一人で大丈夫だ。
 センセイ。なにか飲む物を作ってくれないか。
 ああ。さっきのがまた飲みたい。」
それほど危なげなく歩いているから
「わかった。なんかあったら呼べよ?」
リビングから男を送り出してオレはキッチンへ向かった。
まだ喉が痛むのかな?

そろそろ出来上がる(っつってもたいして時間のかかるもんじゃないが。)頃にようやく男が戻ってきた。
やっぱりつらかったのかな。
支えて行けばよかったな。
「大丈夫か?」
またサラダボウルにショウガ湯を入れてソファに戻る。
「ああ。」
横たわらずに座って男がそれを受け取った。

冷ましながら時間を掛けて飲み干し、空になったボウルをオレに渡して
「センセイ、ここに座ってくれないか?」
自分の隣をぽんぽんと叩く。
「あ?膝枕でもしろってか?」
「ん。」
オレは笑ってソファの端に腰を降ろす。
男の躰に手を添えながら頭を膝に乗せた。

男が深い溜め息をついた。
「このまま眠ってしまってもいいかね?
 脚が痺れるようならいつでも抜いてくれたまえ。」
そうだな。もっとこいつは眠った方がいい。
「ああ。解った。ここにいるから安心して寝ろよ?」
男の髪を撫でながら言う。
「あ、髪触ってない方がいいか?」
「いや。とても気持ちがいいよ。
 …いつでもやめていいから。」
それまでは…。
と囁くように言って男は瞳を閉じる。
オレは黙って男の髪をそっと撫でながら、こいつが瞳を覚ますまでずっと膝枕をしていようと思った。
こいつが目覚めて最初に見るモノがオレの顔であるように。


何時間経ったんだろう。
すでに窓からの光は薄くなり始めた。
こんなに深く長くこいつが眠るとは思わなかった。
それほどのダメージを受けているのかと思うと本当に申し訳なくなる。
朝にスープとパンを食べただけで腹が減らないんだろうか。
こんこんと眠る様子にちょっと不安になった。
…生きてるんだよな?
そっと鼻に指を近づける。
ああ。よかった。息をしている。
生きてる。

『生きて居る意味がない』と言ったこいつ。
オレがいないと生きて居る意味がないと。
そんなことを言う人間だと思わなかった。
いつも自信に溢れていて、仕事は…サボリ気味らしいけどそれでも知識が豊富で。
きっと現役の税理士よりも調査官よりも、ずっと実務の知識を持っている。

オレは日々のお客さんの仕事に追われがちで、勉強の時間があまり取れていない。
それでいいとは思ってないけど、どうしても時間が足りない。
そんなオレにいつも税法が変わったり、届出が必要だったりすることをこいつはタイミング良く教えてくれる。
なんでそんなにオレの仕事の内容を知っているのかと不思議に思ったことが何度もある。
でもそれは税務署側が調べようと思えば簡単に知ることのできるもので。
それはこいつの余力でなされていると思っていた。

でももしかしたら、こいつはオレのためにオレに必要な知識を持とうとしてくれていたんじゃないだろうか。
だって税務署長にまでなったら調査に行くわけでも無し。
当たり障りのない程度に改正税法を理解していればいい訳で。
少なくとも届け出や実務のことなんて必要ない。
…オレのお客さんに必要な届け出を提出期限内に教えるなんて、一件一件お客さんの申告状況まで全部詳しく調べなきゃ出来ないことだったんだ。
そんなことにもきちんとは気付いていなかったけど。
どれだけの時間を掛けて、オレが仕事をしやすいようにと心を砕いてくれていたんだろう。

「それほど…あんたにはオレしかないのか?」
静かに眠り続ける男に問いかける。
どうしてなんだろう。
オレしか必要のない人生なんて、オレには考えられない。
一人の人間しか必要がないなんて。
オレは家族も友人も仕事も大切で。
もちろん今はこいつも大切だ。
人間、生き甲斐って言うモンがあるだろう?

オレはアルに言わせると『仕事バカ』なんだそうだ。
親父が税理士だったからこの仕事に就いたってことは否めないけど、それでもこの仕事に満足している。
解らないままでは余計に税金を取られてしまう人に、最低限の税額を導き出す。
会計の知識を持たないけれど、志を持って仕事を始めた人の手伝いをする。
本当なら無償でもいいから、NPO法人(特定非営利活動法人。ボランティアの延長のような団体だ。大体において人の役に立とうという団体は貧乏だ。)なんかの相談に乗りたいと思っている。
それはもっとオレが努力をして時間の調整をつけてからとは思っているが。

その位、オレは時間が足りないと思うほど人生に生き甲斐を感じているけどな。

オレしか要らない人生。
それはとても哀しいモノなんじゃないだろうか。
オレがいなかったらこいつはどうするつもりなんだ?
本当に死んでしまうつもりか?
…どうしてそんな風に思ってしまっているんだろう。


陽が落ちて、雲が鴇色に染まる頃にようやく男は瞳を覚ました。
「ん…。」
まだ覚醒しきっていない男に
「起きたか?具合はどうだ?」
声を掛けた。
「は…センセイ?」
「ん。オレだ。
 よく寝てたな。腹減ってないか?」
「暗いな。何時だ?
 ずっとこのままでいてくれたのかね?」
部屋を見渡して男が言う。
すっかりいつもの様子だ。
よかった。
額に手をあてると熱は下がっている。
やっぱりさっきの不安定な様子は熱のせいだったみたいだ。

オレはジーンズに付けているこいつから貰った時計を見た。
「んー。5時ちょい前だ。
 やることもなかったからな。あんたの寝顔を堪能してたよ。」
その時初めて脚が痺れていることに気付いた。
「途中で放り出してくれてかまわなかったのに。
 …でも嬉しいよ。ありがとう。
 そういえば腹が減ったな。」
「今なんか作るから。食べたいモンとかあるか?」
「センセイが作ってくれるものならなんでも。
 面倒ならデリバリーでも構わないが。」
笑って言う表情が本当に安定してる。
人間、熱があると不安になるしな。
まして昨日あんなことを体験したから、言動がおかしかったんだろう。
オレは安堵した。

あり合わせの材料(それでも結構な量をアルが買い足してくれていた。)で夕食を作り、男の体調を考えると酒を飲むわけにもいかずそのまま眠ることにした。
「センセイ…。」
ひたりと躰を逢わせて抱きしめているオレに、囁く声が聞こえた。
「ん?どした?」
男の髪を撫でながら聞く。
「君はこのまま眠れるのかね?」
あー。難しいかもな。
今日は特に頭も躰も使ってないし。
「あんたは眠れそうか?」
でもこいつが眠れればそれでいい。
一日や二日寝なくったってオレは死にゃあしない。
「さっき随分寝てしまったからな。どうだろう?」
そういや結構長いこと寝てたな。
こいつを眠らせるには…。
どうすりゃいいんだ?
イかせるか。
アレは体力を使う。

「眠らせてやるよ。」
言うやオレは男のパジャマのズボンと下着をいっぺんに引きずり下ろす。
「…!センセイ!?」
起きあがろうとする躰を左腕で押さえる。
「無理はさせないから大丈夫だ。
 横になってろ。」
告げてオレは男のモノを舐め上げた。
「!っ…ぁ!セン…!…んッ!」
ビクビクと揺れる躰と舌で舐る毎に張りつめていくこいつのモノが愛おしい。

「ん…ぁ!も…。」
そろそろ限界のようだ。
内腿が痙攣し始めた。
「いいよ。イけよ。受け止めてやるから。」
口を離して言い、また咥え込む。
舌を茎に匍わせながら、唇を細めて吸い込み刺激を強くした。
「ぁあ…っ!…ん…ぅっ!」
先端を尖らせた舌で突いた途端、口中に苦みが広がる。
でも昨日みたいに喉の奥じゃないから苦しくはない。
オレはわざと男の耳近くに顔を近づけてから
ごくり、と音を立ててそれを飲み干した。

…その後盛大に咳き込んでしまったのは失態だったが。

でもよぉ?
コレ、喉にからまるよな?

まだ咳をしてしまうオレに
「センセイ。君も…。今慣らして来るから。」
言うやベッドを離れようとする男の腕を掴んで引き倒す。
「…な。口でして?」
こいつの躰が心配で言ったんだけど
「私の躰より、口の方がいいかね?」
不満そうに言われた。
「バカ。熱出したばっかだろ?無理すんな。」

オレは仰向けになり、上半身をおこして背中に枕を入れた。
そして更に男を引き寄せてその耳元に
「な。オレのを咥えてる顔を見せて。
 それだけでオレ、イけそう。
 …あんたの躰には敵わないけどな。」
注ぎ込むように囁く。
面白いくらいに顔を紅く染めて
「君がそれでいいのなら。」
瞳を逸らして男が言う。
なんてかわいいんだ。
「ん。なあ。そのかわいい口で…して?」

ちゅぷり、と音を立てて男がオレのモノを咥える。
言った通り、瞳を開いてオレを見つめて。
ちゃんと顔を見せる従順さがたまらなくかわいくてオレを煽る。
もうすぐにでもイってしまいそうだ。
「かわいいな…あんた。…ッ!…いいよ…ぁ!」
オレのモノに絡む舌が、昨日艶めかしいと思ったことを思い出して更に感じてしまう。
「ぁ…!ぃ…気持ちい…っ!ぁ…っ!」
うわあ。オレ、ヘタレ。
も、ホントにイっちゃいそう。
こういう時って、もっと持たせないとダメだよな。
なんて思う余裕もなくて。
「っ…。あ!…離せ…!」

はい。
離してくれなかった男の口ん中にヤっちゃいました。
いや、さっきオレもこいつのを飲んだからイーブンと言えるかも知れないけど。
でもさぁ!
『抱く』立場としての男のプライドってもんがあるじゃんか!?
有る…だろ?
ありませんか?

同じように咳き込む男に感じるのはかわいさと愛おしさだけなんだけど。
でも、なんだかしらけたこのままに眠る気にはなれない。
オレは男を引き寄せて押し倒した。
「! セン…」
「好きだ!ロイ!」
なんてストレートなオレ様。
「も一度イけよ。まだ眠れないだろ?」
もう熱もひいたから大丈夫だよな?
「え…!?センセイ!?」
大丈夫じゃないかな?
「躰、きついか?
 ならやめるけど?」
聞いたオレに
「いや。大丈夫だが。…どうして?
 私はさっきイったけれど?」
不思議そうに言う。

「そんであんたは眠れるのか?
 昼間あんなに寝てたのに。
 …イヤじゃなかったら、も一度イけ。」
「私…の為か…?そんなことはしなくても大丈夫だ。
 …センセイ?」
オレを気遣うこいつなんてイヤだ。
オレは強引に男のモノに舌を匍わせて咥えながら男の後孔に指を匍わせた。
「…んッ…ぅ!…や…センセ…!」
オレは男のモノを離し、その顔に自分の顔を近づけた。
「イヤか?オレのは挿れない。
 …指だけでもイヤだったら言え。」
聞いたオレに帰ってきた来た言葉は
「ぁ…厭じゃ…ない。センセイのもの…欲し…!」

バカなヤツ。
まだこんな躰にオレのモノを欲しいなんて考えられないクセに。
それでもこいつの言葉はオレを喜ばせる。
ベッドサイドの棚から潤滑剤の入っている瓶を取り出して指に絡ませる。
昨日オレはこいつを感じさせられると思ったが、それは勘違いだったようだ。
でも思った通りの場所でこいつは感じた。
こいつの中の『ある』一点で。

ぬるぬるする液体を絡ませた指を男の後孔に差し入れた。
途端に強張り痙攣する躰に構わず、オレの指が覚えている場所に進んでいくと面白いように躰が跳ねる。
男のモノを咥えながら、男が感じるその一点を指先で掠めた。
「ぁ…っ!センセ…!も…!」
強く男の茎を吸い上げ、後孔の男の最も感じる所を指で突く。
「ん…ぁぁっ!…ぁ…くッ!」
耳を蕩かすような甘い声をあげて男が達する。
オレは深い深い満足感を抱いていた。

未だに荒い息を吐く男に
「なあ。感じた?」
オレは聞く。
「…ん…。感…じた…よ。」
絶え絶えに返される言葉がかわいくて嬉しい。
「よかった。な、もう眠れ?
 オレがずっと抱きしめているから。」
オレの言葉に
「ん。ずっと…いてくれる…な?」

くたり、と力をなくした躰は眠ったのだろう。
穏やかな夢を見てくれればいいな。
男を抱きしめて、オレもゆったりとした眠りに落ちていった。



Act.9

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.9
「遊 脇道」Act.9
08.12.21up
んー…。
アル?
お前でっかくなったのに、まだ兄ちゃんのベッドに潜り込んでくるのか?
全くしょうがねぇヤツだな。
くしゃくしゃと髪をまぜながら瞳を開けると、艶やかな闇色の髪が有った。
ああ。
オレ、ショチョウと暮らすことになったんだっけ。

めずらしく朝まで目が覚めなかったな。
オレに抱きついているこいつは、まるで縋り付いているようだ。
どこか傷ついているように見えるのは気のせいだろうか。
しかしよく眠る男だな。
昨日熱があったとはいえ、昼中寝てたクセに一晩また寝たのか。
…そんなに負担を掛けたのかな。
寝顔が穏やかなことを確認してからそっとベッドを出た。

朝食の用意をして男を起こしに行く。
「おい。ショチョウ。朝だぞー。起きろー。」
「ん…。」
寝ぼけた顔もかわいいな。
うっすら開いた瞳は潤んで艶やかで。
まるで漆黒の宝石みたいだ。
オレはそっと目蓋にキスを落とした。
「センセイ…?」
「はよ。具合はどうだ?」
「ん。大丈夫だ。ああ、センセイ。」
躰を起こし掛けたオレに手を伸ばしてくる。

「ん?どした?」
顔を覗き込もうとしたらキスされた。
「目蓋への口づけも嬉しいが、朝の挨拶はやはり口にして欲しいな。」
にやりと笑う表情は全くいつも通りのこいつで。
ああ、よかったと思いはしたがなんか悔しい。
「解った。明日から口と言わず躰中にしてやる。」
同様ににやりと返してやる。
「…それは…嬉しいな。」
こいつ、少し顔が紅くなったな。
へっ!オレの勝ち!
「ほら。顔洗って来いよ。メシ出来てるぞ。」
「ああ。」
起きあがるのに少し手を貸してやったが、すっかり大丈夫そうだ。
よかった。

そのまま寝室で着替えを済ませている間に、今日がプラスチックゴミの日だったことを思い出した。
事務所とこれだけ近いんだから、おそらく同じ曜日で回収されるだろう。
ゴミを集めとこう。
寝室のゴミ箱をみると、きちんとビニールが掛けてある。
とりあえずビニールごとゴミを取り出した。
「あ!こいつ分別してねぇ!」
燃えるゴミもプラスチックゴミもいっぺんに捨ててやがる。
「ちっ!全部分けなきゃなんないじゃねぇか。」
仕方がないのでウチ中のゴミを一つ一つ分けていった。

「? 錠剤…だよな?」
分けていく内に薬のパッケージが多いことに気付いた。
病院でもらう類の錠剤だ。
「なんか持病でもあんのかな。」
だからあんなに厭世的なんだろうか。
今度聞いてみよう。
…聞かれたらイヤかな。
自分から言い出すのを待った方がいいんだろうか。
とりあえずオレはそのカラになったパッケージを一つ、スーツのポケットに入れた。

プラスチックゴミを一袋にまとめて、玄関へ置いたところに男が来た。
「あんたさ、ゴミ出しってしたことないだろ?」
「? ああ。クリーン・サービスが持って行ってくれるからな。」
なるほど。
こいつが掃除をするとこなんて想像できない。
「ゴミは分別が必要なんだ。
 これからは燃えるゴミとプラスチックゴミと金属ゴミは分けて捨てろ。」
「…ゴミに種類があるのか?」
知らないのかよ!

「あるんだよ。もっとゴミ箱買ってくるから捨てるときに分けるんだ。いいな?」
「解った。どれがどのゴミなのか教えてくれたまえ。」
「ゴミの分類表だって来てるはずだぞ?」
「…見た覚えがないな。」

興味のないモノは全然目に入らないタイプの人間なんだな。
まあオレだってそうだけどさ。
ああ。きっと雑紙と新聞も分けてないんだろうな。
段ボールとかも一緒になってるに違いない。
…ゴミの分類はいつかこいつの仕事にしよう。
きっちり覚えてもらうぞ。


朝食を済ませて、事務所まで二人で歩いていた。
「なあ。オレんとこは多分、今日で仕事納めになると思うんだ。
 仕事終わったらとりあえず一度、自分ちにアルと帰るから。」
いきなり家を出ちまったからな。
挨拶もしてねぇし。
「…今日中に帰ってきてくれるのだろうね?」
おい。脚が止まってるぞ。
「帰ってくるよ。忘れたモンとか見に行って、ちょっと話をしてくるだけだ。
 あんたも仕事終わったら来たらどうだ?」
笑いかけて、背中を押してまた歩かせる。
なんだかなー。
「そうさせて貰おう。仕事が終わったらとりあえず連絡をいれてくれたまえ。」
「ん。解った。」

マンションの前で別れようとしたのに、事務所まで付いてきた。
「なあ。仕事行けよ。ここまで送らなくていいっつってんのに。」
「ダメだ。アルフォンス君に手渡すまでは私の責任だ。」
「なんの責任だよ。オレは子供か?」
まだアルは来ていないようだ。
「ほら。じゃあ事務所に入ったからもういいだろ?」
「ダメだと言っている。君を預かって行ったのだからね。」
まあ、あんときゃオレの意思じゃなかったのは確かだ。

「あんたはオレの保護者じゃないだろ?
 アルだって違う。オレはガキじゃないんだから預かられてる訳じゃねぇ。」
でもなんでいきなり子供扱いだよ。
ちょっとムカツク。
男の後頭部に手を廻して引き寄せるとその唇に噛み付くようにキスをした。
「!?…セ…!…んっ」
開いたところに舌を入れ込んで絡ませる。
驚いたように目を見開いていた男が目蓋を伏せた。
「ン…。」
甘えた声が聞こえてくる。
上顎を撫でるように舐め、絡めた舌を吸い上げて甘咬みすると男の躰が震えた。

「は…ぁ。」
口を離して顔を覗き込む。
すこし惚けたようなその表情が婀娜っぽい。
「あんたがオレのかわいい人だろ?
 オレはあんたの方こそ税務署まで送りたいくらいだ。
 ホークアイさんに手渡すまでが、オレの責任なんじゃないのか?」
くすりと笑って囁いてやると耳まで紅く染まっている。

「センセイ…。」
男が抱きついてきた。
「ん?なんだ?」
その背中を優しく撫でてやる。
「国税専門官にならないか?」
ナニ言い出すかと思えば。
いつも一緒にってか。
「あんたの部下なんてごめんだ。仕事しなさそうだもんな。
 あんたのお守りはホークアイさんに任せるよ。」

もう8時半過ぎだ。
ここを出さなくちゃと思いながらもう一度深くキスをする。
「…ン…ンッ…」
キスしているときに喉から漏れる甘えた声が、オレを蕩かすようで好きなんだ。
あー。押し倒したい。
キスしたまま男を両腕で抱き寄せ、机に背をあてるように移動させる。
「ん…?」
疑問の声が聞こえたが、そのまま酷くぶつけないように腕で背中と頭を支えながら、男の上半身を机の上に倒した。
更に深く舌を絡ませてると
「…ン…」
安心したのか、また甘い声を洩らしてくる。

男の胸元に手を匍わせたところに
「おはよう!兄さん!」
元気にアルがドアを開けた。
「うわ!」
オレが躰をおこすより早く男が勢い良く上半身をおこし、アゴと額が思いっきりぶつかった。
「つぅーーー!!」
「ってぇーー!!」
オレはアゴを押さえて座り込んだ。
横には同様に額を押さえてへたり込んでいる男。

「仲好しさんだねぇ。」
溜め息とともにアルの言葉が落ちてきた。
「私はこの辺で失礼するよ。」
まだ額に手をあてたまま男が立ち上がる。
「あ…ああ。気ぃ付けてな。終わったら連絡すっから。」
「ああ。ではアルフォンス君、仕事を頑張ってくれたまえ。」
にっこりとアルに笑いかけて男は去って行った。
今更爽やか笑顔したって遅いだろ?
恥ずいヤツ。

「なに朝からサカってんのさ。」
呆れ顔で言われてしまった。
「あいつが子供扱いすっからさ。
 どっちが誰のモノなのか、はっきりさせとこうと思ったんだよ。」
『あいつ』が『オレ』のモンなんだってしっかり覚えさせないとな。
「オスだねぇ。兄さん。」
ひゅー、と口笛を鳴らしてアルが言う。
「イテェ…。これアザになるな…。」
それには応えずアゴをさする。

「ま。仲良きことはうつくしき哉。
 神聖な職場で…って、燃えるよね。」
ア…アルフォンス君!?
「まさかお前、ここで女とヤってんのか!?」
いや、オレの方がここに居る時間が長いよな。
アルはちゃんと毎日帰ってるけど、オレはしょっちゅう泊まってた。
「イヤだなぁ、兄さん。一般論だよ。一般論。」
そんな一般論あんのか?
「職場でか…確かにいいかもな。」
って、税務署でヤるのはちょっとイヤ。
…いや、却って燃えそうだ。
「でもボクが来そうな時間にここで最後までヤるのはやめてよね。
 野郎同士なんてボクは見たくないから。」
「…はい。ワカリマシタ。」
オレだってそんなあいつをお前に見せたかないっつの。

事務所に届いていた資料を処理していくと、やはり午前中にケリが付きそうだ。
アルと相談して、予定通り今日を仕事納めにした。
仕事を終わらせてからざっと大掃除をしていると昼になった。
「今日弁当、お前の分も作ってきてるからな。」
「へえ。兄さんが?それともロイさんが作ってくれたの?」
掃除機を片付けながらアルが楽しそうに言う。
「あいつは料理どころか家事の全てができねぇよ。
 ヤツが有能なのは風呂入れとコーヒー煎れることくらいだ。」
「あー。らしいと言えばらしいけどね。」
納得した声だ。

「じゃあ母さんの言う通り、兄さんは家事ができるから貰えたお嫁さんだね。」
母さんは常に
『家事も出来ない男は嫁の来手がないわよ。』
とオレ達に家事を仕込んだ。
解るまで出来るまで丁寧に教えたら、あとは自分たちでやらせるという主義だったんだ。
そのせいか母さんにしてもらうよりも自分たちでお互いの世話をやいてきた。
おかげでアルもオレも家事は万能だ。

「そうだな。って、アレがオレの嫁か?」
「だって、そうじゃないの?兄さんがお嫁さん?」
つか、夫婦なのか?
「や、嫁はごめんだが。
 ああ。嫁じゃねぇよ。
 アレは黒猫。オレがあいつの飼い主だ。」
ふうん、と弁当の包みを広げながら
「随分大きな猫だねぇ。ボクはうちの猫の方がかわいいな。」
言うアルに、ふふん、とオレは笑った。

「あんなかわいくて最上級の猫はいないぜ?」
「へえ。もしかしてロイさんって、兄さんと居るときはすごくかわいいとか?」
「そうだ。お前にも絶対見せてやんねぇよ?」
「いや、見たくないけどさ。
 ふうん。ロイさんって結構ツンデレだったんだね。」

ツンデレ?
凄く寒そうな光景がオレの脳裏に浮かんだ。←それはツンドラ(寒!)
「しかも誘い受けかぁ。やるな。ロイさん。」
サソイウケ?
「結構萌え要素押さえてるなぁ。
 もともとヤオイ関係なんだしね。」
燃エヨウソ?
八百遺憾系?
「あの…さ。アル。兄ちゃんにも解る言葉で話してくんないか?」
オレの弟は宇宙語を話してるのか?

「ああ。最近ウィンリィとシェスカがコミケに参加するって頑張っててさ。
 制作場所に困ってたから、兄さんの部屋を使ってるんだ。
 色々ボクも手伝わされてて、ヤオイ用語を覚えちゃったよ。」
八百異様語?
異様なのはお前が話してる言語だよ。

「コミケ?」
どっかで聞いた言葉だ。
コミケ…コミケ…。
頭がぐるぐるしそうになった時、インターフォンが鳴った。
「はい?ああ。すぐ開けます。」
アルが機嫌良くドアを開けるなんてめずらしい。
営業に対しては鬼のような冷たさで追い返すのに。
と思ったら男だった。

「ああ?ナニしに来たんだ?」
「何って、昼食をセンセイと摂りに。」
「はあ?なんでここで喰うんだよ?」
「だってセンセイの作ってくれた弁当だ。
 センセイと食べたいじゃないか。」
ナニを言ってんだか。
ま、こいつのことだ。
少しでもオレといたいとか思っているんだろう。

あ!コミケ!
こいつの顔を見て思い出した!
「コミケって解った!
 銀行の娘が言ってたぞ。
 なんだ?それ?」
そしてオレはアルと男の説明で、オレと男のことが『お耽美』な『ヤオイ』(こっ恥ずかしいホモ話をこう呼ぶんだそうだ。)として描かれることになったと知った。

「兄さんがオリジナルで使われるのか。
 ウィンリィ達も使うって言ってたから、そのうち801で一つのジャンルになれるかもね。
 おめでとう♪」
「それってめでたいことなのか?」
「さあ? ウィンリィは壁サークル目指すって宣言してたから。
 沢山の人が読んでくれるといいね♪」
いいのか?それはいいことなのか?
つかなんで女がホモ話を喜ぶんだ?
自分たちに関係ないんじゃないのか?

「私は別にかまわないが?
 センセイとの関係をオープンにできる、いい機会ではないかね?」
オープンにしてなんのメリットがあるんだよ?
仕事が増えるとでもいうのか?
「つか、なんであんたまでその『ヤオイヨウゴ』っつの?を知ってんだよ?」
「ああ。実はホークアイ君が同様にレベッカと『実録 公務員シリーズ』という同人誌を昔から発行していてね。
 どうやら壁サークルと呼ばれているらしいのだよ。」
「へえ。すごいですね。壁サークルですか。」
感心したアルの声が遠くに聞こえる気がする。

「なあ。そのシリーズって、モデルは誰なんだ?」
すごくその辺が気になって仕方がない。
「ん?私らしいぞ。
 もちろん相手は君だ。」
やっぱりか!!
「じゃあ既にロイさんと兄さんは一ジャンルになりつつあるんですね!」
嬉しいか?
アル。
嬉しいか?
自分の兄がホモとして『お耽美』に女性達に広まっていて。

「腐ってる…。」
男を選んだオレの言えた義理じゃないが、生殖本能をなんだと思っているんだ?
「そうそう。だからヤオイ好きな女性は自分たちのことを『腐女子』とか『貴腐人』とか『腐淑女(ふれでぃー)』とか呼ぶらしいよ。」
また異様語をアルが紙に書いて寄越した。
「ほう。うまい言い方をするものだな。」
ナニ感心してんだよ!

オレが声を挙げようとしたところに
「そうだ。ホークアイ君で思い出した。
 これをここの冷蔵庫に入れてくれないか?」
男が包みを取り出した。
「なんですか?それ?」
アルが受け取る。
「鹿肉だそうだ。よかったら今日君たちの家で食べてくれないかと思ってな。」
鹿!?

「なぜ鹿肉?」
「ホークアイ君の趣味は狩猟でな。
 先日撃った鹿の肉が熟成されたと言ってくれたんだ。」
狩猟!?
「ええ!?ホークアイさんってそんな趣味があるんですか!」
アルが驚いて言う。オレも驚いたよ。
「ああ。腕が良いらしくて、その世界では『スナイパー』と呼ばれているらしい。」
銃を構えるホークアイさんを想像して、妙に似合うと思った。

「なんか格好いいですね。ボクもやってみたいな。」
アルに銃。
鬼に金棒より恐ろしく感じるのはなぜだろう。
「格好いいと思うかね?…センセイも?」
男がオレを見て言う。
「いや…。オレはいいや。
 食べるために他の者を殺すのは仕方のないことだと思ってるけど、進んでそれを趣味にしようとは思わない。」
そうか、と頷いた男にアルが
「ロイさんはされないんですか?なんだか似合いそうですけど。」
と聞いた。
「私はその資格が取れないのだよ。」
小さく笑って言う意味が解らなかったが、食べたことのない食材に興味が湧いた。

「鹿肉って、どうやって喰うんだ?」
「ああ。包みが二つある。一つの『生』と書いてある方は、そのまま塩を付けて食べられる。
 おろしたガーリックを薬味にしてもうまいそうだ。
 もう一つの『加熱』と書いてある方は塩コショウしてステーキにしたり、シチューに入れたり普通の食肉と変わらない扱いでいいと言っていた。」
「へえ。馬肉や牛肉みたいですね。生でも食べられるんだ。」
アルも珍しい食材に興味が湧いているようだ。
鹿肉やホークアイさんの狩猟での話に昼食は盛り上がった。

「では私は仕事が終わったらそちらに向かうから。」
玄関に立った男が言う。
「ああ。オレ達はもう少し掃除をしたら家に帰ってる。」
「ロイさんは車でいらっしゃるんですか?」
オレと並んで見送るアルが聞いた。
「ああ。そのつもりだが?」
「じゃあ、明日車を使う予定がないのなら、ボクが送りますよ。
 ロイさんも兄さんもお酒を飲むでしょう?」
「「いや」」
男とオレが同時に言う。
「?」
「や、オレ飲まなくていいから。」
「いや。私は飲まなくていいから。」
またほぼ同時に言う。
「ぷっ!本当に二人は仲がいいんですね。」
可笑しそうにアルが笑う。
オレと男は顔を見合わせて苦笑した。

「まあ。その時になったら運転者を考えましょう。
 ボクはあまりお酒を好みませんから。」
まだ笑いが止まらないアルが
「じゃ、ボクは隣の部屋で資料の整理をしてますから、別れの挨拶をどうぞ。」
言うなりその場を離れて、資料置き場の部屋に入ってドアを閉めた。

「あ…じゃな。仕事頑張れよ?」
「ああ。…では後で。」
そのままオレから去ろうとする男がなんだかイヤだった。
「って、あんたは行っちまっていいのか?」
それでもオレから求めるのは悔しくて。
「センセイ?
 ……抱きしめて、口づけて欲しい。」
オレは甘やかされているんだろうか。
それとも言葉通りに求められているんだろうか。

「来いよ。ほら。キスしてやるから。」
オレは腕を広げてみせた。
来い。
オレを求めろ。
もっとオレに溺れろ。
オレだけだと言う言葉を吐くその唇をオレだけに触れさせろ。

今まで女に対して自分は淡泊な方だと思っていた。
それほど強い性欲を感じたこともあまりない。
でもこいつには全然違うんだ。
こいつが欲しい。
こいつに欲しがって欲しい。
オレだけを欲しがって欲しい。

「センセイ…。」
掠れた声すらオレを蕩かせる。
オレの腕に縋るように男が躰を寄せた。
それを強く抱きしめて
「も一度、言え。」
「…口づけて欲しい。」
「ん。こっち向けよ。」
貪るようなキスをお互いが求めるままに交わす。

「…ン…。」
洩らされる甘い声に一度口を離し
「声をあげるな。あんたのこんな声はオレにしか聞かせるな。」
囁いてまた唇を合わせる。
声をあげない分なのか、震える躰が愛おしい。
やがて離れた唇と唇の間に細く唾液が銀糸のように垂れる。
男のアゴについたそれを指で拭って
「また後でな。」
そっと耳元に囁いた。
「ああ。また後で。」
返ってくる声も少し震えていて。
なんてこいつはかわいいんだろうとまた改めて思う。
くしゃり、と男の髪を乱して見送った。

「熱いねぇ。」
男が去った後に部屋から出てきたアルが言う。
「かわいいだろ?」
どうせ耳をそばだてていたんだろうアルに自慢げに言ってやる。
「ウィンリィの作品はまだ甘いようだね。アドバイスしておくよ。」
オレ達って、本当に一部ではもう有名なのか?

しかしそれを『イヤだ』とは思わなくなっている自分がちょっと、ちょっとだけイヤだった。



Act.10

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.10
「遊 脇道」Act.10
08.12.21up
「たらいま〜。」
久々の帰宅だ。
「あら。めずらしい。エドも来たの。」
母さん、久しぶりに帰った息子に『来た』か。
そうか。
「ああ。オジャマシマスっと。」
「エド、久しぶりだな。マスタング君も来るのかね?」
親父もエプロン姿で出てきた。
「ああ。後で来る。って、なにしてんだ?料理?」
オレ達は家事を仕込まれたが、親父はあまり家事をしない。
元々母さんが家事の好きな専業主婦だったからってこともあるだろうが。

「いや、スクリーントーンやインクやらで結構服が汚れるんでな。」
「はあ!?」
ナニそれ?
「父さんって、名アシスタントなんだよ。
 ベタとトーン張りが上手なんだ。」
アルが答える。
「アシスタント?なんの?」
「ウィンリィとシェスカの同人誌だ。
 父さんヒマだからなんの気無しに手伝ったら、凄く上手だって言われて今専属アシスタントやってるんだよ。
 いやぁモテる男はつらいな。」
にやにやと話すこの中年親父はいったい…。

「同人誌って、あのホモの!?」
「「「そう。」」」
3人が同時に言う。
待て待て待て!
「それってオレとショチョウの話だよな?みんな読んでるのか!?」
自分の息子のホモ話を!?
「「「うん。」」」
同時に頷くなーーーー!!!

「母さん!?
 母さんまでそんなの読んでんの? 本当に?」
「ええ。結構面白いわよ。でも現実とは違うのね。
 母さん、すっかりお嫁さんなエドを楽しんでたのに。」
はあ?

「ウィンリィは来てるのか?」
あいつ…とんでもねぇ話書いてんじゃないか!?
「ああ。エドの部屋が今制作室になってるから、居るよ。」
だいたいなんで人んちでやるんだよ!
だかだかと階段を駆け上ってオレの部屋に行く。

「おい!ウィン…」
スタン!
とオレの顔の横の壁にナニかが飛んできて刺さった。
恐る恐る見るとそれはペンだった。
びぃぃぃん、とまだペン軸が揺れている。
こんなのが目に刺さったら死ぬぞ!?
「いきなりなにす…」
「あんた!『攻め』ってホントなの!?」
オレ以上の迫力でウィンリィが怒鳴りつけてきた。
「ああ!?なに言って…」
「冗談じゃないわよ!あんたが『受け』ってことでペン入れまでしてるのに!」
「まあまあウィンリィ、落ち着いて…。」
となりでシェスカが宥めている。
「訳解んねぇこと言ってんなよ!」

後から親父とアルが部屋に入ってきた。
「ウィンリィ、ペンは投げたら危ないよ。」
のんびりした親父の声が張りつめた空気を緩ませる。
「おじさん…ごめんなさい。」
なんで親父には素直なんだよ!?
「で…なに怒ってんだよ。」
溜め息をついてウィンリィに聞く。
怒ってんのはオレなんだけど。

「…そうよ。なんであんたが『攻め』なのよ!」
「なんだよ。その『攻め』ってのはよ?」
「ああ。抱く方の人の呼び方ですよ。ま、挿れる方ってことですね。」
にっこり笑ってシェスカが言う。
うんうん。その笑顔はかわいいけどな、言ってるこたぁエグいぞ?
「すると『受け』ってのは抱かれる方か?」
「そうそう。」
嬉しそうだな。アル。なんでだ?

「小さい方、女顔の方、もしくはかわいい方が抱かれるのよ!
 だったらあんたが『受け』に決まってんでしょ!?」
決まってんのか?
オレには解んねぇ世界だよ。

「そりゃ、オレの方が背は少し小さいけど。
 女顔はあっちだろう。あんな美人はいねぇぞ?
 あんな甘えたかわいいヤツもな。」
…あれ?
なんでみんな固まってんだ?

「愛だよねぇ。」
ほややんとしたアルの声に金縛りが解けたようだ。
「あんた…本当に『攻め』なのね…。」
がっくりと両手をテーブルに付いて俯いている。
哀しいのか?なんでそんな哀しそうなんだ?ウィンリィ?

「なんだよ。どうしてそれがそんなに問題なんだ?
 だいたいオレ達のことなんか、お前等に関係ないだろう?」
がっ!と上げるその顔が怖い。
「もうあんたが『受け』で描いちゃってるんだってば!
 あたしはリアリティを追求したいのよ!」
リアルなホモなんてイヤじゃないか?
いや、オレは言える立場じゃねぇけど。

「ま、いいわ。許してあげる。その代わり詳しく教えなさいよ!」
「なんでオレがお前に許して貰う必要があんだよ?
 教えるってなにをだ?」
「実体験に決まってるでしょ!こんな機会めったにないのよ!」
「誰が教えるかぁぁあああ!!!!」
ダメだ。血管切れそうだ。

「お紅茶が入ったわよ。」
にこにことトレイを手に母さんが入ってきた。
「なに叫んでるの?エド。ご近所に丸聞こえよ?」
町内どころか全国的にオレのホモ話は広がってるらしいぜ?母さん。
「まあ、やるからにはリアリティを追求したいって気持ちは解って下さいよ。」
シェスカ、だから声と顔はかわいいけど、求めてるモノがエグいって。

「そうよ!目指せ『壁サークル』!
 タカベカ目指してリアリティを追求するのよ!」
「タカベカ?」
「これです。伝説級のサークルさんなんですよ。
 壁中の壁サークルと呼ばれてましてね。
 リアルでエロくて、これで私たちもどっぷりハマったんです。」

シェスカが渡してくれたその冊子は
『実録 公務員シリーズ 〜翼をもがれた金色の天使〜 R18』の文字が。
『サークル名 鷹&ベッカ』か。
ホークアイさん…ひねりがねぇな。
レベッカさんも。
いいのか?公務員(一人は『元』だけど。)が、こんなことしてて。

「まだまだあるわよ!何年も前から並んで買いまくったからね。」
その手の先には『公務員シリーズ』がどっさり積まれていた。

「原価がどの位かかるのかしらないけど…。結構な儲けになりそうだな。」
思わず計算しかけてオレは頭を振った。
「うん。印刷とかの金額は出てるから、ボクもざっと計算してみたよ。
 損益分岐点は今回40冊を超えるあたりかな。」
「人件費と家賃がかからないのは大きいよな。」
やっぱり無意識にアルも親父も計算していたらしい。

「本当に助かるわー。コスト管理までやってくれるから。
 値段決めるのもおじさんにお願いしたのよ。」
顧問料も払わないクセに。
お前等ちゃんとこの儲け、確定申告すんのか?


「でさ。…どうなのよ?」
「あ?なにがだよ?」
シェスカと親父とアルは、オレの部屋に持ち込んであるテーブルで制作作業に精を出している。
オレは残されていたベッドにウィンリィと並んで紅茶を飲んでいた。

「愛の営み〜♪」
にやにや笑うな。女がする顔じゃねぇぞ。
「キモい言い方すんな!」
「いいじゃない。教えてよ。」
「やだっつったろ?他人に話すようなことじゃねぇ。」
ぷい、とウィンリィに背を向ける。

「なによ。ケチ!スケベ!」
「スケベってなんだよ?」
ウィンリィが背後から耳元に口を寄せてきた。
「…あんなかわいいあいつの喘ぎ声…オレだけのモノだ。誰にも教えない…。」
「うわぁぁあ!!な…なに言って…!!!」
低い声で囁いたウィンリィに思わず振り返ってしまった。
「図星ね。顔が真っ赤よ。」
ふふん、と偉そうに笑う。
「てかなんだよ!?そのこっ恥ずかしい表現!」
「あら。こんなの普通よ。フツー。」
う…。オレも確かにそう思ったかも。
しかもあいつに言ったかも…。
今度は恥ずかしさで血管が切れそうだ。

「ウィンリィ。ここの表現どうするの?」
シェスカが呼んだ。
「ほら。行けよ。」
ホッとしてウィンリィを追い遣る。
オレ、ここにいんのやめよう。
マグを片手に階下へ逃げた。

ダイニングのテーブルに座って盛大に溜め息をついたオレに、母さんが紅茶を足してくれた。
「で、どう?生活の方は。」
落ち着いた声になんか安心する。
「ん。始めたばっかだからまだ解んないけど、まあまあかな。」
「アゴ、どうしたの?
 まさかDVなんてことじゃないわよね?」
「ん?ああ。ぶつけたんだ。
 …母さん、DVってのはヤオイ用語じゃないよな?」
「いやね。ドメスティック・バイオレンス。家庭内暴力よ。最近そういうんですって。」

ああ。よかった。普通の話題だ。
って母さん、今さらりと流したけど『ヤオイ用語』って言葉は知ってるんだな?
オレんちがどんどん腐っていく…。
しかも家族構成は男の方が多いのに…。

「年明けから忙しくなるでしょ?晩ご飯食べにいらっしゃいね。」
「ああ。頼むな。あいつにまともなモン食べさせないと。」
「今日は食べて行かれるんでしょう?最近母さんは『メシスタント』って呼ばれてるのよ。
 炊き出し隊長ね。」
楽しそうに笑う。
あんなもんでも(って読んだことないけど。)母さんが楽しいんならいいか。
オレ達は仕事が忙しくてあまり家にいなかったからな。
ウィンリィたちがいて騒ぐのが嬉しいのかも知れない。

「あ、そうだ。今日鹿肉があるんだ。」
カバンの横に置きっぱなしだった袋を手渡す。
「鹿?まためずらしいわね。」
母さん見るの初めてよ、としげしげ見つめている。
オレは鹿肉を貰った経緯とその調理法を説明した。

今日はそれを使ってシチューを作ることにした。
ステーキにするには足りなかったからだ。(意外にウィンリィとシェスカは大食いだ。)
生で食べられる肉は、スライスした玉ネギとホースラディッシュを薬味にしよう。

食事の用意を始めようかと立ち上がり掛けたオレに
「でね。エド。」
母さんが真っ直ぐにオレを見つめて言う。
「ん?なに真面目な顔して。」
オレはまた座り直した。

「本当にエドが『攻め』なの?」
「か…母さん?」
「母さんはエドがお嫁さんになる方に賭けてたのに。残念だわ。」
そういやそんな話も聞いたな。
どいつもこいつも…。
「母さん、自分の息子が男にヤられんのなんてイヤじゃないの?」
「あら。どっちにしたってどちらかはされるんでしょ?
 慣れると気持ちいいって書いてあったわよ?」
母さん? 母さん!?

「な…ナニに?」
「公務員シリーズに。
 とても職場の描写も詳しくて楽しいわね。あれ。
 色々なシチュエーションで愛し合う二人がエドとロイさんに似てて、とても面白いのよ。」
色々なシチュエーション…色々なシチュエーション…。
どどどどんなんだぁあ!?
うわ。マズい。ちょっと興味有るかも。

あ、待て。
公務員シリーズはどっちが受けなんだ?
「そのシリーズは、どっちがどっちなの?」
「金髪金目で美貌の国税局査察課長が『攻め』でね。
 公認会計士事務所に勤務している補助税理士が黒髪黒目で『受け』なの。
 お互いの職業上の立場から、公に出来ない忍び愛でね。
 その税理士が女性にモテモテなくせに査察課長にだけ『誘い受け』で、どこまでも強気かと思うと急に甘えたりして素敵なのよ♪」

税理士事務所(これがオレの現状だ。)ではなく、公認会計士事務所で補助税理士ってのはオレとは解らないようにしてるんだろうけど、逆に妙にリアルだな。
そんでまた査察課長とは。
マニアックなあたりを選んでるな。ホークアイさんたち。
確かに税務署長以上に税理士と馴れ合うわけにはいかないから盛り上がりそうだ。

しかしそれじゃオレとあいつのどっちが攻めかは解らないな。
…読んでみるか。
しかしイッキに説明してくれたな。母さん。
随分読み込んでいるんだね…。


夕食を母さんと作り終わろうかという時分に男がやってきた。
「おー。おかえり。」
迎えに出たオレの姿を嬉しそうに眺めている。
「ただいま。
 …エプロン姿がまたいいな。うちでもしてくれたまえよ。」
「あんなフリフリじゃなけりゃな。」

「おかえりなさい。疲れたでしょう。」
母さんも玄関に来た。
「ただいま帰りました。いい香りですね。」
見事な爽やかスマイルだ。
「ロイさんに戴いた鹿肉をシチューにしたのよ。
 もう出来るけれど、お風呂の方がいいかしら?」
「いえ。風呂は帰ってから入りますので結構です。
 あれは私も貰った物です。食べて戴けて助かりました。」
答えたところに、2階からどたどたと足音が降ってきた。

「ロイさん!?本物!?」
きゃーーー!!
と二人の悲鳴が聞こえた。
「なんだよ!うるせーぞ!」
なんでこいつに悲鳴をあげるんだ?
「お話し聞かせて下さい!あ、写真もお願いします!!」
「とにかく2階に!!」
「な…センセイ?」
問いかけるような目を向けてくるがオレにも解らない。

「おい!お前等落ち着け!
 こいつが困ってるだろう?」
じたばたするウィンリィとシェスカの襟を掴んで下がらせた。
「だってだって!公務員シリーズのモデルなんでしょ?
 本物でしょ!?」
なんでそれを…。

「アル!」
階段にいたアルに怒鳴る。
「お前だろ!話したの!!」
「あんまり熱心だからつい…さ。」
全然反省してないだろ?
アルの物事の判断基準は『面白いか、面白くないか。』だ。
「全く、アル!こいつの迷惑を考えろよな。
 ほら、お前等も下がれってば。
 ウィンリィ!こいつに触るな!」
腕を掴んで離れさせる。

「ナニよう!減るモンじゃなし!ケチケチしないでよ!」
てっ!
向こう臑にケリを喰らった。
「てめ!ナニしやがる!」
玄関の壁に向かって投げ出すように腕を放してやった。
もちろん強くぶつからない程度にだ。

「あんたが邪魔してんでしょ!?」
見事な回転キックだが、予測済みなのでその足首を掴んで上方向に流す。
ウィンリィは軽く受け身を決めて、すぐ上半身を起こした。
小さいときから組み手をしているお互いの動きは解っている。

「ああセンセイ。ご婦人へそんな乱暴をするものではないよ。」
男がウィンリィに手をさしのべた。
「乱暴してんのはこいつだろ?」
「やっぱり優しいんですね!」
シェスカがうわずった声を挙げる。
「ホーント。エドとは大違い。
 あ、大丈夫です♪」
なにカワイコぶった声出してんだよ?
「だからこいつに触るなっつってんだろ!」
立ち上がって尚かつ、男の腕に触れようとするウィンリィの手をはたき落とした。

「なによ!あんたさっきっから。
 そんなにロイさんを独り占めしたいわけ?」
腰に手をあてて、アゴを挙げ気味に言うその姿は悪者にしか見えねぇぞ?ウィンリィ。
「当たり前だ。こいつはオレのモンだ。勝手に触るな。」
「ガキ!ナニみっともないこと言ってんのよ!」
ねーえ!とシェスカと頷きあっている。
相変わらず小憎らしいアマだぜ。

「ロイさん、お話し聞かせて下さい!」
「是非写真もお願いします!」
「お前等少しは遠慮しろ!
 こいつは帰ったばっかで疲れてるんだって!」
「あんたは引っ込んでなさいよ!」
「静かにしたまえ!」
永遠にループしそうな会話に呆れたのか、男が大きめの声を出す。
さすがに全員が黙った。

「状況がよく解らないのだが、話をするのは構わない。
 ただ申し訳ないけれど、センセイが厭だという限りは私に触れないで貰えるかな?」
淑女に向けるような極上の笑顔で二人に告げる。
「エドが…嫌がるから?」
笑顔にヤられたのか、呆けた声でウィンリィが呟く。

「ああ、そうだ。私はセンセイのものだからね。」
更ににっこりと笑いかけると、シェスカとウィンリィが震えだした。
瘧(おこり)か?
大丈夫か?お前等。

「う…うわぁああ!萌えぇぇぇええ!!」
「すごい!すごい萌えたね!今!!」
「うんうん!萌えたよぉぉお!!!」

『モエタ』とは、発火、炎上していると言うことだろうか。
確かにオレも今、イッキに体温が上がったけど。
あ、すごく嬉しくてちょっと下半身にキかかってる。
ヤヴァイかも。
しかし今こいつから離れるのは不安が残る。
こんな女どもにどんなこと聞かれるのか。
そんでどう答えるのかは是非把握しておきたい気がしてならない。




Act.11

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.11
「遊 脇道」Act.11
08.12.21up
ハァハァと興奮してる女2人はちょっと危ない人に見える。
それに引き替え、静かに紅茶を飲んでいる男の品の良いこと。
不安定なベッドの上でも、脚を組んで座るその姿勢は真っ直ぐで美しい。
オレは隣に座ってうっとりと男の姿を見つめていた。
「…ねえ。これって、ロイさん鑑賞会?」
ぽそりとアルが呟く。
そういえば、女二人も舐めるような視線で男を見つめている。
穴が空きそっつぅより、なんか男が汚れそうな気がするな。

「で?」
空いたティーカップをテーブルに置いて男が口を開いた。
「話とはなんなのかね?」
「あ…。」
ベッドに向かって並べた椅子に座ったウィンリィとシェスカは口をぱくぱくさせている。
あまりに興奮が過ぎて、言葉に出来ないようだ。
「話がなければこれで終了! メシにしようぜ。」
さっさとここを立ち去りたいオレは、男の腕に手を掛けて立たせようとした。
「待って!待って下さい!」
ちっ!
基本的にこいつは女性に優しい。
ウィンリィとシェスカが望むならここにいようとするだろう。

「あの…写真を撮らせて戴いてよろしいですか?」
写真…。
本来、個人的にデータとして持っている分には問題ない。
(PCに保存されるのはハッキングを考えるとちょっとマズいが、まあその可能性は低いな。)
ただ、いったん友人にでも送られたら困る。
オレも男も個人情報保護法の範囲外の職種だ。
(この人は本物ですか?という一般の人の疑問に答えるため、本来なら伏せられる情報が積極的に公開されてるんだ。)

しかしこいつらもバカじゃない。
その位は解っているだろう。
若しくはここでしっかりと、誰にも渡すなと言えばいいだけだ。
それは男にも解っていて、オレに伺うような視線を送ってくる。
オレは軽く首を横に振った。
ああそうだよ。
単なる独占欲からだ。

オレの反応を受けた男が
「申し訳ないが、仕事の関係上それはできないんだ。
 決して君たちを信用していないということではなくて、特殊な状況だから。
 …解って貰えるかな?」
また蕩けるような笑顔で、ウィンリィ達に偽りを告げる。
こくこく、というよりも首と頭を繋ぐネジが外れたように、ガクガクと二人が頷いた。
「よかった。ありがとう。…他になにか?」

ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。
おい。こいつに興奮しすぎじゃねぇか?
思い切ったようにシェスカが口を開いた。
「あ…あの…。『受け』になることに…その…イヤじゃ…ありませんでしたか?」
まともなんだかまともじゃないんだか解らない質問だな。
しかし聞くのに勇気が必要なのは確かだ。
偉いぞ。シェスカ。
……偉いのか?

「そうだな。」
オレに一瞬視線を向けてから、シェスカに戻す。
「私はセンセイを愛していて、彼と躰を繋げたいと思った。
 私が願ったことだから、どちらでもセンセイの望む方にしたかった。
 結果がこうなっただけだ。
 今となっては愛するセンセイにつらい思いをさせずに済んでよかったとは思うが。
 …こんなところでいいかな?」

やっぱつらかったよな。
申し訳ないな。
「ごめんな。」
思わず言ってしまう。
「センセイ。私が望んだことだと、何度言えば解ってくれるのかな?
 私は君に愛されて嬉しかったよ。」
優しく笑って見つめてくる顔が、オレを煽る。
こんなとこでその顔はやめてくれ。

「…でゅ…っ!」
ヘンな声が聞こえて、オレも男もそちらを見てしまう。
ウィンリィだ。
ぷるぷると震えている。
と思ったら、その隣のシェスカも震えている。

「どした?大丈夫か?」
「だ…ダメ…!萌え死ぬ…!!悶え死ぬぅーーーー!!!!」
「ああああああ!!!!私今なら砂が吐けます!!30トンくらい!!
 誘い受けばんざぁぁあいいい!!」
口からそれほど砂を吐いたら確かに死ねそうだな。
狂ったように頭を振りながら悶える女二人を、しばらく男三人で眺めていた。
これが『腐女子』って生き物なのか。

「アル…。こういう人間…いや、生物が今増殖してるって本当か?」
昼間アルから聞いた話を思い出した。
「うん。腐女子は今物凄い勢いで増えているらしいよ。
 コミケやイベントの参加者も増大する一方だって。」
「…きちんと全員が事業開始の届け出をして申告してくれれば、一大税収になるな。」
男も引きながらもその熱意は理解したようだ。
高額納税者はホークアイさんとレベッカさんになりそうだけどな。

しばし腐女子二人が落ち着くのを待って、そろそろお開きにしようと思っていた。
「さて、そろそろメシにしようぜ。」
しかし一度タガを外した女ドモは怖いモノがなくなったようだ。
「まだ! まだ聞きたいことは山ほどあるのよ!」
さっきはナニも聞けなかったウィンリィが食い下がる。
「ボクはそろそろ食事に行かせて貰うね。」
言い捨ててアルは去っていった。
こいつらの腐れっぷりに呆れたんだろう。
オレだって男がいなけりゃとっくに部屋を出てってる。

「単刀直入に聞きます!」
ウィンリィ、勢いだけはいい女だな。
「ああ。なにかな?」
「かっ!」
そこで詰まったようだ。
「か?」
当然男は聞くわな。
「かかかかか…」
「…申し訳ないが、解る言語で言って貰えないかな?」

「ウィンリィさん、『感じるか』ってことですか?」
見かねたのか、シェスカが口を挟む。
ガクガクとウィンリィが頷くので、そう言うことなんだろう。
「感じるか…か。
 私には正直まだ解らないが、同性同士でも快感を得られるだろうとは思っているよ。
 センセイはどうだね?」
オレに振るなよ!
「ああ?すんげぇ感じるぜ?
 女なんかいらねぇな。
 こいつの躰は最高だ。
 …他の男はご免だけどな。」
もういいだろ?
こいつにメシを喰わせてくれよ。
しかしオレの言葉に、2人はまたしばし悶絶した。

「…あの、男性でも慣れてくると分泌液を出すというのは本当ですか?」
シェスカ、おま、さっきからさらっとすげぇこと聞くよな。
「それはまだ慣れていないので私には解らない。申し訳ないね。」
「あのよぉ。腸から分泌液が出るとしたら、そりゃ間違いなく消化液じゃないのか?
 胃液みたいにモノを溶かすと思うぞ?」
素直な感想だったんだが
「エドワードさんは夢がないですね!」
シェスカに怒られてしまった。
いや、オレの前にはこいつっていう現実があるだけで、夢なんかいらないんだよ。

「な…中出しするとお腹を壊すって本当ですか?」
『中出し』って…。
ウィンリィ、お前、女捨ててるぞ?
「センセイは優しいから、そうされたことがないんだ。
 だから解らない。
 …さっきから君たちの疑問にうまく答えられなくて申し訳ないな。」
苦笑でも煽るのか、男の言葉になのか、またこいつらが悶えている。

「さ!もういいだろ?いい加減こいつにメシ喰わせてやってくれよ!
 解放してやれ!」
終わりにしようと仕切ったつもりだったんだが。
「すみません!写真がダメならスケッチさせて下さい!」
息が荒いままのウィンリィが叫んだ。
「スケッチ?」
男が聞き返す。
「はい。エドを押し倒しているところをお願いします。」
「そんなスケッチなら、親父とアルを使えばいいだろ?」
「まあまあ。センセイ。そのくらいならいいじゃないか。」
言うなり男はオレの躰を引き寄せて押し倒した。
「なっ!ショチョウ!?」
オレの上に覆い被さる男の顔は楽しそうだ。

「ああ。仲々そそる構図だな?センセイ。」
「きゃぁああ!そのセリフ、萌えですぅ!」
「どうすればいいのかね?」
男が腐れ女二人に聞く。
「しばらくそのままでお願いします!」
鼻息荒くウィンリィが答える。
オレと男は黙ったまましばらく過ごしていた。
オレがこいつに押し倒されるなんて屈辱だ。
「もういいか?」
オレは二人に聞く。
「うん。大体描けたからいいわよ。」
「そか。」
言うなりオレは男の腕を掴んで体勢を入れ替えた。

男の躰を下に組み敷いてその顔を見下ろす。
「ちょっと、エド!
 あんたは『受け』なんだからそんな構図はいらないのよ!」
ウィンリィの言葉に、シェスカが
「ウィンリィさん、リアリティを追求したいならこの後リバ有りで逆構図も必要なんじゃないですか?」
オレには理解できない八百異様語で言う。
『リバアリ』ってなに?
『利回り』とは違うよな?
「そっか。それもアリね。エド、そのままヤっておしまい!」
なんの号令だよ?

それでもオレは組み敷いた男が欲しくてたまらなくて…。
そっと男の首筋に顔を埋めた。
「…っ!」
オレの息がかかったのかひくりと揺れる躰が嬉しいが、こいつらの前に晒したくはない。
オレの迷いが解ったんだろうか。
男はオレの頭を片手で掴み、自分から引き離した。
オレはその仕種にホッとしたが、男はウィンリィ達から見えない方向に顔を向け、横目でオレを見つめながら婉然と微笑んで見せた。
口の両端を優雅に引き上げ、これ以上ないと言うほどの扇情的な微笑みを向けてくる。
ごく、と自分の喉が鳴ったのが解った。
そんなオレの様子に男は楽しそうに自分のネクタイをゆるめ、胸元のボタンをふたつ外して白い肌を晒していく。

鎖骨に一昨日オレが付けた所有痕が見えた。
それをオレの眼前に晒しながら流し目を寄越し、なまめかしい笑みを浮かべている。
オレは下肢が痛いほど膨張していることに気付いた。
このままではマズい。
男にからかわれていると解ってはいたが、それをかわせる程の経験値がオレにはない。

オレの首に腕を廻し、引き寄せて耳元に
「…センセ…欲し…い…。」
ウィンリィ達に聞こえるギリギリの声で囁いて来る。
同時に女どもの悲鳴が聞こえたが無視した。
そんなにオレを煽ってどうするつもりだ?
「バ…バカ!」
オレは勢い良く上半身をおこした。

「ウィンリィ、シェスカ。
 悪いけど部屋を出てくれないか?」
オレは興奮を押し殺して言った。
「あ…あ。わかったわ…。」
常ならないオレの様子に気付いたんだろう。
ウィンリィがシェスカを伴って部屋を出ていった。
「どういうつもりだ?」
殊更低い声で告げたが
「どうもこうもない。先程の言葉通りだ。」
男はなんでもないように答える。

その冷静な様子に、オレは更に激昂した。
「こんな状況でか!?
 好奇心に満ち満ちた女二人の前でオレに抱かれたいか?」
ふ、と男が笑いを漏らした。
「どんな状況であろうとも、私は君が欲しい。それだけだ。」
「バカ…。オレの言葉を忘れたのか?」
「…センセイ?」
「あんたの感じてる声はオレ以外に聞かせるな。
 そう…言ったハズだよな?
 それでも他人の前で、あんたはオレに抱かれるのか?」

つ、と考えるように視線が逸らされて、またオレに戻った。
「そうだな。すまなかった。
 家に帰ってからにしよう。」
どこまでも乱れない男の言葉に腹が立ってきた。
「それで済ませようってのか?」
言うやオレはこいつに噛み付くようにキスをした。
「…っ!」
もちろんこんなところで最後までするつもりはない。
しかしナニもせずにはもう止められないのは事実で。
どうしようかと内心迷っていた。



Act.12

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.12
「遊 脇道」Act.12
08.12.21up
絡めた舌をオレの口腔に引き入れ歯を立てたとき、男が躰を震わせながらもいつもの甘えた声を出していないことに気付いた。
感じて無い…訳じゃないよな。
唇を離し、首筋に舌を匍わすとひくりと躰を揺らす。
それでも掌で口を強く押さえて、声を我慢しているようだ。
消えかかっている鎖骨の痕をもう一度強く吸い上げるとびくびくと震え、白い喉を大きく晒しながらも声をあげようとはしない。
「どうした?声、出したくないのか?」
ナニか機嫌を損ねてでもいるのか?
(こいつに限って恥ずかしいとかはあり得ないだろう。)

動きを止めて顔を覗き込むと、ようやく掌を口から外す。
「センセイが…」
囁く声が小さくて耳を寄せる。
「なに?」
「センセイが聞かせるなと…。」
「は?誰に?」
もうオレにも聞かせないつもりか!?
それは寂しいぞ?

男は無言でドアを指差す。
いっ!?
まさか…。
オレはそっと足音を立てないようにドアまで行き、一気に開けた。
どどっ、と音を立ててウィンリィとシェスカが転がり込んできた。
聞き耳を立ててた!?
「お前等!」
オレは呆れた。
「あ…あはははは!」
乾いた声でシェスカが笑う。
「だってあんた部屋を出ろとは言ったけど、廊下にいるなとは言わなかったじゃない!」
ウィンリィ、おま、逆ギレか!?

男はベッドに座って服の乱れを直しながら笑っている。
「あんた気付いてたな!?なんでこんなこと!」
「質問に上手く答えられなかったのでな。お詫びに見たいだろうと…。」
くすくすと笑いながら言いやがる。
「ドア閉めてちゃ見えませんよぉ!」
おい!シェスカ、突っ込むところはそこか?
「そうよ!声もしないし、ロクに音もしないし!
 ま、最初の会話には萌えたけどねッ!」
そこが文句を言うポイントなのか?
そこまで野郎同士の絡みが見たいモノなんだろうか。

「だそうだよ?センセイ。」
ん?とオレに挑戦的な表情を向ける。
こいつ…なに考えてんだ?
「解ったよ。こいつの絵を描いてるのは誰だ?」
「あ、あたしあたし。」
ウィンリィが手を挙げる。
「絶対美人に描けよ?」
「まかせてよ!」

オレはベッドに片膝を乗せ、男を見下ろしそのうなじに手を廻した。
「今日だけ特別だ。いつもの甘えた声を出していいぜ?」
言うなり男に深くキスをした。
いつもより丁寧に舌先で上顎を何度も往復し、舌を深く絡ませてはそれを解いて舌先を突き、また絡ませる。
「…ンッ!んふ…ン…ッ…」
あの鼻に掛かったような甘い声が、男の喉奥から漏れる。
男の躰から力が抜け、オレに縋るようになった頃にオレはウィンリィに向かってちょいちょいと指を動かした。
瞳を閉じた男は気付いていない。

オレの顔の隣に顔を持ってくるよう指でウィンリィに指示すると、さすがに付き合いの長いこいつはすぐ理解して音を立てずに寄ってきた。
ウィンリィが間近に男の顔を見られる位置に来たとき、オレはゆっくり唇を離した。
陶然とした顔の男はまだ瞳を閉じている。
快感で目尻や耳朶が薄紅く染まっている様は本当に綺麗だ。
惚けた表情のままうっすらと目蓋をあげる様子まで、しっかりウィンリィは正面から見ていた。

「!!!」
やっと気付いたようだ。
男は一瞬で顔を真っ紅にし、慌ててオレの胸に顔を埋めた。
「今の表情、ちゃんと描けよ。」
ウィンリィも真っ紅な顔をしてガクガク頷いている。
男の艶めかしさに声も出ないようだ。
ザマミロ。

耳たぶまで本当に真っ紅に染めた男はオレの胸に顔を埋めたまま、その顔をあげようとしない。
今度こそウィンリィとシェスカが階下まで降りたのを確認して、声を掛けた。
「なあ。メシにしようぜ?」
それでも男は動かない。
かすかに震えてる?
「どうしたんだよ?あんたが見せるっつったんだろ?」
「…。」
「あん?聞こえない。」
「…た。」
「は?…もう誰もいないから、いい加減顔あげろよ。」
胸から顔をはがすと両手で顔を覆ってしまった。
まだ耳朶は真っ紅なままだ。

「…。」
うーん。聞こえねぇ。
「なに?」
男の顔に耳を近づける。
「恥ずかしかっ…。」
は!?
「あんたがか!?」
「ん…。眩暈がしそうだ…。」
こいつに恥ずかしいなんて感覚が有ったのか。
って、ナニが恥ずかしかったんだ?
こいつが自分でやったんだよな?

「なあ。ウィンリィに顔見せたのが恥ずかしかったのか?」
「…それも。」
まだ顔を覆ったまま細い声で答えてくる。
それ『も』!?
「じゃあ、キスしたのは?」
「…それも。」
「甘えた声聞かれたのは?」
「…恥ずかしかった。」
「それだけか?」
いや、キスさせたのはこいつだろ?
「その…前も…。」

はいぃ!?
大きく息を吐いてようやく顔を覆った手を外したが、まだ少し俯いて両方のこめかみを掌で押さえている。
…とりあえず遡ってみよう。
「ウィンリィ達が廊下にいる時にオレが触れたのは?」
「恥ずかしかった…。」
オレから視線を逸らしたまま答えてくる。
「オレに『欲しい』って囁いたのは?」
「顔から火が出るかと…。」
「…シャツのボタン外してオレを誘ったのは?」
「手が…震えてもう一つ外そうと思ったボタンが外せなかった。」
あんなに蠱惑的に誘ってたクセに!?
「オレに組み敷かれたことは?」
「…悲鳴をあげそうになった。」
「オレを押し倒したのは?」
「あ、それは平気だ。」
顔を上げて視線をオレに向けた。

「もしかして、ウィンリィ達の質問に答えるのは?」
「いや、吹聴して廻りたいくらいだからそれは全く。」
基準はなんなんだ!? 基準は!!
本当に恥ずかしいなんて感覚があるのか?ホントか?
オレは溜め息をついた。
「そんなに恥ずかしいんならなんであんなことしたんだよ?」
「…。」
またオレから視線を逸らす。
「おい!答えろよ!」

「…そろそろ食事に行こうか。あまりお待たせしても申し訳ない。」
いきなりベッドから立ち上がった。
「誤魔化すな!」
腕を掴んで引き寄せる。
「…嬉しかったから。」
まだ視線を逸らしたまま呟く。
「あ?」
「君が…彼女たちに私を『自分のモノだ』と言ってくれた。
 それが嬉しかったからかな。」
は?
それでなんで自分が恥ずかしいと思うことをするんだ?
おかしくねぇか?
「ホントか?」
にやり、といつもの顔に戻った男は
「さあ、食事を戴こう。センセイ。」
しれっと言う。
こうなったら男はきっと正直になど言わないだろう。
「…わかったよ。」
オレは諦めて立ち上がった。

「遅くなりまして申し訳ありません。」
にっこりと母さんに謝罪する顔は胡散臭くも爽やかだ。
この見事な変わり身には感心するぜ。
「いいえ。もう夫もアルも食べ終わったから丁度いいわ。」
ダイニングテーブルは4脚の椅子しかない。
親父達はリビングで食後のコーヒーを飲んでいる。

「ロイさん、ここどうぞ!」
ウィンリィが自分の真向かいの椅子を指差す。
「あ!ずるいですよ!ロイさん、こちらにどうぞ!」
シェスカも自分の前の椅子を勧めた。
男がオレに伺う視線を送ってくる。
「じゃあ、間をとってこうしましょう。」
母さんが折りたたみ椅子を普段椅子のない短い部分に置いた。
「ロイさんはお誕生日席。で、ウィンリィとシェスカがその斜めに。
 これでいいでしょ?」
「はあい♪」
男の席から遠くの位置にいたシェスカが自分の皿を持って移動しようとした。

「待てよ!それじゃオレがこいつから遠くなるだろ?」
面白くない。
特にモノを食べるときのこいつの口元は色っぽくて好きなんだ。
「あんたはいつも一緒にいられるんだからいいでしょ!」
「そうですよ。今だって二人でいたクセに!」
腐れ女どもがぎゃんぎゃん言い立てる。
「うるせえ!こいつはオレのモンだっつってんだろ!?」
「センセイ…。」
男が困っているのは解ったが譲れない。
「いい加減にしなさい。」
母さんの鶴の一声で全員が黙った。
なにしろ炊き出し隊長だし、オレにとっても家の最高権力者は親父でなく母さんだから。

「ロイさん、エドの近くがいいの?」
一瞬の間を置いて
「はい。」
男が頷く。
よしよし。
後でめいっぱい可愛がってやるからな。
我ながら発想がオヤジくさいとは思ったがそれは考えないことにする。
「じゃあロイさんの斜めにエドが来なさい。」
「「じゃあその向かいは!?」」
ウィンリィとシェスカが同時に聞く。
「そこは私♪」
結局誰も母さんには逆らえず、男を頂点にその両脇にオレと母さん、その横にそれぞれウィンリィとシェスカが座った。

「ぬかったわ。おばさんもファンだったんだっけ。」
悔しそうにウィンリィが呻く。
「そうなの♪ロイさんがモデルなんですってね♪」
母さん、ものすんげぇ嬉しそうだな。
「随分脚色してあると聞いてますが?」
男は実物を読んだことはないようだ。
そうだよな。男が読んで楽しめるとはとても思えない。
いや、オレはちょっと『色々なシチュエーション』を読んでみたいが。
「そうね。実物の方がずっと素敵だわ。」
母さんが男を見つめて言う。
母さん母さん。
あなたの夫はあちらにいますが!?

「…モデルは私だけでなくセンセイもそうなのですが、センセイには『萌え』ないのですか?」
そういやそうだよな。
なんでこんなに扱いが違うんだ?
「だってアレ、ホントにエドなんだもん。」
ウィンリィが面白くなさそうに言う。
は?どういうことだ?

「そうなのよね。とてもエドにそっくりで、萌えようがないのよ。」
溜め息をついて母さんも言う。
「私は個人的な好みでヒデオさんが『萌え』ですので。」
シェスカ?そのヘンな名前、なに?
「ヒデオ?」
男も気になったようだ。
「あ、黒髪黒目の補助税理士の名前。『ヒデオ・マスダ』って言うのよ。」
母さんがそれに答える。
なんだ?そのヘンな語感。
「相変わらずホークアイ君のネーミングセンスは問題があるな。」
男は溜め息をつく。

「じゃ、査察課長の名前は?」
オレはなんて名前にされてるんだ?
それとも『税理士』の方がオレなのか?
「「「『エトヴァルト・オカダ』」」」
母さん、ウィンリィ、シェスカが同時に答える。
うーん。音が似ているからこっちがオレみたいだな。
そういえば『マスタング』と『マスダ』は似てるしな。
…『ヒデオ』ってなんだろう?
『オカダ』も。

「なあ。今度ホークアイさんに名前の由来を聞いてくれよ。」
「…君がレベッカに聞けばいいだろう?」
お互い触れたくないところではある。





で、二人のファミリー・ネームを並べると
『マスダ・オカダ』(お笑いって、好き♪)

そしてマスダの『受』な表情など、ロイエドでは必要ないと兄さんもウィンリィも気付いてません。





Act.13

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.13
「遊 脇道」Act.13
08.12.21up
男の食べ方はとても綺麗で見ていて気持ちがいい。
形のいい唇を開くと覗く紅い舌がいつ見てもなまめかしい。
ちぎったパンを口に入れ、きっちり閉ざした唇とアゴが咀嚼のために小さく動く。
その動きに男がオレのモノを咥える様を思い出してしまう。
その口の中の温度や湿った舌の動きまで思い描ける。
少しずつ飲み下す度に上下する白い喉すら婀娜っぽい。
オレの吐き出した欲を飲み下すと咳き込む様さえ脳裏に浮かぶ。
指が優雅にスプーンを持ち、シチューを口に入れる。
シチューで濡れて艶めく唇を小さく舌が舐めた。

「ガタ!」「ガシャ!」「ガッ!」
同時に音がした。
オレの躰に力が入り、椅子をずらしてしまった音。
シェスカがスプーンを取り落とした音。
ウィンリィが皿のナニもないところへフォークを突き立てた音。(皿が割れる!)

「あの…。」
食べる様子を一挙手一投足に凝視されていた男が少し伏し目がちに言うと、母さんがはっとしたようにオレ達に言い聞かせる。
「そうよね。あなた達、自分の食事に集中なさい。
 ロイさん、困っているでしょう?」
母さん、さっき小さくガッツポーズをしたのをオレは見たぞ。

「とても美味しいです。」
気を取り直したのか母さんに微笑みながら料理を褒めた。
「嬉しいわ。ありがとう。でも味付けはエドがしたのよ。」
「ほう。そうでしたか。
 センセイの作ってくれるモノは本当になんでも美味しいな。
 今日の弁当もとても美味しかったよ。」
男が嬉しそうに言う。
「そか?そりゃよかった。」
うん。オレも嬉しい。

「お義母さんの教え方が上手だったんでしょうね。
 ここまで料理が出来るように教えるのは大変でしたでしょう。」
そつなく母さんを褒めることも忘れない。
こいつ…本当に女にモテるんだろうな。
しかしいつからオレの母さんはこいつの『オカアサン』になったんだ?

「あら♪でもエドもアルも家事が苦にならないらしくて、すぐ覚えて工夫するのが昔から上手だったのよ。」
「おばさん、お料理教えて下さい!」
「わ…私も!」
ウィンリィとシェスカが叫ぶように言う。
「今から付け焼き刃か?
 言っとくがオレは掃除、洗濯、アイロン掛け、裁縫までこなすぜ?」
ふふん、と女どもに挑戦的に言ってやる。
「なによ!家事ヲタク!」
「オレのは常識の範囲内だ。立派なヲタク女に言われたくねぇな。」
「まあまあ。いつでも家事は教えてあげるから。」
宥めるように母さんが仲裁に入る。

「ウィンリィ嬢、センセイは家事だけでなく税理士として活躍しているが?」
ぴくりと眉を一瞬動かし、男が言う。
「あ…。」
男の言葉に戸惑ったウィンリィの瞳が揺れている。
ああ、そうか。
こいつは知らないから。

「あ…のさ。」
オレはどう言って良いのか一瞬迷ったが
「ウィンリィだって、腐女子だかなんだか知らねぇが機械鎧技師としては立派に一人前なんだよ。
 シェスカも本に関する記憶力は半端じゃなくって、図書館司書としてだけじゃない活躍をしているんだ。
 こいつらも頑張ってんだよ。」
だからオレが家事しかできないと貶められたんじゃないって解ってくれ。

「あ…。」
今度は男が戸惑った。
「…すまなかった。
 つい…。」
でもこんなにも大切に想われていることが嬉しい。
オレがバカにされることを許せないと思ってくれていることが。

男が席を立ち、ウィンリィのそばに行って跪く。
「ウィンリィ嬢、本当に申し訳なかった。
 何も知らず軽はずみなことを言って君を責めてしまった。
 許してもらえるだろうか?」
下から見上げる男に逆らえる女がいたら是非お逢いしてぇもんだな。
いや、男でも。
しかしキザだ。フツー跪くか?

「そんな…。私が悪かったんです。
 エドが税理士として頑張ってるのは解っているのに。」
「幼なじみの君が知らないはずもないのに。私の方が責められるべきだな。」
「そんなことありません。
 ご自分を責めないで下さい。
 ……でもそんな『自分責め』もすごく萌ええええええええ!!!!!」
「ぬきゅぁあああああ!!!
 『跪き』!!!絶対入れましょうねーーーー!!!!」
シェスカも訳の解らない音を発し、悶えている。

…母さん。
母さんが楽しいんならいいけど、こんな生物飼うのってどうかと思う。
しかし向かいをみると母さんが声はあげないまでもぷるぷると震えて悶えていた。
母さん…。

「まあ、でも家事が出来るようになっておくのはいいことだと思うわ。
 そうすれば、どんなに無能な人とでも結婚できるでしょ?」
悶え終えた母さんが言う。
なあ。目尻に涙が残ってるよ?
ダンッ!
音のする方を見ると男がめずらしく水のグラスを強くテーブルに置いて俯いている。
ああ、『無能』か。
オレは俯いている理由が解って、くすりと笑った。

「お義母さん、私にも家事を教えて戴けますか?」
顔を上げた男が言うが
「オレが教えるからいいよ。」
「エドが教えるから大丈夫よ。」
同時に答えられて黙った。
「バカだな。オレは家事万能だから別にあんたが万能になる必要はないんだよ。
 できることからやってくれればいい。
 オレが少しずつ教えて行くから。」
オレは内心可笑しくてたまらなかったが
「やっぱり優しい〜♪」
「さすがロイさん♪」
瞳をハートにしているヤツらにホントのことを教える気にはならなかった。


食後オレ達は車だからと酒を断って、ついでにウィンリィとシェスカを家まで送ることにした。
男は先ず後部座席のドアを開け、ウィンリィを座らせた。
ついでそこから入ろうとしたシェスカを止め、わざわざ反対側の後部座席のドアを開けて座らせる。
その仕種に腐れ女どもがまた悲鳴をあげたのは言うまでもない。

むぅ、とまだドアの外に立っていたオレへ
「レディファーストだよ。センセイ。」
座った2人からは見えない額にキスを落とす。
「レディファーストってのは、自分だけ助かればいいって言う腐った騎士道の表れって聞いたけど?」
後回しにされたつまらなさに皮肉を言うと
「それこそ私たちに相応しいじゃないか。
 すべてのご婦人方がいなくなっても私たちは愛し合える。
 そうではないのか?」
にやりと笑った顔に煽られるとこの男は知っているんだろうか。
きっと知ってるんだろうな。


家に帰り、ほっと息をつく男をソファに座らせた。
「センセイ?」
何も言わず、深いキスをする。
唇を離さないまま、男のネクタイを弛めてワイシャツのボタンを外していく。
男の耳たぶを舐めて軽く歯を立て、声を洩らす男に満足しながら顔を下げていき、首筋、鎖骨、胸元と舐めおろし、時折強く吸い上げていく。
オレの仕種にひくひくと揺れる躰と漏れる甘い声が素直でかわいいと思いながら、床に座り込んでベルトを外し男のモノを取り出した。

「ん…。」
最初は手で男のモノを扱きながら唇は胸や腹を弄る。
物足りなさそうに腰を揺らすようになった頃に、ようやく男のモノに舌を匍わせ咥えた。
「ん…ぁ…っ…センセ…。」
やがてあげる声に男の限界が近いと知る。
内腿が痙攣しはじめたところで、男のモノの根元をきつく握った。

「っ…ぁ!センセイ…?」
まさか射精を止められるとは思っていなかったんだろう。
男が疑問の声と視線を送ってくる。
「イきたい?」
意地悪いだろうと自分でも思う顔と声で聞く。
男は無言で頷いた。
ああ。
たまんなく煽られるぜ。

「じゃあさっき、なんであんなことしたか言え。」
「?」
解らないと首を傾げる仕種がまたかわいい。
「なんで恥ずかしいのにあいつらの前でオレを煽ってキスしたか。
 本当は違う理由があるんだろ?」
「…。」

瞳を逸らすのはウソをついてるときと照れてるときだ。
「言わないとずっとイかせないぜ?」
更に強く根元を握ると痛かったのか背が反る。
「…っぅ!…センセイ…離し…。」
「手を離して欲しかったらちゃんと理由を言うんだ。」

しばらく逡巡していた男が口を開く。
「若い…女性だった…。
 彼女らは…。
 君に…ふさわしい…。」
はあ?

「だから…だ。もう離してくれ。」
「理由になってねぇよ?」
「ぁ…もう…。
 だから…彼女らの方が君に相応しくて…。」
「で?」
「でも…君は私を好きなのだと…見せたくて…。」
ああ!?
「あんた、妬いてたのか?」

ぐち、と音がするほど握り込まれてそろそろ限界なんだろう。
こくりと頷くと眼に溜まっていた涙が白い頬に零れる。
「そうだ…ッ。これで…いいだろう?
 もう…手を…。」
どうもそれだけとは思えない。
「それだけか?」
聞くとまだ瞳を逸らして
「そう…だ。」
と返してくる。
はい。
まだなんか腹に抱え込んでるの確定。

「なあ。ロイ?そんなんでオレが誤魔化されると思うなよ?」
優しく言ったつもりだったんだが、怯えたような瞳をされてしまった。
「何を考えてあんなことしたのか。順を追ってじゃなくてもいいんだ。
 ちゃんとオレに言え。」
「今…言った…!」
「全部は言ってないだろ?」
オレに解られていると自覚したのか、返された言葉は
「言いたく…ない。」
だった。

「ふうん。じゃ、いいぜ。あんたのここもこのままな。」
男のモノに舌を匍わせた。
苦しさを更に煽るように。
「…んぁッ!センセ…やめ…っ!」
イけない状態で更に与えられる快感に男は身を捩る。


「…っ…君たちがお互いの身体の動…きを知っているのが見て解った…。」
しゃくりあげるように喉を詰まらせる様がかわいい。
「私…よりずっとセンセ…イのことを…知っていて…。」
「羨ましかった?」
こくこくと頷く度に涙が溢れる。
幼なじみなんだからしょうがねぇよなぁ?

「それだけ?」
男のモノの先を細く尖らせた舌で捻り込むように突く。
「…っ…ぁ!足…っくび!」
「足首?」
「…そうだ…ッ。ウィンリィ嬢の…」
あ?
「私に触れるなと言ったクセに…君はウィンリィ嬢の足首を掴んだ。」
「…。」
「は…妬ましかったんだ…!彼女が…。
 だか…ら、でも…センセイが私…を好きでいてくれると見せつ…けたかった。」
こいつがホントに嫉妬なんてするのか。
なんか信じらんねぇ。

「それで全部?」
しばらく躊躇った後で、男が瞳を閉じて覚悟を決めたように口を開く。
「…私は君のもの…だが…センセ…だって私のものだ…っ!」
こんな言葉を、生理的なものなんだろうが涙を流しながら訴えられて。
すごく下半身にクる。
じゃなくて、ものすごく嬉しい。
なんだ?
この身も世もなくオレを求めるかわいい存在は。

思わずぽけっとして手の力を抜いてしまった。
「っ…ぁ!」
ふる、と男の躰が震えそれから精を吐き出して果てる様を、なにもせずにただ見上げてしまっていた。

背もたれに掛けた手で横を向いた顔を覆い、脱力した男が
「…呆れただろう?」
まだ乱れた息の中、力無い声で言った。
は?
こいつナニ言ってんだ?
「そんなこと考えて…あんなことしたのか?」←指示語ばっか
いつも余裕の男が恥ずかしさに耐えて?
「…そうだ。…っ…だから言いたくなかったんだ。」
「なんで?オレ嬉しいぜ?
 あんたが嫉妬してくれるなんて。」
伸び上がって顔を覆う指にキスをした。
「え?」
やっと黒い瞳がオレを見る。

「呆れ…ないのか?」
「呆れるわけないじゃん。すごく嬉しい。」
「こんないい年をした男が…嫉妬して醜い独占欲を晒しているのに?」
「いいね。嫉妬と独占欲。
 あんたが言うとゾクゾクするほど魅力的な言葉だ。」
「…本当に?」
不安そうな表情がまたかわいくて。
「こんなに美人でかわいくて、おまけにオレを欲しがるなんてあんた最高だ。」
男の膝に跨るように乗り上げて男を抱きしめた。

「ああ。そうだ。オレもあんたのモンだよ。」
オレの背中に腕を廻して胸に顔を埋め
「…よかった。」
ぽそりと呟く声はとても嬉しそうだった。




Act.14

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.14
「遊 脇道」Act.14
08.12.21up
「スーツ、汚れちまったな。」
男が果てたまま抱き合ったせいで2人ともスーツが汚れてしまった。
「クリーニングに出せばいい。」
軽く男は言う。
「や、そうなんだけどさ。
 これってちょっと恥ずかしくねぇか?」
男2人分のスーツの汚れた位置とその原因。

「…。」
無言でその跡を見つめてどちらともなく吹き出した。
「いや、クリーニング屋は気にしないだろう?」
まだ笑いが収まらないまま男が言う。
「店員が腐女子だったらどうすんだよ?
 ウィンリィ達みたいに妄想膨らませられたらオレ、もうその店使えないぜ?」

「ではもっと恥ずかしい汚れを付けようではないか。センセイ?」
言うや男はオレの首に腕を廻してキスしてきた。
ああ、ソファーのカバーも洗わなきゃな。
そんなことを考えながら男と舌を絡め合っていた。

「センセイ…抱いて欲しい。」
ソファに押し倒されていた男が囁く。
「ダメだ。あんた明日も仕事だろ?」
抱いてしまえばきっとまた熱を出すだろう。
オレだって抱きたいけど、無理をさせるわけにはいかない。

「…休む。」
「バカ。仕事納めに署長が行かなくてどうすんだよ?」
全くこの大人は。
「だいたいあんた、まだ感じないだろ?
 あんなにつらかったクセになんでまた抱かれたいって思えるんだ?」
そもそも抱かれたいと言った人間の反応じゃなかったよな。
痛がるわ、吐くわ、熱を出すわ。
いや、無理も無いとは思うけど。
…もう抱かれたくないと言われたら哀しいけど。

「抱かれなければ慣れることも出来ないじゃないか。」
「まあそうだけどさ。今日はダメ!」
「どうしても?」
うわ。甘えた視線で見るな!
あんたが色っぽい顔するとたまんないんだから!
さっきだってすんげぇ煽られて危なかったんだぞ!?

「どうしても!
 あんたに無理させらんねぇ!
 明日熱なんか出させたら、オレがホークアイさんに殺されちまう。」
ぷい、と子供のように拗ねて横を向く顔がまたたまらなくかわいい。
仕方がない。

抱くわけにはいかないが
「な、風呂入ってベッド行こ?
 あんたの好きなトコ、どこでもキスしてやるから。」
(オレのとっておきの口説き文句だ。
 ま、歌のパクリなんだけどな。)
耳元に囁くと男の顔が朱に染まった。
「一緒に入ってくれるか?」
まだ顔を逸らしたまま男が言う。

あー、うー。
暗いベッドやソファ(リビングも今は灯りを落としたままだ。)なら平気なんだけど、オレは明るい浴室に他人と一緒ってのはどうも照れちまう。
実はオンナノコと一緒に風呂ってのも、ガキの頃ウィンリィと入ったくらいだ。
いや、銭湯とかは平気なんだけど。
どうもこれからイタす相手と風呂に入るのが苦手だ。
そうだよ。ガキなんだよ!
リードしなきゃなんない立場としては、その前に緊張しちまってるのがバレるのは恥ずかしいんだよ!

「風呂は別々にしよ?」
「どうして?」
だーかーらー。
好きなヤツの前では余裕でいたいの!
「どうしても。
 な、かわいがってやるから、風呂入って来いよ。」
こんなところでムダに余裕カマしたフリしてどうすんの?オレ!?
とも思うが、例えこいつの方がずっと大人で経験があってもこいつはオレのかわいい人だ。
「ん…。」
顔を紅くしたまま素直に男は浴室へ行った。
「はー。」
思わず安堵の溜め息をついてしまった。
いつまで誤魔化しきれるんだろう。これ。


男の後に風呂に入ってベッドに潜り込む。
すぐに男の腕が絡みついてきた。
「センセイ…。」
「ん?どした?」
優しく男の背中を撫でる。
も、オレ余裕大王よ。
心臓バクバクしてっけど。
待て!そんなにくっついたらバレる!
…ま、バレてもこいつならいいんだけどさ。

「…鼓動が激しいな。」
あ、やっぱバレた?
「ん…。あんたに触れてるからな。」
ああ、どこまでも余裕をカマすぜ大王!
ナイス!オレ!
くす、と笑った男にはきっと全部解ってるんだろうけどな。

誤魔化すために男の耳に舌を匍わす。
「な。どこにキスして欲しい?」
こいつは言葉に弱い。
どうしてだか知らないけどオレには解る。
普段は偉そうで口達者なクセに、ベッドでは従順で。
言われるのも、言わされるのにもこいつは羞恥心を煽られて、数等感じるって。
…時折それを平気で上回られることもあるけど。
でもそれはさっきのように羞恥心を無理に押さえてるってことも。
どっかでオレはそれを知ってる。

耳穴に舌先をねじ込んでいると
「全部…躰中…。」
切れ切れの声が聞こえた。
耳朶に軽く歯を立て、ひくりと揺れる躰と漏れる声を楽しみながら
「それじゃ解らない。もっと具体的に言ってくれないとな?」
更に羞恥心を煽ってやる。
ま、こうでもしないとこいつには敵うわけも無いからと言うのもある。
こいつとの経験と年齢の差をどうクリアするかがオレの課題だから。

「ちゃんと順番にどこにキスして欲しいか言ってみ?」
にやりと笑って覗き込むと紅く染まった顔が
「センセ…は意地悪だ。」
かわいい言葉を吐く。
「どうして?あんたがして欲しいようにするって言ってんのに?」
余裕大王、バンザイ!
こいつの言葉にオレのモノがハジけそうになったのはナイショだ!

しばらく黙っている男に余裕を感じていると不意に
「…センセイは男の躰に触れるなんて厭なんだな?」
潤んだ瞳で見つめられる。
は!?
「ナニ言ってんだ?」
内心すげぇ焦ったのを押し殺して言う。
「本当は厭で、私の願いだけ無理に聞いて終わらせるつもりなんだろう?」
泣く?泣くのか!?
「バ…バカ!オレはあんたが欲しくてたまんなくて我慢してるんだぞ!?
 ホントは抱きたいんだけど!
 せめてあんたを感じさせたいと思ってんだよ!」
ああ、余裕大王!どこに行っちゃうんデスカ!?

「本当に?」
見上げる男に逆らえるヤツなんていないってば!
「本当だ!ああもう、煽られてたまんねぇよ。」
「私に触れるのが厭じゃない?」
「イヤどころじゃなくて!もっと触れたい。できればこのまま抱きたいんだって!」
ふ、と笑う声が聞こえた。
「では君の触れたいように触れて欲しいな。」
ああ。余裕大王、負けました。

「あんたさぁ。もちょっとオレに花を持たせようとか考えないわけ?」
溜め息をついてオレは言ってしまう。
ふい、と顔を逸らして男が答える。
「だって…私ばかりセンセイを求めるのは悔しいじゃないか。」
お、まだいけるか?
「オレだってあんたが欲しいって言ってるだろ?
 オレにどうして欲しいか言ってみろよ。」
「だから君のしたいように触れて欲しいと言っている。」
これって平行線?
でもすごく甘い平行線だ。

それでも少し意地を張りたくなった。
もっとこいつに欲しがって貰いたくて。
「ふぅん。じゃあオレ、今日疲れたしもう寝ようかな。」
「な…!?さっき…!」
「さっき、なに?」
「…ふ…触れたいと…。」
余裕大王、カムバーック!
「んでもあんたに無理させたくないしな。明日にしよう。」
男に背を向けて横になる。
これでマジに拗ねられたら怖いなと内心思いながら。

「…。」
しばらく男はオレを見ていたようだが、そのうちオレに背を向けて眠る体勢になったようだ。
ナニも言ってこないのは男のプライドだろう。
この辺で許しを乞わないと本気で怒らせるかも知れない。
素直になれない誇り高い猫にそろそろオレから媚びることにした。

オレは上半身をおこして男の耳元に囁いた。
「ごめん。あんたがあんまりかわいいモンだからいじめたくなった。
 我慢できないんだ。触れてもいいか?」
「疲れているんだろう?」
すげない返事が返ってきた。
「したいように触れろって言ったよな?」
「君は私の望むようにすると言っただろう?私はもう寝る。」
あ、拗ねてる。
…かわいい。

思わず漏れてしまった笑いに男が
「なにが可笑しい!?」
振り返って睨んでくる。
やっぱり腹を立てさせちまったな。
「んっとにあんたはかわいいな。
 明日、抱いてもいいか?」

男は言葉に詰まったようだ。
「抱いてもいいんなら、少し慣らしておきたい。」
サイドチェストから瓶を取り出して目の前に晒して見せると
「口づけて…いつものように耳から触れて欲しい…。」
真っ紅に染まった顔で言う。
「ん。あんたの望むとおりにキスして行くよ。」
思い通りになるんだかならないんだか。
そんなこの黒猫はオレを蕩かせる。

「次は…?」
「あ…膝に…」
「膝だな。」
オレは膝に舌を匍わせて歯を立てる。
それを受けてびくびくと痙攣する男に
「なあ。…次は?」
聞きながら匍わせたオレの手に
「あ…脇腹には触れるな…っ。
 も…センセイの好きに…」
震えながら男が応えた。

「ダメだ。あんたが触れて欲しいところにキスするって言ってるだろ?」
もう限界に近いことを知っていてオレは言葉をねだる。
「これ以上は…厭だ…。」
「もう触れて欲しくないのか?」
「…っ!違!」
全身を隈無く舐められ吸われ、もう男のモノは弾けそうになっている。
それでもそれに触れて欲しいという言葉を吐けない男は焦れている。

これ以上焦らすとまた拗ねそうだ。
身体中が朱に染まってるのが美味しそうでオレもたまらない。
そろそろオレから折れてやるか。
「じゃあオレのしたいようにしていい?」
オレは桃色の瓶に手を掛けた。

「ん…。センセイの好きなように…。」
ほっとしたような声が聞こえたが、液体を絡ませた指が後孔に触れた途端男の躰が跳ねた。
「イヤか?」
先日のつらそうな様子が頭に浮かび、オレも躊躇する。
「厭じゃない!」
とっさに返される声があまりに必死で。

「無理をするな。今日挿れる訳じゃない。
 慣らしたいだけだ。
 イヤなら言えよ?」
男の髪を撫でながら告げる。
「厭じゃない…。」
力無い声が返される。
「ん。そっとするからな。」
キスを一つ唇に落として胸の先を舌で舐りながら、男の後孔に指を差し入れる。
戦慄く躰のあちこちを吸い上げて、感覚を誤魔化しながら根元まで差し込み、キツイ腔中を弄る。

「息を止めるな。」
あまりのきつさに傷を付けそうで怖い。
オレの言葉に呼吸を思い出したのか、少しずつ躰の力が抜けたところで指を増やした。
途端にまた躰が強張ったが男のモノを指で扱き、舌で触れることで意識を逸らさせる。

「は…ぁ…センセイ…。」
縋るモノが欲しいのか男の指がオレの髪に差し込まれた。
「ロイ…好きだ。オレを受け容れられるな?」
自分でも思わず漏れた言葉に
「ん。平気…だ。もっと…指を…。」

呼吸の仕方が変わったのか、男の躰が緩んだ。
その隙にもう一本指を増やしたが大丈夫そうだ。
そっと入れていた指をそれぞれ違う方向へ動かして解していく。
「ふ…ぁっ!」
一点に触れたとき、男の躰がまた跳ねた。
ああ、ここだよな。
こいつが感じるところは。
そうだ。オレはそれを知っている。
その一点を掠め、時折押すように触れながら男のモノを咥える。
「…っ!センセイ…も…。」
オレは答えず、男のモノを強く吸い上げた。
「…ぁあ…っ!ぅ…んっ…!」
一際甘い声をあげて男が達した。

かわいくてたまらない男を抱きしめてオレは幸福に浸っていた。
「あんたのイく時の声、甘くてすげぇいいな。」
そんな言葉に羞恥のあまり拗ねるのを知っていながらも言ってしまう。
「!…。」
予想通り声にならないようだ。
きっと顔はまた紅く染まっているんだろう。
「恥ずかしいか?でもホントだ。
 オレ、あの声がたまらなく好きだ。
 ただ感じてる声もかわいくて好きだけどな。」
男の躰が震えているのは怒っているせいか、照れているせいか。

まだ息が収まらないのに
「センセイも…感じて欲しい。」
顔をオレの胸に埋めたまま、オレのモノに手を匍わせてくる。
余裕がなくなるからして欲しくないのが1%。
もう男を見ているだけで感じてしまってるからイきたいのが残り。
はい。
勝負になりませんがな。

「ん…。口でしてくれるか?」
オレが言うより早く咥えられていた。
んっとにこいつはオレ以外ノーマルって言ってるクセにどこでこんなテクを身に付けたんだか。
企業秘密だって言ってるけど。
って、んな余裕ねぇ。
も、イきそ。
「っあ!ショ…ロイ!」
オレは男の腔中に精を吐き出した。
いつものように咳き込みながらそれを飲み下した男を抱いて、その髪を撫でながらオレ達は優しい眠りに落ちた。







『君が好きなところなら どこでもキスしてあげる』
が元歌です。



Act.15

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.15
「遊 脇道」Act.15
08.12.21up
ああ。躰がベタベタだ。
目が覚めて最初に思ったのはそれだった。
コトが終わると眠気が襲ってくる。
元々眠りにくくて、しかも浅いオレはそれを逃したくなくてシャワーも浴びずにそのまま寝てしまう。
おかげでシーツがハデに汚れてしまった。
…いっぱい買っといてよかった。
買うときは恥ずかしかったが今思うと正解だったな。
なにしろ男はあの時、シーツを7枚も買ったんだ。

シャワーを浴びながら今日の予定を考える。
男を送り出した後は大掃除と洗濯、食糧の買い出しをして年始の保存食を作るか。
あとは…
「センセイ!」
いきなり浴室のドアが開いた。
「ぬあ!?
 あ、起きたのか。はよ。」
ビビッたー!

「…よかった…。」
「ん?どした?」
男は脱力して壁に凭れている。
湿気が逃げるからドア閉めろよ。寒いし。
「起きたらセンセイがいないから…。」
あ、しまった!
そうだった。
こいつを置いて起きるときはメモを置くなりしなきゃいけなかったんだ。

「ごめんな。怖かったか?」
「…いや。シャワーの音がしたから、いるとは思ったんだが…。」
それでも不安だったんだろう。
「すまねぇ。今度からどこにいるかメモ置いておくから。」
「いや。私こそすまなかった。」
立ち去ろうとした男の腕を掴んだ。
「あんたも躰ベタベタだろ?シャワー浴びて来いよ。
 オレ、朝メシ作ってるから。」

オレがいないことに対する、この異常なほどの恐怖感はなんなんだ?
前から疑問に思ってはいたが。
腑に落ちないモノを感じながらオレは浴室を出た。

メシを並べていると男が着替えをすませてダイニングテーブルについた。
「美味しそうだな。センセイ、今度私にももっと料理を教えてくれたまえよ。」
よほど母さんの『無能』がショックだったんだろうか。
「ん。休みに入ったら一緒にメシ作ろうな。」
今朝の様子はすっかりなく、いつもの落ち着いた男だ。
機嫌良く喰って、弁当に顔を綻ばせている。

「そろそろ出ないとマズいぞ?」
洗い物をしているオレに後ろから抱きついている男へ言った。
洗いにくいって言ってんのに離れない。
ま、オレも全ッ然イヤじゃないけどな。
「行きたくないな。センセイと離れたくない。」
オレの髪を一房掬ってキスしている。
「そう言う訳に行かないだろ?
ホークアイさんに殺されるぞ?」

「んー。センセイ。来年度の国税専門官の募集要項貰ってくるから…。」
「ならねぇっつってんの!」
「では私を君の事務所で雇ってくれないか?」
「アルと2人で充分廻ってる。事務員雇う余裕ねぇし。
 …あんたの定年後に雇ってやるよ。どうせ税理士の資格持ってんだろ?」
「ああ。公認会計士も司法書士も持っている。不動産鑑定士もあるぞ?」
オレの髪に指を差し入れて耳元にキスしてくる。
「…もしかして弁護士は?」
くすぐってぇ。
頭を振ってみせると、くすくす笑う。

「実務経験がないから資格は無いが、合格はしている。」
「なんでそんなに持ってんだ?」
「なにが君の役に立つか解らないからな。ヒマだったし取れるものは取っておいた。
 秘書検定も一級を持っているぞ。
 君の秘書というのも仲々そそるものがあったのでな。」
ヒマだからって秘書検定はともかく、司法試験に受かるモノか?
全国の受験生が聞いたらヤツら自殺したくなるぞ。

「…確かに弁護士の知り合いは欲しいかも。」
いや、こいつが秘書というのも確かにそそるが。
「では法律事務所に転職しよう。」
こいつ…ホントにやる気か?
「今までのキャリアはどうすんだよ?税務署長にまでなったのに。」
「別にそんなものどうでもいい。君の役に立ちそうだから上に来たまでだ。
 なんなら今、退官願を書いてくるが?」
「やめろよ!
 …あー。オレには税務署長でいてくれる方が助かる。
 だから辞めるな。」
「それならこのまま続けよう。」
今、本気で税務署辞めようとしたな。こいつ。
ホークアイさんって本当に気の毒だ。

「ほら、もう出ないと間に合わなくなるぞ。」
まだぐずぐずと離れない男にキスをした。
「ほら。行ってこいよ。美味いメシ、作っといてやるから。」
「ん。なるべく早く帰ってくる。」
「定時までは仕事しろよ?(←とことん信用なし)
 あ、あと昼メシ食いには帰ってくるな。
 オレ、買い物行ってるかも知れないから。
 またオレがいないと不安になるだろ?」
なるべくこいつの不安要素は取り除いてやりたい。
「…電話は?」
がっかりしたところを見ると、昼休み帰ってくるつもりだったな?
なんのための弁当だよ?

「あー。昼休みならしてもいい。
 携帯の方に掛けろ。運転中だったら出ないけど、後で掛け直すから。」
オレは玄関に男を追い立てた。
なんかこいつが遅刻するとオレまで怒られそうで。
それでも寂しそうに振り返る男に、オレは溜め息をついてまたキスをする。
「イイコに仕事してきたら今日かわいがってやるから。…抱いて欲しいんだろ?」
耳元に囁くとようやく
「ん…。行ってくる。」
もう一度キスを強請って、少し紅い顔をして出掛けていった。

「さて、掃除でもすっか。」
洗い物を仕舞ってリビングへ行くと、昨日脱ぎ散らかしたスーツが目に入った。
「ああ…クリーニング屋さんが腐女子じゃありませんように。」
我ながら誰に祈ってんだか、バサバサとまとめてポケットを探る。
男は出掛けるときに必要なものを持って行ったらしい。
何も入っていなかった。
オレのスーツのポケットには財布と免許、ハンカチとティッシュと名刺入れと万年筆。
それと…カサリと何かが手にあたった。
「ん?んだ?これ。」
あ、錠剤の空いたパッケージだ。

そういや、これなんの薬だ?
丁度いい。
男がいない間に調べておこう。
オレは与えられた自分の部屋へ行き、パソコンの電源を入れた。
「たしかパッケージの記号で調べられたよな。」
インターネットに繋いで薬の種類がわかるHPへ行き、シート状のパッケージに記載された記号を入力して薬剤を特定した。
「これ…精神安定剤!?」
それもかなり一錠中の用量が多い方のようだ。
「えと?効能…は。」

『神経症における不安・緊張・抑うつ・神経衰弱症状・睡眠障害
 うつ病における不安・緊張・睡眠障害
 心身症(高血圧症、胃・十二指腸潰瘍)における身体症候ならびに不安・緊張・抑うつ・睡眠障害
 統合失調症における睡眠障害
 下記疾患における不安・緊張・抑うつおよび筋緊張頸椎症、腰痛症、筋収縮性頭痛…』

オレは用法や副作用まで読み終えて、ネットの履歴を削除した。
精神安定剤…?
あの男が!?

オレは部屋を出て、薬の在りかを探した。
ベッドサイドチェストや洗面所にはない。
もちろん、宝の山のような書庫にも。
後は男の部屋か?
誰もいないのが解っていながらも、そっと部屋に入る。

男の机の引き出しを探ると、幾つも調剤薬局の袋が出てきた。
どれも薬が残っている。
「出された分を全部飲んでる訳じゃない?」
常用している訳ではないんだろうか?
しかし最後にいつクリーン・サービスが入ったのかは解らないが、かなりの空きパッケージが捨ててあったから、滅多に飲まないというわけでもなさそうだ。
「少なめに常用しているか、…用量をそのままに回数が少ないか、か?」

試しに一つ袋を開けてみると2種類のパッケージが入っていた。
「? 一つは安定剤だよな。これ…?」
ネットで調べてみると催眠鎮静薬、いわゆる睡眠薬だ。
これはあまり使っていないようだ。
途中まで飲んで、まだ錠剤が残っている状態のパッケージが幾つか出てきた。
「全部空にしてから次に手を付けろよな。」
その辺のいい加減さがあいつらしいと言えばらしいけど。

「ん?あれ?」
調剤薬局の袋に種類が有ることに気付いた。
違う薬局の袋が複数有る。
入っている薬の種類は同じだ。
「! これ…日付一緒だ。」
仕事柄、医療品やその領収書の日付を確認するクセが付いている。
調べてみると、男は同じ日に3ヵ所の薬局でそれぞれ同じ薬を貰っていることになっていた。

「この方法…」
以前薬局を経営しているお客さんに聞いたことがある。
薬は通常、最長でも2週間分しか出せない。
しかし常用する薬をいちいち2週間毎に受け取るのが面倒くさい患者は、同時に数ヵ所の医者と薬局に行き、一度に数週間分の薬を受け取ることがあると。
もちろんマトモな方法ではない。

「ナニ…やってんだ…?
 そんなに忙しい訳じゃないよな。医者に行く時間が取れないほど。」
公務員でしかも署長ともなれば、そうそう残業もないだろう。
(接待なんかはありそうだけどな。)

「間隔…は…?」
日付順に袋を並べてみると大体2〜3週間毎に薬を受け取っているようだ。
「あいつ…少なく飲んでる訳じゃない。3倍量の薬を受け取ってるんだ!」
それならあの捨てられていたパッケージの多さと、それでも残されているこの薬の量の意味が解る。

普通に受け取れているものをそれでも多く貰う理由。
「多用…し過ぎているから…だよな?」
習慣性の高い薬は飲み続けると効果が出にくくなる。
医者から言われた通常の用量を超えて、それも回数多く飲んでるんだろう。
やたらと男が眠る理由もそれなら納得だ。

「は…!」
どういうことだ?
そんなに精神を病んでいるのか?

薬の袋を元通りに戻し、またネットで薬についてもっと詳しく調べてみた。
「ん?アルコールと同時に摂取すると記憶障害が起きる可能性が高く危険?」
説明と体験談が載っていた。
安定剤及び睡眠薬とアルコールをいっぺんに飲むと、アルコールまたは薬を飲んだ時点より前からの記憶がなくなるらしい。
すると酒を飲んだ日は、薬を飲んでいなかったと言うことか?
(男は酒を飲んでも記憶を失ったことはない。)

オレがここに来た日、男は相当量のコニャックを飲んでいた。
そうだ。あの時
『今日はもうこれで眠れると思う。』
と言っていたんだ。
きっとあの日は薬を飲んでいなかったんだろう。
翌日…は、昼は安定していた。
買い物に行って、食事をして。
朝に薬を飲んだ可能性が高いな。
夜になって…そうだオレがいなくて異常に取り乱して…それであいつを抱いたんだ。
あの怯えようは薬を飲まなかった(または朝飲んだ分の効果が切れた)せいだったんだろうか。

その翌日熱を出したんだ。
男は夢でうなされていた。
助けを求めて、オレを名前で呼んで。
『逢いたかった。』『もう離さないでくれ。』となにか混乱しているようだった。
そういえば『やめて下さい。イヤです。』とも寝言を言っていたな。
あれだけの地位のある男がそんな口調で話すのを聞いたことがない。

「…夢?」
先程のネットの体験談に、『睡眠薬や安定剤を飲むと夢を見ずに眠れる』とあった。
これが男の安定剤を飲む理由か?
あれはどんな夢だったんだ?
その夢が精神を病む元凶になっているんだろうか。

そうだあの日、昼もかなり不安定だった。
オレがいなければ生きている意味が無いと言って。
それからトイレに行くと言って戻ってからは長く眠って起きた後は落ち着いていた。
あの時、薬を飲んできた?
今朝の不安そうな様子とさっきの落ち着いた様子も。
シャワーを浴びる前にでも薬を飲んだんだろう。
薬で安定させる必要があるのか?
そんなに精神が不安定なのか?

ネットの履歴を削除しながらオレは考えていた。
これがどういうことなのか。

例え何をあの男が抱えているとしてももうあいつを手放すことなど考えられなかったけれど。
それでもオレの精神にはかなり大きな不安があった。




Act.16

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.16
「遊 脇道」Act.16
08.12.23up
だからといって何が出来るわけでもない。
悩んだときは躰を動かそう。
オレはそうすることにしている。
他にもクリーニングに出すモノを家中から集めて、他の汚れ物を洗濯機に入れた。
洗剤が無いことに気付いて、クリーニングと買い物に出掛ける。

「…。」
どうしよう。
安定剤を飲んでるのを知ってしまったことを話した方がいいんだろうか。
考えながら行動していたおかげで、クリーニング屋になんの感慨もなくスーツを渡したことに後から気付いた。
「どうでもいいや…。」
そうだ。男の口癖。
「オレ以外はどうでもいい…か。」

病んでいることと、オレに執着することに何か関係は有るのだろうか?
それともなにか原因があって、それ以外のこととしてオレを無くすことにあんな恐怖を抱いているんだろうか。
…解らない。
元々健康な人であっても、いや、自分のことでさえも精神のことなんて計りようがないのに。
壊れた精神の原因や構造なんてオレから考えて解るわけがない。
まして相手はオレよりずっと長く生きて、人生経験も多い大人だ。
二十歳にもならないオレに理解しきれるハズもない。

「それでも…護ってやりてぇよ。」
少しでもつらい思いから遠ざけたい。
少しでも不安や恐怖を取り除いてやりたい。
少しでも癒して安心させてやりたい。
少しでも多く幸福だと感じさせてやりたい。

男が落ち着いているときに話をしようか。
ただ薬に頼らせるのではなく、なにか解決法を見付けた方がいいんじゃないだろうか?
仮にずっと治らないモノであっても、なにか対応策が有るかも知れない。
お互いで少しでも良くなるように、日常気を付けることとかを話し合った方がいいような気がする。

しかし、男はオレに知られたくないと思っているのかも知れない。
オレに解らないように薬を飲んでいるのはそう言うことかも知れないじゃないか。

でも、独りで抱えさせるんじゃなくて、一緒に支えてやりたい。

思考が堂々巡りになり、やがて空回りしていく。
おかげで気付いたときには買い物も洗濯も掃除も終わり、後は食事の献立を考えるだけになっていた。
まだ昼前だ。
「オレって優秀…。」
家事王選手権があったら優勝候補だな。
あ、でも節約は考えるのに時間が掛かるので弱いかも知れない。

「晩メシ、なんにすっかなー。」
肉が好きだっつってたから、これは外せないな。
でも野菜をしっかり食べさせたい。
脂は控えた方がいいかな。
味付けをした薄切り肉で茹で野菜を巻いて、さらにそれをレタスで包むことにした。
「んー。肉っぽさが薄いかな?外のレタスはやめてサラダにするか。」
今日は冷えるからスープはオニオングラタンにしよう。

ココットに持ち手の付いたような小さなスープポットを出してしみじみ眺める。
「こういうヘンなメニュー用の器は引き出物に有るんだよな。」
実用性が少ないってのに。
ま、使うからいいんだけどさ。
付け合わせはマッシュポテトと、脂を落としたベーコンと野菜と豆の煮物にした。

下ごしらえとオレの昼食を兼ねて、豆を茹でるのと平行して玉ネギを刻みながらもう一度メニューとその手順を考える。
これが料理には大切だと思う。
あとは酒の肴…。
飲むのかな?
薬を飲むかどうかによるんだよな?
どうしよう?
と思っていると携帯が鳴った。
男からだ。

「センセイ?」
いきなり声が聞こえた。
「んー?どうした?」
オレは手を洗って椅子に座った。
「センセイの声が聞きたくてな。」
「ん。そか。」
そうだろうな。

「何をしていたんだね?」
「ん?昼メシと晩メシの用意をしてたよ。」
「そうか。今日の献立はなにかな?」
「帰ってからのお楽しみだ。
 あんた、豆は平気か?」
「ああ平気だ。セロリ以外ならなんでも食べられる。」
「そか。
 …なあ、今日あんたは酒を飲むか?
 それによっちゃ、肴を用意するからさ。」
「…。」

少し考えているようだ。
オレは黙って返事を待っていた。
「いや、今日はいい。食後は紅茶にしよう。」
それはやはり薬を飲むと言うことか。
「…解った。」

ダイニングキッチンのテーブルには買ってきた食材が積まれている。
唐突にその平和な眺めを男にも見せたいと思った。
「なあ。ショチョウ?」
「ん?なんだね?」
「オレ、あんたが好きだよ。」
「!? …有り難う。私も君を愛しているよ。」
「あんたが大切だ。一緒にいたいから早く帰ってこいよ。」

「…早退しても?」
「それはダメだ。定時まで仕事したら、一目散にオレのところへ帰ってこい。」
「センセイ?どう…」
「返事は!!」
「Yes,Sir!…ぁ。」
「ん?」
「いや。了解した。君の元へ真っ直ぐに帰るよ。」
「ん。気を付けてな。仕事頑張れよ。」
「ああ。後はつまらない会議だけだがね。」
「居眠りしねぇようにな。」
「…するとホークアイ君が怖いからな。善処しよう。」

「じゃ、後でな。」
「ああ。…センセイ?」
「ん?」
「もう一度、一緒にいたいと…言ってくれないか?」
くす、と笑いながらオレは心を込めて言葉を贈った。
「あんたとずっと一緒にいたい。あんたはこれからずっとオレと過ごすんだ。
 オレだけを目指して早く帰って来いよ。」
「…有り難う。愛しているよ。
 では、また後で。」
「ああ。」
男が通話を切るのを待とうと思った。
でもあいつから切る訳もないと気づいてオレから切ることにした。

耳をあてても何の音もしないオレの携帯。
今あいつは
「ツー、ツー」と言う音をまだ聞いているハズだ。
きっと微笑みながら。
男が喩えようもなく愛おしい。
そしてその時、オレは自分が泣いていることに初めて気付いた。


まだ男が帰ってくるまでには数時間ある。
オレは友人で顧客でもある、医者のルジョンと会うことにした。
ずっと年上だけど、小さい頃から仲がいいんだ。
もう年末で診療は終わっているはずだ。
連絡をすると時間を空けてくれるという。
早速車で向かった。

「悪いな。仕事終わってんのに。」
診療所兼自宅に入ると、家人に聞かれることに気を利かせてくれたのか診察室へ案内された。
「いや、11月までの帳面があがってるから丁度来て貰ってよかったよ。
 12月分は少し待って貰えるか?」
人当たりの良さは子供の頃から変わらない。
医者はこいつの天職だと思う。

「ああ。医者は源泉票が来るのが3月に入ってからだから急がねぇよ。
 保険請求の表も出来てたら今日貰ってく。」
「ああ。それも11月まで出来ている。窓口収入の分は…ああ、あった。
 これは12月まで出来てるけどどうする?」
「んー。12月分はまとめてもらうから今日はいいや。」
「わかった。保管しておくよ。
 で、今日はどうした?
 具合でも悪いのか?」
「いや。あの…さ。お前精神科っつーか、神経科は専門じゃないよな?」
少し驚いた顔をしている。
無理もねぇよな。
オレは自分で言うのもナンだがかなり健全で前向きな精神をしている。

「まあ。このご時世、不眠症なんてめずらしくないからな。
 そのあたりの患者を診ることはある。
 一応大学では履修しているし。」
そうか。めずらしくないのか。
「そういえばお前も不眠症に近かったよな。睡眠導入剤でも欲しくなったのか?」
「いや。…オレじゃなくて。」
「まさかアルが?」
「いや、あいつは他人を精神的に追いつめて楽しむことはあっても、あいつの精神は傷一つつかないと思うぞ。」
「それも随分な言い方だが、…そうかもな。」
思わず2人で笑ってしまう。
ああ、こうして精神を解していくのがプロなのかも知れないな。

「知り合い…がさ。精神安定剤を多用しているようなんだ。
 その…ルジョン、お前なら口外しないよな?」
大丈夫だとは解っていてもオレ自身じゃなく男のことなので確認してしまう。
「お前もオレも守秘義務は絶対だろ?」
それでも気に障った顔もせずにオレを安心させてくれる。
「ん。すまん。解ってはいるんだが。」
なんて言葉を続ければいいのか迷う。

「ふーん。」
「あ?なに?」
「とうとう大切な人を見付けたのか。」
「! なんで解ったんだ?」
あ、今オレ様語るに落ちました。

「解ってるはずの確認をしてしまうほど大切にしたい人なんだろう?
 ガキの頃からお前、いつも同じタイプの娘と付き合っちゃあ振られてたよな。
 その時よりずっとその人を想ってるのが見て解るよ。
 やっと見付けたんだな。おめでとう。」
「…。」
オレは何も言えなかった。
そうなんだけど。
そいつ、男なんだよ。

「と、すまない。
 手放しで祝える状況じゃないからここに来たんだよな?」
ああ。こいつんとこ来てよかった。
「ああ。その…二重に医者んとこ行って薬を貰うって手があるだろ?
 それでかなり薬を貰って飲んでるみたいなんだ。」
「安定剤を?」
「と、睡眠薬。睡眠薬の方はそんなに飲んでないみたいなんだけど。」
「んー。」
背もたれに背を伸ばすように預ける。

「あのさ、エド。
 それは良くあることなんだよ。特に不眠症患者にはな。」
「は!?よくあるのか?」
「うん。もうな、不眠症患者にとって眠剤なんてなぁ枕と一緒で、いつも有って当然ってとこがあるんだ。
 いや、そうじゃない人の方が多いよ?
 多いんだけど、マジメに治療のために医者と相談して、薬も治るための一環として飲むっていうよりももう『眠るためのアイテムの一つ』と捉える人もいるんだ。
 そうなると、取りに来るのが面倒だからいっぺんに貰っておこうと言う発想もめずらしくない。
 オレんとこは希望者には、2週間後に一度電話を入れてくれるなら1ヶ月分眠剤を出すようにしている。
 電話でも診療に該当するからな。」
ま、そういって電話もしないヤツが多くて困ってるけど、と苦笑するこいつは思ったよりも神経科の仕事をしているのかも知れない。

「治す気がない人間に多いのか?そういうの。」
「うーん。治す気がない…か。
 ちょっと違うと思う。」
しばらく言葉を選んでいるようだった。
「その人は、眠剤よりも安定剤を多く飲んでるんだよな?
 昼間にも?」
「ああ。そうみたいだ。夜寝る前にも飲んでるみたいだけど、朝にも飲んでると思う。
 夕方…は解らない。」

「んー。複数の医者に行く患者によく見られる特徴は、治す気が無い訳じゃなくて、治らない、若しくはこの医者には自分が治せないと思っていることだ。」
「は?」
「おそらくどの医者に行っても
『お加減は如何ですか?』
『あまり変わらないようです。薬をまた戴けますか?』
『解りました。』
って当たり障りのない会話をして、薬だけを貰っていると思うんだよ。」
「ああ。そうかもな。で?」

「その人、頭いいだろ?それもかなり。」
「ああ。それは保証できるな。」
「医者なんかに相談しても、自分は治らないと思っている。
 その人にとっては医者の方が何を考えているかが解ってしまうくらい底が浅く見えて、自分の精神を預ける気にはならないんじゃないかな?」
「…そんな不遜なヤツじゃないぜ?」
思わずしかめたオレの顔が可笑しかったのか笑われてしまった。

「責めている訳じゃないんだよ。そう思われても当然なところがこっちにだってあるんだ。
 オレは確かに医者だけど、人間としてはまだまだ未熟だ。
 それが喩えば人生経験豊富な60代の人の精神を救えるかっていうと、また別問題だろ?
 お前だって税金と会計のこと以外でずっと年上の人をなんとか出来ると思うか?」
「う…。そうだけどさ。それでいいのか?精神に関するプロなんだろ?」
「そこが人間の精神の難しいところだ。
 治す気があって、オレを信頼してくれて治療にあたるんなら、なんとかいい方向へ持って行くさ。
 でもハナから治す気も相談する気もない人間は救えないよ。
 そうだろ?」

「うーん。じゃ、どうすればいいんだ?」
「今その状態じゃオレにできることはない。
 ただな、お前がその人の相談に乗ってその人の精神の傷や背負い込んでいるモノを吐き出させて言葉にさせて、それでお前の手に負えないけれどその人が治療を受ける気になったら。
 その人がオレを信頼してくれたら。
 その時は手助けができるかと思う。
 できるとは言い切らないけどな。」
「なんで?」
「…プロだから。」
「は?…逃げかよ!?」
「そうだ。お前だって予想税額をいつも多めにオレに言うだろ?」
「う…。プロだからな。」
「そういうことだ。」
なんか食えないところがこいつとあの男は似てるかも知れない。

「なんか実りがあったんだかなかったんだか。」
溜め息を付くオレに
「一番の治療法を教えてやろうか?」
やわらかく笑って欲しかったモノをオレの前に持ち出す。
「あるのか?オレに出来ることか?」
「ああ。お前にしか出来ないことだ。
 条件があるけどな。」
「なんだ?」
「お前がその人を本当に愛していて、相手もお前を愛していることだ。」
「はい!クリア!!」
ぽん、と膝を叩いたオレに、ぷっと吹き出して楽しそうに笑っている。

「本当に見付けたんだな。お前。
 ああ、条件をクリアしているんなら、『抱きしめる』ことだよ。」
「は?で、治療法は?」
「だから、『抱きしめる』ことだ。
 何があっても、その人がどんな傷を持っていても。
 お前がどんなことが有ってもその人を見捨てないという精神で、その傷から目を逸らさずに『抱きしめる』ことだ。
 肉体的にだけじゃない。精神的にもな。
 全てを受け容れて包み込んでやれ。
 傷は無理に治さなきゃいけないモノじゃない。
 抱えたままだっていいんだ。
 ただ、それを痛まないように愛して包み込めば人間は生きていける。」
しばらく言葉の意味を考えてみた。

「なんだか解ったような気がするけど、具体的には解らないな。」
正直に言う。
大切なことだから。
「うん。そうだな。オレにも本当は解らないんだよ。
 人は一人一人違うから。
 その人に合った抱きしめ方がそれぞれ違うからな。」
そこで言葉を切って、オレを見つめ直して続けられた声は低かった。
「…エド、ただ一つ、よく考えて守って欲しいことがある。」
急に空気が張りつめた気がした。

「…なに?」
今までの人当たりの良さがまるで無くて、こんなに厳しいこいつの顔は見たことがない。
「今言ったことは、お前が何があってもその人を見捨てずに愛し続けると言うことが前提なんだ。
 もし、あまりにその傷が大きいから、あまりにその精神の闇が大きいから。
 あまりにその人間の存在が重すぎるからとその人から離れる可能性が少しでもあるというのなら、絶対にそれをするな。
 途中で手を離すくらいなら、最初からその人の傷に触れるな。
 いいか。最初によくそのことを考えておけ。」
それは人間の精神に関する絶対的な言葉だった。
その大切さはオレにもよく解った。

「これは脅しじゃない。解るな?」
「…ああ。」
「中途半端に傷をさらけ出して放られたら、程度にも依るが最悪の事態も考えられる。
 正常な判断力を失いやすいからな。」
ごく、と自分の喉が鳴ったのが解った。
「ああ。」
いつの間に握りしめていた拳が痛んだ。
爪が食い込んでいたようだ。
掌を広げてその爪痕を見た。
「解った。よく考えてみる。」
「ああ。そうしてくれ。」
告げられる声は厳しいけれど、オレとあいつを心から思ってくれているのはよく解った。

「なあ。安定剤って、多用しても大丈夫なのか?」
疑問をぶつけてみる。
「うーん。実は多用し過ぎると内臓に負担が掛かることがあるんだ。
 あと、逆に不眠を引き起こすこともある。」
「不眠症に効くのに?」
「ああ。人間の精神はそれだけ複雑ってことだ。」
「なら、やめさせた方がいいのか?」
「いや、無理に量を減らすと妄想を引き起こしたり、幻覚を見ることもある。
 急に減らすのは却ってマズい。」
「難しいんだな。」
オレは俯いてしまった。
「まあ、しかし言われた用量まで減らすことは必要だな。
 薬の袋に用量が書いてあるだろう?
 先ずはそれを守らせてみることだ。」

まだオレは顔が上げられなかった。
コトの重さに押し潰されそうで。
その時、ふとその場の雰囲気が和らいだ。
笑ってくれた、とその時解った。
「ま、焦らずよく考えろ。
 今日までその人は生きてきたんだ。明日だって生きているさ。」
笑ってオレの肩をぽんと叩く。

「それが大人ってもんだ。
 ところでその人は何歳くらいなんだ?」
う…。
「さ…33歳…。」
げっ!と目を見開いて仰け反ったのが見えた。
「それは…随分…。」
さっきより慎重に言葉を選んでいるのが解る。
「…熟女だな。…まさか人妻ってことはないよな?」
うー。ここまで来たらオレも正直に言うしかないよな?

「違う。ずっと…10年前からオレを愛してくれてた。
 …その…男…なんだ。もちろん未婚だ。」
「じゅ…10年前って!…お前まだ9歳じゃないか!?
 って、男!?
 あ、いや愛情に性別はないとオレは思っているが。
 9歳に…。いや、男…。」
混乱させてしまったようだ。
「大丈夫か?」
オレの方が心配になってしまった。

「ああ。いや、すまない。
 本当にオレはまだまだ未熟だな。
 なあ…エド。お前、幸福なんだよな?
 その人を選んで。」
「ああ。そりゃあもう。
 あんなかわいい美人はいない。
 オレはきっと何があってもあいつを愛せるよ。」
「そうか…。
 うん。幸福になれよ。
 何かあったら連絡してこい。
 診療時間が終わってもオレは大概家にいるから。
 いつでも駆けつけてやる。
 住所、置いて行けよ。一緒に暮らしているんだろう?」
「ん。住所はここに書けばいいか?
 オレの事務所のすぐそばだ。地図も今書く。」
薬剤の名前のプリントされたメモ帳に男の家の住所と簡単な地図を書く。
ついでに家の電話番号も書いておいた。

「これだ。…無いことを祈るが、何かあったら頼むな。」
「ああ。出来る限りのことをさせて貰うよ。
 しかし…男…9歳…。
 エド!本当にお前、幸福だな!?」
「幸福だって。」
気持ちは嬉しいが苦笑してしまう。
「いや。偏見は敵だ。しかし…いや…。」
今度はオレがこいつの肩を叩いた。

「ああ。偏見は敵だぜ?
 特に医者にとってはな。」
「ああ。すまない。車で来てるのか?」
「ああ。」
「そうか。気を付けて帰れよ?」
電車だったら送ってくれるつもりだったんだろう。

「有り難う。あ、あのさ。」
「ん?どうした?」
「オレ、お前のこと信頼してずっと付き合ってきたのは、きっとお前があいつに似てるからだったんだって、今気付いたよ。」
「そうか。」
いつもの笑いを浮かべて返事を返してくる。
「でもな。悪いがオレは女が好きだ。
 お前の想いに応えられなくてすまないな。」
な!?

「逆だ!オレはあいつが好きだから…!」
「ははは。照れるなよ。オレも友人としてお前が好きだ。」
ホントにこいつとあの男って似てる。
「だーかーらー!」
「冗談だ。本当に何かあったら連絡しろよ?」

礼を言ってオレは診療所を後にした。
その看板には大きく
『皮膚科』と書いてある。
「医者も多角経営が必要なんだな。」
思っていたより多才な友人に心からの讃辞を送った。




Act.17

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.17
「遊 脇道」Act.17
08.12.23up
家に帰って夕食を作った。
肉は男が帰ってきてから焼けばいいだろう。
まだ男に告げるかどうかの決心が付かない。
何が有っても、何を抱えていてもあいつを見捨てることはきっとない。
いや、絶対無いとオレは思う。
しかしそれは甘いのだろうか。
人一人の薬に頼るほどの精神の傷をオレは支えきることが出来るのだろうか。
それともしっかりと2人で傷に向き合って治療をすれば良くなるんだろうか。

オレは怪我をすれば治療をするように、精神が病気になればやはり治療をすればいいと思う。
しかし男はそうは思わないんだろうか。
それともヤツの言う通り、医者になんかには自分は治せないと思っているのだろうか。

「早く…帰ってこい。」
それでも結論が出ないまま逢うのをオレは恐れているのかも知れない。
『焦らずよく考えろ。』
オレは何度もその言葉を思い返した。
うん。今日結論を出さなくてもいい。
先ずは男を抱きしめよう。
オレが側にいると先ずは伝えよう。
何度でも。
オレはいなくならないとあいつが納得して、オレがいるのが当たり前なのだと思うまで。

インターフォンが鳴った。
オレはオーブンに設定してあった電子レンジのスイッチを入れて玄関へ行った。
「おかえり。」
? 息を切らしている?
「ああ…センセイ…ただいま…。」
オレに抱きついて来る。
「お…おお。どうした?なんでそんなゼイゼイ言ってんだ?」
しばらく息を整えている男の背中を撫でてやった。
「センセ…が一目散に…走ってこい…と…。」
はあ?
「言ってない!言ってないぞ!? そんなこと。」

ようやく落ち着いてきたようだ。
「はぁ…。言ったじゃないか、昼に。だから走ってきた。」
言ったっけか?
「オレ、一目散に『帰って来い』とは言ったと思うけど?」
「同じことだ。」
同じじゃねぇだろ!?
「走ってまで来なくていいんだよ。疲れただろ?
 とりあえず水を飲め。」
離れようとしたオレを強く抱きしめて
「とりあえずなら、先ず口づけを欲しいな。」
仕方のないヤツだ。
「ん。ほら。おかえり。」
軽いキスをする。

すぐに離れたのが不満だったようだ。
「足りない…。」
言うなりまたキスをしてきた。
なんで玄関でこんな深いキスをしてるんだろう。
とは思ったが男の好きにさせたかったのでオレもそれに応えた。
ふと時計を見ると5時10分だ。
ちゃんと定時まで税務署にいたんだろうな!?


「あ、ちゃんと野菜に巻けってば!
 ちょっとよこせ。」
肉ばかり食べようとする男の皿を取り上げた。
「セロリ以外は食べるって割には、あんた野菜をよけるよな?」
「野菜が嫌いな訳ではない。肉が好きなだけだ。」
子供か!?
「あんた野菜が足りてねぇんだよ。もっとちゃんと食べろ。
 ほら。巻いたからこれをまたレタスに乗せて。
 ああもう。手で喰っていいから!」
オレ、自分の食事が出来てねぇ。
なんなの?この手の掛かるコドモは!?

「どうだ?」
一口喰った男に聞く。
「…これなら好きだ。」
やっぱ野菜嫌いなんじゃん。
「茹でるときに塩を多めに入れておくんだ。
 味が付いてると食べやすいだろ?」
「ん…。」
ソースがレタスから垂れかかってている。
姿勢良く食べているせいで却って服に落ちそうだ。
「ほら。もっと皿の上で喰わないと垂れるぞ?」
「ん…。」
言われるまま少し上半身を前に傾ける姿に思わず溜め息が出た。
「なあ。喰いにくかったか?この料理。」
いつもは優雅な食べ方をする男が苦労するのも見てて楽しいけど。
それでもやはり細やかな動作が綺麗だ。見ていて気持ちがいいのは変わらない。
「ん?いや美味しいよ。こういうのは初めて食べた。」
うーん。手で掴んで食べる類のモノは知りませんって人種だな。
だから『ぎょみん』なんだっつの。

ようやくオレも自分の食事にありつけた。
と同時にレンジが鳴った。
「?」
「ああ。オニオングラタンスープが出来たんだ。」
セットになっている木製のポット受けに乗せて男の前に置く。
「入れ物が熱いからな。気を付けろよ?」
もう、どんなコドモにオレは注意してんだか。

「これもセンセイが?」
スープを見て不思議そうに言う。
「? そうだけど。なんで?」
ほら。とスープスプーンを渡してやる。
「自分の家で出来るものだったのか…。」
しみじみ見つめている。

「は!?簡単だぜ?オーブンが有ればすぐだ。」
「そうなのか!?」
なにを驚いているんだ?
「好きなのか?これ。」
「ああ。ミネストローネも美味しかったが、これは大好物なんだ。
 レストランでしか食べられないものだと思っていたよ。
 センセイはすごいな。」
嬉しそうに笑う。
ホントに嬉しそうだな?そんなに好きなのか?
つか、玉ネギ炒めるだけだぞ?労力は。

「スープはまだ残ってるからもっと欲しかったら言えよ?
 ここんちは6客ずつ食器があるから平行して焼けるしな。」
引き出物天国は、欲しいものは少ないが数は揃っている。
「それは嬉しいな。」
「あ、その前に豆も喰え、豆も。ちゃんとベーコンが入ってるから。」
豆と野菜の煮物も手を付けていない。
「ん。ああ。…これも美味いな。
 豆は好きだぞ?大好きだ。」
それは意外だった。野菜が入ってたから躊躇してたのか?
「ん。よかった。」
男はマッシュポテトを野菜と一緒に肉に巻くと美味いという新発見を嬉しそうにオレに披露し、スープを結局三杯飲んだ。


「ああ。こんなに沢山食べたのは久しぶりだな。」
もう紅茶も入る余裕がないと言い、ソファに凭れている。
「腹壊すなよ?」
オレは先に風呂に入り、ビールを飲んでいる。
男はまだ動けないと風呂には付いてこなかった。
…よかった。

「センセイの作ってくれたもので腹など壊せないよ。」
くッ!かわいいヤツめ!
「なんだ?今日は随分機嫌がいいな?」
男の頬に指を滑らす。
そのまま耳たぶに触れて髪を撫でると、男は気持ちよさそうに目を細めた。

「ん。センセイが抱いてくれると言ったから…。」
うわ。下半身直撃爆弾投下!? ←お下品
しかし喰ったばかり&かなりの量
これ、吐かれたら結構苦しそうだよな?
もう少し消化してからじゃないとマズいよな?
つか、考えて喰えよな!?
いや、喜んで沢山喰ってくれるのは嬉しいけどさ。

手を出したいが出せない状況にオレは悩んだ。
どう…消化するまで時間を潰せば?
大体3時間で消化は終わる。
いや、胃をカラにしなくてもいいのか。
それにしても吐く量は少ない方がいいよな。
前戯で2時間ってのもアリだが、オレの理性が持ちそうにない。
こいつの感じてる声も顔も揺れる躰もオレを煽るから。

くぅ〜〜〜!
なんで男を抱くのにこんなに悩まなきゃ?
あー。すんげぇ上等のお嬢さんを前にした気分?
いや、女性はあんまり吐かないだろうけどな。
つか、男同士ってこんなに大変だったんだなー。
ウィンリィたちの描いてる『受け』も吐くほどつらい思いをしてるんだろうか?

ああ、『公務員シリーズ』借りてくりゃよかったかな。
…しかし、そもそも女性が書いたものって参考になるのか?

「センセイ?」
動きを止めて思考の淵に沈んでしまっていたオレに声が聞こえた。
「あ?ああ。どうした?」
いや、どうしたはオレだろう?
「ん?いや、なにか考え込んでいるようだったから。」
「ああ。なんでもねぇ。」
首を少し傾げてオレを見るその表情がかわいいぜ!

あ、理性飛びそう。
なにか…なにか話を…。
「あ!…のさ。」
「ん?」
「風呂、そろそろ這入れるか?」
男は自分の躰と相談しているようだ。
「んー…。まだ動けない。」
ああ。だからそんなかわいい言い方を…。
「そ…そか。のぼせたら気持ち悪くなるもんな。」
オレ、ヘンな汗がダラダラ出てきたよ。
どうしよ?

落ち着け、落ち着くんだ。オレ!
「センセイ?大丈夫か?」
「んあ!?」
あ、声ひっくり返っちゃったよ…orz
「どうした?具合でも悪いのか?」
心配そうな表情に申し訳なくなる。
「いや、大丈夫だ。すまないな。」
「? 何が?」
「ああ。心配掛けちまってさ。」
ふ、と笑うその顔も好きだ。
…好きだーーーー!!!
ああ。オレ、壊れてる?

「そんなに…厭か?」
あ?
あれ?
なんで哀しそうな顔?
いつの間に? さっき笑ってたよな?
「なにが?」
いや、待つ時間は結構イヤかも。
早く消化してくれ。

「やはり…男を抱くなど…イヤか?」
はあ!?
あ、オレ今ものすごくマヌケた顔してる。
「あ…ナニ言って…。」
「無理を…しなくてもいい。」
どういう誤解だ?
昨日だってオレちゃんと『抱きたい』って言ったよな?

「私が望むから、無理に抱こうとしてくれるんだろう?」
どうして解らないんだ? こいつは。
「オレ、あんたを抱きたいよ?」
「センセイは…優しい…から…。」
ああ、そんな泣きそうな顔……も煽るっての!!!

「オレ…。も、そろそろ我慢の限界でさ。
 ぶっちゃけて本音言ってもいいか?」
自分で思ったよりも低い声だった。
びく、と躰を揺らして怯えたように不安な瞳で見てくる表情にすら、もう危ないくらい煽られて襲う寸前だぜ。
「セン…?」
「あのな!
 さっきからあんたに煽られてもうオレ限界だ!
 今すぐにでも抱きたいんだよ!
 ずっと我慢してんの!
 でも今、あんた風呂にも入れないくらい腹いっぱいだろ?
 大体あんたが喰った量プラス胃液考えると、吐いたら洗面器が溢れんだ。
 ここんち洗面器イッコしかねぇし!
 あと使えるっつったら、鍋くらいだよな?
 あんた自分の吐瀉物受けた鍋で作った料理、明日から食えるか?
 そもそもかわいすぎるのがいけねぇんだよ!
 男のクセに、三十路超えてるクセになんなんだ?
 そのかわいさはよ!
 すげえ抱きてぇよ!
 今すぐにでもな!
 そんでオレを我慢させた挙げ句に『無理しないでいい。』だあ!?
 ふざけんな!
 オレはずっと無理してるよ! 我慢してるっての!
 あんたを抱くのをな!
 解ったか!?
 解ったらさっさと喰ったモン消化するか、ちったぁオレを萎えさせるような話の一つでもしてみやがれ!」
イッキに捲し立てたオレを呆然と見つめている。

ちっ!
思わず舌打ちをしてしまった。
「ああ。オレ、カッコ悪ぅ。
 ずっとあんたの前じゃ余裕でいたかったのに。
 どうしてくれんだよ?」
ぅう。
自己嫌悪で溜め息をついちまう。

しばらく2人ともナニも言わなかった。
いや、オレはナニも言えなかったんだけどさ。
今更ながら恥ずかしくて。
自己嫌悪で口も開けなかったんだ。
情けねぇ。


それからどれだけの時間が経ったんだろう。
ふいに男が口を開いた。
「センセイ。
 …『人魚姫』という童話があるだろう?」
は?脈絡の無いヤツ。
「…ああ。」
それでもこいつがナニを言い出すのか興味が湧いた。
「あの童話を書いたアンデルセンという男には支援者がいたんだ。
 ヨナス・コリンという。」
「…ふぅん?」
「ヨナス・コリンにはエドワードという息子がいた。
 …次男だがね。」
エドワード?
オレと同名?

「うん…。」
「アンデルセンはエドワードに求愛をした。」
「あ?両方男だよな?」
「そうだ。まあ同時にエドワードの妹にも求愛していたらしいがな。」
「は!?兄妹いっぺんに?」
「ああ。アンデルセンには、夫婦や兄弟などの一対の対象をまとめて愛する性癖が有ったそうだ。
 まあ、妹の方はほっといて、だ。」
「ん。」
「エドワードはアンデルセンの求愛を退け、結婚してしまった。
 しばらくアンデルセンは落ち込んだそうだ。」
「…。」
「それでもエドワードもアンデルセンを断ち切ることはできず、ずっと友人として過ごした。
 やがてアンデルセンはエドワードの息子のヨナスに求愛をし、晩年にようやく『愛する人』という称号の『Du』と呼んで貰えたんだ。
 そしてアンデルセンは自分の死後、すべての財産をエドワードに譲るという遺言を残して死んだ。
 ヨナスではなくね。
 アンデルセンはエドワードを愛していたんだ。
 妹や息子に求愛をしたのは、ただエドワードと対になっていたからだと私は思うのだよ。
 アンデルセンは生涯エドワードという人間だけを愛し続けたと。」

「…。」
「『人魚姫』の話は哀しいものなのだろう。
 しかし、愛する男が自分から去るその日に、泡になったことは私には『救い』だとしか思えない。」
少し話が飛んでないか?
こいつの精神状態は大丈夫か?
薬は飲んでいるんだろうか?

「海に戻れなくて?泡になって消えちまうのに?」
オレには『救い』とは思えない。
「自分が『ただ独り』取り残され、愛するものに去られた後の日々を生きないで済んだんだ。
 …それは『救い』ではないかね?」
どうなんだろう?
オレは人魚姫よりも今こいつの方が心配だ。

「わかんねぇ。
 オレが人魚姫だったら、みすみす王子を他の女になんか渡さねぇな!
 さっさと押し倒してモノにしてやる。
 言葉なんか話せなくたって、その位やりゃあよかったんだよ。
 ヘンに遠慮なんかしてっから、かっ攫われちまうんだっての!」
オレの言葉に楽しそうに笑っている。
よかった。
安定しているようだ。

「センセイらしいな。
 うん。私も同感だ。失う前にもっと努力をすべきだと思う。
 自分の全てを投げ打ってでもね。
 …それでも失ってしまう時は、やはり私も泡のように消えたいと願うけれど。」
声が震えている?

「どうだ?少しは萎えたかね?」
にやり、と笑う顔はいつもの通りだった。
「! お陰様で!」
「っははは。君のリクエストに応えたつもりだったのだがな。
 ああ、『人魚姫』の像というのがアンデルセンの過ごした街にあるのだが、その像を造った彫刻家もエドワードと言うのだよ。」
「あんた、なんでそんなこと知ってんだ?
 童話が好きなのか?」
意外だった。
そんなことを知っているのも、こんな話をすることも。

「いや。ただ、以前新聞だったかに『エドワード』という文字があったのでなんとなく読んでみたらアンデルセンの記事だったんだ。
 それで覚えていた。
 別に他の童話にはなんの感慨もないな。」
なるほど。って、ちょっと照れくせぇぞ?それ。

「で、あんたも生涯を掛けて『エドワード』を愛するって?」
お、余裕大王、オカエリナサイ。
「ああ。その通りだ。私の王子様。」
あ、どこ行くんですか?大王!
「では人魚姫、そろそろ風呂に行かれてはどうですか?
 人魚には躰が乾いて仕方がないでしょう?」
余裕大王の裾を踏んで押し留めることに成功!
「私の王子様が他の女性に靡かないと言って下さらない限り安心できません。」
だーかーらー。
その艶麗な表情はヤメロ。
オレを萎えさせてくれるんじゃなかったのか?

「バカ!オレを煽ってどうするんだよ?まだ腹にモノが入ってんだろ?」
我慢出来ずにキスしてしまう。
「ん…もうそろそろこなれてきた。
 君が時間を掛けて愛してくれればいいだけだろう?」
オレにこれ以上我慢させるつもりか!?

「ほおお?速攻突っ込んだら、人魚姫を捨てた王子より貶されるってか?」
「いや。私は君が抱いてくれるのならなんの不満もないが?」
こいつ…。
「もっとこなれるまで、ゆっくり風呂に入ってこい!
 …オレは姫を待ってるから。
 例え抱くとゲロ吐く姫でもな!」
う、と詰まった様子にようやく溜飲が下がったぜ。
「そういうことを言うのか。君は。」
あ、姫の逆鱗に触れた?
「す…すみません!失言でした!」
ああもう。オレはどこまでこいつに振り回されればいいのか。

しかしナンの反撃も出来ないのも悔しい。
オレは男のうなじに手を廻し
「なあ。あんたって萎えさせるのヘタだよな?
 もう抱きたくて仕方がないんだよ。
 この白くて美味そうな躰をオレが食べられるようにしてきてくれないか?」
耳元に囁く。
「君だって…萎えさせるのがヘタじゃないか。」
真っ紅に染まって拗ねた声を出す。
ふっ、ちょろいぜ。
男の言葉にイッキに下半身が暴走しそうになったけどな。
…こいつが風呂入ってる間に1回ヌいとこう。

「待ってるから。風呂入って来いよ。
 …抱いてやるから。
 あ、風呂上がるときに洗面器、持って来いよ?」
必要だと思うから言ったんだが
「君は…デリカシーに欠けているな!」
怒られてしまった。
だって、必要だよな?
オレ、間違ってる?

紅い顔をした男を見送った後で、オレはトイレにダッシュした。






アンデルセンの支援者ヨナス・コリンの息子がエドワード、エドワードの息子の名前が祖父と同じくヨナスです(たぶん。記憶が確かなら)。



Act.18

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.18
「遊 脇道」Act.18
08.12.23up
ベッドに転がって男を待っていた。
あー。2回目だっつぅのにオレ、すげえ緊張してる。
今度は少しでも感じさせてやりてぇな。
…まだ無理なのかな?
でも、どうやったらあいつが感じるか解るような気がするんだけどな。

少なくとも出来るだけ優しくしてやろう。
この前みたいにいきなり気を失わせないように。
あ、でもつらいのが続くよりは意識を手放した方が楽なのかな?
うー。
ホントに男って抱くの大変なんだな。

「はー。」
溜め息が出た。
と、こんなん聞かれたらまた『やっぱりイヤなんだ。』とか言われそうだ。
危ねぇ。危ねぇ。

ごろりと寝返りを打つ。
真新しいシーツはさらりとしていて気持ちがいい。
…あいつの肌も気持ちがいいよな。
30過ぎの男とは思えない。
肌理の細かい絹のような白い肌。
しっとりとなめらかで。
吸い付くと花片を散らしたように紅く染まるのがまた艶めかしくて。

「…。」
想像だけでも煽られるオレって…。
っかしーなー。
今までこんなに自分の性欲が強いとは思わなかった。
どんどん欲しくなっていくのは何故なんだろう?

「焦るな…オレ。」
優しく、優しくだ。
出来るだけそっと抱いてやらないと。


躰中にキスをして2回イかせた。
オレにしてはエラい時間を掛けた方だと思う。
でももっと感じる姿を見ていたい。
きっと挿れたらもう見られないから。

ああ、そうだ。
まだ触れてないとこがあったな。
オレは躰を移動して男の脚を持ち上げ、その指を咥えた。
「センセイ!そんなことしなくていい!」
「ん?イヤか?」
指を離して聞いてみる。

「厭では…ないが…。」
「じゃ大人しく感じてろ。」
脚の親指を咥えて舌を匍わせる。
指の間の付け根も舌先で舐り、時折指の腹に歯を立てた。
「ん…っ!」
咥えた指が震えている。
ああ、感じてくれてるんだな。

しかし男のクセにカカトまですべすべだな。
膝から下がすんなりと長い。
だからだろうか。
決して背の高い方ではないが、男のバランスのいい体型はとても目立つ。
身長以上に堂々とした印象を受けるんだ。
姿勢がいいというのもあるんだろうけど。

小指まで順に咥えて、足の甲に舌を匍わす。
こんなところまで強く吸い上げると紅い所有痕が付けられる。
本当に肌理の細かい肌だ。
くるぶしに歯を立ててから同じように踵に舌を匍わせて歯を立てた。
「ぁ…っ!」
女のように大声で喘ぐことは無いけれど、それでも漏れる甘い声はオレを蕩かす。
もっと声をあげてくれてもいいのに。
もっとオレに溺れてくれればいいのに。

もう片方の脚も同様に臑を伝って膝に歯を立てるとびくびくと揺れる。
「あ…もう…センセイ…。」
「ん…?…どうした?」
ああ、息があがってるよ。オレ。
ケダモノだなー。
触ってもいないのに、オレのモノはち切れんばかりだぜ。

「もう…欲し…い…。」
快感に潤んだ瞳で言われるとたまらんものがあるな。
しかし感じもしないクセに、つか、あんなにつらいクセに欲しがる理由がどうも解らない。
それでも抱きたいのは山々で逆らう気なんてもちろん無い。
「ん…。」

「も…大丈夫そうか?」
くちくちと音を立てて動く指が一点を掠める度に躰が跳ねる。
その様も嬉しいが、そろそろオレが限界だ。
3本の指でこれだけ解せば傷は付かないだろう。
昨日指だけででも慣らしておいたせいか、今日は緩むのが早かった。

「ん…。」
肩に掛けた脚をおろし大きく開かせる。
先を押し当てると怯えたように躰が竦むのが見えた。
「優しく…するからな。」
「ん…いや、センセイの好きにしてくれたまえ…。」
あああああ!!!
だからここで煽るな!

くッ!
オレは深呼吸をして自分を落ち着かせようとしたが、ムダだった。
優しく、優しく…。
頭の中で呪文のように自分に言い聞かせる。
焦るな!オレ!

男の唇にキスを落として、改めて先を後孔にあてる。
痛みを前にきつく閉じられた瞳に
「息を止めるなよ。」
声を掛けてから先を差し入れた。
「ぅ…!…んぅ…っ!」
痛みで上がる悲鳴を聞かせまいと必死に指を噛んでいる。
声を抑えると息も止まると言うことには気付いていないようだ。

…オレも痛い!キツイ!
「声…抑えなくていい。息を止めるな。」
男の口から指を引きはがし声を掛ける。
「ロイ!息をしろ!」
中途半端な位置で動かせなくなってしまった。
今無理にもっと挿れると傷が付きそうで。

「う…ぁああ…!」
声と共に息を通し始めて、少し強張りが解けてきた。
ゆっくりと根元までねじ込んでいく。
「ひ…っ!…あ…!」
また強張ってしまった躰が痛みに震えている。
折角染まっていた顔も躰も蒼白になり、目尻からこめかみに涙が流れている。

「ロイ、好きだ。オレだよ。エドワードだ。」
なぜだか解らないがオレの口から言葉が洩れた。
「オレを受け容れてるんだ。ほら。息をしろ。」
その途端、きつく閉じていた瞳がゆっくりと開き、オレを認めた。
ふ、と息を吐きゆっくりと呼吸を繰り返しながら躰を緩めていく。

ああ。思い出したな。
変化した呼吸の仕方にどこかでそんなことを思う。
「もう少し慣れるまでこのままでいるから。」
そうだ。こうしてやらなきゃいけなかったんだ。
挿れる前に声を掛けてやればよかった。

オレの形に腔中が馴染むのを待ってから
「そろそろ動かすぞ?」
声を掛けると小さく頷く。

男はずっと瞳を開いてオレを見つめたままだった。
瞬きもしないせいで余計に涙が溢れているようだ。
「なあ。瞬きをしろよ。瞳が痛いだろ?」

言われて初めて気付いたようだ。
何度か長い瞬きを繰り返している。
その度にまたこめかみに涙が伝っていく。
それを見届けてから小さく腰を揺らした。
「…っ!…ぁ…ぅ…っ…!」
まだ苦痛を滲ませるだけの呻き声が漏れる。

焦るな。焦っちゃダメだ。
でも、挿れているだけでは感じないのも事実だ。
オレはゆっくりと少し引いては男の感じるところへと先を当てるように、またゆっくり差し挿れる。

「ん…く…ぅ…っ…」
また指を噛んでいる。
いつからこんなクセがついたんだ?
オレの前でしたことはなかったぞ。
…あれ?オレ、ナニ考えてるんだ?
こいつはこの間もこうしていたのに。

さっきからの違和感はオレが捉える間もなく快感に流されていく。
男のもう片方の手が気になる。
また傷を作りそうで。
ああ。やっぱりそんなに握りしめて。
「指、傷ついちまうぞ?
 ああ。両手ともオレの首に廻せよ。」
手を開かせて首へと廻させる。

「ほら。指噛むなって。声を抑えなくていいから。」
深く付いてしまった歯形にキスをし、舌を匍わせてから同様に首へ廻させた。
「首や肩に爪を立ててもいいから、握りしめるなよ?
 …動くぞ?いいか?」
男が頷くのを待って、安心させるように笑いかけてからまた腰を動かした。

たしか…こう…。
躰が覚えているとおりに引き抜いては突き上げていくが、男の口からは苦しそうな声しかあがらない。
無理もないとは解っているが、もうオレにもこれ以上ゆっくり動かす余裕は残っていなかった。
「悪い。も、我慢できねぇ。
 激しくしてもいいか?
 つらいようならやめるから言ってくれ。」
ダメならこのまま抜いて自分でヌこう。

しかし男の
「大丈夫…だっ!センセ…の好き…に…ッ…!」
涙を溢しながらの赦しに理性が飛んだ。


すぐ、だったと思う。
男が気を失ったのは。
つらい思いをさせた時間は短かっただろうか。
それでも痛くて苦しかっただろう。

男の躰をタオルで拭きながら精神(こころ)の中で謝り続けた。
なんとか男の中に放つのだけは避けられたが、どうしてあんなに激しく責めてしまったんだろう。
どうして責めている間、それでもその動きに悦ぶ男の姿が頭に浮かんでいたんだろう。
こいつは苦痛の悲鳴をあげながらすぐに意識を手放したのに。

「ごめんな。」
幾度となく繰り返した言葉を呟いて男の髪を撫でる。
枕元に洗面器と乾いたタオルは準備してある。
念のために安定剤も用意しようかと思ったがそれはやめた。
まだ話す段階ではないと思ったから。
熱を出すことに備えてパジャマを着せ、背中と胸にはタオルを入れた。

「ごめんな。」
「…なに…が?」
瞳を覚ましたようだ。
オレはすぐに洗面器を手渡す。
男は躰を横向きにオレに背を向け、吐き出した。
オレは黙って男の背中をさすり続けた。


「落ち着いたか?」
うがいをして男が仰向けに横たわる。
「あ…あ。」
声が掠れている。
また喉を焼いてしまったんだろう。
酷く吐くと舌も痙ったようになるしな。

「…ごめんな。酷くしちまって。」
不思議そうな顔を向けられた。
「酷くなど…されていないが?」
「あんた気を失ったじゃないか。
 もっと優しくしなきゃいけなかったのにオレ、我慢できなくて…。
 ごめん。」
男の顔が見られずに俯いてしまう。

「センセイは優しくしてくれたぞ?とてもな。
 激しくしたことを言っているのなら、自分を責めるのはやめてくれたまえ。
 私はそれほどに求められて嬉しかったのだから。」
あんなにつらかったクセに?
「どうしてあんたはそんなに優しいんだよ。」

ああ。オレ涙が出てる。
泣いてるんだ。
まるで他人事のようにそれを感じる。

くすくすと笑う声が聞こえた。
「あ?なに笑って…?」
顔を見ると嬉しそうだ。
「いや…君は変わらないなと思ってな。」
成長がないってことか?
「は?」

「いや。…夢…で見た君が私に同じ言葉を言った。
 私を初めて抱いたときにな。」
ナニを言っているんだ?
夢の話?
…妄想!?

「ああ。小さくて勢いがあって…とても…強くて優しかった…。大きくなっても…君は君なのだな。」
半分寝言のようだ。
このまま眠れるのなら寝かせた方がいいだろう。
「…そうか?」
静かな声で男の話に合わせる。
眠りに落ちるまで、内容が解らないまでも合わせておこうと。
「ああ…私とは違って…。もう私…は…」
後の言葉は聞き取れなかった。
そのまま眠ったようだ。


安定剤を用意しておけばよかったのかも知れない。
男の悲鳴で瞳を覚ました。
「うぁあっ!」
「どうした!?ショチョウ!?」
痛むだろうに躰を激しく捩っている。

腕を掴むと必死に逃げようとする。
「ヤ…!厭だ…!っ…放し…!」
「おい!落ち着け!ロイ!」

「や…やめて…下さい…。もう…無理です…。」
自分の身体を抱きしめるように躰を丸めて震えている。
「ロイ!ロイ!?」
どうしたんだ?
なんの夢を見ているんだ?

震えるまま左目を押さえて泣き始めた。
「エド…」
「ロイ!オレはここにいる!ロイ!」
ダメだ。聞こえてない。

「どうし…私を…いて…。
 もう…きてい…くない…。」
ことり、と躰の力が抜けてそのまま眠った。
いや、気を失ったのか?

口移しにでも安定剤を飲ませた方がいいんだろうか。
夢のない眠りがこいつには必要なんじゃないのか?
しかし、多用してしまっているこいつが何錠飲めば効くのかが解らない。
出来るだけ用量を守らせたいし。
眠れないままに男を見つめていた。

いきなり男の躰が揺れた。
またうなされるのか!?
どう対処すればいいのか解らずに身構えたオレの目の前に、右腕を真っ直ぐ伸ばしてきた。
親指と人差し指、中指の先を強く合わせている。
その形のまま力を込めているらしく段々それが震えだした。
「くっ!」
苦しそうな声をあげて、指先を強く擦り合わせた。

「?」
訳が解らないオレは、その後ぱたりと力が抜けて落ちた手を見つめていた。
ゆ…指ぱっちん?
レストランでウェイターを呼んでいる訳じゃないよな?
こんな苦しげに呼ばれたらウェイターもさぞかしイヤだろう。

その後様子をしばらく見ていたが、うなされる様子は見られなかった。
寝る気にもなれなかったが、明日は男の看病をしなくちゃならない。
オレが疲れた様子を見せる訳にもいかないから、無理にでも寝ておこう。
男に布団を掛け直して横たわると、自分が思っていたよりも早く眠りに落ちた。




Act.19

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.19
「遊 脇道」Act.19
08.12.23up
「ん…。」
オレに抱きついて眠っている男が身動いで、オレは瞳を覚ました。
懐いてくるモノを無意識に抱きしめるのはオレの長男気質だ。
小さい頃、随分アルのことも抱きしめて眠った。

縋るように抱きついて眠る男がどこか傷ついて見えるとこの間思ったが、本当に傷を抱えているんだな。
「ナニが有ったんだよ?あんたにさ。」
起こさないようにそっと小さく呟く。

若くして税務署長になった順風満帆に見えるこいつの人生。
…もしかして、小さい頃親に虐待されていたとか?
いや、この贅沢に慣れた甘えたっぷりを見る限りそれはないな。
こいつは家族にかわいがられて育った末っ子か一人っ子だろう。

じゃあもっと育ってから、学校で?
こいつの余裕な顔からするとそれも考えにくいな。
絶対生徒会長とかやって、そのくせ裏では遊んでいる学生だったに違いない。
女生徒にモテてさ。

…考えてみるとムカツク男だな。
オレに甘える顔を知らなければ余裕綽々で欠点がないように見える。
その辺りでムカついた誰かにボコボコにされたとか?
いや、こいつ躰を鍛えてるんだった。
返り討ちでボコボコにされそうだ。

じゃいつナニをされたんだ?
就職してからはねぇよな。
軍隊じゃあるまいし、税務署はただの頭脳系公務員の集まりだ。
さっさと出世しちまってたんだし。

「うーん。」
オレが抱いた日に
『やめて下さい。』と魘されてる。
(まだ2回しかないけど。)
誰かに襲われたことがある?
「ははは。ないない。こいつに限って。」
大体オレが初めてだしな。こいつ。

…だよな?
オレ以外にはノーマルって言ってたし、このつらそうな様子はそうだよな?
オレがそう言ったときも否定しなかったし。
うん。それはあり得ないな。

まあ、オレの想像の及ばないことを体験したんだろう。
オレよりずっと人生経験があるんだから。
いつか話してくれるだろうか。
少しでもオレに支えさせてくれないだろうか。
「大切なんだよ。あんたがさ。」

「ん…。エド…?」
起きたのかと顔を覗くと寝言のようだ。
「ん。オレだ。エドワードだ。
オレはずっと側にいるよ。」
魘される前にと耳元に囁きかけると、眠ったまま嬉しそうに笑った。
「ん…エドワード…愛してる…。」

オレの頬に頬を擦り寄せていっそう強く抱きついてくる。
「ああ。オレも好きだよ。
抱いてるから安心して眠れ。」
オレも起こさない程度に強く抱きしめる。
「ん…。」

無意識ですら愛されているのを実感できるな。
寝ているときだけ名前を呼ぶのが気になるが。
…もしかして名前を呼ぶのも恥ずかしいとか?
ツラの皮が厚いかと思うとヘンなトコで恥ずかしがるからな。
ま、抱いてるときに言葉で煽られてる様子がかわいくて好きだけど。

男が再び深い眠りに落ちたのを確認して、オレはショウガ湯を作りにそっとベッドを出た。
枕元に男の携帯とメモを置いて。

オニオングラタンスープだけじゃ、野菜が足りない。
根菜でも刻んでスープに入れようかな。
しかし余計なモノを入れない方が男にはいいのかも知れない。
あんなにオニオングラタンスープが好きだとは思わなかった。
ああ、オムレツに沢山野菜を刻んで入れよう。

…起きてから薬を飲みに行くかも知れないな。
少しでも歩く距離を短くできるよう、枕元に水を置いておいた方がいいな。
それとも薬も置いておこうか。

オレはこいつがどんな過去を抱えていても、どんな傷を持っていても見捨てたりはしない。
支えきれるかどうかは解らないが、せめて2人で抱えて生きたい。
こいつと幸福になりたい。

薬を飲んで安定したところで相談しようか。
いや、熱が下がってからの方がいいかな。
今日はやめておこうか。
でも、この躰で薬を飲みに歩いて行くのはつらいだろう。
うーん。どうしよう。

結論が出ないままに野菜の下ごしらえを済ませ、ショウガ湯を手に寝室に戻った。
額に手を当てるとやはり発熱している。
こんなに抱く度に熱を出すんじゃ、世の中のホモの人達は大変だな。
まさかこれからずっと熱を出し続けるのかな。
それとも慣れてくれば出さなくなるのかな。

洗面器に氷水を張りにキッチンへ戻った。
がらがらと氷を洗面器に入れていると携帯が鳴った。
「起きたか?」
なるべく痛む喉を使わせないようにオレから言葉を掛ける。
「ん。」
「すぐ戻るから待ってろ。」
電子レンジで熱い濡れタオルを作り、洗面器を持って寝室へ戻った。

「先ずは躰を拭いてタオルを替えような?」
こくりと頷き、男は大人しくされるがままになっている。
氷枕を敷いて額に冷たいタオルを置いてからショウガ湯を飲ませる。
また一口ずつ唇で温度を見ながら。

今度はあらかじめキッチンの見える位置にソファを移動させておいた。
学習能力って大事だよな。
こいつが大人しくベッドにいるはずもなく、まあオレにも一日寝ていれば夜には熱が下がると解っているから、ショウガ湯を飲ませ終えると男をリビングのソファに寝かせた。
いつこいつが薬を飲むのかが計り切れてはいなかったんだが。

「今日は年始の保存食を作るんだ。」
オニオングラタンスープと野菜たっぷりのオムレツを食べ終えた男に言うと
「?」
不思議そうな顔をされた。
そうか。こいつの家は年始の挨拶で忙しくなるから保存食を作っておこうという庶民じゃなかった訳だ。
家にお抱えのシェフがいるような階層の家庭だったんだろう。

「年始になると人が挨拶に来たり、自分が挨拶に行ったりするだろ?
 その度に客の相手をしながら料理を作るのは大変だから、正月には保存食を作ってもてなしたり自分がいない間の子供の食事を賄ったりするんだよ。
 まあ、挨拶とかが無くても、主婦が正月くらい楽に過ごすために保存食をあらかじめ作っておくって意味もあるんだろうけどな。」
なんとなく納得したようだ。
面白そうに
「作るところを見たい。」
まだ少し掠れた声で言う。

「ソファから見えるだろ?オレはキッチンにいるから。」
しかし男は
「手元まで見えない。私もキッチンに行く。」
と言い張る。
熱あんだから寝てろよ!
ったく!
とは思いながらも何とかしてやりたいと思う辺り、オレも大概こいつに甘いよな。

男の躰を毛布でくるみ、ダイニングの椅子に座らせた。
イモムシちうか、ミノムシ状態だ。
その隣に座って一つ一つ説明しながら食材を処理していく。
加熱するときにはガス台(っていうのか?IHコンロでも。)に椅子を近づけて。

「どうしてそんなに砂糖を入れるんだ?」
栗の甘煮を作っていると疑問をぶつけてくる。
「砂糖を多く入れると腐りにくくなるんだよ。塩も同様だ。
 こうやって栗を甘く煮ておくと、そのまま食べる以外にもスポンジに入れてマロンケーキにしたり、潰してマロンクリームを作ったり出来るだろ?
 クレープにマロンクリームとアイスを挟んだのは美味いぞ?」

教えてやると栗は好きだったらしい。
「そのクレープが食べたい。」
子供のような口調で言う。
「ん。じゃ、後でこれを使って作ってやるからな。」
嬉しそうに頷くのがもうかわいくてたまらん。

「塩を沢山付けるのも同じ理由なんだな?」
栗を煮終わって、今度は豚肉にたっぷりの塩をしてパンチェッタ(生ベーコン)を作っているオレに言う。
「そうだ。これはちょっと時間が掛かるけど、あんたの好きなベーコンの生肉版だ。
 食べられるようになるまでに一ヶ月掛かるから年始には間に合わないけど、その後楽しめるからな。」
パンチェッタを使った料理の説明をすると楽しそうに聞いている。
特にカルボナーラが好きなんだそうだ。
…とことん野菜を避ける嗜好だな。
早死にするぞ?

その後、ふわふわなケーキも食べたいとヌかす男の為にシフォンケーキを作っていると、どうして砂糖をメレンゲにも入れるのかと聞いてきた。
「どこに入れても甘さは変わらないだろう?
 どうして混ぜている粉の方に全部入れないのだね?」
真剣に問う様子がホントに子供のようだ。

「砂糖には立てた泡を潰さない働きがあるんだ。
 だから卵の白身を泡立てるときに砂糖を入れると、その泡がつぶれにくくなる。
 その空気の泡でケーキが膨らむんだ。
 クレーム・タータを使う方が確実だけどな?」
素人さんはクレーム・タータ(酒石酸水素カリウム、いわゆる酒石酸)を入れた方が泡が安定するんだろうが、オレ様には不要だぜ。
どれだけのケーキを今まで焼いてきたと思うんだ?

「クレーム・タータとは?」
あんたさぁ。自分で作る気も無いだろうに、どうして自分の疑問をとことん追求したがるかな。
ああ。オレ、恋人と過ごしてるっつぅより今、子供を育ててる気分だよ。
クレーム・タータの説明をしつつも溜め息が出る。

しかしこいつは結構甘いモンが好きなんだな。
なんか意外だ。
「今日の昼…はさっきで済んだか。
 夕メシはなにが喰いたい?
 あ、クレープやケーキじゃダメだぞ?」
問うオレに男は
「君が作ってくれるものならなんでもいい。
 …それよりセンセイ?」
オレに手を伸ばしてくる。

それを絡み取って
「ん?なんだ?」
と問えば
「今日も抱いて…くれるかね?」
無茶な問いかけをしてくる。
「あ?あんた昨日抱いただけで今日熱出して。
 まだ熱が引いてないだろ?」

このこいつの無謀なまでにオレを求める様ってなんなわけ?
いや、嬉しいけどさ。
めちゃ嬉しくて下半身が暴走しそうになるけどさ。
…それでも大切にしたいから、もっとゆっくりあんたを知って愛したいんだよ。




Act.20

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.20
「遊 脇道」Act.20
08.12.23up
「もう一眠りしろよ。」
シフォンケーキとマロンアイスのクレープを平らげて満足げな男に言う。
目の前に置いたときの感激っぷりはそりゃあすごかった。
ま、盛りつけにはオレも凝ったけどさ。
そんなに喜んでくれるんならまた作ってやろうって気になるモンだ。

しかし朝目覚めるのが遅かったとはいえ、熱が有るんだから眠った方がいい。
額に手を当ててみるともうほとんど下がってはいるが。
この前よりも熱が下がるのが早い。
この分だと慣れれば熱は出さなくなりそうだ。
よかった。
これからずっと週末しか抱けないかと思ったよ。

「ん。」
まだ胸から下がミノムシ状態で肩にガウンを掛けた男が素直に返事をする。
「どこで寝る?ベッド行くか?」
「センセイは?」
あー。独りじゃベッドには行かないよな。
オレも心配だし。

「まだ片付けも保存食の用意もあるしな。
 じゃソファで寝てるか?」
「ああ。」
ゆっくりとだが独りで椅子から立ち上がる。
うん。歩けるようになるのもこの前より早いな。
多少無茶でも抱かれなければ慣れないというのは一理あるようだ。
無理はさせたくないけどな。

トイレに行ってくると言って男がリビングを出て行った。
安定剤を飲みに言ったんだろう。
明日熱が引いたら(もうほどんど引いているが)話をしよう。

戻ってソファに横たわった男に毛布を掛け直し、ぽんぽんとゆっくりしたテンポで肩を叩く。
「気持ちいい。」
目を細めて笑う。
そうだろ、そうだろ。
子供はこういうのが好きなんだよ。
「ん。こうしててやるから寝ろ?」
「ん…。」

「子守歌でも歌ってやろうか?」
冗談だったのに
「是非聞きたいな。」
微笑んで言われたら仕方がない。
母さんが小さい頃よく歌ってくれた子守歌を小さな声で歌った。

ああ、子守歌ってのは眠る相手が良い夢を見るようにと祈って歌うモノなんだな。
ふとそう思った。
歌を聞いて、幸福な夢を見て貰いたいと精神から願いながらオレは男が眠るまで子守歌を歌い続けた。


食器を洗い、保存食も用意が終わった。
手を拭きながらオレはソファで眠る男の様子を見る。
ぐっすり眠っているようだ。
さっき薬を飲んだんだろうし、この分だとまた夜まで瞳を覚まさないだろう。

ふとベランダに続く窓を見ると雨が降っていた。
今日は冷える。
雪に変わるかも知れない。
これ以上具合が悪くならないようにとヒーターを強め、もう一枚毛布を男に掛けた。
時間の余ったオレは宝の山から会計の本を持ってきて読むことにした。


どの分野の本でも同様なんだろうが、会計の本では特に、以前に書かれた本の一部を引用して説明をすることが多い。
経済の状況が変われば会計の方法や表記も変わる。
その変化の流れに沿って会計を読み解いて行くことが主題の会計本には、特に古い会計本の記述の引用が多くなる。

会計本を読んで理解していく楽しみは、その本が書かれた時点の会計のあり方と表記方法を理解し、更にその引用元を読んでそれ以前の会計のあり方等の理解へ、とどんどん深く潜って行くことなんだ。
平たく言うと、引用元の本へと遡りそれを読んで、更にそこに書いてある引用元の本を読んでいくのがディープな理解と楽しみを産む。

通常ではそんな贅沢は出来ないが、きっとこの男の蔵書なら可能だろう。
オレは興味のあるテーマの内、以前読んだことのある一冊の本を書庫から持ってきた。
本を開きその引用部分を探す。

あった。
しかも引用部分には男の字で引用元とこの作者のとらえ方の違いが書き込んである。
やっぱり引用元の本もここの家にあるんだ。
オレはワクワクしてまた書庫へ向かった。

やっぱりある。
しかもその本を開いて引用部分を探すと、更にその引用元の本もその隣にあった。
どちらにも男の字で解釈や男自身の考え方などが書き込んである。
たまらん!

本への書き込みは既に男に了承を取ってある。
しかしただ書き込んで疑問や自分の解釈を持つだけではつまらない。
これについて男と議論をしたらどんなに楽しいだろう。
オレは自分の部屋からポストイットとシャープペン、赤ペンを持って書庫へ戻った。

一番後に書かれた本を先ず読んで、疑問点をポストイットに書き込んでそのページに貼る。
男はどんな解釈を持ち出すんだろう。
オレはこう思うけど、と自分の解釈を確立しながら読み進んでいく。

ああ、これをノートにまとめたいな。
また部屋からレポートパッドを持ち込んで自分の理論を構築する図を書いていく。
それ以前に書かれた本の記述も後から書き込めるようにかなりの余白を空けて。

一冊の本に引用されている本はもちろん一冊ではない。
その引用元も並べて書いておくと解釈が更に楽しくなるだろう。
オレは別のレポートパッドの一番上に本のタイトル、それからテーマ毎に引用されている本の名前を書き並べていった。
こうすれば遡って読むのも効率いいだろうしな。

読んで理解しながら、疑問点や自分の解釈と違う点をポストイットに書いて貼る。
そこには大概男が既に書き込みをしているので、それに感心したり更なる疑問を持ったりしながら。

オレは夢中になっていた。
何冊も平行して読み、更に読めば読むほど手に取る本は増えていくので書庫の入り口にあるテーブルに運ぶのも面倒で、本棚の前に座り込んで作業に熱中した。


ふと何冊目かのテーマをまとめ終わって息をついたとき、玄関の方で物音がしたことに気付いた。
あれ?
男が起きたのかな?
なんで玄関?(書庫とオレの部屋は玄関の隣だ。)

本を並べ直して玄関へ向かう。
「!?」
そこにはずぶ濡れの男が息を切らして立っていた。

「どうし…」
「センセイ!どこにいたんだ!?」
靴を脱ぐのももどかしそうに放り投げるように脱ぎ捨て、抱きついてくる。
冷たい。躰が冷え切っている。

「どこって、オレは書庫にいたよ?」
「いなかった!声を掛けても返事がなかった!!」
しまった!
オレは本に集中すると声を掛けられても気が付かない。
きっとオレには男の声が聞こえていなかったんだろう。

オレが座り込んでた本棚は、書庫の入り口からは見えない位置だったんだ。
男は書庫のテーブルにオレがいなくて返事もないから、いないと思ってしまったんだろう。

男はジーンズにシャツとカーディガンを羽織っているだけだ。
雪になりそうだっていうのに。
まだ息が荒い。
走ってきたようだ。

「あんたどこに行ってたんだ?」
こんなずぶ濡れでは風邪をひいてしまう。
とにかく風呂に入れなくちゃ。
「また事務所にいるのかと…事務所まで探しに行っていた。
 携帯にも出ないし…。」
携帯はマナーモードのままキッチンに置きっぱなしだったな。

「悪かった。本に夢中になってたんだ。
 とにかく風呂に入れ。このままじゃ風邪ひいちまう。」
男は震えたままオレに抱きついて離れない。
「厭だ!離れたくない!センセイはきっとまたどこかに行ってしまう!」
泣いているんだろうか?
オレの肩に顔を埋めているので解らないが、こいつは安定剤を飲んだんじゃ無かったのか?
この取り乱しぶりは普通じゃない。

「オレはどこにも行かないよ。ほら、こんなに躰が冷えて。
 な、風呂に入って温まんないと肺炎を起こすぞ?」
背中を軽く叩いて宥めるが聞こうとしない。
「寒くない!」
あー。走ってきたからな。
そうかもな。

「そうか。でもな、実際あんたの躰は冷えていて、それに抱きつかれてるオレは寒いんだ。
 風呂に入ろうな?」
「いやだ!」
あー、もう。
仕方がねぇな。
「オレと一緒でも?躰を洗ってやる。ついでにキスも付けるぞ?」
「センセイ。早く行こう。」
変わり身、早!
男に手を引かれる形で風呂に向かう。
まあ、いいけどさ。
肺炎になられるよりは。

風呂が溜まるまで待つ訳には行かない。
男を湯船に座らせて、湯を溜めながらシャワーで男の躰を温める。
「なあ。オレが悪かった。
 本に夢中になって、あんたの声が聞こえなかったんだ。
 ごめんな。」

書庫に行く時点でメモを置いておくべきだったんだ。
オレは自分の迂闊さを呪った。
ほとんど下がっていたとはいえ、熱のあった人間を真冬の雨に打たれさせてしまった。
(今頃は雪になっているかも知れない。)
これで具合が悪化してしまったらどうしよう?

「ん…。怖かった…。センセイがいなくて…。」
ああ、やっぱり泣かせちまったな。
涙を零す男の冷たく濡れてしまった髪にもシャワーを当てながら、オレは謝り続けた。

「センセイ、熱いよ。」
ようやく泣きやめた男がシャワーの湯に文句を言う。
「湯は適温だ。だからあんたの躰が冷えてるんだって。」
ぶるり、と男の躰が震えた。
湯に触れて自分の躰が冷えてることをやっと自覚したらしい。
「寒い…。」
「そうだろ?ほら、肩も温めないと。」

蒼白になった躰はシャワーで温めるとそこが薄紅く染まる。
放り出した手も溜まり掛かった湯のせいで、指先がやはり薄紅く染まってる。
それは扇情的な眺めだった。

! ヤヴァい!
オレは下肢に血が集まるのを感じた。
バレただろうかと男の顔を見やると濡れた瞳で見つめてくる。
これは…。
「センセイ…もっと暖めて…。」
腕を伸ばしてオレの首に廻す。
「温めてるだろ?ほら、腕も寒いんならシャワー掛けるから。」
誤魔化してるのがバレバレなんだろうな。
つか、そう言う意味で言ってるんじゃないのはオレも解ってる。
けどさ、今日熱出したばっかだよな?
ここで無理をさせる訳には行かない。

「…抱いてくれたまえ。…センセイ。」
だからダメだって!
「躰に無理を掛ける訳に行かないだろ?」
あ、ちょっと声が裏返っちゃった。
「明日も休みだ。困ることはない。」
どうしてそんなとこだけ冷静かな?
「昨日も抱いたばっかりだろ?」
いや、抱きたいのは山々だけど。

腕の力を緩めてオレの瞳を濡れた瞳が捉える。
「欲しい…ナカが疼くんだ…。」
嘘付け。と思いながらもその言葉はオレの理性に快心の一撃を食らわした。

「あ?まだ感じないクセに…ナニ言って…。」
ああ。声に力がないよ。オレ。
「本当だ。センセイが欲しくて疼いてる。
 …確かめてみればいい。」

ダメです。限界です。
しかも風呂場なら持ってこなくても洗面器有るしな、とかどっかで考えちゃってます。

「オレ、あんたが大切なんだよ。無理をさせたくない。」
あ、今棒読みでしたかね?オレ。
と思う間もなくオレのモノに男が手を添え舌を匍わせてきた。
「っ! やめろって!」
もう充分勃ってるっつの!
も、ホントにダメだ。

「大丈夫…なのか?」
こいつに聞いてもムダだとは知りつつ聞いてしまう。
「大丈夫だ。」
だからそんなとこだけしっかりしててどうするのよ?

「ここには潤滑剤もないぜ?」
解さなきゃ入らないだろ?
「コンディショナーでも使えばいい。」
臨機応変な方デスネ。

「そんなんナカに入れたら後で困るだろ?」
「洗えばいい。後処理は自分でするから。」
さらりと言われたけど、結構衝撃発言デス。
後処理ってナンデスカ?
しかし無言で渡されたコンディショナーを指に絡めた時点で、オレは自分に負けたと知った。


「…ぅ…。」
ほら、そんな苦痛に満ちた声をあげるクセに。
だからといってそれが自分を押し留めないことに少し罪悪感を抱いた。
しかし昨日も抱いたせいで解れるのが早い。
もう3本の指は男の中で自在に動いている。
しかし腰に負担が掛かるよな。
今日もこの前も腰が痛そうな様子だったし。
まして昨日抱いたばっかだしな。

指を受け容れていた男を、バスタブの外で縁に手を添えさせて腰を上げると
「後ろ向きでは厭だ。」
文句を言われた。
「この方が腰に負担がないだろ?」
そう思ったんだが、オレ間違ってる?

「顔が見えないのは厭だ。」
だってあんた、ほとんど瞳を閉じてるじゃん?
「なんで?」
「…センセイに抱かれていると解らないのは厭なんだ。」
はあ!?
この状況でオレ以外に抱くヤツがいるとでも?

「オレしかいないだろ?」
聞くとしばらく返事が返ってこない。
「…それでも。
 …私を抱いているのがセンセイなのだと確認出来ないのは厭だ。」

うーん。どうしよう。
無理をさせたくないが、男の希望も無下にしたくはない。
「じゃあさ、ずっと声を掛けるのはどうだ?
 オレが抱いてるって解るように。」

また少し考えているようだった。
「ずっと?」
確認するような声がする。
「ああ。ずっと。オレがあんたの名前を呼んでいれば、オレが抱いてるって解るだろ?」
「…ん。それなら。」
納得してくれたようだ。

「じゃ、挿れるぞ?」
「ん…。」
ああ、背中までこの男は綺麗なんだな。
この背中にも所有痕を付けたい。
そんなことを思いながらオレは男の後孔に自分のモノを突き立てた。

「っ!…ふ…ぅ…」
それでも今までよりは苦痛が少ないのか、バスタブの縁を握りしめる手には力が入っているが、躰の強張りは少ないように感じる。
「ロイ。オレだ。エドワードだ。
 あんたは今オレを受け容れてんだよ?」
楽になる呼吸をして欲しくて声を掛けた。

「ん…ぁ…セン…」
ああ、ちゃんと躰を緩められたな。
「イイコだ…ロイ…。もう少しで最後まで入るぞ?」
「ん…。」
更に挿れ易いように躰を緩めて腰を上げてくる。
「ロイ…ロイ…!」
それでもキツイ腔中がオレを包んで締め上げた。

「あ…いいよ…。ロイ。すげえ気持ちいい。」
「ん…。ぁ…。」
言葉に煽られたのか男の腰が揺れた。
「ほら。根元まであんたんナカに入った。」
「ん…。っ…センセイ…!」
「も、寒くないか?」
「…ん。」

最後まで挿れて、しばらく男がオレの形に慣れるまで時間を置く。
その間にも何度も声を強請られ、その度に男の名を呼んだ。
オレの声を聞いて、更に躰が緩むのが嬉しい。

「動くぞ?いいか?」
オレの声に、まだ痛みしかないだろう男が頷く。
男が欲しがるまま何度も声を掛けながら、始めは緩やかに腰を動かす。

しかし思ったよりも激しくなってしまった律動に、苦痛の声をあげまいと男はまた指を噛んでいる。
その仕種はどうも戴けない。
「指を噛むな。傷になる。」
荒くなった息で告げて、その手を口から離して指を絡ませた。

「…っ!…は…ぁ…」
強張っていた躰が、繰り返すオレの動きに少しずつ変化した。
「?」
少し動きを止めてみると男のナカがオレを誘うように蠢いている。
今まで以上の快感がオレを襲った。

「…センセイ…もっと…。」
声に誘われるまままた腰を進めると男が躰を捩らせる。
「ん…ぁ…。ふ…。」
これはもしかして?
「な…あ。感じて…る?」
少しの間を置いて
「ん…。」
男が頷く。

うわあ。すげえ嬉しい。
自分だけじゃなくて相手も感じてるって、こんなに嬉しいモンだったっけ?
「あ…センセイ…声を…聞かせ…」
「ああ。ロイ。いいよ…。ロイ…。」
最早譫言のような声をあげてオレも夢中で男を突き上げた。
初めて交わっているときに勃ち上がった男のモノを扱きながら。

「ん…っ!センセイ…も…」
促されるまでもなく、オレもそろそろ限界だ。
男のモノを更に激しく扱いて奥まで突き上げるとびくびくと躰を痙攣させ、先に男が果てた。
その反応でナカが締め付けられ、オレもほぼ同時に達した。


「あ!」
しばらく2人で荒い息を吐いていたが、オレは突如として我に返った。
「センセイ…?どう…」
「ごめん!ごめんな!オレ、ナカに出しちまった!」
『優しいからされたことがない。』と言ってくれてたのに。
ああ。自己嫌悪。orz

「ああ…そんなことか。気にしないでくれたまえ。
 後処理で出せばいいのだから。」
こともなげに言うけど、それって?
「あ…後処理って?」
「ん?先程のコンディショナーと一緒にセンセイのを出せばいいだけだろう?
 それに私はセンセイのを受け止めたのは嬉しいぞ。
 …すまないが、センセイ。洗面器を取ってくれるか?」
感じるようになれば吐かないかと思ったんだが、そうでもないようだ。
男は受け取るなり吐き始めた。

「…ごめんな。」
背中をさすりながら応えられないと知っても言ってしまう。
それでも食事の前だったせいか、苦痛が少なかったのか吐く量は少なかったようだ。
吐き終わった男に
「大したことはない。気にしないでくれたまえ。」
と逆に頭を撫でられてしまった。

『後処理』をすると言う男にオレは風呂場を追い出された。
見られたくないそうだ。
オレも不甲斐ないと自分でも思うが、見たくはない。

しばらくしてベッドに来て落ち着いた男が
「…思ったより早かったな。」
オレに言うともなく呟いた。
「あ?ナニが?」
聞き返すと
「ああ。…慣れて感じるのがだ。
女性でも3回目で感じることは少ないだろう?」
曖昧な笑いを浮かべている。
そう言うモノなんだろうか?
オレは慣れている女性しか抱いたことが無かったから解らない。

「そう言うモンか?」
「いや、私にもよく解らないがな。
 これはセンセイと私の躰の相性がいいということではないか?」
嬉しそうに言う。
ま、オレも嬉しいけどさ。
照れるっての。

「そりゃ、よかった。
 慣れてくれればオレも嬉しいよ。
 明日は熱を出さないといいな。」
瞳を逸らしながら言うと
「吐く量も少なくて済んだし。
 もう大丈夫ではないか?」
軽く男は応えたが、翌日また熱を出されオレ達は同じような一日を過ごした。(それでもオレは行く先をメモにするのを忘れなかった。)

翌日に変わったことと言えば、オレを探しに男が外に出なかったことと、書庫にいるというメモを残したオレがトイレに行っている間に男が瞳を覚ましてしまったことだ。
「センセイ!」
切羽詰まった声がトイレにいるオレに聞こえた。

しまった!
それに気付いたオレはトイレのドアを内側から叩きつつ
「おい!ここにいる!」
と叫んだ。

「センセイ?」
「ああ、トイレにいる。」
安心させるように言うと、
「本当に?本当にそこにいるのか?ドアを開けてくれないか?」
と聞いてくる。
いや、ヤだよ。
トイレのドアを開けるのはさ。

「ここにいるって。安心しろ。」
と告げると
「せめてずっと声を聞かせて欲しい。」
泣きそうな声で言われてしまった。
どう…どうしよう?
「い…一番、エドワード・エルリック、歌います!」
仕方がないのでオレはトイレにいる間、歌を歌い続けた。

…その後、オレはトイレにいる間中歌うクセがついてしまい、後日事務所で同様に歌っていたらアルにヘンな顔をされてしまった。

その日は結局、安定剤について話をすることは出来なかった。





Act.21

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.21
「遊 脇道」Act.21
08.12.23up
元旦は実家に挨拶に行くことにしたので、大晦日のその日は男を抱かないことにした。
まだ翌日熱を出すからだ。
それでも昼過ぎには熱が引き、オレと男は会計について議論しあった。
やはり男の知識は深く新しい。
最新の会計理論について疎いオレは夢中で疑問をぶつけ、解釈を再構築した。
間に食事を挟みながらも時間はあっと言う間に過ぎて深夜まで話は及んだ。
そうしている間は落ち着いていて、いつもの男そのままだった。

「そろそろ寝るか。」
まだ病み上がりの男をもう寝かさなくては。
「ん。…今日は抱いてくれないのか?」
オレの頬に掌をあてて言う。
「明日出掛けるんだからダメだって。」
だからその甘えた瞳はヤメロ。
その妖艶な誘い顔も!

「もう大丈夫かも知れないじゃないか。」
「あんた昨日もそう言って今日熱出しただろ?」
「…センセイ。どうしても?」
オレの首筋に頬を擦り寄せてくる。
全くこの艶麗な黒猫は甘え上手だ。
しかし今日はマズい。
挨拶に行くのに、また熱を出させたと知ったらアルがなんて言うか。

「な。口でしてやるから。」
囁いて胸元に手を匍わすと小さく吐息が漏れる。
とりあえず最後までしなきゃいいんだよな。
…大概オレも好きだなー。
ヤリたい盛りは過ぎたと思っていたが。
つか淡泊だったのに。

こいつの喘ぎ声も感じてる表情も、そしてこの躰もオレを虜にする。
それどころじゃないのかも知れない。
もうこいつじゃないときっとオレは満足できない。
他の人間なんかいらない。

『オレ以外の人間はどうでもいい。』と言うこの男も同様に思っていてくれるのだろうか?
こいつのオレを失うことへの恐怖が少し解った気がする。
オレもこいつを手放したくない。
無くしたくない。
この男ほどの異常な恐怖感はないが。

男の躰に触れながら想いを伝えたくて、所有の痕を付けたいと昨日思った背中に吸い付きながら
「ロイ…好きだ。
 あんたをもう放さないからな…。」
何度も告げる。
その度に躰を震わせながら
「センセイ…愛してる…。」
嬉しそうに応えてくる。
ああ。ホントにたまらん。

腰骨に強く吸い付くと、躰を痙攣させながら逃げるように捩る。
ここが弱いのかな?
もう一度蹟を付けようと脇腹に手を添えるとびくり、と大きく揺れた。
「…っ!そこは触るなッ!」
おお?
弱点はこっち?

「脇腹弱いの?」
「…。」
ナニも応えない。
「おーい?」
つ、と脇腹に指先を滑らすとまた面白いようにびくんと躰が跳ねる。
「触るなと…ッ!」
勢い良く躰を反転させてオレの方を向いた。

「そこは…気持ちいいんじゃない。…触らないでくれ。」
それでも瞳を逸らしているのは何故なんだろう?
ウソでも照れてるわけでもないよな?
「ん…。ごめんな。」
今度言うことを聞かなかったらここを使おう。
と思ったのはナイショだ。

オレは動きを止め、なんだかワケアリそうな脇腹を見ていた。
他と同様に肌の肌理が細かい。
きっと強く吸い上げたら花弁のような所有痕が付くだろう。
白い綺麗な肌。
白い肌…白い…白く…無いはずだよな?
左の脇腹は…。
もっと…。
苛烈な…。
「…傷?…違うな…ケロイド…?」
突然脳裏に浮かんだ酷い火傷のような痕…。

「センセイ!?」
意識が沈み込んでいたオレは男の声で我に返った。
「あ?悪ぃ。なに?」
「今、なんと言ったんだ?」
オレを凝視している。
「は?オレ…なんか言ったっけ?」
「私の…脇腹を見て…今何を言った?」

? そういえば何か呟いた気がする。
「あー?なんだっけ?
 …あんたの脇腹も肌が綺麗だな、と思って…。」
うー?
なんか違和感を覚えたような…。

「んー。ごめん。思い出せない。」
ただ…なんだか大切な場所だと思ったような…。
「…そうか。」
なんだか気落ちしたように男の躰から力が抜ける。
「どうかしたか?」
また視線を逸らした様子が気になって聞く。

「いや…。なんでもないんだ。」
ふと視線をあげてオレを見つめた。
「センセイも感じてくれたまえ。」
ベッドの上に座り込んでいたオレのモノに手と舌を匍わせてくる。

相変わらず感じる。
どうしてこんなにフェラが巧いのかなー?
オレが初めてだってのに。
大体研究ってどこでどうやってきたんだ?

しかし交互にするよりはいっぺんにやった方が効率よくねぇか?
「な…あ?」
「…ん?」
うあ。咥えたまましゃべるな。
…余計感じる。

「オレ、上になるからさ。あんたのもしてやるよ。」
いわゆる69ってヤツ?
その方が早く男を寝かせられるし、いいと思ったんだが。
顔を上げた男は
「厭だ。」
あっさり退ける。
「なんで?いっぺんにやった方が早く終わるぜ?
 あんた今日も熱あったんだから早く寝ろよ。」

お?
ナニむっとしてんだ?
「厭だ。
 気を逸らさずにセンセイをきちんと感じさせたいし、センセイがしてくれるときはそれを堪能したい。
 じっくりと全てでセンセイを感じたいんだ。
 だからいっぺんになんて厭だ。」
うん。
かわいい。
このまま押し倒して抱きたくなっちゃったぞ?
それは出来ないけどな。

「あー。ごめんな。
 オレあんたを早く寝かせたくてさ。
 うん。そうだよな。オレもあんたをちゃんと感じたいわ。」
ごめん、と頭を下げると微笑んでくれた。
「センセイは私の躰を心配してくれたんだな。
 ありがとう。」
「いや、オレこそやっつけ仕事みたいな言い方して悪かった。
 じゃあ、オレにしてるトコ見せて?」
ベッドの端に座って床に脚をおろす。
男は床に座ってオレの脚の間に躰を入れた。

「ん…。」
いつもの嫌味で口達者な様子とは異なり、ベッドでは従順な男がオレの言葉通り顔を上げ気味に見せながらオレのモノに改めて舌を匍わせる。
紅いなまめかしい舌が茎に絡み、それが裏筋を舐め上げるとオレの呼吸はあがった。
それに気付いた男は陶然とした笑みを浮かべて、尖らせた舌先でオレの先端を差し込むように突いてくる。

「…は!」
くちゅり、と音を立ててオレのモノを咥えるその表情は艶めかしくて。
あー。もうイきそう。
こいつ巧すぎ。
うっとりとでも言いたげな表情でオレのモノを咥えて時折
「…ん…」
と甘い声を出す。

野郎のモンを咥えて感じられるのか?
いや、オレはこいつのならこいつがかわいいし、好きだし、むー。
しかし男のレベルはそんなんじゃない気がするな。

「…ぁっ!もう…。」
こいつにされるとどうも早くイっちまうな。
もうこいつが口を離すとも思わないので、そのまま口腔に放った。
イってからも最後まで絞るように何度も根元から先まで唇で扱かれる。
ようやく口を離した男が音を立てて飲み込み、咳をしながらも嬉しそうに笑った。

「あー。すんげぇ気持ち良かったよ。」
くしゃくしゃと男の髪をかき混ぜる。
「それはよかった。」
まだ咳をしている男に
「今度はあんたがここに座れよ。」
ベッドの端をぽんぽんと叩く。
「ん。」
促されるまま男が座る。
オレは男と同じように床に座って男のモノに手を添えた。

「あんたほど巧くないけどな?」
ニカッと笑ってみせると
「センセイが触れてくれるのだからいつもとても感じるよ。」
頬にそっと掌で触れてくる。
「ん。」
オレは男と同じように顔を上げ気味にして、一つ微笑んでから視線を合わせたまま舌を根元から先まで沿わせた。

「…ふっ!」
男が急に口を掌で押さえた。
その顔は真っ紅だ。
「あ?どう…。」
したのかと聞こうとしたら
「センセイ…そんな顔を見せられては…。」
はあ?

「あんたオレが咥えてんの、見たことあるよな?」
「ああ…。しかしそんな妖艶に微笑まれると…。」
ヨーエン?オレの笑いが?

「あんた、全身でオレを感じたいって言ってなかったか?
 視覚は要らないのかよ?」
「いや…。要る。要るが…。」
こいつ、自分がどれだけ婉然と微笑むかは解ってないのか?

「ああん?煽られたか?」
にやりと笑って言ってやる。
「ああ…。煽られて…欲しく…なった。」
「いや、ダメだって。」
「センセイ…?」
男の掌が頬に添えられ
「抱いて…欲しい…。
 疼いて…仕方がないんだ…。
 どうしてもダメか?」
濡れた瞳がオレを見つめる。
あ、オレ墓穴掘ったわ。
煽られたのはオレだ。

すんません!
結局我慢できなくて抱いちゃいました!


翌朝、オレは実家に電話を掛けた。
「悪い。今日午後2時頃行く。」
「ふぅん。午前中に来るって言ってたのにねぇ。」
どうしてアルが電話に出るんだよ!?
いや、母さんに突っ込まれてもかなりイヤかも。
「ま、無理をさせないようにね。
 どうしてもダメなら明日でも良いんだから。」
「いや、午後には熱が引くから……ぁ。」
「やっぱりね。はいはい。ごゆっくり。」

あー。
堪え性の足りなかった自分にちょっと自己嫌悪。
だってさぁ。
あんなかわいい顔であんなに欲しがられたら我慢できないよな!?
溜め息を付いて受話器を置いたオレの後ろには、また熱を出した男がソファに横たわっていた。




Act.22

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.22
「遊 脇道」Act.22
08.12.23up
「こんちは〜。」
昼には男の熱は下がっていたが、心配でしばらく様子を見てから実家に挨拶に来た。
「おお。マスタング君、エド、やっと来たか。」
親父が嬉しそうに迎えに出てきた。
アルも母さんもロクに酒を飲まないから、オレ達が来るのが嬉しいんだろう。
車で来てるからどっちかしか飲めないけどな。

「ロイさん来たぁ〜!?」
「きゃぁああ〜〜♪」
なんで元旦からこいつ等がいるんだよ?
ウィンリィとシェスカがどたどたと階段を降りてきた。

無意識に男を背後に守り、オレはウィンリィ達に言った。
「こいつはもちろん、オレにも触るな。」
「はあ?ナニ言ってんの?」
くい、と顎をあげるその姿勢は悪者にしか見えないってばよ。ウィンリィ。

「だからこいつとオレに触るなって言ってんだ。
 オレもこいつのモンだからな。」
ああ、オレも顎をあげちゃったから同類か?
「へっ!あたしがあんたに触るとロイさんが嫉妬するとでも言うの?」
だから、腰に手を当てて仁王立ちになるなよ。
ホントどう見ても悪役だから。

「そうだよ。な?」
男を見上げると
「申し訳ないが、センセイの言う通りだ。」
オレの腰に手を廻して男が応える。
「私のセンセイに触れないでくれたまえ。」
ああ、こいつ。
今は不敵に笑って言ってるけど、ホントは恥ずかしくてしょうがないんだろうな。
そんなトコもかわいいな。
あれ?公言するのは平気なんだっけ?

「そんな…そんなこと言われたらぁぁぁあああああ!!!!!
 萌えぇぇぇぇぇええええ!!!!」
「あああああ!!!ロイさん、素敵ですぅぅぅぅうううう!!!!!」
ああ、こいつらってホント壊れてるよな。
その背後で震えている母さんは見なかったことにしよう。


「で!?」
恒例のマスタング氏質問会が元オレの部屋で開催されていた。
なぜか今日は母さんまで参加している。
…親父とアルはナニしてるんだろう?
「で、なにが聞きたいのかな?」
勢い込んだウィンリィに男が応える。

「少しは慣れましたか?」
ほんわりした口調でエグイことを聞いてくるのは相変わらずだな。シェスカ。
「少し…ならば慣れたかな?なあ。センセイ?」
オレにしれっと振ってくる。
「んー?あんたはどうなんだよ?
 オレはあんたの躰に溺れてるけど?」
オレの言葉にまた腐女子2名がしばし悶絶している。

「私もセンセイに抱かれるのが好きだ。
 君に愛されているのがよく解る。」
母さん、小さくでもガッツポーズはやめて?

「感じるようになりました!?」
お。ウィンリィ、今日は『かかかかか…』って言わないじゃん。
男がオレを見る。
あ?オレから言えってか?
「なに?」
男に聞く。
恥ずかしいのか?
「いや。
 ああ。センセイに愛される悦びを知ったよ。
 とても…甘美な感覚だった。」
またオレの腰に腕を廻してウィンリィ達に婉然と微笑む。

腐れ女ドモの悶える悲鳴を聞きながら、オレは内心可笑しくてたまらなかった。
今日もオレに愛されてるのをこいつらに見せつけたいのかと思うと。
本当に嫉妬する様までかわいいヤツだ。

「あんたが感じてくれて嬉しいよ。
 今までオレばっか感じてたからな。
 これからはもっとあんたの躰に快感を刻み込んでやるぜ?」
オレもにやりと笑ってウィンリィ達に聞こえる声で男の耳に囁いてやった。
なあ。こうして欲しいんだろ?
オレがあんたしか見てないって解らせたいんだろ?

「なにか道具を使ったりはしないんですか?」
は?道具?
なんか必要なモンがあるのか?
男も理解できなかったようで
「道具?」
シェスカに聞いている。
「その…行為になにか必要な道具とか、楽しむためになにか道具を使ったりはしないんですか?」

行為に必要な道具…。
オレと男は同時に閃いたようで同じタイミングで
「「洗面器?」」
と答えた。
これにはウィンリィもシェスカも母さんも不思議そうな顔で
「「「なんで洗面器?」」」
と聞いてくる。
母さん、こいつらと同レベルに堕ちてるよ?

「それってどういうプレイなの?」
プレイ?
ウィンリィ、そういうプレイがあるんならオレが知りたいよ。
あー。スカトロ系?(←ほう。エルリックセンセイ、そんなのをご存じで?)
それなら必要かもな。
でもオレ達ぁやらねぇよ?
そんなプレイは。

「あー。こいつ抱くと吐くからさ。
 いつも洗面器を枕元に置いてから抱いてる。」
正直に告げると、どうもこいつらの常識にはそれが無かったらしい。
「そういう…ものなんですか?」
戸惑ったような声でシェスカが聞いてくる。

「いや、他の人は知らないが私はそうだ。
 もっと慣れれば大丈夫だとは思うのだが、どうもあの内臓が押し上げられる感覚に耐えられなくて、まだ吐いてしまうんだ。」
あれ?慣れればやっぱり吐かなくなるのか?
つか、オレはホモの『受け』全員が吐くモンだと思ってたよ。

黙ってしまったところを見ると、こいつらの同人誌のオレ(確かオレが『受け』だったよな?)は吐かないという設定らしい。
リアリティを追求したがるウィンリィは戸惑っているんだろう。

「ねえ?避妊具は使わないの?」
オレが思春期だったらグレそうな疑問を母さんが口にした。
「おばさん、エドは中出ししないそうだから関係ないんじゃないの?」
うわ。すんません。
一昨日中出ししちゃいました!
ちら、と男を見ると男も苦笑しながらそれでも小さく横に首を振る。
黙っていてくれるつもりらしい。

「男性同士でも最近は避妊具を使うことが薦められているんでしょ?」
ああ、エイズの問題か。
オレ達はお互いが初めてだから関係ないよな。
あ、でも。
「避妊具か…コンドーム使うと中出ししてもこいつに負担を掛けないよな?」
ってオレ、いったい誰に聞いてんだ?
言ってから気が付いたよ。

「なるほど。避妊具にはそういう利点もあるんですね。」
感心したようなシェスカの声に、思わず脱力する。
お前等には全く関係がない話だろう!?

「いや、しかしそれではセンセイが感じにくくなるのではないか?
 それは厭だ。」
じっと瞳を合わせて男が言う。
「ああ。確かにナマの方が感じるけどさ。
 でもあんたに負担を掛けないでナカでイけるのは嬉しいかも。」
「私はどうでもいい。
 センセイを受け止めるのは嬉しいし、後で処理すればいいだけの話だ。
 それよりセンセイには少しでも多く感じて欲しい。」
オレの肩にそっと手を添えて言う男がもう、健気すぎてたまんねぇ。

「オレは感じすぎるくらい感じてるからさ。
 少し鈍くなった方がいいかも知んないぜ?
 それよりあんたが楽な方がいい。」
「私は大丈夫だ。本当に…センセイを受け止めるのは嬉しいんだ。
 だから、私を感じて欲しいからそんなものを使わないでくれたまえ。」
「んっとーにあんたはかわいいな。
 オレは充分過ぎる位あんたを感じてるって。」
抱きしめて髪を撫でながらふと見ると、女3人が無言で震えながら悶えていた。
あ、忘れてたよ。
こいつらのこと。←最早母親すらこいつ呼ばわり

こほん、と今更ながら咳をして
「他に質問はねぇか?無ければ解散!」
声を掛けると母さんが
「エド、その鎖はなに?ウォレットチェーン?」
オレがジーンズに付けてる時計の鎖を指差した。
「あ、これ?こいつがプレゼントしてくれたんだ。」
ポケットから銀時計を出し、チェーンを外して母さんに渡す。

「まあ、アンティークね。」
感心した声でウィンリィ達にも見せる。
「オレが腕時計を持ってないからって、ショチョウがくれたんだ。
 かっこいいだろ?」
蓋を開けて中を見ている3人に
「中身はそのままでは動かなかったので、新しいモノに入れ替えてある。」
価値は下がってしまったかも知れないけど、という男に
「使えなきゃ意味ねぇじゃん。」
笑ってみせた。
「オレはあんたがくれたもんなら何でも嬉しいよ。」
と告げると嬉しそうに笑う。

「蓋の傷…どういう意味を持っていたのかな?」
時計を見詰めていたウィンリィが呟いた。
そうだ。
貰った時計の蓋の裏には文字が刻まれていた。
オレにももちろんその意味は解らない。
でも、アンティークのモノにはきっと意味があるんだろうが今のオレ達には解らないものなんだろう。
その程度の気持ちでいた。
それが普通だろう?

「じゃあそろそろお開きな。」
改めて終わりを告げたオレに
「あの…!分泌液は出るようになりましたか?」
うん。シェスカ。
オレお前を尊敬するよ。
よくそんなことが人に聞けるな?

「うん?解らないな。センセイは解るか?」
オレに丸投げかよ?
「あー。オレにも解んねぇ。
 こいつに無理させたくないから、潤滑剤をたっぷり使って慣らしてんだ。
 だから挿れる時にはもうぐちゃぐちゃで、潤滑剤なんだか分泌液なんだかなんて判断がつかねぇの。」
考えようによってはめちゃめちゃ卑猥なコト言ってんな。オレ。

「ご婦人のように感じれば濡れるというのなら、センセイに迷惑を掛けずにすむのかも知れないな。」
寂しそうに呟く男が哀しかった。
「オレはさ!あんたがあんたのままで女になるならそれもいいけど、他の女ならいらないぜ?」
思わず抱きしめて言うと
「センセイ。嬉しいよ。」
少し躊躇ったような、それでも幸福そうな顔で笑ってくれる。
そんな儚い表情もすごく好きだ。

「ああ。ロイ。好きだ。オレはあんたが男でも女でも関係ねぇよ。
 オレはあんたが好きなんだ。」
こいつの笑顔を護れるんなら、オレは結構な犠牲を払えそうだ。
最早すぐ側で悶絶している女ドモを意識から放りだして、オレは男にキスをした。
深く、舌が痺れるほど強く。


しばらく後にアルが
「いい加減、ダイニングに来てくれないかな?
 食事が冷めるよ?」
言いに来てくれて、ようやく質問会は散会した。

女ドモが去った後で
「センセイ。愛してる。」
告げた男にオレはもう一度キスをした。
「ん。オレもあんたが好きだ。
 あんたってホントにかわいいな。
 今すぐにでも抱きたいよ。」
「今日も抱いてくれるか?」
小さい声で聞いた男に
「あんたがイヤって言っても抱くぞ。
 覚悟はいいか?」
耳元で囁くと、ふる、と男の躰が震えた。
「イヤなんて言わない。
 …センセイに抱かれたい。」
「ん。今日はゆっくり感じさせてやるからな。」

オレは自信に満ちた声で言ったと思う。
自分が以前に犯した罪などまだ知らなかったから。




Act.23

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.23
「遊 脇道」Act.23
08.12.23up
「マスタング君、今日は飲んで行けるんだろう?」
親父が嬉しそうに言う。
「いえ。申し訳ありませんが、今日は車ですので。」
オレが飲まないからいい、と言おうとしてやめた。
薬を服用する為に酒を飲みたくないのかも知れない。

「ボクが送りますからどうぞ。兄さんも飲むでしょ?」
「あー。アル、オレ達明日車使う予定だからお前に送ってもらう訳に行かないんだよ。
 あ、でもオレ飲みたいからあんた運転な。」
腕を小突いて言うとホッとしたような顔をする。
やっぱりそうみたいだ。

「なんだ。エド。お前が遠慮してマスタング君に飲んで貰えばいいだろう?」
「いいんだよ。今度来たときはオレが運転するから、今日はこいつが当番。
 な?いいだろ?」
顔を覗き込むとにっこり笑って
「ああ。構わない。しかし私に介抱させるほどは酔わないでくれたまえよ?」
頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
明日。明日きちんと話をしよう。
落ち着いた頃を見計らって。

適当に親父との飲みに付き合って早めに切り上げよう。
男は飲んでいる間、オレの隣に座って楽しそうに話に加わっていた。
途中から親父も酔ってきたのだろう。
例の賭の話を持ち出してきた。
母さん同様、負けたのが悔しかったらしい。

「マスタング君はずっと『受け』でいるつもりかね?」
あー、ヤダヤダ。
八百異様語を話す中年オヤジなんて。
しかもオレの親だっつーのがすんげぇイヤ。

「私は別にどちらでも構いません。センセイの判断に任せます。」
「オレはこいつを抱くの!」
「リバ無しなの?」
アル?それナニ?
「センセイが望むなら私はそれでもいい。」
あ?こいつは意味が解るんだな?

「なあ、『リバ』って?」
オレだけかよ。解らないのは。
男に紅茶のお代わりを手渡しながら母さんが答える。
「ああ。『リバーシブル』の略よ。
『受け・攻め』を交代すること。」
ふぅん。
オレ、このうちにもう馴染めねぇよ。
「父さん、母さん。『リバ』有りだとしてももう賭の決着は付いてるからね!」
念を押すようにアルが宣言する。
夫婦でガッカリしてんなよ!

「賭け?」
あ、そうだ。男は知らなかったんだよな。
「オレとあんた、どっちが抱く方になるのかをこいつら賭けてたんだよ。
 で、アルが一人勝ちしたんだって。」
「ほう。アルフォンス君は仲々すごいな。」
おい!ここは感心するところか?
呆れるか怒るところじゃないのか?

「いや、先に父さんと母さんに賭けられてしまったので反対に賭けただけです。」
謙遜…ってこういうときに使うモノ?
妙に好青年な、はにかんだ笑顔と話の内容にギャップが有りすぎるぞ。
「オレ達ゃこれでいいの!」

あ。でもホントはこいつ、イヤなのかな?
ちょっと心配になってきた。
「ああ。私はセンセイのしたいようにして貰うのが嬉しいよ。」
それが本心なのかどうかは…後で躰に聞こう。
(あれ?オレ鬼畜?)

親父を潰した頃に実家を後にした。
「明日、車を使う予定があるのかね?」
ハンドルを握っている男が助手席に深々と沈み込んでいるオレに聞いてきた。
さっき安定剤を飲むだろう男の為にアルにウソをいったヤツか。
「ああ。別に車じゃなくてもいいんだけどさ。
 明日あんたの熱が引いて、無理がなくなったらデートしねぇか?」
はい。今日抱くの前提で話してます。

オレが言い出した言葉に
「デート?」
少し驚いたようだ。
「ああ。オレとあんたでデート。
 オレ達さ、いきなり一緒に暮らすことになったけど、その前は仕事でしか逢ったことなかったじゃん?
 デートらしいデートって無かったからさ。
 ま、こ…恋人同士になったからにはデートってモンをしようかな、と。」
正しくは『いきなり躰の関係から始まった』んだけどな?
それも『逆レイプ』で。

「…。」
照れているのか言葉を返さない男に
「なあ。デート、行かないか?」
とりあえず希望を聞いてみる。
しばらくの無言の後で
「…その…とても嬉しいよ。…有り難う。」
いつも自信に満ちた男の口調らしくない、ぼそぼそとした礼の言葉。
耳まで紅く染めて。
それは本当に喜んでくれてるってことだ。
オレも嬉しくなった。

「ん。2人で楽しもうな。
 で、どこ行きたい?」
「…特に…行きたいところは無いが。
 センセイと一緒ならどこでも楽しいと思うしな。
 センセイはどこか行きたいところがあるのかね?」
そこまで考えてなかった。

デートって言うと、遊園地?
いや、三十路過ぎた男の行くトコじゃねぇか。
水族館。
オレ、無言の魚の追跡って深層心理で怖い。
なんかあいつら、空間を無言でゆっくり追いかけて来そうで。
アメストリスには海が無くて、川魚以外の魚にあまり接していないせいかも知れないけど。
動物園。
悪いが、オレは生態系から取り残された動物は哀れでならない。
美術館。
これは男が好きそうかな?
オレも興味のある画家の絵なら見たい。

「美術館はどうだ?」
「私はシュールレアリズムが好きなのだがセンセイはどうだね?」
オレはシュールレアリズムってぇとマグリットくらいしか知らねぇよ。
ガッツンガッキンな彫刻や、逆に静かな風景画なんかがオレは好きだ。
…ちょっと絵の趣味は合わなさそうだな。

「あー。美術館は却下。
 …映画は?」
「哲学的で、どういう意味なのか何度か見返して更に考えてようやく解釈の付くような作品が好きだな。」
「…例えば?」
「レオス・カラックス監督の作品なんか好きだ。
 一作品を3回観て自分なりの解釈を持ったものもある。」
オレはなーんも考えないで楽しめる娯楽超大作が好きだ。
『星間戦争』とか『未来へ戻る』とか。
…オレとこいつって嗜好が全然合わない?

「博物館はどうだろう?」
黙ってしまったオレに男が聞いてくる。
「博物館?」
「ああ。恐竜の化石や、砂漠の薔薇、見知らぬ生物の様子などが解る。
 建物も美しいしな。
 どうだろう?
 私はどこに行こうと君と一緒なら幸福だがね?」
「あー。博物館か。それは楽しそうだな。
 …待て。明日あいてる博物館なんて無くねぇか?」
明日は1月2日。
公共の施設は多分開いてない。
いや、確実に。
「そうだな…。」
残念そうに言う男が哀しい。

オレは必死に明日男が楽しめそうな場所を考えていた。
「センセイ…。その…。」
言いにくそうに男が切り出した。
「あ?なんかいいとこ有ったか?」
「君が…厭でなければ遊園地はどうだろう?
 今セントラルのマルクト広場に移動遊園地が来ている。
 サーカスも来ているそうだ。
 …デートというと遊園地が浮かんでしまう私も大概幼い発想とは思うが。」
恥ずかしそうに言う。
「オレも!オレも最初デートって遊園地が浮かんだんだ。
 そんなの大人のあんたに相応しくないかなって思って言い出せなかった。」

オレの言葉にホッとしたように嬉しそうに笑った。
「では明日、遊園地に行かないか?
 それからお茶をして、ウィンドウショッピングでも楽しんではどうだろうか?」
それはすごく楽しそうだ。
「ああ。そうしよう。
 あんたの熱が引いたら早速出掛けような?」
ああ、ワクワクしてきた。
男も同じように
「明日が楽しみだな。
 …いずれセンセイと博物館も美術館も…色々なところに一緒に行かれると嬉しい。」
嬉しそうに言ってくれる。
「ああ。2人でいろんなコトを見て体験しような。
 これからずっと。」

家に着いて車庫入れを済ませた。
部屋の玄関まで歩きながら
「センセイ。有り難う。」
不意に告げられた。
「あ?ナニが?」
聞き返すと
「一緒にいてくれて。
センセイと色々な時間を過ごせるなんて、とても幸福な気分だ。」
本当に幸せそうに笑って言う。
そんなことがこいつの幸福なのか?

「オレもあんたと一緒にいると幸福だ。
 なあ。ずっと一緒にいて、いろんなモノを見て、思ったことを語り合いながら過ごして行こうな?」
それはオレの心からの気持ちだった。
「ああ。君とこれから全ての時間を共有して愛し合いたいな。」
どうしてこんなにオレを悦ばせる言葉を言うのだろう。この男は。

「ああ。あんたがこの時計をオレに贈ってくれたんだ。
 それはあんたがこれからの時間をオレと刻みたいってことだよな?
 オレはそう思った。」
ぱぁ、とでも言えそうな位男の顔が明るくなった。
「ああ。そう思ってくれたのか。
 嬉しいよ。
 そうだ。これからの時をずっと君と刻んで行きたい。
 センセイ、愛している。」

明日のデートも楽しみだったが、それで我慢できるほどオレはこなれていないようだ。
思わず本気で抱いてしまい、盛大に吐かせた挙げ句にまた翌日は昼過ぎまで発熱させてしまった。

だってよぉ?
『全ての時間を共有して愛し合いたい』なんて言われちゃぁな?
…オレ、間違ってるか?




Act.24

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.24
「遊 脇道」Act.24
08.12.23up
「なあ。今日はやめるか?」
いつもより熱が長引いた男に聞く。
「厭だ。もう下がったから行こう。」
寝室に行き着替え始めた。
「も、2時近いぜ?これから行っても大して時間も無いだろ?」
男が脱ぎ散らかしたパジャマを畳む。
汗かいたからな。これは洗濯に廻そう。
「それでも。」

頑なにデートを決行しようとする男に負けた。
まあオレが言いだしたんだけどさ。
「じゃ、もう一枚カーディガンを着ろ。
 それからマフラーと手袋も忘れずにな。」
寒さでまた熱が出ても困る。
原因が違うからそれはないだろうけど、ここんとこ毎日熱を出してるからな。
体力が落ちてるかも知れない。
…出させてんのはオレだけど。

「手袋…は…あまり…好きではないのだが。」
へえ?そうなんだ?
「指先が冷えるとよくないぞ?
 オレは妙に手袋って好きだけどな。
 夏でも薄手のならしたいくらいだ。」
特に冬は手がかじかむと電卓が叩けなくなるので必需品だ。

「そうか…。センセイは手袋が好きなのか。」
は?なんでちょっと嬉しそうなんだ?
「ああ。ショチョウも今日はしたほうがいいぞ?」
「ん…。コートのポケットに入れるから…。」
それでいいかと伺うような躊躇った顔をしている。
ま、いざとなったらオレのを貸せばいい。

「嫌いなら無理にすることもないだろ。
 さ、じゃあ出掛けるか。」
「ああ。センセイとの初デートだな!」
ああもう。そんな嬉しそうな顔をして。
オレも嬉しいけどさ。


「センセイ!次はあれに乗ろう!」
おい。はしゃぎすぎじゃないか?
いい年した野郎2人で遊園地ってだけでもどうかと思うのに。
いや、楽しいけどさ。
病み上がりなのに大丈夫だろうかと少し心配になる。

「慌てなくても乗り物は逃げないから。
 少し落ち着け。また熱が出るぞ?」
ホントにオレ、子供を連れてる気分だ。
それでも周りの女性がさっきからちらちらとオレ達を見ているのに気付いていた。
こいつ、いい男だもんなー。
子連れの母親ですら男に視線を向けているし。

ほどけてしまったマフラーを結び直してやっていると、女性二人組が近づいてきた。
写真でも撮って欲しいのかな?
「あの…一緒に廻りませんか?
 女二人じゃつまらなくて。」
あ?逆ナン?
「いや…あの…。」

なんて言えばいいんだ?
迷っていると男がいきなり横から抱きしめてきた。
「すまないがデート中でね。
 邪魔をしないでくれたまえ。」
オレの髪を掬ってキスをしながらにっこりと笑って言う。
「え…?あ…。」
そりゃ驚くよな。
気持ちは解るよ。

「すみませんね。そう言う訳で。」
うあー。やっぱ恥ずかしいな。
男はさっさとオレの腕を引いて歩き出す。
振り返ってみると2人が呆然と立ちすくんでいるのが見えた。
うん。でもアレが普通の反応だよな。
ウィンリィ達だったらまた悶えるんだろうけど。
ああ。普通の女性って久しぶりに見たよ。

「結構美人だったな。…人間だったし。」
呟くと男の足が止まる。
「センセイはああいうのが好みかね?
 さっきからご婦人方がセンセイを見ていて不愉快だ。
 君は銀行でも人気があったしな。」
不愉快って…。
こいつ、また妬いてるのか?

「アレはオレじゃなくてショチョウを見てるんだろ?
 オレだってあんたをずっと見ていたいぜ?」
ナニを勘違いしてるんだか。
「違う。センセイを見ているんだ。
 その金髪も金色の瞳も整った容姿も、女性を惹きつけているではないか。」
あー、もう。
かわい過ぎだ。

「オレはあんたを見てる女の視線がイヤだな。
 オレの好みはあんなんじゃねぇよ?
 好きなのは黒髪黒目で美人な姿勢のいい人。
 強気かと思うとすぐ嫉妬して拗ねる、かわいい黒猫だ。」
引き寄せて囁いてやると、寒いってのに顔に朱が差した。
ぱ、と離して
「さ、次はどれに乗りたいって?」
聞くと、俯いて無言でカルーセルを指差す。
移動遊園地の華だよな。

移動遊園地と言っても規模は大きい。
ジェットコースターもあれば観覧車もある。
これが常設でないのなら、普段はどこに保管されているんだろう?
それとも移動を続けて常に稼働しているんだろうか。
その方が保管するよりは収益があがるな。
これだけデカいと保管料もバカにならないだろうし。
すると修繕はどの位の割合でやるんだろうか。
指定業者でもあるのかな。自分たちで点検をするんだろうか。
行政指導は…。
…イカンイカン。
今はデート中だ。

色とりどりの絵が描かれた華やかなカルーセルは、沢山の電球で飾られている。
どの馬にしようか迷っていると、男が白い馬を指差した。
薦められるままに跨ると
「白馬の王子様だな。」
楽しそうに笑う。

「それはあんたの方が似合うんじゃないか?」
男は隣の栗毛にオレの方へ躰を向けて横乗りした。
どんな体勢をしても美しくてスマートに見えるヤツだ。
「いや、王子様はやはり金髪というイメージだろう。」
そう言うモンか?
王子様ってロン毛のイメージはなくねぇか?

音楽が鳴り始め、馬が上下しながら回転を始める。
オレは周りの景色を眺めていたが、ふと男に視線を向けるとオレを見つめる瞳とかち合った。
周りに目もくれずオレだけを見つめている。
その表情は楽しそうでいて、どこか陶然としていた。
こんな美しい人魚が側にいたら、オレは有無を言わさず押し倒して絶対手放さないのにな。
きっと件の人魚姫はこの男より魅力がなかったんだろう。


冬の夕暮れは早い。
ネオンが明るく灯り始めた。
「な、そろそろ移動しないか?最後はナニに乗る?」
男に聞くと
「もう帰るのか?」
意外そうに言う。

「お茶してウィンドウショッピングを割愛してもいいのか?」
オレはどっちでもいいけどさ。
「いや…それも捨てがたい。」
うーむ。と真剣に考え込んでいる。
「別に今日全部こなさなくてもいいんだぜ?
 もっと遊園地にいたいならそれでもいい。」
悩んでいる姿もかわいくて仕方がないな。
どれでもこいつの好きにさせたくなる。

「では、あと一つ乗ったら買い物に行こう!」
結論が出たようだ。
「ん。わかった。で、ナニに乗りたいんだ?」
つい顔が笑っちまう。
「暗くなったらアレに乗ろうと思っていたんだ。」
観覧車を指差した。
ああ。明るいときよりもネオンが綺麗だろう。

手に息を吹きかけている男に、右手に填めていた手袋を渡す。
「?」
「右手に填めろよ。左手はポケットに入れて。」
言われるままにした男のコートのポケットに、オレも右手を入れて男の手を握った。
「あったかいだろ?
 だから手袋をしてこいって言ったのに。
 ま、嫌いなら仕方がないけどさ。」
「うん…。センセイの手は暖かいな。」
やわらかいし、と右手を握り返してくる。
そりゃオレは手袋をしてたしな。
いや、女性の手よりは固いだろ?

観覧車で向かい合わせに座ると、隣に移動して腰に手を廻してきた。
「ん?寒いのか?」
高いのが怖いってことはないよな?
「いや。ただ離れているのがイヤだ。」
オレも肩に手を廻して抱き寄せた。

「景色は観なくていいのか?
 暗くなるのを待ってたんだろ?」
一つ軽いキスを落として聞く。
「うん。センセイと同じモノを見たい。」
ゆっくりとゴンドラは上がっていく。
下界はネオンが煌めいていた。

「綺麗だな。」
「ああ。綺麗だ。」
「この景色をセンセイと見たこと。ずっと覚えておきたいものだな。
 私が死ぬときにはこの光景が頭に浮かぶといい。」
デート中にいきなり縁起でも無いヤツ。
「もっと綺麗な景色を沢山一緒に見よう。
 あんたが年食って死ぬときに、どの光景を思い浮かべようか悩むくらいにな。」
くしゃ、と男の髪をかき混ぜる。
こいつが死ぬコトなんて、あと数十年は考えたくない。
「ああ、そうだな。君と一緒に色々な景色を見たい。」
「ん。見に行こうぜ。ずっと一緒にな。」
降りる前にもう一度キスをし、また来ようと約束して遊園地を後にした。


昼メシが遅かったせいかまだ腹が減らないという男と小間物屋に入った。
「なにか欲しいモンでもあるのか?」
そういえば時計の礼もちゃんとはしてない。
なにかプレゼントしてやりたいな。

「うん。センセイに手袋をプレゼントしたくてな。」
ガラス張りのショーケースを一生懸命見ている。
「は?オレは手袋持ってるぜ?
 それよりショチョウ、あんたはなんか欲しいモンはないのか?
 オレがプレゼントするぞ?」
「ん?私は特に欲しいものはない。
 すまないが、これの…いや、これを。」
店員に一つの手袋を出して貰っている。

「センセイ。填めてみてくれたまえ。」
「だからオレは手袋は持ってるって。」
「それでも。君に贈りたいんだ。」
オレ、プレゼントされてばっかじゃん。

「ああ、ぴったりだな。」
「ん。しっくりきて、いい感じだ。」
冬に白い手袋か。
それもかっこいいな。
今まではコートに合わせて茶色か灰色のしかしていなかった。

「あ、ロゴが入ってんだ。」
つと見ると、目立たない同色の白い糸で小さく『R』の文字が刺繍されている。
もしやそれでこれを贈ろうと思ったのか?
か…かわいいヤツ!

「うん。オレこれ気に入ったよ。特にロゴがな。」
「ではそれをプレゼントしよう。」
笑いかけると男も嬉しそうに笑う。
しかしちら、と見えた値札には、オレが今までしてきた手袋とは一桁違う数字が見えた。
(ま、こいつの経済状況からすればめちゃめちゃ高価過ぎるって訳じゃないんだろうけど。)

「オレもあんたになんか贈る。何がいい?」
「私は欲しいものはない。私が君に贈りたいだけだ。」
「それじゃつまんないだろ?」
プレゼントの価値は値段ではないと解ってはいるが、貰いっぱなしはイヤだ。
オレだってこいつを喜ばせたい。
何かこいつの使うモノ。役に立つモノ…。
ケースを覗くと万年筆が並んでいた。
「あ!」
閃くと同時に声をあげていた。

「どうした!?センセイ。」
会計をしていた男が振り向く。
「ショチョウ、書類に沢山サインをしなくちゃならないだろ?」
「あぁ、そうだな。」
「じゃ、これ。オレから贈るよ。」
全体としてはシンプルだが、一番後ろに細かな細工の施されているそれ。
「…。それはこの手袋より高価なのではないか?」
「んなこと、どうでも良いよ。あんたがオレに手袋をくれる。
 オレがあんたにこのペンを贈る。
 それじゃだめか?」
「いや、嬉しいよ。センセイ。…本当に嬉しい。」
そう言って笑う顔がどこか少しだけ寂しそうに見えるのはなぜなんだろう?

「じゃあ、これを。」
店員に告げて代金を払った。
「これ、オレからあんたにプレゼント。」
「有り難う。大切に使わせて貰うよ。」
「ちゃんと仕事しろよ?」
本当に大切そうにポケットにしまわれる万年筆でと思う。
それを使う度にオレを思い出して欲しいと。

オレ達はまた手を繋いで歩き出した。






申し訳ございません。
うちの「贈」を読んでいらっしゃる方にしか解らないネタを入れてしまいました。
「贈」

Act.25

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.25
「遊 脇道」Act.25
08.12.23up
夕メシは華美ではないが洒落たレストランで摂ることにした。
テーブルには一つずつロウソクが灯っている。
そのせいか店内は少し薄暗い。
「これを消してもいいかね?」
ロウソクを見て男が言う。
「は?暗くならないか?」
初めて聞いたよ。
テーブルのロウソクを消すっていうのは。

「照明だけでも大丈夫だろう。
 …あまり…好きではないんだ。」
「そりゃ食えないことはないけど。
 嫌いってロウソクがか?」
匂いがダメとか?
「…焔が苦手なんだ。」
あー。だからこいつんちって、IHコンロなのか?

「イヤなら消そうぜ。オレは構わない。」
さっさと息を吹きかけて消した。
イヤな思いは少しでもさせたくない。
「…すまない。」
「別に全然構わねぇよ。
 あんたが好きなモンに囲まれてる方がオレも嬉しいしな。」
以前言われた言葉を返す。
昔火事にでも遭ったのかな。
火が苦手とか尖ったモノが苦手とか結構あるもんな。

「それよりなんにする?
 ちゃんと野菜も食えよ?」
笑いかけると安心したように男も微笑む。

そうか。これから気を付けなきゃな。
花火とかもダメなのかな。
それが薬を飲む原因なんだろうか。
無理矢理に聞き出すのはマズいだろう。
なるべくこいつから言い出すのを待ちたい。


「センセイの料理ほどではないが、仲々だったな。」
食後のコーヒーとデザートに手を付けながら言う。
「あ?プロと比べるなよ。
 こっちの方が美味かったろ?」

違う種類のデザートを取ったので、オレのを半分男の皿に乗せた。
「私にはセンセイの作ってくれる料理の方が美味いな。」
同様に自分のデザートを半分に切って、オレの皿に乗せながら笑う。
「そりゃ嬉しいけどな。
 あ、オレそんなにいらねぇよ。ほら。」
オレはそれほど甘いモノが好きな訳じゃない。
嫌いではないが。

大きすぎるケーキをフォークで切って返そうとすると口を開いてくる。
…レストランで『あーん♪』はさすがに恥ずかしい。
無言で皿に返すとつまらなそうな顔をされた。
「や、それはムリ。家でなら構わねぇけど。」
「家でだって私が寝込んでる時にしかしてくれないじゃないか。」
「あんた寝込んでばっかだろ?ここんとこ毎日してんじゃねぇかよ。」

最早ショウガ湯を飲ませるのは日課と化している。
熱を出させてんのはオレだけどさ。
「あれはとても嬉しい。寝込まなくなってもしてくれたまえ。」
それ以前に吐かなくなりゃ、ショウガ湯を飲ませる必要はないんだよ。


食事の後も色々な店のウィンドウを覗いたり、気になるモノがあれば店に入って買い物をしたりと、ゆっくり家までの道のりを楽しんだ。

家に帰り、言い張る男をかわしきれず一緒に風呂に入ってベッドに転がった。
男は上機嫌だ。
今日は一日、不安定にならなかったし。
レストランでも酒を飲まなかったから、きっと今は安定剤を飲んでいるんだろう。

オレは一つ大きく息をついた。
その様子に気付いたらしい。
「どうした?センセイ?」
「あの…さ。あんた今、落ち着いてるか?」
落ち着け。落ち着け。オレ!
焦らずきちんと話をしなくちゃ。

「? ああ。とても気分がいいが?
 この状態で落ち着いているかと言われると自信がないな。」
「?」
あれ?薬を飲んでないのか?
意味を取りかねたオレにくす、と笑って
「センセイと2人でベッドの上にいて、落ち着いていられる自信はないよ?」
腕を伸ばしてくる。
あ。失敗。
ソファで話すんだったかな?
しかしその発言、微妙にオヤジ入ってっぞ?

無下に引きはがして動揺されても困る。
オレは軽いキスを落とすと
「悪い。話があるんだ。聞いてくれないかな?」
男の躰をそっと離した。

途端に不安そうな顔になる。
あー。その恐怖感を早く取り除いてやらないと。
「あのさ!最初に言っとくけどオレはあんたが好きで絶対手放すつもりはない!
 そういう話じゃないんだ。不安になるな!」
早口で告げて顔を両手で包み込む。
「解ったか?だからそんな顔をするな。」
額にキスすると少し安心したようだ。
「では…どんな?」
うん。今、一番大事なことはイキオイで言えたから、オレも少し落ち着いた。

オレは躰を起こすと男の躰も引き上げ、ベッドの上に向かい合わせで座った。
「うん。話の前にもう一度言っとく。
 オレはナニがあってもあんたから離れない。
 これだけは覚えていてくれよ?」
理解できてはいない顔で、それでも小さく微笑んで男が頷く。

オレはまた一つ大きく息をした。
「オレはあんたを手放さない。
 たとえあんたの過去にナニがあったとしても。
 あんたがどんな精神の傷を抱えていたとしても、だ。」
「? センセイ?」
また不安そうな顔になる。
安心させたくて両手を握ったが、それを見下ろしたまま、まだ不安そうだ。
オレは膝立ちになり、男の頭を抱きしめた。
男が落ち着いたと思えるまで、ずっと胸に抱いて髪を撫でていた。

「あんた、精神安定剤を飲んでるだろ?」
抱きしめたまま聞くとぴくり、と躰が反応した。
「別に何か責めたいわけでも、何かを聞き出したい訳でもないんだ。
 ただ…あまり多く飲み過ぎているようだから、躰が心配なんだ。」

今どんな表情をしてるんだろう。
少し腕の力を緩めるが、男はオレの胸に強く額を押しつけて見せてくれない。
仕方がない。
またゆっくりと頭を撫でながら言葉を続ける。
「なあ。安定剤を飲み過ぎると内臓に負担をかけることがあるんだそうだ。
 オレはそれが心配なだけだ。
 …決められた用量まで減らすのは難しいか?
 時間を掛けてでいいから少しずつ減らせないか?」
どうして飲んでるかなんてことは、こいつが言い出すまで待てばいい。

「どうして…それを…?」
幽かな声が聞こえた。
「ん?ゴミを捨ててたらやたらと薬のパッケージが有ったんで、なんか持病でもあるのかと心配になって薬の種類を調べたんだ。
 悪かったな。勝手なコトをして。」
小さく頭を振ってくる。
怒ってはいないようだ。

「なあ。オレは今、あんたの精神について何も言うつもりはない。
 ただ、量については今話しておきたい。
 躰に係わることだからな。
 あんたはどう思う?
 用量を減らすのは無理そうか?」
そんなことを聞いたって、本人にも解らないかも知れないな。
「様子を見ながらでいいし、少しずつでいいから減らしていかないか?」

しばらくの沈黙の後で
「ん。気を付けてみる。」
小さく頷きながら応えてくる。
「ん。急に減らすのはかえって良くないそうだから、様子を見て少しずつな?」
また小さく頷く。
これで当面の問題は一つ片付いたか?

「さっきも言った通り、オレは今ムリに話を聞き出すつもりはない。
 ただ、あんたの過去に何があってもどんな傷を精神に持っていても、あんたから離れない。
 それだけは覚えていてくれよ。」
それは本心からだったんだが、男の躰が震えた。

「…ないから。」
「は?ごめん、聞こえなかった。なんだ?」
「センセイは知らないから…。知らないから言えるんだ。そんなこと。」
小さいがはっきりした声で言う。
顔を胸から離して見ると、瞳に涙を浮かべている。

オレは無責任なことを言ってしまったんだろうか?
しかしこいつを見放すつもりはない。
「オレはあんたとずっと一緒にいるよ?
 あんたを守って行きたいよ?」

男はオレの両腕を掴み、縋るように顔を見上げてくる。
「もし私が人殺しであっても?
 もし私が君のご両親を殺しても?
 もし…私には君に愛される資格が…本当はないとしても…!?」
涙を零れさせながら小さく叫んだ。
なにを…言っているんだろう?
その位突拍子が無くても見捨てないかどうかってことか?
少し興奮してしまった男の頭をまた胸に抱きしめた。

オレはいい加減な返事をしないように、男の言葉をよく考えてみる。
「もしあんたが人殺しになったとして、いや、現在既に殺したという前提か?」
現在のアメストリスで人を殺したら、税務署長なんてやってられない。
例え話なんだろう。

「…。」
男はナニも応えない。
「じゃあ、既に人を殺したということでオレは考える。
 …否定がなければ肯定と取るぞ。いいな?
 そんでもってオレの親を殺したらってのは、今あいつら生きてるからこれからそうしたらってことだよな?」
「…。」

「じゃ、そう言う前提で考える。
 …そうだな。あんたが人を殺していたり、これからオレの親を殺すとしたら。
 まあ、後者は必死で止めるさ。
 あんなんでもオレの親だからな。あんたに罪を犯して欲しくないし。
 でもな。
 …それでもあんたがそうしたときはナニか理由が有るんだろう。
 どうしてもそうしなきゃならない理由が有ったんだろう。
 オレはそう思うよ。
 …だからあんたを手放すことはない。
 ま、しばらくは親を殺されたらぎくしゃくするだろうけどな?
 それでもオレはあんたから離れないよ?
 オレの考えは甘いのかも知れないけどな。」

どうも、平和ボケした時代に生きているせいか考えが甘いよな。オレ。
親が死ぬとか、きっとちゃんと捉えられていない。
「ごめんな。オレ、現実味が無さ過ぎて、あんたの言葉をきちんと受け止められていないかも知れない。
 でも、オレは本当にそう思うんだよ。
 そんなことじゃあんたを手放すことはない。」

「…私がウィンリィ嬢のご両親を殺したとしても?」
顔を埋めたまま聞いてきた。
ウィンリィの親を?
今ウィンリィの親は健在だから、これもこれから殺したらってことだよな?

「それは…止めるよ。オレ。
 …あいつの泣き顔は見たくねぇからな。」
「止められなかったら?
 それでも理由があると思って赦してしまうのか!?」

うーん。意外と自分の親よりも現実味が有るモンだな。
親を殺されたらってことをちゃんと考えられていない証拠か。
それをこいつは言いたいのかな。
…こいつがウィンリィの親を殺したら。
オレはこいつから離れるか?

「うーん。ちょっと待ってくれ。今考える。」
まず怒るよな。オレ。
どうしてそんなことをしたのかきっと問い詰める。
でも、こいつが理由もなく殺すはずがない。
…でも赦すかって言われるとどうだろう?

オレを殺すかウィンリィの親を殺すかと言われたら、きっとこいつはウィンリィの親を殺すだろう。
そうしたら…ダメだ。
そうなったらオレが自分を赦せねぇな。
あ、でもこいつのことは赦せるよな?
しかしそうなったらオレだけこいつの側で幸福になる訳に行かない。

うーん。
…難しいな。
例えが非現実すぎるんだよな。

…もし逆らえない理由でどうしてもウィンリィの親を殺さざるを得なかったら?
そうしたら苦しむのはこいつだろう。
それなら赦せそうな気がする。

前提によって答えは変わるけど。
「あのさ…。もしどうしても殺さなくちゃいけない状況で、それはあんたが望まないことだったんなら、やっぱりオレはあんたの側にいるよ。
 …だってあんたは自分を責めすぎて…死んでしまいそうだから。」

泣いているんだろう。
震える躰をまた抱きしめて、髪を撫で続けていた。


「私は…君に愛される資格がない…。
 もし…そうだとしても?」
愛される資格…。
って、ナニ?
オレは同性と言うだけでも結構資格がないような気がするが、それを軽く飛び越えたこいつが言う資格ってなんなの?

「ごめん…。その資格ってのが理解できない。…想像もついてない。」
正直に返す。
だってウソや誤魔化しは言いたくねぇもん。

…こいつが実は妻帯者とか?
それは結構腹が立つかもな。
しかしそれはねぇよなあ?
こいつならきっちり離婚をしてからオレに求愛しそうだ。
子供がいるとか?
それはオレ、全然構わないな。
一緒に遊びたい。
オレは子供が好きだ。
…資格ってなんだろ?

「あんたって独身、子供無しだよな?」
とりあえず考えられる前提から考えていこう。
「ああ。」
はい。一つ消えた。

「うーん。悪いけど、資格ってのが解んないや。
 だから応えようがない。
 でもな、オレはあんたがオレを殺してもきっとあんたを赦すぜ?
 オレの考えが甘いことは解ってる。
 でもそう思うんだよ。
 …それじゃダメか?」
「違う!私が君に相応しくないんだ!」
頭を振って絞り出すような声で言う。

「相応しい…。男だからか?年上だから?」
今更そんなこと、気にするタマか?
あ、やっぱり違うみたいだ。
また頭を横に振ってる。
そうだよな。
しかしそれを超えた資格のなさ…。
ダメだ。全然解らねぇ。

「どんな意味でか、言えるか?
 …無理にじゃなくていいぞ?」
ヒントも無しじゃ話しにならねぇ。
こいつの頭が良過ぎるからかな。
オレの想像がついていかねぇよ。

さっきよりも強く頭を振っている。
「言えない!センセイに嫌われる…!」
オレが嫌うようなこと…。
…ナニがある?

あー、新会社法を提案した奴は今心底殺してやりてぇと思ってる。
今殺しても新会社法は消えねぇから、過去に遡ってな。
ターミネーターとタイムマシンの開発が今のオレの第一課題だ。
しかし、こいつが新会社法を考えた訳じゃないよな?
あと、オレが嫌うようなこと…。

人を殺す以上にオレが嫌うようなことってなんだ?
…人の尊厳を奪うこと?
例えば女性をレイプしたら。
それは怒るな。オレ。
弱者を力で押さえつけることは赦せない。

「レイプ…とか?」
しかしそんなこと、こいつがする訳ねぇよな。
ほっといたって向こうから寄ってくるだろう。
笑おうとしたら男の躰が強張ってることに気付いた。
「…女性を無理矢理襲ったら、オレは怒るよ。」
この反応って、まさか?
あ、でもオレって逆レイプ状態だったな。
ははは。

「襲ったら?」
男が聞いてくる。
「ああ。女性を無理矢理襲ったら。
 そんなの赦せないだろ?
 女性の気持ちを考えると。」
少し考えているようだ。
「襲われたら?その女性のことは?」
「あ?被害者じゃん。別になんとも。気の毒だとは思うけどな。」

「…君の考えは本当に甘いんだな。」
軽蔑というよりも少し腹を立てているようだ。
あ、オレが気にしてることを。
「うん。そうなんだろうな。
 想像力が足りないのかも知れない。
 否定はしねぇよ。」

「全然安心できない。」
オレに抱きしめられたまま男が言う。
「うん。そうだろうな。
 オレ、あんたの言うことが現実味なくてちゃんと考えられていないんだよ。
 それは解る。
 たださ、これから少しずつ2人で考えて行かれないかな?
 とりあえずは薬を規定量まで減らすことを考えられれば今日はいいよ。」

「全然安心できない。」
男は繰り返す。
「ごめんな。安心させてやれなくて。
 でもオレはあんたから離れる気はない。
 あんたを手放す気は全くない。
 それだけは信じてくれないか?」
「…。」
ダメか。やっぱり。

「なあ。これからあんたがオレに少しでもあんたの精神のコトを話せるように、オレもあんたを安心させられるよう、頑張るからさ。
 それじゃダメかな?」
くしゃくしゃと髪を混ぜると小さく頭を横に振って
「駄目じゃない。
 でも、怖くてセンセイに話せないことがある。
 それでも…側にいて貰ってもいいか?」
躊躇った声が自信なさ気で。

「オレはあんたの側にいたいよ。
 怖いと思うんならあんたが話したくなるまで言わなくていい。
 オレはずっとあんたと一緒にいるよ。」
膝を落として男と向かい合う。
「忘れないでくれ。オレがあんたを好きだってこと。
 オレはあんたとずっと一緒にいたいって思ってること。」
頬に掌をあてて言うとようやく少し嬉しそうに笑う。
ああ、よかった。
この笑顔が見られて。

「ああ。私もセンセイを愛している。
 …臆病になるほどに。」
くあ!
なんつー殺し文句だ。
こんな時なのにオレは高揚しちゃったぞ?

「じゃあさ。精神を確認したところで躰でも愛を確かめ合おうか?」
あ、ちょっとオヤジくさかったかな?
でもオレの言葉に男は楽しそうに笑って
「ああ。そうすることにしよう。
 愛してくれるかね?センセイ?」
オレのうなじに手を廻してキスしてくる。

男が精神にナニを抱えているのか、それはこれからゆっくりと時間を掛けて話し合っていこう。
オレはきっとそうやっていけるとこの時は信じていた。




Act.26

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.26
「遊 脇道」Act.26
08.12.24up
翌日も長引くことは無かったが、男は熱を出した。
ソファでショウガ湯を飲み終わった男が
「冬休み中に慣れるかと思ったのにな。」
残念そうに言う。
「ああ。明日っからは熱出すわけにいかないから、仕事始まったら当分週末しか抱けないな。」

官公庁の仕事始めは1月4日、明日からだ。
オレの事務所は5日からだけどな。
「明日は…」
「『出さないかも知れない』はもう無し!」
全く、ちょっとは感じるようになったようだけど、こいつってどうしてそう抱いて欲しがるかなー。
…不安だからか?
確かに手っ取り早く安心する方法ではあるかもな。

「抱きしめて寝てやるからさ。
 それよりちゃんと薬飲んだか?」
「いや。まだだが?」
「じゃ、水と薬持ってきてやるから。
 …少し寝室にも置いておいたらどうだ?」
男が苦笑したので、なんだ?と聞く。

「飲んでいないなら飲めとは。
 君は量を減らせと言うのだろう?」
オレは男の頭を撫でて額にキスを落とした。
「急に減らすと逆に良くないらしいしな。
 定期的にきちんと飲めると解っている方が精神的にも安心できないか?
 不規則に飲むよりはずっといい気がするんだ。」
「そうかも知れんな。だがあちこちに薬を置くのはやめよう。
 なんだかまた多用してしまいそうだ。」
「ん。解った。ちょっと待ってろ。すぐ持ってくるから。」

今までは規定の2倍量を、回数も多く飲んでいたらしい。
相談の上、とりあえず当分は1.5倍の量を規定回数だけ飲むことに決めた。
それでダメならまた考えればいい。
焦ってはいけない。
互いにそれをよく確認しておいた。
まだ先が長いんだから焦ることはないんだ。

翌朝も職場で昼間に飲む分の薬を持たせることにした。
少しは楽しくと思って、昨日のうちに作った小さいポーチ(ヒヨコ柄の巾着型)に薬を入れ、弁当にくっつけてみた。
昼にどんな顔をするかが楽しみだ。
男が出掛けてからルジョンに連絡をした。


「よ。冬休みだってのに、たびたびごめんな。」
診察室の椅子に座って詫びる。
「いや。ほら。12月分の帳面。」
「ありがたい。じゃ、源泉徴収票が来たら連絡くれよ。」
「ああ。…で?」
相変わらず人のいい笑いを浮かべて聞いてくる。

「…うん。飲む量を少しずつ減らすことにはした。」
「精神的なことは?なにか聞いたのか?」
「いや…詳しくは聞いてない。先ずは量を規定量まで減らすことが大切だと思って…。」
「ま、焦ることはないさ。」

「ん。オレもそう思ってる。
 …ただ、自分には愛される資格がないって言うんだ。
 でもそれはオレに嫌われるのが怖いから話せないって。
 元々オレを失うってことに異常な恐怖感を持ってるんだけどな。」
今までの、オレが家にいないと思って取り乱した様子やオレを失うことへのあの異常に怖がる様子などを話した。
「んー?」
ちょっと考えているようだ。

「資格がないって、同性だからとかかなり年上だからとかじゃないよな?」
やっぱり普通はそう考えるよな?
「ああ。今更そんなことを気にするヤツじゃない。」
「そんな人が怖くて言えない…か。」
椅子の背に凭れて目を瞑っている。
こいつならナニか解るだろうか?

「ああ。オレには想像が付かないんだけど、お前解るか?」
「オレはなるべく想像はしないことにしている。先入観を持つのが怖いからな。」
なるほど。
「そ…か。そう言うこともあるな。」
「いや。人それぞれだけどな。
 オレはあまり器用じゃないから、いろいろ先回りして考えてしまうと方向性を失うような気がするんだよ。
 だから相手の言葉を待つ。
 お前にもそうしろって訳じゃあないぞ?」
「ああ。」

「ましてオレはその人のコトを全く知らないからな。
 今オレが当てずっぽうにナニか言っても意味がないだろう?」
確かにその通りだ。
うん。さすがはプロだ。
皮膚科専門だけど。

「最近の皮膚科は神経科も兼ねるのか?」
これ以上聞いても仕方がないだろう。
オレは話題を変えた。
「ああ。どうも看板が目に入らないのか、不眠症だの神経症だのの患者が増えてるんだよ。
 なんでだろうなぁ?」
本当に思い当たらないらしい。

「お前の人当たりの良さと誠実さが原因だと思うけどな。
 薬を一ヶ月分出すってのも、患者同士の情報で広がってるだろうし。」
「あー。患者同士の情報網か。それはあるかもな。
 しかしオレの性格云々よりも専門の神経科医の方が信頼できるだろうに。」
自分が他人に与える安心感の大きさを知らないらしい。
そんなところもこいつらしいが。

「でもお前はただ薬を出すだけじゃないんだろ?
 自分を信頼してきた患者にはさ。」
「そりゃ、医者だからな。最近はカウンセリングの講座や研修にも出ているんだよ。
 そのうち看板の診療項目が増えるかもな。」
苦笑しながら言う。

そんな程度じゃなくもっと神経科医としての努力もしているに違いない。
そういうヤツだ。
その真摯な姿勢がやはり患者を呼ぶのだろう。
オレが患者でもこいつに診て貰いたいと思うな。

「皮膚科だけでも忙しいんだから、無理はしないようにな。」
そろそろ引き上げよう。
「ああ。お前もな。
 これから忙しい時期だろう?
 しばらくその人の精神のことには踏み込まないようにした方がいい。
 もっと落ち着いて、ずっと側で様子を見られるようになるまでは。」

そうか。
確定申告が終わる3月中旬までは、ロクに話しを出来ない日も出てくるしな。
「ああ。ありがとう。気が付かなかったよ。
 そうだな。4月か…6月になったらにする。」
そんな仕事の都合で精神のことは決められないんだろうけど。
あまり触れないようにはしよう。

「まあ。とにかく焦るな。お前がずっと側にいると解れば少しは安定するだろうから。」
「ああ。それは心掛けてるよ。
 今日はありがとな。」
「いや、なんの役にも立ってないさ。
 またなにか有ったらいつでも言えよ?」
「ああ。頼む。じゃ、またな。」
「源泉票が来たら事務所に連絡すればいいんだよな。」
「ん。」
「気を付けて帰れよ?」
「ああ。サンキュ。」

別れ際まで相手のことを気遣うこいつ。
きっとどの患者に対してもそうなんだろう。
うん。神経科の看板が立つ日も近そうだ。
どの診療内容に消費税がかかるのか、オレも調べておいた方がいいな。
そんなことを考えながら男の家へ帰った。


インターフォンが鳴り、オレは待たせないよう急いで玄関へ行った。
先日のデートで一緒に買ったダークブラウンのエプロンを付けて。(いや、服も着てるぞ?)
「おかえりぃ!」
がし!と抱きしめる。
「ああ、ただいま。やはりエプロン姿もいいな。」
このデザインを選んだのは男だ。
シンプルなダークグレー(こっちが男の)とダークブラウンの色違いペアだ。
フリフリにされないで良かったよ。

「昼、ちゃんと薬飲んだか?」
反応はどうだったんだろう?
「ああ。飲んだよ。
 あの袋なんだがな?センセイの手作りの。」
お、にこやかだ。
「うん?かわいかっただろ?」
ついでに弁当を入れる袋もランチョンマットもお揃いのヒヨコ柄にしてやった。

「ホークアイ君が欲しがってな。
 今度犬柄の布を持ってくるからセンセイに頼んでくれないかと言うんだ。」
へえ。ホークアイさんは犬が好きなんだ。
しかしこいつはヒヨコ柄を恥ずかしがるどころか、ホークアイさんに自慢したという訳か。

「ああ。あんなんカンタンに出来るからいつでもいいぜ?
 ランチョンマットと弁当袋でいいのか?」
「あと、今日の薬入れよりも二回り大きいポーチが欲しいそうだ。」
このくらい、と指で示している。
「ん。じゃ布を受け取ったらオレにくれよ。時間によるけど多分翌日には渡せるから。」
あー。ここんちにミシン買っといてよかった。

その日は抱いてくれ、いやダメだの攻防戦が繰り広げられ、オレは理性を保ち続けた。
危なかったよ。
ガンバった!
オレ!
だってホークアイさんが怖いモン!


翌日からはオレの仕事も始まり朝一緒に事務所まで歩き、昼メシを食いにまた事務所に男が来るという日々が続いた。
オレが残業になる日は事務所で男が時間を潰し、あまりに遅くなる日は3人分の夕食をオレの実家から持ってきてくれる。

薬を減らしたまま安定は続いているようで、特に取り乱す様子も見られなかった。
あれ以降、うなされることもほとんど無い。
このまま穏やかな日々が続くのかとオレは安心しかけていた。

「はい。では明後日お伺いします。」
オレはお客さんと電話で話していたので、男が昼メシに来たことに気付かなかった。
「ええ。お嬢さんはお元気ですか?
 …ああ。美人さんですからね。モテモテでご心配でしょう。
 …ははは。オレだって嫁さんに戴きたいですよ。
 …またご冗談を。お嬢さんを手放す気など無いでしょう?
 …え!?ホントですか?
 …じゃあオレ、結婚の申し込みに伺いますよ?
 …ええ。出来るだけ若い内がいいです。
 …本気です。ええ。ずっと戴きたいと思ってました。
 …ではそのお話しは明後日に。
 …はい。
 お逢いできるのを楽しみにしているとお伝え下さい。
 …はい。
 では失礼します。」

うわ。
アメリカンカールの超美猫がオレんちに!?
嬉しいなー。
男も喜ぶだろう。
動物は精神のケアにいいっていうしな。

しかしなんだかんだ言って絶対手放さないんだよな。
あのお客さんは。
ま、美人な猫の顔が見られるだけでも嬉しいからいいや。
ご機嫌で振り向いた先には男がいた。

「おお。来たか。メシにしようぜ。」
アルが側でなにか言いたげに立っている。
「なにしてんだよ?中入れってば。
 話したいこともあるし。」

玄関に突っ立ったまま男は入って来ようとしない。
「…今日私は女性と食事するから遅くなる!」
突然言い出した。
は?

「そうか。夕メシはいらないのか?」
「ご婦人とデートだと言っている!
 昼もここで食べない!」
「おお。頑張れよ?」
応援したんだが余計に顔を引きつらせて出て行ってしまった。
どうしたんだ?

「兄さんとこって、浮気公認なの?」
驚いたようにアルが言う。
「は?ナニが?」
「今、女性と食事って言ってたじゃない。」
あー。アレか。
「ホークアイさんと残業で出前ってことだろ?
 昼メシ食う時間も無いほど仕事が忙しいなんてこと、ショチョウになってもあるんだな。
 夜食を作っといてやるか。」
めずらしくやる気だなー、と感心した。

「兄さん。楽しいことになりそうだからボクは静観させて貰うけど、ホントにそう思ってるの?」
「は?他にナニがあるってんだ?」
「ロイさんが浮気するとか。」
「あいつが浮気なんかするわけねぇだろ?オレしか見てないぜ?」
オレは全く気にせず、メシを食い始めた。

「ところで新婚生活はどう?」
なんでみんな新婚っていうんだろう?
「あー。まあまあかな?」
「ウィンリィ達が、ロイさんが感じるようになってきたって狂喜してたよ。
 その後が知りたいってさ。」
「前よりはな。つらいだけってのはオレもイヤだから嬉しいけど、まだすげぇ感じるっていうんじゃ無いみたいだ。」
男同士って、どの位まで快感なモノかオレには解らない。

「ロイさんにもっと感じて欲しい?」
「ああ。そりゃな。当たり前だろ?」
なにやらごそごそと鞄をあさっている。
「でさ、兄さん。そこでこれを試してはどうかと。」
アルがチューブを取り出す。
「あ!?ナニそれ?」
「イワユル媚薬ってヤツ?」
「なんでそんなモンお前が持ってんだよ?」
「試しにと買ってみたんだけど。
 どの位効くものか解らないし、ヘタにオンナノコに使って失敗したら犯罪でしょ?
 いや、例え合意の上でもさ。」
「アル…。」
使う段階で犯罪じゃないのか?
違うのか?
オレはそんなもん誰にも使ったことがないから解らない。

「それをヤツの躰で試せと?
 性別は関係ないのか?」
「粘膜から吸収するタイプだから、どっちにも使えるんじゃないの?」
「躰に悪そうだぞ?」
「いや、怪しい成分は入ってないよ。覚醒剤とかの類でもないし、違法な薬剤も入ってない。」
「ホントかぁ?」
アルが持っていると言うだけで全てが怪しく感じるのはオレだけじゃないハズだ。

「気が向いたらでいいからさ。使ってみてよ。
 あ、できるなら塗った後、どの位で効果が出るのか知りたいからあまり刺激せずに時間を計ってくれると嬉しいな。
 反応も後で報告してね。」
「お前…あいつを実験材料にさせるつもりか?
 兄ちゃんの恋人をなんだと思ってんだ!?」
「いや、ほら。円満な夫婦生活に貢献したいだけだよ?」
「誤魔化すな!オレはこんなもん、使わねぇよ!」
それでも強引にポケットに突っ込まれた。
こんなん使うかっつぅの。
オレが生身で感じさせてやるぜ!


5時半を過ぎた頃
「兄さん。定時も過ぎたことだしロイさんに応援コールをしてあげたら?」
何事か含んだような声でアルが言い出した。
「あ?仕事の邪魔になるだろ?」
折角やる気になってるのに。
めずらしいことだろう。
「ちょっとなら却ってヤル気が出るよ。声を聞くだけでも喜ぶんでしょ?」
んー。そうかな。そうかもな。
「じゃ、掛けるか。」
照れくさいので資料室で掛けた。

「はい。署長室です。」
ホークアイさんだ。
やっぱり付き合わされて残業してんだ。
なんか申し訳ないな。
「エルリックです。ショチョウをお願いします。」
「エルリック先生。先日は可愛いお弁当袋を有り難うございました。
 早速愛用させて戴いてるわ。
 あら?無能は定時にあがってこちらを疾うに出たけれど?」
まだそちらについてないのかと聞かれる。

「あー。買い物でもしてるのかも知れませんね。
 すみませんでした。失礼します。」
「いいえ。失礼致します。」
ツー、ツー、という音をぼんやり聞いていた。
「どうだった?」
オフコンの前に戻るとアルが聞く。
「いなかった。…定時に帰ったって。」
「やっぱりね。」
やっぱり?

「アル!?どういうことだ?」
「兄さん、ロイさんが来たときの電話、覚えてる?」
「あー。お客さんが例のアメリカンカールの美人猫、オレに譲ってもいいって言ってくれてさ〜♪
 いや、結局手放しゃしないんだろうけど、ちょっと嬉しいよな。
 一時の夢ってヤツ?」
思わず顔がにやけてしまった。

「そうそう、それ。誤解してるでしょ。きっと。」
「は?」
ナニを?
「お嬢さんは美人だ。ずっと嫁に貰いたいと本気で思ってた。結婚の申し込みに行きます。で、逢えるのを楽しみにしてると伝えてくれと。
 これしか聞いてないんだよね。ロイさん。」
「はあ!?だって猫だぞ!?」
「だからその部分は聞いてないっていうか、兄さん一言も言ってないでしょ?」
猫好きな人にとって猫はペットではなく、家族の場合が多い。
だからついそういう言い方にこっちもなってしまう。

「誤解…してんのか?」
「だろうね。女性とデートって、本当だと思うよ。」
「あいつが…浮気?」
「しようとしてるだろうね。
 ロイさんが兄さんしか見て無くても女性にモテるのは事実だし。相手には困らないでしょ?」

あ、面白くない。
すごく。
「…腹立ってきた。」
「いや、誤解させた兄さんにも責任はあると思うけど?」
「だからって確かめもせず、いきなり浮気するか?
 オレをそんなに信じてないのか?」
「ボクに言われても困るけど。
 普段から負い目を感じてるだろうしね。同性だし、ずっと年上だし。
 いきなり直情的な行動に走るのにはボクも驚いたけど。」
「…あいつは結構嫉妬深いんだよ。つか、すごく嫉妬深い。
 すぐ拗ねるし。」
「へえ。そうなんだ。さすがツンデレ。」
アル、お前ホントに楽しんでるだろ?

「あー。ダメだ。ムカツク。
 今日はこれでキリがいいから帰る。
 …明日も休むかも知んねぇ。
 資料がそろってるところは終わってるからいいよな?」
知らず声が低くなってるな。オレ。
「ひ〜。兄さん鬼畜入ってるよ?
 ロイさんを壊さないようにね。」
壊しゃしねぇよ。
大切な男だ。
「ああ。多分な。」
それでも腹が立つことには変わりがない。
なんでオレを信じないんだ?


メシを作る気にも食う気にもならず、オレは暗いリビングのソファにずっと座っていた。
女性に嫉妬している訳じゃない。
オレになんの確認もせず、信用しなかった男に腹を立てているんだ。
オレがどれだけ好きだと、ずっと一緒にいたいと伝えても信じてなかったってことだろ?
それが一番悔しくて腹が立つ。

何時間経ったんだろう
玄関を開ける音がした。
さすがにインターフォンを鳴らす気にはならなかったようだ。
オレはそのままリビングに座っていた。
オレの部屋、書庫、寝室、キッチンと覗いているらしい。
最後にリビングに来た。
灯りを付けて初めてオレに気付いたようだ。

「よお。楽しんできたか?」
自分でも思っていないほど低い声だった。
「ここにいたのか。」
男の声も不機嫌で低い。
「で、楽しかったのかよ?」
もう一度聞く。
ちら、とオレを見て面倒くさそうにコートを脱いだ。
コート掛けに掛けろっていつも言ってんのに。

オレはソファから立ち上がって男のスーツの襟を掴んだ。
「なんとか言えよ!」
「言いたいことがあるのは君だろう!?」
オレを睨んかだと思うとすぐその瞳を逸らす。
「私が何をしようと、もう君には関係ないだろう?
 若いお嬢さんと結婚するくせに!」
やっぱりそう思ってたのか。
オレを全く信用せずに。

「ああ。生後3ヶ月のアメリカンカールのお嬢さんとな!
 結局飼い主は手放さないだろうから、顔を見に行って終わるだろうけど!
 それでもいいんだよ!
 オレには甘えたで美人な最上級の黒猫がいるからな!」
驚いた顔でオレを見る。
「え…?猫?」
「そうだよ!猫だ。オレは猫が好きで、ずっと飼いたいと言ってたんだよ。
 今日譲ろうかと初めて言って貰ったんだ。
 で、あんたは誰とナニをしてきたって?」

戸惑った表情を浮かべて黙っている。
「ほら。言ってみろよ!
 オレがずっとあんたを好きだって、一緒にいたいって言ってたのを信じもしないで!
 誰とどこでナニしてきたのかオレに言えよ!!」
襟を引き寄せた拍子に石けんの匂いがした。
それを嗅いだ途端、オレはキレた。

「いや、躰に聞くから言わなくていい。」
オレはこれ以上ないほど低い声で告げ、そのまま男をソファに押し倒した。





税務署の仕事納めは12月28日だったことが先日判明。(作内では29日と言ってしまってます。)
しかし直そうとすると、『遊』からおかしくなるので放置プレイさせて戴きます。
申し訳ございません。


Act.27

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.27
「遊 脇道」Act.27
08.12.24up
「待っ…!セン…!?」
もうオレはナニを聞く気もなかった。
男のネクタイを外し、それで瞳を塞いだ。
暴れる両手を後に廻し、引き抜いた男のベルトでまとめて括る。

「厭だ!外してくれ!」
目隠しになのか腕を拘束されていることになのか。
いや、両方にだろうな。
ヘンに思考の一部は冷めている。
怒りのあまりに。

「ネクタイだとすぐ外れるな。」
冷静な低い声が自分の口から出た。
オレは棚へ走り救急箱から包帯を取り出すと、男の躰に乗り上げて抑えながらネクタイを外して男の瞳を塞ぐよう頭に巻いた。
「センセイ…悪かった。謝るからやめてくれ!」
頭を振って逃れようとする男が言い募る。

「ナニも言わなくていいっつったろ?…黙ってろ。」
男の頭を押さえつけて、それでも瞳に強く食い込まないか確認しながらぐるぐると巻いていった。
結び目が瞳の上に来ないよう気を付けて。

ワイシャツのボタンを外していく。
必要以上に男の躰には触れない。
後ろ手に拘束しているからスーツもワイシャツも脱がせられないが、まあ前をはだけさせれば用は足りるだろう。
ベルトを外したズボンも下着ごと一気に脱がした。

「センセイ!私が悪かった!これを外してくれ!」
必死な声が却ってオレを煽る。
どうしてくれよう。
それしか頭になかった。

2日抱かなかったせいか、鎖骨に付けた所有痕が薄れている。
そこを強く吸いあげて痕を付けた。
耳朶から指をすべらせ、胸の先を弄ぶ。
ひくり、と躰は揺れるがいつもより強張っているようだ。

「センセイ…声を…。」
後ろから抱くときも声をねだっていたな。
オレに抱かれているのが解るようにと。
声を、と一瞬思ったが聞かせる気になれなかった。
どうしても赦せなかったから。
オレの言葉を全く受け止めも信じていてもくれなかったことに。

オレは無言で男の躰を愛撫し続けた。
いつもより時間を掛けて。
「センセ…お願…だ…声を…聞かせ…。」
段々感じるよりも躰の強張りが大きくなってきたようだ。
快感からではないだろう、躰が震えている。
オレは一瞬迷ったがアルに渡されたチューブに手を掛けた。
これ以上強張らせるよりは感じさせたいとも思って。

「ひ…っ!?…ぃっ…ぁあ…っ!」
いきなり突き立てられた指に男が悲鳴をあげる。
どの位塗り込めばいいモノなのか今一つ解らない。
おそらく潤滑剤の代わりに使うモノなのだろう。
何度か塗り足して、解し終えると男から離れた。

「センセイ…もう…やめてくれ…。
 これを…外して…。
 …私が悪かったから…。」
オレは男の言葉を無視し、黙ったまま触れもせず様子を見ていた。
別にアルに言われた通り観察をするつもりはなかった。

「…やめて…くれないか…?」
自分の怒りを押し留める時間が欲しかった。
「せめて…声だけでも…お願いだ…センセイ…」
ただそれだけだった。


やがて男の様子が変わってきた。
息が乱れて躰が朱に染まり始める。
ああ、ホントに効くモンなんだな。
そんなことをぼんやり思った。

「な…センセイ…?…っ…なにを…?」
自分でも躰の変化に気付いたんだろう。
戸惑った声をあげている。
「ん…っ…」
強張っていた躰が解け始め、男のモノが勃ちあがりだした。

「…っ!…ぁ…センセイ…」
目隠しをされ手を拘束された男が躰をひくひくと揺らす。
それは酷く扇情的な眺めで、背徳的な欲情をオレにもたらした。
「…センセイ…お願いだ…声を聞かせてくれ…。」
快感からなのか戸惑いからなのか男の躰の震えは止まらない。

「…っふ…ぁ!…ぁ…センセ…」
先端から雫を洩らしながら身を捩る様に、オレはもう我慢ができなくなった。
ごく、と喉を鳴らし男の脚を開かせると、一気に突き挿れる。
「ひ…ぁっ!…ぁっ…ぅん!」
挿れた途端、蠢く内部がオレを更に奥まで誘い込む。
快感にたまらなくなり、ギリギリまで引き抜いてまた最奥まで突き上げた。

「やっ…ぁあ!…は!」
何度も繰り返し突き上げると背を反らし快感に喘ぐ。
「や…やめ…っ!は…ぁ!
 も…おかしく…なる…ッ!」

これほど善がる男は見たことがない。
「…ぁ…ぁ!…いやだ…ぁ!」
もう怒りなどどこかへ飛んでいた。
ただこの躰がもたらす快感に溺れ、激情のまま何度も何度も突き上げ続けた。

「や…めて…下さ…。…ちで…か…ら…。」
「?」
口調の変化に動きを止めた。
「…も…お願…」
夢と同じ言葉?
躰も快感からではなくガクガクと痙攣を起こすように震えていたことに、その時初めて気付いた。

オレは慌てて目隠しを外した。
もどかしく腕のベルトも外す。
ゆっくりと開いたその瞳は焦点を結んでいなかった。

「…やめ…下さい…。お願いし…」
「おい!ショチョウ!」
オレへ焦点が合わないままの視線が向けられる。
「…ド…エド…助け…。」
かく、と力が抜けそのまま気を失った。

ざ、と血の引く音が聞こえた。
オレは…ナニをした?
精神に傷を抱えたこの男に。
意識を手放した男の躰を抱きかかえてオレは自分の行動に呆然とした。

あれほどオレの声を欲しがっていたのに。
あれほどやめて欲しいと懇願していたのに。
あれほどオレに抱かれていると確認したがる男を拘束して目隠しをして。

外した包帯は重たいくらいだった。
男の涙で濡れて。
どれだけ不安にさせたんだろう。
どれだけ怖い思いをさせたんだろう。
どれだけオレの声を聞きたかったんだろう。

「ごめん。…ごめん。オレ…。」
どうしよう。
一番大切で、一番護りたい人を自分が傷つけてしまった。
誤解させたのはオレだったのに。
信じて貰えなかったことに腹を立てて。
信じさせてなかったのは自分だってことも忘れて。

言われたじゃないか。
『全然安心できない。』と。
その言葉に
『あんたを安心させられるよう、頑張る』と答えたのはオレ自身だったのに。
あの時、オレですらこいつを安心させてないことを解っていたのに。
「ごめん…。」
どうすればいいんだろう?


「…ごめんな。」
服を脱がせて躰を清め、ベッドへと横たわらせた。
アルが寄越した薬もどの位覚めているのか解らない。
いくら腹が立っていたとはいえ、怪しげな薬まで使うなんて。
オレはなんてことをしてしまったんだろう。

男の呼吸は浅くてまだ少し荒い。
もう大分時間が経っているのに。
躰もうっすらと朱が差したままだ。
「どうしよう…。」
苦しいんだろうか?
夢の中で、またつらい目に遭っているんだろうか?
オレはどうやって償えばいいんだろう?

「は…ぁ…っ!…ぁ…。
 …エド…エドワード!」
空中に手を伸ばしてきた。
オレはその手を掴んで叫んだ。
「おい!ロイ!オレはここだ!」
瞳を開いてオレを見つめた。

「ああ…。やっと…たどり着いた…。」
「? ナニ?」
言ってるんだ?
「門を抜ければ…きっと…君に逢えると信じていた。
 ああ…ようやく…逢えた…。」
乱れた息を整えるように大きく深呼吸を繰り返している。
『モン』ってなんだろう?『門』?

「エド…躰が…おかしいんだ。
 抱いて…くれないか?」
まだ意識がしっかりとは戻っていないようだ。
オレを名前で呼んでいる。
アルの薬も切れていないんだろう。
「ん。抱いていいか?」
「抱いて欲し…い。…君が欲しくて…。」
「…ん。オレを…エドワードを…受け容れてくれよ?」
「ああ。」
ふ、と息を吐きオレを受け容れる呼吸になる。

オレは男を抱いた。
深く何度も突き上げながら。
ずっと泣きながら。
ずっと名前と謝罪の言葉を告げながら。
男はさっきとは違い全身で悦びながら快感に喘いでいた。
その満ち足りて安心しきった様子が更にオレを苛んだ。


翌朝、目覚めると男がベッドに座ってオレを見下ろしていた。
「あ…?はよ。」
こいつがオレより早く起きるなんてめずらしいな。
そんなことを思っていると
「すまなかった!赦して貰えないだろうか!?
 猫の話だとは思わなかったんだ!」
必死な声で頭を下げた。
よく見ると正座をしている。

「あ?なにが?」
オレは上半身を起こしたが、まだ良く覚醒していなかった。
「昨日、ご婦人を抱いた。浮気をしたんだ。
 …赦して貰えるだろうか?
 もう二度としないから!」

その声と内容で、やっと瞳が覚めた。
こいつ…オレにされたことは覚えていないんだろうか?
「あー。昨日家に帰ってからのことは覚えているか?」
男は少し考え込んでいた。
「え…と、帰ったら君が怒っていて、ソファに押し倒された。
 私はそのまま眠ってしまったのか?
 気が付いたらベッドで寝ていた。」
ホントに覚えていないんだろうか。
それともオレを責めないために忘れたフリをしているんだろうか。

「ごめん。謝るのはオレの方だ。
 無理矢理あんたを抱いちまった。
 …怪しげな薬を使ってな。」
「ああ。昨日抱いてくれたのか。
 覚えていないのは残念だな。
 …それより、すまなかった。
 赦してくれるか?」
「それを聞きたいのはオレの方だって。
 あんたを泣かせちまったんだ。
 …赦されることじゃ無いんだが…その…すまなかった。」
「それは覚えていないのだから謝ることもない。
 君に抱かれるのは私が望むことだ。」
「ヘンな薬を使ってだぞ?」
「覚えていないことは怒りようがない。
 それは忘れてくれたまえ。」
本当に覚えていないのか?
オレを責めたくないだけじゃないのか?

「それよりもセンセイ。私を赦してくれるか?」
「浮気は、オレにも責任がある。
 お客さんの猫を人間と思わせてしまったのはオレも悪かったからな。
 だからもう気にするな。
 あのさ。朝メシ、トーストとベーコンエッグでいいか?
 シリアルを切らしてるんだ。」
尚も謝罪の言葉を口にする男を止めさせた。
オレもそれ以上昨夜のことを男に言わなかった。
きっとオレの謝罪なんてこいつは受け容れようとしないだろうから。

朝食をすませる頃、男が熱を出していないことに気付いた。
そういえば昨日も抱いた後吐かなかったな。
ようやく慣れたと男は嬉しそうだった。

このままナニも無かったように日々が過ぎてくれればいい。
そんなムシのいい話などないのだけれど。
オレは自分の罪以上に男の精神が乱れることが怖かった。





あー!
鬼畜い兄さんを書くのは楽しいなぁッ!!
なんか何処かがすっきりした気分だ!



Act.28

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.28
「遊 脇道」Act.28
08.12.24up
その日オレが休むつもりだったと言うと、男もあっさり休みを取ってしまった。
まあこの時期忙しいのは個人課税部門位なモノだろう。
公休が余ってるって言ってたしな。(ホントだろうな?)
デートでもするかと聞くと、ずっと部屋で一緒にいたいと言う。
本でも読みたまえと言うので、オレは書庫から本を持ってくるとソファに座った。
(当然書庫まで男はついてきた。手を繋いで。)
男が隣から抱きついてくる。
体重が掛かって重かったが、オレは文句を言わなかった。
もうなんでも男の好きなようにさせたかったから。

しばらくそのまま過ごしていたが、そのうち退屈したのかちょっかいを出してきた。
髪を掬ってキスをしたかと思うと耳元に鼻を埋めてくる。
ずるずると下にさがり、オレの腰に腕を廻して膝枕をしていたかと思うとふいに顔を上げて頬にキスしてくる。
「…。」
オレは読書どころではなかったが、本を離そうとするとその度に読んでいて構わないと言う。

今はオレの膝に仰向けに転がり、指先でオレの袖口を突っついている。
「…あのさ。」
本を顔から離して聞く。
「ん?なんだね?いいから本を読んでいたまえよ。」
他意のなさそうな表情をみると嫌がらせではないようだ。

「…さっきからナニしてんの?
 退屈なら話しでもしようぜ。
 ケーキかなんか焼いてやろうか?」
にこ、と笑うその顔はとても安らいでいて、オレもなんだか安心する。

「飼い主の読書の邪魔はしたくない。
 じゃれているだけだ。気にしないでくれたまえ。」
いや、おもきし邪魔されてっけど?
つか、なんだって?
「猫…のつもりか?」
確かにこいつは黒猫だと思うが。

顔を上げてきて今度は頬をぺろりと舐めた。
「ああ。君が猫を飼いたいと言っていたから。」
発想は嬉しいが無理がある。

「…猫は自分が遊びたいときは来るクセに、飼い主が構おうとするときゃ逃げんだぜ?
 こんな常に甘えてくっついちゃぁこねぇ。」
「君が読書で構ってくれないから、こうしてじゃれているんじゃないか。」
「じゃ、遊んでやろうか?ほら。逃げるか?」
本をテーブルに置いて頭をくしゃくしゃまぜると
「今は私が遊びたいんだ。だから逃げない。」
また膝に頭を乗せて頬を擦り付けている。
どうやったって離れる気なんかないんじゃんよ。
解ってるけどさ。

「まあオレから逃げない猫って最高だけどな。
 もともと最上級の黒猫なんだし?」
乱れてしまった髪を撫でて整え、喉に指を滑らせる。
さすがにごろごろと音は出さないが、小さく
「にゃあ。」
と鳴いた。

それはあまりにも猫とかけ離れてはいたが、眩暈がするほどかわいいと思った。
そう思った自分の感覚にも眩暈を憶えたが。
も、いい。
オレはどんなに感覚が狂おうとも、ずっとこいつといられるんならそれでいい。

その後オレは本を手に取らないまま膝に寝転がっている男の髪を撫で、時折ぽんぽんと軽く背中を叩いていた。
男はそうされるのが好きだから。
「眠かったらこのまま寝ちまえよ。ずっとこうしててやるから。」
「んー。折角一緒にいるのに寝てしまうのはもったいない。」
かわいいことを言う。

「薬飲んでんだろ?眠いんじゃないのか?」
「飲んでいない。」
「ちゃんと決められた時間に飲めよ。」
「センセイとゆっくり過ごせるときに眠りたくないから厭だ。」
我が侭なところはホントに猫だ。

「なにか話しをしてくれたまえよ。」
仰向けになってオレの顔を見上げてくる。
「ん?そうだな。」
どんな話題がいいんだろう。
なにかこいつの気が晴れるような話がいいな。

「ああ。確定申告が終わったら旅行にでも行かないか?
 あんたの仕事の方はどうなんだ?」
髪を撫でながら提案すると嬉しそうに微笑んでくれた。
「私の方は休みは取れる。署長なんて忙しいものじゃない。」
ホントかよ。
その分ホークアイさん達が大変なんじゃないか?

「ゴールデンウィークは忙しいのかね?やはり3月決算が多いのか?」
「ああ。大きい会社は3月締めがまだ多いからな。5月はちょっと無理だ。
 3月末か4月に少し暖かいところに行くか。」
「いいな。センセイはどこがいい?」
「んー。静かなところがいいよな?景色のいいところ。
 ダブリスはどうだ?南方だからあったかいしな。
 確か大きな湖があったろ?」
「カウロイ湖か。釣りができるな。」
「へえ。あんた釣り好きなんだ。」
「ああ。」

「あと静かなところ…リゼンブールなんかいいかもな。」
「リゼンブール…。」
「あ、そうだ。あんた博物館とか好きだろ?
 その近くのイシュヴァールに歴史博物館があるらしいぜ?」
びく、と躰が揺れた振動が膝に伝わってきた。
「ん?どした?寒いのか?」
オレはリモコンを取り、エアコンの温度を上げた。

「でさ、この前の大戦で随分資料が散逸してたらしいんだけど、最近以前の規模まで揃ってきたって新聞に書いてあったんだ。
 車で行くか、レンタカーでも借りれば足を伸ばせる…おい!?」
返事が無いからおかしいと思い見下ろすと、男は蒼白な顔をして躰を強張らせている。

「どうした?
 おい!大丈夫か!?」
「…センセイ…悪いが、薬を持ってきて貰えるか?」
掠れた声で絞り出すように言う。
「ああ。すぐ取ってくるから。待ってろ。」

オレは走って薬と水を持ってきた。
横たわる男を起きあがらせる。
「…ありがとう。」
「礼はいいから早く飲め!
 だから規則的に飲めって言ってるだろ?」
どうしたんだろう。
いきなり飲むのをやめたから副作用が出たんだろうか。
そんなに急に出るモノなのか?

まだ青い顔をして躰を震わせている。
「大丈夫か?薬はどの位で効いてくるんだ?」
「ああ…。小一時間もすれば落ち着く。
 センセイ…抱きしめてくれないか?」
オレはそっと苦しくないように男の躰を抱きしめた。
「もっと強く。」
ぎゅ、と力を入れて抱きしめる。
「なにか…話しをしてくれないか?声が聞きたい。」
顔が見えないせいだろうか。
安心させてやらなくちゃ。

「あ…ああ。えっとさっきはなんの話をしてたんだっけ?」
「いや!…話題を変えよう。
 イシュヴァールは…その、歴史が陰惨でな。
 あまり好きではないんだ。だから…」
あれ?歴史ではそう習わなかったけどな?
「確か300年くらい前の内乱で一度焼き払われて廃墟になったけど…」
「やめてくれ!」
いきなり突き飛ばされた。

「!?」
こんなことは初めてだ。
「ああ…。すまなかった。
 …その話はやめてくれないか?」
肘置きに背中から倒れたオレの腕を引いて起こしてくれた。
「いや、オレが悪かったよ。嫌いだって言ってんのに。ごめんな。」
突き飛ばされたオレよりも傷ついたような顔をしている男を抱き寄せて、その背中をぽんぽんとあやすように叩く。

「もっと楽しい話しをしような。
 あんたはもっと綺麗なモノを見た方がいい。
 やっぱりダブリスに行こうか。
 昼は釣りをして、夜は星を見よう。」
まだ震えている。
大丈夫だろうか。
薬が効いてくれば治まるモノなのか?

「ああ…。そうだな。センセイ、君の瞳が見たい。」
「ん?」
男は自分からソファに倒れ込み、オレの腕を引いた。
オレは男を見下ろす格好でその顔を見つめる。

「オレの瞳がどうしたんだ?」
まだ顔色が悪い。
「君の瞳が好きなんだ。
 美しい金色のこの瞳が。力強くて生命力に溢れていて。」
じっとオレの瞳を見つめているうちに落ち着いてきたのか、少し身体の震えが治まってきたようだ。

「そうか?オレはあんたの漆黒の瞳が好きだけどな。
 濡れて輝く宝石みたいだ。
 …黒曜石っていうのかな。」
「オブシディアン?」
オレの言葉に小さく笑う。
ああ、よかった。
笑ってくれた。

「ああ。好きだよ。黒い瞳も。黒い髪も。
 この白い肌も。
 あんたの全部が好きだ。
 嫉妬深くてすぐ拗ねる甘えたなところもな。」
オレも笑ってキスを落とす。
「私も君の金色の瞳と金色の髪が好きだ。
 君の髪は太陽の光のようだ。
 優しいところも強いところも…君の全てを愛している。」
うなじに手を廻してオレを引き寄せる。

舌が痺れるほど深く何度もキスを交わす。
きっとこいつはオレにまた『抱いて欲しい』と言うんだろう。
ならオレから言った方がいいのかも知れない。
求められるから抱くんじゃなくて、オレがこいつを求めてるんだと知らせたい。
実際もうオレはこいつが欲しくなってるんだし。
躰の震えが治まったし、顔色も大分戻ってるから大丈夫だよな?

「な?」
「ん…?なんだね?…センセイ。」
男の息も乱れている。
「抱いていいか?あんたが欲しい。」
ふ、と笑ったその顔はとても綺麗で、でもどこか儚かった。
「ああ。嬉しいよ。センセイ。
 …全てを忘れられるほど…壊れるほどに抱いて欲しい。」
そりゃたまらない煽り文句だったけど
「大事なあんたを壊す訳にはいかないよ?
 もっと大切に抱いてやる。」
昨日壊しそうになったコトこそ忘れたいです!

「いや…忘れたいんだ。なにもかも。
 もう赦されたい…。」
ナニを言っているんだろう?
しかしまた穿り返して精神を乱すようなことはしたくない。
「そうか…。じゃあ、あんたをオレで埋め尽くすよ。
 忘れたいことよりもオレのことしか頭に浮かばなくなるくらい。」
「ああ…そうして欲しい。センセイ…愛している。」

オレは自分で歩くという男をキスで黙らせ、抱き上げると寝室へ運んだ。
ベッドにそっと降ろすとオレを引き寄せ
「センセイ、お願いがあるんだが聞いて貰えるかね?」
甘えた声で言う。
オレは内容なんか問うまでもなく
「ああ。なんでも聞いてやる。どうして欲しいんだ?」
先に確約を渡す。

「先程薬を飲んでしまったから、きっと私はこの後眠ってしまうと思うんだ。」
「そうだな。ゆっくり眠れよ?」
薬のおかげでイヤな夢は見ずに済むだろう。
「ああ。で、その間にケーキを焼いて貰えるかな?」
「は?」
「さっき言ってくれたじゃないか。ケーキでも焼こうかと。」
「あ…あ。言ったな。」
「この間の栗を使ったケーキが食べたい。」
にっこりと笑って言う。

「…解った。あんたが寝てる間に焼いておくよ。」
「ありがとう。それは気分良く目覚められるな。」
ああ。そうか。
夢を見ないのもそうだけど、目覚めたら楽しいことが有るというのはこいつにとって必要なコトなのかも知れない。

「起きたらまずキスしてやる。
 それから一緒に風呂に入って、あがったらケーキを食おう。
 スコーンも焼いて、サンドイッチとミートパイも作っておくからゆっくりとアフタヌーンティーをしような。」
オレの言葉に本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「ああ。とても楽しみだ。」
「ああ。そうだな。
 じゃあその前にオレにあんたを食わせてくれるか?」
破顔する男にオレも笑いかけてそのすべらかな肌に掌を匍わせる。
「っ…ん…。」
途端にあがる甘い声に酔わされそうになりながら、オレはゆっくりと時間を掛けて男を愛した。






すみません!すみません!
マスタング税務署長の「にゃあ。」がどうしても書きたかったんです!
しかし今になっても、キモイのかサブいのか萌えるのかの判断が自分の中でもつきません。



Act.29

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.29
「遊 脇道」Act.29
08.12.24up
ああ。綺麗だ。
オレの目の前には一面の紅蓮の焔。
そして紅い稲妻。
全てを焼き尽くす。
美しい焔。

ああ、ダメだ。
あいつは焔が苦手だ。
ここから離してやらないと怖がってしまう。

この美しい焔を指先で産み出すクセに。

違う。
…はもっと苛烈な瞳でオレを導いてくれる。
でも振り向いた顔はオレの…で。
そうだ。
この自信に満ちた不遜な笑顔。
この美しい焔を産むのはオレの愛しい…。


ぴーぴーぴー…。
電子音で瞳が覚めた。
イカンイカン。
いつの間にうたた寝していたらしい。
オレはダイニングキッチンの椅子から立ち上がった。
電子レンジがミートパイを焼き上げた。
うん、やっぱオーブン機能付きにしたのは正解だったな。

あれ?
オレ、今夢を見てた?
んー?
どんな内容だったっけな。
大切な愛しい人がいたような…。
じゃ、きっとオレ、ショチョウの夢を見てたんだな。
愛だなー。愛。

既にマロンケーキもスコーンも焼けている。
サンドイッチは冷蔵庫で冷えている。
キューカンバーではあの肉好き男が納得しないだろうから、ハムとトマトとレタスのサンドにした。
野菜だけだと食べようとしない男のためにミートパイにはたっぷりの野菜を刻んでまぜてある。
混ぜ込むパン粉を浸すのももちろん牛乳ではなく、野菜ジュースだ。
後はポテトサラダを作ったからまあいいだろ。

カスタードクリームが冷えたな。
上下に切ったマロンケーキにカスタードクリームを挟んで上から生クリームを掛ける。
飾りで上から栗を散らせば完成だ。
うん。相変わらずいい腕してるぜ。オレ。
そうだ。そろそろ次の薬の時間になるな。
ケーキを冷蔵庫に入れて薬と水を持ち、男の様子を見に行く。

男が眠っている間に洗濯と簡単な掃除を済ませた。
もう外は夕闇だ。
少し開いた寝室のカーテンをぴっちり閉め、ベッドに腰を降ろす。
男の寝顔は穏やかだ。
よかった。
急に起こさないよう、そっと髪を撫でる。

ゆっくりオレのところに来い。
額にキスを落とすと目蓋があがる。
オレの顔を認めると嬉しそうに笑った。
「センセ…。…ん?」
訝しげな顔をする。
「あ?どうした?」
具合でも悪いのか?

「ん…吐いてもいないのに…喉が痛い。」
そういえば声が掠れている。
思い当たりオレはくす、と笑った。
「あんた、啼きすぎたんだよ。」
「?」
「憶えてないのか?」
「…!」
思い出したのか途端に顔が紅く染まる。

時間を掛けて焦らしたせいか、男はめずらしく乱れた。
『もっと』とオレをねだって、いつもは抑えようとする甘い悲鳴をあげ続けていた。
それだけ感じるようになったのはオレも嬉しい。

しかし初めて聞いたな。
あの涙を零しながらの『センセイ…いい…ッ!』はマジで燃えたね。
「まだ耳に残ってるよ?」
囁くと更に耳朶まで紅く染め、瞳を逸らす。
これ以上いじめるとまた拗ねちまうだろう。

「なあ。起きたらのお楽しみ、憶えてるか?」
話題が逸れてホッとしたのか、視線がオレに戻った。
「…口づけを。」
「そうだ。」
触れるだけのキスをそれでも丁寧に落とす。

「それから?」
「センセイと風呂に入る。」
「そうだ。もう沸いてるぞ。すぐ行くか?」
「ああ。」
「じゃあほら。薬飲んで。」
「ん。」
「歩けるか?抱いていこうか?」
「大丈夫だ。歩ける。」

薬を飲み終わって、立ちあがろうとする。
「わかった。じゃ、抱いていこうな。」
オレは布団を捲って抱き上げた。
「歩けると言っている!」
また顔が紅くなる。
「暴れると落ちるぞ?」
オレは取り合わない。
もうめちゃくちゃに甘やかしたいから。
「…。」
男はオレの首に腕を廻した。

「なあ?」
躰を洗い、膝の上というよりは間に男を横抱きにして湯に浸かっていた。
ここんちのバスタブが贅沢に広いからできるワザだな。
なぜ後ろから抱きしめないかというと、オレの方が背が低いからだ。
男はこの体勢に最初は少し抵抗したが、今は大人しくオレの肩に頭を凭れ掛けている。
「ん?なんだね?」
その声は満ち足りているようで嬉しい。

「こうやってさ。毎日あんたが目覚める度に楽しみなことを用意したいな。」
「…。」
少し驚いたようだが、やがてくすくす笑い出した。
「ん?ナニ笑ってんだよ?」
「いや。嬉しいよ。
 私にとって、瞳が覚めればセンセイがいてずっと一緒にいられるなら。
 それが目覚めるに値する楽しみなのだがな。」

男の肩に廻した腕を少し緩め、顔を覗き込む。
「そんなことよりも、もっと楽しみなことだよ。」
今日みたいにさ、と言うと
「一番楽しみなのは、君がいること。
 私が一番欲しいものは君と過ごす時間だ。
 だから今は幸福だ。他に何もいらない。
 もっと楽しいことなんて無い。」
儚げに笑う。

「あんたもっと欲を持てよ。もっと欲張れ。」
「私が欲深いことは君がよく知っているだろう?
 底なしに君が欲しい。これから先の全ての時間を君にいて欲しい。」
「そんなんじゃなくてさ。
 オレはずっとあんたと一緒にいるよ。
 それ以外にオレになんか要求しろって言ってんの。」
「だってもう与えてくれてるじゃないか。
 君は私に触れてくれる。私を抱いて一緒に眠ってくれる。
 君は私に笑いかけてくれる。同じ話題で会話をしてくれる。
 君は食事を作ってくれる。それを一緒に食べてくれる。
 君は私にいろいろな景色を見せてくれる。一緒に同じものを見てくれる。
 なによりも私の前に存在してくれている。
 これ以上望むものなど無いが?」
どうしてこんなに欲がないんだ?

「なにかオレにして欲しいこととか他にないのかよ?」
聞いたオレの肩に頭を凭れ掛けて男はしばらく黙っていた。
オレも男の言葉を待って沈黙していた。

「君にでないなら、願い事はある。」
しばらくして、ぽつり、と男は言った。
「願い事?オレへの要求じゃなくて?」
「ああ。もうセンセイに要求など無い。
 私の側にいてくれれば。
 ただ、願い事なら一つだけある。」
「…なんだよ?」
少しは欲が出てきたのだろうか。
それは嬉しい兆候だ。

「君に願う訳ではないぞ?」
念を押すような声が聞こえた。
「ああ。解ってる。それでも聞きたい。」
少しの間、躊躇うように小さく息をしてから男が口を開く。

「君の猫でいられなくなる日が来るのなら、私は人魚姫になりたい。
 …それだけだ。」
その願いの哀しさにオレは一瞬押し潰されそうになった。
オレしかいらないという男の、オレがいなくなってしまった時の願い。
それはかつて語られたように救いとして男の口から零れて。

「オレはっ!こんな綺麗な人魚姫が側に来てくれたから、押し倒してモノにした!
 他の女になんか目もくれねぇ!
 だからオレの人魚姫はずっとオレの側にいるんだ。
 いいな!?」
きつく肩を抱きしめて宣言する。
もう二度とこんな哀しいことを男が口にしないように。
「ああ。」
それでも答えた男の声に力はなくて、それが本当に哀しかった。

「他に考えろよ!オレになんか要求しろ!」
我ながら子供じみているとは思った。
それでもさっきみたいな哀しいことなど、もう願わせたくない。
そんなオレの気持ちが解ったのだろうか。
少し思案した後に
「じゃあ…。」
男が切り出す。

「あ?なんだ?何をして欲しい?」
「…腹が減った。もう風呂を出たい。」
ああ。
男はもう今は心情を明かす気をなくしたということか。
今はそれでよしとしよう。
無理に精神を暴きたくはない。

「次のお楽しみだったもんな。
 ではアフタヌーンティーにご招待しましょう。」
「あ、センセイ?」
「ん?なんか思いついたか?」
「ケーキを焼いてくれるのも嬉しい。また作ってくれたまえよ。」
なんかがっくりきちゃったな。
炊事だってケーキ作りだって洗濯だって掃除だって望まなくたってやってやるっつの。

少し頭に来たので男の抵抗を無視して、躰を拭くのから服を着せボタンを填めドライヤーを掛けるのまで全部やってやった。
ついでにダイニングまで抱いて運ぶ頃には男も苦笑していた。

「これは…すごいな!」
並べた料理に男が感歎の声をあげる。
「まあこの時間だ。晩メシも兼ねてるからな。」
男の嬉しそうな顔を見るとオレも嬉しい。

「紅茶はダージリンでよろしいですか?」
コーヒー党かと思っていたが、意外に紅茶も好きなようだ。
オレが幾つかの種類を買うと、その時によりリクエストをしてくる。
「今日はキーマンがいいな。スコーンにはミルクティが合う。」
「かしこまりました。」
オレもキーマンが結構好きだ。
ぜってぇミルクは入れねぇけどな。
男の前にミルクを入れたポットを置く。

「ジャムはいかがなさいますか?」
クロテッドクリーム代わりの手作りバタークリームをテーブルに置いて聞く。
「アプリコットと…そうだな。コケモモのジャムはまだ残っているかね?」
食事に拘らない割に、甘いものには結構凝るヤツだ。
「まだございます。」
ホークアイさんが弁当袋のお礼としてこの前くれたんだ。
めずらしいし、美味いからオレも男も気に入っている。

「あれ、結構探してんだけど売ってないんだよな。」
おっと、つい執事口調で言うのを忘れちまった。
「ホークアイ君も旅行先で見付けて買ったそうだ。」
「直接製造元に通販してもらうか。」
「ああ。その手があったな。ネットで販売しているといいのだがね。」
「探してみよう。」
(後日、ネットで買ったコケモモジャムを食べ、オレ達はホークアイさんがくれた店の手作りらしいジャムが一番うまいという結論を導き出し、それからは直接店から買うことにした。)

話をしながらゆったりと何杯もの紅茶を飲み、少々重めの茶菓子を平らげていく。
オレの小さかったときから今までの話を男は事細かに聞きたがった。
乞われるまま、思いつくままにオレも次々と話した。

「聞いてばっかで、あんたはどうなんだよ?」
オレの失敗談に破顔している男に聞く。
オレだってこいつのことも知りたい。
「ん?私か?たいした思い出などないよ。」
まだおかしそうに目尻の涙を拭いている。
「あんただって学生時代とかあったんだろ?
 なんか話せよ。」
まあ失敗談はなさそうだけどな。

「よく…憶えていないな。楽しいなどと思った覚えもない。」
そういえばなんのために生きているのか解らなかったって言ってたよな。
そんな人生ってあるのかな。

「小さい頃なりたかったものとかはないのか?」
少し考えているようだった。
「さあ。どうだろう。
 いつも目の前に置かれた課題をただ片付けていただけだったな。
 自分からなにかしたいと思ったこともない。」
そう話す男の顔は少し寂しそうに見えた。

「楽しいとか嬉しいとか思ったことが一度もないのか?」
今、不安を抱えながらでもこんなに幸福そうなのに。
すると何か思い出したのか急に明るい顔になった。
「ああ!センセイに初めて逢ったときは嬉しかった。
 世界はこんなに様々な色彩に溢れているのだと知ったよ。
 それと光があるのだと初めて認識した。
 あれはとても嬉しかったな。」
男は本当に嬉しそうだ。
こいつの人生ってホントにオレだけしかないのか?

「その前はなんかないのかよ?」
「その前?…それ以前に楽しい…嬉しい…。」
困ったような顔で顎に手を当てて考え込んでいる。
さすがに自分もナニか思い出を話さないと悪いと思ったらしい。
「いや、無理しなくてもいいんだぜ?」
オレの方が心配になる。

「あ!」
何か思い出したようだ。
「あ?」
オレは言葉を待つ。
「あの時計を見付けた後だ。」
「これか?」
オレはいつの間にすっかり自分に馴染んだ銀時計を取り出す。

「そうだ。それまでも別に色盲という訳ではなかったんだが、色というものを意識できていなかったんだ。
 それに慣れてしまっていたんだが、ある日両親と買い物に行った先で宝飾品店に入ってな。
 おそらく父が母か姉に何かプレゼントでもしようとしたんだろう。」
ようやく思い出らしい思い出が聞けるようだ。
ちょっと安心した。

「それで?」
「うん。そこは貴金属をその日のレートで売り買いする店で、デザイン済みの商品も地金の重さが表示されていて、値段はその日のレートで決まるというシステムだったんだ。」
「デザイン料や加工料はどうなってるんだ?」
どうしてもその辺が気になってしまうのは職業病だな。
「ああ、それは別表示になっていて地金代をプラスするんだ。」
「なるほど。」
それはちょっと面白いシステムだ。
レートによる売買が頻繁に行われないと安定した利益は得られないけどな。
仕入と売上に相対関係がなくなってしまうから。

「そこで当然興味もないのでロクに商品を見ていなかったんだが、ふと自分が金色を認識していることに気付いたんだ。」
そういえば前にもそんなことを言ってたな。
「金色とはとても美しい色なんだと思って、つい『綺麗だな。』と呟いたのを両親に聞かれてな。」
はあ。
「それまで何にも興味を示さなかった私が『綺麗』などと言ったモノだから喜ばれてしまって。」
「なにか不都合でも?」
「私がたまたま見ていた商品が『金塊』だったんだが、その場で買われてしまった。」
「…金塊?」
「ああ。金塊。」
「よく…アニメとかに出てくるあの台形っつーか、あんな形の?」
「そう。地金も扱う店だったので商品ではあったのだが、まさか店側もそれをぽんと客が買うとは思っていなかったらしく随分親に確認をしていた。」
それは…こいつにしては最大級に面白い話かも。

「で、それはどうしたんだ?その『金塊』は。」
「ああ。私も姉も高価なものだから貸金庫なりに預けた方がいいと言ったんだが、両親は『お前が綺麗と思うものを側に置いていつも見られる方がいい。』と言ってな。」
「うん。」
「ずっと私の部屋の机の上にあった。」
「金塊が?」
「ああ。金塊が。」
だめだ。我慢仕切れねぇ!
オレは盛大に笑った。
男も楽しそうに笑っている。

「それ…幾つんときだよ?」
「ああ。確か16…いや、17歳の時だ。」
「金塊を机に乗せてる17歳…!」
あー。まだ腹筋がひくついてるぜ。
「ああ。それでも確かに効果はあったな。」
男もまだ息が乱れている。
「なんの?」
はー、と息を吐いて男に聞く。

「安心、したんだ。その彩を見ていると。
 だからいつも机にそれがあったのは良かったかも知れない。
 それにそこから金相場へ興味が湧いて、そこから経済へと興味が波及して現在の職に繋がったんだ。
 まあ、それも所詮父に与えられた課題でしかなかったかも知れないがな。
 なんにしてもそのおかげで君にも出会えた訳だし。
 私にとってその『金塊』とは運命の出会いだったと言えるだろう。」
結局オレに結び付くのかよ!
あー。腹イテェ。

「安心って?」
さっきちょっと引っかかった。
「ん?金色を見ているとなんだか安心できたんだ。」
「そんなに昔から不安があったのか?」

いつからこの男はこんなに不安定なんだろう。
それはずっと聞きたかったことだ。
今、聞いてもいいだろうか。
「…。」
「言いたくなかったら言わなくていいんだ。
 いつからあんたは安定剤を?」

しばらく男は黙っていた。
オレも返事は急かしたくなかったけど、どうしてももう一度念を押したかった。
「なあ。言いたくなるまでオレは待つよ。
 だから無理には言わなくていい。」

またしばらくの沈黙の後、男が口を開いた。
「幼い頃から厭な夢に魘されていた。
 色々な悪夢ばかり見る子供でね。」
オレは黙って聞いていた。

「ああ、紅茶のお代わりを貰えるかな?」
差し出されたカップに紅茶を注ぐ。
「それはともかく、私の無気力というか何にも興味を示さないことに両親は悩んだらしい。
 随分幼い頃から神経科や精神科へ行かされたよ。
 それでも成績にも行動にも問題がないので特に安定剤を飲むということは無かった。
 人前で不安定になることもなかったからな。」
「…。」

それは一人の時には不安定だったってことか。
こいつが素直に人前でそれを晒す訳がない。
例え両親の前でも。

「14歳くらいの時だったか、友人からタバコを吸うと精神が安定すると言われてな。
 試してみようかと一本貰って吸おうとしたんだが。」
少し間を置いている。
「で?」
「ああ。友人が親切で火を付けてくれようとした、そのライターの火がどうも厭で。
 どうしても咥えたタバコを近づけられなかった。
 …そこで私は一生喫煙者にはならないと決まった訳だ。」
戯けて言うが違うだろう。
そこで決定的になったんだ。
こいつの不安定さが。

「それからは…どうやって抑えたんだ?」
「…やはり君は聡い人間だな。
 ああ。15歳まではなんとか誤魔化して日常を送っていた。
 16歳になると親の承諾無しに安定剤が貰えたのでな。
 …それからだ。薬で平静を保つようになったのは。
 随分楽なものだと…ああ、思えばこれが君に出逢う前、最初に嬉しいと思ったことだったかも知れないな。」
自嘲気味に笑う。

「…そうか。」
そんな頃からなのか。
こいつが薬で自分を保っていたのは。
やはり躰が心配だ。

まだ、『どうして安定剤を飲むのか』は聞いていない。
それでもとりあえず『いつから飲んでいるか』は話してくれたんだ。
これから少しずつ聞いていかれればいい。
オレはこいつをきっと支えていける。
その時はそう信じていた。





Act.30

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.30
「遊 脇道」Act.30
08.12.24up
「でさ、兄さん。」
「んー?」
翌日、2人ともオフコンに向かいながらいつもの軽口を交わしていた。
「結局ロイさんの浮気はどうなったの?」
アル、お前以外とデバガメだな。
「ああ。オレも悪かったしな。
 不問ってことで。」
ちょっと誤魔化し入ってますね。はい。

「ふーん。ホントに?」
アル、お前鋭すぎ。
「ああ。オレも子供じゃないしな。
 ま、あいつも二度としないって言うし。
 今回は赦してやろうかなと思った訳だ。」
「ロイさんを酷く責めたりしなかった?」
クドい!
ってか鋭い!

「ああ、ちょっとは口論になったけどな。
 ま、オレも悪かったんだから仕方ないじゃん?」
「で、媚薬の効果はどうだった?」
どうしてそこに結びつけるかな?
「あ、あれは使ってないぜ?
 あんな怪しいモン、あいつに使えるかよ。」
ひー。これってなんだか拷問。

「どの位の時間で効果が出たの?」
だからどうして使ったって前提で話を進めるかな?
「使ってねぇって!」
「やっぱり乱れた?すごく感じてた?」
「使ってねぇって言ってるだろ!?」
「ロイさんがアレはどこで買ったのかって聞いてきたよ。
 一つ欲しいってさ。」
はいいいいい!?
「な訳ないだろ!?あいつは憶えてないって言って…!」
はっ!
嵌められた…。

オレはキーボードに突っ伏した。
ぴーーーー、と電子音が響く。
「兄さんって、単純だよね。」
お前が溜め息を付くなーーーー!!!

「黙ってろよ?絶対だぞ?」
オレはしつこく薬の効果を知りたがるアルに念を押す。
「あいつもそうだが、特にウィンリィやシェスカ、ああ、母さんにもな。」
「解ってるよ。ボクが使うとしたら他の女性にだしね。」
アル、お前はなんの安心も兄ちゃんにくれてねぇぞ?

「で?どうだった?」
「ああ。効果はあったよ。すげえ感じてた。」
「どの位の時間で?」
「別に観察したい訳じゃなかったけど、結局触りもしないで放っといて10…15分ってとこかな。」
「放置プレイか。兄さん結構鬼畜だね。」
「事情が事情だったから怒ってたんだよ!」
ああ。最早苦しい言い訳?

「薬が抜けるまではどの位かかった?」
抜けるまで?
「え?どうだろ?
 薬が効けばいいんじゃないのか?」
何が知りたいんだ?

「あのさー。泊まりでなら時間はどうでもいいけど、休憩で家に帰すんだったらどの位で覚めるのか解ってないとマズいでしょ?」
アル、鬼畜はお前の方じゃないのか?
いや、違うか。そういう気遣いも大事かもな。
…媚薬を使う時点で気遣いもナニもないとも思うが。

「あー。結構覚めるまで時間掛かったかも知んねぇ。
 随分時間が経ったのにまだ切れてないって思ったからな。」
「大体何時間か解る?」
「んー。ちゃんと計って無かったからなー。」
「2時間では?」
「あ、それは無理。そんな早くなかった。」
「そうか。じゃ、普通の休憩じゃ使えないわけだ。」
結論が出たのか?
オレはお前の行動が心配だよ?

そんなことを話しているとサイレンが響いてきた。
「? 火事か?」
オレが思ったときにはアルが既にネットで場所を特定していた。
「兄さん、税務署の近くが火事だって。」
「近くって、どの位だ?」
「んー。1ブロック離れてるかな。
 税務署はコンクリだし延焼はないだろうけど。」

火事…。
あいつは焔が苦手だ。
もしかしたら今頃取り乱しているかも知れない。
オレ以外の前であんなに不安定になったら仕事上でもマズいだろう。
「アル。火事とケンカはセントラルの華だ。
 悪いけど、見に行ってもいいか?
 オレ、生粋のセントラルっ子だからさ。」
「はいはい。ロイさんが心配なんでしょ?
 いい年した大人が近所の火事でどうなるとも思わないけどね。
 いってらっしゃい。」
アルの許しを得て、オレは税務署の方へ駆け出した。

税務署に近づくにつれ、野次馬が多くなってきた。
税務署よりも事務所側の住宅が炎上している。
その焔は思ったより大きい。
男はどこにいるんだろう?
税務署にいて火事に気付いていなければいいが、こんな近くではそういう訳にもいかないだろう。
気付いていても、出てきていなければいい。

ああ、先に電話をすればよかった。
思わず前後も考えずに飛び出してきちまったな。
そんなことを考えていると見知った後ろ姿が見えた。

なんでここにいるんだ!?
あんたは焔が苦手なんだろう?
とにかくここから引き離さないと。
そう思って駆け寄っていった。

もう少しで後ろ姿に手が届くかと思われたとき、オレは突然眩暈と共に既視感に見舞われた。
それでも男を護りたくて視線をその背中に向ける。

その時吹いてきた風に男のコートが捲れあがった。
空に立ち昇る焔の前に男が立っている。
前方に伸ばされた手にはきっと錬成陣の描かれた白い手袋が。
そのブレた既視感がオレの口を開かせ、言葉を紡がせた。
「大佐!」

叫んだ呼びかけにぴくりと肩を揺らし、ゆっくりと男が振り向いた。
「今…私をなんと呼んだのだね?」
あ…?
『タイサ』?
『ショチョウ』じゃなくて?
でも…。こいつをオレは…。

応えないオレに
「鋼…の?」
探るような瞳で言葉が告げられた。
『鋼の』
それはオレの…。

「…大佐?」
男がオレを凝視している。
「鋼の。私の地位は?」
ロイ・マスタング。
地位は…。
「…アメストリス国軍…大佐。」
「二つ銘は?」
「…焔…の錬金術師」
「思い…出したのか?」
思い出す?
ナニを?
でもこの記憶は…?

いや、今はそれどころじゃない。
「っ!大佐!それよりこの焔は!?テロか!?」
だとすれば大佐が指揮を執っているのだろう。
「なあ!オレに手伝えることはなんだ!?
 指示をよこせ!」
「落ち着け。鋼の。
 今のアメストリスにテロなど日常にはない。
 これはただの火事だ。」
火事?
ああ。そうなのか。
そういや、中尉が見あたらない。
咥えタバコのハボック少尉も。

「しかしこんなことで思い出してくれるのなら、さっさとその辺に放火でもすればよかったな。」
うむ、とアゴに手を当てて物騒なことを呟く。
「いや。あんた、それ犯罪だから。」
オレの突っ込みに
「君も私も最大の禁忌を犯した咎人だ。
 今更犯罪の一つや二つ何だというのだね?
 まあいい。行こう。」
オレの手を取り歩き出す。

いや、今更犯罪のって。
オレは困るよ。
資格剥奪になるってば。

「おい!ここ放っといていいのか?」
「火事は私の管轄ではない。消防署の仕事だ。
 大体ここにいて何が出来るというのだね?
 私も君も今は錬金術を使えない、ただの無力な民間人だ。」
どこに連れて行くつもりだ?
「いや、あんた公務員だから。」
「それを言うなら君も国家に身分を保障されている以上、半官半民だ。」
そうか。そうだな。

「くくっ!」
笑いが込み上げてきた。
「鋼の?」
「いや…あんたが軍人で、オレが国家錬金術師だった頃とよく似てるなって…。」
まだ喉からくっくっと笑いが洩れる。
「ああ。そうだな。」
確かに、と男も笑う。


連れてこられたのは税務署の署長室だった。
「ホークアイ君。
 これからエルリックセンセイと相談があるので席を外してくれないか?」
先に部屋に入ったショチョウの声が聞こえた。
オレも後から入っていく。
署長室に入るのは初めてだ。

「エルリック先生。こんにちは。」
ホークアイさんが笑顔で迎えてくれる。
「あ、こんにちは。失礼します。」
挨拶をしながらしみじみと納得した。
…怖いと思ったわけだよな。
中尉、怖かったモンな。
「ではお茶をお持ちします。」
「ああ。頼むよ。」

オレは促されるまま、ソファに腰を降ろした。
「ここって…。」
「ああ。君がここに入るのは初めてだな。」
向かいのソファに座った男も部屋を見回す。
「ああ…。そっくりだ…。」
署長室は大佐の執務室にそっくりだった。
机や棚の配置も、広さも。
窓はちょっと位置と大きさが違うけど。

ホークアイさんが紅茶を持ってきてくれ、そのまま部屋を出て行った。
「ご相談の時間の分、残業してでも今日中に書類は仕上げて戴きますから。」
と釘を刺すのを忘れずに。

「中尉も変わらないな。」
2人になって、思わず感想を述べる。
「いや、以前は命を掛けて守ってくれたが、この時代ではそんな意義もない。
 上官いじめに明け暮れているよ。」
苦笑混じりに言うが、それでもずっと秘書官として側に置いているのはそれなりの理由があるのだろう。

「そういや、あんた。大丈夫だったのか?」
「ん?何がだね?」
紅茶を飲む男は安定しているようだ。
「焔、苦手って言ってたろ?
 あんたが取り乱してんじゃないかと思って。」

ああ、と気が付いたようだ。
「心配を掛けてすまなかったな。それで来てくれたのか。有り難う。
 そうだな。
 …なんだか吹っ切れたのかも知れない。」
「?」
「あれだけ大きな焔だ。
 私も自分がどうなるかとは思っていたのだが、却って自分が作りだしたものではないと実感できたよ。
 勿論思う通りに操ることもできなかったしな。
 今まで小さな焔しか見ていなかったから、その方が厭な想像力を掻き立てていたようだ。」
薬を飲んでいるせいもあるんだろうが、笑う男の顔は本当に穏やかだった。

「苦手なモンが一つ減ったか。
 よかったな。」
「ああ。ありがとう。
 ところで、君の方は全て思い出したかね?」
男が身を乗り出してくる。
「んー。どうなんだろう?
 オレは人体錬成の禁忌を犯して、アルの躰とオレの右手と左足を失った。
 取り戻すために賢者の石を求めて旅をしていた。」

「そうだ。…私とのことは?」
大佐とオレは…。
「こ…恋人同士…だった。」
そうだ。
やっぱりオレが探していたのはこいつだったんだ。

「…初めて口づけたのはどこだか覚えているかね?」
「えと、あんたんち。オレが夜に好きだって言いに行って。」
「初めて触れ合ったのは?」
「執務室…だよな。あのあと喰ったメシが美味かった。」
「私を抱いたのは?」
「それもあんたんち。あ、あの翌日、熱出してたのか?」
オレは翌朝すぐに旅に出てしまったから知らなかった。

オレの質問には曖昧に笑って応えず
「思い出してくれたようだな。
 …長かったよ。」
両手の指を組んで顎に当て、オレを見つめている。

「あー。10年かかっちまったな。ごめん。
 あんたはずっと前から覚えていたのか?」
「ああ。物心ついたときには既にな。」
「そりゃ…本当に待たせちまったな。」
「いや、いいんだ。思い出してくれれば。
 嬉しいよ。
 おかえり。鋼の。
 …エドワード。」

嬉しそうに笑ったかと思うと立ち上がり、テーブルを廻ってオレを抱きしめてくる。
ああ、こいつが『エドワード』と呼んでいたのは昔のオレだったのか。
いや…昔も『鋼の』としか呼ばなかったよな?

「初めて…名前で呼んだよな?」
オレの首筋に顔を埋めている男に聞く。
「ああ…。君が躰を取り戻して、側に引き留めても許されるようになったら呼ぼうと思っていた。」
やっと呼べたよ、と言う声は震えていた。
「あんた、泣いてる!?」
触れている肩も背中に廻された手も震えている。

「…ただいま。大佐。
 オレもずっと言いたかったことがあるんだ。」
「? なにを?」
顔を上げないまま聞いてくる。
オレもやっと言えるんだな。

「あのさ。ロイ。
 オレ、あんたを『愛してる』。」
ぴくり、と男の躰が揺れた。
「エドワード?」
顔を上げてオレを見る黒い瞳には涙が溜まっている。

「オレもさ。旅が終わって、ずっとあんたと一緒にいられるようになったら言おうと思ってた。
 オレはあんたを『愛してる』。
 …やっと言えたよ。」
「エドワード…。」
目蓋を伏せた拍子に涙が零れて頬に伝う。
それを唇で受け止めると小さく笑う。
それでも後から涙はどんどん溢れて。

「泣くなよ。ほら。」
言うオレもいつの間にか泣いていた。
なんだか本当に久しぶりに大佐に逢えてホッとしたんだ。
「エド…エドワード…逢いたかった。
 ずっと…待ち侘びていたよ。」
逃がさないとでもいうように、オレの頭を胸に抱いて腰に手を廻し強く抱きしめてくる。

ここのところ、男を抱きしめることはあってもこんな風に抱きしめられることはなかった。
それが大佐らしくて懐かしい。
ああ、そうだ。
これがいつもオレを見守って導いてくれた大佐だった。
偉そうで嫌味で余裕綽々で、強くて優しい人だった。

そのまま2人で居続けることもできず、オレはしばらくして事務所へ帰った。
家に帰ったらお祝いをしようと笑う男にキスをして。

「おかえり。火事はどうだった?」
「…美人な猫は保護者だった。」
「は?」
「あ、いや。なんでもない。」
そういえば火事はどうなったんだろう。
まあ、消防車が出ていたから大丈夫だろう。


オフコンにだかだかと入力しながら男のことを考えていた。
大佐とショチョウは同じ人間だけれど違う。
大佐は強い人だった。
心に闇を、傷を抱えてはいたけれど、それを内抱したまま地にしっかりと立って焔のように苛烈な瞳で前を、上を目指していた。
オレは大佐を護りたいと思っていたけど、結局護られてたのはオレの方だった。

ショチョウは儚い。
壊れた精神を抱えて表面を必死に取り繕っている。
精神安定剤で平静を保つなんて、大佐には考えられなかった。
大佐の元々持っていた心の闇はああいうもので、それが表面化してしまっているんだろうか。
オレに縋っていつも不安そうな影を抱える瞳は大佐にはないものだった。

時代のせいもあるのかも知れない。
この平穏で平和ボケした現在では、あの頃のようないつ殺されるか解らない不安はない。
国を、国民を平和で幸福にするために戦う必要もない。
強い野望を持たない状況がショチョウの、元々大佐の持っていた闇を表に引き出してしまったのだろうか。


昼になり、男が弁当を持って事務所に来た。
食事をしていると
「あ、そうだ。ウィンリィ達がこれを渡してって。」
アルが冊子を一冊ずつオレ達に渡した。
同じもののようだ。
「あ?なんだ?これ。」
「ウィンリィ達が描いてる同人誌。モデル料と相殺で代金はいらないってさ。」
誰が払うか!

タイトルは『遊 vol.1』とある。
遊びで作ってるからかな。
つか、vol.1って、これ続くのか?

「これがオレが『受け』の話か。」
「母さんはこのシチュエーション結構気に入ってるみたいだけどね。」
ぱらぱらと捲るとどうやら前後にマンガが入り、真ん中は小説のようだ。

「誰がなにを担当しているのかね?」
男は楽しそうに読んでいる。
読みたいか?こんなん。
自分たちの捏造ホモ話だぞ?

「原案とマンガはウィンリィ、小説の文章はウィンリィの原案をもとにシェスカが書いてるんですよ。」
「なかなかよくできているな。」
男が感心するほどのものなんだろうか。
オレもつられて少し読んでみた。

いきなり確定申告の無料相談の話から入っている。
これはアルからの情報だな。
って、待て!
税務署長と税理士って、まんまじゃねぇか!
ホークアイさん達だって設定は捻ってるぞ?

「おい!これマズいだろ!?オレ達って解っちまうじゃないか!」
絵だってプロ並みとはもちろん言えないが、しっかり特徴を捉えている。
「いいじゃないか。別に解ったところで困ることもない。」
男は鷹揚に構えている。
…そういうものか?
少なくともオレはお客さんにバレたらヤだぞ?
まあ、お客さんがこんなモンを読むとは思えないが。

「あれ?登場人物の名前、ホークアイさん達のと同じじゃないか。
 これっていいのか?」
主人公達の名前が『ヒデオ・マスダ』と『エトヴァルト・オカダ』になっている。
「ああ、それはちゃんと許可を貰ってるよ。」
「許可って…ホークアイさん達にか?」
どうやって?
ウィンリィ達はホークアイさんと繋がりはないだろう?

「そう。ねえ。ロイさん。」
「ああ。是非この2人を広めてくれと二つ返事だったよ。」
「あんたがホークアイさんに聞いたんかい!?」
「ああ。アルフォンス君を通して頼まれたのでな。」
どうなのよ?それ。
自分のホモ話が広まって嬉しいか?

「なかなか良く調べてあるな。これはアルフォンス君からの情報か?」
男が熱心に読んでアルに聞いている。
「あ?なにが?」
くすくすと笑いながら本の一箇所を男が指差す。
「私が生のセロリを食べさせられているぞ。
 ここに昼を食べにも来ているしな。
 ああ、跪いて君に愛の告白をしている。
 これがシェスカ嬢の『跪きを入れる。』と言うことだったのか。」
「あんたオレにそんなこと…こないだウィンリィに謝ってたヤツか。」
「細やかに真実を織り込むのがミソだって熱弁してたからねぇ。
 『跪き』はかなり腐女子のツボにハマったらしいよ。」

オレも読んでみたけど、ナンだこりゃ?
「途中からまったく真実と違うじゃねぇかよ。
 オレはこんな情けなくねぇぞ?」
「それは兄さんが『攻め』と知らずに書き始めちゃったからね。仕方ないでしょ?」
「納得いかねぇ。ウィンリィは今家にいんのか?」
「ああ。今日は機械鎧の納品が終わったから、続きを描きに来るって言ってたよ?」

オレは電話を掛けた。
母さんがウィンリィに取り次いでくれる。
「エド?どうだったぁ?」
「どうじゃねぇよ。おま、もう少し設定捻れよ。
 これじゃオレ達バレバレじゃねぇか。
 それとな、ショチョウはこんな無理矢理にヤるような男じゃない。
 もっとオレのこと考えてくれんだよ!
 だいたいなんだ?この弱っちぃオレ様は!
 こんな女々しくねぇぞ?」
「うるさいわね。あんたが『攻め』ってわかんなかったんだからしょうがないでしょ?
 『受け』はかわいっぽく描く方が受けるのよ!
 大体ナニ?あんた文句が言いたいの?それともノロケたい訳?」

「お前にノロケたって仕方ねぇよ!
 ただな、こいつはこんな無理矢理なことしねぇっつってんの!
 いつもオレのことしか考えてないんだよ!
 それに美人に描けっつったろ?」
「それがノロケだって言ってんのよ!
 忙しいんだから切るわよ!」
「忙しいって、素人のホモ話描きじゃねぇか!
 とにかくショチョウはもっと美人に描け…」
ひょい、といきなり受話器を取られた。

「ああ。ウィンリィ嬢?
 作品を拝見したよ。
 なかなかよくできているね。」
「…。」
「ああ。そうだな。構わないよ。ところで、センセイのこの3ページ目の絵なんだが、もう少しセンセイは綺麗だ。」
「…。」
「そう。躰ももっと綺麗だよ。」
「…。」
「いや、それはできないな。センセイは私のものだ。お断りするよ。」
「…。」
「ああ、そこのところのセリフなんだが、センセイはこういう状況ではもう少し強がるんだ。」
「…。」
「そうそう。そこはもっと優しいし、可愛いね。
 それから…。」
事細かに注文を付けてやがる。
これにはオレもアルも呆れてしまった。

「兄さんたちって…似たもの夫婦だよね…。」
アル、まとめるな。
まとめないでくれ!






強引に『遊』本編にリンーク♪
無理が出てきそうです。

とりあえずウィンリィたちの冊子『遊 vol.1』にはこちらの『遊 vol.1〜vol.13』くらいまでの内容が入っているということでお願い致します。


「遊」vol.38にも書いたのですが、ショチョウが『エドワード』と呼ばないことと、センセイが『愛してる』と言わない理由はエドロイSS本編の
『フソク』
『摂取 Turn R』
『摂取 Turn E』
に書いてございます。
未読の方はそちらもお読み戴ければと存じます。


Act.31

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.31
「遊 脇道」Act.31
08.12.24up
なにか豪華な夕メシでも作ろうかと思ったが、男が少しでも多く話をしたいからデリバリーにしようと言い、結局ピザをとった。
サイドメニューのサラダを食べることを条件に。

「あ!?」
ハッシュポテトにフォークを突き刺した時に思い出した。
「あんた昔はオレに野菜食え食えっつってたじゃん。
 ナニ今は食わないわけ?」
ああ、とばつの悪そうな顔をする。
「君はずっと旅暮らしで外食ばかりだっただろう?
 だから私のところにいる時くらいは野菜を食べさせなくてはと思っていたんだ。
 まだ成長期…なのに成長していなかったしな。」
「だーれが!!!
 …って、怒ったな。昔なら。」
2人で笑い出す。

「ああ。懐かしいな。時折揶揄していたんだが、君が全く反応しなくて寂しかったよ。」
「ん?そうだったのか?気が付かなかったな。」
「いや、実際今は小さくないのだから気付きはしないだろう。」
それもそうか。

「あ!しかもあんた料理できたじゃんよ!」
瞳をそらすな!!
更に詰め寄ると笑いながら降参とばかりに両手を挙げる
「元々得意ではなかったよ。
 君が作ってくれるのが嬉しくてね。とても美味しいし。
 それに最近の器具はどうもよく解らない。
 この時代になって一度も料理をしたことはないんだ。」

ずっと騙されてたぜ。
「今度から当番制な。大体家事だって一通り自分でこなしてたじゃんか。」
「うっ。そうくるか。
 …解った。機械の使い方を教えてくれたまえ。」
よっしゃ。これで負担が減ったな。
別に全部やってやったっていいんだけどさ。
確定申告時期はちとつらい。
その後も思い出すままにいろいろな思い出話を続けた。

男は当然のようにオレを風呂に連れ込み、一緒に入った。
そうだよ。この強引さは大佐だよ。
「あんた態度違わねぇ?」
ホントはそんな強気な態度が嬉しいけどな。
やっぱ元気な方が安心できる。
「ん?そうだな。
 センセイと鋼のとではやはり接し方が変わるだろう。
 センセイは以前のことを知らないのだから。
 鋼のは私の直属の部下だったし、付き合いも長いしな。」
それもそうだが。

オレは男のうなじに腕を廻した。
「恋人としての付き合いも長いし?」
耳元に囁くと
「そういうことだ。」
照れもせず逆にオレの耳朶に舌を匍わせてきた。
か…かわいさも半減してる!?

いや、言葉に弱いのは昔からなんだ。
根本的に羞恥心を煽られると弱いとこは変わらない…ハズ!
それでもベッドに入ってから2人ともなんとなく触れ合うよりも話がしたかった。
ただ抱きしめあって時折軽いキスを交わしながら昔の話をしていた。

「なあ。もしかして。」
ふと疑問が浮かんだ。
「ん?なんだね?」
オレの髪を弄びながら問い返す。
「あんたがやたらと抱かれたがったのって慣れる為もあったんだろうけど、思い出させようとしてた?」
一番デジャヴを感じたのはこいつを抱いている時だった。

「ああ。そうだ。
 君は最初から私の感じるところが解っていただろう?
 本能に近い行為でもあるしな。」
「そうか。無理させちゃってごめんな。」
「無理などしていないが?」
「毎日吐いて熱出してただろ?
 昔はもっと間隔が空いてたじゃないか。」
2週とか長いと2ヶ月にいっぺんとかだったよな。
オレ、結構淡泊だったんだな。
まあガキだったし、アルのことも有ってそれどころじゃなかったしな。

「そうだな。だから以前は慣れるまでに時間がかかったよ。
 熱を出さなくなるまでに1年近く掛かった気がする。」
マジで!?
「え!? そんな長いこと熱出してたのか?
 あ、吐くのも?オレに気付かれないように終わった後吐いてたのか?」
「いや、すまない。少し大げさだったな。
 しかし続けて抱かれた方が早く慣れることができるのは事実だ。
 あの頃は君が来る度に中尉に頼み込んで翌日の休暇をもぎ取ってたからな。
 今度の方がずっと楽だったよ。」
「そか。でもあんたが感じるようになって嬉しいよ。
 つらい思いはもうさせたくない。」
ふ、と笑ってオレにキスをする。

しばらく2人ともナニも言わなかった。
昔のことを考えていたのかも知れない。
「エドワード?」
ふと男が口を開いた。

「ん?」
「私はこのまま幸福になれるのだろうか。」
その口調はどこかつらそうだった。
「あ?今のオレじゃ不満か?」
それを払拭させたくてワザと明るく言う。
「いや。そうではない。
 …何のために生きているのか解らなかったと言っただろう?」
「ああ。」
確かにそう聞いた。
オレに出逢うまでのこいつの人生は。

「あれは嘘なんだ。
 本当は…贖罪のために産まれたのだと思っていた。」
「…どうして?」
「幼いころから悪夢ばかり…自分の犯した罪の夢ばかり見ていた。
 私の焔に焼かれて死んでいく沢山の人々の夢。
 ウィンリィ嬢のご両親を殺した夢。
 ヒューズの葬儀の夢。
 そして…まあ、…色々だ。」
このまま話させていいんだろうか。
いや、逆に話す気になったんだから、遮らない方がいいのかも知れない。
オレは黙って次の言葉を待った。

「そして私にはその夢の意味が解っていた。
 かつて自分が犯した罪なのだと。
 だから…私は一度の人生では償いきれなかった罪の為に、新たな生を受けたのだと思っていた。
 錬金術を使えず、理想や目標を持つこともできず。
 この国は今、平和だから。
 この罪を受け容れて、苛まれて生き続けるしかないのだと。
 …いつか…赦される日まで。」
ああ。この前の
『なにもかも忘れたい。もう赦されたい。』というのはこれを言っていたのか。

「それでも、あの時計を見付けて『金色』が認識できるようになったとき、少しは赦されたのかと思った。
 それは君を思い出させてくれたから。
 そして、君に逢えるのかも知れないと希望が持てたから。
 一番欲しいものに出逢えて、もう赦されるのかも知れないと。」
そうだ。
あれは『オレの』時計だ。
あの刻まれた文字はオレが家を焼いた日。

「最初は区役所に勤めようかと思った。」
いきなり話題が変わった?
「区役所?」
「ああ。君が産まれてくることをなんとかして知りたかった。
 どこに産まれているのか。
 しかし、区役所ではその区の情報しか解らない。
 そこで税務署を選んだんだ。
 広範囲の個人情報が手に入るからな。」
そんな理由で税務署に勤めたのか!?

「運良くセントラル税務署の管轄内にホーエンハイム氏がいた。
 申告書を見ると配偶者はトリシャさんで、扶養親族に君とアルフォンス君の名前があった。
 嬉しかったよ。
 すぐにでも逢いに行きたかったが、なんの理由もなく逢いに行っても怪しまれるだけだろう。
 自分の職務で逢いに行こうとした。
 しかし残念ながらホーエンハイム氏は税理士だった。
 税理士に調査を入れにくいことは君も知っているだろう?」
「…ああ。」

税務署と税理士は仕事上は敵対している。
けど、無料相談や講習などを頼む関係上、税務署としては税理士にケンカはなるべく売りたくない。
まあ、こちらとしても税務署と仲違いをして厳しい調査に入られるのも厭だから、なるべく穏便にいきたいしな。
結果として税理士には調査はほとんど入らない。
入っても人生で一回が常識だ。

「加えてホーエンハイム氏は仲々のやり手で、税理士会内でもかなりの影響力を持っている。
 おいそれと調査になど行かれる相手ではなかったんだ。
 そこで個人課税部門の統括にまで最短でのし上がって、ホーエンハイム氏の調査に強引に踏み切った。
 勿論反対はされたよ。
 付いてくるのを承諾してくれた調査官は中尉…ホークアイ君だけだった。」
オレに逢うためだけに?
その為だけに若くして統括にまでなったのか?

「ようやく逢えた日のことは忘れられない。
 君に逢えた嬉しさのあまり、調査報告書を空白のまま提出しようとしてホークアイ君に殺されそうになった。
 あの日からだ。
 彼女が私を『無能』と呼ぶようになったのは。」
ああ、ここ笑うところだよな。
これは笑い話だったのか?

「そして根掘り葉掘りその調査の意味を聞かれてな。
 君を愛しているのだと彼女に白状したんだ。」
はあ?
「オレを愛してるって、中尉に言ったのか?
 中尉は昔の記憶がないんだよな?
 オレ9歳だったぞ?
 あんた、変質者扱いされなかったか?」
「ああ。しかし私が無理にでもホーエンハイム氏の調査をしようとしていた時点で思うところがあったらしい。
 彼女は『ショタは趣味ではない。エドワード君が育ったらモデルに戴く。』と言っただけだったぞ?」
ショタって、ナニ?

「今こうして君と一緒にいられる。
 これはもう赦されたと言うことなのだろうか。
 それとも罪を償いきれない私はもう一度罰を受けるのだろうか。」
寂しそうに笑う。
「罰って?」
ナニを差すんだ?

「君をもう一度失うことだよ。
 私にとってそれ以上の罰はない。」
ふつりと男はそこで言葉を切った。
きっとまたその時には泡になりたいと願っているんだろう。
オレが厭がるから口にしないだけで。

沈黙が続いた。
「オレはさ。」
「ん?」
こいつを救えると思うほど自分を過信してはいない。
でも伝えたい言葉があった。

「オレは、人が産まれてくるのは『幸福になる為』だと思う。」
「…。」
「人は『幸福になる為』に産まれてきて、『幸福になる為』に努力するもんだと思ってるんだよ。」
オレは本当に甘いのかも知れないけど。

「あんたはもう人を殺す為の焔を持ってない。
 この国を救う為に軍に入って、その為に人を殺す命令を受けることもない。
 …あんたの焔は人を殺す為だけのモンじゃなかったけどな?
 イシュヴァール人の集落で、誰も殺さない為に焔を使ったろ?
 後から聞いたよ。」
絶対的な力の差を見せつけることで反抗をさせず誰も殺さずにその場を収めたと。

「オレも…罪を犯したよ?母さんの人体錬成を試みて。
 でも、今母さんもオヤジもいる。
 アルだって生身の躰で生きている。
 ウィンリィの両親だって健在だ。
 それはもう…過去の罪を赦されて、今度は『幸福になる為』に産まれてきたからなんじゃないのか?」
「エドワード…。」

「オレの記憶が無かった理由は解らない。
 でも、あんたが記憶をずっと持ってたってのは、オレを探す為じゃないのか?
 オレの存在がホントにあんたを幸福にするのか、オレには解らないけど。
 けど、もしそうならあんたの記憶が残っていたのは、オレを探し出してあんたが『幸福になる為』だったんじゃないのか?」

「エドワード。
 …そう…思ってくれるのか?
 本当に?」
「ああ。オレはあんたが今産まれたのも、『幸福になる為』だと思う。
 罪を償う為なんかじゃなくて。
 オレはそう思うんだよ。」

「嬉しいよ…。エドワード。
 私はもう赦されているのだろうか?」
「ああ。オレはそう思う。
 ロイ、一緒に幸福になろう?
 かつて出来なかった幸福な日々を一緒に送ろう?」

男はオレを抱きしめて
そして泣いた。
静かに。
長い長い時間泣き続けた。


「ん…。」
ようやく泣き止んだ男をオレは組み伏せていた。
この腕に取り戻した男を抱きたくて。
オレの愛撫に男は声を抑えている。

「声…我慢すんなよ。」
聞きたくて乞うてみる。
「センセイが…後でいじめるからな。」
ワザと呼び方を変えてやがるな。
「根に持つなよ。嬉しかったんだから。
 オレに声を聞かせろ。…ロイ。」
同時に男のものを弄ったオレに
「…ぁ!エドワード…」
ようやく甘やかな声が聞こえた。

長い時間を掛けて感じさせた。
男がオレのものをねだっても尚。
もう限界だとオレに懇願するまで。

同じく長く掛けて解した後孔にオレの熱をあてる。
「ロイ、オレを…エドワードを受け容れられるな?」
最早恒例と化した言葉を掛ける。
その意味は解らなかったけど。
「ん…。」
呼吸が変わったのを確認してオレを差し挿れていく。

「ぅ…っ!ぁ…っ。」
まだ苦痛に満ちた声があがる。
こればかりは幾ら慣れても避けようがない。
こいつを欲しさにいつもより早く捻り込んでしまった。

「ぅ…ぐ!…ぅ」
また指をきつく噛んでいる。
「指を噛むなって言ってるだろ?」
そうだ。
いつからこんなクセがついたんだ?
やはりオレはこいつのこんな仕種を見た覚えがなかった。

「なあ?」
「…ん?」
指を口から離させた。
「指、いつからそんなクセがついたんだ?」
「え…?」
無意識だったのだろうか。
しばらくぼんやりと自分の歯形の付いてしまった指を見つめている。

びくッ!
いきなり男の躰が揺れた。
「な…?どうした?」
なんか驚きでもしたのか?
「あ…いや、君のがイイトコロにあたっていたのでな。
 つい感じてしまった。」
唇の両端を引き上げ、婉然と微笑む。
「〜〜!!」
その顔には弱い。
どうにも煽られる。

「エドワード…。
 もっと奥まで欲しい…。」
自分から誘うように腰を揺らしてくる。
たまらん!
「幾らでも欲しいだけやるよ。」
オレはいつもより激しく突き上げた。


それからの日々はとても穏やかだった。
不安定に陥った原因の焔を克服したんだ。
これで精神が大分落ち着いたのかも知れない。
薬の規定量まで徐々に減らすことができた。
幸福そうに過ごす男を見ていて、オレも幸福だった。
このまま男を幸福にしていかれるのだとオレは信じていた。

オレは忘れていたんだ。
大佐がどれだけ策謀に長けている人間だったかということを。





Act.32

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.32
「遊 脇道」Act.32
08.12.24up
ヤヴァイ!
遅れる!
オレはお客さんへと走っていた。
特に時間にうるさいお客さんという訳ではない。
しかし時間に正確な『パンクチュアル・エルリック事務所』がオレ等の主義だ。
最大でも遅れは5分までと決めている。

がぁー。喉乾いた。
でもお客さんは喫茶店経営だ。
もう少しで水物にありつける。
今日はここが終わったら貰った帳面を事務所に置いて帰ることにしよう。
男はもう仕事が終わって事務所にいるだろう。

やっと辿り着いた。
なんとか時間に間に合ったな。
乱れた息をしばし店の外で整える。
何気なく店の中を覗くと男がいるのが見えた。

なんでここに?

向かいには女性が座っている。
…デート…な訳ないよな?
税務相談…は税務署でする。(そもそも署長職は税務相談なんてしないだろう。)
なんだろ?
とりあえず邪魔にならないように仕事だけ済ませよう。
オレはドアを開けた。

「こんにちは。エルリック事務所です。」
男が驚いてオレを見たのが解った。
しかしここは他人のフリをした方がいいだろう。
オレはなんの反応も示さなかった。

「先生、いつも有り難うございます。」
お客さん(母さんくらいの年齢の女性だ。落ち着いていてやわらかい印象を受ける。)に挨拶をする。
旦那さんは確か会社員だとか言っていた。
「こちらこそいつもお世話になっております。
 テーブルはこちらで宜しいですか?」
「どちらでも先生のお好きなところで。」

大抵この時間にはロクに客がいないので、資料の受取りは店内でしている。
オレはいつもの壁際の席に座った。
ここからは男の背中が見える。
男と向かい合っている人をさりげなく見やると綺麗な女性だ。
年の頃24〜27歳ってとこか?
長い金髪がよく手入れされているようだ。
ふーん。さすがに趣味がいいな。間柄は不明だが。

「お飲み物は何が宜しいですか?」
「あ、すみません。アイスコーヒーを戴けますか?」
走ってきたから冷たいモンが欲しい。
「はい。今帳面お持ちしますね。」
「あ、あと通帳もお願いします。」

ふぅ、と息をついているとこの店のお嬢さん(たしか13歳?あれ?15歳だったかな?その辺だ。)が勢い良くカウンターから出て来た。
「先生、いらっしゃいませ!」
「こんばんは。」
いつもニコニコしてて明るい娘だ。

「ねえ!先生、お仕事忙しいの?」
「今は忙しいな。この時期ヒマだったらオレ、食いっぱぐれてるよ。」
「そうなんだ。あのね。先生、お仕事ヒマになったらデートして!」
は!?
あ、今男の肩がぴくっとした。

「デート?オレと?」
おい。
あんた今目の前にいる人の言葉より、こっちに耳傾けてるだろ!?
連れの女性に集中しろよ!失礼だろ?
「デートは好きな男とするもんだろ?」
誤解すんな!

「えー。だって先生カッコイイからデートしたいんだもん。」
いや。気持ちは嬉しいけどな。
君は今、ものすごく面倒な事態を引き起こそうとしてんだぞ?

「こらこら。先生が困っているでしょう?
 お仕事の邪魔をしてはダメよ。」
お客さんが助けてくれた。
「仕事終わったら先生に見せたいものがあるの!」
「ああ。じゃあ終わったらな。」
それでも去ろうとはせず、オレの向かいに座っている。

「いつもすみません。
 この娘、先生のファンなもので。」
「いえいえ。光栄ですよ。」
にっこりと営業用スマイルを浮かべた。
うん。お客さんのお嬢さんだ。
嫌われるよりは好かれた方がいいだろ?

「ホントに!?嬉しい?」
嬉しかねぇよ!
特に今はな!
ああもう、男の肩が強張ってるのが見えるよ。
仕方がない。

「気持ちは嬉しいよ。
 でもオレには精神に決めた人がいるから。」
オレの言葉に男の肩から力が抜ける。
あからさまに安堵するな!
自分の連れに集中しろよ!

「えーーー!
 ホントにぃ!?
 先生恋人いるのぉ!?」
そんなに驚くことか?

「ああ、いるよ。一生大切にしたいと思う恋人がいるんだ。
 残念だけど、デートは他の男としてくれな?」
ほら。これでいいんだろ?
いい加減女性の話を聞いてやれ。

「あらあら残念だったわね。さ、先生はお仕事があるから下がっていなさい。」
「はぁい。先生、後でね。」
「はいはい。」

それでも帳面の確認と通帳の写しをしている間に、お嬢さんがなにやら抱えて戻ってきた。
今度は黙って座っているので、オレも声を掛けずに仕事に集中する。
お客さんは接客で席を立って行った。

そろそろ資料の整理も付いた頃に、お嬢さんがこそっと話しかけてくる。
「あのね。あっちにお客さんいるでしょ?あたしの後ろの。」
男のことだ。
オレもこそっと
「君の真後ろの男女?」
男のテーブルまでは聞こえない小さな声で聞く。

「そう。結構修羅場なんだよ。」
「シュラバ?」
「女の人がね。結婚を迫ってるみたい。でも男の人はそんなつもりじゃなかったとか言ってんの。酷いよね。」
うん。客観的に見たら酷いわ。それ。

「お互い遊びって割り切って始めたとかじゃないのか?」
オレも結構酷いこと言ってんな。全国の女性の方、ごめんなさい。
しかしこれであの女性がこの前の浮気相手だと解った。
ふーん。
アレを抱いたって訳か。
女性を『アレ』呼ばわりするのも我ながらどうかと思うが。

「それもアリかも知んないけどさ。もっと大人の付き合いが、とか言ってたし。
 それってマジになった方が負けってヤツ?」
さて。それはどうだろう。
だいたいオレはそんな不誠実な付き合いはしたことがないから解らない。

「最初にどう始めたかによるような気がする。よく解らないけど。」
正直に答えた。
「そうかもね。あの人カッコイイから逃がしたくないって気持ちも解るけど。」
うんうん。いい男だろ?
君は仲々男の趣味がいいな。

「そうだな。いい男だよな。美人だし。」
お嬢さんはちょっと驚いた顔をしてオレを見ている。
「ん?どうした?」
「やっぱり先生は男の人が好きなの?」
ガタ!
オレの肘がテーブルから落ちた。

「な…なんで!?」
おっと思わず声がデカくなっちった。
男も向かいの女性もこっちを見ている。
オレは思わずお嬢さんに隠れるようにまた頭を下げた。

「なんでそんなことを?」
また小さな声で聞く。
「だってこれに書いてあったもん。先生そっくりだよ?」
お嬢さんが抱えていたモノをテーブルに広げた。

「うっ!」
そこには『実録 公務員シリーズ R18』の文字が。
表紙はやたらと液体にまみれた男を、もう一人の男が膝に抱いている図で。
(ちなみに副題は『鎖を喰いちぎれ…!』だ。どんだけ歯が丈夫なんだよ。)

「…これ、君の?」
聞くと同時にお客さんの
「何してるの!」
咎める声が聞こえた。
「すみません、先生。この娘ったら!」
「だってお母さん、いつも楽しそうに読んでるじゃない!」
「…これ、お嬢さんのではなく…?」
「す…すみません。…私の趣味です…。」
消え入りそうな声で躰まで縮めている。
「あ、いえ。趣味は人それぞれですよね。は…ははは…。」
オレ、どこまで広まってるのかマジで知りたくなってきた!

ガチャ!
カップがソーサーに跳ねる音が聞こえた。
「どうして?あたしを選んだから誘ったんじゃなかったの?
 ねえ!」
お、シュラバが盛り上がっているようだ。
怒るのも解るよ。
そいつ半分以上アナタの言うこと聞いてないもんね。今。

「でさー。先生の恋人ってやっぱりこういう人?」
君、あの声を聞いてもマイペースを貫くな。
仲々大物だ。

「ああ。そうだ。そういう人だよ。」
とお嬢さんに答え、お客さんに
「他の方には内密にして戴きたいんですが。」
とお願いする。

「は?何をですか?」
「オレがこれからすることです。
 あ、書類は戴きましたのでこのまま失礼します。
 今日は有り難うございました。」
頭を下げる。

解らないままにお客さんも
「ああ。有り難うございました。
 えと、とにかく誰にも言いません。
 それで宜しいですか?」
「はい。お願いします。
 では、今日はこれで。」
もう一度頭を下げた。
「あ、はい。失礼致します。」

「先生、またね。」
「ああ。
 あ、ちょっと君は向こうに行っててくれないかな?
 見て欲しくないんだ。」
ぽん、とお嬢さんの頭を軽く叩く。
「えー?」
少しぐずったがお客さんが言い聞かせて自宅部分へと連れて行ってくれた。

オレは席を離れ男の隣に立った。
カウンターに戻ったお客さんがどうもワクワクとこちらを見ているような気がするが、まあいいだろう。
あの人も腐女子なんだから。

「ナニしてんだよ?」
男の肩をぽん、と叩く。
「センセイ…。」
男がオレを見上げるのと
「あなたは?」
訝しげな顔で女性がオレを見上げるのとは同時だった。

「ん?こいつの男。
 つか、こいつはオレのモンなんだけど、アナタは?」
不敵ながらも極上の笑顔で答える。
「な…!冗談でしょ!?」
女性は男に詰め寄った。
「本当だ。」
男が座ったままオレの腰に手を廻してくる。

「で、ナニしてんだよ?」
男のアゴに指を掛けてもう一度聞く。
男が答える前に
「女に走りたくなったか?
 オレはそれでもいいぜ?」
指を離して一歩男から離れた。
男の腕が力無く落ちる。
「別れるってんならこのままだ。
 オレを選ぶんならそっちからオレに縋ってキスしてこい。」
もう一歩下がって、下げた両腕を少し広げた。

迷うことなく男は立ち上がり、オレの腰とうなじに手を廻してキスしてきた。
オレも広げた腕を男の背中に廻す。
「ロイ!本気なの?」
男が唇を離し、女性を振り返る。
「ああ。本気だ。私が愛しているのはこの人だけだ。」
オレの腰に手を廻したまま答える。
オレは黙っていた。

「そんな訳には行かないでしょう?
 あなただって、ゆくゆくは国銀の…」
「興味がないな。
 そんな話にも。
 君自身にも。
 こんなに頭も躰もつまらない女だとは思わなかった。」
女の言葉を遮って、気怠そうでいながら力強い声で言う。

国銀?
それにしても女性に対してなんて言葉だ。
「…失礼するわ!」
怒りで顔を紅潮させ、女性は去っていった。
うん。伝票を置いていく辺り、仲々しっかり者のようだ。

ナニも言わず女を見送っている男の頬を平手で叩いた。
軽くだけど。
「センセイ?」
男は頬を抑えて驚いた顔でオレを見る。
「浮気の尻ぬぐいなんかオレにさせるな。
 それと女性に対してあんなことを言うモンじゃない。」
「…すまない。」
「オレに言うことじゃないだろ?」
まあ、あの女性に言う機会ももうないだろうが。

「…。」
黙って俯いてしまった男にもう何も言わず、オレはテーブルの伝票を見て代金をその場に置いた。
カウンターを振り返ると、お客さんが心底嬉しそうな表情で口に人差し指を立てている。
オレも同じように人差し指を立てると軽く会釈をした。
「さ、帰るぞ。」
男を促して店を出た。


男は俯きがちに黙って歩いている。
オレは隣を歩きながらさっきの女性の言葉を考えていた。
『ゆくゆくは国銀の…』
国銀ってアメストリス国有銀行だよな?
こいつと国銀がどういう関係なんだ?
国税庁まで出世した後は国銀に出向でもすると言うのか?
他の地域に転勤も無しにセントラル税務署長でい続けているこの男が、今更国税庁にも国銀にも行く訳がないと思うんだが。
ま、どっちもオレの事務所から遠いからだってだけだけどな。
でもそういうヤツだよな。
出世よりもオレの近くにいることを間違いなく選ぶだろう。

駐車場にアルの車はなかった。
もう帰ったようだ。
事務所のドアを開け、部屋のライトを灯す。
「ふー。」

しかしあのお客さんまでもが腐女子だったとは。
『実録 公務員』シリーズ、人気だなぁ。
ホークアイさんって、給料より同人誌の売り上げの方が多いんじゃないのか?
ちゃんと確定申告してんのかな。
それともアレは事業規模にあたらないから申告の必要がないのかな。

お客さんから預かった書類を机の未処理箱へ入れる。
計算や仕訳は明日でいいだろう。
明日の仕事の段取りをぼんやり考えていた。

「まだ…怒っているのか?」
聞こえた声の意味が解らなかった。
別にオレは最初から怒ってなんかいない。
「いや。怒ってない。」
振り返ると男は不安そうな顔で上目遣いにオレを見ている。

うっっ!
かっ…かわいい!!
思わず下半身にキそうになり、瞳を逸らす。
「怒っているんだろう?」
おい!大佐ぁ!
それワザとか!?
なんかかわいさがショチョウっぽい。

「怒ってないって。ホントに何とも思ってねぇよ。」
「だって口を聞いてくれないし、瞳を合わせてもくれないじゃないか。」
詰め寄ってくるな!
セリフもかわいいぞ!
自分(の下半身)を落ち着かせようと大きく息を吐いた。

「…それとも呆れているのか?そんな溜め息をついて。」
オレの腕を掴み、覗き込んでくる瞳には少し涙が溜まっていた。
『職場でって燃えるよね。』
ああ、悪魔の囁きが聞こえた。
この場合の悪魔とは間違いなくアルを差すんだが。

「怒ってないって何回言ったら解るんだ?
 話さなかったのは考え事をしていたからだ。
 浮気の件は、この前にもうカタがついたろ?」
宥めるように言葉を掛ける。

「何を考えていたんだ?もう私に愛想を尽かしたのか?」
ぽろ、と頬に涙が落ちた。
あ。も、限界。
オレは男の後頭部に手を廻すと引き寄せてキスをした。

キスだけでとりあえず落ち着くかな。オレ。
幽かな期待が有ったんだが逆効果だったようだ。
力が抜けて、半ばオレに縋るようになった男の唇の端から飲み込みきれなかった唾液が垂れていた。
それを舌で舐め取り顔を覗いた…のが更なる失敗だった。
耳朶と目尻に朱が差して、少し伏せた目蓋の下には欲情に濡れた瞳が見える。
その陶然とした表情とうっすらと開いた唇から覗く紅い舌。

ダメだ。
男を抱き寄せ、今度こそ溜め息をついて
「ここで抱いてもいいか?」
耳元に囁く。
ふる、と躰を震わせて男が頷く。

男の上半身を机の上に倒す。
ネクタイを外しワイシャツのボタンを外しながら耳殻に舌を匍わせ、耳朶に歯を立てる。
「ん…っ。」
いつものように男が息を乱した。
そのまま首筋を舐め時折吸い上げながら胸元まで降りる。
男の脚を広げその間に躰を入れ、両の胸の先を舌と指で弄った。

「ん…ふ…」
抑え切れずに漏れる声が更にオレを煽る。
やがて紅く熟れて堅く立ち上がってもなお吸い上げ、甘咬みし濡れた声をあげさせ続けた。
男の声が嗄れかかる頃、ひくひくと揺れる度に浮き上がる腹筋の瘤に舌を匍わせベルトを外しファスナーを降ろした。
臍に舌をねじ込みながらズボンと下着を膝まで降ろし男のモノを握る。

「…ぁ…っ!」
無意識に捩る白い躰が軟体動物を思わせる。
既に立ち上がっていたそれを指で扱きながら舌で裏筋を舐め上げ、先に舌を捻り込むように差し込んだ。
「は…ぁっ!…ん…っ!」
くびれた部分を舌でぐるりと一周し、先を口中に咥え込む。
びくびくと揺れる躰が素直でかわいい。
吸い上げながら唇に力を入れて扱くように根元から先まで上下すると一際甘く高い声があがる。

なめらかな粘膜で覆われた男のモノはオレの唇にも気持ちがいい。
こんなに固いのに表面はぬめるようでなんの抵抗も持たない。
咥えきれない既にぐしょぐしょに濡れた根元を指で扱き、口に咥えた棹に舌を絡めながら更に激しく上下する。

「ぁ…っ!も…エドワード…。」
限界を知らせる声があがる。
「ぁ…ぁ…!や…もう…!」
ぐち、と強めに指で扱くと同時に強く吸い上げたまま根元から先まで唇を滑らせた。
「あ…!…ぁ…く…っ!」
びくびくと最後の痙攣をおこしながらオレの口中に精が放たれる。
今日はそれを飲み込まず、まだひくつく男の躰を反転させ机にうつ伏せにさせた。

…履いたままだと汚すかも知れない。
オレは無言のまま男のズボンと下着を全て脱がせた。
脚を開かせ、最奥を舌で突く。
「ひゃ…っ!」
腰が逃げようとするが机に当たるだけだ。前には逃げられない。

襞の一枚一枚を確かめるように舌先をでゆるゆると舐めては少し差し込み、また襞を舐める。
「…そんなこ…しなくていいっ!」
男の声を無視し、震える双丘を両手で掴み両の親指に力を入れて強く割り開く。
「や…っ!エド…!」
上半身と両足の角度が付いているせいか、いつもよりそこは開きやすかった。

舌を少しづつ深く差し入れる。
「はっ!…んっ!ん…っ!」
口に含んだままの男の精を少しずつ中へ注ぎ入れていく。
しかし舌の柔らかさでは限界がある。
オレは自分の口中に人差し指と中指を入れて精を絡ませ、男の後孔に差し入れた。

「ぁ…ぐ…っ!」
第一関節までとはいえ、いきなり2本の指を入れられた男の躰がひくりと強張った。
宥めるように舌で襞を舐めては突く。
そのうちに少し後孔が解れてきた。
2本の指で孔を開き、その間に舌を差し入れて中に精を注ぐ。
「ん…ん…っ。」
全て注ぎ込んだ後、指を根元まで一気に差し込んだ。

「ひ…っ!…つ…痛…!」
強張りかける躰には構わず、中を掻き混ぜるように指を動かす。
「や…エド…痛…やめ…」
「すぐ良くなる。少し我慢してな?」
ようやく声が掛けられた。
ホントは心配だった。
オレの顔が見えないままだったから。

やはり緊張していたんだろう。
声を掛けた瞬間に躰から力が抜け、指が容易に動くようになった。
「ごめんな。声を聞かせられなくて。
 もう大丈夫だからな?」
「うん…。…ぁっ!そこ…!」
宥めるように言うと、途端に安堵して甘えてくる。
「ああ。ここがイイトコロなんだよな?」
あまりにもそれがいじらしくて、解っていながらワザと訊ねた。

与えられる刺激に素直にひくつく躰がかわいくて愛おしい。
快感に震え、軽い痙攣をおこす躰にもう一本指を増やす。
全部の指をバラバラな方向に動かして痛まないように解していった。

「あ…も…欲し…。エド…。」
オレももうはち切れそうになっている。
「ああ。挿れるぞ?ロイ。オレを受け容れられるな?」
「ん…。」

挿れ易いように双丘を手で広げ、熱を押し当てる。
「は…エドワード…」
「ああ。オレだ。あんたを抱いているのはオレだ。」
少しずつ、それはこの状態のオレにとっては結構な忍耐力を要したが、それでもゆっくりと差し挿れていった。

また指を噛むかも知れない。
そう思って見やると男の左手は机の上に置かれ、握りしめられて震えている。
右手は躰の下にあるようで、オレからは見えない。
縋るところもないこの状況ではまた爪で怪我をされるかも知れない。
オレは左手の指を開かせ、指を男の指に絡ませて握り込んだ。
男の瞳からは痛みからなのか生理的なものなのか涙が流れている。

ナカに馴染んだかと思われる頃
「動くぞ?いいか?」
声を掛け、頷くのを待ってから律動を開始する。
「ぃ…っ!ん…ぅっ!」
動き始めは苦痛しかないのだろう。
横向きの顔しか見えないが、眉が強く顰められいる。
顔も躰も蒼白だ。
少しでも早く感じさせたい。
男の感じるところを重点的に突き上げていった。

ふと顔を見ると、男は涙を零れさせながら重ねた手に顔を寄せていく。
「?」
何をするのかと思ったら、オレの親指に舌を匍わせ始めた。
紅い舌がなまめかしくオレの親指を舐っている。
その視覚からの刺激でオレの体温は上がった。

そして男はオレの指を咥えた。
ちゅく、と音を立てオレの指が男の口腔に含まれていく。
その暖かい湿った粘膜に包まれていく感覚はオレのモノが今感じている感覚と酷似していて。
「ぅぁっ!」
オレは思わず声をあげてしまった。

咥えたオレの指に、口内で舌を絡ませている。
同時に男の中の無数の粘膜の突起がオレを包み込んで蠢いている。
「ぁぁ…。」
こんな快感は今まで知らなかった。
たまらずオレは突き上げる。
最奥まで、もっと奥まで。
男の感じるところを突き上げながら。

「ん…ぅ!ぁ…!」
激しい突き上げに男が唇を開いた。
それでも舌はオレの指を舐り続けている。
その縋る様な仕種にも煽られてオレはもう限界だった。

男の腰を掴み、腰を強く叩き付ける。
肉と肉のぶつかる音と、男の後孔からあがるぐちゅぐちゅと粘着質な音が室内に響く。
「ぁ…ぁ!エド…エドワード!…もう…ぁっ…あ!」
「ああ…ロイ…ロイ…オレも…も…!」
男が果て、腔中が痙攣する刺激にオレも果てそうになり、慌てて引き抜く。
男の腿に先を押し当て、飛び散るのを防いだのは無意識のことだ。


男の放ったモノは床に散っていた。
ぐったりとまだ上半身を机に預けている男の横顔に一つキスを落とし、オレはそれを拭き取った。
オレの精は男の腿を汚し、膝まで垂れていた。
その情景は酷く扇情的で、まだ一夜に一度しか情を交わせないと解っていながらもオレは躰の奥がまた熱くなった。
無理をさせてはいけない。
腿をティッシュで簡易に清めながらもまたオレのモノは立ち上がり掛けていたが。

「さ、そろそろ帰ろうぜ?」
下着とスボンを履かせ、声を掛けると
「ん…。」
気怠げに男が躰をおこす。

「エド…もう怒っていないか?」
オレがとうに忘れていた話題を持ち出してきた。
「ハナっから怒ってなんかいないって言ってるだろ?
 ナニをそんなに気にしてるんだ?」
ワイシャツのボタンを留め、ネクタイを結んでやりながら聞く。
「エドワードが怒っていたから…捨てられるんじゃないかと思った…。」
俯きながらぽそりと呟かれた言葉にオレは一層煽られてしまった。

深呼吸をそっと一つしてから聞いてみた。
「なあ。今日、も一回できるか?
 あんたの躰、大丈夫か?」
オレが望めば無理をするとは解っていたんだが。
「ああ。私ももっと君が欲しい。
 エドワード…もっと抱いてくれないか?」
妖艶に微笑まれてアッサリオレは理性を手放した。
家に帰って男を押し倒してコトが終わってからだ。
夕メシも食ってないことに気付いたのは。

そして、男が都合の悪そうなことをオレの欲情に紛らわせたと気付いたのも。





この話の喫茶店は実在します。
今は客席の配置換えがあり、壁際の客席から背中が見えなくなりましたが。
湯島天神近くにある、ランチの美味しいお店です。


Act.33

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.33
「遊 脇道」Act.33
08.12.24up
家に帰ってもう一回戦。
それが終わって男はくったりと眠っている。
オレもさすがに疲れたわ。
事務所でも結構ディープなセックスをしたしな。

眠るまで男はオレの髪を弄んでいた。
まだ髪に絡まる男の右手をそっと外して気が付いた。
人差し指の第二関節がうっすらと紫色になっている。
…昨日はこんな風になっていなかった。
今日、朝メシの皿を渡したときもこんな内出血は無かった。
…さっき事務所で抱いたときか、今ここで抱いたときだよな?

今抱いたのは向かい合っての姿勢だけだ。(正常位ってやつだ。)
その時に指は噛んでいたが、すぐ外させた。
ってことは、これはさっき事務所で抱いたときだな。
でもそんな覚えはない。

…オレに気付かれないように指を噛んでいた?
オレが気が付けばいつもすぐに外させている。
だから今までこんな内出血にまではならなかったんだ。
…そういうことだよな?
裏を返せば、指を噛むことは無意識であったとしても、この心情を容易くは明かさない男がそのことを隠したがっているという訳だ。
それはナニを示すんだ?

大分落ち着いて来たけれど、規定量まで減らせたというだけで安定剤を手放せないって事実は変わらないんだよな。
まあ持病と付き合っていくと考えればいいのかも知れないけど。
焔という原因は一つ減ったんだ。
イシュヴァールのことやヒューズ准将のこと、ウィンリィの両親のことも、少しずつ癒されていけばいい。
もう前の人生のことなんだし。
これからはこの時代に生まれ変わったことに感謝して、将来を一緒に作って行かれればいいな。
少し汗で湿ってしまった髪を撫で、オレも眠ることにした。


翌日の午後遅くに、男から事務所に連絡が入った。
「ん?どした?」
受話器を肩で押さえ、入力を続けながら声を掛ける。
「ああ、今日はちょっと調子が良くないので、申し訳ないが先に帰らせて貰うよ。
 センセイは遅くなりそうなのか?」
調子が悪い?
昼は普通だったけどな?

「あー。早くは帰れないな。
 どんな具合なんだ?大丈夫なのか?
 車で迎えに行って家に送ろうか?」
風邪だろうか?
昨日2回したのがマズかったかな?

「いや、大したことはないんだ。少し横になれば治ると思う。」
「んー?そか?
 じゃあ枕元に携帯を置いて、なんかあったらすぐ連絡しろよ?」
「ああ。すまない。
 帰ってきたらインターフォンを鳴らしてくれたまえ。」
「あ?いいよ。勝手に入るから寝てろ。」
「たまには私から『おかえり』を言いたいじゃないか。」
「病人はそんなことしないで寝てろ。」
「病人なんて大げさなモノじゃない。だからその程度にしか悪くないと言うことだ。」

「ん。とにかく大人しく寝てろよ?
 なんか食べたいモノとか欲しいモンとかないか?」
「特にはない。帰る前に連絡が欲しいな。それまでは寝ているから。」
「ああ。解った。枕元に水と携帯を忘れるなよ。
 それとちゃんとあったかい格好して寝るんだぞ?」
「了解した。ではまた後で。」
「ん。気を付けて帰れよ?」
「ああ。センセイも。…待っているから。」
「ん。」
いつものようにオレから切る。
でないと男はいつまでも切ろうとしないから。

「ロイさん具合悪いの?」
会話を聞いていたアルが言う。
「ん。らしいな。大したことはないみたいだけど。」
やはり無理を掛けたんだろうか。

「それにしてもホント子供扱いするよね。」
「あ?ナニが?」
「ロイさんはいい大人なのに。
 迎えに行こうかとか、あったかい格好して寝ろとか。
 ボクにだってもうそんな風に言わないだろうに。」
あー。そうだな。

「なんかヘンに子供みたいなとこあんだよ。
 それでつい、な。」
「ホントにかわいいんだね。ロイさんが。」
「ああ。かわいいし、大切だ。ずっと側にいて幸福にしてやりたいんだ。」
「いいな。ボクもそう言える人を早く見付けたいよ。」
「きっと見付かるさ。焦らなくてもな。」
だから媚薬とか使ってんじゃねぇよ?
「そうだね。焦らず探してみるよ。」

入出力とチェックを繰り返していくうちになんだか男が心配になってきた。
もう7時か。
「なあ、アル。ちょっくらあいつの晩メシ作りに行ってくるわ。
 ついでに様子も見てくる。」
申告書のチェックをしていたアルが顔を上げる。
「行ってくるじゃなくて、帰るでしょ?
 もう大分申告書も上がってきたし、帰って大丈夫だから。
 明日もロイさんの具合が悪いようだったら兄さんも休んで。」

今年はお客さんが減ったせいもあるが、仕事の進みが割と早い。
「んー。悪いけどそうさせて貰うかな。
 こっちはキリがついてるから。あとは次のお客さんの申告書からな。」
「ん。それはこっちでやっとくからいいよ。
 ロイさんに宜しくね。お大事に。」
「ん。サンキュ。じゃ、あと頼むな。」

寝ているだろうからメールで「これから帰る」とだけ送り、帰りにコンビニで林檎のヨーグルトとスポーツドリンクを買って帰った。

玄関を静かに開けてキッチンに向かうと、リビングに灯りがついている。
「まったくいつもちゃんと消せって言ってんのに。」
お坊ちゃんな男に『省エネ』という文字はない。
家中の灯りを平気で付けっぱなしにするんだ。
その度にオレが消して回っている。
買った物を冷蔵庫にしまうとリビングに向かった。

「! ナニしてんだ!?」
コートも脱がず、寒いリビングのソファに男が躰を丸めて転がっている。
「あ…センセイ。帰ったのか?」
横たわっていた躰をおこす。
「あったかくしてベッドで寝てろっつったろ?
 こんな寒いトコでナニしてんだよ!」
顔色が悪い。
寒さのせいか躰も震えている。

「あんた顔色悪いぞ?具合はどうなんだ?」
「ああ。寒いな。
 風邪のせいか貧血を起こしたようだ。
 …動きたくなくてここで横になっていたんだ。」
胸元で握っている拳までが震えている。
風呂で暖まった方が…って、風邪のときはマズいか。
とりあえずリビングと寝室のヒーターを入れた。

「腹へったろ?なんか消化のいいモン作ってやるからな。
 ここで横になってるか?
 今布団持ってくる。」
すると男は
「いや、ベッドで寝ているよ。
 食事が出来たら起こしてくれたまえ。」
ふらりと立ち上がる。

は!?
こいつが料理するオレから離れて独りでベッドに!?
ベッドに行けっつったっていつもはキッチンが見えるソファに居たがるのに?
…そんなに具合が悪いんだろうか?

なにか釈然としないモノを感じたが、具合が悪いんなら確かにソファなんかよりベッドで寝た方がいい。
「ああ。水をくれないか?
 枕元に置いておく。」
「お…おお。スポーツドリンク買ってきたから。」
オレはキッチンからスポーツドリンクを持ってきて渡した。
「携帯も置いとけよ?」
「ああ。」
そのまま何も言わず寝室へ消えていった。

どうしたんだろう。
寒かったから風邪をひいたんだろうか。
それにしても風邪をひいたんなら、こんな寒いところで転がってることもないだろうに。
貧血を起こしたって言ってたけど大丈夫かな。

オレはキッチンへ行き、オートミールの粥を作ることにした。
消化が多少悪くても男は肉が入っていないと文句を言うだろう。
薄切り肉しかなかったので、包丁で叩いて挽肉を作り野菜も合わせて粥を煮ていた。
弱火にして掻き混ぜていると電話が鳴った。
男を起こさないよう、コンロのスイッチを切って慌てて出た。

「はい。マスタングです。」
「ああ、先生。良かったわ。もう家に帰っていたのね。」
ホークアイさんだ。
「どうしたんですか?」
「…署長はそこにいらっしゃるのかしら?」
「いや、今眠っていますが急用ですか?」
起こさなきゃならないかな?

「いいえ。違うの。
 …エルリック先生に話しておいた方がいいかと思って。
 署長、具合が悪そうでしょ?」
「ええ。風邪から貧血を起こしたと言っているんですが。
 何かあったんですか?」
「あのね。今日、仕事で一緒に出掛けたのだけれど、そこでケンカをしている人達を見たのよ。」
「はあ。」
「その内の一人が殴られて血だらけで電話ボックスに突っ込んだのを見たときに、いきなり署長が叫び声を上げたの。
 真っ青な顔して。」
電話ボックス…。
血だらけで…。
ヒューズ准将!

「それは…ヒューズと叫んだんですか?」
「先生もご存じなの?」
「なんとなく…そう思ったんです。
 そうなんですね?」
「ええ。いきなり『ヒューズ』と叫んで走り寄ろうとしたの。
 あまり柄の良い連中でも無かったから引き留めたら
 『ヒューズが死んでしまう。』と暴れたのよ。
 私もご友人のヒューズ氏は存じ上げているけれど、倒れた人は似ても似つかない人だったわ。
 でも署長は『ヒューズ!ヒューズ!今なら助かるかも知れない。』と…。」

「取り乱したんですね。
 …それで?」
「私が『あの人はヒューズさんではありません。』
 と言うと
 『中尉。あれはヒューズだ。
 どうしてみんな私を置き去りにしていくんだ。』
 ってそれは哀しそうな声で…泣き出すかと思ったわ。
 『チュウイ』って何か解らなかったけれど
 『あの人はヒューズさんではありません。』
 ともう一度言ったらしばらく黙って、そのうちにいつもの顔に戻ったの。
 『すまなかった。なにか勘違いしたようだ。』とまた歩き出したんだけれど、顔色が悪くて震えているようだった。」

「そう…でしたか。」
「ええ。気になったものだからエルリック先生にお伝えしておいた方がいいかと思って。
 先程事務所にお電話したのだけれどもう帰られたとアルフォンス君に言われたのでこちらに連絡したの。
 署長の具合はいかがかしら?」
「ええ。顔色が悪いです。
 ここにオレが帰ってきたときは寒い部屋に転がっていて、震えているのはそのせいかと思っていたんですが違ったようですね。」
そして取り乱したことをオレに隠すために先に家に帰り、そして今ベッドに独りで行った訳だ。

「署長を…宜しくお願いね。
 署長は先生しか見ていない。
 あなたしかあの人を支えることは出来ないのよ。
 それを先生が望まないのなら、お願いすることは叶わないけれど。」
普段『無能』と呼んでいようと、同人誌のホモネタに使おうと、やはり中尉は中尉のままだ。
男を大切に思って護ろうとしている。
それは理屈ではなく、何度生まれ変わっても変わらない魂の記憶なのかも知れない。

「はい。大丈夫です。
 オレはあいつを愛してます。
 側にいて、ずっと支えていきたいと思っています。」
ふ、と力の抜けた様子が受話器を通して伝わってきた。
「本当に手の掛かる無能で申し訳ないけれど。
 先生。どうか宜しくお願いします。」
「はい。オレはあいつの笑顔を護るためなら、出来ることは何でもします。
 ホークアイさんもあいつをお願いします。
 職場ではどうしようもないヤツでしょうが、支えてやって下さい。」
オレの言葉に笑う声が聞こえた。

「無能がどうしようもないのには慣れてますから。
 私も出来る限りのことはするつもりです。
 また何かありましたらご連絡します。」
「お願いします。」
挨拶をして電話を切った。

オレはソファに崩れるように座った。
今まではオレの前で不安定なところも取り乱すところも見せていた。
なぜここに来て、今更それを隠そうとするんだ?
…今までにもこういうコトが有ったんだろうか。
取り乱したことをオレに隠していることが。
隠して何になるって言うんだ?
オレは男の壊れた精神ごと、抱きしめて支えていきたいと思っているのに。

しばらく考えていたが、そう簡単に結論の出るコトじゃない。
オレは立ち上がってコンロのスイッチを入れて粥を仕上げた。
最後に卵を落として完成だ。
付け合わせにはザウアークラウトを添えた。
後は林檎ヨーグルトを食わせればいいだろう。
粥にはオートミールよりも多く野菜を入れてある。

ベッドへ持って行こうか、ここへ連れてこようか悩んだ。
ホークアイさんの言う通りなら風邪ではないから、ここへ来させても大丈夫だろう。
しかし男が風邪と言い張るのならそれに合わせた方がいいのかも知れない。
「…とりあえず面を拝むか。」
そっと寝室に入った。

男はさっきと同じように躰を丸めてベッドに横たわっている。
そう言えばオレに抱きついて眠るときも躰を丸めがちにして脚を絡めてきているな。
額をオレの肩口にくっつけて。
そうか。
それでどこか傷ついているような印象を受けていたんだ。
ナニかから身を護るような、胸に傷を抱えているようなその姿勢が。

それは大佐がすることの無かった姿勢だった。
大佐はいつも仰向けでオレに腕枕をするか、横向きの時もオレを抱いてほぼ真っ直ぐな姿勢で眠っていた。
脚を絡めるときも有ったが、それは膝下を絡め合うくらいだった。

どうしてこんなに変わってしまったんだろう。
いつからこうなってしまったんだろう。

無言で立ちつくすオレの気配に気付いたのか、男が目蓋をあげた。
「…エドワード?」
「あ…。ああ。起きたか。メシが出来たぞ?
 ここに運ぼうか?それとも起きてくるか?」
んー、と伸びをしている。
顔色は良くなったようだ。
躰も震えていない。
さっき薬を飲んだんだろう。
決められた時間外だが。

「ああ。もう良くなったようだ。ダイニングで食べよう。」
起きあがって服を着始める。
「ガウンも羽織れよ?
 食事はリビングでしよう。あっちの方が暖かい。」
ダイニングキッチンにも床暖房が入っているが、テーブルに座るよりはリビングの床暖房に直接座った方が暖かいだろう。

「めずらしいな。君が床に座って食べることを赦してくれるなんて。」
男は楽しそうに言う。
その嬉しげな顔の下にナニを隠しているんだよ。
オレは少しやりきれない気持ちで寝室を後にした。

ワザと病人を装う男にスプーンで粥を食べさせる。
嬉しげに『あーん』と口を開いている姿は全くいつもの通りで。
むしろオレをからかっていた大佐そのものだった。
…ちょっと大佐にしては甘え過ぎかも知れないが。

こいつはオレだけが全てと言いながら、どれだけのモノをオレに隠しているんだろう。

ふと思い出したことを口にした。
「なあ。国銀とあんたって、どんな関係があるんだ?」
ザウアークラウトを咀嚼していた男の口が一瞬止まる。
「忘れてくれなかったか。」
飲み下して苦笑している。

「あ?都合が悪いのか?
 なら聞かないけど?」
別に無理に聞こうとは思わない。
「いや、都合が悪い訳ではない。
 ただ…面倒だったのでな。」
面倒?ナニが?

「私が金相場から発展して、経済に興味を示したのも父の与えた課題だったと言っただろう?」
ああ。そんなことを言ってたな。
「で?」
「父は祖父と自分の後を継がせたかったのだろう。
 税務署に勤めるときも『税金の流れを知ることも良かろう』と賛成していた。
 …私の思惑も知らずにな。」
「あんたの思惑って、オレを探すことだよな?」
「ああ。そうだ。
 しかし父はやがては私を国銀に入れ、自分の後を任せたかったらしい。
 もう父は亡くなっているが。」
後を任せるって?

「あんたと国銀ってどういう関係?」
ん?とオレの顔を見つめる。
「私の父方の祖父は国銀副総裁だ。
 そして現在の総裁のグラマン氏はホークアイ君の祖父であられる。」
ほおお。
って、えええええ!!!?
国銀総裁の孫娘と副総裁の孫!?
アメストリス大戦以後の疲弊したこの国を経済大国にまで押し上げたカミサマのような『経済の立役者』と言われる両者がこいつらのジイサン!?

「わああ。ボク、サイン欲しいなぁ。」
棒読みになってしまったが、実は本音だ。
「君が欲しいのなら、祖父とグラマン氏のサインを貰ってくるが?」
「いや。冗談だ。」
や、ホントはちょっとマジで欲しいかも。
有っても仕方のないモノとは解っていても、欲しいモノってあるよな。

その日はあくまでも自分の取り乱したことを吐露しようとしない男に合わせてオレもナニも聞かなかった。
ただ、強請られるままに男を抱いて、眠りに落ちかける男に
「なあ。オレはホントに子供であんたを支えられないかも知んない。
 でもさ。
 オレはあんたを好きで、一緒にあんたの傷を支えたいと思ってるんだよ。」
とそっと囁いた。
男がその言葉を受け止めたかどうかは解らない。

そしてオレは明日、ルジョンにまた相談しようと思っていた。



Act.34

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.34
「遊 脇道」Act.34
08.12.24up
朝起きると男はすっかりいつものように元気だった。
それはオレにも都合がいい。
一緒に事務所へと歩き、男を見送った。

「あれ?兄さん、今日大丈夫なの?
 ロイさんの具合は?」
すっかりオレが休むものと思っていたらしい。
「ああ。あいつは元気だ。
 でも悪いけどオレ午後は休ませて貰うな。
 あいつが来るまでに帰らなかったらお客さんに行ってると誤魔化しといてくれ。」
アルに告げてルジョンに電話をした。
今日は木曜日。休診日だ。
来ても構わないという言葉に甘えて、その日の午後訊ねることにした。


「信じられないだろうけど。」
前置きしてオレはオレ達の前の人生のことをルジョンに話した。
話し終えてもしばらくルジョンはナニも言わなかった。

「信じられねぇか?…そうだよな。」
オレの言葉に
「ああ。正直言ってエド、お前が言うんじゃなければ信じられなかったかも知れない。
 でも、お前はお前の持っている記憶とその人の記憶に相違がないと確認したんだよな?」
いかにも医者らしく確認してくる。

「ああ。昔の話をしたが、記憶は一致していた。」
「なら信じるしかないな。
 お前とその人は生まれ変わって、その記憶が有ると言うことだ。」
「ああ。そうらしい。」
またしばらく沈黙が落ちる。

「で?どうしたんだ?」
ルジョンが口を開いた。
「ああ。あいつが不安定なトコや取り乱したところをオレに見せなくなったんだ。
 …どうしたらいいかと思ってさ。」
「…いつからだ?見せなくなったとお前が思ったのは。」
あれ?
いつからだったろう?
しばらく考えてみた。

「オレ…が記憶を取り戻してからかな?」
そんな気がする。
「以前の…過去のその人はお前にとって保護者だったんだよな?」
聞いてくる言葉に
「ああ。そうだ。」
躊躇なく答える。
「では、記憶を取り戻すその前は?
 お前にとってその人は護ってくれる人だったか?
 護るべき人だったか?」

ショチョウは…
「オレは護りたいと…護るべき人間だと思ってた。」
ルジョンが頷く。
オレにもその意味が解った。
「人は相手に対する態度をそう簡単に変えられるものじゃない。
 そういうことじゃないか?」
『鋼の』オレに対して甘えるよりも庇護する側に無意識に廻ってしまう。
それで素直に不安定なところを見せられなくなってしまったのか。

「それに…。」
ルジョンが言葉を続ける。
「以前言われたんだろう?
 『嫌われるのが怖くて話せない事がある。』って。
 それは記憶のないお前になら話しても解らない事だったのかも知れない。
 でも以前のことを思い出したお前には解ってしまうから、余計に色々なことを隠してしまっている可能性もあるな。」
今のオレには解ってしまう?

「頭のいい人なんだろ?
 何事かを隠そうとしたらきっと何重にもフェイクを重ねて行きそうな気がするな。
 その人は。」
「あ?どういう意味だ?」
「一つのことを隠そうとするのなら、その上に更に幾重にも隠し事をしていくんだ。
 何か一つ隠し事を見付ければこっちが納得して更に掘り起こしていかないように。
 頭のいい人にはそういう行動が多く見受けられる。」
なるほど。あいつならやりかねない。
大佐がなにか隠そうとすれば、オレはそう簡単に真実になど辿り着けやしないだろう。
なんせ一筋縄ではいかないヤツだ。

「一度…逢って話を聞いてみちゃくんないか?」
オレはこいつの判断が聞きたかった。
「それはその人に聞いてみることだろう?
 オレは構わないよ。
 ただ、以前も言った通り、その人がオレを信用してくれなければオレはなにもできない。
 それでもいいならって条件付きだ。」
「ああ。それは解ってる。」
なんと言って男に切り出そう。

その後たわいない話をして、オレは事務所に戻ることにした。
「じゃあ、その人と相談して、日時が決まったら連絡してくれ。」
診療所の出口まで見送りに出てくれる。
「ああ。解った。」
「…その前でもいつでも、ナニか有ったらすぐ連絡しろよ?」
「ああ。…頼むな。」
「ん。じゃあ宜しく伝えてくれ。」
「ん。サンキュ。」


さて、どうするか。
もし男がオレにナニか知られたくないことが有って、それを奥底にしまって何重にもフェイク…嘘や隠し事を乗せているのなら、逆にルジョンのことを警戒するだけかも知れない。
暴かれるの厭さに。
そもそもなんと言って切り出せばいいのか。
過去の事を勝手に話したことも謝らなきゃな。

ほてほてと歩いていると男が見えた。
時計をみると丁度仕事が終わって事務所に行くところのようだ。
思ったよりルジョンのところで時間を食ってしまったな。

「おーい!」
声を掛けると驚いたように振り向き
「なんだ。出掛けていたのか?」
嬉しそうに笑う。
ああ。こうしていつもオレに逢う度に嬉しそうに笑ってくれるんだよな。
オレの存在はこいつにとってどれだけのものなんだろう。

「ああ。お客さんの帰りだ。丁度良かったな。」
「そうだな。やはり私たちはこうして巡り会う運命の相手なんだな。」
ナニを道で逢ったくらいで大げさな。
それでも否定はしたくない。
「ああ。何度生まれ変わっても愛し合う運命の恋人だ。」
ああ。歯が浮く。
でも心底嬉しそうに笑ってくれるんだからいいじゃないか。

「嬉しいよ。」
腕を絡めてくる。
うん。気持ちは嬉しいけど、ここは往来でな。
オレのお客さん達も多くてな。
振り解ける訳もない腕に手を添えるしかないんだが。

「あ!すみません!」
走ってきた少年が男の肩ぶつかった。
「あ、いや。大丈夫かな?」
男が少年に聞く。

顔を上げた少年は褐色の肌に赤い瞳。
ああ。イシュヴァール系だ。
イシュヴァールとの混血は綺麗だとの評価がもっぱらで、最近はイシュヴァール系のアーティストが人気のせいもあり、人工的に肌を焼いたりカラーコンタクトを入れるのが流行っているが、この子は生粋のようだ。
イシュヴァール特有の民族衣装を着ている。
ま、これも最近流行ってるけどな。

「大丈夫です。すみませんでした。」
ぺこりと頭を下げて少年がまた走っていく。
オレも歩き出そうとしたが、男はその場に立ち尽くしている。
「? どした?」
「…。」
返事が返ってこない。
顔を覗き込むと真っ青だ。
「おい!?どうした!?」
返事はなく、男の躰は震えていた。

イシュヴァールの民…過去にあの少年と何かあったのか。
オレはタクシーを拾って男を押し込んだ。
「おい!聞こえるか!?大丈夫か!?」
男は両耳を押さえて俯いている。
真っ青な顔をして震えたままで。

「おい!ロイ!」
ダメだ。
過去の残像に囚われている。
ちょっとタクシーの運ちゃんが気になったが、オレは男の頬に手を当てキスをした。
奥に縮こまった舌に自分のそれを絡ませて強引に口腔を弄る。
少し反応が返ってきた。
そのまま男が息苦しさに唇を離すまでオレは深くキスを続けた。

「は…エドワード?」
ようやくオレに視線を合わせた。
「大丈夫か?もうすぐ家に着く。」
「…。」
男を先に降ろし、またタクシーに乗り込むようにして料金を払う。

運ちゃんは心配そうな顔をして
「お大事に。」
と言ってくれた。
サングラスから覗くその瞳は赤くて、ああこの人もイシュヴァール系なのだとぼんやり思った。
…傷がないから気が付かなかった。
よかった。先に男を降ろしておいて。
走り去るスカーの運転するタクシーをオレは見送った。

「さ、家に入ろうな?」
マンションの前に立ち尽くす男に声を掛けて玄関の鍵を開ける。
男はナニも言わず、ただされるがままになっていた。
「ベッドに行くか?ソファで寝てるか?
 オレは晩メシの用意をするから。」
オレの言葉に応えずふらりと寝室に向かう。
時間外だが薬を飲むだろう。
オレは水と薬を持って男の後から寝室に向かった。

スーツを脱いでベッドに横たわりながら男はぽつりと言った。
「あの少年…。私がイシュヴァールで殺した…。
 死ぬ事への恐怖で私に銃を向けたあの少年を…。」
やっぱりそうか。
「そか…。
 でもな、あの少年は今元気に生きている。
 きっと今は幸福だ。」
こいつにはそんな言葉はムダと知っていながらも告げた。
「ああ…。」
それでもオレの気持ちにこいつは応えようとする。

「もう…。過ぎたことだ。気にするな。
 オレはメシ作ってるからしばらく寝てろ?」
「…ああ。」
今なら、少し受け容れられるかも知れない。
いや、今はマズいかも知れない。
そんな矛盾した思いを抱えながらオレは男に告げた。

「あのさ。オレの友達に医者がいるんだ。
 誠実ないいヤツで。
 少し、そいつに話をしてみないか?」
やや間を置いて
「君の親しい医者?」
と聞いてくる。
「ああ。本当は神経科の専門じゃないんだけどな。
 最近神経科の患者が多くて、本人もきちんと勉強や研修に励んで居るんだ。
 実は…今日もそいつに相談しに行ってたんだ。
 オレ達の過去のことも知っている。
 勝手に話してすまなかったけど。
 …そいつと話して見る気はないか?」
しばらく返事は返ってこなかった。

「そう…した方が君が安心か?」
ああ、結局こいつはオレのコトしか考えてないのか。
「そう言う訳じゃ…いや、そうかもな。
 オレはあんたを支えたくて、出来ればプロの手を借りてでもあんたを安心させて幸福に出来ればいいと思ってる。
 …あんたは厭か?」
色々考えているんだろう。

ようやく返事が返ってきた。
「私は構わない。…君が望むなら。」
「…いつ頃がいい?」
男の気が変わらないうちに話を決めたい。
「別に…私は今すぐにでも構わない。
 その人の都合のいい時で。」
今すぐ?
いや、こいつがもっと自分を偽る前に済ませるのもいいかも知れない。
「じゃあ聞いてくるよ。
 本当に今すぐでも構わないんだな?」
「ああ…。君の好きなように。」

オレはルジョンに連絡をした。
快く来てくれると請け合ってくれた。
その前に食事をさせたい。
2時間後にと約束をして電話を切った。

そのままオレは寝室に戻らず夕メシを作っていた。
男の好きな肉を全面に出しておこう。
豚の厚切り肉を叩き伸ばして玉ネギとジャガイモと一緒にトマト煮にした。
今日は冷えるから牡蠣とシャンピニオンのチャウダーも作る。
付け合わせに温野菜のサラダを添える用意が出来てからオレは寝室に向かった。

オレが部屋を後にしてから飲んだだろう薬が効いているのか、ルジョンが来るから薬は飲まなかったのかそれは解らない。
相変わらず横向きで躰を丸めて男はベッドに横たわっていた。
ふと覗くとまだ顔色が悪く、右の人差し指を噛んでいる。
オレが抱いている時以外に指を噛むのはめずらしい。
それもかなり強く噛んでいる。
そっと外させようとしたが、強張ったように口から離さない。

頬に手を添え、やっと外させると寝言が漏れた。
「い…です…。もう…。」
いつもの寝言だ。
誰にナニを懇願しているのか。

想像できないでもなかったが、そんなハズもないと何処かで思うから理解できないんだ。
あれだけ強かった大佐が誰かに襲われるはずも拷問も…。
どっかでひっ捕まって拷問でも受けた?
それは有り得るかも知れないな。
何しろあの頃こいつはテロの標的だった。
オレが居ない間にどんなことをされたのか。
それが心配だった。

「おい…。メシの時間だぞ?」
そっと驚かさないように髪を撫でながら起こす。
額に頬にキスを落とすとようやく男が瞳を覚ました。
「…エドワード?」
まだ覚醒しきらない瞳は焦点を結んでいない。
「ああ。オレだ。メシが出来たぞ?」
「あ…ああ。今日はなにかな?」
楽しそうな表情で言う。
そんなに無理をするな。
まだ顔色が悪いのに、オレの前でさえ平静を装うのが哀しい。

「ああ。肉のトマト煮と牡蠣のチャウダーだ。
 あんた好きだろ?」
「それは嬉しいな。
 君の作る料理はなんでも美味いがね。」
起きあがって服を着る男にガウンを掛けながら
「ルジョン…オレの友達の医者が後で来てくれるそうだ。」
何気なさを装って言う。
「…そうか。」

急ぎ過ぎかも知れない。
けれど、こいつに今以上自分を偽らせる時間を持たせたくない。
「とりあえずメシを喰おう?牡蠣は温め直すと縮むからな。今が喰い時だ。」
明るく言うと男も楽しそうに笑ってくれる。
「ああ。早く食べよう。腹が減った。」

食事の間中、殊更明るく振る舞っていたのはワザとなんだろう。
オレもそれに合わせて2人で笑って過ごした。


やがて食事の片付けが終わる頃、ルジョンが来てくれた。
「しばらく他の部屋に居てくれるか?」
玄関に迎えに出たオレにルジョンが言う。
「ああ。解った。」
「あ、ちょっと待った。まだ居てくれ。」
? なんだ?

「いきなり二人きりになるより、最初はお前もいた方がいいだろう?」
あ、なるほど。
「解った。どこで話を聞く?」
「寝室がいいだろう。
 ゆったり横たわっていて貰う方がいい。」
「ん。じゃあオレはその間リビングで待ってるよ。」
「ああ。そうしてくれ。」

ルジョンがリビングに向かい男に挨拶をする。
「はじめまして。エドの幼なじみのルジョンと申します。
 エドからお話しは伺っています。」
そこで初めて男の顔を見たルジョンが声をあげた。
「マスタングさん!?」
男も驚いたようだ。
「ドクター!?」
あれ?
知り合い?

「…あなたでしたか。」
ルジョンの言葉に男は顔を逸らしている。
「ドクターがエドワードの幼なじみだったとは…。」
ナニか都合が悪かったんだろうか?
「…どうすれば…?」
オレは男に聞く。
この話はなかったことに!
って展開もアリか?

「いや…ドクター、お願いします。」
男が言う。
「ああ…。解りました。
 じゃあ、エド。
 オレは寝室でマスタングさんの話を聞くから。」
どういう事なんだろう?
皮膚科専門のルジョンのところに男が行ったとも思えなかったが。
始めに紅茶を大降りのポットで用意して寝室に置き、オレはリビングでずっと待っていた。

どの位時間が経ったんだろう。
やがてルジョンがリビングに来た。
「あいつは?」
聞くと
「疲れたから眠ると言っていらした。
 今は眠っているだろう。」
ルジョンが応える。
「で…?」
オレは色々と聞きたいことがあった。
とりあえず一番聞きたかったことを聞こう。

「あいつを…知っていたのか?」
オレの疑問にルジョンが応えてくれる。
「ああ。先日うちに来たんだ。
 まさかお前の言う人だとは思わなかったよ。」
「そん時…薬を出したか?」
「? ああ。出した。
 精神安定剤をな。」
「お前はどの調剤薬局を使ってる?」
新しい薬局の袋をオレは見た覚えがなかった。

「ん?オレんとこは自分の医院で出している。
 一ヶ月分の薬を薬局に依頼することは出来ないからな。」
「その…お前んところの薬の袋ってどんなだ?」
オレの言葉にルジョンが持ってきたカバンを開けた。
「今持ってるよ。薬が必要になるかと思ってな。
 先日一ヶ月分の薬を渡してあったからそのままここにある。」
ルジョンが見せてくれた袋に見覚えはなかった。

「あいつ…お前んとこの薬は他のところに保管してある。」
もしかしたらその他の薬局から貰った薬も。
オレに知られないようにまた多用し始めているのか?

「で…。あいつはなんだって?」
薬のことは後で本人に聞こう。
「まあ守秘義務があるからな。内容は話せない。
 …解るよな?」
ああ。解る。
オレにもルジョンにもあいつにも守秘義務は絶対の法だ。

「それでも…。」
なお言い募るオレに
「うん。やはりお前が言うとおり、頭のいい人だな。
 …聡明すぎてつらそうだ。」
ルジョンの感想は全て聞きたい。
オレは黙って先を促した。

「淀みなく言葉が口から流れ出ては来るんだが、それはどれも考え尽くされていて隙がない。
 あんな智略に富む人をオレは知らないよ。」
ルジョンだってなんだかんだ言って、頭のいい人間だ。
オレはこいつとあの男は同じくらい聡明な人間だと思っている。
「そうか…。」

「なあ。エド?」
ルジョンがオレを覗き込むように言う。
「ん?」
「気を付けてやれ。
 あの人は傷を隠すために違う傷でそれを覆ってしまうようなタイプに見える。」
「? どういう?」
「自分がお前に隠したい傷を、違う傷…例えばイシュヴァールの内乱のこととか。
 オレにとっては古い歴史の事だが、お前達にとっては身近なことなんだろう?
 そういう…内乱で受けた傷やヒューズさん…だったか、そういう違う傷で知られたく無い傷を覆ってしまっているような気がするんだ。」
オレが知っている事でオレに知られたく無い傷を隠している?

「まあ、まだ一度話を聞いただけだ。
 単なる印象なんだがな。
 …オレはそういう印象を受けた。」
「…そうか。」
「お前はあの人を強い人だと言ったな?
 オレにはそうは思えないよ。
 とても…脆い人としか思えない。
 …気を付けて側にいてあの人を見守ってやれ。
 それはお前にしか出来ないんだから。」
あれだけ自分を他人に偽ることに長けている人間をこれだけ理解するんだ。
やはりこいつは神経科の医者に向いているのかも知れない。

「ああ。…今日は有り難うな。
 気を付けて見てみるよ。」
「ああ。その方が良さそうだ。」
とにかく男の精神に気を付けろと、大切に愛してやれと言葉を残してルジョンが帰って行った。
それは言われるまでもなかったが、男が隠そうとしていることにオレは辿り着けるんだろうか?
それはオレの望むことだったが、そう出来るのかどうかには自信が持てなかった。

ルジョンが帰った後、寝室に向かった。
男はルジョンの言う通り眠っていた。
食事も済ませたし、このまま朝まで眠ってくれればいい。
オレも風呂に入って男の隣に横たわって眠った。


元々眠りの浅いオレは早朝だろう時間に目を覚ました。
あ?
何時だ?
枕元の銀時計を見るとまだ5時だ。
起きる必要もない。

と思ったらベッドに男がいない。
どこに居るのかと起きあがるとベランダに続く窓の側に立っている。
オレが起こさないと仲々起きない男にしてはめずらしいことだ。
「どうした?もう起きたのか?」
オレも起きあがって窓際に立つ男の側による。

窓の外は雪だ。
「ああ。雪か。」
男の躰に触れると冷たくなっている。
「!? あんた、いつからここに立ってるんだ!?」
見ればパジャマのままでガウンすら羽織っていなかった。
「ああ。おはよう。」
そんなこと言ってる場合じゃないだろ?
「おい!いつからここにいるんだよ!?」
腕を掴んだオレの顔をぼんやり見ている。

「さあ?瞳が覚めたら雪が降っていたから。
 …眺めていた。」
大丈夫か?こいつ。
「雪は…好きだ。
 なにか護られているような気になれるのでな。
 なあ、エドワード。
 知っているか?
 雪は音もなく降り積もるようだが、その気配は意外と大きいんだ。
 部屋の中にいても、雪が降り始めるとそれが気配で解る。」
そんなことを聞きたいんじゃなくて!

「躰が冷え切ってるぞ!?
 風呂を沸かすから入れ。な?
 とりあえず、ベッドに戻れ!」
まだ雪を見ていたそうな男を無理矢理にベッドに戻す。

風呂のスイッチを入れ、寝室に戻った。
大人しくベッドに居る男の横に入り、抱きしめる。
ホントに冷え切ってやがる。
オレは男を更に強く抱きしめた。

「雪が好きなのは解った。
 でもな、こんな冷える日にロクに服も着ないで窓際に立つのはやめろ?
 風邪をひくぞ?」
こんな冷えた躰を抱いてたらオレが風邪をひきそうだよ。
オレの言葉に
「…すまなかった。
 あまりに雪が綺麗だったから。」
子供のように謝ってくる。

「いや、雪を見るのが悪いってんじゃないんだ。
 もう少しあったかい格好で見ような?」
オレも子供に言い聞かせるように言う。

ああ、こいつはどこまで壊れて変わってしまったんだろうな。
オレはこいつが雨の日に無能だったことしか知らない。
雪の日にナニが有ったんだろう?
それはオレの知るべくもないことだったが。
「メシを喰って、出勤までに時間が有ったら雪を一緒に見よう。
 な?」

オレの言葉に男は嬉しそうに…笑った。





Act.35

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.35
「遊 脇道」Act.35
08.12.26up
「ごちそうさま!」
「…お粗末様。」
勢い良くフォークを置いて皿をキッチンへ運ぶ男にオレは溜め息をついた。
ホントにコドモかっつぅの!?
そんなに雪を見るのが楽しみなのか、朝メシを気もそぞろにがっついていた。

「さあ!エドワード!」
「あー、はいはい。
 靴下をもっと厚手のにしろ。
 セーターも上から着て。
 それから私服用のマフラーとコートもな。」
言葉を受けてぱたぱたと寝室へ走っていく。
オレは半ば呆れて見送った。

オレに言われた通り、もこもこに服を着た男に
「そんなに雪を見るのが好きなのか?」
オレも上着を着ながら聞く。
「そうではない。
 エドワードと一緒に見るのが楽しみなんだ!
 ずっと一緒に見たいと思っていた。」
ホントに嬉しそうに言う。

「外に出るのか?」
聞くとベランダから見たいと言う。
「遠くまで雪に覆われているのが見通せるからな。」
心底雪が好きらしい。

ベランダの手すりにまで雪が積もっている。
セントラルでこんなに雪が降るのはめずらしい方だ。
白い息を吐きながらオレを抱き寄せ、真っ白に染まった街を見下ろす。
「綺麗だな。」
「ああ。綺麗だ。」
また死ぬときにはこの光景が脳裏に浮かぶといいとか思っているんだろうか。

「そんなに雪が好きなら、旅行は北方にしようか?」
カウロイ湖にはあまりいい記憶がないことを思い出してしまったしな。
「それもいいな。
 北方司令部に…。」
そこまで言って言葉を切る。

「あ?あんた北方司令部に行ったことがあるのか?」
しばらくしてから答えが返ってきた。
「ああ。視察…将軍の代理で行ったことがある。
 ブリッグズ山に本当に我が国は護られているのだと実感した覚えがあるな。」
「へえ。北方ってなにか観光出来るところがあるのか?」
オレの言葉に少し考えてから
「あまり…どこへも行かなかったから解らないな。
 …すぐに…セントラルに戻ってしまったから。」
楽しい思い出ではないらしい。
当時はドラクマときな臭かったからな。
遊びでなく軍務で行きゃ、そりゃ楽しくなかっただろう。

「ふぅん。
 で、どうする?旅行の行く先さ。」
「ああ…。やはり北方にしようか。
 もう300年以上経っているんだ。
 観光施設も有るだろう。
 エドワードはスキーは出来るのか?」
「あー?まあパラレルくらいならな。」
ガキの頃から冬休みと春休みには合宿制のスキースクールにアルと2人で突っ込まれていた。
もちろんその間親は家でいちゃいちゃしてやがった。

「では3月下旬なら雪も残っているだろうし、ノースシティの北側…ブリッグズ山の麓あたりに宿を取ろう。」
「ああ。」
早速ネットで調べてみよう。
オレも楽しみだ。

「ああ。エドワードと一緒に雪が見られて本当に嬉しいよ。」
抱きしめる腕に力が込められる。
「ここに君が居る。
 実体を持って存在してくれている。」
オレと向かい合わせになるように躰の向きを変えキスしてくる。

お?
あのさ、こんな雪の日に人んちのベランダ見上げるヤツも少ないかも知んないけどさ、オレ達から街が見下ろせんなら街からオレ達が見える訳で…。
でもこいつがしたいようにさせればいい。
オレも男の躰に腕を廻してキスに応えた。
ベランダにまで吹き込んでくる雪がオレ達にも降り積もる。

ふと、オレは以前の自分が雪を嫌いだったことを思い出した。
機械鎧の手足は雪が落ちても溶けることはなく、結晶がそのまま残って。
その冷たさはオレの躰を、神経を苛んだから。
それは自分が犯した罪を改めて実感させて。
でもそのことを男に告げる気はもちろんない。
それにこれからは雪が好きになるだろう。
男がこんなにも好きなものなんだから。
そして今、オレには雪が触れれば溶ける暖かい手足があるのだから。

出勤間際まで2人で雪を見ていた。
濡れてしまった髪をドライヤーで乾かし、着替えをして事務所へ向かう。
セントラルの人間は雪に慣れていないので、少しの雪でも怪我人が多く出てニュースになる。
特に大人は滑ったり転んだりするモンだが、男は器用に雪の上を歩く。
オレも大概雪慣れしているが、こいつも相当だ。
雪が好きと言うだけはある。

「あんたもガキの頃から雪山に行ってたのか?」
オレの疑問に
「いや?高校に行ってからだな。スキーを始めたのは。」
不思議そうな顔で応える。
「へえ?それにしちゃ雪慣れしてるな。
 オレは小学校に行くかどうかって頃から毎年行ってたんだけどさ。
 普通はもっと歩くのに手間取るモンだけど、やっぱあんたは運動神経がいいからかな。」
感心したオレの言葉に
「お誉めに預かり重畳でございます。」
男は雪の上で危なげなく、貴族のように優雅な一礼をした。


「ジャカジャン!
 第2弾でぇっす!!」
どうしてお前がそんなに嬉しそうなんだよ?アル?
昼メシ時、男とオレに『遊 vol.2』を一冊ずつ渡す。
「おー。結構分厚いな。」
オレは相変わらずぱらぱらと捲っていたが、男は楽しそうに読み始めた。

「おや、温泉旅行に出掛けている。
 羨ましいことだな。
 東の島国について良く調べて有るようだ。」
温泉旅行か。
それもいいな。
「ならブリッグズ周辺の温泉を探すか?」
「ああ、それはいいな。
 雪で冷えた躰をのんびり温泉で温めて。」
「冷えたビールを飲んだら最高だな。」

「なになに?旅行でも行くの?」
アルが話題に乗ってきた。
「ああ。確定申告が終わったらちょっとのんびりしようかと思ってな。」
「3月にブリッグズ山って。そんな寒いトコよりもっとあったかいところにすればいいのに。」
まあ、最初はオレもそう思ったんだけどな。
「こいつ、雪が好きなんだよ。
 だから北方にしようと思ってさ。」
「へえ。意外ですね。
 猫属性の人は寒いのが嫌いかと思ってましたよ。」
…猫属性ってナニ?
いや、確かにこいつは猫だけど。

「そういえばウィンリィ達が今度猫耳を付けて欲しいと言ってましたよ?
 是非スケッチをさせて欲しいそうです。」
猫耳?
「それは…どんなものなのかな?」
男にも解らないようだ。
「ああ、カチューシャに猫の耳が付いているようなモノですよ。
 番外編で『ますにゃんぐ』モノが描きたいとシェスカが言い出しましてね。
 なにやら『王道なのよ!』と息巻いてました。」
ね…猫の耳を付けたこいつ…?
…ますにゃんぐ?
シッポとかも付けたりするのか!?
ヤヴァイ!
鼻血出そう…。

「そんなくっだらないモン、誰が付けさせるかよ!
 あいつら大の大人をなんだと思ってるんだ?
 こいつの地位を考えてみろっての!」
ダメだ!
他人には絶対見せたくない!
でもオレはちょっと見たい。
かなり見たいかも!

「兄さん、顔が紅いよ?」
冷静なキミをボクは常に尊敬してるよ?
でも今はやめて欲しいなぁ。
「あんまり非常識なこと聞いたら驚いたんだよ!
 ちっさな子供に付けたらかわいいかも知んないけどな?」
「ふぅん。」
あ、その冷めた瞳はやめてくれないかな?
兄ちゃんは哀しいよ?

「エドワードの希望が通ったようだな。」
読み進めていた男が言う。
助かった。話題が変わって。
「あ?なにが?」
「ほら。私が無理強いをしなくなっている。
 随分優しくなったようだ。」
ざっと読んでみるが
「ああ?オレの情けなさが倍増してんじゃねぇか。
 ナニ逃げてんだよ!オレ!」
こいつはどんなにつらくても抱かれることを求めてくれたのに。
根性足りてねぇよ。

「まあ、そういうものかも知れないよ。
 仲々リアルなのではないかね?」
オレにとってリアルは目の前の男だけだ。
しかし読んでみると
「…エロばっかだな。
 背中の地図ぅ!?
 こっ恥ずかし〜!
 他人が隣にいるところで?
 うひゃ〜。エッチぃ!」
よく恥ずかしげもなくこんなモン書けるな。(←すみませんね!)

「ふむ。このくらいエドワードが積極的だと嬉しいかも知れないな。」
「おや。兄さんはそんなに淡泊ですか?
 ロイさんにはご不満が?」
アル!オレは普通だよ!
こいつらの書くのがエロ過ぎんの!

「いや、もちろん愛するエドワードに不満などないが。
 しかし作中の私の積極さがちょっと羨ましいかな。
 このワザとエトヴァルトが自分から求めるようにする為の策略もそそるものがある。
 いきなり今まで自分から求めていたのをすっぱりやめるとは、仲々だな。」
「あんた昼間っからこんなことされたいのか?
 恥ずかしくねぇか?」
オレは恥ずかしいよ。

「エドワードは優しいから、もし私が少しでも厭だと言ったらやめるだろう?」
「そりゃ、あんたの厭がることはしたくない。
 当たり前だろ?」
「たまには厭と言っても強引に求められるのも燃えるな。」
にやり、と楽しそうに笑ってやがる。
からかってんな?
「ほお。解った。
 これからはあんたが泣いて厭がっても止めないようにするぜ。
 それがいいんだな?」

「兄さん、同人誌よりエロい事言ってるの、気が付いてる?
 というか、そのセリフそのまま使われてもいい?」
「いい?って、お前がウィンリィ達に言わなきゃいいだけだろ?」
「ボクは包み隠さず兄さん達の会話を教えるように言われてるからね。」
しれっと恐ろしいことを言うな!

「おま、そんなにウィンリィの言いなりなヤツだったか!?」
男とアルが視線を合わせてまたにやりと笑う。
ナニ!?
「ウィンリィだけならそうでもないんだけどね。」
にやにやと笑いながらアルが言う。
「あ?シェスカか?母さんか?」
誰に命令されてんだよ?

「母さんにも逆らえないけどさ。
 実はホークアイさんに言われてるんだ。
 ね?兄さんでも反対できないでしょ?」
「うっ!」
ホークアイさん?
つか、中尉に逆らう?
…絶対無理。
男でさえもそれは無理だろう。

「なんでホークアイさんがオレ達の会話をお前にスパイさせるんだよ?」
オレはがっくり肩を落とした。
「んー?
 ウィンリィ達の同名を使ってもいいかってお願いをしたときに頼まれたんだ。
 ロイさんはあまり都合の悪いことは言ってくれないから、ボクに色々教えてくれって。
 素敵な大人の女性には敵わないよね。」
いや、あの恐怖心には確かに逆らえねぇけど。
オレは溜め息をついた。

「オレが攻めのセリフを言ったって意味がないだろ?」
「いやぁ。ホークアイさん達の同人誌は兄さんが攻めだからね。
 丁度使えるんじゃない?」
何でもないことのように言うな!
あー、でも中尉か…。
「好きにしろよ…。オレもホークアイさんには逆らえない。」
くすくすと笑う男をオレは軽く睨んだ。

「仲々ウィンリィ嬢達の作品も盛り上がっているようだね。
 この最後の部分、なにか事件が起きそうだ。」
最後まで読み終わった男が言う。
「そうなんですよ。
 一つ事件で盛り上がりたいんですが、その解決方法にも凝りたいって言ってるんです。
 なにかいいアイディアは有りませんか?」
事件の全容とその解決方法についてアルと男は話し合っていた。
オレはそんな腹黒い作戦は思いつかないよ。
蚊帳の外でぼんやり会話を聞いていた。


3月1日に全てのお客さんの申告が終わった。
今年は余裕だったな。
既にブリッグズ山麓の宿の手配は付いていた。
温泉で朱に染まった男の躰はきっと艶っぽくてオレを誘うだろう。
オレはウィンリィ達の同人誌を真似て、そのまま押し倒せるよう部屋付きの露天風呂のある宿を予約した。

いくつかのお客さんは、納付税額分の小切手をオレ達に渡し、納付するまでを依頼してくる。
オレはその小切手を持っていつもの銀行に向かった。
窓口ではあの黒髪メガネの娘が受付をしてくれた。

「あの…。」
こそっとオレに話しかけてくる。
「はい?」
小切手と税金納付票を渡しながら聞く。
「エルリック様と恋人の方、どちらが『攻め』なんですか?」
ああ、ここにも腐女子がいたんだっけな。
「オレが『攻め』です。」
にっこり笑って窓口を後にする。

オレは待合いのソファに座り、その場で署長室直通へ電話をした。
「はい。署長室です。」
「エルリックです。」
「ああ。エルリック先生。今無能に替わります。」
「いえ。ホークアイさんにお聞きしたいことが。
 ウィンリィ以外のサークルさんが公務員シリーズの主人公達の名前を使ってもいいかと思いまして。」
「ああ。それならどうぞお使い下さい。」
「有り難うございます。
 それでは。」
「はい。失礼致します。」
通話を切った。

しばらく後、メガネの娘に
「エルリック様」
処理が終わって窓口に呼ばれる。
彼女に礼を言った後に
「『実録 公務員シリーズ』をご存じですか?」
と聞くと瞳を輝かせて
「ええ!もちろん!
 あの作品で私は目覚めたんです!」
そんなん目を覚まさなくてもいいのに。
「そうですか。あの作者が主人公達の名前を使ってもいいと言ってますので、宜しければお使い下さい。」
「ええ!?いいんですか!?
 あの伝説のサークルさんがそんな許可を!?」
「ええ。どうぞお使い下さいと言ってました。
 くれぐれもオレが『攻め』ですから、そこは宜しく。」
殊更にっこりと笑って見せた。
ウィンリィ、お前少数派になれ。
そんな空しい願いを胸に抱いて。


そして数日後、オレ達はブリッグズ山の麓の宿にいた。
昼間はスキーや雪遊びを楽しみ、夜は温泉に浸かりのんびりと過ごした。
存外に男はスキーよりも雪遊びで楽しげな顔を見せた。
それでも時折、急に不安そうな顔をしてオレを抱き締めては
「きちんと…いるよな?」
と何か確認をしてくる。
その度にオレは男を抱き締め返し
「オレはここにいるよ。」
と頭を撫でた。
するとようやく安心したように、また雪と戯れるのだった。

2晩目にオレはかねてからの心配事を、男が特に上機嫌な時を狙って話し出した。
「あのな?あんた、薬を隠しているだろう?」
オレの言葉にしばらく男は黙っていた。
「ドクターから聞いたのか。」
それは疑問ではなかった。

「ああ。オレはヤツの医院の薬袋をあんたのところで見なかった。
 …また…規定量を超えて多用しているのか?」
「…いや。そうではない。」
このことでまた取り乱されたら困るな。
「責めたい訳じゃないんだ。
 それは解ってくれ。
 オレはあんたの躰が心配なだけなんだよ。」

「だから…多用はしていない。
 規定量を普段は飲んでいる。
 …たまに不安定になってしまったときに一度多く飲むだけだ。
 エドワードの知っている範囲で。」
そうか。
オレは肩から力が抜けた。

「そか…。
 疑って悪かった。」
男を抱き寄せ、その頭を撫でる。
「ルジョンとこの薬袋を見かけなかったから、心配になっちまったんだ。
 …ごめんな。」
男はオレの言葉に少しつらそうな顔をした。

「私こそすまなかった。
 心配を掛けてしまったな。
 沢山の薬局の袋があったら却って心配を掛けてしまうかと思って他の場所に保管していたんだ。
 安心してくれたまえ。
 私はもう薬を多用してはいない。」
「ん。良かったよ。」

告げるオレの顔を見上げて男が言う。
「私が薬をやめたら、君はもっと安心できるか?」
それは…どうだろう。
確かに薬を飲まなくても安定していてくれればそれ以上のことはない。
しかし無理に薬をやめて不安定になってつらい思いをさせるくらいなら、規定量を飲んでいる方がいいのかも知れない。

オレはそれを正直に伝えることにした。
「あのさ、あんたが薬をやめても不安定にならないんなら、やめて欲しい。
 どうも躰に負担を掛けるようだから。
 でもな、無理にやめてまた取り乱すくらいなら規定量を飲む方がいいかとも思う。
 …それはあんたの判断に任せるよ。」

やや経ってから男が口を開いた。
「もう…薬を規定量より減らしても副作用はないだろう。
 これからはもっと飲む量を減らすように努力をしてみよう。
 君が側にいてくれるなら、それは叶いそうな気がする。」
オレが一緒にいることでこいつの精神が安定してくれたら、そんな嬉しいことはない。

「オレ、ずっとあんたと一緒にいて、あんたの傷を癒して支えて行きたいと思ってるからさ。
 じゃあ、無理のない範囲で薬を飲むのをやめような?」
オレの言葉にこくり、と頷く男が心底愛おしい。

オレはその晩、じっくりと時間を掛けて男を愛した。
戯れ言のように以前男が言った言葉をなぞるように、男が泣いても懇願しても手を唇を舌を、オレ自身を休めなかった。
男の声が嗄れるほど。
愛し続けた。
翌日遅くまで男が目覚めることが出来なかったくらいに。
深く、強く。
ただ愛し続けた。





ウィンリィ達の『遊 vol.2』には、こちらの『遊』のvol.14〜vol.30が載っているということで一つお願い致します。
スノボじゃなくてスキーなのは私がスキースクール育ちだからですdeath!



Act.36

clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.36
「遊 脇道」Act.36
08.12.26up
【最初に】
えと、申し訳ございません。
『遊』の最終話
『幻』
『惑』
をお読みでない方は、訳が解らないと思いますので、そちらを先にお読み下さい。





また2人で雪を見に来よう。
そう約束をしてブリッグズ山麓を後にした。
遊園地でも約束したように。

そんな風に約束を重ねて、それを果たしながら暮らしていきたい。
そんな小さな幸福を2人で抱えていけたらいい。
楽しそうに旅の思い出を語る男を見ながらオレはそう思っていた。


確定申告の後始末も終わり、通常の業務へ移った。
5月には大きな決算が数件控えているから、これからはその準備と4月のわずかな決算が主な仕事となる。
まあ一段落付いてのんびりした時期でもある。
相変わらず男は仕事が終わると事務所へ来て、そして2人で家まで帰る。
男は言葉通り、少しずつ薬を飲む回数を減らしているようだ。
このまま穏やかに支え合いながら日々を送っていくのだとオレは信じていた。


ある日、アルを通さず郵便で『遊』の最終巻が届けられた。
今回は製本されておらず、印刷された原稿がホチキスで留められていた。

そしてウィンリィからのメモ。
『これは、ロイさんとエドの為だけのバージョンです。
 一般の人に売るのとは最後の内容が違うの。
 これも製本に出したかったんだけど、おじさんとアルに原価が割に合わないから2冊だけ違うのを作るのはダメだって怒られちゃった。
 だからこんな形でごめんなさい。
 最後に
 ロイさん、エド。
 幸福になって下さい。
 …今度こそ。
   ウィンリィ』

そして、そのメモと最終巻を読んだ男は泣いた。
「彼女も…前の記憶を持っていたのだな。」
最初からじゃない。
それは初めてこいつと逢ったときの様子から解る。
途中で思い出したんだろう。
それがいつで、なんの切っ掛けかは解らないが。
それでも前の人生で自分の両親に手を掛けた、こいつに対するウィンリィの態度はずっと変わらなかった。

「いい…女だよな。」
憎らしくて生意気でおっとこ前な幼なじみに賞賛を贈る。
オレは男を抱きしめた。
「あいつは前の人生でもあんたを許してただろ?
 もう泣くな。
 今あいつにはちゃんと元気な両親がいるんだ。」
「ん…。」
それでも前の人生で犯した罪に囚われがちなこいつはいつまでも忘れることはないんだろう。

「オレがいるよ。
 ずっとそばにオレがいる。
 なにがあってもずっと一緒にいるから。
 愛してるよ。ロイ。」
呪文のように言葉を唱える。
何度も何度も。

これからも、壊れてしまった精神を抱えてこいつは生きる。
幾許かでもそれを支えていきたいと願う。
オレがこいつを支えて生きていければと。
「愛してるよ。ロイ。
 オレがずっと一緒にいるから。」
事切れるような眠りに男が落ちるまで、ずっとオレは同じ言葉を唱え続けた。
それでも胸には満ち足りた幸福感しかなく、それがじくじくとオレを苛んだ。


後日、ウィンリィが男を訪ねて家に来た。
「あんたはここにいないで。」
強い力がその瞳にあって、オレは素直にリビングを出た。

寝室で寝転がってウィンリィが帰るのをただ待っていると、やがて見送ったのだろう男がやってきた。
「全てを彼女に話したよ。
 …君の言う通り、私は赦されてここにいるのかも知れない。
 彼女は私に『幸せになって欲しい。』と言ってくれた。
 エドワード、ずっと一緒にいて…私を愛してくれるか?」
ナニを今更なこと言ってんだろう?
そんなにオレの今までの言葉はこいつに届いていなかったんだろうか。

「…んっとに頭悪いな。あんた。
 何度言ったら解るんだ?
 オレはあんたとずっと一緒にいるって。
 オレはあんたを愛してるんだよ。」

ウィンリィがこいつにナニを言ってくれたのかは解らない。
無理に聞こうとも思わない。
それでもオレは深くあいつに感謝したんだ。

そしてその数日後、またウィンリィが家に来た。
今度はオレの話を聞きたいと言って。
男はオレと同じように素直にリビングを後にした。
オレはあっちの世界での『あの人』のことも含めた何もかもをウィンリィに話した。
あいつに言えなかったことも全て。


それからしばらく経った金曜の夜。
先日の旅行の写真が出来たので、それを肴に酒を飲んでいた。
ここんとこは薬を朝だけ服用するか全く飲まない日も増えてきて、夜は酒を飲むことが多くなってきている。
いい傾向だ。

しかし酒が入っても顔に全然でないヤツだと思っていたが、鎖骨や肩がうっすらと紅く染まることをオレは最近知った。
それはとても婀娜っぽい姿で、ついつい飲んだ日は激しく抱いてしまうことが多かった。

翌日、『遊』番外編の『幻』と『惑』の載ったウィンリィ達の本が、オレ宛と男宛の別便で届いた。
男は昨晩の疲れでまだぐっすりと眠っている。
寝顔にキスを落とし枕元にそれを一冊置くと、オレはリビングでコーヒーを飲みながらもう一冊に瞳を通すことにした。


オレはそれを読んで男の悪夢の意味を理解した。
指を噛むようになった理由も。
そして…男の最後のフェイクが隠していたことも。

隠されていた事実に打ち拉がれていると、ふいにドアが開いた。
「あ…。エドワード…読んだ…のか?」
蒼白な顔で男が言う。

「あ…ああ。これ、ウィンリィが送ってきた。」
「そう…か。」
男の肩が震えている。
それでもオレは怯えてしまって、こいつに触れることが出来なかった。
「おい。大丈夫か?」
近寄りながらもどうしても男に手を触れることが出来ない。

そんなオレの様子を見て男が呟く。
「もう…触れてはくれない…のか?
 …当然だな。」
ナニを言ってるんだ?
「読んだのなら…解るだろう?
 私は穢れているんだ。
 君以外の何人もの男に…犯された。」

あ?
そんなのこいつが悪いんじゃないだろ?
つか、オレはそんなん気にならない。
それでも言葉には出来なかった。
自分の犯した罪に囚われてしまっていて。

「私は君に触れて貰える資格がないんだ。
 こんな穢れた躰に…!」
「あ…何言ってんだよ?」
ようやく声が出せた。

「今のあんたじゃないだろ?
 前の大佐の時じゃないか。」
「でも!…私だ。」
「あんたが望んだんじゃないだろ?
 無理に抱かれたのはあんたが悪いんじゃない!」

男は崩れ落ちるように膝を落とし、自分の頭を抱え込んだ。
「君は…知らないから!
 あいつらは君のように愛そうと抱くんじゃない。
 ただ排泄のために、私を痛めつけるためだけに私を犯したんだ。
 暴力と共に無理矢理に躰を開かせて。
 それでも…それでも私は繰り返されることでそれに慣れて…感じていたんだ。
 殴られながら、蹴られながら、…血を流しながら。
 それでも快感に声すら…あげて…あいつらを受け容れてしまったんだ!
 …今でも嗤い声が聞こえる。
 どこまで痛めつけても善がる淫乱だ。
 そんな言葉を聞いても…ただ求めてしまった。
 犯されて踏みにじられて。
 でもそれすらも快感になって…私は…あいつらを求めてしまっていたんだ!」
「おい…。」

涙を流しながら止まらなくなってしまってるこいつの精神が心配だ。
止めないと。
こいつはもっと壊れてしまう。
「穢れているんだ!私は!
 幾度も数人の男に犯されて、それを躰が悦んでいた。
 2人の男に一度に挿れられたこともある。
 その時、痛みより快感が勝っていたんだ!」
「おい!」

「もう、エドワードに触れて貰うことは出来ない!
 こんなに私は醜く穢れてしまっている!」
「落ち着け!ロイ!」
腕を掴んだが、それを振り払われた。
「触らないでくれ!君まで穢れてしまう!」

どうしよう。
オレが言った。
もう薬に頼るなと。
でも今、オレはこいつを支えることが出来なくて。
せめて薬ででも落ち着いて欲しい。

「ロイ!落ち着け!
 な…。とりあえず薬を飲もう。な?」
「ああ、そうだ!
 酷く傷つけられてそれすら快感で『焔の』なら好きだろうと躰中にタバコの火を押しつけられたこともある!
 それでもそいつのモノを強請ったんだ。私は!
 もう…君に…。」
ああ、これは本当にマズい。
こいつは錯乱状態に陥っている。

泣きながら頭を抱え続ける男に叫んだ。
「動くな!いいな?何もするな。そのままでいろ!」
どこまでオレの言葉が持つかは解らないが、オレは男の机に走り安定剤を水と共に持って戻った。

「ロイ。オレだ。エドワードだ。解るだろ?」
そっと背中を撫でる。
「エドワード?」
焦点の合わない瞳がオレに向けられた。
「そうだ。オレだよ。
 大佐…。愛してるよ。
 オレだよ。エドワードだ。」
「エド…?エドワード!?」
「ん。大佐、オレだよ。」
縋り付いてくる男を抱きしめ、髪を撫でる。

「エドワード、…逢いたかった。ずっと逢いたかったんだ!」
「うん。待たせて悪かったな。
 オレだよ。エドワードだ。
 大…ロイ。これを飲むんだ。」
男の口に数錠の安定剤を含ませた。

「エドワード?これは?」
不思議そうな顔がこいつの混乱を現していて、オレは泣きそうになる。
「大丈夫だ。とりあえずそれを飲んで落ち着こう?
 な、ずっと一緒にいるから。」
「ん。これを飲めばいいのだな?」
状況が解らないままでも、オレの言葉を信じたようだ。
「そうだ。これを飲んで…。」
留めることが出来ずにオレの目から涙が溢れた。

こんなに壊れてしまって。
あんなに強かった人が。

こくり、と音を立てて薬を飲み下した男が
「エドワード…苦いよ?これ。」
自分の飲み下したモノも理解できないままに、小さく笑って言う。
さっきまでの混乱を忘れているのか。
その方がいいと思ったけれど、こいつの深層心理が忘れてくれる訳じゃない。
また繰り返されるだろう会話を思って、オレは零れる涙を止めることが出来ないでいた。


「エドワード。…とても長い間、私は厭な夢を見ていたような気がするんだ。」
ベッドに横たわった男が、躰から力を抜いて言う。
オレは泣くのを堪えられられなかったけれど、それでもこいつを安心させたかった。
男から見えない角度に顔を向けて
「ふぅん。どんな夢だ?」
出来る限りの軽い声で応える。

「んー?
 君が私を置いて遠くへ行ってしまって。
 君以外の人間に無理矢理抱かれた。
 そんなハズもないのにな?」
くすくすと笑う男が本当に哀しくて。

「バカな夢、見てんじゃねぇよ?
 オレはずっとあんたと一緒にいるし。
 大体オレがオレ以外のヤツにあんたを抱かせるハズないだろ?」
「はは。そうだな。
 これはどういう心理なのだろう?」
壊れていてもいい。
このまま自分を誤魔化してくれないだろうか?
オレの願いは間違っているのか?

「あんた、浮気願望があるんじゃないか?
 オレに満足してないとか?」
そんなオレの言葉に楽しそうに男は応えた。
「エドワード以外に私を満足させてくれるものなどないよ。
 …君が私を捨ててしまうのではないかとどこかで思っているのかも知れない。
 私の悪夢はそのせいではないかな?
 君が私を捨てたら、後はこんな人生しか私には残されていないと…」
薬が効いてきたんだろう。
男は眠りに落ちていった。

その穏やかな寝顔がオレを苛んで涙を止められなかった。
オレはずっとベッドの脇に座って寝顔を見つめていた。
ただ…何も出来ず泣きながら。


もう夕暮れの頃、男が目を覚ました。
「気分はどうだ?」
表情は落ち着いているようだ。
「夢は…見なかったな。」
それはこいつにとって代え難い幸福な状況を指すのだろう。

「落ち着いているな?」
「…ああ。」
今ならオレの言うことがこいつの精神に届くだろうか。
「少し…オレの話を聞いてくれるか?」
なるべく感情を表さないように男の瞳を見つめて言う。

「…。」
少し何かを考えていたようだったが
「ああ。」
男が頷く。

一つ、息をついてからオレは口を開いた。
「さっきのこと、覚えているか?」
「? すまないが…。」
覚えていないのか、本当はそうではないのか。…オレには解らない。
「オレ以外のヤツらに抱かれたと、あんたは随分精神が混乱していた。」
「っ!?」
焦って起き上がろうとする男をそっとまた横たわらせた。

「先ずは聞いてくれないか?
 オレが思っていることを。」
出来るだけ静かな声で告げる。
それでも有無を言わせないように。
「…解った…。」
男の声は掠れていた。

「あのな。」
オレの言葉を聞き逃すまいと言うようにオレを凝視している。
これなら精神まで言葉が届くかも知れない。
「オレは、例えば女性がレイプされても、その人が穢れたなんて思わない。
 それは襲った奴が悪いだけで、被害者の女性は穢れてなんていない。
 強いて言えば怪我をした、くらいにしか思わない。」

男が息を詰めている様子が見て取れる。
オレは男の上半身を少しおこさせ、背中に枕を2つ入れた。
髪を撫でて
「ほら。深呼吸を3つしろ。ゆっくりな。」
自分も大きく深呼吸をしてみせる。
それに合わせた男が落ち着くのを待った。

「まあ、その人は精神に傷を負うだろうとは思うけどな。
 それはオレには解らないから。
 ただ、その女性自身に傷が付くとも、もちろん穢れるとも思わないんだ。
 それが男だったら尚更だ。
 殴られたとかその程度のコトでしかないと思う。」
「でも!」

言い募ろうとする男の口に人差し指をあてる。
「いいから。最後まで聞け。
 オレは本当にそう思うんだよ。
 そうだな。殴られるだけじゃ無くて、例えばナイフで腹でも刺されたとして。
 あんたはそれで自分が穢れたと思うか?」
「…。」
どう答えていいのか思考がまとまらないんだろう。

「オレは自分がそうなったら、きっと腹は立てるよ。
 イテェだろうしな。
 一方的にされることで悔しいだろうし、精神が傷つくだろうけど。
 でもな、穢れたとかは感じない。
 オレが悪いんじゃないし、オレの価値はそんなことで下がりも傷つきもしない。
 オレにとって、男が犯されるのもナイフで刺されるのも大して変わりがないんだ。
 まあ、実際そうなった訳じゃないから、オレの考えは甘いんだろうけどな。」

じっとオレを見つめる瞳にうっすらと涙が浮かんでいるのが見えた。
「なあ。ロイ。オレにとってはその程度のことなんだよ。
 あんたが他のヤツに抱かれたってことはさ。
 まして『今』のあんたじゃないんだし。
 …解ってくれるか?」

しばらく2人とも黙っていた。
「…んとうに…?」
掠れた小さな声が聞こえた。
「本当だよ。オレは全然気にならないんだ。」
「本当に?エドワード。」
「ああ。本当だ。
 実は、申し訳ないくらいそんなのはどうでもいいと思っちまってんだ。
 あんたが苦しんだのにな。
 ごめんな。
 …だから自分をもう責めるのはやめてくれないか?」

「赦して…くれるのか?」
「だからさ、赦すも何も気にならないんだって。
 第一今のあんたはオレにしか抱かれてないし?」
「そう…だが…。」
「オレって、あんたの『初めて』を2回も貰っちゃったな。
 へへっ。」
くしゃくしゃと男の髪をかき混ぜる。
「…。」
蒼白だった顔に紅みが差した。
よかった。落ち着いて聞いてくれたようだ。

「つかさぁ。どっちかってぇと好きでもないオンナ抱いてたコトの方が、穢れてると思うけどな?
 それはどうなんだよ?」
汚い大人はイヤだねー、と笑ってみせると
「それは…。」
瞳が戸惑って泳ぐ。
「でももう、オレだけだろ?」
顔を寄せて低く囁く。
「ああ。」
今度は視線を合わせて男が頷く。

「ならさ。
 すぐに忘れろとは言わない。
 そう簡単に忘れられることでもないだろうから。
 でも、思い出してももう自分を責めるな。
 …そう出来るか?
 オレに約束できるか?」
「でも…私が赦せない。」
「自分をか?」
「ああ。」
つらそうに瞳を逸らす。

「オレが責めるなっていってるのに、あんたはオレの愛する人を責めるのか?
 そんなことはオレが赦さない。
 あんたはオレのモンだ。
 あんたを傷つける人間は、例えそれがあんたでもオレは赦さないぜ?」
「エド…。」
オレを見上げてくる瞳を睨みつけるように見つめる。

「オレが赦せって言っているんだ。
 オレの言うことが聞けないのか?
 なあ。言ってみろよ。
 あんたは誰のモンだ?」
こんな脅しではマズいだろうか、とも思うんだが。
「私は…エドワードのものだ。」
小さいがしっかりと応えてくる。

「ん。イイコだ。解ってるな?
 オレの言うことを聞けるな?
 オレが赦せって言うんだ。
 赦せるな?」
オレをじっと見つめた後で、ようやくちいさく頷く。
その拍子に涙が一つ頬に零れた。

この1回で本当に男が納得するとはオレも思っていない。
ただ、少しでも自分を責めることをやめてくれればいい。
何度でもオレはこいつに自分を赦せと言い続けよう。
…オレにその資格があるのなら。


  本当に赦されないのはオレの方なんだ。


優しく、しようと思った。
思っていたんだけど、激しく男を抱いてしまった。
もう制止の言葉も聞けなくて。
幾度も続けて抱いた。
久しぶりに男が気を失うまで。

再び深い眠りに落ちた男の寝顔を見つめながら、オレは自分の罪に怯えた。
「『あんたを傷つける人間は、例えそれがあんたでも赦さない』か…。
 よく言えたモンだよな。」

どうして過去の記憶を取り戻しながらも今までオレは気付かなかったんだ?
そうだ。
犯されたからじゃない。
こいつが壊れてしまったのは。
それは確かにこいつの傷だ。

だが同時に本当に壊れてしまった理由を隠すための最後のフェイクだったんだ。

隠されていた本当の傷、こいつが狂った原因はオレがこいつを置き去りにあちらの世界に行ってしまったことだ。
こいつはオレに優しい。優しすぎる。
オレを傷つけないために、責めないためにそれを隠し通そうとしていたんだ。

イシュヴァールの内乱で精神に闇を負っても、ヒューズ准将を失っても揺るぎなく立って前を見つめて戦い続けた男が、錬金術を使えなかったとはいえ犯されたくらいで精神を狂わせるはずがない。
犯されたことでオレへ贖罪の念に苛まれることはあっても、こいつがそんなことで壊れるなんてあり得ないのに。

「オレを責めろよ。自分を責めないでさ…。」
どこまで壊れてもオレだけを護ろうとするその優しさが哀しかった。
男はヒューズ准将も、大総統になるという野望も、それにより実現しようとした理想も……そしてオレをも失った。
部下は残っていても、それはあいつが守るべきモノでしかなく、縋るモノは何もなかったんだ。
求めるモノの全てを失って、取り戻すことの出来ない状況に男を追い込んでしまった。

こいつの精神を壊したのはオレだ。
オレを失わせ、来る日も来る日もその喪失感で苛み続け、男を壊し狂わせた。
…それに引き替え、オレにはアルがいた。
ヒューズさんもグレイシアさんもエリシアも。
なにより『あの人』が触れ合うことがなくてもずっとそばにいてくれた。
男には何も残されていなかったのに。
オレは男を頼るべき者も生きる目的もない状況に置き去りにしたクセに、自分は欲しかった人に囲まれて過ごしてしまったんだ。

ナニが『支えたい』だ。
ナニが『側にいるから幸福になろう』だ。
オレの方じゃないか。
赦されないのは。
オレの方じゃないか。
贖罪の為の生を与えられたのは。

もう、こいつの側にはいられない。
そんなこと赦されない。
こいつを壊したのはオレなんだから。
「…オレ、あんたの側にいる資格がないよ。」

枕元に最後のメモを置いた。
『オレは存在している。
 でももう一緒にはいられない。
 オレがオレを赦せない。
 すまない。
    エドワード』

オレは走った。
どこへ行けばいいのか解らないまま。
ただ走り続けた。
どうしていいのかも解らないままに。





clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.37
「遊 脇道」Act.37
08.12.26up
オレの家には戻れない。
きっと明日の朝にでも男から連絡が入るだろう。
どうして戻れないかなんて家族に話せる訳がない。
ルジョン…の家にこんな夜中には行けない。
オレの脚はいつの間にかウィンリィの家に向かっていた。

「ごめんな。こんな夜中に。」
起きててくれて助かった。
部屋の灯りがついていたから、窓に小石を投げて開けて貰った。
「別にいいけど。
 一体どうしたのよ?」
コーヒーの入ったマグをオレに手渡しながら聞いてくる。

「家に…帰れないんだ。
 オレ、もうあいつとは居られない…。」
ぱしゃ、とウィンリィのマグのコーヒーが波立った。
「なんで?
 …あたしの…せい?」
ただでさえでっかい瞳が零れんばかりに開かれている。

「違うよ。
 お前のせいじゃない。
 …オレのせいなんだ。」
苦笑いしかできねぇや。
こいつを安心させてやんなきゃならないのに。

「どうして?
 エドがナニをしたの?」
ああ、こいつんとこを選んだのは無意識に罪を告白したかったからかも知れない。
「オレが…あいつの精神を壊したから。
 あいつさ、ずっと精神安定剤で平静を保ってたんだ。
 前の…大佐の時から精神を壊しててな。」
オレの言葉にもっと瞳を見開く。
おい、目玉が落ちちまうぞ?

「あんなに強かった人が!?信じられない。
 …どうして?
 あ、イシュヴァールのことで?」
「違う。
 イシュヴァールのこともお前の両親のことも、ヒューズ准将のことも確かにあいつの傷で、あいつは精神に闇を持っていたけど。
 精神が壊れたのは…オレがあいつを置き去りにしちまったからだ。
 …向こうの世界へオレが行っちまって。」
「…。」
しばらくウィンリィは考えているようだった。

あいつにオレがいなくなってからのことをこの間詳しく聞いていたこいつには解ったのだろう。
「そう…かも知れない。
 でもそれであんたがロイさんから離れてしまっていいの?
 だからこそ側にいてあげた方がいいんじゃないの?」
「いられねぇよ!
 あいつを壊して狂わせて。
 それでオレが側にいることなんて赦されない!
 あいつにどの面下げて逢えばいいんだ!?」

頭を抱えて蹲ったオレに、ややしばらくして言葉が落とされた。
「解った。
 仕事の方は今ヒマなんでしょ?
 しばらくここにいるといいわ。」
思わず顔を上げた。

確かに今月は決算が一件もない。
それはアルから聞いて知っているのだろう。
「ロイさんに逢いたくないんでしょ?
 アルにもロイさんにも黙ってるから。
 あんた少し自分の精神を整理した方がいいわ。
 今は気付いてしまったばかりで混乱してるのよ。」
ぽん、とオレの頭を叩く。

「あんたは床ね。
 今布団を持ってくるから。
 あ、アルにしばらく仕事を休むってメールしときなさいよ?」
言うなり部屋を出て行った。

オレは肩から力が抜けるのを感じた。
自分が緊張していたことにそれで気付いた。
男と逢わなくて済む。
それは今オレが一番欲しいことなのかも知れない。

マットと掛布団を抱えて戻ってきたウィンリィはその晩、もう男のことに触れようとはせず昔話を楽しげに話してくれた。
オレ達の小さい頃のこと、前の人生での幼い頃の楽しかったこと。
そんな思い出話を出来るのは今こいつだけなんだな。
幼なじみの心遣いに感謝しながらも、その夜とうとうオレは眠ることが出来なかった。


翌日、オレは携帯の電源を切ったままにしておいた。
ウィンリィの家にも男とアルから電話が掛かってきたが、ウィンリィが口止めしてくれたんだろう。
おじさんもおばさんも何も知らない素振りを通してくれた。

その日は一日ウィンリィの部屋に籠もって自分の罪と男のことを考えていた。
これからどうすればいいんだろう?
男の側にはもういられない。
与えられた贖罪の人生をどう生きていかなければいけないのか。
…男はどう思ったんだろう。
罪を受け止めて苛まれて生きると思っていたと言っていた。
ならばオレはどうすればいいんだ?

男はかつて
『門を抜ければ君に逢えると信じていた。』
と言った。
寝言でだったが。
それは何度男が試みようとしたことだったんだろう。

アルはこちらの世界を全て捨ててオレのところに来てくれた。
それは、オレもアルも子供だったから。
男は…大人だったから全てを捨てることが出来なかったんだ。
(オレ達を護る為にも残るしかなかったんだけれど。)
母さんの人体錬成をしたのも、『門』を造って二つの世界を繋げてしまうことも、オレとアルが子供だったから出来たんだ。

男には出来なかった。
オレに逢いたいと…門を抜ければオレに逢えると知っていても、それを造ることは出来なかった。
自分の願いを叶えるために払われる犠牲の大きさを知っていたから。

優秀な錬金術師だった男には、その気になれば門を造ることがきっと出来た。
ホムンクルスがいるかどうかという問題はあっただろうが。
それでも大人だった故に自分の願いのためだけに全てを捨て去ることのできない男には、それを行動に移すことは出来なかったに違いない。

どれだけ…オレに逢いたかったんだろう。
どれだけ…自分の願いを押し殺して苦しんだのだろう。
その死の瞬間まで。

その精神を壊すほどに。


その翌日、オレは診療の休み時間にルジョンのところを訪れた。
「よお。昼休みに悪いな。」
オレの顔を見てナニか感じたのだろう。
「どうした?何があった?」
真剣な顔で聞いてくる。
「オレ…もうあいつといられないんだ。
 あいつを壊したのはオレだったんだ。」
「な…マスタングさんから離れるのか!?
 それをあの人に言ったのか!?」
こんな厳しいこいつの声は聞いたことがない。
先日の時よりもずっと激しい声だ。

「オレがあいつの精神を壊してたんだよ!
 側にいられるわけがないだろう!?」
「どうしてだ!?
 順を追って話してみろ!」

オレはこの前、過去のことを話したがオレが男を置き去りにしてあちらの世界に行ってしまったことまでは話していなかった。
門の向こうの世界のことまでは必要がないと思ったから。

最後まで話を終えたオレをいきなりルジョンが殴った。
「それでお前はあの人を捨てるのか!?
 オレがなんて言ったか憶えてないのか!?
 何があっても最後まで見捨てない覚悟がなければ傷に触れるなと言ったろう!?
 鍵を貸せ!
 家の鍵を!」
オレが差し出した男の家の鍵を引ったくるように取り上げた。

「ここにいろ!
 すぐに連絡する!
 いいか!?
 絶対逃げずにここにいろよ!?」
その剣幕にオレはただ頷くしか出来なかった。

どの位の時間が経ったのかオレには解らなかった。
ルジョンの家人から病院の名前を聞くまでの間に。
オレはまた走った。
どうしていいのかはまだ解らないまま。

病院の入り口にルジョンが立っていた。
「801号室だ。
 薬を飲んだのは午前中だろう。
 今回は命に別状が無く済んだ。
 だがな。
 これがおまえのしたことの結果だ。
 覚悟も無しにあの人の傷を暴いて見捨てた。
 『何があっても』という言葉の意味を、もう一度よく考えてみるんだな。
 …マスタングさんの家の寝室へ行って着替えを持ってきてやれ。
 オレはまた明日様子を見に来る。」
鍵をオレの手に落とすと、オレの言葉を待たず去っていった。

病室では今までルジョンと話していたためだろう。
ベッドの上半分を起こしてそれにもたれていた男がオレを見て眼を見張った。
「来てくれたのか。」
「大丈夫なのか?」
「ああ。胃洗浄はつらかったがね。」
男の顔は穏やかだった。

「今は…落ち着いてるのか?」
「ああ。安定剤を飲んでいる。
 薬を溜めないように看護婦が飲み下すまで監視をするんだ。
 信用されていないんだな。」
苦笑するその表情は儚い。
オレは立ちつくしたままなにも言えなくて俯いてしまった。

「…死のうと…思ったわけではない。
 ただ、君が帰ってくるまで少し長く眠りたかった。
 夢を見ずに、ただ…眠っていたかっただけなんだ。」
ぽつり、と男が呟いた。
「…オレが…帰らなかったらどうするつもりなんだ?」
「…戻ってきてはくれないのか?」
「あんたを…あんたの精神を壊してしまったのはオレだ。
 オレはあんたと一緒にいる資格がない。」

オレの言葉にしばらくして男が口を開いた。
「資格…か。そんなものは君が君でいてくれるだけで私には充分なのに。」
それでもすべてを赦そうとする男に甘えてしまうことはできない。
「そん…な訳には…いかねぇよ…。」
顔が見られないまま呟く。

「君が…もう戻ってきてくれないのなら、やはりもう私は泡になってきえてしまいたいな。
 次に君にまた出逢えるまで。
 それとも何度生まれ変わって出逢っても、君は私を置いて行ってしまうのだろうか。
 だとしたら…私はなんの為に産まれてくるのだろうな。」
人が産まれて来る理由。
オレにとって今までそれは『幸福になる為』だった。

「やはり贖罪のために産まれてくるのだろうか。
 私は。…ただ罰を受け続けるために。」
それはオレだ。
あんたじゃない!

「あんたの幸福って他にないのか?
 目標とか…生き甲斐とか。」
やっと顔を上げて男を見ることができた。
「…そう言うものを持つのが怖いんだ。
 理想や生き甲斐が突然なくなってしまう虚しさを知ってしまっているからね。
 怖くて持つことが出来ない。
 …君だけだ。
 君だけは求めることを止められない。
 無くす恐怖に怯えながらも君だけは求めてしまうんだ。」
なぜなのだろうね?と微笑む顔は哀しかった。

「幸福になるためには…オレが必要なのか?」
「ああ。私の幸福は君と居ることだよ。エドワード。」
「少し…考えさせてもらえないか?」
「ゆっくり考えてくれたまえ。
 贖罪の意識だけで私と共ににいるのでは君が幸福になれないだろう。
 私は『君と一緒に』幸福になりたいんだ。」
それでもオレの幸福を一番に考えてくれるところは大佐のままなんだな。

オレは泣き顔を見られたくなくて男に背を向けた。
「また来る。なんか欲しいモノあるか?」
肩と声の震えで誤魔化すことは出来ないだろうけど。
「そうだな。君の作った料理が食べたい。」
「解った。リクエストはあるか?」
「なんでも。君の作ったモノはなんでも美味しい。」
「待ってろ。作ってきてやるから。」
言い残してオレは病室を後にした。


男のいない家の中は妙に寒々しかった。
この寂しい家で男はここ2日間を過ごしていたのか。
…どんなに怖かっただろう。
オレがいないことにあんなに怯える男が。

また無くしてしまったのだと。
もう戻らないのだと。
その絶望があの男に残っていた大量の薬を飲ませてしまったのか。
オレが…再び与えた絶望が。

それでも男とこのまま自分の罪に口を拭って暮らしていく訳にはいかない。
そんなに赦されて甘えることはできない。
オレはどうすればいいんだ?
男への弁当を作りながら結論のでない思考を繰り返す。

寝室から着替えを持って行けと言っていたな。
「!」
ドアを開けて最初に瞳に入ったのは床に散らばる大量の薬のパッケージだった。
男がこんなに一度に飲んだのだということに頭を殴られたような衝撃を受けた。
死ぬつもりがなかったなんて嘘だろう?

そしてベッドに散らばったオレの服。
スーツ、セーター、トレーナー。ああ、パジャマも。
オレの服を抱いて眠っていたのか。
それともオレの匂いに包まれたまま死のうとしたのか。
枕元にはこの前の旅行の写真がやはり散らばっていた。

「…っ!」
その場に座り込んだ。
脚が震えてもう立っていられなかった。
オレは…
「どうすればいいんだ?」
声をあげてオレは泣いた。


「べんと…届けなきゃ…。」
その前にこの部屋をなんとかしよう。。
男が退院したときにこの惨状を見せたくない。
自分の選びかけたことをもう一度考えさせたりしたくない。
オレは部屋を片付けてから病院に向かった。

病室に入ったオレの顔を見た途端、男は嬉しそうに笑った。
いつものように。
まだ…そうやって笑いかけてくれることにオレは胸が詰まった。
きっと苦しそうな顔になってしまったんだろう。
そんなオレを見た男の表情から笑いが消え、目を伏せて俯いてしまった。

「!」
失敗した。
オレは笑い返してやらなきゃならなかったのに。
そんな躊躇ったような申し訳なさそうな顔をさせたいんじゃないのに。

「あ!あのさ!弁当、作ってきたぞ!」
オレはもっと明るい声を出すのが上手かったハズなのに。
顔が自分のモノじゃないみたいだ。
どうしても引きつったような笑いになってしまう。
思うように筋肉が動かない。

「あ…ああ。ありがとう。」
顔を上げた男の笑顔もぎこちない。
ああ、こんな顔をさせたいんじゃないのに。
嬉しそうな男の笑顔を守るためならかなりの犠牲が払えそうだと思ったのは、ホンの数ヶ月前のことだったのに。

ベッドに渡されたテーブルの上に弁当を置く。
「…。」
「…。」
オレはなんて言っていいのか解らなかった。
男も黙って弁当を見つめている。

これ以上笑うことも難しくて
「明日、弁当箱は取りに来るから。」
言葉を絞り出すと
「え…!?」
慌てて顔をあげ、何か言いかけてくる男に応えず病室を出た。

だって…ナニを言えばいいんだよ?
謝るのにも、なんて言い出せばいいんだか解らないし。
エレベーターを降りてロビーまで来たところで、まだ腕に着替えを入れた袋を下げていることに気付いた。
あー。
これは置いて来ないとマズいよな?
仕方がない。
オレはもう一度エレベーターに乗った。

そっと引き戸を開くと男が少し窓の方に頭を傾けている姿が見えた。
すこし目蓋を伏せ、眉を顰めたその顔はとてもつらそうで。
「…っ」

静かに男は泣いていた。
薄く開いた瞳から次々と涙が零れて。
シーツを握りしめて、唇と肩を震わせながら。
それでも静かに男は泣き続けていた。

それはオレが出て行ってからの毎夜の男の姿。
オレが門の向こうに消えてから男が死ぬまで続いた毎夜の男の姿。
「…エドワー…」
かすかに聞こえた声に応えることは出来ない。
着替えは明日にしよう。
オレはそのまま病院を後にし、男の家へと帰った。

「あー、ウィンリィ?
 あのさ。オレ今あいつんちに帰ってんだわ。」
心配しているだろうと電話を掛けた。
「ああ。仲直りできた?」
安心したような声に申し訳なくなる。

「いや…あいつ…今病院にいる。」
「! それって!?」
「ああ。安定剤を大量に飲んだんだ。睡眠薬も一緒に。
 とりあえず発見が早かったから心配はない。」
「…。
 それで…どうするの?
 帰る決心が付いた?」
つかない。
解らない。

「解んねぇんだ。
 でもこのまま側にいることは赦されないと思う。
 あいつが退院するまでに身の振り方を決めねぇとな。」
偽らず告げたオレにしばらく経ってから返事が返ってきた。
「赦すかどうかはロイさんが決めることじゃないの?
 あんたがそう決めるのはどうなのかな?」
「オレがあいつの精神を壊したんだぜ?
 あいつが赦してもオレが自分を赦せないんだよ!」
あいつはオレのことなんか赦しちまうに決まってる。

「…そう。
 もう少し考えるんだわね。あんたは。
 そういう時間が必要よ。
 ただ、ロイさんをあまり待たせない方がいいわ。
 今回のことでそれは解ったでしょ?」

オレが去るときには人魚姫になりたいと言った男。
オレが戻らないなら泡になって消えてしまいたいとさっきも言われた。
それでも。

「解らねぇ。」
「だから考えなさいって。
 毎日お見舞いには行くのよ?
 ちゃんと顔を見せて。
 できれば2人で考える方がいいと思う。」
「ああ、食事を持って見舞いには行く。
 あいつは…オレを赦すことしかしねぇよ。
 だから話になんねぇ。」
「なるかならないかも。
 これからあんたは考えるの。
 とりあえず顔を必ず見せなさいね。
 絶対よ。」
念を押してウィンリィは電話を切った。


翌朝アルには改めて男が病気でしばらく2人とも仕事を休むと連絡をした。
ウィンリィが既にそう言ってくれていたらしく、すんなり話は受け止められた。
見舞いに来るというアルに大丈夫だからと仕事の方を任せた。

朝メシを持って病室に行くとルジョンが既に来ていた。
「早いな。」
「ああ、エド。おはよう。
 午前の診療の前に見舞いにと思ってな。」
相変わらず面倒見のいいヤツだ。

「おはよう。エドワード。
 今日の朝食は何かな?」
まるでいつものように落ち着いた顔だ。
薬のせいもあるんだろうが、ずっとこうして自分を偽り続けて来たんだな。
オレは内心、やりきれない気持ちを抑えることが出来なかった。

「ああ、朝だからな。別に変わり映えもしねぇよ。
 汁物を持ってこられるように後で弁当箱を買いに行ってくる。
 あったかいスープとか飲みたいだろ?」
「ああ。それは嬉しいな。」
それでも男の笑顔を見るとホッとする。

「それじゃ、オレはこれで。」
ルジョンが立ち上がる。
「ああ、ドクター。有り難うございました。」
「いいえ。お大事に。」
人の良い笑顔を浮かべて病室を出て行った。

「いい人だな。」
ベッドに座ったまま見送った男が言う。
「ああ。いいヤツだろ?
 昔から面倒見が良くて人当たりがいいんだ。
 神経科の医者にはもってこいだよな。」
「ああ。そうだな。」

男が朝食を食べ終わり、空の弁当箱を昨日の分と一緒に持って帰ろうとすると袖をそっと掴まれた。
「もう…帰るのか?」
寂しそうな不安な顔。
オレにだけ見せる…。

愛おしい。
それは今でも変わらない。
自分の気持ちが変わった訳じゃない。
ただ…自分を赦せないだけだ。

「昼メシを作りに帰らないとな。
 また昼時に来るから。」
男の髪を撫でる。
なんだか久しぶりだ。

「昼…。エドワード?仕事は?」
ようやく気付いたようだ。
「ああ、今月は決算もないし、源泉周りは終わってるからな。
 しばらく休みを取ったよ。」
「そう…か。すまない。」
また躊躇ったような顔で俯いてしまう。

「気にするな。あんたの仕事の方もホークアイさんがなんとかするって言ってたから。
 後で来てくれるそうだ。」
今朝税務署にも連絡をしておいた。
「私の方はどうでもいい。」
もう消えるつもりだからか?
そんな哀しいことは聞きたくない。
…言わせているのは自分だ。

ダメだ。
もう笑えない。
「じゃあ、後で来るから。」
袖を掴む手を振り解いて病室を出てしまった。

ああ。
また哀しませた。
本当にオレは…。
病室を出てエレベーターホールまで歩き、壁に寄り掛かる。
「どうすりゃいいんだよ!?」

いっそオレが消えてしまいたい。
しかしそれは一番赦されないことだ。
贖罪の生とはそういうモノなのかも知れない。






clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「遊 脇道」Act.38(とりあえず完結ですが、「澱」へ続きます)
「遊 脇道」Act.38(とりあえず完結ですが、「澱」へ続きます)
08.12.26up
男は退官しても構わないと言ったが、ルジョンが嘘八百の診断書を書き、ホークアイさんが病気休暇の手続きをしてくれた。

「5年間で8日しか出勤しなくても満額の給与が貰えるのよ?
 公務員の利点を活かさないでどうするの。
 それにね。まだまだネタを提供して貰わないと困るの。
 辞められる訳にはいかないわ。」
にっこり笑ったホークアイさんは
「署長を宜しくお願いしますね。
 本当にどうしようもない無能だけれど。
 あなたを愛する気持ちだけはきっと有能だろうと思うのよ。」
入院の理由を知っているだろうにオレを責めることもなく、軽く肩を叩いて病院を去っていった。

でもホークアイさん、それは公務員としてもマズいから今問題になっているのでは?(←当時こういう公務員が居て、話題になっていたんです。)


朝昼晩とメシを運んで、男が食べ終わったら帰る。
そんな日々が続いた。
あと2,3日で退院できる見込みだそうだ。

一度手を振り解いてしまったせいか、その後帰るオレを引き留める仕種を見せることはなかった。
夜にはまた独りで泣いているんだろうが。

それでも少しずつ病室にいる時間を増やそうと努力して、それが仲々実らないでいた。
笑えなくなってしまうから。
男の気持ちを考えると。
オレがいないことで男を哀しませる。
でもこいつの側で自分が幸福になることは赦されない。
オレは自分がどうすればいいのか解らないままだった。


「エド?たまには実家に帰っていらっしゃいよ。
 ロイさんの様子も聞きたいわ。」
のんびりした声が肩の力を抜かせる。
母さんのそんな電話に実家に帰ってみようかという気になった。
アルにもその後のことはなにも連絡せず、仕事を休んだままだったし。

自律神経の不調だと適当な理由をつけて見舞いは断った。
他人が来ると自分を偽って平静を装ってしまう。
そんな時間を少しでも減らしたかったから。

親父がめずらしくオレを書斎に呼んだ。
書斎に人を呼ぶのはその人とだけ話をしたいときだ。
オレは滅多に呼ばれた憶えはない。
昔アルと酷いケンカをしたときくらいだ。

「マスタング君の具合はどうなんだい?」
相変わらず人を喰った男だぜ。
「さっきも言ったろ?
 自律神経失調症で、副交感神経がどーたらこーたららしい。
 オレには良く解んねぇ。
 ただ、大したことはないそうだけど本人にはつらいから入院だってさ。」
「という建前は聞いたさ。
 …なにがあったんだ?」
じっとオレを見つめてくるのはいつもの親父じゃない。

自分の親ながら底知れないとこがあんだよな。
まして今のオレはこいつが『光のホーエンハイム』と呼ばれて四百年生き続けた過去を知っている。
かつてオレをこっちの世界に戻すために命を落とした。

「精神を…ちょっとヤられたんだよ。
 今は落ち着いてる。
 そんだけだ。」
話を終わらせようとしたオレに
「焔の大佐がか?彼はとても強い人間に思えたけどな。」
なんでもないことのように言う。

「あ…親父も記憶があるのか?」
「ああ。彼に記憶が有ることも知っている。
 エド、お前も思い出したんだな。」
いつ知ったんだ?
あいつに昔の記憶があること。

「ああ。ついこないだな。」
「そうか。
 …エド、幸福か?」
は?
なんで?
いや、今あんまし幸福じゃないけど。

「あ、あのさ。
 親父はずっと記憶があったのか?」
「ああ。今回生まれ落ちたときから昔の記憶があったよ。」
「ならさ、また母さんと結婚することに戸惑わなかったのか?」
オレの言葉に不思議そうな顔をする。
「なぜだい?トリシャは私の最も愛する女性だ。
 今度は腐ることのない躰を持って生まれたんだ。
 結婚するしかないと父さんは思ったけどな?」
どうして?
と聞かれた。

「だってさ。前の時、親父は母さんやオレ達を置いて出てっちまっただろ?
 それで母さんは病気で死んで、オレ達は人体錬成の罪を犯した。
 それを自分のせいだって、だから今度の人生で幸福になる訳にいかないって思わなかったのか?」
いや、別に人体錬成をしたのは親父のせいじゃないけどさ。
すると理解できないとでもいう顔をされた。

「…エド、人は何の為に産まれてくると思う?」
その問いに少し前までは自信を持って答えられたのに。
「オレは…『幸福になる為』だと思ってた。
 でも…今は『贖罪の為』の人生もあるのかと思ってる。」
少しの間があった。

「マスタング君のことか。
 エドが彼を置いてあちらの世界に行ってしまったから、それで彼を不幸にしたから今も側にいられないと?」
「…そうだ。
 オレがあいつの精神を壊してしまったんだ。
 だからもう、側にいてオレが幸福になるなんて赦されないと思ってる。」
思わず俯いてしまう。
ああ、今あいつはどうしているんだろう。
また泣いているんだろうか。

「そうか…。エド、お前若いな!」
いきなり笑いだしやがった。
「ああ!?
 オレはマジメに…!」
「ああ。解っているよ。
 それでも大切だろう?
 愛しているんだろう?」
ナニを当たり前のことを。

「ああ。だからこそ、自分が赦せないんだよ!
 あいつを壊した自分を!」
なんで嬉しそうな顔すんだよ!?
「そうだな。
 うん、父さんもお前くらい若かったらそう思ったかも知れないな。
 エド、父さんからのプレゼントだ。
 『一番大切なことはなんだろう?』
 この言葉をお前に贈るよ。」
オレとともに書斎から出るまで親父は嬉しそうだった。
なんでだ?

『一番大切なことはなんだろう?』?
なんだ?そりゃ。

『一番大切なこと』
そんなん、あいつに決まってるだろ?
あいつの幸福だ。
あいつの笑顔だ。
だからそれを壊した自分が赦せないんだろ!?

そして書斎からリビングに歩きながら
「夜中に寂しい思いをしているだろう。
 今晩行ってやりなさい。
 そして彼を見て、自分の出来ることを知るといい。」
ぽんぽんとオレの頭を叩いた。
親父のこんな仕種は久しぶりだ。

「あ!?夜中って、面会時間終わってるだろ?」
朝、面会時間の前に忍び込んでメシを届けてるけどな。
「お前ならそんなこと簡単だろう?」
そうだけどさ。
オレは骨折したり怪我したりの外科ばっかだったけど、入院歴はそれなりにある。
夜中に病室に忍び込むくらいは軽いぜ。
…それはうちの家族全員だけどな。
母さんもよく夜中にも逢いに来てくれたな。
そういや、ルジョンも面会時間前に入り込んでた。
あいつも医療関係者だからその辺の敷居は低いんだろう。


リビングに戻るとアルがなにやら紙とテキストを持ってくる。
「ねえ、兄さん。こんなの本当に証明できるお医者さんっていると思う?」
見るとそれは『銃砲所持許可に係る診断書』と『猟銃・空気銃所持許可の手引き』だった。
アル、お前マジで銃を持つつもりか?
鬼に金棒、キ○ガイに刃物より怖いぞ?

診断内容は
『上記の者は、精神分裂病、そううつ病(そう病及びうつ病を含む。)、痴呆、てんかん、(発作が再発するおそれがないもの、発作が再発しても意識障害がもたらされないもの及び発作が睡眠中に限り再発するものを除く。)その他の自己の行為の是非を判別し、若しくはその判別に従って行動する能力を失わせ、若しくは著しく低下させる症状を呈する病気又はアルコール、麻薬、大麻、あへん、若しくは覚せい削の中毒者、ではないものと診断します。』
とある。

同じく持ってきた銃砲所持許可の欠格事由に
『・18歳に満たない者(一部の銃砲については14歳に満たない者)
 ・精神障害又は発作による意識障害をもたらし、その他銃砲又は刀剣類の適正な取扱いに支障を及ぼすおそれがある病気として政令で定めるものにかかつている者
 ・アルコール、麻薬、大麻、あへん又は覚せい剤の中毒者
 ・自己の行為の是非を判別し、又はその判別に従つて行動する能力がなく、又は著しく低い者
 (後略)』
とあった。

ああ、男の小さいフェイクがここで解けたな。
男が猟銃を持てない理由はここにあったのか。
精神障害の発作を持つ男には銃を持つ資格は取れないんだ。
…あの時この事に気付いていれば。
その後もっと精神を追いつめるようなことをしなくて済んだかも知れないのに。
腕を拘束して目隠しをし、薬を使って無理矢理に犯すような真似をしたのも、今回のことに拍車を掛けてしまったのかも知れない。
オレがあの時声を聞かせていれば。
男はちゃんとそのことを言葉にしてくれてたのに…。

「ねってば!兄さん!」
思考に沈んでしまったオレに声が聞こえた。
「あ…ああ。悪い。アル。
 なんだって?
 ああ、この診断書か?
 こんなん、ルジョンに書いて貰え。
 大丈夫だ。全部証明できる医者なんざ、いねぇから。」
「ルジョンは皮膚科医じゃないのさ。
 これは神経科か内科じゃないの?」
ルジョンは神経科医としても優秀だぞ?

「こういうのはな、歯科医以外は誰でも証明を出せるんだよ。
 医師免許取得課程が同じだからな。」
「そうなんだ!?」
お、めずらしく兄ちゃんを尊敬してくれたな?
兄ちゃんは今、眼科医はどうだったか心配になってるけど関係ないからいいよな。
よく産婦人科医がコンタクト屋のバイトしてるから平気だよな?

実家で夕メシを食べ、男の分も貰って帰った。
「ごめん。遅くなったな。」
夕メシを届けに行くと、男は一瞬嬉しそうな顔を見せかけて、すぐにそれを押さえ込む。
これはオレに逢えて嬉しいけど、迷惑を掛けているから申し訳ないということか?

あれからオレ達の間には極端に言葉が足りなくなった。
お互い怖いんだと思う。
オレは今みたいに男の心情を想像するだけでそれを聞けない。
こいつの『本当の気持ち』が怖いから。
オレを責めない為に自分を誤魔化して語られる『本当』の気持ちが。
それはオレを護ろうとするあまり、また男を傷つけてしまいそうだから。

男は多分、オレがあの時男の手を振り払ってしまったけどその理由を言わなかったことで、オレの気持ちをもう聞いてはいけないと思い込んでいるんだろう。
その気持ちの中に『もう戻らない』という言葉が含まれるのも怖いんだろうが。

お互いがお互いに怯えて接している。
それでも表面上はナニもないが如く過ごす。
こんなのはきっと男の精神に良くない。
けれどオレ達はそれを払拭することが出来ないままでいた。

いつものように夕メシを食べ終えた弁当箱を持って帰り支度をする。
男の瞳は寂しそうだがあれから決してオレを引き留めようとはしない。
ただ礼を言って名残惜しそうに見送るだけだ。

「また明日な?」
くしゃ、と髪を混ぜて言う。
「ああ。また明日。
 でも君が厭になったら、いつでもやめてくれて構わない。」
これもいつもの言葉だ。
男はもうオレをねだらない。
気を遣って遠慮するだけで。

「明日はミネストローネにしようか。
 それともクラムチャウダーがいいか?
 いっそシン風のワンタンスープにしようか。」
これもいつものこと。
それは明日も来るつもりだという意思表示。
こう言うとようやく男はホッとしたように素直に食べたいモノを言う。
「クラムチャウダーが食べたいな。そろそろ季節も終わりだろう。」
「そうだな。じゃあ明日はそれを持ってこよう。」
もう一度髪を撫でて病室を後にした。


さて、エドワードさん。
この病院の警備状況はどうですかね?
いや、エドワードさん。
ちょろいモンですよ。
…別に独り芝居で自分を盛り上げているわけではない。
時刻は夜の11時過ぎ。
オレはまだ眠れないだろう男の病室に入り込もうとしていた。

面会時間がどーたら言うが、死にそうな患者がいればその家族はスルーだ。
同様に騒がず迷惑を掛けなければ別に面会時間以外に病室に入ってもそうそう咎められることはない。
こそこそせず堂々としていればな。

そっと引き戸を開き、男の病室に身を滑り込ませる。
気配に気付いたのか
「誰だ?」
男が聞いてくる。
「しっ!オレだ。」
小さな声で言うと息を飲む音が聞こえた。

「エドワード!?」
それでもちゃんと小さな声で聞いてくる。
うん。聡い人間は話が早くていいな。

オレはベッドまで近づいた。
「どうしたんだ?こんな夜中に。」
男が聞いてくる。
「うん?寂しがってるかと思ってさ。」
嘘です。
親父に言われて来ました。

よく見えないが灯りを点ける訳にはいかない。
看護婦さんにバレてしまうから。
廊下からの非常灯の灯りと月明かりでなんとかしないと。
まだ瞳が慣れないオレは手探りで男の肩を抱き、そっと頬を撫でた。

「ああ、やっぱり泣いていたのか。」
指先が濡れた。
「あ、いや。…そうではない。」
この期に及んで誤魔化そうとするか。
それはオレを責めないためなんだろう?

「寂しかったんだろ?
 オレが恋しくて泣いていたのか?」
こんなこと言う権利がないのは解ってる。
けれどこの灯りのない空間はお互いを正直にさせるのかも知れない。
「…ああ。
 寂しかった。
 エドワードに逢いたくて…。」
オレの胸に顔を埋め、静かにまた泣き始める。

声を殺して男は泣き続けた。
オレは黙って男の髪を撫でていた。
明日はこいつの髪を洗ってやろう。
別に外科手術の後でもない。
こいつはいつでも自由に風呂に入れるんだろうが。

「エドワード…。置いて行かないでくれ。」
やがて少し泣き止んだ男が言った。
「私を…捨てないでくれ。
 君がいなければ生きている意味がないんだ。
 愛している。
 エドワードしか要らない。
 どうかお願いだ。
 私の側にいて欲しい。」
ああ。
身も世もなくオレを欲しがる男を愛しいと思ったのも、ほんの数ヵ月前のことだ。
あの頃も今も愛しいこの男。

「オレも愛してるよ。
 もう少しだけ考えさせてくれ。
 オレはまだ自分が赦せないんだよ。
 …でもあんたを愛してる。
 それだけは変わらないから。」
愛してる。
その真実は変わらない。
オレはどうすれば…

「エドワード。抱いて欲しい。」
突然の発言でオレの思考は遮られた。
はい!?
ここは病室で、見回りの看護婦さんがいらしたり。

「マズいだろ?そりゃ。」
オレは慌てた。
「見回りはさっき来た。
 あと数時間は来ない。」
だってこんな静かな病棟じゃ声も…。
「バレるよ!声も漏れるし。」
「声は我慢するから。」

男の指は既にオレのモノに掛かっていて。
ついでに言うならここ数日は男を抱いてなくて。
ウィンリィんちにいる時はもちろん、男の家に独りで寝ている時もそんな気にならなくて。
はい。
平たく言うと、溜まってます。
だからそういう誘いはマズいですdeath!

「ダメだって。やめろよ。」
「エドワード。」
はい。
「欲しい…。抱いてくれ。」
改めて耳元で囁かないで下さい。
下半身にクるから!

「本当に声を抑えられるんだろうな?」
いや、やっぱり無理と言われても今更やめられないけど。
「ん。」
オレは男の夜着に手を掛けた。


「ふ…」
男は両の掌で強く口を覆っている。
早く済ませなければと思いつつ躰中にキスを落としてしまった。
今はオレを受け容れるために呼吸を変えている。
「も…平気か?
 オレを受け容れられるか?」

もうこの言葉の意味を知ってしまったな。
でもそんなことはどうでもいい。
「ん…。」
小さく頷いた男の躰をオレ自身で貫いた。

「っ…!」
しばらくぶりだ。
やはり苦痛が大きいのだろう。
躰を震わせてオレを受け容れている。

「あ…。キツ…い。けどいい…な。」
正直な感想だったんだが、ふる、と男の躰が震えた。
「ん…ン…!」
覆った掌からくぐもった声が漏れる。
「あ…その声もイイ…。」
「ん…っ!」
あれ?
抗議の声だったのか?
それとも感じてる?
「ロイ。…愛してる。」
「…ン…ッ」
うん。
これは感じてるんだよな?

しかしオレが動く度にベッドがかなりの音を立てて軋む。
男もソレが気になったらしい。
とんとんと指で肩を叩かれた。
「ん?どした?」
動きを止めて聞くと
「スプリングの…音が大きいな。」
乱れた息で囁いて来たかと思うと躰に腕を廻して躰を反転させ、オレを押し倒した。

「あ?どうすんだよ?これで。」
オレのモノが抜けてしまった。
「この方が音が小さくなるだろう。」
言うなり男はオレに跨り、オレのモノを受け容れた。
これって騎乗位ってヤツぅ?
あー。こんな贅沢久しぶりだ。

相変わらず声をあげないように掌で口を覆っている。
でもオレの上で紅潮した躰が震えながら上下するのはうっとりとするような眺めだ。
時折快感が勝ってしまうのか動きが止まるけれど、その分男のナカは痙攣しながらオレを締め上げる。

月明かりと非常灯に照らされて、涙を零しながら切ない表情でオレを受け容れる男はぞくぞくするほど妖艶で、視覚からもオレを酔わせた。
たまらず男のモノを扱きながら下から突き上げると白い喉を大きく晒す。

「ンッ…ン!」
このひくつき方はもう限界が近いな。
オレは続けて突き上げた。
籠もった声が一際高く上がると男は達した。
その躰の痙攣でオレも果てる。

乱れた息を整えながら、オレはここになんの為に来たかを思い出した。
「なあ?」
オレの上に倒れ込んで抱きついている男に声を掛ける。
「ん?」
「あんたの『一番大切なこと』ってなに?」
オレの質問に間髪入れず
「エドワードと一緒に2人で幸福になることだ。」
答えが返ってきた。

「そか…。」
それを聞ければいいや。
後は明日考えよう。
どっかの映画のヒロインのようなことを思った。

「明日、また来るから。」
男の躰を清めて服を直し、オレは男にキスを落とす。
軽くするつもりが男から舌を差し入れられ、深いキスになってしまった。

「離れたくない…。」
小さな小さな声だった。
それでも込められた想いはきっと大きい。
「明日また来るから。」
同じ言葉を繰り返してもう一度キスをし、オレは病室を後にした。


さて、どうしよう。
翌日昼メシの後、病院から帰ってまた考え始める。
ここ数日考えても結論が出なかったんだ。
今日も出なくても仕方がないか。
しかし今日は河岸を変えてみた。
オレと男を知っているウィンリィの仕事場。
つまり元オレの部屋だ。

「ねえ、エド。あたしは『幻』と『惑』をわざと一冊にまとめたのよ。」
うだうだと悩み続けるオレにウィンリィが言った。

構成からそれは当然のことだと思えた。
そう言ったオレに
「バカね。そうじゃない。
 アレはお互いがお互いを許して欲しいと思ったから、同時に読んで貰えるよう一緒にしたのよ?」
微笑むウィンリィは、まるで母さんのように優しかった。

意味をはかりかねたオレに噛んで含めるように
「ロイさんも苦しんだ。エドも苦しんだ。
 お互いを愛しているし、全てを受け容れたいと思ってる。
 エドはまぁ…言いにくいけど…、他の人達に犯されてしまってもロイさんを愛せるでしょ?」
俯いてしまったオレの顔を覗き込んでくる。

「オレは…前の人生のことだし、済んだことだと思ってる。
 あいつが悪いんじゃないし、そのことで苦しんでるのも知ってるしな。」
オレの言葉に
「…ねえ、エド。
 エドはそれをお互い様と思うことはできないの?」
笑いながらウィンリィが言った意味が解らない。

「あ?」
その疑問のまま言う。
「ロイさんだって、エドがロイさんを置いて行ってしまったことや、あっちのロイさんにそっくりな人に内心縋ってしまったことを『前の人生のことだし、済んだことだ』と思うとは考えないの?
 あんただって、そのことで苦しんでるんでしょ?」

オレはあいつが何をしても、どういう状況だったかにしてもそんなのは関係ない。
むしろそれを包み込んでやりたいと思ってる。
『今』生きているあいつを幸福にしたいと思っている。

…それをそのままあいつも思っているとしたら?

すとん、と何かが腑に落ちた。

「なあ。ウィンリィ?
 『一番大切なこと』って、なんだと思う?」
男にとってそれは
『オレと一緒に2人が幸福になること』だと言った。
「んー?
 自分の愛する人を幸福にすることじゃないの?
 それで自分も幸福になること。
 あたしはそう思うけど?」

オレにとってそれは
『男を幸福にして、あの笑顔を護ること』だ。

「ウィンリィ、あいつはまだオレを必要としてくれると思うか?」


   −オレ達は『今』生きている。−


「当たり前でしょ?
 ロイさんがあんた以外になにを必要とするって言うの?」


   −『今』オレ達は『幸福になる為』に生を受けている。−


「オレ、あいつの手を取っても赦されるのかな?」
「あたしはあんたがロイさんの手を離したら赦さないわね。」
ふふん、と腰に手をあて、偉そうに笑う幼なじみがこんなに頼もしいと思ったことはない。
どうみても悪役だけどな。

「ウィンリィ。ありがとな。オレ、あいつと幸福になるよ。
 …今度こそな。」
「気付くのが遅いっての!
 ほら!早く行きなさい!ロイさん、待ってるわよ!」

どん、と背中を殴るように押した手がオレを前へと『未来』へと押し出した。
オレは走った。
愛する男のもとへ。
お互いがお互いを幸せへと導ける者のところへ。


   −『今』生きているこの時間に、ともに『幸福になる為』に。−




            fine


061116



(注:現在は精神保健指定医及び一定の条件を満たす医師のみが銃刀法における診断書の作成を認められています。)



「澱」へ
 ↑ これで本当に完結になります。

clear



 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「澱」 (「遊 脇道」完結話)
「澱」 (「遊 脇道」完結話)
08.12.26up
(「脇道」のロイVer. これで「脇道」の本編は終わりになります)
【注意書きです】
これは「遊 脇道」の完結話です。
「遊」
及び
「遊 脇道」
をお読みで無い方は、そちらからお読み下さい。




  「澱」

薬を飲んでいないせいか眠りが浅い。
夜中に瞳が覚めた。
隣で眠っているエドワードを起こさないよう、静かに起きあがる。

閉め忘れたカーテンの間から月明かりが眩しいくらいに差し込んでいる。
月光に輝くエドワードの髪をそっと指で梳いた。
私の腕の中に還ってきてくれた金色の天使。
もう二度と放さない。

しばらくぼんやりとベッドに座っていたが眠れそうにない。
リビングで酒でも飲んで来るか。
エドワードを起こしても困る。
…深く眠るよう、煽るだけ煽ったからそう瞳を覚ますこともないだろうが。

「つ…。」
しかしこちらの方が負担は大きい。
腰が軋んだ。
次から2度目以降は後ろから抱いて貰おう。
声を聞かせて貰いながら。

私を思いやりながら掛けてくれる声が好きだ。
快楽に掠れた甘やかな声。
自分が抱いているのだと私に知らせるための優しい声。
私が傷ついているのだと信じているエドワードの声。


リビングで酒を飲みながら、エドワードを再びこの腕に取り戻した過程を酔い始めた脳裏で辿っていく。
やっと調査に行くことが出来たとき、ホーエンハイム氏も記憶を持っていることが解った。
お互いにそれを確かめた。
それは私にとって幸運だったが、君との繋がりが以前よりも持てないことには苦悩したな。

錬金術師同士でもない。
君は罪を背負っていない。
私がつけ込んで手元に置く理由にできる罪が。
そして私には君を縛る権力も無かった。
以前なら君の犯した罪と失ったものを取り戻すことを餌に、自分の庇護下に置けていたのに。

なにより君は私を愛した記憶を持っていなかった。

どうすればいいのか本当に途方に暮れたよ。
少しずつ君の記憶に沈殿するように自分自身を憶えさせながらも、いつ君を女性との健全な恋愛に取られてしまうのかと焦っていた。

そしてふと、君が手元に来て記憶の片鱗を見せたときに思ったのだ。
私に君を縛るものがないのなら、逆に何もかも手放してしまおう。
君への想いの他は全て手放そうと。
生き甲斐も目標も強さも一切の情熱も…正気すらも。
無防備に君だけを求めれば、きっと優しい君は私を護ろうとするだろう。
私を護るために側にいてくれるだろうと。
そうしてただ君の記憶が目覚めることに縋った。

やがて君は記憶を取り戻してくれた。
後はどう君を私から離れないように縛り付けるかだけだった。
エドワードの愛情を疑ったわけではない。
けれど、あの頃のように自分の犯したことへの罪悪感で苛まれていた鋼のと今の君は違っていた。
私に縋らなくても幸福を掴むことが出来るのだ。

あの頃はアルフォンスに対する罪悪感が、他の女性との恋愛などを選ばせなかった。
それは鎧の弟に出来ないことだったから。
私は君を庇護している、誰にも…アルフォンスにも知られずに君が縋ることの出来る存在だった。
だからこそ君は私を愛してくれたのだ。
君は気付いていたのだろうか。

私が消去法の末に残った存在だったから、君に選ばれて愛されたのだと言うことを。

ウィンリィ嬢が話を聞きに来たとき、私は最後の罠を仕掛けられると思った。
君を二度と手放さないための。
「ふ…。」
自嘲の笑みが浮かぶ。
懸命に言葉を選んでくれた君には申し訳ないが、私とて犯されたことで自分が穢れたなどとは思っていない。
ただ…君の温もりを、君が私に触れた感触を無理矢理に消されてしまったことが哀しかっただけで。
それが自分に与えていた影響の大きさには私自身驚いたが。

そしてやっと掛かってくれたな。
くすくすと笑いが漏れてしまう。
しかし君が見付けたと信じた最後の傷、『君が私の精神を壊した』ことは私が思ったよりも君を傷つけたようだ。
そのまま離れて行かれたらどうしようかと内心焦ったよ。

   ただ君を縛るためだけのトラップだったのに。

愚かだな。
君も。
…私も。

ただ君が私から離れないようにしたかった。
もう二度と君を失いたくないから。
その為にならばなんでも出来た。

「ああ…あれを捨てなくてはな。」
書斎に向かい、本棚の奥に隠したビニール袋を取り出す。
大量の薬が剥き出しに詰まった袋。
「これだけ本当に飲んでいたら、今頃は生きていなかったな。」

誰がいつ見付けてくれるか解らなかった。
運良く見付けて貰っても、躰を壊してしまっては戻ってきた君と幸福になることは出来ない。
あの時、規定の用量だけを飲み、残りはこの袋に詰めた。
これが仕上げのトラップだった。
君を私に縛り付けるための。

「タイミング良く来てくれたドクターに感謝をしなくてはな。」
ああ。
君は知らないのだろう。
君が精神から信頼をしているドクターにすら、私が嫉妬したことを。
君が賞賛したとき、私が彼を引き裂いてしまいたいほど憎んだことを。
「エドワード。
 君は私だけを見ていたまえ。」
ビニール袋を仕事用の鞄に入れた。
明日君を事務所に送ったら、これを捨てよう。

「一番隠したいことを、一番奥底に仕舞い込むことはないんだよ。
 むしろ浅いところに置いた方がそれを知られずに済む。」


ソファに戻り、左手に填めた指輪に口づけを落とす。
夕食の後、エドワードが私に填めてくれた金色の指輪。
「結婚指輪だ。」
いつものように少し照れた顔で。
その後薬指に唇を落として誓いのキスだと笑った。

同じように君に指輪を填めながら泣いた私を抱きしめてくれたな。
あの時、私はそのまま死んでしまうかと思ったくらい幸福だった。
笑い出したいほどに。
君を手に入れたのだと快哉を叫びたいほどに。
あの涙を君に対する最後の罪悪感にしよう。
これから2人で幸福になれるのだから。


きっと本当に私は壊れてしまっているのだろう。
君を愛し過ぎてしまったから。


ベッドに戻った私に、眠りから覚めた君が言葉をくれる。
「ん…。どうした?」
ぼんやりとしたその表情も愛おしい。
「ああ。なんだか瞳が覚めてしまってな。
 …エドワード。
 抱きしめてくれないか?」
私の言葉になんの疑いも持たず腕を廻してくれる。
「ん…。
 オレはここにいるよ。
 ずっと一緒にいるから安心して眠れ。
 な?」

ああ。
愛おしい君は。
私の罪をいつか赦してくれるのだろうか。
「エドワード。
 私がどんな罪を犯していても、ずっと側にいてくれるな?」
赦されなくていいと思いながらも愚かな免罪符を求めてしまう。
「ん…?
 ああ。オレはずっと一緒にいるよ。
 ロイ、愛してる。
 だからもう寝ろよ。
 抱いていてやるから。」
微笑んだその顔は本当に天使だ。

「ん。おやすみ。」
私の天使。
私がいつか断罪されても構わない。
今この時を君とともにいられるのなら。
世界に背を向けることすら厭わない。
君と一緒にいるためならどんな罪でも犯そう。
再び眠りに落ちたエドワードに口づけを一つ落とし、私も眠ることにした。

この腕の中にもう一度堕ちてきてくれた天使とこれから幸福になれる。
私はその翼を引き千切り、もぎ取ることが出来たのだから。
君を二度と手放しはしない。
私から離れようなどともう思わせない。
この身から放すくらいなら、次はない。

君を殺して私も命を絶つよ?


エドワード。
君を愛している。
…狂おしいほどに。






童話『人魚姫』はこうして締め括られている。
「愛する王子を殺すことなど出来ず、空に昇った人魚姫に空気の国の娘は言いました。
 『300年良い行いをすれば人間のような永遠の魂が手に入るのです。また生まれ変われるのですよ。』と。」


     そして人魚姫はようやく、彼(か)の王子を手に入れたのだった。








      奥  付

   『実録 公務員シリーズ Act.61
    〜翼をもがれた金色の天使〜 R18』

   発 行  鷹&ベッカ
   印 刷  トーマス株式会社
   初 版  2253年11月





             fine



こんなダラダラした暗い駄文を、最後までお読み戴き有り難うございました。
途中から自分でもどうしようかと思いました。
結局『遊』と同じく38話まで行っちゃうし。(あ、9話+38話ですね。長!)

こんなつまらない字書きですが、これからもお付き合い戴ければ幸いでございます。
どうぞ宜しくお願い致します。

        たまごっつ拝



061120


clear



 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「寥」 (「遊 脇道」 番外編 エドロイ)
「寥」 (「遊 脇道」 番外編 エドロイ)
09.1.7up
(「幻」の割愛部分)
「オレがあんたを守っていく。」
「いつか躰を取り戻したら、それからはずっとあんたと一緒にいる。」
「あんたのその後の人生をオレにくれよ。」

そう言っていたのに。
そう言ってくれていたくせに。

君は今、ここにいない。
いて…くれない。
いてくれないじゃないか…。

「ほら、これからだろ? モ・ト・准将ドノ。」
「もっとイイ声で啼いてくれよな。」

かろうじて残っていたシャツの襟を引かれて仰向けにされる。
「…ぅ…」
声にならない呻き声は男共の興奮しきった声にかき消され、すでに幾度かの内部への射精によりぬかるみ切った後孔にまた違う男の怒張がねじ混まれる。


……と…言ってくれたじゃないか…
…君は……


今夜も私の内なる声は誰にも聞かれぬまま消え去っていく。

何も…何も残されていないんだよ。私には。
…ヒューズ…。
お前もこんな無力感を味わったことがあったか?

お前の暖かな理解も、前に進むべき指針となる理想も
…私の精神をを支えるあの少年の救いのような愛情も……。
自分の罪さえ忘れさせてくれる、あの…眩しい無償の愛情すらも…

何もかもをなくした私はどうすればいい?
なぁ。ヒューズ…。

にがいんだよ。
あの少年のモノでない男の精は。
何度厭がっても喉元に吐き出される。

痛いんだよ。
あの少年のモノでない男のものは。
私の躰を切り裂きながら…それでも私が求めてしまう…。

躰の奥底に吐き出される…それ。
辛いはずなのに…いつからか私は…私の躰がそれを求めてしまっている。
こんな…こんなことは思っても見なかった。
こんなに貶められることも。
堕ちていくことも…。


ああ…。
鋼の…はが…エドワード…!
いつか君に断罪されたい。
こんな穢れた私を。
断罪されるくらいに…それを受け容れるくらいに…私の前に現れてくれることを。

エドワード…。
逢いたいよ…。
君に。
責められてもいい。
呵られてもいい。
詰る言葉すら欲しいんだ…。

ただ…
君に
逢いたい…


        fine



「幻」で割愛した、犯される伍長でした。



clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「仕」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ)
「仕」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ)
09.1.7up
(駅前相談するセンセイ)
はーい♪
納税者の皆さん!
11月11日〜17日は『税を知る週間』でっす!
や、数年前から『税を理解する週間』とも呼ばれていますが。
なんてこたぁどうでもいい。
オレにとって重要なのは、これのせいで一日が潰されるということだ。

仕事があるっつぅのに、国に身分を保証されているオレとしては国税局(まあ、平たく言うと「国」だ。)の要請があればその場に行かなくてはならない。
それは確定申告の無料相談も同じなんだが、こんな『税を知る週間』の無料相談なんかは厭ならば本来は断れる。…はず。
無論、オレと少しでも一緒にいたいからという理由で男に要請されればオレに断る理由はない。
例えうちに帰ればずっと一緒にいられるとしても。
アルに、「はあ。またぁ?」と溜め息を付かれても。

先日のことだ。
「センセイ、今度の月曜日は以前から頼んでおいた『税を知る週間』の駅前無料相談の日だ。
 今回の内容は資産税だから、勉強しておきたまえよ?」
夕食の後でかる〜く言われた。
オレは相続税を履修していない。
てことは、自慢じゃないが資産税もよく解っていない。

男がオレの苦手なところを無くすために無料相談を入れているのは知っているが、こんな付け焼き刃でいいのか?
オレが数日で必死に学んでも、一般の納税者の人がじっくり調べても変わらないんじゃないか?

そう言うと
「センセイ?
 専門家が数日で広範囲に学ぶことと、素人が自分の事象を調べるのとは訳が違うのだよ?
 まして君は専門家としてこれからも仕事を続けるのだから。」
と至極真っ当なことを言われて、平日の仕事が終わった夜中、必死に勉強をした。

特に金曜日と土曜日は翌日に休みを入れたので、夜半までガリガリと専門書に書き込みをしながら理解しようと頑張った。
さすがにその間はオレに抱かれたがる男も遠慮をしたのか、ナニも言ってこなかった。
それを内心残念に思ったのは内緒だ。

で、結論。
『株式の譲渡は解らねぇ。』
…どんなに専門書を読んでも理解できねぇ。
処理が煩雑過ぎる。
土地と家屋の譲渡はなんとか覚えられたんだが。
男に聞けば教えて貰えるんだろうが、情けないことにどこが解らないのかも解らない状態で、聞くに聞けなかった。
つか、オレはあんま株をやりとりしてねぇから実感できねぇんだよ。

無料相談の前日、正直にその事を男に告げると、
「ああ、心配することはない。
 駅前で無料相談なぞしていたって駅に来る人はこれから出掛けるのだから、難しい税の相談などしてこないよ。
 単なる国税局側のパフォーマンスに過ぎないものだ。」
と軽く言われた。

そうかもな。
「以前からこの税金の相談をしたかったんですよ!」
なんてたまたま駅に来た人が言うとも思えない。
なぜそんなものに自分が巻き込まれるのかとも思ったが。
ま、そんならいいや。とこれまた軽い気持ちでその日を迎えた。

「駅には10時少し前にに来て貰えればいい。
 私は一度署に行ってから向かうから、センセイは時間を合わせて来てくれたまえ。」
男がなにやら大きめの荷物を持って出ていった。
今月は決算もないし、今日は無料相談に直行直帰とアルに連絡をしてあるからオレは時間より少し早めに会場の駅に向かった。


「すみません!
 オレ、どうも株の譲渡は苦手で!
 質問が来たら、ご指導下さい!」
税理士と税務職員の顔合わせの挨拶で、オレは開口一番、頭を深く下げて言った。
そんなことを言わなくても、と男が苦笑したのが見えたが、オレはプライドよりも実績を重視することをモットーにしている。
今日、相談にいらしたお客さんにいい加減な対応をする位なら、オレが頭を下げて正確な申告をして貰う方が大切だ。

他の先生方は若輩者のオレに
「株の相談が来たら、私がお答えしますから。」
とか
「そもそも、こんな駅前相談で難しい質問は来ませんよ。」
などと笑顔で言って下さった。

今日の税務相談に来ている税理士は3人。
(お二人の先生方は駅前無料相談を数回されているそうだ。オレは初めてだ。)
オレ以外はかなりのお歳の先生だった。
税務署からは、ショチョウと金髪の背の高い兄ちゃん。
以前、親父の調査に来た人だな。
名前はハボックさんと言った。
(彼が咥えタバコの『ジャン・ハボック少尉』だったと今のオレは解っているが、本人は知らないだろう。)

「はい。先生、どうぞ。」
オレ達税理士一人一人に飲み物と使い捨てカイロを渡してくれる。
他の先生に渡したのがミルク入りコーヒーで、オレには微糖ブラックを渡すあたり、男の指導がしっかり入っているようだ。

パイプ椅子に座っているとそっと男に呼ばれ
「ほら、センセイ。
 冷えるからこれを使いたまえ。」
ブランケットを手渡された。
これを自分用とオレの、二枚も持ってきたから荷物が大きかったのか。

そういえば他の先生方もそんなものを持ってきている。
さすが経験者は違うってとこか。
オレは暑がりだから実はカイロもブランケットも要らないんだけど、男の気持ちが嬉しいから脚に掛けておくことにした。


男や他の先生の言うとおり、午前中は誰も相談に来なかった。
そうだよなー。
広報で知らされているとしても、これから出掛ける人が駅に来たときに
「あ!そういえば税金について相談をしたかったんだわ!」
と思うことも少ないだろうし、ましてその為の書類を持ち歩いていることなんて無いだろう。

5人が長机二つをくっつけて一列に、手持ち無沙汰でぼーっと座っていた。
その様子に何事かと通行人が見ていくのは結構羞恥プレイだ。


「午後は13時から再開致しますので、時間までおやすみ下さい。」
そう告げたのはハボックさんだ。
散会しようとしていたオレの腕を男が掴んだ。
「センセイ、一緒に昼食を食べよう?」
疑問符を持たなくたってそういうつもりだったよ。

けど、ナニを食べよう?
と思っていると少尉、じゃなかったハボックさんが
「シン国の麺類はいかがですか?」
と聞いてきた。

オレは結構な麺食いだ。
(面食いでもあるけどな。)
一も二もなく賛成すると
「お前も来るのか?」
厭そうな顔で男がハボックさんに言う。

「そんなあからさまに邪魔扱いせんで下さいよ。」
飄々とした態度が相変わらず気持ちいいな。
「いいじゃないか。一緒に行けば。
 他の先生方も行っちまったし、ハボックさん独りじゃ寂しいだろ?」
宥めると
「折角センセイと二人きりで過ごせると思ったのに。」
拗ねたように言う。
人前で部下に言うコトじゃないだろ?
と思うがハボックさんも慣れているのか、軽く肩を竦めただけだった。

ハボックさんは駅前の麺屋さんに案内してくれた。
シン国の麺職人が生地を手で伸ばして、台に叩き付けているのが店の前からも中からもガラスを通して見ることが出来る。
そういえば昔からある有名店だが、来たのは初めてだった。
麺は美味いが、スープと具に工夫がないな。
何より、麺を打つ音がうるさい。
申し訳ないがオレの感想はそれだけだった。


食後、カフェに席を移してコーヒーを飲んでいると、興味津々と言った様子でハボックさんが質問してきた。
「先生は署長と一緒に住んでらっしゃるんスよね?」
どこまで話していいのかと男の顔を見ると平然としている。
全て知っていると言うことか。
なら、なんでまたオレに聞くんだ?

「はぁ。そうですけど。」
「いやぁ。署長が身を固めてくれて、オレ嬉しいっス!」
心底嬉しそうだ。
「どうしてですか?」
ずっと咥えていたタバコに火を付けようとはしないハボックさんに聞く。
男が焔を苦手だと知っているのだろうか。
もう平気なのに。

「聞いて下さいよ。先生。
 今まで何人のオンナノコを署長に取られたか。」
ああ、こいつモテるもんな。
生まれ変わっても状況が変わってないのか。少尉。
「なるほど。最近は大人しいんですか?
 あ、タバコ大丈夫ですよ。マッチ貰いましょうか?」

大人しいに決まっているが聞きたくなった。
「あ、いいっスか?
 ああ、ライター持ってます。
 そりゃあもう、すっかり女性に見向きもしなくなって、ホント有り難いっス。
 以前は先生のお話を耳にタコが出来るくらいオレ等聞かされてましたけど、それとこれとは違ってましたからね。」
ほう。
そんなにお盛んだったのか。

ちらりと男を見ると少し狼狽しているようだ。
「ハボック…」
「そんなに女性関係がハデだったと?」
言いかけた男を制するように言う。
「そうなんスよ。
 先生が綺麗だの、正義感が強くて優しいだのと言う割に来るモノ拒まずでほぼ毎日デートでしたからね。
 オレの好きだった娘も何人署長に取られたか。」
よほど悔しかったのだろう。
それには同情するが、ほぼ毎日か。そうか。

「もういいだろう。ハボック。今は…」
「そりゃ、躰にも負担だったでしょうね。
 仕事はちゃんとしてたんですか?」
話に入れてやんない。
「仕事をサボらない署長なんて、署長じゃないっスよ。
 ホークアイ秘書官が額に青筋を浮かべない日がないってのは、セントラル税務署では有名な話です。」
「ははは。ホークアイさん、怖いですからねぇ。」
最後まで男をワザと会話に入れないまま、オレとハボックさんは話し続けた。


「…センセイ?」
駅に帰る道すがら、ハボックさんに聞こえないよう少し離れて男が話しかけてくる。
オレが怒っていると思っているんだろう。
「ん?どした?」
知りながらも問い返す。

「…怒って…いるか?」
思った通りの問いに
「怒ってなんかいねぇよ。
 今はオレだけだろ?」
笑って返した。
「ああ。」
「ならいいよ。気にすんな。」
ぽん、と頭を叩くと男が安心したように少し笑った。

オレだって今まで付き合ったオンナノコはいるんだし。
それに男がほぼ毎日付き合ったのは、いつも違う女性とだったんだろう。
ただ一人の人ではなく、毎日違う人。
それは誰も愛していないということ。
だからオレは別に腹が立たない。
むしろそれまでの男の寂しさの方が哀しい。
あ、ハボックさん達部下と利用された女性に同情はするな。
オレ以外にはホントに酷いことを平気で出来るヤツだってオレは知ってるから。


午後になり、ぼーっとまた全員が座っていると、隣に座った御高齢の先生が酷く咳き込み始めた。
「どうなさいました?大丈夫ですか?」
と聞くと
「ああ、先生、すみませんね。
 昨日からどうも風邪をひいたようで。」
儚い笑顔で応えてくる。
こんなヒマなら帰ってもいいんじゃないかと思ったが、聞くとこの駅前無料相談が割と好きなんだそうだ。
変わった人だ。

「オレ、寒くないからこれを使って下さい。」
男が渡してくれたブランケットを先生の肩に掛けた。
「カイロも要らないんで、どうぞ。」
鞄に入れたままだったカイロの封を開けた。
「すみません。」
恐縮する先生に構わず、その腰にカイロを貼り付けていると男が寄ってきた。

「センセイ?」
ブランケットを手放したオレが気になったようだ。
「センセイ、私は構いませんからこれを使って下さい。」
とオレに自分用のブランケットを持ってくる。

だからさ。
オレは寒くないし、昨日散々貪っちまったからあんたが腰、痛いんだろ?
(やっと昨日は調べ終わったので久々に抱いた。から…つい…な。)
「いや!ショチョウ!
 オレ、若いんで全然寒くないんですよ!
 これはショチョウが使って下さい!」

白々しいかとも思ったんだけどブランケットを男の腰に廻して耳元に囁く。
「オレは寒くないんだよ。
 それよりあんた、腰冷やすと良くねぇぞ。
 今日もあんたが欲しいから、これを大人しく巻いてろ?」
人前だというのに囁かれた言葉に男が頬でも染めてくれるかと思ったが、昼間は駄目なようだ。
「では今夜に備えて。」
余裕の顔で笑われて少し残念だったが、それでも素直にブランケットは受け取ってくれた。
まあ、周りに人もいるしな。
仕方がない。


「あの…。」
オレの隣の先生に相談が入った。
続いて反対側の先生にも。
こんなコトはめずらしい。
ぼんやりそんなことを思っていると老夫婦がオレの前に座った。
「こんにちは。どんなご相談でしょうか?」
にっこり笑ったオレに
「株を今年から始めたのですが…。」
はいぃぃぃぃいいい!!!???
どうしてこういうタイミングでオレの知らない世界が押し寄せてくるかなぁぁあああ!?

引きつった笑いを浮かべていると受付をしていた男が来てくれた。
「どうしました?センセイ?」
「あ…こちら、株のご相談だそうです…。」
ああ、縋り付くような視線になってしまったことは認めるよ。
しょうがないよ。オレ。
ダメだけどな。オレ。

「ああ、特定口座はお持ちですか?」
お客さんに話しかけながらも、手はオレに必要なパンフレットを持ってくるように指示してくれる。
オレはそれに従って席を男に譲り、言われたパンフレットを持ってきた。
「はい、そうですね。
では、あとこちらのセンセイのお持ちになったパンフレットをご覧戴いて、解らないことがありましたら、また確定申告時期にいらして戴けますか?」
相変わらずにっこりと笑う笑顔が胡散臭くとも美しい。
見とれている場合じゃないけどな。

「ごめ…。助かったよ。」
老夫婦が去った後、席を移動しながら言う。
「めずらしい事象に当たったな。運があるのだかないのだか。」
楽しそうに返された。

相談を終えた両側の先生方から
「すみませんね。お助けすることが出来なくて。」
と謝られたが、悪いのはオレだ。
「いえ、とんでもない。オレが未熟なんです。」
恐縮していると
「先生はお若いのに頑張っていらっしゃる。
 ホーエンハイム先生もご安泰ですなぁ。」
親父を知っているのか、にこにこと言われた。

「うちも息子がいるんですが、仲々合格しませんでね。
 本当に羨ましいですよ。」
反対側の先生にも言われる。
「や…。そんな。」
こういうとき、どうしていいのかどうも解らない。
一つ離れた席の男が笑っているのが目の端に映っていた。

そんな会話をしていると、お歳の女性がオレの前に座った。
立て続けにめずらしいな。
そう思いながら
「こんにちは。どういったご相談でしょう?」
にっこり笑いかけると
「相続の無料相談ですよね?」
と確認された。
あー。隣の席に移動して下さい。とは言えない。

「はい。なにかご心配でも?」
あくまで笑顔を崩さない。
複雑な相談だったらどうしよう?
やっぱ相続税を取っておくべきだったなと今更思っても後の祭りだ。

「いやぁ、私の土地と家を嫁が狙ってましてね…。」
蕩々と話し始めた内容は、要するに嫁さんに対する愚痴だった。
ああ、よかった。
お年寄りの話に付き合うのは得意だ。
ばあちゃんが何度も繰り返す昔話に相づちを打つのが好きだったから。

そういえば、前の人生ではばあちゃんはいなかったな。
だからオレはばあちゃんが大好きだったのか。
どうも以前は肉親の情に薄かったからな。
オレの肉親は母さんが死んだ後、アルしかいなかったから。
(あ、親父もいたか。忘れてたよ。)

適当に相づちを打っていると、おばあさんも鬱憤が晴れてきたようだ。
「でね。先生。一番の相続対策ってなんですかねぇ。」
ため息と共に言われた言葉に
「そりゃ、死なないことですよ。」
思わず軽口を叩いてしまった。

すると楽しそうに笑って
「先生は面白い人ですねぇ。
 いい男だし。孫の婿に来て貰いたいもんですわ。」
ばしばしと肩を叩かれた。
「ははは。あなたに似たお孫さんならきっと美人さんなんでしょうが、申し訳ございません。
 金髪のお孫さんですよね。
 オレは黒髪黒目の人が好きなんですよ。」
おばあさんは見事な金髪だったから言ってみた。

「そりゃあ残念だわ。
 ええ。孫は綺麗な金髪なんです。
 先生と孫の子供ならさぞかし金髪の美しいひ孫が出来ると思ったのに。」
それでも楽しそうに話すおばあさんはなんだかんだ言って幸せそうだ。

しばらく後に、よっこらしょと立ち上がって
「どうも有り難うございました。
 こんな年寄りの与太話に丁寧にお付き合い戴いて。
 税理士の先生って、もっとお高くとまってるもんだと思ってましたよ。」
深々と頭を下げられた。
「いいえ。お役に立てなくて申し訳ありません。」
オレも席を立って頭を下げながら、隣の先生の無料相談が好きだと言った理由が解った気がした。
普段こうやって顧問先以外の人達とゆっくり話す機会は仲々無いから。

おばあさんを見送った後、ふと背後に立っていた男が去る気配に気付いた。
難しい質問が来たら代わりに答えようと控えていてくれたんだろう。
そういえば確定申告の無料相談でも、オレが間違った指導をしないようにいつも背後に立っていてくれた。
どこまでも甘やかされてるな。オレ。
そんなことを今更ながら実感する。
オレが間違わないように。
オレのキャリアが傷つかないように、と。


その後はまた閑古鳥が鳴き続けていた。
来るときは一気に来る。
けど、来ないときは来ない。
そんなもののようだ。

「やれやれ。ある程度質問に答えた実績がないと困るのだがな。」
ため息をついて男が言う。
ま、オレ達には『無料相談』とは言え、日当が国税局から払われる。
それでなんの質問にも答えないんじゃマズいんだろうな。

「あのー。」
「「「はい!?なんでしょう?」」」
別に国税局はどうでもいいが、話しかけてきた女性にヒマを持て余していたオレと先生方が声を張り上げる。
「あ…すみません。セントラルシティ銀行はどちらでしょうか?」
あー。銀行ね。銀行。
「はい。あちらの出口を出られて真っ直ぐの広い通りにぶつかった右角にあります。」
代表してオレが応える。
「有り難うございます。」
笑って去っていった女性を見送った。

「署長、今のご相談は日誌になんて書きましょう。」
ハボックさんが聞く。
なんでもいいから、実績が欲しいようだ。
「そうだな。『金融関係の相談』とでも書いておきたまえ。」
至極真面目な顔をして応えている。
そんなんでいいのか!?

「あー。ショチョウ?
 先程から一番多いのが、電車の乗り換え口の質問なんですが、それはなんと記載するんですか?」
ヒマなので聞いてみる。
「んー。旅客情報の提示とでも書いておけばいいか。」
それのどこが『税金の無料相談』なんだよ!?
「エルリック先生、既にソレは記入済みですよ?」
楽しそうにハボックさんが言う。
そうか。無料相談って駅前じゃこんなものなのか。
結局その後道案内以外は来る人も無いまま、駅前無料相談は終わりになった。

「先生、うちの孫は黒髪黒目なんですが、どうですかね?」
散会の挨拶の後、左隣にいた先生に聞かれた。
「あー。申し訳ありません。
 オレ、もう一生を決めた人がいるんですよ。」
差し出された右手に握手をしながら応える。
「それは残念です。
 ホーエンハイム先生の息子さんが優秀だという話は税理士会でも有名ですからね。
 跡継ぎにと狙っていた先生方も多かったのですが。」
それでも微笑んで言われた言葉に恐縮した。
オレはそんなたいした人間じゃない。
「お孫さんにオレなんかじゃない、いいお婿さんがいらしてくれることを祈っております。
 今日はどうも有り難うございました。」
丁寧に挨拶を済ませた。

振り返ると机を抱えたハボックさんと、腕を組んで満足そうに笑っている男がいた。
「んだよ?」
照れくさくてぶっきらぼうに言うと
「いや。嬉しいよ。
 私を一生の伴侶に選んでくれて。」
ホントは恥ずかしがり屋のクセにオレとのことを公言することは憚らない男の言葉に、オレの方がめずらしく赤面してしまった。

「ハボックさん、なにか手伝うことはありませんか?」
照れかくしに言う。
「や、先生。署の車が控えてますから今日は大丈夫っス。
 ああ、お手数ですが手の掛かる署長を連れ帰って戴けますかね?」
にやりと笑って言われた。
「リョーカイッス!」
オレも元気に応える。

「私が手の掛かるとはなんだ?」
そんな文句を口にしていたが、オレもハボックさんも取り合わなかった。
「な、オレ疲れたよ。
 愛しい人と快楽を貪って眠りたいな。」
腰に手を廻して耳元に囁くと、昼間とは違って面白いように耳朶を紅く染めた男が
「そんな睦言で…
 誤魔化されてしまう私が楽しいか?」
紅いままの拗ねた顔と声で聞いてくる。

「んー。誤魔化してる訳じゃねぇよ?
 ホントのことだ。」
「…。」
黙って俯いてしまう様がほんっとかわいいよな。
オレはこの上なく上機嫌になる。
「じゃ、先生、失礼します。」
半ば呆れた声に
「はい。お疲れ様でした!」
オレは元気に応えて男の腰に手を廻したまま歩き出した。

やっぱりもちょっとしっかり勉強しなきゃな。
いい経験になったけど。
そんな反省を帰り道にしたが、家に帰ったらつい忘れて男を夢中で抱いちゃいました。
ダメだな。オレ。



       fine



もちろん全ての税理士がこんな付け焼き刃では無いと思うのですが、私は弁護士さんの無料相談に行っても、
「この人、ここ数日で必死に調べたのかな。」
と思っちゃいます。

N駅前のラーメン屋さん、ホント麺を打つ音がうるせえ!
落ち着いて食えねぇっつの!!




clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「擦」 (「遊」番外編? エドロイ?←聞いてどうする。)
「擦」 (「遊」番外編? エドロイ?←聞いてどうする。)
09.1.7up
(新婚さんイベント♪)
「それ…は…?」
男が目を瞠って言う。
「ん?見たこと無い?これが結構気持ちいいんだぜ?最新式だ。」
オレは手にした道具を男の目の前にちらつかせた。

「それを…挿れる訳ではないよ…な?」
怯えた顔が色っぽくて嗜虐心をそそられる。
「は?挿れるに決まってんだろ?」
「無理だ!そんなもの!」
後退ろうとする男の身体を引き寄せた。

「大丈夫だって。サイズ的にも無理なんかないから。
 いつも挿れてんのと太さは変わんないだろ?」
「厭だ!」
「ほら、動くと痛いぞ。大人しくしてろよ。」
子供のように頭を振る男に冷徹に告げる。

「…やっ!やめ…!ぁっ!」
「動くなっつってんだろ!?怪我したいのか!?」
強めの声で言い、男を押さえ込んで無理矢理ソレを挿し入れた。
「痛い!痛い!抜いて…くれ!」
「痛くないだろ?ほら。」
オレは差し込んだソレをぐるりと男の中で動かす。

「いっ!痛い…と言っている…!」
「おい!そもそもあんたがして欲しいって言ったんだろ?
 ほら。いつもと違う感覚を堪能しろよ。」
ソレで孔の肉壁を擦るように抜き差しする。

「痛!や…やめ…!」
「すぐ気持ち良くなるから。つか、気持ちいいだろ?」
「厭だ!…い…。い…。」
「ほら。いいんだろ?」
「い…ゃだ…!」

「気持ちいいって素直に言えよ。」
「気持ちよく…なんか…。
 …君は…粘膜は弱い…と…知らないのか?」
息も絶え絶えに言い返す様にもっと虐めたくなる。

「ん?だって気持ちいいだろ?
 …ホントに痛いのかよ?」
「…も…痛くは…無…。」
「ほら。いいんじゃん。
 あんたん中、いっぱいだな。
 1回掻き出すぞ?」
「や!そんな無理にするな…っ!」

「大人しくしてろって。動くなよ。傷でもついたら困るからな。」
ぐりっと粘膜にソレを押しつけてイッキに掻き出した。
「ぁあああっ!!」
目尻に涙を浮かべて男が引きつったような悲鳴をあげる。

「ほら。いっぱい出たぜ?やっぱこれいいんじゃん。」
「…君はどこからそんな道具を手に入れて来るのだね?」
ぐったりと弛緩して男が呟く。
「あ?こんなんフツーに売ってるぜ?」
それでもつらそうな男に
(ホントに痛かったのかな?)
そんなハズは無いと思いながらも無理をさせてしまったような気になり、男の髪を撫でる。

「なあ。続きは無理?」
「…いつもの方がいい。」
素直にもっとして欲しいって言えよな。
「ん。じゃ、これはもう遣わないから。続きをしような?」
「…ん。」
オレの背中に腕を廻して力無く頷く男がかわいい。



オレは男の頭を膝に乗せて続きを試みる。
「おお!ほらほら!こんな大きいのが取れた!」
大物に思わず興奮してしまう。
「君は…本当に夢中になるのだな。」
ソレに目もくれず言う男は張り合いがないと思う。
自分で望んだクセに。

「なんだよ?新婚さんのイベントに『耳かき』が欲しいっつったのはあんただろ?」
「ああ。確かにそうは言ったが。
 …こんなに君が耳かきに熱中するとは思っても見なかったよ。」
確かに耳穴に見え隠れする耳あかを取ることに夢中になってしまうのは認める。
でもなー。
耳かきして欲しいって言ったのはこいつだよな?

「いやならもうしないぜ?」
にやりと笑って言ってやると
オレの顔を見て男が
「いや。またしてくれたまえよ。君に与えられるモノは痛みでも全て受け容れたい。」
溜め息をつきながら呟いた。

そんな大げさな。
と思ったのはナイショだ。
オレは男にキスした。

「ほら反対の耳出せよ。」
ま、涙をにじませる男がかわいいからということは胸に秘めておこう。


          fine




確か『新婚さんイベントの耳かき』を以前ショチョウがご所望でしたので、それを一つ。

エドが使っていた耳かきは円錐状のバネ式のものです。
先日なぜか書店で見かけました。
ツレはそれを購入し、いいと言うのですが、私には物足りないです。
やはり竹の耳かきでぐりぐりと耳穴を擦る方が気持ちいいです。



clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「誤」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ)
「誤」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ)
09.1.7up
(ある日税務調査が…)
今日は久々の調査だ。
調査というのは、提出した申告に間違いやインチキがないか、税務署が調べにくることだ。

オレんとこは(お客さんがオレ達にも隠していることを除き)一切のインチキをしない主義だからあまり調査を恐れたりはしない。

けど、税務署側もわざわざ人手を割いて調べに来るんだから、全く追徴(納めるのが足りないから後から請求されること。)の税額がないとムキになって細かいことまで調べたりすることもある。
(来た甲斐がないのも困るんだろうしな。)

だからオレ達はお客さんの了承を得て、ワザと一部に「税務署に見付かった場合に、もしかしたら追徴されるかも知れない。」という曖昧な会計処理をしておいたりする。(いつもじゃないが。)
まぁ、税務署の調査に対する『お土産』ってヤツだ。
調査が来なかったり、来ても指摘されなければこちらに損はないのだし。
双方の持ちつ持たれつ、穏便にってところだな。

さて、今日の調査はパスタ屋さんを営むお客さんだ。
その場で食べさせるレストランではなく、持ち帰り用の生パスタとソースを作って販売している。

小さい店ながら、学校やカフェにも卸しているので業績は仲々なのだが原材料に拘っている分、やや赤字ぎみだ。

(普通、めちゃくちゃに赤字の会社に調査は来ない。いくら課税になる処理を指摘しても、結局赤字の範囲内だとどうやっても追徴の税金が取れないからだ。まぁ、新人調査官の度胸試しで来ることもあるが、それはこちらにも気楽な仕事になる。)

その点、微妙に赤字のこのお客さんは狙われやすいと言えば狙われても無理のないところだった。

過去3年分の元帳と申告書を持って、税務署から指定された時間よりも1時間早くお客さんに行く。
(本当は30分も前に行けばいいのだが、たまにもの凄く早く来て、税理士が来る前に反則的に調べに入る調査官もいるのでその用心の為だ。)

ここはオレの担当のお客さんなので、アルは事務所で留守番している。
(アルはまだ税理士の登録をしていないので、アルが担当しているお客さんの調査の時は、オヤジに留守を頼んで2人で調査に赴く。)

お客さんと簡単な打ち合わせをして(このお客さんは気さくで正直なので、あまり口裏合わせをする必要もない。)あとはのんびり調査官を待っていた。
今思えば、あまりにのほほんと。


現れた調査官は、ハボックさんだった。
普通は2人組で調査に来るのだが、1人だけだ。小さい店だしな。
「えー、こんにちは。今日はよろしくお願いします。」
神妙に頭を下げるのがなんだかおかしい。

あのハボック少尉が。
いつも飄々として、そのクセ鋭い眼光で大佐の身を護っていた人だった。
オレが旅に出ている間も、少尉と中尉がきっと大佐を護ってくれるとオレは安心してたもんだ。
それでも内心心配だったけどな。
あの美人さんは。
本当に無茶をしてたから。

「こちらこそお願いします。」
オレとやや緊張した面持ちのお客さんが挨拶を返す。
「えーっと、こちらは禁煙ですかね?」
おいおい。いきなりかよ?少尉。
「いいえ。今灰皿をお持ちします。」

お客さんが席を立った隙に
「エルリック先生、どーも。
 今日署長が疲れてるみたいですけど、昨日は激しかったんスか?」
にやり、と笑ってくる。
「や、こちらこそどーも。
 そ?
 ま、そりゃあいつが可愛すぎるからいけないんだよ。」
オレも笑って返す。

「御馳走様です。ほどほどにしてくれと、ホークアイ秘書官からの伝言です。」
「うっ!…了解です、とお伝え下さい。」
うはぁ。中尉、相変わらす怖ぇ…。
だって昨日は酒を飲んでほんのり紅く染まったあいつが、いつもより甘えて撓垂れ掛ってきてさー…。

「はい。どうぞ。」
「あ、すんません。」
お客さんの差し出した灰皿をハボックさん受け取った。

「いやぁ、オレ、パスタ大好きなんですよ。どうやって作るのか、後で見せて貰えますか?」
ぱらぱらと元帳をめくりながら、にこやかにお客さんにも話しかけている。
「ええ、どうぞ。」
お客さんもハボックさんののんびりした様子に緊張が解けたようだ。

オレから見ても、ここの会計にそれほど綻びは無いはずだ。
しっかり帳面もつけているし、取引が簡単な分、明白でインチキの仕様も無い。
今日はそれほど実りのある調査にはならないと思うんだけどな。

ハボックさんと言えば…(税務署員名簿を思い浮かべてみる。)確か統括官だよな?
一般の会社で言えば、役員クラスか?
こんな小さい調査にわざわざ1人で来るような立場でもないと思うが。

っていうか、よく考えると税務署署長のあいつの秘書官がホークアイ中尉。
で、法人課税部門の統括官がブレダ少尉とファルマン准尉。
個人課税部門の統括官がハボック少尉とフュリー曹長。
全部門には勿論足りないけれど、主立った部門のトップはあいつのかつての腹心の部下達。
なんなのよ?
この過保護な人員配置。
これって、やっぱオレの為だよな?


一時間が過ぎた頃だろうか。
やはりめぼしい追徴の様子もないままに、
「さて、ではパスタとそのソースを作るところを見学させて貰えますか?
 これが楽しみで今日来たんスよ。」
やけに楽しそうな表情で言う。

もしかしたら、本当にパスタ作りが見たくてこの調査に来たのか?
子供の社会見学かっつーの。
でも、それなら1人で来た理由も解る。

「へえ。パスタって、粉と塩だけなんスか?」
「卵を入れるパスタもあるんですよ。」
なごやかにパスタの製造過程を見ている。

「ソースはどこからか仕入れるんですか?」
「いいえ。うちは全部手作りで、こうしてパック詰めするんです。」
やっぱ子供の工場見学みたいだ。

パスタを粉から作る過程とソースのパック詰めまでを見た後でまた事務所に戻ってきた。
「やー、今日は収穫でした。オレ、ずっとパスタを作るところがみたかったんスよ。」
楽しそうだな。少尉。

「で、ですね。エルリック先生。」
「はい?」
「製造過程を見せて戴いて解ったんですが。」
「はい。」

「こちらは、製造業ですよね?」



……………………あっ!



「ああっ!そうです!そうでした!!」
ヤヴァイ!
そうだ。
ここは製造業(消費税で言う『第3種』事業)だ。

オレ、こないだの消費税の申告、間違ってんじゃん!
うわ。
お客さんに、個人のお客さんに売る小売業(消費税の『第2種』)と学校やカフェに売る卸売業(消費税の『第1種』)の割合を知りたいからと言われて、科目を小売りと卸売りに分けて売上を計上してたんだ。

そのせいで、うっかり消費税の計算も第1種と第2種で計算してたよ!
どこに売ろうと製造業であることに変わりは無いんだから、ここは全部第3種じゃんか!
消費税法上、第3種の方が第1種、第2種よりも税額が高い。
んで、オレは間違った(第1種、第2種の)少ない税額で申告してたんだ。

「あー。すんません。間違えました。」
逃げようもなく項垂れたオレに
「そうですよね? 今回の申告が第1種と第2種だったんで、どうなのかなぁと思ってたんスよ。」
なぜかホッとした様子でハボックさんが言う。

「あのー。」
「はい?」
「修正申告でいいですか?」
「構いませんよ。では、いつ頃戴けますかね?」
「えー、今週中にはお届けします。」

あー。全部オレのせいじゃん。
この調査も、ハナっからこの消費税の申告間違いの為のものだったんだ。
どーりで、元帳なんかぱらぱらめくってるだけのハズだ。

「すみません。オレの手違いでした。」
もう正直に言うしかない。
「仕方がありませんよ。払うべき税金が来るだけですから。
 気を落とさないで、ウチの自慢のパスタとソースをお持ち下さいね。」
笑って言って下さったお客さんに申し訳ない。
最初から間違って無ければ払わなくて済む延滞税が掛かるんだから。


がっくりと肩を落として事務所に戻ったオレは、仕方なくアルに全貌を話した。
「まぁしょうがないよね。この元帳を見ると間違えたくもなるよ。
 ……ぷぷっ。」

あーあーあー。
すみませんねっっ!
オレが悪いんですよ!
全部。

こんなうっかりしたことは、この仕事を始めて初めてだ。
落ち込んでいると、事務所のインターフォンが鳴った。
「はい。ああ、どうぞ。」
アルに促されて入ってきたのはハボックさんだった。

「よ。エルリック先生。」
「あー、本日はご足労戴き…。」
すっかりやさぐれてしまった態度を隠せない。

「ははは。ま、よくあることっスよ。」
いや、ないだろう?
更にやさぐれた視線を送ったオレに
「消費税の間違いはめずらしくないんですって。」
にこやかに笑って言いやがる。

「でね、エルリック先生。モノは相談なんですが。」
「は?」
どうしたってんだ?
お客さんの追徴は誤魔化しようがねぇぞ?
「このこと、署長に黙っていて欲しいっスか?」

………は?

ああ、忘れてた。
ハボックさんの上官つか、セントラル税務署のトップはあの男だ。
しかし、税務署長が全部の調査報告書に目を通すものか?

オレの疑問が顔に出ていたのか
「署長はエルリック先生の事務所の調査報告書には子細に目を通すんですよね。」
ああ…そうかも知れない。あの男なら。

「黙っていることなんて出来るのか?」
伺うようになってしまったのは仕方がないだろう?
「修正申告までご覧になる訳じゃないですから、調査報告書は誤魔化せますけど?」

アルはともかく、この上あいつにまで間違いを笑われるのはイヤだ。
まして、昨日の晩、あまりにあいつが可愛いから沢山啼かせようしてたら、逆に煽られすぎてオレの方が早く果てちまったんだ。
今日はそのリベンジをしようと思ってたのに。
(ごめんなさい!ホークアイさん!疲れさせ過ぎないようにしますから、殺さないで下さい!)

「ご…誤魔化して下さい…。」
せめて今晩啼かせ終わるまででも!
「了解ッス」
上機嫌なハボックさんが事務所を去ろうとした。

「あっ!少尉…じゃなかった、ハボックさん!」
オレは思わず声を掛けた。
「はい?」
「…や。あの…お願いシマス。」

玄関まで見送って声がアルに届かなくなった頃、ハボックさんがオレに囁いた。
「大将、オレが死ぬまで少尉だったと思うなよ?」
髪をがしがしと撫でられた。

驚いて見上げると、にっこりと笑って
「じゃあな。大将。」
言うなりドアを開けて消えていった。

少尉…あんたも覚えてるのか?
そうか。
覚えてるんだ。
そんで、あいつを今も護ってくれてるんだ。
オレは泣きたいくらい嬉しくなった。



「おかえり。エドワード。」
仕事が忙しくないこの頃は、男が先に帰ってオレを迎えてくれる。
『おかえり』が言いたいんだそうだ。
「ただいま。ロイ。」
そんなトコも可愛いよなー♪

「ん…」
お帰りのキスを交わした後に
「そういえば、ハボックが今日…」
「なぁっ!?…あんだって?」
慌てたオレに驚いてしまったようだ。

「ああ…ハボックが今日は君がパスタを御馳走するから家に来るように言ったと言っていたが、本当なのか?」
御馳走するんですか。
そうですか。
それも口止め料ですか?

「ああ…。言った…。ハボックさんも一緒に夕食はどうかってな。
 あんたはイヤか?」
「そうなのか。いや、私は構わないが。
 …いつハボックに逢ったんだね?センセイ?」
おや?そんな小さい嫉妬をするところも可愛いぞ?

しかしオレに今、からかう余裕があんま無いのは残念だ。
「今日…調査で…。詳しいことは調査報告書を見てくれよ。」
「ああ、君のところの調査は今日だったな。」
納得…してくれた?


あああああ。自分の未熟さが憎いじぇえ!
ごめん。嘘付いて。
でも、愛してるのはあんたなんだ。
あんただけなんだ。
今晩、めいっぱい可愛がるからさ。

今日、挙動不審なオレを許してくれよ。
もちょっとオレの傷にならないようになったらさ、ちゃんと言うから。



ごめんなさい。
いろんな方向に。
ごめんなさい。


          fine




ごめんなさいです。death。
お客さま。
私の手違いでございました。
そんな調査をネタに書きました。




clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「加」 (「遊」番外編 エドロイでもどっちでも)
「加」 (「遊」番外編 エドロイでもどっちでも)
09.1.7up
(本編に入れ忘れた生協の小ネタ)
「んん?」
届いた生協の注文品を冷蔵庫に入れていたオレはヘンなものを見付けた。
『ひとくちホットケーキ』。
なんだこりゃ?
頼んだ覚えないぞ?
間違って配達されたのか?
最近こういうことがよくある。
まったく生協もいいかげんな仕事をするようになったもんだ。

忙しかったので今まではそのまま受け取っていたが、お届け明細で確認することにした。
…ちゃんと入っている。
「あ!? なんだこの『銘菓 ブリッグズの恋人』って。」
そういえば注文した覚えの無いものはみんな菓子だったな。

…。
「ロイ!」
着替えに行っていた男を呼ぶ。
犯人はきっとこいつだ。
「ん?どうした?エドワード。」
「どうしたじゃねぇ。あんた勝手に生協の注文書き加えてるだろ?」
「…ああ。それ美味しそうだなと…。」
妙に焦っている。
「いや。別に喰いたいんなら良いんだけどさ。」
ほれ。と菓子を渡した。
あからさまにホッとした表情が引っかかる。

「おい。他にもなんかしたな?」
がしっと腕を掴んで正面から顔を見る。
視線を逸らしている男は絶対なんか隠してる。
「何をしたのか言ってみろ。」
「…。」
「でないと生のセロリ…あっ!」
「!」
オレの声に男が『バレたか!』という顔をした。

「あんた…注文からセロリ消したな!?」
そういや注文したはずなのに届いてない。
「う…。すみません…。」
『すまなかった』というのはよく聞くが、こいつの『すみません』なんて一生に何度も聞けるモンじゃないだろう。
その理由がセロリかよ。

オレはコートを掴んで玄関に向かった。
慌てて男が追いかけてくる。
「エド!どこに行くんだ?」
「スーパー。セロリ買ってくる。」
押し殺したような低い声で告げた。

「やめてくれ!すまなかった。もうしないから!」
男に背を向けたままオレはクスっと笑う。
もちろん唯のパフォーマンスだ。実際に買いに行くつもりはない。

「絶対もうしないか?」
向き合って顔を睨む。
「ああ。もうしないから。…付け加えるのもダメか?」
視線を逸らして俯くから、オレは下から見上げる。

「それは構わない。でも注文したものを消すのはやめろよ?」
「ん。解った。」
こくりと頷く男の年齢はいくつだったか。
オレは可笑しくなってしまった。

「じゃあ今日はミネストローネ作れないから味噌スープな。」
「! あれはミネストローネの為だったのか。」
好物がなくなって哀しそうな顔が情けなくもかわいい。
「あんたが悪いんだろ?」
「う…。」
そしてオレは新たに知った男の苦手な『ミョーガ』をたっぷりと味噌スープに入れたのだった。



    ちゃんちゃん


いや、「遊」に生協のネタを入れたのに使わなかったなぁと思い出しまして



clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「罪」 (「遊 脇道」番外編)
「罪」 (「遊 脇道」番外編)
09.1.7up
(そして今2人は)
「あ、コーヒーもうないんだ。悪いけど煎れてくれるか?」
椅子から立ち上がった男に背を向けたまま言う。
事務所のコーヒーメーカーをこの男が来るようになってから容量の大きいものに替えたんだけど、オレがさっき最後の一杯を注いでしまったのを思い出した。
「よくコーヒーのお代わりに立ったって解ったね。
 本当に兄さんって、ロイさんのこと意識からはずさないよね。」
 感心した声でアルが言う。
「ああ。なんとなく…な。」
「愛の力というものだよ。アルフォンス君。」
嬉しそうに男が言う。

それはこの男へのものじゃなかった。

記憶が戻るとともにオレのもう一つの罪もまた蘇った。
オレの精神が犯した罪。
こいつを置き去りにしたクセにオレはあの人と共に過ごしてしまった。
その断罪は済んでいない。


その夜、オレはベッドで触れてきた男の手を押さえて
「聞いて欲しいことがあるんだ。」
と告げた。

何度も迷った。
こいつはウィンリィの本で過去のオレの罪など既に知っている。
それを改めて話そうか。
ずっと秘めて行こうか。
話すことでこいつを苦しめてしまうかも知れないから。
でもこの男に断罪されたかった。
赦さないと言われても。


すべてを話したオレに男が告げた言葉は
「馬鹿だな。君は。」
だった。
は!?聞き間違い?

「その男の手を取れば良かったのに。」
何を…言ってるんだ?
「だって…あんたじゃないんだぜ?
 あんたはたった独りでオレのいない世界に取り残されていたのに。
 そんなこと赦されるわけないじゃないか。」
男が腕を廻してゆっくりとオレを抱き寄せる。

「どこにいても、何をしていても。私は君の幸せを祈っていたよ。
 君が幸せになれるのだったら…その人でも、違う人間でも君が愛することを誰が赦さないと言えるのだね?」
「自分が…オレが赦せない。」
あんたはそれもやっぱり赦してしまうのか?
オレの髪を撫でる指は優しくて。
哀しいくらい優しくて。

溢れてしまった涙を男が唇で拭う。
「君はその男を『私ではない』と思えなかったから手を取れなかったのだろう?」
ああ。そうだった。
こいつじゃないと思えたらきっと気持ちを伝えられると思ったんだ。
でも伝えられなかった。

「それは君が私を愛してくれていたと言うことだよ。
 その人もきっと私と同じように君を愛していたのだろうね。
 …無理をしなくても良かったんだ。
 私は君が幸せになれるのならそうして欲しかった。
 だから君も、もう君を赦してくれたまえ。」
「でも…でも…!」
本当に?
赦されて良いのか?

「では君が逆の立場だったら?
 君と離れて、君にそっくりな人間と愛し合って私が幸せになったら、君は私を責めるかい?」
こいつが、ずっと寂しいままでいないでいてくれてたら?
「…責められない。」
幸せに過ごしてくれていたのなら。
「私を赦してくれるだろう?」
「ん…。」
そんなはずがないのに。
そうやってオレを癒そうとする優しさに甘えていいのか?

「…なあ。エドワード?」
「…ん?」
オレをしっかりと抱きしめて男が言う。
いつもはオレに抱き締められる男が。

「すべての世界に君がいて、私がいるのだろう?」
「…すべてかどうかは解んないけど…。」
少なくともあの世界にはいた。

「ならば…すべてそれは私であって、君なのではないかな?」
? 何を?
「すべての世界の私はどこかで…そうだ。あの扉で繋がっていて、すべての私は私なのだよ。
 君が愛したのは、この世界の私であってあちらの世界の私であって、それはきっと同じ人間なんだ。
 君はあちらでもう一人の私を愛したのだよ。
 君は『私』という唯一人の人間しか愛していなかったんだ。」

「あっちのあの人も…あんただった?」
「そうだ。どこかで繋がった私という一人の人間を愛してくれたんだ。
 それのどこに罪がある?」
「…。」
「なあ、エドワード。
 …愛したくてもその人の存在が無いことと
 目の前に愛する人間がいるのに、その愛に応えないようにすること。
 どちらがつらいのだろうな?」

抱きしめられながらオレは泣いた。
しかしふと見上げると男も静かに涙を流していた。
オレの方が泣くのにふさわしい場面だと思ったのだが。
いつのまにやら、オレは男の髪を撫でていて。
そしてオレ達は眠りについた。


とうにお互いが眠ったと思ったその頃。
男がオレの髪にそっと触れながら呟く。
「それでも…君がその男に触れなかったことを歓んでいる私の醜い精神を…君は知っているのだろうな。」
うん。
知ってる。
オレは眠ったふりをしながら思う。

そしてオレも。
こいつの残った世界に代わりに愛されるオレがいなかったこと
こいつが他の誰も愛さなかったことを歓んでいる醜い精神を持っている。
それはオレ達の罪。
ずっと秘め続けて行かなければならないオレ達の。

だからオレはこれからこいつを意識することを堂々と『こいつ』への愛故と胸を張って行かなきゃならない。
それがオレの贖罪。

こいつがオレに『自分を赦せ』と言う度にそれを受け容れ続ける。
それがオレの贖罪だから。



       fine




生前(前世?)の罪に比べたら軽くていいじゃ〜ん。
ちょっと「問」と矛盾するのですが、以前「惑」から削った部分を訂正したものです。



clear
 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「問」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ)
「問」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ)
09.1.7up
(そして今2人はその2)
「なぁ…。あんたは…。」
貪られたまま眠りに堕ちた男に問いかける。
「あんたは…恨んでいないのか…?オレを…。」

遠い昔にオレはこいつを置いて、違う世界へ去った。
そのことがこいつを壊して狂わせてしまった。
それでも今、全てを赦したこいつの側にいることをオレは選んだ。
自分の生命を放り捨ててでもオレを赦そうと、縋り付こうとするこいつとずっと生きていくと。

オレは自分を赦した訳じゃない。
それでも、側にいないことを選ぶ罪の方が赦されないのだと知ったから。
贖罪だけではなく、こいつと幸福になろうと思ったんだ。

今は五体満足なオレの躰。
その全てを失ってでも


今度こそ、こいつを幸福にしたいと思ったから。



   ***************************



「あんたは…恨んでいないのか…?オレを…。」
愛された後のゆるやかな心持ちのまま瞳を閉じていると、問いかける声が聞こえた。
もうこれで何度目なのだろう。
数えることも既に止めて久しい。

君がかつて私の元を去ったことを後悔しているのは解っている。
『そのこと』が私を壊したのだと思わせたのは私自身だ。
一度はそのことで再び君を失うのではないかと恐れた記憶も、まだ遠いものではない。

恨んで…など…いないのだよ。
君が、私を置いて去っていったのは仕方の無いことだったと。
あの頃も…今も解っているんだ。
解っている。

…解って、いたのだ。

君が望んだわけではないと。
君が私を愛してくれていたと。
君が…本当は私と共に有りたいと願っていてくれたと…。

いつだって君は…前向きで…眩しくて…

そして………勝手だったから。

あの頃の君は
私の涙など知りもしなかったから。

解っている。
…解っているんだ。



それでも
君を失ったあの時の私が
何の
ただ一つも
残された全てをひっくり返して探そうとも

生きる意味など
見出せなかったことを




よもや君は責めたりしないよな?




       fine



clear



 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「策」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ)
「策」 (「遊 脇道」番外編 エドロイ)
16.12.29up
(あの夜の男は)
正直のんびりと入院生活を楽しんでいた。
ここにいれば、中尉…ではなかったな、今は。
ホークアイ君の叱責も嘲笑も受けずに過ごせる。
まぁ、そんなことは昨夜センセイの愛を身も精神も確信できたからなのだが。

ノックの音に気軽に応えた。
入って来たのはドクターだった。
聡明でエドワードを幼い頃から知り、彼が全幅の信頼を置いている、

故に私の大嫌いな人間だ。

今更なんだというのだろう?
「その後いかがですか?」
おだやかに尋ねてくる。
「おかげさまで、そろそろ退院できるそうです。」
「それはなによりですね。
 エドも安心するでしょう。」

? いったい何を?
単なるアフターフォローか?
まさかエドワードが私のことについて、またドクターに相談などしているとでも?
「今私がエドワードと過ごせるのも、見付けて下さったドクターのおかげです。
 ありがとうございました。」
不快になった気持を抑え、人の良い笑顔で告げてやる。
何をしに来たのか、それに依ってはまた策謀を巡らせる必要があるから。

少しの間の後
「いいえ。私が見付けずともあなたはご無事でしたでしょう。」
告げられたその言葉に、思わず息をのんだ。
「…それ…は…? …どう…」
言う意味だ?
なぜそれを!?

「あなたはあの時、あの薬を全部飲んではいなかったのでしょう?」
変わらず落ち着いた声でドクターは告げる。
「どうして…そう思われるのですか?」
どこかに見落としがあったのだろうか。
薬を入れた袋は書斎に隠しておいた。
それを見られたハズはない。

「水です。」
「水?」
ああ、そうか。
今更ながら気が付いた。
表情で解ったのだろう。
「そうです。
 あの時枕元にはグラスが一つしかなかった。
 それも少し水が残ってましたね?」
「ええ。…空の水差しでも置いておくのでした。」

『飲んだはず』の薬を飲み下すにはもっと大量の水が必要だった。
グラス一杯ではとうていあの量の薬は飲めなかったのだ。
さすがはあの聡い子が尊敬する人間だ。
意識を失った自殺未遂者を前にして救急車を呼びながらも、そんな些末なことに気付くとは。

「あの子に…エドワードに…それを…?」
声が震えている。
そんなことを意識できる自分が可笑しい。
しかし…
「言いませんよ。
 あなたはご存じでしょうが、エドにも私にも…勿論あなたにも、守秘義務ってのは絶対でしてね。」
「…本当…ですか?」
それだけは告げられる訳にはいかない。
エドワードを失うことだけはできない。

「ええ。マスタングさん。
 私はエドがあなたと幸福になれれば、それでいいと思っているんです。
 人間が生きていくためには全ての真実を知る必要なんてありません。
 人…なんてものには…何が真実かなんて解らないじゃありませんか。」
そんな必要もありませんしね?と、かすかに笑った顔を手放しに『優しい』と思うほど、私は純粋ではなかった。
「…絶対…に…ですね…?」
とても醜い顔をしていただろう。
私は。
エドワードを失いたくないままに。

「…そんな顔をなさらなくても。
 ええ。絶対に。
 私は何もエドに言うつもりはありません。
 ヤツの幸福は、どうやらあなたと共にあるようですから。
 …
 …
 …正直に言いましょう。
 あなたの執着心に対抗する気がないんですよ。
 俺には。
 だからエドには何も言いません。
 それはあなたがエドを幸福に出来る存在だと思える限りのことですけどね。
 …あなたはそれを裏切ることはないでしょう。
 だから俺はあなたがどういう人間であろうが、エドに真実を言う気がないんです。」
その正直な感想が私を安堵させた。
そして変わった一人称に。
それは彼の気持ちを更に伝えてくれたから。

「ドクター、ありがとうございます。
 ええ。私はエドワードの幸福だけを祈り、護って行くつもりです。
 いえ、護ります。
 私の幸福はエドワードと共にだけ、有りますから。」

「本当は、ですね。あなたのような人にこそ、治療が必要だと思われるんでしょう。」
ため息を一つ。
それはとても苦々しいもののように思えたが、その後明るい笑顔でドクターは言った。
「しかし『人の心はケースバイケース』。上手い言葉があったもんです。
 …本当に『人により』なんですよね。」

「…ありがとう…ございます。」
「いいえ。俺の方こそ、エドをよろしく、としか言えません。」
ではこれで。
という言葉に、
「ドクター?」
引き留めるように呼びかけた。
「はい?」
振り向いたドクターに
「ならば…どうして救急車を呼ばれたのですか?」
精神に引っかかっていた疑問を告げた。
狂言だと解っていたなら、そのまま放っておくなり薬を飲んでいない事実をエドワードに知らせればいいだけだ。

そんなことをされたら、殺しても飽き足らない思いでこの男をさらに憎んだのだろうが。

「それは…」
思いの外言い倦ねたような様子を見せる。
なぜだろう?
「俺の専門は皮膚科です。」
? 知ってはいるが、それが?
「ええ。」
「普段、命に関わるような深刻な診療はあまりありません。
 …それでも医者です。
 命を尊く思う気持ちはそれなりに強いんですよ。」
「…ええ。」

「腹が立ったんです。
 エドを騙していること以上に、命を軽んじて弄ぶようなあなたの行動が。」
いや、結局あなたは死のうとした訳ではありませんが、と頭を掻いている。
「それでどうして…救急車を?」
「…胃洗浄はつらかったでしょう?」
初めて見せる、いたずらな表情。
「ええ、とてもつらかっ…
 っ! 嫌がらせだった!?」
「バレましたね。
 そうです。
 薬を大量に飲んだ、胃洗浄の必要があるとワザと病院側に言いました。
 あの時は、どれだけエドに執着しているかを知ってはいましたが、それでも…いや、それ故にあなたに少しでも報いてやりたい気持があったんです。」
これも初めて見せる、苦笑。
自分でも大人気なかったと解っているような。
(しかし同時にそうしないと私が困ると知っていた故の行動でもあったのだろう。)
全ては彼にとっての幼なじみの幸福の為に。

「さて、これで俺もエドに言って欲しくないことをあなたに知られてしまいました。」
おどけて言う。
ああ、そうか。
こういう所なのだな。
エドワードが信頼しているところは。
相手を思い遣り、安心させる聡明さ。

本当に…焔で焼き尽くしたいほど、エドワードの前から消えて欲しい人間だ。

では今度こそこれで、というドクターをベッドに横たわったまま見送った。
幾ばくの…ではない、多大な安堵感をもって。


ドクターが去った後のドアを見つめていると、あの夜に至るまでのことがまざまざと思い出された。

空の薬のパッケージを無造作に捨てておいたのは、勿論エドワードにそれを見付けさせる為だった。
彼が薬の種類を調べて、私が『壊れている』ことに気付くように。

ウィンリィ嬢が私の話を聞きに来る少し前のことだ。
あの頃の私は仕上げのトラップの用意をしようと思っていた。
エドワードを私に縛り付ける為の。
しかし使用頻度も数量も減らしていたとはいえ、エドワードと暮らしてからは精神科に行かなかったので、薬の残量が『自殺を試みる』には随分足りなかった。
それで最近評判の良かった、一ヶ月分の薬を出してくれるというドクターの診療所へ行ったのだった。

そして『私の傷』を知ったエドワードがいなくなって2日目の夜。
取り乱して見せた私に、やめるように言っていた薬を飲ませた彼ならばそろそろドクターの所へ相談に行くだろう。
そうでなくとも、数日後にはドクターかエドワードがきっと私の元へ来る。
少しくらいずれても構わないことだ。

そう思い、隠していた薬を全部寝室へ持ってきた。
一つ一つ薬をパッケージから外す作業は、存外に大変だったな。
最後の方は指が攣りそうになった。
規定量を残した全てを袋に詰め、後はと思った時だ。
ベッドに空のパッケージが有ると、寝づらいし邪魔だ、
と気付いたのは。

ベッドにはエドワードの服を全て置きたい。
エドワードの香りに包まれ、彼が戻ってくるのを待ちたい。
そして私の瞳には、エドワードを映し続けたい。
温泉旅行の写真を置いておこう。
写った彼の笑顔に抱かれていたい。

ベッドからただ落としても良かった。
だがこれでエドワードが手に入るのかと思うと、なんだか楽しくなっていたのだ。
その思いのまま、ひら、とパッケージを舞わせた。
子供が紙飛行機を飛ばすように。
ひらひらときらきらと、次々舞う銀色のシート。
まるで雪のようだ。
「綺麗だな。エドワード。」
知らず私は笑っていた。

そして規定量の薬だけを飲み、私は眠った。

ああ、そう。
そんな夜だったな。
あの月の無かった夜は。


「マスタングさん、お食事です。」
看護師の言葉で我に返った。
「ああ、ありがとうございます。」
にっこり微笑んだ私に頬を赤らめながら
「いつも美味しいお弁当が届いているのは知っていますが、ちょっとはこちらも食べて下さいね。」
笑いながら去って行く言葉に、知らず私も少し顔が熱くなっていた。
もう身体に挿れるものは食糧でさえもエドワードのものがいいと思っているのを見透かされた気がして。


これでいい。
これでいいんだ。
これで…エドワードは私の下に居てくれ続けるだろう。

昨夜確かめ合った躰の痛みすら、安堵を後押しするだけだ。
これでいい。

後はエドワードに『私から生涯離れない』という確約さえ貰えれば完璧だ。
それについてはいささかの自信がある。
昨夜『一番大切なこと』を聞かれたのだから。

さて、昼食を持って来てくれるだろうエドワードを待つことにしよう。
少しは寂しげにしていた方が効果的だろうか。
それとも昨晩の悦びの余韻を残した態度の方がいいだろうか。

ああ、楽しみだ。
今日また君に逢えることが。

愛しているよ。
君だけを。
愛しているんだ。
私の
私だけの
愛おしいエドワード。





すみません。久しぶりに書いたら、時系列を考えると『澱』と矛盾するところがありました。
しかも『遊 脇道』本体とも矛盾が。
今日出来るだけは直しましたが、他はいつも通り放置プレーしちゃいます。



clear
















 
> 【遊 シリーズ】 > 「遊 脇道」(エドロイVer.) > 「射」(「遊 脇道」番外編)
「射」(「遊 脇道」番外編)
17.1.19up
「PREPARATION AND SIGHTING TIME … START!」
「ああ、間に合ったようだな。」
男が言う。
ここはセントラルのライフル射撃場だ。
かつては国際大会にも使われたという。
今日はハボックさんが全国大会に出るということで応援に来た。
エアライフルという空気を圧縮して弾を撃つ銃だそうだ。
その他にも火薬を使うライフル銃の大会にも出ているらしい。

「今何やってんだ?」
「試射…試合前の試し撃ちだ。」
射座というらしい、見学者たちと簡単な柵で隔てられた的前でハボックさんが立ってライフルを構えている。
と思ったら降ろした。
どうやら一発撃ったらしい。
「?
 あんま音しないんだな。」
「そうだな。エアライフルは火薬を使うわけではないから、あまり音はしないな。」
確かに他の競技者からも聞こえてくるのは『ぱすん』とか『ぽし』程度の音だ。
オレ、銃って『バン!』とか鳴るのかと思ってた。

「MATCH FIRING … START!」
「ああ、本射が始まるぞ。」
どうやら試合が始まるらしい。
ちょっとわくわくして眺めていた。
この大会で優勝すると、世界大会へ出ると聞いている。

「…なぁ。」
試合が始まって20分ほど経っただろうか。
「うん?」
「これ、地味な競技だな。」
ひたすらじっと立ってライフルを構え、『ぱすん』と撃ち、一度降ろしてまた構える。
その繰り返し。
大した動きも無い。
ただこの射場は電的という、的のどこに弾が当たったのかが解るようになっている。
同時に撃った点数と今何位にいるのかが表示されるので、それを見られる。
しかし正直、面白くはない。
つか、つまんねぇ。
「まぁ…そうだな。」
見学席に用意された椅子から立ち、オレを射場の外へ誘う。
男も飽きたようだ。

「こういうのってホークアイさんも得意そうだけど、出てないのか?」
射場では競技者の邪魔になるかと小声で話していたので、ちょっと解放された気分だ。
男はのびをしている。
オレも知らず緊張していたらしい身体をほぐした。
「…彼女は他の選手とは比べものにならないので無理矢理『殿堂入り』させられたそうだ。」
「へ? 強過ぎるから?」
「ああ。競技者としては出入禁止だと聞いている。」
「国際大会に行って勝てるんなら、アメストリスとしてもいいんじゃないのか?」
「それがな…。国際大会で40発全て10.9という最高点を出してしまって、国際大会を出入禁止になったんだ。」
一発あたり10.9というのが最高点なんだそうだ。
それを40発全部か…。
やっぱ半端ねぇな。中尉。

「誰も追いつけない最高記録を1回で出されてはな。」
確かに。
その後の大会に意味が見い出せなくなる選手も多かっただろう。
「んじゃ、ホークアイさんはここに来てないのか?」
残念だな。会いたかった。
「いや、今射場長をしているはずだ。」
「へ? ここってホークアイさんの射場なのか?」
射場長って、なに?
「射場の持ち主が射場長では無いよ。
 試合毎に持ち回りの審判というか、責任者だな。
 彼女が射場長をした試合は高得点が出るということで、よく呼ばれている。」
『まるで銃で脅されているように』の伝説は、ここにもあったのか。
うん。なんか怖いけど、納得だ。

「そろそろファイナルの時間か。
 今度はもう少し動きが有って楽しめるから行こう。」
あの後射場に戻ることも無く、早めの昼食を終えた時に男が言った。
流石に全国大会だけあって(地味で注目されない競技でも)その世界では結構なお祭り騒ぎらしく、出店がいくつも出ていた。
ほとんどはライフルの店で銃や部品を売っていたが、飲食の出店も少なくない。
オレと男が選んだのは、目の前に用意された焼き釜(どうやってここに?)で焼き上げるピザと、ドデカいバンズにこれまたドデカいハンバーグと野菜を挟んだハンバーガーだ。
あと、スープ。
男はポタージュやチャウダーが好きなので、オレが走って探した。
こんな出店のモンじゃ正直ウマくはないだろうが、そのスープを一口飲んで
「旨いな。ありがとう。
 エドワード。」
と笑った男はとても艶やかで美しくて、今夜は寝かさねぇぞと思ったのはナイショだ。

「ファイナル?」
なんだ? それ。
「本射の1位から8位までの選手が、最終的な勝者を選ぶために競うんだ。
 ここは電的だから、即時に順位が解って中々面白いぞ。」
さっき聞いたが、電的でない射場では紙の的に弾を撃つんだそうだ。
それだと本人にも(勿論見ている人間にも)、今自分の点数がどれだけで何位にいるのかも解らないらしい。
電的のこの射場でもつまんねぇと思ってたのに、紙的だとつまらなさは最大だな。
…見る価値あんのか?
この競技。
それが国際大会でも注目されない要因らしい。

それでも電的の順位が即座に解るファイナルは結構面白かった。
勿論ハボックさんが最初から最後まで良い点数を出していて、負けることは無かったけど他の選手が追い上げて来たところは盛り上がって、お互いの選手の応援団が(それで良いのか?と思うくらい)大声で応援した。


本当にお祭り騒ぎだな。
声を上げて応援する、笑う、この場所。
誰も傷つけない。
誰も傷つかない。
あの頃とは違う。
テロでも無い。
男が誰を焔で殺す必要も無い。
ただただ、的に当たる弾の点数を喜び落胆する『競技』。
そう、『競技』。
あの頃のオレ達にしたらお遊びだ。
あの頃のオレ達が切望した、こんな『お遊び』。

こんな風に男が、何にも縛られずに笑ってくれていたら。
あの頃、オレはそんなことを願っていたように思う。
それを
今日見られた。
嬉しい。
男も…『嬉しい』と思ってくれただろうか?
どうしても
自分の罪に
囚われてしまいがちな、
この男が。

なぁ、
もっと
あんたがもっと楽しいと思えるような
あんたがもっと美しいと思えるような
そんな時間を
オレは
もっと
あんたに
…あんたに。

いいや
うん。
明日も
オレは
あんたを愛してる。

それだけで


いい。





すみません。正直『射場長』のホークアイを書きたくて、これを書きました。しかしホークアイ、出てきて無いし。
 
> 【その他 ロイ受】
【その他 ロイ受】
 
> 【その他 ロイ受】 > 「戯」 (ブラロイ)
「戯」 (ブラロイ)
09.1.7up
(ロイにホムンクルスと知られ、別れを告げるブラッドレイ)
ホムンクルスである自分の正体をロイに知られたと悟ったブラッドレイ。

隻眼が哀しげにロイを見詰めていた。
「今まで騙していてすまなかった。
 …いつでも化け物を倒すのは人間だ。
 君は常に人間であれ。私を倒すために。
 私も君と全力で闘おう。
 今日から私と君は改めて敵同士となるのだ。
 …さらばだ。焔の錬金術師よ。」
別れを告げ、背を向けるブラッドレイに
「…ふざけないで下さい。
 そんな戯れを…。」
絞り出すような声が聞こえた。

「マスタングくん?」
振り返るブラッドレイをきっ、と睨み
「閣下がホムンクルスだということなど、私は疾うに知っておりました。」
「な…!」
驚くブラッドレイに言葉を続ける。
「それでも…私は閣下を愛しています。
 閣下は…閣下を敵だと…あなたを倒すと思い定め…。
 それでも尚、あなたを愛すると心に決めた
 私の覚悟というものを全く解っていらっしゃらない!」

思わずロイの腕を掴んだブラッドレイからその顔を背け、涙を堪えて想いを伝える。
「閣下は…いつもそうやって私を…私の想いを侮られてばかりだ…。」
「…。」
「私がどれだけ閣下を想っているのか…全然知ろうともなさらない…。
 こんなにも…あなたを愛してしまっているというのに。」
「そんなことはない。
 私も君を誰よりも愛している。
 だからこそ、こうして君の為に別れを…」
「それがどうして私の為になるのです!
 いつだってあなたは勝手だ!」
激昂するロイが益々愛おしい。
だからこそ手放さなければいけないのだと、自分を抑えて告げたというのに。

「閣下が私の想いを考えて下さったことなど有りはしない!
 バレンタインとホワイトデーの時だって、食べきれないほどのチョコレートを贈り付けてきて!」
「へ?」
世にも間抜けな声をあげるアメストリス国軍最高司令官キング・ブラッドレイ大総統閣下。
「あのキロよりもトンで数えた方が早そうな山盛りのチョコレートを
 『全部食べてくれなきゃ愛が無い。』などとヌかした上に、
 無理矢理食べて見せれば、今度は出来てしまったニキビに
 『君の白い肌に吹き出物など似合わない。』と文句をおっしゃったじゃありませんか!」

(そういえばそんなこともあったような…。
 うむ。あったあった。
 全部食べてくれたのは嬉しかったが、本当にニキビは興ざめだったのだよ。
 マスタングくん。)
しばし回想するブラッドレイ。

「そもそもバレンタインとホワイトデー、両方プレゼントってどういうことですか?
 普通はどちらかで、片方がお返しをするものでしょう?
 どれだけ私がウェイトコントロールと胃もたれに苦しんだと思っていらっしゃるのです!?」
「そ…それは…すまなかった。
 しかし君だって両方プレゼントをくれただろう?」
「ぅ…。」
言葉を詰まらせ、少し頬を赤らめて俯くロイが本当に可愛いとブラッドレイは今更ながら思う。

「バレンタインの時はごつごつとした石のような塊だったが、ホワイトデーの時は見事なトリュフになっていたな。
 あれは君の手作りだったのだろう?
 随分上達したね。」
「…。」
黙ってしまったロイはきっと照れているのだろう。
よし、もう一押しだ。
「ホワイトデーのは味も本当に美味しかったよ。ありがとう。」
「…は…」
「うん?」
にやにや笑う顔はスケベオヤジにしか見えない。
「あれ…は…」
「なんだね?」
「ホワイトデーのは出来があまりに酷かったので、買ってきたんです!」
「おや?そうだったのか。」
(それでも別に構わないのだが。
 というより、バレンタインのも相当出来は酷かったぞ?
 ホムンクルスでなければ、食べて無事でなかったかも知れないと実は思っていたのだ。
 アレ以下か。
 それは凄いが、食品を元にあれほど威力のあるブツを作れるのはある意味もっと凄い。
 さすがは人間兵器。)
変なところで感心してしまうブラッドレイであった。
 ↑ 人間扱いしてないじゃん。

「やっぱり閣下は私の手作りより、既製品の方が良いんだ。
 私なんかよりーー!!」
うわーん!と泣きながら走り去るロイ。
「マ…マスタングくーーーん!」
はっ、として必死に追いかけるブラッドレイ。


「まぁたやってるよ。あの2人。」
「平和だよねぇ。」
司令部に訪れたエドとアル。
報告書を提出すべき上官がしばらく帰ってこないことを悟り、溜め息を付くと資料室へ向かった。
彼らの耳には
『閣下のばかーーー!!』
『私が悪かったーー!』
『もぉ赦しませんーー!』
『そんなぁーー!マスタングくーーーん!!』
という声がドップラー効果を伴って届いていた。

いや、兄弟よ。
平和じゃないぞ?
これでも国を揺るがす二大勢力の諍いなんだからな?



         ちゃんちゃん♪




そんなお話も可愛いなぁと。
って、こんなとこで『ヘルシング』の名言を使う自分ってどうよ?



clear
 
> 【その他 ロイ受】 > 「蓮」 (キンロイ)
「蓮」 (キンロイ)
09.1.7up
(イシュヴァールにて。意外にほのぼのかと…。)
【注意】
これは「キンロイ」です!




「国を…国民を護って幸福にするために軍に入ったのに。
 なぜ罪もない人々の殺戮をしているのだろう。」
無理矢理にテントに入り込んだというのに、めずらしく焔の錬金術師は紅蓮の錬金術師を拒むことなく迎え入れ、その言葉を吐いた。
「軍人だからですよ。
 軍人の職業は戦争屋です。
 ただそれだけのことでしょう?」
いつものように飄々とした表情と声色でゾルフは言う。
「こんなことをするために軍に入ったのではないのに。」
黒髪の焔の錬金術師は頭を抱えている。

そんな彼にゾルフは再び口を開く。
「では何のために?
 この国は争いにまみれている。
 外国からも内国からも。
 国を、国民を守りたいのなら戦うことが必要です。
 人を殺めることがね。」
自分にとってそんな理由はいらない。
ゾルフは思う。
自分は人間を爆弾に変える錬成をするのが何よりの快感だ。
しかし、そのことをこの美しい青年が理解することはない。
それは解っているし、その事こそがゾルフの悦びでもある。

「それに疑問を抱くことはないのか?」
白皙の青年が、めずらしく弱気な問いを吐く。
ああ。いつも傍らにいるスクエア・グラスの青年がこの所、離れた地域の粛清に奔走しているからだろうか。
この触れなば落ちんという風情は。
「私はありませんよ。
 なにより人を爆弾に変える快感がありますんでね。」
「理解できない。」
「理解する必要はありませんよ。
 あなたは。」
「苦しいと思うことはないのか?」
「人を殺すことにですか?
 いいえ。全く。」
「…。」
「羨ましいですか?」
「羨ましくなんか…!」
「そうでしょう。あなたが私を羨む必要なんて無い。
 そう、あなたは解っていればいいんです。
 私のような快楽殺人者は、羨むべきものではないと。
 それがあなただ。」
「それでも…。」
「悩まなくなったらきっとあなたはあなたではなくなってしまう。
 だからそれでいいんですよ。」
にっこり、とでも言えるように笑うゾルフに、年若き焔の錬金術師は言う言葉がなかった。
羨ましくないと言えば嘘になるかも知れない。
けれど、彼のように人を殺すことに快感を見出すことも、それをする自分を肯定できないことも事実だった。

*******************************

どうしてこの紅蓮の錬金術師はいつも最後には私を肯定するのだろう。
それはまるで優しさのようで。
もしそう言えばこの不正直な男は笑って否定をするのだろうけれど。
楽しんで人殺しをするこの男が優しくなんて無いことは私も解っているのに。

*******************************

「ここは戦場です。
 有利に事を進めるためには、より大きな攻撃力を持つ者が生き残るべきなのは当たり前でしょう。
 ですからただの歩兵が私を守って死ぬのは当然のことです。」
「違う!
 人の生命に優劣なんて無い!」
激昂した焔に紅蓮は口の端に嗤いを浮かべる。
「それはその青い服を脱いでから言いなさい。
 そんな理想論は。」
「理想論ではなく、真理だ。」
「戦場でなければ、ね。真理でしょう。
 では、ここであなたも私も歩兵を守って死んだとしましょう。
 それで、この戦いはどうなるのでしょうね?
 早期の終結を見ずに泥沼化するだけではないのですかね?」
「それでも…。」
俯いてしまったこの青年は言葉を告げることが出来なくなったようだ。
仕方がない。
と、ゾルフは思う。
次は違うどの論理から攻めようか。と。
それが青年の精神を護りたいと思う気持ちから出ていることにはゾルフ自身も気付いていない。

「なぜあなたは人を殺すのですか?」
「…命令…だからだ。」
「そう。命令だから。
命令を遂行するためには生命に優劣をつけた方が効率がいい。」
「違う…!」
堂々巡りを繰り返す青年にゾルフは溜め息をついた。
「そう。
 私は間違っているんですよ。
 私が間違っているのだから、あなたが正しい。」
「…。」

「じゃあ、もっと見付けやすい間違いを私がしましょう。
 私とあなたは軍が任務を遂行するために必要な人間だ。
 だから優先的に生き残る権利がある。
 優先的に愛し合う権利もね。」
「なっ…!」
腕を拘束され、軍服の前を寛がされた青年が焦るが躰に力が入らず抵抗しきれない。
「ほら。私は間違っているでしょう?
 私を否定すればいい。
 ああ、だからといって私は自分を否定をしはしませんよ。」
そう言いながらゾルフは相変わらず躰に力の入らないロイをベッドに組み敷いた。
「放せ!なにをする!」
「ほら。ロクに食事も摂らず、眠ってもいないから力が出ないでしょう?」
「いやだ!やめろ!」
「ねえ、焔の。こんなことをする私は間違っているでしょう?
 ですから自分を肯定なさい。」
「っ…!」

この青年が眠っていないことは知っている。
理不尽な戦場において、これだけまともな精神を持ち続けようとすれば眠れるはずもない。
暴れるだけ暴れさせて犯してしまえば泣きながらそれでも眠る。


「やれやれ。手の掛かる理想家さんだ。」
散々に犯された後、頬に涙の跡を残したまま事切れるように眠る青年を見つめ、乱れた髪を直すとゾルフは彼のテントを後にした。

「お休みなさい。この一時でも。…安らかに。」
呟くような言葉を青年に落として。



              fin


って感じでキンロイっていいなと。



clear
 
> 【その他 ロイ受】 > 「痴」 (エドロイ)(単発)
「痴」 (エドロイ)(単発)
09.1.7up
(淫乱ロイの純情)
【注意書きです】
えと、いつものエドロイとは全く関係のない淫乱ロイの単発エドロイです。
(「遊」シリーズでもありません。)



  「痴」

「おかえり。鋼の。」
それは上官としてはまっとうな挨拶だと思う。
執務室に備えられた大佐専用の仮眠室のベッドの上でなければ。
「なあ。とりあえず報告書を読むのが先じゃねぇの?」
楽しそうに自分の服を脱がしている上官に聞く。
「何ヵ月君がここに帰って来なかったと思っているんだ?」
黒いアンダーシャツを首から引き抜いて、機械鎧と素肌の境目に舌を匍わせてくる。
「っ! そこはヤメロって言ってんだろ?
 だいたいオレがいようがいまいが、あんた相手には不自由してねぇだろうが。」
「『君が』帰ってくるのは久しぶりだろう。」
金髪金瞳の少年は、黒髪黒瞳の男の好きにさせながらも内心溜め息をつく。
(オレ以外にだって誰にでも抱かれるクセに。)

ロイ・マスタング。
アメストリス国軍大佐。
30歳。
彼は有名人だ。
『焔の錬金術師』として。
『イシュヴァールの英雄』として。
若くして『大佐』の地位に登り詰めた者として。
他の男性から嫉まれるほど女性に好かれる男として。
…そして、出世の為と自分の気に入った者にならば誰にでも抱かれる男として。

「今日はどんな体位がいいのかな?」
すでにエドワードのモノは屹立している。
大佐が散々躰中を舐め廻し、少年の欲望にもたっぷりと愛撫を施したから。
「あー。別にあんたの好きでいいよ。」
エドワードにはどうしてこの上官が自分に抱かれるのかが解らなかった。
別に出世の役に立つわけでもない。
こんな子供(ガキ)の躰に満足するとも思えない。
他に大佐を抱きたがるヤツらは山ほどいる。
事実エドワードが旅に出ている間に、大佐は他の不特定多数の男に抱かれているのだ。
それでも帰る度に大佐はエドワードに抱かれたがる。
エドワードも別に断る理由もないので乞われるまま相手をする。

最初は好奇心もあった。
実際その行為は快感を伴っていたし。
けれど最近はなんだか息苦しい気がする。
なぜなのかは解らない。
抱きたくない訳ではない。
けれど嬉しそうに抱かれて満足げな表情をする彼を見る度に、なんだかやるせない気分になるのだ。
自分だけにではなく、抱いた相手の誰にでもこの顔を見せているのだろうと思うと。

「では旅で疲れている君を労ることにしよう。」
大佐は形良い唇を一舐めすると、エドワードに跨りその熱を受け容れていく。
「ぅ…。」
エドワードはそのキツイ感覚に呻き声をあげた。
どれだけ男達を受け容れていても、大佐の躰は緩むことなく相手に快感を与える。
それが更に男達を惹き寄せるのだろう。
そしてそのことを大佐自身が充分自覚している。
自分の躰の魅力を。

「ぁ…はぁ…。」
根元までエドワードを咥え込み、満足げな溜め息をつく。
「今度の…旅はどうだったのかね…?」
ゆるゆると躰を上下させながらいつものように聞いてくる。
それは自分が快感に溺れないためなのか、エドワードを溺れさせないためなのか。
エドワードは後者だと思う。
自分が大佐を溺れさせることなど出来ないと知っているから。
こんな子供の自分が。
こうして関係のない話題で自分の気を逸らせて、簡単にはイかせないようにしているんだろう。
大佐が快楽を長く得るために。
そう…思っている。

(もっと満足したきゃ、大人の男に抱かれりゃいいんだよ。
 オレなんかじゃなくてさ。
 …たまには違う感覚が欲しいってか?
 オレに抱かれるなんてその程度のことだろ。)
それでも少しでも感じさせたいと自分も気を逸らしているということには気付かない。

まるで執務室で交わされるような報告と確認。
言葉と言葉の間にはベッドの軋む音が鳴り続けていたが。
そろそろ限界に近づいてきたエドワードがきつく瞳を閉じる。
少しでも果てるのを遅らせようと。

その時、仮眠室のドアが少し開いたことに大佐は気付いた。
エドワードが来ることを知らずに呼んでおいたハボックだ。
エドワードが瞳を閉じていることを確認して、大佐は自分の唇に人差し指をあてる。
「あ・と・で。」
音に出さずに唇だけ動かして。
一つ頷いてハボックはそっとドアを閉めた。


「あら。もう終わったの?」
ホークアイ中尉が執務室から出てきたハボックに聞いた。
大佐が軍内の男達に抱かれることは黙認しているが、ヘタにその相手を増やして敵を作るような真似は困る。
大佐の取り合いも軍では問題になっているし、その事で政敵に脚を引っ張られても困るのだ。
従って、なるべくハボックを相手にするようにと『命令』を下しているのはホークアイ中尉だった。

「あー。本命が来てたんスよ。」
タバコを咥えてぼりぼりと頭をかく。
「本命?」
「そ。大将。」
くい、とアゴで執務室を指す。
中尉はしばらく席を外していたためエドワードが来たことを知らなかった。
「あら。そうだったの。
 …本命って、エドワード君が?」
子供にまで手を出すのかあの腐れ外道が!
と思いかけたのだが、ハボックの言葉に意外そうな顔をする。

「…知らなかったんスか?」
ハボックにはその方が意外だった。
中尉は大佐のことならなんでも知っていると思っていたから。
「エドワード君を大切にしているのは知っていたけど。
 彼に抱かれていることも知らなかったわ。」
そういえばいつも大将が来るときは中尉に出掛けるよう指示を出していたな。
とハボックは気付く。
「それほど本気ってことですかね。」
ホークアイ中尉ならすぐに気付いてしまうから。
大佐の隠そうとする本当に大切で、唯一の存在に。

「そんなに大切な人間がいるのなら、少し控えればいいのよ。」
溜め息をついて中尉が言う。
「もう充分自分が上に立っているんですもの。
 これ以上躰を提供したから出世をするというものでもないのに。」
最早下士官ではないのだ。
実力で充分のし上がって行かれる。
実際、今大佐が抱かれているのはほとんどが出世とは関係のない相手ばかりだった。

「気付かれたくないんスよ。
 …大将に。」
窓際でタバコに火を付けて煙を吐く。
「エドワード君に?
 彼を愛していると言うことを?」
口にしてから自分の問いの答えが解った。
「そう…かも知れないわね。
 エドワード君にはしなければならないことがあるものね。
 負担に…思われたくないんでしょう。」

決して純情ではない行動にまみれた上官の純情。

「オレが相手んときなんてホントえげつないプレイをしたがるのに、大将には妙にノーマルだし…。」
「そういう感想は要らないわ。」

上官思いの部下二人の心には
ほほえましいのだかバカなんだかという空しい問いが舞っていた。


        fine



単発なのですが、「羞」に続いちゃったりします。
しかし、基本はエドロイですがヤってるのはハボロイです。
それでもよろしければどうぞ〜。



いきなり淫乱マスタングが書きたくなったんです。
それでもヘタレてしまうのは私が悪いんですねトホホ
…もっと淫乱でどしょーーーもないマスタンが書きたいッ!!
いや、どしょーもないのはうちのマスタンか…。




clear
 
> 【その他 ロイ受】 > 「羞」 (エドロイ前提ハボロイ)(「痴」シリーズ?)
「羞」 (エドロイ前提ハボロイ)(「痴」シリーズ?)
09.1.7up
(「痴」の続編。エドを愛しているロイだが、ハボに…。いや、ハボは被害者なのですが。)
【注意です】
基本はエドロイなのですが、ヤってるのはハボロイです。
ハボロイがお嫌な方はお読みにならないで下さい。

「痴」の続きです。
 

    「羞」


「羞恥プレイというものがしてみたい。」
「無理っス。」
上官の言葉に即答したのは金髪の大男。
「何故だね?
 自信が無いのか?」
ムッとしながらも挑発してくる上官に
「オレじゃなくてあんたが無理だって言ってんスよ。
 あんた羞恥心に欠けてるでしょーが。」
「失礼な。私はプライドの高い人間だぞ。」
「あー、はいはい。
 他のことではね。
 しかしコト、セックスに関しちゃあ、あんた羞恥心のカケラもないでしょう。」
「むぅ。」
身に覚えが有りすぎる上官は押し黙った。

(全くどこでナニを聞いてきたんだか。)
仕事に飽きたからセックスの相手としろ、と執務室に呼ばれた金髪碧眼の部下、ハボック少尉は溜め息をついた。
(そもそもこの人、羞恥プレイの意味が解ってるのかどうかも怪しいモンだ。)


目の前でふんぞり返っている黒髪黒瞳の上官、ロイ・マスタング国軍大佐殿は奔放なセックスをすることで有名だ。
特に、気に入った相手には誰にでも抱かれることで知られている。
それ故様々な経験が有りそうなモノだが、実は結構そうでもないのだった。
もちろん淫具や媚薬の類の経験は多い。
拘束されることもよくある。
しかしそれはどれも本人が望むからでしかない。

意外にも大佐は軍内部で愛されていて、彼の望まないセックスプレイを無理矢理に強いる男どもはほとんどいない。
そもそも大佐に気に入られて抱くことが出来るというのは、男としてかなりのスティタスだ。
そこでわざわざ彼を怒らせるバカもいない訳で。
若い頃、主に出世のために上官達に抱かれていた頃は違ったのかも知れないが、当時の相手(ほとんどが今は将軍職だ。)の多くともまだ切れていないところを見ると、やはりそう酷い目にはあまり遭わされたことがないようだ。
なにしろ無類の甘え上手な男である。
意識しても無意識でも。
結果、とことん甘やかされて自分のしたいセックスを好きなだけしてきたのだが、その自覚が本人にはない。


ハボックは、軍内に無用な争いごと(大佐の取り合いだ。)を今以上起こさない為、また愛されていると言っても野心が有り、若くして大佐の地位にいる男には彼を陥れようとする政敵も存在しているので、抱かれる相手をあまり増やさない為にセックスの相手を務めるようホークアイ中尉に命令されている。
無論ハボックも命令とはいえ、厭々抱いているわけではない。
大佐が本当に愛している人間が誰かを知っているから、命令で抱いているという姿勢を崩さないだけで以前からハボックは彼を大切に想っていた。
上官、部下という関係を超えて。

中尉の命令と知っていてもハボックを呼ぶところを見ると、大佐もハボックには満足しているようだ。
他の男に抱かれるよりはずっと回数が多いという程度だが。

(自分が望まないセックスなんて知らないクセに。)
あの金髪金瞳の少年ですら、彼が帰った後の上官の機嫌の良さを見ると随分濃やかに抱いてやっているようだ。
侠気に溢れる優しい少年は、セックスとは相手を大切に扱い快感を与える行為だと認識しているのだろう。
自分が大佐に唯一愛されているのだと知らなくとも。
(そのヘンが大将のいいトコだよな。おっとこ前だぜ。)
敵うわけもないライバルながらも賞賛は惜しまない。

(にしても自分の意に染まないセックスを知らな過ぎるのも確かに問題だな。
 これを機会に少し懲りて貰うとするか。)
執務室に来る前に中尉と交わした会話を思い出して策を練る。

「何を黙っているんだ?ハボック。」
放っておかれて焦れたのか、上官が上目遣いに拗ねた声を出す。
(んっとーに甘え上手だよな。)
思わず苦笑してしまう。
「何を笑っている!」
口を尖らせて睨んでくる様子すら男を煽る。
「大佐のお気に召すよう考えてたんスよ。」
「なにをだ?」
「羞恥プレイ。したいんでしょ?」
にっこりと笑ってその躰に手を匍わすと機嫌が直ったようだ。
「無理なんじゃなかったのか?」
(やっぱ意味解ってねえな。この人。)
嬉しそうに笑う上官を見て思うが、今回はせいぜい堪能してもらうことにする。

「今日は無理ですから、明日。
 色々と用意もありますんでね。」
「用意がいるようなものなのか?」
子供が遊びの話をしているようだ。
「ええ。羞恥心に全く欠けたアナタを満足させるためにはしっかり用意をする必要があるんです。
 明日は午後、軍議があるんでしたよね?」
確か開始はヒトマルサンマルだったはず。
「ああ。その予定だ。」
「何時頃終わりますかね?」
んー。と少し考えて
「だいたいいつも3時か4時の間くらいだな。」
「了解っス。じゃあ明日朝イチで呼んで下さいよ。
 用意をしますから。」
「解った。」
楽しみだというように頷く姿は本当に子供のようだ。
「じゃあ今はどうしましょうか?」
(こうやって希望を聞いちまうのがいけないんだよな。)
とは解っていてもつい甘やかしてしまうのだった。


翌朝、約束通りに大佐がハボックを執務室へ呼んだ。
「で、どうするんだ?」
(ホント、子供の遊びと大佐のセックスは同義だな。)
「あ、最初に約束して下さい。」
「? 何をだ?」
「プレイが終わった後に、大佐が思っていたのと違っていたとしてもオレに文句を言わないこと。
 オレを燃やそうとしないこと。
 いいですか?
 約束できますか?」
「ああ。解った。約束しよう。」
うきうきとも見える顔で約束をする。
「絶対ですよ?
 はい。じゃ、失礼します。」

大佐は気に入って一度抱かれた相手にならば、セックスの時に何をされるのか解らなくとも一切訝しんだりしない。
それも中尉とハボックの心配事の一つだ。
今まではそれで済んできたかも知れないが、これからどんな目に遭うか解らない。
普段隙のない性格だけに、そこに付け込まれるのが困る。
最大の弱点といえよう。
だからこそ、ハボックだけを相手にして欲しいと中尉は進言し続けているのだ。
(勿論中尉もエドワードは別扱いだ。)

「これは?」
「これから一日、勃起したんじゃ仕事にならないでしょう?」
萎えたままの大佐のモノの根元をヒモで縛る。
「一日?」
すぐにでも『羞恥プレイ』をするモノだと思っていたらしい。
一体仕事を何だと思っているのか。
「ええ。プレイは軍議の後です。今はその用意。
 さ、机に手をついて。」
手際よく処理をして躰の中に親指大のバイブレーターを仕込む。
「ハボック?」
振動を最弱にしてリモコンを内腿に縛り付ける。
「はい。これでいいっスよ。
 お仕事頑張って下さいね。」
服を直し、ぽんと肩を叩いて座らせた。

「このままで?」
少し上気した顔で聞いてくる。
「ええ。別に初めてじゃないスよね?」
淫具を躰内に入れて一日過ごすことも別にめずらしいコトではない。
そうめったにすることでもないが。
「あ…ああ。解った。」
実はよく解らないままにもハボックの言葉に頷く。
(ほんっとセックスに関しちゃ無防備な人だよな。
 困ったモンだ。
 これで懲りてくれればいいが。)
無論大佐だって本当にこんな全幅の信頼を置いて無防備になるのは、ハボックとエドワードにだけなのだが、それにしても快楽に弱いのは事実である。
少し懲りた方がいいと思う。←誰の意見やねん。

それでも軍議を終えるまで周りに全く気付かれずに、平素と同じ態度で過ごしたのはさすが大佐だ。
妙なところでハボックは感心した。
もう一度中尉と最終確認をして大佐の待つ執務室へと向かう。
「終わったぞ!」
(だから遊びの約束をしてた子供ですか!?)
それでも思惑のあるハボックは逆らわない。
「はいはい。お疲れ様でした。
 さて、始めますか。」
「ここでか?」
大抵は仮眠室でイタすのでそのつもりだったらしい。
「ええ。今日はここで。」
執務机の椅子に座った大佐にキスをする。

始めはいつもの通り、キスをしながら軍服とシャツのボタンを外して耳から首筋に唇を滑らせていく。
「ちゃんと外さなかったでしょうね?」
そんなことをするハズがないと解っていながらも確認をする。
主導権がこちらにあるのだと解らせるために。
「ああ…。そのままだ。」
元々感度のいい躰が、一日焦らされたせいでいつもよりも早くハボックの指や唇に反応を示し、すぐに登り詰めそうになる。

軍靴と靴下を脱がせてその指を咥えた。
大佐の好きな愛撫の一つだ。
風呂に入った後に限るが。
逆に仕事の後にこれをするのは厭がる。
「ハボック!やめろ!汚いから!」
引こうとする脚をしっかり握る。
力で敵う訳がない。
「今日は『羞恥プレイ』ですから。
 大佐の意見は聞きませんよ。」
構わず指の間に舌を匍わしていく。
「…そ…ういう…ものなのか?」
「ええ。そうです。」
(やっぱり解ってないんだな。)
「でも汚いぞ?」
「オレの好きなようにするんですから、大佐は黙ってて下さい。」
好きな人の躰に汚いところなんて無い。
そんな青春じみたことを口にする気はないが、そう思うのも事実だった。

相手の好きにされるのが『羞恥プレイ』というものなのかと、漠然と理解した気になっていた大佐は、それでも慣れたハボックの愛撫に躰が蕩けていくのを感じた。
「ああ、忘れてました。腕を後ろに廻して下さい。」
ワイシャツを残して上着は脱がされている。
疑問も持たずに後ろに廻された両手首をハボックはまとめて縛った。
セックスの時に拘束されるのには慣れているので、なんの抵抗も示さない。
そんな無防備な様子にハボックは改めて内心溜め息をついた。

大佐の好きなところを狙って舌を匍わせて行く。
その度にびくびくと痙攣をおこして声をあげる。
座っていた躰を引き上げ、上半身をうつ伏せに机に倒す。
スボンを脱がせて腿に縛り付けたリモコンを最強にすると躰が跳ねた。
「ああ…っ!」
一日刺激を受け続けた内部はもう疼いて限界に近い。
しかし根元を縛られた自身は勃起することも赦されていない。

「ハボック…なんとか…しろ…。」
振り返って命令するその悩ましい顔は十二分にハボックを煽ったが、ここで負ける訳にはいかない。
「オレの好きにするって言ったでしょう?
 大佐は命令が出来ないんです。
 『羞恥プレイ』ってそういうもんスよ?」
「ぅ…。」
そういうものなのかと納得したようだ。
「でも…ハボック…もう…。」
「もう?なんです?」
「これ…外してくれ…。」
「どっちです?」
「両方…。」
「ダメです。」
無情な声を出す。

そのまま黙って、どこにも触れもしないハボックにどうしたらいいのか解らず
「ハボック…。」
振り返って呼んでも動かないことに心底困っている。
躰も困っているのだが、手を縛られていては自分で外すことも出来ない。
ただひくひくと痙攣する躰を見つめられて途方に暮れていた。

「ハボック…もう『羞恥プレイ』はやめる…。」
ぽそり、と言葉が零れた。
(とことん解ってない!)
なんだかがっくり来たハボックはコトを進めることにした。
「仕方がありませんね。後ろだけ外してあげましょう。」
コードを少し引くと本体がイイトコロに当たったのか、大きく身体が跳ねた。
その場で止めてまたしばらく眺める。
「や!ハボック!もう抜け!」
「命令は出来ないって言ってるでしょう?
 何度言ったら解るんですか?」
殊更冷たい声で言うが、大佐はそろそろ理性が飛びかかっているようだ。
「もう…ハボック…も…いやだ…。」
もう一度コードをわずかに引くと、極端に快楽に弱い躰はあっさり理性を手放した。

上半身をおこして崩れるように床に座るとハボックの股間に唇を寄せてくる。
歯でファスナーを降ろし、開いた空間に舌を差し込んでハボックのモノを下着の上から突つく。
手を使えないもどかしさからか、鼻先までハボックのズボンに入れて顔全体を擦り付けている。
「そんなに欲しいんですか?」
ようやく聞けた声に顔を見上げて頷いた。
「欲しい…。」
快感に震え、泣きそうになりながらのおねだりにハボックは絆された。
頃合いもいい。

もう一度机にうつ伏せにさせると一気にバイブを引き抜いた。
「ああっ!」
いつもならこの刺激だけでイっているだろう。
とにかく感じやすい躰なのだ。
「こんなにトロトロになって。」
「早く。ハボック…。」
猥らに腰を揺らして強請ってくる。
どこまでも羞恥心に欠ける男を言葉で煽るのは不可能のようだ。
一気に根元まで貫いて突き上げると、高い悲鳴をあげて快感に背を大きく反らす。
2、3度確かめるように突き上げてから腰を引いて椅子に座り、その上に繋がったまま座らせる。
「ぃぁぁあ!」
自重で更に奥まで突き上げられ、高い悲鳴があがった。

腰を押さえて下から突き上げるのを繰り返していると
「もう…外してくれ…。」
止め処なく雫を垂らす自身を縛られているのが我慢できなくなっているようだ。
「ここですか?」
ワザと指先で弄ぶ
「ああっ!ん…ゃ…も…ハボック!」
その間も突き上げるのを止めない。

「もう…!」
大佐が叫ぶのと
「ちぃーす!」
ノックもせず元気にエドワードが入ってきたのは同時だった。

「な…?」
一瞬、快感も忘れて唖然とする大佐の口に素早くハボックが自分の指を二本咥えさせた。
口を聞けないように。
「え…?」
エドワードも目の前の光景に呆気にとられている。
「よお。大将。
 悪いけど、コレ終わるまでそこで見ててくれ。
 終わったら報告書を見るからって、大佐の命令だ。」
しれっとエドワードに告げる。
「〜〜!!」
声にならない抗議を無視して大佐の耳元に
「大将に『出て行け』とか『見るな』って言ったら、これ、このままにしますからね。」
囁くと同時に大佐のモノをぴん、と指で弾く。
「っ!」
(これで抵抗はしないだろう。
 後は大将だよな。大丈夫か。)
ハボックにとってエドワードはかわいい弟のようなモノだ。
そっちの方が心配になる。

「あのさ…ナニしてんの?」
いや、『ナニ』してんだよ、という古典的オヤジギャグをカマす気にはならなかった。
「んー。悪ぃな。
 大佐がどーしても『羞恥プレイ』をしてみたいって言うからさ。」
(大将以外の人間の前でセックスするのは全く平気だからな。)
心情を押し隠して、にやりと笑って言うと
「はー。並々ならぬ羞恥心に欠けた大佐殿が。
 なるほどな。」
同じくにやりと笑ってエドワードがソファにドカッと腰を降ろす。
(お!大将、相変わらずおっとこ前だな。)
ハボックは感心したのだが、エドワードの心情は違った。
大佐は誰にでも抱かれるのだ。
自分に抱かれるのも単なる気まぐれでしかない。
ここで自分が不愉快だと思っても、それを表す権利が自分にはないと思い込んでいるのだ。
自分が愛されていることなど知らないから。

「て!」
いきなり大佐に指を噛まれて思わず口から引き出す。
「違!鋼…」
言い募ろうとする大佐のモノを咄嗟に強く握った。
「ぁあ!」
刺激に反り返った頭がハボックの肩に当たる。
その耳元にもう一度囁く。
「このままがいいんですか?
 それでもオレはいいんスよ?」
指で上下に扱くと更に頭が反り返り、白い喉を晒す。
ふるふると力無く頭を振って
「いやだ…。」
小さな声で言う。
「じゃあ続けましょうかね?」
「や!」
イヤも応もない。
また突き上げ始めれば艶めいた喘ぎ声をあげてしまう。

もともと愉楽を感じれば素直に声をあげてきた。
今まで大佐を抱いてきた男達がそれを喜んだから。
だから彼には声を抑えた経験もなければ、そういう発想すらもなかった。
しかし今はどうしてもそれが厭だった。
愛するエドワードに、違う男に抱かれて悦ぶ声を聞かれるのが。
「んっ!や…ああっ!」
それでもどうやって声を抑えればいいのか解らない。
その気持ちが手に取るようにハボックには解る。
声を抑えようとする度に大佐のモノを指で弄んで、更に高い声をあげさせた。

エドワードに見られていること、声が抑えられないこと、イヤだと言っても命令を聞かないハボック、耐えきれない快感と自分のモノを縛られている焦燥感、そもそもどうしてここにエドワードがいるのか。
こんなに自分の思い通りにならないセックスなどしたことがない。
おかしくなりそうな感覚に涙が零れる。
もう半ばパニックに陥っていた。
それを解っているハボックは更に追いつめる。

「さあ。『羞恥プレイ』を堪能して下さいよ。」
激しく突き上げては大佐のモノを指先でくちくちと嬲る。
「や…あっ!やめっ!」
涙を次々と零して頭を振る様子にエドワードが
「なあ。大佐、イヤがってんじゃねぇのか?
 大丈夫か?」
心配になって声を掛ける。
正直、こんなのを見せられるのは腹立たしいほど不愉快だ。
しかしそれと目の前の大佐に怒るというのとはちょっと違っていた。
やはりエドワードにとって大佐は大切な人だったから。
「ん?じゃあどうなのか見てろよ。」

エドワードの言葉が大佐の脳裏まで届く前にと、ハボックは縛っていたヒモを外した。
いきなり抑えられていた枷を外され、一気に気の狂いそうな快感が全身に走る。
「ひ…っ!ああっ!」
勃起しきったと同時に達した。
悲鳴をあげながらびくびくと痙攣する躰に更にハボックは楔を打ち込む。
これで満足しないことは解っている。
もう一度後ろからの刺激で達してようやく1ラウンド終わるのが大佐のセックスだ。
それはエドワードも知っていること。

ハボックの突き上げに合わせて自分でも腰を感じる処に当てるよう自然に動かしている。
「あっ!ぁ…や…厭だ…。」
そんな自分をエドワードに見られるのはどうしても厭だと、快楽に溺れながらも幽かに思う。
その言葉を発した途端、ハボックが動きを止めた。
登り詰め掛けていた躰を止められて、思わず振り返ってその顔を見てしまう。
「次に『イヤ』って言ったらもうやめますから。」
無情に言われた言葉にまた涙が溢れる。
見られるのは厭だ。
しかしこの快楽に弱い躰はここでやめられることには耐えられない。

「ハボ…」
「ほら。なんて言ったらいいのか、もう解ってるでしょう?」
再び突き上げられて快感に屈した。
「あ…ぃ…イイ!…ハボック…もっと…。」
「そうです。イイコだ。」
「もっと…っ!ハボック…!」
厭なのに、それでも快楽を求めて発する自分の言葉に更に追いつめられていく。
こんなことは初めてだった。
「ほら。脚をもっと開いて。」
言うなりハボックは机を蹴って椅子を背後に下げる。
脚を開いてハボックを受け容れているところがエドワードによく見えるように。
「やっ!」
咄嗟に上がった言葉に
「イヤ?そう言いました?」
動きを止めて囁く。
「厭じゃ…ない。…もっと…。」

快楽に弱い自分の躰を厭だと思ったことなど、かつて一度も無かった。
誰にでもそれを喜ばれていたし、自分も気持ちがよかったから。
しかし今初めて厭だと思った。
エドワードに見られたくないのに、彼の前で痴態を晒して尚それを止められない自分の躰が。

「あ!あっ!もう…!」
それでもハボックのモノを求めて快感を貪ってしまう。
「ぁああっ!」
一際高い声をあげてもう一度達した。
それはいつもよりもずっと強烈な快感で
(ああ、これが『羞恥プレイ』と言うモノなのか。)
びくびくと躰を痙攣させながら、微妙に間違った感想を抱く。


ハボックが大佐の躰を机に倒す。
うつ伏せでまだ痙攣している、息が荒いままの大佐にエドワードが歩み寄った。
「報告書、どうする?
 今すぐ読めるか?」
その感情の読めない表情と声が哀しい。
それでも彼に何か言い訳をすることはできない。
自分が愛していることを、するべきことを背負っている少年に伝える訳にはいかないから。
「もう少し…待ってくれたまえ。」
荒れた息の中で応える。

エドワードだけを愛しているのに。
こんな自分を見られてしまった。
それを断罪される権利もない。
涙が抑えられなかった。
ただ自己嫌悪に打ちのめされていた。

「大将、ちょっと待っててな。」
ハボックは大佐を抱き上げて仮眠室に隣接しているシャワー室に運び、エドワードのところに戻ってきた。
「悪いけど大佐にシャワーを浴びさせて後処理をするまでオレの仕事なんだわ。」
まだ引き渡しが出来ないことを告げる。
「仕事?」
エドワードは怪訝な顔をした。
「そ。オシゴト。
 オレは中尉の命令で、敵を増やさないよう大佐の相手をしてるんだ。
 正しくはこの後、中尉に報告するまでがオレの仕事。」
「え…?
 それって…オレも?」
どこまでも自分を卑下しようとする少年がハボックには哀れだった。
自分の想いを伝えられない大佐も。

「んー?大将は一度でも『上官命令だ』って言われて大佐を抱いたことがあったか?」
勝手に上官の想いを伝える訳にはいかない。
けれど余計な誤解をさせることもないだろう。
「いや…。ないけど。」
「じゃ、そりゃ大佐が大将に抱かれたいから抱かれてんだな。」
このくらいは伝えておいてもいいだろう。
「そう…なのか?」
「ああ。そうだろ?
 でな、すまないんだがこの後大佐はしばらく中尉に怒られる仕事が待ってるんだ。
 大将、待ってて貰えるか?」
「怒られる?」
「そうだ。今日のコレもあんまりセックスんときに無防備な大佐をなんとかしたいからでな。
 ようやく落ち込んだところだ。
 ガツッと中尉に怒って貰って、少しは身を慎んで貰えたらってことなんだわ。」
ようやく話が飲み込めたらしい。
「ああ。少しは身を慎んだ方がいいな。」
「だろ?」
にかっと笑うと同様ににかっと笑い返してくる。
ハボックは本当に自分はこの少年が好きなのだと、自分の愛する大佐を任せられる人間だと思った。


「で、自分がどれだけ無防備だったかが解りましたか?」
「ハイ。」
「自分が望まない性交渉に対する恐怖も解りましたか?」
「ハイ。」
「誰にでも身を任せるのがどれだけ危ないかも?」
「ハイ。」
「他の男性に抱かれる度に、エドワード君に見られるとしたらどうですか?」
「イヤデス。」
「では、これからはエドワード君とハボック少尉とだけ性交渉をすると誓えますか?」
「え…?将軍達とは?」
「出世の為でしたら目をつぶりましょう。
 それ以外の方とは一切止めて戴きます。
 宜しいですね!?」
「宜しいデス。」
「正しく!」
「…了解シマシタ。」

部下のハズの女性の前で床に正座をしながら俯いて問答をしている男を、ハボック少尉と笑いながら見ていた少年は少しだけ疑問を抱いた。

(なんでオレに見られたらイヤなんだ?)

それは幸せな疑問。
いつか解かれる、甘やかな疑問。


しかしその直後にエドワードにいつものようにセックスを迫り、呆れられた大佐の乱行がそれ以後治まったという噂はあまり聞かれない。



             fine


061121



しまった!
エドにアンアン言わされるロイが書きたかったのに、ハボに言わせちゃったYO!

いや、ロイが元気ならいいんですよ!
身も精神も元気なら!
お母さんはそんな気持ちです。
「脇道」で壊れたロイを書いてたらそう思えました。


clear
 
> 【その他 ロイ受】 > 「羞」 (エドロイ前提ハボロイ)(「痴」シリーズ?) >
 
> 【その他 ロイ受】 > 「紅」 (エドロイ)
「紅」 (エドロイ)
09.1.7up
(久しぶりに司令部に来た兄さん)
【注意書きです】
基本のエドロイとは異なる、単発ものです。



   「紅」


迂闊だった。
後からそうは解ったのだが、その時は気付くことも出来なかった。
今日は少年が私の乞うままに一時南方から帰ってきてくれていたから。
退屈な軍議もこの後少年に逢えるかと思うとわくわくする時間と化していた。

軍議が終わり、執務室へと廊下を曲がったところで後ろから挨拶の声を掛けられ、早足のまま振り向いて頷きを返していると突然衝撃を覚えた。
何事かと見ると、脚立に乗って廊下の電灯を変えていた女性下士官が上から降ってきた。

「うわ!」
「きゃあ!」
同時に叫ぶとともに、私は咄嗟にその下士官を抱き留めた。
彼女の顔が頬にぶつかり、胸元へ落ちる。
「申し訳ございません!」
「いや、大丈夫かね?」
「ああ!も…申し訳ございません!」
どうして言葉を重ねるのかが理解できなかったが、私はフェミニストだ。
例え最も愛するのが年若い少年であっても。

「いや、君に怪我はないか?」
にっこり笑って告げると
「あの…すみません。」
私の顔に手を伸ばして頬に触れてくる。
そういえば少しベタベタする気がしたが、気は少年へと急いていた。
「気にしないでくれたまえ。それでは失礼するよ。」
なにか言いかけた下士官を置いてまた執務室へと向かった。

「ああ、大佐。大将がお待ちです…へ?」
ハボックが間の抜けた顔をする。
いつでもヤツは間が抜けている。
気にもせず部下のいる部屋を抜けて執務室のドアを開けた。

「鋼の!」
先日の電話で既に私が少年を愛していること、彼に抱かれていることは周知の事実だ。
電話の後中尉にかなり怒られたが、知られてしまったことは仕方がないだろう。
もう私は何を隠す気もなかった。
(勿論親しい部下にしか告げておらず、彼らもそれを広めることなどしていない。)
人目を憚ることなく抱きしめてしまおうと近づいた。

「よお。大佐…って!」
愛おしい金色の瞳が大きく見開かれた。
照れているのか?
思うと同時にいきなり殴られた。
「は…鋼の?」
頬を押さえた私に
「この…エロ大佐ぁ!!」
叫んで彼は走り去ってしまった。
「鋼の…?」
ああ、私はこの部屋に来てからバカみたいに同じ言葉しか言ってないな。
そんな的はずれなことが頭に浮かんだ。

「エドワード君はどうしたのですか?」
中尉が執務室へと入ってきて私の顔を見た途端、彼女にしてはめずらしく驚いたのが見えた。
「いきなり殴られたのだが、どうしたのだろう?」
頬を押さえたまま副官に聞く。
「それは…大佐が悪いのでしょう。
 どうなさいました?
 そのルージュの跡は。」
「ルージュ?」
押さえた頬と反対の頬に中尉が触れてくる。
「べったりと付いてますよ。頬と胸元に。」
ぐい、と拭い取るようにして見せられた中尉の指先には確かに紅が付いていた。

「ああ。先程女性下士官が上から降ってきてな。
 その時付けられていたのか…。」
顔に伸ばされた手の意味がやっと解った。
「…誤解されたということか?」
「誤解とは思っていないでしょうね。」
冷たい声だ。
濡れ衣なのに。

宿まで帰ってしまった少年に電話を入れても、宿まで尋ねてもその日は逢って貰えなかった。
旅の途中にも関わらず、私の我が侭で帰ってきて貰ったのに。
それが申し訳なくて、でもそれすらも伝えられなくて。
誤解なんだとなんとか告げたかった。
私が愛しているのは君だけなのだと。
まさかそれを疑われるとは思っても見なかったが、今までの素行を鑑みられると言い訳は出来ない。

「鋼のぉ。」
ぽそりと呻くと
「落ち込む間があったら書類を片付けて下さい。」
いつもよりも温度を下げた副官の声が聞こえた。
最も信頼して背中を預けられる優秀な副官なのだが、どうも彼女は私よりも少年を大切にしているようだと思うのは被害妄想では無いはずだ。
あの兄弟に対しては、絶対に私には向けることのない優しい声と笑顔を向けている。
まあ、それくらい彼は魅力的だと言うことなのだが…などと悦に入っている場合ではない。

「中尉、この誤解をどう解いたらいいのだろうか?」
情けないことに私は少年に対してどうしたらいいのかの指針が常に自分に持てないのだ。
初めての恋情を持った相手だけに。
今まで数多くのご婦人と恋愛のようなことを楽しんでは来たが、本当に愛したのは少年が初めてだ。
これまでの遊技ではない、本当に相手を慈しむ関係。
それは精神震えるほどの悦びであったが、同時に戸惑いも産む。

「さあ。それは大佐ご自身が考えることでしょう。」
あくまで副官の声は冷たい。
「逢ってもらえないことには誤解の解きようもない…。」
途方に暮れてしまった。


「エドワード君が来てますよ。」
相変わらず退屈な軍議、今日に至っては少年のこともあり苦痛でしかなかった時間が終わったときに告げられた救いの言葉。
「鋼のが?」
「はい。執務室で待っています。」
執務室へ飛び込みたかったが、同時に二の足も踏んだ。
どうしていいのか解らなかったから。

しかし、誤解は解きたい。
私が愛しているのは彼だけなのだと言いたい。
意を決して扉を開いた先には、予想外に機嫌のいい少年がいた。
「よお。大佐。」
しかし彼の頬には明らかなルージュの跡が。
「やあ。鋼の。
 …その…頬の紅はどうしたのだね?」
少し眩暈がしたのはどうしてだろう?
「ん?ああ、さっきしつこい娘がいてさ。
 抱きつかれてキスされちゃったよ。」
あくまで彼は上機嫌だ。

「ほう。ご婦人に抱きつかれて、口づけを受けて君は機嫌がいいのか。」
あ、今青筋が浮かんでいるな。
血管が切れそうだ。
眩暈の原因はきっとそれだろう。
「ははっ!冗談だよ。
 これ、さっきブレダ少尉に付けて貰った…
 おい!泣いてんのか!?
 大佐!?」

女性に…彼を取られてしまうのか?
いや、それが健全な関係なのだ。
こんな一回り以上年上の同性との恋愛より。
私は彼の後見人だ。
彼の健全な育成に喜ばなくてはならない。

「大佐!?
 冗談だって!
 さっき、こないだの口紅の跡の理由を中尉から聞いてさ。」
少年が私を抱きしめてくれる。
ああ、ずっとこの温もりが欲しかったんだ。
もうそれを他の女性に手渡さなくてはならなくても。

「冗談?」
けれど私は彼の恋人だ。
どうしてそれを…受け容れなくては?
どうしようもない焦燥感。
「大佐…ごめんな。
 冗談だよ。
 オレはあんたしか好きじゃないよ?」
優しい顔。
慈しむような金色の瞳。
手放したくない。

「冗談?本当に?」
「ホントだって。誤解して悪かったよ。」
「本当に私を捨てないか?」
情けないが縋り付くことしか出来ない。
「オレはあんたが好きだって言ってんだろ?」
「本当に?」
「ホントだって。
 ああ、悪かったよ。
 そんなにあんたが傷つくと思わなかったんだ。
 ただの意趣返しのつもりだったのに。」

「本当にそれは…ブレダが?」
「はいぃ!? あんた、目が据わってるぞ?」
「ブレダ!!!」
執務室隣の部下の部屋へ走った。
「待て!待てよ!大佐!
 あんた誤解してないか!?」
「ブレダ!!!!」
「はいぃぃいい!!!」
直立不動でブレダが応える。

「貴様!鋼のの頬に口づけたのか!?」
「違います!直接口紅を塗っただけ…」
「燃やしてくれる!!!!」
「待てーーーーーー!!!!!!」


コトが収まったのは中尉がトリガーに指を掛けた銃口を躊躇うことなく私に向けた後だった。


      fine





バカ話。
嫉妬する大佐が書きたかっただけ〜。
「迷」の後のお話しです。
と言いつつ、「迷」は某数字SNSの閉鎖で無くしてしまったんですぅ…。
しくしく…。



clear
 
> 【単発 ロイエド】
【単発 ロイエド】
 
> 【単発 ロイエド】 > 「赦」 Act.1
「赦」 Act.1
09.1.7up
【注意書きです】
これはここのいつものお話とは全く関係のない、「鬼畜ロイエドSS」です。
エド受けのレイプものです。
そういった表現の苦手な方はお読みにならないで下さい。
苦情は一切受け付けておりませんので、ご理解の上どうぞ宜しくお願い致します。



   「赦」

少年が欲しい。
最早渇望と化したこの想いをどうしてくれよう。
少年に焦がれて焦がれて焦がれて。
しかしあの健全な少年が私を受け容れるはずもない。
(絶対的な絶望の予感。)

南方司令部に査定を受けに来たと聞いたとき、まだ上官と部下という関係が続くのだという安堵感があった。
しかしそれがいつまでも続くという保証などどこにあるのか。

身体を取り戻したら間違いなく少年は軍からワタシカラ去って行くのだ。
二度と手の届かない太陽の下に。
ワタシニハイクコトノユルサレナイトコロニ。
私を置いて。
私を忘れて。
そうだ。私のことなど忘れ去ってしまうのだろう。

そして私はまたこの闇に独り取り残されて、少年の心に残ることも出来ず。
少年に焦がれたまま。
金色の瞳を忘れられもせず。
あの瞳に映ることもなく。
ジシンノホノオニコガサレナガラヒトリクチルノダ。
そんなことは許せない。
私から去って。
私を忘れるなど。
ならば
二度と
忘れられないようにしてやろう。
テニイレラレナイノナラバコワシテシマエバイイ。
心に闇く焔がゆらめく。
ワタシヲコンナニクルシメテイルノダカラキミモスコシハクルシミタマヘヨ。

「ちぃーす!報告書!」
相変わらずノックもせず執務室に入ってきた少年が男の机に紙の束を置く。
「いつになったら上官に対する態度を覚えるのだね。」
こちらも相変わらずため息をついてそれを受け取る。
「覚える必要を感じないんでー。」
全く敬意というものを含まない声色。
それは男に『軍にずっといるつもりがない。』という意思表示と受け止められて。
心の焔がちりりと自らを焦がし、闇い決意を後押ししてしまう。

「報告書を読み終わるまで待ちたまえ。今飲む物を出そう。」
男はふと間を開け
「牛乳でも飲むかね?」
と皮肉な顔でソファに座った少年に言う。
「だぁぁああ!あんな牛から分泌された白濁色の汁なんぞ飲めるかーーーー!!」
激高した少年に男は上機嫌に笑いながら
「では国軍名物『まずい茶』を煎れてやろう。」
と部屋を後にした。
「ったく、嫌な野郎だ。」
少年がぶつぶつと文句を言う声を背中に受けながら。

しばらく後、少年が茶を全て飲み干した頃に報告書に対する質疑を始めた。
やがて少年の声が途切れ、意識を手放す。
「君が悪いのだよ。鋼の。」
少年を軽々と抱き上げ、家へと向かった。


気が付いたとき、少年は見知らぬベッドに横たえられていた。
「?」
まわりを見渡すと男が見つめている。
「あれ?オレなんで…。」
起きあがろうとするが、腕が動かない。
見ると両手が離され、それぞれがベッドの脚に縛り付けられていた。

「んな!?おい大佐!なんだよこれ!!」
「あぁ。君に手を打ち合わされると困るのでね。縛らせてもらった。」
こともなげに男は言う。
「いやなんで縛られてんのか聞いてるんだけど。っていうかほどけよ。これ。」
からかわれているのか判断のつかない少年が言うが男は意に介さない。
「目が覚めたのなら、始めさせて貰おうか。」
「始めるってなにを?」
近づいてくる男の昏い嗤いに悪寒が走った。

「おい…。なにをするつもりだ?」
「君に私を刻み付けるんだよ。」
歌うように微嗤みながら男が告げた。
「ちょ…ちょっと待った!大佐!あんたどうかしたのか!?」
少年の胸に恐怖が生じる。
一体なにをされるのか、少年には見当がつかなかった。

「悪いが左足も拘束させてもらったよ。君のこの脚に蹴られてはたまらんからね。」
少年からは見えないが確かに左足も動かすことが出来ない。
「大丈夫だ。後で脚は自由にしてやるから。」
少年の上にのし掛かりながら機嫌良く続ける。
「でないと出来んからな。」
「だからなにを…んっ!」
少年の唇に噛み付くように唇が重なる。
「んんっ!?」
なにが起こったのかが理解できない。

その間にも男の舌が口腔に差し込まれ、上あごを辿り舌を絡められる。
存分に口腔を犯した男の舌が去ったときには少年は酸欠状態だった。
「な…。」
肩で息をしながら抗議をしようとした時、男が少年の耳殻に舌を匍わせてそのまま耳穴に押し込んだ。
「ぅっ!」
今まで感じたことのない音と感覚。
それは更に少年に恐怖を与えた。

「…ぁにすんだよ!やめろ!!」
しかし押し返す手段がなかった。
「やめるわけが無いだろう。」
氷のような嗤いを浮かべて男が少年を見下ろす。
「な…に…するつもりなんだよ…?」
「言ったろう?君に私を刻みつけるんだよ。」
「だからどういうことだって聞いてんだよ!オレは!」
「分からないか?」
「あぁ。わかんねー。」
「君を犯すと言うことだよ。」
びくっと少年の身体が揺れ、そのまま固まった。

「え…?」
ふ…と嗤い声を漏らしながら
「わかったかね。鋼の。君は、私に、犯されるんだよ。今から。ここで。」
ゆっくりと噛んで含めるように耳元で囁く。
少年は動くことも声を出すことも出来なかった。

男の舌が首筋を辿り鎖骨へ達する。
音を立てながら強く吸い上げる。
「っ!やめ…!」
身体を痙攣させながら叫んだ。
「テメェ!殺すぞ!」
その声にのろのろと男が顔を上げた。

「おい!聞いてんのか?クソ大佐!」
「ほう。上官を殺すと言うのか。」
冷静な声にかっとなる。
「あぁ!やめなかったら殺す!」
「すると君は上官を殺した咎で国家錬金術師の資格を剥奪されるというわけだ。」
「…!」

「随分不便になるだろうね。権力のない君たちの旅は。」
『たち』を強調する声が、イヤでも弟を思い起こさせる。
ここで国家錬金術師の特権を奪われるわけにはいかないことを承知で言う男に
「汚ねぇぞ。テメェ。」
少年の身体が怒りで震える。
「それは褒め言葉にしかならんよ。」
気にもとめずに男は答えた。

「さて続けさせてもらおうか。」
シャツをたぐりあげ、男の指と舌が少年を貪り始めた。
胸に花弁を散りばめるように所有痕を刻んでいく。
特に心臓の上に強く強く。
少しでも長く跡が残るように。
それを見るたびに男を強く憎んで心に刻むように。
悔しさから唇を噛んでいた少年は男の与える快感にも屈したくはなく。
それでも息が騰がっていくことを抑えきれない。

男の指が胸の先を掠める。
ひくっと揺れた自分の身体が恨めしい。
男が指で弄り、もう一方を舌で舐めあげ強く吸うと少年の身体がびくびくと痙攣する。
更に歯に挟んで軽く噛むと
「っあ!」
声を漏らした少年の顎が反り、喉を晒す。
「あ…もう…。お願い…だ…。やめ…。」
「やめて欲しいのかね。本当に?」
男の手が服の上から少年のモノに触れた。
「…!」
「ふ…。とてもそうは思えないが?鋼の。」
嘲笑するような声に反論出来ないことが少年の羞恥心と屈辱感を煽る。

下着まで右足を抜かされて剥ぎ取られ、初めて他人に自分自身が晒されることが更に少年の羞恥心を煽る。
「今まで自分で慰めたことくらいあるのだろう?」
少年に答えられないのが分かっていながら問うてみる。
もっと屈辱を与えたくて。
もっと自分を刻み付けたくて。

そして少年のモノに手を添え、舌を匍わせた。
「…っ!やっ…!」
少年のモノを咥え、吸い上げながら上下して時折舌で突いてはまた舐った。




clear
 
> 【単発 ロイエド】 > 「赦」 Act.2
「赦」 Act.2
09.1.7up
「あ…っ!もう…。やっ…やめ…!」
少年の腰の動きが大きくなり、イきそうになる寸前で施しを止める。
「っ…あ…」
物足りなそうな声が男に届く。

「どうした?やめて欲しかったのだろう?」
悔しそうに唇を噛みしめる様子までが心地よい。
「では上官である私から君に『命令』を出そう。鋼の。」
少年が『今度はなにを?』と言った様子で男の顔を見る。
「『イかせて下さい。』と言いたまえ。」
少年の目が大きく見開かれた。
「さぁ。私に端なくねだってみたまえよ。イきたいのだろう?鋼の。」
少年にとって、男の『命令』は絶対だと承知しての言葉。

「…。」
「どうした?上官命令に逆らうか?」
なぜかその時、少年には男が笑いながら泣いているように思えた。
「…オレをイかせて下さい。大佐。」
「はは…っ。素直な部下を持てて幸せだよ。」
言葉と裏腹の表情を晒した男の愛撫が再び始まった。

もう少年は一切の抵抗を手放していた。
ただ男の施しに溺れ、快感を貪っていた。
ただ声だけは漏らすまいと歯を食いしばり。
「…っ!」

少年の精が男の口腔に放たれた。
こくり、と音を立ててそれを飲み込む男にまた少年の目が見開かれる。
軽く咳き込みながら男は嬉しそうな顔をしていた。

「では、今度は私をねだってもらおうか。鋼の。」
それがどんな苦痛を伴うかは想像しきれなかったが、まだ息の荒い少年の口から
「オレ…に…大佐…を下さい。」
棒読みの言葉が紡ぎ出される。
くくっと喉の奥で男が嗤った。

「いや、心配するな。君を傷つけたいわけではないのだ。充分に施させて貰うよ。」
少年の右足が男の肩に掛けられた。

粘性の高い液体を指に絡めた男の指が少年の今まで排泄にしか使うことの無かった、いやそれ以外の使い方があるなんて考えてもみなかった箇所に差し込まれる。
「…っ!」
「痛むかね?」
声が聞こえた。
「…ん…でもねぇ。続け…ろよ。」
解され、指を増やされる。
時折息を詰めながら少年は受け容れていた。

「良い格好だな。鋼の。」
「っ!?」
「どんな気分だね?男の身で男に犯されると言うのは?」
「…。」
うめき声を漏らしながらも少年は歯を更に食いしばる。

「君は女を抱いたことも無いのだろう?」
「…。」
「光栄だよ。君を初めて犯す人間になれるというのは。」
ははは…。と引きつった様な嗤い声をあげる。
充分に解れたと思われた頃、男が少年の左足の誡めを解いた。
その場でこの脚の蹴りを受けてもと男が観念していたことも知らず、少年はなんの抵抗も示さなかった。

「もう私を一度ねだってくれたまえ。」
少年の脚を開かせ腰を高くあげた男の『命令』に
「オレに大佐を下さい。」
淀みなく言葉が流れた。
「まったく端無い言葉をすらすら乗せてくれるね。嬉しいよ。鋼の。」
薄く嗤った男の声が聞こえた。

「では覚悟したまえよ。」
瞳を閉じていた少年にはその瞬間、男の瞳に溢れた哀しみを知ることが出来なかった。
男のモノが少年の身体に触れ、挿し込まれる。
「…っつ…!」
息を止め、身体を硬くしていた少年から苦痛に耐えきれない声が漏れる。
更に強く押し込まれると、
「ぅぁぁあああああ!!!!」
獣じみた声が少年の口から絞り出された。

「力…を抜き…たま…えよ。はが…ねの…。…そ…なに…つらい…か?」
どっちがつらいのか分からない男の声が聞こえたが、少年は自分の苦痛に耐えるだけで精一杯だった。
最奥まで挿れられたときには、苦痛のあまり少年の意識は翳み掛かっていた。

それに構わず男のモノが無理矢理抜き挿しされる。
「あっ!あっ!あっ!…」
突き入れられるたびに内臓と共に横隔膜が押し上げられ、少年の口から強制的に声が吐き出された。

「瞳を閉じるな!」
苦痛に耐えるためにきつく閉じられた瞳に男が焦れる。
「瞳を開けて見据えたまえ!君を犯している男の顔を!」
ゆっくりと少年の目蓋が上がり、涙に烟った金色の瞳が男の顔を意志のないまま見つめた。

「忘れ…るな。これが…君を犯した男の顔…だ。」
余裕のない声だとどこか冷静に思った。
そして次に聞こえてきた
「…し…る…!愛して…る…!エドワード!!」
その言葉を最後に少年は意識を失った。


目が覚めたとき、少年は自分を見つめている黒い瞳が哀しそうだなとぼんやり思った。
「…大丈夫か?」
低い声が聞こえる。
「たい…さ…?」
「…すまなかった。」
「あ…?」
やっと状況が掴めた少年が起きあがろうとして、痛みに身体を固める。

「まだ起きるな!無理だ。」
男の手が労るように身体に添えられ、また横たえた。
「すまなかった…。」
男が言葉を繰り返す。
「私を殺してもいい。ここに…書いておいた。君が私を殺しても罪に問われないように。
 勿論国家錬金術師としての資格も奪われない。」
そっとその紙を少年に渡そうと差し出した。

指先が触れた途端、まるで焔に触れたかのように手を引いた男を見つめながら少年が言う。
「なぁ。あれ、ほんと?」
「は?」
「さっきあんたが言ったじゃん。」
「あぁ。私を殺してもいいということか?本当だ。」
「そ…」
「君に殺されるのなら構わないさ。それで君の心に深く残れるのなら。」
壊れたような微笑みで男は告げる。
「ヒューズにはすまないと思うが…。」

「…バカ。」
「ん…。否定はできんな。」
「そうじゃない。オレの心に深く残れるならってなんなんだよ。」
少年が無理矢理起きあがり手を打ち合わせると同時に少年の手に鋭い刃が出来上がる。

それを飛び込んだ先の男の喉元にあてながら
「あんた何がしたかったんだよ?ちゃんと答えないと本当に殺すぞ。」
「君に殺されても構わないと思う人間にその脅迫は通じないと分からないかね?」
「分からないね。答えろよ。なんでこんなことしたんだ?」
「…私にどうしても答えろと?」
「あぁ、そうだ。」
「断る。と言ったら?」

少し間をあけて
「オレはあんたが好きなのに。って言う。」
少年が告げた。
「!?」
「あんた本当にバカだろ?」
「鋼の?」
「なんでオレにこんなことしたのかちゃんと言ってみろ。」

驚きと諦めが男を素直にさせた。
「…君が…欲しかったから…。」
「そんで?」
「私から離れて行く君を許せなくて…。」
「オレがいつあんたから離れるって言ったよ!?」
「君はいつか身体を取り戻したら行ってしまうのだろう?
 だから君に私を刻み付けたくて。私を忘れないよう憎しみでもいいから君に刻み込みたくて…。」

あきれ顔でため息をつきつつ
「そりゃ一度はリゼンブールに帰るよ。ピナコばっちゃんやウィンリィに報告したいからな。…っ!」
言いながら無理が掛かったのか少年は痛みに息を詰めた。
「! 大丈夫か!」
男の手がそっと少年を横たえると
「大丈夫じゃねぇよ!バカな大人のせいで!」
近づいて来た男の頭に腕を回し、顔と顔を近づける。

「すまな…」
「じゃなくて!さっきの言葉、も一度言え。」
「…君に殺され…」
「違!」
「?」

「オレを抱いてるときに言ったろ?」
少年の『犯して』ではない表現に男はまた驚く。
「聞こえて…いたのか。」
「あぁ。だからも一度言えよ。クソ大佐。」

一瞬の逡巡の後覚悟を決めたように男が告げた。
「…君を愛している。エドワード。」
「本当か?」
「あぁ。」

「じゃあオレから『上訴』だ。」
「?」
更に顔を近づけさせ告げる。
「次からはもっと優しくしろ。」
「! 鋼の!?」

「それと、あんた大体思考が暗いんだから独りで悩むな。」
「…。」
「おい、聞いてんのか?」
「…あぁ。」
「オレにちゃんと言えよ。悩んだときはさ。」
「…。」

黙ってしまった男に今度は違う意味でため息をつき
「分かったか?ロイ。」
初めて男の名を口にする。
その言葉に男は一瞬身体を強張らせた。

「君は…私を赦してしまうのか?」
「ん?あー、しょうがないだろ?」
「なぜ…?」
「オレもあんたが好きだから。」
こともなげに言う少年が男から手を離しもう一度手を打ち合わせ刃を消す。
その笑顔が眩しかった。

「鋼の…。」
「ん?」
「いや…。」
思ってもみなかったコトの次第に男は戸惑っていた。

「なぜ…。」
「あん?」
「なぜ私を好きならそう言わなかったのだ?おかげでどれだけ悩んだことか…。」
「あ!?あんたがそれ言う!?
 あんだけ女と遊んでんの見てて、オレが『ボク、アナタが好きなんです。付き合って下さい。』って言えると思うか!?
 悩んだのはオレだ!バカ!」

「上官に向かってバカとはなんだ。しかもさっきから何度も!」
「バカだからバカって言うんだろ!クソ大佐!!」
「その呼び方もいい加減!……。」
男が少年から目を逸らした。
「あ!?」

「…もう一度名前…で…呼んでくれたまえ。」
「は?…それ、『命令』?」
「…いや。『懇願』だ。
 お願いだから……エドワード。
 もう一度だけ。」
「イヤだね。」
「!」

「『一度だけ』なんてしみったれたこと、望んでんじゃねーよ。ロイ!」
思わず男が少年を抱きしめる。
「嬉しいよ。君の『上訴』を有難く受け取らせてもらう。」
「はぁ!?」

「さっき言ったじゃないか。『次はもっと優しく』と。優しくするからな。」
「〜〜!!違…!今じゃない!今じゃ!!」
「遠慮をしなくてもよい。」
「違〜!!」

たわいなくじゃれ合いながら男は幸福感で満たされる。
太陽の光はここに有るではないか。
この太陽の色の髪。
金色の瞳。
私の望んでいた光景。
そこに私を受け容れてくれるこの愛しい少年。
この少年の太陽の下に。
願わくばずっと。
   
   
         fine



060725



申し訳ありません。
リクエストの「鬼畜ロイ」ほどには「鬼畜っぷり」が足りませんでした。
どうも甘くなってしまう傾向にあるようです。
そして私はこれを書くまで「…のトガで」を「…のカドで」と思いこんでいたことが判明しました。
今まで人生で何回口にしていたのでしょうか。「…のカドで。」
ぐあぁぁぁあ!恥死。

と思ったら、「…のカドで」は表現としてアリだったんですね。
浅学が露わになってしまいました。
更に恥死!!



clear



 
> 【単発 ハボロイ】
【単発 ハボロイ】
 
> 【単発 ハボロイ】 > 「憂」
「憂」
14.10.16.up
(ロイとハボックの阿呆らしいすれ違い)
【Turn.R】

ハボックがナニをすれば喜ぶのかが解らない。
ロイは口元に手をあて、溜め息を付いた。

信頼できる部下だとは常々思っていた。
それはブレダもファルマンもフュリーも(かなり恐ろしくはあるが)ホークアイも同様で。
自分の野心の為の必要な手駒だという認識のハズだった。
しかし。

いつしかロイの視線はいつもハボックを捕らえていた。
明るい太陽のような髪。
透き徹る青空のような瞳。

時折深く暖かな蒼になり、またある時は凍り付くようなアイスブルーになるその瞳が一番私の心を惹くのかも知れない。
あの瞳が私を求めて熱いアズールになるのを見てみたいと…。

バカなことだ。
あれほど女を好きになるのが当然のノーマルな男はいないだろう。
「ボインが好きだ。」と公言して憚らないようなヤツだぞ?
あの見事に鍛えられた体躯に抱き締められたら、きっとどんな女だって自分を護りきってくれるとうっとりするだろう。

だが、護られるということなら、私が一番のハズだ。
なにしろアイツは私の護衛官なのだからな。
ハボックは私を護るためにいるのだ。
ははは。
ざまぁみたまえ。
ハボックの躰も能力も私を護るためにあるのだぞ?

はぁ。
自分の思考の虚しさにまた溜め息が洩れてしまう。

ハボックが私を護るのは、それがヤツの仕事だからだ。
ハボックが誰かを愛おしいと思い、護るのとは訳が違う。
それでもいいと最初は思っていた。
仕事であろうとハボックの忠誠は本物であるのだし、私の側にいて見守ってくれるのならば、と。

今はそれだけで満足などできなくなっていた。
ハボックのあの瞳に写すのは私だけにして欲しい。
私を欲しがってくれればいい。
私を…愛して欲しい。

誰もハボックに近づけたくない。
私以外には心を砕いて欲しくない。

ただそう思っているだけではダメだと思った。
なにしろ私は(悔しいことにヒューズには敵わないが)アメストリス国軍始まって以来の策士の一人と謳われているのだ。
ハボックに惚れて欲しいならば、それなりの働きかけをしなければ。
そしてハボックに、好きだと言わせるのだ。
そうだ。
アイツから告白させれば、私のこの罪悪感も身を潜めるに違いない。


まずは無難に花束を贈ってみた。
すると
「は?これ、錬金術でなんか仕掛けをしてあるんスか?」
などとマヌケなことをヌカしやがった。
そうではない、ただの花束だと言えば
「へぇ。めずらしい。花まで買ったのに誰かに振られたんスか?」
と返され、思わず咥えていたタバコと前髪を燃やしてやった。

あれから花を見る度に、ハボックの躰が強張るようになってしまった。
うむ。
アレは失敗だったな。


次に食事を奢ろうととっておきの店に連れて行ったのだが、ハボックの食は全く進まなかった。
あいつの給料ではとうてい行けないような高級店だったと言うのに。
セントラルの将軍も利用する店だぞ?
味に不満はないと思うのだが。
実際、その時に私の後ろの席には将軍が舌鼓を打っていたのだし。
いったいナニが気に入らなかったのだろう?
まさか食事代を割り勘ででも払わされると思ったのだろうか?
心外だ。


ならば家で美味い酒でもと思い、年代物のワインを見せると
「ホントにこれ、オレが飲んでいいんスか?」
嬉しそうな顔をした。
うむ、これならイケる!
と確信した直後
「じゃ、戴いていきますんで。有り難うございます!」
酒瓶を抱き締めて帰りやがった。

お前!抱き締めるのは酒瓶じゃないだろう!
と怒鳴りそうになったのを必死に留めたものだった。
(そして翌朝、やはりタバコを灰にしてやった。)

その他にも…
無駄に良い記憶力で数々の挑戦とその惨敗記録を思い出しては、更に溜め息を付くロイであった。




【Turn.H】

大佐の考えていることが解らない。
ハボックは頭を抱えて溜め息を付いた。

上官に疎ましがられてばかりだったオレを引き取りたいと言ってくれた大佐に初めて逢ったとき、世の中にこんな綺麗な人がいるのかと思った。
軍人としてはやや華奢で小さいけれど、肌理の細やかな白い肌に形の良い紅い唇。
なによりその艶やかな髪と同色の、力強い煌めきと意志に満ちた黒曜石の瞳。
張りのある声で自分の名を呼ばれたときは震えが走った。

この人を支えて行きたい。
この人の理想を叶えるために、この人を護るためにオレは産まれてきたんだと
本気で思えた。
今もそれは変わらない。
あの人を護るためだけにオレは存在している。

しかし。
最近大佐がナニを考えているのか、どうも解らないんだよなー。

最初は花を渡されたんだ。
花だぜ?
この図体のデカい男のオレが。
だからなんか仕掛けでもあんのかと(ホラ、中からなんか飛び出して来るとかさ。)聞けば、ただの花束だと言う。
あー、デートの約束をした女性にめずらしく振られたのか。
だからこれは余った花束で、それを見るのも腹立たしいのかと言えば。

タバコと前髪燃やされたよ。

そんなに悔しかったのかな?
あれほどの女ったらしの大佐にしてみたら、女に振られるってのはキツいのかもな。
一人にでも振られたら、それは消したいような過去?
羨ましいこった。


オレなんて、振り向いて貰える可能性なんかない想いを抱き続けてるってのに。
闇夜よりも昏い、稲妻よりも強い光を放つ瞳に。


その後は…そうだ。いきなりメシでも喰いに行こうと言われて喜んで付いてったら、イーストシティでも指折りの高級店に連れて行かれたんだ。
オレはさ、オレはさぁ!
外食っつってもビール一杯400センズって店しか行ったことないぜ。
デートで奮発しても、せいぜい一人4,000センズ?
それでも回数が重なると結構痛いんで、3回に1回は手料理が食いたいとか誤魔化してたってのに。

なによりそん時、大佐の後ろの席にはセントラルから来てた将軍がいて。
オレ、生きた心地がしなかったよ。
だいたいオレなんかにそんな高いメシ喰わせてどうしようってんだ?
偉そうに何人も突っ立ってるウェイターにまで気圧されて、ホント気詰まりだったぜ。
メシが美味かったか?
ああ!?
喰った気もしなかったね!


それでも他のヤツじゃなく、オレを…
オレだけを誘ってくれたことが嬉しかったんだ。
ま、デートの下見とかだったんだろうけどな?

それでもさ、オレは大佐が好きだから。
あの人と2人で出歩けることが嬉しくて、それだけでも満足しなきゃなって思ってたんだ。


大佐が好きだ。
あの躰を抱き締めて、唇を吸って肌を合わせたい。
躰を繋げたい。
そんな想いが日に日に膨らんでいって。
仕事以外ではなるべく接触しないようにと思っていたのに。


こないだは(いつものように。これは仕事だからな。)家まで送ったら部屋に上がれと言われて。
自分がなにするか解んないからイヤだったのに。
そんなオレの目の前に、美味そうなワインが差し出された。
この人が子供のような顔で偉そうに出してくるんだから、相当値の張るワインなんだろう。
飲みたい。
飲みたいけどさ。
オレ、ここんちで酔ったりしたら絶対大佐を押し倒す。
んでもって、犯すね。
大佐が泣いて厭がっても、壊すほどめちゃくちゃに抱き潰す。
うん。そうしちまう自信がある。

もうさ、限界なのよ。
大佐が好きで好きで、抱きたくて堪んないの。オレ。
だからこの酒掻っ攫って帰るしかないと思ったんだよ。

その通りにしました。
んで、翌日またタバコを燃やされました。
給料日前の貴重な一本を…。
咥えたばっかだったのに……。


その他にも…。
無邪気でオレの気持ちなんか知る由もない大佐の言動に、オレは振り回されてばかりだ。
あれだけ女好きな人には、オレの気持ちなんて迷惑だって解ってる。
でも…なんだか理解し難い行動に、本当に翻弄されてしまうんだ。

数々の(ロイの必死な挑戦である)経験を思い出しては、更に溜め息を付くハボックであった。



           fine


clear






 
> 【単発 ハボロイ】 > 「今更」
「今更」
09.1.7up
(自分の想いに気付くロイ)
「あんた、またメシ喰ってないでしょう?」
コイツの言葉の悪さなど今更のことだ。
しかし仮にも上官に向かってこの物言いはどうなのだ?

それ自体が『今更』なのだとは自覚せず、ロイは何度目かの疑問を抱く。

自分があまり褒められた生活をしていないことは認めよう。
錬金術の本や、(滅多にないが)仕事に夢中になってしまうと食事をすぐに抜くし、睡眠を取ることも忘れてしまう。
しかし仮にも軍人で、大佐という地位にいるのだ。
子供でもあるまいし。
(子供でさえもう少し健康に気を使ったりするという事実はロイの思考から抜け落ちている。)
ホークアイ中尉も口うるさい(を超えて、実は怖い。)くらい自分の躰を気遣ってくれている。
その事には素直に感謝できるのに。(「礼を述べなければ。」と自分が怯えているということは同様にその思考には無い。)

部下のクセに、年下のクセに、犬のクセに。
ハボックはうるさ過ぎる。
しかも偉そうに告げる姿がデカ過ぎる。
猫背気味なクセに大きいせいか、私に話しかけるときのその体躯が覆い被さるような感じがする。
それにその体臭は本人の持つモノを凌駕するタバコ臭さだ。
私を包み込むような…。

待て待て。
方向がズレてないか?

えーと、ハボックがうるさくてデカいと言うことだったかな?
うん。そうだ。
どうしてあんなにアイツは偉そうなんだ?
私は上官だぞ?
どうしてアイツに何も言い返せないんだ?

…ハボックの言う通り、食事を抜くからか?
ではきちんと食事を摂ればいいのだろうか?
なんだかそれだけではない気がする。
どうしてだろう?

それに時折、妙に拗ねるような態度を取るのも気に掛かるな。
いつでも私の側に控えているクセに、セントラルにいるヒューズや旅に出てばかりの鋼のに対して僻むような態度を取ることも解せない。
共に過ごす時間の長さが違うとは思わないのか?
そもそも何故彼らを羨むような態度を取るのだ?


こんなにも私を捕らえているというのに。


は!?
私は今、何を考えた?

うむ。ハボックの言う通り、食事を抜いているせいだろう。
思考が纏まらないのは。
もう書類をある程度仕上げたから、帰宅しても中尉に怒られることもない(と思いたい。)。
食事を抜くのが悪いというのなら、お前が最近腕を上げたと言う料理を食してやろうではないか。
私を満足させられると思うのなら挑んで来るが良い。

勢い良くそう告げた私に
「あんたの家に上がってもいいんスか?」
まるで見当違いなことを言ってくる。
「? いつも家まで私を送っているだろう?
 お前が食事を摂れと言うからあげるのだ。」
なんなのだ?その嬉しそうな顔は。
「大佐って結構警戒心が強いじゃないですか。
 そんなあんたが部屋に入れてくれるって、凄いことっスよ?」
そんなことはないだろう?
「私はお前がいつ家に来ても構わないと思っていたぞ?
 お前が私を送る度に、さっさと帰っていただけだろう?」
思ったことを言っただけなのに、どうして破顔するのだ?

宣言通り、ハボックの作る食事はとても美味しかった。
「これなら毎日食べるのも悪くはないな。」
素直に褒めるのが悔しくて言ったのに
「ホントっスか!? すげぇ嬉しい!」
…そんなに喜ぶのか?何故だ?
「うむ。美味かったぞ?」
私の方が照れくさくなるではないか。

「それって、オレが食事を作りに来てもいいってコトっスか?」
それは願ってもないことかも知れない。しかし。
「…お前はそんなことを望むのか?」
それがお前にとって、どんな得が有るというのか私には解らなかった。
「あんたが赦してくれるんなら、オレ毎日食事を作りに来ます!」
だからそれがお前に…。

いきなり手を掴まれて、頬に寄せられた。
…暖かい。
それはハボックの人柄そのもののようで。

おかしいな。
なぜだろう?
私もとても嬉しい。

くすり、と思わず笑ってしまうとハボックも笑ってくれた。
ああ、本当に嬉しいな。
そんな自分の思考が不思議だったが、それでも何かがすとん、と腑に落ちた。

私のことを思って怒ってくれるハボックに今までも嬉しさを覚えていた。
そうだ。うるさいと思いながらも嬉しかったのだ。私は。
しかし、私の気持ちを察して笑ってくれるハボックを見るのはもっと嬉しい。

だって
私が
好きだ

思った
男だから。

ああ、こんなことだったのか。
ならば私は
今更
なのだろうが
不安を覚えてしまう。
それをお前は払拭できるか?

なぁ、ハボック。
私はお前が好き、なようだ。
お前は
こんな今更な
私の気持ちを受け容れてくれる覚悟があるのか?

ヒューズにでもない、鋼のにでもない。
私が初めて覚えた感情を
お前は受け止めて
抱き締めて
くれるのか?

そんな不安など
必要ないと
お前が笑う。
私も笑う。

なぁ、それでも。
私が
少し不安なのだと知ったら。

お前はもっと嗤うか?


ハボック
私は
お前が

…好きだ。


『今更』
なにを

笑うなよ?


          fine


clear
 
> 【単発 ハボロイ】 > 「蜜」
「蜜」
09.1.7up
(恋人になった後。エロシーンばっか)
「ぅ…んっ!…も…厭だ…。ハボック…」
蜜色の髪に指を絡ませて詰っているのに。
いつもなら疾うに他の箇所に移っているハボックの唇が、今日は執拗に胸の先を舐り続けている。

ご婦人ならばいざ知らず。
男にこんなモノがあっても仕方がないだろうと常々思っていた。
胸の先にある、飾りのようなその薄紅のもの。

しかしハボックに弄られると、途端にソレは存在を主張する。
その指を、唇を、舌を悦んで迎えて恥ずかしいほどに紅く熟れ、ぷくりと勃ちあがって。
「イヤですか?ココはこんなに悦んでますけどね?」
意地悪な声が、それに伴う吐息が、また胸の先に落ちて。
ふる、と躰が揺れてしまう。

「ぁ…どうし…今日はそんなに…。」
そこばかりを責めるのか?
「だって大佐のココ、美味しそうなんスよ?
 こんなに可愛らしく尖って。」

ハボックが触れている。
ハボックが私を
組み敷いて
快楽へと
突き堕とすのだ。

そう思った途端
胸に触れるハボックの舌が、神経に直接触れるような錯覚に陥った。

「ぁ…っ!ん…ぃっ!」
ただ胸を舐られているだけなのに。
ああ、しかしその神経を苛むようなハボックの舌。
ハボックが触れているのだ。
そう思うことが更に自分を追い詰めると解っているのに…。
いや、考えてはいけない…。

とん、と顎に指で軽く触れられた。
その呼ぶような仕種に、快感から逃れるために瞑っていた瞳を開くとこちらを見つめている視線とかち合った。
ハボックの欲情に満ちた深いアズールが、私を見つめている。
それだけで身悶えるほど躰が疼いてしまう。
見つめ合っていると、不意にハボックが笑い
ゆっくりと舌を伸ばしてきて
それを私に見せつけるように細く尖らせ
私を見つめたままで
胸先を
舐った。

「っ!?」
びくびくと躰が痙攣したことまでは覚えている。
しかし次の瞬間、瞳の裏に閃光が走って
何も解らなくなった。


「ぁ…。ぁ…ぁふ…」
甘ったるく耳に滲む声が、自分の口から洩れているのだと気付いたのはしばらく経ってからのことだった。

「…ぁ…ハボ…?」
急に不安になって名を呼ぶと
「ん?気持ち良かったっスか?
 胸だけでイっちゃいましたね。」
笑いを含んだ声に事実を突きつけられて、躰が竦んだ。

「…。」
どうしよう。
なんていやらしい躰なのだと、淫乱な躰なのだと思われただろうか。
私だって今までこんなことは無かったというのに。
ただ…ハボックに触れられて感じすぎて…。

どう言い募ろうかと思いめぐらせている私に
「大佐…可愛い。」
うっとりとした声が聞こえた。
「いやぁ、男のロマンっスよね。」
なんだ?
そのヤケに嬉しそうな顔と声は。
「男のロマン?」
「え?だってそうでしょ?
 胸だけでイかせるってのは。」
しまりのない顔がムカツク。
年下のクセに、部下のクセに。
ハボックのクセに!


そもそもこいつは、男が男に抱かれると言うことを解っていない。
それがどれだけの屈辱と羞恥と恐怖に満ちているのかを。
同じ性の男に組み敷かれて、最も弱い部分を無様な格好で晒して、男の(受け容れる側になるまでは実はそう思っていなかったのだが)凶暴な性器に胎内の粘膜を犯されるのだ。
こんなこと、生半な覚悟で出来るものではない。
それでもハボックを受け容れたいと思うからこそ、逃げ出したい気持ちを無理矢理押し留めて脚を開いていると言うのに。
この私が。
年下の、部下に、だ!

それなのに、何が『男のロマン』だ。
ふざけるな!
このまま燃やすか追い出すかしてしまいたいくらいだ。
…しかし与えられた刺激だけでは満足できない事実の前に、そのどちらも私には選べなかった。

むっつりと黙り込んだ私に、ハボックは下手に出てくるだろうか。
殊勝に謝ってきたら赦してやらないこともない、と思っていたのに
「もう一度、ココだけでイきます?」
つ、と胸先を爪で突かれ、声をあげそうになった。
なんだその態度は!と怒鳴りつけようとしたが
「ホント…ヤらしい躰っスよね。」
囁かれた言葉に胸を抉られ、言葉を失った。

誰が…喜んで男に犯されたいと思うのだ。
誰が…こんな自然に外れた関係を求めるというのだ。
誰の為に私が…男に抱かれることなど甘受していると思っているのだ。
悔しい。
知らず涙がこぼれていた。
こんなことで泣いてしまうのも悔しいが、なによりこんなことを言われてもこいつを拒めない自分が悔しい。

「誰が…」
「え?」
「私を…こんな躰にしたのはお前だろう!」
誠実そうな顔をして、忠実な部下の顔をして、私を安心させて信頼を勝ち取って。
私の心を捕らえたと知った途端に、逆らえようもないこのデカい体躯で押し倒してきて。
『好きだ』などという、たった一言だけで私を縫い留め、縛り付けて。
泣き叫んで厭だと言っても、懇願しても赦してくれずに。
私を抱いて。抱いて。抱いて。
私の躰が自分を求めるようになるまで…ここまで、抱き潰すように男を受け容れることを教え込んだのはお前じゃないか!

そのお前が…。
もうどうしようもなく哀しくなって、ただ啜り泣いてしまった。
哀しくて情けなくて、それでも…ハボックが欲しくて…。
そんなことをまだ思う自分が浅ましくていやらしくて、本当に厭で…。

それなのに。
「あんたって、ホントたまんねぇ。」
反省の色もない声が聞こえた。
私を喰らう猛獣の瞳をした男は、ぶるりと躰を震わせたかと思うといきなり私の躰を返し四つん這いにさせ、自分を迎え入れる器官を両手で押し開き舌を匍わせて来た。

「あっ!…ぁ…やめっ!」
普段は誰の瞳にも触れない、自分では一生瞳にすることもないところ。
以前はなんの意識も持たなかった、ハボックに抱かれるようになって初めてその存在を改めて知ったようなところ。
「おま…っ!ローションを使えと言っているだろう!」
肩越しに振り返って怒鳴る私に
「明日はあんたもオレも休みでしょ?」
しれっと言葉が返される。


私の躰に負担を掛けない為にだろう、普段は大量のローションを使って後孔を解している。
しかしある日、ローションがなくて(そうだ。執務室付きの仮眠室でだった。あれ以来あのベッドは眠るよりも、抱かれる為に存在しているな。)ハボックが舌で解したときに、その感覚で私は理性を飛ばし酷く乱れてしまった。
その時のことはあまりにも恥ずかしくて、今でも思い出したくないというのに。
それからはヤツはそれに味をしめて、時間に余裕のある時(特に二人揃って翌日が非番の時など)は唾液だけで舌を使って私を慣らすようになっていた。

「…ゃっ!…ぁ…開く…っ」
疾うに自分の意志など受け容れない躰が、ハボックを迎えたくてその挿口を淫らに弛めてしまうのが解る。
そして私の脳裏には、先程の光景がまだ焼き付いていた。
あの見せつけられたハボックの舌が、私の胸先に落とされたあの紅い舌が…私の後孔を…舐っているのだと…

もう充分すぎるほど疼いている躰が更に熱くなった。
…私のかろうじて残っていた理性を引き千切るほどに。
もうハボックの熱しか考えられない。
あの力強く熱い塊で貫かれることしか…。
それほど私の全てはハボックの熱に侵されていて。
もっと犯して欲しくて。
もうめちゃくちゃにして欲しくて。

「あんたのココ、もうトロトロですね。」
ああ、そんなことを言わないで欲しい。
もっとお前が欲しくなってしまうから。

「ひ…っ!?」
次に与えられたのは、ハボックの指が私の後孔を広げ、その間に舌が滑り込んでいる感覚だった。
ざらりとした舌が、私の内壁を舐っている。
「や…ぃやだ…!」
刺激が強すぎる。
…それでもこれでは足りない。
もっと…もっと…。
「も…早く…来い。」
必死の思いで切れ切れの言葉を吐いたというのに。
「へ?」
間抜けた声で問うてくるな!
「もぅ…来いと…。」
言っているのに。
「大佐?どうして欲しいんスか?」

 だ か ら お 前 は 出 世 で き な い ん だ っ !

平素であれば殴り飛ばしているというのに。
しかもただ鈍くて解らない訳ではないのが、本当に腹立たしい。
私にこれ以上の醜態を晒せと言うのか?
「お前な…か…キライ…だ…。」
どれだけ恥知らずにお前を求めればいいと言うのだ。
あられもなくねだればお前は満足するとでも?
それを悔しいと思いながらも、躊躇いなく口にしてしまいそうな自分が心底厭だ。

「キライ?オレが嫌いですか?」
「ハボ…」
また止めようもなく涙が零れてしまう。
どうしてこんな…こんな酷い男に。
私は惚れてしまっているのだろう。
そしてそれを厭だとも、やめようとも思えないのだろう。
「ねぇ?オレがキライ?
 ホントに?
 …ロイ?」
ずるい。
こんな時だけ名前を呼ぶなんて。
それだけで更にお前を求めてしまうのだと知っているクセに。
それを平気で行使するんだ。
「も…。お前…」
このまま放り出されたら気が狂いそうな疼きを持ってしまっているが、残された矜持(などと言える代物でもない…か。)で最後通告を突きつけた。
「寄越さなければ…別れてやる…っ!」

言った途端、一瞬で気を失いそうになるほどの強烈な刺激がいきなり襲い掛かってきた。
「ひっ!あーー!!」
この獣じみた声は、もしや私があげたものか?
最初に押し寄せたのは、耐え難い痛みと苦しさ。
幾らハボックに慣らされているとは言え、この始めの苦痛が無くなることはない。
続けて望まなくとも与えられるのは、最早馴染んでしまった躰の内へのハボックの肉塊の蹂躙。
私を犯し、めちゃくちゃに壊し、擦りあげることで私の躰奥から快楽を無理矢理に引き出すこの(普段は人畜無害とでも言えるツラをしてやがる)悪党。
「…あっ…!ぁぁ…んぃ…っ!ぃい…っ…」
脳髄が痺れるほどの快感。
女性を抱くのとは桁違いの、この男に与えられる悦楽。
いや…愛してもいない女性を抱く感覚と桁違いなのは当たり前だ。
心の底から愛しくて堪らない男にもたらされる快感なのだから。
自分の全てを支配される恐怖と、それを上回る悦び。

「ぁ…っ!…はぁ…っ!ハボ…。ハボ…
 ……… ジャ…」



   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「さ…。たーいさ。朝食ができましたよ?」
ハボックの声とコーヒーの薫りでロイは瞳を覚ました。
ぼんやりと起き上がるロイの膝に、トレイが乗せられる。
そこには湯気を立てるコーヒーとオムレツ、おそらくロイの好み通りにたっぷりとバターが塗られているだろうトーストとサラダ。
「大佐?」
手を伸ばそうとしないロイにハボックが問いかけた。

「…今日は紅茶が飲みたい。」
ぽつりと零される言葉に
「Yes,Sir.」
即座に反応したハボックが、トレイを手に寝室を出て行った。

数分後、ロイの膝には暖かい紅茶と先程と同じメニューのトレイが乗せられていた。
勿論、オムレツもトーストも紅茶を煎れる時間に合わせて作り直されたものだ。
「オムレツの具は?」
「あんたの好きなオニオンとマッシュルームです。」
ぴし、と敬礼を返すハボック。

「ん。」
黙々と食べ始めたロイの傍らで、ベッドサイドの椅子に座ったハボックも朝食を摂る。
それは先程ロイに突っ返された、疾うに冷めてしまったオムレツとトーストとコーヒー。
ハボックがその待遇に文句を言うことなど有り得ない。
それはロイにもハボックにも、今更考えることすらない日常のこと。

「風呂は?」
「入れてあります。Sir.」
ロイが黙って両手を差し出すと、その躰を恭しく横抱きにしバスルームまで運ぶ。
「オイルはなんにしますか?」
エッセンシャルオイルをロイに選ばせるのもいつものことだ。
「今日はバラにする。」
「はい。暖まったら頭を洗いましょうね。」
「ん。」


ハボックは確かにベッドの上では少しいじわるかも知れない。
しかしそれがベッドの上『だけ』であり、その他で自分がどれだけ我が儘を言いまくり甘やかされているのかは気にも留めない、真に女王様気質のロイなのだった。
それでもロイを愛しているハボックにはなんの不満もないのだが。

本当は年齢も階級も上の同性である恋人をどう自分に繋ぎ止めるか必死になっている男が、せめて躰の快楽でだけでもと懸命に努力しているのだが、それは彼の恋人の与り知らぬこと。



         fine



えと、『ベッドでは下克上』ハボ。っつぅことで。


clear

 
> 【単発 ハボロイ】 > 「背」
「背」
09.1.7up
(ハボの背中に惹かれるロイ)
「好きな人の躰の中で、一番好きなところってどこ?」
積み上げられた書類に嫌気が差し、中尉が席を外した隙に逃げ出したカフェでロイの耳に届いた他愛もない会話。
話しているのは若い女性同士だった。

『一番好きなところ』か。
ぼんやりと通りを行き過ぎる人々を眺めていたロイは、思うとも無しにハボックを思い浮かべた。
普段は薄い色合いの蒼い瞳が、自分を護るためにアイス・ブルーになるのが好きだ。
自分を組み敷いて貪るときの深いアズールが好きだ。
それは既にハボックに告げてある。

しかしまだハボックに言っていないことがあった。
それは自分がハボックの背中を見ると安心すると言うこと。

言わなかったのには理由がある。
あの広い鍛え上げられた背中が好きだと告げるには抵抗があったのだ。
自分だって幾つもの戦場をくぐり抜けた軍人である。
普段も(サボってばかりだと思われてはいるが)躰を鍛えることを怠っている訳ではなく、体術だって人並み以上だと自負している。
焔だけに頼っている訳ではないのだ。

それでも自分の躰がハボックのように筋肉質になれないこと。
その躰が『逞しい』とは決して言えないという自覚。
それは誰にも告げたことがないが、ロイの中では密かなコンプレックスであった。
それ故に素直に口に出せない言葉。

「お前の逞しいが引き締まった背中が好きだ」

どうしてもそのコトが言えない。


しかしまた一方その躰が自分を護るために存在していることに陶然とすることすらある。
抱き合うときはただハボックに愛される自分だが、本当はハボックの背中に唇を落としたいといつも思っている。

その背中までが自分のためにあるのだと言い触らしたいくらいに本当はハボックの背中が好きなのだ。


「わ!雨よ!」
にわかに周りがざわめきだした。
通り雨だろう。
しかし『雨』はロイの精神を少なからず消耗させる。
それはかつて自分の産み出した焔が連れてくるモノだったから。
煤煙を含んだ雨は黒かった。
それを浴びながら自らの罪に苛まれたのはいつの日だったか。
今はそれを知る中尉が雨の折に自分を『無能』と呼ばわってくれるのが本当は救いになっている。

沈み込んだ思考が救いがたい暗さを纏い始めたとき
「こんなところにいたんスか。」
青空のような瞳を笑みで細くして、欠けていたものが目の前に居た。

「…よく…解ったな。」
いつもなら軍内部で昼寝をしている自分だ。
どこにいても探し出すハボックに、自分に発信器でも付けられているのかと疑っていたのだが。
「今日はなんとなく、外に出たのかなって思ってたんス。」
さりげない言葉だが、隠しきれない荒れた呼吸に必死で自分を探してくれていたのだと解る。

「オレはあんたのいるところはなんでだか解るんスよ?」
ああ、お前の笑顔も好きだ。
そんな少女趣味なことを告げるつもりはないが。
代わりにお前に微笑みかけよう。
お前が好きなのだと、少しでも伝わるように。



「どうしてあんたってそうなんですか!」
テロの鎮圧に自分が出ていくのはいつものことだ。
なぜ今更ハボックは怒るのだろう?
銃しか武器を持たない部下が死ぬよりは、焔で決着を付けられる自分が出ていく方が被害が少なくて済む。
私はもう部下を犠牲に生き残るのは厭なのだ。

「ヤツらは火薬を用いる武器を備えていなかっただろう?
 私がケシ炭にする方が早かった。」
「オレはそんなことを言ってるんじゃありません!」
だから今日はどうしたと言うんだ?
「オレがあんたの援護に付くまで動くなって言ったでしょう!?」
そう言えばそんなことを中尉に言われたような。
しかしリーダー格のヤツが逃げようとしたのだ。
残された者は雑魚でしかない。
そう判断したから私は単身乗り込んだ。
誰も無駄死にして欲しくなかったから。

「あんたが一人で乗り込んで、大きな怪我でもしたらどうするんです!」
表情は怒っているクセに、私の躰に廻した腕は優しかった。
「あんなヤツらに私が傷付けられるとでも思っているのか?」
不遜な口調で告げながら、私もハボックの背中に腕を廻した。

ああ、この私を護り切ると言わんばかりの広い背中。
私の為だけにあると公言されているこの背中。

「だから…あー、もう!
 無茶はせんで下さいよ!」
決して私の顔を見ようとはしないままにハボックが言い放つ。
「無茶など…してはいない。」
言い訳のように私も告げる。

それでもどこかで、またこの背中に触れられたことを悦んでいるのは事実だ。
そして…この背中が自分の為にあるのだと優越感に浸ることも。

手放せない。
この躰を。
この…私を愛すると囁く心を。

私もハボックの顔を見ないまま、むしろ無表情を装ってそっぽを向く。
私の溢れてしまう想いは、きっとハボックの背中に廻したこの腕に表れているだろうから。

ハボックの背中、それは私が一番好きなところ。
それは一生告げるつもりはない。


いつか私が土に還るとき、お前が生き伸びて幸せになることを祈っているよ。

ただ…この背中は私の為に有ったと。

なあ、ハボック。
それだけは…その事実だけは私に確信させてくれないか?



         fine


clear



 
> 【「錯」シリーズ】
【「錯」シリーズ】
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.1
「錯」 Act.1
09.1.7up
【注意書きです】
いつもの「エドロイ」本編とは違う、「錯」シリーズ(ハボロイ)です。




「錯」Act.1



「あんたが好きです。」
と、大佐に告げた。
彼の部下となって随分経ってからのことだ。

俺も大佐も男だ。
正直言って、この恋心(きゃ〜?)に戸惑いがなかった訳じゃない。
俺は今までの人生、当然女の子が好きだったし。(特にボインなオッパイがな。)
大佐も『女ったらし』の異名を好き放題ってか、まぁ女をとっかえひっかえしてたしな。

んで、その余波で俺達は好きな女の子を大佐に取られたりはしてたけど、それについては全て大佐が悪い訳じゃないってのも解ってる。
何も言わなくとも、女の方から大佐に言い寄ってたのは周知の事実だから。
存外に部下思いの大佐が(周囲に言われてるほど)部下の彼女を奪ってるんじゃないってことは知ってたんだ。


それでも(当然、同性同士だし)戸惑った挙げ句にずっと秘めていた想いを打ち明ける気になったのは、ヒューズ中佐に
「ヤツを護ってくれよ。俺が出来なかった代わりにもな。」
と寂しそうに告げられたことが、正直言って大きかった。
実は今まで、中佐には敵わないとどこかで思っていたから。


「ああ…そうか。」
そんな言葉だったと思う。
大佐から貰った返事は。
これはダメかな? と、そん時思ったのを覚えている。
「その…な、ハボック。私も…お前を好ましく思っている。」
ややしばらく経ってからそう告げた人は、いつになく俯いて頬を染めていて。
「本当っすか!?」
「ぅ…ん。」
「俺、恋愛感情であんたを好きなんですけど?」
「ああ。だから私も…そうだと…。」
切れ切れな言葉を紡ぐその人を思わず抱きしめたが、その身体は地位に似合わずとても細くて儚かった。

これは上手く行くと、この人と俺は幸せになれるんだと、その時の俺は有頂天だった。
その時にはヒューズ中佐もホークアイ中尉も俺に真実を告げることなく、この人が幸せになれればいいと(今になって思えば)楽観的に思っていたらしいから。


それから俺とあの人のとても幸せで、同時に…切ない時間が始まったのだった。





clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.2
「錯」 Act.2
09.1.7up
随分と物静かな人だ。
と思ったのは所謂恋人同士になって、割と初めの頃だった。

それまでは部下を人間とも思わない、不遜な人だと思っていたのに。
大佐は2人きりでいる時、普段(信頼されていると言えばそうなのだろうが)無茶な命令をくらっていた俺が拍子抜けするほどに物静かだった。

俺達は2人でいられる時間がある限り、大佐の家で過ごした。
錬金術の本を読んでいるときは勿論俺が話しかけても気付かないほど集中をしていたが、そうでないときも…なんて言ったらいいんだろう。
大佐は…
そうだ。
佇んでいた、と言うのが合っているかも知れない。

いつも部屋に、ただ静かに佇んでいた。

それはいつもの自信と気迫が溢れ出すような様子とは全く違っていて。
快活に、あるいは傲然と笑い野望に向かって突き進んでいく大佐とはまるで別人のようだった。

大佐と過ごした部屋にはいつも幽かな光が満ちていたように思う。
(我ながら詩的だとは思うが。)
それは今思い返すと、つきあい始めてわずかな期間のことだったのだけれど。

誰にも見せない、そんな儚げな様子を俺だけに見せてくれることにも、こんな穏やかな時間を俺が大佐に与えられているのだということにも、その時の俺は酔っていた。
俺はイシュヴァール戦を体験しなかったけれど、あの当時の大佐のことは中尉からも中佐からも聞かされていたから。
(それはイシュヴァール人を錬金術で焼き尽くしたということについてのみだったが。)
こういう静かな時間が大佐には必要なんだよな、と。
そんなことを本気で考えていたんだ。
こんなに心を許してくれてるのは嬉しいなんて思いながら。

大佐は元々自分の躰に無頓着なところがあった。
多少の無理が利く丈夫な躰だと言うこともあったのだろうが。
(個人差はあれ、そうでなければ軍人など務まらない。)
平気で食事を抜いたり、調べ物に没頭して睡眠時間を削ってしまったりするんだ。
俺は愛しい(うは。照れるぜ。)大佐の躰が大切だったから、出来るだけ食事を作って食べさせた。
本に埋もれて一夜を潰しそうな大佐を引き摺って風呂に放り込んだりもした。
存外に甘いもの好きな人に(必死で『簡単!お菓子作り』なんて本を片手に)ケーキと茶を用意したりとかな。
その度に大佐は一瞬戸惑ったような顔をして、それから伏し目がちにはにかんだような小さな笑みをいつも浮かべた。
その表情はホントにかわいくて。
俺は夢中になっていた。


以前から大佐のことは生命を張ってでも護りたいと思っていた。
この人の抱く野望には、それだけの価値があると。
だけどこん時はそれだけじゃない。
なんてーか、この人をもっと喜ばせたい。
この人の為にもっと何かしたい。
そんなことを願ったんだ。
そして俺にはそれが出来ると。
ただ信じていた。

この人が俺を受け容れてくれたんだから。
…と。




clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.3
「錯」 Act.3
09.1.11up
「はいっはーい!メシが出来ましたよぉーっ!」
どうせ声なんざ届いちゃいないと知ってながらも、オレはナベの蓋をお玉で叩きながら声を張り上げる。
これはオレ等の日常の風景。
錬金術の本を読み耽っている大佐からそれを取り上げて、首根っこを掴んで食卓へと引き摺ってくるんだ。
そん時、興味の先を取り上げられた子供みたいな不機嫌な顔で
「ぅー…」
なんてかわいい唸り声をあげる大佐のデコに『ちゅ♡(オレ、バカ?)』とキスを一つ。
だって上目遣いに睨んで来るんだぜ?
かわい過ぎだろ?

そうすっと今度はなぜだか知らないけど不思議そうな顔で、ぐにぐにと(本当は生え際が綺麗な、でもいつもは前髪で隠されてる)デコを擦るんだ。
ホントの子供みたいに。
そんな様子もまたかわいくて、これはもうオレのお気に入りの儀式。

今日もまたデコに…
あれ?
今日はめずらしく読んでいたハズの本を膝に置いて、ソファに座った大佐がオレを見上げていた。

「どしたんスか?その本、面白くなかったとか?」
この人が吟味して大枚をはたいて買った本だ。そんな訳はないだろう。
錬金術の本は目玉が飛び出るほど高くて、オレの給料なんかじゃとても買えるもんじゃないと以前聞いたことがある。
ま、大佐や大将みたいな国家錬金術師にとっては高すぎる買い物って訳じゃないんだろうけどな。

「いや…お前を見ていたよ。」
二人きりでこの家にいる時にいつも聞かれる、やわらかな声で言われた。
いつもの覇気に満ちた声じゃないんだ。
オレは長いことこの人のそばにいたのに、全然知らなかった。
こんな優しい声で話す人だったなんてことは。

「は?オレを?」
「ああ。」
また少し瞳を伏せて小さく笑う。
(そのはにかんだ顔もこれまでは知らなかったものだ。)
「えー、楽しかったっすか?」
なんて応えたらいいのか解らずテキトーをこいたオレに
「楽しそうなのはお前の方だ。」
なんだか真面目な顔で大佐が言った。
「オレ、そんなに楽しそうでした?」
「ああ。お前がそんなに料理が好きだとは知らなかった。
 …それとも私に食べさせるのがお前は好きなのか?」

好きっつぅか、嬉しいっつったらやっぱ大佐に食べて貰うことだよな。
「大佐にお召し上がり戴くことが好ましいです。Sir.」
ぴし、と背筋を伸ばして敬礼すると
「そうか…。私に食事をさせることが好きなのか。」
冗談なのか本気なのか、うんうんと頷きながら呟いている。

なんだかなー。
なんでこの人はこんなにかわいいかなー。
「では、オレが呼ぶ前に本を手放した大佐にゴホービです。」

いつもはデコに落とす唇を
(初めてだ。
 イワユル『オツキアイ』を始めてから初めてだったんだ。
 オレだって、自分がこんなにウブだなんて知らなかったよ。)
…その唇に落とした。


「…?」
触れるだけのキスをして、すぐ離れたオレにやっぱ不思議そうな顔を向けてくる。
「あ…の…。イヤでした?」
えと、この人に「好きだ」って告げて、この人も「私もお前を好ましく思っている」っつってくれて。
でもって確認の意味を込めて
「オレ、恋愛感情であんたを好きなんですけど?」つったら
「ああ。だから私も…そうだと…。」って言ってくれた…よな?

でもオレも大佐も同じ男で。
この人の「恋愛感情で好ましく思う。」のが『セックスを含めた恋人』としての言葉なのかどうか、正直言ってオレは計りかねていたんだ。
だからこれまで(もう2人で過ごすようになって一月は過ぎていたんだけど。)抱きしめたり髪を撫でたり、デコにキスする以外の接触はしてこなかった。

オレはその…この人に欲情してた。
いや、オレとしても多少の葛藤はあったんだ。
えー、なにしろ自分は自他共に認めるオッパイ星人でありましたし、大佐も女ったらしの名を欲しいままにしていらしたからであります。なんてな。
ま、正直言って経験がないから躊躇してたんだ。

大佐の躰に万が一にも傷をつけるようなことがあってはならないと思っていたし。
(そんなことをしたら中尉に銃殺されるのは必至だしな。あ、あと中佐のダガーもきっとオレを貫くだろう。)
そんでも、なんつーかな。
タギる情熱ってーの?
あ、情欲とか欲望っつった方が合ってるか。

はい。正直に言います。
抱きたかったんスよ。
大っ好きな大佐を。
オレのモンにしたかったんです。
抱きたい。
この人がオレに抱かれる顔を、オレを受け容れて揺れるその躰を見てみたいと思ってたんです。
でもそれを大佐が少しでもイヤと思うのなら、決して無理強いは出来ないということも同時に解っていました。

なので、大佐が望んでくれたらいいなーなんて楽観的に思っておったのですが、当然そんな美味しいことなど有り得るハズもなく、オレは…しばらくの間悶々と、そりゃあもぉ悶々とした日々を送っていたのであります。です。death.Sir.






clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.4
「錯」 Act.4
09.1.11up
「いや…?」
えと、聞いてんのはオレの方だったと思うんですが。
「その…キス…。えー、オレにされんの、イヤじゃないっすか?」
なんだか意外だってぇ顔を向けられた。
「厭では…ない。ただ…。」
今度はくすぐったそうな顔で小さく笑う。
うー。かわいいぜ。

「ただ?」
俯き加減なその顔を覗き込んで聞いてみた。
「ああ。ただ…なんだか…女のようだと思ってな。」
はあ!?
ああ、男同士なのにキスなんてってことか。

そうか、この人も戸惑ってたんだ。
オレと同じで、男同士ってことに。
なんかちょっとホッとした。
今まであまりにも告白がすんなりと受け容れられたから、深い意味がないのかと心配だったんだ。
ちゃんとこの人も戸惑うほどにオレに恋(きゃ〜♪)してくれてたんだ。

愛おしさが溢れてきて、オレは柔らかく大佐を抱きしめた。
そして出来るだけ優しい声で告げる。
「大佐を女扱いするつもりはありません。」
抱きしめた躰が少し強張ったように感じたから、オレはあやすように背中を撫でながら急いで言葉を繋いだ。
「でも、あんたはオレの大切な愛しい恋人なんです。
 オレ達は男同士だから、今まで躊躇ってたのも事実ですが。
 オレはあんたにキスしたいし、出来れば抱きたいと思ってます。
 勿論、大佐が望まないなら我慢しますけどね。」
大佐はただ黙ってオレの言葉を聞いていた。

オレはここで大佐が厭がるようなら、抱くのは我慢しようとホントに思っていた。
まぁ折に触れ、ねだることはあるだろうけどな。
いつかはっ!
ってぇ野望があったのは事実だが。
オレの一番大切なのは『公でも私でも』大佐だったから。
大佐が望まないことは絶対すまいと心に誓っていた。

「お前は私を抱きたいのか?」
ゆるやかに顔をあげて聞いてくる。
「ええ。抱きたいです。あんたが望んでくれるなら。」
オレはこの人の一声で動く。
オレの生命さえもこの人のものだ。
恋人になる前から。
オレの絶対の、唯一の人だから。
だからオレはこの人が望むものなら全て受け容れよう。
そんな気持ちで言葉を待っていた。

「では、食事の前と後ではどちらがいいのだ?」
「は!?」
えー。答えはそれですか?
「あのー?」
「お前は私に食事をさせるのも好きだろう?
 だからどちらを先にすればいいのかと聞いているんだ。」
さっきまでのかわいらしい表情はどこへやら、真面目な顔で聞いてくる。

「あー、あの。オレバカだからよく解らないんですが、それはあんたを抱いても良いと言うことっすか?Sir.」
いや、この人がナニを考えてんのか解らないのは今更なんだが。
…ナニ考えてんだろ?

「ああ。お前はそうしたいんだろう?」
「オレはあんたが望むようにしたいんです。」
ホントは飛び上がりたいほど嬉しいけど、オレはこの人の希望通りにしたいんだ。
本音としてはオレが望むからだけではなくて、望まれたい。
それは贅沢だと解ってはいたけど。

「だからっ、いいと言っている。」
ふい、と逸らしたその頬と耳が紅くて。
これは…もしや照れてる?
百戦錬磨のプレイ・ボーイと言われた大佐が?
「Sir?」
顔を覗き込もうとすると、それを避けるようにオレの胸に顔を埋めてきゅ、と抱きついてきた。
「何度も言わせるな。…いい、と言っているだろう。」
ついぞ聞いたことのない、消え入りそうな声。

すんません。
オレ、既に昇天しそうです。
鼻血噴きそうなんですが、ドウシマショウ?
いや、吹き出しそうなのは鼻血に限らず、オレのマグマが滾っちゃってますですdeath!






clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.5
「錯」 Act.5
09.1.12up
「えー、じゃあ、メシ喰って風呂入ったらにしませんか?」
オレ、こんな楽しい計画立てたのって生まれて初めてだ。
メシなんか正直言ってどうでもよかったが、この人にがっついてると思われるのがイヤだった。

「お前は本当に私に食事を食べさせるのが好きなんだな。」
笑って言ってくれるから、ホントにオレは嬉しくて。
「ええ。大好きですよ。Sir.
 あんたには敵いませんけどね。」
デコにキスして言えば、やはりちょっと不思議そうな顔で、でもいつもより嬉しそうで。

「それでなんですが。Sir.」
オレも上機嫌で切り出す。
「ん?なんだ?」
少し不安そうに見えるのは気のせいか?
「今晩はここに泊めて戴けますかね?」
今まで言いたくて、言えなかったことを口にする。

すると、ふ、と力が抜けたように大佐が笑って
「当たり前だろう。今までお前が帰ってしまうから…」
そこまで言って口をつぐんでしまう。
なんだか嬉しいことを言ってくれそうなヨ・カ・ン♪←心底バカ

「帰ってしまったから?
 どうだったんですか?」
「…なんでもない。」
「言って下さいよ。
 ねえ。言いかけてやめるなんてダメっす。」
すんげぇ聞きたくてオレは聞く。
「しつこいぞ。駄犬。」
うわー。出た。イヌ扱い。
ま、一向に構いませんけどね。

抱き寄せる腕に力を込めて、
「ね。聞きたい。…言って?」
いつもより低い声で耳元に囁くと
ふる、と躰を震わせ、小さく息を吐いて
「…厭だった。」
呟くように言ったその人は、耳まで紅く染めて瞳を逸らして。
んっとーになんてかわいいんだか!

「んじゃ、今日はずっと一緒にいますから。」
も一度唇に、今度は深いキスをすると
「…ん。」
くったりと躰を預けて、オレの胸に頬を擦り付けてくる。
オレはまた滾るアレを
「Stay!」と必死に宥めた。
(オレはアレまで犬らしい。)
もうオレは幸せな夜、げっちゅー♪と浮かれまくっていた。


夕食の間、オレはくっちゃべり続けたがその実、自分が何を話していたのか全然覚えていない。
期待と緊張で、それどころじゃなかったんだ。
ただ、大佐も楽しそうに頷いてくれていたことだけは覚えている。

まだ一緒に風呂へ、とは言い出せなかったから大佐の後に入った。
「うー。落ち着け!オレ!」
佐官用の住宅に相応しいでっかいバスタブに、ぶくぶくと鼻まで浸かってオレは自分に言い聞かせた。

一応の知識は頭に入れてある。
男同士のセックスマニュアルなんざ、軍では幾らでも手に入れられるからな。
問題はオレが興奮しすぎてることだ。
やっと!
やっと大佐を抱けるかと思うと感無量っての?
たまんねー!
呆気なく果てるなんてみっともないマネはしたくないから、とりあえず一発抜いておいた。
これで少しは落ち着くといいんだが。


やたらとでかいベッド(オレのベッドの3倍はありそうだ)の真ん中に横たわる大佐は、まるで子供のように見えた。
ベッドの大きさとの対比もあるんだが、どこか不安そうで。

そりゃそうだよな。
男が男に抱かれるんだ。
不安が無いわけがない。
怖がらせないよう、そっと優しくしなきゃな。

「お待たせしました。」
焦る心を押し隠して、オレは微笑みながらゆっくり(と出来たかホントは解らねぇ)大佐の傍らに潜り込んだ。
「ハボック…。」
うわ。そんな心細そうな声も可愛いぜ。
先ずは安心して欲しくて、そっと抱きしめた。
「怖いですか?」
背中を撫でながら聞くと
「怖くなんかない。」
小さい声だがしっかり応えてくる。
…もしや無理をしているんだろうか?

「優しく…しますから。」
(出来るだけ)と内心付け加えたのは、オレの理性が持つか心配だったから。
すると時折見せる不思議そうな顔で見上げてきた。
「どうかしました?」
オレ、変なこと言ったか?
「私は…女ではないぞ?」
へ?
ナニを言ってるんだ?
「はあ…。それは知ってますが?」
「優しくする必要など無い。」

えーと?
よもやこの人は男同士のセックスを格闘技かなにかと間違えていると言うことは?
いや待て。いくら大佐の思考がヘンであってもそれはないだろう。

相変わらず何を考えているのかよく解らないが、とりあえずやっぱ『相手に優しく』は基本だよな?
「大佐が男でも女でも、オレにとって大切な恋人に替わりはありません。
 オレは大佐を、優しく愛したいんです。」
「優し…く?」
「ええ。どうしても多少の痛い思いはさせてしまうでしょうが、なるべく大佐に負担を掛けないように頑張りますんで。
 だから、大佐をオレに戴けますか?」
じっとオレの顔を見てしばらく何か考えているようだ。
オレは大佐の言葉を待った。

「厭だ。」
がーーーーん!
ここまで来てデスカ。
いや、そうおっしゃるのならオレは我慢しますけどね。
やはり怖いんだろう。仕方のないことだ。
「では、オレは帰り…」
「階級なんて厭だ。『大佐』なんてものはやれん。」
は?
「大佐?」
「階級なんかで呼ぶヤツに私はやれんと言っている。」
「えー?」
「だから…そんな呼び方は…厭だ。」
それって名前で呼べってことか?
またオレの胸に顔を埋めてるのは照れているから?

名前で呼ぶのなんか勿論初めてだ。
それを望んでくれるなんて。

も一発抜いて来るんだった。

「ロ…イ?」
興奮しすぎてオレ、声上擦ってるよ。
でも名前で呼べるのって、すんげぇ幸せな気持ちになれんだな。
知らなかった。
ああ。顔、あげてくんないかな。
どんな顔してるんだろう。
「ロイ?顔を見せて下さいよ。」
「ん。」
そう応えながらも仲々顔をあげてくれない。

「ロイ?」
しびれを切らして大佐…ロイの顔のところまでオレも下がった。
覗き込んだ顔は意外にも笑顔で。
「やっと呼んだな。いつまで階級で呼ぶのかと思っていたぞ?」
その満足そうな顔がいつも通り偉そうなんだけど、いつもよりかわいい。
「すんませんでした。これから二人きりの時は名前で呼んでも?」
こつ、とデコとデコを軽く合わせると
「当たり前だろう?……ジャン」
オレには要求したクセに、最後の言葉はえっらい小さな声で囁いて来た。

いや、もう2発抜いて来るんだったかも知れない。

なんかもう、かわいいとかいじらしいとか可憐とか
ああ、オレの貧困なボキャブラリーじゃ表し切れねぇよ!
とにかくオレはたまんなくこの人が好きなんだと
気持ちが溢れて仕方が無くて
ただもう

ぎゅっと抱きしめた。







clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.6
「錯」 Act.6
09.1.16up
抱きしめたまま、触れるだけのキスを何度かして。
それをいやがる様子が無いことを確認してから、そっと舌を差し入れた。
くちゅ、と濡れた音が静かな寝室に響く。
「ん…ふ…。」
甘い声をあげる人の指がオレの髪を掻き回すように匍わされる。
その吐息すら自分のモノにしたくて、一層激しく口中を弄(まさぐ)ってしまう。

「は…」
唇を解放すると飲みきれなかった雫を顎に垂らしたまま、うっとりと惚けた顔を無防備に晒してくれる。
「あんたの唇は甘いっすね。」
それを舐め取ってくす、と笑って言えば
「ただの…器官なのにな。」
謎かけのような言葉。

「キカン?」
目蓋にもキスを落としながら問うと
「唇…。
 言葉を告げ、食物を摂取するだけのものなのに…。
 お前が触れると違うもののようだ。」
そんな可愛いことを言う。
「れ? たい…ロイはキスしたこと無い訳じゃ…?」
ないっすよね?
だってあんだけ女と付き合ってたのに?

「ああ…ほとんど無いな。」
マジで!?
「無いんすか? え? だって…」
「ご婦人とはただの遊びだった。互いにな。
 だから…ほとんど唇には触れなかった。」
え?それって?
「キスは…本命とだけとか?」
いやいや、それは娼婦の話じゃなかったか?
『唇は商売じゃ売らない』みたいな。

「別に後生大事にそう思っていた訳ではないが。
 なんとなくな。」
ふ、と笑う唇にもう一つキス。
「嬉しいっす。じゃあここはオレだけのものなんですね。」
「ん。ジャン…もっと…。」
オレ達はこれだけで一晩が終わるんじゃないかってくらい、飽きずにキスを繰り返した。


それでもオレは勿論キスだけじゃ満足できなくて。
どこを舐めても甘い躰の全てにキスを落とした。
舐めて、時折軽く歯を立てて。
それこそ肩も胸も背中も指も。

何度目か(特に感じると知った)胸を舐っていると
「どうして…こんなに女のように扱う…?」
幸せそうに(とオレは思っていた)閉じていた瞳を開いて聞いてきた。
『女のように』ってのは受け身でいるということかな?
「女扱いしてるつもりはありませんが…。イヤですか?」
「厭ではないが…。お前はこういうのが好きなのか?」

えー。好きとかではなく、オレが知ってるセックスってこんな感じなんだけど。
「ロイの躰はどこもかしこも甘いっすからね。こうして舐めるのは好きです。」
笑って言うと、頷きながら
「うん。そうか…。」
納得したみたいだ。

この人って、もの凄く経験のある人なんだよな?
やっぱ受け身になるのは勝手が違うのかな。
それでも決して厭がってはいないからオレは安心してたけど。

「ん…ジャン…。お前も脱げ。」
ふと自分だけ服を脱がされていたことに気付いたようだ。
オレはこの人の躰に触れることに夢中で気付いてなかった。
「ああ。すんません。」
言いながら服を全て脱ぎ捨てると、見上げていたロイの視線がオレのモノに止まってじっと凝視している。

ビビられたかな?
オレのは自分で言うのもなんだが、相当デカい方だ。
これが自分の中に挿入ると思ったら怖くなったのかも知れない。

「これがあんたの中に挿入るんすけど…怖いですか?」
ロイの手を取って、オレのモノに触れさせてみた。
ダメだと言われるなら早い方がいい。
オレの我慢が効かなくなる前に。

「怖くなんか…ない。」
無理をしているかもと心配だったが、オレのモノを撫で上げるロイがこく、と喉を鳴らすのが聞こえた。
その表情は陶然としている。
これなら本当に怖がっている訳じゃないだろう。
オレは安心して進めることにした。

『とにかくきっちり慣らさないと、相手はつらいぞ。
 ちゃんと解してやるんだ。それが一番肝心だからな。』
軍で同性相手の経験の有るヤツに聞いても、それ用のマニュアルを読んでもクドいくらいに注意されたこと。

勿論ロイにつらい思いはして欲しくない。
急なことであいにくローションなんか用意してなかったから、オレはキッチンから持ってきていたオリーブオイルをロイの後孔に垂らした。
「ん…冷た…。」
びく、と強張る躰に
「すぐあったかくなりますよ。」
宥めるようにキスをして、オイルを絡めた指をそっと差し込む。
ぬるぬると滑る後孔はきつかったが、思ったほどの無理はなくオレの指を飲み込んだ。

ロイの中は暖かかった。
いや、熱いくらいだった。

少なくとも指が3本動かせるようになるまでは解せって書いてあったよな。
オレは男の躰がどうなってるかなんて知らなかったから、ナカが指を舐るように蠢くことに驚いた。
これなら女の躰より気持ちがいいかもな。
そんなことを思いながらも、無理のないように気遣いながら指をもう一本増やした。

そろそろ3本挿れても大丈夫かな?
そう思っていると、顔を覆うように腕を上げていたロイが
「お前は…こうするのが好きなのか?」
少し息を荒げて聞いてきた。
「こう…って?」
「指…で…弄るのが好きなのか?」
えー、好きっつーよりは必要なんでやってるんですが?

「こうしないと、あんたがつらいんですよ。」
この人の方が軍歴が長いから知ってるかと思ったけど。
まぁ、女に不自由してなかったから知らないのかもな。
「? どうして?」
ああ、やっぱ知らないんだ。
男同士の行為なんて、この人には必要なかったんだろうしな。

「こうしないとね。女とは躰の作りが違うんで、あんたがオレを受け容れられないんですよ。」
「…そういう…ものなのか?」
そんな不思議そうな顔も無邪気でかわいい。
オレがこの人に教えられることなんて、規則正しい生活をすることくらいしかないかと思ってたよ。
特にこういう色事は。

「そうなんですよ。オレもあんたと同じく初めてですから、少し不安はあるんですが。
 あんたが少しでも苦しくないようにしたいんです。」
ちゅ、とキスを落とすとくすぐったそうな顔をする。

「痛くてもいいのに…。」
囁くような呟きが聞こえたが
「そう言う訳にはいかんでしょ?オレはあんたを苦しめるために抱くんじゃないんです。」
指をもう一本増やし蠢かしたまま、こつ、とデコを合わせた。
「ん。ジャンの好きなようにしてくれればいい。」
ほ、と息を吐きながら、んなことを言うから。
すんませんが、ほんっとーに申し訳ないんですが、オレの忍耐はここでキレました。

「挿れますよ?」
オレ、今息荒いよな。
強いて言えば『野獣』? と化してるかも。
でもそんなオレにロイは
「ん。」
としっかり頷いてくれて
「ジャン…早く来い…。」
なんて言ってくれるから。

『一気に挿れるとキツいからな。少し挿れてつらそうなら一旦少し戻せ。
 それからまた相手の様子を見て、少しずつ進めるんだ。
 それを繰り返して最後まで挿れるんだぞ。』
なんて、貰った助言なんかすっかり忘れて。
一気に押し込んでしまった。
で、例の助言を根元まで差し入れた後に思い出したりして。
だって背筋が痺れるほどこの躰は悦楽をもたらしてくれる。

ああ、この人と今一つになってるんだ。
じーん……。
感動に浸っていたが
「んぅ…ン…ッ!」
苦しげな声をあげて、頭と腰だけで躰を支えるほど反り返った躰を抱きしめて我に返った。
「たい…ロイ!大丈夫ですか!?」

は、は、と息をしながら
「平気だ…ぞ?」
と応えてくれるその顔はそれでも色を失っている。
「抜きましょうか?」
いやそれはオレがつらい。
こんな快感は今まで知らなかった。
なんて言ってる場合じゃないだろ!? オレ!
オレがこの人を苦しめてどうする!

それでも
「抜く…な。どうしてそんな必要がある?」
なんて言われちゃ。
「あんた、つらくないっすか?」
挿れたまま聞いてしまう。
「全然つらくなんかないぞ?」
応えた後に躰を捩って
「…ぁ…。」
吐息とともに吐き出される幽かな声。

え?
感じてる?
えー。
(脳内マニュアル参照中。
 『受け身の男が初めてで感じることはマズ無い。そりゃ女の場合を考えても解るだろ? 女だって最初から感じることなんかない。まして不自然な男の躰だ。
 とにかく回数を重ねて慣れて行くしか方法はない。』)
ってぇことは、この人のこの反応は?
と思って、ロイのモノを見るとやはり少し兆してはいるものの、依然小さいままだ。

ああ、やっぱ感じてる訳じゃないんだな。
無理もないよな。(再度マニュアル参照中)
それでも、そんなに苦しんではいないようなのが救いだ。

「ロイ…動いてもいいっすか?」
ロイが感じていないのに申し訳ないとは思うが、この人の躰は凄く気持ちが良くて。
「ああ…。」
しっかり応えを貰って、オレは動くことにした。
ずるり、と引き出しては最奥を突き上げる。
最初はおずおずと遠慮をしていたが、やがてそんな余裕は無くなった。

「ぁ…ロイ!」
イく寸前に引き出す余裕なんてなくて。
オレはそのままロイの中に果ててしまった。
瞬間、中尉の怒り顔が脳裏に浮かんで背筋に寒気が走ったのは気のせいだろうか?

今まで覚えのない快感に翻弄され、はぁはぁと荒い息を吐きながらもオレはまだ満足できなかった。
もっとこの人を抱きたい。
もっとこの人を感じたい。
それでも。
(脳内マニュアル再度参照中。
 『慣れない男同士の行為なのだから、最初は一日一回。次回は躰が慣れるまで数日置くべし。毎日など言語道断。』)

「ロイ…大丈夫ですか?」
マニュアルに沿って行為を終わりにしようとキスを繰り返すと
「ん…ジャン。」
鼻と鼻を擦り、それから頬を擦り付けてくる。
んああ。かわいいぜ。

「すんませんが、あんたのナカに出しちゃったんで後始末しましょう。」
と聞くと
「もう…終わりか?」
いつもの不思議そうな顔。
「え…と。だってつらいでしょう?」
「つらくなんかない…。」
妖艶な顔で誘惑してくる。
「あの…オレ、止まれなくなりますからやめて下さいよ。」
この人を護ることがオレのアイデンティティなんだから…さ。
あ、今オレ、声が小さかったな。

「…お前は…もう満足したのか?」
そんなこと、そんな艶やかな顔で言われちゃ。
「オレはもっとあんたが欲しいんですが。…大丈夫ですか?」
「平気だ…。」
マニュアルって、アテになんないモンだなー。
実践が大事ってのは、普段から身に沁みてはいるんだけど。

再度オレを差し入れた時
「ぅ…ん!…ジャン。もっ…!」
洩れるように声を出した直後、はっ!と焦ったような顔をしたから。
オレは思わずにんまり笑って
「もっと?欲しい?」
耳元に囁いた。

「んっ…ゃ…。」
耳に囁かれるのが弱いんだな。
くすぐったそうに躰を捩っている。
「ねえ。ロイ?」
もう一度言って欲しくて。
「ね?もっと欲しい?…ロイ。」
快感からなんだろうか震えながら、口を押さえてるロイに更に聞く。

「もっとオレが欲しいの?ねえ。応えてくれなきゃ解りませんよ?ロイ。」
くち、と胸を舐ると
「も…と、欲し…。ジャン…。」
ようやく応えが返ってきた。
ホンットーにマニュアルってアテにならないよなー。
そんなことを思いながらオレはもう一度深くキスをして、それから思う存分ロイの躰を貪った。

ロイが望んでくれたから。






色気のねぇベッドシーンですみません…。








clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.7
「錯」 Act.7
09.1.16up
「躰…大丈夫ですか?」
どこもかしこも汗だのなんだのでドロドロになっている。
でもそれも堪らなく気持ちがいい。
ちゅ、ちゅ、と子供のようなキスを頬やデコに落として聞くと
「ん…平気だ。」
力無い声が返ってくる。

オレ、何回ヤっちゃったんだろ?
確か…3…いや、4回?
初めてだってのに、これはマズいよな?
今更ながら血の気が引いた。

「あの…無理しないでホントのこと、言って下さいね。」
いや、ダメだとか死にそうとか言われてもどうしようもないんだが。
「ん?別に無理などしていないぞ?」
顔を見ると本当に大丈夫そうだ。
ああ、丈夫な人で良かった。
心底安堵した。

「…お前の方はどうなんだ?」
オレを見つめる顔は不安そうで、どっか拗ねたようにも見える。
「どうって…オレは全く元気っつーか、心配されることはありませんが?」
あ!? オレの心配してどうするよ!?
「いや…その…。どう…だったかと…。」
不安そうな顔のまま視線を逸らした。
「ロイ?」
「だから…わ…私で…お前は…」

それは良かったかってことか?
もしかしてオレがロイの躰に感じたかどうか不安に思ってる?
そんなこと、この人が心配するなんて!

「あんたはとても魅力的でした。すんげぇ良かったです。」
頬に手をあてて真っ直ぐに顔を見つめた。
「…本当か?」
それでも不安そうに瞳が揺れている。
こんなにもかわいい人だったんだ。
改めて感動しちゃったよ。

「こんだけ何度も求められて抱かれて、まだ不安ですか?
 オレは今、めちゃめちゃ幸せっすよ?」
「幸せ?」
「ええ。あんたと肌を合わせて繋がったんですから。幸せです。」
出来るだけ優しく微笑んでそっと唇にキスを落とすと、ようやくいつもの小さなはにかんだ笑みを浮かべてくれた。
「幸せ…。そうか。良かった。」
嬉しそうに呟くのがまた堪らねぇ。

「あんたはどうっすか?オレに抱かれて、イヤじゃなかった?」
抱きしめる腕に力を込めて耳元に囁くと
「厭な訳がないだろう。…ジャン?」
やっぱコレに弱いんだろう、くすぐったそうに躰を捩って囁き返してくる声は甘くて。

「ん?なんです?」
「これで…私はお前のものか?」
そんなことを聞いてくるから。
もうオレは蕩け出しそうだよ。
「そうっす。あんたはもうオレのもん。
 愛してますよ。ロイ。」
「そうか…。それは私も幸せ…だ…」
うわぁ。もうホンット堪んねぇな!この人!
オレは力一杯抱きしめてしまった。

「ん…苦し…。」
背中を叩かれて我に返った。
「すんません!だってロイがあんまりかわいいから…。」
「かっ…かわいくなんかない!」
途端に顔が紅くなるのもかわいすぎる。
「かわいいっすよ。オレのロイは♪」
相当脂下がった顔してんだろーなー。オレ。
「……ばか…」
朱に染まった顔で睨まれてもかわいいだけだって気付かないかなー。

天国の門は今オレの前に開いてるのかも知れない。
オレはそんなことをマジで思った。


「ジャン?」
幸せに浸っているとロイが伺うように言い出した。
「ん?なんすか?」
「シャワーを浴びたい。」
「あー、さっぱりしたいっすよね。じゃ、行きましょうか?」
「いや!いい!一人で行く。」
なにを焦っているんだろう?
「? 抱いていきますよ?」
「いい!お前、あっち向いてろ!」
へ?
「ロイ?」
「いいから…。向こうを…向いていてくれ。」
声が弱くなってる。
どうしたんだ?
なんか見られたくないもんでも?

あ…!
「出てきちゃいました?」
オレ、全部中出ししちゃったもんな。
後始末しなきゃなんないんだった。
「…っ!」
聞いた途端、耳まで真っ紅になって黙ってしまった。
そんなに恥ずかしがることだったのか?

「あのー?オレ、やりますから。」
「いいと言っている!!」
ばさりとオレの顔に掛け布団を投げつけて、早足で部屋を出て行ってしまった。
「絶対ついてくるなよ!」
乱暴に閉じられたドアの向こうから声を残して。

ついてくるなっつったって、あの人やり方解るのかな。
解さなきゃ挿入んないってことも知らなかったんだぜ?
つか、後始末しなきゃなんないってことすら知らないんじゃないか?
単にアレはシャワーを浴びに行っただけかも。
ソコまで思い至って、やっぱ行かなきゃとベッドから起き上がった。
だって後で具合悪くなられたら困る。

「ロイ?」
こんこんと浴室のドアを叩きながら声を掛ける。
「…っ!ついてくるなと言っただろう!?」
返事と共にシャワーの音が止まった。
「あのですね。後始末をしなきゃなんないんですよ。」
「自分でやる!部屋へ帰っていろ。」
いや、その自分でってのが不安なんですって。
「あんたやり方解んないっしょ?入りますよ?」
「ばか!入るな!」
んなこと言ったって。
「あんたが躰壊したら、オレが困るんです。」

強引に浴室に入ると、また真っ赤な顔で立ち尽くしている。
「別にお前が困ることはないだろう。」
そっぽを向きながらそんなことを言う。
なんでだ?
「大切なあんたの躰です。困るのは当たり前でしょう?」
またいつもの不思議そうな顔をされた。
うん。オレもこの人がなに考えてんのか不思議だよ。
躰を心配してるのがどうして解らないんだろ?

「とにかく、ナカのを出しましょうね。」
壁に向かって立たせると
「自分でするからいいと言っているだろう!」
身を捩って暴れ出すから、オレは抱きしめて(ココが弱いと今日知った)耳元に
「オレがやりたいんです。…そう言っても…ダメ?」
(やはりコレに弱いと知った)殊更低い声で囁いた。

「ぅ…。」
ふる、と躰を震わせて
「そんな…こと…がしたいのか?」
消え入るような声。
それがあんまりかわいいから、少し虐めたくなって
「ええ。この綺麗な躰に指を差し込んで掻き回しながら、あんたのナカにオレが放った精液を浚い出したい。
 この白い肌にソレが伝うのを見たいです。」
指先でロイの内腿をつ、と辿り、耳朶を舌で舐って甘咬みしながら囁いた。
「……。」
うなじから肩まで紅く染めながら、黙って俯いてしまう様子がまたかわいくて。

どうして二人きりでいるときはこんなに別人のようなんだろう。
軍でこんなことを言えば、問答無用で燃やされるだろうに。
オレはいつもの尊大なロイも、こんなかわいいロイもどちらも愛してる(きゃ♡)けど。

「じゃ、挿れますよ?」
壁に手をつけさせ、少し開かせた脚の内側に指を滑らせた。
「っ!…さっさと…。」
焦らすように膝から這い上がってくる指に、それでも弱い声で文句を言う。
「なに?早くナカに挿れて欲しい?」
意地悪だと自分でも解る声で囁くと
「…ぁ…っ!」
ぴくりと躰が揺れて、慌てた様子で口を押さえた。

「ロイ?」
「なんでも…な…」
手の力が抜けたのか、肩と頭を壁につけて躰を支え、口を押さえたまま俯いている。
? まさか、感じてる?
ロイのモノを見ると、少し勃ち上がっていた。

そういえば。
あんまり幸せだったから、オレはそれまで全然思い至らなかった。
抱いているときにロイが感じてなかったことも、一度もイってないことも。
まぁ初めてなんだから感じるのは無理かも知れないけど、オレばっかりイってたんだよな。
これはマズかった。

「ねぇ、ロイ。イきたい?」
それでも恥ずかしがるロイがあんまりかわいくて、オレはもっと虐めたくなってしまった。
「…。」
「イきたくないんだ?」
あっさり触れていた躰と指を引くと、小さく躰を震わせて
「…き…たい…。」
呟く声まで震えている。
「じゃあ、ナカを綺麗にしたらイかせてあげますからね。」
「…ゃ…その前に…。」
オレの顔を見られないままに小さな声でねだってくる。

「ダーメ。
 そうだな。もうあんた立ってらんないみたいだから、ここに腕を乗せて?」
膝を折らせて、腕をバスタブのフチに掛けさせる。
四つん這いみたいな形にさせ、その膝を大きく開かせた。
「うん。よく見える。」
後ろから悦に入った声で呟くと
「こんな格好…厭だ。」
それでも決してオレの方を見ようとはしない。
益々オレは図に乗った。
「そ?じゃイくのもやめますか?」
「ぃや…だ。」
くぅ〜♪たまんねぇ。

「じゃあこの格好でいいですね?」
オレからよく見えるし、と囁くと
「ぃ…ぃ。」
消え入るような声が返ってくる。
つと覗き込んだロイのアレはもうぴくんぴくんと震えて雫を垂らしていた。
うーん。今日随分我慢させてるんだろうな。
オレばっかイっちゃって。
さすがにちょっと申し訳なくなったので
「じゃあ、綺麗にしましょうね。」
さっさと済ませようと、2本の指を奥まで突き挿れた。

その瞬間
「ぁあ…っ!」
いきなり声をあげたかと思うと、背を反らせてロイが果てた。
「え?」
「ぁ…。」
オレもびっくりだが、ロイも驚いたようだ。
そりゃそうだ。
ロイのに触ってもいないのに、指を挿れただけでイったんだから。

ホンットーに我慢させてたんだな。
オレ、勝手だったよ。
あんまりこの人がかわいくて、オレの言いなりになってくれるから調子に乗りすぎた。
「あー。すんませんでした。」
脚の力も抜けたのだろう、ぺたんと床に座り込んでいるロイを後ろから抱きしめた。

「? ナニを謝っている?」
息を乱しながらようやくオレの顔を振り返ってくれたその表情はやはり不思議そうだ。
「調子に乗ってあんたを虐めちゃって。ホントすんませんでした。」
「虐めた?…のか?」
「はぁ。そうっすけど?」
「あれで?」
あれで?って、基準はなんなんですか?
ああ、ロイが大将を虐めるよりは確かに…。
って、そういうもんじゃないだろう?

「その…ごめんなさい。えと、怒ってないんすか?」
「別に怒ることなどされていない。お前は気にしないで…いい。」
うん。ま、確かに恋人同士の…その…いちゃいちゃの範疇と言えばそう…か?
それを赦してくれる人だったというのが正直意外なんだが。
「あー、もう一度イきます?」
おい、それが侘びの形か?オレ!

「いや、もういい。…ジャン、シャワーを浴びよう。」
ちゅ、と少し伸び上がって肩越しのキスをくれた。
ロイからキスをしてくれたのは初めてだ。

オレは途端にまた舞い上がった。
嫌がるロイの躰を泡だらけにしながら隅々まで洗って、2人でバスタブに飛び込んで後ろから抱きしめて、濡れた躰をタオルに包んだままベッドまでお姫様抱っこして。

なんだかやたらと笑いながら、オレはロイの髪を拭きパジャマを着せて何度も抱きしめてキスをした。
お前の腕が痺れるからダメだというロイに、じゃあ眠るまでの間だけと腕枕をして。
抱きしめ合って脚も絡めて。

オレは今、腕の中に宝物を抱きしめているんだなぁと、そんなことを思いながら幸せな眠りに落ちていった。







clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.8
「錯」 Act.8
09.1.17up
んはー。よく寝た。
オレは寝覚めがいい方だ。
元々ベッドに転がればすぐに眠る質だったが、軍に入ってからは益々短時間に深く眠るのが得意になった。
(どんな状況でもがっつり眠らなくちゃ保たないからな。)

今日は今まで生きてきた中で一番いい朝なんじゃないか?
だって横にはオレの生命より大切なロイが眠っている。
こんな子供みたいな顔で眠るんだな。
あどけなく見えるのはきっと、瞳が見えないせいだ。
野心を秘めた力強い光を持つその瞳。
それが閉じられているから、こんなに儚く見えるんだろう。
…いや、2人で過ごすときはやはり瞳が違っている。
優しいというか、穏やかに見える気がするな。

虹彩と瞳孔の彩差がほとんどない瞳。
ロイはオレの蒼い瞳が好きだと言ってくれるけど、オレはロイの漆黒の瞳が好きだ。
黒炭色の艶やかな髪と同色のこの瞳に見つめられるとどこまでも引き込まれそうな気がして、そんな酩酊感もオレを酔わせる。
どこまでも深くて、どこまでも愛おしいこの人。
オレの腕に掴まえられるなんて、つい一月前までは考えられなかったのに。

「腕枕させてくれませんか?」
昨夜聞いたオレに
「ダメだ。お前の腕が痺れるだろう。」
差し出した腕に、頑なに頭を乗せようとしなかった人。
理由はオレにも解っている。
オレはこの人を護る楯で、矛だ。
多少頭は悪いかも知んないが、銃の腕は(中尉には敵わないまでも)この人の役に立てるモノだと自負している。
そのオレの最大の武器である腕が使えなくなるから。
だから腕枕を拒んだんだってことは。
それでもオレはこの人に腕枕をしたかった。

しっかりと抱きしめたかったから。
腕枕をした腕で肩を抱き、もう一方の手で腰を抱き寄せ脚も絡めて。
この人の全部をオレは今抱きしめているんだと確認したかった。
2人でいるときはどこか儚いこの人を、しっかり掴まえているんだと実感したかったんだ。

そんなオレの気持ちが解ったんだろうか。
「じゃ、眠るまでの間だけ。ダメっすか?」
そう言ったオレに、ようやく
「私かお前のどちらかが眠るまでだぞ?」
もっともらしく頷いた顔は仕方がないとでも言いたげで。
そのクセ、腕に乗せた頭をもぞもぞと動かして、据りのいい場所を探り当てた時にはえらく満足そうな顔を見せた。
オレはそれを見て安心しちまったんだ。
くすりと笑ってしまったくらいに。
オレ達は今、同じ幸せを抱きしめ合ってるんだなんて。


いつまでもこのかわいい寝顔を見つめていたいけど、今日も軍務が待っている。
すぐに食事を抜くこの人に、しっかり朝メシを食べさせなくては。
ふと窓へ視線を向け、それからこの部屋全体に瞳を向けると、なんだかオレの心情と同調するように優しい空気に包まれているような気がした。
ロイと過ごすようになってからだ。
空気が優しいなんて感じるようになったのは。
極小さい幽かな光の粒が部屋に満ちているような、そんな感覚。

これが幸せってヤツかも知んねぇな。
そんなことを思いながらロイのデコにキスをして、そっと起き上がった。

「んー。トーストと、スープ…は朝でもポタージュが好きなんだよな。
 卵はオムレツでいっか。」
そんでも野菜の足りない人には、昨夜茹でた野菜にチーズとハーブソルトを掛けてと。
トーストとコーヒーをセットして、フライパンを持って献立を考えていると、いつもは朝飯が出来てから叩き起こす人がキッチンに現れた。
瞳を擦りながらだけど。(くぅ〜!ホント可愛い♪)

「ロイ?今日は早く起きたんですね。」
「んー。ハボ…。」
あれ?寝ぼけてる?
や、別に『ジャン』って呼んで欲しい訳じゃ…あるけど。
「どうしたんスか?」
寝乱れている髪を梳きながら問うと
「起きたらお前がいないから。」
言いながらオレのシャツの裾を握る。
ん〜。オレ、朝からサカっちゃいそうだぜ。
「すんません。あんたの朝飯を作んなきゃと思ったんで。」
「ん。」
納得したのかしないんだか。
きゅ、と抱きついてくる人はまだ寝ぼけてる。

「ジャガイモがありますね。」
「ジャガイモ…。」
好き嫌いのはっきりしている上官が呟く。
「解っております、Sir。
 揚げたのと焼いたのが割と好き。煮たジャガイモは嫌い。
 でも、マッシュポテトはお気に入り、ヴィシソワーズとジャーマンポテトは大好物、ですよね。」
最早暗記してしまった好みを言うと
「ん。さすがに解ってるな。
 …他に私の好みは解っているかね?」
瞳が覚めたのか、いたずらな表情で聞いてくる。

「Sir。金髪金目の少年がお好き。」
と告げると
「まぁ、あの綺麗な獣は確かに好きだな。」
好き、って程度じゃないだろう。あの構い方は、とは思いつつ
「鎧の少年もお気に入り。」
「うん。あの子は優しいな。強くて優しい。」
「金髪にはしばみ色の瞳の女性もお好みですよね。」
すると小さく笑いながらの返事が返ってきた。
「確かに、恐ろしい存在ではあるが、中尉も好きだ。」
「黒髪に緑の瞳、スクエア・グラスの理解もあんたには必要でしょう?」
「その通りだ。だが…。」
なんだか歯切れの悪い答えだ。
「Sir?」
「…ヴィシソワーズが飲みたい。」
とん、とオレの胸を押して後ろを向いてしまった。
ご機嫌を損ねたか?
「申し訳ありませんが、アレは朝じゃ時間が足りません。」
作るのはいいんだが、冷やす時間がない。
「じゃあいい。」

そのままキッチンを出て行こうとする。
「ロイ?」
後ろからそっと抱きしめると
「どうして…ぃち…が出てこない?」
やっぱり拗ねているようだ。
「は?すみません。聞こえなかったんですが?」
いち?位置?市?
「なんでもない。着替えてくる。」
「ナニを怒ってるんスか?『いち』の続きは?」
振り解こうとする躰をもっと抱き寄せて耳元に囁いた。
「…」
小さく躰を震わせながら、それでも応えてくれないから。
「いち?ナニ?」
重ねて聞いた。
「い…一番好きなモノをお前が…あげないから…。」

ごめんなさい!中尉。
遅刻してもいいっスか!?
このまま押し倒したいんですけど!?

「ロイの一番好きなモノって、ナニ?」
それでもロイの口から聞きたくて。
「ばっ!…」
そのまま黙ってしまうのも可愛すぎだ。
「ねえ。言って?」
ロイの弱い低い声で囁くと、しばらくしてから口を開いた。
「…蒼い瞳で…」
「うん?」
ああオレ、今しまりのない顔してんだろーなー。
「金色の毛並みの。」
毛並み?
「雑種だが飼い主には忠実な、駄犬だ。」
「うへ。やっぱ犬なんスね。」
しかも雑種で駄犬かよ。
くるりとオレの方を向いて
「嘘だ。お前は仲々いいイヌだ。」
ちゅ、とキスをくれてすぐ翻る。
「着替えてくる。」
やられた。と思ったがその後ろ姿から覗くうなじが紅く染まっていた。

ちくしょー。マジ、可愛すぎるぜ。
もうオレは幸せ真っ直中だった。

この時気付かなくちゃいけなかったのに。
この人は自分の希望なぞ、全くオレに求めてなかったことに。
オレが望むことしかしようとしてはいなかったってことに。


それからは、もー超絶幸せな日々が続いた。
少なくともオレにとっては。
軍務はオレがロイの護衛官である為、結構重なっていることが多い。
それ以外ではオレは肉体労働中心で、書類に追われるロイと離れて外回りのこともあったけれど。
シフトがずれてロイが後から帰宅するときは、オレは食事を作り(ロイの)家の灯りを点けて待っていた。

それは一度ロイが後から帰ってきたときに、しみじみと玄関からリビングを見渡して
「いいものだな。」
と呟いて。
「は?ナニがっスか?」
聞いたオレに
「うん。帰って来るときに家に灯りが点いていて、誰かが出迎えてくれるとはいいものだと思ってな。」
やはり小さく笑って言ってくれたことがあったから。
それからオレは必ず灯りを灯すようにしていたんだ。


ある日、日勤だったんだが仕事が片付かず、オレが深夜近くにロイの家に帰った(そう!もう『帰る』って言える状態だった♪)時、ふと道から見上げるとリビングの灯りが点っているのが見えた。
ああ、これか。ロイの言っていたことは。
オレにも理解が出来た。
あそこにオレを待つ人がいる。
そのことが心に暖かいものを灯すんだ。
オレ達の場合はちょっと違うんだろうけど、家庭を持つ幸せってこういうものかも知れないな。なんて思ったりして。

それでももう遅いから眠っているかも知れない。
そう思ってそっと鍵を開けて家にはいると、リビングのソファで眠っているロイと、テーブルには山盛りのデリカテッセンの総菜。
オレがうるさく言わないとすぐに食事を抜く人が、わざわざ食事を買ってくるなんて。
なんだか感動してしまった。
オレの為に買ってきてくれたってのも勿論嬉しかったが、きちんと食事をしようとロイが思ってくれたことに。

とても食べ切れなさそうなその量はそのままオレの幸せの量に見えた。
食の細いこの人がきっと迷いながらあれもこれもと買ったんだろう。
その光景を思い浮かべるだけで嬉しくなる。

錬金術の本を読んでいて眠ってしまったらしい。
傍らに本を落として眠っているロイにそっと毛布を掛けてから、オレは総菜を温めて皿に盛った。
先日の話を思い出したのか、ヴィシソワーズは買ってきているクセにパンを忘れているのがロイらしくておかしい。

(普段は無能と呼ばれているが)軍人として有能で戦闘能力が高く、錬金術師としても優秀で、若くして大佐の地位にいて、女にモテまくりで。
なにより指導者としてカリスマ性とさえ言える程の類い希な資質を持つ、外見は欠点のなさそうなこの人。
でも本当は子供のようにあどけないところがあって、結構抜けている人。
オレの前では儚くて物静かで、もうめちゃくちゃに可愛い人。

食卓を調えて、ソファの前に腰をおろす。
そっとロイの髪を撫でながら、名前を呼んだ。


ロイの部下になったばかりの頃。
それはイシュヴァール戦からそう経ってはいない時だった。
その頃のロイは喩え眠っていても、誰かがそばに来るだけで瞳を覚ましていた。
サボって中庭や書庫で眠っているときは勿論、仮眠室で眠っているときでも。
オレ(に限らず誰か)が近づくだけで瞳を覚まし、無意識だったようだが射るような瞳でこちらを見ていた。
近づいても瞳を覚まさなくなったのはどの位経ってからだっただろう。

それでも触れるだけで、やはり瞳を覚ましていた。
そう言えば一度、名前を呼んでも起きないからと腕に手を置いた途端、弾かれたように躰を起こして、なんだか怯えたように後退ったことがあったな。
すぐに大きく息を吐きながら「夢を見ていた。」と言っていたが。
やはりイシュヴァール戦はこの人の心に傷を残しているんだとその時実感したのを覚えている。

そのうちにオレ達がいても平気で眠るようになった。
それは執務室でも同様で、中尉が青筋を立てることが多くなったんだけど。
それでもオレ達に気を許していることに、中尉も安心して喜んでいるのがなんとなく解った。

やがてオレが触れても起きなくなって。
それはオレに限らないのかと思っていたら、ブレダに聞いても誰に聞いてもそんなことはないと言われた。
(未だにそうらしい。)
ああ、オレだけにそんなに気を許してくれてるんだと思ったら、以前からもやもやと心に浮かんでた想いが形を持ったんだ。


そんなことを思い出しながら、髪を梳いて名前を呼び続けるとようやく瞳を覚ました。
「ハボ…?」
寝ぼけながらの舌っ足らずな声で。
「食事の用意が出来ましたよ。」
デコにキスを落とすと
「ああ…おかえり。ジャン。」
腕を廻して抱きついてくれる。
可愛い愛しいオレの恋人。

「食事を買ってきてくれたんですね。有り難うございます。」
「ん…。ジャンが腹を空かして帰ってくるかと思ってな。
 それにお前は私に食事をさせるのが好きだから。
 …何がいいのか解らないから適当に買ってきた。」
うん。確かに改めて見ると野菜が少ないな。
「オレの好きなモンばかりですよ。」
「そうか…。良かった。」
伏し目がちに小さく笑う、その顔がいきなりストライクゾーンを直撃っす。

「夜も遅いし、ワインとこれでいいっスかね?」
主食がないことを悟らせたくなくて、そう言ったんだが。
「え?バゲット…。…あ!すまない!」
あ、解っちゃったか。
「いえ。オレが買い置きを切らしちゃったんで。すんませんでした。
 足りなければパスタを茹でますけど?」
「いや、私はいらないが…。」
ソファに座ったまま俯いてしまった。
ああ、そんなに萎れなくても。

「あんたがちゃんと食べようと思ってくれただけで、オレは嬉しいんスよ?」
抱きしめて、俯いた顔を覗き込むように唇にキスを落とした。
「うん。すまなかった。」
ああもう。可愛すぎだってーの。
「だからいいんですって。さ、食べましょ?」
「ん。…ジャン?」
ようやく顔をあげてくれた。
「なんです?」
「もう一度…キスしてくれ。」
そう言って、またオレに腕を廻してくる。
ああああああ。もう。
あんた飯を食いたくないんですか!?
オレ、このまま押し倒しちゃいますよ!?






あーっはっはっは!
話が全然進まーーん!!







clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.9
「錯」 Act.9
09.1.17up
大きな犬だ、と思った。
最初に出逢ったときのことだ。
同時に酷く眩しいものを見たような感覚がした。

『士官学校時の成績は最低。銃の腕前は仲々だが情に脆くいざという時に不安有り。
 態度、言葉使い共に最悪。上官の覚えも同様。』
それが以前の上官から送られてきたハボックの評価だった。
しかし全てにおいて用意のいいホークアイ中尉(当時はまだ少尉であったが)は既に彼との対面を済ませており、その評価は
「使えます。」
の一言だった為、私は彼を部下として引き取ることにした。
誰でもいい。
信用のおける部下が一人でも多く欲しかった。
理想を実現するための支えとなる人材が。
同時に引き取った部下達はそれ以前の評価も良かったので、懸念していたのは彼だけだった。
私にとって(あるいは中尉にとっても)一種の賭であったことは認めよう。

現れた大男は青空のような瞳と、陽光のような髪をしていた。
飄々としているが、時折私にへらり、と笑いかける顔は子供のように見えた。
肉体労働に向いた体躯とそれに見合う気働きを持っていた。
中尉には及ばないまでも、銃の腕が確かだった。
上官を上官とも思わない態度はあったが、部下に慕われ信頼される人柄だった。
私が余計なことを気負わず疑わずに命令を出せ、それに応えてくる使い勝手の良さがあった。
なにより、私に対する忠誠心が厚かった。

まさしく最初の印象通り、犬だと実感した。
私のような狗ではない、犬。
(軍属という点では彼も狗に変わりはなかったが、私とは違う。)
これは拾いものだったと、中尉と喜んだものだ。

イシュヴァール内乱が終わって間もなくの人員配置で、私も中尉も戦禍の跡から抜け出せ切れてはいなかったが、それでも集めた部下達は信頼のおけるものばかりで。
彼らになら背中を任せられると、お互いが次第に日常を取り戻して行くのが解った。
それでも私は始めの頃彼らの前で眠ることが出来ず、気配だけで瞳を覚ましてしまっていたが、それもやがてできるようになった。(中尉が怒るほどに。)
ただ、眠っているときに触れられると否応なしに戦時中に受けた行為を躰が思い出してしまい、嫌悪感と恐怖感から飛び起きてしまうことはまだ克服できてはいなかったが。

それでもやがてハボックにだけは、いつ不意に触れられても平気になった。
それはきっと犬が舐めているようなものだから。
私を犯す男達ではなく、犬が飼い主にじゃれついて舐めるのと同じだ。
だから平気なのだろうと思っていた。

東部はイシュヴァールに近いこともありテロの横行は絶え間なかったが、それでも内乱の時よりは平和な状態が続いた。
それは中佐としての地位と、『イシュヴァールの英雄』と同時に『焔の悪魔』という人間兵器としての称号を得た私にとっても同様で。

雨が降ってももう誰も私を犯しには来ない。
役に立たない手袋を口に含まされ酷く犯されることも、泣き叫んで懇願しても嘲笑されながら踏みにじられることももうないのだと、やがて過ぎる日々が教えてくれた。


それを喜んでいたのに。


もう砂漠にいるのではないというのに、どうしても何かが乾いて仕方がないと感じていた。
中尉に聞いてもそんなことは感じないと言われ不思議に思っていたそんなある日、将軍から呼び出しがあった。
内乱時に後方部隊の更に後ろでのんびりと戦況を眺めていたうちの一人だった。
安全地帯で暇を持て余した彼に、幾度か私は差し出されたことがあった。
彼の退屈を紛らわせるための玩具として。
そして彼は
「君の躰が忘れられなくてね。」
と好色な笑顔を隠しもせずにムチを片手にし、跪いた私の肩に軍靴を置いた。

求められればそれに応えるということは、私にとって当たり前のことだった。
それ以外の選択肢など、持ち得なかったから。
あの内乱でそれは私の精神と躰に刻み込まれていた。
それが当然のことなのだと。

そして行為が終わった後、嫌悪していた将軍の精液にまみれながらも私の躰の渇きは癒されていた。
ああ、こんな簡単なことだったのか。
その時私は笑い出しそうなおかしさと、爽快感さえ感じた。
あれは男に抱かれるときの当たり前の行為なのだ。
それが私にとっても好ましいことだったのだと。
(そうだ。私は痛みに泣きながらも、全身で悦んでいたではないか。)
こうしていれば私は健全でいられるのだと、ようやく安堵したものだ。

そうして将軍(に限らず私を求める相手の誰でも)と繰り返される行為はすぐに中尉に知られることとなった。
(彼女に隠し事は出来ない。彼女は内乱時より更に恐ろしくも私を案じてくれる存在となっていた。)
こうしていれば私は大丈夫なのだよ、と告げた私に彼女は酷く哀しそうな様子を見せた。
なぜなのだろう?
これは普通のことなのだろうに。
こうして私が精神と躰のバランスを取れるようになったことを、なぜ喜んでくれないのだろう?

東部に赴任してからはご婦人からのお誘いを受けることも多かった。
求められれば私は当然全てのご婦人を相手にした。
ご婦人を抱く時は細心の注意を払って傷付けないようにするということは知っていた。
優しく、相手を大切に扱って感じさせるものなのだと。
相手が男ではないのだから。
女性と男性とでは違うのだから。

女性を抱けば射精は出来る。
しかしそれでも足りない何かが有った。
常に求める時に将軍達が私を求めてくれるわけではなかったから。

以前ご婦人を抱いた後に、満たされない思いを持ったまま街を歩いていた時、
「そんなフェロモンまき散らして、あんた足りてないんだろ?」
不意に男に声を掛けられた。
「何を言っている?」
図星だとはいえ、それを露わにするほど私は愚かでは無かった。
しかし
「『もうイかせて。』ってツラしてるぜ?
 あんた、女抱いたって満足してないんだろ?
 男にめちゃくちゃに抱かれたいって思ってんじゃないか?
 …違うんなら悪かったよ。忘れてくれ。」
言うだけ言って去ろうとする男の腕を思わず掴んでいた。
「それなら…どうだと言うんだ?」
男を誘うときの顔をその時の私は既に持っていた。
それは自分を満足させるための武器だったから。
舌先で唇を舐める私に、男はごくりと喉を鳴らし
「なら、あんたを満足させてやるよ。」
そうしてある店に私を連れて行った。
薄暗いバーの2階に幾つかの部屋があり、そこで客が楽しむような造りになっていた。

身元がバレたらと思わなかった訳ではない。
しかしその時の私は私服で、しかも相手のご婦人の好みに合わせて随分と幼い格好をしていた。
喜ばしいことではないが、童顔の私を国軍中佐と思う人間はいなかった。
「名前は?ああ、ホントの名前なんか言う必要はないぜ?呼ぶときに不便なだけだ。」
聞いた男に
「…ユリスモール。ユーリだ。
 最初に言っておくが、指にだけは触れるな。」
と応えた。
焔を起こせないことだけは避けなくてはならない。
「ユーリか。指って、ピアノでもやってんのか?」
ああ、それはいい理由かも知れない。
「そうだ。音楽学校でピアノ専攻なのでな。指は大切なんだ。」
そうして行為は始まった。
相手の名を聞く必要など私にはなかった。
ただ…悦楽だけを与えてくれれば良かったから。

その男の普段のセックスは激しいものではなかったようだが、それでも私の要求通り荒々しく私を抱いてくれた。
終わった後に
「あんたの望むセックスをするヤツらもここには多い。そいつらに紹介してやるよ。」
と、幾人かの男に逢わせてくれた。
それからどれだけ経っていたのか覚えてはいないが、いつしか私を相手にする人間はいつも同じになっていた。


そんな日々に満足していた頃、私はハボックの青空のような瞳がふと深い湖のような彩になることを知った。
それは私と他愛のない会話をしているときによく見られた。
どうでもいい話をして笑い合っているとき、急に黙り込んで私を見つめるハボックの瞳が静かな彩を湛えていて。
ああ、美しいな。と思った。
その時はただそれだけのことだった。

あれはいつのことだっただろう。
それなりに錬金術を使えるテロリストが私の懐まで入り込もうとして。
その額を撃ち抜いたハボックの瞳は、常にない凍て付くようなアイスブルーだった。
見たこともない冷たく、しかし苛烈な瞳。
私を護るための、獰猛な獣のようなその瞳。

躰が震えた。
ぞくり、と背筋が痺れた。
あの瞳に喉元を咬み千切られたい。
この身を引き裂かれたい。

ハボックに、あの男に
酷く犯されたい、と。

それは私が初めて覚えた感情。
躰だけではなく、心までもがあの男を欲しがった。
誰に犯されても他人のものになどならないと思っていた自分が、あの男に支配されたいと思った。
いや、願ったのだ。
ハボックに私の全てを委ねて壊れるほど犯され、支配されたいと。


それでも自分の願いを口にはすまいと思っていた。
その頃には私の性癖は『普通』ではないのだと知っていたから。
それは中尉とヒューズが折に触れ、私に諭してくれていた。
なによりハボックは、すぐに振られはするが女性が好きなのだと本人も言っており、こんな私を相手にしてくれることなどないのだと解っていたから。

願いが叶わないことなどとっくに知っていた。
だからこの想いは一生心の奥にしまっておこう。
…それはとても綺麗な宝物のように思えた。
ハボックを想う気持ちは。
そんな大切な(きっとこれ以上綺麗なものは私には一生持てないだろう)宝物には鍵を掛けて、この胸のずっと奥に。



「あんたが好きだ。」
そう、ハボックは言ったと思う。
その時はあまりに動揺していたらしく、記憶が曖昧だ。
その言葉にどう応えたのかも覚えていない。
ただ、ハボックに抱きしめられた時のその躰の暖かさが嬉しくて。
自分が思い掛けないプレゼントを貰ったような気持ちになったことだけ、覚えている。
望むべくもないと思っていたものを、不意に与えられた驚きと。
もう心の奥にしまいこんでいた宝物に鍵を掛けなくてもいいのだという喜びを。


つきあい始めて、ハボックが面白い嗜好を持っているのだと解った。
先ず私にやたらと食事をさせたがる。
確かに野望を遂げるためには健康に生きていかなければならないからその為かも知れないと最初は思ったが、それだけではなく単に私に食べさせることが好きなようだ。
これは面白い趣味だと思う。
だからある日、ハボックの帰りが遅いときに食事を買ってきたらとても喜んでいた。
私は食事に興味はなかったが、ハボックの好きなものが解らなかったのでやたらと買い込んでしまっていた。
おまけにバゲットを買うのを忘れていたが
「あんたがちゃんと食べようと思ってくれただけで、オレは嬉しいんスよ?」
と言って抱きしめてくれた。
その時、やはりハボックは私に食事をさせるのが好きなのだと思ったのだ。
だから私はこれからきちんと食事をしようと心に誓った。

それからハボックは私を女のように扱いたがる。
『優しく大切に』など、ご婦人を相手にするときだけだと言うのに。
しかしそれはハボックが女性しか相手にしてこなかったからかも知れない。
男を抱くという行為を知らないからなのだろう。

そっと抱きしめられる度に、おかしさが湧き上がってきた。
それでも自分の方が『普通ではない』と言われていたから、それを押し隠していた。
ハボックに嫌われたくなかった。
呆れられて、軽蔑されるのが怖かった。
まるで自分が女のようだと思いはしたが、嫌われないために全てハボックの望むようにしようと思った。
そうすればきっとハボックは私の側にずっといていくれると信じていたから。

初めて抱かれたときも、ハボックは私を女のように扱っていた。
壊れ物のように。
そんな行為では男は満足できないというのに。
それでも(実のところ、自分の性癖のどこからどこまでが『普通』ではないのか解らなかったのだが、その全てを)知られてはならないと思った。
自分の望むことなどハボックには知られてはいけないと。
自分の要求などハボックにしてはならないと。
躰が満足できないのならば、他(例えばあの店)で私を求めるモノを相手にすればいいだけなのだから。
そうやってただハボックの望むようにすればいいのだ。
ずっと愛されるためには。


そのときに私は初めて、ハボックをジャンと呼んだ。
それは口にする度に、私を幸せにしてくれる言葉だった。
ずっとそう呼べればいい。
ずっとジャンが私を欲しがってくれればいい。
それは私が改めて心の奥底に、大切に鍵を掛けて仕舞い込んだ願いだった。

こんな私には過ぎた願いだと知ってはいたけれど。
もしかしたらもう一度、それは叶うかも知れないんじゃないかと
…思っていた。





すすすすみません!
『ユーリ』は『ユリスモール・ヴァイハン』です。
『トーマの心臓』ファンの方、申し訳ありません。
好きなんです。
ユーリと(『はみだしっ子』の)グレアムが。







clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.10
「錯」 Act.10
09.1.18up
最近はテロや大きな事件があまりなく、静かな日が続いていた。
オレとしちゃ有り難い(いや、社会的にも勿論いいことだ)が、ロイはこの隙に書類を片付けろと中尉に厳命されることとなり、オレ達の勤務シフトは結構ずれることが多くなった。

それでも一緒に過ごせる夜は、ロイの躰を貪った。
抱いている最中にロイが感じてエレクトすることはなかったけど。
それはまだ慣れないからだろう。
(『受け身の男が感じるには回数を重ねて慣れて行くしか方法はない。』
 という点ではマニュアルが正しかったようだ。)

「ロイ、もっと脚を開いて?」
オレの精液を受けとめた後の、滑(ぬめ)る後孔に指を匍わせながら囁いた。
満足するまで抱いた後にロイをフェラでイかせるというのが、既にオレ達の手順になっていた。
その方がオレの精液の手助けもあって中で指が動かし易く、ロイのイイトコロを刺激しやすかったから。

「私はいい…。」
いつもロイは遠慮をする。
「オレばっかりイく訳にいかんでしょ?
 あんたも感じて下さいよ。」
「お前が感じたのならそれでいいから…。」
フェラさせるのが申し訳ないと思うんだろうか?
そりゃ、オレだって初めて咥えるときはちょっと覚悟を決めたけどな。

「オレに咥えられんの、イヤ?」
聞くといつも少し困った顔をする。
「…お前が疲れるだろう?」
確かにロイは仲々イかない。
オレのやり慣れないフェラが拙いってこともあるんだろうが。
「オレがロイをイかせたいんスよ?」

オレが望めばロイがなんでも赦してくれることは、もう解っている。
言い成りと言ってもいいくらいに。
勿論それを逆手に取るようなことはしない。
初めてン時のことを反省して、オレはもうロイを虐めまいと心に決めていた。
大切な可愛いこの人を、出来るだけ優しく愛するんだと。

「ね?オレが望んでもイヤ?」
「厭な訳じゃ…ない…」
「じゃ、いいでしょ?
 ねえ、言って?」
殊更低い声でロイの耳元に囁くと
「ん…。ジャン。『…イ…かせ…て?』」
真っ紅になって、震える掠れ声で応えてくれる。

コレはオレがお願いした約束。
イかせる前(ま、フェラの前だな)にこの言葉を言ってくれること。
ロイが恥ずかしがるのを知ってはいるけど、それも可愛くて。
これも…虐めてることになるんだろうか。
それでも初めてこの言葉を(オレがお願いして)ねだらせた時に、ロイがそれまでよりも感じていたから。
それからはこれがオレ達の間の取り決めになっていたんだ。

「よく言えました。ご褒美です。」
片脚を肩に担ぎ、ロイのモノを咥えながら後孔に指を沈ませる。
「は…。ジャン…」
ふる、と躰を震わせて名前を呼んでくれるのが嬉しい。

オレとしても、感じさせようと色々努力はしてみていた。
舌を絡ませたり、裏筋を舐め上げたり。
手指で扱きながら、鈴口に舌先を突っつくように差し込んだり。
そういや、強く吸われると感じたよな、なんて思い出してそれをやってみたり。

自分が過去にフェラでイった所要時間なんて正確に覚えちゃいないんだが、それにしてもロイはイきにくい方だと思う。
だから毎回遠慮するのかも知れないな。
イかせるまでにかなり顎と舌が疲れるのは事実だ。
だからといってイヤな訳じゃ、勿論ない。
ロイを感じさせられるのはやはり嬉しいから。

「っ!」
やべっ!
口いっぱいに含んだまま絡めようとした舌が攣った拍子に、かなり強く歯を立ててしまった。
「ひ…ぁっ!…あ!」
その瞬間、びくびくと躰を痙攣させてロイが達した。
「へ?」
オレは飲み込むことも忘れて、口から精液を垂らしながらロイの見上げた。
「ぁ…ち…違…。歯が…急に…お…驚いて…」
慌てた顔で、オロオロと言葉を紡いでいる。
えーと?
もしかして。
「凄く感じた…とか?」
「いや!そ…んな…こと…。」
両手で口を覆ってしまった。

感じたらしい。
歯で強く噛まれて。
オレはようやく解った気がする。
この人が女性にモテていた理由が。
そうか。
生半な刺激を与えられた位じゃイかないからこそ、充分に時間を掛けて女を感じさせられたってことだよな?
アレの鈍さが武器だったんだ。
オレの慣れないフェラじゃ、仲々イかなかった訳だ。
そんでもって今までそれを言わなかったのは、オレに気を使ってくれてたんだろう。
何しろ、情けないことにオレはこの人の躰に感じすぎて(いや、決してオレは早い方じゃない!そうじゃない!…と思いたいぞ!?)たし、この人にもしフェラなんかされたらあっと言う間に果ててただろうから。

「違うんだ…。ジャン…。」
黙ってしまったオレの頬にそっと手を添えて、気遣わしげに言ってくる。
オレ、ホントにこの人に大事に想われてんだなー。
くす、と笑うと驚いたようだ。
躰がびくっと揺れるのが見えた。
「あんたが感じてくれたんなら、嬉しいんスよ?」
安心させるように笑いかけ、躰をずらして抱きしめた。
「ジャン?」

「少し…強くした方が感じるんだって、言ってくれて良かったのに。」
前髪を掻き揚げて、キスを落とす。
「そんなこと…ジャンが…。だって…してくれて…。」
ああ、やっぱり気を使ってくれてたんだな。
「『してくれて』じゃないっしょ?オレが『させて貰って』たんです。」
もう、どうしてこの人はオレのことだけ考えるのかなー。
オレがこの人を幸せにしたいってのに。

「嫌いに…ならない…か?」
は?
「ナニを言ってるんすか?オレがあんたを嫌いになるわけないでしょう?」
うん。この人の思考回路ってやっぱ解んねぇ。
気を使ってたことをオレが不快に感じると思ってるのかな。
別にこの人程じゃなくとも、オレはオレなりに女を感じさせて来たと思ってるし。
気にするこたないのに。
本当に普段の軍での態度からは考えられないほど、細やかな気遣いをしてくれるこの人。

「オレはあんたを、ロイを愛してます。呆れも嫌いにもなりませんよ。」
「本当に?ジャン?」
どうしてそんな心配をするんだろう。
ナニがそんなに不安なんだろう。
「そうですね。じゃあオレだけが触れていいその唇で、オレにキスして?
 そうしたらナニがあってもオレはあんたを愛し続けますよ?」

まるで御伽噺だ。
ロイという姫君の唇はオレだけに赦されたモノ。
オレだけがロイに掛けられる魔法がある。
そんな御伽噺。

「本当だな?」
まだ不安そうに言うのが不思議で、それでも可愛い。
「ええ。この可愛い唇でキスをくれたら。」
「ん。ジャン…。」
ほ、と安心したように息を零して腕を廻して抱きついてくれる。
そしてそっと触れてくる唇を、オレは激しく貪った。

思えばこれが一番幸せな時間だった。

哀しいくらい

切ないくらい

幸せだった。



  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「くぁ〜。」
その日夜勤に当たっていたハボックは、夕刻あくびをしながら司令部へと向かった。
ロイの夕食を用意してから家(マスタング宅)を出たのは言うまでもない。
当のロイは日勤で、書類が予定通り終われば宵のうちに帰宅できるはずだ。

「はよーっす。」
執務室に隣接している部屋のドアをあけると同時に
「よお!犬っころ。元気かー?」
陽気な声が聞こえた。
「ああ、ヒューズ中佐。いらしてたんですか。」
かつては恋の好敵手だと思っていた上官へ挨拶をした。
「おうよ。ロイがどうしてっかと思ってなー。
 オレって、面倒見がいいだろ?」
それでもロイを任されたのだと思うと、急に親しみを覚えるから現金なモノだ。

「何を言っている。会議のついでに書類を届けただけだろうが。」
つれない言葉を吐いてはいても、やはりロイも親友に逢えるのは嬉しいようだ。
「ロイちゃんの欲しがってた文献も届けてやったろうが。
 そんなこと言うと返して貰うぜ?」
ヒューズが伸ばした手をはたき落としながら
「これはもう貰った。私のものだから返さん。ああ、ハボックちょっと来い。」
ソファから立ち上がり、執務室へとハボックを誘(いざな)う。
「Yes,Sir.」

後を付いて執務室のドアを閉めたハボックに、いきなりロイが抱きついてきた。
「ロ…大佐?」
「今日はヒューズと飲む約束をしているんだ。」
言葉は断定のクセに伺うような口調で。
自分の了承を取ろうとしているのだと、ハボックは笑い出しそうなほど嬉しくなった。

「オレはご存じの通り夜勤ですから、お迎えには行かれませんけど。
 それでもよろしいですか?Sir?」
ちゅ、とキスを落として応える。
「うん。それは構わないのだが、…ヒューズが家に泊まると言うんだ。」
(ああ、そうか。)
「じゃあオレは自分ちに帰りますから。ゆっくり積もる話でもして下さいよ。」
「ん。すまんな。」
「いいえ。オレのことは気にしないで、楽しんで来て下さい。」
もう一度抱き合ってキスをして、恋人達は躰を離した。




「なぁ、ヒューズ。あいつはおかしいんだよ?」
東部での2人の行きつけとなっている店のカウンターで、くすくすと笑って親友が言う。
お前におかしいと言われたら、ヤツの立つ瀬がないだろうよ。
内心思いながらもヒューズはそれを口に出来なかった。


ヒューズが親友の置かれた状況を竟に知ったのはイシュヴァール戦の終結前夜のことだった。
兵の帰還に関する指令を拝命してこいという喜ばしい伝令を言い渡され、烟る雨の中、皮肉にもこの内乱が始まって以来初めて足取りも軽く赴いた上官のテントで、数人の男達に犯されて泣き叫ぶ親友を見た。

引き絞るような悲鳴をあげる彼を前に呆然と立ち尽くしていたヒューズは
「なんだ、お前もか。今日は随分人数が多いな。
 ま、こうやって雨の日も楽しめたんだ。正に『焔の錬金術師』サマ、万々歳だな。」
と傍らでにやにやと笑う男に語りかけられ、これが初めてのことではなく日常に行われていた行為なのだと悟った。

今でもヒューズはこの見目麗しい親友への罪悪感を抱き続けている。
この男が置かれていた状況を悟ってやれなかったことに。
それが原因でこの親友が持ってしまった性癖に。
それを責められたことは一度もないけれど。

『責める』ということを思いつきもしない親友。
自分が知らない間に『そういう』精神構造を組み立ててしまったこの男。
それは哀しいことだと解っていながらも、ヒューズはもう慣れてしまった。
この親友の異常な性癖にも、彼がその不安定な精神を護るために数知れない男達に手酷く犯されて、それを悦ぶことにも。

だからこそ、無責任とは知りながらその髪の色と同様の明るい精神を持つかの犬にこの親友を託したのだ。
こいつなら親友の抱いてしまった闇を払拭してくれるかも知れないと。
それは醜い贖罪。
自分の罪をあの健やかな青年に擦り付ける行為だと解ってはいた。

同時に自分は彼に、心の奥底でこの親友に抱いてしまった欲望を肩代わりして欲しかったのだ。
(本当はあんな風に泣かれて拒絶されようとも、オレがロイを抱きたかったんだ。)
その自分の欲望から瞳を逸らす為にヒューズはグレイシアを愛した。
忘れる為にグレイシアに溺れようとした。
その結果、彼の置かれた状況を知ることが出来なかっのだ。
その時は親友をこんな欲望の対象として貶めたくないという思いも存在していたのだが。
(欺瞞だな。)
自嘲の笑みが浮かぶ。

「でな。…聞いているのか?ヒューズ。」
酔い染めた舌っ足らずな声が耳に届いた。
「ああ。お前さんの犬が変態だって?」
既に自分の心境を隠して語ることなど朝飯前だ。
そんな自分を哀しいと思うほど、もう若くはない。

「変態なんかじゃないぞ。ハボックはなぁ。」
「ああ。お前のかわいい犬っころがどうした?」
(どうしてオレはこの親友を護ってやれなかったんだろう。
 自分の醜悪な欲望から瞳を逸らしたばかりに。)
「うー。だからな。ヤツは私に食事をさせることが一番好きらしいんだ。
 …ヘンだよな?」

ついぞ見たことのない、親友の嬉しそうな顔。
こんな顔をずっと見ていたかった。
自分の欲望と正面から向き合っていたら、それが出来たのだろうか。
ヒューズはあの時から今まで、何度も繰り返した思考をまた辿る。
今更なにを後悔しても詮無いことだと、この聡い男には解っているのだけれど。

「食事をさせんのが好きなんじゃなくて、お前に健康でいて欲しいんだろ?」
どうしてこんなことすらコイツには解らないんだろう。
その理由を本当は知っていてもこの親友の精神が哀しいことに代わりはない。

「健康に…?任務の為か?」
「あのな、少尉はお前が大事で、元気でいて欲しいんだよ。お前が大切なんだ。」
噛んで含めるように言ってみる。
「大切?食事をさせることがか?」
(やはり理解出来ないんだな。)
ヒューズは溢れ出そうになった思いを誤魔化そうと天井を見上げた。
(こいつはとことん、自分を他者に大切にされるってことを知らないから。)
最早それは泣き言に近かった。

(オレや中尉がどれだけこいつを大切に思っても、コイツにとってそれは後付けでしかない。
 オレ達が『あの時』、コイツを護ってやらなかったから。)
「なぁ、ロイ?」
「んー。」
存外に酒に弱い親友は、もうカウンターに懐きそうだ。

「お前はあの坊やのセックスに満足してるのか?」
弾かれたように躰を起こすのが見えた。
そうか。
ダメだったのか。
あの青年がその身の持つ、深い愛情で以てしても。

「わ…私はハボックが好きだ。」
それは解っている。
(それでもお前の躰は違う答えを持ってしまっているんだろう?)
苦々しい思いを噛みしめた。

ヒューズより早くロイの異常な性癖に気付いたのはホークアイ中尉だった。
躰についた不可解な傷の理由や、ふとしたことから知った『所謂そういう輩の集まる店』にロイが偽名で通っていることも。
どう転んでもロイの望む行為が出来ない代わりに、彼から絶対の信用を勝ち得ていた中尉は詰問と説得の上、自分の抱いた疑問が当たっていたことを知ったのだ。
ロイが既に修正のしようもないマゾヒストになってしまっていたということを。

(それからの彼女の行動は素早かった。
 即座に『その店』に通う者全員の素性を調べ上げ、店のオーナーに一見の客すらも逐一調べてから通すこと、『ユーリ』=ロイに対しては特別の注意を払うことを厳命したのだ。
 あの持ち前の凍り付くような恐ろしさを持って。
 そして当然『ユーリ』の相手は、すべて中尉の息が掛かった人間に行わせていた。
 それは全て、ロイの知ることではなかったが。)

その中尉が心配していたことが的中してしまったのだ、とヒューズは知った。
コイツは駄犬とのセックスでは満足していない。
いや、満足しないことは既に解っていた。
あのいかにも健全な青年はきっとコイツの望むようなセックスはしないと。
ただ、コイツが本当に愛されて大切にされることを知れば、自分を痛めつけるようなセックスに意味はないのだと悟ってくれることを願っていたのだ。
自分もホークアイ中尉も。

「あ…あいつは本当にヘンなんだぞ?ヒューズ。
 女を相手にするような抱き方をするんだ。
 …そういうのが好き…なんだそうだ。」
それは人間が愛する人を抱くときの普通の行為なんだよ。
男も女も関係なく。
相手を慈しんで大切に扱うことは。

言わなくても本当はこの親友がそれを知っていることも解っている。
ただ、理解出来ないだけなんだ、と。
あまりに酷い犯され方しかされたことがなかったから。
『それ』が『当たり前』なのだと、自分の躰に刻み込んでしまったから。
そうしなければこのある面ではとても図太いのに、ある面では非常に繊細なこの親友の精神は保たなかったのだから。

「それにな、あいつはその…後始末までしたがるんだ。」
「後始末?」
意味を取りかねてヒューズは聞き返した。
「だから…アレの後の…処理を…な。」
「ああ。中出しした後の始末か?」
言葉を選んでいたロイにさらりと返された言葉。
こいつにはデリカシーが足りない。
こんなんでグレイシアに愛想を尽かされなければいいが、とロイは思わず親友を案じてしまった。

「ああ…。普通は終わればそのまま去っていくのに。
 きっとあいつは遊び終わった玩具を綺麗に整えるタチなんだろうな。」
うっすらと瞳をうるませながら、くすくすと笑う親友が哀しすぎた。
遊び終わった玩具のように打ち捨てられることを『普通』と思うこの親友が。
そんな扱いしかされて来なかったということが。
『愛し合った』後を『ともに過ごす』という経験をしたことがない、そんなことを想像したこともないということが。

「そんなことをされるのも恥ずかしくて…それでも…そうされると…あいつがまだ…私を捨てるつもりが無いと解って…。
 それが私には…とても嬉しかっ…」
震えながら俯いた拍子に、溜まっていた涙が頬を伝って落ちるのが見えた。
嬉しかったのか。
そうか。
それはオレも嬉しいよ、とはとてもじゃないが言えなかった。
そんなことをお前は…と思ってしまうと。

「で?お前さんは『そうじゃない』抱き方をあの犬っころにねだったのか?」
そうしなかっただろうと予測はついたけれど。
とりあえず今の状況を把握しておかなくてはと、ヒューズは思っていた。
それにより、あの忠実な女性とまた連絡を取らなくてはならないから。
(その実、こんな哀しい状況を払拭したいと思っていたのも事実で。)

「そんなことは出来ない…だろう?ハボックが…望んでいない…。」
さりげない仕種をよそおって涙を拭い、顔を上げて反論してくる。
「お前の好きな抱き方を好まないと?」
「そう…だ。ハボックは私を『優しく抱きたい』と言っていた。
 なあ、『優しく』と言うのは、私を女として扱いたいということなのか?
 …私には解らなくてな。」
そんなことすら解らないこの哀しい親友。

「『女として』じゃないんだよ。ロイ。
 優しく抱きたいってのは、性別は関係ないんだ。
 お前はあいつに大切にされてるってだけなんだぜ?」
それが理解できないから。
そんな抱き方じゃ満足できないから。

この壊れてしまった親友と愛すべき犬っころの前途は、いかに聡いこの男にも解らなかった。

「私は…どうすればいいんだろう?
 なあ、ヒューズ?」
そんなこと、オレにだって解らないさ。
それは哀しい独白。

「無理をすんな。オレに言えるのはそれだけだ。
 偽るよりはあの犬っころに素直にねだってみたらどうだ?」
「そんな無責任なことを言うな!
 それであいつに嫌われたらどうするんだ。
 軽蔑…されるかも知れないじゃないか。」
それなりに自分の性癖が異常だとは理解しているようだ。
こりゃ、中尉の教育のタマモノだな。
ヒューズの指摘は正しかった。

「なあ、ロイ?それを怖いと思うことが愛なんだよ。」
「あ…い?ハボックが『アイシテル』と私に言うのと同義か?」
「そうだ。あいつを失いたくないと思う、そのお前さんの気持ちを『愛』って言うんだ。」
「そう…か。これが『愛する』ということか。」
生真面目に頷く横顔がまた哀しくて。

オレはこいつに幸せになってもらいたい。
それをただ他人に任せるのはやはり無責任なことなんだろうか。
オレに出来ないことを、あの犬っころに任せようとするのは。

「失いたくないと思うのは自然なことなんだな?」
どうしてこんなことがコイツには解らないのか。
エリシアに自然の理を教えるよりも難しい、愛しくて哀しいこの親友。
「ああ、そうだ。お前さんのその気持ちは自然で、持って当たり前の感情だ。」
「ハボックを哀しませたくないと思うのもそうだな?」
「ああ。そうだ。」
「私はハボックを…ちゃんと『愛せて』いるんだな?」
「そうだ。お前さんはあの犬っころを『愛して』いるんだよ。
 『普通』の人間と同じでな。」

こうやって、一つ一つ学んで行ってくれればいい。
そうしていつか、幸せになってくれると信じたい。

「うん。解った。私はハボックを失いたくない。」
なにが本当に解ったのか、どうも思考回路が他人と異なるこの親友については若干の不安がつきまとうけれど。
「そうか。まあ、やってみろや。全てはそれからだ。」
「ん。私はハボックが好きだ。ずっと側にいて欲しい。
 それでいいんだよな?」
いっそ、晴れやかとも言える顔で言う親友が眩しくとも不安だ。
しかしそれでも見守るしかない。
「いいんじゃないか?」

ああ、オレってホントに無力。
それがこの日の会談を終えたヒューズの感想であった。









clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.11
「錯」 Act.11
09.1.20up
「よぉ。」
「よぉ。って、ハボック。
 お前さっき夜勤終わって帰ったとこだろ?
 なんで戻ってきたんだ?」
同僚のブレダが驚いた声をあげた。
「んー?ちょっと届けもん。」
「大佐にか?」
「ま、そんなとこ。」
はぁ、とブレダは溜め息をついた。

この古馴染みの同僚と、恐れ多くも佐官であられる上官が恋人同士になったことは(中尉や自分以下、フュリーまでの間にだが)知られている。
知ってはいるが、それを受け容れられるかどうかは別問題だ。
いや、ブレダとしても倫理観がどうとかホモが厭だとか言う訳ではない。
恋愛なんてもんは本人同士の問題で、自分に迷惑が掛からなければ多いにやってもらいたいとすら思う。
しかしこいつらは(自覚がないのだろうが)結構周りに動揺をもたらして、更にそれに気が付かないバカップルなのだ。

以前から面倒見がいいとは思っていたが、ハボックは大佐を甘やかすというレベルでなく過保護に構い倒しているし、それを隠そうともしない。
大佐も大佐で、ハボックの干渉を嬉しそうに受け容れては

  あ ろ う こ と か そ れ を 惚 気 る の だ 。

自分たち直近の部下に。(さすがに自分たち以外には言わないようだ。良かった。)

曰く
「ハボックの瞳は本当に美しいと思わないか?」
「ジャクリーンの時のハボックは本当に精悍だな。」
「ハボックが昨日、こんなことをしてくれたんだ。」
「ハボックは私を可愛いなどと言うのだが、あいつは感覚がおかしいのではないか?」
等々。

御馳走様デスを通り越して、カンベンして下さいでゴザイマス。

しかし今日は自分達だけがハボックと大佐の惚気を聞かされる訳ではない。
よかった。としみじみ思いつつブレダはその犠牲者をハボックの前に差し出し、自分は業務へと戻った。

「よお。犬っころ。メシ美味かったぜ。ごっそーさん。」
その犠牲者はなんの衒いもなくハボックへ話しかけた。
「は!? 一人前しか用意してなかったっしょ?
 あんたが喰ってどうすんスか!」
ご機嫌な上官に思わず怒鳴ってしまった。
「えー。だってロイが食べてみろって言ったんだぜ?
 んで、『美味いだろ?な?ハボックの料理は美味いだろ?』って、にこにこと何度も聞くんだよ。
 そりゃ嬉しそうな顔でなー。」
「うっ。」
(そんなかわいい顔ならオレも見たかった。じゃなくて!)
「ちゃんと大佐にも食事させてくれたんでしょうね?」
「おー。オレ様のメシはグレイシア仕込みだぜ?」
「なんか信用できねぇ。」
タバコを口に咥えながら、料理をするヒューズを思い浮かべてみる。
結構フリフリエプロンなんかが似合いそうで怖い。

「なんてな。うっそ♪」
タバコを一本、ハボックの手から取り上げた。
「あ、給料日前の貴重な一本!」
取り返そうとするが、意外にヒューズは機敏であった。
「あいつさー、一口しかくんないんだぜ?
 『ハボックが私の為に作ってくれたんだから、もうダメだ。』とか言っちゃってさ。」
「タバコ、も一本いかがっすか?」
ころりと態度が変わる。
「おお。貰っとく。」
ちゃっかり2本抜き取る男は国軍中佐。
結構せこい。

「ところでまだ帰らないんすか?」
思い出したように聞くと
「お前さんにまだ話をしてないからな。
 …なんの話か、解るだろ?」
スクエア・グラスの奥の瞳は打って変わって厳しい色を浮かべている。
ハボックは背筋を正した。
解らない訳がない。
昨夜もずっと考えていたのだ。
ロイは、この親友に何を話すのかと。

「はい。と、ここでいいんスか?」
執務室に隣接した自分たちの勤務する部屋だ。
重要な話をするには向かないだろう。
「ああ。いいだろ。で、だ。」
真剣な声に、思わず身を乗り出す。
「はい。」
ごくり、と喉が音を立てた。

「マイ・スィート・エンジェル、エリシアちゃんの新しい写真だー!」
懐から分厚い写真の束が取り出された。
「あんた、とっととセントラルに帰って下さいよ!」
「冷たいこと言うなよー。ほらほら、これなんか最高だろー?」
そうだ。
この人はこういう人だった。
夜勤明けの疲れた躰に、家族ノロケは結構厳しいということをハボックは学んだ。

「なんだ。お前達は随分仲が良いんだな。」
幾分拗ねたような声が聞こえた。
「あ、大佐。おはようゴザイマス。」
現れたロイにハボックは敬礼を送る。
「ん。おはよう。お前は昨日夜勤だっただろう?どうしたんだ?」
自分の出勤時間になってもハボックがいることを内心嬉しいと思いながら聞いた。
そんな自分にヒューズがにやにや笑っているのを一睨みして。
「ああ、コレを届けに来たんスよ。大佐、朝メシちゃんと喰いました?」
持ち上げた右手にはなにやら包みが乗せられている。

「ああ?ちゃんとオレが喰わせたぞ?」
と答えるヒューズに
「ああ、そうっすか。じゃあこれは昼メシにでも…」
して下さい、と言おうとしたハボックにかぶせるように
「今食べる!」
ロイが声をあげた。

「は?いや、あんたがちゃんとメシ喰ったんならそれでいいんですが?」
「いや、ヒューズの作った食事では足らなかったんだ。私はそれを食べたい!」
「大佐?」
ロイの食の細さを知っているハボックは疑問の声をあげるが
「ハボック、それは私の朝食だろう?私はそれを今食べたいんだ。」
更に言い募るロイに勤務時間が始まっているんだが、という突っ込みは誰も出来なかった。

「ああ、そんならどうぞ?」
「これはなんなんだ?」
自分の前に置かれた包みを嬉しそうに開きながらロイが聞く。
「時間がなかったんで、簡単なサンドイッチなんスよ。」
「ではコーヒーを…」
言いかけたロイを制して
「ダメっす。あんた今朝もコーヒー飲んだでしょ?」
「うん…。しかしちゃんとミルクを入れたぞ?」
問いかけたハボックに心持ちしゅんとしながらロイが反論した。

「それは偉かったですけど、朝イチと寝る前のコーヒーは二杯以上飲んじゃいけませんって言ってるでしょ?
 ほら、ミルクティーを煎れて来ましたから。」
ハボックが携えていた水筒を持ち上げて見せた。
「ん。甘いヤツだな?」
「ええ。あんたの好きなメープルシロップいっぱいのミルクティーです。」
受け取るロイも渡すハボックもミルクティー以上に甘い空気を醸し出している。

「ロイちゃんがめずらしくカフェオレなんか飲むんでどうしたのかと思ったら、お前さんの言いつけだったのか。」
感心したようにヒューズが言った。
「ああ、この人結構胃を荒らしやすいんですよ。だから朝と夜のコーヒーは一杯までで、たっぷりミルクを入れるって決めてるんス。」
「ハボック、サンドイッチの中身はなんだ?」
ヒューズとの会話を遮るようにロイが聞く。
「あー、これがスモークサーモンとキュウリとクリームチーズのサンドで、こっちはハムと卵とトマトです。これはこないだあんたが美味しいって言ってたクランベリーのジャム。」
「美味そうだな。」

早速伸ばそうとしたロイの手を掬い取って、持ってきた濡れタオルでハボックが拭う。
「ああ、添えた野菜から食べて下さいよ。あんた、すぐに腹一杯だとか言って野菜を残そうとするんスから。」
たしなめるハボックに

  マ メ だ 。 マ メ す ぎ る 。

げんなりする周囲を苦笑しながら見つめるヒューズとホークアイの瞳は優しかった。

嬉しそうに、美味しそうに食していたロイだが野菜の後にサンドを二つも食べると手が止まってしまった。
「大佐?」
聞いたハボックに
「いや、美味い。お前は本当に料理が上手いな。」
次へと伸ばした手をハボックが制した。
「ホントは腹減ってないんでしょ?無理して食べるこたないんですよ?」
「そ…そんなことはないぞ?まだジャムのを食べていない。」
幾分ムキになっているのは誰にでも見て取れた。

「そうですか。じゃあ、まだ足りない大佐には申し訳ないんスけど、オレはこれから帰って仮眠したら今日も夜勤なんで戻ってきます。
 そん時にこれをあんたが食べてくれたら嬉しいんですが?」
柔らかく言うハボックに、ようやくロイは伸ばした手を納めた。
「仕方がないな。ではそれまで取っておいてやろう。」
少し顔を紅らめて言う姿に、そっと笑いながら
「有り難うございます。申し訳ありませんが、そうして下さい。」
告げるハボックが、今にも口づけをしそうで。

  お い ! キ ス す ん の か ? こ こ で ?
  頼 む か ら や め て く れ よ ! ?

周囲の人間は心底祈った。
誰一人神など信じてはいなかったけれど。

そしてロイが弁当をしまうのを見届けたハボックと、その後うんざりされながらも愛妻と愛娘の話を延々したヒューズがそれぞれ帰って行った。
残った面々(ロイを除く。)に過度の疲労を残して。











clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.12
「錯」 Act.12
09.1.21up
午後になってハボックが司令部に戻った時、まだロイは未決済の書類に埋もれていた。
中尉に頼んで休憩時間を貰い(勿論頼み込んだのはロイだ。)、ハボックの用意した食事をするロイも、それを見つめるハボックもそれは嬉しそうで。
中尉以外の連中はそっと溜め息をつきながら瞳を逸らしていた。

それでも勤務中は2人ともプライベートとしっかり分けている。
(と、本人達は思っている。)
それをハボックの口から聞いたブレダとフュリーが
「じゃあプライベートん時ってどんだけなのよ?」
と内心頭を抱えたのは言うまでもない。
(ファルマンは「ほう。ではどこまでがプライベートなのか興味がありますね。」と冷静に頷いただけだった。有る意味強者である。)

やっとこの日のノルマを終えたロイが、ふと顔を上げるとハボックの姿がなかった。
「中尉、ハボックはどうしたのかね?」
「先程隊の訓練を終えたところに市街地で諍いがあったとかで出動要請が入りましたから、更衣室で用意をしているのではないかと思います。」
ぱらぱらとロイの仕上げた書類のチェックをしながら中尉が答えた。

この厳しいチェックをじっと待つのは厭だ。
帰る前にハボックの顔を見てこよう。
そう思ったロイは執務室を後にした。

「あれ?どうしました?仕事、終わったんすか?」
更衣室に現れたロイにハボックが声をかけた。
「ああ。出動だそうだな。」
訓練後で暑かったのか、ハボックは上着を脱いだままだ。
その黒いシャツに包まれた逞しい体躯をロイは眩しそうに見つめた。

「ええ。ただのケンカらしくて、もう憲兵が出ているんスけどね。
 ま、一応軍からも人手が欲しいと要請が掛かったんで行って来ますわ。」
慣れた手付きでホルスタやマガジンポーチを腰ベルトに通していく。
ああ、敵を狙うあの精悍な瞳が今日は見られないのか。
些細な件では佐官たる自分が出張っていく訳には行かないのが惜しい。
(なによりそれはチェックではじかれた書類を持つ中尉が許さないだろう。)

ほとんどの軍人はその持つ権力の差から、憲兵を下に見る傾向がある。
(実際に組織的にも憲兵は下位に属するのだが。)
軍人のそんな上からの態度に不満を抱く憲兵は多い。
また市民の暮らしに直接接するのは憲兵が多い為、軍にとって有用な情報を持っている場合もある。

そんなことから生ずる組織間の無用な軋轢や、情報の見落とし等を無くそうとハボック達は日々心を砕いていた。
それは軍の為、延いてはロイの将来への禍根を除くことに繋がるからである。
こんなつまらない要請にわざわざ自分の小隊を率いて行くのもその為だろう。
(ハボックの気さくな人柄は、特に憲兵達に評判がいいらしい。)
それはロイにもよく解っていた。

「昼間…ちゃんと寝たのか?」
それでも素直に礼を述べるのもこそばゆくて。
「ええ。オレは短時間でぐっすり眠れるタチっすから。
 あんたこそ今夜はちゃんと寝て下さいよ?
 どうせ昨日はヒューズ中佐とくっちゃべって、ロクに寝てないんでしょう。」
ハボックの心遣いを嬉しいとは感じながらも
「久しぶりに一人で眠れるんだ。安眠を貪らせてもらうさ。」
思ってもいない憎まれ口を叩いてみる。

くしゃくしゃと頭を撫でてくれるハボックは今、自分だけを見てるのに。
すぐにでも立ち去ってしまいそうな様子に、どこか物足りない気がした。
心が。
それ以上に
…躰が。

「ハボ…ジャン。」
「へ?」
軍では決してファーストネームで呼ばないロイがどうしたのだろう?
思わず固まってしまったハボックのうなじと肩に手を廻し、いきなりロイがキスをしてきた。

未だにロイからのキスに慣れない(なにしろ滅多に自分からはしてくれないのだ。)ハボックは、ただ動けもせずにそれを受け止めていた。
「大佐?」
それでも『ロイ』と呼ばない自制心はハボックが犬たる所以である。
ロイの立場が悪くなることなど、許せないから。
自分がそれをするなどもっと赦せない。
(ま、『ロイ』と呼ぶのを聞かれなくとも、キスシーンを見られたら立場が悪くなるのは必至なのだが。)

「無事に帰るように…まじないだ。」
こつり、とハボックの肩に額をつけて囁いてくる。
(あー。どうしてオレ、今日夜勤なんだろ?すんげぇこの人が喰いたいのに。)
天井を見上げるハボックの気持ちが解っているのかいないのか。
「気を付けて行ってこい。」
あっさりと躰を離したロイに
「Yes.Sir.」
ぴしりと敬礼を返して、ハボックが笑った。

その笑顔が眩しくて。
見られなかった猛獣のような瞳に焦がれて。

躰の熱を持て余したロイは帰宅後、着替えをすませると慣れた夜の街へと歩き出した。









clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.13
「錯」 Act.13
09.1.24up
ただのケンカならばハボックはすぐ軍へ戻るだろう。
充分に時間をとってから街へ出たつもりのロイであったが、この日は計算が外れた。
確かに憲兵に要請された件はすぐに片が付いたのだが、ハボックとその小隊は帰りしな指名手配中のテロリストとおぼしき人物を発見し、尾行をしていたのだった。

2人の部下に軍への照会を命じ、残りの数人といつものフォーメーションに散らばりながら後をつけていた。
「この格好じゃ目立ってしょうがねぇな。」
普段あまり足を踏み入れることのない、怪しげな店が立ち並ぶ区域だ。
軍服では周りの人間達から浮いてしまうし、その結果どこからか話を聞いた相手に警戒されかねない。

折り返そうかと思いながらある角を曲がったとき、ふとロイを見た気がした。
「ん?」
振り返ってみるととても彼が利用するとは思えない怪しい店だが、ドアの中へ消えていく後ろ姿は確かにロイだ。
ハボックがロイを見間違えるハズがない。
「ナニやってんだ?」
しかし今は部下を引き連れての尾行中。
「えーと、す…シュナップス?」
『Schnapps』という店の看板だけを頭に入れておいた。

やがてその区域の向こう側に行っていた部下の一人から、目的の人物が入った宿を突き止めたと連絡が入った。
「よっしゃ。んじゃ、あと2人そっちへ回って交代で監視。残りは撤収するぞ。」
ハボックの指示に素早く反応し、その場で交代の順序と連絡方法、監視に残った人員の着替えを持って行く担当などを迅速に決めた部下をねぎらい軍へと戻ることにした。

「隊長はこのまま帰宅されますか?」
次の監視担当となった部下が話しかけてきた。
「んー。とりあえず私服に着替えたら、いっぺんその宿ってのを見に行くわ。
 状況によっちゃ、人数増やさなきゃなんないだろ?」
「了解しました。自分もご一緒しましょうか?」
「んにゃ。お前は交代時間に来ればいいさ。4時間後だろ?
 それまで休んでメシ喰っとけよ。
 …お前、『Schnapps』って知ってるか?」

自分たちと並んで歩く上官というものに最初隊の人間は驚いたが、今はすっかり慣れている。
ハボックの人柄は部下達から厚く信頼され慕われていた。
そんなハボックに話しかけられるだけでも嬉しいのに、こんな風に偉ぶらないで自分の知らないことを素直に聞いてくれるほど心許してくれていることにいつも誇らしいような気持ちになる。

「『シュナップス』ですか?」
「ん。」
「確か…酒の名前でして、自分の覚えでは『アクアビット』のことかと思います。」
「アクアビット?『生命の水』?」
「ええ。まぁ酒飲みにとっちゃ、酒はみんな『生命の水』ですが。
 ハーブで香りを付けた、かなり強い酒だと存じております。…それがなにか?」
「いや…なんでもない。どっかで聞いて、ナニかと思っただけだ。」
かなり部下の中でも下町に通じている人間であったが、あの店を知らないようだ。
ムリもない。
東部で生まれ育った自分だって知らないのだし、正規の軍人が足を踏み入れるような場所ではなかったから。

ではなぜ、あの人がそんなところに?


まだ勤務時間内であることに罪悪感を覚えたが、ハボックにとって最も重要なのは軍務でなくロイだ。
(街の様子に合わせて幾分怪しげな)私服に着替えたハボックは指名手配犯のいる宿近くで部下と合流し、これなら増員はいらないと判断の上幾つかの打ち合わせを終わらせた後、例の店の前に立っていた。

先程ロイを見たときから約1時間半が経過している。
あまりあの人の趣味からは考えられないが、万が一ただ酒を飲むだけだったらもう家に帰っているかも知れない。
しかし一人で飲むのなら、まず自宅でと言う人だ。
ならば、秘密裏に調査でもしている?
それも考えにくい。
中尉も自分もそんな話は聞いていない。

「ぐだぐだ考えても仕方ないか。」
一息吐いて、重苦しく感じるドアを開けた。
中は薄暗いバーと言った感じの店だった。
カウンターとスタンド式のテーブルが幾つか。
そして中にいる連中は一見下層階級ではないが、まともでない趣味を持っていそうなヤツが多い。
薬まではあまりやっていないようだ。
職業柄、一瞬にしてハボックはそれらを嗅ぎ取った。
(こんなところでナニしてんだ?)
しかしロイの姿はそこからは見えなかった。
もう帰ったのだろうか?

「よう。初顔だな?」
見回すハボックに、入り口近くにいた男が話しかけてきた。
「あ…ああ。人を探しているんだ。」
警戒しつつも、人好きのする笑顔を浮かべて答える。
「人捜し?ここにはいろんなヤツがいるぜ?
 あんたの趣味に合う人間もいるだろうさ。
 ただな、この店は生意気にも身上調査をしやがるんだよ。
 会員制秘密クラブでも気取ってんのかっての。」
大分酒が入っているらしい。

けらけらと笑う男に曖昧な笑みを返して更に店の奥へロイを探しに行こうとすると、別の男に肩を掴まれた。
「おい。この店は一見の客はダメだって言ってんだろ?」
と言うその男の腕をやんわりと外し
「あー。オレは別に利用したいんじゃなくて、人を探してるだけなんだ。
 もう帰ったかも知れないし。」
へら、と笑いかけるとなぜかその男は赤面した。

「誰を捜しているんだ?」
カウンターの中から、マスターとおぼしき男が話しかけてきた。
さっきからオレを観察していたな。
それにはハボックも気付いていた。

「えーと、一時間半くらい前に来たと思うんだけど、黒髪で黒瞳の色白で綺麗な男だ。
 身長は170p半ばくらいの。」
この国で黒髪はめずらしくないが、瞳まで黒い人間はあまりいない。
ハボックが知る限りではロイとフュリーくらいだ。

こんなところでロイの名前を出すわけにはいかないが、これで解るだろうか。
そう心配になったハボックだったが。
「ユーリか?」
「そりゃ、ユーリだ。」
ざわ、と店内がさざめいた。
(ユーリ?それは大佐が名乗っている偽名なのか?)

「残念だな。兄ちゃん。ユーリの相手は決まってるんだ。他の男で我慢しねぇか?
 オレが相手をするぜ?」
先程肩を掴んできた男がにやにやと笑いながら顔を寄せてくる。
「相手?」
訳が解らず聞き返したハボックに
「階段はあっちだ。2階にあがってくれ。」
マスターが声を掛けた。

「ああ?ユーリにはいつもうるさいあんたがどうしたんだ?」
振り返って聞く男にマスターは手を振った。
「その人はユーリに通していいんだ。
 もう3人を相手にしてるから、あんたが参加できるかどうかは上に行って自分で聞いてくれればいい。
 ただし、聞いているとは思うが、まずユーリの指には触れるな。」
指?
焔を生み出す指には、ってことか?
しかし相手をするってなんなんだ?
参加?

疑問を持つハボックに構わず、マスターは話を続ける。
「音楽学校でピアノを専攻してるんだそうだ。
 だから、ユーリの指には触るな。
 それから、唇には触れるな。理由は知らん。
 最後に躰に一切痕(あと)を付けるな。
 以上がユーリの注意事項だ。
 201号室にいる。」

ピアノ?
音楽学校?
人違いか?
そもそも『聞いているかとは思うが』って言われても、オレはナニも聞いてないし。

「あー、その人じゃないかも知れないんだけど、とにかく見に行ってもいいかな?」
おそらくロイはもう家に帰ったのだろう。
それでも確認はした方がいい。

「最近恋人ができたユーリだよ。」
陽気な声が聞こえた。
「そうそう。前は躰に傷や痕を付けるななんて言わなかったのにな。」
「恋人にバレたら困るんだろうよ。」
次々に笑いとともに声があがる。
「アレで女を相手にすんのかね?」
「ユーリが女なんかで満足できるかよ。マリー様ほどの女王サマを相手にするんじゃなきゃな。」
「あー、そりゃいい組み合わせだ。」
どっと笑う男達を後に、ハボックは店内よりも薄暗い階段を上った。

躰に痕って、どういうことだ?
いったいナニをしてるんだ?
そもそも、この扉の中にいるのはロイなのか?
人違いだったらオレ、速攻で店を出ればそれでいいんだよな?
誰かに見られて変な誤解をロイにされたら困るな。
ところでこれって、ノックはすべきなのか?

ドアの前に立ってハボックは考えたが、結局そっとあけることにした。
お楽しみの途中で邪魔をするのは良くないだろうと気を使ったからだ。
(ナニが『お楽しみ』なのかハボック自身、解ってはいなかったが。)






次回はかなりエグイっす。
SM、痛いもの等がお嫌な方はご注意下さいまし。






clear

 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.14
「錯」 Act.14
09.1.27up
【注意書きです】
今回は、かなりエグいSMシーンがあります。
痛い描写等がお嫌いの方はご注意下さい。



あ、結構明るい。
それが部屋に入ったハボックの最初の印象だった。
幾分現実逃避が入っていたことは本人にも否めない。

なぜならそこには目隠しをされて、3人の男にどう見ても『犯されている』ロイがいたからだ。

思わずあげそうになった声を、口に掌を当てることでなんとか抑えた。
背後から犯されているロイの後孔から腿に掛けて、紅い筋が流れているのが見える。
もう一人の男はロイの頭を両手で押さえつけ、自分のモノを口に含ませていた。
涙を流し、時折嘔吐(えづ)いている様子からかなり喉奥まで無理矢理咥えさせられているのが見て取れる。

残った一人がふと顔を上げてハボックを見た。
その何か問いかけそうな男へ、ハボックはとっさに口に人差し指をあてて見せた。
にやり、とその男は笑い一つ頷いて、ハボックの傍らにあった椅子を指差した。
(座って見物しろってか。)
男の意図が解ったと示すために、ハボックも一つ頷いてその椅子に静かに腰をおろした。
内心は混乱しきっていたのだけれど。

コレは一体なんなんだ?


ハボックの信じていた
『幸せ』の
背後に隠されていた

悪夢が

ゆっくりと

その鎌首を


擡げた。


「ぁ…ぁあ!」
咥えていたモノから放たれた液体をその顔に受けたのだろう。
顎から精液を垂らしているロイの悲鳴がハボックの耳に届いた。
ロイが望んでいるのでなければ(今でもハボックには、この状況がロイの望んでいるものなのかどうかの判断がつかないのだが。)
こいつらを全員殺してやるのに。
その方がどれほど気が楽か。

そんなハボックの気持ちを、目隠しされ男達の陵辱を受けるロイは知らない。
いつもなら自分が近づいただけでその気配を読み取るのだが、既に忘我の境に入ってしまっているようだ。
「やっ…!…ぁあ…。」
後孔を荒々しく突き上げられて、ロイが声をあげた。
その拍子にどれだけ腔内に精を放たれたのか、紅いものの混じる白濁した液体がどろりと、ロイの腿を更に伝い落ちた。

その時、ロイのモノがエレクトしている事実にハボックは気付いた。
今まで自分が抱いているときにはしなかったロイが。
それはロイがこの状況を悦んでいるということ。
自分では与えられなかった悦びが今、ロイにもたらされているということ。

「…も…っ…イかせて…くれ。これを…ハズして…」
見るとロイのモノの根元にヒモのようなものが結ばれている。
「ユーリはホントに淫乱だな。そんなにイきたいか?」
男の一人の問いかけに
「ん。イきたい…。イかせて…。」
ねだる声は今まで聞いたことのない媚びを含んでいた。

「甘えてもダメだろ。
 こんなんでユーリは満足しないよな?」
ハボックに無言の問いかけをした男がベルトを手にしてロイに問いかけた。
「んん。もっと…もっと…。」
「もっと、なんだ?」
「もっと痛く…して欲しい…お願いだ…。」
「素直で良い子だ。ユーリ。
 『叩いて下さい。』って言えよ。」
「は…ぁ。お願い…ユーリを叩いて…もっと痛くして…下さい…。
 もっとユーリを虐めて…ぇっ!」
「ああ。もっと虐めてやる。」
男はユーリの躰をベルトでムチのように打ち据えた。
それに躰を震わせ、声をあげて悦ぶロイ。

「ぁあ!
 もうイきたい…イかせてくれ!
 これを…ハズして!」
おぼつかない手付きで自分のモノに触れながら、自らはその戒めを外そうとはしない。

「もっと…して…っ!」
後孔を男に犯されて、ベルトで打たれてそれでも足りないとロイが声をあげた。
「ユーリは本当に淫乱だな。
 じゃあ、これはどうだ?」
陰茎をロイに咥えさせていた男がロイに声を掛ける。
「…なに?」
目隠しをされて見えないロイが不安そうな声をあげた。
普段なら、こんな声をロイがあげる前に自分が抱きしめてその不安を取り除くのに。


「ぁぁああっ!!
 あつ…!
 熱い…ぃ!」
いきなりハボックの耳にロイの悲鳴が届いた。

男の指がロイの鈴口を押し開き、その小さな穴に蝋の紅い雫を垂らしているのが見えた。

あれ?今、オレどうしてたんだ?
ショックから自分の意識が飛んでいたことにハボックは気付けなかった。

「熱くていいんだろ?
 ほら、イイって言わないと、もうしてやらないぞ?」
「イイっ!…ぁぁ…やめないでくれ!」
次々と垂らされる蝋が鈴口に盛り上がっている。
やがて先端に乗り切らなくなると、男はロイの棹へと直接蝋を垂らし始めた。
その熱さにまたロイが悲鳴をあげる。

背後から犯されベルトで打たれ、根元を縛られてイけない苦痛に足して垂らされる蝋の熱さにロイは恍惚とした快感を得ているらしい。

びくびくと白い躰が陸に揚げられた魚のように痙攣している。
いっそそれは美しく幻想的な光景にさえ思えた。

「んんっ!イイぃ…っ!もっとぉ…もっとして…っ!」
「ホントにユーリは素直で良い子だ。」
「そんなイイコにはご褒美をやらなくちゃな。
 ユーリのはしたないお口にもう一つご褒美をやろう。」
ロイの意識はどこまで解っていたのだろうか。
2人の男の腕がロイの躰を軽々と持ち上げ
既に一人を受け容れているロイの後孔に、もう一人の男のモノが深々と突き挿れられた。

「ぁぁぁあああ!!
 無理だっ!
 こんなの ムリぃぃぃっ!!!」
悲鳴をあげるロイは酷く眉を寄せていて
「ひ…ぃ…!裂ける…っ!」
強く左右に頭を振りながら、涙を流し続けている。

つらいのだろう。

つらいのだろうが、その陰茎が萎えていないことをハボックは確認していた。

ぐ、と込み上げた吐き気をハボックは必死で堪えた。
思わず立ち上がりドアへ向かったハボックに
「やぁ…っ!」
新たなロイの悲鳴が聞こえた。

しかし、もう振り返る勇気はハボックにはなかった。


どうやって階下へ降りたのか覚えていない。
気付くとカウンターに凭れるように立ち、目の前には酒が置かれていた。
「あ…。」
酷く喉が痛んで、声が掠れている。

「まだ吐き気が治まらないのか?」
カウンターの中からマスターが声を掛けてきた。
(「まだ」?「治まらない」? ってことは、オレは吐いてたのか?)
「あ…ああ。すまない。大丈夫だ。」
まさかどっかの床に吐いたとかはねぇよな?
心配になったハボックだったが、誰もこちらを見てもいない。
ちゃんとトイレに行ったようだ。

軍に入ってから、こんなに我を忘れたことはない。
初めて人を殺したときだってもう少しマシだったハズだ。

いったいアレはなんなんだ?

「あー…のさ。ユーリ…はいつからこの店に来てるんだ?」
「いつからって?」
訝しげにマスターが聞き返す。
「その…どの位前から…通ってるのかな?」
通って…るんだよな?
『ユーリの相手は決まっている。』
とさっき誰かが言っていた。

「4…5年くらいになるかな。」
呟いたマスターに
「もうそんなになるか?」
脇にいた男達が話題に入ってきた。
「そういや、イシュヴァールの内乱が終わってそんなに経ってなかったもんな。」
「あれ?あいつ、いつ卒業すんだ?
 ここに初めて来たときから音楽学校の学生って言ってなかったか?」
「こんなことばっかしてちゃ、卒業なんか出来ねぇだろ?」
「違ぇねぇ!」
げらげらと笑う声はハボックの耳に届いていなかった。

(5年前…。
 そんな前から?
 ずっと…オレと付き合ってからも?)

「なあ…。ユーリは最近もずっと来てたのか?」
『最近恋人が出来た。』と確か聞いた気がする。
マスターに問いかけると、周りの男達が次々に答え始める。
「いや、最近…4ヶ月くらい前からしばらく来てなかったよな?」
「ああ。また来始めたのは、ここ3週間くらいじゃねぇか?」
「そうそう。先月の終わりからだよな。
 オレ、給料日後だったってのを覚えてるぜ。」

4ヶ月前から…オレと付き合い始めてからは来てなかったってことか。
それでも3週間前からまた通っている…。

オレにもう飽きたってことか?

「ユーリって、ずっとああいう…のをして…んのか?」
どうしても曖昧な言い方になってしまう。
「ああ?あのプレイか?」
「あんた初めて見たのか。驚いたろ?」
どうやら『ユーリ』はここで人気者のようだ。
誰もが詳しく、誰もが話しに加わってくる。
「ああ…。」
驚くどころじゃない。
意識が飛んだぜ。

「あれは誰でもついて行けるってレベルじゃないよな。」
「でも最初からああいうプレイが好きだっただろ?
 始めに連れてきたヤツが根を上げて、どぎついプレイが好きな奴等に紹介してたじゃないか。」
「オレはその頃のことは知らないが、綺麗な顔してすげえよな。」
「結局ユーリの相手はいつもあいつらってことになってんだ。
 最初に相手してたヤツらはいつの間にか店に来なくなったし。
 まぁ、マスターが許可したヤツだけしかユーリに近づけないしな。」
「いきなりあんたがユーリのとこに行けたから、驚いたぜ。
 マスターの知り合いなのか?」
「いや…ユーリの知り合いなんだ…。」
ぼんやり話を聞いていたが、いきなり話題を振られて慌てて答える。
ふぅん、と解ったような解らないような顔で頷き、その後ハボックが黙っていると男達はそれぞれ別の話題を始めて散っていった。

「ごっそさん…。」
カウンターに少し多めの金を置いて、店を去ろうとした。
「ユーリはあんたに気付いたのか?」
そっとマスターが尋ねてきた。
「いや。…黙っててくれるか?」
その為に多く置いたことはマスターにも解ったようだ。
頷きながら
「マリー様によろしくな。」
ハボックにだけ聞こえる声で言った。
「は?誰?」
いきなり知らない名前を出されて聞き返した。
(今度は誰の偽名だよ?)
ハボックのそんな様子に合点がいったのか
「いや、なんでもないんだ。」
追求を避けるように頭を振り、それから小さく
「ユーリは良い子だよ。」
まるで慰めるように呟いた。

そんなことは知ってるよ。

いや…オレはロイのことを何も知らないのかもな。
ふ、と力無い笑いをマスターへ返事代わりに返し、ハボックはその店を後にした。





あああああ!!
これがずっと書きたかったーーー!!!

ここで連載終了♪


と言いたいくらい、すっきりしました。







clear


 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.15
「錯」 Act.15
09.1.29up
この行き場のない怒りをどうすればいいのだろう?
店を後にしたハボックは、ふらふらと司令部に戻りながら途方に暮れていた。

ロイはオレとのセックスに満足していない。
そればかりでなく、オレという『恋人』にも満足していないのだろう。
オレがいるというのに、(オレに逢わない時間の)寸暇を惜しんでオレ以外の男達に抱かれているのだから。

あれだけモテる人なんだ。
オレなんかに満足する訳が無かった。
オレの腕の中に収まってくれる人である訳がなかったんだ。

そう言ってくれれば良かったのに。

そこまで思って、ハボックは頭を振った。
「お前に満足できない。」
と言われて、オレが納得して付き合い続けたか?

誠実な付き合いをするならば、それを正直に言って別れるべきじゃないのか?
それともあの人にとってオレは、そんな誠実に接する必要もない人間だったのか?
オレはきっとそう思っただろう。
「満足できない。」
と言われてまで、オレはあの人と付き合いたいと思っただろうか?

……今、あの人を失いたくないと思ってるってことは、そうなんだろうか。
それでも、この怒りはどうしてくれよう?

(それにしても今日に始まったことじゃないのに、他人にロイが抱かれていたことを気付けなかったオレって、どこまでおめでたいんだろう?
 今考えれば解りそうなものなのに。)
くくっ、と自嘲の嗤いで喉が鳴った。

まとまりのない思考に苦しめられている間に、司令部へ着いてしまった。
「…とりあえず、寝よ。」
あくまでハボックは健全な人間であった。
人間として生きる上では長所であろうが、ロイと付き合う上ではそれが最大の難点になることを今のハボックは知らない。

夜勤、夜勤と2日続いて明日(もう今日か)は午後勤務だ。
軍のシフトは不規則である。
最早それには慣れているが。
仮眠を取って、明日の退勤まで躰を保たせなくては。
それは楽勝だろうが、例のテロリストの逮捕劇も待っている。
オレの大切なロイを守り抜いて…。
仮眠室のベッドで考えている内にハボックは眠りに落ちていった。


翌日目を覚ましたハボックは、自分がすっきりした気分でいることに複雑な思いだった。
しかし、軍務中であれば自分が精神を律していられることも解っている。
出勤してきたホークアイ中尉とロイに、昨日のテロリスト監視の報告をした。
「ふん。セントラルから手配書が回っているとは言え、小者だ。
 泳がせたからと言って、芋づる式に大物が掛かる可能性もないな。
 さっさと捕らえて口を割らせた方が早い。」
報告書を見てのロイの感想はハボックと一致していた。

「行くぞ。」
そのロイの一言で部下一同が動いた。
いつものように。

「宿の裏側はどうなっている?」
躰に昨日の後遺症がないのか、内心ハボックは心配だったがロイは絶好調のようだ。
「オレの隊とブレダの隊が固めています。」
「近隣の建物へは?」
それにはファルマンが
「既に避難勧告が出ており、全員退避済みです。」
声をあげる。
「よし。燻り出すぞ。」

「こんなテロリスト一人にあんたの焔はいりませんて。
 後方にいて下さいよ。」
ハボックの言葉など聞いちゃいない。
なにしろ、最前線に立つのが好きな人なのだ。

……それはなぜ?

そんなことを考える余裕はハボックにはなかった。
とにかくロイを護らなくては。
それがハボックと中尉の第一義だ。
その次に逮捕。
それはきっとヒューズ中佐も同様だろう。


現れた件の男がロイに対して銃口を向けてきた。
その手は中尉が撃ち抜いてくれる。
それは中尉とハボックのそれまで培った信頼だった。
不安もなくハボックはその男へと走り、アタックをかます。
ロイが何か叫んで、自分の肩が熱く感じた。
それでも止まる必要は自分には無い。

ロイを護るためなら。

後で聞いたところによると、ハボックから見えない所にいた犯人の仲間が銃をハボックに向けたそうだ。
それに気付いたロイが、犯人の手に焔を放ったのがハボックの肩に掠めたらしい。

それでも大したことにはならなかったので、捕人を引き渡して全員が司令部へと戻れた。
「ハボック少尉は、昨日からの監視の状況を報告書にまとめて頂戴。
 それで今日は帰ってよし。
 明日は非番だったわね?」
「Yes.ma'am.」
ぴし、と敬礼するハボックに笑顔で頷き
「大佐は今日の捕り物の報告書の作成をお願い致します。」
打って変わって厳しい目を向ける。

「それは…明日では?」
「今日の生命の保証がいらないのであれば、構いませんが?」
「う…。解った…。」
「少尉と一緒に帰宅したいのであれば、頑張って下さい。」
にこり、と顔が笑ってはいるが、全くその瞳は笑っていない。
「が…頑張るとも。」
ロイも引きつった笑いを返した。

ハボックの気持ちなど全く知らず。


数時間後、「邪魔が入らないように」との配慮で執務室に籠もって報告書を書いていたロイがハボックを呼んだ。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


書類が片付いたと嬉しそうなロイ。
お前と一緒に帰るために頑張ったんだぞ、と笑うその顔は満足そうで。
ねえ。
本当は相手がオレじゃなくても、あんたは満足するんでしょう?
いや、オレじゃない方が、か。

何も言わないオレを不思議そうに見て、それでもいそいそと背を向けてコートに手を伸ばしている。
「ハボック、お前も早く用意をしてこい。」
ばさり、と羽織ったコートを調えて。
「今日は温かいモノが食べたいな。
 …ハボック?」
「…。」
何も応えないオレを振り返ろうとする。
「そのまま…振り返らないで下さい。
 …聞いて貰いたいことがあります。」
「ハボック?」
「いいから。そのまま振り返らないで。」

オレの言うことをこの人が聞かない訳がない。
「…解った。」
オレに背を向けてじっと言葉を待っている。

「…ハボック?」
それでも仲々言い出さないでいると、不安そうな声で聞いてきた。
「お願いがあるんすよ。」
その言葉に肩の力が抜けるのが見えた。
なにかねだりたいのか、とでも?
「ああ、なんだ?」
「聞いてくれますか?」
「私に出来ることであれば。なんなんだ?お前の願いというのは。」

願いなんだろうか。
この伝えたい言葉は。
この怒りを伝えたいのは。


しばらく経って、オレは口を開いた。
「ピアノ…を弾いてくれませんか?」
びく、と弾かれたように肩をゆらし、ゆっくりと振り返るその顔は青ざめていた。
ああ、振り返るなと言ったのに。
ダメじゃないですか。

「…ピアノなぞ弾けないが?」
「弾けるでしょ?」
「ハボック?私はピアノなど弾けない…。」
平常を装っているんでしょうけど、瞳が泳いでますよ?

「弾いて下さいよ。『ユーリ』。」
「…っ!」
逃げ出そうとする躰を、腕を掴んで引き寄せた。
「ねぇ?ユーリ?ピアノを弾いて欲しいんです。」

「…誰だ?それ…は…。」
ああ、そう来ましたか。
「黒髪で黒い瞳のユーリ。音楽学校の学生でピアノ専攻だそうですね。」
「だから…っ。それは誰だと聞いている。」
それはあんたの優しさ?
違うでしょ?

「『Schnapps』という店で、3人の男を相手にしていた人ですよ。
 目隠しをされてね。」
「っ!? お前、あそこに…っ!?」
ほら、語るに落ちた。
「ええ。いました。
 あんたが見知らぬ男達に抱かれているのを、じっと見てました。」

「…!」
文字にし難い悲鳴をあげるのを、どこかぼんやりと見ていた。
その人はゆっくりと膝を折って床に座り込んで。
「…ぃ!中尉!」
ぽつりぽとり、涙を零しながら、叫んだ。
オレは、それをまるでスローモーションのように感じながら
ただ…眺めていた。

次に覚えているのは、銃口をオレに向けている中尉の姿。
何かロイに告げてる姿と、それからオレを執務室から連れ出した時の厳しいけれど、どこか哀しい瞳だった。









clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.16
「錯」 Act.16
09.2.1up
使われていない会議室に(女性とはとても思えない力で)引きずり込まれ、座るようにと指示されて中尉の向かいに座った。
しばらくの沈黙を経て、中尉は重く口を開いた。
「…あの人はあなたが思っている以上に…壊れているのよ。」
「壊れて…って、病気とか?」
それなら治せばいい。
ハボックは前向きに捉えようとしていた。
うすうす真相を解りながらも、そうでないことを希望していたと言ってもいいかも知れない。

「違うわ。精神が…いえ、性癖と言ってもいいわね。それが異常なのよ。」
「異常…。」
「イシュヴァール戦でのこと、本当はもっと早くあなたに話すべきだったのかも知れない。
 けれど私たち…私と中佐は、あなたに大切に愛されることを知れば…あの人が変われるかと期待していたの。
 …願っていたのよ。」
(イシュヴァール戦でのこと?オレはロイが錬金術で大量虐殺をしたとしか聞いていない。
 それで傷ついているロイを癒して、護ってくれとしか。)
「なにが…あったんすか?」
問いかける声が震えていた。

「落ち着いて聞いて貰えるかしら?」
この氷の女帝が今まで見たこともない、伺うような視線を向けている。
「できるだけ…。」
「…とにかく最後まで話を聞いて頂戴。お願いだから。」
こんな低姿勢な中尉も見たことがない。
「解りました。」
この時のハボックに、それ以外のナニが言えただろう?

「イシュヴァール戦の終わる…前日の夜だったわ。
 私たち、と言っても中佐が知ったのだけれど。
 大佐が雨の日にはいつも、何人もの男達に犯されていたということ。
 それはとても酷いされ方だったということ。
 それから後になって…あの人が…あの人の精神が異常をきたしていたということ。」
ざ、と血の引く音がハボックの耳に聞こえた。
同時に冷たくなっていく顔と、それとは逆に熱くなっていく感情。

(ロイが戦場で…犯されていた?
 何人もの男に?
 それはロイが守ってきた仲間の兵に?
 いつも?雨が降る度に!?)

「異常って…?」
漸う言葉を吐き出したハボックの顔を見つめ、長い溜め息をホークアイが付いた。
そしてしばらくの後、覚悟を決めたように口を開いた。
「…求められれば相手が誰でも拒まなくなった。
 『拒む』という選択肢すら浮かばないようだわ。」
言われてみればロイが女ったらしの異名を取ったのも、どんな相手であろうと求められれば拒まないという姿勢の故なのだろう。
ぼんやりとハボックはいささか逃避した思考を繰り広げていた。

「だからあなた以外の人間に抱かれたからといって、あの人を責めないで欲しいの。
 あの人には理解できないのよ。
 ただ一人の人間だけを性行為の相手にすべきだという、当たり前のことが。」
「どうしてなんですか!? そんなの恋人がいるなら当たり前…」
「だから!『当たり前』のことが解らないの!
 それが自分の精神を護るたった一つの術だったのよ!」
ハボックの言葉を遮って悲鳴のように告げられた言葉は、そのまま中尉の心の叫びだった。

「精神を護る…。」
「そう。軍人が上官命令に逆らえないことはあなたにも解っているでしょう?
 それに唯でさえ暴行と同様の犯され方だったらしいわ。
 拒むなんてすればもっと酷い蹂躙を受けたでしょう。
 …だからあの人は自分の精神を護るために、『それ』が『普通』なんだと。
 求められれば抱かれるのが『当たり前』なのだと自分に思い込ませたのよ。
 …そうした結果、他の男に抱かれるとあなたが哀しむということが、あの人にはどうしても理解できなくなってしまった。
 そういった倫理観が…壊れてしまったのよ。」
中尉は俯き、自分の頭に片手をあてた。
頭痛がするとでもいうように。

「性癖については…最初は気付かなかったの。私も中佐も。
 ただ自分が大量虐殺を行ってしまったことと、内乱の間中酷く犯され続けたことで精神が傷ついているだけだと。
 …東部に帰ってしばらく経ってからだったわ。
 ある日大佐…その時はまだ中佐でいらしたけれど、あの人が背中に妙な怪我をしていて。」
「妙な…。」
「そう。上着を脱いだら血が滲んでいたから治療をしようとして、おかしいと思ったの。
 任務の時は私が側にいるのだから、この人が怪我をしたことに気付かないはずがない、と。」
それはもっともなことだとしか思えず、ハボックは曖昧に頷いた。
「どうしたのかと聞いても、まともな返事が返って来なかった。
 そして背中を見たら…あれはムチか何かで打たれたとしか思えない傷だった。」
あの店で男達にベルトで打たれて悦んでいた姿がハボックの脳裏に甦り、怒りにも似た激情に躰が震えた。

「そんなことが何度かあって。
 誰にされたのかと詰問を繰り返して、ようやく『将軍に』と答えを得たわ。
 それでもその時は出世のために仕方なくとか、上官命令でなのだと思っていた。
 勿論それもあったのだけれど。」
とうとう両手で頭を抱え込んだ中尉は、絞り出すような声で話し続けた。
「まだ…この人の悪夢は終わらないのかと、中佐とも話をしたけれど私たちに出来ることはなかった。
 でもやがて…気付いてしまった。
 あの人が自分に植え付けてしまった性癖に。」
「それ…って。」
自分の声が掠れている。
無意識にハボックは咳をしてもう一度繰り返した。

中尉は躊躇ったように何度か口を開いては閉じ、やがて諦めたように言葉を吐き出した。
「マゾヒスト。というのでしょうね。
 男に抱かれるときは女性に対するような行為ではなく、酷い陵辱をされるのが『当たり前』なのだと自分に思い込ませた結果、それを……自ら望むようになってしまったあの人の性癖を。」

どこかで解ってはいた。
いたけれど、信じたくなかった『真実』を突きつけられたハボックは、どこか暗いところへ突き落とされた感覚に陥った。
『女性に対するような行為ではなく』と中尉が認識しているのは、ロイが女性に対しては非常に紳士的なことから伺えるのだろう。

『女性に対するような行為ではなく』
この言葉は別の意味でハボックを打ちのめした。
「ただ…なんだか…女のようだと思ってな。」
初めてロイにキスしたときに言われた言葉。
それは『まるで女性のように大切にされる』ことに慣れていない、いや、違和感を感じるという彼の正直な感想だったのに。
あの時、有頂天になっていてその事に全く気付いてやれなかった。

ロイ自身も自分の性癖が異常であるということは既知していた。
うすぼんやりとではあるが、ことあるごとに中尉が諭してくれていたから。
だからそれを『健全』なハボックに悟られまいと、そんな彼に望まないようにしようと努力をしていたのだ。
ロイにとっても(その認識はおそらく他人と異なるのだろうが)ハボックは大切な恋人であり、彼を哀しませたくはなかったから。
ただ、ハボックとのセックスでは満足できない躰を持て余し、その壊れた倫理観に基づいて自分を求める男の相手をしていたに過ぎない。

彼には理解できなかったから。
他の男に抱かれると彼が哀しむということを。

「オレは…どうすればいいんでしょう。
 これからあの人が他のヤツに抱かれるのを黙って見ていろと?」
中尉が顔を上げた。その顔色はとても悪いとハボックはどこか冷静に観察した。
「それは…ないと思うわ。」
「どうしてそう思うんです?さっき責めるなと言ったじゃないですか。」
ヘンに冷めた口調だ。自分の声をハボックはそう聞いた。

「あなたが教えればいいのよ。
 他の人に抱かれるのは哀しいからやめてくれって。」
「それだけ?それだけであの人がやめるって言うんですか?」
ゆるゆると中尉が頭を振った。
それは肯定とも否定ともとれる動作だった。

「ええ。今まであなたとは普通の性行為しかしてこなかった。
 大佐はそれについて何の要求も、不平も言わなかった。そうでしょう?」
それはそうだ。だからこそ…。
ハボックにも理解ができた。

「オレが『そういう』セックスを望んでいると思ったからなんですね?」
(そうだ。オレはあの時「優しく抱きたい。」と言ったんだ。
 あの「厭だ」は本当は名前を呼んで欲しかったんじゃなく「そんな抱き方は厭だ」と言いたかったんじゃないか?
 それでもオレが望んでいるなら、とあの人は思ったんだ。)

「おそらくね。
 あなたに嫌われたくない、あなたの望まないことはしたくないという気持ちはあるのよ。
 その方向や内容があの人の思考では想像し難いだけで。」

ある意味、一途で純粋な人ではある。

「解りました。そう…言ってみます。
 けど、そうしたらあの人はどうやって…あの人の躰は満足できないんじゃないですか?」
それもイヤだ。とハボックは思う。
(勝手なのはオレだ。どうしろってのはロイのセリフかも知れない。)
「それは…申し訳ないけれど、あなたと大佐とで解決して貰う問題だわ。」
もっともなことだ。
どんな性癖を持っているとしても、自分と恋人とのことなのだから。

「解りました。
 …一つだけ教えて貰えませんか。
 中尉と中佐は、大佐があの店に通っていることを…」
「…知っていたわ。」
「そう…そうですか…。」
「それについては申し訳なかったと思っているの。
 それでも、あの人があなたに知られまいとしていたから。
 どうしても言えなかった。
 もしかしたらもうあなたと付き合うようになれば行かなくなるかとも思って…。
 …いえ。ごめんなさい。何を言っても言い訳にしかならないわ。」
「いいえ。気持ちはオレも解りますから。」
ただ…悔しかった。
全てを把握していた2人とは違って、自分が何も知らなかったことが。
その事で愛する人を苦しめてしまっていたことが。

「ただ…危険じゃないですか?
 あんな店で無防備に…その…目隠しをされていたんです。
 テロリストにでも狙われたら。
 軍に知れたらもっと困りますし。」
それは本心からの意見だったし、疑問だった。
中尉ともあろう人が、どうしてあんな危険な状況にロイを置いておくのかと。

「その心配はないわ。」
今まで以上に言いにくそうに中尉が口を開いた。
「あの店は…あそこの客はすべてどこの誰か解っているの。
 『ユーリ』の相手をしているのは…その…」
言い淀む様子で悟ってしまった。
「中尉の…知り合いなんですね?」
「……ええ。」
道理で。
納得は出来たが、気分が悪いことに変わりはない。

「じゃあオレがすんなり『ユーリ』のところへ通されたのも。」
「私が指示してあったからよ。
 …事前にあなたの容姿をマスターへ伝えていたの。」

は!
笑いが洩れてしまった。
(オレってどこまでめでたいんだろう。
 中尉も中佐も全てをご存じで!
 オレだけが有頂天になって何も知らず…。)

「本当に悪かったと思っているわ。
 でも…あの人を護りたかった…。
 それだけなのよ。」
真摯な瞳。
その言葉に嘘はないのだろう。

この忠誠心溢れる女性を責める気にはなれなかった。
ロイを大切に想う気持ちは一緒だから。


「落ち着いて。どうかあの人を責めないで頂戴。お願いだから。」
執務室へと戻る間にも何度も繰り返された願い。
「解っています。…大丈夫です。」
その度自分の口から零れる言葉を何処か他人事のように聞きながら、それでも自分でも何度も(責めてはいけない。落ち着くんだ。)と言い聞かせていた。


ドアを開けると、ソファに座る蒼白な顔のロイが見えた。
掻き合わせたコートの襟を両手で握りしめ、俯いている。
近づいてみると、凍えたように震えているのが解った。

「帰りましょう。」
「…。」
差し出した手を、じっと見つめたまま動こうとしない。
「大佐?帰りましょう。」
出来る限りの努力をして、優しく聞こえるような声を出した。
「…ボ…ク?」
震える唇から幽かな音が聞こえた。

「さ、大佐。家へ帰りますよ?」
もう一度声を掛けるとゆるゆるとハボックの顔を見上げ、また差し出された手へと視線を落とす。
「…。」
そしてようやくそっと、躊躇しながら本当にそっと、震える指がハボックの手に触れた。

その手をしっかりと握り、自分へと引き寄せた。
「…っ!」
瞬間強張った躰をしっかりと抱きしめて
「さ、家へ帰りましょう。腹、減ったでしょ?」
背中を撫でると
「…ハボ…。一緒に…ってくれ…のか?」
切れ切れの言葉が酷く聞き取りにくい。
「ええ。一緒に家に帰りましょう。」

「お前…自分の家に…帰ったりしないか?」
「2人であんたんちに帰るんですよ。」
ハボックの言葉に、相変わらず震えたままだが強張りが溶けてきた。
「お前も一緒にいてくれるか?」
少し落ち着いた声で念を押してくる。
「ええ。話したいこともありますし。」
言った途端、また躰に力が入ったのが解った。

なにか言わなくてはと思いはしたが、ハボックも何も言えなかった。
ここで何を言っていいのかまだ解らなかったから。
そのままロイの家に着くまで、2人とも一言も口にしなかった。






「だから!『当たり前』のことが解らないの!」という台詞、
ジブリの『おもひでぽろぽろ』で、算数が出来ないタエ子ちゃんのことをお母さんがお姉さんに
「普通じゃないの!タエ子は!」
というところを思い出しました。
(いや、だからなんだと言われましても…。)






clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.17
「錯」 Act.17
09.2.6up
「さて…何が食べたいですか?
 ああ、なにかあったかいモンがいいって言ってましたね。」
ロイの家に着き、とりあえずソファに座らせて聞いてみた。

「いや…いらない。食べたくな…
 …っ!
 いや!そうだな!何でもいい。
 腹が減った!」
座り込んでいたロイが勢い込んで言う。
食欲なんて無いクセに。

ああ…こんな時でもオレの望むようにしようとするんだな。
今までどれだけ無理をしてきたんだ?
いや、オレはどれだけ…そうさせてきたんだ?

思わず溜め息をついたオレにびく、と躰を揺らして
蒼白な顔が不安そうに見上げてくる。
「ムリしなくていいんですよ。」
笑って言ったんだが。
「無理なんかしてない!
 そうだな…お前の得意なリゾットとか…。」
そんなに震えて
そんなに引きつった顔で笑いさえして
そんなに…。

「解りました。ちょっと待ってて下さいね。」
そう言ったオレがキッチンへ入るのをじっと見届けている。
帰るんじゃないかと心配してるんだろうか。
自分を捨てるんじゃないかと思っているんだろうか。
そうじゃないのにな。
ただ…オレはなんて言えばいいのか、少し考えたかっただけなのに。

「はい。どうぞ?」
熱いですから、とマグカップを手渡した。
「? これは?」
中身を覗いている。
「ココアにバターを一欠片入れたんです。
 あったまりますよ。」
甘いモノは気分が落ち着くというしな。
こくり、と一口飲んで、まだ青ざめたままだが
「暖かい…。」
ホッとしたように呟いている。

しばらくソファに並んでココアを啜りながら、オレ達は黙っていた。
オレはまだなんて切り出したらいいのか解らず、言葉を考えていた。
何を伝えればいいだろう。
どう伝えればいいんだろう。

「殺すしか…出来ない。」
ロイがマグを握りしめ、俯いたまま口を開いた。
震える躰と声で。
「え?」
「私は…殺すことしか出来ない。
 今まで数え切れない人間を焼き殺してきた。」
「ロイ?」
何を言い出すんだろう?

「これからも殺すだろう。
 何かを生み出すことも出来ない。
 壊し、殺すだけの。
 自分がそんな忌まわしい存在だと知っている。
 生きて…幸福になることなど赦されないと思って …いた。
 …それでも!」

マグを握る手の震えが大きくなって。
こぼすんじゃないかと心配で、オレはそっとそれを取り上げた。
されるがままになっていたロイが、顔をあげてオレを見つめた。

「それでも、お前を好きだと思った!
 お前が欲しいと!
 初めて他人を欲しいと思ったんだ。
 そう言ったら、中尉もヒューズも良いことだと笑ってくれた。
 だから…だから私はそれが悪いことではないのだと知った!」
「ロイ…」

「お前に好きだと告げられたと言ったら、2人とも祝福してくれたんだ。
 だから私はそれも赦されるのだと思った!
 私がお前をきちんと愛せているとヒューズに言われたとき、嬉しかった。
 私は嬉しかったんだ!」

オレを見上げる瞳に涙が浮かんで
「お前が…幸福だと言ってくれて…。
 …私は…生まれて初めて…
 …生きていて良かったと…思っ…」
それが白い頬を次々と伝って
細い顎からぽたりと落ちていく。

ああ…綺麗だな。
でもその綺麗な雫がただ落ちていくのがもったいない。
オレはそっとその涙を指先に掬い取った。

「…お前の…ものになったと言われて…私も幸福で…。
 こんな…こんな私でも…幸福になってもいいんだと…思って…。」
そっと口に含むと、この人は涙まで甘いのだと…精神が感じた。

「お前に…嫌われたくなかった…。
 知られたら…軽蔑されると…お前に捨てられると…
 …だから…だか…」
もう後は言葉にならなくなったらしい。
俯いて…肩を震わせて黙って涙を流している。

オレはもう怒ってもいなかったし、どうやってこの人を安心させようかと言葉を選んでいた。
と、急に顔を上げたロイがオレの両腕を掴んで伸び上がってきた。
「ロ…?」
聞く前に唇を塞がれた。

今までこの人が自分からキスをくれたことなんてそう何度もなく、まして舌を挿れてきたなんて一度もないけれど。
まるでティーンエイジャーのガキのような、この人らしくないただ唇を押しつけるだけのキス。

何度も
何度も
そのうちにオレの首に両手を廻して。

何度も
何度も
技術もヘッタクレもない、不器用なキス。

「ロイ?」
ようやく離れたと思ったら
「…言った!」
いきなり叫んでくる。

「ロイ?」
「お前…言っただろう!?
 私から口づけをすれば、ずっと愛してくれると!
 何があってもずっと愛し続けてくれると!
 言った!!」

言った、と幾度も叫ぶ声がそれでも段々力無く、小さくなってきて。
「い…た…だろ…?
 ずっ…と…側にいてくれると…」
また俯いて、ぽろぽろと涙を零して。

ああ、この可愛くて愛おしいイキモノは
一体何者なんだろう?
オレの心をずっと前から鷲掴みにして放さない、今この時もオレを捕らえて生死すら握っているクセに、自分では全くそれを自覚してないこの絶対の存在。

ああもう。
どうにでもしてくれ。
オレはこの人さえ居てくれれば、どうなっても構わない。
この人が幸せになることが、オレの人生の第一義だ。
いや、今までもそうだったのだけれど。

「あんた、間違えちゃったんですよね。」
きゅ、とオレにしがみついていた躰を抱きしめて告げる。
「ジャ…?」
俯いていた顔をあげてくれたけど。
ほら、イロオトコが情けない顔をしない。
「オレがセックスでのあんたの望みを知ったら、呆れると思ったんでしょう?」

マゾヒスト、か。
今までオレの周りにはいなかったから、正直今でも面食らっているんだが。
それがどんなモノでも、ロイが望むんならいいじゃないか。

「…ん。」
「あのですね、オレとしてはあんたの性癖を知ることより、あんたが他の男に抱かれることの方がイヤなんですよ。」
びく、と揺れた躰を強く抱きしめた。

「だからといって、あんたを嫌うとかあんたと別れるとかはオレは考えませんよ?
 ただ、知って欲しいだけなんです。
 オレは…あんたが望むセックスの仕方を知ってもあんたと別れたくなりません。
 それより、オレ以外の男にあんたが抱かれるのがイヤなんです。
 それだけ解ってくれれば、嬉しい。
 ……いや、違うな。すんません。」
オレの最後の言葉を聞いたロイが、申し訳ないほど躰を強張らせた。
ああ、オレはまた間違えたんだ。

「違います!違いますって!
 オレはあんたを愛していて、別れたいなんてカケラほども思っちゃいません!
 そうじゃなくて!」
そこまで聞いて、ようやくロイの躰から力が抜けた。

ああもう、どこまでこの人はオレの言葉に翻弄されるのか。
そこまでオレに惚れてくれているのか。
眩暈がしそうなほど、嬉しくて愛しくて。

「すんませんでした。
 言いたかったのは、他の男にこの躰を触れさせないでくれれば嬉しいんですが、本当はあんたが『オレ以外の男に抱かれるのがイヤだ。』と思ってくれたらいいな、って。」

えと、とその後どう言っていいか解らずエヘー、と笑ったオレに、きっとオレの言葉が理解できなかったんだろう、困ったような顔をその頬に涙の粒を残したままで向けてくる。
「愛してます!
 オレの全てを捨てても後悔なんてないくらい、あんたを愛してます!
 あんたが望んでくれる限り、愛し続けて側にいますから!
 どうか…そんな顔をせんで下さい。
 …オレの望みはそれだけです。
 あんたに笑っていて欲しい。
 それがオレの願いなんです。」
やっと理解できたとでも言うように、ようやくロイがいつもの小さな笑みを浮かべてくれた。

しかしどこまで理解したんだろう。
この人の思考は訳が解らないと思っていたが、それは想像以上だったようだから。
「あのですね、解り…ました?
 オレが言いたいこと。」
子供が難しい問題を解くような顔で、少しの間考えているようだった。

「…他の…男に抱かれなければいい…のか?」
正解だけど。
大丈夫…かな?
「ええ。そうです。」
「しかし…」
う、まだ悩んでいるな。
どこら辺で引っかかってるんだろう?

「どうしました?どこが解らないですか?」
オレ、エレメンタリースクールの先生になった気分だ。
ロイが真剣な表情で、またしばらく考え込んでいる。

「うん…。どうやって『お前以外の男に抱かれるのが厭だ。』と思うのか…。
 あ、お前が厭がるのなら、私はそう思う!
 思う…のだが。
 私がそう思っているのをどうやったらお前に対して証明できるのか…
 その方法が解らないんだ。」

『イヤ』とは思えないんだろうな。本当は。
ま、仕方がないか。
いっぺんに要求をしてはいけないんだろう。
先ずは『オレだけに抱かれる』ってことだけ解ればいいよな。

しかし証明って。
これが錬金術師ってモンかね。
いや、大将が怒りそうだ。
ロイが特別な考え方をするだけだってな。

「とりあえずは、オレにしか抱かれないってことだけで充分っすよ?」
「本当か?」
どうして疑わしそうな瞳ぇするんスか?
「ええ。」

「そうしたら、私の側にいて…愛してくれるか?」
「ええ。つか、オレがロイの側にいさせて欲しいんスよ?
 あんた、解ってます?」
「…解らない…。」
まるで自分に落ち度があるかのように、また俯いてしまう。
ああ、そんな顔をさせたい訳じゃないのに。

「けれど約束…するから。
 お前にしか…お前だけに抱かれる。
 …約束するから。
 ずっと側にいて、私を愛してくれ。
 お前も…そう…約束して欲しい…。」

どうしてこの人は…。
他人に愛されるということが理解できないのか。
それはとても哀しいことだ。
こんなに魅力があって、この人に惹かれている人間なんて幾らでもいるのに。

そんなに大切に扱われたことがないんだろうか。
ずっと…あんな…扱いだけをされて来たんだろうか。
でも、オレはずっとこの人を愛し続けられる。
いつか、ロイが愛されることを理解してくれるといいな。
いつか、安心してオレの愛情の上に胡座をかけるようになってくれるといい。

それまでずっとオレはこの人を大切にし続けよう。
今までこの人がオレの望むことだけしてきたように。
オレもこの人の望むようにしよう。

「ええ。約束します。
 ずっとあんたの側にいて、愛し続けますよ。
 さっき沢山キスも貰っちゃいましたしね?」
笑って、戯けて、抱きしめて。
無条件の確約を渡して。

そうして、やっと
「ああ。私が口づけ、をしたんだ。
 その分、お前に側にいて貰おうか。」
安心した顔で微笑んでくれた。
オレはずっとこういう顔をさせていかなくちゃいけないんだよな。

「あんたがオレにキスをしてくれる限り、ずっと側にいて愛し続けます。
 約束しますよ。」
オレはソファから降りてロイの前に跪いた。
誓いの儀式のように、ロイの手を取りその指先にキスをして。
そしてその指をオレのデコに当てて。
芝居がかっていてもいい。
ロイが安心してくれるなら。

オレはきっとなんでも出来る。

「ん。私もお前に約束する。」
それを半ばうっとりとした顔で見つめていたロイが、今度はオレをソファに座らせて
「私はお前にだけ、この躰を委ねる。」
そう言ったかと思うと

オレの前に屈み込んで
床に膝と手をついて

脚の爪先にキスなんかしようとするから。

「やめて下さいよ!」
オレは慌ててその躰を引き上げた。
「? ジャン?」
「あんたはそんなこと、せんで下さい。」
不思議そうな顔が、この人の本当の異常さを表しているようで
ちり、と耳元でナニかが焼けたような気がした。

どうしてロイ・マスタングともあろう人がオレなんかにこんなこと。
これがこの人の常識なのか?
いや、それを責めてはいけないんだ。
『それ』を『異常』だと、この人に知らしめてはきっといけないんだ。

オレは大層な苦労をして、にっこりと笑い
「脚なんかにキスを貰っても嬉しくありません。
 オレの他には誰にも抱かれないと、唇にキスをして誓って下さい。
 お願いします。」
声が震えないように気を付けながら告げた。

するとロイもにっこりと笑ってくれて
「そうか。お前は爪先よりも口に口づけをするのが好きなんだな。
 よし。覚えたぞ。
 こうして…私にお前の好きなことをこれからも教えてくれ。」
そう言って、オレにキスしてくれて
「約束する。
 私はお前にしか抱かれない。」
もう一度キスをくれた。

だから側にいろ、というロイの言葉を聞きながら。
オレは込み上げる涙を堪えるのに必死だった。










clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.18
「錯」 Act.18
09.2.12up
やっと安心できたのか、食事をしようとロイが言い出した。
オレも(きっとロイも)食欲はなかったが、この人に食事をさせたかったから。
なによりこの人は自分が食事をするところをオレに見せたいのだと解っていたから。
2人でリゾットを喰って、風呂に入った後ベッドに横たわった。

躊躇いながらもそっと寄り添ってくる躰をオレは抱きしめた。
「ねえ。ロイ?」
「ん?なんだ?」
最初はあんなに腕枕を拒んでたクセに、今は慣れた場所へと頭を乗せてくる。
勿論どちらかが眠れば外すのだけれど。
「あのですね、あんたは忌まわしい存在なんかじゃないですよ?」
デコにキスを落として、伝えそびれていたことを口にする。

「ジャン?」
予想はしてたが、やはり不思議そうな表情をしたな。
「あんたは忌まわしい存在なんかじゃありません。」
ホントにこの人は、どこまで自分を貶めれば気が済むんだろう。

「あんたは、これからこの国の頂点に立ってその全てを変えて行こうとしてるんでしょ?」
それに荷担できることを思い掛けないほどの僥倖だとオレは思ってるんだけどな。
「…ああ。」
「オレはイシュヴァールに行かなかったから、想像でしかないけど。
 あの戦いを経験したからこそ、あんたはそう思った。
 でも、経験した誰もがこの国を変えられる訳じゃありません。
 あんただから出来るんですよ。」
ロイはただ切れ長の瞳を見開いて、じっとオレを見つめている。

「あんたはこの国にとって必要な人間なんです。
 アメストリスというこの国を変えられる、唯一人の人間なんだ。
 そんなあんたをオレは誇りに思ってます。
 あんたを護り抜きたいと思ってるし、あんたの理想を実現するためにオレは存在してるんだと思ってるんです。」
「ジャン…。」
更に瞠った瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。
恋人になるまで、この人がこんなに泣き虫だなんて知らなかったよ。
こんなに可愛い人だなんてことも。

「あんたは望まれて存在している、必要とされてる人間なんです。
 ねえ、忌まわしい存在なんかじゃないんですよ。」
この『当たり前』なことを解さない人へ、オレは噛んで含めるように言葉を繰り返した。

そんなオレの言葉を聞いてしばらく経って。
オレを見つめている瞳に溜まっていた涙が、耐えきれなくなったように零れ落ちたのが見えた。
「ふ…」
綺麗な涙を流す人だと、つい今日知ったんだけど。
こんなに声を殺して泣く人だったんだ。

静かに、静かに。
静かにロイは泣き続けた。
とても長い時間。
ただ…静かに泣き続けた。


「…ま…ぇは…。」
しばらく経ってロイが口を開いた。
「は?」
聞き取れなくて、聞き返した。
「…男に…抱かれていた私は…穢れ…ている…のだろう?」

それは意外な言葉で。
そんなことを解るのかと驚いて…。
そうではないのだと、すぐに思った。
この人は今まで自分が(おそらく中尉から)言われてきたことに自分を当て嵌めて聞いているだけに過ぎないと。

自分が本当にそう思っているのではない。
この人は誰かに求められれば(若しくは自分が抱かれたいと思ったときにそれを了承する人間が居れば)誰にでも抱かれるのが『当たり前』なのだから。
自分が誰に抱かれても、それで『穢れる』などと思うはずがない。
きっとこれは今まで習ってきたことの成果をオレの為に、自分へ当て嵌めて居るだけに過ぎないんだ。

この時のオレは、そうとしか判断出来なかった。

『穢れている』とは、イシュヴァール戦で多数の男達に犯されてしまった自分の躰を、その経験を、そしてそれにより造り上げてしまった自分の性癖を言っていたのに。
いや、造り上げてしまったその精神構造そのものを。
それを本当に疎ましく、哀しく(いつものように自分を貶めて)感じて、苛まれていたのに。
それをこの時のオレは全然解ってやれなかったんだ。

「あんたは穢れてもいませんよ。」
もう兎に角オレはこの人を肯定しまくるしかないと思った。
それがオレに課せられた新たな使命なんだとすら、この時は真剣に思ったんだ。
「本当に…か?」

ああ、自分に解らない事由を自分で判断できる訳がない。
この人の不安はそこにあるのだろう。
なら、オレだけがその不安を払拭できるんだろう。

「ええ。あんたは穢れてなんかいません。
 あんたが忌まわしいモンでないのと同じです。
 …オレの言葉が信じられませんか?」
不思議なくらいオレの言い成りになる人。
自分の判断能力をとことん信用できないと知っていて、オレや中尉や中佐にそれを求める哀しい人。
オレがこの人の判断の拠り所になれればいい。

「信じ…ても…いいの…か?」
「ええ。オレはあんたが穢れてなんかいないって、知ってます。
 ねえ、あんたはオレ以外の、誰の言葉を信じるつもりですか?」

オレの言葉を聞いてロイがまた静かに泣き出した。
子供のように頼りなく躰を震わせて。
こんなに…綺麗で能力が有って…。
それでも、こんなにも自分に自信の無い人だったんだ。
オレはしっかりとロイを抱き締めていた。

「ジャ…」
啜り泣く間にオレを呼んでくれる。
「はい?なんですか?ロイ。」
「ジャン…ジャン…。」
どうしてこんなに乱れても、この人は綺麗なんだろう?
「ロイ。愛していますよ?」
「ジャン…お前が…好きだ…好きなんだ…。
 …すまない…。
 お前を…好きだ…。」
それはきっと精一杯のロイの『告白』。
『愛する』ということを知らない人の、それ以上に『愛される』ことを知らないこの人の。

全てを投げ出して『愛』を乞うこの人の精一杯の
この『求愛』。
そして、オレには理解できないけれど、この言葉はこの人の精一杯の『謝罪』。
オレを愛してしまったことの。

そのことの意味など、この時のオレは知らなかったんだけど。


「ジャン?」
ようやく泣き止んだロイが口を開いた。
「はい?」
オレは一層ロイを抱きしめながら問い返した。
「あ…のな?」
「はい?」
「その…今日は…お前は…私を…。」
えー、これはオレがロイを抱きたいかってことか?
うん。
ちょっと、どうやって抱いたらいいのか迷ってるフシは我ながらあるんだけど。
「ロイ?」
「んん?」
「あんたが欲しい。
 …抱いてもいいですか?」

問うて ちゅ、と軽く落としたキスの後、深く舌を絡ませると
「ん…ふ…。」
甘い声をあげて応えてくれる。
うん。可愛い人だ。
どんな性癖を持っていても、否、『持たされてしまった』としても、オレはこの人を愛して大切に出来るよ。
こんな可愛い人を無下に出来る精神の方が理解できないね。

オレって幸せモン。
この時も思ったが、後にもオレは思った。

『オレって幸せな位



 …愚か者』










clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.19
「錯」 Act.19
09.2.15up
【注意書きです】
今回はかなり痛いシーンがありますので、そういった描写が苦手な方はご注意下さい。





ちゅ、と音を立てて唇を解放すると、うっとりと惚けた顔を相変わらず無防備に晒してくれる。
キス…は感じてくれるんだよな。
これはオレにしか赦さないでいてくれるんだし。

そんで、こっからどうすればいいんだ?
オレは今まで、ロイを大切に優しく扱わなくっちゃいけないと思ってた。
でもロイが望むのはそんなんじゃなくて。
オレはロイの望む通りにしたくて。

うーん、と口から洩れていたのだろうか。
「ジャン?…お前の好きにすればいい。無理をするな。」
気を遣ってくれるけど。
それじゃダメだよな?オレ。
今までロイがオレに合わせてくれてた以上に、オレがロイに合わせないと。

「どう…したらいいのか、教えて貰え…ませんかね?」
明日本屋に行って、ソレ用の本を買ってこよう。
躰に傷をつけたり、後遺症を残すことなんか有っちゃならないからな。

「どう…も…ない。お前の好きなようにしてくれればいいんだ。」
またそうやってオレにばっか合わせて。
オレのセックスじゃ満足できないクセに。
だから他のヤツに抱かれに行ってたんだろう?
そんなんじゃいけないんだ。
オレがこの人を満足させないと。

そういえば最初に抱いたとき、調子に乗って虐めてしまったけど。
あん時フェラもしないでいきなりイったよな。
あんな感じで行ったらどうなんだろう?
…聞いてみるか。

「ロイ?」
「ん?」
「最初ん時、オレが虐めちゃったの、感じました?」
するとふい、と顔を背けてしまった。
あれ?聞いちゃマズかったか?
「…っ…た。」
そっぽを向いたまま、ぼそぼそと呟いている。
これは…ビンゴ!?

「ねえ、オレに虐められて、感じたの?
 ちゃんと言って下さいよ。」
このくらいのプレイならオレにも出来るな。
「か…じた…。」
今度はオレの胸に顔を埋めて囁いてくる。
うはー。可愛すぎんな。相変わらずこの人は。
そうか。こんな感じでイケばいいのか。
言葉責めってヤツ?

「ね、『もっと虐めて』って言って下さい。
 オレにもっと虐めて欲しいんでしょ?」
こんな台詞を言われてたよな?
これでいいんだよ……な、あれ?
どうして上目遣いに睨んでくるんだ?
こういうのが好きなんじゃないの?

「あの…イヤ…でした?」
思わず下手に出てしまうのは仕方がないだろう。
これまでのオレ達の力関係が違うんだから。
幾らこの人が二人きりン時に言い成りになってくれてるとしても。

「…ら…ないか?」
「は?」
聞き取りづらいっス。
そんなぼそぼそ言われちゃ。
聞き返したオレに
「嫌わ…ないか?」
小さく息を吐いてから言い直してくれた。
ああ、そうか。
オレが呆れないか心配なんだな。

「嫌ったりしませんよ。あんたの望むことをオレに教えて欲しいんです。」
笑いかけてデコにキスを落として言うと
「本当…だな?」
心配そうなその顔がまた可愛くて。
「嫌いませんて。あんたがして欲しいことをもっとオレに教えて下さいよ。」

しばらくの沈黙の後、ようやく開いた口から
「もっと…私を虐めて…くれ。ジャン…。」
そんな可愛い言葉が洩れて。

うん。イケる。
このくらいなら楽勝だぜ。
オレはナニかに勝った気分になった。

えーと、確か初めてん時、四つん這いで脚を開かせたたら恥ずかしがってたよな?
「ねえ。ロイ?
 オレをぶち込んで欲しいと思う、あんたのいやらしいお口をオレに見せて?」

うわ。こんな台詞、死ぬまで口にするこたぁないと思ってたよ。
すると、少し躊躇った後で(それは羞恥心からではなく、オレが呆れないかと心配してのことだろう。その程度にはオレはこの人を理解していた。)ゆっくりとオレに背を向けて四つん這いになった。

「ジャン…ここに…お前が欲しい…。」
ナニも言わなくとも自分から脚を開いてオレに後孔を見せてくる。
うん、これ、結構クるかも。
しかし改めて見たソコはぷっくりと紅く腫れ上がっていた。

昨日血を流すほど突っ込まれていたもんな。
今までもこういう状態になっていることはあった。
でもそん時は、自分が無茶をしちゃったんだと勘違いしてた。
バカだったよな。オレ。
ま、それでもこの人を責める気なんて全く無いけれど。

「じゃあ、自分でオレを咥え込めるようにして下さいよ。
 このままじゃ挿入んないっしょ?」
内心いつ怒ったこの人に燃やされるかとどきどきしながらも、オレはロイの背後に胡座をかいた。
そんな心配などなかったようで、ロイは今度は躊躇いなく自分の指を口に咥え、その唾液を絡めた指を後孔に匍わせてからゆっくり差し入れた。

自分で後孔を解すロイ。
オレの目の前で肩を落とし腰だけを高くあげ、脚を開いてそれを見せている。
時折切なげな声を洩らして…震えているのはきっとこの屈辱的な行為に感じてしまっているんだろう。
この扇情的な光景にオレも興奮したのは確かだ。

指が2本に増やされはしたが、まだ大して解してもいないと思われたのに
(オレは自分ののサイズを考えて、いつも3本の指――しかもロイとは違って、オレの指は太い。――で充分に解してから挿れていた。)
「ジャン…もう…」
いやらしく腰を揺らめかせてねだってくる。
「それじゃ…痛いでしょ?」
思わず素で聞いてしまった。
「いい…もう…挿れてくれ…。」

えええええ!?
こんなんで良かったのか!?
『よく解せ』っていうマニュアルとかは!?
ああ…、忘れてた。
この人は『普通』じゃないんだった。

ぽけ、としていたオレに焦れたのか、扇情的に腰を振り
「ジャン…。欲しい。…も…挿れてく…れ。」
ねだるロイに逆らう気なんか勿論なく。
「いやらしい人っスね。」
可愛くて堪らないと思いながらも、リップサービスをして(その実、躰を傷付けるんじゃないかとびくびくしながら)背後から腰を掴んで自分自身をその小さな孔に突き入れた。
本当はもっとそっと優しく差し入れたい。
でも、そんなことをこの人は望まないだろうから。
無理矢理、まさに貫くようにオレは突き立てたんだ。

「ぁあー…っ!」
反り返った背中がびくびくと痙攣して、耳を覆いたくなる悲鳴がロイの口から迸った。

痛かったっス。
オレも。

痛ぇ。痛ぇよ。
だって女じゃないんだぜ?
タダでさえ不自然な(ロクに解れても、益して当然濡れてもいない)男の躰に、無理にイチモツを突っ込んだんた。
周りの肉やら皮やらを引き攣らせて。
いや、オレ以上にこの人の方が痛いんだろうけど。

ぐち、ぶち、とイヤな音を立てて、突き入れた周りの肉や皮膚が内側に巻き込まれて裂けるのを、耳とオレのモノを通して直に感じとった。
昨夜の傷が開いたこともあるのだろう。
後孔からつぅ、と血が流れ出すのが見えた。

これが…こんなことでこの人は悦ぶのか。
後退りそうになった躰を叱咤した。
ロイの望むようにすると自分で決めたんだから。

「ん…はぁ…。」
ロイの躰は相変わらず痙攣を繰り返している。
反った顔を覗き込むと痛みからだろう涙を流しているのが見えた。
この人がつらい思いをすることや、哀しんだりすることから出来るだけ遠ざけたいと思ってオレは生きてきたのにな。
それはこの人の望みの前にはナンの意味も持たないと、最早知ってしまったのだけど。

「イイ?」
どうしても確認がしたくて問うてみる。
間が空くかと思いきや
「ん…いい…。そのまま…突き上げてくれ。
 …奥まで、…思い切り…。」
すぐに返事が返ってきた。

この程度はなんてことないってことか。
オレは言われるままに、痛みを我慢して何度も引き抜いては突き上げた。
(血液で内部が滑りやすくなったのだろう、すぐに痛みは快感に取って変わられたが。)
「ん…ぅ!…ぁあっ!」
ロイは苦痛とも快感とも解らぬ声をあげ、オレの動きに合わせて腰を揺らしてくる。
その動きは絶妙と言いたくなるほど的確で。
オレを締め上げ、揺らし、絡みついて蠢いている。

このままだとすぐにイっちゃうな。
そう思った頃、ロイの息が収まりかけていることに気付いた。
あ!そうか。
『フツー』にオレが感じちゃいけないんだ。
『異常』に。
ロイが感じるように『異常』にしなくては。

当然オレはこの体験に戸惑っていて、いっぱいいっぱいだった。
だから気付くことが出来なかった。

同じように、ロイだって体験したことのない
『好きな人間との望むままのセックス』ってものに戸惑っていたことに。
いや、オレを想うあまり、オレ以上に戸惑っていたってことに。
オレは全然気付けずにいたんだ。










clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.20
「錯」 Act.20
09.2.20up
【注意書きです】
引き続き、軽いですがSMシーンがありますのでご注意下さい。






「あ…あの…。」
息が整い掛かってきているロイに声を掛けた。
「ん…?どうした?」
腰の動きを止めて、振り返ったその顔は上気したままだけど。
「もっと…ナンかした方が…いいっスよね?」
問いかけに一度開きかけた口を閉じて、ロイが黙った。
オレもなんて言ったらいいのか解らず、二人で繋がったまま黙り込んでしまった。

こ…これは気マズい…。
それはロイも同感なんだろう。
少し伏せた瞳が泳いでいる。
うん。どうしよう。
オレ、萎えて来ちゃったよ。
こりゃあロイにも気付かれてるよな?
更に気マズいぞ。

「あの…な?」
ずる、とオレを引き抜いて躰ごと振り返ってくる。
「はい?」
なんか提案してくれるんだろうか?
向かい合って座ったまま、またしばらく沈黙が続いた。

「その…出来ればもう少し…痛くしてくれると…
 あ!お前が厭ならいいんだ。
 …このまま抱いてくれれば充分だ。」
ああもう。そんなコト聞きたいんじゃないのに。

「あんたの望むことをオレがするんだって言ってんでしょ?」
「でも…私はお前のやりたいようにしてくれればいい…。」
そんな顔で瞳を逸らさないで下さいよ。
「オレはね、あんたに気持ち良くなって欲しい。
 …ね。オレにそうさせて?」
抱き寄せて耳元に囁くと、そのままオレの胸に凭れ掛けてくる。

それでも具体的にねだる勇気がないのだろう。
黙ったままのロイを抱きしめていたがふいに、そうだ、あの店でのプレイを真似ればいいんじゃ。と思いついた。
ここには蝋燭はないけれど。
(つか、オレにはロイのモノに蝋を垂らす勇気はまだ無いけどな。)

「ロイ?じゃあ目隠ししてもいいですか?」
聞いたオレに応えず、覗き込むと上目遣いに困ったような顔をしている。
あれ?
あーゆーのが好きなんじゃないのか?

「お前がしたいなら…構わないが…?」
「…目隠しされるの嫌いでした?」
アレはロイが好きなプレイだったんじゃない?

「いや…嫌いではないのだが…。
 …出来ればお前に抱かれているのが見える方が…嬉しい。」
え?あ?ナニをされるか確認出来る方がいいのか。
オレは見えない方がスリルがあって燃えるのかと思ったよ。

「その…まだ信じられないんだ。」
「へ?」
意味が解らず顔を見ようとすると、胸に伏せて隠してしまう。

「知られたら…嫌われると…捨てられると思っていた。
 こうして…ジャンが私の望むように抱いてくれるなんて…まるで夢…の様なんだ。
 だから…夢ではないと…本当なのだと解るように…目隠しはしたくない…。」
そっとオレの背に廻した腕に力を込めて、震える声でそんなコトを言う。

うん。可愛い。可愛くて仕方がないぞ?
喩えその方向性に問題があろうとも。

「これからはあんたにこんなコトすんのは、オレだけなんですよ?
 もう確認なんざ、する必要は無くなるんス。
 でもまあ、今日は目隠しは勘弁してあげましょう。」
抱きしめ返して囁くと
「ん…。…ぅん。」
オレの胸に頬を擦り付けて何度も頷く。
こんなに喜んでくれるんだ。
もっと躰も悦ばせてやりたいな。

ここで出来ることと言ったら…。
この家で何か使えそうなモノを思い浮かべてみる。
だいたいオレにSMの知識はない。
そりゃ軍人だから尋問や拷問の知識はあるよ?あるけども。
それをロイに流用する訳にもいかんだろう?
詳しくは明日調べることにしても、今日はどうしよう?

部屋を見渡して、脱いだ服が目についた。
あった。
ベルトっつー手があったな。
それで打たれて悦んでいたロイを思い出した。(不愉快な記憶だが。)

「ロイ?ベルトで打っても?」
聞いたロイの躰が震えたのは、期待感からだろう。
「ん。してくれ。…ジャン。」
するりとオレの腕を抜け、しなやかな背中を向けてやや俯いた。

この白い背中をムチ打つのか。
ベルトを手にしてそっと聞こえないように溜め息をついた。
それでもロイが望むならしょうがない。
どの程度の力を入れて良いのか解らないが、そこそこいい音を立てていた覚えのままにオレはロイを打った。

「は…!…ぁあっ!」
一度打っただけで悲鳴をあげて頽(くずお)れたロイに驚き、次の瞬間その背中を見てオレは息を呑んだ。
皮膚が一直線に裂け、その傷から血が流れ出している。

「あ…ああ…」
ロイの血を見た途端、オレは情けないほど混乱してしまった。
オレが…ロイを傷付けて血を流させてしまった!
ああ、どうしよう。
そうだ。傷を…躰に痕を付けるなと言われていたのに!

「すんません!すんません!」
とにかく手当をしなくては!
ベッドから飛び出してリビングへ救急箱を取りに走った。
後ろからロイの呼ぶ声が聞こえた気がしたが、もうオレは必死だった。

「ああ…こんなに血が出て…。
 すんません。」
何度も謝りながら傷の消毒をするオレに
「ジャン?ジャン!
 大丈夫だ。落ち着け。」
ロイも何度も声を掛けてくれていた。

「すんません。躰に痕をつけちゃいけなかったんスよね?」
軟膏を塗り、ガーゼをあてて手当を済ませた。
「ジャン、いいから落ち着け。
 こっちを見ろ。」

俯いたオレに、向かい合って座り直したロイが頬に手を添えて
「ほら、私を見るんだ。
 ジャン。私は大丈夫だと言っているだろう?」
瞳を合わせて微笑んでくれた。

「すんませ…」
「こら、泣くな。
 私がしてくれと言ったんだ?
 なぜお前が謝る必要がある?」
「だって…傷…つけちまった。あんただって…痛かったっしょ?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を優しく拭いて抱きしめてくれる。

「あの店で躰に痕をつけるなと言っていたのは、お前にバレたら困るからだ。
 お前が傷をつけてくれるのは…嬉しい。」
傷をつけられるのが嬉しい?

「だって…倒れたじゃないスか。思ったより痛すぎたんじゃ?」
「それは…違う。
 その…気持ち良すぎて…力が抜けてしまったんだ。」
ほれ、とオレの手をロイの腿に触れさせる。
そこは乾き掛けた精液に塗れていた。

「…もしかして…イった?」
「ぅ…ん。」
恥ずかしそうに今度はロイが瞳を逸らす。

「気持ち…良かった?」
あんな傷をつけられて?
「そう言っているだろう。
 なんだ、今度はまた言葉責めか?」
紅い顔をしながらもいたずらな表情で返してきた。

「ホントに…アレで良かったんスか?」
まだ動揺が抜け切らなくて自信の無いオレに
「とても…良かったぞ?
 お前がしてくれるというだけで、こんなに違うんだな。
 今までで最高に感じた…よ。」
ただ一度打ち据えただけのことだ。そんなハズはないのに言葉を尽くしてくれる。

その気遣いが嬉しくて、ロイをきつく抱きしめた。
「ん!痛ぅ!」
ぴくん、と躰の痙攣を感じて慌てて力を抜いた。
「ああ、すんません!大丈夫ですか?」
覗き込んだ顔は更に朱が差していた。
「痛いのが良いんだと言っているだろう。…ジャンはもう…いいのか?」

自分がロイを傷付けたという事実は思ったよりもオレを打ちのめしたようだ。
望んでくれているんだろうが、どうも今日はロイを抱く気にはなれなかった。
「すんません。今日はもう…。」
「そうか。また…お前が厭でない時にしよう?」

瞬間、隠しきれなかった『物足りない』という顔を急いでオレの胸に埋めて、そっと背中を宥めるようにさすってくれた。
「イヤなんかじゃありませんからね?
 それだけは誤解しないで下さいよ?」
しばらく返事が返ってこないのはやはり不安からだろう。

ロイの顔までオレも下がって、そのデコにキスをした。
「オレはこんなことであんたを嫌ったりしませんて。
 何度も言っているでしょう?
 ほら。オレに愛して欲しかったら、あんたからキスして下さいよ。」
ちょっとばっかし無理をして笑ってみせると
「ん。ジャン、私を愛してくれ。」
ロイもオレにキスして笑ってくれた。

「今日は色々有って、ちょっと疲れちゃったんです。
 明日はオレ休みだし、たっぷり満足させてあげますから、ね?」
低めの声で耳元に囁くと
「ん…。」
躰を震わせ、また耳まで紅く染めたロイが(いつものように触れるだけだけれど)長いキスをくれて
「壊れるほど…犯して…抱いてくれ。」
うっとりとした表情で呟いた。

それは堪らなく可愛らしかったけれど
オレにとって『抱く』ことと『犯す』ことはえらく差のあることで。
それを一緒くたに求めるロイをやはり理解し難いと思ってしまったのも事実だった。










clear



 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.21
「錯」 Act.21
09.2.26up
翌朝、日勤のロイに朝食を食べさせ、弁当を持たせて送り出した。
勿論軍まで車で送り、その後ロイの家で簡単な掃除と洗濯を済ませて晩飯の下ごしらえもした。

さてと一段落して、脇へ退けておいた問題と直面する。
オレがこれからロイをどう抱くか、だ。
昨日は本でも買って研究して、と軽く考えていたがそれもどうなんだろう?
そんな専門書(?)って、フツーの本屋に売ってるものなのか?
それに道具とかも要るんだろう。
どこで買えばいいものやら。
余計なコトを知られて、ロイに迷惑を掛けることだけは避けたい。

むー。と悩んでいると電話が鳴った。
「はい。マスタングです。」
オレや中尉がロイの子飼いの部下だと言うことは広く知られている。
そんなオレが電話に出ても誰も疑問には思わない。

「少尉?いてくれて良かったわ。」
「中尉?ナニかあったんスか?」
もしやロイにナニか?
と焦るオレに
「いいえ。私も今日は非番なの。家に来て貰えるかしら?
 話したいことがあるのよ。」
穏やかな声で返事が返ってきた。

ホッとしながらも、不安はあった。
「話したいこと…スか?」
それが伝わったんだろう。
「あなたにとって困ることではないわ。
 大佐とのことについて、少しはアドバイスが出来るかと思ったのだけど。
 上手く行っていて、必要がないということであれば聞かなかったことにして頂戴。」
「すぐに伺いますデス。ma'am.」

うわ。情けねぇ。
一も二もなく飛びついちゃったよ。オレ。
だってさ、中尉や中佐はオレ以上にロイのことをよく知ってるし。
なにより…中尉って、なんだかSMに詳しそうだよな? な!?
(誰に聞いてんだ?オレ。)

ここ数日筋トレを怠っていたから丁度良い。
中尉の家までランニングがてら走って行った。
着いたオレを労って煎れてくれた、軍ではありつけないうまい茶を啜りながら
「んで、話ってなんスか?」
切りだしたオレに
「昨日のセックスは上手くいったの?」
およそ普段の中尉から出るとも思われない言葉が掛けられた。

「えー、んーと、満足はさせられませんでした。」
ここは正直に言うしかないだろう?
「まあ…仕方がないわよね。少尉はSMの知識はないのでしょう?」
オレの答は意外ではなかったようだ。
…そうだろうな。

「はい。ありませんです。
 えとですね、でもって、オレ…あの人の躰に傷…を付けちまいました。」
叱られるのを覚悟で言ったんだが。
「ああ、それは構わないでしょう。むしろ悦んでいたのではなくて?」
当然のように返された。

「どうしてですか?
 好きな相手に…ケンカでもないのに躰に傷を付けられて、どうして悦べるんスか?」
確かにロイは嬉しいと言ってくれたけれど。
オレには理解出来なかった。
「その理由はあの人に直接聞く方が良いと思うわ。
 今日あなたに来て貰ったのは、あの人とのやり方や注意事項を伝えたかったからよ。
 それと、必要な道具を貸すため。」

必要な道具ぅ!?
そりゃ、オレは欲しかったけれど。
それがもしかして中尉んちには揃ってるんスか!?
…揃っているらしい。
オレの目の前には次々と見知らぬ道具が並べられた。

「あのー。これって…?」
「ああ、あの人の性癖を知ってから私も色々と調べて揃えたの。
 必要になると思って。」
「必要って…。」
思わず零れた言葉に、意外なほど中尉は哀しそうな顔を見せた。
「結局のところ、必要とは…されなかったのだけれどね。
 あの人は、あの人の望む行為を女性から受け付けるようには出来上がらなかったから。」

『出来上がらなかった。』
それは誰も望まなかった、誰に望まれてもいなかったのに造り上げられてしまったあの人の性癖。
男から乱暴を受けることのみを悦びとしてしまったあの人の。

「痛がるのはあの人にとって、快感と同義だから気にする必要はないわ。
 ただ、縛るときには後々躰に神経障害による痛みや麻痺が残らないようにすること。
 それと、1カ所を解くだけですぐに全てが外れるようにすること。
 非常事態になった時に、もたもたと縄が解けないことなど無いように。
 これらに気を付けて頂戴。」
「Yes,ma'am.」

「全ての道具は使う前とその後、きちんと消毒をするように。
 あの人の躰も同様よ。
 感染症にでもなったら困りますから。
 忘れないで頂戴ね。
 一応抗生物質も渡しておくけれど、飲み過ぎると効かなくなるから炎症をおこした時だけにして頂戴。」
「Yeah,ma'am.」
等、必要な注意事項や一つ一つ道具の使い方を細やかに説明をしてくれた。

「一番大事なのは、S役の人間が躊躇わないコトよ?」
オレを覗き込むようにして理解を求めてくる。
「それって、やり過ぎたかなとか思っても聞くなってことですか?ma'am?」
「そう。マズいかと思っても『こんなのもイイでしょう?』とかなんとか、強気に押すことが大切なの。
 白けさせない為にね。
 あなたのすることなら、『そんなものかな?』で大抵あの人は流されるから。
 まあ、あなたが大佐の想像以上のことを、まずしないとは思うけれど。」
うん。オレもそう思う。

「あのー、センセイ?
 オレ昨日『イヤでした?』とか聞いちゃったんですけど?」
「ダメですね。」
傍らにいたブラハの鼻を指先で押した。
「ゥ…ゥウー。」
ブラハが呻る。
それは…「ブッブー♪」のつもりか?
お前…ホントに調教されてんだなぁ。

涙ぐみそうになったオレに
「少尉?私はブラハには普通の飼い犬に必要な躾以外、してませんよ?」
ぎろり、と睨みを利かせて来た。
「勿論です!ma'am!」
思わず敬礼をしてしまった。
こ…怖ぇえ…。
オレ飼い主がロイで、ホント良かった。

「他に質問は?」
一通りの説明と若干の実地を終えた後、改めて煎れてくれた茶を飲みながら中尉が聞いた。
「えー、まだ頭が混乱中です。使い方全部覚え切れっかなー。」
「無理に今日覚える必要は無いのよ。ハウ・ツー本も2冊渡したでしょう?
 ただ、お勉強はあの人のいないところでお願いね。」
「Yes,ma'am.
 しかし中尉はこの使い方をを全部覚えているんですよね?」
「ええ…。そう…ね。いつの間にやらってとこかしら。」
曖昧な笑顔だ。

いつの間にって、結局ロイには使わなかったのにどうやって覚えたんだ?
「ひょっとして…マリー様って?」
オレの呟きにぴくり、と眉を顰めて
「あら?誰のコトかしら?少尉?」
立ち上がってムチを手に取り、ぴしりと鳴らした。
うわ!アタリだよ。おい。
仁王立ちが似合いすぎますって!

「いや…Schnappsでそういう女王サマの名前を聞いたんス…。」
「そう。誰のコトかしらね。
 軍人に副業は許されてませんから、喩え私に『よく似た』人だとしても、私とは別人だわ。
 そうよね?少尉?」
「ははははい!中尉のハズがゴザイマセンです!」
えへへー。と笑う以外、オレにナニが出来るよ!?
中尉もにっこりと笑い、またソファへと座った。
差し出されたムチを、思わず押し戴いてしまったぜ。

「…さっき、傷をつけるのは構わないと言ったのだけれど。」
中尉が口を開いた。
「はい?」
「出来ればあの人の手が届くところには傷を付けないように、気を付けて貰えるかしら?」
「?」
意味が解らなかった。

「ああ…あなたがきちんと言い聞かせてくれれば大丈夫かとは思うのだけれど。
 あの人、傷を自分で広げてしまう癖が有るの。」
「へ?自傷癖…スか?」
そんなことはずっとロイの側にいたが、気付かなかった。
いや、思えばオレはロイのことを今までナニも知らなかったんだが。

「自傷癖とは少し違うのだけれど…。
 自分で慰める時の刺激にするのか、付けられた傷口に爪や指を入れて荒らしてしまって。
 元々丈夫な人だから、今まで化膿までさせたことはないけれど。
 傷を酷く悪化させてしまうことがあるのよ。」
どうしてそんなことを?
『痛み』が欲しいから?

「オレは…その癖をやめるように言えば良いんですね?」
眩暈を感じた気がした。
「そうね。あなたがそう教えた方がいいと思うわ。」

『自分の躰を傷付けてはいけない。付いた傷を広げてはいけない。』

そんなことから教えなくてはいけないのか。
半ば信じがたい思いで、中尉の家を辞去した。
今まで知る由もなかった様々な道具を抱きかかえて。


ロイの家へと歩いていると、リビングに灯りが灯っているのが見えた。
もう帰っていたのか。
寂しがらせちまったかな。
腹を減らしていてくれてるかな?
本当は食の細いロイが、オレの前では無理して沢山食べていることは知ってるけど。
それでも一生懸命食事をしてくれる姿がオレは好きだ。

オレが想う気持ちの10分の1でもいい。
ロイが自分の躰を大切にしてくれたらいいのにな。
そう…させなくした原因に、オレは喩えようもない怒りを覚えているけど。
それは今更思っても詮無いことだから。
今はオレが少しでもロイを幸せに出来たらな、なんて。
そんな期待をオレは持っているんだ。

待っていてくれるだろうロイを驚かしたくて、そっと鍵を開けて家に入った。
リビングにはいない。
風呂にもトイレにも、寝室にもいなかった。
「?」

後は?と書斎の前まで行くと、押し殺したような声が漏れていた。
ああ、ここかと閉じ切っていなかったドアを開けようとして、動きが止まった。
「ぅん…ぁ…。ジャン…。」
それは紛れもなく、アノ時の声で。
えと、オナってる?

そっと隙間を広げて室内を見ると、本棚に背を凭れたロイが自分のモノを扱いている。
これは済んだ頃に来た方が良いかな?と思ったとき、ロイの上半身が不自然な動きをしていることに気付いた。
背中を本棚の柱に擦り付けるような…。
そこまで思ってから、ようやく中尉の言葉を思い出した。

『自分で慰める時の刺激にするのか、付けられた傷口に爪や指を入れて荒らしてしまって』

昨日オレが背中に付けた傷を、柱に擦り付けて痛みを得ているのか。
そうだ。
オレは昨夜、ロイを中途半端に放り出したんだった。
物足りない思いを、今日一日抱えていたんだろう。

「んんっ!い…っ!…ぁ。…ジャン。」
本棚から一旦背を離すように俯き、それから勢い良く背中を打ち付けて
「ひ…っ!ぁ…はぁっ!」
思ったより痛かったのか、そのまま背を反らせてロイが達した。

「ぁ…ぁ。ぁ…ふ…。ジャン…ジャ…」
乱れた息が整わないまま、自分の精液に塗れた指をうっとりと見つめていたかと思うと。
ゆっくりとそれを舐め始めた。
「ん…ふ…。」
それはとても満足そうな声と表情で。

声もなく見守っているオレの前で、手指を舐め終わったロイが
ふいに床に視線を落とした。

そして
床に飛び散った
自分の精液を
這いつくばって
紅い舌で
舐め取り始めた。

「ん…。ジャン…。」
ぴちゃぴちゃと、猫がミルクを舐めるような音を立てて床を舐め上げるロイ。
その恍惚とした言葉と表情から
『オレ』が
ロイの中の『オレ』が
『それ』を命じているのだと知って。
『そのこと』にロイが陶然とするほど酔い痴れているのだと解ってしまって。

ああ、どうしよう。
オレには解らない。
…どうすればいい?
…オレにはどうしようもないんじゃないかと…。
どこかで思ってしまっているオレがいて。

このまま逃げてしまいたい。
正直そう思ったオレをこの場に押し留めたのは
『これ以上怪我を悪化させてはいけない。』という思いと
『今日ここの床をそれほど綺麗には掃除しなかった。』というとても現実的な記憶だった。







ハボは仲々「うわ。変態。」ちう『バルス』を唱えませんねぇ。
…変態は私か?








clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.22
「錯」 Act.22
09.3.9up
まさか『床に落ちたモノを口にするな』とまで教えなきゃいけないとは思ってなかったが。
しかし同じようなモンだよな?
未だ床に垂れた自分の精液を舐めているロイを止めなくてはと、オレは一旦足音を高くあげてからドアを開いた。

「ロイ?ここにいたんですか。」
我ながら白々しいとは思ったが仕方ないだろう?
声を聞いたロイが面白いほど勢い良く躰を起こすのが見えた。
「あ…ジャン。帰ってたのか。」
脚を閉じて取り繕おうとしているが、無駄だと言うことはお互い解っていた。
一度は達したが、その後の行為でまた興奮したのだろうロイのモノは半勃ちになっている。
服も下半身は何も身に付けていないし、上半身は軍服がシャツもろともはだけている状態だ。

慌てて服を着たロイの前にオレも座り込んだ。
「…。」
「…。」
先に口を開いたのはロイの方だった。
「あ…のな?ジャン。」
「はい?」
「その…お前との約束には…『自分でしない』ということも含まれていた…か?」
躰を竦ませて、少し震える声で聞いてくる。
ああ、この人は本当に約束を破ったらオレに捨てられると思ってるんだな。
恥ずかしさ(なんてモノがこの人にあるのかオレには解らないんだけど。)よりも、怯えを感じているのが見て取れた。

「いえ、そんなことがありませんが。」
「…が?」
そんなに身を強張らせる必要はないのに。
「床をですね。オレ、今日きちんと拭いてないんスよ。
 喩え拭いてあったとしても、床は汚いから舐めたらいけません。」
腹壊しますよ?と手を差し出すとおずおずとそれに手を伸ばしてくる。

「もう…しない…。」
その手を引き寄せて抱きしめた。
「後、お願いがあります。
 …約束して欲しいんス。」
「約束?…お前が言うことならなんでも聞く!
 約束する!」
傷を避けて背中を擦るが、躰を硬くしたままオレの言葉を待っている。

「あのですね。躰に傷を付けたり、付いてしまった傷を触ったりして悪化させないようにして欲しいんですが、それを約束出来ますか?」
少しの間、考えるように黙って
「解った。…約束する。
 …そう…約束するから。
 それで…いい…か?」

この人に心からの『理解』を求めてはいけないんだろう。
今は『傷を悪化させない。』とだけ解ってくれればいいんだよな?
「ええ、それでいいんですよ。
 傷が悪化して、イザと言う時に戦えなかったら困るでしょう?
 オレが言いたいのはそう言うことなんです。」
「ん。解った。
 自分で躰に傷を付けない。
 傷を悪化させない。
 約束する。」

これでいいかと思ったんだが、どうも躰が強張ったままだ。
「ロイ?どうかしましたか?」
なにか不安なことがあるんだろうか。

オレの言葉に、躊躇いながら口を開く。
「その…な、お前が厭がるとは思わなくて…。
 本当は…私にはお前が何を厭がるのかが…解らなくて…。
 もう床も…舐めないから…。
 ああ、それとも自分のを口にするのが…いけないのか?
 すまない…。
 私には…解らな…くて…。」

いつの間になのか、オレは気が付かなかった。
(躰が強張っているとは感じていたけど)ロイが途方に暮れたように泣いていたということに。
「ロイ?オレは何も怒ってませんし、呆れてもいませんよ?
 ただ、あんたの躰が心配だから、傷を悪くさせて欲しくないし、汚い床を舐めて欲しくなかっただけなんです。」

腕を弛めて顔を見ていたが、それを隠すように俯いてしまう。
「ぅん。…も…傷には触らない。
 自分で傷も付け…ない。
 だから…。
 私は…ふ…『普通』ではなくて…お前の気持ちが…解らないけれど…
 お前が…好きで…。
 すまないが…お前を…好きで…い…」
「解ってます。解ってますよ。ロイ。
 オレもあんたを愛してます。
 何も心配することはありません。
 オレもあんたを愛してますから。」
安心させるように強く抱きしめたけれど。
きっとこの聡い人には解ってしまっているのだろう。
オレの戸惑いが。

それでもこの人を幸せにしたい。
その想いだけは嘘ではなかったんだ。

…けれど。

「今夜は野菜と肉団子のシチューなんスよ?
 あんたクリームシチュー、好きでしょ。」
くしゃ、と髪を混ぜて言えば
「チーズ入りか?」
ぐす、と鼻を鳴らしながらも応えてくる。
「ええ、勿論。もう煮えてますから後はルーを溶かすだけです。
 バケッドはガーリックトーストにしましょう。」
デコにキスをすると
「ん。」
小さくオレにキスを返してくれた。

そう言えばこんなに慣れた身体の癖にいつも触れるだけのキスで、舌を入れて来ないのはナゼなんだろうな?
大したことだとは思わないけれど、ちょっとしたオレの疑問ではあった。


「ねえ、昨日は物足りなかった?」
ベッドに入って、ロイの耳下に舌を匍わせながら聞いた。
「…ぁ…そんなこと…な…」
可愛い正直な躰。
「満足したの?アレで?」
「…。」
口も嘘をつけない癖に、正直にはなれないんだな。

「アレでいいんなら、今日もこのまま眠ってイイかな?」
「っ!?…ぃやだ…っ!」
無意識だろうが起き上がり、オレの背に廻した手に力が込もる。
「嘘ですよ。…そんなにオレが欲しい?」
怒るかと思ったが、しばらくの間オレの瞳を見つめたロイの躰から力が抜けて
「ジャン…が欲しい…。
 私を…お前の好きに…して…くれ…。」

背中に廻されているロイの手が、
その指が握りしめられていることに今更ながら気付いた。
両手とも拳を握って、オレの背中に触れているんだ。
…今までもそうだったことを思い出して。

それはオレの背中を立てた爪で傷を付けないため…だよな?
自分は傷付けられることを悦ぶ癖に。
少しでもオレのことは傷付けまいとする気遣いが、その優しさが
嬉しくて…哀しかった。

「あ…そうだ。」
思い出して声をあげたオレに
「っ!?何か?
 お前の気に入らないことをしてしまったか?」
そんな慌てなくてもいいのに。
哀れなくらいオレの気持ちに添わせてくる人をオレは抱きしめた。

「違いますよ。
 いや、今日中尉に傷を付けるのを悦んだだろうと言われまして。
 どうしてそんなんを悦んでくれるのかなぁと思ったんス。」
するとようやくほぅ、と力を抜いて
「なんだか…お前のものという証(しるし)を付けられるような気がして…。
 だから嬉しいんだ。」
うっすらと笑って言う。

「えー、キスマークとかじゃいけないんスか?」
普通、しるしっつったらキスマークだよな?
「勿論!それも嬉しい!嬉しいが…。」
伏せた瞳が逸らされて、言いにくいらしい。
まあ、この人は『普通』じゃないからな。
「痛くないから、物足りない…とか?」
うん。図星だったようだ。
不安そうな瞳が泳いでいる。

「自分で傷をつけないと約束したが…もうお前もつけてくれないのか?」
オレは出来ることならこの人の躰に傷なんかつけたくない。
でもそれじゃこの人は満足できないから。
「いいえ。あんたの躰に傷をつけていいのはオレだけ。
 それでいいでしょ?」
デコとデコを合わせて応えると
「ん。それが…いい。」
嬉しそうに言う。

この人の望むようにすると決めたのはオレなんだから。
仕方がない。
「色々と道具を借りてきました。
 昨日約束したでしょ?
 今日は満足させてあげますって。」
期待に満ちた眼差しが正直プレッシャーだったが、オレは余裕の笑みを浮かべて見せた。





あー、でんでん進まないわ…。







clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.23
「錯」 Act.23
09.3.13up
【注意書きです】
かなり痛いSMシーンがありますので、ご注意下さい。





今日の『プログラム』は中尉が考えてくれた。
それ以外にも、組み合わせや段取りを幾つか。
おそらくオレでは一つの道具ばかりを使ってしまうだろうからと。
なるべくロイが傷つかないような。

「ん…冷た…。何だ?」
「あんたが気持ち良くなるお薬ですよ。」
胸に垂らした液体。
それは単なる消毒液なんだけど。
中尉が、演出が大切だと。
「医療機関じゃないのだから、『消毒します』なんて言わないように。」
と言ったから。

今日、消毒液だけでも3種類渡された。
普通のオレ達が普段使っている液体のもの。
やたらと消毒すると痛いらしいもの。
それから、ジェル状の潤滑剤を兼ねるもの。
これは後孔の傷が気になるオレには嬉しいモノだった。
後始末まで終わってから、改めて消毒するのをロイが厭がっていたから。
抗生剤の入った軟膏を塗るのが結構大変だったんだ。

「ねえ、痛いのが好き?ロイ。」
オレは自分が痛いのもロイが痛いのも嫌いだよ、とは言えない。
「ん…好き。」
それでもうっとりと囁くロイは可愛い。
可愛すぎる。
この可愛いロイに、オレはこれから苦痛を与えて傷をつけるのか。

それでもロイが望むのだから。

震える躰を誤魔化して、オレは中尉から渡された(消毒済みの)針を出した。
マチ針のような、頭に紅いガラス粒のついた針。
それを見たロイの喉が、こくりと鳴るのを聞いた。
そうか。イヤじゃないんだな。やっぱり。

指が震える。
もっと余裕に見せなくては。
ロイに一つ、キスを落としてからロイの胸の先を摘んだ。
そして
横からその薄紅い突起に針を突き刺した。
「ぁあっ!」
ロイの背を反らした動きで針の先が逸れそうになる。
慌ててオレは反対側まで針を貫かせた。
途中で針先が胸の内側に入ったら大変だから。
「んん…痛ぅ…。」
目尻に涙を滲ませて、躰をびくびくと痙攣させている。

ああ…。痛いよな。
胸先の紅と、針の紅い粒が妙に扇情的だ。
それでもこんなんでは足りないと言われたから。
もう一本の針を手にした。
「気持ちいい?」
「ぃ…痛い…。」
「イヤなら抜きますけど?」
耳元に吹き込むように囁く。
「や…やめるな…。」

目を落とすとロイのモノが勃ち上がっているのが見えた。
ああ…触れもしないのに勃ったのは初めてだな。
…嬉しくもないけど。

「じゃあ、もう一本あげますね。」
今度は縦方向に一気に針を貫かせた。
「ああ…。ぅ…いい…。ジャン…。」
ロイの左の胸に十字架のように針が刺さっている。
これはどんな罪の…。
いや、そんなことを思っても仕方がない。

もう片方の胸にもと思ったが、もう一つの道具を使うことにした。
折角勃ち上がったロイのに挿れておこう。
「ロイ?ほら、これを挿れてあげましょう。」
それは細い棒状のもの。
先端がやや膨らんでいて、その後の長い部分には小さなバラのトゲのようなものが無数についている。
勿論そのトゲは樹脂製で傷をつけるほど堅くはないが、慣れない粘膜には充分痛みを与えるだろう。
オレはこんなん、鼻の穴に入れられんのもイヤだ。

「それ…は?」
不安そうな顔と声。
出来ることなら「嘘ですよ」と告げて抱きしめて安心させたい。
でもそれは…ロイの望むところではないんだ。

「尿道用、なんだそうです。」
「え…?」
「尿道に挿れたこと、ありませんか?」
オレはねぇよ。つか、考えたくもない。

「…ある…。」
あるんだ。そうか。
「ならいいでしょう?
 ほら、痛そうですよ。」
お奨めの言葉が『痛そう』か。
どんな世界だよ。

「ん…。」
それでも力を抜いて脚を開くところを見るとお気に召したようだ。
込み上げたナニかを無理に飲み下して、ロイのモノを掴んだ。
先にジェル状の消毒液を垂らして、道具にもつけた。
さすがに濡れてない穴にはキツイだろうから。
つぷ、と差し込むと更に息を吐いて力を抜いてくる。
その様子が本当に慣れているんだと思わせて。

「は…!ぁあ…っ!い…痛い!ジャン!」
ぬるり、とトゲが挿入り込むとロイが悲鳴をあげた。
これはやめた方がいいのかと焦ったが、手にしたロイのモノはぴくぴくと張りつめて震えている。

「抜きますか?」
念のため聞いてみると
「ぃや…抜くな…。…もっと。」
恍惚とした声が返ってきた。
そうか。
これもイイのか。
信じ難い気持ちで先を進めた。

「あ…!待て!ジャン…ダメだ!」
急に声の調子が変わった。
あー、これは中尉の言ってたポイントか?
なんでオトコの前立腺なんて知ってるかなー、あの人は。

痛みに快感を覚えるロイだが、それなりに前立腺刺激にも快感を覚えるらしい。
そりゃ、男なら当たり前といえば当たり前だ。
言葉を無視して、少し進みにくくなった箇所を擦るように押し込んだ。
「ぁぁ…ダメだ…。ジャン…イく…。
 イ…っ!ゃ…ああっ!」
頭と腰で躰を支えるほど反り返って、躰を硬直させた。

しばらく息もつかずに固まっていたかと思うと
「やぁ…っ!ジャン…苦し…。」
がくがくと躰を震わせて泣き出した。
躰はイったのだろうが、道具で塞がれている穴から射精をすることは叶わない。
それが躰を苛んでいるようだ。

射精を止められる苦痛なんてオレは知らない。
けど、きっとこの人には有効なんだろう。
まるっきり手探りのプレイを、オレは淡々とこなすことにした。

「気持ちいい?ロイ?」
低い声で聞くと、躰を更に震わせて
「イケない…。も…抜いて…ジャン。」
舌っ足らずな甘えた声で、濡れた瞳がねだってくる。
「本当に抜いて欲しいの?」
「ぇ…?ぁ…。」
「オレにはよく解りませんから、『抜かないで。』って言わないと、ホントに抜いちゃいますよ?いいんですか?」
意地悪だと自分でも思う顔と声で告げる。
「…ん…ゃあ…。抜くな…抜か…ないで…。」
「Yes,Sir.」

奥まで差し込んだ道具を少しロイの感じる箇所まで引き戻し、また差し込む。
それを繰り返すと
「ぃや!もぉ…いやだ!ジャン!」
泣きながら首を強く左右に振って身悶えている。
こんなんでいいんだろうか?

「ロイ?ロイ?」
我を忘れているロイに声を掛ける。
「…?」
ぼぅ、とした表情でこちらを見たロイに笑いかけ
「こうしたらどう?」
ぎゅ、とトゲを刺すようにロイのモノを握り込んだ。
「ひ…っ!ぁぁああっ!」
また強く躰を硬直させてロイが達した。
本当にイくことは叶わないままに。

何度も痙攣を起こす躰から、それでもやがて興奮が消えかけてるのが解った。
今までの刺激では足りなくなったようだ。
「ロイ?もっと刺激が欲しい?」
少しの躊躇の様子が見られたが
「ん…。もっと…。」
素直な言葉が返ってきた。

「これ、」
とまたロイのモノを握り込むと、新たなトゲが粘膜に刺さったのだろう
「ぁぁあっ!」
背中が綺麗なラインを描いて仰け反っている。
「バイブだって知ってました?」
答を聞く前にスイッチを入れた。
「えっ!? ぃああ…っ!」
びくびくとまた躰が硬直して痙攣を起こした。

絶頂の硬直を繰り返すロイをオレは半ば冷静に見つめていた。
さて、そろそろ飽きられる前に先に進もう。
と思うが、オレのモノは萎えたままだった。
だって愛しいロイが苦痛でつらい想いをしているのを見て、エレクト出来ると思うか?
何度か手で扱いたが無駄だった。
そう言うときにはと中尉に言われていた言葉を思い出す。

「ねえロイ?オレに挿れて欲しい?」
「ん…ん。挿れて…ジャン。」
しゃくり上げながら応えるロイの瞳が欲情に濡れている。
「じゃあ、ね。オレを勃たせて下さいよ。あんたんナカに挿入れるように。」

今までロイにフェラさせたことなんてない。
そんなことされなくても充分勃っていたし、なによりロイにそんなことをさせたくなかったから。
オレはロイが感じてくれるなら、フェラするコトなんてなんとも思わなかったけど。

「ん。…タオル…あるか?」
タオル?なんで?
さっきロイの髪を拭いたバスタオルがあるけど。
「はい。これでいいんスか?」
手渡すと妙にてきぱきとオレの尻の下にそれを敷き、その上に座らせた。
「ジャン…好きに使って良いから。」
謎の言葉を残して大きく口を開け、オレのモノを咥え込んだ。

最初はちろちろと舌で舐めたり口を窄めて吸い上げたりしている。
うん。
これは絵面的にもクるな。
なにしろ『あの』ロイ・マスタングがオレのモノを口にしてるんだ。
それも
「ん…ふ…。ん…ン…。」
なんて甘い声をあげて。

男のモンを咥えて感じるんだろうか?
そんなことを考えていると、かくん、と音が聞こえた。
ナンの音だ?
と思う間もなく、いきなりオレのモノが喉奥深くまで咥え込まれた。

え?
ええ!?
これはどう見ても、口んナカを通り越してるよな?
つか、このキツさと気持ちよさって!?
考えられないくらい奥まで(つか、これはオレの根元まで全部だ。)がロイの中に収まってしまっている。
これはどうやっても口だけじゃなくて、その奥にまでオレのモノが咥えられてんだよな?

きつく締められた喉深くから与えられる刺激が堪らなく気持ちが良い。
これが…噂に聞くディープ・スロートってヤツか?
この状態だと、気管か食道にまでオレを咥えているんだろう。
…苦しくないんだろうか?

驚いて覗き込んだロイは(角度的に横顔が少し見えるだけだったが)大きく口を開けて、涙を流しながら時折嘔吐(えず)いている。
その嘔吐く度に締まる感覚がまた気持ちいいんだけど。
かなり苦しそうな様子が見て取れて。

「も…イイっス。抜きますよ?」
髪をくしゃくしゃと撫でて、ゆっくりとオレ自身を口から引き抜いた。
「かは…っ。」
苦しげな音を立てて、ロイが咳き込んでいる。
まるで溺れかけた人のように、ヒューヒューと音を立て涙を流したまま。

ロイがタオルを敷いた意味がよく解った。
オレのを引き出したロイの口からは驚くほど大量の唾液が溢れて、ちょっとした水たまりが出来そうな程だったから。

ぜろぜろと、ヒューヒューと喉を鳴らし、呼吸がままならないほど苦しいのだろうに
「…感じて…くれたか?」
その間に問いかけるロイが哀しすぎた。
「ええ。とても良かったです。」
その間にも、俯いてタオルの端に咳き込んでいる。

自分の腰を拭いてそのタオルを手渡したとき、ロイの吐き出す液体が紅いことに気付いた。
「ロイ?あんたどっかに傷を?」
慌ててタオルを引き寄せるオレに
「大したことはない。咽が傷ついただけだ。」
オレから隠すようにタオルで口を拭った。

「咽が傷って…。」
「大丈夫だ。本当に大した傷じゃない。
 …よくあることだ。すぐ治る。」
「手当しないと!」
「平気だ!…本当によくあること…なんだ。
 お前は知らないだろうが。
 …こんなのはすぐ治る。」
確かに口んなか等の粘膜の傷はすぐに治る。
ロイのもそれで…そう思っていいのだろうか?

『お前は知らないだろうが』
それはロイにとってはよくあったこと。
オレにはなかったこと。

オレはただ、言葉通りに受け止めてロイを抱くしかないのかも知れない。
折角ロイのお陰で勃ったものを挿れよう。
萎える前に挿れなくてはならないだろう。
「ロイ、あんたに挿れたいんです。いいっスよね?」
浮かんでしまった涙を見せたくなくて、後ろからロイを抱きしめた。
「ああ…ジャン。挿れて…くれ。」
嬉しそうに返される言葉にまで泣きそうだ。

なおざりに慣らしただけの後孔に、無理やりにオレ自身を突き立てた。
痛さに悲鳴をあげるロイの躰を抱きしめて。
やがて痛みに慣れてしまったロイの右胸に
また針を突き刺して。

「ぃ…ぁ!…ぁあ…!い…っ!ジャン…ジャ…!」
痛みに痙攣するその刺激にイきそうになった自分自身を叱咤して
「でもそろそろ終わりにしましょうか。
 きつかったでしょう?」
尿道に突き刺したバイブを抜こうと手を掛けた。
「っ!?
 や!ダメだ!」
反り返った顔を見ると目を見開いている。
「どうしました?このままって訳にはいかないでしょ?
 あんただってもうイきたいだろうし。」
解っていながら、ワザと言ってみる。

ここまで何度もの射精を阻まれた躰だ。
一度にそれが解放されたら、その快感は快楽を超えて躰を苛むだろう。
それをロイも恐れているのだと、この様子から見て取れる。

「さ、抜きますよ。つらい思いをさせて申し訳ありませんでした。」
抜き掛けたオレの手を、ロイが止めた
「ま…待て!そんなの…おかしく…なる。」
くす、と耳元にワザと笑いかけて
「おかしく…なれよ。」
囁くと、ぶるりと躰を震わせたのが解った。

「や!? ジャン!?
 やめっ!お願いだ!!」
必死に言葉を紡ぐのを無視し
「ダメ!ダメ…っだ!ジャン!」
「ああ、もうオレ、イきそ。
 あんたも一緒に、ね?」
無理やりにバイブを引き抜いた。

「ひぃ…っ!
 ぃやぁ! …あぁああっ!
 ジャ…ジャンっ!
 ァン…ぁぁああっっ!!」
勢い良く射精するかと思ったが、躰に力を入れてそれを拒んでいる。
無理矢理にでもと、その針の刺さった胸を捻り上げると
「い…ぁあっ!」
一呼吸置いて、精液が迸り
その後も時間を置きながらたらたらと白濁した液体が迸り続けた。
その間、オレはロイの痙攣する躰を抱き締め続けて。


やがてロイの意識が手放されことり、と音を立てるように躰から力が抜けた。
ああ…
良かった。

それを見たオレの想いはそれだけだった。

良かった。

オレの

涙を

見られなくて。


それからオレは
先ずトイレに向かって
吐いた。
吐いて
吐いて
腹の中が
空になるまで。

吐いて。


それから
オレは
ロイの躰を清めて
ナカまで綺麗にして

これで良かったんだと。
これが正解なんだと。
自分自身に言い聞かせて

ロイを抱き締めて


眠った。









clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.24
「錯」 Act.24
09.3.20up
翌朝、腫れぼったい目蓋を引き上げた。
以前光の粒が満ちていると思った部屋の空気が、どこか冷たく感じたのは冬に近づいているからだろうか。
傍らに眠る顔を見つめた。
ぐっすり眠る安心し切った顔。
子供のようにあどけないその寝顔。

こんな…愛しさしか湧かない人なのに。
その人を昨日オレは傷付けて泣かせた。
それを望まれていると知っているけど。
あげられた悲鳴が、まだ耳にこびり付いて離れない。

そっと布団を捲ってロイの胸先を確かめた。
さほど目立ちはしないが、小さく血の固まっているのが見える。
起こさないように、静かにそれへ唇を落としてからオレはベッドを抜け出した。

やりきれない気持ちを頭を振ることで忘れようと努めた。
朝メシ…なんにしよう。
そうやって『日常』に変えていかなくてはいけないんだ。
あの…酷い行為を。
それを望まれているのだから。

朝メシの用意をしてロイを起こしに行く。
少し寝癖の付いたところまで可愛いな。
「ロイ?朝ですよ。起きて下さい。」
やがて瞳を覚ましたロイがにっこりと笑ってくれた。

「良かった…。」
ホッとしたように掠れた声で囁いてくる。
「? どうしたんですか?」
起き抜けに『良かった』って?
「うん…。ジャンが笑っている…。
 それが嬉しくてな。」
少し照れたようにはにかむロイ。

ああ、この人も不安だったのか。
オレが昨日のことをどう思っているのか。
良かったよ。
実はこっそり、鏡の前で笑う練習をしといて。
お陰で酷い顔を晒さないで済んだんだ。

「あんたが機嫌がいいとオレも嬉しいですよ。
 さっさと起きてメシを喰ってくれるともっと嬉しいです。」
そっと抱き起こしてデコにキスをした。
くすぐったそうにそれを受けてロイが笑う。

ああ、これでいいんだよな?
オレ達は、これでいいんだ。
きっと。

シャワーを浴びたロイが上機嫌に食事をしている。
背中の傷も大分癒えたようだ。
(それでも傷が完全に塞がるまではと、毎日消毒を欠かさなかった。)
昨日のことでも躰に支障がないようでホッとした。
あの程度じゃどうということもないらしい。
どれだけ慣らされてきたのかを思うとやりきれなくなるが、仕方のないことだ。
すぐにオレは考えることをやめた。


軍に着くと、早速中尉から今日の予定を言い渡された。
オレは午前中から外で、ここんとこ続いている作業が待っている。
今日は午後のロイの視察に合わせてオレは引き上げてきて同行、か。
オレの小隊はそのまま作業に従事させるが、アイツ等なら大丈夫だ。
憲兵や市民とのコミュニケーションには慣れている。
オレの自慢の部下達だ。

「んじゃ、午後には帰って来ますんで。」
執務室でロイに挨拶をした。
肉体労働なので、上着は脱いでいく。いつものことだ。
そろそろ寒くなって来たんで、シャツは長袖に替えた。

「ああ。中尉、この資料を持ってきてくれないか?」
メモを受け取った中尉が執務室を去り際
「行ってらっしゃい。気を付けてね。」
と労ってくれる。
「Yes,ma'am.」
それに敬礼を返していると
「ハボック、ちょっと来い。」
ちょいちょい、と人差し指でオレを呼んだ。

「はい?」
なんだろう?
近づくと同時にロイが椅子から立ち上がって躰を寄せてきた。

「?」
思う間もなく、うなじに手を廻され引き寄せられた。
その強引さとは反対にそっと触れてくる唇。
オレもロイの背中に手を廻して抱き寄せた。

うっすらと開いた唇に舌を差し込むと
ぴくり、と躰を震わせて奥に縮こまっていた舌を差し出してくる。
ロイの左手はいつもオレの背中でしているように軽く握られて、肩口にあてられている。
勿論拒むではない、けれど積極的に両手で引き寄せないその躊躇いが可愛いよな。

充分にロイの口内を堪能して唇を解放した。
少し上気した顔で、吐息のような溜め息をつき
「気を付けて…行ってこい。
 …待ってるから。」
囁いてくるロイ。
「行ってきます。
 大丈夫っスよ。こうして無事に帰るまじないをして貰ったんですから。
 あんたも仕事、頑張って下さいね。」

そうだ。
前にもこういうコトがあった。
離れて仕事をするオレが無事に帰るようにと。
オレにとってロイのキスは特別なモノだが、ロイにとってもそうなのかも知れない。
今まで誰もあまり触れることの無かったロイの唇。
それはオレだけのモノなんだから。

ああ、こうしてロイにとって特別の人間でいられる限り、オレはきっとロイが望むように出来る。
オレたちはきっと幸せになれる。
あの行為もいつか慣れることが出来るだろう。
ロイが望んでいるんだから。

もう一度ロイにキスを落として、オレは元気に外へ出て行った。



それから二人で過ごした幾つもの夜はいつも光に満ちているようで、どこか昏い彩に縁取られていたような気がするな。
オレは懸命にロイの望むようにしようとしていて、それは結構上手く行っていたと思う。
…行為としては。
元々躰を使うことは得意なオレは、すぐに行為自体には慣れた。

ただ…ロイの望む抱き方はこの人の躰ばかりでなく、オレ自身をも傷付けた。
この人が痛みに悲鳴や泣き声を上げるとき、本当は悦んでいるのだとは知りながらも同時にオレの精神も血を流したんだ。

この人を大切に護ることがオレの全てだった。
それはもうオレの精神的支柱であり、身体的中核ですらある。
ロイを傷付ける者に対してはその身を引き裂きたいほどの怒りが湧き上がる。
実際にオレはその相手の喉元に食らい付いて来たんだ。
何ものにもこの人を傷付けさせはしない。
それはオレが生きる証でもあった。

一番してはならない禁忌を、自分の手で犯し続けること。
怒っているわけでもない、好きな人を大切に愛したいと思うときにその相手に暴力を振るわなくてはならないこと。
それはオレ自身が思っていたよりも、オレの精神を疲弊させた。


その後も慣れたとは言え、時折オレは行為の後に嘔吐することがあった。
ある時、ロイが眠った(と思った)後にトイレで吐いていたら
「ジャン?」
心配そうな声が背後から聞こえた。

「起こしちゃいました?すんません。
 …大丈夫っすよ?
 なんか、今日喰ったもんに当たっちゃったんすかね?」
へへ、と笑って見せたがそれが失敗だったことはきっとこの人にも解ってしまっていて。

「貝なんて…外国から取り寄せたモノなど食べるからだ。」
あんたも食べたんですけどね。
それでも合わせようとしてくれるのが…哀しい。
「オレ、あんたより…食べまくりました…から、ね。」
「もう…やめよう…。」
それは?
貝を食べることを?
それとも…オレ達の関係を?
それを決めさせたくはない。

「そうっすね。もう、貝なんてやめましょう。」
それはオレの願い。
オレが願えば、この人はそれを叶えようとすることを知っているオレの狡さ。
「…ん。そうだ。アメストリスには海の幸はなくとも美味いモノはあるのだから。」

そうやってオレはこの優しい人の口を塞ぐ。

それでもロイを抱き締めて眠るときには、幸せを実感するのもまた事実で。
眠るロイの顔を見つめたまま、夜を明かすことも1度や2度では無かった。
『カナリヤを食べた猫のような顔』という表現を聞いたことがあるが、満足気なロイの寝顔は正にそう言えるんじゃないかなんてことも思ったりした。
誰がカナリヤなのか。
そんなことはとうに考えるのをやめていたけど。

これでいいんだ。
ロイが望むようにしているんだから。
オレ達は幸せなんだ。

そう結論付けて、またロイを抱き締めて眠る。
『幸せ』を抱いて。



そんな日々が

しばらく続いた。








clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.25
「錯」 Act.25
09.3.26up
「1週間…スか?」
「ええ。1週間。予定ではね。」
問い返すのも無駄だとは思ったけど。

グラマン中将の護衛で、南方司令部へ出張を言い渡された。
オレは要人介護、おっと違った。要人警護を得意としている。
特にすっとんきょーな人間でも護りきると言う評判を貰っているらしい。

それは偏(ひとえ)にロイと、この東方司令部司令官であるグラマン中将の護衛をした経歴に依っているんだが。
なにしろこの両人の破天荒ぶりは他に類を見ない。
それを護り切って来たことを評価されるのは嬉しいことだけど。

元々ロイが東方司令部で采配を揮(ふる)っていられるのも、このグラマン中将がロイを全面的に信頼して、好き勝手にさせてくれるからだ。
でなければ喩え国軍大佐の地位が有っても、これほどの結果を自分の手柄とは出来なかっただろう。

それを思えば、ロイの恩人とも言える中将からの依頼を断るわけにはいかない。
いや、オレごとき一兵が命令を受けないことなど出来はしないのだが。

「あー、えー。中尉?」
「はい?なにかしら?」
「その間、大佐をお願いします。」
神妙に頭を下げたオレに
「大丈夫よ。あなたこそ気を付けて。」
にっこりと笑って請け負ってくれた。
中尉がこう言ってくれるなら大丈夫だろう。
オレと中尉の心配はおそらく一緒だろうから、と思ったんだが。

「今晩、特別にサービスをしておいて頂戴ね?
 それでしばらく保たせてもらうから。」
ああ、やっぱりですか!?
いつもよりオレは頑張んなきゃいけないんですね?
もう大分慣れたとは言え、結構キツいんですが。
それは考慮しては貰えないんスね?

思わず溜め息を付いたオレに
「あなたには申し訳ないと思っているのよ。
 でも…大佐はあなたしか満足させることは出来ないから。
 どうか…宜しくね?」
この女帝にそう言われては
「Yes,ma'am.」
なんとかするしかないだろう?


「明日から、しばらく逢えませんね。」
愛撫に惚けているロイに囁いた。
その背中には、ムチで打ち据えた傷が無数に付いている。
オレが付けた傷だ。
もう…傷つき血を流すロイの躰は見慣れた。
見慣れたとは言え、つらさがなくなることは決して無い。
それでも…これは『慣れた』と言えるのだろう。

「ん…ふ…。ぁ…、ジャン…。」
キスに応えていた唇が言葉を紡ぐ。
「うん?…どうしました?」
「傷…をもっと付けてくれ。
 お前が…いない間、私が確かめられるように…な。」
綺麗な白いロイの肌。
オレはいつもこの肌に傷をつけるのが苦痛だというのに。
それをこの人は望むんだな。

「どこ…に?
 つけましょうか。
 あんたが、オレのモノだという証を。」
傷なんてモノがオレ達を繋ぐ証(あかし)だなんて、オレは思いたくないのに。

それをこの人に望んではいけないんだ。
そのことがオレの精神に新たな傷をもたらすけれど。
それはこの人には知られてはいけないことなんだろう。
「ここ…。この見えるところに…傷をくれ。
 …約束通り、その傷を広げたり…しないから。」

ロイが鎖骨に滑らせた指の先に。

オレは涙を堪えて

ムチを打った。


「っ…ぁああ!」
上半身を仰け反らせて、痛みと同様の快感に躰を震わせるロイを抱き締めて。
ロイの鎖骨に着いてしまった傷に舌を匍わせて。
その流れる血に舌を匍わせて。
その傷を吸い上げて。

泣いて。
泣いてしまったのだけれど。

それをロイの胸に埋めることで

誤魔化して

誤魔化して。

「イイコにしてて下さいね。
 オレ以外の男にこの身を任せないように。」
当然護られるだろうことだけれど。
これを一応の約束にしようと。
そうすることで、再開したときに『自分たちの幸せ』を再確認しようと。

その程度の想いだった。
その程度のことだと思った。
オレ達の関係は。

オレ達はそれほど信頼し合っていると、自惚れていたのかも知れない。



  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ん。…はぁ…ジャン…。」
もう…どれだけジャンに触れて貰っていないのだろう。
最初は簡単なことだと思った。
ジャンだけが…私を愛して幸せをくれる。
彼が仕事でいない間くらい、我慢できるはずだと。
彼だって、きっと私に飢えていてくれるのだからと。
思いはしたが、躰の熱は籠もったままだった。

くちゅり、と音を立てて自分のモノを扱く。
…刺激が足りない。
鎖骨に付けられた傷に何度も手が行きそうになるが、それを懸命に押し留めている。
『自分で傷を付けない。付いた傷を広げない。』とジャンと約束したから。

本当は傷に指を差し入れいてぐちゃぐちゃに乱してしまいたい。
痛みが…苦痛が欲しい。
私が達するために。
それでも…ジャンと約束したのだから。

傷を作ることと、付いた傷を広げることは禁じられていたが、道具は好きに使って良いと言われていた。
だから慣れないながらも後孔に太めのバイブを潜り込ませた。
少しでもジャンがしてくれるように。
ジャンがくれる状況に近づくように。

自分のモノに絡めた指で強めに扱いてみる。
…それでは刺激が足りない。
先端に爪を突き立てて見た。
少し気持ちが良かったが、それにもすぐに慣れてしまった。

ムチで打たれたら。
躰に針を刺されたら。
蝋を…垂らされたら。
きっと満足できるだろう。
ただそれを夢想してみる。

しかしジャンはその全てを残していかなかった。
ジャンの与えるモノ以外を求める訳にはいかない。
そうでないと…ジャンに捨てられてしまうから。
我慢しなくてはならない。
耐えなくては…。

もう一本バイブを入れたら痛いだろうか。
しかし、きっと傷が付いてしまうだろう。
それは許して貰えないことだ。

「足りない…足りないんだ…ジャン…。」
いつの間にか涙が流れていた。
痛みが足りない。
苦痛が足りない。

なにより…お前が足りないんだよ。ジャン。

「踏みにじって…。」
言葉が知らず口から洩れた。
「私を罵って…踏みつけて…。」
言葉と涙が抑えられずに落ちていく。
「どうしようもない…私を…犯して…陵辱して…。」

ジャン…。
「私を…愛して…。」
早く…早く帰って来い。
早く帰ってきて
私を抱いて
眠らせてくれ。





そのころハボは、ロイをオカズにさっくり抜いて気持ち良く寝ていると思います。






clear


 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.26
「錯」 Act.26
09.4.7up
「…いさ!大佐!」
「ん…?」
瞳を開けるとそこにはブレダの姿があった。
(勿論ハボック以外の部下は、眠っているロイに触れるようなことは決してしない。)
「いつまでサボってるんですか!?いい加減起きて下さいよ。」

「瞳を覚まして蒼い瞳がないとつまらんな。」
いきり立つ部下に、書庫で昼寝をしていたロイがぼそりと呟く。
「あーあー、ハボックじゃなくてすみませんね。あいつも今日あたり帰ってくるんじゃないですか?」
「ヤツのことだ。帰ってくると決まれば昨日の夜にでも私に連絡してくるだろう。
 今日は帰って来んよ。」
ごろりと寝返りを打って背を向けた。
「へぇへぇ御馳走様です…っと、また寝ないで下さいよ!
 忘れたんですか?もう将軍がいらしてるんですって!」
(将軍?どこの?…そういえばそんな話を数日前に聞いたような…。)

「中尉はどうした!?どこにいる!?」
がば、と勢い良く起き上がって叫んだ。
「何言ってんですか。検問のチェックを押しつけたのは大佐でしょう?」
呆れ顔でブレダが答える。
そうだった。
ざぁー、と血の引く音が聞こえた。

最も多くロイの相手をしてきた将軍だ。
数年前に西方司令部に異動になり、しばらく逢うことも無かったのだが東方司令部に来ると数日前に連絡があった。
その時は中尉が席を外していたため、後で相談しようと思っていたのだ。
しかし今日は(ハボックの不在による)寝不足が酷かったので、少しでもサボろうとうっかり忘れて外の仕事を命じたのだった。
結局タイミングが合わず、中尉は今日の来訪のことを知らずに出掛けてしまっていた。

(せめて自分が外回りに出ていれば逃げられたかも知れないのに!)
今更悔やんでも仕方がない。
中将にハボックを褒められたの嬉しさについ護衛として貸してしまったのも、中尉に外の軍務をおしつけたのも自業自得なのだ。


(ど…どうしよう。)
謂わば将軍の相手を務めるのは上官命令によるもの。
それについて佐官のこの身ではその命令に対しどうしようもこうしようもないのだが、このままではハボックとの約束を破ることになってしまう。
とぼとぼと将軍の待つ部屋へ歩きながらロイは途方に暮れていた。

今まで多く相手をしてきた彼の将軍は、ロイを感じさせるツボや方法を心得ている。
溜まってしまった躰の熱を存分に解放してくれるだろう。
こんな時でなければ、諸手を挙げて歓迎できる人なのに。
逃げ出すことも出来ず、溜め息を付きドアの取っ手に手を掛けた。
「お待たせ致しました。申し訳ございません。」
しかしその瞬間、身の内を期待が駆け抜けたのもまた否定の出来ない事実であった。



   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



将軍のあのねちっこい責めは欲求不満解消に最適だな。
大総統のプレイも仲々奥深くて好きだが。
閣下は体力が有りすぎて、最後には失神させられてしまうからな。

うーむ。それにしてもすっきりした。
なんだか躰が軽いな。
これで残った仕事にも精が出せるというものだ。

…ではなくて!

上機嫌で司令部を後にする将軍を送り出したロイは我に返った。

どうするのだ!?私は!

躰には無数の傷が付いてしまっている。
ハボックが付けた傷にご立腹になった将軍が、念入りに痛みと傷を躰に刻み込んだのだ。
ロイにとってはそれが堪らない快感だったのだが。

(お前に付けられた傷を消えないように取っておいた…いやいや、待て!
 それでは約束を破ったことになってしまう。
 付けられた傷を広げないと約束しているのだから。)

鎖骨に付けられた傷でさえ、既にささやかなかさぶたになっている。
そんな言い訳は通用しないだろう。
(ハボックの居ない寂しさを中尉に埋めて貰っていたというのはどうだろう。
 中尉に鞭打って貰ったことにして。
 うん。良い考えだ!)
そんなもん、良い訳はないが今のロイに冷静な判断力などなかった。

かつかつと軍靴の音を立てて歩く姿は、傍目から見れば颯爽としていた。
現にすれ違う兵士達は羨望と尊敬の眼差しを向けている。
勿論そんなことはロイの目には入っていなかったが。

「ただいま。中尉は帰ってきたか?」
執務室に戻ったロイに
「また忘れたんですか?そのまま直帰するように命令したでしょうが。」
書類が仕上がっていないのを確認されるの怖さに命じたクセにと、ブレダが溜め息を付いて答える。

「あ、大佐。先程ハボック少尉から連絡がありました。
 駅からでしたから、あと1時間くらいで戻られると思います。」
同時にフュリーが声を掛けた。
よかったですねー、と明るく笑うフュリー。
(いっ…1時間!?)
ロイの顔は青ざめた。
「わ…私は帰宅する!後は頼んだぞ!」
慌ててコートを掴み、呆気にとられる部下を残して部屋を後にした。



近所迷惑なほどドアを叩き、声をあげる男に青筋を立ててホークアイがドアを開いた。
「いったいなんです!?」
「どうしよう!」
同時に声をあげた様子に、ホークアイはロイが窮地に追い込まれているのだと知った。

「今日西方司令部から将軍が来て…。でももう、ハボックが帰ってくる…。」
その言葉でホークアイは全てを悟った。
「ハボック以外の男に抱かれてはいけないと言われていたのに…。」
ソファに座り泣きながら話すロイの言葉を(既に状況を把握していたので)さらりと無視し、ホークアイはしばし感慨に耽った。

(初めて父の元にこの人が錬金術の修行に来たとき、
 「イケメン兄さんキターーー! I'll げっちゅー!」と喜んだモノだけれど。
 それがこんな弟のように手の掛かる変態になるとは思わなかったわね。)
それでもホークアイにとってロイが大切な人間であることに変わりはない。

しかし、もしかしたら自分を委ねられるかと思った人間が『あの時』自分たちが護りきれなかった故に、自分が護らなければならない対象になってしまったことに溜め息を零さずにはいられないのも事実だ。
(デキの悪い姉……いえ、やはり弟だわね。)

『あの時』自分が士官候補生などではなく、もっと権力のある人間だったのなら状況は変わっていたのだろうか。
自分とは関係のない存在だと割り切っていた祖父に(今現在、ロイが守られているように)『あの時』ロイを託していたら…。
今となっては詮無い思いを持ってしまうことは否めない。

「ハボック以外の男に抱かれることを『厭だ』と思えなかったんだ。
 ハボックにそう思うように言われてたのに。
 どうしよう?
 私はハボックに捨てられてしまうんだろうか?」
泣きじゃくりながら言葉を零すロイをとにかく落ち着かせなければ。
ホークアイはヒューズ直伝のリラックス方法を使うことにした。

「大佐、お風呂に入りましょう?」
いきなりな問いかけではあったが
「…シャワーは浴びてきたぞ?」
ぐすぐすと泣きながらも応えてくる。
「将軍のところでは碌に躰を洗えなかったでしょう?
 大佐のお好きな泡のお風呂ですよ?」
ぴく、と反応したのが解った。

本当は傷に良くないので使わせたくないのだが仕方がない。
子供のように泡風呂が好きなのだ。この男は。
そしてゆっくりと風呂に浸かった時に一番神経が安らぐらしい。
それは…イシュヴァールでは決して出来なかったことだからなのかも知れない。

「頭も洗って差し上げましょう。」
最後の手段を持ち出すと、相変わらずべそをかきながらも
「…入る。」
しっかり乗ってきた。

今までホークアイはロイと何度も一緒に風呂に入っている。
大概はこうして慰めたり、緊張を解したりするためであるが。
それで何か間違いなど起こる訳もない。
ロイは女性に対して欲情することはないのだ。
それでも望まれればセックスが出来るということが有る意味凄い、とホークアイは思っている。

(ブラハとお風呂に入るのと同じよね。)
正に実感であった。
ロイにとっては、母親や姉と入る子供の気持ちと同じなのだろう。
それほどホークアイとヒューズには心を許しているのだから。

「かゆいところはありませんか?」
適度なマッサージを施しながら聞くと
「いや、とても気持ちがいいよ。」
椅子に座って頭を洗って貰うロイが応える。
「流しますよ。眼を瞑って下さい。」
「ん。」
勢い良くシャワーを脳天から浴びせて、髪を掻きながら手際よく泡を落としていく。

「次はトリートメントをしましょうね。」
ぽんぽんと顔をタオルで拭いて告げるホークアイに
「なあ。私が頭を洗ってやったら、ハボックも喜んでくれるだろうか?」
気持ちよさから状況を忘れたのだろうか、嬉しそうな顔で聞いて来た。
「ああ、なるほど。それはいい考えですね。
 では、人間の髪を洗う方法を教えて差し上げましょう。」
快く応えたホークアイに不思議そうな顔を向けてくる。

「…では…これは?」
「これは犬用の洗い方です。ブラハと同じ方法ですね。
 ああでも、少尉なら犬扱いでいいのかしら?」
冗談で言っているのではないことは解るようだ。

「何気に…君は酷いよね?」
「あら?お嫌でしたらお教えしませんよ?」
だれがこの女帝に敵うというのか。
「教えてクダサイ。」

機嫌が良くなったことに内心ホッとしながら
「解りました。では浴槽に浸かって頭をフチに乗せて下さい。
 ええ。仰向けで。顔にタオルを乗せれば水や泡が飛んでも大丈夫でしょう?」
マッサージしながらの洗髪の仕方や、湯を耳に入れないようにするやり方、泡が入ったときの対処法などを細やかに教えていく。

「以上のやり方はシャンプーとトリートメントの両方に共通です。
 トリートメントはシャンプーほどしっかり落とす必要はありませんから。
 この程度でいいでしょう。」
自分の指で髪を確認させて理解させる。

理論を子供に諭すように細かく平易に教え、実践させて最後に確認をする。
この繰り返しを重ねることでロイはようやく少しずつ物事を理解していくのだと、ホークアイは知っている。
このことをもう一度少尉に教えなくては。
記号の意味を理解するなら一回で良い。
頭の悪い人ではないのだから。
むしろ怜悧すぎる程だ。

しかしロイの『感情を伴う』理解の為にはこの繰り返しが大切だと言うことを。
自分がこの方法を繰り返すことに疲弊を感じなくなるまでにも随分掛かったのだ。
『何度も
 何度も』
それが時間が掛かるようでいながら、ロイに何かを『心底』理解させるには一番近道なのだ、と。


ロイがハボックに行く先を告げてきたとは思えない。
(泡風呂であればいつまででも機嫌良く浸かっている)ロイを浴室に残し、ホークアイは電話に手を掛けた。
予想通りハボックはロイがここにいることに驚き、すぐに駆けつけると請け負った。

(さて、中佐。どうなることでしょうね。)
電話を切ってソファに座り込んだホークアイは心の中で呟いた。
既に『愛おしい』と思うことは許されないと、とうの昔に悟った(しかし愛しくて堪らない)男の行く末に、願いを込めて溜め息を一つ、そっと付いた。






clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.27
「錯」 Act.27
09.4.21up
出張帰りで疲れているだろうに走ってきたらしく、ホークアイの家に来たハボックは息を切らしていた。
軍では帰宅したと聞かされたが、自宅にも自分の家にも居ないロイを必死で探していたようだ。
丁度ロイの家に戻ったところに連絡を貰ったのだと言うハボックは、ロイが入浴中と聞くと声を潜めて
「ナニがあったんスか?」
とホークアイに問いかけた。

長の不在だったというのに恋人に迎えるどころか姿を消されれば、何かあったと思うのは当然だろう。
ホークアイは一瞬迷ったが、ロイが素直に話すとは思えない。
むしろパニックを起こしたあの男の訳の解らない思考では、ハボックにコトを隠そうとすら思っている可能性が高い。(それが無駄なことだという判断はおそらく出来ていないに違いない。)

ここは先に何が起きたのかを話しておく方が、ハボックにとっても考える時間が有って良いかも知れない。
そう判断したホークアイは、ハボックをソファに座らせ
「落ち着いて聞くように。」
と前置きをしてから話し出した。

以前からロイの相手をしてきた将軍が西方司令部にいること。
その将軍が今日、東方司令部に来たこと。
自分の不在により、ロイを逃がすことが出来ず彼が将軍の相手をしたこと。
しかしそれは上官命令であるが故、結局ロイには断り切れなかっただろうということ。
おそらくこれからも同様のことが有ったときに、やはり断るのは難しいと言うこと。

ただ、ロイが以前ハボックに乞われたらしいが、それを『厭だ』とは思えなかったことは黙っておいた。
それを話すも話さないもロイが判断すべきコトで、それはこの恋人達の間のことだ。
自分が踏み込んでいい範疇ではないのだから。

しかしそれをロイが…ロイの躰がそれを拒まなかっただろうことは、言葉にしなくとも二人とも解ってしまっていたが。
そのことでロイを責めるのは出来ないということも、2人には解っていた。

「そう…ですか。今日、将軍と…。」
項垂れて洩らされた言葉に、極幽かではあるが安堵の色があることをホークアイは気付いてしまった。
それを口にすることはなかったけれど。
(中佐、私たちの心配していたことがやはり起きてしまうかも知れません。)
ただ心の中だけで伝え、そっと溜め息を一つ付いた。

「ふー。いい風呂だったが、最後は少し冷めてしまったな。中尉、何か飲む物を…。」
何も知らず、バスローブ(ホークアイがヒューズから貰い受けたロイ専用のものだ)を着たロイが浴室から出てきた。
「っ!? ハボック!?」
その姿を見るなり、身を翻して逃げようとする。

(そんな格好でどこに逃げようと言うのよ。)
突っ込みを入れたい気持ちを抑えつつ、ハボックに腕を掴まれて暴れるロイに
「長湯をされるからお湯が冷めるのです。
 追い炊き機能の付いた部屋に、中尉の身分では住めませんのでね。」
返事を返し
「少尉が迎えに来てくれました。髪を乾かしたらお帰り下さい。」
ぽい、と乾いたバスタオルをハボックに投げて寄越した。

「ただいま。っつってもかなり前ですが、戻りました。」
それを空いた片手で受け取り、ハボックが言った。
「お…おかえり。仕事はどうだったかね?
 将軍の護衛は大変だっただろう?」
今更のように上官ヅラをして見せる。

「いや、あんたの護衛よりはマシっスよ。
 さ、髪を乾かして帰りましょう。」
バスタオルをばさりと掛けられたロイが
「い…厭だ!」
叫んだ。
「は?濡れたまんまがいいんスか?」
見当違いなことと解りながら聞くハボックに
「厭だ。帰らない!ここにしばらく泊めて貰う!」
いきなりなことを言い出した。

「はぁ!?ナニ言ってんスか!?女性の家っスよ!?」
「そういうことは、家主の意見を聞いてから決めて下さい。」
慌てて言うハボックをよそに、冷静に告げるホークアイ。

「中尉!そういう問題じゃないでしょう?」
もっと慌てたハボックに
「いいえ。食事をあなたが作りに来てくれるというのなら、手を打つわよ。」
ホークアイは返す。
「は!?オレがメシを作りに?」
「ええ。朝食と夕食を作りに来てくれるなら、大佐をここで預かってもいいわ。
 それと、お弁当も付けてくれるわね?」

ロイが何を考えているのか解らないのは今更のことだが、この女性も一体何を考えているのか?
ハボックは疑問に思った。
いくら部下とは言え、女性の家に泊まるなんて。
いやいや、待て。
これがロイ達には当たり前のことなのかも知れないぞ。
何より、中尉が平然と受け止めているのがその証拠じゃないか?
しかし恋人としてそれを受け容れてもイイものなのか?

「大佐には家があるんですよ?オレと居たくないなら、オレが自分ちに帰ればいいでしょ?」
おそらく正論だろう(しかしもう自分でも若干自信が無くなってきている)ことを口にした。
「厭だ!お前が家に帰ったら寂しいじゃないか!」
すると猛然とロイが言い返す。
「あんたは自分ちにいないんだから関係ないでしょう?」

「ところでベッドは私が使いますから、大佐は床とソファどちらになさいます?」
あくまで冷静な声が聞こえた。
「中尉…床って…。…ソファを借りるよ。」
「仕方ありませんから毛布は貸して差し上げましょう。」
「いや、布団ならオレが大佐の家から持ってきますって!」
「ならハボック、ついでにベッドも持ってきてくれないか?」
「あんた、家帰んなさいよ!」
「厭だと言っているだろう!」

押し問答を続ける二人にホークアイは
「大佐、少尉は今日のことを既に知っています。」
やはり冷静な声で告げた。
「!?」
暴れていたロイの躰がぴたりと止まった。
「中尉…それは…本当か…?」
信じられないと言った様子でロイが呟く。

「ええ。大佐はおっしゃりたくないだろうとは思いましたが、必要なことと判断しましたので。」
背筋を伸ばして、事務的に言う姿が妙に痛々しいとハボックは思った。
「そんな…どうして…。」
かく、と力の抜けた躰が床に座り込みそうになる。
ハボックは掴んでいた腕を引き上げ、ロイをソファに座らせた。

「み…見られたく…ないんだ…。」
震える声でロイが言った。
「こんな…他の男に付けられた傷のある躰を…お前に見られ…な…んだ…。」
座り込んだ躰を小さく丸めて、俯いたロイからとぎれとぎれの言葉が零れる。
「せめて…傷が治るまで…ここに…。
 お前に…でも…約束を…私は…」
小さくなる言葉と共に涙がこぼれ落ちているのが見える。
「お前と…約束…たのに…将…と…私は…
 約束…破っ…」
両手で顔を覆って、泣きながら黙り込んでしまった。


  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


そんなロイを見ながら、中尉は
「お茶を煎れてきます。
 少しお2人で話し合って下さい。」
と告げ、部屋を後にした。
「中尉!君もここに…」
言いかけたロイは、中尉の一睨みに言葉半ばにして黙らざるを得なかった。

取り残されたオレ達はしばらく黙っていたが、沈黙に耐えきれなくなったのかロイがようやく口を開いた。
「あ…あの…な?」
しかしそこまで言って、また黙り込んでしまう。
どう言って良いのか解らないのだろう。
ただ怯えている。
言いつけが守れなかったから、オレに捨てられてしまうのかと。

本当にこの人には理解できないんだな。
ただ、約束を破ったという『記号』しか。
今更それを責める気にもなれないが。

「上官命令だったんでしょう?」
上手く微笑むことが出来ただろうか。
「ぅ…ん。」
上目遣いに様子を窺ってくる。

「逆らうことも出来ませんし、断れば出世にもひびきますよね?」
殊更優しい声で告げるとぱっと顔を上げて
「そ…そうなんだ!仕方がなかっ…」
「でも楽しみましたね?」
赦して貰えるのかと勢い込んで言う言葉にかぶせて言うと、びくっと揺れて見る間に青ざめていく。

座ったまま後退る躰の両腕を掴むと、逃げるように俯いて。
放っておいたら土下座でもしそうな人を、オレはしっかりと抱きしめた。
「…赦しては…くれない…か?」
小さな声が震えている。

快感を得たことを否定しないんだな。
それでも、本当はホッとしている自分がいた。

これでしばらくはロイを犯さなくてもいいのだと。

愛するロイを痛めつけなくていいのだと。
あの引き絞るような悲鳴を聞かされなくて済むのだと。

「もういいですよ。」
自然と優しげな声が出た。
「ハボック…?
 …赦して…くれるのか?」
まだ不安なままのロイに
「仕方がなかったんですから。
 赦すも赦さないもありませんよ?」
にっこりと笑いすらして。

ロイを責められるわけがない。
まるで汚いモノを他人に押しつけたようなこの醜い安堵感。

赦して欲しいのはオレの方なんだ。

「上官命令にはあんたもオレも逆らえんでしょう?
 『約束』から除外しませんとね?」
ロイにも解り易いように『記号』に付け足しをすると、ようやく安心したようだ。

これでロイの中には
『ジャンと将軍達(大総統も含む)には抱かれてもいいが、その他の男はダメ。』
という図式が出来ているのだろう。

そこにロイの感情は…多分無い。

ほっとしたように躰から力を抜き、しがみついてくるロイを抱き締めた。
「大丈夫ですよ。オレはあんたから離れたりしません。」
「ん…。でもしばらく…。」
傷が消えるまでは、と心配そうに囁いてくる。
「あんたが好きなだけ、ここんちに泊めて貰って構いませんから。」
髪を撫でて告げると
「すまん…。」
何度も謝ってくる。
「いいんですって。」
その度に慰めるようにオレも返事を返し続けた。


オレの方こそ罪悪感を抱かなくてはいけないんだ。
…本当は。






clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.28
「錯」 Act.28
09.5.6up
話が済んだのが解ったのだろう。
(この人に隠し事など出来やしないことはイヤと言うほど解っている。)
中尉が紅茶を持って戻ってきた。

本当にしばらく泊めて貰うということで話は決まった。
中尉って本当に太っ腹な人だ。
オレは改めて感心してしまった。
…でなければ、ずっとロイを護っては来られなかったのかも知れないな。
ヒューズ中佐にも中尉にも、オレはまだまだ敵わないのだと思い知らされる。


「少尉に内緒で私やヒューズ中佐にばかり相談するわけには行かないんですよ?
 ハボック少尉はあなたの恋人でしょう?
 少尉に隠し事はいけません。」
カップを手渡しながらロイに言う。

どうも理解できない様子のロイに対し、中尉は傍らにあったブラハの餌を二つテーブルに乗せ、それらをくっつけて置いた。
「これが少尉の心、これが大佐の心とします。
 こうして。」
と、その内の一つを取り上げ
「寄り添っている心の一つが、何かを隠そうと壁の向こうに行ったとしますね?」
ハボックとロイは黙って頷いた。

中尉は一冊の本を開いて立て、その後ろに餌の一つを置いた。
「隠そうとした分、心は離れるのです。」
は?この教育番組的説明はオレの為じゃないよな?
と思ったハボックは正しかった。
中尉は、まさにロイに向かってだけ(この子供にするような)説明をしていたのだ。

「心が離れるとどうなると思いますか?」
問いかけられてロイは真剣に悩んでいた。
「どう…なるんだ?」
「ご自分で考えて下さい。」
にべもない。

「心が…離れると…気持ちが伝わらなくなる?」
「正解です。相手を好きだと想う気持ちが伝わらなくなるんです。
 大佐は少尉を好きだと思うのに、それを少尉が解ってくれなかったらどうですか?」
俯いて考え込む様子が可愛すぎる、と場にそぐわないことをハボックは思った。

「…それは…哀しい…と、思う。」
デキの悪い生徒にするように中尉は深く頷いた。
「そうですね。ですから、大佐は少尉に隠し事をしてはいけません。
 お二人は恋人同士なのですから、何事も2人で解決するようにしなければ。」

「それは…相談もしてはいけないということか?」
不安そうにロイが聞く。
「いいえ。相談でしたら私も中佐もお聞きします。
 けれど、2人で話し合うことが大切だと申し上げているのです。」
「そうか…。」
相談は出来ると聞いてホッとしたようだ。

一件落着とでも言いそうな中尉に
「その…な?中尉?」
おずおずとロイが言い出した。
「はい?なんでしょうか?」
「説明は…よく解ったのだが、私たちの心を犬の餌に例えるというのはどうなんだろう?」
かなり遠慮した言い出しだとはハボックも思ったが、
「犬と飼い主の話です。これ以上の適切な例えが有るとでも?」
女傑は鼻で笑った。

それに対抗できる人間など、誰もいない。居る訳がない。
2人は
「ございません。」
とただ項垂れるだけだった。


   ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


それからの数日間、オレは朝イチから中尉の家に顔を出し続けた。
朝食を作りがてら弁当もこしらえて。
2人の帰宅が合うかどうかにかかわらず命じられた(もちろん命じたのは中尉だ)夕食作りにも通った。

中尉の家でのロイは、とても落ち着いているように見えた。
なんだかこっちがホッとするほどリラックスして良く笑って。
オレをからかいながらも、それ以上に中尉にからかわれて。
(上官としての立場は?とオレは思ったモノだ。)

有る意味、それはしばらくぶりにオレ達へ与えられた穏やかな時間と言えた。
オレとロイの2人だけでは得られなかったような。

それを不満に思うこともなく。
オレはロイの躰を傷付けずに、笑って過ごせる時間を逆に『有り難い』とさえ内心思っていたんだ。
自分では認められないままに。


数日の後、ロイが
「明日…家に帰ろうかと思う。」
と言った。
ガジガジと骨付き肉に齧り付く中尉の隣で。
(存外に中尉は鶏肉よりもスペアリブを好んだ。
 ロイは「肉の繊維が歯に挟まって苦手だ。」と言っていたので普段つくっていなかったんだが。)

「はあ。」
我ながら薄らぼんやりした返事だったとは思う。
思うが。

「嬉しくない…んだな。」
俯いてしまったロイにオレは慌てた。
『嬉しくないのか?』
とかからこういう会話はして欲しかった。

オレは急な話について行かれなかっただけだ。
と…思う。
ロイにはこんな不自然でなく、自分の家でのんびり過ごして欲しいと思っていたんだから。

ロイの不機嫌も中尉が宥めてくれ、無事その3日後にロイは自宅に戻った。
その日の夕食は当然、ロイの好物で埋め尽くして。
相変わらず野菜をよけるロイを宥め賺して、それでも甘やかすのを久しぶりに楽しんだりして。

やっぱなんだかかんだ言っても、オレはロイを愛しているんだと。
ロイとずっと一緒に過ごして行きたいと。
そんな風に改めて思ったりして。
幸せで。

そして新たに事件は起こったんだ。







clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.29
「錯」 Act.29
13.5.21up
大将たちが青の団の騒動と共に帰って来た。
相変わらず小さくて生意気だ。
でも元気な姿を見るとホッとするな。
過酷な目に遭いながらも兄弟仲が良くて、一生懸命な二人がオレは好きだ。
それはロイも同じなんだろう。
からかったり時にはキツいことを言いながらも、いつも二人を見守って事細やかな配慮をしている。

軍に戻って仕事をしていると、出掛けていたらしいロイが声をかけてきた。
夕方になったらタッカー氏の家へ大将とアルフォンスを迎えに行けとのことだった。
ついでに査定の日が近いことをタッカー氏へ伝えておけと。

迎えに行った時、大将は犬と戯れていた。
なんか進展でもあったのかと思えば、そうでもなかったらしい。
少しでも希望の持てるものを見つけてくれるといいがな、とその夜ロイと話したことを覚えている。


その2日後だ。
大将とアルフォンスと楽しそうに遊んでいた、あの少女とデカい犬。
その躰を使った合成獣の錬成。
それは到底『研究』なんて呼べるものではなかった。

当然怒りと戦慄を覚えたが、オレに何が出来る訳でもない。
なんとかならないものかと中尉に聞いたところ、大将やアルフォンスの錬成技術をもってしても、あの少女を元に戻すことは出来ないとのことだった。
(錬金術師としてはロイも優秀だが、焔という戦闘に特化している彼は医療系は専門外なんだそうだ。)
それはこの国に、おそらくそれを成し得る錬金術師はいないということなんだろう。
オレに錬金術のことは解らないが、彼らほどの錬金術師はそうそういないと聞いていたから。


その夜、降りしきる雨の中をロイの家へ急いで帰った。
昼間ロイが厳しい言葉を大将に告げたことは中尉から聞いていた。
本当は慰めて甘やかしてやりたいところを、ただ『あきらめるな』と伝えたいから、前を向いて歩かせたいから、あえて言ったのだということを。

彼らを奮い立たせる為だと解ってはいても、自分が言った言葉で自分が傷ついてしまうような人だから。
オレはロイを抱きしめたくて急いでいたんだ。

「ただい…」
言葉半ばで室内からの騒音に異常を感じ、銃を手にリビングへ飛び込んだ。
そこには床に倒れたロイの上に馬乗りになり、その喉元を左手で押さえつけている大将の姿があった。
右手の機械鎧は刃物へと変形し、ロイのシャツを切り裂いている。

「え…?何し…」
「厭だ!本当に厭なんだ!やめてくれ!」
「るせぇな!いい加減にしろよ!?」
オレの言葉はまたしても半ばにして遮られた。

ええと。
あれは、ロイで。
あれは、大将で。
…ナニしてんだ?

などという、のほほんとした状況でないことは確かなようだ。
既にロイの胸元は、シャツと共に大将の刃で切りつけられ血を流している。
「鋼の!やめろ!」
「もう充分イラつかせて貰ってんだよ!首も絞められてぇのか?」
「私に傷を付けるな!」
「ああ!? あんたが傷を付けらんないで、どうやって満足すんだよ!?」

ちょちょちょ…ちょっと待ってくれよ。
これは一体どういうことなんだ?
「おい!ナニやってんだ!?」
やっと最後まで言うことが出来た。

「ぁあ!?」
えっらくドスの効いた声だったが、ようやく大将がオレの姿を認めてくれた。
「おい!大将。一体どうしたんだよ?」
「…少尉?」
「ナニやってんだ?」

「あー、少尉。
 ちとほっといてくんねぇか?
 コイツは今お楽しみ中なんだ。」
吐かれた言葉に、血が逆流するような怒りを覚えた。

「ふざけんなよ?大将。
 大佐にナニやってんだって聞いてんだよ。」
「鋼の!どけ!私はもう君とはしないと言っている!」
ほぼ同時に発せられた言葉に、
「あんたの好きな行為だろ!んだよ。少尉もいれて3Pでもするってぇのか?」
喉元を押さえつけた手に力を入れたらしい。
ロイが苦しげに咳き込み始めた。


一度だけ
見た。
ロイが他の男たちに襲われ(いや、ロイの合意があってのことだったんだが)ているのを。

あの時もオレはヤツらに殺意を覚えた。
オレの命より大切なロイを傷付けるヤツに。
ロイを傷付ける人間を許せないという、それもうオレの基幹を成すもので。

たとえオレ自身がそれをしているのだとしても。

「…にやってんだって聞いてんだよ!
 大将!どけよ!」
思わず大将を殴りつけ、ロイの上から退かすように蹴り上げてしまった。
小さい躰がソファへと吹っ飛んでいく。

その隙にロイを起こし、抱きしめた。
苦しげに咳き込みながらも
「鋼の…本当に…厭なんだ。
 君とはもう…しない。…したくないんだ。」
告げるロイに疑問が浮かんだ。

 『もう』?

「あー、マジでか?」
それでもやはり鍛えているせいだろう。
軽くソファから起き上がりながら大将が聞いてくる。
疑わしそうな、不機嫌な顔で。

「あのな、大将。
 この人とオレは付き合ってんだ。
 ロイはオレの恋人なんだよ。」
「え!? 少尉と大佐が?」
本当に驚いた様子だ。

「ああ、そう…だ。だからもう…ハボックとしかしたく…ないんだ。」
ようよう咳の治まったらしいロイが、それでも息を乱して言う。
(『将軍達は除いて』ということは、今言うべきことではないんだろう。
 オレとだけでは満足出来ないということも。)

「え?…あ?ホントに?」
「ホントだって。だからロイを傷付けるのはやめてくんないか?
 もちろん犯すのもだ。」
たった15,6の子供に『犯す』て言葉もどうかとは思うが。
…そういう行為だったんだよな?
大将がしようとしてたことは。

「えと、ホントにオレ、やめちゃっていいのか?大佐。」
それだけ確認をするってことは…
「ああ。すまないが、私はハボックのものなんだ。
 もう君とはしない。
 …したくないんだ。」

やっぱ『もう』なんですね。

今までは『してた』ってコトですよねー。

こんな子供と!?
あんな行為を!!??

…どこかで
『やっぱりダメだ』
という言葉が浮かんだ。
『やはり…もうオレには無理だ』
という言葉が。


その後、言い訳…では無いんだろう。
オレに対し、
大将との行為を『厭だ』と思ったと。
『きちんと拒み続けた』と言いつのるロイを、
宥めて抱きしめて、ようやく寝かせた。




clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.30
「錯」 Act.30
13.5.22up
リビングに戻ると、所在なくソファに座っている少年がいた。
「あー、大将?」
なんて言ったらいいのか解らないままにハボックは声をかける。
「あー、少尉。」
振り返った彼が、同じように応えてきた。

「その…な。顔…とか、大丈夫か?」
先ほど本気で少年を殴り、蹴り上げてしまった。
自分の大人気ない(どころでは済まされない。はっきりした殺意を覚えていた)態度に、ハボックは軽い自己嫌悪に陥っていた。
「ああ。こんなん、たいしたことねぇよ。」
ハボックにとってその言葉は頼もしいが、それも心配なことだった。
普段、どんな目にあってんだ?と。

「さっきは…悪かったよ。つい、な。」
「んにゃ。オレこそ、その…ごめんな。」
うつむいてしまった彼に、なんだか申し訳なくなってしまった。
元はと言えば、きっとロイの『あの』性癖が関係しているのだろう。
…それが少年にまで影響を及ぼしていたことには正直驚いたが。

思わずため息をついた。
どうすればいいのか、解らなくて。
それはきっと少年も同じだったのだろう。
ずっと無言でうつむいている。

しばらくして
「あの…さ、少尉はあいつの恋人なんだよな?」
少年が顔を上げて聞いてきた。
「ああ、そうだ。」
「…そうか。
 じゃあ、あいつのあの…やり方でヤって…るんだよな?」
この随分婉曲な表現は、自分を気遣っているのだろうと解った。
オレの方が年上っつか、大人なんだけどな。
ハボックはつい苦笑いしてしまう。
「ああ。」
「そか。」
「…少尉は…あいつを、その…アイシて…るんだよな?」
「ああ。愛して…愛おしく思ってるよ。」
「そ…か。」
また少年はうつむく。
そのまましばらくお互い無言で居た。

ふと顔を上げたかと思うと
「少尉は…さ。
 あいつがイシュヴァール戦ん時、どうして我慢っつーか、黙ってひでぇヤラれ方されてたか知ってる?」
いつもの快活な様子とは違い、まるで苦汁をなめた大人のような表情で少年が語りかける。
「どうして…って、上官命令だったからだろ?」
そうとしかハボックは聞いていない。

「んー、まぁ。そうなんだろうけどさ。
 …あいつはそれをきっとどっかで受け容れたいと思ってたんだよ。
 そうされるべきだって。
 まぁ、多分そうだろうって、オレも思うだけだけどな?」
そうされるべき…?
「ど…してだ?」

ハボックには自分に理解できなかったことをこの少年が解っているのは、正直ショックだった。
ロイを最も愛していると自負する自分が、ロイと単なる肉体関係『だけ』を持っている『はず』の少年に問いかけざるを得ないということが。

一度話し始めたら堰を切ったように少年は話し続けた。
「あいつは…罰を受けたかったんだと思う。自分の犯した罪の。」
「イシュヴァールの民を焼き殺した?」
「うん。元々繊細なヤツだろ?
 自分の躰を痛めつけられることで、なんとかその罪の意識を薄めて、自分の精神を保ってたんじゃないかとオレは思うんだ。」
や、図太いとこは腹立つほど図太いヤツだけどなー、と頭をガリガリかいている。

少年の言葉は理解できるようでいて、どこかしっくりこない気もする。
「でも…そんなの本当に償ってることにはならないだろ?」
「うん。でもきっとそん時は、そのくらいしか思いつかなかったんだろ。
 大体が戦場なんて異常な場所なんだしな。
 何よりあいつに真っ当な思考力なんてロクに残ってなかっただろうし。
 だからさ、今は国のトップを目指して本当にもう二度とあんなことが起こらないようにしようとしてるんじゃないのか?」
それはそうかも知れない、と初めて思えた。

「未だにあいつがレイプもどきのセックスが好きなのも、同じ様なことだと思うんだ。」
自分がその『レイプもどき』のことをしておきながら、しれっと少年は言う。
「なんだ、そりゃ。…あれはあの人の持っちまった性癖じゃないってのか?」
否。 『持たされてしまった』と、ハボックは思う。
…思いたい、だけなのかも知れないが。

「いや、それもあるとは思う。あいつは立派な、どうしようもないマゾだ。
 でもな。」
ロイの精神が、どうしてこの少年には解るのだろう。
そう思った時、
「オレには解るんだよ。少尉。」
それを見透かしたように、しかし哀しげに少年が笑った。

その時少年が自分の心に映った暗い闇を見つめて嗤ったことは、ハボックには解らない。

「オレもあいつと同様に病んでいるからさ。
 で、だ。
 あいつが未だにレイプを好むのは、その時の状況を繰り返すことで決心を忘れないようにしてるんじゃないかって。
 それがあいつの原動力になっているんじゃないかとオレは思うんだ。
 ま、解るとか言っときながら、推測ばっかですまねぇけど。」

同時に自分がロイを手酷く犯すのは、誰かを『優しく愛する権利』などないのだと自分自身に思い知らせる行為であるということは、この優しい大人に言う必要はないだろう。
少年の笑顔が更に歪んだ。

「大将はどうなんだよ?イヤイヤやってた訳じゃないんだろ?」
『同様に病んでいる』という言葉が気になった。
さっきは本気で殺してしまいそうなくらい怒っていたが、この少年をハボックはとても好きだから。
「ああ…。あ、言っとくけど、オレはホントにあいつが少尉と付き合ってるって知らなかったんだ。
 知ってたら、やってなかった。
 その…ごめんな。」
しおれた様子がようやく少年を年相応に見せた。
仕方のないことだと赦さざるを得ない。

「もういいよ。オレも悪かった。逆上しちまったな。」
「ホント…ごめん。
 オレはまたそういうプレイなのかと思ったんだよ。前にも結構有ったから。」
「前にも?『そういうプレイ』?」
この2人はどこまで狂った行為をしてきたんだろう?

「ああ。ワザと厭がってみせて、オレを苛つかせてさ。
 んでついこっちも手酷くやっちまって。
 それをあいつが悦んで。って感じ?
 だから今日もそういうのを望んでんのかなー、と思ったんだ。」
眩暈がした。
両者とも、どういう性癖なのかと今更ながら呆れる。

しかしこの少年にもそんな性癖があったとは、ハボックはその事実にも驚愕していた。
「大将は、昔から…そーゆー…のが好きだったのか?」
どーゆーんだかは具体的に言葉に出来なかった。
ハボックが知っているのは、快活で生意気でひたむきな、弟にはなにより優しい兄である少年だけだった。
自分の後見人でもある大人にあんな行為が出来るなんて思いもよらなかったことだ。
ましてそれが以前から行われ続けていたなんてことは。

「昔っからっつーか。
 あいつが誘って来たんだよ。最初は。
 …オレも賢者の石やオレ達の躰のことに、手がかりがなかったりでイラつくこともあったし。」
すべて言い訳だ。
それは少年自身がよく解っている。

「オレはアルの前ではいつも前向きな兄でいたかった。
 だからどっかでその苛立ちを解消したかったんだ。
 遣り場のないむしゃくしゃをぶつけたいオレと、それを悦ぶあいつの需要と供給が丁度一致したってとこだろ。
 …なによりさ…オレはあいつに近いんだよ。…精神が。」

本当は少年自身が望んでいたのだ。
誰かを、何かを(…いや、本当は自分自身なのだが)
粉々に打ち砕くほどに痛めつけることを。
自分の罪を肩代わりさせるように。

そうすることで自分の精神を保ちたかった。
母親を二度死なせ、愛する弟の肉体を失わせた自分の愚かさから少しでも目を逸らしたかったのだ。

そんな病んだ自分の心に惹かれるように、大佐が誘いを掛けてきた。
互いに嗅ぎ取ったから。
互いが互いの内に秘めたその狂気を。

(それも言い訳に過ぎないか。)
ふ、と自嘲の笑みが浮かぶ。
(『そう』思いたいんだ。オレは。
 あいつとオレの間には利害の一致した快楽しかない。
 …それしか要らないんだと。
 オレはあいつのそばにはいられない。
 あの壊れた男の理想を支えて生きていくことは、オレの罪とアルの為にも許されないから。
 そして…オレはあいつに愛されることは決してないから。
 だから…躰だけでも行為だけでも必要とされてるんだと、オレもあいつを利用してるんだと思い込みたかったんだ。
 オレは…少尉にはなれないから。)

つと見上げるとヤニ臭い大男は、気遣わしげな優しい顔で笑いかけてくる。
健全な精神と、全く欠けたところのない頑丈な体躯。
なにより大佐の側に常に控えて彼を護ることを許され、愛されるその存在。
羨ましかったのだ。本当はこの男が。
出来得ることなら、自分が取って代わりたいくらいに。
けれどそれを素直に表せるほど、少年はもう年若くも無垢でもなかった。

「ホント悪かったよ。もうしないから。
 でも…。」
少年の言いたいことは解った。
「あの人の性癖だろ?オレも迷ってる。」
「迷ってる?」
「オレさ…オレなりに頑張ってみたんだよ。
 あの人が望むような…その…セックス…を…な。」

少年にはハボックの苦悩が解る気がした。
こんなにまっとうな精神を持つ少尉には、愛する人間を痛めつける所業はつらいだけのことだったろう。
きっとこの優しい人(否。ほとんどの『正常な』人々)にとって『セックス』とは『相手を大切に愛する』という行為だろうから。
そしてなにより少尉はロイを護ることを至上の命として生きている人だ。
あの壊れた男を傷付けようとする者を排除する為だけに生きている。
幾らロイ自身が望むからと言って、その躰を傷つけ、あげられる悲鳴を聞き続けることはこの人の精神を病ませかねないことだ。

「少尉には…そのさ…無理っつーか。
 や!オレはバカにしてる訳じゃないんだぜ?」
「うん。解るよ。オレには難しい。」
「…結び付かないんだろ?大佐を大切にしたい気持ちと、あの人の好きなセックスが。」
ハボックと少年は同時に溜め息をついた。

確かにハボックはこの少年の心の闇を感じたことはなかった。
ロイの精神を解らなかったように。
それが自分と少年との差なのかもしれない。

そしてその時、ハボックの脳裏にはこの事態とは別に
(まさか大将に『セックス』って言葉を連呼するどころか、自分のセックスの相談に乗ってもらうようになるとは思いもしなかったぜ。)
という、至極まっとうな考えが浮かんでは漂っていた。
どこまでも健全な精神を持っていることが、彼にとってはやはり一番の問題なのだった。










clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.31
「錯」 Act.31
13.5.23up
ホントごめんな、と何度も繰り返して少年は宿へ帰っていった。
謝罪の気持ち以上に、それ以外の言葉が見つからなかったのだろう。
励ましの言葉などハボックには苦しいだけと少年には解っていたから。

ハボックは眠る必要のない弟とともに彼もまた眠れない夜を過ごすのだろう、とやるせない思いで見送った。
あの少女の悪夢は、まだ僅か今日の出来事なのだ。
彼が本当は自分の無力さをひとときでも忘れる為にここに来ていたのだということに気付いてしまっていたから。


苦しい、のだろうか。
この胸がふさぐような感覚は。
どうして誰も彼もが自分の所為ではないことに苦しまなければならないのか。

そこまで思った時、ハボックは頭を振った。
おそらく彼等は『自分の所為』だと言うのだろう。
ロイならば命令とはいえイシュヴァールの民を焼き殺したのは自分自身であり、それは自分の咎だと言うのだ。
少年は自分の手脚や弟の躰を失ったのは自らが人体錬成を望んでした所為なのだから、それは自分の咎だと言うのだ。
そしてあの鎧の弟でさえ同じ事を言うのだろう。
彼もまた自分の躰が失われたのは、決して兄の所為などとは思っていない。
ただ、自分が招いた結果なのだと言うだけだ。

哀しい錯誤だと、ハボックは思う。
皆、心優しい咎人ばかりだ。
自分のものではない咎を、誰もが自分の所為だと信じてしまっている。

しかしそれを愚かだと言い切ることは出来ない。
咎があると信ずるからこそ、彼等はそこから立ち上がろうとしているのだ。
決してあきらめず、苦しくとも前を向いて己の道を突き進んでいる。
目標を見失うことなく。
…それもまた事実なのだっだ。


    ***************************


ベッドで眠るロイの傍らに立つ。
狂おしいほど愛しい人。
オレの大切な唯一の人。
それなのに…

「ん…。ジャン?」
気配で目覚めたのか、ぼんやりと瞳を開いて手を伸ばしてくる。
「起こしちまいましたか?」
その手を掬い取って自分の頬に当てながら、心を隠して微笑みかけた。
「ん…いや、お前を待っていたよ。」
やわらかな、以前はその表情を見るだけで幸福になれたあの笑みを返してくる。

「鋼のは帰ったのか?」
ふと気付いたように言う。
「ああ、さっき宿に行きましたよ。」
「そうか。…彼には悪いことをした…な。」
伏し目がちに囁くその表情に、それでも微かな満足感を見出してしまった。

そうだ。
オレはオレ以外の男に抱かれることを『厭だ』と思って欲しいと言った。
将軍達に抱かれるのは例外、という記号をつけて。
ロイはそれを、その言い付けを守れたのだと喜びを感じているのだろう。
先刻寝かしつける時も散々言い募っていた。
『厭だと思った。』『ずっと拒み続けた。』と。
オレはそれを褒めて、嬉しいと伝えなくてはいけないんだろう。

…待て。
なんでオレは『なくてはいけない』と思ってるんだ?
喜ばしいことじゃないか。
ロイがオレ以外に抱かれることを『イヤ』だと感じてくれたんだぞ?
なぜそんな義務感を…?

…考えるのはやめよう。
とにかくオレはこの人を肯定し続けるしかないんだ。
この人が悪いんじゃないんだから。

「ええ。大将には悪いけど、オレは嬉しかったですよ?
 あんたがオレ以外の男に抱かれたくないって、思ってくれたんすから。」
オレは上手く笑えただろうか。
それは杞憂のようだった。
オレの言葉に嬉しそうに、本当に嬉しそうにロイが笑う。
その蕩けるような表情に愛おしさが込み上げてくるのに。
愛おしさ以上に込み上げてくる何かを、オレは無理矢理飲み込んだ。






clear

 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.32
「錯」 Act.32
13.5.26up
このままロイが眠ってくれないことは解っている。
いくら『厭だった』とロイが言い張るとはいえ、少年に組み敷かれ刃で傷つけられたことはロイの躰に快感をもたらしていたのだろうから。
その燻りを抱いたまま眠れる訳がない。
オレはまたあの行為をしなければならない。
いや『しなければならない』ではない。
ロイを愛しているからこそ。
ロイが望むようにしたいと思ったのはオレ自身なんだから。

「もう…このまま寝ますか?」
髪を撫でながら、それでもかすかな期待(期待?違う。違うはずだ。)を込めて聞いてみる。
「お前はそうしたいのか?」
どこまでもオレに合わせようとする哀しい人は、微笑みながら返してきた。
闇色の瞳に欲情を滲ませながら。
その瞳を覗いたオレは、今夜も覚悟を決めた。

「あんたがよければ…オレはあんたを抱きたいんすけど?」
ちゅ、と軽いキスを落として言えば、くすぐったそうにそれを受けたロイが
「ああ、そう思ってくれることが嬉しいよ?」
妖艶な笑顔で腕を首に廻して伸ばして来る。

「では、いかが致しますか?Sir?」
さてどんな道具を今日は使うか、と思いながら。
ロイを相手にそこそこの経験を積んできたオレだったが、返って来た返事は予測をちっとばかし超えていた。
「この傷をお前のものに塗り替えてくれ。」
シャツをはだけて言われた言葉が理解出来なかった。

傷をオレのものに?
塗り…ええ?
どうやっ…て?

「それは…どう…?」
中尉に言われてはいたが、素で余裕無く問い掛けてしまったのは仕方のないことだと思って欲しい。
本当に意味が解らなかったんだから。

「これは鋼のが付けた傷だろう?」
「ええ。」
「私はお前にしか傷を付けられたくない。」
「ええ…」
「お前だけが私に『お前のもの』という証をつけていいんだろう?」
「ええ…。」
バカみたいに同じ返事を返してしまった。

「だから…この傷をお前に付け直して欲しいんだ。」
「ええ…。…え?」
傷を付け直すて!?
脳内に疑問符ばかり浮かべているオレを知ってか知らずか、ロイは胸に付けられた傷を指で辿りながら
「なぁ、この傷をお前がもっと切り裂いてくれ。
 お前が付けた傷になるように。」
うっとりと呟く。

血が滲む、という程度ではなかった。
もちろん飛び散るというほどでは無かったが、それでも血を流していた浅くはない傷だ。
それをオレにまた切り裂けと?
同じところを?
あれほどオレを動揺させたその傷を?

「な…なに…で?」
目の前が暗くなった。
ああ、電球が切れたのかな?
替えなくっちゃ。
少し吐き気がしてきたのはどうしてだろう?
最近めずらしくもないんだけどな。

「ナイフ…お前持っているだろう?」
持ってますよ。
そりゃ軍人ですから。
で、何の話でしたっけ?

そうは思いながらも、オレは言われた通りに愛用のナイフをベッドへ持ってきた。
一昨日研ぎ直したばかりだ。
さぞかし切れがいいだろう。
オレが切り裂くのは、あんたの敵だったはずなんですけどね。

はだけたシャツも下着も全て脱がせてベッドに横たわらせた。
それでもいつものようにキスから入るのが我ながら可笑しい。
『愛している』という意思表示から入ることが。

「ん…。ジャン。」
深いキスで惚けた顔を見せて、ロイが刃を握ったオレの腕を胸元へ誘う。
『付けられた傷を悪化させてはいけない』とは約束したが、躰の傷をオレに付けられたものだけにしたいというロイの気持ちを否定することは出来なかった。
それは(オレには解らない方向性とはいえ)ロイの愛情表現であることは確かだから。

最近は将軍達も歳を取ってきたのか枯れてきたのか。
以前ほどロイの相手をすることが無くなってきたらしい。
(以前どれだけ行為をしてきたのか、その頻度はオレには解らない。)
全くなくなったとはもちろん言えないが。
それでもこの日、ロイの躰にはオレと大将が付けた傷しかなかった。

白い肌を切り裂き、交差するように付けられた十数本の傷。
紅い直線。
先程寝かしつける時に消毒薬も兼ねた軟膏は塗っておいたが、改めて消毒ジェルを傷に塗り、刃も消毒をした。

瞳を瞑ったロイに解らないように息を一つ。
込み上げてくるものを堪えて、付けられた線の一つに刃をあてた。
付けられた傷よりも深くならないように。
それだけを思いながら。

つぷり、と差し込めば、傷が開き血が流れ出す。
同時にびく、とロイの躰が痙攣し刃が傷を逸れないよう慌てて引き上げる。

「ジャン?」
物足りなさそうな顔で問われて。
「あ、すんません。…続けても?」
引き攣った笑いになってしまっただろう。
しかしオレにもう余裕は無かった。
「いや…。」
幸せそうにまた瞳を閉じて、ロイが躰の力を抜いた。

大将が背中に傷をつけてくれりゃ良かったのに。
でなければロイにずっと瞳を瞑っていて欲しい。
…オレの涙を見られないように。


何本目の傷なんだろう?
溢れる血を滅菌ガーゼで拭いながら、時折傷に改めて消毒ジェルを塗る。
切り裂き始めた頃から兆していたロイのものは、もう反り返り弾けそうだ。
一度イかせた方がいいのだろうか?
それとももう挿入れた方がいいのか。
後ろからヤったら、シーツが血だらけになるよな。
傷もまた開いてしまうだろうし。
それに前をイかせようと挿入れてイかせようと、全部の傷を付け直さない限りこの行為をねだられるのだろう。


もう…もうさっきから考えないように誤魔化し続けてきた疑問が、また頭に浮かぶ。
打ち消しても打ち消しても。
これが…『愛する』という行為なんだろうか、と…。


「ジャン?」
手が止まってしまっていたらしい。
瞳を開けたロイの指が、オレの涙を拭う。
しまった。
泣いていることを知られてしまった。

「ああ…すんません。
 傷を逸れたらいけないと思って、目ぇ瞑るの忘れてたみたいです。」
しばしばする、と言いながら瞬きを繰り返して見せた。
そんな誤魔化しなど通用しないとは解っているけれど。
この人はオレの言うことを否定などしないとも知っているから。
「…逸れても構わないぞ?
 瞬きくらいしろ。」
ほら、そうやって。

「大将の付けた傷なんて残せませんからね。
 逸れたらオレの付けた傷じゃなくなっちまうでしょう?」
もう笑いとも取れないだろうが構うものか。
無理矢理に口の端を引き上げて、もう一度瞑らせるようにロイの目蓋にキスを落とした。
同時に気を逸らすためにロイのものに手をかけて。

「ん…っ…!」
途端にあがる甘い声が、いつものようにオレを酔わせてくれますように。
そう願いながら、嗚咽が洩れないように泣きながら、オレは残された次の傷に刃をあてた。
それは自分の精神に傷をつけるのと同じ事のように思えたが、それを無理矢理否定するしかオレには出来なかった。






clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.33
「錯」 Act.33
13.5.31up
翌朝タッカーと娘が遺体で発見され、同時にスカーというイシュヴァールの陰惨な過去がロイに襲いかかって来た。

雨でロイが無能だったとはいえ、体術も錬金術もずば抜けている大将やアルフォンス、アームストロング少佐が束になっても適わない人間という存在は、フツーの人間であるオレにとってはっきり言って恐怖だった。
まさにデタラメ人間の万国ビックリショーだ。

戦闘の末スカーは逃亡したが、なんとか全員生きて軍へ帰還することが出来た。
そこでイシュヴァール戦のこと、スカーがイシュヴァールの民だということを聞いた。
オレはロイの口からイシュヴァールの話を聞くのは初めてだった。
(それはかつて中尉や中佐から聞いたことと大差は無かったが。)


いつも軍で見られる、ロイの冷静な姿。
しかしオレには痛々しく見えてならなかった。
スカーの復讐には正当性があると言いながらも、自分たちも死ぬ訳には行かないから次に会った時には問答無用で潰すと言い切るロイが。

それは自らを責め続けているロイの消せない傷と、それでも理想の為に生き続けるという意志を表しているようにオレには思えたから。

そして今ロイが持たされてしまっている性癖と抱いている理想の、それらの全ての根源はあの内乱にあると、もうオレは知ってしまっているから。

かつて国民を守るために軍人を志したロイ。
軍人にとって上官命令は絶対とはいえ、罪もない非戦闘員、特に女性や子供まで焼き殺した人間兵器としての自分の所業。
それは自らの罪としてロイに耐え難い自責の念を抱かせている。

しかし同時にあの内乱を経験したことにより、今の理想を持つことが出来たのも事実だ。
『美しい未来』を造るという理想を。
その為にロイは生き続けなければいけない。
…どれだけ壊れた精神を抱えてでも。

オレもその為に生きているんだと誇らしく思っている。
理想を実現するロイを護る為に生きているのだと。


大将は故郷のリゼンブールへ機械鎧の修理へ行くことになったが、オレは自身の咎に苛まれるだろうロイの側に付いていてやりたかったので同行を辞退した。
つか、ばっつり断った。
まぁ、あんなやばいのから守りきれる自信がなかったっつーのも事実なんだが。

話が終わった頃にようやく雨は止んだ。
夕暮れの雲間から陽が差して、光の柱を作っている。
『天使の梯子』というのだと以前ロイが教えてくれた。
『光のパイプオルガン』とも呼ばれると言っていた。
確かに荘厳な感じがする。
まるで自分とは世界が違うような。

教えてくれたあの時、ロイが
「人が死ぬと天に召されるというが、あんな光を昇って行くのだろうか。」
と呟いたのが印象に残っている。
普段はそんな感傷的なことを言わない人だったから。
(理想は遠大だがそれは彼にとって実現可能なことであり、科学者らしく常に現実的な人だ。)


家へ帰り、濡れて重くなったコートや軍服を戸や棚に引っかけて干しながら
「今日はなにか暖かいものにしましょうか?」
未だ顔色の良くないロイに問い掛けた。

食欲がないことなんて解っている。
けどロイがオレに食事をしているところを見せたいのだと知っているからこその問い。
少しでも食が進むものを選んで欲しくて。

「…お前の好きなものでいい。」
ああ、ホントに今日は食欲がないんだな。
いつもなら『腹が減った』という偽りの言葉が付くはずなのに、それすら言えないんだから。

平静を装いながらも、小さな震えを隠せない躰を抱き寄せ、
「では用意が出来るまで時間が掛かりますから、その間に風呂でも入ってきて下さい。」
デコに軽くキスを落として言う。
(風呂にゆっくり浸かっている時に一番リラックスすると中尉に教えて貰った。)
「ああ。そうさせて貰おうか。」
そんなにオレにまで隠さなくて良いのに。
でもそれを暴く必要は、きっと無い。

存外に胃の弱い人は、今日は固形物を受け入れないだろう。
(ロイの精神と胃は結構密接に繋がっているようだと経験から知っている。
 それでなくとも朝晩のコーヒーはミルクをたっぷりと決めている位だ。)

幾種類かの野菜をコンソメと牛乳で煮て擂り潰したポタージュと、ゆるめに作ったパンプディングで済ませることにした。
パンプディングにはたっぷりのメイプルシロップをかけて。

それから酒。
普段ロイはあまり自宅で酒を飲まない。
時折オレら部下と呑みに行くことはある。
そん時は結構簡単に酔い潰れるんだよな。
それを自宅まで送るのも、以前からオレの仕事だった。
ぐでんぐでんに酔ったロイを送るには、どうしてもその躰を触らなければならない。
眠っている時同様、酔った時に躰を触られるとロイはいつも拒否反応を示していたから。
(将軍達との食事会で飲むこともあるが、その時にはほとんど酔わないようだ。
 顔色すら変えないと聞いた。
 どれだけ自制心が強いのかと、感心するより呆れた覚えがある。)

今日は多分酒も飲むだろう。
自宅で呑むならコニャックという人だが、今日はカルーア・ミルクで我慢してもらう事にした。
牛乳が入っていれば、少しでも胃に優しいだろうから。
(オレだったら晩飯に甘いプディングやカルーア・ミルクを出されたら、正直暴れるだろうけどな。
 甘党のロイはこういう献立も平気なようだ。)

全てを用意し終わっても、ロイはまだ風呂からあがってこなかった。
キッチンに立ったまま、ぼんやりと昼間軍で交わされた会話を思い出す。

ロイ達とは違い、スカーの復讐についてのオレの考えは大将と同じだった。
イシュヴァール戦を体験していないからかも知れないが、
大将のようなを内乱を体験していない人間まで、国家錬金術師だからと言って殺そうとするスカーの復讐に正当性など認められるもんじゃない。

しかしあの場にはロイと共にイシュヴァール戦体を験した中尉とヒューズ中佐、アームストロング少佐がいたが誰もが重苦しい表情で、イシュヴァール戦が忘れられない傷を全員に残していることはオレにも察せられた。

オレも軍人だから当然人の命を奪ったことはある。
しかしそれはロイを狙う『敵』であり、相手にも明確な殺意があった。
無抵抗な非戦闘員じゃなく。
そこにロイ達のような苦しみはなかった。

軍人であり続ける限り、いつかはオレも命令があればロイ達と同様の殺戮を侵さなくてはならなくなるかも知れない。
それがロイの為になるならいい。
それならきっとオレは苦しまない。
ロイの楯と同時に矛でいられるなら。


「お前は入らないのか?」
風呂から上がったロイが言う。
「ああ、メシ食ったら入りますよ。」
まずは食べましょ?と応えた。

ちら、とテーブルに目をやり
「夕食はこれだけか?
 …これではお前が足りないんじゃないか?」
僅かにホッとした表情を隠し切れていない。
今日も無理して食べようとしてたんだな。
「すんません。なんかオレ、食欲なくて。
 足りないようなら何か作りますけど?」
ロイの手からバスタオルを受け取り、濡れた髪を拭きながら答えのいらない問いかけをする。
「いや、いい。…胃に優しそうな献立だな。」

他人に大切にされたことのなかったロイ。
(未だにどうして食事をさせたがるのか理解出来ていないようだ。)
それでも他人の好意を感じ取れるようにはなっていた。
自分の為の行為というものを。

元々人の心の機微には聡い人だ。
でなければここまでの昇進は出来なかっただろう。
それでも『何かをしてもらう』ことの根源が『自分に対する好意』から為ることは仲々理解できないでいたんだ。
今でも心底理解出来ているのかはオレにも解らない。
けれど最近はそれを感じ取り、感謝することが出来るようにはなっていた。
これはかなりの進歩だと思う。


艶やかな黒髪。
伏せた目蓋の下に煌めくだろう闇色の瞳。
通った鼻筋と形の良い唇。
この可愛い人。
オレの…オレだけのものでいてくれようとする大切な唯一の人。
胸が詰まるような愛おしさが込み上げてくる。
以前なら同時に欲望も込み上げて来たのだろうが、今のオレにそれはない。
哀しいことだが。
それでも愛しい人に、少しでも『幸福』と思える時間を過ごして欲しい。

拭い終わったタオルをソファへ放った。
さて、少しでも食糧をロイの腹に収めたら、今日もこの人の望むようにしよう。
オレの苦痛など些細なことだ。
そう思ってオレはスープとプディングを食べさせるべく、スプーンを手に取った。









clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.34
「錯」 Act.34
13.6.2up
シャワーを浴びて寝室へと入った。
ロイはベッドに横たわっているが、眠ってなどいないことは解っている。
今日のあの様子では、痛めつけずに終わることは出来ないだろうことも。

以前大将が言ったことは当たっていたようだ。
イシュヴァール戦が蘇ったのか、理想への決意を新たにしようというのか、ロイの要求は一段とエスカレートしていた。

昨日ナイフで二重に傷つけた胸をムチで叩けと言うのだ。

結構流血していたよな。
それをムチでって、ムチだけでも血が流れるというのに。

もうシーツはいい。
替えは山ほど買ってある。
(血が付いて洗っても落ちないシーツは処分している。
 どうするかと言うと、庭で燃やすのだ。もちろんロイの焔で。
 血だらけシーツをほぼ毎日なんぞ、ゴミには出せないからな。)
しかし今日のプレイでは、シーツだけでは済まされないだろう。
ベッド本体まで血が流れてしまう。

あー!
ピクニックシート、敷きたぁい!!
ブルーシートでもいい!

だがそんな雰囲気を壊すようなことは出来ない。
マリー様、どうしましょう?
幾分現実的なことを考えることで、ロイを傷付ける苦痛から逃避していたのは事実なんだが。

「ジャン?」
血痕の処理を考えていると、ロイが呼びかけてくる。
ああもう、考えている時間はない。
と思った時にひらめいた。
床なら後で拭けば落ちるよな。と。

「ねぇ、ロイ?ムチで叩かれるような人間にやわらかなベッドなんて赦されると思います?」
声だけは優しくかけ、ロイの腕を掴んで乱暴に床へ投げ出した。

背中から落ちるように投げたが、軍人ならば頭を打つようなヘマはしない。
思った通り首は上げていたが、受け身を取らなかったのはワザとだろう。
強く背中を打って、痛みに息を詰めている。

ムチの衝撃をラグでも敷いてやわらげてやりたいが、それはロイの望むところではないだろう。
(オレもラグまで処分するのは望まない。
 いや、ロイが買うんだし、いいんだけどな。
 ロイが流した血を翌朝にまで見るのは、なんであれ気分が悪いんだ。)

「さて。」
言うや、ロイの脇腹に足を蹴り入れてひっくり返す。
力が強かったためだろう、脇腹に手を当てて震えている。
その手を引きはがして、背中で両手を交差させロープで拘束した。
ムチが腕に当たったら困るからだ。
焔をおこす指には、もっと傷など付けられない。

ごろり、とまた仰向けにさせると
「ジャン…手が痛い…。」
かなり左右から引っ張って重ねた腕が痛むようだ。

痛がる分には良いんだが、仰向けにさせてみると意外と腕が胸の脇に密着していることに気付いた。
これではムチがそれれば腕を傷付けてしまう。
頭の上で拘束した方が良さそうだ。
自重で指を痛めても困る。

「ちっ!ナニ甘えてんすか?」
思案しながらも不機嫌そうな声を出してみせた。
ええと、どうやって手を結び直そう。

「おねだりするんなら、それなりのコトをすんのが当たり前っしょ?」
ロイからねだらせることにした。
ナニをすれば?という顔をしているロイに
「ほら、お願いの言葉は?」
オレだってナニをさせればいいのかなんて解ってない。
ただ、ロイの躰をまた俯せにさせた。
指を痛めないために。

「腕をほどいて欲し…ほどいて下さい…。」
小さな声で言いながら、腕を拘束されたままオレの足先に這いずって来る。
「聞こえないっす。」
右の爪先でアゴを持ち上げた。
俯せの人間にはつらい角度まで。

喉元まで爪先が入ってしまったのだろう、咳き込みながらもロイが
「腕をほどいて…下さい。痛い…です。」
言いながら更に這い進んで来て、オレの左の爪先に舌を這わせて来た。
かつてロイにやめさせた、爪先へのキス。
もうオレにそれを止めることは出来ない。

「ああ?あんた、痛い方がいいんだろ?」
痛みを快感とするロイが『ほどいて欲しい』というのは、おそらくこのままでは指に支障が出るということだろう。
言葉とはうらはらにオレは内心焦りながらロイの腕の拘束を外した。
ロイに爪先を舐らせたまま。
本当は指が大丈夫か、しびれたり痛めたりしていないか確認したい。
けれどそれを今聞くことは出来ない。

出来ることならすぐにでも足の指を咥えることなんかやめさせたい。
でもこれがロイのおねだりの仕方なのだとしたら、すぐにやめさせる訳にはいかないんだろう。
しばらく足の指の全てを舌でなぞり口に咥え、それからから甲にキスを落とし
「ジャン…?」
これで良いかと顔を上げて聞いてくる。
屈辱的な行為で煽られたのか、上気した顔で息を乱している。

そろそろやめさせても良い頃合いだろう。
「仕方ないっすね。これで赦してあげましょう。」
脚を今度は胸元へ差し込んで蹴り上げ仰向けにさせ、痛がるロイの両腕を頭上で一纏めに縛った。
うん。これならムチが逸れても腕や指に傷は付けない。

「じゃあご褒美をあげなくちゃな。」
マリー…いや、中尉に貰った滅菌済みのムチを手に、ロイの膝下あたりに膝立ちになって「これが欲しかったんでしょ?」
傷の行方を追うため目を逸らす訳にはいかないんだが、どうしても直視できないままロイの胸へムチを振り下ろした。

また開いてしまった傷からの血と、ムチが付けた新たな傷からの血。
オレの躰に、顔に、それが飛び散ってくる。
まるで返り血のように。
いや、返り血そのものだ。
傷付けたくない、傷つくことから護りたい人から流れ出る血。
自分自身がその人を傷付けて飛び散る血。

…もう、いつまで保つのだろう。
オレの精神は。
ロイを愛している。
そのことにウソや偽りはない。
けれど…ロイが望むようにしようと決心したその想いが『どれだけ』保つのかと。
まるで期限付きのように思ってしまうことを、自分に誤魔化すことは難しくなっていた。






ちなみに『ピクニックシート、敷きたぁい!』はヒラコー先生の『ドリフターズ』の信長的に脳内再生して戴ければなぁ、なんて思っちょります。



clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.35
「錯」 Act.35
13.6.17up
既に二重に付けられた傷を、更にムチで打たれて。
傷から血を溢れさせ、飛び散らせて。
それでもロイは快感を得ていた。
それは反り返って密を溢れさせているロイ自身から解る。

ロイの望む行為ではとっくに勃たなくなっていたオレは、いつものようにロイに口淫をせがむ。
それを屈辱的な言葉で要求されれば、ロイが喜ぶと知っているからでもある。

「オレのを挿入れて欲しかったら、ちったぁオレのモンを勃たせて下さいよ。
 あんたの口で。」
これ以上は意味をなさないだろう腕の拘束を解いた。
優しく抱きしめて髪を撫でたい手を叱咤してロイの髪を鷲掴みにし、胡座をかいた自分の脚の間に押しつける。
「これが欲しいんでしょ?
 ほら…そのイヤらしい口で勃たせろよ。」
かつて誰にも言ったことのない言葉で。

「ん…。」
無抵抗なロイに思わず舌打ちしてしまう。
それを『オレの意に染まないこと』をしてしまったのかと怯える顔のロイを
「なにぼやぼやしてんだよ?
 さっさと咥えなきゃ、あんたにもやれないんだぜ?」
思ってもない言葉で罵倒する。

そんな言葉にさえホッとするロイが哀しい。
どうしてオレ達の行為はこんなんなんだろう?
ロイが悪いんじゃない。
それは解っている。
解っては…いるけれど…

ディープスロートというのだと後に知った、以前からロイに受けていた口腔奥まで咥えられるその快感。
ロイの苦痛を考えると勃たなくなりそうだから、ずっと逸らして考えないようにしている行為。
そんな犠牲的な愛情さえ踏みにじらなければいけない、オレ達の関係。

ロイが悪いんじゃない。
それは解っている。
解っているんだ。

だけど…この愛しい、愛おしい人を当たり前のように愛せないこの苦しみを誰にぶつけたら良いんだ?
愛したい時に、愛する人を傷付けて苦痛を与えなければならないこの状況を。
ロイに…?
そんなことは出来ない。
そうじゃないだろう。

ロイが望んだことじゃないんだ。
ロイが持たされてしまった性癖は、ロイの所為じゃないんだから。

…ならばイシュヴァール戦に?
それで誰がこの苦しみを贖ってくれるというんだ?
おそらく『粛清』『殲滅』という言葉のもと、誰もが幸福になどなれなかったあの内乱。
誰もが不幸だけを得たんじゃないのか?
死と傷と苦痛と…それだけが残った戦い。
それしか残らなかった悪夢。

バカバカしい。
そんなことを考えたって詮無いことだ。
今オレは、オレに犯されるのを −それはロイにとっては『愛される』のと同義かも知れないが、オレにとっては遠く隔たった行為を− 待つロイを満足させなければ。

もう待ちきれないのだろうロイはオレのを咥えながら同時に自分の後孔を指で解している。
それはとてもなおざりな程度のものだが、それがいいのだとオレは知ってしまっているから。
ロイが望むように…。

充分に硬度を保つようになったところでロイの髪をまた鷲掴みにして引き剥がすと、欲情を溢れさせんばかりの瞳でロイがオレを見上げる。
「じゃあ次はどうすんだ?」
オレの言葉にロイは黙って後孔を向けて四つん這いになった。
「…ねだれよ。」
昨日の行為で赤く腫れ上がった後孔。
内部はまた傷を作って血を流すのだろう。

「ジャンの…を…挿れて…下さい。」
指で後孔を広げながら腰を揺らしてねだってくる。

いいんだ。
これでいいんだ。
これでロイは…悦楽を得るんだから…。

「よく言えました。
 んじゃ、ご褒美をやらなくちゃな。」
いつものように、無理矢理オレのモノをロイの後孔へねじ込む。
ぶちぐちと音を立てるような錯覚を起こすほど周りの皮膚を巻き込み、それを切り裂きながら。
同時に上がる断末魔にも似た悲鳴に自身が萎えるのを恐れながら、そうさせる訳にはいかないともっと無理矢理に(自分の快感を引き出す為に)押し込んだブツを引き出し、また押し込む。

もう…ナニがなんだかわかんねぇ。
オレはこの人を愛してるんだよな?
今でも…今、この時でも。

じゃあ、この行為は何なんだ?

ロイが背を向けているのは嬉しい。
もう耐える気も無くした涙が零れるのを見られないで済むんだから。









clear

 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.36
「錯」 Act.36
13.6.19up
結局のところ、スカーの復讐など赦す訳にはいかないと思いながらも、その置き土産にオレも結構な影響を及ぼされていたのだろう。

今でも、あれが…あんなものが決定打だったとは思いたくない。
ロイの為にも、思う訳にはいかない。
けれど…。


ロイの望むようにしたい。
かつてロイがオレの望むようにしかしていなかったように。
どんな性癖を持たされてしまったとしても、それはロイの責任ではないのだから。
オレはロイの願いだけを聞き続けていきたい。

そう思っていたのは事実だ。
オレはロイを否定することだけはしたくない。
すべきではないと。


それでもある日ロイを痛めつけ犯しながら、オレはどうしようもなく哀しくなって。
痛みに耐え、握りしめていた掌をそっと開かせて
その…白い指を見ていた。

この指を砕いて…壊してしまえば
この人の野望は潰えるのだろうか。
最大の武器を失って。

そうすれば…この国を変えることなど望まなくなれば…
こんなに自分を痛めつけてなお、決意を新たにする必要など無くなるのだろうか。
こんな…こんな行為を望まなくなってくれるだろうか…


見つめ続けた指が震えていることに気付いた。
同時にロイがオレを見つめていたことにも。

「…いい…ぞ?」
囁きかけてきた声も幽かに震えていた。
「え?」
「指…を…潰しても…いいぞ?」
その瞳はうっすらと潤んでいた。
そしてその笑顔は消え入りそうなほど儚くて…

「…っ!?」
オレ…は…
オレは…今…何を考えていた?
オレが…この人の指を潰す!?
オレが!?
ロイの、この高邁な理想を持っている、この人の目標を潰す!?
自分の生き甲斐とまで思った、この人の美しい未来を作るという理想を…!?

この人が変える新しい国を見たいと。
それを支えるのが自分の使命だと信じてきた。
自分の生命を掛けても実現させて欲しいと思った…この人の理想を?
自分の生命を捨ててでも護りたいと思ったこの人を!?



…ダメだ。
もう…ダメだ…
オレは…もう…。
…もう…限界…だ…

躰を起こし、頭を抱えて座り込んだオレに
「…ジャン?」
気遣わしげな声が掛けられた。
「なんでもないっス。すんません。
 オレ、今日疲れてるみたいで。
 も…寝てもいいですか?」
零れた涙を見られないように、俯いたまま手で顔を覆った。

「そう…か。解った。
 …シャワーを浴びてくる。」
「…すんません。」
「いや、いいんだ。疲れているのだから先に寝ていろ。」
そっとオレの髪に触れて部屋を出て行くロイに、オレは何も言えなかった。

溢れる涙は留めようもなくて。
嗚咽をあげながら愛おしいロイの躰を打ったムチを腹立ち紛れに歯で噛み、持てる腕の力で引き千切った。
口の端が切れ、鉄の味が広がったが構ってなどいられなかった。
もう二度と使い物にならないほどに千切り、それでも足りず次には枕を引き裂き。

ただ後は…泣きながら自分の腿を殴り続けた。

どこかで計算が働いていたんだ。
やがてロイがこの部屋に戻ってくることは解っていたのだから。

「もう…いい。…ジャン。」

不意に掛けられた声に、のろのろと顔を上げた。
部屋の灯りを点けようとしないまま入り口で立ち尽くしているロイの、廊下からの灯りに照らされたその顔は…初めて見たものだった。
慈愛に満ちた優しい表情。
しかし同時に何もかもを諦めてしまったような静かなその顔。

「も…って…何がですか?」
座り込んだまま涙も拭わず聞いたオレに、ロイは近づいてこようとはしなかった。

いつでも、目が合えばロイの方から近づいて来てくれていたのに。
そんなことにも、今初めて気付いたんだ。

「もういいんだ。苦しかったろう?」
「ロ…イ?」
「お前は人を傷付けることで、自分が傷ついてしまうような優しい人間だ。
 私を…私の望むようにするのはつらかっただろう。
 だから…。
 …だから、…もういいんだ。」
「ロイ、オレはあんたが好きで…」
「知っているさ。
 そんなことは。
 それでも。
 …それだから。
 …なぁ、終わりにしよう。
 な?…ジャン。」

いやだ。
あんたと離れたくない。
あんたを放したくない。
オレはまだ大丈夫だ。
あんたが悦ぶんならなんでも出来る。
オレは
オレは
オレは
オレは…


オレは…
何も言えなかった。


そうしてオレ達は
相手を想う気持ちを抱きしめたまま
互いに背を向け
この静かで
優しくて
哀しくて
切なくて
愛おしい
時間に
別れを告げた。











clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.37
「錯」 Act.37
13.6.26up


パチ。
リビングの灯りをつける音が妙に響いた。
ここのところ灯りの付いていない家に帰るのが厭で、毎日それを灯したまま出勤していた。

しかし今日は出掛けにスイッチを入れるのを忘れてしまったのだ。
今朝うっかり寝過ごし、これまたうっかり
「ジャン!寝過ごした!」
と、ぽっかりあいたベッドの半分に向かって話し掛けたのがいけなかった。

涙が溢れたように思えたのは、気のせいだ。
でなければ、おそらく寝ている間に睫毛でも入ったのだろう。

その後、気をつけて摂ろうとしていた朝食を作る気になれず、当然食欲もなく。
もういっそ休んでしまいたいと思いながらも、それでは中尉に撃たれると思いだらだらと出掛けた挙げ句のこの始末。

買って来たデリの総菜をダイニングテーブルに置き、ばさり、と脱いだコートをリビングのソファに投げ、それをなんとなく見ていたらジャンの言葉を思い出してしまった。
「ほら、また。
 脱ぎっぱなしにしないで、ちゃんと掛けて下さいよ。」
同じ事を繰り返す私へ、それでも呆れたではない優しい苦笑で。
あの青空のような澄んだ瞳。

ジャンはいつも
「ドアを出て、寒いようなら戻ってすぐ着られるでしょ?」
コートは玄関のハンガー掛けに置くのが合理的だと主張していた。
私はそんなものかと思いながらも、ジャンがそう言うのならとコートを手渡していた。

しかしクローゼットに掛かっていようと、玄関に掛かっていようとソファに乗っていようと、別にどこにあっても不便はないというのが本音だ。
そう思いながらもコートを拾い上げ、わざわざ玄関に掛け直しに行くのがバカらしい。
…バカらしいのに、そうせずにいられない自分が本当にバカバカしい。

こんなことしたって、ジャンが戻って来てくれる訳ではないというのに。
私は未だに、ジャンの言葉を守らずにはいられないのだ。


改めてリビングを通り抜け、ダイニングで総菜を袋から出し手に取る。
今朝は食事を抜いてしまったのだ。
夕食は食べなければ。
わざわざ温め直すのも面倒で、とにかく摂取すればいいのだと蓋を開けてフォークを突き刺し口に運んだ。
どう食事を摂ろうとも、今ここにジャンはいない。
(ヤツは総菜を温めるのはもちろん、何が楽しいのか解らないが盛りつけにも気を配っていた。
 栄養を吸収するのに関係が有る訳でなし、私にはそれが理解出来なかったのだが。)
それでも食事を摂るのをやめることは出来ない。
ジャンが哀しむ。…おそらく。
半ばヤケになっているのかも知れない。
そう思いながらも次々と総菜を口へ運び、無理矢理に飲み込み続けた。

昼食は軍で摂った。
ジャンと別れてからは、それを知る中尉が時間を合わせて一緒に食事をしてくれている。
…ジャンのように、私の嫌いな食材を取り除いてはくれないが。

それまで大抵はジャンの作ってくれる弁当を食していたが、たまに作る時間の無かった時は彼と一緒に軍の食堂で食事を摂っていた。
いつもジャンは私の隣に座って、人参や莢隠元など私の苦手なものを自分の皿に取ってくれていた。
私が気付かない内にさりげなく。
(気付かないのは私だけだったと中尉たちは言っていたが。)

今日付け合わせの人参を見つめていたら
「食べないと、その分の栄養が取れませんでしょう?」
にべもなく中尉が言った。
それもそうかとフォークに突き刺したはいいが、どうしても口に運べなかった私に
「そんな涙目になってみせても、ハボック少尉以外には効きませんよ?」
冷たい言葉が掛けられた。

涙目になどなってはいなかったと思うのだが。
中尉が言うのならそうだったのだろう。
無理矢理口に入れた人参は、とても不味かった。

ジャンが作ってくれる人参のグラッセは不味くはなかった。
いや、むしろ美味いとすら思ったのに。
何が違うのだろう?
半ば思考を誤魔化しながらだったが、とにかく飲み下した私に
「食べられましたね。良くできました。」
どちらが部下か解らない言葉で中尉がねぎらってくれた。

部下だろうが普通そんなねぎらいはないのだろうが。彼女は時折そうして姉のように接してくれている。
結局私は中尉やヒューズに甘えているのだな。

もう、しっかりしなくては。
いや。こんなことを今更決意する必要などないはずなのだが。
ジャンを失ってからは、どうも調子が悪い。
早く日常を取り戻さなくてはならないな。

もう…戻ってこないものを惜しんでも仕方がないではないか。


総菜を食べ終え、酒を手にリビングのソファへ座る。
何とはなしにぼんやりと天井を見上げてから、辺りへ目をやった。
『この家がこんなに広かったとは』『なんだかがらんとしている』などという感傷的なことを言う気はない。
ただ、帰路で見上げたリビングに灯りがついていないのが、なんだか物足りなかった。
…それも元通りになっただけなのだから、今更どうと思うことでもあるまい。


カラ、とグラスの氷が音を立てた。

…夢を…見ただけだ。
とても嬉しくて、幸せな夢だった。
それを見られただけでも僥倖ではないか。

ああ、とても幸福だった。
私は…
自分には到底望めないと解っていた夢を見られたのだ。
それが儚い夢だと知りつつも。

心の奥底に鍵を掛けてしまい込んでいた宝物を共に手に取り、ジャンと慈しむことが出来た。
それはまさに望外の幸いだった。

『ずっとジャンが私を欲しがってくれればいい』という願いは叶わなかったけれど。
それは仕方のないことだ。
こんな私をジャンがいつまでも愛してくれるはずなどない。
願うことすら赦されない過ぎた想いだったのだ。
恐れ多いという言葉すら似つかわしいほどの。


こんな…『普通』ではない私の。
こんな…『穢れた』私の。
こんな…『異常な』私の望む性行為を
ジャンはしてくれた。
…苦しかっただろうに…。

本当は、私には自分がどう『異常』であるのか、解っていないのだと思う。
ただ中尉やビューズが折に触れ、そう言っていたから。
私の嗜好や行為が『普通ではない』と教えてくれていたから。
私は自分が『そう』なのだろうと思うだけだった。
それでも、それまでは何の支障もなかった。

しかしジャンに愛されるようになって。
『それ』は私にとって恐怖にも近いことにすらなった。

どうみても健全な、真っ当にご婦人を愛する人間であるジャンが。
私のような『穢れた』人間を『異常に』愛するという行為。
それによりジャンが私を軽蔑して嫌うのではないかと。
それが怖かった。

自分の『異常さ』が。
私を愛すると言ってくれているジャンを、自分の『異常さ』で失うことが何より怖かった。

そして『穢れた』自分が厭で、自分が自分自身の嫌悪の対象となった。

それまで私は不特定多数の男に犯されていた。
それは快楽を伴う乾いた自分を潤すものであったし、ある意味自分を律する為に必要な行為であったから。
そんな自分や自分の行為に『厭だ』と思うことなど無かった。
それついて考える必要すらなかった。
けれどその行為が、その行為を喜んで受ける自分自身が『穢れている』のだと知り。

あの内乱で受けた行為が、私を『穢れた』ものへとしたのだろう。
あの…雨が降る度に受けていた行為が私を穢し、その後歓喜と共に男達に犯されるようになった自分を…自分自身を『穢れた』存在と成したのだ。
この…私の内部に深く構築された『穢れた』自分自身の構造。
それが本当に厭わしくて堪らなくなった。

「はは…っ!」
可笑しい。
自分が本当に可笑しい。

そんな自己弁護が、今更何になると言うのだ?
自分自身で作り上げた私という人間が、ジャンに捨てられたのだというこの事実の前で。

嗤った弾みに揺れたグラスが、またカラ、という氷の音をたてる。
快い音ではあったが、それが思考の水底から自分を引き上げることは出来なかったようだ。

『他の男に抱かれることを厭だと思って欲しい。』
とジャンは言った。
まだそんなことを思い出してしまう。

ああ、そうだ。
お前はかつてそう言ったな。
「それは難しかったよ…。ジャン。」
私は私と同じような穢れた男達に犯されるのがふさわしい人間だ。
それをどうして否定出来よう?

「しかしな…あの時は本当に厭だと思った…思えたのだよ。…ジャン。」
そう…思えたのだ。
あの時、鋼のに犯されそうになったあの時。
私は心の底から『厭だ』と思えたのだと、今では解る。

ジャン以外の男に、このジャンに愛された躰を触れられたくないと。
犯されたくないと。
あの時『厭だ』と思えば、それを言えばジャンが喜んでくれると思ったのも事実だが、それでも鋼のに触れられ犯されたくないと、本当に思ったのだ。

…おそらくお前はあの時、それを信じてはくれなかっただろうがな。

「それでも…私はお前を…好き…だったんだ。
 …ジャン。
 そして…お前以外の男になど、触れられたくないと思ったのだよ?」

ああ、もう。
思っても詮無いことなのに。
今夜も思ってしまうのを止められはしないのだな。

…本当に愚かだ。
私は。


しかしお前だって、愚かだったぞ?
ジャン。
目の前にいないからこそ言えることなのかも知れないがな。

私がどれだけお前に愛されることに戸惑っていたのか、お前は解っていなかっただろう?
私とて、怯えていたのだ。
お前の望むようにされればいいと思っていたのに、お前は誰に吹き込まれたのか『私の望むようにしたい』などと。
そんなことを…。
そんなことを言うから私は…

この恐怖心を押し殺してお前に願って…乞うて見せたというのに。

それがこの結果だ。
それ見たことかと言いたいのは私の方だ。
馬鹿者め。


なぁ、ジャン?
かつて私は、お前を想う気持ちをとても綺麗な宝物だと思った。
きっとこれ以上綺麗なものは一生持てないだろうと。
しかし今は、ジャンと過ごした日々こそが最も美しく輝く宝物だったのだと思える。
あんな幸せなことは、もうきっと無い。
そんなことを望む気すら無い。
あの日々が、あの宝物がこの胸に有る限り。
それは私をこれから生かしてくれるだろう。


ああ、もう。
本当に詮無いことだ。
もう酔っているようだ。
思考もまとまらない。
しかし
今日もこれだけ酔えば眠れるだろう。


少しでも、お前に触れてもらえる夢を見られれば。


愚かな駄犬。
お前は私がこんなことを願って、毎夜眠りにつくことなど知らないだろう?


もう…いい。
私には私のすべきことがある。
その実現すべき理想へ進み続ける私を護ることだけは、今まで通りお前はしてくれるだろう?
突き進んでいる限り、私はジャンに護られていける。
それだけで本当に…充分だ。

もう充分だ。
これ以上のものはもういらない。
ジャンと過ごした日々が、これから私の脚を竦ませることなく進ませてくれる。
それで充分ではないか。
なぁ?
私よ。

さあ、明日はまた新たな軍務が有るだろう。
少しでも一歩でも進み、この国の全権を手にするまで。
『あの時』の決意を実現する為に。

明日も生きて行こう。
…生きていける。
それが私のすべきことなのだから。








clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.38
「錯」 Act.38
13.7.11up
ああもう、うんざりだ。
ただでさえ気分が落ち込んでいるというのに。
廊下を歩いていてジジィに捕まり、ねちねち下らない嫌味を聞かされるのは。
そんなことは最早日常茶飯事なのだが(つい先日もハクロ将軍に捕まって愚痴を聞かされたな。)ただいつもと違っていたのはその時中尉だけではなくハボックも側にいて、彼がその対象だということだった。
(うっかり名前を呼んでは困るので、この頃は心の中でも『ハボック』と呼ぶようにしている。)

恋人でなくなったとはいえ、ハボックは私の警護官だ。
副官である中尉と共に、外回りの仕事が無い時には以前と変わらず私の側に仕えていた。
(それは私にとって幸福であり、同時に苦痛でもあったのだが。)
それがこの時は裏目に出ていたのだろう。
中尉はその血筋や経歴から、誰が見ても優秀な副官だったから。

「こんな態度の悪いヤツがアメストリスの軍人とはな。
 我が国の人材不足も極まれりと言ったところか。」
「御言葉ですが彼は優秀な射撃手です。
 それは大総統もよくご存じのことで、先日もお誉めの言葉を賜りました。」
ふんぞり返っているが、お前の身長は私の3/5以下だぞ?

「士官学校時の成績は最悪だったらしいな。
 しかも上官に対する態度も心得ていないと聞いているぞ?」
「そんな愚にも付かない進言が将軍の元へ届いているとは、全く存じ上げませんでした。
 お心を痛めておいででしたら申し訳ございません。
 ですが、少なくとも私の元へ来てこれまで、私はそのような感想は抱きませんでした。
 部下の信頼も厚い人物で、いずれ必ずや将軍のお役にも立てることと確信を持っております。」
ああ!?その弄くっているヒゲ、残らずぶち抜いてやろうか?

「口の利き方すらなっていないと聞くが?」
「尊敬すべき目上の者への礼儀は心得ております。」
それともその残り少ない髪もむしり取って欲しいか?
この薄らハゲが。
さっきから言っている内容が同じだぞ?
ボケているのか?
ならさっさとその席を明け渡せ!

「そうとも思えんが。君の見立て違いではないのかね?」
クドい。
だいたい枯れきっているくせに脂臭い。
お前の脂はヘットでもラードでもなく、ファットだ!

「自分の力不足で、誠にお恥ずかしい限りでございます。
 何かご無礼がありましたら、なんなりとわたくしにご指導を賜りますようお願い致します。」
にっこり。
音でもしそうなほど笑ってやって、その場を後にした。

「お見事。と申したいところですが、残念ながら及第点は差し上げられません。」
ハボックと同様、無言で将軍との会話を聞いていた中尉に言われた。
「ダメだったかね?」
掌を上に向けて肩をすくめて見せた。

「将軍はともかく、他の人間には大佐の心の声がダダ漏れでした。」
幸い地位のある第三者が周りにいませんでしたからよかったものの。
と、中尉がため息をついた。
そうだったかも知れない。
しかしハボックをバカにされたのだ。
どうしてこれ以上の態度を取れよう?

「ふん。くだらん。
 老害に付き合う時間など私にはない。
 数分でも費やしてしまったのがもったいない位だ。」
あの肉塊、いや脂塊が!
私の(などとは言う権利がないのは解っているが)ハボックを嘲笑うなど赦せるものか。

それでもこの会話が解らなかったらしいハボックが
「オレ、やっぱ大佐に迷惑かけてるんすね。
 …すんません。」
耳を垂らした犬のようにしょげているから。
ああもう。このバカ犬。

出来ることなら抱き寄せて口吻て、笑いながら私が思っていたことを伝えたい。
…伝えられないから。

「迷惑なのはお前ではない。
 私がどう思っていたかは中尉に聞け。
 私は視察に出る。」
言い捨てて背を向けた。
「視察、ではなくデートでしょう?」
相変わらず冷静ながらもいつもよりも声が優しいのは、やはり私の心の声が中尉にはダダ漏れだからなのだろうな。


あれ以来、誘われるまま頻繁にご婦人方とのデートを繰り返している。
ハボックと付き合っている間は(「女性相手なら気にしませんよ?」とは言ってくれていたが)少しでも彼の意に染まないことはしたくなかったので、情報収集としてのデート以外は控えていた。

やわらかいご婦人を抱くのは、ハボックに愛されるのとは全く違う。
めちゃくちゃに壊され、愛される悦びはそこにはない。
胸が詰まるような…泣きたくなる程の幸福感も無い。
しかしこの頃は『慈しむ』というのはこんなことなのかも知れないと思いながら、以前にもまして優しく抱くように心がけていた。

ハボックが私にしたかったのは、本当はこういうものだったのだろうか。

相変わらず行為をするならばご婦人方よりも男の方が好ましかったのだが、私は既に男を相手にするのはやめていた。
将軍達もやはり寄る年波には勝てないのか、いつしか私の相手をする人はもういなくなっていた。
ハボックと別れた後だったのが腹立たしいが。

大総統も私との行為をうっかりご子息に見られたとかで、奥方への恐怖で私を誘うのをおやめになったそうだ。
快活に笑いながらそうおっしゃっていた。
(確か奥方は初対面で強烈なビンタをカマし、『もっとも敵に回してはいけない人間』として大総統に恐れられていると聞いている。中尉とどちらが恐ろしいのだろうか。)

あの店にも、ハボックに存在を知られてこの方行っていない。

躰が乾かない訳ではない。
つらくない訳でも…本当は無い。
ただ、ハボックに愛されたこの身をもう誰にも犯されたくなかった。
あの幸せな日々を残した証は、もうこの躰だけなのだから。
喩えハボックが付けてくれた傷が癒え消えようとも。
愚かな感傷なのだろうが、どうしても私は…


それでもこの頃はたわいない会話の折々に、ハボックへ
「お前も早く彼女を作れ。いつまでも独り身では出世できんぞ?」
心にもないコトを吐いている。
(同じ言葉を私もヒューズに言われているが、それは棚に上げておく。)

それは純粋にハボックのことを考えているからでもある。
家庭を築いていない人間は本当の意味での出世は難しい。
まぁ、望まれる以上の成果を上げれば別問題だが。
私はともかく、ハボックにそんな成果を上げられるとは思えなかったから。

そして『私はもう大丈夫だ。』と伝えたいからでもある。
お前がいなくても。
お前に愛されなくても、もう私は大丈夫なのだと。
ハボックに負担に思われるのは厭だから。
私は私で、ご婦人方と楽しく過ごしているから、お前も自分の幸福を掴めと。

…それ以上に、私にとって『ご婦人を愛する』ということが、『男に愛される』と同時に『男を愛する』ことと全く別のものだからでもある。
ハボックを百万歩譲ってご婦人に取られるのなら、まだ耐えられる。
あの腕が、あの瞳が。
他の男を抱くのは赦せない。

本当は男であろうとご婦人であろうと、ハボックに抱かれる人間を赦すことなど出来そうにない。
この手で引き裂き、燃やし尽くしたいくらいに憎んでしまうだろう。

…いや、私が『赦せない』などという権利はない。
しかしそれでもやはりハボックに愛され抱かれる男は私だけであって欲しい。

そんな醜い想いを…まだ私は捨てきられないのだ。

もうハボックと私は何の関係もないのだけれど。
愚かな私は…ハボックが過去にも未来にも愛した男は、私一人だけであって欲しいと未だに願ってしまうのだ。
(むしろさっさとご婦人とくっついて、男を愛することなんて忘れて欲しいというのが正直な気持ちだ。)

それだからこそ口からつらつらと出る言葉。
「お前も早く恋人を持て。」
そう言うとお前いつもは少し瞳を見開いて
「Yes,sir.」
応えながらも少し寂しそうに笑う。

もう、いいから。
私に叶わぬ期待を持たせるのはやめれくれ。

今日も傷の男の死体を探せと命令しつつ告げる。
「ヤツの死体をこの目で見るまで、私は落ち着いてデートもできんのだ!」
この頃は平気な顔で応えてくるようになったな。
それを喜ばしいことなのだと自分自身に言い聞かせて、その場を後にする。

……本当は有りもしないデートの場へと…歩き去ったのだった。












clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.39
「錯」 Act.39
13.7.14up
それは突然の報せだった。
かつて無かった程重大な。

ヒューズ中佐が亡くなった。

何者かに殺害されたらしいというのは、東部にも伝わって来た。
電話ボックスで射殺されていたと。
その手にはダガーナイフが握られたままで、最後の電話の相手はロ…いや、大佐だった。

なぜ軍にいた中佐から、同じく軍内の大佐に連絡するのにも拘わらず、外部の電話ボックスからだったのか。
解らないことだらけだった。
なぜヒューズ中佐が?
軍法会議所所属の中佐がテロの対象になるとは思えない。
大佐のような矢面に立つこともなかっただろうその立場。


…大佐はどうなる?
最も大佐を理解し、支えてきた人を失って。
親友で、中尉と共に何でも相談してきた大切な中佐を失って。

「オレ!…オレに同行させて下さい!」
大佐と共にセントラルへ赴くという中尉へ願い出た。
少しでも側にいて、その心を抱きしめたかったから。
大佐にとって、どれだけ中佐が大切な人だったかは解っている。
だからこその願いだったのだが。

「大佐は私一人を連れて行くとおっしゃっています。
 少尉はブレダ少尉と東部の護りをなさるようにとのことです。」
ああ、そう。
そう…だよな。
バカだな。オレ。
何を自惚れてるんだろ。
大佐が側にいて欲しいのは、もうオレなんかじゃないのに。

言葉は冷静だが、中尉自身も動揺していることがその顔色から伺えた。
「…中尉は大丈夫ですか?」
「ありがとう。ええ…私は大丈夫よ。」
セントラルへの行き帰りで処理すべき書類を選別しながら応えてくれた。
そんなことを大佐に強要しない…出来ないことは解っていただろうけど。
今そうしないと、何かしていないと中尉も自分を保てなかったのかも知れない。

「少尉の気持ちは解っています。
 ただあなたを大佐は必要と…」
言葉半ばで終わらせたのは中尉の優しさなのだろうと、この時思ったんだったな。
オレはこの時も間違っていたのだと後に知ったんだが。

大佐と別れた時、中尉に責められるだろうと思っていた。
大佐を見捨てるのかと。
幸福にしないのかと。
けれど中尉はただ
「…お疲れ様でした。」
と寂しげに微笑みながら言っただけだった。
それはなんだかとても哀しい言葉だと思えた。
仕事が終わった訳じゃないのに、と。
それでもオレは何も言えなかった。
言いたいことが、言うべきことがあるような気がしたのに。
何も言うことが出来なかった。
それが今も忘れられない。

「Yes,ma'am.
 …大佐をお願いします。」
返事を待たずに、オレは執務室を後にした。


家に帰り、ベッドへ転がった。
今頃はまだ列車の中だろうか。
セントラルへ着くのはいつ頃だろうか。

…やるせない。
思い出すのは、奥さんとお嬢さんを愛して愛して愛しまくっていた、ハタ迷惑なほどのあの愛情。
そりゃいつもいっつも写真を見せられて、ノロケを聞かされるのはうんざりだった。
けど、その『うんざり』には、羨ましさもあったんだ。
それはオレだけじゃないだろう。
うんざりしながら、誰もが幸せな気分にさせて貰ってたんだ。本当は。

あんな風に妻を愛せるだろうか。
子供を愛せるだろうか。
日々を、生活を愛せるだろうか。
自分を、自分の人生を肯定できるだろうか。
自問しながら、幸福な夢を見させて貰ってたんだ。中佐には。みんなが。

オレの願った幸福とは大きく違っていたのかも知れないけど。

それでもただ夢に描くだけではない、地に足の着いた中佐の幸福が羨ましかったのは事実だ。
オレも大佐をあんな風に愛したかった。
愛して、甘やかして、抱きしめて、もうめちゃくちゃに可愛がって。
大佐が迷惑だと言うほどに愛しまくって、幸福にしたかった。


それを手放したのは自分だ。


後悔なんて、してもし切れない。
自分が耐えきれずに音をあげて放り出してしまったもの。
誰よりも、何よりも大切な宝物だったのに。

狭苦しい自分の部屋の、狭苦しいベッドで。
今でも夢に見る。
艶やかな黒髪。
涙に潤む闇色の瞳。
あのきつい内部がもたらす快感。

苦痛の悲鳴と血を流していた記憶は、今でもオレを苦しめている。
哀しいなんてもんじゃない、正直今でも吐きそうになるほどだ。

それでもあの、震えながらオレを求める声。
想いを伝えようと、不器用に綴られる言葉。
オレを傷付けないように握りしめられていた掌。
その記憶に愛おしさしかありはしない。


本当は大佐にとって、オレの存在は望ましいものじゃなかった。
軍人として出世していく為には。
同性の直属の部下が恋人なんてことが周囲に知れたら、経歴に傷を付けかねない。
特に政敵に知られたらそれを材料に足をすくわれるだろう。

それでも、そんな危険な関係と解っていても大佐はオレの手を取ってくれた。
想いに応えてくれた。
それがどれだけの僥倖だったのか。

それももう遠いことだ。
終わったことなんだ。
オレが…終わらせてしまった苦しくて愛おしい時間。

もう一度あの時に戻ったとしても、きっとオレは耐えられないのだから。
導火線が燃え尽き爆発するのを待つように、いつか来る終わりをジリジリと怯えながら−望みながら−待つことを繰り返すだけになるのだから。

だからもう何を言っても仕方のないことだ。


折に触れ、オレに
「彼女を持て。」
と言うあの人。
今でも愛しい唇から、告げられる残酷な言葉。

大佐は以前にも益してデートを繰り返している。
当てつけている訳じゃないだろう。
おそらくオレを安心させる為でもあるんじゃないかと思う。
もうオレがいなくても平気なんだと。

オレもそれに応えるべきなんだろう。
もう大佐がいなくても幸福になれるのだと。
喩えそれがウソであっても。
それが大佐の…いや、オレ達の為なんだから。

別れた時、内心大佐の護衛から外されるかと思っていた。
最悪直属の部下ですらなくなる可能性も考えた。
でも変わらずオレは大佐を護っていられる。
もう大佐の経歴を脅かす存在でもなくなった。

オレの最大の生き甲斐は奪われずにすんだんだ。
変わらず大佐を愛している。
それはもう押し隠したままでいなければいけない。
それでも大佐を護る為に、以前のように大佐の理想の実現の為に生きていける。
それだけでいい。
それで充分だ。

これからは大佐をせめて安心させられるように、彼女の一人も作るように頑張ろう。
誰一人、大佐以上に愛せる人なんていないけれど。
それでも。
オレは大佐の為に誰かを愛さなくてはならない。
その為だけではその人に申し訳ないから、付き合う人は大切にして幸福にするよう努力しよう。
うん。
それでいい。
とりあえず明日は、瓦礫を片付けている時に礼を言ってくれたあの子に声を掛けてみよう。
…黒髪が素敵ですね、と言ってみよう。







だからお前の健全さがダメなんだって。





clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.40
「錯」 Act.40
13.7.19up
葬儀の前、グレイシアの計らいでヒューズと逢うことが出来た。
どうぞお二人で話して下さいね、と言い残して彼女は去った。
残された僅かな時間を、その全てを少しでもお前と過ごしたいだろうに。
やはりお前の選んだ人は素晴らしいよ。
そう言えばお前は
「当たり前だろ?俺の愛する妻なんだぜ?」
当然のように、嬉しそうに笑うんだろう。

何を寝ているんだ。おい、ヒューズ。
惚れた女と家庭を持って普通に暮らすという『どこにでもある』、けれど『極上の』幸せの為に生き残って、全てを飲み込んで笑ってみせてやると、彼女を幸せにしてやると言い放ったのはお前だろう?
グレイシアとエリシアを守るのがお前の生き甲斐だろう?
お前がいなくなって、どうやって彼女を幸せにするつもりだ?
あんな善い女を独りで放っておくつもりか?
あっという間に他の男に掻っ攫われるぞ?

エリシアはまだたった3才だ。
今いなくなってしまったら、お前のことなどロクに覚えていられないぞ?
お前のヒゲじょりじょり攻撃など、一年もあれば忘れ去られるぞ?
良いのか?
ヒューズ。

あの戦場で『この戦いが終わったら俺、結婚するんだ。』などという死亡フラグを立てたくせに生き延びたお前だぞ?
こんな訳の解らないことで、こんなところでいなくなるなんておかしいだろう?
自分でもそう思うだろう?
なあ?ヒューズ。

かつて私の描いた『美しい未来』を『青臭い理想』と評しながらも、下について助力すると言ってくれたのはお前だろう?
まだ私は何も成し遂げられてはいないぞ?
お前にはまだまだ働いてもらわなくてはならないんだ。
解っているだろう?

何をこんなところで眠っているんだ?
おい、ヒューズ。

それにな。ヒューズ。
私はハボックを失ってしまったんだよ。

お前は解っていたのだろう?
ハボックがいつか耐えられなくなるということを。
それでも、私がただ一時でも幸福な夢を見られれば良いと思ったのか?
それだけで私が、いき続けられるとでも?

ああ、そうだな。
お前の思った通りなのだろう。
あのハボックとの日々が、あの幸福な記憶さえ有れば私はこれから生きていける。
『美しい未来』の実現へと歩み続けられるだろう。

だが、そこにお前がいないことまでが織り込み済みだったとは言わせないぞ?
「私一人の力ではあそこに登りつめることはできない。」と言っただろう?
その言葉に「一口乗ってやる」と応えたのはお前だ。

何をのんびり眠っているんだ。
こんな棺なんか、こんな一人しか横たわれない木製の箱なんか、お前のベッドじゃないんだぞ?
ほら。起きろよ。
ヒューズ。

寝ている場合じゃないと言っているだろう?
おい。なあ。
ヒューズ
ヒューズ
ヒューズ
…ヒューズ!


立ち上がれないかと思った。
不思議と涙は出なかったが、棺に取りすがってどうしようもなくなった状態の私を引き摺り立たせたのは、やはり中尉だった。
腕を引くその手は厳しいほどに力強く。
それでいてその瞳は限りなく慈しみに満ちていた。
その瞳を見つめ返して、私は冷静さを取り戻すことが出来た。
震えも動揺も全て飲み込み、立ち上がることを思い出すことが出来たのだった。


雨、だ。
雨だった。
私の頬を伝ったのは。
あの時、初めて濡れた頬。
ヒューズの死を知らされてから初めて零れた涙。
しかし『雨だ』という、私の言葉。
その言葉を中尉は否定しなかった。

私のような壊れた人間を、これからヒューズ無しにでも支えて行こうとする決意がその言葉から読み取れた。
いつまでも甘えてはいられないのだということは、疾うに解っていた。
解っていながら、ヒューズにも中尉にも甘えていた。
やめなくてはな。
甘えるのは。
もう中尉にも、だ。
忘れるな。自分。

これからは一層理想を実現する為だけに尽力しよう。
私の幸福など、そこにはいらない。
いや、その実現が私の幸福なのだから、それは正しくないな。
『イシュヴァールの英雄』は、美しい未来の中で大量殺人者として裁かれれば良い。
私の未来の終着点は、それで良い。
それは間違っていない…はずだ。

もう『公』も『私』もあるものか。
大総統の地位をもらうのも、ヒューズの仇を討つのも全て私一個人の意志だ。
阻むものは焼き尽くしてみせよう。


中央への異動が決定した。
グラマン中将に部下を連れて行くという餞別を戴いた。
誰が敵かも解らないセントラルでの任務。
一人でも多くの手駒が欲しい。
理想の為に。
ヒューズの仇を討つ為に。

「ヴァトー・ファルマン准尉と…ハイマンス・ブレダ少尉…」
中尉と誰をセントラルへ連れて行くか、執務室で相談していた。
「フュリー曹長の通信技術や情報網も得難いものがあります。真面目で裏表のない性格ですし。」
「ああ、そうだな。ケイン・フュリー曹長…と。」
異動申請書に該当者名とサインを記入するそばから、中尉がさっさと必要部署へ運ばせる。
相変わらず仕事が早い。本当に優秀な副官だ。

「で?」
「『で?』とは?ああ、もちろん君は言うまでもなく連れて行くが?」
とっくに申請書も出しているしな、と言えば
「そんなことを申し上げているのではありません。」
解っているくせに、とでも言いたげに瞳で促してくる。

「でもなぁ…。どうだろう?」
言うまでもない。
ハボックのことだ。

私は諸手を挙げて付いてきて欲しい。
当たり前だ。
任務の上だけでもハボックに護られて行けるなら、それで充分幸せなのだから。
だが彼はどうだろう?
いつまでも私に巻き込まれるのは迷惑なのではないだろうか?

しかし私もうかうか生命を落とす訳にはいかない。
私の焔を持ってしても、やはり護衛は必要だ。
安心して背中を任せられる、信頼の置ける護衛官。
客観的に考えても、連れて行くべき人間ではある。

それでも…
まだうだうだ悩む私に中尉が冷静に言った。
「彼は優秀な射撃手です。あなたに対する忠誠心も厚い。」
私への忠誠心?
そんなことで連れて行ってもいいものだろうか?
しかし続けて告げられた
「言い換えれば、あなたの理想に対する忠誠心が厚いのです。
 ハボック少尉は、理想の実現にとって必要な人材です。」
その言葉で決心した。


申請書を提出した順に呼び出しとなったので、ハボックの到着が少し遅れた。
「真っ先にヤツが来ていると思ったんですがね。」
全員が揃う前に、ブレダが言った。
ハボックとは士官学校時の同期で親友だ。
私と別れたことなど当然知っているだろうに。
その言葉は少し疑問で、同時につまらない期待を私に抱かせた。
ハボックは私と共にセントラルへ行くことを希望してくれているのか。
まだ…任務の上だけでも、私と共にありたいと思ってくれているのかと。

しかし全員が揃って異動を言い渡した後、一度は了承したかと思ったハボックが
「まずいっス!問題がひとつ!」
と言い出した。
どうしたのだろう?

聞き返した私に告げられた言葉は
「俺、最近カノジョできたばっかなんス!」
だった…。
きりりっ、とばかりに拳を握りしめて。

ああ、それでは仕方がないな。
異動をなかったことにしてやらなくては。
恋人を作れと言ったのは私なのだし。
私などに巻き込まれることなく、ハボックはこの生まれ育った東部で愛する女性と家庭を作り幸せに…。

そうだ。
私はハボックに幸福になってもらいたい。
「ではお前はここに残れ。」
と言ってやろう。
そう思った次の瞬間、自分の口から思ってもみなかった言葉が飛び出した。

「 別 れ ろ 。 
  セ ン ト ラ ル で 新 し い 女 を つ く れ 。 」

もういっそ『スパッ』という擬態語がふさわしいほどの言い切りっぷりだったな。あれは。
正直自分でも驚いた。

しかもその後
「付き合い始めたばかりならまだ愛情も浅い。
 よかったな。
 傷が浅くてすんだぞ!」
本当に我ながらどうしたのかと思うような言葉が、留めようもなくつらつらと自分の口から零れ出て来る出て来る。
なんだかどうしていいのか解らなくなって、偉そうに腰に手を当て
「はっはっはっ!」
…笑ってしまった。

いや、笑うしかなかったのだ。
顔を見ることが出来なくて、窓の外を見るふりで背を向け動揺を押し隠した。
もう口から出たものは取り戻せない。
無かったことには出来ない。

…無かったことになど、本当に出来はしないのだ。
正直な私の心の声だったのだから。
ハボックに恋人ができたという事実に、あまりにも驚いてしまったから(いや、あれほど自分で言っておきながら、驚いたというのはお粗末な話だと解っているが)つい本音が出てしまった。

誰のことも見て欲しくない。
私だけを見ていて欲しい。

いや、待て。
そんなことはもう望めないと解っているだろう?自分。
しかし何処の誰とも解らない女の為に、ハボックは私を護ることを放棄するというのか?
そんなのは厭だ!
しかし『厭だ』と思っても詮無いことだ。
私にそんなことを言う権利はない。

最早ぐるぐると思考の渦に巻かれた私に
「仕方ないっスね。」
溜め息まじりの声が聞こえた。

気付けば中尉とハボック以外は既に執務室から去っていた。
「? ハボック?」
なんだか久しぶりだ。
こうして面と向かってハボックに話し掛けるのは。

「異動の件、謹んでお受けします。」
ぴし、と敬礼をしてハボックが言う。
「お前は…恋人…が出来たのだろう?」
ハボックの幸福を踏みにじる権利など私には無い。
うっかりそれを忘れそうになっていたが。

「まだ付き合い始めたばかりです。
 大佐のおっしゃる通り、今なら別れてもお互い傷つかずに済む程度の関係でした。
 …セントラルで新しい恋人を探しますよ。」
苦笑なのだろう?
お前のその笑顔は。
私の醜い願望を知っての哀れみか?

それでもいいと。
哀れみでもいいと思ってしまう私を、やはりお前も醜いと思うか?
私は思うぞ。
こんな自分を醜悪だと。


ハボック、すまない。
私はまだ、お前を好きだ。
お前だけが好きなんだ。
自分から放すことが出来ないほど、お前を欲している。

ただな、私はお前を困らせるつもりは無いんだ。
そんなことはしたくない。
信じては貰えないかも知れないが。
本当に。
私は誰よりも何よりも、お前の幸福を願っている。
今回は思わずお前の幸福を取り上げてしまった気がするけれど。
正直、そのことに後悔よりも安堵の方が多いのだが。

ああ、すまない。
本当に私はお前にとって禍でしかないのだろうな。
自分の愚かな願いの為に、お前の人生を潰そうとしている。

そんな私でも、そんな私と知っても、お前は付いてきてくれるか?
本当にすまない。
今度は、お前がセントラルで新しく恋人を作ったら、今度こそは必ず祝福するから。
お前の幸福を心から願うから。
今はお前の幸福を踏みにじって、付いてきてもらっても良いか?
お前の幸福を今度だけ、本当に今度だけ潰しても赦してくれるか?
次には必ず祝福するから。
すまない。

すまない。
…今とても幸福な気持ちで満ちてしまっているんだ。
本当に…すまない。






つい先日、エドは『オレ』ですが、それ以外の人間は一人称が『俺』だったと気付きました。
今のところ、3話までは直しましたがその後はハボックの一人称が『オレ』のままです。
そのうち少しずつでも直します。
申し訳ございません。




clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.41
「錯」 Act.41
13.7.27up
セントラルへ来て数日。
東部の田舎から出てきた人間に対して、中央での扱いは決して良いとは言えなかった。
当然だ。
軍部で最終的にのし上がって行くには、中央で手柄を立てなくてはならない。
そんな最高位を目指す連中にとって、充分に出世が見込まれる私の存在は目障りなだけだろう。
事あるごとに嫌みを言われ、脚をすくおうとされてきた。

しかしそんなコトは、ここに来る前に既に想定済みだ。
凡人どもはせいぜい足掻いてみせれば良い。
私は私の道を突き進んで行かせてもらうぞ。

鋼のの言葉を借りるならば、
「格の違いってやつを見せてやる。」
というところか。
まぁ、私はあんな直情型の子供と違って、そんな不用意な言葉を面と向かって吐く気は無いがな。ははは。
(↑ この辺りに私のヤツらに対する鬱屈が現れているな。イカンイカン。)


こんなに鬱屈してしまっているのは、何もセントラルのバカどもだけのせいではない。
はっきり言って自業自得なのだが、今日はハボックの見合い日なのだ。

セントラルへの異動を言い渡した時、ハボックは
「カノジョができた。」
と言って渋った。
結果的にセントラルへついて来てはくれたが、その後も新たな執務室で荷物を片付けていたハボックに
「『あたしと仕事とどっちが大切なのよ。』と言われ、ふられた。」
と愚痴られた。

その時、ハボック頬に手形がついていたことで、一瞬我を忘れかけた。
ハボックに危害を加えるなど!
あの肌に証を付けるなど!と。
しかし次の瞬間、私にそんなことで憤る権利はないのだと自分を押し留めた。

セントラルへの異動ではハボックに迷惑を掛けてしまったのだ。
ここは何かヤツに返さなくては。
その折に丁度アームストロング少佐が同室していたので、誰か良い女性を紹介してくれないかと聞いてみた。

少佐はセントラルの名門出身(姉君は少将として北方司令部にいらっしゃる。何度か東方司令部と合同訓練を行ったが…厳しい御仁だった。優しめに見積もっても。)であり、何かその人脈で良い縁談もあるだろうと。

先日の詫びも込めて、と思ったのは事実だ。
意外なことに少佐に薦められたのは彼の妹御だった。
それは上手くいったならば、ハボックにとって十二分な縁と言えよう。
今後もし私の元を離れることがあっても、充分に出世が見込まれる。

…まぁ、『少佐にそっくり』と言われて、正直『見てみたい』と思ったと同時に
「それならばハボックは断るだろう」
という…ハボックが『私以外との縁談を断る』という…そのささやかな悦びを期待したのも、我ながら醜い心だが事実だ。

私はこの期に及んでも、どこかで私以外の人間を選んで欲しくないと思っていたのだ。
かつてハボックの相手がご婦人であれば良いと思ったのにもかかわらず。
本当に…愚かだ。
私は。

しかしそうは言っても、ハボックだって男だ。
軍での出世は当然望むだろう。
その為に少佐の妹御がどんな女性であれ、全てに目を瞑って縁談を進めるかも知れない。

『自分で薦めておきながら』と言われたら、何も言えない。
ハボックの出世の為を思ったのは事実なのだし、私にそれを阻む権利など無い。
ただ黙って、なにかの審判を下されるがのごとく、私はハボックの見合い話の結果を執務室で待っていた。

そして結果はハボックにとって残念なものだった。
(私にとって喜ばしかったのは言うまでもあるまい。)
ただ一週間もショックで寝込まれたことに、若干のショックを私まで受けたのは心外だったがな。
まぁ、いい。
とりあえずはハボックを奪われないで済んだのだ。
奪われるなどと言えない立場と言うことは解っている。
ただ、少しの安堵を慈しみたいだけだ。
その位の小さな灯火くらい楽しんでもいいだろう?
なぁ、ヒューズ。


     ******************************


うへぁ。やっと二日酔いが治まったか。
セントラルへ来て早々、大佐にアームストロング少佐の妹さんとの見合いを仕組まれ、その痛手からも立ち直った最後の休日。
つかよぉ、引っ越し荷物も片付けてねぇってのに、見合いも何もないっつーの。

正直、痛手もなにも大佐の今後の為にいい縁談なのかなと思っただけだった。本当は。
俺ぁあったま悪ぃから、大佐みたいな出世なんざきっとできない。
けど、名門?の婿?とかになったら、軍にだって派閥はあるんだから俺でも出世できるかも。
そしたら大佐の役に立てたりするのかなーなんて。
そんな気持ちだった。
少佐の妹さんは思いの外可愛らしい人だったから(想像がホラ…アレだったから、さ。)これで上手くいけばいいなと思ったんだが。
残念ながら先方に断れました。はい。

断られてショックで寝込んでいた訳では、当然ない。
そんなもんかな、と思ったくらいだ。
本当は大佐に見合いを…結婚を勧められたのがショックだったんだ。
カノジョや恋人ではない、『妻を』と。
別れれば他人な程度の付き合いではなく、俺に唯一人の女性を娶れということ。

それは大佐が、もう本当に俺を必要とすることはないということ。
全くの他人で居続けることを俺に望んでいるということ。

大佐がそう望むならいい。
大佐がそれで幸福になってくれるなら、俺はそれでもいい。

だけど、ヒューズ准将の葬儀から帰って来た大佐の瞳には以前と違う、もっともっと昏い焔が揺らめいていた。
俺にはその焔の、闇のような煌めきが怖いくらいに不安だった。
この人は自分の理想を歪めるほどの復讐心を抱いてしまっているんじゃないかと。
それを止められる人は、きっとヒューズ准将だけなのだろうに。
その復讐心を抱かせているのがヒューズ准将なのだというパラドックス。
俺には何もできないのがつらい。
何も俺に望まれていないのがつらい。
俺にできるのは、ただ大佐を敵から護ることだけだ。


簡単な家具は新しい住まいに備え付けてあった。
鍋や食器も東部からある程度持ってきたが、酒以外の食物がもうない。
一週間も部屋にこもりゃ当たり前だが。
悩んでいても仕方ねぇ。
とにかく大佐の側で護衛をするしか、俺にはない。
さっさと買い物を済ませてメシを食って、明日に備えよう。

しっかしセントラルってぇのは広い上にごちゃごちゃしているな。
俺は東部の田舎しか知らないから。
どこで食糧を買えばいいのかすら解らなかった。
細かい日用品も欲しい。

むーん、とやっと見つけた商店街らしき(しかし目当ての店は見つからない)ところで悩んでいたら
「何かお困りなのかしら?」
ふいに声を掛けられた。
振り向くとそれはそれは見事なボイン…げふんげふん、素晴らしいプロポーションの女性が立っていた。

「あー、ここらで旨い肉とか野菜とか扱ってる店ってどこですかね?」
素直に言葉をこぼしたのは、きっとこの人が艶やかな黒髪だったから。
「肉や野菜?デリカテッセンじゃなくて?自分で調理するのかしら。素敵ね。」
その人の瞳は紫色だったけれど、きらきらと輝いていた。
「あ、いえ。デリカテッセンでもいいんすよ。
 …どっか、お奨めあります?俺、引っ越したばかりでこの辺が解らなくて。」

その後デリやこまごまとした買い物にその女性は付き合ってくれた。
名前はソラリス。
綺麗で優しい人だった。

それから何度か誘われて会った。
ソラリスは俺の話を楽しそうに聞いてくれた。
俺の話なんざ、大して面白くもないだろうに。
それでも次々と俺の話を聞きたがってねだってくれる。

そして田舎とは違うセントラルでのことを優しく教えてくれた。
細かいコトかも知れないが、俺が知っていると知らないでは大佐に掛ける迷惑が少しでも減るだろうことも含めて。
俺がねだる度に、細やかに教えてくれるソラリス。
艶やかな黒髪に白い肌。
筋の通った形良い鼻に、綺麗な唇。
思い出して比べてはいけないのに、比べても遜色がないことに安心するバカな自分。


それでも俺は大佐の言葉通りにしようと思っていたから、ソラリスに
「俺、あんたと付き合いたいんですけど?」
と聞いてみた。
俺が女性と付き合ったら、きっと大佐は安心してくれると思っていたから。

ソラリスは嬉しそうに頷いてくれた。
ああ、よかった。
本当は大佐よりソラリスを大事に想う自信はない。
けれど、大切にしようと思った。
彼女を愛して、もう大佐に心配を掛けないようにしようと。
彼女を一生懸命愛そうと。
それが大佐の為で、俺の為で、ソラリスの為だと

思ったから。









clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.42
「錯」 Act.42
13.8.13up
バリーが現れた。
その情報から、釣りと洒落込んでみることにした。

数日後、バリーと共に潜伏しているファルマン准尉を、ハボックに見舞わせた。
「持って行くのはこのカゴっすか?」
「そうだ。下に武器が隠してある。」
ほれ、と手渡しながらなにげなく顔を見る。
瞳が合った途端にへらり、とかつてのようにハボックは笑った。
あの、愛おしいものに対する微笑みではない、ずっと以前に見せた部下としての笑顔。

そうか。
こいつはもう吹っ切れているのだな。
いや、あの後東部で彼女を作っていたんだ。
セントラルでも既に恋人がいるのかも知れない。
当たり前だな。
ハボックは善い男だ。
良かったのだ。
これで。

しかしジャクリーンとしての精悍な顔を、今度は見られそうにないのが残念だ。
いつもは飄々としているハボックの、あの獰猛な獣のような表情と瞳。
あれは最も私を捉えるものなのに。
思い返すだけで、背筋に震えが走るほどの。

だが、それでいい。
もう恋情に足を取られている場合ではないのだから。
ハボックを見送った後、その去る足音を名残惜しいような気持ちで聞いたのは感傷だ。

さて、と気持ちを入れ替えて立ち上がる。
また少しでも真実に、ヒューズの仇に近付くべく書類を調べる為にシェスカから無理矢理了承を得、書庫へと向かった。


久しぶりに鋼のに逢った。
相変わらず小さいな。
きちんと食事をしているのだろうか?
何事かに熱中すると、食事を抜きそうなのが心配だ。
だから成長しないのではないのか?

ヒューズのことを言えなかったのは、我ながら甘いと思う。
本当にアームストロング少佐のことを言えんな。
だが、告げる必要などあるのだろうか。
前に進むべき子供に、ヒューズのことを話して何になる?
まして…推測でしかないが、彼等はヒューズの死を自分たちのせいだと思ってしまう気がするのだ。
どれだけの係わりが彼等の間にあるのかはまだ解らないけれど。

それでもあの子達は、何にも足を取られずに前を向いて行けば良い、と私は思う。
それでいいじゃないか。
後のことは大人に任せればいい。
その為にいるのだ。
大人というものは。

なぁ、そうだろう?
ヒューズ。


マリア・ロスを逃がした後、本部に戻り釣りに専念することにした。
ホークアイ中尉は優秀だ。
上手くやってくれるだろう。
ファルマン准尉のところにも、ジャクリーンのハボックを潜伏させてある。
これで万全のハズだ。
あとは大物が釣れるのを待つだけで良い。



「上客が来てしまった。」
その通信の後、中尉と連絡が取れなくなった。

彼女は塔の上で、安全な場所で狙撃をしているはずだ。
ハボックとファルマンを護る為に。
なのになぜ、通信を切ったまま応えない?
何が起こっているのだ?

そう思った次の瞬間、ヒューズが…ヒューズの最期だっただろう光景が、脳裏に無理矢理侵入して来た。
電話ボックスと力無く落ちた手、そして流れる血。
私の手が届かない
私がその場にいないことで助けられなかったあの…
…あの…光景…

厭だ!
厭だ厭だ厭だ厭だ!
もう失いたくない!!

何も考えられなかった。
ただ、中尉を失いたくないだけの
それだけの気持ちで、計画も何も打ち捨てて車で向かった。

生きていてくれ。
生きていてくれ。
死なないでくれ。
頼むから…死なないで、生きていてくれ。

も…う、誰も死なせたくない。
だから……!

間に合ってくれよ…!!










clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.43
「錯」 Act.43
13.11.22up
中尉が無事なことを確認出来た。
同じく駆けつけていたフュリー曹長と、そしてブラハも。
安堵したと同時に、車で目標を追っている間に訳の解らないデタラメ人間の万国ビックリショーが開催されていることを知った。

そして第三研究所にたどり着いた。
上層部をゆするきっかけも出来たことだし、と引き上げようとしたが尚更好都合なことにバリーが突入して行った。
この期を逃す手はない。
当然それに便乗した。

もっと確実、かつ有用な情報が手に入るかも知れない。
そしてヒューズの件に関しても。


後で思えば、組み合わせが不均等だったかも知れない。
私とハボック、それに対し中尉とアルフォンスという組み合わせ。
いや、力の加減ではなく。
同行者の安全という点では、錬金術師として私とアルフォンスは同等だった。
しかし…いや、何を言っても言い訳だろう。

ただ、自然に。
ごく自然にハボックは私に寄り添ってくれ、中尉もまたごく自然にアルフォンスと共に行動することを選んだのだった。
(後日、歩数で計測していたことを改めて称賛した時、中尉は「大佐と共に行動しては、私は大佐を護ることに集中してしまいます。別行動であったからこそ出来たことでした。」とこともなげに言われた。
…そんなに私はアテにならないかね?)



そしてあの…女と遭った。


一体…何…何が…起きているのか…?

…今、何が起こっているのだ?

目の前には、横っ腹を押さえて俯せに転がっているハボック。

思う間もなく、ハボックの持っていた銃を女に向けると同時にその額に銃弾を撃ち込み、女の持っている『賢者の石』に手を掛けた。

…この女の胸の奥の紅い石。
治療系の錬金術は専門外だが、この石で底上げすればハボックを助けられるはずだ…!

しかし自分の見立てが足りなかった。
次の瞬間には、私自身も女の爪に貫かれた。

ハボックと同じように転がるしかなかった自分。
転がる瞬間に仰向けにはなったが、それでハボックを救える訳もない。
ただ、みっともなく無力に転がるだけだった。

「返事をしろ。ハボック!」
「どいつもこいつも私より先に…
 くそっ!!」
お前まで、ヒューズのように死なせてたまるか。
そして中尉も。
本当にどいつもこいつも。

私を置いていくなんて、もう許さない。

ハボック!!
「貴様ッッ
 私より先に死ぬことは許さんぞ!!」
どれだけ叫んでもハボックからの返答は無かった。
「ハボーーック!!」
むなしく自分の声が響くのを、ただ…聞いた。

返事がない。
いつだって呼べば笑いかけてくれていたハボックの…

ふと浮かんだ疑問が、私を凍り付かせた。

ハボックを…失う…?
そんな…そんなことが有り得るのか?

例え私を愛してくれなくとも
私の背後にハボックがいなくなることなど。
あの瞳が私を
(たとえ今は任務の時だけであっても)
映さなくなるなどと言うことが…?

突然、今まで感じたことのない感覚に見舞われた。
怖い
怖い
怖い
怖い…!

恐ろしくて堪らない。
ハボックを
ハボックの存在を
この世から失ってしまう?
そんなことは耐えられない。

――あいつを失いたくないと思う、そのお前さんの気持ちを『愛』って言うんだ。――

ああ、そうだ。ヒューズ。
今恐ろしくて堪らないよ。
私は…
ハボックを愛せているんだな。
…そうだ。
そうだな…
…愛しているんだよ。ヒューズ。


死なせない。
そして死なない。
死ぬわけにはいかない。
ハボックはここで終わって良い人間ではない。
そして
…私も。

殺戮を行うだけの自分の存在がずっと疎ましかった。
その呪縛をハボックが解いてくれた。
私はこの国にとって必要な人間だと。
私を穢れたものでも、忌まわしいものでもないと言ってくれた。

ここで死ぬわけにはいかない。
ハボックも私も。

ハボックの腹を焼いて傷を塞ぐ。
今出来ることはそれしかない。

出血多量なのだろう。
眩暈がする。
それでも、そんなことはどうでもいい。
ハボックだけは…その命だけは…。
ただ…どうか…。

血を吐きながらもハボックの息が戻ったとき、何へだったのか。
解らない。
ただ、確かに私は何かに…頭を垂れるほど感謝した。
感謝します、と。
疾うに信じてもいなかった…神などといわれる者がもし存在するならば、それは私を断罪するためのものでしかないと解っているのに。
それでも…。
ただ…私は感謝をするしか術を持たなかった。


ハボックが生きている。
そのことがこんなにも私を幸せにする。
それは絶対的な絶望と同義の私の幸福。


中尉とアルフォンスへと向かっただろう女の後を追った。
その時二人を案じていたのは当然だが、それ以上にこの落とし前を付けなければ気が済まないという思いがあったことは否定できない。

あの女。
そうだ。
ハボックと「お付き合いをさせて…」
とか何とか言っていた、あの女。
ハボックが心奪われた女。

あの…見事としか…評せないほどの…
あの…姿態。
『男』では、到底対抗できない…正直『対抗する必要のない』
男に…ハボックに愛されることについて何を疑問に思う必要すらない、『女』。

…ハボックに…愛された女。

(女性としての躰を持つことなど願えないハボックと同性の自分の躰。ずっとそのことが厭わしかった。)


しかしその背後に立った時、不思議とこの敵が『女』だということを心のどこかで喜んでいる自分が居た。

正しくお前は『女』だ。

だが、お前はハボックに愛されるべき者ではないのだと、快哉を叫びたいほどに。

なんて精神まで穢れている、この醜悪な自分。

この女はハボックの心を捕らえたばかりか、その生命まで私から奪おうとした。
お前だけは決して赦さない。

お前など何度でも焼き尽くして灰にしてやる。

お前など、二度とハボックの腕の中に戻らせはしない。

あの美しい蒼い瞳に、二度とお前を映すことなどさせはしない。

二度と名前すら、呼ばせはしない。

焼け爛れ、朽ち果てろ。




 恋に狂った男の醜い嫉妬を知るがいい。







clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「錯」 Act.44 (完結)
「錯」 Act.44 (完結)
13.11.26up
医師のハボックに対する診断は脊椎損傷、神経切断による下半身不随とのことだった。
軍務につくは疎か、日常生活を送るにも支障がある状態。

生命は取り留めた。
しかし私と共に闘い突き進むことは、今のハボックには不可能になってしまったということだ。

Dr.マルコーに繋ぎを取ろうとしたブレダから、彼がホムンクルスに拉致されたとの報告を受け、再び絶望が私を襲った。
それはハボックの生命を失うかと思ったあの恐怖とは異なってはいたが。
同じ時間を共に過ごすことが出来なくなるという、胸が塞がるような昏い哀しみ。

今まで私が知らなかった『愛する』ということ、『幸福』というものを教えてくれたのはハボックだった。
そして…今まで知らなかった『哀しみ』という、自分ではどうしようもなく説明の仕様もその対処法すらも解らない、切ない感情を私の中に生じさせたのも
またハボック、ただ一人だった。


それでも動揺を押し隠し、治らないと決まった訳ではないと言った私に
「捨てて行け。」と
「切り捨てて行け。」と
「諦めさせてくれ。」と
ハボックは悲鳴をあげた。

ああ、本当に駄犬だよ。お前は。
悲鳴をあげたいのは、泣き叫びたいのは私の方だと言うのに。

それがお前の優しさだと解ってはいるけれど。
私を、私の足を止めさせないようにお前が言ったのだとは解っているのだけれど。

それでも。

それでも。
もう、私はお前の瞳に護られることなく
進んで行かなくてはならないというのだぞ?

ヒューズを亡くし、お前を無くし。
それでも歩いて行かなくてはならないというのに。

なぁ。お前は、私がお前を無くして、
どう歩いて行けると思っているのだ?

どこまでお前は私を…きちんと『私』として見てくれないのだろう。
そんなに私が強いとでも思っているのかね?
こんなに…こんなにもお前を失うことに立ち向かえない私を。

悔しかったから
「置いて行くから追いついて来い。」
と言ってやった。
「私は先に行く。
 上で待っているぞ。」
と。

だって悔しいじゃないか?
こんなに…愛して…いるのに。
お前がいなければ、私は自分の輪郭すら辿れないほど心許ないと言うのに。
勝手に私を諦めて…。

いや、違うな。
なんて勘違いだ。
とっくに私はハボックに愛想を尽かされていたのだった。

思わず自嘲の笑みが零れた。
しかし同時に涙が零れたことなど認められはしない。
だって悔しいじゃないか?
こんなに…私は…。

これは私の単なる未練だったか。
しかし、私の理想を後押しし、支えてくれると言った言葉は真実だったはずだ。
常に私に寄り添って、私を護ると言ったのはハボックだったはずだ。

その気持ちだけは信じられる。
その気持ちだけでは、もう…正直足りないのだけれど。


ハボックとのやりとりの後、軍服を持ってきた中尉に
「お渡しはしますが、お身体が心配です。
 もう一晩だけでもここでお休み下さい。」
と、優しい声とはうらはらな厳しい瞳で厳命された。

すぐにでもここを去り、ホムンクルスと軍部の繋がりを調べたかったのだが。
私に限らず、中尉の命に背けるヤツなど誰もいやしないだろう。
仕方なく、もう一晩を病室で過ごすことにした。


それでもあれから一言も話そうとはしないハボックとはなんの会話もしようがなく。
やたら早い時間に配られる食事を黙々と口にし(こんな状態になっても、私はハボックの前では無理にでも食事をする癖が抜けなかった)消灯時間と、その後の看護婦の巡回をぼんやりと迎えた。


隣のベッドでハボックが静かに横たわっている。
それでも私が眠らない限り、ハボックも決して眠らないことを知っている。
眠った後も、深い眠りでありながら物音一つで目を覚ますことも。
いざという時の為に夜も決して床を平らにせず、ベッドの上半身を起こしたままで。
躰が自由に動かなくなった今も、手の届く所に銃を忍ばせて私を護り続けている。
私を護る為だけにそうしている。
そんなことすら、今となっては何もならないとは知りながらも知っている。
知ってしまっている。

そんなハボックだから。

そっと起き上がってハボックの傍らに立つ。
「無茶せんで下さいよ。」
ほら、お前は私の気配だけでそうやって。

「ハボ……ジャン。」
久しぶりに名前で呼んだら、込み上げそうになったもののせいで声が少し掠れてしまった。

少しの沈黙の後で
「せめて座って下さい。あんたの傷の方が酷いんスから。」
掛けられた言葉の通りに、ベッド脇の椅子に腰を降ろした。

「なんです?」
優しく問いかける瞳が笑っている。
まるで昼間の激情が嘘のように。
暖かいアズール。
泣きたくなるほど愛おしい瞳。

「ジャン?」
「はい?」
まるで恋人同士だったときのような、優しく穏やかなジャンの表情。
そして私も今、満たされた顔をしているのだろう。
どうしたことか、今まで抱いていた恐れや焦りが全く私の中から消え去っている。

ああ、こんなに閑やかな気持ちになれたのはいつ以来だろう。

「どうしたんスか?大佐?」
柔らかく問いかけるジャンに、
「うん。お前を愛しているよ?」
私も落ち着いた心持ちで、素直な心で言葉を告げることが出来た。

「は!? ぁっ!ってぇ!」
ほら、そんなに急に動いては傷に障るだろう?
「大丈夫か?
 …なぁ、聞こえたか?
 私は、お前を、愛しているんだ。ジャン。」
「な…いきなり何を…?」
なぜ後退ろうとする?
無理だろう。それは今のお前には。

「お前を愛しているよ。
 どうしてもお前を諦められない。
 …また私を…愛してはくれないか?」

何か言おうとしたジャンが、しばらく見つめているうちに噎せて咳き込み始めた。
水を渡してしばらく様子を見ていると、腹を押さえて痛がりながらもようやく落ち着いたようだ。

そんなに驚かせてしまったのだろうか。

「あー…の、大佐?」
「うん?」
「俺、ずっとあんたを愛したまんまっスよ?」
「…そうか。」
そうか、と何度も呟いてしまう。

…良かった。

思わずにっこりと笑った私をジャンが見つめている。
「ジャン、愛しているんだ。」
少し腰を上げて、なにか言いかけたように少し開いた唇に口づけをした。
「たい…ロイ?」
「お前言ったじゃないか。私がお前に口づけする限り、ずっと愛し続けてくれると。」
だから、と囁くとくしゃりと顔を歪める。

「ジャン?」
「俺…もう脚が動かないんです。」
「だから?」
それがどうしたと言うんだ?
「…あんたの側にいられない。」
俯いて、震える両手がシーツを握りしめている。

「戻ってこい。それまで待ってやる。
 さっきも言っただろう?上で『待っている』と。」
「もう下半身が動かないんスよ?
 それに…俺ぁ、あんたを抱くことも出来ない。」

そんなことか。
ああ…。そうだな。
そうだった。
『そんなこと』に私たちは随分惑ってしまったのだったな。

「ジャン、お前は私の躰だけが目的で付き合っていたのか?」
おどけて言ってみたが、少しわざとらしかっただろうか。
まぁ、私がそもそもジャンに惚れた時に躰が目的だったことはこの際置いておこう。

「んな訳ないっしょ?」
ようやく顔を上げたな。
なんだその情けない顔は。

「私はお前に抱かれることが出来なくても構わない。
 お前自身を愛しているんだ。
 むしろ行為が出来なくなったことで、もうお前を苦しめずに済むのが喜ばしいと思っている。
 なあ、私はお前がどんな状況であれ、お前を愛して居るんだ。
 これから私たちの愛し合い方を2人で見付けて行ってはくれないか?」

「ロイ?」
不思議そうな顔をしているな。
そんなにおかしいか?
こんなことを言う私は。

「お前の蒼い瞳が好きだ。まっすぐに私を映し出してくれる。」
口づけを一つ。ただ触れるだけの。

「お前の素直な心が好きだ。」
もう一つ。唇を啄むように。

「お前の魂が好きだ。」
ほら、少しは口を開いたらどうなんだ?

「お前の全てを…お前だけを愛している。」
今度はかすかな音を立てて、口づける。

「私の隣に、生涯居て欲しいのはお前だけなんだ。」

そうして、初めて私から舌を差し挿れた。
今までどうして触れるだけの口づけしかしなかったのか。
自分でも不思議だったが、ようやく解った気がする。

私はジャンを穢してしまうのではないかと、どこかで恐れていたのだ。
我が身に何者をも受けることは慣れていても、こんな自分をジャンの中に挿れること。
喩え口づけの時の舌であっても。
こんな穢れた自分のたった一部でもジャンの内に入れてしまったら、ジャンが穢されるのではないかと、愚かな信仰心のように恐れていたのだ。

それほどまでに、ジャンは私にとって大切な宝物だったから。

「…っふ。」
ようやく廻された腕に、絡められる舌に、心が満ちた。
ジャンの想いがその力強さから伝わってきたから。
ベッドの上に引き上げられ、何度も角度を変えて舌が痺れるほど口づけ合った。

「は…ぁ…。」
どれだけ口づけを繰り返したのか、唇が離れたときには幾分甘い溜め息が洩れた。
「…ロイ?」
「ん?」
ジャンの傷に障らないように気を付けてはいたが、力が抜けて抱き留められるままになっていた。
「本当に…俺でいいんスか?」

この駄犬。
飼い主の言葉くらい聞き取れなくてどうする?
「お前『が』いいと言っているだろう?」
すり、と逞しい胸に頬を擦り付ける。
久しぶりの無防備になれる、安心できる場所。
ジャンの腕の中。

「俺、あんたに苦痛を与えることは…もう出来ません。」
「ああ、嬉しいよ。」
「あんたに…痛みのない愛し方しかできないんすよ?」
「それは素敵だな。」
「あんたを俺の愛し方でしか愛せない。」
「最高だ。」

だからそんなに不思議そうな顔をするな。
なぁ、本当にそう思うんだよ。ジャン。
心から。

「私はお前にそう愛されたいんだ。そんな風にな。」
だから笑ってくれ。
「はは…。俺、間違っちゃったんすね。」
ああ、やっと笑ってくれたな。
しかしなんだ。
その情けない笑顔は。

「間違えた?」
「ええ。俺、あんたを…あんたの全てを肯定しなきゃいけないんだと思ってたんです。
 あんたはナニも悪くないんだから。
 だからあんたが持っちまっ…いや、持たされちまった性癖も『それでいいんだ』って伝えなきゃって。」
ああ、そうだ。
ジャンは私の全てを受け入れてくれた。
…受け入れきれなくなって苦しむジャンを見ていられず、別れを告げたのだった。

「でも違った。
 それは俺とあんたで一緒に治していくべきことだったんだ。
 俺達には俺達の愛し合い方があるって。
 それこそ俺があんたに言わなきゃいけないことだったんスね。」

ジャンが間違えていたとは私は思わない。
しかしジャンがそういうのなら、それが真実なのだろう。
人を愛することを教えてくれたのは、ジャン唯一人なのだから。

では、これからお前の錯誤を正していって貰うぞ。
等価交換と行こうではないか。
「なぁ、ジャン。
 お前のこれからを戴こう。
 これだけ私が口づけをしたんだ。
 一生分は前払いしたと思うぞ?」
顔を見上げ、更に戯けて告げてやると
「一生分、スか?」
くく、と笑った振動が頬に伝わってくる。

「ああ。」
「残念ながら足りませんね。」
む。駄犬のくせに、ジャンのクセに生意気な。
「私の口づけはそんなに安いか?」
おい。そんなに笑うと傷に響くぞ?
「No,Sir. ただこれだと俺が帰ってくるまで分くらいっスね。」

いつからお前はそんなに生意気になったのだ?
それは飼い主である私の責任か?
「ならば幾らでもしてやる。
 お前の一生は私のものだ。」

もうお前にしか使わないだろう。
私のとっておきの笑顔をお前に向けた。
ほら、男を虜にする表情とはこういうものだぞ?
どうだ?ジャン。
随分前から、そしてこれからもずっと、これはお前だけのものなんだ。


笑いながら
何度も口づけを繰り返した。
何度も
何度も

笑いながら。
涙を堪えきれなくなっても

笑いながら
何度も
何度も

笑いながら

何度も
何度も。

終いには
二人で笑い声をあげながら
涙を流しながら

何度も
何度も

私は笑った。
雑種の駄犬だけれども。
私の飼い犬であるお前は
きちんと覚えていたな?

私の唇はお前だけのものなのだと。

そしてまた
口づけを
口づけを
口づけを

何度も
何度も。

笑いながら
泣きながら

何度も
何度も。
……堪えきれなくて嗚咽を漏らして
お前にしがみついて

そんな私を、お前はこの上なく優しく抱きしめてくれた。


「きちんと食事をして下さいよ?」
横抱きにした私の髪を梳いている。
そう言えばお前は、こうするのが好きだったな。
「解っている。」
肩に凭れて声の震えを抑えて応える。

「本を読むのも加減して下さいね?」
「…かっ…てる。」
「夜はちゃんとベッドで眠るんスよ?」
「…って…」
バカ犬。
もう応えさせるな。

「心配…ばっかさせ…スから。」
ほら、お前だってもうまともにしゃべれないクセに。
雫が頬に落ちてくる。
お前は涙まで暖かいのだな。

「ロイ…愛…て…ます。」
「ん…ん。」
「ロイ…。」
「ん…。」

ああ、ジャン。
お前は本当に暖かいよ。
お前が私に人を愛することを教えてくれた。


明日、私はお前のこの暖かい腕から出て
ここを去り

また戦いの場へ向かう。

そこにお前の瞳はないけれど。
私の横にはお前の場所がいつもある。

早く
一日でも早く

戻ってこい。


   また

   抱き合って口づけをしよう。


   また
   
   愛し合おう。



   お前の愛し方を

   私の知らない愛し方を

   もっと私に教えておくれ。




         fine




いつもながら思いがけず長文になってしまいましたが、こんな駄文に最後までお付き合い戴き、有り難うございます。
えー、終了まで、足掛け7年もかかってしまいました。
Act.28の後、長らくお休みを戴いてしまい申し訳ございませんでした。
ご感想を沢山戴きましたこと、とても励みになり嬉しかったです。
本当に有り難うございました。


えと、皆様には「だからなんだよ?」な話だとは存じますが、普段たまごっつはシラフのたまごっつ=『シラたま』が昼間だいたいの話を考え、夜に酔ったたまごっつ=『酔いたま』が文章を書きます。
が、この『錯』については何も考えていなかったのに、いきなり酔いたまさんが書き出しました。
(某数字SNSでのことだったのですが、正直翌日に読んで驚きました。)

なので酔いたまさんに言いたいのですが、
「そしてまた事件は起こったんだ。」
の引きで続きを書かなくなるのはやめて下さい。
いったいどんな事件のつもりだったんですか?
5年前の脳みそが欲しかったです。マジで。
でもあん時も、きっと何も考えずにその言葉を引きにしたんでしょうね。おそらく。
Act.29の内容がたいした事件でもなかったのは、そんな経緯がございます。
すみません。
なんも思いつきませんでした。


本当に沢山のお言葉をありがとうございました。
休み休みで怠惰な駄文書きではございますが、これからもお付き合い戴けると嬉しいなどと思っております。
どうぞ宜しくお願い致します。


この後、番外編も作る予定でおります。
返す返すも、どうぞ宜しくお願い致します。


          たまごっつ拝












clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「証」 (『錯』番外編)
「証」 (『錯』番外編)
13.12.28up
「具合はどうだ?」
見舞った私に
「具合が心配なのは、あんたの方っすよ。」
ジャンはいつものようにへらり、と笑って見せた。

いつホムンクルス等が襲って来ないとも限らない。
一般人を巻き込まない為に、ジャンは私と居た2人部屋をそのまま1人で使っている。
それが心配なせいもあり…いや、違うな。欺瞞だ。
少しでもジャンと過ごしたいと思うからこそ、時間が許す限り病室に訪れているのだ。

「んで、どうすか? その後。」
軽い口調で言うのは、私を気遣ってのことだろう。
「どうもこうもない。八方塞がりと言ったところだ。」
溜め息とともに両掌を上に向け、肩をすくめてみせた。
言い繕っても意味は無かろう。
一足先にセントラルを離れたブレダから状況を聞いているのだろうし。
今、私はまさにそのような状況なのだから。

近しい部下達は、全て引き離された。
中尉に至っては、大総統付の秘書官という体のいい人質だ。

この後ジャンは郷里に帰ることが決まっているし、私の方は(ジャンに心配を掛けたくはないが)正直、一歩間違えば生命が無い状況ときている。


独りに…なってしまうのだな。

いや、それでも皆生きていてくれる。
それだけで今は充分だ。
そして、ジャンが今こうして生きてくれているのだから。

しかし…


「ねぇ、ロイ?
 これって、あんたからの『証』ですよね?」
黙り込んでしまった私に、ふいにジャンが言った。

「…しるし?」
いつのまに伏せてしまっていた顔を上げて聞き返した。
「ええ。
 前に、俺の付けた傷が『ロイが俺のものである証』って言ってたでしょ?
 これって、それと同じですよね?
 ロイが俺につけてくれた『証』。
 でしょ?」
脇腹の火傷を指して、また笑う。

そうだった。
私はジャンが付けてくれた傷が、ジャンの所有の証であると思っていたのだ。
実は今でも、そう思っている。
ジャンが傷を付けてくれれば、安心するだろうと本当は思っているのだ。

それを望むことはもう…しないけれど。


しかし、私は自分がジャンに傷を付けたいなどと思ったことはない。
(口づけの時、舌を差し入れることにさえ怯えていたくらいだ。)

それでも、もし。
もしジャンが、この火傷の痕を『私のものである証』と思ってくれるなら。
ジャンが『私のもの』であると、自らを思ってくれるのなら。
これほど嬉しいことはない。

かなり…気恥ずかしい気がするのだけれど。

ジャンの言葉に、何か応えなくてはと思った。
私をこんなに喜ばせてくれるのだから。
「…ぅ。…ぁあ。」
ん?
なんだ?
この怪しい発言は。
もっと前向きな肯定をしなくてはいけないだろう?
どうした? 自分。

戸惑っていた私に、くくっと笑い声が聞こえた。
ああ、やはりお前は全てを解ってしまうのだな。

「俺、嬉しいんすよ?」
あ?
「しかもあんたとお揃いだ。」
お揃い?
ああ、この傷がか。
確かに私にも、ほぼ同じ所に火傷の痕がある。

お前が付けてくれたものではないけれど。

「ねえ、ロイ?
 これは『俺がロイのもの』っていう証。
 そんで、俺とあんたの『お揃い』の証。
 大切にしますよ。
 俺、これが有れば間違いなくあんたの処にいつでも戻れます。
 これは俺達のもう一度会うまでの証。
 そんで、一生の証。」

その『いつ』が、『何時(いつ)』になるのか、本当は…私たちには解らない。
それでも。
それでも、何があっても『それ』を叶えてみせる。
どんな手を使っても。
どれだけ犠牲を払っても。
やり遂げてみせる。
お前をまた手に入れ、いつでも抱きしめられる処に居させてみせる。

そんなことを改めて決意していたところに、力強い腕で引き寄せられ
「…ロイ。」
耳元であの…あの私が心奪われる低い声で囁かれて。

「ジャ…」
言い終わる前に、深く口づけられた。

「…ン…ぅん…」
甘く、優しく、力強く。
ジャンの舌が私のそれに絡んで来る。
歯列をなぞられ、舌先を突かれ、絡められ、絡め取られて引き出され、ジャンの口中に吸い取られ、また舌と舌を絡められ。
そして甘く咬まれ。
また…絡められて。

恥ずかしい程の吐息が自分から漏れるのが、更に気恥ずかしい。
恥ずかしい、が、嬉しい。
ジャンと愛し合って、初めて知った『産まれてきて良かった』という想い。

私はジャンと出逢って初めて、自分が産まれ生きていることの喜びを知った。
その喜びをジャンにも返せたら良いと願う。
同じ喜びを、ジャンと分かち合うことが出来たなら。
それほどの悦びがあるだろうか。

泣き出したいほど、今幸福を感じている。
…数時間後には、再び戦場に戻るとも。
いつか、いつかジャンとまた共に歩んで行くこと。
それを新たな願いとして、再び私は進んで行ける。

今まで抱いていた、これほど輝く宝物は無いと思ったことさえ
それさえを『ささいな』と思えるような、大切な大切なこの願い。

ジャンと共に生きて行きたいという、願い。


先の見えないこの状況で、ジャンを待ちきれずにこの生命を落とすことになるかも知れないけれど。
それを絵空事と思える状況ですら、本当はないのだけれど。

それでもいい。
今、私は愛する人の腕に抱かれて、また私も愛されている。
これほどの悦びがあるだろうか。


次にいつ逢えるか解らない。
それでもいい。

私の横には、ジャンの居る場所がいつでもある。
ジャンの心には、私の居る場所がいつでもある。

それで充分じゃないか。
それで充分、幸福じゃないか。
それで充分だ。
それだけで、充分なんだ。

ジャンを愛しているから。
ジャンに愛されているから。

ああ、本当に私は幸福だ。


病室の扉を叩く音がした。
看護師の巡回には間がある。
今日は検査も無いはずだ。

抵抗できないハボックをホムンクルス等の危険に晒す訳には行かない。
今度は私が護衛するつもりで、かつて自分が居たベッドに座りカーテンを閉めた。

来室したのはホークアイ中尉だったが、プライベートで余計な接触をする訳にもいかなかったので、そのままカーテンの陰に潜んでいた。
(…それ以前に、こんな紅く染まった顔など誰にも見せられない。)

というか、カタリナ少尉は私も知っているが
『レベッカがよろしくって』
と言われた時の、あのハボックのにやけ顔はどうなのだ?
この私がそばにいるというのに!

まぁ…その折に受け取ったメモには、大切な意味が有ったのだが。
(中尉からのものだったので、初めはどんな赤紙かと一瞬構えたのは秘密だ。)
『年を越して…』か。

全てが動くということだな。
伝言の経路を思えば、鋼のも動くと言うことだろう。
私もそれまでにせいぜい足掻かせてもらうぞ。
勿論、その後もだ。

私は私の信ずる道を行く。
当然、ジャンを従えて。

さぁ、午後にはシェスカには申し訳ないが、また書庫を調べさせて戴こう。
もう既に足枷はない。
楯も無いのは痛いが、詮無いことだ。


冬の街はもう夕暮れに染まり、灯りが見える。
寒さにふる、と肩が揺れた。
それを武者震いとして、歩き出す。

『約束の日』へと。
再びジャンと過ごす日へと。



           fine.














clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「聴」 (『錯』番外編)
「聴」 (『錯』番外編)
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「聴」 (『錯』番外編) > Vol.1
Vol.1
17.1.7up
セントラルの騒ぎも一通り落ち着き、一人東部へ向かった。
『ツケ』の支払いに。
『愛されて80年。あなたの町の』ハボック雑貨店の扉を開け
「出世したからな。ツケを払いに来た。」
レジ前で車椅子に座るジャンへ言い放つ。
「毎度〜。
 准将への昇進、おめでとうゴザイマス。」
情報は疾うに届いているようだ。
「この騒ぎで大分上が空いたからな。
 もう少し行くかと思ったが。」
「いやぁ、二階級特進にならなくて却って良かったじゃないスか。」
別の意味でね、と軽口を叩く。
相変わらず飄々としたヤツだ。
しかしなんだ?
そのヒゲは。

久しぶりの東部だ。
まだ辞令が下りてはいないが、1〜2年内にセントラルの件とイシュヴァール政策の骨子が固まれば東部に異動になることが決まっている。
その時には大将として。
それをジャン話すと
「んじゃ、鋼の大将とマスタング大将、ごっちゃになりますね。」
訳の解らない感想をもらした。
「もう鋼のは国家錬金術師ではない。ただのエドワードだ。
 大将と呼ぶ必要もなかろう。」
なんだそれは。
私が近くに来て嬉しいとかないのか?

その日はハボック家に泊まることになった。
大切な息子をこんな身体にしたとご両親に恨まれているのではと思っていたが、夕食で会ったお父上は
「これはこれは。『セントラルの英雄』にお会いできて光栄です。
 こんな田舎へようこそ。」
人の良い笑みを浮かべて握手をして下さった。
「あらお父さん、この方は『アメストリスの英雄』なんですよ?
 この国を救って下さったんですから。」
食べきれないほどの料理を作って下さったご母堂が笑って仰る。
ジャンがそう話していてくれたからの発言だろう。
それでも
それでも思わず涙が浮かぶほど嬉しかった。
『セントラルの英雄』『アメストリスの英雄』
本当にそんな風に呼ばれているのかを私は知らない。
けれど、あんたはもう『イシュヴァールの英雄』ではないんですよ、とジャンの瞳が言っていたから。


「本当にジャンと同じ部屋でよろしいんですか?
 狭いですよ?」
それよりも客間へ、と言われたが
「軍のベッドはとても小さいので、狭いのには慣れております。
 久しぶりに積もる話もありますし。
 お気遣い、ありがとうございます。」
少しでもジャンといたかったので、半ば強引に一緒がいいと言い張ってしまった。
…不審に思われてしまっただろうか?
くっくっと喉を鳴らして笑う男に
「なんだ? お前は不満か?」
見透かされたようで思わず不機嫌な声になってしまう。
「No,sir. 俺もあんたを抱きしめて寝たいっすよ。」
ベッドに座って手を伸ばしてくる。
(車椅子からベッドへは自力で上がっていたが、着替えはご母堂(と今日は私)が手伝った。)

ここへ来たもう一つの目的を告げることにしよう。
まだ迷ってはいるが。
「ジャン。」
ベッド脇の椅子に座り、瞳を見つめながら呼びかける。
(まるでジャンと一緒に入院した、あの夜のようだ。)
「なんすか?」
ベッドに入らない私を訝しみながらも、笑って応えてくる。
「その…な。お前はこの店を継いだのだろう?」
「ええ、まぁ。3代目店主ってとこっすかね。」
「平和に、暮らしているよな?」
「はぁ。おかげさまで今のところ。
 …ロイ? 何が言いたいんです?」
詰問ではなく、笑顔のまま優しく問いかけられて。
笑い返そうとしたけれど、出来ようも無くて。
一つ呼吸をして口を開く。
「…お前に選んで欲しいことがある。」
もう、ジャンに任せることにした。
私には選べない。

「?
 ロイ?」
何を? と問うような表情を浮かべている。
「お前の脚を…治すかどうかだ。」
ドクター・マルコーから譲り受けた賢者の石は、私の視力を取り戻してもなお残った。
小さくはなったが、ジャンの脚を治すことは充分出来る。
「…は?」
驚き過ぎたのだろう。
しばらくの後、何を言って…と掠れた声で呟いたジャンに
「賢者の石が手に入った。お前の脚は治せるんだ。
 …ただ、治すか否かは…お前が決めてくれ。」
漸うそれだけを告げて、瞳を逸らす。

私はジャンと共に、その瞳に映されて生きたい。
常に傍らに…私の横にいて欲しい。
ジャンは脚が治るならば一も二も無く、また共にいることを選んでくれるだろう。
選んで…しまうだろう。
しかし今、ジャンは穏やかな生活を送れているのだ。

私はまだ、あのジャンの存在を失いかけた恐怖を忘れられない。
二度とあんな思いはしたくない。
ここに残ればジャンはもう危険に晒されることはなくなるのだ。
私には…選べない。

「え? 本当に?
 本当に俺の脚、治るんすか!?」
「…ああ、だが…」
「そんなん、治すに決まってるじゃないですか!」
私の言葉を遮って言い切る。
迷う必要などないと言わんばかりに。
「落ち着いて聞け。ジャン。
 ここにいれば、お前はもう危険な目に…」
「あんたが危険な目に遭うのを、そんな情報を後から聞くのを、ここで指を咥えてただ待てと?」
そんな杜撰な情報網では無いだろうに。
それでもジャンの言葉は私を捉えた。
捉えて…もう疾うに捕らわれて…いるのだけれど。

逸らした瞳を許さないとばかりに、頬に手を添えて見つめられた。
「聞いて欲しいのは俺の方ですよ。
 ロイ。
 あんたを護ることが、俺の存在する全ての意味なんです。
 その為だけに、俺は生きてるんですよ?
 安全なんて、身の保証なんて要りません。
 側にいさせて、俺にロイを護らせて下さい。」

ああ、やはりジャンはそう言ってしまうんだな。
私はどれだけジャンを危険へと引き摺り込むのか。
どれだけご両親を哀しませるのか。
見つめられているのがつらくて、もう一度瞳を逸らしてしまう。
「脚を治してここで暮らす、ということも出来るんだ。
 違う道でも、今お前は私を支えてくれているぞ?」
そうだ。
あの時マリア・ロス少尉に渡された受話器から聞こえたジャンの声。
懐かしくて愛おしい。
そして離れていてもこちらの動向に合わせた働きをしてくれる。
共にいた頃と同じように。

「それでも側にいるのといないのとでは全く違います。
 あんたの目の前の敵を排除することは出来ません。」
頬に添えられた手が私を引き寄せ、また視線を戻させた。
「…ねえ。ロイ?
 治った脚で、あんたから離れて。
 そんな人生、俺にとってなんの意味がある?」
見たことも無い、私をとろけさせる甘やかなのに精悍な表情。
聴いたことも無い、私を虜にする獰猛で艶やかな声。
一瞬で体温が上がった。
もうこれだけで達してしまいそうだ。

「『私の隣に、生涯居て欲しいのはお前だけなんだ』って、
 『お前の一生は私のものだ。』って言ってたでしょ?
 さぁ、ロイからキスして?
 そんで、俺の欲しい言葉を言って?」
言っても…赦されるのだろうか?
なぁ、ヒューズ?
これは赦されることなのか?

答えは解らない。けれど…
椅子から立ち上がり、ジャンのうなじに手を回して口づけをした。
触れるだけの。
そして
「リハビリは…きついぞ?」
やっとの決心で言ったのに
「違うでしょ? 俺の欲しい言葉は。」
笑って甘く咎められてしまった。
「ぅ…。
 お…お前に、いつも隣にいて欲しい…。
 いつでも…私を…護り、…抱きしめられる位置に…」
きつくきつく抱きしめられた。
「Yes.sir. 俺の一生はあんたのもんです。
 戻るまでのキスはもう使い果たしましたから、これからの分を下さい。」
全然足りませんよ?
と、暖かいアズールが笑っている。
愛おしいこの瞳を、またいつでも見られる?
私を見つめて貰えるのか、と思うと…幸福で胸がつまる。

申し訳ないという気持は消えない。
消せようもない。
ジャンにも、ご両親にも。
それでもジャンと共に歩まない人生など、選べるはずがないのだ。
こんな私に。

「ありがとう。」
口づけを一つ。ただ触れるだけの。

「そして…すまない。」
もう一つ。唇を啄むように。

「それでももう、放してはやれない。」
今度はかすかな音を立てて、口づける。

「代わりに…私の一生を、その全てをくれてやる。」
そっと舌を差し挿れた。

ベッドの上に引き上げられ、強く抱きしめられた。
絡められる舌に、心が満ちた。
あの時のように。
ジャンの想いがその力強さから伝わってきたから。

何度も
何度も
笑いながら
何度も口づけを繰り返した。

何度も
何度も
今は喜びに涙が溢れそうだ。

何度も
何度も
舌が痺れるほど口づけ合った。

笑いながら
私が涙を堪えきれなくなっても
何度も
何度も

笑いながら
何度も
何度も。

「もう…足りたか?」
吐息とともに問うてみれば
「まだまだ足りませんね。
 次に逢う時までくらいでしょうか?」
涙を舐め取りながら応えてくる。
愛おしくて憎らしい男。
私の…男。





Vol.2 へつづく





clear
 
> 【「錯」シリーズ】 > 「聴」 (『錯』番外編) > Vol.2
Vol.2
17.1.7up
「もう…そろそろ寝ましょうね。」
私を優しく抱きしめてジャンが言う。
セントラルは一通り落ち着いてはいたが、まだ私が数日もの間離れられる状況ではない。
それも知っているのだろう。
少しでも私を休ませる為にと言ってくる。

今までベッドに引き上げられたままの状態でいた。
改めてジャンの隣に横たわると、やんわりと抱きしめられ
「耳だけ、触れてもいいっすか?」
意外なことを言われた。
「あ…ああ、構わないが?」
耳?
確かに私はジャンのいつもより低めの声で耳元に囁かれるのに弱い。
しかしそれで躰に火が付いたら困るかも知れないな。
ジャンは私を抱くことが出来ない。
それでも、なんでもジャンの好きにして欲しい。

耳をジャンの口元に近づけると
「ロイ、愛してる。」
やはり低い声で囁かれ、恐れていた通り一瞬で躰が熱くなった。
「ふ…」
思わず漏れてしまった声に
「あんたの声って、すごくいい。」
また弱点を突かれて
「な…何がだ?」
言い返す声が震えてしまった。

「ねぇ、知ってます?」
「ぁ…何…を?」
「あんたの感じてる声が、俺を感じさせるってこと。」
「っ…?」
「あんたの感じてる声は、俺の躰を舐め回すみたいに感じさせるんですよ。」
「?…んっ」
「あんたがイク時の声は、俺のをあんたの口で舐め上げられるみたいで。
 経験の少ない男ならそれだけでイケちゃいますよ?」
もう声にならない。
ジャンが何を言いたいのかも解らない。

「だから、ね?
 声を我慢しないで下さいよ?」
俺を感じさせて?
と続けて囁かれ、躰が震えた。

今日は耳に触れるだけでは?
ああでも、確かに声が出てしまっているな。
よし、ジャンの喜ぶように声を抑えまい。
いや、待て。
「ご両親に聴かれたらマズいだろう?」
ご両親のお気持ち以上に、私が恥ずかし過ぎる。
いやいや、私の気持ち以上にご両親に申し訳ないだろう?
こんな身体にしてしまった私が、ジャンの恋人であるなどと。
「ああ、大丈夫っす。」
何がだ!?
「親父達の部屋は2階ですし、店の上なんで声は聞こえません。」
そういう問題では…

と思ったところに
「シャツのボタンを外しますよ?」
え?
脱がされるのか?
と思ったが、ジャンの手は動いていない。
「?」
不思議に思った私を置いて
「首下から外していくよ。ひとつ、ふたつ…
 段々あんたの素肌が晒されて。
 俺はすごく興奮する。
 ほら、全部外れた。
 はだけるとあんたの可愛い胸の先が見えるね。」

「!?」
急に私の胸元がジャンに晒されたような気がした。
先程までのご両親への思いすら霞んでいってしまっている。
「ああ…まだ薄い桃色だ。
 これが俺の舌で転がされると、紅く彩(いろ)づくんだよな。」
何をされるのかは解らないが、耳元のジャンの声は確実に私を蕩けさせる。
「耳の下からあんたの首筋を舐め下ろすよ?」
言うなり耳の裏を舐められた。
「んっ!」
「こうやって耳から首、鎖骨の近くまで…」
吐息と共に言われて、時折耳裏を舐められて、躰がひくりと痙攣した。
「鎖骨を舐められて強く吸われると、あんた感じるよね。」
言うなり同時に耳裏を強く吸われた。
「は…っ!…ぁ!」
ああ、そうだ。
鎖骨に付けられたあの傷。
次に逢えた時にはかさぶたになっていたが、あのまだ皮膚が薄いところをジャンに強く吸われて…。
「っ…!」
記憶以上の快感が駆け抜けた。

「それと…この胸の先の桃色。」
まるで胸に吐息を落とされたようで、またひくりと躰が震える。
「まだ窪んでるな。
 ねぇ、ロイ?
 これを吸い上げて…」
耳たぶを甘く吸われ
「舌で転がすと、堅くなるんだよな?」
舌先で突かれた。
思い出してしまう
「んー…」
ジャンの唇を、舌を。
「ああ…可愛い…。かたく立ち上がったここを…」
ふ、と吐息を耳に注ぎ込んで
「強く噛むよ…」
言葉と同時に耳たぶを噛まれた。

「っ!?」
痙攣とともに、がくっと躰が堕ちた。
ベッドの上なのに確かに『堕ちた』と思った。
腰が砕けたのか?
思わず疑問と共にジャンへ顔を向けたが
「ほら、耳を俺に向けて下さいよ。」
少し乱れた息だったが、穏やかに返された。

言われるまま、またジャンの口元へ耳を寄せた。
ジャンがすることだ。
素直に受け止めればいい。
そう思った瞬間
「強く噛んだこの先、痛いでしょ?
 …舐めてあげる。」
噛まれて意識が集中していた耳たぶをゆっくりと舐められた。
「ぁ…っ!はぁ…っ!?」
目眩がした。
これは私の、ジャンにあの『異常な』行為をせがむ前にしてもらっていた、私の感じた行為。
胸の先を強めに噛まれて、それを宥めるようにゆっくりと舐め上げられる。
アレは痛みの少ないことでありながら、それでも私の躰をとろかしたものだった。
「ん…ふ…」
浮かされたような声が自身からあがるのを聴いた。

「反対の胸は…感じたから?
 もう勃ってるね。」
尖らせた舌先で今度は耳殻を転がされる。
「でもやわらか…ああ、堅くなってきた。」
言葉の間にも舌先は舐ってくる。
「ほらこっちも。」
「つ…ぅっ!」
先程より強く噛まれ、背が反り返った。
少し痺れた耳殻を今度はやわらかい舌でねっとりと舐められ
「あっ…あ…。」
甘ったるい声をあげてしまう。
「ロイ…可愛い。」
可愛くなんかない! といつもなら返すのだが、それもままならなかった。

「ロイのここ、もう立ち上がってる。」
言われなくとももう自身が屹立しているのは解っていた。
私の『異常な』行為の前には有り得なかったのに。
それに触れもしないまま
「ここを俺の舌で舐めるよ?」
ほら、とまた耳に注ぎ込まれるように囁かれ躰が震えた。
同時に自身のものから少し溢れたのが解った。
「こんなに濡れて…イヤらしい人だ。」
寝間着に包まれたままの自身が見えるはずもないのに…。
そう囁かれて
「んっ…!」
びくり、と躰が揺れる。

くちゅ、と音が聞こえた。
それは私の耳に舌を挿し込まれた音だったのに
「ねぇ、解る?
 ロイのここ、くびれたところ、あんたの感じるところを舐めてる音。」
同時に自身への快感に変わり、がくがくと腰が揺れた。

もう…何が起きているのか解らない。
ただただ、ジャンの与えてくれる快楽に溺れていた。
「指入れられながらこれを咥えられると、すぐイっちゃうんだよな。」
それは…違う。
私がそんなことでは達せないこと、ジャンがそれを覚えていないはずもないのに。
「ああ、違う。
 あんたのナカで指を暴れさせて…
 ナカをトロトロに溶かしてしてから、イイトコロに爪を立てるように強く擦りあげて…
 この…あんたのモノに俺の歯を立てるんだ。」
ジャンの綺麗に並んだ歯が、私のものを…?
「強く…ね?」
想像と共に言葉を耳に注ぎこまれて
「は…っ…ぁ!」
想像して躰が痙攣した。
と思った次の瞬間、耳たぶを強く噛まれ目蓋の裏に閃光が走った。
「っ…ぁっ…ぁぁあ…っ!!」

服を着たまま達してしまった。
信じられない。
下着がじっとりと濡れ、自身に張り付いてきた。
ジャンも躰を硬くして…息を詰めている?
やがて大きく息を吐くと
「イケました?」
嬉しそうに問うてくる。
「ぁ…」
戸惑いから言葉が出てこない。
「俺はイっちゃいましたよ。」
!?
「触れても…いないのに?」
「俺だって耳に触れてただけですよ?」
くす、と耳元で笑われて。
そうだ。
確かに耳に触れていただけで、躰には全く触れられていない。
それなのに…。
更に戸惑ってしまった。
いやしかし、ジャンは全く私が触れていないのに?
表情を読まれたのだろう。
「あんたのイク声だけでイケるって言ったでしょ?
 久しぶりだし。」
まぁティーンエイジャーのガキみたいっすけどね?と笑う。

「なん…だったんだ? 今のは。」
まだ息が治まらない。
「んー? 俺は『今はまだ』ロイを抱けないでしょ?」
優しく抱きしめて、私の髪をもてあそんでいる。
そんな微かな刺激にすら、まだ感じてしまう。
「ああ。」
「だから想像してもらおうかと思って。
 ほら、夢とかってすんごく感じませんか?」
あまり性的な夢をみることはないが、確かにその時は現実よりも強い快感だった覚えはある。
「声と最低限の接触で、純粋な快感だけを記憶から引き出してもらえれば、もしかしたら痛みがなくてもイってくれるかなぁと。
 巧く出来るかどうかは解らなかったんすけどね。」
あんたが感じてくれて良かった、と今度は髪を撫でてくれた。
かつてのように。
「とても…感じた。今までにないほどだった。」
「うわ。それすごく嬉しいっす!」
私も嬉しい。
ジャンのその気持が。

私に苦痛を与えたくないというジャンに、こんな風に自分の快楽を教えて貰えれば…いや、一緒に探していけたらいいと思う。
やはり中尉やジャンにどう学んでも、自分の『異常さ』が解らない。
解っていない、と思う。
それでも努力をしたい。
ジャンの幸福に、その定義の中に私は入りたいから。
少しでもジャンを幸福にしたいから。


しばらくして息が治まると
「すんませんが、また着替えを手伝ってもらえますか?」
申し訳なさそうに言うのが哀しい。
「ああ、ちょっと待て。」
ぱん、と手を合わせてから両手をジャンの服に当てた。
「?
 なんすか?」
「これで服が綺麗になっただろう?」
もう一度手を合わせて、今度は自分の服に当てた。
濡れた下着がさらりとした肌触りに戻る。
「うわ! あんたこんなこと出来るようになったんすか?」
自分の下着の中を確かめて、ジャンが驚いている。
「うむ。手合わせ錬成はオールマイティーで便利だ。」
「え? これどんな原理なんすか?」
「汚れを理解し、分子レベルに分解した。」
精液なんぞ、理解もないほど知っている。
「はー。便利なもんだ。」
「本当に便利だぞ。躰の汚れも手合わせ一つで分解出来るからな。
 風呂に入らなくて済む。」
「いや、風呂には入りましょうよ。
 身体を温めるって意味もあるんですから。」
別に凍えていなければ温める必要もないと思うのだが、これもジャンの言っていた『元気でいて欲しい』ということなのだろうか。
そうか。ではこれからは手を抜かず、きちんと風呂に入ろう。
私は未だに、ジャンに教えて貰わなくては何一つ判断が出来ないままだ。

改めてベッドに二人とも横たわり、お互いを抱きしめ合っていた。
リハビリは軍で、と言ってくれるジャンが嬉しいが哀しい。

「すまない。
 また親不孝をさせるな。」
陽色の髪を撫でて告げる。
「子供が幸福になるんだから、親孝行でしょ?」
そうやってお前は。
また。

ああ、でも手放せはしないのだ。
この男を。


ただ一人、私の全てを支配して欲しいと願ったこの男。
私に『愛する』ということを教えた唯一の男。
私の男。
本当は私がジャンのものなのだと、疾うに知っていたのだろう。
この男。
それでもこれは、
私の男。

私だけの、愛おしい男。




     fine








clear
 
> 【瑠】シリーズ
【瑠】シリーズ
 
> 【瑠】シリーズ > 「瑠」 Act.1
「瑠」 Act.1
16.12.30up
[言い訳です]
パラレルの全く原作ともアニメとも関係のないロイエドロイです。
この話の国には海があります。(人魚なのでどうしても…)





「瑠」 Act.1


「ここ…どこ?
 オレ…は?
 …どこから…来たの?
 …オレは
 …何?」
気が付いた時には、誰かと手を繋いで砂浜を歩いていた。
「ここは島だ。君は…。」
くすり、と手を繋いだ人が笑った気配がした。
「君は海から来たんだ。
 君は。
 …人魚なんだよ。」
「? …人魚?」
そこで夢はいつも終わる。
あれは誰だったんだろう?

     *********************

島に来て8ヶ月。
オレの記憶は一切戻らないまま。
この8ヶ月の記憶しか持っていない。

不思議とこの島の人達はオレを自然に受け容れた。
どこから来たとも聞かれたことはない。
オレが誰なのか。
どうしてこの島に来たのかも。
当たり前のように『人魚』としてオレをここに住まわせた。


「エードー!アールー!起きなさーい!!」
ウィンリィの怒鳴り声が聞こえた。
「ああ。今行く!」
オレも大声で返す。
「ほらアル、行こうぜ。」

オレはピナコという人の家で暮らしている。
ウィンリィとアルフォンスという子供のいる家だ。
ウィンリィはピナコばっちゃんの孫で、アルはばっちゃんの友人の子供らしい。
両親が亡くなってばっちゃんが引き取ったそうだ。
三人で朝食のあと馬鹿話をしながら学校へ向かう。


学校は海の際に建っている。
台風でも来たら波に攫われないのだろうか、といつも思う。
でも島の人たちは気にしてないみたいだ。
ここは台風が来ない土地なのかも知れない。
(『台風』というものを自分が知っているのは疑問だが、記憶喪失には色々な段階や種類があるらしい。オレは言葉や一般常識がある状態だと医者に言われた。その医者も記憶喪失の『人魚』をめずらしがらなかったこともオレには疑問だ。)

教室と特別教室、職員室のある教室棟は一つの建物で、食堂と倉庫の食堂棟は別棟で屋根のある渡り廊下で繋がっている。
食堂棟は入り口前のテラスが階段状に下っていて、そのまま海中へと落ち込んでいる。
20uほどの広さはすっかり海の中で、波を透かして手すりがぐるっと海中に立っているのが見える。
(まるで生け簀みたいだ。なんのために?
 いや、これは学校が建ってから地面が陥没したのか?
 でなければ説明がつかない不思議な造りだ。)
入り口に立つ度、同じコトを思う。

でも、ここに立って海を見るのが好きだ。
瑠璃色の小さな魚たちがひらひらと泳いでいるのを眺めるのが。

     ******************

「マスタング先生、エドワード君の様子はどうですか?」
ホークアイ先生が聞いてくる。
職員室(と言っても小部屋だ。たいした職員がいるわけでもない)には今私と彼女しかいない。
「それは貴女の方がご存じでしょう?」
思わず苦笑して答える。
あの子は私を避けているようだ。
「ええ。成績はまったく問題有りません。というより優秀過ぎます。」
私の気持ちなどとっくに解っている応えが返ってくる。
「学校に通わせるのは、慣れさせてリラックスさせるのが一番の目的ですからね。」
「ただ、体育だけは苦手なようです。」
それは意外な言葉だった。
「運動は得意そうですが?アルフォンスに習っている体術も相当なものだと聞いていますし。」
「運動自体は得意なんですが、人と組むことが苦手なんです。どうも浮いてしまうのか、自分から避けてしまうのか。」
なるほど。
あの意志の強そうな瞳を思い出す。

「それで…。今日の体育でもちょっと有りましてね。」
あぁ、さっきの問いかけはこの報告の糸口だったのか。
「何があったのですか?」
さりげない風を装ったつもりが、どうも失敗したようだ。
含みを持った笑顔を向けられてしまった。
同僚ということになっているが、実は副官のこの女性に私はどうも敵わない。

「クラスの一人があの子に突っかかったんです。
 ケンカならいつものことなのですが、『人魚』であることを揶揄されまして。」
「珍しく落ち込んだと?」
「ええ。記憶が無い上に、あの子の事情は他の子とは違いますから。相当不安に思っているのをいつも押し隠しています。」
行ってあげて下さいますね。と目で示される。
「やれやれ。私は彼に嫌われているようなんですがね。」
肩をすくめて溜め息を付く。

「今なら独りで食堂棟の倉庫に隠れているはずです。逃げられずに済みますよ。」
内心の嬉しさまでお見通しか。全く。
「では様子を見てきましょう。」
立ち上がって扉に手を掛けたとき。
「あ、マスタング先生。くれぐれも倉庫の鍵は掛けませんように。」
しっかりと釘を刺された。
「あんな小さな子供に手は出しませんよ。」
まだね。とは心の中で。

さて、と渡り廊下を通って食堂棟へ向かう。
今の生徒数は15人。
小さな島だ。人口も限られている。
倉庫にいると言っていたな。
隠れるところなどたいしてないが、それでもどこに隠れているかまで把握している副官に、
道理で仕事をサボってもすぐに見つかるはずだ。と改めて溜め息をつく。

     *********************

薄暗い空間は落ち着く。
倉庫の隅に丁度あったカーテンらしき布にくるまって座り込んでいた。
雑多なものがある中だ。
頭までかぶっていればそうそう見つからないだろう。

オレはぼんやりと膝に広がる布のシワを見ていた。
『オレ』は一体なんなのだろう。

『人魚』は大抵それを見付けた人と暮らす。
ほとんどがそのまま家族になるそうだ。
でもばっちゃんはオレを見付けた訳じゃない(らしい)。

「お前なんか捨てられたんだよ!見付けた人に!お前に家族なんかいないんだ!」
体育の時間に言われた言葉が耳に残る。

だいたい『人魚』ってなんなんだ?
オレはシッポなんかはえてないし。
普通の人間だし。
たまたま海で見つかったからおとぎ話に例えてるのか?
でも、今までにも何人かそう呼ばれている人がいたようだ。
漂着者をそう呼んでいるのかな?
こんな島だしな。

つらつらと考えていると、入り口の開く音がした。
瞬間的に布に深く潜る。

うわぁ。午後の授業サボってるしな。
リザ先生だといいな。
しかしドアを閉めた音の後の
「エドワード?そこにいるのか?」
と聞こえた声。
期待は外れた。
声の主はロイ先生だった。

なんっか苦手なんだよな。
嫌いって訳じゃないんだけど。
この人を見ると落ち着かない。
ええい。しかたがない。
きっちり怒られるか。

「はい。」
それでも情けない声になってしまう。
布から顔を出すと先生は俺の前まで歩いてきて膝を付いた。
まさかいきなり殴るなんてことはないよな。ないといいな。
覚悟を決めていると
「そんなものをかぶっていて、暑くないのか?」
あれ?笑ってる?
「ごめんなさい。」
とりあえずあやまっとこう。
「ん?」
なんか先生楽しそう?
こう言うところも訳が解らなくて苦手だ。
しかめてしまった顔を先生から逸らす。

「そんなに君は私が嫌いか?」
溜め息をついて先生が言う。
「いや、嫌い…じゃないけど。」
「手伝いを頼んだり、訓練に行かせたりするのが厭?」
意外なことを聞かれた。
時々、島から出て『軍』というところで簡単な仕事を頼まれたり、『訓練』と言うものを受けたりしている。
先生は
「みんなも学校を出たら仕事をするんだけど、君は特別に優秀だから手伝って欲しい。」
と言っていた。

「え?いや、訓練は好きだし、手伝いだって島の人には世話になってるからできるだけしたいと思ってる。」
どうもオレは大人にたいする口の利き方がなってない(らしい)。
それを先生達は咎めないけれど。

「軍で厭な思いはしていないか?」
「してない。みんな優しくしてくれる。駐在さんも手伝いに行ってるからいろいろ面倒見てくれるし。」
四角いメガネの駐在さんの顔が思い浮かぶ。
たしか軍では『ヒューズ中佐』と呼び変えるんだった。
そういえば消防の人達もよく軍で見かける。
特にハボックという兄ちゃんがちょっかい出して来て、いつも面白い話を聞かせてくれる。
どうも手伝いばかりのボランティアで成り立っているらしい。
『軍』というところは。

「それで?どうして拗ねているんだ?人魚とからかわれたからか?」
それもあるけど。
「オレ、捨てられたんだ。」
「…。誰に?」
「オレを見付けた人。人魚は見付けた人のものだって言われた。
 でもその人、オレをいらないから捨てたって。」

一瞬、先生の身体が強張ったみたいだ。
怒ってる?
思わずオレの身体も強張った。
でも次の瞬間。くしゃ、と頭を優しく撫でられた。

「え?」
先生の顔を見上げると優しく、でも苦笑?してる?
「独身だったから。男の独り暮らしで。」
は?

「ロックベルさんのうちならウィンリィもアルフォンスもいるから、早く慣れるかと思ってね。退屈もしないだろうし。」
「あの…?先生?」
「私なんだよ。君を見付けたのは。決して捨てた訳じゃない。不安にさせてすまなかった。」
「!?」
「きちんと話しておくべきだったな。君は随分混乱していたから、覚えていなかったのか。」
すまなかった、と繰り返す。

「じゃ、じゃあ!
 オレと手を繋いで歩いてたのはロイ先生?」
「君を見付けたときか?そうだよ。」
そう…だったんだ。
「うん。ずっとあれは誰だったんだろうって、
 うん、…ずっと…思ってた。」
「そうか。私は君が私を避けるから、嫌われているのかと思っていたよ。」
「や、嫌ってないから。
 っていうか…そうかぁ。先生を見ると落ち着かなかったのは、オレの家族だったからなんだ。
 オレ、ちゃんと家族だって、特別な人だって解ってたんだ!」
すごく嬉しい。そうか。

あ?暗い。
うわ。
先生がオレを抱きしめてる!?
「嬉しいよ。エド。私を嫌いじゃないんだね。」
「う…うん。あの…先生?」
先生の顔を見上げる。随分真上を向かないと見えない。
「なんだね?」
先生もオレの顔を見ている。
優しい瞳だ。と初めて思った。

「えっと、家族だったら…こうやって抱きしめるのって、アリ?」
「当たり前じゃないか。」
そうか?そうなのか。
うん、嬉しいや。暖かいし。

「エドワード。」
「ん?なに?先生。」
「私は君を大切に想っているよ。いつか一緒に暮らしたいと思っている。君は厭か?」
そんな風に想って貰ってたなんて、全然知らなかった。
「オレはそうなったら嬉しい。オレも先生と一緒に暮らしたいな。」
だって家族だもんな。

先生が手の平をオレの頬にあてた。
大きな暖かい手。
「よかった。では約束しよう。学校を卒業したら一緒に暮らすこと。」
「うん!」
「じゃあ約束の証。」

え? と思う間もなく唇が重なった。
「これが約束の証!?」
にっこり笑って先生が
「そうだよ。君と私とだけのね。」
と言うから。
先生が言うのならそうなのかと、素直に理解した。

「それからもう一つ約束。君の帰るところは私だ。いいね?」
また一つキス。
「そして絶対忘れてはいけない約束。君は私のものだ。」
頬に添えた手と反対の手がオレのうなじに回される。
そして受けたキスは今までと全然違ってた。
先生の舌がオレの口に入ってきて。

びっくりして顔を離そうと思ったけど、回された手がそれを止めて。
「んんーー!!」
なんかぐにゃぐにゃしたものが口の中で暴れていて、オレの舌に絡んだり引っ張ったり。

これ、家族のキスかぁ!?
先生が離れたときはもう息があがっていた。
「…先生…これって…。」
「ん?どうした?約束を忘れたか?じゃ、もう一回…」
「いいいいいいい!解った。解りました!」
「ははは。少しは元気になっただろう?」
そういえばさっきまでの暗い気分なんかぶっ飛んでいた。
「…うん。」

「じゃあ教室に戻ろう?もうそろそろ授業の終わる時間だ。」
立ち上がった先生に思わず
「先生。…さっきのホントだよな?」
「ん?」
確認をしたくなる。オレにとって大切なことだから。

「さっきの約束。オレを元気づけるためにウソ言ったんじゃないよな?」
そんなことないよな。
「卒業したら…一緒に暮らしてくれるんだよ…な?」
オレ今情けない顔してるんだろうな。
先生がオレの手を引き上げて立たせる。
「もちろんだ。君こそ約束を忘れてはいけないよ。君は私のものだ。」
顎に手が添えられ、またキスをされる。
今度は逃げずに舌を受け容れた。
嬉しい。オレにも家族がいたんだ。


**************


「どんな魔法を使われたのですか?」
職員室に戻ってきたホークアイ先生が上機嫌な私を見て言う。
「教室でエドはどうでした?」
質問に質問で答えてはいけないと生徒に教えているクセに、とでも言いたげにちらりと私の顔を見た。
「先生ほどではありませんでしたが、元気でしたよ。」
「それなら問題はありませんね。」
そこで話を終わりにするつもりだった。

「また訓練に参加させるおつもりですか?」
優秀な副官のことだ。私の考えなど見通しているのだろうが。
「軍人としても優秀だからね。いい部下は一人でも多く持ちたい。」
「…軍人としても有用であると証明すれば、人魚として…使い…果たされないかも知れないと?」
言い淀んだのは彼女の優しさだろう。
「とりあえずの延命でしかないだろうがね。」
「それでも…ですか?」
「それでも。その間に私は駆け上がるよ。私の許可無しに人魚に手が出せない地位まで。」

彼女の心配はわかっている。
私は軍人にあるまじきほど彼に肩入れし過ぎていると。
それが逆に失墜に繋がりかねない。
「それでも…軍が彼を使うと決めたらどうなさるおつもりですか?」
その可能性の方が高い。
そしてその後私がどうなってしまうのかを懸念しているのだろう。

しかし今私に彼女の望む答は告げられなかった。
「そうだな。彼の故郷で暮らすかな。彼と二人で海の底で。」
私の言葉にわずかに肩を落としたが、それでも失望の色は見せなかった。
「夢を…見させるのですね。あの子は。あなたに。」
我ながら感傷的だという自覚はある。
それでも
「泡にはさせたくないね。」
折角私の元に来てくれたのだから。


その時オレは、まだなにも知らなかった。








というような夢を見ました。
いやマジで。
テラスから見る海がものすごく青くて、瑠璃色の小さい魚が翻っていて不思議なくらい綺麗でした。
ちょっと面白かったので説明が付きにくいところを省いて載せてみました。
本当はもうちょっと複雑だったんです。
続きを思いついたら、また書きたいと思います。

マスタング先生、「最初のキスで舌を入れると振られる。」と言うのが私の経験則ですのでお気を付け下さい。
ちっ!私もうなじに手を回して逃がさなきゃ良かった。

でも先生、あんたそれ犯罪だよ。
「家族」と「恋人」をワザと勘違いさせるのも詐欺だし。






clear
 
> 【瑠】シリーズ > 「瑠」 Act.2
「瑠」 Act.2
17.1.1up
「よーす!大将。そろそろ行こうぜ。」
また『軍』へ訓練に行く日だ。
いつも誰かしらが一緒に船に乗って送り迎えをしてくれる。
今日は消防のハボック少尉のようだ。
「ああ、少…」
「まだ『島』だから俺は『ハボックさん』だろ?」
言いかけた呼びかけにかぶせるように言われた。
「あ、そうか。ごめん。」
「んにゃ、めんどくさいよな。こっちこそ悪い。」
確かにめんどくさい。
いっそ統一してくれりゃあいいのに。

「わー! 気持ちいい!」
軍へ行く時の船は、サイズこそ小さいがごっつい。
輸送艇というのだそうだ。
島への物資もこれで運ばれてくる。
風が気持ちいいので、オレは大抵操舵室の脇に突き出たテラスのようなところにいる。
本当は操舵室の屋上(っていうのか?)に行きたいんだけど、危ないからダメだといつも止められてしまう。
でも、ハボックさんは一緒に上へ上がってくれるんだ。
「ああ、気持ちいいよな。」
「ハボックさんは一緒に登ってくれるから好きだ。」
「ああ、もう少尉でいい。…ホントごめんな。」
「あー、いいよ。なんか決まりなんだろ?」
オレにはよく解んないけど、規則らしいから。

「いっそ大将が…」
ぼそり、と少尉が呟いた言葉が風にかき消された。
「え?何?聞こえなかった!」
オレも消えないように大きな声で聞き返す。
「いや、なんでもない。
 風で飛ばされんなよ? 軽そうな身体なんだから!」
笑いながらオレの腕を掴んでくる。
「誰が風に飛ばされる豆粒かぁー!!」
それでも急に吹き荒れてきた風によろけたオレも少尉の反対腕を掴んだ。


        ********************


「随分楽しそうだったな。」
不機嫌な声で上官がにらんでくる。
「そっすか?」
「なんだ? あの着いた時の抱き合った様子は。」
あー、見られてたか。
「大将が風でよろけないよう、腕を掴んでただけですよ。」
「危ないから、上には乗せるなと言っているだろう?」
あの子に何かあったらどうするんだ?
と、もう嫉妬なんだか過保護なんだか。
いや、嫉妬なんだろうなぁ。
この人、大将にべた惚れだもんな。

…『人魚』に恋したって、報われることなんかないのに。
そんなこと、この人が一番よく知っているだろうに。

「訓練、行って来ます。」
ぴし、と敬礼をしつつ告げる。
「今日は何だ?」
「銃を…少し教えようと思いましてね。」
少し意外そうな顔をした。
「あの小さい躰で大丈夫か?
 反動もあるだろう?」
存外に銃の扱いが苦手な上官は問うてくる。

「最初はSB(スモール・ボア)にします。
 バップレ(バットプレート。ライフルの後ろ部分に付ける部品。)が付いてるから大丈夫っすよ。」
「…そんな競技用のライフルなんかあったか?」
「えー。私物です。」
さて、と去ろうとしたのに
「お前…エドワードの為に買ったな?」
ああ、怒られる?
身を竦ませた俺に
「幾らだ?」
溜め息と共に財布を出された。

「えー…あの…」
「なんだ? 幾らだったんだ? エドワードのモノならば私が払おう。」
い…言いにくい。
中古品とはいえ、結構いいものを買ってしまった。
国家錬金術師である大佐なら大した出費でもなかろうが、俺にとってはボーナスが丸々消えたんだ。
それだけ大将に入れ込んでると知れば、また拗ねるかも知れない。
この人は大将が自分以外に懐くとめちゃめちゃ嫉妬すんだ。

「50万…センズ…です。」
やはり驚いたようだ。
しかし機嫌を損ねた様子はない。
ただ肩を竦ませて
「今度からは買う前に私に言え。
 流石にそれだけの持ち合わせは今無いから、後日渡す。」
それでいいな? と問われて頷いた。

そして今度こそ部屋を去ろうとした俺に
「お前も…」
言いかけてやめ、少しの間の後
「いや、ありがとう。」
それはめずらしく皮肉で無い、それでもやはり寂しそうな笑顔だった。


「一番楽な姿勢でいいんだよ。
 いざという時に正しいフォームなんざ取れないからな。」
競技ならば射撃場で練習すればいいんだろうが、実戦に出る前提だ。
屋外の演習場の隅でプローン(伏せ撃ち)のやり方を教えることにした。
まずは地面に伏せ、脚を開き気味にさせる。
「んで、パップレを肩に付けて…」
銃を渡した俺に
「バップレ?」
大将が聞いてくる。
「銃のケツんとこだ。そこを肩に当てるんだが…
 あー、トリガーに指を掛けて持たない。危ないぞ?」
弾はまだ入れていないが、危険であるということを叩き込まなければ。
いずれは本物の銃を持たせるんだし。
「いずれ…か。」
「え? なに?」
「ああ、なんでもない。で、肘を立てて…」

正直、こんなことが本当に役に立つのかと思う。
確かに事務能力も身体能力も高い。
軍人としても有能になるだろう。
それでもこの子は…『人魚』だ。
本当に軍人になれるのか?
そうしようとする大佐の気持ちも解るが。

それでも…少しでもこの子が生き延びる道があるのなら。
それにつながる可能性があるのなら…。

俺に出来ることはこの子を鍛えることと、銃を教えることくらいだ。
中尉のような一流のスナイパーにしてやりたい。
…軍に必要とされるように。

「…バイポッドも買っちまお。」
スポンサーがついたんだ。
今度は新品にしよう。





SB練習したからといって、実戦で役に立つかは解りません。




clear
 
> 【瑠】シリーズ > 「瑠」 Act.3
「瑠」 Act.3
17.1.3up
「よお、ブレダ。お前また太った?」
訓練が終わって、部屋に戻った。
大佐の執務室に隣接する、俺たちのデスクワークの場だ。
「会うなりヤなこと言うなよ。失礼な。
 …『人魚』は?」
ホットドッグを食いながら、外見とはうらはらに頭脳派な同期は返してくる。
机の上にはもう2つホットドッグが置かれていた。
絶対また太るって。

「ああ、シャワー浴びてる。」
「そうか。お前もよくやるよな。」
「ん?」
「『人魚』の訓練だよ。空しくねぇか?」
それは解っている。
…でも。
「根性あって、かわいいヤツだぜ?」
「だから余計空しいだろうが。
 俺はどんだけ手ぇ掛けたって消えちまう相手になんざ、情をかけるのはごめんだね。」
ましてヤロウになんざ、とホットドッグを飲み下して続けた。
ブレダの気持も解る。
もし軍が『人魚』を使うと決めたならば、俺がどう訓練しようと全てムダになるんだ。
俺と違って冷静なコイツは、最初からあまり大将と接触しようとしない。
名前も呼ばず、あくまで『人魚』として扱おうとする。

本当はその方が俺もいいんだろうな。
『その時』精神に受ける傷は少なくて済むだろう。
…そん時の大佐を想像なんかしたくもないが。

「少尉〜。」
ノックもせずに大将が入って来た。
階級だけでは誰だか解らない(ブレダと俺は同じ『少尉』だ)のでドアに目を向けていたブレダが次の瞬間、顔をそむけるように視線を下に向けたのが見えた。
大将が傷つかなければいいが。
同期に対し、少し大人げないという思いがかすめる。

「おお、お疲れ〜。」
つとめて明るく返した。
「腹へったー。」
そうか。
訓練の後、飯食わずにいたんだったな。
「んじゃ、食堂行くか?」
聞いてみたが、大将がじっとブレダの机上にあるホットドッグを見ている。
見られているホットドッグ…じゃなかった、ブレダが
「ここに食うモンあんだから、別に食堂行く必要ねぇだろ?」
ぼそ、と言って一つ手渡した。

ブレダが!?

「え? いいのか?
 ありがとう!」
嬉しそうにそれを受け取る大将。
「買い過ぎただけだ。次からも貰えると思うなよ?」
おま、ツンデレか?
このデブ!

食後、中尉が大将を医務室に連れて行った。
『人魚』は軍で月に一度の健康診断が義務付けられている。
『られている』っつっても、本人は知らん決まりだろうが。
それでも指示されれば従うところが少し意外だ。
血液検査が大嫌いだと聞いている。

「なぁ。」
結局ホットドッグを2個とも大将に食わせた同期に話しかける。
「なんだ?」
「うん、ありがとな。」
「…なんだよ。気持悪ぃ。」
書類に目を落としたまま、俺を見ようとはしない。
「大将の為に余分に買ってくれてたんだろ?」
しばらく返事は返ってこなかった。

「…『人魚』だろ?」
「?
 ああ。」
俺の礼には応えて来ない。
何が言いたいんだろう?
「でなくとも、子供なんてここにいるはずほとんど無い。
 軍のどこにいても、あの子は周りにいる人間の話題になるだろう。」
「ああ…?」
「『人魚』であることを話題にされて、それでも食事が終わるまで席を立てないのはつらいんじゃないのか?」
「!」
気付かなかった。
大将に対する周りの目にも、『人魚』に冷たいと思っていたブレダの優しさにも。

結局、この同期もなんだかんだ言って大将に甘かったんだ。
そんで俺は配慮に欠けていた。
今まで『人魚』であることを、軍内のどこででも大将の耳に入らなかったのは奇跡だったんだ。


だって大将はまだ、自分がいずれ軍に殺されるとは知らない。

 切 り 刻 ま れ て 。

『それ』を防ぐ為に俺たち(特に大佐)は必死になっているんだけど。


     ********************


まだ、足りない。
あの子を生かしておける条件が。
中尉が心配するほど、自分が焦っていることは解っている。

どうすれば?

もっと軍にとって有用な条件。
それが彼にとって可能かどうかは解らないが、賭けてみる価値はある。
彼が国家錬金術師になることだ。
(ハボックが彼の為に優秀な射撃手になる訓練をしているのは知っている。しかしそれでは足りないのだ。)
ロックベルさんの家に向かった。

「という訳で、お預かり戴いていたエドワードを引き取りたいのです。」
元々この島の住人は軍によって選ばれ、呼ばれた人達ばかりだ。(子供達はそれを知らない。そういう条件で大人達は呼ばれている。)
ピナコ・ロックベル氏は機械鎧の第一人者で、昔は独りで島に住んでいた。
後に息子夫婦が亡くなられ、孫娘と息子夫婦が友人から引き取っていたアルフォンスを島に呼び寄せたと聞いている。

「感心しないね。」
タバコの煙を吐いてピナコさんは言った。
「それでも、私は彼を…」
言いかけた私に
「ああ、あんたがあの子を大切に思ってくれてるのは解るよ?
 でもね。国家錬金術師にするのはどうかね?」
合格するとは思うけどね?
と、軽く答えられる。

「そうでもないと…あの子は軍に食い尽くされます…」
まだ…足りない。
足りないのだ
…時間が。
私が彼を護り切り、軍に使い切らされないまでに。

「まぁ、あの子を生かしたいっていう、あんたの気持は解る。
 あたしだって、まぁ…島民の為もあるけど本来は『人魚』の『切り取られた』手足の機械鎧の為に呼ばれた身だ。
 軍の方針に異を唱える立場じゃないけどね?」
けど、とピナコ氏は考え込んでいるようだ。

「このプロジェクトに賛成の将軍達は多い。
 残り時間の少ない年寄り共です。
 積極的に『人魚』を使おうとするでしょう。」
食い下がる私に
「『前回』の『欠片』は、あとどの位残ってんだい?
 あたしが聞いて良いことかどうかは、あんたが判断しとくれ。」
どれだけ軍に『取られた』のか。
『生きている間』の分ならば、機械鎧を作成したピナコさんはその量を把握している。
その後は内蔵から脳まで、全てが研究対象となる。
「保って…3年。
 研究の進み具合によってはもっと早いかも知れません。」

返答に重苦しい溜め息を煙と共に吐き出し、彼女は立ち上がった。
「着替えはすぐにまとまる。
 あの子が使っていた食器も持って行くかい?」
独り暮らしなんだろ?と続ける。
「新しいものを買っても構わないのですが。」
「…そうだね。ここに有ればいつでも来た時に使えるしね。
 急にいなくなったんじゃ、ウィンリィもアルも寂しがる。
 ここに遊びに来たっていいんだろ?」
「勿論です。しかし…」
私の不安が解ったのだろう。
「大丈夫だよ。あたしから言っておくから。
 あの子達だってここに来て長いんだ。
 『人魚』のことはある程度解ってるしね。」

私は席を立ち、
「拝謝致します。」
深く頭を下げた。
「よしとくれよ。お偉い軍人さんが。」
「いえ…」
「あー、いい。いい。
 ほっといたらあんたは土下座もしかねない。
 ほら、さっさと荷物をまとめるの手伝っとくれ。」
ドアへ向かう彼女の後ろ姿に、もう一度最敬礼をした。




clear
 
> 【瑠】シリーズ > 「瑠」 Act.4
「瑠」 Act.4
17.1.11up
「なぁ、『人魚』ってなんなんだ?」
昼休みに食堂棟の階段に座って、アルとウィンリィに聞いてみた。
目の間には海中まで続く階段と、その先にテラスが広がっている。
「なにって…『人魚』は『人魚』よねぇ?」
改めて考えたことが無かったという様子でウィンリィが言う。
テラスでひらひらと舞うような瑠璃色の魚が今日も綺麗だ。
「島に流れ着いた漂流者、とか?」
具体的な情報が欲しいので重ねて聞いてみた。
「漂流者全部が『人魚』な訳じゃないんだよ。」
今度はアルが応える。

何か違いが?

「まず、流れ着く以前の記憶が無い。」
順番に思い出すように教えてくれた。
確かにオレもそうだ。
「そして、大抵は見付けた人が家族にする。
 『人魚』が大人だったら、見付けた人とかその家族と結婚することも多いって聞いたことがある。」
「ああ、それはオレも聞いたな。」
だからロイ先生とオレは家族なんだよな。
これは嬉しい。
「なんかね。」
ふふ、とちょっと嬉しそうにウィンリィが
「見付けた人が恋に堕ちるほど、綺麗な人が多いんですって。」
笑って言う。
「それはオレには当てはまんねぇな。」
「いや、ボクはエドワードが綺麗だと思うけど?」
無邪気に言ってくれるが、男に思われてもな。

「他になんか無いか?」
聞いたオレにアルはちら、とオレの手脚を見て
「それから…」
打って変わって、言いにくそうに
「病気になりやすい…らしい。」
と言った。
「病気?」
オレは全くの健康体だけど?
「今のところ原因は不明なんだけど、手とか脚が欠損しやすいのよ。」
だからうちで機械鎧をね、とウィンリィが続ける。
それはイヤだなぁ。
だから軍で健康診断をやたらとやらされるのか。
今のところの結果を今度聞いてみよう。

「そういえば、『人魚』って今はオレ1人だよな?
 今までの人…『人魚』は?」
するとアルとウィンリィは互いに目を合わせ、もっと言いにくそうに
「もう…いないんだ。
 もともと10年から15年位に1人、とからしいんだけど。」
それにしても10年やそこらに1人なら、前の『人魚』がいてもおかしくはないだろう?
「今までも『人魚』が同時に2人いたことはないみたい。
 大抵…」
大抵? なんだ?
不思議に思う少しの間の後
「エドは元気で丈夫だから大丈夫よ!
 特別あんたは強いから、すんごく長生きするわ!」 
ウィンリィが勢いよく言う。
「そうだよ!
 身体が弱かったら、軍で訓練なんてさせて貰えないだろうし!」
なんだか必死な様子でアルも言う。

…そうか。
短命なんだな。
なおのこと健康診断の意味が解った。
オレも病気で死ぬんだろうか。
あと何年生きられるんだろう。
ロイ先生と早く一緒に暮らしたいな。
せめてそれまでは…生きていたい。

不思議と死ぬことへの不安や恐怖はなかった。
まだ実感出来ていないだけかも知れないけど。
ただロイ先生と一緒に過ごしたい。
その時間だけが欲しいと…強く思った。

家族なんだから。


放課後の教室で帰り支度をしていたら、ロイ先生が来た。
そういえば午後はリザ先生が代わりに授業をしていた。
「ロイ先生、今日『軍』に行ってたの?
 午後、いなかったろ?」
それには応えず
「エドワード。
 今日から君は私の家で暮らすんだ。
 さあ、家へ帰ろう?」
肩に手を置かれた。
「え? 卒業したらじゃなかった?」
嬉しい。
嬉しいけど、もうオレには時間が無いのか?と同時に不安になった。
「エドが先生の家に行くの?」
「今日からですか!?」
一緒に帰り支度をしていたウィンリィとアルが驚いてほぼ同時に聞いた。
「ああ、元々エドワードを見付けたのは私だ。
 男の独り暮らしだから、君たちの家へ預けていたのだが。
 やはり家族は一緒に暮らすべきだと思ってね。」
その言葉も嬉しかったけれど、不安は消えてくれなかった。

「ボク達も…先生のお家に行ってもいいですか?」
アルがいつもより窺うような様子で言う。
まるで何かを疑っているような。
「ああ、勿論。いつでも来たまえ。」
「いつでも、いいんですね?」
どうしたんだよ? アル。
「エドワードも好きな時に君たちの家へ行けば良いし、自由にして良いんだよ?」
それを聞いて、少し納得したようだ。
オレは島に来て初めてアルとウィンリィと別れて帰宅した。


先生の家は独り暮らしって割には幾つも部屋のある一軒家だ。
そのうちの一室には、既にオレの着替えなどが収まっていた。
先生の寝室の隣の部屋だ。
「なぁ?」
学校の荷物を置いて、リビングのソファで先生の入れてくれたココアを飲みながら問う。
「ん? なんだね?」
先生も隣に座って、同じようにココアを飲んでいる。
「オレさ、病気が見つかったの?」
不安を少しでも減らしたくて聞いたら
「いいや? 君は全くの健康体だが、なぜ?」
返された声はいつも通りだった。

「『人魚』は手脚が無くなって、早く死ぬ病気を持ってるって聞いた。」
オレの言葉を聞いた後、しばらく遠くを見るように顔を上げた先生が
「ウィンリィ達に聞いたのか。ピナコさんは機械鎧技師だからな。」
やはり落ち着いた声で言う。
「確かに『人魚』は手脚の欠損を生じる病気を発症する可能性がある。
 …でも決して短命ではないのだよ?」
意外なことを言われた。
「え? だって今まで『人魚』の出現率を考えると、二人以上が同時に存在しないっておかしいだろ?」
不自然ではなかった、と思う。
でも間を置いて
「確かに身体の弱い、特殊な病気を持っている『人魚』はいた。
 けれど、この島には大きな病院がないから本国の病院に移されているだけで、別に短命だから島にいないという訳ではないんだ。
 君は身体も丈夫だし、病気の兆候もない。」
心配しなくて良いんだよ、と頭を撫でられた。

ああ、そうだったのか。
良かった。
オレはまだ、死ななくて済むのかも知れない。
でも、だったらなぜこんな急にロイ先生と暮らせることになったんだ?
「卒業したらって言ってたのに、なんで急に先生と?」
撫でられるまま顔を向けると
「勿論家族である君と、離れて過ごすことに疑問を抱いたからだ。
 先日君も私と暮らしたいと言ってくれていただろう?」
確かに、そう言われてオレは嬉しかった。

「それと…エドワードは勉強が得意だね?」
「ああ、まぁ、そうだとは思う。けど?」
急に違う方向へ話が飛んだ。
「うん。君に少し難しい試験を受けて欲しいと私は思っているんだ。
 君の役に立つ学問だ。」
ロイ先生は今まで、勉強よりもオレが学校で遊ぶことを楽しそうに見ていた。
だから試験とか勉強を勧めるってのは、意外だ。

「それって、何の試験?」
「国家錬金術師というものだ。
 君には是非この試験に受かって欲しい。」
「オレは先生が受かって欲しいって思うんなら、その試験がなんだが解らないけど合格してみせる!」
だって先生が望むんなら、もっと一緒に先生と過ごせるなら。
オレは努力してやる。
「良かった。
 私がこれから錬金術について教えるから、付いて来て欲しい。そして会得して欲しいんだ。
 …君の為に。」

学校を辞めてでも、と言われて正直迷った。
アルとウィンリィとも過ごせなくなるのかと。
でもその後二人とも毎日放課後に来ると約束してくれた。
むしろ、オレを『人魚』と揶揄する奴らに会わなくて済むだけ良かったのかも知れない。

オレは学校を辞めて、この家で錬金術を学んだ。
最初に言われたのは
「正しい円を描けること」
だった。
同時に錬金術の基礎を学び。
そしてオレが錬金術を学び始めたと同時に、アルフォンスも錬金術を先生から学び始めた。
「一緒に国家錬金術師になろうよ。」
と、オレには正直解らないゴールに向かって一緒に走ろうとしてくれていた。


「ボクもここに住みたいんですけど。」
アルがロイ先生に言っていた。
『軍』での訓練で帰宅が遅くなった日のことだ。
家のドアを開けたら、リビングで言い争っている二人を見た。
「いや、君は私の『家族』ではないからそれは出来ない。
 君はピナコ氏の家族だ。」
「ボクは両親が死んで、ピナコさんの息子夫婦に預けられたそうです。
 元々ピナコさんちの家族ではないんですよ?」
「しかし今はピナコ氏の家族だろう?」
「それを言うなら、エドワードだって先生の家族じゃないでしょう?
 先生が引き取るまでは、ボク達がエドの家族だったんですよ?」
「エドワードを見付けたのは私だ。
 エドワードが『人魚』なのだから、私たちは『家族』だ。」

こいつら何言ってんだ?
男二人でオレの取り合いか?
今まで二人ともこんな様子は見せたことがなかった。
「…ふ。
 醜いですね。
 ロイ先生はそれほどエドワードが欲しいんですか?」
更に見たこともない表情と声でアルが言った。
一瞬息をつまらせたように見えた先生が
「『家族』を愛して何が悪い?
 エドワードを欲しているのは、君の方だろう?」
その精神は醜くはないのかね?
と嘲るようにアルを見下ろす。
「ボクは…!」
「おーい。」
もう見ていられなくて、オレに気付かない二人に声を掛けた。

「エド!?」
「帰ってたのか。」
ほぼ同時に言われた。
「ん。何やってんだ?
 先生、オレ腹減った。」
とりあえず二人を離そうと先生に言った。
こう言えばいつでも先生は急いで食事を用意しにキッチンへ行くから。

「何やってんだよ?」
リビングに残ったアルに聞いた。
「何ってほどのことじゃないよ。
 ボクもエドとまた一緒に住みたいって、先生にお願いしてただけ。」
そんな雰囲気じゃ無かっただろう?
それでもそれ以上のことは、きっとアルは言わない。
なんだ?
この違和感。
「エド…。ボクは決して邪な気持でエドといたいわけじゃ無いんだ。」
そりゃそうだろうな。
ロイ先生と暮らすまでは、ただの家族として過ごしていた。

「エドワード、あまり先生を信用しないで?」
帰り支度をしながら、アルが言う。
信用するな?
先生を?
「それって…」
「ボクも確証が有る訳じゃ無い。
 …それでも、無条件に先生を信用しないで欲しいんだ。
 信じて貰えないかも知れないけど…
 先生は…先生達は…エドを…」
「帰るのかね?」
アルの言葉を遮って、夕食を持ってリビングに来た先生がいつもより大きな声で言った。

ひゅ、と息を吸ったアルが
「今日は帰ります。
 でも先生。
 ボクはまたエドワードを暮らしたい。
 …エドを守りたいんです。
 考えておいて下さい。」
それでも強い様子で言った。
「断ったはずだがな。」
今までに無い冷たい声で先生が返す。
それには応えず
「軍の訓練にボクも連れて行って下さい。
 エドと同じ位には、ボクも有用だと思って貰えるでしょう。」
同じく冷たい、でも力強く先生を見据えて言う。


どうしたんだ?
二人とも。
訳が解らなかった。




clear
 
> Gift
Gift
 
> Gift > 取調室にて
取調室にて

ヒューズ×ロイ from 志乃さま

 チュウ。

 【 in the interrogation room 】



 イシュバール戦役でのロイ・マスタング大佐が
 炎の錬金術師として関わった案件の
 討伐に用いた方法の違法性の有無について、
 軍法会議所からの聴取調査命令が出された。
 
 その担当が俺になった時点で、
 誰がアイツの足を引っ張る報告を出すかよ。
 情報将校は交戦が始まってしまえば、最前線に召喚されることはなく、
 俺は交信という形でしかバックアップすることができない。
 
 瀑布を思い起こさせる火炎の只中で凛と背を伸ばし、
 敵と認定されたいのちを紅蓮に染めたことが悪いというのなら、
 この戦いにどんな意味が合ったというんだ?
 
 誰がそれを否定しても、俺はロイを守る。俺が出来るやり方で。
 
 声を交わすことも久方ぶりだと思い至る。
 大規模殺戮に手を下した者とそうでない者の確固たる境界線が、
 俺とアイツの間に横たわる。
 同じ朱に手を染めていても、その色の濃さの違いを
 アイツが俺を避ける理由にするような気がして、
 本部へと進める歩に加速が増してゆく。
 廊下に高らかに響く軍靴の音が、
 そのまま俺の鼓動のリズムになっているかのようだ。

 逃さない。
 絶対に、アイツを独りにはしない。


 本部取調室に大佐がお待ちです、と
 会議所付きの秘書が廊下で言伝を寄越す。 
 聴取は俺一人でやる、誰も控え室に入れるなと厳命を下し、
 震える手でその扉を開けた。

 
                 *
 


 「私は、正義を以って己の職能を全うし、
 討伐完了せよとの命を受けそれを完了した。
 その方法については異議を唱えられる余地など無い」
 
 無機質な部屋、冷たい椅子に 
 姿勢良く着座したロイは繰り返し小さく呟く。
 自分の軍人としてのあり方に揺らぐ気持ちを悟られてはいけない。
 初めての大量殺戮の現実は、
 辛うじて残されていた良心を確実に矛盾に導く結果となった。
 たとえ幼少のみぎりより共にあった盟友であっても、
 今の我々には職務において、
 時に敵対しなければならない状態を招くときがある。
 その駆け引きの中で出される公式文書が、
 我々全体を「是」とするのだから。

 
 取調べ担当官がマース・ヒューズ中佐であることを知らされたとき、
 私は喜びに震えた。
 私は直接手を下す歩兵を司る将となり、
 アイツは情報上級将校として司令への道を着実に登っている。
 そうだ。共に軍部を暁に導く両翼として我々は上らなければならない。
 
 だから、キモチを見せるわけにはいかない。
 それが、私たちの間にある、絆と理想を強めることになるのだから。
 
 カチャリ、と音がして閉鎖空間に入り込む冷たくも爽やかな空気。
 ぬくもりとやわらかさで我々の心が満ち足りていた頃を
 共有していた、切ない気配。
 さあ、観客の居ない、私たちだけの芝居の始まりだ。


                *



 「…質問内容は以上だ。
  貴君の此処での申し開きは、私が文責を持った公式文書となる。
  目を通し、内容を精査した上で異論がなければサインをし、
  軍法会議所へ提出のこと」

 「了解、した」

 形式をなぞるような緊迫のやり取り。
 我々の間にあるのは、瓦礫の如く散りさった
 民族浄化を肯定化する作業。 
 それ以上、何があるだろう?
 

 「ロイ…」

 落ち着いた呼びかけ。聞きなれたトーン。それ以上聞かせるな。
 メタルフレームのメガネをそっと外し、
 首を回しながら目頭を押さえるヒューズ。
 私の名をそんな声音で呼ぶな。
 
 すい、と立ち上がるとヒューズは音もなく私に近寄り、そして―

 

                *
 
 

 ロイの冷たく凍り果てた肩のラインが、揺れる。
 融かしたい、と思っただけだった。
 今触れなければ、次に何時それが出来るかわからないから。
 
 抱きしめるより先に、唇を合わせた。
 ことばは無力だったから。

 何かを言おうとした開いた口に、そのまま唇を合わせる。
 己の舌を差込み、ロイの全ての惑いを飲み込むように吸った。
 躊躇を許さない俺のやり方に、しがみ付くようにして
 合わせる唇の冷たさが
 しずくを共有するうちに熱く絡み合ってくる。
  
 強く抱きしめれば、同じだけすがり付いてくる激しい反応。
 呼吸を忘れるほどに、伝える。
 衝動でも一時の慰めでもなく、会いたかったのだと。
 前線に飛び出たおまえをどれだけ心配し、
 この時を待ちわびていたかを。
 
 何をしようと、どんなことを成し遂げようと、
 そのことで誰がお前を非難しようと
 俺はお前の傍を離れない。
 そして、共に士官学校で誓った野望を果たすことが
 俺とお前の約束であっただろうと。
 
 忘れたのか、それを。

 ロイの瑣末な惑いを吹き飛ばすように唇をきつく噛み締める。
 柔らかくなった身体に走る一瞬の硬直が、
 次の熔解を導いたことを俺は悟った。


                *
 
 

 ヒューズの唇に、暴れまわる舌先に
 自分の気持ちを合わせても良いのだろうかと
 思考する前に飛ばされる。
 荒々しく伝えてくる情の深さに、
 己は一人ではなかったのだと直感する。
 求められることの心地好さに浸りながら、
 私はたった今、此処で許されているのだと知る。
 
 同じ目線で同じモノを見る事は出来なくても良い、
 何をしていても何処にいても
 私の全てを、そのままで欲する者がここに居る。

 折れるな、同じ思いで俺に向かって来いと
 抱きしめた強い熱が伝えてくる。
 こんなことで全ての感情と現実を隔絶するほど、
 お前は弱い者だったかと。
  
 
 そうか。

 
 安堵が身体に満ちた瞬間、芯からはじけるように上がってくる希求。
 その刹那、ヒューズの歯が自分の唇を強く噛み、
 赤い血が唇から滲むのが分かった。
 言わなくてはいけない、もう大丈夫だと。
        
   
 「…引き戻してくれたのか」

 「何のことだ、大佐よ。お前はあるがままに行け、俺はお前の腹心だ。
  その誓いを忘れるほど、俺はバカではないんでね」

 「こんな私にそんな事を言うお前は、救いようがないな…
  では、私と共に居ろ…」



                 *


 
 唇を朱に染めたロイは、今にも泣き出しそうで
 その表情を見るのは未来永劫、俺だけであってほしいと願った。
 出来るだけ優しく、敏感な粘膜を合わせる。
 お前が流した血が俺に流れ込み、
 言葉よりも強い呪術に縛られたとしても
 俺は後悔などしない。ロイ。







 数刻前の激情の跡などなにひとつ悟らせず
 軍人として左右の廊下を視線一つ交わさずに別れゆく二人の男。 
 開け放たれた取調室の机の上、水滴ひとつが残されて居た。

 
   
                                  period.

                                   
 




 080602

clear
 
> Gift > give me more
give me more

ヒューズ×ロイ from 志乃さま


強気受ってヤツらしいですね
最後にヒューズさん逆転劇


 【give me more】





 「おいおい、大佐殿。そんな物騒な拘束してどうするんだい?」

 「うるさい、黙っていろ」


 場末の酒場のバックヤードは
 符丁を知るものしか入れない連れ込み宿。
 内偵中の俺は上層部の覚え高い、
 役付錬金術師から強引に召集がかかった。
 
 ”あの場所に独りで来い。
  尾行を撒いてお前が長時間消えても不審がられぬよう
  工作してからだ”

 俺が一体何をした?と思うほどの有無を言わせぬ気迫。
 そいつからの注文など工面するのは朝飯前で、
 へいへいと見慣れた部屋に向かう。
 入ればいきなりのベッドに押し倒されの、両腕拘束。
 将校クラスともなれば急襲に即座対応できるのが当たり前だが、
 背後を取られたと思った瞬間には、そいつは俺を捕虜にした。


 「…ある、噂を聞いてな。それを確かめるために呼んだ」
 
 「…」

 「独自の作戦断行を采配したある将校とお前が枕で繋がっていると」

 「で?」

 「軍法会議所付きのお前を篭絡することでその沙汰の無難な収束を
  図っているらしいな」

 「お前に関係することか?」

 「上官として看過することはできんよ」

 
 そう言うなり上着を剥き、
 その勢いのまま引き裂かれたワイシャツがはだける。
 首から伸びる厚い胸板一面に、色づいた朱色の斑点。
 目の当たりにした男の眉間に皺が寄り、その唇が震える。


 「マース…ほんとうだった、のか…?」
 
 「だとしたら、どうなんだ」

 「お前の所有印を押すのは私だ」

  
 潤いに満ちた舌先が俺の胸板を這い回り、
 付けられたしるしの一つ一つに更に濃い色を乗せてゆく。
 そのやり方は強引で憤懣やるかたない激しさに満ちており、
 俺は内心嬉しさを隠せない。馴染んだ体温が圧し掛かり、
 ぴったりと寄り添ったしなやかな身体が下半身を熱く刺激してくる。

 「やめ、ろ…」

 「マース、お前に拒否権なんて無いんだ。
  どうして此処はこんなに硬く尖っている?
  誰かに教わったのか?どんな風にお前は啼いたんだ?
  私にも、聞かせろ。
  もっと高く、もっと強く啼かせてやる、私が欲しいと言わせてやる」
 

 切羽詰った吐息が乳首にかかれば、その温もりに肌が粟立つ。
 小さな突起を抉り出すように摘ままれ、強く歯が立てられる。
 良いさ、ちぎれよ。
 おまえになら何でもくれてやる。
 そう思いながらも痛みの極限で身体を強張らせれば、
 その瞬間優しく舐め吸われる。


 「うっ…ロイ…」

 「お前は、簡単に落ちる男なのか?
  あんな奴と、お前は肌を合わせたというのか?」

 「は…ッ…、やめ、ろよ…俺の弱点を知っているのはお前だけだ…」


 舌先は容赦なく臍に降り、
 くすぐったさと快楽の狭間で俺の脊髄をダイレクトに刺激してくる。
  

 「何故だ!言え!機密事項などと言って私から逃れられると思うな!」
 
 「噂は事実さ…ある一点を除けば、な…。アァッ!」

  
 這い回る手つきは俺のからだの隅々まで検査し、
 その上で違う男が触った全ての痕跡を拭うように掌で熱く触れられる。
 時折、爪を立てられながら。
 ズボンの下で張り詰めだした矛の存在は、とっくに知られている。
 尻の丸みを確認するように降りてきた手が
 ぎしりと歪み、怒りを伝えてくる。

 
 ぴたりと止まる動き。強引に与えられる快楽からしばし開放され、
 目前の男を観察する余裕が俺に生まれる。
 目尻が染まった激高の表情。
 涙を浮かべていると思うのは俺の錯覚か?
 疑念と失望とが無い混じりになった、心細げなお前の顔。
 抱きしめたい。
 だが拘束されていてはそれは不可能だ。
 きっちりと目線をヤツに定め、熱い呼吸を冷やすように言う。 


 「重火器の利点をもっと高め、錬金術師の持つ職能を
  大兵器に完全代用させようというのがそいつの最終目的だ。
  今回の独断専行に関して、俺は軍法会議所ではなく
  上層部中での錬金術重視派からそいつを失脚させるための
  外堀を埋めろと命令されている」

 「だからといって!」

 「おまえのためでもあるんだ!
  将来的に錬金術師が不要になるかもしれんような
  選択肢は早めに摘む、俺はそのためにならなんでもやる!」

 
 ハッと息を止め、まじまじと俺の顔を見つめる男。
 ギリリと唇を噛み、反射的に染まる唇の赤が艶かしい。
 視線一つで篭絡されそうな激情交じりの目線を真っ向から受ける。
 冷静沈着の名を士官学校時代から欲しいままにしてきた男の、
 嫉妬を包み隠した怒りは俺を高ぶらせるだけだ。
 分かるんだ。俺だけは。


 「頼んではいないぞ!ましてやこんなやり方を私は絶対に認めん!」

 「ああ!お前一人の話ではない。
  お前にばかり様々な責を負わせない!
  軍隊内部での戦術に関する権謀策略の中で、
  唯一無二の力を良しとしないアホどものパワーゲームに
  お前だけは巻き込まん!」

 「マース…」

 「お前は王道を行け。戦いの道を選ぶと決めた日から、
  その意義に水を差すような真似は絶対にさせん!」

 
 ふい、と熱い手がベルトにかかり、
 少し萎えた己の矛を優しく取り出す。
 俺の官能を導く一本の道筋を強く舐め上げ、
 そのまま口中に納めてゆく。

 
 「ろ、ロイ!うっ…ハァ…ハァ……ああ!」


 やわやわと、時に喉の裏まで深く押し込むようにして
 緩急刺激される矛は次第に硬く大きく育て上げられ、
 はち切れんばかりにそそり立つ。
 その刺激に合わせて、唯一動くことを許された腰がリズムを刻む。
 どうか、おさめるべきところに戻らせてくれ、と…。
 その前に腹の底から湧き上がってくる、
 絶頂のシグナルに矛先がチリチリと反応する。

 あわやの刹那、潤いの泉から俺のものは突き放される。
 男同士の感覚というよりもむしろそのタイミングの察知は、
 長い俺たちの阿吽の関係で分かり合えるものだった。
 搾り出すような声で、聞きたく無い感情と理性の狭間で呻く。
  
 「お前のコレがヤツを昇天させたのか。それとも、受け入れたのか」 

 快楽の渦は俺にウソをつく余裕を与えなかった。


 「アイツはオンナの代用を求めていただけさ……
  手っ取り早いところで、な…」

 「そうか…」 

 
 軍部という男だけの集団に居れば、
 下克上などベッドの上でも望めない。
 それは暗黙の約束とも言うべきルール分担で、
 そこに感情の欠片などなにもない。
 ただ、欲情の処理、それだけだ。
 御されたものは痛みをこらえて相手に快楽を提供する。
 お互いに分かっている、そんな悪しき習慣も存在することを。
 そしてそれもまた「利用」されがちであることを。

 ベッドから立ち上がり、おもむろに下半身の衣服を脱ぎ去る男。
 そこには無駄な贅肉の無い、鍛え上げられた美しい彫像があった。
 見ることしか許されない状況。
 触れてはならぬ、禁忌の欲望。
 己の矛がまた硬く強く主張をしはじめた。

 彫像の中心に猛るもの。
 興奮と感情の発露は凛々しくその存在を晒す。
 ロイ、お前が俺の中を清めるというのか?
 それでもいい。それがいい。そうしてくれ。
 お前が俺に入れてくれるというのなら、
 甘んじて悦びと共に受け入れよう。

 拒否権など無い。そんなの始めから分かって居る事さ。
  
  
 
 
 男は再び俺の元に戻ってきた。
 騎馬に颯爽と飛び乗るがごとく体重を感じさせずに、
 俺の矛の上に鞘の入り口を当てる。
 可憐に窄まった小さなそこは、
 既に潤いを湛えて俺の切先を迎え入れようとする。


 「チョッと…!待て!ロイ!何故だ…!ああっ…」

 「マース…俺を抱けるのは、お前だけだ…
  それを、良く、身体に、覚えさせてやる…!」

 「…ロイ…入っちまうぜ…」

 「おまえの背中を見る男が何人居ても、
  その事に異論を唱えることが叶わぬなら刻み込んでやる、
  私の中に、文字通り中に入れる者はお前だけだと…!」

 「分かってるさ…ロイ…うあっ…きつ…い…痛く、ないのか…」

 「私の感じる痛みは、
  お前が玩具にされたことの心の痛みに比べれば、なんでもない」

 
 ようよう時間をかけて、ぴったりと納められた俺の矛。
 与えられる刺激は唇の比ではなく、
 食い千切られそうなほど強く快感を伝えてくる。
 男の内部の扇動は自分の腰の強い動きを誘い、
 奥にまで届かせたいと無意識に激しく突き上げてしまう。

 激しい呼吸ときしむベッドの音が耳の遠くに聞こえるほど、
 一点で繋がることのもどかしさに絶頂は訪れない。
 柔らかく熱を持ち始めた竹のしなりは俺の腹の上で規則正しく踊る。
 
 綺麗だ。
 ずっと、こうしていたい。
 

 「はぁ…はぁ…はぁ…
  た、のむ、ロイ、腕を、うでをほどいて、くれ…」

 「ぅ…う…あっ…マース、腰を動かすな…」

 
 のろのろと手を伸ばし、両腕の拘束を外す男。
 自由になった腕を、俺はそのまま抱きしめるために使う。
 なめらかな肌、汗に覆われて放熱している男の背中。
 

 「やめろ!お前のペースには乗らない!」

 「ただ、抱きしめているんだよ。
  お前のその口がもう何もいえなくなるまで、
  気が済むまで抱いてやる。
  悪かった、先に言うべきでも耳に入れるべきでも無いと思った。
  こんなに傷つけたとは分からなかった」

 「…ならば。お前の本懐、見せてくれ…私だけだと分かるように…」


 
 聞かせるつもりもない小声の本心が、俺の下半身に激しく響く。
 そうだ、ロイ、お前だけだ。
 俺の持つ衝動の象徴が収まるべきところを探し、
 一体になりたいと心底願う源は、お前なんだよ。

 
 全ての力を注ぎ込むようにして、強く腕で抱きしめながら
 穿つ動作ひとつひとつに思いを込める。
 向かい合い、言葉もなく見つめあいながら熱を分かち合う。
 上気した頬が桃色に染まり、更に呼吸が激しくなる。
 その目尻から快楽へと上りつつあると分かる涙が落ちるとき、
 俺のたった一つの片割れが叫ぶ。


 「マース!マース!もう、ダメだ…!」

 「まだだ」

 「…っああ!」  
  
 「まだだ。お前は分かってない。
  どれだけ俺がお前とこうして居たいかっ…!」

 
 動けなくなりつつある男の柔らかな襞が、
 より一層俺の矛を掴みたてる。
 逃れるように抜き、そしてまた突き刺す。
 意識を少しづつ飛ばし、
 俺の動きに寄り添うようなマリオネットと化してくる男。
 まだだ。
 まだだ。
 その律動の終わりは唐突に訪れた。
 衝撃を留める理性の欠片もなくなり、
 俺の想いは白色弾となって撃ち込まれた。 



 「もっと、だ…もっと、寄越せ…私を、逝かせろ…」


 そう言いながら、男は事切れたかのように、意識を手放した。
   






  
 しばしの静かな休息を大佐に与えられるのは、
 体力の限界を見せるしかないのだろうか?
 もっと、寄越せ、だって。
 苦笑の中に喜びが満ちてしまう。
 俺ももっと実地訓練がんばんねーとなぁ…。

 アイツが目覚めた時、傍に居ればまたヘソを曲げかねない。
 自分のことはスパッと棚に上げて
 「お前は職務を放棄しすぎている」などと説教垂れそうだ。
 
 さてと。
 ばれちまったことだし、枕営業は終了。
 さっさと胸糞ワリィオッサンを辞めさせてくるか。
 独りごちながら俺は大事なヤツに毛布をかけ、
 そのままそっと宿を後にした。




                                 period.

                             

  
 
 

080603
    

clear

 
 
NiconicoPHP